無口な女の子とやっちゃうエロSS 2回目at EROPARO
無口な女の子とやっちゃうエロSS 2回目 - 暇つぶし2ch550:名無しさん@ピンキー
07/09/13 00:42:01 rClAvBgg
>>548
ユーこのまま続けちゃいなYO!

551:名無しさん@ピンキー
07/09/13 00:43:11 c3aSW4LU
なんだ これ!

よくわかんねーけど、よかった。
よくわかんねーけど、あんたの書いた世界が勝手に頭の中で画になって

ありがと。



552:名無しさん@ピンキー
07/09/13 02:57:11 hASoXKdy
>>548たった今、全世界主要国脳内妄想電波サミット会議にて連載が確定しました。

続きこなかったら無口でベッドの中で泣き続けるからな。

GJ!

553:『彼女』の呼び声 第二話
07/09/13 21:22:37 6EVXz4JX
 夜八時。今日も仁のバイト先のコンビニに、片腕の家出娘が現れる。
 相変わらず周囲に認識されてない彼女に、仁は視線だけで待っているようにと合図を送る。
 そして彼は店長に向かって振り返り、

「じゃ、俺はこれで上がるんで。期限切れの商品、適当に持ってきますね」
「ちゃんと廃棄伝票切っとけよ。しかし、前まで期限切れの商品に手を付けなかったお前が、一体どんな風の吹き回しだ?
まあ、外の奴と違ってちゃんと断って持ってくし、常識の範囲内で持ってくから文句は言わんが」

 ゴミとして廃棄するにもコストがかかるからな、と笑う店長に挨拶をして、仁は店の裏へと回る。
 期限切れの商品の中からいくつかを適当に見繕って、伝票に記入。手にしたトートバッグに詰め込むと、着替えるためにロッカーへ。
 手早く着替えて表に回れば、そこには待ちくたびれた彼女の姿。

「よ、お待たせ」
「――♪」

 そろそろ聞き慣れてきた、名状しがたい音―彼女の声。
 喜んでいることまでは分かるのだが、それが果たして仁に向けてなのか、あるいは彼の持って来た食料に対するものなのかは定かではない。

「じゃあ、行こうか」

 トートバッグを少女に渡し、二人は並んで歩き始める。
 様々な食べ物の入ったバッグはかなり重く、片腕の彼女にはやや重いはずだが、彼女自身が持ちたがるので、仁は彼女が望むようにしてやっている。

「――」

 公園までの道を歩きながら、彼女が続け様に声を発する。
 ひょっとして、歌っているのだろうか。残念ながら仁にはそこまでは分からないが、少女が上機嫌なことは分かる。

 満月の月明かりの下を踊るように歩く隻腕の少女。
 ステップを踏み、時にクルリと回る度、腰まである長い髪がふわりと揺れる。
 と、手にしたバッグの遠心力に負けたのか、その体が不意にバランスを崩した。

「っと、気を付けろよ」

 慌てて手を伸ばし、その体を抱きとめる。
 どちらかと言えばインドア派な仁でも受け止められるほどに、少女の体は軽かった。
 だが、軽いだけではない。腕の中に感じるのは、わずかな重みと柔らかさ。
 彼女が幻ではなく、現実に存在しているのだという、確かな重みだ。

「――? ――♪」

 抱きとめられた彼女は一瞬不思議そうな表情を浮かべ、しかし仁の顔を見上げると、嬉しそうに笑った。
 その笑顔に釣られるように、仁も笑みを浮かべる。
 そんな何気ない一つ一つの出来事が、不思議ととても楽しかった。

 仁とて、女性と付き合った経験くらいある。が、最長でもせいぜい二カ月が良いところだ。
 整った表情に、いかにも切れ者と言ったメタルフレームの眼鏡。当然成績は良く、スポーツも特別苦手という訳でもない。
 そして何より、その雰囲気だ。どこか近寄り難い、理知的な雰囲気。
 そんな見た目に騙された女性たちに告白され、人並みに異性への憧れはある仁は、大抵の場合OKする。
 が、しばらくたつと彼女達は決まって言うのだ。
 あなたは真面目すぎて、面白みがないと。
 そして彼女達は彼と早々に別れ、もっと話の巧い、いかにもなクラスメイトに鞍替えして行く。

554:『彼女』の呼び声 第二話
07/09/13 21:23:22 6EVXz4JX
 真面目で何が悪い。ああそうさ。俺は話し下手だ。
 テレビもニュースや歴史番組くらいしか見ないし、新聞はまず政治欄と経済欄から目を通す。
 音楽は滝廉太郎や中山晋平くらいしか聞かないし、好きな作家はチャールズ=ドジソンだ。

 他人を楽しませるような話題など欠片も持っていない。
 なのに、彼女といると―

「自然……なんだよな。別に何も特別なことなんてない」

 バイトが終わって、二人で公園に行って。
 おにぎりや菓子パン中心のジャンクな夕飯を食べて。
 その後は何をするでもなく、二人でベンチで体を寄せ合って。
 そんな、変わり映えのしない毎日がひどく楽しい。

 女の子向けの話題なんてほとんど知らないから、仁はほとんど喋らない。
 たまに学校やバイトであったことを淡々と話すくらいだ。

 そして彼女は、声を出すことはできても喋ることはできない。

「なのに、楽しいんだ。二人でいるのが、凄く―心地良いんだ」

 不意に、彼の腕の中から少女がするりと身を引き抜いた。
 くるくると踊るように駆け出しながら、しかし時折振り向いては声を上げる。
 呼んでいるのだ。彼を。

「ああ。今行くよ」

 未だに、仁は彼女のことを何も知らない。
 家族はいるのか。その片腕はどうしたのか。彼と逢っている以外の時は何をしているのか。
 だが、そんなことはどうでも良かった。

 言葉や理屈なんかじゃあない。心ではっきりと理解できた。

 古橋仁は、今。
 ―この、名前も知らない少女に、恋をしている。

555:『彼女』の呼び声 第二話 後書き
07/09/13 21:26:20 6EVXz4JX
書いてる本人が言うのもなんですが、名状しがたい声ってどんな声なんでしょうね?
様々な伏線を凄い置き去りにしながら激しくバカップル。
無口キャラって、なんとなくいちゃいちゃさせやすい気がします。

またネタが浮んだら投下します。
あと、今回もエロ無くてごめん。

556:名無しさん@ピンキー
07/09/13 21:37:53 0pazShQx
形状しがたい声なんて……なんだろ

エロ無しなんて別に気にならない~♪
文章も読みやすくていいです


やっぱりなにが言いたいかと言うと

………………GJ

557:名無しさん@ピンキー
07/09/13 22:25:43 /H5yJBAp
GJGJ!

>形状しがたい声なんて……なんだろ
あれじゃね?超音波。

このバッドエンドになりそうな空気にハラハラしてるww

558:名無しさん@ピンキー
07/09/14 01:45:47 nAsnoHDL
最初の話読んだ時、
正直、続編はなくてもいいと思った。
このまま何だかよく分からない感じを自分なりに消化する感じで・・・。

でも、今回の話を読んで少女の事、仁との係わり合いを
もっと教えて欲しくなりました。

ありがと。

559:名無しさん@ピンキー
07/09/14 04:51:47 YchKwLTX
>>555

アリス、かわいいよアリス(違)

GJ !!

560:名無しさん@ピンキー
07/09/14 09:04:26 bNIyIgg2
名状しがたい声って聞くとクトゥルフ的な何かかドラえもんのダミ声しか思い浮かばない

561:名無しさん@ピンキー
07/09/14 09:33:56 oi2DrqNh
普通に、動物とか鳥の声 >>名状しがたい声

イヌは『びょうびょう』もしくは『バウワウ』
鶏は『キッキラキ』

一応、聞き成しなんかされていても、違う
と思うモノは、違ってるようにしか聞こえません

562:名無しさん@ピンキー
07/09/14 10:57:22 btgHYKaa
ノイズとか
……完全に人間の声じゃないな

563:名無しさん@ピンキー
07/09/14 13:08:15 NBmkRVch
>>561

何故古典www

564:『彼女』の呼び声 第三話
07/09/14 22:52:44 BT196Iyq
「色々あるが……どれがいい?」

 いつものベンチに腰掛け、仁はトートバッグを開き、少女に尋ねる。
 少女はわずかに考えるような素振りの後、エビマヨネーズのおにぎりを指さした。

「ん、わかった」

 手早く包装を解き、ビニールを引き抜く。

「――♪」

 少女はそれを仁から受け取ると、嬉しそうにかぶりついた。
 単に菓子パンの包装ならなんとか破れるから菓子パンを選んでいただけで、おにぎりや弁当も好きらしい。

「そうだよな。片手じゃさすがにこの包装は破れないよな」

 ―普通に両手が使えても、巧く破けない奴もいるし。
 などと考えつつ、仁も適当にひとつを手に取り、包みを破る。

「ん、美味いな」

 やや塩味のきつい鮭は、しかし米に良く合う。
 コンビニのおにぎりなどと莫迦にしていたが、こうして味わってみるとなかなか侮れない。
 食べかけのおにぎりを手にそんなことを考えていると、

「――☆」

 横合いから彼女が食べかけのおにぎりを齧り取る。
 もきゅもきゅと咀嚼し、

「――♪」

 満足そうな声を上げた。

「あ、このっ。やったな!」

 お返しとばかりに仁も彼女の食べかけのおにぎりを狙うが、彼の口が届くより早く、おにぎりは少女の口の中へと消えた。
 が、仁は止まらない。

「――!?」

 口元へと運ばれるおにぎりの軌跡を追うように仁の体が動き、そのまま彼女の唇へと。
 かつんと前歯と前歯がぶつかり合う数度目のキスは、ほのかな塩味とエビマヨネーズの香り。

「…………」

 一瞬驚きに目を丸くした彼女は、しかしすぐに目を閉じ、口付けに応える。
 それはまだ初々しい、唇と唇と重ねるだけの軽いキスだ。
 ほんの一呼吸か二呼吸の間だけ。
 だが、唇が離れると、彼女は満ち足りた笑顔で声を上げる。

「――」

 相変わらずの名状し難い声だが、その奥に秘められた想いを、仁は感じた。
 だから、彼女の体をそっと抱き寄せ、耳元で囁く。

「ああ。俺も好きだよ」
「…………」

 月が二人を祝福するかのように、柔らかな光を投げかけていた。

565:『彼女』の呼び声 第三話 後書き
07/09/14 22:55:52 BT196Iyq
(´・ω・`) やあ。ようこそ無口(ry

うん、正直短くてすまんかった。
なんか、いちゃついてるだけであっという間に行数が埋まったので、切りの良いところで一旦投下。
次こそ話が進むはずです。

>>559
実はヒロインの名前考えてなかったので、それ採用しても良い?

566:名無しさん@ピンキー
07/09/14 23:25:54 aO88LIvK
早く投下しないと全国から無口っ娘が押し寄せるぞ!



それはそうとGj~!


ただ、やっぱりそれなりに書き溜めてから投下してもらえるほうが
悶えずに済むのでお願いします

567:名無しさん@ピンキー
07/09/14 23:39:13 LcYNesiU
>>565
バーボン吹いたwwいや、実際吹いたのは焼酎だけど

おにぎり奪うときに「手ェ使えよw」と思ったのは内緒。
でも口から行く仕草に萌えるのでアリなのです。アリスたんに萌えなのです。

568:名無しさん@ピンキー
07/09/15 08:20:43 dQdcu2HV
アリス万歳!!超GJ!!

なんて萌えのツボを突いてくるキャラなんだ・・・

ちょっくら会社辞めてコンビニでバイトして無口幽霊っ娘と運命の出会いをしてきます。

569:559
07/09/15 17:09:38 WAcwPULU
>>565
ドジソン ちゅ~たら、アリスでっしゃろ?

強度ロリコンになるけど、いいんですか?

570:名無しさん@ピンキー
07/09/17 10:13:40 R8SRpSTn
アリスと聞いてRAMZと歪みの国思い出した俺orz

571:名無しさん@ピンキー
07/09/17 10:17:55 bfJe2L2T
ager

572:230
07/09/17 20:47:03 hHNoayui
皆様、お久しぶりです。
以前、SSを投下させていただいた230という者です。
>>565氏が再臨されるまでの間、また投下させていただきたいのですが宜しいでしょうか?

というか、今回の作品自体が長い上にエロがR-15くらいしかないので、正直、投下するか
それとも斧とかにUPしたほうがいいのか、それとも作品の混合ないし皆様の混乱を避けるために
565氏が作品を完成させるまで行動を起こさないほうがいいのか迷っています。

皆様のご意見がいただければ幸いです。

573:名無しさん@ピンキー
07/09/17 21:14:50 C2Ew1DR1
スレに落としておk

574:名無しさん@ピンキー
07/09/17 21:17:21 APlVrMrq
全く問題ない
つーか投下してくださいお願いします

575:名無しさん@ピンキー
07/09/17 21:18:03 XNvovkdX
読み手を舐めんじゃないよ!

そのくらいの事、てめーの頭で整理するさ!
しょーもない事気にしないで、あんたはいいの書く事考えてりゃー良いんだよ!

さぁ、勢いついたかい?
どーんとやりな!

576:名無しさん@ピンキー
07/09/17 22:11:28 OftEdge2
>>575の内容を視線だけで訴える無口男らしい女の子を想像したら萌えた

577:565(´・ω・`)
07/09/17 22:35:18 yvEzPS/z
>>230
私は全然気にしないので、じゃんじゃん投下しちゃって下さい。
私なんて、R-15どころかエロシーンすらありませんしね。
いや、そのうちエロくなる予定ではあるのですがー(=ω=.;)
ちなみに、この話自体、>>230氏の影響受けまくりなのですよ(´・ω・`)
激しくワクテカさせていただきます。

あと、お待たせしてしまっているスレの皆様に、本編では未だ名無し少女なアリスからメッセージがあるそうです。

アリス「――♪」

578:名無しさん@ピンキー
07/09/18 00:44:09 RdOxLV2l
ごめんなさい、>>230さん、>>575です。
自分このスレ、新参者です。
230さんの作品、どうゆう訳か>>252から読んでました。
今回の>>572のレスを見て230を読ませてもらいました。

バケツの中の花火に感謝するところ、好きです。

場違いなレス書き込んで、ごめんなさい。

579:名無しさん@ピンキー
07/09/18 03:06:42 uqj75Cmd
俺っ娘無口娘(強引)


これと「・・・やろ・・・?」組み合わせたら大変なことに・・・

580:名無しさん@ピンキー
07/09/18 07:51:57 2qeGZMfF
>>579


そんなこと言うとじうご氏が書いてくるんじゃないか?w

あの時も書いてネタ投下してたしw

581:名無しさん@ピンキー
07/09/19 00:32:26 MAwNXpJj
いきなり友から

「無口は欠点じゃない、ステータスだ希少価値だ!!」
とかいう電波メールが来た


俺になんて返して欲しかったんだろうな……

582:名無しさん@ピンキー
07/09/19 00:47:59 +0tvbBo8
「……」って、無口メール返すべきだったんじゃね

583:名無しさん@ピンキー
07/09/19 00:57:29 okxG5bd0
……バカ
でもいいんじゃね?

584:名無しさん@ピンキー
07/09/19 01:03:15 +0tvbBo8
それじゃ>>581が友人から惚れられてしまうぜ
お幸せに( ・∀・)ノ

585:名無しさん@ピンキー
07/09/19 04:10:45 5k0jsSIV
ってか下手すりゃここの住人なんじゃねw?

586:名無しさん@ピンキー
07/09/19 09:05:00 cpZpptI8
恐らく友人は無口で普段から無口なことを周囲の人に陰口叩かれて心を許せる友人の>>581に愚痴ったんだよ

587:純情プレパラート(1/4)
07/09/19 15:53:23 PQQClnxQ
 満員電車に乗るとき私はドアの傍にいく。
 ドアの収納口近くに取り付けられた手摺りが私のお気に入り。
 都心に向かう電車は毎朝混んでいて、人見知りな私は周りの人と視線を合わせたくなく
て、ずっと窓の外を見てる。
 窓から見える田圃とか通過する踏み切りの音も好き。
 痴漢にあっても一駅我慢して、乗車口を変えればやり過ごせる。

 でもその日はドアの傍にいけなかった。
 人身事故のせいで人が多くて、ドアの傍に行こうとする私のわがままな動きは人の波に
押し流された。吊革にも掴まれない一番嫌いな場所。煙草くさい。俯いて前の人の鞄を見
てる。見慣れた鞄。うちの学校の人。
「かや……相原さんじゃん、おはよ」
「ぁ、相川くん……」
 相川くん。男子の出席番号一番の人。私は女子の一番。入学式から最初の席替えまで隣
の席だった人。人見知りの私に構ってくれる人。「かや」ってなんて言おうとしたんだろ。
かやこ? なんで相川くんが私を名前で呼ぶんだろ。学校で誰にも名前で呼ばれたことな
い。
「今日、人多いな」
 相川くんが私を見てる。私は相川くんのネクタイの結び目を見てる。いつも綺麗な形。
器用な人なんだ。返事しなきゃ。
「ぇ……あの、今日……人身事故で」
 だから電車が遅れてて、人が多くて。私はドアの傍行けなくて、そしたら相川くんがい
て。

588:純情プレパラート(2/4)
07/09/19 15:54:23 PQQClnxQ
「相原さんって駅までチャリ?」
 チャリ……自転車。
「ぇ……うん。自転車」
「今日チャリ乗ったらさ、ギッタンバッタンいうわけ」
「パンク?」
「そうそう。漕ぐとギッタンバッタンってなるじゃん。しょうがないから走ってきた」
 相川くんの顔を一瞬だけ見る。汗びっしょり。髪が汗で張り付いてる。タオル貸したほ
うがいいのかな。
「足、速い……」
 相川くん足速いよね。速いよねって言ったら偉そうかな。でも私が走ってきたらきっと
遅刻してる。
「そうでもないって。チャリ使わないと近道できるし」
 私は目を泳がせて相川くんを見る。右手で吊革に掴まって、左手で鞄。ちょっと大きい
口。唇が荒れてる。髪が張り付いてる。目が私を見てる。どこ見てるんだろう。他の子み
たいにブラウスの第二ボタンを開けてたら相川くんも見たりするのかな。
「近道?」
「ん、ああ、うちって駅から直線で近いんだけど、道路通ってないから」
「遠回り?」
「神社抜けてショートカット。階段あるからチャリ通れないんだよな。ていうか神主に怒
られそうだし」
「……うん、怒られそう」
「だよなー」


589:純情プレパラート(3/4)
07/09/19 15:55:12 PQQClnxQ
 電車が揺れますのでご注意ください。
 いつものアナウンス。
 相川くんと話すのに一生懸命で、車内放送を聞き流す私。
「相原さん、揺れ―」
 彼がぼーっとしてる私に注意しようとしたとき、がくんっ。揺れた。
 今日はドアの傍じゃないから掴まる場所ない。ヤダ倒れる。周りの人に迷惑かける。脇
から強い力でひっぱられて止まった。倒れてない。強い力が肩甲骨の辺りを鷲掴みにして
私を引き寄せる。制服が引き攣る。相川くんの手だ。電車が逆に揺れた。彼の胸に飛び込
む形になる。車内がざわめいて落ち着いた。
「ぇ、ぁ……」
「あ、ごめん、相原さん倒れそうだったから」
 お礼言わなきゃ。
「ぁ……うん……」
 ありがとう。言葉が出ない。私はいつもそう。
 背中がもぞもぞしてる。
 相川くんが私の後ろの人と私の背中の間から手を抜こうとしてる。でも車内は混みすぎ
るほど混んでて、それ以上したら私はともかく後ろの人が怒りそうだよ相川くん。手の動
きが止まった。
 彼の手は結局そこに留まることにしたらしい。ちょっと気まずい。相川くんは左手がお
かしい動きにならないように気を使ってくれてるけど、でもそこブラの紐だよ。恥ずかし
すぎる。
 それから駅に着くまで二人とも黙ってた。左手が私の背中をしっかり支えてくれて、ま
た電車が揺れて、吊革、相川くん、私が一塊で揺れて、身体が触れて、耳まで赤くなって
た私はずっと俯いて、早く到着して欲しかったけど、このままでいたかった。
 相川くんはその間ずっと私を見てた。と思う。

590:純情プレパラート(4/4)
07/09/19 15:55:56 PQQClnxQ
 相川くんに抱えられるようにして電車を降りて、左手が自然と離れた。彼に触れられて
いた場所が急に涼しくなった。気恥ずかしくて彼の後ろについてホームを歩いていく私。
 そのとき彼のシルエットが不自然なことに気づいた。
「ぁ、あの、相川くん、鞄」
 そうなのだ。私が倒れそうになったとき、彼は左手の鞄を放して支えてくれた。降りる
まで彼の左手はずっと私の背中にあったから、彼の鞄はまだ電車の中。乗客の足元で踏ま
れてるかもしれない。
「あ、ちょ、やばいって」
「どうしよう」
 二人とも慌てまくって、ホームを右往左往して―相川くんも私も電車の中に大事な物
を置き忘れるのは初めてだったのだ―駅員さんに聞いたら、忘れ物は三駅先の終点で車
内点検のときに回収されることを教えてくれた。
 終点まで取りに行くと私たちは完全に遅刻だ。私も一緒に行くと言うと相川くんは言っ
た。
「相原は先行っててよ。二人とも遅刻したら家に電話来そうだろ。先生に事情話しといて」
「でも……」
「ほんと気にしないでいいって。つか楽しかったし」
 そう言って、相川くんはにこにこしながら、左手をにぎにぎさせた。
 私が思わず笑ったら彼も笑いだした。

 結局、相川くんの鞄は無事に戻ってきた。少し汚れていたけれど、親切な人が網棚にあ
げてくれたおかげで、ひどく踏まれたりもしていなかったみたい。
 それからどちらともなく電車の時間と乗車口を合わせるようになって、私たちは一緒に
登校するようになった。

591:いじょ
07/09/19 15:59:01 PQQClnxQ
告白編セクロス編と続くかも

592:名無しさん@ピンキー
07/09/19 17:10:03 z5EFEicM
GJ。早く続きが気になるな。


……ところで“いじょ氏”と“230氏”って別人だよ、な?

593:名無しさん@ピンキー
07/09/19 18:31:53 81L8ocV0
>>570 歪みの国って何だ?

594:名無しさん@ピンキー
07/09/19 18:43:37 THzr9fM8
>>593
ぐぐれ

595:いじょ
07/09/19 22:00:29 PQQClnxQ
230氏の投下直前だったんですね。空気読めずにごめんなさい。

596:名無しさん@ピンキー
07/09/19 22:13:27 MAwNXpJj
>>595



そんなことは気にしない気にしない
先に投下したもの勝ちだから
あと、GJ!!展開が非常に気になるな

597:名無しさん@ピンキー
07/09/20 11:31:39 LfXcGHxf
これはGJ。無口娘の独白という感じがよく出てる。

598:230
07/09/20 18:18:19 1oOHll9i
申し訳御座いません。
結局、モタモタしている間に事態を混乱させてしまい、
スレをご覧の方々、いじょ氏にご迷惑をおかけしてしまいました。
重ねてお詫び申し上げます。
また貴重なご意見を下さった方々、真に有難う御座いました。

これより、投下させていただきます。
見苦しい真似を重ねますが、作品をご覧になる前に諸注意、ないし“いいわけ”をさせて下さい。

今作には『エロ』も『萌え』も多分、殆ど御座いません。
どうか、期待だけはされないようお願い申し上げます。
また、前回投下させていただいたSSより、相当、気持ち悪い話になってしまっています。
どうか、気分が悪くなりましたら即座に切って捨ててください。

それでも構わないという方は、片手間にでもご覧戴けますようお願い申し上げます。

それでは投下致します。

599:クレイジー兄妹
07/09/20 18:20:25 1oOHll9i
―俺はシスコンである。

少なくとも、周りの人間にはそう認識されている。
ソレも当然だ。
携帯の待ち受け画像が妹の写真で、PCの壁紙、スクリーンセーバーも妹で、さらに目覚まし時計の音声も妹の肉声だ。
朝は、自慢の目覚ましで起き、朝食と弁当を作った後、妹を起こす。
そして、朝食を一緒に済まし、一緒に一緒の学校に登校する。
学校でも暇を見つければ、妹の教室に入り浸り、授業を覗き見たり。
で放課後は、二人とも帰宅部なので無理やり時間を合わせ、一緒に家路に着く。
家では、勉強を教えるという名目で妹の部屋に押し入る。
その時間を堪能した後、夕食を作り、団欒を楽しむ。その後、二人で家事。
さすがに風呂に一緒に入ったり、覗いたりはしないが、風呂上りの妹を鑑賞するためにゲームに誘ったりする。
いい感じの時間になったら妹を寝かせ、後は自分の時間。
まぁ、課題をやっつけたり、家事の残りをしたり。
そんなこんなで深夜になり、本格的に寝入る前に携帯の妹の写真に挨拶をして、寝る。

な? シスコンだろ?
………………。
……おい、ちょっと待て。
引くな。
距離をとるな。
やめろ! やめてくれ!!
そんな白い目で俺のことを見ないでくれ!!

自覚はしているんだ。
自分がどういう人間か。
自覚してはいるんだ。
でも、しょうがないことでもある、と思いたいのも事実。
なにしろ妹は、昼ドラみたいな親の人間関係のもつれで生まれてきたんだ。
そんな親共の馬鹿げた関係を間近で見てきた俺は、幼い頃から妹のことを守らなくちゃならないと自分に強いてきた。
俺が小学生のとき、俺と妹の血が繋がっていないことを酔った父に告白されてからは特に。
でも、それだけじゃない。
親がどうしようもないから、血が繋がっていないから、というだけではない。
そう、物理的にも精神的にも守ってやらなきゃならないほど、妹は本当にか弱いヤツなんだ。
小さいときから病弱で、いつも床に臥せっていた妹。
俺は、そんな妹の世話をいい加減な親どもに任されていた。
妹が熱を出せば看病し、妹が倒れれば医者に連れて行き、妹がいじめられれば助け、妹が勉強について行けなくなったら教えた。
時が経ち、人並み程度に生活できるようになった今でも、華奢で、繊細なのには変わりない。
病弱な性質の妹は、ソレに準じるように性格もか弱かった。
押しが弱く、人見知りも激しく、自分の言いたいこともいえない無口な性格だ。
無口。
いや、無口な性格なのは確かだ。
でもそれだけじゃない。
妹は脳の言語野に後天的な障害がある。
そのせいで妹は、極めて端的なことを、極めてゆっくりとしか話せない。
なぜ、そんなことになったのか。
ま、簡潔に言えば下種な元母親の、愚劣な行為によってそうなってしまったのだが。
話すとイライラするし、長くもなるので割愛する。
妹はそんなハンディを抱えながら、それでも生活できている。
本人の努力の賜物だ。
そんな妹は、(俺としては悪いことに)外見がいい。
俺の贔屓目じゃなく、本当にかわいいのだ。
一度も染めたことのない黒髪は足に届こうかいうほど長く、伏目がちだが大きな瞳は一点の曇りもなく澄んでいる。
また小さい頃から肌が弱いため夏でも露出しない肌の色は抜けるように白い。
低めの身長と、痩身の体は、まるで動く人形のようだ。
そんな外見を備えておきながらも、控えめで、おしとやかな性格なのだ。
これでモテないわけがない。
もらったラブレターは山の量。受けた告白数知れず。
最低でも一ヶ月に一回は妹に取り成してくれ、と学校の男子共が俺に相談に来る。

600:クレイジー兄妹
07/09/20 18:22:25 1oOHll9i
え?
『それで妹さんは誰かと付き合ったことがあるんですか?』だって?
……無いな。一度も。
ん?
『それじゃあ今まで告白してきた人達はどうしたんですか?』って?
………………。
ハハハハハ。
うん。
……潰した。
俺が全部、握り潰した。
エヘ☆

……まぁ、とにかく、妹―エリは、俺が守らなくちゃならないんだ。
行き過ぎた行為かもしれない。
もはや出すぎた感情なのかもしれない。
それでも、俺は今まで、エリの傍にいた。
ソレが正解だと信じて。

……ん?
『それって、待ち受け画面とか目覚ましとか授業覗いたりする行為とは関係ないような』?
い、いいじゃないか!
ちょっと、こっちこい。
見てみろ、このエリの画像を。
……ほら、な。
かわいいだろぉ?
俺がコレほどまでの愛情を注ぐのも納得、だろ?
え? 『アナタの妹さんは確かにかわいいが、アナタの態度が気に食わない』?
いや、だから!!
引くな!
そんな目で俺の事を見るな! 見ないでくれ!!
……おい、ちょっと!! まだ話は終わってない!
行くな! ちょっと、オイ! 行かないでくれ!!
………………。

閑話休題。

でも、間違っていたのだろうか?
俺がエリの傍にいて、エリを守り続けてきたのは。
本当は、俺の提示し続けた答えは不正解だったのだろうか?
だから、天罰とでも言うのか?
もし、たとえそうであっても受け入れられない。
受け入れることなんてできるはずがないだろう?

―俺が死んでしまったなんて。

俺が死んでしまったことはとりあえず置いておく。
どうせいずれ、人は死ぬ。
それがたまたま早かっただけ。
そう考えれば、理不尽だが、納得できなくもない。
……いや、本当は納得なんかできない。できるはずがないだろう?
生きたい。まだやりたいこと、遣り残したことがあるんだ。
生きたい! 死にたくない!! 助かるんだったら、なんだってする!!
………………。
……でも、もうソレも叶わない。そして、叶わないことは何より自分が実感している。
死んでしまった、ということは、死んでしまったということ。
それ以外のなにものでもない。
だから、とりあえず棚の上においておく。納得したことにする。
……そういうことにしておく。
だが。

601:クレイジー兄妹
07/09/20 18:23:32 1oOHll9i
妹はどうなる?
今まで、俺が生涯をかけて守ってきた妹はこれからどうすればいいんだ?
エリはまだ学生なんだぞ?
今まで、俺に守られてきたのに、どうやってエリがやっていけるというんだ?
……『両親がいるんじゃないですか?』、だと?
ふん、両親なんて当てになるものか。
あいつらの自分勝手な行いにどれだけ俺たちが振り回されてきたことか。
俺たち兄妹はそのたびに苦い思いをして、身を切るような感覚を我慢して生きてきたんだ。
………………。
そうだ。これからは、そんな両親の振る舞いにも、俺はエリを守ってやれない。
それどころか、学校の連中、道ですれ違う他人、言い寄ってくる親戚。
それら全てにエリは怯えなければならないじゃないか。
どうしよう。
どうすればいいんだ。
俺は。
こんな中途半端な状態じゃ、エリを守ってやるどころか、自分の世話さえ満足にできやしないというのに。

………………?
お前今なんていった?
『アナタが生きていようと、死んでしまおうと、妹さんはやっていける』?
『むしろアナタがいないほうがいい』?
……馬鹿な。何を言ってるんだ。
エリは華奢なんだ、病弱なんだ。お人よしで、人見知りで、押しが弱いんだ。
そんなエリが、俺なしで生活できるなんて……。
………………。
……なんだと?
『妹さんが自分ひとりで生きていくためのチャンス』、だと?
エリが自立する、チャンス……?
………………。
いや、だが、しかし。
……たしかに、俺がエリの面倒を一生見ることは不可能だったろう。
いつか袂を分かつ。
そんなことは当然だ。覚悟だってしてきたし、できているつもりだ。
だが今は、それでも傍に居たかった。傍にいて守ってやりたかった。
嬉しいこと、辛いこと、いろんなこと一緒に分かち合いたかった。共有したかった。
確かに、いずれは俺が守る必要もなくなる。
それでも、今はいくらなんでも早すぎる。
エリが自立するのはまだまだ早すぎだ。
今のエリには俺が必要なんだ。絶対。



……どういうことだ?
『あなたが納得するまでの猶予を与えます』……?
それまで、世界に留まってもいい、だと?
つまり、エリが自立できるまで、自立できたと俺が納得するまで、この世界にいてもいい、ってことか?
いや、でも、俺は死んだんだろ?
どうやって……。
! ……まさか。

―俺はシスコンである。ついでに妹、エリを見守る幽霊でもある。

……。
こんなところか。
わかった、猶予は俺が納得するまで。
納得して、成仏するまでってことか。
……今のうちに言っておくが、俺はまだ信じていない。
まだまだ、エリには俺が必要なんだ。
だから、俺が納得するのは、エリが死ぬまで無理かもしれないぞ。
それでもいいんだな?

602:クレイジー兄妹
07/09/20 18:25:03 1oOHll9i
……。
よぉ~し。約束だ。
んじゃ、ちゃっちゃと、元の世界に戻してくれ。
エリが心配だからな。早くついていてやらないと。

俺の葬式の翌日、エリは元気に登校した。
………………。
え?
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!?
なんで!?
なんで、なんで!?
っていうか、ショックで登校できないとかあるだろう!?
お兄ちゃんいないんだよ!? 死んじゃったんだよ!?
ほら、隣にいつもいるお兄ちゃんがいないだろう!?
まぁ、そりゃ幽霊としての俺はいるが……。
それにしても、一日寝込むとかもないのかよ!?
ちょっと、それはないだろう、エリ!?
俺はもうエリが学校辞めてしまうんじゃないかとまで危惧していたというのに!
それが、なんで、なんでなんでなんで。なんで!?
どういうことなんだ!?
理解できない。
お兄ちゃん、全く理解できないよ!!
………………。
……ま、まぁ、元気なのはいいことだ。
いいことだと思い込むことにする。
それに、それでも、エリは寝過ごしかけたし、弁当だってコンビニのおにぎりだ。
ほ、ほら、俺がいないとどうにもならないじゃないか。
ね? 俺は必要な存在だったんだよ。
そんなことを必死で考えながら、規則正しく歩くエリの後ろを行く。
宙に浮かび、空を飛ぶこともできるのだが、まだ慣れていないので歩くしかない。
エリの後を歩きながら、それでも混乱からなかなか立ち直れないでいると、俺の後ろから誰かが駆けてきた。
ソイツは俺をすり抜け、エリの隣で足を止めると、足を止め振り向いたエリに話しかけた。
「……おはよう、水城」
ソイツは兄が死んだばかりのエリに気を使ったのか、トーンを落とした声でエリに挨拶した(ちなみに“水城(みずき)”とは俺とエリの苗字だ)。
エリは少し微笑むと、挨拶代わりに頭を下げた。
ソイツも、エリの事情を知っているのでソレが無作法だと怒ることはない。
前を向き、再び歩き出したエリの隣を同じペースでソイツも歩き出す。
俺はソイツのことを知っている。
たしか、『武田……なんとか』とかいう名前のエリの同級生でクラスメイトだ。
家から学校への距離は遠いのだが、通学路が一緒なので朝によく接敵する。
“接敵”。
そう接敵だ。
俺の勘だが、コイツはエリに好意を抱いている。
いや、まちがいなくエリに惚れているな。
そんなヤツと接触することを、“接敵”といわずになんと言う?
……まぁ、いい。
沈黙のまま歩き続ける二人。
武田は言いにくそうに口を開いた。
「お兄さんのこと……なんていうか、………その、残念、だったな」
ん?
なかなかいい事を言うじゃないか。
ほら、エリ。残念だっただろ? 残念だった、と言うんだ。涙なんかを流すとなお良い。
……ってぇ! 妹が悲しむかもしれないというのに、喜んでどうする! 俺!! 俺の馬鹿ぁ!!
しかし、エリは武田の発言に、静かに首を振る。
「………………」
「え? 『今も見守ってくれてるから寂しくない』?」
………え?
えぇぇぇぇぇぇぇぇえ!?
何ソレ!? ねぇ、何、ソレ!?
確かに今も見守ってるけど、見守ってるけど……!

603:クレイジー兄妹
07/09/20 18:26:39 1oOHll9i
その言い草じゃ、もう俺、思い出の人になってるじゃん!
遠い星空から見守る、『気のいいやつだった』的ポジションじゃん!!
早い! 早すぎるって!! エリ!!
せめて一ヶ月はもってくれ!
お兄ちゃんの名前を聞いただけで涙を流す、とかさぁ!
そういう、なんていうの? あの、あれだよ。
とにかく、思い出にするの早すぎだから! ね? エリちゃん!!
混乱する俺をよそに、武田も意外だったのか目を見開いている。
「あ、……そう、なんだ」
エリは首をかしげ、不思議そうに武田を見る。
「いや、ていうか、なんて言うのかな。ほら、水城ってよくお兄さんと一緒にいたからさ。もっとショック受けてるのかと思った」
武田の言葉を聞いて、少しエリの顔が曇る。
ソレを見て、武田は言う。
「あぁ、ゴメン。思い出させて」
すまなそうな武田に、エリは静かに首を振る。
「………………」
「『まだ傍にいてくれているから大丈夫』? ……。そう、か」
あう!?
確かに傍にはいるけどさぁ! いるけどさぁ!!
いないじゃん! 実際問題、いないじゃん!! 見えてないじゃん!!
ていうか、ちょっと、ホント、立ち直り早くね!?
エリってこんなに強い娘だったっけかなぁ。
『か弱い子』っていうの、俺の勘違い~……?
いや、いやいや。勘違いなはずはない。エリはか弱いことは間違い、ない、はず。
でも。あれ~? おかしいなぁ……。
だったらなんでぇ……?
そんなことを言っている間に、二人は学校につき、教室へ向かう生徒の群れの中に混じっていった。

教室でのエリはやっぱり落ち着いていた。
席に着いたエリにクラスメイトたちが次々に激励の言葉をかける。
俺は少し離れた位置でその光景を見守る。
……ふ~ん、そうか。
俺の知らないところでエリは友達に、クラスメイトに恵まれていたのか。
ただ授業を覗いていただけではわからなかったクラスメイトたちの優しさに俺は初めて気づいた。
うんうん。そうか。そうだったのか。
今、エリの机の前で盛んにエリに話しかけている女子がいる。
この娘は確か……。
『ユウキ』とかいう娘だったはずだ。
ソレが苗字だか、名前だかは忘れたが、確かそんな名前だ。
彼女は明るい声で、エリのことを元気付けようとしてくれている。
よかったよかった。そんな友達もいたんだな。
俺が感慨深げに頷いていると、始業のベルが鳴りホームルームの始まりを告げる。
少女ユウキもエリの席から離れ、自分の机についた。
ふと、エリが携帯を覗く。
そして、そのまま表情が固まる。
俺は異変に気づき、エリの席に近づくと携帯の画面を悪いと思いつつ覗く。
そこには。

『エリ。今日、食べたいものはあるか?』

携帯の液晶には簡素な文章が表示されている。
それは俺がエリに送ったメールだった。
その日は珍しくエリに用事があり、夕食の用意がある俺は仕方なく一人で帰っていた。
途中買い物によるために商店街に入り、そこでメールを打った。
できるだけ、エリの希望に沿ったメニューを出すために。
そして、その直後。

俺は死んだ。



604:クレイジー兄妹
07/09/20 18:27:43 1oOHll9i
その後、俺が死んだことに関する緊急連絡は直ぐにエリに届いた。
ソレからは怒涛の流れだった。
多分、そんな中でエリは携帯メールを見る暇、余裕なんてなかったのだろう。
ほったらかしにされたメールは、そして、今、開かれてしまった。

教師がホームルームのために教室に入ってくる。
すぐさま、教師はエリの異変に気づく。
「おい、大丈夫か? 水城。顔が真っ青だぞ」
エリはその言葉に反応しない。
人形のように固まった表情のまま、涙が大量に零れ落ちる。
「お、おい。どうしたんだ?」
エリの息遣いが荒くなり、苦痛に耐えるように体を折る。
涙をボロボロと零しながら、苦しげに喘ぐ。
異変に気づいた教師はすぐさま保健委員に保健室にエリを連れて行くようにする。
当然、俺もソレについていく。
ふと振り向いた俺の視界には、教室の中で、呆然となった教師と生徒たちが、出て行くエリの背中を眺めているのが見えた。

「(っていうか、保健委員ってお前かよ……)」
ジト目でソイツを見る。
ソイツは過呼吸状態のエリにビニール袋を渡し、それで口を押さえるように指示した。
保健室の中には、俺とエリ、そしてソイツしかいない。
どうやら、保険医は外出しているようだ。……ふん、頼りになるな。
ベッドに座り込んだエリは未だに苦しそうにしゃくりあげている。
俺はそんなエリを眺めながら、心配する。
そして同時に、不謹慎ながらも安心した。
「(やっぱりエリには俺の死がショックなんだな)」
本心では相当傷ついていたのを必死に押し隠し、普段通りに、気丈に振舞っていたのだろうか。
そんなエリを俺は愛おしく思う。
「(ああ! 抱きしめて慰めたい! 昔のように頭を撫でてやりたい! 安心させるために声をかけたい!!)」
衝動は膨らみ、今すぐに行動に移したい!
だが、幽霊の俺にはそんなことはできない。
……そんなことは解っている。
だから、心底残念だが、試すことさえしなかった。
今、この場でエリを慰めることができるのは、小憎らしいことに保健委員のヤツしかいない。
ソイツは心配そうにエリのことを見守る。
沈黙の中、しばらくそのままの状態が続き、ようやくエリの状態が落ち着いてくる。
「(気の利かないヤツだな! 飲み物の一つくらいもってこい!)」
ソイツを睨みつける俺。当然、そんな意見は届かない。
「………………」
歯がゆい思いをしていると、エリは真っ赤な顔を伏せながら、たどたどしくソイツに礼を言った。
気の利かない憎っくきソイツ―武田は少しだけ微笑み、しかし、首を横に振る。
「僕のせいだろ? 水城がそんな風になったのは」
ん?
何言ってるんだ、コイツは。
エリも意外だったらしく、首をかしげる。
それに構わず、武田は続ける。
「僕が朝、余計なことを言ったから、思い出してしまったんだろ?」
そういうと、武田は勢いよく頭を下げる。
「本当、ゴメン。無神経なことを言ってしまって。……思い出させてゴメン」
エリは唐突な武田の行動に動揺を隠せず、オロオロとしながら首を振る。
「(ふ~ん……)」
武田の言っていることは間違いなく勘違いだが……。
「(自分が謝るべきと思ったときには、ちゃんと頭を下げられるヤツだったんだな)」
俺は少し感心した。
今までは、妹に近づくただの敵だと思っていたが、どうやら見るべきところはあったようだ。
「(っていうか、死んでから妹に関係する人に目を向けられるようになるとは……。
ずいぶん俺は近視眼的な人間だったんだな……)」
そう自嘲する。
覗き魔のような、否、まさに覗き魔的な行為をして、ようやく人のことを正面から捉えられるとは……。
馬鹿げた話もあったものだ。当然、馬鹿なのは俺なのだが。

605:クレイジー兄妹
07/09/20 18:28:38 1oOHll9i
そんな俺を無視して、エリと武田の会話は展開していく。
「………………」
エリは先ほどの武田の発言をやんわりと否定した。
「? 僕のせいじゃない?」
武田は戸惑ったように顔を上げ、真っ直ぐにエリを見る。
一瞬、二人の視線が絡まる。が、直ぐにエリは視線を落とした。
「僕のせいじゃないとしたら、どうして……?」
エリは少し顔をゆがめ、持っていた携帯の画面を武田に見えるように指し示す。
「見ても、いいの?」
頷くエリ。
武田は恐る恐る携帯の画面を覗く。
そこには簡素なメールが表示されているはずだ。
「これってもしかして……。お兄さんからの、だね」
「………………」
頷くエリ。そして、告げる。
「え? これが最後のメール? ……そう、なんだ」
武田は画面から眼を離し、近くの椅子に腰掛ける。
エリは携帯を一瞬だけ覗くと、静かに折りたたんだ。
そのまま保健室に沈黙がおりる。
「………………」
「そうだね。いつも、水城とお兄さん一緒に居たもんな。寂しくってもしょうがないって」
「(そうだよ、そうそう! いつも一緒に居たからな! 寂しいのは当然だ!)」
………………。
……ああ。俺って本当、ダメな兄貴、だな……。
妹がこんなにも落ち込んでいるっていうのに……。喜んでしまうなんて!!
でも、しょうがない!
だって、俺が死んだばっかりだというのに、『それでも気にせず元気な妹』なんて見たくない!
いや、『元気な妹』はいつだって見たいのだが、それでも見たくない特殊な状況はある!
ソレが今だ!!
「(許せ! エリ! こんな駄目なお兄ちゃんだけれど、それでも俺はエリの味方だぞ!!)」
妙にテンションが上がってきた俺。
しかし、保健室の雰囲気は暗いままだ(当然なことに)。
「………………」
エリは申し訳なさそうに、武田に頭を下げた。
「いや、迷惑なんかじゃない。水城が落ち着くまでここにいるよ」
その発言に驚いたらしいエリは、しかし、武田を安心させるためだろう、微笑んだ。
「………………」
教室にもう帰ってもいいと武田に告げる。
「そういうわけにはいかないよ。……それとも、一人になりたい?」
エリはためらいがちに頷く。
そりゃそうだ。
こんなときは、一人になりたいに決まっている。
「そう、なんだ」
「………………」
再び頭を下げるエリ。
「……なんで、水城が謝るのさ。水城はぜんぜん悪くないだろ?」
「………………」
「………………」
再び、二人は黙り込む。
……ん~?
おいおい、なんだよ。この青春の一ページみたいな場面は。
っていうか、一人になりたいって言ってんだから、さっさと退場しろよ武田。
………………。
ん? おい武田。なんだ、その目。
その決意に満ち満ちた目は。
武田は大きく深呼吸すると、緊張気味に言った。
「僕じゃ、ダメかな?」
「?」

606:クレイジー兄妹
07/09/20 18:29:36 1oOHll9i
な、なんだ。何言い出してんだコイツ。
「僕じゃ、お兄さんの代わりにならないかな?」
「……………?」
ま、まさかコイツ……!
「僕が、お兄さんの代わりに、ずっと水城の傍にいたい、ってことなんだけど」
「…………??」
“そういう行為”は俺が事前に全部潰してきたので、エリは“そういう行為”に特にニブイ。
だから、まだ武田が何を言いたいのか良くわかっていない。
言いたい事がうまく伝わっていないことを察した武田は、絞り出すような声で、言う。
「つまり、好きです。俺と付き合ってください」
「!」
や、ややややっぱりかぁ!?
こ、こここ告白しおったぁぁ!!
おいおいおいおいおい! 何考えてんだ、お前!?
肉親の葬式の翌日に告白する馬鹿が何処にいる!? 否、此処にいる!!
っていうか、コレが若さなのか!? 若さというものなのか!? 武田君!?
ホラホラホラ見ろ。見てみるがいい。武田め。
エリ、驚いてるじゃないか。呆気にとられてるじゃないか。
ほら、顔を赤くしてないで相手の顔を見てみろ! 武田!!
お前と同じくらい赤いエリの顔を……、

ん? 赤い顔?

って、ええぇ!?
何赤くなってんのさ! エリ!! エリちゃん!?
俺の混乱をよそに武田は早口で言う。
「へ、返事はいつでもいいから。っていうか待ってる。いつまでも待ってるから。だから、そのなんていうか。
僕、支えになりたいんだ。水城の。だから、なんていうか、その! つまり、じゃ、じゃあね」
そしてそのまま、逃げるように武田は保健室から出て行った。
な、なんだったんだ、全く……。
少し見直したと思ったら、直ぐコレだ。
やはりエリ以外の人間は信用ならんな。
「(な、エリ?)」
俺はエリのいるベッドを見やる。
エリは放心したように、武田の出て行った扉を見つめ続けている。
そして、ポツリと呟いた。
「………………」
……?
ん? どういう意味だ? 『また、会えるかもね、お兄ちゃん』?
? 何を言っているんだ?
意味が解らずエリの顔を見つめる俺。
エリは告白された少女が浮かべるには似つかわしくない、嫣然とした笑みを浮かべていた。

607:230
07/09/20 18:30:53 1oOHll9i
とりあえず、今回は以上です。
お目汚しですが、まだ続きます。
よろしくお願い申し上げます。

608:名無しさん@ピンキー
07/09/20 18:33:38 F9vKbN28
おk、いいシスコン兄貴だ
文章も軽快にテンポよく読めました

うん、なにがいいたいかっていうと非常にGJ!!

609:名無しさん@ピンキー
07/09/20 21:13:43 GdDPhnNT
GJ!重い話のはずなのに軽快なテンポがそれを感じさせないですね。
兄貴が成仏しそうにないwいやわかんないけど

610:名無しさん@ピンキー
07/09/20 23:47:36 it4WFlk6
gj!
こんな兄貴なら欲しいな。三人くらい。

611:名無しさん@ピンキー
07/09/21 17:16:54 bWMJBY9v
こんな兄貴が三人もいたら何にも出来ない人間になりそうだ

612:名無しさん@ピンキー
07/09/22 14:04:47 XZTc/krh
こんな性格の義姉がいたら……うん、いいね

ついでに性格に無口を追加しとけば完璧

613:名無しさん@ピンキー
07/09/23 05:58:49 FKlus30c
良い意味でシスコンのウザさが出てたなGJ

614:名無しさん@ピンキー
07/09/23 07:07:57 dbm6zqBe
シスコン兄・・・だめだこいつ、早くなんとかしないと!

GJ!!!

615:名無しさん@ピンキー
07/09/23 18:09:09 5eywwf6G
>>614
残念だが、処置なしだ
ほら、バカは死んでも直らない、っていうだろ?

まあなにかっつうとgj!

616:230
07/09/24 11:57:54 Lcpy1mzV
これより、投下させていただきます。
前回より長い上に、大したエロも御座いません。
真に申し訳御座いません。
それでも構わないと言う方は、片手間にでもお読みください。
それでは、本文です。

617:クレイジー兄妹
07/09/24 11:59:13 Lcpy1mzV
数週間が瞬く間に過ぎた。
その間、俺としては大層面白くない展開が続いた。
なんというか、エリと武田が付き合いだしたのだ。
なんとまぁ、二人は初々しくも、健全に距離をつめていく。
…………ケッ。
なんだよ、なんだよ。
何が『相思相愛』だっつうの。馬鹿馬鹿しい。
何が『お似合いのカップル』だっつうの。下らない。
……ああ、たしかにお似合いのカップルさ。
エリは前述したようにかわいいし、認めたくないことだが武田の外見も悪くない。
ふん、たしかに釣り合ってはいるさ。
っていうかさぁ。
もう俺、成仏してもいいんじゃね。
エリは、あのメール以降、俺のことで泣き出すようなことはなくなったし、家事だってうまくやってる。
馬鹿な両親共も干渉してこないし、学校での生活も順風満帆とは行かないが、限りなくソレに近い。
周囲との友人関係も良好で、むしろ俺という邪魔者がいない分コミュニケーションは円滑に行われている(俺としては複雑だが)。
それに、憎たらしいことに『お似合いのカレシ』もいるしな。
……でも、俺はまだ納得できていない、のか。
俺が納得したら迎えに来るはずのアイツも来ないしな。
そんなことを考えているうちに、エリは武田を家に招待した。
ふん。……『勉強会』、ねぇ。
エリ、油断しすぎだぞ。
男はみんな狼なんだ。
武田だって間違いない、一匹の狼だ。
それを自ら招き入れるなんて。
……自殺行為も甚だしいわ!! 
くそぉ、武田めぇ……!! 
何かしたらただじゃおかない。呪い殺してやる……!!

俺が呪詛の言葉を武田に投げかけているうちに、二人は家に着き、エリの部屋に到着した。
二人はぎこちなく勉強を開始した。
ホラ見ろ、武田のこの飢えた獣の目を。
エリ! 気づけ! そして、コイツを部屋から追放するのだ!
エリは動かしていた手を止め、武田の顔をうかがい、そして言う。

「………………」

ん? な、何て? エリ?
「『しないんですか?』って何を……?」
武田は戸惑っている。俺も戸惑った。
……エ、エリ? エリちゃん?
な、なななな何を言っているんだ?
おいおいおいおいおい。な、何を赤くなってるんだよ、エリぃ!
確認するように武田が呟く。
「……いいの?」
よくねぇよ!! ふざけんなよ、お前!!
いや、そりゃ、二人が家に来た段階で何もしないという選択肢はないし、若い二人が密室で、
勉強しかしないなんていうのは、むしろその方が不健全かもしれんが……。
っておい、コラ!! 何見つめ合ってんだ!!
あ! 武田! 何近づいてんだ!
エ、エリの肩に手を乗せるな!!
エリも!! 素直に目を閉じるな!!
オイオイオイオイオイオイ!! マズイ! マズイってぇ!!
このままじゃ、このままじゃ、このままじゃぁ!!
くっそぉ~!! ええい、こうなれば!!
かくなるうえは!!
そして、俺の意識が遠くなる。

618:クレイジー兄妹
07/09/24 11:59:58 Lcpy1mzV
ふと、唇に暖かく、柔らかい感触。
ん? もしかして……。
俺は覚悟を決めて目を開ける。
目の前には、エリの顔がどアップで映し出されている。
俺は驚き、顔を離す。
………………。
おいおいおいおぉぉい!!
成功しちまってるよ!! 憑依が!! 乗り移っちまってるよ、武田に!!
「………………」
エリは目を開け、もの問いたげに武田を―俺を見つめている。
「いや、いやいやいやいや! 『どうしたんですか』って、そりゃ!!」
っていうか、……あ! しまった!!
俺、妹にキスしちまったんじゃないか!!
義理の兄妹とはいえ、仮初の体とはいえ!!
い、いいいいい妹にキスしちまったよぉ!!
どうしよ、どうしよ、どうしよぉ!?
マジ、マズいって!!
いくら俺がシスコンだからって、いくらなんでもマズすぎる!!
俺は混乱した頭で、ふとエリの顔を覗き見る。
エリは―。
「……え?」
―涙を一筋、零していた。
俺は呆気にとられ、頭が真っ白になる。
どういうことだ?
「……なんで、泣いてるんだよ。エリ?」
自分の体が今、武田であるということも忘れ、口調も変えず尋ねる俺。
「………………」
「……え? 『お兄ちゃんを感じたから』って……。えぇぇぇ!?」
何言ってんだ!? エリは!?
バレた!?
いやいやいや、バレるはずがない! でも、どういうこと!?
感じた、っていうかキ、キスして俺の事思い出した、みたいな?
いやいやいやいやいやいや。
俺、生きている間に、キ、キスとかそういうこと一度でもしたか!?
……いや! してない! 全然覚えがない!
っていうか、そんなことするわけないだろう、お兄ちゃんが!! 誤解されるようなこと言うのやめなさい!!
っていうか、おいエリ!! 何で脱ぎだしてんだよ、お前は!!
ブ、ブブブ、ブラジャーが見えてるよ!
「ふ、服を、どうして、なして脱ぐんかなぁ……? エ、エリ?」
「………………」
「いや、『するんじゃないですか?』って。え、っと……」
いつからそんな、は、はしたない娘になっちゃったんだ……!!
お兄ちゃん……、お兄ちゃん悲しい!!
「………………」
「『私じゃダメですか?』って……。え、えぇぇぇ……?」
そ、そんな目で見つめるな、エリ……!
「………………」
「『私の初めて、もらってください』ですってぇ……?」
!!
か、かわいい……!! かわいすぎる……!!
………………。
…………もう、いいや……。
俺は悩むことを放棄し、エリを抱き寄せた。

619:クレイジー兄妹
07/09/24 12:01:04 Lcpy1mzV
目の前に服を全て脱ぎ、ベッドに座ったエリがいる。
俺もすでに服を脱いでおり、全身真っ裸でエリの前で同じく座っている。
……っていうか、武田。すまん。ホント、すまん。もうしばらくお前の体借りるぞ。
「………………」
「いや、なんでもない。じゃ、じゃあ、始めようか」
俺はエリの顔に震える唇を寄せると、優しくキスをした。
……はぁ、最低だな、俺。……ハハ。何か笑えて来た。
そして、とうとう、前人未到のエリの胸に触れる。
柔らかい。
それに、物凄くスベスベしてる。
俺は刺激を与えすぎないように、できるだけ優しく触る。
俺の掌ほどの大きさの乳房は、俺の手の感触に粟立つ。
「……………ん」
ピクリとエリが反応する。俺はそれにビビる。
「わ、悪い。……痛かったりするか?」
エリは首を振った。
「………………」
「『もっと強くしてもいい?』。 わ、わかった」
緊張による汗でべたつく両手を使い、俺はエリの胸を揉む。
……うん、物凄く柔らかい。
俺の掌の動きに合わせ、エリの胸乳は形を柔軟に変える。
「ん……んぅ」
エリが声をかすかに漏らす。
……っていうか、これでいいのだろうか?
俺だって経験がないんだから、エロ本とかの知識しかない。
でも、どこまでも指が埋まっていく胸には、どう対処すればいいんだろう。
なるべく単調にならないように変化をつけて指を動かす。
ん? なんだか先端が硬くなってきたような。
俺は半ば無意識にその先端を摘む。
「! ……んん……!」
再び、エリの体が鋭い反応を示す。
「おい! だ、大丈夫か? エリ?」
「………………」
「だ、大丈夫……? そ、そうか」
なるほど、本当に敏感なんだな。ち、乳首は。
ふぅ~ん。
でも、ここを攻めない手はない、か?
俺は乳房を弄ぶ指に、先端を苛める動作を加えてみる。
「ふ、……んん! あ、あぅ」
俺の指が突起を弄くるたびにエリは甘い声を漏らす。
まだ柔らかかった乳首は、触り始めると途端に硬さを増した。
俺は調子に乗って乳首ばかりを苛める。
「は、はぅ……!! や、やぁ!」
エリの顔は赤みを増し、手を触れている部分が暖まってくる。
次のステップとして、俺は自然と頭を下げ、右の突起を口に含んだ。
「!! んん……!」
エリの肩が大きく動く。
でも、俺はもういちいちエリの反応に構わず、夢中で乳首を貪った。
「ん……、は、はぅぅ……!」
舌でまさぐり、歯で挟み、口で吸引する。
汗ばんできたエリの胸は少ししょっぱかった。
唾液でエリの右胸はベタベタになり、俺の口の周りも濡れる。
俺は右の乳房を苛め倒すと、今度は左の胸を口に含む。
右と同じ目にあわせながら、口に含んでいないほうも揉み続ける。

そんなことをしているうちに、俺は気づく。
気づいてしまう。
俺の頬が濡れていることを。

俺は、いつのまにか、泣いていた。

620:クレイジー兄妹
07/09/24 12:02:56 Lcpy1mzV

乳房から口を離し、腕で顔を隠す。
「………………」
エリが聞いてくる。
『私じゃ興奮しませんか?』と。
エリは俺の頭を抱き寄せる。
俺は、グスグスと泣きながら、エリの胸に顔をうずめる。

私じゃ興奮しませんか、だって?
………………。

……しないよ、興奮。

俺の(正確に言うと俺のじゃないが)ペニスは最初から勃っていない。
勃つはずがない。
俺が今抱いているのは、エリ―妹なんだぞ。
小さいときからずっと守ってきた、大事にしてきた、かけがえのない妹なんだ。
それがどうして、性的対象に見える?
酷い話だ。
本当に酷い話だ。
俺は大声でなき、エリはますます強く俺を抱きしめた。

結局、俺のペニスは勃つことなく、まるで幕切れのように俺の意識は暗くなった。

「………………」
「じゃ、じゃあな。また明日」
俺は玄関から出て行く武田をエリと一緒に見送った。
どうやら、武田にもおぼろげに記憶があるらしい。
でも、何で泣いていたのかなんて、多分永久に分からないままだろう。
そして、今、部屋の中には俺とエリがいるだけだ。
当然エリはもう服を着ており、ベッドに腰掛け、ぼんやりとしている。
まぁ、当然だろうな。あんなことがあったんだ。
意味が分からないだろうなぁ。
なにしろ、彼氏が行為の最中突然泣き出したんだから。
しかも、相手はそのことをあまり覚えてないという。
ま、俺が始めての相手じゃなくてよかったじゃないか。
初めての相手が『憑依した兄』だなんて酷すぎる。
それでも俺はどうにも申し訳なくて、俺は幽霊になって初めてエリに声をかけた。
……かけずにはいられなかった。
[悪かったな、エリ。お前の貞操を乱しかけて。本当にすまなかった]
ふん。
聞こえるわけがない。
ソレでも俺は―。
「………………」
エリが呟いた。

―え?

今、確かに、俺に答えなかったか?
『どうして、私の初めて、もらってくれなかったの? ……お兄ちゃん』と。
[聞こえてる、のか? エリ?]
エリは、俺の目を見て、確かに頷いた。

621:クレイジー兄妹
07/09/24 12:05:11 Lcpy1mzV
[いつから、気づいてたんだ……?]
はじめからだよ。お兄ちゃん。
お兄ちゃんが死んで、私のこと見守ってくれだしてから。
だから、だよ?
お兄ちゃんはいなくなってなんかないって解ってたから。
だから、お葬式の後もすぐに立ち直れたんだよ?
[どうして、見えないフリなんか……]
見えてなかったからだよ、最初は。本当に見えたのはつい最近。
でも、いるのはわかった。ずっと傍にいてくれたんだよね。
[……じゃあ、どうして葬式の次の日、俺の最後のメールを見て泣き出したりしたんだ?]
だって、もう、見たり、話したりできないって思ったら……。
いくら見守ってくれてるっていっても、やっぱり寂しいよ。
でも、私、これでもがんばったんだよ。
本当はいつもお兄ちゃんに話しかけたかった。笑いかけたかった。一緒におしゃべりしたかった。
でも、そんなことしたら、他の人には見えてないお兄ちゃんに話しかけたりしたら、
きっと病院に連れて行かれちゃう。閉じ込められちゃう。
お兄ちゃんに心配かけさせちゃう。お兄ちゃんを心配させる嫌な子になっちゃう。
それがいやだったの。
[何故、今になって?]
だって、初めてお兄ちゃんが話しかけてくれたから。
……それに、お兄ちゃんが私のこと、……奪ってくれなかったから。
[………………]
ねぇ、どうして?
どうして、私のこと抱いてくれなかったの?
どうしてどうしてどうしてどうしてどうして、どうして?
[お前は、俺の妹だ。だから―]
わからない、わからないよ? お兄ちゃん。
だって、お兄ちゃん、途中までしてくれたじゃない。
[ああ、だが、しかし……]
これじゃ、なんのためにこんなことしたのか解らないよ。
[? ……どういうことだ?]
武田君と付き合ったり、部屋に招いたりしたのは、全部、お兄ちゃんのためなんだよ?
[……。まさか]
武田君はいい人だよ。いい人だよね?
でもそれだけ。
お兄ちゃんの代わりには、なれません。
[……武田のこと、利用したのか?]
利用じゃないよ、活用だよ。
それに武田君のほうから告白してきたんだから、お互い協力関係みたいなものじゃない?
それにしても、途中まではうまくいったのにね。
お兄ちゃん、私と武田君が、『そういう関係』になりかけたらきっと我慢できずに、私の前に姿を見せてくれる、私に触れてくれる。
私の事奪ってくれる。……私はそう信じてたのに。
お兄ちゃんのせいで計画が崩れました。お兄ちゃんのせいで壊れました。お兄ちゃんのせいで狂いました。
でも、勘違いしないでね。
そのために、そのためだけに好きでもない人とお付き合いしたんじゃないよ。
武田君のことはスキ。
たぶん、今生きている人達の中では最も大切な人の部類。
でもね、でもねでもね、でもねでもねでもね。
でもね、お兄ちゃんが一番なの。
お兄ちゃん好きなの。お兄ちゃんがいいの。お兄ちゃんじゃなきゃダメなの。
[……エリ?]
お兄ちゃん以外要らないの。お兄ちゃんさえいればいいの。お兄ちゃんだけでいいの。
お兄ちゃんさえ、いればいい。
だから、もういいの。
これからはお兄ちゃんと二人で生きていくの。
学校も辞める。家にずっといる。お兄ちゃんと一緒に。
他の物なんて、他の人なんて、他の世界なんて、もう要らない。
アハハ。最初からこうすればよかったのかもね。
でも、どうしても私の初めてをもらって欲しかったから。お兄ちゃんに。
だから、策を弄しました。

622:クレイジー兄妹
07/09/24 12:06:13 Lcpy1mzV
でもでも、もうそんなことはいい。もっともっと、傍にお兄ちゃんがいればいい。
お兄ちゃんさえ、いればいい。
どうして気づかなかったんだろう。こんな簡単なことなのにね? 単純すぎて気づかなかったのかな?
お兄ちゃんさえ、いればいい。
ね? だから傍にいてね?
ずっと、ずっと私の事、離さないでね? お兄ちゃん。
[エリ……]
いなくなったりしないよね? 私の事、見捨てないよね?
いい子にするから。いい子になるから。なんでもするから。なんだってするから。
だから。
お兄ちゃん、私のこと見捨てたりしないでね。
いつまでも、いつまでも、いつまでもいつまでもいつまでもいつまでも。
ずっと、ずぅっと私の隣にいてください。

エリの言葉を聞いて俺の意識が遠のく。
これが俺のしてきたことなのか?
俺がエリを守ってきた結果が、コレなのか?
………………。
こんなの、誰に言われなくても不正解じゃないか。
俺は妹を守るという大義名分を掲げ、妹に依存し、妹を依存させていたというのか……?
依存。まさにそれじゃないか。
それで『妹が自立するまで見守る』だと……?
馬鹿だ。俺は本当に大馬鹿だ。
結果的に俺は妹を追い詰め、依存を深くしただけじゃないか。
もしかしたら。
妹は壊れていたのかもしれない。
俺が死ぬ以前から。あるいは俺が死んだから。
……いや。そんなことはない。まだ大丈夫なはずだ。
まだ修正は可能なはずだ。
そう信じるしかない。
………………。
だから。
俺は解決方法がわかってしまった。
依存をなくし、自立させるための、手段。
間違いなく卑怯で、どうしようもなく姑息で、たった一つ、唯一の手段。
それは―エリの依存対象の消失。
……俺の消失。

[よしわかった。お兄ちゃん、傍にいる。ずっとエリの傍にいるぞ]
ホント? 本当に? ずっと、ずっと傍にいてくれるの? 私の傍に?
[ただし、もうエリの目には俺は見えない。エリの耳には俺は聞こえない]
………………。
……え?
[もう、エリは俺のことに気づくことはない]
そんな。そんなそんなそんな。
そんなのは傍にいるって言わないよ?
どうして? そんなことを言うのかな? 言うのかな??
[でも、それでも俺はエリの傍にいる。見えなくても聞こえなくても、俺はエリの隣にいる]
そんなのって、そんなのって、そんなのって―。
[それでも消えるわけじゃない。本当だ]
そんなのって―ずるい。
ずるいずるいずるいずるい。
ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい。
[首を振るな。泣きそうな顔をするな。信じろ、俺を]
ヤダヤダヤダヤダヤダ。
[俺が今までエリにウソを吐いたことがあるか?]
聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない!
そんな言葉なんて聞きたくないよぉ!
……でも。

623:クレイジー兄妹
07/09/24 12:07:49 Lcpy1mzV
でも、でもでもでも、お兄ちゃんがウソをついたことなんて一度もない。
一度も。
[俺が傍にいるんならいい子になるんだろ? 何でもするんだろ?]
そんなの、そんなの酷い詭弁だよ。
詐欺だよ。ペテンだよ!
[いいな。俺が見えなくなってもしっかりやるんだぞ]
逃げるんだ。
[………………]
私のこと置いて、自分だけ逃げるんだ。
私のこと重くなったから、面倒見切れなくなったから、逃げるんだ。
そうでしょ? そうなんでしょう?
[………………]
否定してよ! そうじゃない、って言ってよ!!
これからもずっと傍にいるって、約束してよ!!
[……俺はずっと、エリの傍にいる。約束だ]
嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き!!
もういい! もういい! もういいよ!!
キライキライキライキライキライキライキライキライキライキライ!!
大ッキライ!!
お兄ちゃんなんて、お兄ちゃんなんていなくなっちゃえ!!
消えてよ!! もう顔も見たくない!!
[それでも、俺はエリの傍にいるよ]
馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!
大馬鹿野郎!!
[それじゃあな。元気でやるんだぞ]
消えて消えて消えて!!
なんだよ、なんだよ、なんだよ!
こんなことになるんなら、お兄ちゃんの声なんかにこたえるんじゃなかった!
お兄ちゃんの質問なんかに答えるんじゃなかった!! 本当のことなんていうんじゃなかった!!
失敗だよ! 大失敗だよ!!
あぁあ、もう嫌だ。嫌だよぅ。
お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん。
スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
離したくない、離れたくない、ずっとずっとずっと!!
お兄ちゃん!!
………………。
………………。
……え?
え、え、え?
本当に、消えちゃった……?
お兄ちゃん、消えちゃった…………?
やめて、やめてよぉ。
冗談、だよね?
消えちゃうなんて、そんなこと、しないよ、ね?
え? え?
わかんない。わけわかんない。
どうしよ、どうしよ、どうしよう。
ゴメンなさい、お兄ちゃん。
ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。
ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。
ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。
ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい。
ほら、謝ったよ。
ゴメンなさい。ゴメンなさい。何度でも謝るよ。ゴメンなさい。ゴメンなさい。
あ、あぁぁ、謝り方が悪いのかな?
ほら、ど、土下座だよ。額も擦り付けるよ。…………ね?
も、申し訳ございません。もうわがまま言いません。キライだなんて永久に口にしません。
なんでもいうことききます。なんだって、なんだって、なんだって。
だから許してください。もうしません、もうしません。

624:クレイジー兄妹
07/09/24 12:09:24 Lcpy1mzV
―そんな妹の様子を見せられ、シスコンの俺が何もしないわけがない。
でもできない。
だから、俺はせめて―

―!

あれ? なんか、体が暖かい?
抱きしめ、られてる?
いるの? お兄ちゃん?
見えないし、聞こえないけど、ここに、いるんだね? お兄ちゃん。
私のこと、守ってくれているんだね?
そうなの?
……本当にそうなの?
それとも私、おかしくなっちゃったのかな? 狂っちゃったのかな?
でも、なんだか、判る。
……ああ、そうなんだ。
香り、お兄ちゃんの香りがするんだ。
見えなくても、聞こえなくても判るのは……、暖かく香るからなんだ。
………………。
お兄ちゃん、居るんだね?
ここに、私の傍にいるんだね?
抱きしめてくれてるんだね。
……アハハ。なんだか、笑えてきた。
どうしよう、涙も止まらないや。
そうか、そうなんだ。
本当に、人って嬉しいときも涙が出るんだね。
………………。
お兄ちゃん。
これからも、傍にいてください。

俺は妹の体から腕をそっと離す。
そして、目の前のアンタに話しかけるために立ち上がる。
「アンタ、最初に言ったよな。妹は俺がいなくてもやっていけるって。本当にその通りだ。確かに―」
―俺なんかがいないほうが、妹のためになる。
『よかったんですか?』
「ああ、これがたぶん俺ができる唯一の償いだろう」
逃げるわけじゃない。置いていくわけじゃない。捨てるわけでも、もちろんない。
「荒療治かもしれないが、依存を断ち切るための手段だ」
俺の妹が、俺の自慢の妹が、俺がいなくなる程度のことで壊れるわけがない。
壊れない、壊れるわけがない、壊れさせるわけにはいかない。
「あーあ、これで本当に孤独になっちまったな」
どうなんだろう。
これで本当によかったのだろうか? 
本当は逃げただけじゃないのか? 置いてきただけじゃないのか? 捨てただけじゃないのか?
手に負えなくなったから、怖くなったから、本当の姿を知ってしまったから。
………………。
違う、違うんだ。
コレが唯一の方法のはずなんだ。
「俺が心配しなくても、妹の周りには妹の味方がいっぱい居る。俺なんかに頼らなくても……」
それでも、そんな妹を作り出したのは、兄に依存する妹を作り出したのは間違いなく俺だ。
その責任は取らなくてはならない。
『そんな責任は存在しません。周りの異常な状況からアナタは妹を守ってきただけ』
たしかに妹を守ってきた。
親から親戚からクラスメイトから、周り全ての人間から。守ってきたはずだ。
それでも、よく考えず、妹の心理なんか考えず守ってきたツケは払わなくちゃならないはずだ。
『だったら最後まで、彼女が自立するまで責任もって、見守ってください』
そんなことでいいのか?
もう何もできない俺は、エリのことを見守ることしかできない俺の償いは、それだけでいいのか?
もっと、厳しい罰が必要なんじゃないか?
エリをあんなにしてしまった俺には。

625:クレイジー兄妹
07/09/24 12:11:18 Lcpy1mzV
『過保護なアナタには、手出しできない自分を歯がゆく思うくらいがちょうどいい。ちょうどいい、厳しい罰』
……確かにソレは歯がゆいかもしれないが。
『信じてください。彼女を。アナタの自慢の妹を』
………………。
信じる? エリを? 俺の妹を?
『できませんか? あなたが犯した行為の代償は、彼女自身が修正できるでしょう。アナタの自慢の妹はこれくらいじゃ、壊れません。
立ち直ります、きっと。今まで、自分を守ってくれていた兄の背中を見ていたのです。
今度は、アナタ無しでも歩いてゆける』
………………。
だが。
『それに、アナタ自身言ったじゃないですか。彼女にはもうたくさんの味方が居る。
彼女だけでは乗り越えられない壁でも、きっと、かの人たちが助けて乗り越えさせてくれる』
それじゃ、俺の責任放棄にならないか?
『まだ言ってるんですか? それに忘れていませんか? アナタが彼女を見守ることを言い出したんですよ?
責任? 責任ですって? アナタは、当の昔に死んだんです。
死んで初めて、依存体質の妹の少し奇矯な性質を見て、ようやっとそれに気づいたアナタが
それをなんとかしようと、責任を感じたり、修正を試みたりする。滑稽じゃないですか?
なんて馬鹿げた話でしょう。なんて粘着質な話でしょう。そして、なんて彼女に失礼な話でしょう。
彼女を馬鹿にしないで下さい。生きている人間をこれ以上馬鹿にしないで下さい。
死んだ人間が生きている、生きていく人間にとやかく言うのはナンセンスですよ?』
………………。
『信じましょう、彼女を。見守りましょう、いつまでも。それが、姿を消すのともう一つの
アナタにできる償いです。責任です。責務です。いいですか?』
俺は納得できないぞ。そんなんじゃ。
『別にアナタの納得など求めていません。それに何らかの大きな罰を受け、
それによって償うという根性だったら、そんなもの捨ててくださいね?
それは、そう例えば、最初から夏休みの宿題をせず、なんらかのペナルティーを負うことでソレを回避しようとする、みたいな卑しい行為ですよ?
そもそも第一、もう死んでしまっているアナタにこれ以上の罰なんて……。何をどうやって行えばいいというんですか?
馬鹿馬鹿しい。』
……地獄送りとか?
『はぁ? いい年して地獄なんて信じてるんですか? 冗談はシスコンだけにしてください』
シスコンは冗談じゃないぞ。本気だぞ。
『知ってますよ。あなたは本当に妹さんのことが“妹として”好きだったんですね』
………………。
『そして、妹さんはそうではなかった。ただ、それだけの話なのかもしれません』
……どうだろうな。
『妹さんはこれから最愛の人を亡くした、否、依存対象を喪失したことによる重荷を背負って生きていかなければなりません。
何年越しの苦行になるのか、見当もつきません。そして、あなたはそれをただ見守ることしかできない。
さっきから言っているとおりあなたにも相当辛い体験になるかもしれません。
でも、それでも信じて下さい。人間というものの―』

626:230
07/09/24 12:12:24 Lcpy1mzV
長らく垂れ流しを許容していただいたSSですが、
次回で完結です。
今しばらく、駄文にお付き合いください。

627:名無しさん@ピンキー
07/09/24 13:14:56 sGeh4hwJ
貴様……!
GJ


妹意外に黒いなwww

628:名無しさん@ピンキー
07/09/24 20:11:21 p+Lp/xR3
>>626
うん。面白かった。面白かったけどさ、この展開じゃ妹スレの方が相応しいんじゃないか?

629:名無しさん@ピンキー
07/09/24 22:26:44 /6QclrzQ
GJ!妹怖いよw

無口、妹、ヤンデレ、依存
すげえ、四つのスレまたげるぞ。

630:565
07/09/24 23:15:13 n82dSBuw
(´・ω・`) やあ。
今回の話には、グロテスクなシーンや暴力的な表現が含まれるんだ。
と言うわけで、それらのシーンが苦手な人はあらかじめ回避する事をおすすめする。
じゃあ、続きを始めようか。

631:『彼女』の呼び声 第四話
07/09/24 23:16:21 n82dSBuw
 持ってきた食べ物を二人で仲良く分け合って―食べた量は圧倒的に彼女の方が多いが―ふと仁は喉の渇きを覚える。
 そう言えば、食べ物は色々持ってきていたが飲み物を用意していなかった。

「ちょっと待っててくれ。そこの自販機で、何か買って来る」

 寄せ合っていた体が離れ、彼女がちょっと不満そうな声を上げる。
 宥めるようにその頭を抱き寄せ、額に優しくキス。

「すぐ戻って来るから。何か、飲みたいものはある?」

 仁の問いに、少女は小さく頭を振った。

「そっか。じゃあ何か適当に買って来るよ」

 そう言って、仁は公園の入り口へと駆け出した。


 真夜中にもかかわらず、煌々と明かりを湛えた自販機に硬貨を投入。
 続けて迷う事なくボタンを押せば、自販機は堅く重い音をたてて、炭酸飲料の缶を吐き出す。

「さて、何にしようかな?」

 彼女には何を買って行くべきか。腕を組み考える。
 やはり女の子だし、甘いミルクティが良いだろうか。
 それともさっぱりと緑茶か。あるいは仁と同じものが良いか。

「うーん。悩むな……」

 口先では困ったように言いながら、しかし仁の表情は緩んでいる。
 どんな飲み物を買って行くか。そんな他愛のない選択すら、とてつもなく楽しい。
 ほんの一週間前まで、自分がこんな風に甘い時間を過ごすなど考えたこともなかった。

 楽しいのは直接一緒にいる時だけではない。
 夜、眠りに着く前は抱き締めた彼女の柔らかさと温かさ、そして楽しかった時間を思い返し、朝は今日は彼女とどんな一日を過ごすのだろうと夢想する。
 普段の生活にも張り合いが出て、学校でクラスメイトと話すことも多くなった。

「ホント、不思議な娘だよな……」

 ただ一緒にいるだけで、こうまで自分を変えて行く。
 だが、変化は決して不快なものではなく、むしろ変わって行くことが心地良い。

「―と、あんまり待たせると怒られるな」

 我に返ると、わずかな逡巡の後、ミルクティを選択。
 転がり出た缶と、長らく持っていたせいで軽く水滴の付着した炭酸飲料の缶を抱え、仁は急ぎ彼女の元へととって返そうとした。

 その時だ。夜気を切り裂く、不快な排気音が響き渡ったのは。

632:『彼女』の呼び声 第四話
07/09/24 23:18:20 n82dSBuw
 それは、このあたりでも有名な不良達だ。
 珍妙な改造を施したビッグスクーターに、だらし無く着崩した服。
 珍走団と呼べるほど規模こそ大きくないものの、やっていることは彼らと大して変わらない。
 万引き、恐喝、暴行、そして強姦。
 被害の報告こそ多いものの、しかし巧みに逃げ回り、現行犯で捕まることはめったにない。

 そう言えば、少し前までこのあたりは彼らの溜まり場だった。
 警察が見回るようになって一時期は姿を消していたが、どうやら戻ってきたらしい。

 音自体はやや遠い。おそらく仁のいる場所からはちょうど反対側だろう。
 が、彼らがもし、真っ直ぐに公園の中心へとやって来れば―彼女が、危ない。
 そのことに気づいた瞬間、仁は可能な限りの全力で、彼女の元へと急ぐ。


「ねえ君。こんなところで何してんのぉ?」

 髪の毛をけばけばしい金色に染めた、前歯の数本欠けた少年が、にやにやと笑いを浮かべながら、少女の顔をのぞき込む。

「あれじゃない? 家出中」

 スクーターのサイドスタンドを立てながら言うのは、同じく金髪の少年。こちらは前歯は揃っているが、代わりに酷いニキビ面だ。
 ニキビ面の言葉に、歯欠けは笑って、

「ひょっとしてここで野宿でもするつもり? だったら俺達が泊まれるところに連れてってやるよ」
「大きなベッドにシャワーもあるしね」

 歯欠けとニキビが言いながら、近寄ってくる。
 もう一台のスクーターに分乗していた少年たちも、少女の逃げ道を塞ぐように並んだ。

「な、いいだろ?」

 少女の腕を掴んで強引に立たせる。それは誘いではなくより強制だ。
 だが、不良達に囲まれてもなお、彼女は声ひとつ上げないし、怯えた様子も見せない。

「なあ。こいつ、ひょっとしてアレか?」

 反応を欠片も見せない彼女に、後から来た少年の一人が、その頭を指さしくるくる回す。

「だったらむしろ好都合じゃん。さ、行こうぜ」

 と、不意に彼女が声を上げた。
 言葉というより異音に近い、名状し難い声。
 本能的にその異質さを感じたのか、思わず不良達が手を放す。
 仁が駆け戻ってきたのはその時だ。

「待たせたな。じゃあ、行こうか」
「――♪」

 回りを意識しないような自然さで彼女の前に行くと、その手を掴んで歩きだす。
 割合優等生な仁は、喧嘩の経験などほとんど無いし、トラブルに巻き込まれそうな場所にはめったに近寄らない。
 だから、出来る限り刺激しないように、駆け足にならないように速足で。
 が、不良達が呆気に取られていたのはほんの一瞬だった。

「おいおい、どこに行くんだよ?」

 肩を思いっきり掴まれる。さすがに鍛えているのか、掴まれた箇所に痛みが走った。

「いや、まあ……その……」

 視線を合わせないように曖昧に答える。

633:『彼女』の呼び声 第四話
07/09/24 23:18:59 n82dSBuw
「ああ? 聞こえねぇよ! もっとはっきり言えよ!!」

 恫喝するように大声を上げる歯欠けを宥めたのは、意外なことに仲間のニキビ面だった。

「まあまあトシちゃん。ほら、眼鏡君がびびってるよ」

 確かにニキビ面の言うとおり、精一杯の虚勢を張りながらも仁の足は細かく奮えている。
 が、だからといって屈する訳には行かない。―彼女を守らなければならないから。

「いや。悪いね、眼鏡君。こいつ、見ての通り馬鹿でスケベだからさ」
「んだと、だれが馬鹿だっ!?」

 ニキビ面の言葉に歯欠けが顔を真っ赤にして怒鳴る。
 が、ニキビ面は構わず、

「僕らはただ、楽しく仲間で遊びたいだけだからさ。邪魔しないならとっとと帰っていいよ」

 それは願ったり叶ったりだった。元より、こんな奴らに好き好んで関わるつもりはない。
 仁は彼女の手を引いたまま、急いで歩きだそうとして―次の瞬間蹴り飛ばされた。
 力任せに叩き込まれたつま先が脇腹に突き刺さり、思わず仁は肺の中の空気をすべて吐き出し悶絶する。
 倒れた仁の体を踏み付けながらにやにや笑いを浮かべてるのは、彼を蹴り飛ばした張本人。ニキビ面の少年だ。

「わかってないなぁ、眼鏡君。言っただろう? 僕はみんなで楽しく遊びたいって。
―みんなで、この娘とね」
「ひゃははは、そう言うことさ。眼鏡君は帰ってアニメでも見てな!」

 歯欠けや他の少年もゲラゲラと笑う。
 駆け寄ろうとした彼女が少年たちに阻止され、そのまま芝生の方へと引きずられる。

「じゃあね、眼鏡君」

 とどめとばかりにもう一度つま先を叩き込み、ニキビ面も仲間達の元へと歩いて行く。
 痛みと涙に滲む視界に映るのは、少年たちの体越しに見える、芝生に押し倒された彼女の姿。
 ―瞬間、仁の中で何かが切れた。

 自分でもなんと言っているか分からない滅茶苦茶な叫びとともに、ニキビ面の後頭部目がけ、手にした炭酸飲料の缶を投げ付ける。
 後頭部にジャストミートした缶は、圧力が限界に達したのか命中地点で破裂。周囲に内容物を撒き散らす。
 その光景に、少年たちの動きが止まった。

「ぶわはははっははは! マーちゃんマジうける!!」

 歯欠け達が指をさして爆笑するが、ニキビ面の少年は当然のごとく笑わない。
 ただ、奥歯を噛み、仁の方を振り返るとただ一言。

「―ぶっ殺す」

 それからは、一方的なリンチだった。
 元より喧嘩などめったにしない優等生だ。一対四では敵うはずもない。
 正確には、彼らの一人は少女を押さえ付けていたから一対三だが。

634:『彼女』の呼び声 第四話
07/09/24 23:19:51 n82dSBuw
「ワイが浪速の闘拳やー!」

 ボクシング選手の真似をした歯欠けの拳が、後ろから羽交い締めにされた仁の腹にめり込む。
 思わず胃の内容物を吐き戻した仁に、しかし容赦はされない。

「まだオネンネするには早いぜ、眼鏡君」

 ニキビ面に髪の毛を掴まれ、地面へと叩きつけられる。
 もはや、仁の体はサンドバックと言っても過言ではない惨状を示していた。
 砕けた鼻からは血が溢れだし、前歯も数本欠けている。これでは目の前の歯欠けを笑えない。
 腹や足などの目立たない箇所は特に執拗に殴られている。
 あばらにヒビでも入ったのか、息をする度に酷く痛んだ。

 だがそんなリンチにあっても、仁は平気だった。
 少なくとも、彼をリンチしている間は不良達は彼女に手を出している暇はないから。
 あとは、だれかが騒ぎに気づいて警察を呼んでくれれば―

「あー、なんか飽きて来たな。もう終わりにしてあの娘と遊ぼうぜ、マーちゃん」
「そうだな。そろそろ終わりにしておくか。じゃあ最後に……」

 そう言うと、ニキビ面はスクーターの横に括りつけてあった、一本の鉄パイプを引き抜く。
 元の色が分からなくなるほど使い込まれたそれを手にニヤリと笑い、

「じゃあ、そいつ押さえ付けててよトシちゃん。暴れられて手元が狂ったりしたら大変だから。
あ、あとケンちゃんはその娘こっちに連れて来て。せっかくだから特等席で見てもらおう」

 声にならない声で彼女が暴れるが、しかし力が違い過ぎた。
 がっちりと押さえ付けられ、視線を逸らすことも許されず、これから始まる惨劇に顔を向けさせられる。

「マーちゃんの、ちょっと良いとこ見てみたい♪」
「そーれ、一気! 一気!」

 囃し立てる少年たちの声の中、仁の頭目がけニキビ面が全力で鉄パイプを振り下ろす。
 堅質な鉄の固まりは狙いを違う事なく目標へと命中し、鈍い音と共に内容物が周囲へと飛び散る。
 惨状に無理やり顔を向けさせられた少女の白い肌に、飛び散った赤い色は良く映えた。

 そして仁は、己の中で中で決定的な何かが砕ける音を聞きながら、意識を失った……。

635:『彼女』の呼び声 第四話
07/09/24 23:20:47 n82dSBuw
 頬にあたる、冷たい感触に目を覚ます。
 背中に感じる硬い感触は、公園のベンチか。
 が、不思議と頭の下の感触は柔らかく、暖かい。

「あれ、俺は―?」

 状況が理解できず、そう呟いた仁に応えたのは、聞き慣れた少女の声。
 が、微妙に撥音が不明瞭だ。相変わらずの名状し難い声なので区別はしづらいが。

「――?」

 頬にあてられた白い手。ひんやりとした感触の正体はこれか。
 そして、頭の後ろの柔らかな感触は、彼女の膝。
 どうやら、ベンチの上で彼女に膝枕をしてもらいながら介抱されていたらしい。
 心配そうに仁の顔を覗き込む彼女は、しかし何故か口一杯に何かを頬張っている。
 その姿がまるで栗鼠のように愛らしく、思わず仁は吹き出した。

「――!」
「ああ、悪い悪い。ごめんな、心配かけて」

 ―何よ、心配してあげたのに!
 少女の不満げな声に、仁は笑いながらも応えるが、笑った瞬間、頭の奥がズキリと痛んだ。
 手を当ててみれば、そこには大きな瘤。

「うー、痛ぇ……」

 思わず呻いた仁だが、その瞬間気を失う直前までの記憶がフラッシュバックする。

「――! そうだ、あいつらは!?」

 身を起こし、周囲を見回す。
 だが、あの不良達の姿はどこにも見えない。

「――?」

 相変わらず口をもぐもぐさせたまま、彼女が首をかしげた。

「なあ、あいつらはどこに行ったんだ? いやそれより、君は平気だったのか―?」
「――」

 一抹の恐れを抱きながら仁が尋ねる。
 が、少女は柔らかな笑みを浮かべ、心配そうな仁の頬にそっと残った左手を伸ばした。
 ―大丈夫。貴方が護ってくれたから。

 彼女の姿に視線をやれば、確かに服の所々は皺になっているものの、破れられたりしたような跡はなく、そしてわずかに覗く肌にも傷一つなかった。

「そっか、無事だったんだ……。良かった―って、痛っ!?」

 胸を撫で下ろした瞬間、再び頭に鈍痛が走る。
 そんな仁の肩に手をやると、少女は再び彼の己の膝へと導いた。

「あ……うん。ありがとう」

 頭にあたる柔らかく暖かな感触にどぎまぎしながら礼を言う。
 そのまま上を見上げれば、小ぶりではあるが柔らかそうな彼女の胸が視界に入り、仁は慌てて横を向いた。
 その時だ。地面に残された跡と、散らばるモノに気づいたのは。

636:『彼女』の呼び声 第四話
07/09/24 23:21:38 n82dSBuw
 それは、急発進させようとしたタイヤの跡と、派手に転んだ痕跡。それに砕けたスクーターのミラーだ。
 詳しい事情は分からない。が、類推することはできる。
 恐らく、警察か地域の住人が騒ぎを聞き付けたのだろう。
 そして、人の気配に気づいた不良達は、慌てて仁達を置いて去って行った、と行ったところか。
 そう結論付ようとして、しかし仁の中の何かが否と言った。

「―あれ?」

 何か決定的な記憶の欠落がある気がする。
 思い出せ。気を失う直前、自分はどんな状態だった?
 それに、持ってきた食べ物はすべて食べきってしまったはずだ。
 なら、彼女が今口にしているのは一体何だ?

 そして気を失う直前、彼は何を耳にし、暗く沈む視界の中に、一体何を見た?

「……っ!?」

 頭が痛む。視界がぶれ、気分が酷く悪い。だが―

「――」

 ―心配しなくて良いよ。怖いことはもう、何もないから。
 もうすっかり聞きなれた彼女の声がゆっくりと仁の中に染み渡っていく。
 仁は手を伸ばし、まるで母親にすがる幼子のように、彼女の片方だけの手をしっかりと握り締めた。
 そして、彼女に髪を優しく撫でられる度、彼の中から違和感と焦燥感が消えて行く。

「――」

 ―目を閉じて、次に目を開ければ、全ては元通りだから。

「うん……そうだな。何だか今日は……すごく疲れた……」

 再び、仁の視界がゆっくりと暗く沈んで行く。
 だが今度のそれは酷く優しく、穏やかなものだった。
 だから仁は抵抗する事なく、その眠りに身を委ねる。

「――」

 ―だから、今は……おやすみなさい。


 次に目を覚ますと、仁は公園のベンチで眠っていた。
 腕時計の示す時間は日付の変わるころ。周囲のどこを見回しても、彼女の姿はない。
 無人の公園で、仁は一人、途方に暮れて天を見上げる。
 たった一人で見る月は、彼女と一緒だった時と比べ、酷く冷たく、不気味に見えた。

637:『彼女』の呼び声 第四話 後書き
07/09/24 23:26:19 n82dSBuw
そんな訳で第四話でした。エロも萌えも無くてほんとごめん。
次はまた萌え萌えな展開に戻る……予定。
では、本日はこの辺で。

638:名無しさん@ピンキー
07/09/24 23:37:59 sGeh4hwJ
こ、これは…………
や、やべえ、彼女の正体と続編が気になってしかたがねえ……
そして凌辱が始まらなくて安心
しかし、あの不良共はどこへ……ま、まさか……


最後にGJ!!せんせー!今夜は続きが気になって眠れなさそうです!!

639:名無しさん@ピンキー
07/09/24 23:41:03 4yDSdY8n
GJ!
リアルタイムで遭遇してドキドキしたよ
弱いながらも彼女のために命張る彼氏に感動した!
しかし……空白の時間になにがあったか気になって夜しか眠れないぜ

640:名無しさん@ピンキー
07/09/25 23:04:08 OVJVuHZ8
なんというGJの連打だ
>>626

>>637
も素敵だっ!

641:名無しさん@ピンキー
07/09/25 23:31:47 9avS9P88
>637
く、、、喰った?!

なにを喰ったかは知らないけどな!w


てなわけで、GJ
続き期待

642:名無しさん@ピンキー
07/09/26 08:52:03 uRWNf2BD
呼び声とか名状し難き~とかSAN値が減りそうでGJ。
これで冒涜的な~とか出たらSAN値が0になるとともにアリスに萌え狂う

643:名無しさん@ピンキー
07/09/26 12:21:37 RmEG0RyN
GJ!
しかし、最後は「窓に!窓に!」とか言いながらバッドエンドになりそうな雰囲気だなw

644:名無しさん@ピンキー
07/09/26 16:32:37 Fz3wX352
>>626
>>639

どっちもGJ!! 超GJ!!
しかしどちらも不幸せな終わりを迎えそうで気になるわー
両方とも、幸せになってほしいカップルなんだよなぁ。

いや、読者の意見なんかで作者の決めたラストは変えてほしくは無いけどね。
ドキドキして終わりを待つかー。

645:名無しさん@ピンキー
07/09/26 16:36:55 Fz3wX352
>>644
スマン、637の間違い

646:名無しさん@ピンキー
07/09/27 00:26:45 jaW35+X8
ホラー萌えというかなんというか……
ああもうぼかぁ新境地に目覚めてしまいそうですよ!?

647:230
07/09/27 16:42:04 62G2Gjnw
これより、投下させていただきます。
今回はエロは微塵も御座いません。
真に申し訳御座いません。
それでも構わないと言う方は、片手間にでもお読みください。
それでは、本文です。

648:クレイジー兄妹
07/09/27 16:43:21 62G2Gjnw
俺が死んで数年が経過した。
俺の事を感じることがなくなったエリ。
そんなエリを支えてくれた武田。
そして、二人を見守り続けることしかできなくなった俺。
………………。
俺の事を本当の意味で喪失してしまったエリのこの数年は……。
酷い、本当に酷い数年だった。
“アイツ”は地獄を否定したが、その数年の二人は間違いなく地獄と形容しても差し支えは無いはずだ。
それほど酷かった。
地べたを這い蹲り、砂を噛み、泥水を啜るような日々が過ぎ、経過していった。
………………。
それでもエリは立ち上がった。
武田は、周りの人間たちは、そんなエリを文字通り支えてくれた。
その時、俺は確かに見た。
人間というもののしぶとさを、図太さを、強かさを、……素晴らしさを。
そして、知った。
本当に俺は必要なくなった、といういことを。
だから、決めたんだ。
あの二人に来るべきときが来たときに。
―決断したんだ。

コンコン。
儀礼的にノックをする。
本当はもう必要ないことは知っているが、入るたびにソレをするのを忘れない。
「は……いる、よ。……ぉにぃ、……ちゃ、ん………」
一声かけるのもその一連の儀式の一つだ。
私は、もう使われなくなって久しい兄の部屋に入り、彼を招き入れる。
彼は始め躊躇していたが、私の顔を見て決心したのか、ようやく足を踏み入れた。
「キレイだね」
意外そうな彼の声。
キレイなのは当たり前。
私が部屋の中を定期的に掃除しているので生前より清潔なくらいだ(というのは言い過ぎだろうか)。
私は部屋の中心で大きく深呼吸する。
あの時以来、感じることのなくなった兄の香りを、気配を、全身で感じたような気がした。
私たちは二人して、兄の机の前に横に並んで立つ。
彼の顔をうかがう。
(本当にするの?)
彼の顔には、そうはっきり書いてあるのを感じる。
しかし、コレは必要なこと。
そして、とっても重要なことなのだ。
私は彼に頷き、彼も迷いを振り切った顔をして私に頷き返した。
もう一度深呼吸をして、兄の机の正面に向き直る。
そして、少し目を閉じた後、私は口火を切るように口を開いた。
「ぉにぃ、……ちゃぁ、ん………。きょ、きょ、うは……ほぅ、こっくが……ぁる……の」
………………。
もちろん、返事はない。
構わず私は続けた。
「……わぁた、し。……こ、のひぃ、と…………と、け、こん……しまぅ」
私は彼の顔を見上げる。彼も私のほうを見ている。
そして、決然とした表情で彼は、さっきの私と同じように前を向いた。
「……お久しぶりです、お兄さん。武田です。武田信輝です」
私は彼が真剣に名乗っただけで泣きそうになってくる。
ありがとう。
こんな馬鹿げた、異常なことに付き合ってくれて。
ありがとう。
「僕、大学卒業したら、就職することになってます。もう、内定ももらってます。僕の両親と、
エリさんの両親もこの結婚に賛成してくれました。失礼ながら最後になってしまいましたが、ご報告にあがりました。
……スイマセン。敬語とか上手にできなくて」
そんなこと、ない。
確かに、上手ではないかもしれないけれど、伝わってる。

649:クレイジー兄妹
07/09/27 16:45:34 62G2Gjnw
伝わってるはずだよ、信輝くん。
「でも、お兄さんには正直、複雑な感情しかもてません。お兄さんが彼女のこと、
……エリさんのこと、昔から守っていたのは知ってます。でも、そのせいでエリさんは
お兄さんが死んで、相当、苦しみました。何年も何年も。お兄さんに、……依存してたから」
………………。
「それに、そんな理想的な偶像になってしまったお兄さんに張り合わなくちゃならなかった僕も、苦労しましたし、苦しみました。
……すみません。生意気なこと言って。……でも、事実です。恨み言の一つぐらい言わせてくだ―」

[ふん。図に乗るなよ。武田]

「………………、―え?」
[とはいえ、その気持ち、分からなくなくなくも、なくなくない]
「僕、え、………………えぇぇ、ど、な、何……?」



彼の様子がおかしい。
彼の顔を見上げると、彼は目を見開き、顔を青くしたり真っ赤にしたり忙しい。
まるで、そう。

幽霊にでもあったように。

「……ど、ぅし、たの……?」
しかし、彼は固まったまま答えない。
[やはり、武田、お前にしか聞こえていないようだな]
「………………ひ、ひぃぃぃ」
彼は気の抜けるような声を出した後、その場に跪いてしまった。
「のぉぶ、て、るくん。……らい、じょーぶぅ……!?」
[おいおい、コレくらいのことで気を失うとは、本当にコイツで大丈夫なのか? ま、都合はいいが……]
「のぉぶ、てるくぅう……! のぶ、てぃ、るく、ん……!?」
私は白目を向いている彼の肩を揺する。
それが功を奏したのか、彼の黒目が戻ってくる。
「ぁ、だぃ、じょー……ぶ?」
彼はいきなり立ち上がると、大きく深呼吸した。
そして、そのまま体を軽く動かす。
「のおぶ……てぇる………くん?」
その時。
気づいた。
彼の体から、あの時以来、感じることのなかった香りが漂っていることを。
この部屋に、かつて充満していた懐かしい、あの香り。
姿勢を正した彼は、私を立ち上がらせると、私の頭を豪快に撫でた。
「短い髪も、よく似合ってるぞ、エリ」
それは幼い頃、あの人がよくしてくれた行為。
信じられないが、でも、直感が伝えてくる。
私は、震える声で告げた。
「………お、お兄ぃ……ちゃぁ、ん?」
彼は、その人は、思い切り破顔した。
「久しぶりだな。エリ」
間違いない……! この人は、この人は……!
私の目から涙が溢れてくる。
でも、私は泣かない。
目の前の人に泣きついたりもしない。
だって、そんなことをしたら、せっかく出てきてくれたのに―
「ひさ、ひさしぶぅい、だぁ……ね」
―安心させられないじゃないか。
その人は笑顔のまま言う。
「結婚の報告か。わざわざ、どうもな」
「い、いちぉう、ね」
本当は一番に報告したかった。
そして、成長した自分の姿を知って欲しかった。

650:クレイジー兄妹
07/09/27 16:48:45 62G2Gjnw
「でも、必要なかったかもな。俺はお前の傍にずっといたから。お前らのこと、ずっと見てたから」
「……スゥ、トーカー?」
かの人は、私の軽口に軽く吹き出す。
「おいおい。見えなくても聞こえなくても、ずっとお前の傍にいるって、約束しただろ?」
「ふ、ふふ。わぁ、かぁぁて、る」
見えなくても聞こえなくても、ソコにいてくれていると信じるだけで、安心できた。
でも―。
「……でも、もう俺は必要ないよな?」

―今度こそ本当にお別れしなきゃ。

「……ぅん」
判ってる。解ってる。わかってる、ハズ、なんだ。
かの人は、おもむろに天井を見上げる。
「それにしても、お前には迷惑かけたなぁ。この数年、ものすごかったものな。
っていうか、結果論的には武田に迷惑かけっぱなしなような……。お前のほうから謝っといてくれよ。
俺が悪かった、って言ってたって」
「……う、ん」
違う。
私は迷惑なんてかけられてない。
信輝くんには迷惑だったかもしれないけれど、それでも、私は迷惑なんてかけられていない。
私のほうこそ、お兄ちゃんに守ってもらってばかりで。
お兄ちゃんが生きている間中、死んでからも。
こんな私のことなんかを。
「さて、本当はもっと色々話したかったんだけど、もう時間みたいだ」
「……行ぃく、の?」
イヤだ。
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ。
本当は泣きつきたい。
あの時のように駄々をこねて、あの時のように引き止めたい。
でも、もう、そんなことはできない。
……お兄ちゃんのこと、休ませてあげないと。
「握手しようぜ。我が妹よ」
「ぁうく、しゅ?」
かの人は大きく頷いた。
「そう。別れの記念だ。……いいだろ?」
別れ、という言葉に、私の胸がビクリと反応する。
でも、そんなことは表には出さない。
「……へぇん、なぁ……の。でっもぉ、ぃいよ……」
かの人は右手をズボンに擦りつけ、手の汗を拭く。
私もソレに習い、スカートで簡単に手を拭った。
そして、どちらともなく手を差し出し、握手した。
「じゃあな。エリ。幸せになるんだぞ」
「ぅん。バ、イ……バァイ。お、にぃぃ、ちゃあ、ん」
かの人は私の手を握ったまま、全身の力を失ったように床に倒れこんだ。
私は両手でかの人の手を握って、しゃがみ込む。
たぶん、もうじき彼が目を覚ますだろう。
まだ、かの人がその辺にいるかもしれない。
でも私は我慢ができなかった。
私は力なく倒れた、かの人の体に抱きつくと、力いっぱい泣いた。
別れの意味を初めて理解した子供のように。
泣いて、泣いて、泣きじゃくった。
涙が溢れて止まらない。
わんわん泣く。
そして、泣きながら思う。
かの人に対する感謝と、謝辞と、別れを。

お兄ちゃん。
私、しあわせになります。
だから。そして、おやすみなさい。

651:230
07/09/27 16:56:39 62G2Gjnw
以上です。

稚拙なSSにここまで付き合ってくださった方々。
駄文の垂れ流しを許容してくださった方々。
あまつさえ感想まで書き込んでくださった方々。

皆様のおかげで何とか完結させることができました。

此処までのお付き合い、本当に有難う御座いました。




……しかし、今回の作品で自分の力不足を痛感いたしました。
ほかのSS書きの皆様に負けぬよう、頑張っていこうと思います。

では、また、いずれ此処か、何処かでお会いいたしましょう。
その時まで御機嫌よう。

652:名無しさん@ピンキー
07/09/27 16:59:29 zwVxTOm5
一番槍GJ
期待してるのでまたいつか投下して下さい

653:名無しさん@ピンキー
07/09/27 17:53:15 9N9h6amt
GJGJ!
次も期待してるぜー

654:名無しさん@ピンキー
07/09/27 17:56:08 xj94x19v
GJ~!

いいねえいいねえ、ちょっと前が滲みましたね

また書きにきてください

655:名無しさん@ピンキー
07/09/27 22:37:06 5aw8wMCg
乙。
題名とは裏腹に、かなり健全な作品でしたなあ

656:名無しさん@ピンキー
07/09/28 04:06:35 o1+Fww1B
保守

657:名無しさん@ピンキー
07/09/28 18:19:13 Mto4QkYd
>>651
ガチで軽く涙が出ました・・・・
Gj。そして乙。

しかし次の文。

「妹は脳の言語野に後天的な障害がある。
そのせいで妹は、極めて端的なことを、極めてゆっくりとしか話せない。 」

だから「……ど、ぅし、たの……?」
になるんだが、依存が発動した時は饒舌になったなww

書きもしない俺に文句を言われるのも癪だろうから
これ以上は言わんよw

しかしGJ


658:名無しさん@ピンキー
07/09/28 19:49:24 YfPn//pl
出会い系で逢えないのって理由がある。

URLリンク(550606.net)

659:名無しさん@ピンキー
07/09/28 21:42:24 NxkyVnyT
やつはスルーで削除待ちしないと

それはそうと>>651GJ!!
早く新さ(ry



そういえば、かおるさとー氏とかじうご氏とかどうしてるんだろ

660:名無しさん@ピンキー
07/09/29 00:32:21 +3U0Ewbm
>>651GJ!
タイトルや途中の流れからヤンデレかと思ったけどすごく綺麗で感動的な話でした。
できればもっと長く続いてほしかったくらい……
とにかくGJ!

ところで彼女の呼び声なんだけど次話で仁の日常を書こうと思ったら、アリスの出番が皆無になりそうなんだ
さすがにこれはまずいかね?(´・ω・`)

661:名無しさん@ピンキー
07/09/29 00:43:49 VrxH1mQV
>>660

どこに問題があるんだ!!
我々はただ提供された作品を読むのみ……!

662:名無しさん@ピンキー
07/09/29 05:21:44 M+UyQWV3
>>660
いちおうスレタイを意識しておいては欲しい、とだけは言っておきたい。

663:名無しさん@ピンキー
07/09/29 10:23:10 mhqUey4a
ジャンプのバトル漫画が全話戦っているわけじゃなし、
問題はないですよね。
ただ、アクションシーン無しに10話も20話も続くと、それは読者に
オカシク思われても仕方が無いわけで。

ってとこで、作品の方向性さえ見失なわなければいいんじゃないでしょうか。


664:名無しさん@ピンキー
07/09/29 15:55:36 u2IxKkEI
物語が最終的に無口萌えできれば構わないかと

665:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
07/10/01 10:10:12 4EGvICgj
お久しぶりです。かおるさとーです。
また二ヶ月も開いてしまいました。くやしいっ、でも慣れきっちゃう……最悪ですね。
以下に投下します。
今回縁シリーズ最終話のはずでしたが、スレの残り容量が足りなさそうなので別のやつを。
小ネタのようなものなのでエロはなしです。すみません。

666:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
07/10/01 10:11:07 4EGvICgj
『幼馴染みとエプロンと』



 彼女は小さくて、無口で、愛想も何もないけれど、
 制服の上からエプロンを着けたときだけ、ぼくだけの無敵の存在になる。


「ねえ橋本」
 昼休み、急に声をかけられてぼくは席に着いたまま振り返った。
「なに?」
 見るとすぐ後ろに同じクラスの女子が立っていた。出席番号2番、今口翔子(いまぐちしょうこ)。
「ちょっといいかな」
「?」
「あんたさ、甘利(あまり)と仲いいよね」
 急な問いかけだが、ぼくは揺れない。何度か訊かれ続けたことがあるので、もう慣れきっていた。
「まあ、幼馴染みだし」
「……付き合ってんの?」
「……随分ストレートだな」
 またこの質問だ。そして答えはいつも同じ。
「違う。そんな事実はない」
「ホントに?」
「うん。で、なぜそんなことを?」
 聞き返すと、今口はあははとごまかし笑いを浮かべた。
「いや、甘利が来てるから」
 言われて教室の入り口を見ると、見知った顔がぼんやりと佇んでいた。
 ぼくは立ち上がり、今口に礼を言う。
「ああ、ありがとう」
「いや、別に礼はいらないけど……」
 なぜか口ごもる今口を尻目に、入り口に向かう。
 甘利紗枝(さえ)はぼくの顔を見るや、手に持っていた何かを目の前に突き出してきた。
「……紗枝?」
「……」
 突き出されたものは、弁当箱。
「持ってきてくれたのか?」
 こくこくと頷く紗枝。それからちょいちょい、と天井を指差した。
「屋上か。わかった、先に行っててくれ。飲み物買ってくから」
 素直に頷くと、紗枝は足取りも軽く廊下を駆けていった。
 それを見送ってぼくも準備をする。鞄から財布と携帯電話を取り出して、
「やっぱり付き合ってるようにしか見えないけど」
 不意に横から言われて、つい苦笑した。しつこい。
「ホントに違うんだけどなー……」
 小さく呟いてみる。聞こえたのか、今口が軽く吹き出した。
「ごめんね、変なこと言って。じゃ、甘利によろしく」
「ああ、伝えとく」
 持ち物をポケットに収め、ぼくは教室を飛び出した。


 甘利紗枝は近所に住む幼馴染みだ。
 最初の出会いは四歳。公園の砂場でとても上手いゾウの絵を描いていた。
 その日からぼくらはいっしょに遊ぶようになった。
 無口な紗枝を引っ張るのはぼくの役目で、いろんなところを駆け回った。公園で、街中で、空き地で、家の中で、たくさんの日々を過ごした。
 それは幼稚園、小学校、中学校と同じところに通い、同じ高校になった今でも、基本的には変わらない。
 小さい頃のように駆け回ることはできないけれど、同じ時を過ごすことはできる。
 ずっと同じ道を歩んできた、大切な友達。
 それが甘利紗枝だった。

667:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
07/10/01 10:13:38 4EGvICgj
 屋上で差し出された紗枝の手作り弁当を見て、ぼくはたまらず唸った。
「クリームコロッケ六個入りは反則だ。わざわざぼくの好物を入れてくれる辺り、さすが幼馴染み!」
「……」
 紗枝はおかず箱に箸を伸ばすや、中身を半分に仕切り始めた。
「あ、やっぱり半分こなんだ」
 頷く紗枝。
「うぅ、ぬか喜びはダメージ三割増しなんだぞ」
「……」
 紗枝は首を傾げると、また箸を伸ばした。自分の側からぼくの側に、クリームコロッケを一個移す。
「え? くれるの?」
 首が縦に振られた。
 感謝感激雨あられですよ紗枝さん。
「じゃあ卵焼きと交換ってことで」
 いただきます、と手を合わせ、ぼくらは弁当を食べ始めた。
「んじゃこれ、卵焼き」
「……」
 紗枝は無表情だ。ぼくは気にしない。これが紗枝の常態だからだ。
 代わりにちょっとからかってみる。
「昔みたいにあーんとかしてあげようか?」
 ぼくは卵焼きをつまみ上げると、紗枝の前にゆっくりと持っていく。
「はい、あー……」
 瞬間、紗枝の左手が稲妻のように閃いた。
「うわっ」
 同時にぼくの右肘に軽いしびれが走り、思わず卵焼きを投げ出した。
 紗枝はそれを右手の箸で正確にキャッチし、自分の口の中に放り込む。
「……」
「……」
 もぐもぐもぐもぐ。
 凄まじい早技の後にもかかわらず、紗枝の表情は変わらなかった。
「ごめんなさい、はしたない真似をしました」
 微かに怒っているのを見て取り、ぼくは素直に謝った。
「……」
 わかればよろしいとばかりに肩をすくめる紗枝。
 悪ふざけが過ぎたようだ。ぼくも食事に戻る。せっかくのクリームコロッケなのだ。おいしくいただこう。
 口に入れた瞬間、甘く柔らかい感触にぼくはとろけそうになる。
「うん、うまい」
 大げさな感想など必要ない。この料理を讃えるのに多くの言葉はいらない。
「……」
 紗枝は無言で差し入れたペットボトルのお茶を飲む。
 そのとき、横合いから声がかけられた。
「紗枝せんぱーい」
 複数の声が重なるように響く。一つ下の学年色のスリッパを履いた女子が二人こちらに寄ってきた。
 先頭の娘は顔見知りだった。紗枝と同じ道場に通っていた、折本糸乃(おりもといとの)という下級生だ。
 ぼくは正直うんざりした。この折本という少女は、屈託なく紗枝やぼくに接してくれるいい子なのだが、一つだけ問題があった。
「あっ、すっごく美味しそう。先輩の手作り?」
 紗枝はこくりと頷く。まずい、ロックオンされた。
「橋本先輩もいっしょですか。また紗枝先輩の手料理食べてるなんて、彼氏だからってずるいー!」
「彼氏違うってば。そんなこと言ってまた横取りに来たんだろ」
「うっ、まるでこちらをハイエナのように言う! 私そんなに意地汚くない」
「ハイエナはサバンナの食物連鎖に欠かせない生き物なんだよ」
「え? えっと……それって誉めてる?」
 すごい思考回路だなおい。
「……ハイエナ以下ってことじゃないかしら?」
 後ろの娘が控え目に補足をした。おとなしそうな娘だけど、なかなか聡明だ。
「うぐ、橋本先輩なんてキライだーっ! 紗枝先輩、一刻も早く別れて下さいこんな人!」
「ってどさくさにまぎれてコロッケ取るな! 返せ!」
 端から見たら醜い争いだったかもしれない。ぼくと折本はぎゃあぎゃあと言い合う。


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