【友達≦】幼馴染み萌えスレ12章【<恋人】at EROPARO
【友達≦】幼馴染み萌えスレ12章【<恋人】 - 暇つぶし2ch305:等身大の地球儀
07/07/02 20:09:48 BEq0B1Oz

「あんた今日お金担当なんだから財布でいいじゃん、その方が呼びやすいし」
「じゃあ俺もお前のことをヒモ女と呼ばせてもらおう」
「いいよ別にー。そんじゃ財布、焼きそば買ってきて。あとたこ焼き」
「せめて店くらいは自分で探せヒモ女、不味い店で買ってきたらお前怒るだろ」
 二人の関係会話には、高校生とは思えないくらいに新鮮味が存在していない。どんなに
お互いを煽ろうとも右から左へ受け流し、緩やかに咀嚼して事も無げに会話を続行する。
先に述べたテストの結果で勝負したように、何かと勝ったほうが負けたほうがと条件を
つけては争ったりはするものの、負けて悔しがることもない。そうした関係が、一番上手く
付き合えると分かっているからだ。

 そんな二人の関係は恋愛面においても発揮される。こうやってデートをする理由も無ければ、
本人達にはデートという意識もあまり無い。既にキスも済ませているのだが、その理由も「キスって
どんな感触なのか知りたかった」というなんとも色気の無い理由である。とは言っても、流石に
その時ばかりは微かに顔を赤らめていたらしいのだが。
 しかししかし、そこまですることしておいて、本人達の弁は「別に付き合ってない」と
くるのだから、周りはもう彼らを変人カップルとして認定して扱うしか他に無かった。

「ふまい!」
「食ってから喋れ」
「ふまいふまい!」
「食いきってから喋れ」
 人の金なら何の気兼ねなく食べられるとはよく言ったものである。
 焼きそばたこ焼きイカ焼きたい焼きフランクフルトにりんご飴、わたあめカキ氷天津甘栗
フライドポテトに焼きとうもろこしと、佳奈は目に付いた食べ物を片っ端からせがんでは
ぱくついている。その食いっぷりに稔一は、途中で使ってしまった分のお金を計算するのを
止めるのだった。
「はー食べた食べた」
「……お前、食いすぎだろ」
「? 何か言ったー?」
「太って死ねばいいのにって言った」
「……むー」
 普段眠たそうに弛んだまぶたを微かに引き締めながら、佳奈は不満を露わにする。彼女が
露骨に怒りの表情を見せるのは珍しいことなのだが、その辺は幼なじ……腐れ縁という仲が
二人の根底にあるからなのだろう。
「そーんなこと言ってると、まだまだ注文しちゃうよ」
「好きにしろ、どうせ諦めてる」
「あっそ……じゃあもうお腹いっぱいだし、勘弁してあげよっかな」
「そりゃどーも」
 どうせもう、お札が野口さん一枚しか見当たらなくなっていたのだ。ここまで減って
しまえば、お金のことなんかどうでも良くなってしまう。溜まりに溜まった小遣いも、
部活で忙しければ使う暇も無いのだ。
「ねー、稔一ぃ」
「んー?」
「"ぱしゅぱしゅ"したいー」
「ぱしゅぱしゅ?」
唐突な佳奈の言葉の意味がよく分からなくて、服の袖口をくいくい引っ張られ促された方を
向いてみる。そこには、水風船の屋台が出店をしていた。広く浅い水槽に、色とりどりの
水風船がぷかぷか浮かんでいる。
「ねー、"ぱしゅぱしゅ"したいー」
「……」
「ぱしゅぱしゅー」
「……」
「ぱーしゅーぱーしゅー」
「分かった分かった、一個でいいな」
「うん」


306:等身大の地球儀
07/07/02 20:11:51 BEq0B1Oz

 幼稚なせがまれ方に根負けして、稔一は大人しくその店に近づいていく。適当な色を
見繕い、金を払って選んだ水風船を釣り上げると、また佳奈の元へ舞い戻っていく。
「ほら」
「へへー、ありがと」
 手渡すと彼女は喜々としながら中指をゴムの輪に通し、風船を手の平で叩き始めた。

パシュパシュ

「……」
「……」

パシュパシュパシュ

「……」
「……」

パシュパシュパシュパシュ

「……楽しいか」
「ビミョー」
 淡々と言い放ちながらもその動作を止めないということは、どうやら彼女なりに楽しんで
いるらしい。

「ねー、稔一」
「ん?」
「次の試合、いつ?」
「明後日」
 水風船の音をBGMに、佳奈は稔一の日程を聞いてくる。空いていた方の手の平を、
稔一の手の平に重ねながら。
「うお、明後日試合なのに女とデートとは余裕だな」
「『もし断ったら、一日中付きまとって耳元でしくしくめそめそ泣いてやるー』って脅して
きたのは誰だっけ」
「あたしー」
「『試合前日深夜に部屋に忍び込んで喚きたててやるー』って言ってたのも誰だっけ」
「あたしー」
 ゆるゆるした笑顔を浮かべながら、悪びれることなく手を挙げる彼女に、稔一は穏やかな
表情のまま鼻で笑い返す。

 全国で一斉に始まった高校野球夏の大会地方予選も佳境に入り、早いところでは甲子園
出場校も決まってきている。各家庭のブラウン管は、このところ毎日のように勝利の歓喜に
湧き、また夏を終え悔し涙を流す球児達の姿を鮮明に映し続けていた。
 稔一もまたそんな高校球児の一人である。彼の通う高校の野球部は、地方予選準決勝まで
無事に駒を進めていたのだった。

「勝てる?」
「どうかなぁ、相手はプロ注目のエースだし」
「……むー」
 しかし準決勝の相手は、全国でも名の知れた好投手を擁し、春の大会では甲子園ベスト4に
まで進んだ強豪校である。ちなみに稔一達はその時の地方予選でも対戦していたのだが、
結果は6対1と完敗を喫していた。

307:等身大の地球儀
07/07/02 20:15:03 BEq0B1Oz

パシャンッ

「っと!?」
 その時、何かが跳ねさせながら稔一の頬を襲った。その箇所を触ると、ひんやりと冷たく
水に濡れてしまっている。
「そんな気持ちじゃ、勝てるもんも勝てないぞー」
 どうやら水風船で瞬かれたらしい。次の相手が格上だと伝えたかった言葉は、弱気で
消極的な台詞と受け止められてしまったようだ。
「そう怒んなって」
 ポンポンと二度、彼女の頭を軽く叩く。
「俺だって、同じ奴らに二回も負けたくないさ」
 口をへの字に曲げた佳奈の顔を見つめ返しながら、静かな、だけど確かな闘志を露わにする。
繋いでいる手にも、無意識の内に力がこもっていく。
「それに、以前対戦した時はホームラン打ってるしな」
 前回対戦した時にもぎ取った唯一の得点は、稔一が一閃したバットから生まれたものだった。
あの時の感触は、未だにはっきりと覚えている。その時の、相手投手の悔しそうに歪んだ表情と
共にしっかりと。

「そだね。稔一も一応、プロ注目の選手だもんね」
「実感ないけどな」

 有望選手から結果を残した選手が、その時訪れていたスカウトの目に留まることは、往々に
してよくあることである。他の選手が軒並み凡退する中、稔一だけは全国に名を轟かす投手から
ホームランを含む三安打猛打賞を放つ活躍を見せ、「ついで」という形ではあるが、一部の球団と
大学の興味を勝ち得ていたのだった。
「あれからチーム強くなったんだ?」
「まぁな。毎日毎日練習だったし」
「おかげで、遊びに来てもいっつも寝てたよねー」
「いっつも無理やり起こされてたけどな」
 互いに前を、そっぽを向いたままの皮肉な言葉は、いつものように受け流されていく。

「今度は負けん。……勝つよ」

「……」

 飾り気のない端的な台詞には、らしくもなく強い意志が込められていて。佳奈ほどでは
ないものの、稔一も普段はふわついた雰囲気を纏わせている。しかし、こと野球に関しては
非常に真摯だった。彼が見つけることの出来た、唯一全ての情熱を注ぐことのできるもの
だったからだ。


ヒュルルルルル


ドーンッ


 空に咲いた一瞬の大輪が、二人の顔を赤に青に染めていく。人混みの足は途端に鈍り、
その花を愛でようと顔を見上げる。それは二人とて例外ではない。

 稔一は気付かない。佳奈が今更になって、浴衣を着て来なかったことに少しだけ後悔を
募らせていることを。試合が目前に迫っているのに、嫌な顔せずこうして付き合ってくれた
ことに感謝していることを。彼女自身は未だ見つけられないでいる熱くなれるものを見つけて
いることに、羨ましさを覚えられているということを。



308:等身大の地球儀
07/07/02 20:18:39 BEq0B1Oz

「応援、行くね」
「あー……別にいいけど…」
「? けど、何?」
「いや、前の試合の時みたいな声援は困るなと思って…」
「えー?」
 前の試合、つまり準々決勝戦。終盤同点チャンスの場面で、稔一に打席が回ってきた時の
ことである。

『稔一ぃぃー! あたしの為に打ってぇー!!』

 試合中には審判から、試合後には教育委員会やら学校やらの一部から物議を醸し、
後に個別で厳重注意を受けた声援である。
 もっとも観客席からは笑いが起こり、その声援を送られた本人は顔を真っ赤にしながら
決勝のタイムリーヒットを放ちはしていたのだが。それでもあの時のことは赤っ恥に近い。
 余談ではあるが、「あたしの為」というのはクラスメイトと野球部の勝敗でトトカルチョを行った
末に出た言葉である。それはそれで充分警告ものだが。そこに他意があったかどうか、不明の
ままだが。
 
「だめー?」
「今度言ったら、球場から追い出されると思うぞ」
「うー…そいつは困る。あたしがいなくなると、稔一は打てなくなるからなー」
「はいはい」
 なんとも横柄な台詞ではあるが、これはれっきとした事実である。実際、佳奈が応援に熱を
入れれば入れるほど、昔から稔一はよく打った。彼女に所用があったり面倒臭がったりで
姿を見せなければ、バットも湿り勝ちだった。
「声援送ってくれること自体はありがたいけどな。『がんばれ』とかそういうのにしてくれ」
「んー……しょうがないなぁ」

 花火を見に来たはずなのに、結局二人の意識はお互いの会話に傾いてしまっていて。
一年、二年の時と違って、今年はクラスが違っている。その事実が、二人のこれまでの
関係をほんの僅かに変えつつもあった。当人達は、未だ気付いてないことなのだけれど。


ヒュルルルルルッ


ドーンッ


ドーンドーンッ


「勝ってね。また稔一達が勝つほうに賭けたんだから」
「オッズは?」
「10倍。相手が相手だしねー」
「ま、そうだろうなぁ」
 自分の頭をしゃりしゃりと撫で、稔一は諦めたようにまた息をつく。手を振りほどいて
佳奈の前に躍り出ると、ぐっと握り拳を作る。

「……大儲け、させてやるからな」

「えへへ、期待してる」

 二人がそう言葉を交わすと同時に、これまでより一層大きな大輪が、空に咲いて消えていく。
その瞬間、稔一の身体がシルエットになって。佳奈の顔はまた黄色く染まる。


 その光景は脳裏に焼きつき、いつまでも残り続けるのだった―――


309:名無しさん@ピンキー
07/07/02 20:20:40 BEq0B1Oz
それでは続けてこちらも新作をば
3、4話程度で終わらせる予定の短編モノですが

拙い作品ではありますが、宜しくお願いいたします

310:名無しさん@ピンキー
07/07/02 23:15:34 BSAJBQkd
うおお、GJです! ぱしゅぱしゅ良いですね、ぱしゅぱしゅー。

『腐れ縁』な彼らがいかにして『幼馴染』、そして恋人になっていくか楽しみですー!!

311:名無しさん@ピンキー
07/07/03 01:49:57 nDCjSxE1
シロクロの続きを待ち続けて早5年 すっかり禿上がりました

312:名無しさん@ピンキー
07/07/03 05:29:48 KWZ2p+ws
信じることは待つことだってばっちゃが言ってた

313:名無しさん@ピンキー
07/07/03 09:44:28 sULXhJ4u
気持ちは分かるが作品が投下されて間もないのにそういう事言うのはちょっとあれだ
書き手さんがいなくなるぞ

314:名無しさん@ピンキー
07/07/03 10:37:08 2Mt/GWq1
乞食に良識を期待しても無駄

315:名無しさん@ピンキー
07/07/03 10:44:43 /WkKNgjO
>>309
GJ
二人のステップアップがどうなっていくのかが楽しみ

316:三人を書いた人  ◆vq1Y7O/amI
07/07/04 22:40:50 0HV+1C+I
なんかとてもGJのものが続いた後に出すのは畏れ多いんですが、
コッソリと投下させて頂きます。

>191-195
>199-203
>224-227
>236-240
>262-267
の続きです。


317:三人を書いた人  ◆vq1Y7O/amI
07/07/04 22:42:07 0HV+1C+I
 出会いが動かす。三人の関係を変えていく。



  06 : Lonely



 図書室の窓から差し込む夕暮れの光に、浮かび上がるのは少女の横顔。机の上に開いた本から
視線を上げて、忍は時計に目を向けた。
 もうこんな時間か。思って、椅子から立ち上がる。太陽はまだ、遠くの地平に底を微かに触れさせて
いるだけ。それでも、学校に残っていると怒られそうな時間にはなっていた。
 もう少し、読み進めておきたかったけれど。そんなことを考えながら、借りるかどうしようかと少し迷って、
やはり本棚に戻しておくことにする。もう少しで読み終えるから、また明日、来ればいいと思って。
 窓際を通った時、ふと、校門へと視線を向ける。そして忍は、ピタリと動きを止めた。
 遠い視線の先、並んで歩く二つの背中。それはよく見慣れた親友達。
 立花美幸と、九条正宗。どんなに距離があっても、見間違える筈がない。そう自信を持って言える二人。
 瑞々しいまでの緑が繁る、校門へと続く並木道を歩む彼らは、きっと笑顔だ。遠すぎてそこまでわかる
はずもないのに、何故か彼女はそう確信していた。
 それでも、忍が硬直していたのはほんの一瞬のことだった。すぐに窓から目をそらし、座っていた席に
戻る。そして鞄を手に取って、図書室を出た。
 その歩みは、しかし遅いものだ。まるで二人に追いつくことを、恐れているかのように。

 考えてみれば、と、忍は物思いに捉われる。
 いつもあの二人の背中を見てきたな。
 想いが彼女の心に絡み付いて、記憶の海へと引きずり込んでいく。
 次から次へと、少年と少女の思い出が蘇る。一つを手繰れば、そこからまた別のものがつられて。
 幼稚園と小学校、そして高校の一年とちょっと。それだけでも、こんなにあるのかと忍自身が驚くほどに、
正宗と美幸に関わる記憶は多い。幼馴染だから、当然と言えば当然なのだろうが。
 だけど、その全てが均質な価値を持っているわけではない。
 何故なら、思い出の中の正宗、美幸の容姿が少しずつ成長していくように、忍自身も変わってしまった
から。
 例えば、高校生になってからの記憶の中で、正宗はとても輝いて見える。理由は簡単だ。
 恋を、したから。

 だがどんなささやかな思い出の中でも、正宗の横にはいつも美幸がいるように忍は思う。
 きっとただの勘違い、あるいは思い込みで、実際にはそんなはずはないのだけれど、何故か。
 何故か彼女は、正宗と美幸、二人の背中を見続けてきたような気がするのだ。

318:三人を書いた人  ◆vq1Y7O/amI
07/07/04 22:42:47 0HV+1C+I
 ……ギターの音が響いていた。
 図書室のある三階から、玄関へと向かう途中の階段。
 微かに聞こえてきたアルペジオの音色に惹かれて、忍は足を二階の廊下へと向けた。
 何か有名な映画に使われていた曲だったな。タイトルを思い出そうとするが、全く思いつかず、すぐに
彼女は考えるのを止める。
 切なく、物悲しい。それは決して不快なものではないのだけど、風に乗る調べは儚く壊れやすそうな
ものに彼女は感じて。
 そうして忍が導かれたのは、三年生の教室の前だった。ギターは、この中から聞こえてくる。
 そっと廊下から教室の中を覗き込んだ彼女は、軽い驚きを顔に浮かべた。音が途切れるのを待って、
そっと扉を開け、中にいた少女の名前を呼ぶ。
「彩夏」
「……忍?」
 意表をつかれたのだろう、彼女以上にビックリした顔を見せた後、呼ばれた少女は照れ臭そうに笑った。
「聞こえてた?」
「ん。だから来たんだし……でも意外」
 僅かに逡巡してから、忍は彩夏の隣の席に向かい、椅子を引いて腰を下ろした。
「意外って?」
「ギターが弾けるってことと、三年の教室にいること」
 彼女の言葉に、彩夏は小さく苦笑して答えず、再びギターを爪弾き始める。無理に問い詰めることも
せず、忍はただ耳を傾けた。
 同じ曲、同じメロディ。だが今度のそれは、どこか優しい。そう感じながら、ふと横目で見やった少女の
顔には、哀愁とも懐古の情とも言える表情が浮かんでいた。

 流れる時を、忍は肌に感じる。緩やかに、緩やかに。
 目を閉じて、彼女は揺蕩う。しばしの間だけでも、音と一つになりたいと願ったから。

「元カレに、教えてもらったんだ」
 手を止めて、彩夏が唐突に言う。半ば以上も思いに沈んでいた忍は、何も言葉に出来ず、彼女の方へ
と視線を移した。
「ギターも、この曲も」
「……そっか」
 彩夏の睫毛に、夕の日が絡む。少し俯いた彼女の表情から、忍は全てを見透かすことは出来なかった。
どこか苦くて、けれども甘い、まるでマーマレードのような笑みを浮かべていること以外には、何も。
「付き合ってた人、いたんだ」
「ん」
 沈黙が不自然に感じられて、問う忍に対して、彼女はわずかな逡巡を垣間見せる。やがて、窓の外へと
目を向けた彩夏。それを追う、忍の視線。
「一年生の時、ほんの半年ぐらいかな。好きになって、告白して……耐えられなくて、別れた」
「耐えられない?」
「居場所がなかったんだよ。アイツの心の中に、私の」
 責める言葉なのに、憎しみはない。ただ過ぎ去った時を懐かしむような声音に、忍はわずかに惑う。
「嫌いになったとかじゃなくて?」
「なれてたら良かったのにね。アイツは、最初っから最後まで、変わらなかったよ」
 それが悔しいかな。言って笑う彩夏の、その先を忍は感じ取る。
 だけど……だから、好きになったのだ、と。

319:三人  ◆vq1Y7O/amI
07/07/04 22:43:31 0HV+1C+I
 ポツリ、ポツリと、彩夏は思い出を紡ぐ。
 一つ上の先輩だったこと。中学が一緒だったこと。だけど、高校に入るまでは知らなかったこと。
 同じバスケ部にいたこと。ハッキリとした性格で、物怖じすることなく、例え先輩にでも間違っていれば
間違っていると言える。そんな芯の強さに少しずつ惹かれていったこと。
 告白をしたこと。付き合ったこと。
 うまく、いかなかったこと。
「求めても応えてくれる奴じゃなかったね。そういう奴だってわかってて好きになったんだけど」
 時に、軽くギターの絃を爪弾く指と、その言葉が、やけに忍の心に印象強く刻まれた。

「なんか疲れてね。付き合ってない方が楽しくいられるって思ったから、別れることにしたんだ」
 結局、最初から最後まで、私だけが悩んでた感じだよ。おどけるその様に、悲愴はない。結果を悔いて
いないのだと、それだけで忍にもわかる。
「すごいね」
 だから感想を、そのまま口にする。急に彼女が大人びて見えた。二人の位置は変わらないのに、今は
とても彩夏が遠く思える。
「別にすごくないよ」
「すごいと思うよ。なんか意外だし。そんな風に見えなかったから」
「隠してたからじゃない? ほとんど誰にも言ってないし。美幸にだって、言わなかったから」
 その台詞に、少し忍は驚く。彼女の目から見ても、二人はいつも仲が良く、一緒にいるように見えたから。
とはいえ、美幸も彼女に、恋の話をしていなかったから、お互い様と言えるのかもしれないが。
「……どうして私に?」
「そうだね……聞いてみたかったからかな」
「何を?」
「正宗のこと、どう想ってるか」
 彩夏の口から出た言葉に、忍は眉を顰める。
「それ、今、思いついたでしょ?」
「当たり」
 言って、明るく彼女は笑った。
「話したことに意味はないよ。なんとなく、そんな気分になった、ってだけ。でも、せっかくだから聞いて
みたいな、って思った。私が話したから、話してくれるかなって」
「そういう言い方、ずるいと思う」
「別に、話したくなきゃ話さなくてもいいけどね」
「それもずるい」
 忍の渋面に、クスクスと笑いながら、彩夏はギターを机の上に置いて、腕を組む。その視線は、探るでも
なく、興味本位でもない。ただ純粋に、知りたいだけだと気付く。

 夕の静けさと、彩夏が明かした秘密が、忍の心の扉を開く。

320:三人  ◆vq1Y7O/amI
07/07/04 22:44:36 0HV+1C+I
「好きだよ」
 素直に口にした想い。だが彩夏が笑む前に、厳しい口調で付け足す。
「でも、彩夏が望んでるのとは違うと思う」
「へぇ?」
 首をかしげる彼女に、忍はわずかに胸を張り、真っ直ぐに目を見つめながら言った。

「幼馴染だったから好きになったんじゃない。好きになった人が、たまたま幼馴染だっただけ」

 それはずっと、彼女が思っていたことだった。


 中学の三年間を、忍は正宗と離れて過ごしていた。その間に、彼のことを思い出すことは、数えるほどに
しかなかったように思う。
 だから高校に入り、彼と再び同じ時を過ごすようになった時、正宗のことがまるで知らない男性のように
感じられた。
 やがて、想いが忍の胸に宿った。それは幼馴染だったから生まれたものではないと、彼女は信じている。


「そういうもの?」
「そういうもの」
 問いかけのための語尾の上がりを無くした同じ音で、忍は彩夏に返す。
「言うまでもないけど、秘密だからね」
「わかってる。でも、言わないわけ?」
「……気が向いたらね」
 浮かべた苦笑に、何かを感じたのか、彩夏はふぅん、と頷いただけだった。そして、机に置かれたギター
の絃を一本、軽く弾く。
 生まれた音色は、やがて空に飲まれていく。

「おいこら。なにやってんだ」

 その余韻を破ったのは、急に開かれた扉のガラガラという音と、呆れと怒りの交った少年の声だった。
「勝手に人のギター使いやがって」
「いいじゃん、別に。減るもんじゃないし」
 一瞬、慌てたのは忍だけで、彩夏は小さく笑いながらもう一度、絃を弾く。
「だからって、人のロッカーを開けていいってことにはならんだろ」
「はいはい、ごめんなさいって」
 近寄ってきた彼に向かって、彩夏は肩をすくめる。ったく、とだけ言う少年の顔から、怒ってるのは表面
だけで、決して本気ではないことを忍は見て取った。
「忍、忍」
「ん?」
「こいつが、さっき話してた奴だよ」
 彼女が男を親指で指差すのに、忍は一瞬、硬直する。
 さっきまで彩夏が話してた奴、と言えば、それはたった一人のことを指す。
 これが彩夏の元カレ?
 思わず、マジマジと忍は初対面の人の顔を見つめてしまう。
 目付きは鋭い方、というよりは、悪い方だ。そこに宿る光も、どこか厳しいもの。背はさして高くはない
のに、漂う雰囲気のせいか、見た目より大きく思える。そんな、パッと見、怖そうな外見なのに、近寄り
がたいとは感じられなかった。多分それは、彩夏の話を聞いていたからだろうけれど。

321:三人  ◆vq1Y7O/amI
07/07/04 22:45:30 0HV+1C+I
「話してた? どうせ悪口だろ」
「それは内緒」
 うんざりしたような口調の少年の肩を、楽しそうに答えながら軽く叩く彩夏。
 そんな二人が以前は恋人同士だったとは、にわかには忍には信じられなかった。
 だが、すぐに気付く。
 きっと、彩夏にはこの距離が一番、心地良いのだと。
 近過ぎず、遠過ぎず。程よい距離。それは体だけでなく、心も。

 思わず忍は、自分を重ねてしまう。
 正宗へと近付かず、さりとて去ることも出来ず。
 心地良い距離を保っている、自分。
 美幸という少女を交えているだけ、複雑なのかもしれないけれど。

「ああ、言い忘れてた。コイツ、アタシの先輩で、吉川亮太って言うんだ」
「お前は人の名前も出さずに、噂してたのか」
 呆れ交じりの声を軽やかに聞き流し、今度は亮太と呼ばれた少年に向き直り、
「で、この子は私のクラスメイトの塩崎忍。二年になってから仲良くなった子」
「どうも」
 微妙に困惑しながら、ゆっくりと頭を下げた彼女は、気付かなかった。彼が彼女の名前を聞いた時に、
一瞬、怪訝そうな表情を浮かべたことを。

「とりあえず、お前ら、もう遅いんだから帰れよ。彩夏はバスケ部休みだったのに、こんな時間まで残って
やがって」
「っていうか、そっちこそこんな時間まで何やってたわけ? 彼女、待ってるんじゃないの?」
 自然に出てきた言葉を聞き流しそうになる。
 彼女? それって恋人のこと? 忍の向けてくる視線に気付いたのか、悪戯っぽく彩夏は頷いた。
 なんとなく、深く考えることが出来ず、少女は口を閉ざし沈黙を守ることしか出来ない。
「アイツなら先に帰らしたよ。待っててもしょうがないからって」
 亮太の言葉に対して、可哀想、と彩夏が言いかけて飲み込んだのを、忍は見て取る。きっと、同じような
ことがあったんだろうな、と想像するだけ。
 彼女は、前言を撤回することにした。こちらもこちらで、複雑なようだ。

「それじゃ。またギター、触らせてね」
「わかった、わかったから、とっとと帰りやがれ」
 しっし、と追い払う亮太の耳に笑い声を残し、彩夏は教室を出て行く。最後に軽く頭を下げてきた忍に、
鷹揚に頷いてから、彼はギターを片付けて、帰る準備を始めた。
「……ああ」
 そうして机の中から読みかけの本を取り出した時に、ようやく亮太は思い出す。高校の図書室から借りて
きた本の最後に、借りた人間の名前を書く欄があるのだが、そこに書いてあったのだ。
 塩崎忍、と。
 それを一度ならず、何度も目にしていたから、聞いた時に覚えがあるように感じたのだ。
 気付いてみりゃ、なんてことないな。
 声に出さず、そう呟いて、彼は少女の名前が書かれたページを閉じた。


 出会いが動かす。三人の関係を変えていく。
 それは糸。少年と少女達に絡み、新しい模様を紡ぎだす糸。
 そのことに気付く者は、誰もいなかったのだけれど。

322:三人を書いた人  ◆vq1Y7O/amI
07/07/04 22:49:44 0HV+1C+I
お付き合い頂き、ありがとうございます。

気が付けば二週間、空いていたのですか。ボチボチまた書いていきたいと思います。

しかし、やはりオリジナルは難しいですね。キャラを立てるのに四苦八苦しております。悩みどころ。

>269>270>271
高速投下のペースが再び取り戻せればいいのですが。なんにせよ、ようやくスタートライン、
というところでしょうか。長くなりそうですが、お付き合い頂ければ幸いです。

では、よろしくお願いいたします。

323:名無しさん@ピンキー
07/07/04 23:25:39 KgoiTgiI
テンション寝る前に最高潮です。

ごめんなさい。懺悔します。正直今までの話は軽く読む程度にしてしまっていました。

だが、今回は。今回はダメです。ホントダメです。こういう文体にはマジで弱いのです。ストライクゾーンをストレートでど真ん中貫かれた気分です。

何がいいたいかというと、
GGGGGGGGGGGJ

それでは今までの読み返してきます。

324:名無しさん@ピンキー
07/07/05 02:09:53 9MkCOzsQ
いいですねぇ……。これぞ青春、という感じでしょうか。

色々と動いていきそうな気配があって、これからの展開が楽しみです!


325:名無しさん@ピンキー
07/07/05 06:31:53 /PKYOw4c
日のように眩しく、月のように穏やかで、朝のように優しく、夜のように美しい、あなたの文体が大好きです!


回りくどい物言いですが、つまりはなんというか、忍を下さい。ぎゅっと抱きしめたい。後ろから。

326:名無しさん@ピンキー
07/07/07 06:39:22 qF8F0BcQ
アゲ

327:292
07/07/07 21:54:18 rytTEZMs
「織姫って可哀相だよね~。好きな人に年に一回しか会えないなんて、私なら死んじゃう。」
「バ~カ、俺達だって似たような物だろ。間に流れてるのが天の川か、日本海か、のね。」
俺達は北京の町を歩きながら七夕の話をしている。
「私は涼也が頑張ってくれるおかげで、年に2回会えるもん。」
蘭は頬を膨らませて言う。
俺と蘭は2年前まで、生まれた時から一緒にいた。
そして幼なじみという関係から脱却して、俺達は幸せの絶頂にいた
だがそれを蘭の父親の中国転勤が引き裂いた。

それから俺はバイトを始めた。
蘭に会いに中国に行くために。
そして何とか年に2回ここに来るだけのお金を手に入れ蘭との半年に一回の逢瀬を重ねている。

「一回と二回じゃ大して変わらないだろ。」
俺も苦笑して答える。
「本当はもう少し来たいんだけどな…」
「これ以上無理しちゃダメだよ~。涼也だって学校とかあるんだし。」
「あと二年だから。大学は日本で通えるように頼むから…その時は、一緒に行こうね。」
「ああ、その時を楽しみにしてるぜ。あと蘭のためじゃなくて俺が来たいから来てるんだぞ。可愛い俺の蘭に会うためにな。」我ながらクサイセリフだと思う。
「もう……」

328:292
07/07/07 21:54:53 rytTEZMs
でも蘭は顔を真っ赤にして恥ずかしがってくれる。
可愛いやつだ。
「んじゃ行きますか。」
「行きましょ~~。」
半年ぶりの一泊二日泊まりがけデートの始まりだ。


楽しい時は一瞬で過ぎていく。




「もう終わりなんだね。」
寂しそうに蘭が言う。
この二日で色々な事をした。
観光もした。
おいしい食事もした。
一つにもなった。
でももっと一緒に居たかった。
「まぁまた来るさ。」
横に淋しげに立ってる蘭を抱きしめる。
「うん…」
「次は一月かな、まぁ頑張るさ。」
「あは、待ってるからね~。」
「まぁ慎ましく待ってなさい。」
「あはは、何それ~。ねっ?」
蘭が顔を寄せてくる。
俺はそれに唇を重ねる。
「はむっ……くちゅ…ちゅる……」

「ぷはぁっ。うん、これでまた半年頑張る元気貰ったよ。」
「俺も蘭に会うために頑張りますか。」
「頑張れ!それじゃあね。」
「それじゃあまた一月に。」
「うん。」
俺は、蘭の精一杯の空元気な眼差しを後ろに搭乗口へと入る。

さあ勉強&バイト地獄の始まりだ。
寂しくなんかない。
精一杯自分を元気づける。


逢ひ見ての
後の心にくらぶれば
昔は時を思はざりけり

329:292
07/07/07 22:00:04 rytTEZMs
七夕ネタです。
今さっき七夕だったことに気付いたんであんまり練れてませんけど、生暖かい目で読んでやってください。

感想、批評待ってます。

最後の和歌は百人一首から貰いました。
今回の話は全てこれが元です。
p.s
題名入れ忘れたorz
保管庫管理人さん、すいませんが
[七夕な日]
でお願いします。

330:名無しさん@ピンキー
07/07/07 22:11:57 3OUkaHdj
>>329
GJでした~、せつないねぇ…

和歌とかを見ると、やっぱり日本語って綺麗だなって思います。日本人でよかった。

331:名無しさん@ピンキー
07/07/07 23:14:27 RdyoFtI1
GJです!

そっか、今日は七夕なんですなぁ……。全然気付かなかったぜ……。

332:名無しさん@ピンキー
07/07/09 02:23:00 oPLd+SgQ
投下待ってる

333:名無しさん@ピンキー
07/07/09 02:32:25 xU8qNqal
>>329
GJ! こういう幼馴染も良いなぁ!!

しかしまた少し過疎気味だな。何か雑談したいなぁ。
前は幼馴染が出てくるゲームで盛り上がってたが、他にもないかな? まぁゲーム以外の話題でも良いんだが。

個人的には英雄戦記・空の軌跡の主人公二人が良い感じ。でも幼馴染というよりは家族に近いかもしれないなぁ。

334:名無しさん@ピンキー
07/07/09 12:15:18 SBzxT7Ic
エロゲーやってたら幼馴染なんて一杯出てくるよ!!

335:名無しさん@ピンキー
07/07/09 14:03:34 4keGNYWE
>>333
戦記じゃなくて伝説じゃよ

336:那智子の話・第五話 ◆ZdWKipF7MI
07/07/09 19:10:46 ta1cD0TQ

1.
町と人って、似てると思う。
いつも見慣れた町並みに、突然工事やってることってあるでしょ?
そのとき、「あれ、ここってもともと何が建ってたっけ?」って思っても思い出せない。
で、新しい家なりビルなりお店なりが建つ。
そうしてしばらくするとそれもまた見慣れた町並みになっていって。
ふと気がつくと工事があったことも、もとは違う建物だったことも忘れてしまう。
それと同じで、人が変わるときって、
「変わったことは分かっても、何が変わったかは思い出せない」
ものだったりする。

私の家と学校のあるこの町だって、そんな感じでちょっとずつ変わっていってるはず。
毎日通う登下校の道だって、何も新しいものは無いようで、ちょっとずつ変わる。
そんな風に付け加わったり、無くなったりして町も人も変わっていく。
何かが新しく、何かが忘れられる。
そう―
たとえば、私の一年前の登下校にはなかった要素が、今私の目の前にはある。
女の子みたいな端正な顔を、ちょっと大き目の学ランに乗せた男の子。
望月近衛、とか。


「最近、よく一緒に帰るよね」
不意にそう言ったら、望月近衛は驚いたようだった。
「そうですっけ?」
意外そうな顔に、私はうなずき返す。
いつもの学校からの帰り道。
私はふと「かつては一緒によく帰った相手」が変わっていることに気づいたわけ。

「毎日とは言わないけど、三日に二日は一緒じゃない?
そりゃお隣さんの学校に通ってるし、お互い帰宅部だから不思議じゃないけど。
でも―いつからだろうね?」
望月の通う北星高校と、私の聖マッダレーナ女子はお隣同士。
当然登下校時には二つの学校の生徒が同じ道を交じり合って歩く。
けれど、私たちみたいに二人で歩いてる人は少なかったりする。
異性との交際を禁止されてるわけじゃないけど、うちの学校はばりばりのカトリック。
やっぱりそういうことにはちょっと奥手だったり。
それに北星はエリートだから、ちょっと気後れもある。
もちろんこれだけ近いとお付き合いしてるカップルも結構いるらしい。
でも、おおっぴらにしてる人は少ない。



337:那智子の話・第五話 ◆ZdWKipF7MI
07/07/09 19:11:04 ta1cD0TQ

「―いつからでしょうね?」
微笑みながら、望月は自分の頬をこりこりと掻いた。
しばらく考えた返事は、当たり障りのないものだった。
実は問いを発してから、私はしまったと思っていた。
私たちが知り合ったきっかけは、あまり楽しい記憶じゃない。
彼にとっても、私にとってもそれは失恋の記憶。
かつて私が一緒に登下校した相手。古鷹青葉に告白したのが望月近衛。
そして、青葉の幼なじみの「アイツ」を好きになったのが―

結局、青葉は私と毎日一緒に登下校することはなくなった。
十何年も続いた関係に楔を打ち込むには、私も望月も新参者過ぎた。
もちろん、青葉と私は今でも親友だけど、でも青葉には別に帰る相手が出来たってわけ。

(そうか)
私は小さく独りごちた。
余り者同士がくっついて、いつの間にか安定しちゃってる。
それが今の私たち。
私は今日の化学の授業を思い出していた。
化学反応と一緒だ。
あまった原子がイオンのままではいられなくて、あまった物同士新しい分子を作る。
それだけのことだったんだ。

「……そういえば、例のいとこの人とはうまくいってます?」
話題の不穏さを感じたのか、望月が急に尋ねた。
もちろん私も不愉快な話題からの変更に不服はないから、うまく調子を合わせる。
「そうね、やっと普通の家族になったって感じ」
とは言いつつ、私は先日のことを思い出してちょっとだけ笑った。
私が軽く裕輔にキスしたときのことを。

望月がそれを見つける前に私は笑いを隠し、隣の男に聞いてみた。
「ねえ、望月ってお姉さんいたよね?」
「ええ三人」
「その人たちと、普段どれくらいスキンシップする?」
望月ははあ?と一瞬すっとんきょうな顔をしたあと、すぐに私の言いたいことを悟った。
あごに手をあて、考えているポーズ。
「そうですねぇ……あんまりしない方ですかね。たまに頭撫でられたり。
こっちからはしませんよ。流石に肉親とはいえ女性ですからね。
小さいころはよく『ほっぺにちゅう』とかされてましたけど」
「やっぱそうよねー」
腕組みして、うんうんと私はうなずく。
私が黙ってしまったので、望月もそれ以上何も聞かなかった。
二人しててくてくと住宅街を歩く。

もうそこの角を曲がれば、私の住むマンションが見える、という所まで来たときだった。
突然私たちの目の前に、二つの影。
「なっちゃん今帰り?」
「あ、裕輔さん」
問題の、我がいとこ殿。
確かに私の帰宅時間と裕輔が大学から戻る時間は結構近いけど……
家の外でばったり出会うなんて初めてだった。
裕輔の視線が、隣にいる望月の方をちらちらと動くのが分かった。
なんでだろ、緊張してきちゃった。冷や汗が出てきそう。



338:那智子の話・第五話 ◆ZdWKipF7MI
07/07/09 19:11:17 ta1cD0TQ

「ひさしぶり、那智子ちゃん」
女の人の声に、固まった空気が流れ出した。
よく見ると裕輔の隣に髪の長い女性の姿。
軽く会釈をしたので、私も慌てて頭を下げる。
「じゃ、私はここで。また電話するから」
そういうと、その女性はさっさと駅の方へと歩いていった。
春風に、ロングヘアがふわっと巻き上がるのを、私たちは見送る。

「……友達?」
裕輔の声に、また私はどきっとした。
「う、うん。隣の高校に通ってる、望月くん」
望月が黙って頭を下げる。
男同士の、はじめまして、という挨拶。
何、このぎこちなさは?
「……じゃあ、妙高さん。僕もここで」
望月は挨拶が終わると、逃げるように去っていった。私の方をちらりとも見ず。
私と裕輔は、取り残されたようにお互いの連れが去った方を黙って見守っていた。




339:那智子の話・第五話 ◆ZdWKipF7MI
07/07/09 19:11:30 ta1cD0TQ

2.
「誤解して欲しくないんですけど」
帰って制服を着替え、台所でいつものお茶の時間になったところで私はきっぱりと言った。
「あの男の子は彼氏とかじゃありませんから」
湯のみをどん、と置いて、私は裕輔を見た。
目を丸くする裕輔。
「誤解してましたね」
「ごめん」
私の表情が険しいのに気づいて、小さく頭を下げる。
最近気づいたのだけれど、こうやって少しずつ優位を取り戻していくべきかもしれない。
二つ年上ってだけで、大きな顔されたら嫌だもん。
とくに過去の話になると私は知らない話で一方的にうなずくしかない。
でも今の話なら十分逆転可能。
っていうか、裕輔けっこう女の子苦手と見た。

「こ、こっちも誤解して欲しくないんだけど」
「あの人、確か千代田さんでしたよね。今年のお正月に会った」
裕輔が言いつくろおうとするのを制するように、私は言った。
どこかで見覚えがあると思ったら、お正月に裕輔と初詣に行ったとき会った人だ。
で、私は二人の関係を誤解して。
不貞腐れて帰ってきてゲームセンターで五千円も散財して損しちゃった。
それはともかく。
「彼女じゃないことぐらい見たら分かりますよーだ」
私が鼻で笑うと、流石に裕輔も堪えたらしい。
椅子に座ったまま肩を落として、うつむいてしまった。

しばらく向かい合って私はお茶をすすり、裕輔はがっくりと下を見ていた。
日のさす台所は、そんな私たちをゆったりと受け止めている。
目の前の裕輔がなんだか、かわいい。写真の中の小さいころの裕輔みたい。
それを見ていると、むくむくといたずら心というか意地悪心がわいてきた。
私は、今日はちょっとSになることにする。

「っていうか、裕輔さん女の人とお付き合いしたことないんでしょ?」
「ぐっ」
まるで追い討ちをかけられたゲームキャラみたいに、裕輔はうめいた。
顔を伏せたまま、上目づかいに私の方をそっと伺ってる。
何で分かるんだって顔。分かるわよ、この前の反応見てれば。
「キスとかで、動揺しすぎですからー」
棒読みで言ってあげたら、ますます苦虫を噛み潰したような顔。
「で、でもいくらなんでもキスはやりすぎでしょう!?
親戚とはいえ、お互い大人なんだから……」

そのとき、私は初めてちょっとだけ気分が悪くなった。
あのときのキスは、私の精一杯の気持ちだった。
遊びでするほど私は節操がないわけじゃないし、裕輔が大事だから、好きだからこそ、だ。
それなのに裕輔はそのことに全然気づいてないらしい。
ちょっと、お仕置きしてあげなくてはいけない。

「今日会った男の子、覚えてます?」
「……? ああ、望月くんだっけ?」
「彼、お姉さんが三人もいるんですけど、スキンシップでキスは当たり前だって」
しれっとした顔で嘘をつく。
確かに当たり前だ。「小さいときは」というのは黙っておいた。
対象が唇じゃなくて、ほっぺたっていうのも、まあこの際だから黙っておいた。



340:那智子の話・第五話 ◆ZdWKipF7MI
07/07/09 19:11:45 ta1cD0TQ

「よよよ他所にはよその家の事情があるわけで、僕らは……!」
「裕輔さん、そんなに私にキスされるのがいや?」
この台詞は効いた。
ちょっとのどを詰まらせながら、上目づかいで、泣きそうな顔で。
私って女優の才能があるのかしら。
暇だし、こんど演劇部の扉でも叩いてみよう。二年からでも入れるのかな。
なんてことを考えながら、私は裕輔の対面の席を立って、隣の椅子に腰を下ろす。
覗き込むように裕輔の顔を見る私を、裕輔の泳いだ視線が捉える。
気持ちをなだめるように、私は裕輔の手を握ってそっと膝においた。

窓の外の鳥の声まではっきり聞こえる。
私たちはそれぐらい黙ったままだった。
裕輔の喉仏が、ごくりと動くのがはっきりと分かった。
「……慣れなきゃいけないですよね」
そういうと私は唇を近づける。

ふにゅっ。

私たちの唇が重なり、ぬくもりがお互いの唇を通して伝わってきた。
裕輔の唇、男のくせに妙にぷにゅぷにゅしてる。
まるでグミみたいな弾力。
私はそれを味わうように、何度かぐっと唇を押し付けた。
そのたび、裕輔は逃げようとして、でも私に怒られるのが怖くてぐっと踏ん張る。
それが面白くて、私は何度も何度も、裕輔の唇の弾力を楽しんだ。

「ぷはっ」
息が続かなくなったところで、私はようやく裕輔を解放してあげた。
新鮮な空気を胸いっぱい吸い込みながら、はにかむ。
「いい子いい子、ちゃんと逃げなかったですね」
そう言って裕輔の頭を撫でてあげる。
裕輔は相変わらず顔をちょっと赤くしたまま、私の顔をじっと見ていた。

「どうですか? スキンシップ、悪くないでしょ」
「なっちゃん……いいのかな」
かすれた声が、裕輔の緊張をはっきりと伝えていた。
「いやその、嫌ってわけじゃないんだけど、その……
なっちゃんはいいのかな……
前のときに聞くべきだったかもしれないけど、その、初めての相手が……」
余りの古風さに、私はちょっと吹き出してしまった。
まるでおじさんみたいだけど、それが裕輔には妙にふさわしく思えた。

「ご心配なく。ソフトキスぐらい、ちゃんと初めては好きな人と済ませましたから」
―私がむりやり奪ったファーストキス。
思えば、青葉に対する酷い裏切りかもしれない。
大好きな幼なじみと、目の前でむりやりキスするなんて。
そのことを私は、なぜか今まで当然の権利のように思っていた。
でも裕輔に問われて初めて気づいた。
それは、青葉にとっても、「アイツ」にとってもすごく悪いことだったって。

私、なんで気がつかなかったんだろう。
こんなに、人を傷つけていたことに。



341:那智子の話・第五話 ◆ZdWKipF7MI
07/07/09 19:11:59 ta1cD0TQ

3.
「なっちゃん、大丈夫? ……どうしたの?」
私の顔が翳ったのを、裕輔は見逃さなかった。
慌てて我に返る。
今は弱い自分を見せたくなかった。特に裕輔には。

「な、なんでもないですよっ。
そんなことより、裕輔さんこそ初めては私でよかったんですか?」
してしまった後に聞いたって、もう遅いんだけど。
でも、私は裕輔が「かまわないよ」と言ってくれることを半ば期待して尋ねた。
裕輔はやさしいからそう言ってくれると信じてた……つまり、私はずるい女ってわけ。
「ううん」
ところが、裕輔は首を横に振った。
私の心臓が跳ね上がりそうになる。
だが、その意味は私が思っているのとは違った。

「僕も、初めてはすましちゃったからね。
残念ながら、『好きな人』とは言い切れない相手だけど」
苦笑しつつ、裕輔はそのときの経験を反芻するように首を何度かひねった。
「……意外」
「失礼だな、なっちゃん」
私たちはそんな風に笑いあった。
笑顔で見詰め合うと、私はほんの一瞬だけど、さっきの嫌な思いを忘れることが出来た。

「じゃあ裕輔さん、聞いていいですか?」
「何?」
どんな質問でもどうぞ、とでも言いたげに、裕輔は悠然と構えている。
まるで生徒の質問に答える大学の教授みたいな感じで。
「ディープキスは、したことあります?」
「もちろん、初めてがそれだったから」
おお、と目を丸くする私に、裕輔は笑みを浮かべる余裕すらあった。
―くそう、なんだかくやしい。
そう思った瞬間、私はもっと過激なことを口にしていた。

「じゃあ、セックスしたことは?」

裕輔の体が、一瞬硬直して、私の顔をまじまじと見た。
私はそれからずっと後になって、そんなことを聞いたことが、
「私たちの関係を変えてしまったんだ」
と気づいたのだけれど。
でもその時はなんとも思っていなかった。
むしろ肉親同士だから出来る、ぶっちゃけ話のひとつだと、そう思っていた。

「…………ある、よ」
長い沈黙の後、短い答えが返ってきた。
でもそれを口にした裕輔の顔は、なぜか苦々しいものを口にしたような。
そんな表情を作っていた。
「―相手は?」
裕輔の答えを聞いて、私は初めてそれは触れてはいけないことだったと気づいた。
私のファーストキスの思い出と同じで、それは甘いものじゃなかったのだ。



342:那智子の話・第五話 ◆ZdWKipF7MI
07/07/09 19:12:14 ta1cD0TQ

「……友人さ、僕が昔よく落ち込んでたときに、親身になって励ましてくれた。
あるとき、その人の部屋で相談に乗ってもらってたときにね。
相手が『なんか落ち込んできたから、お酒でも飲もうよ!』って。
自販機で買ってきたビールを二人で飲んで、酔っ払って―
そのまま、関係を持ってしまった」
裕輔は罪を告白する容疑者みたいに肩を落としたまま言った。
「相手には彼氏がいた。僕の知ってる人だ。共通の友人さ。
彼女は『気にすることないよ。私がしたくなったんだから、仕方ないじゃん』って。
『体で慰めてもらったなんて思う必要ないから』って。
でも―結局ばれてしまって、二人は別れることになった。それ以来、僕は……」

「女の人、苦手になった」
裕輔はじっと目を伏せたままだった。
それがとても苦しい思い出だってことぐらい、私にも分かった。
相手の彼氏に、二人が関係を持ったことを告げたのは、彼女自身なんじゃないか。
私はふとそんな気がした。
そして、裕輔はそれまで黙って友人をだまし続けた自分を責めた。
裕輔はそんな人だ。

「なっちゃん、僕は―」
言葉は続かなかった。
私は立ち上がり、もう一度裕輔の唇をふさいでいた。
離れないよう、両手でぎゅっと裕輔の頭を抱いて、彼の唇をついばむ。
ほんのり湿った唇同士が、吸い付くように何度も重なる。
とにかく、もう裕輔にはしゃべって欲しくなかった。
そうやって、自分を責めるのは止めて欲しい。裕輔は何もかも自分のせいにしたがる。
それは立派なことだけど、それだけじゃ駄目だ。

お前の生意気な口をふさいでやるぜ、なんて。
駄目なシナリオのテレビドラマでも最近じゃありえないけれど。
私はそうすることでしか、裕輔の口をふさぐことが出来なかった。

「……裕輔さん」
驚き、戸惑う裕輔の耳元で、私はそっと囁く。
「私に、素敵なキスの思い出をくれませんか?」
自分でも陳腐で恥ずかしい台詞だと思った。
だけど、そうでも言わなきゃ、裕輔は私に―してくれないだろう。

裕輔と向かいあって、私は彼の膝にまたがるように座る。
そして、黙って裕輔の前で目を閉じた。

ぎゅっと私の背中を抱きしめる大きな手。
顔が裕輔の胸に埋まる。
お互いの心臓の音がどきどきと反響しあうみたいに高く大きく聞こえる。
私は怖くて、目をつぶったままだった。
裕輔の手が、優しく私に顔を上げるよう促す。
つ、と持ち上げた唇に、裕輔のそれが重なった。



343:那智子の話・第五話 ◆ZdWKipF7MI
07/07/09 19:12:26 ta1cD0TQ

次の瞬間、暖かく濡れた塊が、私の唇を押し割って入ってきた。
「……ンっ」
怖くて歯をかみ締める。
すると、裕輔の手が私の短く切りそろえた後ろ髪を、そっと撫でてくれた。
それだけで、私は体中の力が抜けていく。

裕輔の舌が、私の舌に触れる。
まず先っぽをちろちろと触れ、何度かつつくように刺激してくる。
私の舌が応えるのを確かめてから、裕輔は絡ませるように舌を奥へと差し込んできた。
しばらく私の口の中で悶えていた裕輔は、今度は私の口の内側をつんつんと刺激していく。
「んー……んっ――」
そのたび、私はちいさなうめき声を上げた。
くちゅくちゅと唾液が交じり合う音が、耳の奥の方から伝わってくる。
私は裕輔のされるがままに、深いキスを味わい続けた。

ちゅぽんっ

やがて、大きな音を立てて裕輔の舌が抜かれた。
「ふぅっ」
ため息のような彼の息づかいに、私も自分の息が上がっているのに気づく。
それは鼓動が張り裂けそうなのと同じくらい、自分が興奮しているのを教えてくれた。
「裕輔さん……」
私は彼の顔を見ることも出来ず、ぎゅっと胸にしがみついたまま彼の名を呼んだ。
「うまく出来たかな」
耳に心地よい低い声が、胸を通して響く。
「―うん」
うなずく私を、もう一度裕輔は優しく撫でてくれた。

「裕輔さん」
「何?」
ようやく、私は顔をあげる。
彼の視線を避けるように、耳元に顔を寄せて。
「……あの、今度は」
「うん」
首筋にすがりつくように抱きつく私の背中に、裕輔の手があたる。
「……今度は、ですね」
「今度は、何?」
こんなことを言ったら、いやらしい女の子だと思われないだろうか。
変な子だと軽蔑されないだろうか。
私はそんなことばかり考えていた。
でも、胸のドキドキをおさめるには、言ってしまうしかなかった。
裕輔の耳たぶに触れるぐらい唇を寄せて、私は勇気を出して囁いた。

「今度は、私が裕輔さんの口に舌を……」



344:那智子の話・第五話 ◆ZdWKipF7MI
07/07/09 19:12:41 ta1cD0TQ

「ただいまーっ!」
突然、玄関が開く音がした。
熱いやかんに触れたみたいに、私たちはぱっと体を離す。
飛ぶような速さで、私はもともと座っていた裕輔の対面の席に戻った。
今までのことをごまかすように、冷め切ったお茶を飲むふり。
そこに、声の主……お母さんが帰ってきた。

「あら、二人とも帰ってたの? ベル鳴らしたのに……」
「あ、あれ? そう?」
心臓がマシンガンみたいにどきどきと鳴った。
でも、買い物袋をさげたお母さんはそんなことは気にも止めなかった。
「やーねー薄情な娘は。まあいいわ、今日は那智子の好きなグラタンにするから。
湯のみ片付けて、手伝ってちょうだい」
「は、はーい」
私は裕輔の方を見ないように、二人分の湯飲みを持って流しへと向かう。
でも、どこかに名残惜しさがあったに違いない。
私はそっと裕輔の方を盗み見た。

その瞬間、裕輔はすばやくウインクをして見せた。

―うれしい。

安堵のため息をぐっとかみ殺し、私は微笑む。
そして、お母さんの目を盗んで、そっと裕輔に投げキスをして見せた。




345:那智子の話・第五話 ◆ZdWKipF7MI
07/07/09 19:12:52 ta1cD0TQ

4.
その日から、私と裕輔のスキンシップは日ごとに激しくなっていった。

最初は帰宅後二人でお茶を飲んでるとき、軽くキスをするぐらい。
最後の最後にちょっと舌をいれるぐらいだった。

そのうち、朝起きて洗面所で二人っきりになったときもするようになった。
おはよう代わりに軽いキス。
二人で「ミント臭いね」なんて笑いあいながら、歯磨きしたあとにディープキス。
いつお父さんやお母さんに見られるかと思いながらするキスは、すごく興奮した。
裕輔とキスしたあと、何食わぬ顔で親とご飯を食べ、学校に行く。
私がさっきまでそんなことをしてたなんて、親も先生も友達も知らない。
それだけで私はどきどきした。

帰ってきたら、もちろんお帰りなさいのキス。
お母さんは大体夕方まで買い物とか用事でいないから、今度はおおっぴらに。
玄関で軽く触れ合って、二人で台所でお茶。
最初は隣に座って、目があったらキスするって感じだったけど、段々大胆になった。
そのうちお茶なんてどうでもよくなっていた。
私は裕輔の膝にまたがり、向かい合って抱き合う。
そのまま飽きるまでずっと―
舌を絡め、耳たぶを愛撫しあい、首筋をつーっと舐める。
すぐ耳元で聞こえる互いの荒い息づかい。ぴちゃぴちゃという唾液の音。
お茶が冷め切って、お母さんが騒々しく帰ってくるまで。
私たちはキスばかりするようになった。

私たちはそのうち、家の外でもスキンシップをはかるようになった。
お互い何も言わなくても、顔を寄せ合うだけで何がしたいかは分かるもの。
私たちのお気に入りの場所は、マンションのエレベーターだった。
朝、二人揃って家を出る。
エレベーターに乗り込み、二人きりになった瞬間、私たちは抱き合う。
かばんを床に投げ出し、腕を絡め、ためらいなく舌を差し入れあう。
狭いエレベーターいっぱいに、くちゅくちゅと唾液の混じりあう音を響かせる。
互いに伸ばした舌をくねらせ、舐めあう。
もしこのエレベーターに監視カメラがついていたら、私たちのしてることは誰かに丸見え。
そんなことを意識すると、私はたまらなく興奮した。
やがてエレベーターが止まりドアが開く。
何気ない顔で二人は外に出る。
これが、新しい朝の儀式に加わった。




346:那智子の話・第五話 ◆ZdWKipF7MI
07/07/09 19:13:11 ta1cD0TQ

そんな風に、半月ほどがたった。
その日も私ははやる心を抑えながら、家へと急いでいた。
ドアを開ければ裕輔がいる。
今日もお母さんが帰ってくるまで、好きなだけ彼を貪ることが出来る。
駆け出したくなるのを我慢しながら、私はマンションのエレベーターに乗った。
ドアが開くと、その隙間をすり抜けるようにまっすぐ家のドアへ。
かばんから鍵を取り出し、馴れた手つきで開ける。
「ただいまー!」
ドアが閉まりきらないうちに、私は大声で裕輔を呼んでいた。

「……裕輔さん? いないの?」
台所は空っぽだった。そこに人のいた形跡はない。
お母さんはいつものように留守だった。どうせ友達と喫茶店で話しこんでいるんだろう。
念のため居間を覗く。
カーテンは閉め切られていて、薄暗かった。
私は照明のスイッチを手探りで入れると、外の明かりを取り込むためカーテンを開けた。
窓から見える町は静かで、何事もない平和な午後四時が目の前に広がっている。
私は改めて耳をすます。
家はしんと静まり返っていて、遠くから車の走る音が聞こえるほどだった。

「……裕輔さーん?」
私は恐る恐る、台所の奥、かつては衣裳部屋だった裕輔の自室のドアを開けた。
細長い部屋は真っ暗で、ほんのわずかにカビの匂いがした。
私はかばんを台所の椅子に置くと、裕輔の部屋に入っていく。
「……どこか、出かけたのかな?」
部屋にはいつも裕輔が大学に行くときに使うかばんが置いてあった。
壁の洋服かけには、裕輔が最近よく着ているジャケット。
家に一度戻ったことは間違いない。

私はジャケットをそっと手にとってみた。
男の人の中でも背が高い方の裕輔は、私と比べれば抜群に大きい。
そのジャケットも私にはぶかぶかで、ハーフコートみたいに思えた。
「ふふふ……」
制服の上から裕輔のジャケットを羽織る。
腕を伸ばしても、袖口からは私の指先しか見えない。

その瞬間、ふわっと裕輔の匂いがした。

毎日抱きしめられるときに嗅ぐ、あの心地よい、安心できる匂い。
私は思わず自分の体を抱きしめる。
裕輔に抱きしめられているような、そんな錯覚を覚える。
ぺたり、と床に座り込む。
背中に、裕輔を感じる。
私をしっかり抱きしめてくれる彼のぬくもりを。

私は、壁際に畳んで積んであった裕輔の布団に体をもたせかけた。
布団のぬくもりと裕輔の匂いが、私を裕輔に包まれているような気分にしてくれた。
「裕輔……」
声に出してみて、私は初めてはっとした。
裕輔、のあとに私は何を言おうとしてるんだろう。
「好き」? それとも、何か違う言葉?

違う、と私は心の中でその感情を強く否定した。
―私はまだ「アイツ」が好き。
青葉のものになってしまった、あの鈍感で生意気なアイツが。
夜中に泣いてしまうほど好きだった一年前とは違うけど、でもまだ心が残っている。


347:那智子の話・第五話 ◆ZdWKipF7MI
07/07/09 19:13:24 ta1cD0TQ

じゃあ裕輔は?
裕輔への感情は、幼なじみのいとこへのもの?
それとも優しい年上のお兄さんへのもの?
違う。
だったら私はあんな風にキスなんてしない。
あれを私たちは「スキンシップ」と呼んでるけれど、それはとんでもないごまかしだ。

―私は、裕輔と一つになりたいと思ってる。

そう考えると、やはり「裕輔」と呼びかけたあとに続く言葉は……

「裕輔……」
そのとき、私は初めてずっと我慢していた戒めを解いた。
裕輔への冒涜だと思ったから、決してやろうとはしなかったこと。
(裕輔……ごめんね)
心の中で謝ってから、私はそっと手を内股へと伸ばし始めた。
ごわごわとした裕輔のジャケットの袖が、セーラー服のスカートの中へ入っていく。
太ももの内側に当たる、その布地の感覚に私は体を震わせた。

私はまだ一度も「そういうこと」をしたことがなかった。
だから指先がショーツに触れた瞬間、ためらい、手を止めてしまった。
直接触るの、怖い。
私はさっきのジャケットの感覚を思い出した。
腰を浮かすと、スカートの中に差し入れた自分の腕を、内股に挟む。
そのまま、腕をわずかに動かしてみた。
ごわごわしたジャケットが、薄いショーツ越しに私のあそこをこする。

「ふぅんっ……!」

自分でもびっくりするぐらい、簡単に声が出た。
背中を痺れみたいな快感が駆け上がっていく―初めての快感。

一度知ってしまったら、怖くないと分かってしまったら、もう止めることは出来なかった。
何度も何度も、ジャケットの袖口を自分の陰部にこすりつける。
「くぅんっ……ぅぅっ……あんっ……!」
嬌声をかみ殺しながら、私は飽きることなく腕を上下させた。
だんだん、腕を動かす速度は早くなり、力は強くなっていく。
もう私には自分で腕を動かしているという感覚は全くなかった。

裕輔。
裕輔が私を愛撫してくれている。
私にはそうとしか思えなかった。

「私も……動くね…………裕輔……」

無意識につぶやくと、私は膝立ちになり、腕の動きにあわせて腰を上下させ始めた。
「うんっ……ふぐぅっ……んっ……んっ……! ふぅん……!!」
私はだんだん声を殺すことも出来なくなった。
頭の中に裕輔の顔が一杯に浮かび、微笑みながら私を快楽へと誘っている―
そんなイメージに包まれたまま、私は無我夢中で腰を振り続けた。



348:那智子の話・第五話 ◆ZdWKipF7MI
07/07/09 19:13:36 ta1cD0TQ

「裕輔……ゆうすけ……裕輔さん……裕輔さん……!」

顔はほてったように熱くなり、内股がまるで真夏の不快な汗をかいたように濡れていく。
もう、我慢できなかった。
もどかしげにショーツをずらすと、むき出しの柔らかな丘に手をあてがう。
ジャケットの袖越しに、割れ目に沿ってぴったりと指をそえると、小刻みにこすり始める。
「裕輔さん……裕輔さん……ゆうすけさんっ…………!」
何度も彼の名を呼ぶ。
呼ぶたびにしびれるような快感が私を襲った。
「ゆうすけさん……ゆうすけさん―!」

「……なっちゃん?」

低い声が、私の動きを止めた。
もちろん声の主は分かっている。
はあはあと荒い息を吐きながら、私はのろのろと振り返る。
部屋の扉のところに、彼が立っていた。
薄暗い部屋の中からでは、彼の表情は分からない。
でも、きっと驚いているんだろうということは考えなくても分かった。

「ゆう、すけ……さん……おかえり…………なさい……」

頬を上気させながら、私は微笑む。
裕輔の方を向き直って、ぺたりと座り込む。
そろそろと両脚を開きながら、私は彼に言った。

「ね――今日も―きす―しよう?」


(続く)


349:那智子の話・第五話 ◆ZdWKipF7MI
07/07/09 19:16:12 ta1cD0TQ

あと3-4回で終わる予定です。
何とかこれから月1ぐらいのペースで落としていけたらなあと思っております。

ただ今は那智子をどうエッチな女の子にしたてあげるかしか考えておりません。

では。

350:名無しさん@ピンキー
07/07/09 20:03:34 4keGNYWE
こ、これは波乱の予感が!GJ

351:名無しさん@ピンキー
07/07/09 20:12:21 OkNb0TCw
GJ!!キスシーンだけでおっきした。那智子エロいよ那智子。下さい。

352:名無しさん@ピンキー
07/07/09 22:34:14 uzyUMnln
なちこえろいよなちこ(゚∀゚)=3

353:名無しさん@ピンキー
07/07/10 10:16:04 TBDsV4X3
GJ!! 男を足を開いて迎えるだなんて…… 那智子……いやらしい子……!

354:名無しさん@ピンキー
07/07/11 00:12:36 ysHpofmT
うにさんはまだかねぇ

355:名無しさん@ピンキー
07/07/11 00:23:18 fXi3NM1m
>>354
乞食は黙ってろ。

356:名無しさん@ピンキー
07/07/11 00:27:49 ysHpofmT
お前に言ってんじゃないんだ
いちいちレスすんな。カスが

357:名無しさん@ピンキー
07/07/11 00:48:12 EGwKcsod
>354 金髪ヤンキー娘。ぶっきらぼうだけど中身はいい娘
>355 真面目な眼鏡。口が悪いが幼馴染みの354のことが放っておけない。

回転ベルトの中心で御寿司屋さんがあれこれせっせと握りまくっている。
入り口近くにはきっちり学ランを着込んだ少年が座っていて、彼はサラダ巻を
頬張りつつも皿の色を並べなおし、それから眼鏡の位置を直している。
隣では長いプリーツスカートの膝と膝の間に細い手を置き、金髪の少女がぼやいている。
「うにさんはまだかねぇ」
「乞食は黙ってろ」
「お前に言ってんじゃないんだ
 いちいち返事すんな。カスが」
つっかかる声にも何処吹く風で少年は新しく玉子焼きの皿を取った。
一皿百円~の回転寿司も、深夜になると客は目立って少なくなる。
(立地最悪な田舎に良くある潰れかけのチェーン店だというのも理由だったが)
「カス?いい口の利き方するじゃないか」
「気取ってんじゃねえ!大体てめーはむかしっからそうなん」
「誰のおごりだ。誰の」
積みあがった少女の皿を眺めて念を押すと、金髪がしおれて呻き声をだした。
「家の前でめそめそ泣くほどお腹がすいてるんなら、
 『ありがとうございますいただきます一生ついていきます』と言いながら素直に食え。分かったら食え」
空になった緑茶を湯飲みに継ぎ足して、少年は次の獲物を知らぬ顔で物色しはじめた。
少女は泣くように呟いてから緑茶をちびちびとすすって、うにが出てくるのを夜更けの回転寿司でもうしばらく待つ。
「……この、おせっかい」


という電波を受信

358:名無しさん@ピンキー
07/07/11 02:51:16 fXi3NM1m
>>356
乞食は黙ってろ。

359:名無しさん@ピンキー
07/07/11 04:06:23 wkC2eTlH
保管庫が見れなくなってるのは俺だけなのだろうか・・・・・・

360:名無しさん@ピンキー
07/07/11 06:46:28 lMuu91TA
ページが移動してるね
トップページからいってみ?

361:名無しさん@ピンキー
07/07/11 14:12:04 wkC2eTlH
みれますた。ありがとう。

362:名無しさん@ピンキー
07/07/12 15:44:14 rXB5gOJZ
>>357
どうです、エロパロ専属萌え殺し和ませ職人として
働いてみては

363:名無しさん@ピンキー
07/07/12 15:55:26 lbBEW2ji
投下します!

364:絆と想い 第15話
07/07/12 15:56:24 lbBEW2ji
六月も半ばを過ぎたある日の夜。正刻は宮原家のリビングにいた。
しかしいつもは我が家のようにくつろいでいるその場所で、彼は非常に緊張し、小さくなっていた。
その原因は、テーブルの上に並べられた実力テストの成績であった。

向かいには慎吾と亜衣が座り、両脇は唯衣と舞衣に固められるという状態の中、正刻は家長である慎吾の言葉を待った。
やがて、ふむぅと一言呟くと、慎吾は正刻に言った。
「……しかし、君は相変わらず極端な成績を取るねぇ、正刻君……。」
その言葉に正刻は首をすくめて、小さな声で済みません、と呟いた。
その様子に慎吾は思わず笑った。
「いや、そんなに小さくならなくてもいいよ。トータルで見ればそれなりの成績だしね。ただ……ねぇ?」
そう言って慎吾は隣に座る亜衣に問いかけた。亜衣も苦笑しながら答えた。
「そうねぇ……。確かにトータルで見れば良いけど、それでもここまで教科によって上下がはっきりしてると……ねぇ。」

慎吾も亜衣も揃って苦笑する。それほど正刻の成績にはばらつきがあった。
正刻は得意科目は校内でもトップクラスなのだが、反対に苦手科目は赤点を取ってしまう程に駄目だった。
具体的に言うと、国語全般、英語、社会全般は得意だし好きなのだが、数学、理科系は壊滅的に苦手で嫌いだった。
一年生三学期の期末テストにおいては国語系・英語で学年トップを取ったにも関わらず、数学・理科系が軒並み赤点という、ある意味
偉業を成し遂げてしまった。
その時、数学や理科の教師達から「お前は俺たちの事がそんなに嫌いか!?」と説教されたりしたのも伝説となっている。

その教訓を踏まえ、二年一学期の中間テストでは何とか頑張り赤点を回避することに成功した。
しかし、つい先日行なわれた期末テストへの腕試しともいえる実力テストで、彼はまたやってしまった。
そのため、今宮原家で彼は小さくなっているのである。

「まぁ、君の保護者代わりである僕らに言わせると、苦手な科目があるのは仕方ないけど、せめて赤点は回避して欲しいという所かな?」
「そうね。それに期末テストで赤点取っちゃったら、夏休みは補習三昧になっちゃうでしょ? そうしたら、毎年行っている旅行にも
 いけなくなっちゃうわよ? 他にも色々イベントがあるのに、全然楽しめなくなっちゃうわよ?」
慎吾と亜衣は、正刻にそう言った。
ちなみに亜衣が言っている旅行であるが、正刻と宮原家、更に場合によっては親しい人々……鈴音や佐伯姉妹や、その他の友人達……と
一緒に慎吾や兵馬の知り合いが経営している海沿いの温泉旅館へ行くものである。これは皆が楽しみにしているものであり、それは正刻
も同様であった。

「そうですね……。確かにこのままじゃ不味いですものね……。俺、必ず赤点だけは回避してみせますよ!!」
うな垂れていた顔を上げ、決然と言う正刻。すると、横からにゅっと腕が伸びてきて、正刻を抱きかかえた。
「流石は正刻だ。それでこそ私が愛した男! 愛い奴めそらそら!」
そう言って正刻を抱きしめるのはもちろん舞衣である。正刻を横から抱き、その頭を自らのたわわな胸に埋めろように抱え込む。

「ちょ、ちょっと! 恥ずかしい真似は止めなさいよ舞衣!!」
すると当然唯衣は過激に反応し、舞衣の腕をほどいて正刻を救出する。正刻の顔は、息苦しさと恥ずかしさと気持ちよさで真っ赤であった。
「……何よその顔は。あんた、まさかあのまま舞衣の胸に埋もれていたかった、なんて言うんじゃないでしょうねぇ? ええ?」
怖い笑顔を浮かべながら正刻に詰め寄る唯衣。正刻は気持ちよかったという負い目があるため気まずそうに目を逸らすことしか出来ない。


365:名無しさん@ピンキー
07/07/12 15:57:20 lbBEW2ji
と、そんな状況を制するように亜衣が言った。
「だけど正刻君。あなた一人で勉強大丈夫なの?」
「う……。そ、そこは何とか気合と根性で……。」
「あんたねぇ……。気合と根性で何とかなるなら、そもそもこんな状態に陥ったりしないでしょうが……。」
亜衣の心配に精神論で応えようとした正刻であったが、唯衣に冷静につっこまれて沈黙してしまう。

そんな正刻を見ていた宮原姉妹は、顔を見合わせるとやれやれといった風に笑った。
「何、心配は無用だ母さん、正刻。テストまで私と唯衣、それに鈴音で正刻にみっちりと勉強を教えてやるさ。」
「ま、舞衣と鈴音がいるなら私の出番は無さそうだけどね。この際だから、あんたと一緒に私もテスト勉強をするわ。一人で集中砲火を
 浴びるよりは、仲間がいた方が気が楽でしょ? ね?」

そうして二人は正刻に笑いかける。正刻はしばらくその笑顔を見つめていたが、やがてぺこり、と頭を下げた。
「二人とも、本当に有難うな。恩にきるぜ!」
「何水臭いこと言ってんのよ。困った時はお互い様、私たちの間じゃ当たり前のことでしょ?」
正刻の頭をぽん、と軽く叩きながら唯衣は言った。それに舞衣が続く。
「まったくだ。それに、君が旅行に来れなかったら私も唯衣も悲しいしな。私たち自身のためでもあるのだから気にするな。」
「ちょ、ちょっと舞衣! 私は正刻が来なくたって、別に……!」
「ふぅん? 本当か? ほんっっとーに来なくても良いのか? んん?」
「むぐぅ……そ、それは……っ!!」

顔を赤くしながら悔しそうな顔をする唯衣。それを楽しげに見ながら舞衣は再度正刻に抱きつこうとした。
しかし、彼はそれをするりとかわすとリビングの出口へと歩いていった。
「それじゃあおじさん、亜衣さん、俺は今夜はこれで帰ります。おやすみなさい。」
「何だい正刻君。せっかくだからこのまま泊まっていけば良いのに。」

慎吾にそう誘われた正刻であったが、苦笑しながらそれを断った。
「済みません。でも、おそらく明日あたりから徹底的にしごかれてしまうでしょうから、今夜は自分の布団でゆっくり眠りたいんですよ。」
そう慎吾に言った正刻は、宮原姉妹に顔を向ける。
「それじゃあ唯衣、舞衣! 明日からよろしくな!」
にっと笑ってそう言うと、正刻は家へと帰っていった。

「……さて、では私も明日からの対正刻用の勉強計画でも練っておくか。」
そう呟いて立ち上がる舞衣。その動作に何を感じたのか、唯衣は妹の肩にぽん、と手を置いて言った。
「……先に釘を刺しておくけど、正刻と二人きりで勉強をする時間を作ろうとしないでよ? というか、あんたはその時間で勉強以外の事
 をする気満々なんでしょうけどね。でも、絶対にそれは阻止させてもらうから。」
思わず唯衣の顔を見る舞衣。唯衣は妹を笑顔で見つめている。しばらく見つめあっていた姉妹だが、やがて舞衣が先に目を逸らし、深々と
溜息をついた。
「全く……お前には敵わないな。分かったよ。テスト勉強中はそこまで正刻にアプローチはかけないよ。日々のスキンシップはさせてもら
 うがな。」
「賢明な判断ね。というか、結局はそうした方が正刻のあんたへの好感度もあがると思うけどね。」

二人はそのまま話しながらリビングを出た。そして残された夫婦はというと……。
「いやー、やっぱりあの子達の絡みは面白いわねぇ! 下手な昼ドラよりよっぽどドキドキするわぁ!!」
「い、いや亜衣……。流石に自分の娘や親友の息子をダシにして楽しむってのはちょっと……。」
少し、世知辛いことになっていた。


366:名無しさん@ピンキー
07/07/12 15:58:43 lbBEW2ji
次の日から勉強会が始まった。期末テストまでは二週間と少し。余裕は無い状況である。
舞衣が組んだ計画を元に、勉強は進んでいった。
ちなみに正刻以外の面子の成績はと言うと、舞衣は各教科ともに死角は無い。トップグループの常連である。
鈴音はやや国語系が弱いが、その分理数系に強く、やはりトップグループである。
唯衣はというと、特に苦手な科目は無いが、得意な科目も無い。強いていうなら現代文のみがやや強い、といったところか。
平均すると、中の上くらいの成績である。それでも正刻に数学や理科を教えるのには十分だと言えた。

そうして時間はあっという間に過ぎ、テスト開始を明後日に控えた土曜日の夕方。
高村家に宮原姉妹と鈴音が集まり、最後の追い込みが行なわれていた。
「ほら正刻! ここはこの公式を使えば……。」
「……ああ成る程! そういう事か!」
熱心に正刻に勉強を教える唯衣。その様子を舞衣と鈴音は少し羨ましそうに見ていた。

成績で唯衣より上位にある二人が正刻に勉強を教えていないのには理由があった。
舞衣も鈴音も天才肌な部分があるため、他人に上手く教える事が出来ないのである。
もちろん時間をかければ何とか教えることも出来るのだが、今回のように時間が無い場合は得策ではない。

そこで採られた方法が、一度唯衣に教え、それを唯衣が正刻に教える、または二人の言っている事を唯衣が通訳するという方法だった。
一見無駄なように見えるが、唯衣は聞き上手で話のポイントを押さえる事に長けていた。
そのため二人が直接正刻に教えるより、一度唯衣を経由した方が正刻に伝わりやすく、更には唯衣自身の勉強にもなるため一石二鳥な訳
なのである。

そんな訳で正刻に教える役を殆ど担当することになった唯衣は、熱心に正刻に勉強を教えていた。
ただ、今回はどういう訳か少し熱心過ぎるようであった。

「おい唯衣……もうぶっ通しで三時間は勉強してるぜ……。そろそろ休憩……というか晩飯にしないか? お前ら今夜は泊まっていくんだろ?
 休憩がてら、腕によりをかけて美味いもの作ってやるからさ。」
深い溜息をつき、首や肩をごきり、と鳴らしながら正刻が唯衣に言った。
そう、今夜はテスト前の最後の土日ということで、三人娘は泊まりこんで正刻に勉強を教える予定なのである。
土曜の夜も、日曜の昼間もきっちりと勉強しようということなのだが。

しかし、いくら赤点を回避するためとはいえ、少々きついスケジュールではあった。
放課後は三人娘の誰かと必ず一緒に勉強させられ、部活動や委員会がテスト休みに入ってからは、高村家で連日の勉強会である。
趣味の時間はがりがり削られ、現実逃避をしたくとも女性陣がそれを許してはくれない。
故に、正刻の疲労とストレスはピークに達しようとしていた。

そんな状態の正刻が、せめてもの息抜きにと懇願した食事の準備。しかし、唯衣はすげなくそれを却下する。
「だーめ。食事は私が作るから、あんたは舞衣と鈴音と一緒に勉強してなさい。」
正刻の鼻の頭をちょん、とつついて唯衣は言った。
しかし正刻も流石にもう限界であった。唯衣に対して猛抗議をする。
「何だよ、良いじゃねーか! 大体俺はもう限界なんだよ! これ以上根をつめたらぶっ倒れちまうぜ! それでも良いってのかよこの黒い
 髪をポニーテールにした悪魔め!! 略して黒ポニの悪魔って呼んでやるぜこの野郎!!」

正刻は今までの鬱憤を晴らすかのように一気にまくしたてた。それを聞いていた唯衣はこめかみをひくひくとさせていたが、正刻が疲れて
いるのも事実だと思ったのか、代替案を出してきた。
「黒ポニの悪魔って何よそれは……。まぁそれはともかく、あんたも頑張ってるのは分かってるから、今夜はあんたの好物をそろえて
 あげるわ。それでどう?」
それを聞いた正刻は先程とは手のひらを返したように態度を変えた。
「……ピーマンの肉詰めも作ってくれるか?」
「もちろんいいわよ。」
「お前が作った煮物も食べたいんだが……。」
「ちょっと時間がかかっちゃうけど……いいわ、何とかしてあげる。」

唯衣が本当に自分の好物を作ってくれることが分かったせいか、正刻のストレスも幾分か緩和され、やる気が少し出てきた。
「さて、じゃあ舞衣、鈴音、悪いがもう少し付き合ってくれ。」
そう言って教科書に向かい合う正刻。
「もちろんだ。頑張ろうじゃないか正刻。」
「しかしキミは本当にお手軽だねぇ。まぁキミらしいといえばキミらしいけどねぇ。」
そんな彼を舞衣は励ましながら、鈴音は苦笑まじりで勉強を教えていった。

367:名無しさん@ピンキー
07/07/12 16:01:06 lbBEW2ji
その後、唯衣によって用意された食事を皆で食べ終え、正刻は風呂の用意をしに行き、三人娘はそれぞれ休息をとっていた。
やがて風呂の準備を終えた正刻が女性陣に告げた。
「待たせたな、風呂が沸いたぜー。俺は一番後で良いから、お前ら入っちまえよ。」
そう言ってうーん、と伸びをし、また首や肩を鳴らす正刻。精神的には好物を食べたことで楽になったが、身体の方は疲れが
たまっているようであった。

「……よし! では久しぶりに女三人で入るとしようか! 女同士の内緒話もしたいしな。」
その様子を見た舞衣は唯衣と鈴音に言った。鈴音には、少し意味ありげな視線を向けながら。
その視線には気付かずに唯衣は首を傾げた。
「どうしたの舞衣? まぁ別に私は構わないけど……。」
「……まぁ良いんじゃない? たまにはさぁ。久しぶりにこの面子で正刻の家に泊まりに来てるんだし。じゃあ早速行こうか。」
逆に、舞衣の意図を読み取った鈴音は唯衣の腕をとって浴室へと向かおうとする。

「へぇ、お前ら三人仲良く風呂だなんて珍しいな。ま、ゆっくり入ってこいよ。」
正刻はそう言って本を読み出した。三人が入浴している僅かな時間ではあるが、趣味に当てられる時間が出来て嬉しいようである。
「……分かっているとは思うけど正刻、お風呂場には近づかないでよね。もし来たら、トラウマになるくらいの折檻をするからね。」

そんな唯衣の言葉に正刻は思わず苦笑する。
「分かってるって、んな事はしねぇよ。黒ポニの悪魔様の入浴を覗いた日には、どんな呪いをかけられるか分かったもんじゃないからな。」
「……あんた、そのフレーズよっぽど気に入ったみたいね……。私としてはその呼び名はやめて欲しいんだけど……。」
「そうか? 俺は結構合ってると思うんだがなぁ。」
本を読みながらそんなことを言ってくる正刻に、唯衣はなおも言い返そうとした。しかし。
「ほらほら。さっさと行くぞ唯衣。」
「そうだよ。ボク、早くお風呂に入りたいんだから!」
舞衣と鈴音に風呂場へとずるずると引っ張られていった。
その様子を見た正刻はくくっと笑うと、読書へと没頭していった。

高村家の浴室はかなり大きく作られている。湯船も大人が数人入っても余裕があるくらいの大きさだ。
その湯船に浸かって浴槽の縁に背を預け、両腕を乗せながら舞衣が言った。
「……さて、と。では正刻とも離れたことだし、本題を話すとしようか。」
ちなみにFカップに達する胸は惜しげもなくさらされ、ぷかぷかと湯に浮いている。
その様子を同じく湯船に浸かって羨むように、恨めしそうに見ていた唯衣(Cカップ)と鈴音(Bカップ)は、その言葉に我を取り戻し、
視線を舞衣の胸から顔に移動させた。

「……唯衣、お前、少しやり過ぎだ。これじゃあ正刻は試験前に調子を崩して結局赤点を取ってしまうぞ。」
「唯衣、悪いけどボクも舞衣と同意見だよ。熱心なのは良いことだけど、今回はちょっと熱くなり過ぎだよ。」
妹と親友に説教をされた唯衣は「うぅー……。」と唸りながら顔半分を湯に沈め、ぶくぶくぶくと水面を泡立てた。
「大体さぁ、何で今回はこんなに熱心なんだい? 何か理由があるんでしょ?」
その鈴音の問いに、唯衣は顔を若干赤らめながらも依然として泡吹きを行なって答えようとしない。

しかし、そんな抵抗も舞衣が口を開くまでの間しかもたなかった。
「何だ鈴音、分からなかったのか? 唯衣は、夏の旅行に正刻が来れなくなることが嫌で怖くて仕方がなかったんだよ。」

ぶはぁっ!!

舞衣の言葉に反応し、盛大に吹き出してしまう唯衣。舞衣の言葉が当たっているかは一目瞭然の反応と言えた。
「あぁ成る程ねぇ。だからあんなに必死になってたんだ。唯衣も可愛い所があるねぇ。」
そう言って鈴音は唯衣の頬をうりうりと人差し指でぐりぐりと押した。
されるがままになっていた唯衣であったが、いきなりざばぁっ! と立ち上がって二人を見下ろすと、怒鳴るように言った。

368:名無しさん@ピンキー
07/07/12 16:01:56 lbBEW2ji
「な、何よっ!! 私ばっかりいじめて! 舞衣も鈴音もあいつと一緒に旅行へ行きたくないの!? あいつが来なくっても良いの!?
 あいつが来ない旅行だなんて、考えたくもないわよっ!! あんた達だってそうじゃないのッ!? ええ!?」

言い終わると唯衣ははぁ、はぁと肩で息をした。舞衣も鈴音も無言であったが、やがて舞衣が言った。
「……唯衣、お前の言いたいことは分かった。だからとりあえず湯に浸かれ。丸見えだぞ。」
「うん、そうだねぇ。いくら女同士とはいえちょっと困っちゃうねぇ。」
鈴音にも言われ、唯衣は己の状態を確認する。

タオルも巻かず、湯船の中で仁王立ち。
それはつまり、胸もあそこも晒しちゃってる状態な訳で……。
「───ッ!!!」
声にならない悲鳴を上げて、唯衣は物凄い勢いでしゃがみこむ。顔を真っ赤にして先程のように顔半分を湯に沈めた状態をとった。
そんな姉の様子に苦笑しながら舞衣は言った。

「心配するな唯衣。私もお前と同じ気持ちだよ。正刻のいない旅行なんて、これっぽっちの価値も無い。」
「もちろん、ボクだってそうさ。だけど、さ? よく考えてみなよ。正刻がボク達の期待を裏切ったことがあるかい? 自らが口に出した
 誓いを、守らなかったことがあるかい?」
鈴音は優しげにそう言った。

「……無い、わよ。あいつが私たちを悲しませるような真似を……するわけがないじゃない。そんなこと、分かってるわよ。だけど……。」
「……不安、だったんだな? それも分かるよ。私だってそうだ。」
舞衣は湯の中でそっと、唯衣の手を握った。唯衣もその手を握り返す。
「だけど、もう大丈夫だよ。正刻は本当に頑張ったよ。このままなら、赤点を回避することくらい余裕さ。」
鈴音が笑顔で二人に言う。舞衣は大きく頷き、唯衣も、不承不承といった感じで頷いた。

「だけど、油断しちゃったら……。」
「ここまで来たら、あとは体調管理に気をつけた方が良いだろう。今まで何もせずにいて、一夜漬けに全てを賭けるというなら話は別だが
 正刻は私たちにしごかれてちゃんと力をつけた。だから……そうだな、今夜はあいつにマッサージでもしてやって、ぐっすりと寝てもら
 おう。それで明日は最後の確認をやれば良いさ。マッサージする役は、今回は唯衣に譲ってやろう。」
それでどうだ? と問う舞衣に、OK! と返事をする鈴音。

しかし自分抜きで決められていく流れに、唯衣が思わず口を挟む。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私、正刻をマッサージしてあげるなんてまだ言ってないわよ!」
そんな唯衣をなだめるように舞衣と鈴音が言った。
「でもお前だって今までちょっとやり過ぎた、という思いはあるのだろう?」
「だったらマッサージぐらいしてあげても良いと思うけどなぁ。別に嫌だという訳じゃないんでしょ?」
「ま、まぁ確かにそうだけど……。」

今ひとつ素直にならない唯衣。それを見かねた舞衣は、挑戦的な口調でとんでもない事を言い出した。
「別に良いんだぞ? お前がやらないなら私がやるまでだ。風呂場で私自身の身体を使って、たっぷりと愛のこもったマッサージプレイを
 してやろう。きっと彼も元気になってくれる筈だ。特にある一部分が、な。」
その言葉に鈴音も唯衣も仰天し、激しいツッコミを入れる。
「ちょっと舞衣! 『プレイ』って何さ『プレイ』って!! それマッサージじゃないじゃないか!! そりゃ『ある一部分』も元気になるよ!!
 だけどそりゃちょっとイケナイんじゃないかなぁっ!? 大体女の子が言う台詞じゃないと思うなボクはぁっ!?」
「あ、あああああアンタはまたそんな事言ってーッ!! 恥を知りなさい恥を!! 分かったわ! そんな事をあんたがするくらいなら私が
 普通にマッサージをするわよ! ええやってみせますとも!!」

勢いのあまり、自分がマッサージをすることを承諾した唯衣。それを言った瞬間に「しまった!」という思いが少しあったものの、正刻に
申し訳ない気持ちがあったのは事実なので、気持ちを切り替えて彼を癒してベストコンディションにもっていかせようと彼女は思った。
「さて、では話もまとまったことだし、さっさと上がるか。」
そう言った舞衣は微妙に残念そうな顔をしていた。アレはひょっとして本気だったのか? と、唯衣と鈴音は顔を見合わせた。

369:名無しさん@ピンキー
07/07/12 16:02:45 lbBEW2ji
「ふいー……。いい湯だったなぁ。首や肩も少しは楽になったぜ。」
三人娘と入れ替わりに入浴し、上がってきた正刻は麦茶を飲み干しながら言った。
「さて、じゃあ夜も頑張りますかー。」
伸びをしながら言う正刻。そんな彼に、舞衣と鈴音に肘で小突かれつつ、唯衣が話しかけた。
「あ、あのね正刻……。」
「うん? 何だ?」
「う、うん。あのさ、あんた結構頑張ったからさ、舞衣と鈴音が赤点を回避するくらいならもう大丈夫だって……。」

しかし唯衣のその言葉に正刻は渋い顔をする。
「そう言ってくれるのは有難いけどな、しかし油断は禁物だしなぁ。」
「うん。もちろんそう。だけど、あんたも嫌いな教科を勉強していた所為で疲れがたまってるでしょ? だからさ、その……こ、今夜は、
 わ、私……がマッサージをして、それで疲れを抜いてもらって、明日最後の見直しをしようと思うんだけど……どうかな?」

その唯衣の提案に、正刻は腕組みをして考えた。
「確かに正直言うと疲れ気味だし、首や肩も辛いが……。唯衣、お前は良いのか? 何か悪い気もするが……。」
そう答えた正刻に、唯衣は少し照れがあるせいか、まくしたてるように言った。
「い、いいの! それよりどうすんのよ! 私が折角マッサージしてあげるって言ってんのよ? まさか断ったりなんかしないでしょうね!
 ええ!?」

そう言って詰め寄ってくる唯衣の迫力に押され、正刻は頷いた。
「い、いやもちろんお願いしたいぜ! お前のマッサージは気持ちよいし、効果抜群だからなぁ。よろしく頼むぜ!!」
嬉しそうに言うと、正刻は自室へと向かった。その後を追おうとした唯衣は、舞衣にがっちりと肩をつかまれた。
「な、何よ? どうしたのよ?」
「唯衣。一応釘を刺しておくが、するのはマッサージ『だけ』だからな。それ以上は……許さんぞ? というか、そんなことをしようと
 しても必ず阻止させてもらうがな。」

じっと見詰め合う姉妹。やがて唯衣の方が先に目を逸らし、ふぅと溜息をついた。
「全く……。テスト勉強を始める前にはあんたに釘を刺したってのに、今度は私が釘を刺されることになるとはね……。分かってるわよ、
 舞衣。大体私は変なことをするつもりはこれっぽっちも無いんだから安心しなさい。」
「だと良いがな……。ま、これ以上正刻を待たせるのも悪いか。じゃあ唯衣よ、正刻をよろしく頼むぞ。」
「舞衣はそう言ってるけどさ、たまには素直に正刻に甘えてきなよ。やり過ぎはよくないけど、ね?」
そうして二人に送り出された唯衣は廊下に出ると、頬を手でぱしん! と叩き、「よし!」と呟くと正刻の部屋へと向かった。

ノックをして部屋へと入る。正刻は既に布団を敷いて、その上に寝っ転がりながら本を読んでいた。
だが唯衣が入ってくると彼は本を枕元に置き、うつ伏せになりながら言った。
「待ってたぞ唯衣。じゃあ早速頼むぜ。」
「はいはい、今やってあげるわよ。で、どこか特に酷く辛い所はある?」
「そうだな……やっぱり首と肩かな。後はその影響で、背中も辛いや。」
「分かったわ。じゃあ力を抜いて楽にしてなさい。」

了解、と言った後、正刻は枕を抱いて目を閉じ全身を弛緩させた。唯衣はその脇に座り、正刻の肩甲骨の辺りを数回さすった後、親指に
力を込めて指圧を開始した。
「ふぅぅぅぅーっ……。はーぁぁぁぁぁあぁぁああぁ……。」
唯衣が力を込めるたびに、正刻は気持ちよさそうに声を上げる。しかしまるで頭のてっぺんから抜けるような変な声を出しているので、
唯衣は苦笑しながら注意した。

「ちょっと正刻、あんまり変な声出さないでよ。気が散るじゃない。」
「あぁすまんすまん。だが本当に気持ちよくて……ってああそこそこぉっ……!」
目を閉じたまま更に弛緩する正刻。彼は今、心も身体もかなり癒されつつあった。

370:名無しさん@ピンキー
07/07/12 16:03:41 lbBEW2ji
しかし、対照的に唯衣の表情は沈んでいた。それは、マッサージをして正刻の身体が想像以上に疲れきっていたことが分かったからだった。
(まさか……こんなに疲れきっていたなんて……。)
唯衣が最初に指圧をした時、正刻の肩はまるで鉄板が埋め込まれているかのように硬かった。そしてそれは、他の首や背中などの箇所も
例外ではなかった。

(私が……無理させた所為だよね……。)
マッサージをしながら、唯衣は正刻に対して申し訳ない気持ちで一杯になった。その気持ちが、口をついて出る。
「……ごめんね。」
ぽつり、と呟く。それはとても小さな声だったのだが、正刻には聞こえていたようで、彼は問い返してきた。
「うん? 何がごめんなんだ?」
「あんたに無理をさせちゃってさ……。私が厳しくし過ぎたから、こんなに疲れ切っちゃったんだよね。……本当に、ごめんね。」
唯衣は沈んだ声で答えた。それを聞いた正刻は、むっくりと体を起こし、あぐらをかいて唯衣に向き直った。
そして、そのまま彼女の頭をゆっくり、優しく撫でた。

「あ……。」
「お前がそんなに気にすることじゃあねぇよ。むしろごめんなさいはこちらの方だ。俺の都合でお前たちをつき合わせちまったからな。」
「そ…そんなこと……。」
ない、と唯衣が続ける前に、正刻は次の言葉を繰り出していた。
「だけどさ。俺はどうしても、お前たちと一緒に旅行へ行きたかったんだ。いや、旅行だけじゃない。この夏の思い出を、お前たちと一緒
 に作りたかったんだ。来年は受験だし、そんなに遊べねぇだろうから、な。……何かちょっと恥ずかしい物言いになっちまったけど、
 でもそれが俺の正直な気持ちだ。」
唯衣の髪を優しくなぜながら、ちょっと照れたように正刻は言った。唯衣の胸が、トクン、と少し跳ね上がる。

「だから、お前はそんなに気にしなくても良いんだよ。それに、マッサージだってしてくれてるじゃねぇか。勉強を教えてもらってマッサ
 -ジまでしてもらえるなんて、むしろお礼をしたいくらいだぜ。」
そう言って、にっと笑う正刻。唯衣は思わず、その笑顔に少し見入ってしまった。
と、正刻は再び枕を抱いてうつぶせになる。続きをやってくれという意思表示だろう。両足をぱたぱたとさせている。
それを見て苦笑しながら唯衣はマッサージを再開した。

「……あれ? 正刻……?」
マッサージをして少し経った時、唯衣は正刻が大人しくなっていることに気がついた。
手を離して様子を伺うと、規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
「寝ちゃったんだ……。」
無理も無いか、と唯衣は思った。今夜はこのまま寝かせてあげよう、そう思って唯衣が立ち上がろうとした時だった。

「う……ん……。」
ごろん、と正刻は寝返りを打ち、うつぶせの状態から仰向けになった。
気持ちよさそうに眠る正刻の顔を見ているうちに、唯衣の中で、ある欲望がむくむくと頭をもたげた。
リビングの方を伺う。だが、一度抱いてしまった気持ちはそう簡単には止まらない。
構うもんか、と彼女にしては珍しく強硬な姿勢をとると、唯衣は寝ている正刻にそっと近づき囁いた。

「ねぇ正刻……。さっきあんた、お礼をしたいくらいだって言ってたよね……? そのお礼、もらっちゃっても良いかな……?」
もちろん正刻は答えない。それを確認すると、唯衣はそっと正刻に覆いかぶさるように顔を近づけた。
唇が触れ合う前に、ゆっくりと目を閉じる。そしてそのまま唯衣は、唇を重ねた。

久しぶりに感じる正刻の唇の感触は、やはり気持ち良かった。
前の時は彼が風邪を引いて熱があったせいかひどく熱く感じられたが、今は心地よい温かさであった。
二度、三度とついばむようにキスをする唯衣。
やがて満足したのか、身を起こした。
そっと手を唇に触れさせる。自然と笑みがこぼれた。

「えへへ……。またやっちゃった……。」
幸せそうに微笑む唯衣。彼女は愛おしげに正刻の髪を撫でたると、彼を起こさぬようにそっと立ち上がり、リビングへと戻っていった。



この後、唯衣は舞衣と鈴音に「貸し一つだ。」と宣告されて慌ててしまったり、日曜には差し入れに来た佐伯姉妹を交えて再び勉強会
が行なわれたり、今までのしごきの成果を発揮して、正刻は見事赤点を回避し夏休みを迎えることとなるのだが、それはまた別のお話。


371:名無しさん@ピンキー
07/07/12 16:07:18 lbBEW2ji
以上ですー。最近ちょっと無駄に長くなってしまっている気がします……。
もうちょっと上手くまとめられるようになりたいですね。

それと、遅くなりましたが管理人様、一話から五話まであのように修正して下さりありがとうございました!

また頑張って投下したいと思いますー。ではー。

372:名無しさん@ピンキー
07/07/12 17:38:29 MXEFn2NT
>>371
一番槍!!GJです~。
自分としてはこれぐらいの長さがちょうど良いですよ~、読み応えがあるので。
次回も楽しみに待っております故。

373:名無しさん@ピンキー
07/07/12 17:41:03 GDXtrxgC
gj!

374:名無しさん@ピンキー
07/07/12 18:27:21 OtgeU9Bl
GJ
同じく長さは気にならないですよ。
長くても短くてもおもしろければそれでよし。

さて、当然みんなも気付いているとは思うが、

温泉ネタだーーーーーー!!!!!!
今回のお風呂ネタにつづき温泉ネタが来る!!!!
これでテンションあがらずにいられようか。いやいられない。こうなってるのは俺だけか?


375:名無しさん@ピンキー
07/07/12 20:31:45 21JRY6Bp
やっと続きktkr!!
話の長さは気になりませんよ。
話がまとまってれば長くてもおk。
読むのは苦じゃないから。

376:名無しさん@ピンキー
07/07/13 03:29:46 +ljP4vNJ
アゲ

377:名無しさん@ピンキー
07/07/14 06:52:40 XdjWE0za
神GJ以外になんの言葉を使えばいいのか分からない。
俺も言うまでも無いけど投下されるだけなにより嬉しい。
長ければ、幸せ死にするぐらい嬉しいので完全に無問題。

>>374そんな事聞いたらなお楽しみで楽しみで仕方ない。

378: ◆6Cwf9aWJsQ
07/07/16 01:40:50 zPqdibpy
俺、ようやく参上。

つー訳で投下いきます。今回も前後編です。

379:シロクロ 14話a【1】
07/07/16 01:42:35 zPqdibpy
しかし何なんだろうこの最初からクライマックスな状況は。
始まりはいつも突然にしても突然過ぎる気がする。
私は啓介の頭を洗いながらそんなことを考えていた。
そりゃあ啓介になら裸見られても胸触られてもいいけど、
こーゆーのはちゃんと段階踏んでからの方がよかったとは流石の私も思う。
でもこーでもしないと私たちは進展しないような気もする。
・・・啓介は消極的だし流石の私もえっちな方面には知識も経験もない。
義姉さんや友人からは「そこはキャラとハートでカバーしなさい」と謎のアドバイスを受けたけど、
具体的にはどうすればいいのか分からないままこの状況になっちゃって正直動揺が抜けきってません。
まあ私以上に啓介が動揺してるからまだ彼よりは冷静でいられるけど。
でも、啓介はそんな私の葛藤を知るよしもない。
私が彼の背後にいるからだけど。
私は―どうせなら開き直ってしまおうと―彼の正面に回って洗おうとしたのだけど、
流石にそれはと啓介に拒否されてしまった。
その時の彼の視線は私の首から下―具体的に言うなら胸や臍、そして秘所―に注がれており、
有り体に言えば、いやらしい目を向けていた。
でも不思議と悪い気はしなかった。
それは多分、『私』を見てくれているということだから。
さっきお尻見られた時はともかく彼の気持ちを聞いた今ならそう思える。
こんなこと考える私ってひょっとしてMの気でもあったのかなとふと疑問に思う。
まあ啓介以外の人にそうされたらすごく嫌だから多分違うと思うけどそれはともかく。
「頭流すよー」
「ああ」
彼は返事をすると瞼を閉じる。
そのことを確認すると私は彼の頭に熱めの液体をかける。
それが数度繰り返し、終わったことを伝える為彼の頭を軽く撫でる。

380:シロクロ 14話a【2】
07/07/16 01:43:49 zPqdibpy
「まだ治ってないんだ・・・頭洗うときに目つぶるクセ」
「だって目にシャンプー入ったらいやだろ」
「・・・うつむいてたら目にかからないと思うけど」
彼は少し間をあけると、真剣な表情になって言った。
「・・・その手があったか!」
私は少し間をあけると、真剣な表情になって言った。
「・・・単刀直入に言うけど啓介って実は馬鹿?」
「単刀直入すぎるだろっ!?」
「否定しないんだ・・・」
「多少は自覚してるからな」
そう自嘲気味に言う彼に、私は思いきり抱きついた。
「どわぁっ!?」
即座に啓介は悲鳴を上げて私から離れた。
その時、彼の背中に触れていた私の乳首が擦れてしまった。
・・・ちょっと気持ち良かった。
そんな私の内心を知らず、啓介は顔を真っ赤にさせて私に抗議した。
「おおおぉぉお前なあ!俺ら今裸なんだからいつも通り抱きつこうとするなよ!!?」
「い、いやごめん。啓介の自虐的なところに母性本能刺激されて、可愛く思えちゃってつい」
まだ動揺の抜けきってない私も
「ついじゃないだろついじゃ・・・」
さらに文句を言いながら啓介は私に
が、彼の視線は私の顔から徐々に下に向いていき、かと思うと私から目をそらした。
でもちらりちらりと目線は私の方をまた向いて、また離れるを繰り返していた。
「・・・なにやってるの?」
「い、いや、お前の方向くと、つい、顔じゃなくて体の方見ちまうんで」
といいつつやっぱり私から目を背けていく。
彼にとっては私を思いやっての行為かもしれない。
でも、私にはなんだかその態度がいまだに私に「遠慮」してるように思えてカンに障った。
だから私は彼の頭を両手で掴み、無理矢理啓介の顔を私の胸に触れる寸前にまで引き寄せた。

381:シロクロ 14話a【3】
07/07/16 01:45:04 zPqdibpy
「なっ・・・!?」
予想通り啓介が短い悲鳴を上げた。
だから私はその声を無視して言った。
「見たいのなら見ていいし、触ってもいいよ。啓介になら、されてもいいから・・・」
「ちょっとまてい」
啓介はいつものように励まそうとする私の声を遮ると自分の頭を拘束していた私の両腕を振り払い、
逆に私の頭を両手で掴み、自分の顔に触れる寸前にまで引き寄せた。
「なっ・・・!?」
予想外のことに私は短い悲鳴を上げた。
そして啓介はその声を無視してキスしてしまいかねないほど顔を近づけて言った。
「言っておくけど別にこの期に及んでヘタレたわけじゃないからな」
「ええっ!!?」
真剣な眼差しで私の目を見つめての彼の台詞に、私は心の底から驚きの声を出してしまった。
私のその声―それと一緒に出てしまったツバ―を超至近距離で浴びてしまった啓介は、
私に半目を向けて低い声で言った。
「・・・なんだいまのリアクション」
「いえなにも?」
出来る限りの満面の笑みを浮かべてとぼける。
でも彼が私に向ける目線は自分の顔についたツバを手で拭いても変わることはない。
でもそんな冷たい目線の啓介もいいかもと思うとカラダの奥の方が熱くなるような気もする。
そんなことを思っていると、啓介は私から顔を若干引かせた。
「いやそんな熱っぽい視線向けてもダメだから」
どうやら顔に出てしまったらしい。
もしくは心を読まれたか。
まあどっちにしろ。
「これって私たちの愛の力なのね!?」
そう勝手に確信した私は私の頭をホールドしていた啓介の両腕を振り払い、彼に抱きつこうとする。
けど、啓介は素早く両手を交差させるように身構え、
左手で私の頭、右手で私の身体を受け止めた。

382:シロクロ 14話a【4】
07/07/16 01:46:02 zPqdibpy
「な・ん・で・そうなるーっ!!」
一言一言に力を込めて、同時に両腕にも力を込めて啓介は私を押し返そうとする。
「いいからおとなしくし・な・さ・いーっ!!」
私も負けじと両腕を彼の身体に絡ませ、無理矢理引き寄せようとする。
力自体は啓介の方が上だけど、私がのしかかるような格好になってる為拮抗状態となっていた。
この状況を打破する為、私は全体重をかけようとし、
体重を・・・。
たいじゅう・・・。
つい最近体重が増えたことを思い出した私は力を抜いた。
いえ違うんです太ったんじゃないんですむしろウェストは細くなったんだけど
その分胸とお尻に肉がついちゃったんですそれもウェストから消えた分を超える量が。
これって女として喜ぶべきなんでしょうかそれとも悲しむべきって誰に言ってんだろ私。
それはともかくいきなり力を抜いたら私が彼に押し倒される。
いや啓介になら押し倒されてもいいけど場所が場所なんで怪我する可能性がある。
そう判断した私は口を開いた。
「ところでさ」
「何?」
「さっきから啓介、私の胸触ってるんだけど」
「なにぃっ!?」
そういわれた啓介は即座に絶叫をあげて私から離れた。
でも今までの経験から彼のリアクションは予測できたので私は慌てることなく笑顔で言った。
「う・そ♪」
啓介は一瞬何か言いたそうな顔をしたけど、特に反論することなくおとなしく腰を下ろした。
実際はホントにさわってたんだけど、それを言うとさらに話がややこしくなりそうなので言わない。
でも残念そうな彼の表情を見ると嘘をついた罪悪感がこみあげてくる。
代わりに彼の手に自分のそれを重ねると表情が和らいだ。人のことは言えないけど現金な。

383:シロクロ 14話a【5】
07/07/16 01:47:09 zPqdibpy
「一体どうした急に冷静になって」
「乙女にはいろいろ事情があるの」
「・・・そうですか」
それ以上の詮索を許さない私のドスを利かせた声に啓介は若干引いたようだ。
いけないいけない。私の理想はカカア天下じゃなくて夫を引き立てる大和撫子なのに。
まだまだ日々是精進だなと思うけど今は別にやることがある。
「ところで目をそらしてた理由は?」
「あー・・・」
私にそう質問された啓介は今度はバツの悪そうな顔になった。
でもそれは本当に一瞬のことで、私が洗ったばかりの頭をバリバリとかくと、
「軽蔑しない?」
「内容によっては」
「・・・余計にプレッシャーかけるなよ」
そう言いながらあからさまに肩を落とした。
「まあ、話を聞きもしないで『大丈夫』と断言されるよりかは信用できるからいいけど」
「断言ならできるよ」
「え?」
ちょっと間の抜けた顔になった彼に、私は言った。
「何があっても、私はあなたが世界中の誰よりも大好きです」
そう言った途端、啓介の顔が真っ赤になったけど私は気にせず続ける。
「それだけは断言できる」
キッパリとした口調で言うと、私は彼に笑顔を向けて言った。
「だから安心して本音ぶっちゃけちゃっていいよ」
いつもならここで抱きしめてるところだけどさっきの繰り返しになるからガマン。
だから、その代わりに彼の顔を見つめた。
彼も私の顔を見つめ返す。

384:シロクロ 14話a【6】
07/07/16 01:48:27 zPqdibpy
少しの間そうしていると、啓介は苦笑しつつ手を私の頭に移し、撫で始めながら口を開いた。
「まあ、気は楽になった」
「うん・・・」
久方ぶりの自分の頭を撫でられる感触に身を委ねる。
啓介はそんな私に肩を落としつつ言った。
「ぶっちゃけた話、お前を襲いたいっていうかしたくってしょうがないんだ。
でも、自分でもどこまで制御できるかわからんからなるべくお前の方見ないようにしてたんだ」
「別にいーのにー」
「そーゆー発言はキチンと避妊する用意してからいいなさい」
「・・・あ。」
忘れてた。
というかこの状況にとまどって完全に思考の外になっていた。
それ以前にこんなことになるなんて予想してなかったので、避妊の用意なんてしてるはずもなかった。
それを考慮に入れてくれている彼の気遣いがなんとなく嬉しかった。
そのことに礼を言おうとしたけど、啓介はがっくりとうなだれた。
「ごめんな」
「謝らなくていいのに」
この状況の責任は彼と私どちらにもあるし。
「でも」
私は啓介の頭を撫で、笑顔を向けていった。
「よく言えました」
「・・・また子供扱いかよ」
「ああごめん。そーじゃなくてさ」
ついいつものような口調になってしまったことを謝罪しつつ、私は啓介の身体を抱きしめた。
今度は何も抵抗されなかったことに満足し、彼の頭を撫でながら語りかける。
「啓介が私に本音を言ってくれるようになったのが嬉しかったの」

385:シロクロ 14話a【7】
07/07/16 01:49:57 zPqdibpy
以前から啓介は他人に遠慮して、ここぞというときに言いたいことを言えないところがあった。
私が彼のそばに戻ってきた当初はそれがさらに強くなっていた。
その原因は多分『あの事件』。
でも、私と付き合うようになってから―もっと具体的に言うなら『あの事件』を吹っ切って、
彼が私にしてくれた『告白』の一件以来―たまにではあるけど、自分の主張を見せるようになった。
具体的には私を押し倒したりキス以上のことを求めたりなどの本能に忠実なことだけど。
まあ私はそのことは幼馴染みとしてカノジョとして素直に嬉しいしむしろうふふバッチコーイなんだけども
もう少し普段の私や他の人にも自己主張できるようになってほしいとも思う下心抜きでいや若干あるか
けど私には本音で向き合ってくれてるってことだから本当に私以外にするようになると嫉妬しちゃうな
いや啓介の思い人は私だという自信と信頼はあるけど――
「綾乃、久々に目が危なくなってるぞ」
「へ!?」
正気に戻された私はとっさに自分の顔をぺたぺたと触って確認。
「いや顔じゃなくて目だから」
「め?」
「目つきがとろんとしてたというか、すごく熱っぽい目だった」
どうやら啓介のことを考えてそんな目になってたらしい。
「そういう目はきらい?」
「嫌いじゃないってかむしろ慣れた自分が怖い・・・」
啓介はそこまで言うとなぜか頭を抱えだした。
失礼な。ただの愛情表現の副産物なのに。
そう思っても話がややこしくなるので口には出さず、代わりに礼を言う。
「・・・ありがと」
「・・・ああ」
互いに耳元で言葉を交わしあうと、私はさらに言葉を続けた。
「ホントにガマンできなくなったら言ってね。いつでも覚悟は出来てるから」
「いや一時の気の迷いでしちゃうのはマズいだろ」
「な・・・・・・・・・・・・!?」
苦笑混じりの彼の返答に私は絶句し、思わず彼の身体を離して後ろにのけぞった。

386:シロクロ 14話a【8】
07/07/16 01:51:21 zPqdibpy
・・・・・・・・・そんな、そんなバカな・・・!
「啓介は私との子供がほしくないの!?」
「んな事言ってねぇ!それと風呂場で大声出すな近所迷惑な!」
「なんで?」
「外に聞こえるだろうが!」
その瞬間、私はあることをひらめいた。
が、口はそれとは別の用件を言う。
「そういう啓介も、声、大きい」
そういわれた啓介はしまったというような表情を浮かべた。
チャンス!
私は目を輝かせて大きく息を吸い込み、叫んだ。
「私黒田綾乃は、白木啓介が大好きですー!!」
私の放った叫びはエコーとなって風呂場に響いた。
――沈黙。
「おおおおおおおおおおお前なぁぁ!!」
顔どころか耳まで真っ赤にさせて啓介は私に詰め寄った。
「よりにもよってそんな恥ずかしい事言うなバカ!」
「あっひっどーい!恋人の愛の告白をそんなに言うなんて、啓介は私のこと嫌いなんだー!?」
「バカ言うな!俺だって綾乃が好きに決まってんだろ!!」
――沈黙。
「やっちまった・・・!」
「よし!作戦勝ち!」
思わず恥ずかしい台詞を大声で叫んでしまった啓介はがっくりと肩を落とし、
逆にこれである種の既成事実がご近所に広まると確信した私はガッツポーズを取った。
まあ毎日のようにこの家に来てるんですでに何らかの噂はされてるかもしれないけど、
こういうたゆまぬ努力が明日への勝利―具体的には啓介との幸福な結婚生活―に繋がるはずだ。
・・・って結局グダグダになってるし。
「まあともかく、続きしよっか♪」
「・・・好きにしてくれ」
なぜかぐったりとした声で啓介が答えた。

387:シロクロ 14話a【9】
07/07/16 01:53:25 zPqdibpy
「・・・体も洗うのか?」
「そりゃもちろん」
返事しながら私はボディシャンプーを染み込ませたタオルを手に持ち、空いた手で啓介を手招きした。
「おいで~♪」
「ペットか。俺は」
そう突っ込みつつも啓介はその場で座ったまま半回転し、私に背中を向けた。
私はその背中を遠慮なくタオルで拭き始める。
「おかゆいところはないですか~♪」
「・・・強いて言うなら全身っていうかこの状況そのもの」
「要するにここ?」
言いながら私は啓介の背に指を滑らせる。
「うおぁっ!?」
瞬間、啓介が悲鳴を上げて身を震わせた。
その反応はただ背中を触られたにしては明らかにおかしい。
そう判断した私は、もしやと推測をたてた。
「もしかして、背中弱い?」
「・・・・・・・・・」
無言。
それは反論の術を持たない――つまりは肯定だということだ。
勝手にそう結論づけた私はあることを思いついた。

388:シロクロ 14話a【10】
07/07/16 01:55:24 zPqdibpy
早速実行に移すべく私はボディシャンプーのボトルを手に取る。
そしてボディシャンプーを自分の胸にかけ、啓介に抱きついた。
と、流石に気付いた啓介が私に振り向いた。
「っておいおいおい!!」
啓介の抗議を無視して私は身体全体を動かして彼の背に押し当てた胸で洗い始めた。
「む、胸当たってるって!」
「大丈夫。あててるから」
「っていうか妙にニチャッて感触がするんですけど・・・」
「そりゃ胸にボディシャンプーかけてそれで洗ってるんだし」
「なにぃっ!?」
私の発言に、なぜか啓介は目を見開いた。
ついでに口元がにやつき、鼻もひくひくとしていた。
「・・・いま、いやらしいこと考えてなかった?」
「はっはっはっ、何をバカなってゴメンナサイ実は考えてましただから離れないで下さい」
この期に及んでシラを切ろうとしたので身体を離そうとしたら啓介は即座に訂正した。
・・・ホントに正直になったなあ、エッチな方面で。
「つーかさっき俺が必死にガマンしてる状態だっていっただろ」
「それは分かってるけど、その分啓介を気持ちよくさせてあげたいと思ったの」
言いながら私は胸をすりつける作業を再開する。
そして、啓介の耳元にささやきかける。
「それにね。私もなんだか、エッチな気分になってきちゃって」
本心からの言葉だった。
異性の裸をみてエッチしたくなるという啓介の気持ちは―自意識過剰ではなく―よく分かる。
というか私の方がしたくてたまらない。
好きな男の子の裸がこんなに魅力的とは思わなかった。
いや正直啓介をオカズにするときに―他の人をしたことはないけど―いろいろ想像はしたけど、
実物は私の想像を超えてすごかった。
だから今こうやって身をすり寄せている。
それに胸の先端がこすれてなんだか気持ちいいし。

389:シロクロ 14話a【11】
07/07/16 01:57:57 zPqdibpy
と、私の内心を知らないだろう啓介は私に半目を向け、
「・・・あのさ。実はお前がしたいだけじゃないのか?」
「うん。こういう恋人らしいいちゃつきがしたかったし♪」
「即答!?ていうか否定しろよ少しは!」
その発言を無視ながらも私の指先は彼の首、胸板、腹へと滑っていく。
「っていきなり前かよっ!?」
「だって背中終わったし」
「普通は腕とか足から先にやると思うんだがってかそんなに体中なで回すと当たるっていうかやめれ」
「当たるって何に――」
その台詞を最後まで言い切る前に、私の手が何かに触れてしまった。
「・・・ん?」
それまで触っていたものとは違う異質な感触に疑問を持った私は、
啓介の肩越しに自分の触れている物を覗き見る。
そして、仰天した。
「え、えええええええええええ!!!?」
私の触れていたもの。
それは啓介の足と足の間つまりは股についている肉棒と袋状の男性特有の部位すなわち――
「けいすけの、お、お、お、おち、おち」
「落ち着けいいから」
「だ、だって、間近で見るのは久しぶりだしさっきは湯気とかであんまりよく見えなかったけど、
てっきり子供の頃のをそのまま大きくしたものを想像してたけど全然違って、
記憶にあるものよりおっきくなっててなんか黒くなってて、
毛も生えてて何か皮みたいなのが剥けててちょっとグロテスクになってるし、
触ったらやわらかいようでちょっとかたいしあったかい変な感触がしたりして」
「・・・そこまで言われると流石に落ち込むんだが」
「ご、ごめん。だからそんな落ち武者みたいな顔しないで」
「どんな表情だ一体。とゆうかオチにもならんことを言わんでいい」
啓介は落ち着いた声で突っこみを入れる。
顔が赤く見えるのは風呂場の熱気のせいだけではないだろう。
まあ自分もおそらくそうなってるだろうけど。


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