07/06/08 23:06:19 3R0/TNaq
「オイ、ちょっと黙れって。聞いてんのかよ、喋るのやめろって」
予想通り注意しても聞く耳持たずだ。それどころか「もうちょっとだけ!な?」などと訴えてくる。
何がもうちょっとだ、毎回そのもうちょっとが長ぇんだっての。ほんと、呆れるしかねーよ…
「彼方彼方、おい聞けって。これから言うのが一番面白いんだよ。聞き逃してももう話してやんねーからよーく聞いとけよ?」
「別にいいよ、お前が黙ってくれれば何でも」
再び無視された。俺の言葉など聞かずに嬉しそうに楽しそうに愉快そうにトークを続けてきた。
「実はさ実はさ!ゴリ山の野郎3組の担任の白樫先生になんと!…恋をしちゃってるらしいんだよこれが!!」
「……」
くだらない話のネタが飛び出した。んなもんどーでもいいじゃんか、ゴリ山が白樫先生に恋しようが何しようが…興味ねーっての!
聞いて損した…すぐに頭のメモリーから情報を削除せねばならない。
こんなくだらない情報で俺の少ないメモリーを埋められちゃたまったもんじゃない。削除削除っと…
「とまぁ馬鹿話はここまでで。本題だ。」
「何?本題?」
「そう、本題。お前に言わなきゃいけないことがあってな。」
「どうせ、またくだらない話なんだろ?」
すると恭介はニヤけていた表情を一転させ、真剣な表情でじっと俺の事を見ながら口を開いた。
「伝言を頼まれたんだ。お前宛にな」
「は?伝言?」
「そう、お前にだ。その伝言なんだがな『ただいま』だってさ」
「…は?」
キョトンとしざるを得なかった。意味がまったく分からんうえに意味深だ。一体誰からの伝言だ?この学校の人?男?女?
様々な疑問がフワフワと宙に浮ている。だが聞いても恭介はただ『明日になりゃ分かる』としか言ってくれず
結局のところ、疑問を解決する為の答えは教えてはくれなかった。
*
何度も何度も伝言とやらを復唱しながら俺は下校していた。今日は珍しく俺での一人での下校だ。
いつもは恭介と帰っていたのだが、最近どうも彼女が出来たらしい。
つい最近振られたばかりだったのだがものともせず猛アプローチしてゲットしたらしい。
俺の人生武勇伝がどうのこうのとこの前熱く語っていたのをふと思い出した。
「――にしても、伝言で誰からなんだ…?ただいま、かぁ…まったく意味が分からん」
再び頭の中は伝言の事で一杯になった。
家に帰っても変わらずだった。飯を食ってる時も、風呂に入ってる時も、テレビを見ている時も、歯を磨いてる時も。
とにかく、常にその事が気になって仕方がなかったのだ。
「明日になれば分かるかぁ…ほんとだろうな…?」
最後まで恭介の言葉を疑っていた。
だがそのうち睡魔に襲われ、俺は抵抗せずに睡魔に体を預けた。
疑問の答えは明日以降に持ち越しとなった。
182:夢?×現実? ◆EpNa70REtE
07/06/08 23:07:52 3R0/TNaq
いきなりの投下すみません。どうしても書いてみたかったので書きました…
駄文をお許しくださいORZ
183:名無しさん@ピンキー
07/06/08 23:40:48 2/2zUW5T
これが駄文かどうかは、ちゃんと続きを書き、その内容によって決まると思うぜ!!
だから遅くなっても良いから続きを書いてくれ! 待ってるから!!
184:名無しさん@ピンキー
07/06/09 02:40:24 wCxW3hwX
GJ!! 続きが気になる・・
185:夢?×現実? ◆EpNa70REtE
07/06/09 23:13:14 cGvSDIVY
不思議な夢を見た。けど、どんなのだったか具体的には憶えていない。
『ただいま』と、誰かに言われた事だけが記憶に新しい。一体誰だったんだろう?
それも含めすべてが今日分かるはずだ。恭介の話が本当だったらの場合だけどな。
不意に時計に目をやる。ぼんやりとしていた視界が段々と開けてきた。徐々に時計の針にピントが合い始める。
時計の針は俺が家を出る時間の10分後を指していた。毎日遅刻ギリギリにつくように家を出ていたので10分の遅れは確実な遅刻を意味していた。
「やっば!!」
慌てて家を出る準備をする。テーブルの上の食パンを手探りで掴み、口に銜え勢い良く玄関を飛び出る。それはどこかのベタなドラマのような光景。
この後どこかでヒロインと正面衝突したりするんだよ。んで、何だかんだ色々あり、最終的には付き合ったり結婚したりすんだよな。この前の番組のオチはそうだったし。
しかしながら当然そんな事は起きるはずが無い。所詮テレビドラマ、フィクションな話だ。現実にはありえんありえん。
大体、同じ学校に向かってるのに正面衝突する意味が分からん。ああいうのってそういうところが手抜きだよなぁ。ま、どうでもいいんだけど。
そうこうしてるうちに学校に着いた。予想通り誰とも衝突しなかった。遅刻1分前、家からダッシュした甲斐があったようだ。あんなに走ったのは何年ぶりだろうか?
とりあえず遅刻しなくてよかった…あと1回でも遅刻してたら生活指導を受けなければならないのだ。過去の遅刻回数は3回。4回でゲームオーバーだ。
「もう遅刻出来ねーな…」
ボサボサの髪を少し整えてから教室に向かう。途中ゴリ山とすれ違い、軽く挨拶した。ゴリ山は『ほう、今日は遅刻じゃなかったんだな』と見下したように笑いながら言い放ち去って行った。
朝っぱらムカつく野郎だ。ほんとモチベーション下がるよ…
教室は幾人もの会話や、携帯電話での音楽再生による音で埋め尽くされていた。いつもと同じ光景、かと思ったのだが一ついつもある光景が今日に限って見られない。
恭介がまだ来ていなかった。このクラスで一番のお喋り君の声が聞こえてこなかったのはこのためだった。
「珍しいな…休みか?それとも遅刻か?」
自分の机に頬杖をつき窓の外をぼんやり眺めながら考えてみる。あいつに限って遅刻はないだろうし…昨日までピンピンしてたから休みってのも無いと思うし…
まぁ、別にいいか。あいつがいなけりゃちったぁ静かになんだろうし。
うんうんと頷き納得。その事を考えるのはもうやめにしよう。つーかゴリ山遅ぇな。もうとっくにHRの時間過ぎてんじゃねぇか、時間に人一倍うるさいあいつがねぇ…
こりゃ何かあったな。勝手な推測だけど。
186:夢?×現実? ◆EpNa70REtE
07/06/09 23:14:37 cGvSDIVY
「おはよう」
不意に声を掛けられた。遅い反応の後、声のする方へ顔を向ける。
「凪か…」
声の主はクラスメートの冬月凪だった。凪は俺の反応が気に食わなかったのか、少し不機嫌そうな表情を浮かべている。
「凪か…って、ちょっと酷いんじゃない?折角人が親切に挨拶したのに。普通、返すのが常識なんじゃない?」
「悪かったな非常識人間で」
冷たく言い返しまた窓の外へ顔を向ける。凪は顔、性格、スタイルが共に完璧な女の子だったので男子生徒に絶大な人気を誇っていた。
故に、凪と会話を交わすと周りの男子に冷たい目で見られたり闘争心剥き出しの表情で見られたりした。この前なんかトイレで手洗ってたら『調子に乗るなよ…?』とか言われた。
まったく、怖い怖い連中だ。だからあんまり凪とは話したくなかった。
凪が嫌いとかそういうわけじゃなくて、ただこれ以上凪と仲良しこよしをやってると面倒な事になりそうだったから。それはどうしても避けたかった。
――バタバタバタバタ…ヒュンヒュンヒュン…
ヘリコプターが低空で飛んでいる。それになんかこっちに向かってきている。
「ねぇ、何か近づいてきてない…?あのヘリコプター」
凪が不安気な声でヘリコプターを指差しながら言う。まったくもって同感だ。明らかにこちらへ向かってきている。
教室内の他の生徒もそれに気付き、窓へ押し寄せてきた。「何アレ…?」「オイオイ、何かのショーか?」などとざわつき始めた。
するとヘリは校庭のど真ん中に着陸した。ざわつきがさらに大きくなる。
ヘリから4,5人の黒い服を着た連中が現れた。そして一人、ロングの髪をなびかせたうちの学校の制服をきた女の子が黒い服を着た連中に囲まれながら姿を現した。
そのまま校舎へ向かってくる。校長を始めとする職員の連中が慌しくそれを出迎えている。ゴリ山の姿も伺える。
何やら少し会話を交わした後案内されるように校舎へ入っていく。校舎へ入ったところで姿が見なくなった。
それと同時に放送が入る。
『生徒の皆さんは教室で待機していてください。くれぐれも教室内からは出ないように』
「…何だぁ?」
一体何が起きているのか理解出来ずにいた。それは俺だけでなく、全校生徒が同じ境遇であろう。
耳に入る大きなざわめきがウザったくて仕方が無かった。
187:夢?×現実? ◆EpNa70REtE
07/06/09 23:21:17 cGvSDIVY
書ききりたいと思います。途中でやーめたは嫌いなんで…
それまでの間、不服であると思いますがどうぞご了承ください!!
188:名無しさん@ピンキー
07/06/10 00:39:13 cLvI8Qn4
なんか読み辛い。
189:名無しさん@ピンキー
07/06/10 09:32:53 kz1L96h1
俺的には好きなシチュだな
190:名無しさん@ピンキー
07/06/10 17:27:38 T2ZQeD7W
頑張って書ききって下さい!!
191:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/12 01:34:08 MVsyyfoE
これは、三人が紡ぐ物語。
01 : Daily Life
六月、続く雨に誰もが気を塞ぎがちになる季節。
高校の教室の窓の外、しとしとと降り続ける雨をチラリと横目で一撫でして、塩崎忍は再び読みかけの本へと戻っていく。
「それ、面白いのか?」
近くの席に座り、声をかけてきた男の名前は、九条正宗。まるでどこかの殿様か、あるいは名家のご子息かといった具合
だが、父親は平凡なサラリーマン、母親はスーパーでレジ打ちのパートをしてるという、ごくごく一般的な家庭の育ちだ。
しかし、容姿は名前負けしない立派なものだった。背は人一倍高く、百八十近くあるだろう。その上に乗る顔も決して悪く
ない。絶世の美男子というわけではないが、どちらかといえばいい男に分類される方だ。
ただいかんせん、愛想が無いことで有名だった。腹を抱えて笑っているところを誰も見たことがない、と噂されるほど、彼
は表情の変化に乏しいのだ。正宗本人にしてみれば、そんなことを言われるのは心外で、十分に笑っているのだが、なか
なか伝わっていないようだ。
「これ? 面白いよ。読む?」
答えて顔を上げた少女、忍が本の表紙を彼に見せるが、正宗は小さく肩をすくめて首を横に振った。どうやら退屈過ぎた
から言ってみただけで、さして興味はなかったようだ。
そ、とだけ言って、気を悪くした素振りも見せない彼女、塩崎忍は、スカートをはいていなければ男の子と見間違われかね
なかった。短く切った黒髪に高い背、スレンダーな体形。彼女が少女を主張するのは、スカートと、衣替えを終えたばかりの
半袖の制服から覗く、白くて細い腕ぐらいだ。
「随分、読み込んでるんだな」
「好きだからね」
辛うじて背表紙のタイトルが読めるといった具合に、かなり読み込まれてボロボロになった本を、忍はパタンと閉じて膝に置く。
「どんな内容?」
「読めばわかるよ」
視線を向けられて、正宗はさりげなく目をそらした。やはり読む気はないらしい。その仕草に小さく口元だけで笑って、忍は
教室の壁にかけてある時計に目をやった。
「遅いね」
待ち合わせとして指定された時間は、放課後五時。場所は二人のクラス。なのに、当の本人は十分を過ぎても現われない。
「いつものことだろ」
投げやりな声で正宗は言って、大きく伸びをする。確かにいつものことだったから、彼女も怒ったりはしない。本を持ってきた
のは、あらかじめこれを予想していたからだ。
「今日はどうする? どこに行こうか」
「雨が鬱陶しいから、遠くには行きたくない」
「じゃあコルトンなんてどう?」
忍が挙げたのは、彼女の叔父が経営している喫茶店の名前だ。本当はコールド・ストーンという名前なのだが、コルトンという
名前で通っている。忍が行くと安くコーヒーを出してくれるので、正宗も一緒に行くことが多かった。
「そんなとこだな」
と正宗も頷いて、ふと、
「明日って、何か授業が入れ替わってたよな。なんだっけか」
「数学が、木曜の英語に変わった。そういえば正宗、あてられてるけど、もう訳した?」
「そういやそんなのあったっけな。忍はもうやったのか?」
「やったけど、見せない。正宗の為にならないし」
「今日、奢るって言ったら?」
「……考えとく」
どうせ見せることになるのだろう、と思いながら忍は自分の意思の弱さに苦笑する。そこでちゃんと断れていたら、カッコ良かった
のに、と。
もっとも、そんな彼女を見て声を出さずに笑っているところを見ると、そもそも正宗は断られることなど毛頭考えていなかったのだ
ろうけれど。
192:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/12 01:35:31 MVsyyfoE
「テストの時、困っても知らないから」
「なんとかなるさ」
「それで本当になんとかするんだから、正宗は可愛くない」
「平均点ギリギリだけどな」
他愛もない会話のやり取りの隙間からも、彼らの仲の良さが伺える。退屈な、それでいて楽しくないわけではない
時間を、忍も正宗も、決して嫌いではなかった。
「……ってか、あれじゃないか? 近付いてくるやつ」
そうこうしているうちに遠くから聞こえてきた足音に、二人は扉に目を向けた。階段を駆け上がって近付いてくる
それは、確かに彼らが聞きなれたもの。
「来たね」
「だな」
二人が目配せをすると同時に、教室の前で足音は止まり、ガラリと音を立てて扉が開いた。
「ごめんっ、お待たせっ」
「遅い」
呆れ交りの忍の言葉に、戸口に立ったままの少女は片手を挙げて謝って見せる。正宗はわざとらしい溜息を
ついて、鞄を持って立ち上がった。
「で? 遅れた理由は?」
「んー、ちょっと、話し込んじゃって」
彼の問いかけに返ってきたのは、はにかみの笑顔。
一瞬にしてまさかという顔になる正宗と、呆れ果てたという顔の忍、二人の視線が交わる。
「もしかして、またか?」
「ういっ! 立花美幸、好きな人が出来ましたっ!」
お茶目に敬礼をする彼女をよそに、二人は肩を落とす。
「あの台詞、これで何度目だ?」
「二年になってから、四回目」
「なに、暗い顔になってんのよ。雨だからって、気分まで暗くなってちゃ損だよっ」
忍と正宗、二人が同時に吐いた大きな溜息にも気付かないのか、美幸は一人、テンションが高い。その彼女
の明るさにつられたのか、気がつくと雨はすでにやんでいて、雲の境目から光が差し込んでいたのだった。
立花美幸は、気さくな少女だ。快活で裏表がなく、男女を問わずに友人の数は多い。忍があまり交友関係を
広げようとしないのとは対照的だ。
対照的なのはそれだけではない。体つきも、女性をしっかりと主張している。忍がモデル体形ならば、美幸は
グラビアアイドルといったところか。
そんな彼女なのだが、恋の話に関しては、忍と正宗、二人の前でしかしない。
「それでね、それでね、まぁ前からちょっとカッコイイな、とは思ってたんだけど、顔だけかなとも思ってたわけ。
それが今日、ゆっくり話してみたら、意外に真剣に色んなこと考えててさ。あ、なんかいいな、って思ったんだ。
サッカーも遊びじゃなくて、プロにはなれないかもしれないけれど、ずっと続けていきたいし、ゆくゆくはコーチに
なりたいんだって。で、今からそういう勉強もしてて……」
「それじゃ、また明日ねー」
「おう」
「……じゃあね」
コルトンからの帰り道の途中で美幸と別れ、二人になった忍と正宗は、今日、何度目かわからない溜息をついた。
喫茶店につくまでと、ついてから、そして店を出た後も、美幸はずっと『彼』のことを喋り続けていたのだ。彼らは
ただ、時々相槌を打つぐらいにしか口を挟むことが出来ず、延々と聞かされるだけだった。
「疲れた……」
忍が漏らしたのは、心の叫び。ただただ疲れたとしか、言いようがなかったのだ。
「相変わらずだな、あいつは」
同じように正宗も言うが、わずかに苦笑が交っているのは、それだけ耐性がついているからなのかもしれない。
忍と正宗、そして美幸の三人は、幼稚園の頃からの幼馴染だ。住んでいるところが同じ町内と近かったので、
お互いの家を行き来していたものだった。そのまま小学校にあがり、中学校を経て、今は同じ高校に通っている。
ただしそれは、正宗と美幸の二人だけの話。
忍は家の都合で中学の三年間だけ、別の土地で過ごしていたのだ。すごく遠く、というわけでもなかったが、
中学生が自由に行き来出来るほどではなく、メールのやり取りはしつつも疎遠になっていた。
それが高校の入試前後に、また家族そろってこちらに戻ってくることになったのだ。なんだかんだで再び、一緒の
高校に通うことになった時には、一番喜んでいたのが美幸だった。正宗も勿論、喜んでいたのだが、同時に、
「お前もこれからは一緒に聞いてもらうからな」
と言ってもいた。覚悟しとけよ、とも
その時には何のことかわからなかったのだが、今ならばよくわかる。
193:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/12 01:36:24 MVsyyfoE
「いつも思うんだけど」
並んで歩く正宗を横目で見ながら、忍は疲れ切った声で尋ねる。
「よく耐えられるね」
「慣れたからな」
肩をすくめる仕草をした彼の横顔には、諦観に似た笑みが張り付いている。確かにそうだろう。忍がこの街を
離れていた三年の間も、ずっと聞かされていたのだろうから。
「ああやって人に聞かせたくて仕方ないんだろ。自分が好きになった男が、どれぐらい素敵かってのを」
「悪気がないのはわかってるんだけどね」
短い髪を軽くかきあげながら、忍は夕焼けの空に美幸の面影を重ねる。彼女が浮かべる無邪気な笑みは、
いつも眩しいから。
「にしても、簡単に人を好きになるな、って思う」
話を聞くのが嫌だというわけではない。ただ、恋をするのが一年に一度とか、それぐらいのペースならばまだ
いい。そうではなくて、傍目から見ていると、美幸はあまりに簡単に人を好きになってしまうのだ。だからこそ、
たった二ヶ月ちょっとで四人目なのだ。
「そういうのは、許せないか?」
だが、そう言っておりながらも忍は、正宗の問いかけにすぐに頷けない。何故なら、
「あいつはいつでも、真剣だぞ。困ったことに」
「……そうなんだよね」
他の女子がそうだったなら、あまり友人付き合いはしたくないと彼女は思う。ただ美幸は、簡単に人を好きに
なる癖に、その一つ一つに真剣なのだ。気軽な気持ちで恋をしているわけではないというのが感じられるから、
美幸のことを嫌いになれないのだ。
ただ。
「なんていうか、厄介な子と幼馴染になっちゃったな、って感じ」
「まったくだな」
それでもさすがに、幼馴染でなければきっと、見限っていただろうとも思う。まだ小さい頃の彼女を知っている
から、嘘を付いていないと感じられる。それだけ、子供の頃からの絆は深い。忍はそう考えていた。同じことは
正宗にも言えるだろう。
「じゃあ、ここで」
「ん。また明日」
彼の家の前で、別れを告げた後、ふと忍は振り向く。
「そういえばさ」
「ん?」
「美幸の恋がうまくいったら、どうする?」
夕焼けを背に、彼女は問いかける。正宗からは影になって見えていないだろう。それでも、忍は表情を消す。
想いを悟られたくはないと、そう思って。
それに対して、彼もまた、表情を消して。
一瞬、そっと視線をそらした後。
「おめでとう。って、それだけの話だろ」
何事もなかったかのように、いつもの顔に戻って、そう言う。
「ん。そっか」
正宗に合わせるように、忍もいつもの顔で頷いた。胸の奥はわずかにくすぶっていたけれど、隠せない程では
なかったから。
194:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/12 01:37:41 MVsyyfoE
それから、一週間後。
「はぁぁぁぁ」
深い、深い溜息を付いているのは、立花美幸。この世の終わりが来た、と言わんばかりの表情。だが忍と正宗
にとっては、見慣れた光景でもある。
彼女がこんな風に落ち込んでいる理由は簡単だ。
フラれた。それだけのこと。
「今度は、何て言われたの?」
「好きな人がいるんだけど、って相談されてさ……なんでよりによって、私にするかな……」
テーブルに顎を乗せて、落ち込んでいく美幸に、二人は苦笑と同情の交った視線を向ける。どちらかといえば、
苦笑の割合の方が大きいか。
「相変わらずだね」
「いつものことさ」
彼女は人を好きになる数は多いのに、実はまだ誰とも付き合ったことがない。ただの一人も。
美幸は気さくな少女で、男女問わずに友人が多い。だが、それはもう一つの意味を持つ。
彼女は、その性格ゆえにか、男子から恋愛対象というよりは、『女友達』として認識されてしまうのだ。その為、
恋愛相談をしやすいと思われているらしい。そうしていつも、彼女の恋は実ることなく散ってしまう。
もう一つ、美幸は自分の恋愛を忍と正宗以外には話さない。だから、二人を除いた彼女の友人は皆、美幸は
誰も好きになったことがないと思い込んでいる。恐らくこれも、彼女に恋人が出来ない遠因だろうと、忍は推測
している。
「懲りないよね、美幸は」
美幸がノロノロとトイレに向かったのを見送ってからの忍の言葉に、正宗は重々しく頷く。
「まぁそれでも、男を見る目はあるんじゃないか。女なら誰でもいい、って奴には惚れないんだから」
「確かに、それは評価出来るかな」
美幸が好きになる男に共通するのは、真摯な男ということ。だからこそ、自分の想いを優先して、美幸に振り
向きもしないのだけれど。
「いつかベクトルが向かいあう人に、巡り合えるのかね」
「数打ちゃ……ってわけにはいかないだろうからな、こういうのは」
コーヒーカップで表情を隠す正宗を、忍はチラリと盗み見る。
もしも。
もしも、いつか。美幸のベクトルと、その想い人のベクトルがピタリと向かいあった時。
彼のベクトルは、どうなるのだろう。
そして私のベクトルは。
「落ち込んでても、仕方なーーいっ!!」
忍の物思いは、トイレから戻ってきた美幸の大声に破られた。一体何があったのかわからないが、すっかり
元気になっていつものテンションに戻っている。
「忍、正宗っ。カラオケ行こっ、カラオケっ。歌って忘れる、これに限るっ!!」
「はいはい、わかったよ」
「仕方がないな」
苦笑をしながら、二人は鞄を取った。
立ち直りが早いのは、いいことだ。それでこそ自分達の幼馴染、立花美幸だ、と。
そうして幼馴染三人は、カラオケへと連れ立っていく。一人の明るい少女を先頭に。
少年はその後ろについて、彼女の背を見ていた。普段はぶっきらぼうな彼の瞳には、暖かな優しさが浮かんで
いる。彼女の後を歩く、それだけでいいと思っているかのように。
だが彼は気付かなかった。自分の背を、もう一人の少女が複雑な目で眺めていることには。
これは、三人が紡ぐ物語。
描き出される模様を、彼も彼女らも、まだ知らない。知ることもない。
195:三人を書いた人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/12 01:41:40 MVsyyfoE
突然の投下、失礼しました。
自分が感じる幼馴染の魅力をどのように描いていけばいいのか。悩みどころです。
難しいですね。
長編というよりは短編をちょくちょく投下していきたいと思っています。
今後ともどうかよろしくお願いいたしますm(_ _)m
196:名無しさん@ピンキー
07/06/12 03:20:35 UoZBqAqp
>>195
GJ!
一方通行でほんのり切ない香りが漂っていい感じです
これがそのうち三角関係に変わるのかどうか、続きに期待が止まらない
幼馴染の魅力をどう表現するかというのは難しいけど
微妙な距離感が読んでて伝わってくるこういう作品は好物です。
自分の信じる道を行くんだ!
197:名無しさん@ピンキー
07/06/12 05:53:19 55uKZ7Dt
こ、これは…かなり期待できるんじゃないか?
こういう距離感、空気感で魅せる文体は好きだな。
職人さん、GJです!
198:三人を書いた人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/13 22:39:48 qFtAFgo/
>191-195
の続きですー。
199:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/13 22:40:34 qFtAFgo/
雨の調べは寂しい。時に。
02 : Rainy Tunes
「あれ、もう帰るんだ?」
鞄に教科書を詰め込む正宗は、かけられた声に顔を上げた。扉から覗いているのは、部活の途中なのだろう、
Tシャツにハーフパンツ、そして長い栗色の髪をポニーテールに結った少女。
クラスメイトの宮村彩夏だった。
「でも珍しいね、九条君が一人なんて」
「……どういう意味だよ」
悪意はないのだろうが、気になる言葉を投げかけてくる彼女に視線を返すが、
「別に深い意味はないって。たださ、九条君っていつも、忍か美幸ちゃんのどっちかと一緒にいるイメージがある
から」
正宗の席からほんの二つほど隣にある自分の机に、軽く腰掛けて彩夏は笑う。彼女は、彼の愛想の無い見かけ
と態度に、物怖じしない数少ない女子の一人だ。
「そんなことか」
正宗はそう言って、肩をすくめて見せる。
「でも実際、そうでしょ? よく一緒に帰ってるし」
楽しそうな、それでいて探るような目で見つめてくる彩夏に対して、正宗はしかし、動揺することなく、
「そりゃ帰り道が一緒だからな。忍なんて、ほんの目と鼻の先に住んでるし」
「ふぅん?」
まだ満足しなさそうな彩夏に、鞄を肩にかついでから彼は向き直る。
「昔っから一緒なんだ。時間が合うんだったら、今さら別々に帰る方がおかしいだろ」
「うーん、つまんない」
正宗の言葉に対して、返ってきたのはひどく身勝手な感想だった。なんだそれは、と、さすがに呆れながらも、
目で彼女に先を促す。
「だってさ、照れるか恥ずかしがる九条君を見てみたかったし」
「なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだよ」
「子供の時から一緒だけど、年をとるにつれて一緒にいるのが恥ずかしくなって、わざと冷たくする……とかさ」
大きな身振り手振りを交えた彩夏の熱演を、彼は冷たく、アホか、と切り捨てる。
「少女マンガの読みすぎだ」
「でも実際、そういうことだってあると思うけど」
「ガキじゃあるまいし。仲のいい奴を減らすことないだろ」
「へぇ。人の目なんか気にしないって? それ、なんかちょっとカッコいいよ」
からかう彩夏に、もう付き合っていられないとばかりに正宗は戸口へと向かう。さすがにそれ以上、追及してくる
ことはなかったが、クスクスと彩夏は声をあげて笑い、片手をひょいと軽く挙げた。
「じゃあね。また明日」
「ああ、お疲れ」
200:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/13 22:41:56 qFtAFgo/
校門を出て歩き出すのとほぼ同時に、ポツポツと雫が彼の頭を濡らし始めた。見上げると、青い空に唐突に
黒い雲が広がっていく。
舌打ちをする間もなく、墨色の天が泣き出した。
天気予報、あてにならないな。思いながら彼は、鞄の中から折り畳み傘を取り出して開く。出掛けに母が持って
いけと渡してくれたものだ。何故か、正宗の母の勘は天気に関してだけはよく当たる。今回もそれに助けられたわ
けだが、帰ってきた時の彼女の得意そうな態度を思い出すと、なんとなく渋い顔になってしまう。だから言ったでしょ、
とばかりに、調子に乗って恩を売ってくるのだから。
とはいえ、それでも濡れるのよりはマシだと云えた。そしてふと、思う。あの二人はどうしているだろうか、と。
確かに、彩夏が指摘したように、正宗が一人で帰るのは珍しい。大体いつも、幼馴染の二人の少女のどちらか、
あるいは両方と一緒だから。今日一人なのは、本当にたまたまなのだ。
美幸はクラスメイトと買い物に行くとメールが来ていた。忍は調べたいものがあるから、と図書室に向かった。
広い水溜りを避けながら、正宗はゆっくりと歩く。急ぐことはない。ただ、のんびりと。こうして帰るのも、たまには
悪くはないか。そんなことを考えながら。
ふと、彩夏の言葉が脳裏を過ぎる。
『忍か美幸ちゃんのどっちかと一緒にいるイメージがあるから』
あの時は頷いて肯定したが、改めて考えてみると少しだけ不思議な気分だった。
幼馴染だから、一緒にいるのが当たり前だ。そう正宗は心の中で呟く。
『人の目なんか気にしないって?』
必要がないからだ。例えそれでからかわれたところで、さっきのように聞き流せばいいだけ。相手にするから悪い。
そう思う。
噂が無かったわけではない。中学の時はもっとひどかった。忍がおらず、美幸と二人だけだったからだ。人の口と
妄想は、止められない。
だが彼女は、そんな噂を気にも止めようとしなかった。正宗も同じだった。やがて噂が静まった理由は、彼らがいつも
二人きりだったわけではなかったからだろう。途中まで二人と一緒に帰る友人も、数多くいたから。
高校になっても、同じだった。勘繰る連中がいなかったわけではないが、美幸の天真爛漫、正宗の無愛想、そして
忍のクールな態度は、火種を消すのに十分だった。
三人。一緒。
その関係を心地良いと、彼は感じている。
だが。
スッ、と正宗の目が細まった。鋭い瞳は、しかし何物も捉えていない。ただ心の内側を覗いている。
だが一方で。
想いは、確かにある。
陽炎のように揺らめいているけれど、そこには人の影がある。
「美幸?」
角を曲がった瞬間に目に飛び込んできたのは、たった今まで思っていた少女の姿。それと同時に、彼の口から名前
が漏れる。
201:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/13 22:43:11 qFtAFgo/
「あ、正宗。よっす」
パン屋の軒先で、長い髪から水をしたたらせながら雨宿りをしていた美幸は、彼の声に携帯から顔を上げてニコリ
と笑った。
「何やってんだ?」
「やー、カラオケ行こうと思ったら雨が降ってきてさ。今日はやめとくか、って別れてから走って戻ってきたんだけど」
トホホ、と言いたそうな顔で美幸は空を見上げた。
「結構、強くなってきたでしょ? もうビショ濡れだし疲れたしで、ここで休んでるの」
確かに、彼女の言う通りだった。半袖の白のシャツはピッタリと肌に張り付いているし、ローファーは浸水がひどく、
紺のハイソックスを絞ったら滝のように水が出てくるだろう。
「大変だな」
いつもよりしっかりと美幸の顔を見て話すのは、油断をすれば、透けて見えるピンクのブラに目が行ってしまうから
だ。かなりの努力が必要だったが、それでもなんとか正宗は見ないようにしていた。出来るだけ。
「朝のテレビで、今日は晴れって言ってたのになー。正宗は用意いいね」
「またうちのお袋だよ。持ってけ、って言われてな」
「あー、やっぱり。正宗のお母さん、ホントに天気をよく当てるよね。元・天気予報のお姉さん、だったりしない?」
「テレビとかでか? 冗談じゃない、想像出来ねぇよ、そんなの」
軽口を言いながら、ふと、気付く。彼女がアーケードから出て来ないことに。
何の気はなしに、誘う。
「ほら。送ってってやるから、入れよ」
「ん? ああ、いいよ、別に」
メールでも来たのか、携帯から顔を上げずに美幸は応えた。
断られたという事実が胸の奥におさまるまで、少しの時間が必要だった。
拒否されるなどと、まるで思い浮かべていなかったことを、改めて知る。腹の底に、何か重いものが生れて、心を
圧迫する。
「見られたら困る奴でもいるのか?」
冗談めかして問いかけるのが、精一杯だった。
自分だけだったのかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。仲が良すぎるとか、付き合ってるとか。そんな誤解など、
気にしていなかったのは自分だけで、美幸は実は気にしていたのか、と。
もしかしたら、好きな人が出来て、その男に見られたくないのかもしれない。相合傘なんて、カップルがするような
ことだから。
寒い、と正宗の体が訴える。それは決して、雨に濡れたからだけではなかった。
「え?……ああ、そんなんじゃないよ」
明るく言って、美幸は笑いながら携帯を閉じた。そして、
「ちょっと用事が出来て、家に帰る前に寄るとこが出来たの。だからね」
途端に、彼は脱力する。考えすぎだったのか、ただの。思った瞬間、自分がおかしな表情をしてたのではないか、
そんな不安が襲ってきた。それを誤魔化す為に口を開くが、
「なら……」
202:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/13 22:44:20 qFtAFgo/
「なら、そこまで送ってってやる」
台詞を先取りされて、正宗は目を軽く見開いた。少し滑稽な彼の姿に、ではないだろうが、軽く美幸は笑う。
「そう言うと思ったんだ、正宗なら」
なんとなく、頷く。確かに、そう言おうとしていたのだから、反論のしようがない。
「けど、ちょっと遠いしね。その後は、そこから一人で帰ることになるでしょ? さすがにそこまで付き合っても
らうわけにはいかないもの」
風邪でもひかれたら嫌だしね。と、そこだけは真面目な顔で言う。
「普通に帰るなら、送ってってもらってたんだけど。でも」
一度、言葉を区切って、彼女は。
「ありがと」
真面目な顔だったその次の瞬間には、ニコリと満面の笑みなのだ。ありがとう、という言葉、そして感謝の気持ちが
心の底からのものだとわかる。そんな笑顔。
胸の奥の黒く重い霧が、一気に晴れていく。
それは灯火のようなものだった。癒しなどという、簡単な言葉では言い尽くせない。極上で最高なハッピーが、
体全体に広がっていくのだ。
「にしても、よくわかったな」
彩夏が見たがっていた照れ臭そうな表情を、手で鼻をこする仕草で隠しながら、正宗は美幸に言う。
すると、またあの笑顔で。
「だって、ちっちゃな頃からずっと一緒だったもの。正宗のことなら、何でもわかってるよ」
悔しいが、かなわない。正宗はそう思う。
こんな風にされたら、想わずにはいられない、と。
「あ、それに、姉さんが迎えに来てくれるっぽいし」
そんな彼の想いに気付くことなどなく、携帯に届いたメールをチェックして、美幸が言った。
「由梨さんが?」
「そ。用事って、姉さんの買い物に付き合うのだしね」
思わず正宗が顔を顰めるのは、一度、無理矢理に同乗させられた時の彼女の運転がひどかったからだ。
「正宗も乗ってく? ちょっとぐらいなら平気だろうし」
「いい。やめとく」
即座に断ると、姉の運転の荒さを知ってるだけに、さすがに美幸も引き止めたりはしなかった。ただ苦笑するばかり。
「じゃあ、早く行った方がいいよ。姉さんに見つかったら、絶対に乗ってけ、って言われるし」
「悪い、そうさせてもらうわ」
互いに手を振り合って、足早にその場を立ち去るのとほぼ同時に、車のブレーキの音が背の向こうに聞こえた。
走り去る車を遠くに見ながら、正宗は拳をグッと握り締める。
『正宗のことなら、何でもわかってるよ』
多分、そうなんだろうな。美幸の言葉に、彼は心の中で同意する。が、同時に、だけどな、と否定する。
知らないことだってあるぞ。
口には出さずに思いながらなぞるのは、鎖に縛られながらも跳ねる心臓と、マグマのように紅く熱い想い。
まだ知らないだろ。俺の気持ちを。お前を好きだって言う、この想いを。
当然だ。隠してきたのだから。決して彼女には気付かれないようにと。
そうすることで報われると思ったわけではなかった。
ただ、側にいたかったから。幼馴染でしかなかったのだとしても。
想うことで身を焼かれるのは辛くない。彼女の存在が遠くなることに比べれば。
もし、誰かのものになったとしたら。
それはきっと辛いこと。だけど。
側にはいれる。
正宗はそう思い、想う。
何でもわかっている。そんな風に言われるほど近い存在には、きっと、他の誰もなれないと。
何故ならそこは、彼の、九条正宗の場所だから。
203:三人を書いた人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/13 22:47:00 qFtAFgo/
性懲りもなく書かせて頂きました。
>>196>>197
ありがとうございますー。早速レスがついて、ほっとしております。
幼馴染の良さって奥が深いな、って感じております。それを伝えられていれば良いのですが。
ともあれ、今後ともどうかよろしくお願いいたしますm(_ _)m
204:名無しさん@ピンキー
07/06/13 23:06:31 0qcoqXp0
GJ!なんか先は長そうだが、じっくり練って書いて下さい。期待してます。
205:名無しさん@ピンキー
07/06/13 23:50:53 4bJJdQ4W
>>203
胸の奥がもにゃもにゃする。
三人の想いの行方がどうなるか楽しみです。
じっくりがっつり書き進めて下さい!
206:名無しさん@ピンキー
07/06/14 01:42:46 acpGVSdD
シロクロなかなか来ませんね。毎回楽しみにしています。いよいよ最終回が近いですが周辺キャラKIBOU
207:名無しさん@ピンキー
07/06/14 02:07:20 lEGCV46G
>>203三角関係かー
鬱系は本当は嫌いだけど、これは良さそうだから今後も読ましてもらいます。
208:名無しさん@ピンキー
07/06/14 13:05:27 RxDDrHnO
絆マダー?
209:名無しさん@ピンキー
07/06/15 01:26:28 Y8SyMzTV
クレクレしか出来ない屑は黙ってろ。
210:名無しさん@ピンキー
07/06/15 13:00:45 DUO8NXv/
それくらいは別に良いと思うけど、作品が投下された直後に書き込むのは非常識だな
211:243 ◆NVcIiajIyg
07/06/16 00:07:59 norEf8xE
>>167-173の続きです。第4話。
212:243 ◆NVcIiajIyg
07/06/16 00:09:07 /hA9you8
----------------------------------------------------------------------------
ブルー 第4話:
----------------------------------------------------------------------------
○月×日
うちへの帰り道、雲が黒くて雨が降りそうだったので引いていた
自転車をこいで坂道を登ったら息が切れてしまいました。
でも雨が降るまでに間に合ったからよかったかな。
熱かった風も冷えてきて、お風呂上りにベランダへ出たら少し雨が降ってきました。
それにしても、何で剣道をやめてしまったんだろう。
考えてみたけれど、分からない。
初めて会ったときから、イチ君は竹刀と一緒に飛び出してきた根っからの剣道少年だったのに。
大好きだった相手にある日突然興味がなくなってしまうのは、よくあることなのかな。
夏中ずっと考えていたけれどやっぱり分かりません。
213:243 ◆NVcIiajIyg
07/06/16 00:11:19 norEf8xE
@@
椅子を引いて、麦茶を入れ替えるためにキッチンへ出た。
2LDKのマンションは母娘で暮らすには贅沢な広さだといつも思う。
「ぁ。雨」
窓を開け放した居間には雨の音がぱらついている。
夕方の予報どおり、本格的に降ってきたようだ。
湿気でただでさえいうことを聞かない髪がまた跳ねているのを
あいた右手で撫でつけて、冷蔵庫を開けた。
暗い中で白い光が眩しかった。
相変わらず何も変化が無い。
タッパーにおひたしや和え物なんかを並べて、いつ帰ってきても大丈夫なようにしているのに、無駄になりそうだった。
冷えた空気を眺めて手前のタッパーだけ取り出した。
今回もまた、悪くなる前に、榊原のうちに持っていかなくちゃいけない。
いつもそうだ。
お母さんは、一週間に一度帰ってくればいい方なのだから、もう慣れている。
寂しくないといったら嘘になるけども、
―だからといってお母さんが嫌いというわけでもないのだし。
たこときゅうりの酢の物をつまみながら、麦茶をグラスに継ぎ足した。
ビールでもいいかもしれない。
とふと思って、グラスと一緒に冷えた缶ビールを抱えて部屋に戻る。
なんたってもう20歳なのだ。
合法的にお酒が飲める。
前にイチ君がお父さんに隠れて飲んでて怒られていたけれど、私はもう大丈夫だ。
214:243 ◆NVcIiajIyg
07/06/16 00:13:23 norEf8xE
うん。
それを考えたら少し気分が良くなった。
でも夕方のことを併せて思い出してしまったので、麦茶を後にしてビールを飲むことにした。
よく冷えていた。
もやもやする。
ご飯と生焼けの目刺しだけで、お腹をすかせていないだろうか。
あ、でもきっと可愛い女子高生と何か食べてきたんだろうから大丈夫だ。
うん。
じゃあ大丈夫だ。
考えてたらなんだか頭がぐるぐるして、喉が苦しくなったのでそのまま缶を飲みきって、机に頭を埋めた。
熱い。
20歳になって発覚したところなのだけれど、残念ながら私はとてもお酒に弱いみたいだった。
好きなのに悔しい。
水がベランダを打つ音が心地いい。
アルコールが血を巡っていくと指の先までぽかぽかしてきた。
215:243 ◆NVcIiajIyg
07/06/16 00:14:48 norEf8xE
「……んー」
チャイムの音で目が覚めた。
酔ってしまって寝ていたみたいだ。
まだ十時前だったのであまり寝ていないのにほっとする。
頭がふわふわした。
ぼうっとしたままインターフォンを取ると、向こうでちょっと怒ったイチ君の声で「帰るよ」と一言だけ
聞こえたので酔っていたせいだと思うけどどうしようもなく泣きたくなった。
ロビーまで傘を持って降りていって、顔を直接見たら泣いてしまった。
雨でよかった。
水がアスファルトを覆っていて、足の指が濡れている。
後ろでぐずぐず泣きながらサンダルでぺたぺたと歩いているのを、イチ君が時々溜息をついて待ってくれた。
別にすぐ帰らなくてもいいじゃん。と言われるのがなんとなく余裕めいていて生意気と思ったので強引に背中を押して帰っているような感じだ。
いつもは私が先を歩いて遅い遅いと怒っていたから、これもなんとなく珍しい。
最初の頃、おとうさんとイチ君が、私はどうしてもいい人だと信じられなくて、
ただ「私はお客様」の気持ちが強くて、小学生のくせにすごく嫌な態度をいっぱい取った。
それはもうこのおうちのひとに信じてもらえない方があたりまえ、みたいな、勝手なことをいっぱいしたと思う。
20になった今思えば、いくらうちに帰ってこなくてもお料理を作ってくれなくても
お母さんだけが家族なんだと信じたかったのかもしれないし、
いくら面倒を見てくれるといっても、お母さんの恋人ではなく
まして本当のお父さんでもない人を「おとうさん」と呼ぶことを、
どこか裏切りみたいに感じていたのかもしれない。
でもイチ君の面倒を見てあげなくちゃ、といつの間にか当たり前みたいに思っていた。
周りの子達が妹や弟の話をするのを聞いていたから、小さかった私も、誰かのお姉ちゃんになれることだけはすごく嬉しかったのだ。
216:243 ◆NVcIiajIyg
07/06/16 00:16:36 norEf8xE
スーパーにイチ君が寄って私の好きなお菓子を買ってきてくれて
(こんな顔で人前に出るのいや、と駄々をこねたらものすごく仕方なそうな顔をして中に入っていった)、
うちの近くの街灯を見上げる頃には、そんなことを思い出して、涙が収まっていた。
「雨音さん歩ける?」
「歩けてますー。お姉ちゃんのことばかにしてるんでしょ。」
「いやだってまっすぐ歩いてないじゃん。お酒弱いのに飲むからだよ。この酔っ払い。」
生意気なことを言うので傘でアタックしてくすくす笑った。
「痛いって!人がお腹すいてんのにそれかよ!」
「分かった分かった。おつまみと一緒に何か作ってあげるから。
目刺しの焼いたのとか。そら豆茹でたのとか。ワカメのおひたしとか」
「それただのおつまみじゃん!」
呆れ顔の男の子を雨越しに眺め、しばらくじっと観察する。
そうか。
私、今、イチ君と一緒に帰っていくところじゃない。
ふと気づいてなんだかおかしくなってますます笑った。
自分でも思う。
こんなしょうもないことで笑えるくらい、絶対ものすごく酔ってる。
そして次第に強まる雨の中をお父さんが待つイチ君のうちまで一緒に歩いて帰った。
楽しかった。
ただ問題がひとつあったのは。
次の朝起きたとき、恥ずかしくて死にそうなのでした。
ああ。
了
217:243 ◆NVcIiajIyg
07/06/16 00:18:19 norEf8xE
5話目は量産型うにさんの予定です。
218:名無しさん@ピンキー
07/06/16 00:43:13 aWfTPTDZ
うひょー!! GJなのです!!
こういう日常はとても良いですねぇ。のんびりしてて、でもとっても温かくて好きです!
219:名無しさん@ピンキー
07/06/16 01:44:32 qYJLHXw2
良作の宝庫だね
220:名無しさん@ピンキー
07/06/16 11:32:30 UDMhzA+a
この連作はどちらも読んでいて嬉しくなれる
221:名無しさん@ピンキー
07/06/16 13:25:36 n+qh2dns
>>217
和んだ。「お姉ちゃんの愛ってね、核ミサイルより強いんだよ?」って感じに和んだ。
だから容赦なくGJの嵐を贈るぜ!
222:名無しさん@ピンキー
07/06/16 16:39:21 hodaO1j/
GJ!
やっぱり243◆NVcIiajIyg氏の文章はいいですね
それと>>221!
お前の言い回しがすごく萌えるわ!
223:三人を書いた人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/17 14:50:00 wTZN28Xh
>191-195
>199-203
の続きですー。
224:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/17 14:52:22 wTZN28Xh
何も見えない暗闇の中。触れ合う体から伝わる熱だけが、確かに心に刻まれていく。
03 : In The Darkness
「ちょ……まずいよ、こんなの……」
「いいから」
夜の校舎、静寂を裂く二人の声は抑えられたもの。
「ほら、早く」
「わ、わかったよ……」
耳元で正宗に囁かれ、忍は頬を赤らめる。おずおずと彼の側に寄って、それでもさ
さやかな抵抗とばかりに体を離そうとするが、許されない。
正宗の顔に顔を埋めて、改めて彼の胸板の厚さに気付く。悔しいのは、こんな状況
なのに、聞こえてくる鼓動が平常なところだ。こんな風に自分を夜の学校に誘ってお
いて平静なのが忍の癪に触ったし、ドキドキしてるのは自分だけというのが少し悔し
くもあった。
「どうだ?」
「ん……大丈夫、だよ」
何とか自分も冷静に、と願うが、声が震えてしまう。どうしてそうなってしまうの
かは、彼女自身でもわからなかったのだが。
「声は出すなよ?」
「…………」
コクリ、と頷く。出せるわけがない。なんといっても、夜の学校、しかも昼には自
分達が勉強している教室なのだ。見つかったらまずい。
「…………」
何とか声を出さないようにと意識する。それでも、正宗の体の一つ一つに、敏感に
なってしまう。少し動かれるたびに、ドキンと心臓が跳ね上がるのだ。
「ん……」
漏れた吐息に、慌てて忍は唇を噛み締めた。密着して見えないが、きっと今、彼は
責める様な目をしていることだろう。とはいえ、悪いのは自分とわかっているから、
うつむいていることしか出来ない。そもそも顔を見上げることすら出来ない程に密着
しているのだけれど。
……段々と、息苦しくなってくる。一方で、漂う独特の匂いに、さらに顔を強く彼
の胸に埋める。触れ合っている場所の全てが、熱くて仕方ない。段々と濡れてきてい
るのを、彼も悟っていることだろう。
それでも正宗の鼓動は、相変わらず平静なままだったが、忍はもう、どうでも良か
った。願うのは、ただただこの時間が早く終って欲しいということだけ。彼と一緒に
いることは嫌じゃないし、むしろ楽しいのだが、これはあまりに恥ずかしすぎるから。
225:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/17 14:54:40 wTZN28Xh
自業自得。ふと、そんなことを思う。こういうことを断れない自分のせいだ、と。
腹立たしくもあるが、正宗に頼まれると嫌と言えないのだ。
そんな彼女の物思いは、彼が少し動くとどこかに吹き飛んでいってしまう。たまら
ず忍は、
「ちょっと……そんなに動かないでよ……」
「仕方ないだろうが」
抗議も、一蹴される。それどころか、
「大体、お前だって動いてるだろが」
「それは……」
確かに彼の言う通りだったから、反論も出来ない。動かないでいることの方が苦痛
なのだから。それでも正宗ほどではないと思ったが、喧嘩をしていられる余裕などな
かった。
ほんの五分ほどのことだったろうが、忍には永遠に近いほどに長い時間に感じられ
た。耳元で正宗が囁く。
「イッた?」
半ば意識が朦朧としていた彼女は、小さく頷くが、
「ちゃんと口に出して言えって。わかんないだろ?」
「……イッたよ……」
そうか、と彼は頷くのを見上げて、忍は最後の気力で言う。
「ね、早く……」
「ああ、わかってる。出るぞ」
ようやく。ようやくだ。心躍らせる彼女に、ようやく待ち望んでいた瞬間が到来した。
226:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/17 14:55:48 wTZN28Xh
「ぷはっ……」
「あっつかったー」
掃除用具の入ったロッカーから転げるように出てきて、二人は肩で息をつき、早速
に愚痴を言い合う。狭い空間に閉じ込められていたせいで、暑くて仕方なかったし、
酸素も足りなくなりそうだった。無理な姿勢をしていたせいで、体のあちこちが痛い。
「匂い、きつい」
「だな。辛かった」
ロッカーの中は、鼻が曲がりそうな据えた雑巾の匂いが充満していて、忍は服に移
らなかったかと心配そうに肩の匂いをかいでいた。
「すごい汗だく」
「お互い様だろう。こっちだって、お前の汗で随分と濡れてるんだからな」
「はぁぁ。帰ったら速攻でシャワー浴びないとね」
溜息の後に不機嫌そうに言ってから、彼女はジロリと正宗を睨み付ける。
「こんなことになったのも、正宗のせいだからね」
「悪かったよ」
半ば投げやりに答えられて、忍は眉を顰めるが、今はそれよりもここを離れること
が先決だった。
「もう見つかったんでしょ? さっさと帰ろ」
事の次第は、こうだ。
夜中の九時も回ったところで、忍の携帯に正宗からのメールが入ってきたのだ。
『学校に明日の宿題忘れた。取りに行くから付いてきてくれ』
実は正宗は、夜の単独行動を極端に避けている。何故かといえば、なんのことはな
い、怖がりなだけだ。普段は無愛想で、どこかふてぶてしい様さえ見せるのに、怪談
やホラー、夜の闇といったものがからっきしダメなのだ。
それでも、日常に生活する分には問題ないのだが、学校というのは怪談や幽霊譚に
事欠かない。しかも夜の学校というのは、昼間の喧騒に包まれた場所とは全くの異空
間だ。怖く思うのも仕方がないか、と忍は思う。実際、自分が同じ立場なら、やはり
誰かに一緒に付いてきて欲しいと願うだろうから。
しょうがないな、と付き合ったのが、しかし不運の始まりだった。
特に何事もなく、二人は夜の校舎に侵入したのだが、それが警備員の見回りの時間
と重なってしまったのだ。教室で二人、廊下に出ることも出来ず、どうしようかと迷
って、結局、ベタにロッカーに隠れることにしたのだ。
とはいえ、平均より背の高い二人が入るには、ロッカーはあまりに小さかった。し
かも箒やバケツといった掃除用具も入っているのだ。かなり窮屈ではあったが仕方な
く、彼女達は体を密着させて入ったのだが、無理な姿勢にしょっちゅうゴソゴソと動
かざるをえなかった。
そうしてどうにか、警備員をやり過ごすことが出来たのだが、正宗はロッカーの入
り口に背を向けていたので、行ったのかどうかわからず、忍に口に出させて言わせた
のだった。
227:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/17 14:57:09 wTZN28Xh
「っていうかさ」
帰り道、コンビニに寄って買わせたアイスで正宗を指し、忍はからかうように問い
かける。
「いい加減、正宗、怖がりを直した方がいいんじゃない?」
「うるさい」
にべもなく切り捨てられるが、それは普段よりは強気なものではない。だから忍は、
構わず続ける。
「そんなんで、彼女とか出来た時、困るんじゃない? オバケ屋敷に行きたいとか言
われたら、どうするの?」
一瞬、足を止めた後、正宗はペットボトルのジュースを口に運んで、目を空に向け
て考え込む仕草を見せる。
「言っておくけど、そうなったら私は助けに行かないからね。今回は、幼馴染ってこ
とで特別だから」
忍は幼馴染、というところを強調して言うと、彼は小さく苦笑する。
「まぁみっともないところだけは見せないようにするよ」
「私には見せてもいいって?」
軽口のつもりの忍の言葉に、しかし正宗は大真面目な表情で、
「お前は特別だからな」
「はいはい」
さすがに忍も、その言葉に胸を震わせる程に、彼のことを知らないわけではなかった。
「幼馴染として、ってことでしょ」
「そういうことだ」
頷く正宗だが、彼女は少しそれを不満に思う。甘い言葉を期待出来るはずもないが、
もう少し言いようがあるのではないか、と。もっとも、それを正直に口にすることは
出来ない。出来ようはずがない。
「ホントは今も、怖いんじゃないの? なんなら手を繋いであげようか?」
だからまた、冗談めかしてそう言うが、正宗は黙って忍の方を見て、ボソリと聞こ
えるか聞こえないかの声で呟く。
「いいよな。お前は見えなくて」
「……え?」
一瞬、忍は凍り付く。正宗の視線は、彼女からゆっくりと離れて、彼女の向こう側
に向かった。そこには何もないはずの宙空を。
もしかして、何かいるのか。不安になるが、振り向くことは出来ない。ただ、言わ
れてみれば、確かに何かの気配が背後にあるような……
「冗談だよ」
クックック、と声を抑えて笑っている彼を見て、担がれていたことを知る。カァッ、
と頭に血が上り、忍は正宗の肩を怒りに任せて小突いた。バランスを崩しながらも、
彼は意地悪な笑みを浮かべて、
「手を繋いでやろうか?」
「いらないっ!」
228:三人を書いた人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/17 14:58:58 wTZN28Xh
またお付き合い頂きありがとうございます。
色々と模索中です。
>>204>>205>>207
レスありがとうございます。これからも楽しんで読んでいただけるよう、精進していきたいと思います
ので、どうかよろしくお願いいたしますm(_ _)m
229:名無しさん@ピンキー
07/06/17 15:27:41 ZgXsuAgM
…十中八九意味違うとわかっているのに、「イッた」なんて言葉を見ると期待してしまうんだぜ?
言葉のあざとさにニヤニヤしまくり。
実にいい空気だなー。というか正宗の方がかわいいんですけどw
互いの距離感は忍の方が近そうで遠いですね。
とにかきゅGJです!
…噛みました
230:名無しさん@ピンキー
07/06/17 23:14:24 AIIDNp0V
GJです!!
忍には頑張って欲しいなぁ……。
231:名無しさん@ピンキー
07/06/18 02:16:10 4tbqGcJG
超超GJ!
分かってたよ!罠だって事くらい分かってたよ!?
でも期待しちまうじゃないか!何とか好意の対象変わらないかな~
保守
232:名無しさん@ピンキー
07/06/18 04:02:34 qwRrI5R9
保管庫って何処にありますか?
233:名無しさん@ピンキー
07/06/18 04:13:12 E1LTb3qK
あるから自力で探せ
234:名無しさん@ピンキー
07/06/18 10:12:58 Vi4KVmQz
>>232
>>2をよーくみるんだ。
235:三人を書いた人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/18 22:39:08 2ZOVkcQz
>191-195
>199-203
>224-227
の続きですー。
236:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/18 22:40:58 2ZOVkcQz
人は、知ることを快感と感じるという。
04 : By My Side
「あ、これいいね」
「どれどれ? へぇ、こんなのあったんだ」
化粧品の棚の前で、立花美幸と、宮村彩夏の二人はファンデーションを手
の甲に塗って試していた。
「新発売らしいよ。いい感じじゃない?」
「だね。あんまり目立たないし」
腕を軽くあげ、光にあてて確かめる。その唇が艶々と光っているのは、近
くに置いてあるグロスの試供品を試したからだろう。
日曜日の駅ビルの混雑はすさまじい。家族連れやカップル、それに交って
私服の学生の姿も多い。彼女達もそれに交って、服を見たり小物を見たりし
て休日を満喫していた。そうして最後に行き着いたのが、このへんでは珍し
い、広いスペースのドラッグストアだった。すでに買い物もほとんど済ませ
たのか、手には服の入った袋をそれぞれ二つ、握っている。
「うーん、でも、今日は結構、使っちゃったしなぁ」
「そうなんだよね。バイトでもしてりゃ、もっと使えるんだろうけど」
揃って溜息。名残惜しそうに試供品を戻し、彼女達は店を出る。
「あー。早く大学生になって、バイトとかしたいよ」
彩夏の言葉に、美幸もうんうんと大きく頷く。何しろ、欲しいものは山ほ
どあるのだ。いくらあっても追いつかない。
「美幸は何か、してみたいバイトとかあるの?」
「色々やってみたいよ。ウェイトレスとか、コンビニ店員とか、家庭教師と
か」
「最後のは美幸には絶対無理だと思うけど」
「いやいや、わかんないよ? バカだから教えられることだってあると思う
し。それに中学生なら」
「はいはい」
ムキになって反論してくる美幸の声を聞き流して、彩夏はちょうど見えて
きたビルの中のトリーズコーヒーを指差す。
「とりあえず、休も。もう足がパンパンだし」
「いいねー。お? なんか新作も出てるみたい」
コロッと態度を変えて、彼女は足早に追い越していく。その後ろ姿にこっ
そりと苦笑をしながら、彩夏は歩みを少し速めたのだった。
237:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/18 22:43:13 2ZOVkcQz
「あ、あそこ、空いてるよ」
冷えたモカとラテを一つずつ頼んで、ちょうど空いたばかりの席に座る。
窓側の席で、駅前の広場を見下ろせるいい場所だ。
「そういえば、この前に貸したマンガ、読んだ?」
椅子に座った途端に言われて、美幸は一瞬、キョトンと小首を傾げる。が
、すぐに頷いて、
「ああ、あれのこと。読んだ、読んだ。結構、面白かったよ」
「でしょ? 特に最後なんて、素敵じゃなかった?」
「うーん、まぁ、ね」
彼女の答えは、普段に比べて今ひとつ、歯切れが悪い。それが不満なのか
、彩夏は机の上にわずかに身を乗り出して問いかける。
「気に入らなかった?」
「嫌いじゃないけどね。っていうか」
逆に顔をグイッと近づけられ、今度は彼女が身を引く。
「魂胆、ミエミエ。ちょとわざとらしすぎだよ」
わざと目を細め、眉を顰める。怒っているのだ、というアピールだろう。だが
そうして見せたところで、本気で怒っているわけではないのがバレバレ
だし、逆に可愛く見えさえする。
「ん? なんのことかなー?」
そんな感想が笑みとして表に出ることを必死に抑えながら、彩夏はなんと
かとぼける。が、唇の端が微かに上がるのは止められない。
「マンガの最後のこと。ヒロインが幼馴染を選ぶじゃない。前に貸してもら
ったのも、そんな感じだったよね。ってか、その前のも」
これはなにかの偶然かなー? ニッコリと笑って問い詰めるのは、ドラマ
か何かの登場人物の真似なのだろうが、ひどく迫力に欠けていて、決して怖
いとは思えない。
「プ……クックック、アハハハ」
とうとうこらえきれず、彩夏は思い切り声をあげて笑い出してしまう。一
瞬、美幸はキョトンとした表情を浮かべて彼女を見た後、さすがにプイと顔
を背けた。その仕草がさらにツボにはまってしまい、しばらくの間、彩夏は
お腹を抑えて笑い続けるのだった。
「ハー、苦しかった」
「彩夏、ひどい」
ようやく笑いの発作が治まった彩夏に、美幸は口を尖らせて抗議するが、
「やめて、その百面相。ホント、笑えるから」
また笑い出しそうになるのを見て、もう、と云うと同時に、コツンと彼女
の頭を叩いた。ゴメンゴメンと云いながらも、まだニヤついてしまいそうな
彩夏だったが、ストローでアイスのラテを吸い込んで表情を誤魔化した。
「あんまりじゃない? そんなに笑って」
「ゴメンってば。でもさ、さっきの話だけど」
強引に話を変えたのは彩夏の方。ついでに表情にも真剣みが増す。
「まぁ確かに、意図がなかったわけじゃないよ。さすがに気付いてるみたい
だけどさ」
「いくらバカでも、あれだけ見せられりゃ気付きますー」
語尾を軽く延ばして、まだ怒ってるんだぞ、というポーズを取る美幸。だ
からゴメンって、と謝ってから、彩夏は続ける。
「でもさ、実際、ありかなしか、って言ったら、全然ありじゃないの?」
彼女がわざと誤魔化した人物を、美幸は正確に把握する。
九条正宗。美幸の幼馴染にして、無二の親友。
「ちょっと無愛想で話しかけ辛いから、遠巻きに眺めてる子も多いけどさ。
あれで案外、女子の間で人気だよ? 見た目、カッコイイし」
「知ってるよ。私も何度か紹介、頼まれたことあるし」
美幸はさして驚きもせず、むしろ冷静に切り返す。今さらこれぐらいのこ
とで、と言わんばかりの態度に、逆に彩夏が呑まれてしまい、そうなんだ、
と呟いた。
238:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/18 22:44:01 2ZOVkcQz
「実際に紹介したこともあるんだ。女の子と二人きりで出かけさせたりとか」
「で、どうだったのさ?」
「全然ダメだってさ。会話が弾まないらしくて。そんなの、普段の正宗を見
てればわかると思うんだけど」
確かに彼はかなり寡黙な方だ。同級生の男子の輪の中にいる時はそうでも
ないが、女子と二人きりの状況では、自分から喋るという方ではないだろう。
その姿が容易に想像出来て、彩夏は苦笑する。
彼女自身、何度か正宗と一対一で喋ったことはあるものの、それほど多い
わけではないし、会話が弾んだという印象もあまりない。
「だから一緒にいて、つまんないのかな、とか色々考えちゃうんだって」
「あー。あるある」
何を考えているかわからないから、不安になるのだ。話を聞いてくれてい
ることは感じるのだが、反応が薄くて、どんな感想を抱いているのかが読み
取れない。
「けど、そうやって不安にさせる割には、優しいんだよね」
それがまたわからないわけよ。言って、彩夏は深い溜息をついた。さりげ
ない優しさなことが、余計に難しく感じてしまう。好意と受け取っていいの
かどうか、と。
「私はそこらへん、よくわかんないな」
「九条君のこと?」
そう、と頷く美幸の目はいつになく真剣だ。
「わかんないし、もどかしい。正宗って、すごいいい奴だよ? それを皆に
もっとわかって欲しい」
彼女の言葉に嘘がないことは、彩夏にも感じられた。そして確かに、美幸
は心の底から、そう思っていたのだ。
正宗は確かに、無愛想に見えるかもしれない。あまり大声で笑ったりする
ことはないし、無口だ。さらに黙っていると不機嫌そうに見える。
だけど実際は、とても優しいし、頼りがいがある。明るいとは言えないか
もしれないが、意外にお茶目な部分も持っているし、何よりも一緒にいて楽
しい男なのだ。
誰もそれがわかっていないことが、美幸は本気で悔しいし、もっと知って
もらいたいと思う。見た目のかっこよさよりも、中身の方が数倍、いいと知
っているから。
「ベタ褒めだね」
「そうかな? でも、ホントのことだし」
からかい交りの言葉に、あっさりと答えるモカを飲む彼女の素直さを、彩
夏は眩しく感じる。他人のいい所を見つけ、それを素直に賞賛する美幸のあ
り方は、自分には真似出来ないな、とも。
「なら、さ」
だから、か。少し意地悪な気持ちが交った台詞を、彩夏の唇は紡ぐ。
「自分が付き合えばいいのに。そんなにいいんだったら」
「それとこれとは別」
予想していたかのように、一瞬の間もなく、しかもはっきりと美幸は答え
た。そうして、彼女は視線を窓の外へと向ける。
「いいとこいっぱい知ってても、好きにはならないもの」
「どうしてさ?」
「多分、正宗と幼馴染だから」
239:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/18 22:44:55 2ZOVkcQz
美幸の目が、駅前の広場を並んで歩くカップルを捉える。腕を組んで、幸
せそうにして。
それを自分と正宗の姿に置き換えることが、彼女にはどうしても出来なか
った。
「私、正宗のことなら何でもわかってる。一緒にいて楽しいし、落ち着いて
られる。でも、ううん、だからかな。好きって気持ちにはなれない」
黙っているのは、続きを促しているのだろう。チラリと彩夏の顔を見てか
ら、美幸は続ける。
「もっと知りたいとか、もっと一緒にいたいとか。好きって、そういうこと
じゃないかな。違うかもしれないけれど、私はそう思ってる。で、私は正宗
にそういう風に感じたことはないよ」
「何でも知ってるから?」
答えの代わりに、コクリと美幸は頷く。
幼馴染で、ずっと長く一緒にいてきたからか、大体において、彼女は正宗
の行動が予測出来る。普段はあまり意識していないが、次に何と言うかまで
、正確に当てられることさえあるのだ。それだけ理解しているということな
のだろう。
だから、というわけではないが、恋愛とは結び付かない。知り過ぎている
からこそ、そういった感情とは一番遠い男性に感じられる。
「じゃあ、さ」
「ん?」
顔を上げた美幸に、彩夏は真剣な顔で問いかける。
「もし私が、九条君を好きだ、って言ったら、どうする?」
240:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/18 22:46:04 2ZOVkcQz
壊したかったのだ、彩夏は。あるいは、羨ましかったのかもしれない。何
でも知っていると、そう臆面もなく言える彼女のことを。
彼女の言の矢は、しかし目の前の少女には届かなかった。
「勿論、そういうことだったら応援するよ。でも」
「……でも?」
「本気で好きなら、ね」
ジッと確かめるように見つめてくる美幸に、彩夏は苦笑して首を横に振る
ことにする。
「やめとく。嫌いじゃないけど、恋ってほどじゃないし」
「なんだ、残念。彩夏なら、正宗とお似合いだと思うのに」
「まぁ、本気になったら、その時はよろしく頼むよ」
冗談にする一方で、彩夏は思う。
軽い気持ちで付き合おうって考えられるわけがない、と。自分よりも彼を
理解している人が側にいたら、きっとすごく辛いから。本気で好きにならな
い限り、くじけてしまいそうだ。
しかもそれが一人ではなく、二人なのだから。彼女は、ここにはいないも
う一人の幼馴染、忍の姿を脳裏に描く。あの子だって、正宗のことを良く知
っているだろうから。
「難しいもんだね」
「何が?」
「人を好きになるってことがさ」
キョトンとする美幸に、言ってみたかっただけさ、と彩夏は笑って見せた
。あるいは他の少女達も、同じように太刀打ち出来ないと感じたのかもしれ
ない、そんな風に思いながら。
「それでさ、美幸にオススメのマンガがあるんだけど」
「……また幼馴染ものでしょ?」
「当たりっ! 今度のはさ、ホント、美幸にバッチリなんだって。ずっと側
にいて、何でも知ってると思ってた幼馴染だったのに、実は彼はすごい秘密
を抱えててさ……」
「もーう! いい加減にしなさーい!」
241:三人を書いた人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/18 22:53:23 2ZOVkcQz
お付き合い頂きありがとうございます。
書くということの難しさを改めて、思い知らされています。
>>229>>230>>231
GJ頂けてとても嬉しいです。今後、どのように展開していくか、色々と頭を
悩ませています……
どうかよろしくお願いいたします。
242:名無しさん@ピンキー
07/06/18 23:04:44 u2yEmm9p
うはwwwもう続きがきてるwwwwGJだぜ!!
しかし書くペースが本当に速くて凄いぜ!! これからも頑張ってくれー!! 楽しみにしてるから!
243:名無しさん@ピンキー
07/06/18 23:22:22 egELTein
投下ペース速いな…三人が四人になりかけて、やっぱり三人になったか
ひたすら日常を描く辺りが好みです。次は誰の話かな。正宗?
244:名無しさん@ピンキー
07/06/19 00:40:25 q2bI7fYi
早い仕事GJ!
毎回楽しみに読ませてもらってます。
3人の想いのすれ違いがなんとも歯がゆく、それが面白い。
いつ均衡が崩れるのかなぁ
245:名無しさん@ピンキー
07/06/19 04:07:40 TTyeYkNX
>>241
GJです! 本当に筆が早くて羨ましいです……。
では、負けずにこちらも投下させて頂きます!
246:絆と想い 第14話
07/06/19 04:08:40 TTyeYkNX
既に梅雨入りしている六月のとある放課後。降りしきる雨を眺めながら大神鈴音は一人昇降口に佇み、溜息をついていた。
「あー、失敗しちゃったなぁ……。でも確かに入れたと思ったんだけどなぁ……。ああもう……。」
本当にボクの馬鹿、そう一人ごちる。
鈴音が家に帰らずにいるのは、傘を持っていないためであった。
しかし今は梅雨入りしている。たとえ朝は降っていなくとも、携帯用の傘を持ち歩くのは当然といえた。
もちろん鈴音もそのつもりだった。しかし、どういう訳か入れた気になっていただけで、実際は入れていなかったようである。
彼女はいつもなら陸上部のメンバーと帰ることが多いため、こういう時は誰かの傘に入れてもらえば良いのだが、今日は担任に提出する
委員長としての仕事が少しあったため、皆には先に帰ってもらってしまっていたのだ。
「本当、間が悪いなぁ……。」
そう呟きながら雨を恨めしげに見る。まだ学校に残っていそうな知り合いに連絡を取ることも考えたが、もし既に帰ってしまっていたら
いらぬ気をつかわせる事になってしまう。
だから鈴音は雨が止むことを期待して少し待っていたのだが、雨足は一向に衰える気配が無かった。
「あーあ、仕方が無いなぁ。じゃあ、強行突破といきますかぁ!」
そう呟くと鈴音は屈伸を始めた。雨の中を、家までダッシュで帰る覚悟を決めたためである。
そうして準備運動を終えた鈴音がじゃあいくか、と駆け出そうとした時、不意に背中から声がかけられた。
「あれ? お前まだいたのか鈴音?」
振り返って見ると、そこには靴を履き替えている正刻がいた。手には折りたたみ式の傘が握られている。
「う、うん。ちょっと委員長としての仕事が残っていてね。それより正刻、キミこそどうしたのさ? 今日は図書委員会の仕事はお休み
だったんでしょ?」
鈴音は正刻の問いかけに答えた後、尋ね返した。委員会の仕事は毎日ある訳ではない。正刻は積極的に参加しているが、それでも週に一、
二日は休みの日があるのだ。
その鈴音の問いかけに正刻は苦笑しながら答える。
「ああ、今日は本当は休みの筈だったんだがな。けど急に代わってくれって頼まれちまってな? まぁ特に急ぐ用事も無いし、代わって
やったって訳さ。」
そう言いながら正刻は靴を履きかえて、鈴音の隣までやってきた。
「で、お前は帰らないのか? それとも友達を待ってるのか?」
そう正刻に訊かれた鈴音はバツの悪そうな顔をして目を逸らす。不思議そうな顔をしている正刻に、鈴音は歯切れの悪い口調で答えた。
「い、いや、実はさ、その……。」
「……?」
「帰ろうとは思うんだけど、その……傘、忘れちゃってて……。」
その鈴音の告白に、正刻は思いっきり苦笑する。
「お前、梅雨に入っているのに携帯用の傘を持ってないのか!? ……いや、違うな。どうせお前のことだから、自分では入れた気になって
いたんだろう? ところが実は入れ忘れちゃってました、と、そういうオチなんだろう? 違うか?」
247:名無しさん@ピンキー
07/06/19 04:09:51 TTyeYkNX
正刻にそのものズバリな予想をされた鈴音は悔しそうに「うぅーっ!」と呻いた。その様子を見た正刻は、自分の予想が当たっていた事を
知り、肩を竦めながら言い放った。
「全くそういう所は中々直らねぇもんだな? ええ? ドジッ娘委員長さんよ?」
その正刻の発言に、鈴音は猛然と噛み付いた。
「こら正刻! いくらキミでも言って良い事と悪い事があるぞ! ボクはドジッ娘なんかじゃない! 何回言ったら分かるんだキミは!!」
しかし正刻は全く怯むことなく言い返す。
「んな事言ってもなぁ。過去の行動と今回の件を鑑みると、お前をドジッ娘と呼ぶのはごく自然なことだと思うぞ? そんなに不満なら、
今度からはドジッ娘眼鏡っ娘委員長と呼んでやろうか?」
「なお悪いよこの馬鹿!!」
顎をさすりながらそんな事を言う正刻を、鈴音は思いっきり罵倒した。
そう、鈴音は実は、うっかりとポカをやらかしてしまうことが結構あったのである。
中学では生徒会長、今でも学級委員長を務めている彼女は仕事ぶりも良く大変優秀であるのだが、何故か時々間抜けなミスをしてしまうのであった。
折角完璧に書き上げた書類と、もう古くて処分する書類を間違えてしまって新しい方を危うくシュレッダーにかけそうになったり。
学校行事の手配などをちゃんとしたと思ったら、実は一日ずれてしまっていたり。
もちろんそういうミスは少ない。あくまでたまにしてしまう程度なのである。しかしそのフォローを今まで一番してきた……というかさせられた
のは正刻であった。故に彼は、鈴音がうっかりなミスをする度に、そのフォローをさせられる仕返しとばかりに「ドジッ娘」と彼女を呼ぶのである。
そんなやりとりをしつつ、正刻は鈴音に言った。
「で、どうするんだ鈴音? 何だったら、家まで送っていくぜ?」
正刻と鈴音の家は方向が全く違うが、しかしそんなに距離が離れ過ぎているわけでもない。良い運動にもなるし、何より彼女をこの雨で
濡れ鼠にするのは可哀想だと、正刻はそう思って言ったのだが。
「えー……。でもキミと相合傘で帰ったら妊娠しちゃいそうだしねぇ……。」
鈴音は正刻を半目で睨みながらそう言った。ドジッ娘と呼ばれた事が余程腹に据えかねたようである。
そんな鈴音を正刻は苦笑しながら宥めた。
「分かった分かった。ドジッ娘だなんて俺も言いすぎたよ、ごめんな? だから早く帰ろうぜ?」
しかし鈴音はそう言われてもまだ不満そうな顔をしている。その様子を見た正刻は内心苦笑しつつ言った。
「ああそうかい。人の好意を無にするとは、世知辛い世の中になったもんだぜ。じゃあな、鈴音。精々びしょぬれになって、透けた下着を
通行人の皆様に見てもらうんだな。それじゃ……。」
「ちょ、ちょっと待ってよ正刻!」
鈴音は慌てて正刻を引き止める。確かにドジッ娘呼ばわりされたのには腹が立ったが、しかし正刻がいてくれたお陰で濡れて帰らずに
済むと安心したのも確かだ。
「ご、ごめんよぉ。ちょっとおふざけが過ぎたよ。だから一緒に入れてってよぉ。」
先程の態度とは一変し、下手に出る鈴音。そんな鈴音を今度は正刻が半目で睨みながら言った。
「何でぇ。俺と相合傘で帰ると妊娠しちまいそうだから嫌だったんじゃねぇのか?」
ぐ、こいつめぇ、と鈴音は内心で唸る。しかしすぐに打開策を思いつき、それを実行する。
正刻を笑顔で見つめながら、鈴音はこう言い放った。
248:名無しさん@ピンキー
07/06/19 04:12:18 TTyeYkNX
「いやね? 正刻の子供だったら産んであげても良いかなーって、そう思っ……ふがっ!?」
途中まで言いかけていた鈴音の口を、正刻のアイアンクローが塞ぐ。そのまま周りの様子を伺い、誰もいない事を確認すると、
正刻は手を外しつつ深い溜息をつきながら言った。
「頼むよ鈴音……。冗談はもうちょっと吟味してから言ってくれよ……。」
その言葉に、それほど冗談って訳じゃあないんだけどね、と心の中で呟いた鈴音は、しかし表情には出さず、いつもの猫のような笑みを
浮かべて言った。
「じゃあ漫才はいい加減これぐらいにしといてさ、早く帰ろうよ正刻!」
「了解。それじゃあ行こうか、鈴音!」
そう言うと正刻は傘を広げた。そして鈴音は彼にそっと寄り添い、昇降口を後にした。
二人は他愛無い会話をしながら歩く。そんな中、鈴音はふと昔の事を思い出した。
(そういえば……あの時も相合傘で帰ったんだよねぇ……。)
思い出したのは、中一の頃のとある一日の記憶。まだ自分が周囲を拒絶していた時の出来事。
鈴音は正刻の横顔をちらりと見た。
(こいつは覚えているかな……。あ、でも覚えていたらそれはそれでちょっと恥ずかしいかもなぁ……。)
そんな風に考えていた鈴音に、不意に正刻が声をかけた。
「そういやさぁ、鈴音。」
「う、うん? 何さ正刻?」
ちょうど正刻絡みの事を考えていた時にその本人から声をかけられたので、鈴音の心臓は跳ね上がった。何とかそれを態度に出さずには
済んだが。
「いやさ、昔もこうやって相合傘で帰ったことがあったなぁって、そう思ってさ。」
にっと笑いながらそう言う正刻。鈴音はその笑顔を見ながら、嬉しさがこみ上げてくるのが分かった。
「覚えてて、くれたんだ……。」
ぽつり、と呟く鈴音に、笑顔を少し意地の悪いものに変えた正刻が言った。
「そりゃあそうさ。あんなにツンツンされたり泣かれたりしたら、嫌でも忘れられないっつーの。」
そう言われた鈴音は、かあっと顔を赤らめる。
「む、昔の事は言わないでよおっ! 恥ずかしいじゃないかあっ!!」
そう抗議してくる鈴音に、笑いながら正刻は答える。
「いやいや、そういう訳にはいかないさ。何たって、俺とお前の大切な思い出の一ページだからなぁ。忘れるだなんて、そんな薄情な
事をするわけにはいかないだろう?」
「キミ絶対にボクをからかうネタとして覚えてるだろ!? 思い出の一ページだなんて、白々しいにも程があるよ!!」
そう言い合いながら、それでも二人は当時に想いを馳せていった。
249:名無しさん@ピンキー
07/06/19 04:14:18 TTyeYkNX
それは正刻が鈴音に初めて話しかけてから暫く経ってからの事だった。
ちなみにその間、正刻はちょくちょく鈴音に話しかけるようになっていた。
鈴音は相変わらず冷たい態度を取っていたが、段々と正刻と話す時間が増えていっており、そしてそれは彼女自身も自覚していた。
だが、鈴音自身はその事を少し苦々しく思っていた。
自分は誰とも関わりたくないのに、ずけずけと自分に関わってくる男。
それなのに、それを拒みきれない自分。
実際、正刻の話は鈴音にとっても大変面白いものであった。
同じ本を愛する者同士、とても話が合ったのである。
だからこそ、鈴音は正刻と話すことに楽しさを覚え始めている自分と、そうさせている原因である正刻を少し苦々しく思い、そして少し
だけ……恐れていた。
このまま他人と馴れ合うようになってしまったら、自分は、自らが忌み嫌っている周りの連中と同じ存在になってしまうのではないか。
少し目立つだけで他人を迫害する、そんな連中の一人となってしまうのではないか、と。
そんな恐れと、正刻と話すことの楽しさとの間で鈴音が苦悩していた時、それは起こった。
それは、やはり六月のとある放課後であった。やはり今回と同じように鈴音は傘を忘れてしまい、昇降口で雨が止むのを待っていた。
「…………。」
無表情で降りしきる雨を眺める鈴音。周りの生徒達は次々と傘を広げていき、また傘を忘れた者は友人の傘に入れてもらっていた。
しかし、鈴音のことを傘に入れようとする者は一人もいなかった。
降りしきる雨は、一向に止む気配を見せない。やがて鈴音は小さく息を吐き、雨の中を帰るべく歩き出そうとした。
しかし。
むんず、と肩を掴まれた。驚いて振り返ると、そこには仏頂面をした正刻がいた。
「……おい。傘も差さずに行くのはやめろよ。風邪引いちまうぞ。」
「……うるさいな。別にいいだろ。」
正刻の呼びかけに、鈴音も無愛想に返す。それを見た正刻は、深い溜息をつくと鈴音の肩を掴んだ手を離しながら言った。
「大神、お前、傘はどうしたんだよ。忘れちまったのか?」
「……キミには関係無い事だろ。ほっといてよ。」
相変わらず冷たく言う鈴音に、正刻は今度は苦笑を浮かべながら言った。
「忘れちまったんなら、俺の傘に入っていけよ。送っていくぜ?」
その正刻の申し出に、鈴音は思わずまじまじと正刻の顔を見つめてしまった。
自分はコイツに冷たい態度を取り続けているのに、どうしてコイツは自分を気にかけてくれるのだろう?
彼の目は、心底自分を心配している目だ。
その瞳に、また引き込まれていきそうになり───
───しかしその寸前で、鈴音は踏みとどまった。そして引き込まれそうになった事を打ち消すかのように、正刻に冷たい言葉を
投げつける。
「……そうやって、偽善者ぶるのはやめて欲しいな。何様のつもりだい? いつも一人でいる可哀想なクラスメイトに優しく手を差し伸べ
て、それで満足かい? 悪いけどボクは、君の自己満足のための道具になるつもりはこれっぽっちも無いから。」
だから放っておいてくれ、そう言って鈴音は再び外へと向かおうとする。
(……これだけ言えばもう十分だろう。)
鈴音はそう、心の中で呟いた。これで彼が自分に関わってくることは、もう二度と無いだろう。
これでもう、彼に煩わされる事は無い。これでもう……彼と楽しく本の話をすることも、無い。
そう思った瞬間、鈴音の胸は荒れ狂った。怒り、悲しみ、嘆き、絶望……。自分でも何故そんなに感じるか理解不能な程の負の感情が
鈴音の全身を駆け巡った。
(……いいんだ! これでいいんだ!!)
鈴音はぎゅっと目をつぶり、雨の降りしきる外へと駆け出そうとした。
250:名無しさん@ピンキー
07/06/19 04:17:01 TTyeYkNX
しかし。
「……おい。だから待てってば。人の話はちゃんと聞けよ。」
呆れたような彼の声。そして、とても温かい手が自分の手を握っているのに気づく。
(……ああ、温かいなぁ……)
鈴音は自然と、そう思った。そのまま彼へと振り返る。
彼は先程の自分の言葉など聞いていなかったかのような顔で、こちらを静かに見つめていた。
「……あのな? 俺の傘に入っていけってのは、俺の方にも事情があるからそう言っているんだぞ?」
正刻は鈴音の目を見ながらそう言った。鈴音は黙って聞いている。
「お前、今日図書館で本を何冊か借りたろう?」
まぁ確かに、と鈴音は心の内で呟いた。それと同時に、それが何の関係があるのかという疑問もわいたが。
その疑問に答えるように正刻は話し続けた。
「お前が傘も差さずに帰ったら、その本達までずぶ濡れになっちまうだろう? だから俺の傘に入っていけって言ってるのさ。」
あぁ成る程そういうことか、と鈴音は納得した。
しかし。
(……嘘つくのが下手だなぁ……コイツ……。)
鈴音は正刻の顔を見ながらそう思った。いや、嘘というのは少し違うかもしれない。多分、正刻が本を濡らしたくないという気持ち
は本当ではあるのだろう。
だが、先程と同様の自分を心配している顔で言われてしまっては、流石にその真意も分かってしまうというものである。
しかし鈴音は、ふっと息を吐くと、くるりと身を翻し正刻に背を向けながら言った。
「……もういいや。君と言い合う事にも疲れたし、さっさと帰りたいし。……だから、良いよ。君の傘に、入れてもらうよ。」
その言い草に、正刻は苦笑しつつ言った。
「素直じゃねぇなぁ全く……。ま、良いさ。さっさと行くか。」
そう言うと正刻は傘を広げながら外へと出る。そして躊躇いがちにその後を鈴音が追う。
この時、鈴音は気づいていなかった。先程まで自分の中で荒れ狂っていた負の感情が綺麗さっぱり消えて無くなっていたことに。
そして、代わりにとても温かい気持ちが自分を満たしていたことに。
「しかし君はいつも周りを拒絶してるよなぁ。そんなに人が嫌いなのか?」
「……あぁ嫌いだね。群れなければ何も出来ず、群れれば誰かを弾圧しにかかる愚鈍な連中なんてこの世から消えてしまえば良いと、
本気で思っているよ。」
「まぁなぁ。確かにそういった連中は困りモンだがなぁ。……それにしても君はいやに辛辣だな。経験者は語る、か?」
「……想像に任せるよ。」
相合傘で帰る二人。しかし、その会話の内容はその甘い状況とは真逆のものであった。
切り込んだのは、正刻であった。以前から鈴音の周りを拒絶する態度が気になっていたため、思い切って訊いてみたのだ。
もちろん拒否されればそれ以上は訊かないつもりであったが、しかし鈴音が何故か比較的素直に応じたため、会話を続けていたのだ。
表面上は何気なく、しかし実際には全神経を集中させ、彼女を気遣いながら、正刻は鈴音との会話を続けた。
「……まぁ、誰とでも仲良くしろとは言わないが、でもあまりにも周りを切り捨てすぎるのもどうかと思うぞ。」
正刻が少し心配の色を込めた声で鈴音に言った。しかし鈴音はその意見をあっさりと却下する。
「別に構いやしないよ。愚鈍な連中なんぞと仲良くやるなんて、こっちから願い下げだね。ボクは一人でも十分やっていけるさ。」
鈴音は自信有りげに鼻を鳴らしながら言った。だが。
251:名無しさん@ピンキー
07/06/19 04:18:19 TTyeYkNX
「……人はさ、一人じゃあ生きてはいけないぜ。……絶対に、な。」
今までとは違った静かな、そして重い声に鈴音は驚き、正刻を見た。
彼の瞳には、鈴音が初めて見る色が浮かんでいた。彼女はその色を読み取ろうとしたが、それよりも早く正刻は普段の雰囲気を取り戻し、
笑いかけながら鈴音に言った。
「だから、さ。少なくても良いから信頼できる友達作れよ、な?」
鈴音は少し正刻の顔を見つめていたが、やがてぽつり、と呟いた。
「……もう、遅いよ。今までずっとあんな態度で過ごしてきたんだ。今更友達になってくれる人なんていやしないさ。それに、仮に友達
になったからって、その人がボクを裏切らないとは……言えないしね。」
そう言うと鈴音は黙り込んだ。正刻も何も言わず、黙って歩を進める。
(それにしてもボクは……随分と色々なことを喋っちゃってるなぁ。)
鈴音は歩きながら今まで交わした会話を思い返し、そう思った。
今まで自分が考え、胸に秘めていた想いを、何故か正刻には素直に話してしまっていた。
(……本当、不思議な奴。)
そう思って、鈴音は正刻を横目で見た。彼は何か考えているようで、眉間に皺をよせている。
と、正刻はその表情を変え、くくっと笑った。
「? ……何だい? 何がおかしいんだい?」
「いや。君は案外臆病なんだなって思ってさ。」
正刻に問いかけた鈴音は、その答えを聞き、かあっと頭に血が上るのが分かった。
「何だと!? もう一回言ってみなよ!! 誰が臆病だって!?」
しかし正刻は鈴音に怒りを向けられても冷静だった。ひょい、と肩を竦めて言う。
「まぁ落ち着けよ。大体、そんなに反応しちゃあ自分で認めているようなもんだぞ?」
「うるさい!! 何だよ君は!! 君に何が分かるというんだ!! 何も知らない他人のくせに、偉そうな口を利くな!!」
鈴音は激情を迸らせ、それをそのまま正刻にぶつける。
正刻は無言でそれを受け止めた。そして、鈴音が想いを全て吐き出したのを見計らうと、ゆっくりと鈴音の方へ顔を向け、彼女の目を見つめた。
鈴音はその静かな圧力に、思わず気圧されてしまう。
「……大神。俺は確かにお前とは何の関係も無い、只の他人だ。……だがな? だからこそ分かることもある。俺はさっき君を臆病だと言ったが、
何の根拠も無しに言ったんじゃあない。」
正刻の口調は軽めだったが、その目は真剣そのもので、正刻が軽い気持ちで言っているのではないことを鈴音に理解させた。
「今までひどい態度でいたから友達など出来ないと言ったな? だが君は、その態度を改めようと思ったことはあるか? ただ単に、そうする
のがみっともないと、そう思ったんじゃないのか? それに友達が裏切るかもしれないというが、そうなった場合、自分に原因があるかも、
とは思わないのか? そういったことを全て踏まえた上で、俺は君を、臆病だと言ったのさ。」
鈴音は正刻の言葉を黙って聞いていた。正刻が言ったことは、実は全て的を得ていた。鈴音自身も、そう思うことはあったのだ。
だが今までは、その思いを気の迷いだと切り捨てていた。そう、今までは。
だが今、そのことを初めて他人から指摘され、鈴音は揺らいでいた。そして、本音が彼女の口から漏れ出す。
「……確かに君の言うとおりかもしれない……。だけど……怖いんだ。やっぱり怖いんだよ。君は臆病だと笑うだろうけど、でもやっぱり
……拒絶されるのが……怖いんだよぉ……。」
鈴音の目から、涙が溢れ出た。
ずっと抱えてきた想い。冷たい態度の下に隠されてきた、本当の想い。
他人を切り捨てるのではなく、他人と関わりたい。仲良くなりたい。
だけど一度傷つけられたから、再び傷つけられないように固い鎧を纏わねばならなくて。
そのお陰で傷つかずに済むようになったけれど、でも自分の望みからはどんどん離れていって。
でも再び傷つけられるのが怖いから、自分から鎧を脱ぐことは出来なくて。
いつの間にか自分の本当の想いを隠し、鎧を纏った理由を忘れ、鎧を纏うこと自体を目的にすりかえて。
どこかでそのことに気づいていたけれど、自分ではどうしようも出来なくて。
……だから、自分は待っていたのかもしれない。この鎧を砕いてくれる人が現れるのを……。
252:名無しさん@ピンキー
07/06/19 04:21:25 TTyeYkNX
ぐじゃぐじゃになった頭でそんな事を考えながら、鈴音は泣きじゃくった。
と、ぽん、と頭に手を乗せられた。
「……誰が笑うもんかよ。」
その優しい声に、鈴音は正刻を見た。正刻は、優しい笑顔を浮かべながら鈴音の頭を撫で、言った。
「偉そうなこと言ったけどな、俺だって同じ立場だったら絶対に怖ぇよ。間違いなく怖ぇよ。だから、そのことは恥ずかしいことでも何で
ない。むしろ……見直したよ。」
正刻のその言葉に、鈴音は不思議そうな目を向ける。
「君は、自分の素直な気持ちをちゃんと口に出した。言葉に出来た。凄いと思うよ。尊敬する。」
鈴音はその言葉を聞いて、少し苦笑気味に笑った。
「……何だい君は。人の事を貶したり褒めたり……。ボク、どういう反応すれば良いか分からないじゃないか。」
確かに、と鈴音に同意して小さく笑うと、正刻は言った。
「それで、な? お詫びといってはなんだが、俺に友達になってくれそうな人を紹介させてくれ。実は二人ばかり心当たりがあるんだ。」
「……二人? それってひょっとして……。」
「ああそうさ。俺の幼馴染、宮原唯衣と舞衣さ。あの二人なら大丈夫。必ず君の友達になってくれる。……実は、あの二人はずっと君
のことを心配していたんだぜ? で、何かあったら力になるからって言ってくれてたのさ。」
「……ボクのことを……そんなに……。」
鈴音は胸が熱くなるのを感じた。実は宮原姉妹は、彼女に挨拶をしてくれたり、話しかけたりしてくれていたのである。
だが鈴音はそれも冷たく切り捨てていた。だから、彼女らが自分を気にかけてくれていたことを知り、感謝の気持ちで胸が一杯になった
のである。
そんな鈴音を見ながら正刻は言った。
「あの二人と仲良くなれたら、少しづつ友達増やしていこうぜ。な?」
そう言ってウィンクをしてくる。それを見ながら、鈴音はふと思いついた疑問を口にした。
「……君は……。」
「うん?」
「君はボクの友達に……なってはくれないの……?」
そう言った後、鈴音ははっとし、急速に顔を赤らめた。
(な、何を言ってるんだボクは!? こ、こんな恥ずかしいことを何で……!!)
ちらりと正刻を見ると、驚いた顔をして固まっている。鈴音は慌てて弁解をした。
「い、いや高村! こ、これはその、あの……!」
しかし気が動転して上手く喋れない。そうしている内に、硬直から回復した正刻が口を開いた。
「驚いたなぁ……。」
その言葉に鈴音は身を竦ませる。しかし、その後に続いた言葉は鈴音の予想を超えたものだった。
「俺はとっくの昔に……それこそ君と初めて会話した、あの時から友達のつもりだったんだが……。」
その言葉に、鈴音は驚いて正刻の顔を見ようとした。
しかし彼は俯き、鈴音から顔を背けてしまった。
「ちょ、ちょっと高村……。」
「そうかぁ……。友達だと思ってたのは俺だけだったかぁ……。悲しいなぁ……。大体友達じゃなかったら、ここまで親身になって君の
ことを考えたりしないしねぇよ……。あぁ世知辛いなぁ……。切ないなぁ……。」
その正刻の様子に、鈴音は慌ててフォローに入る。
「そ、そんなことないよ! ボ、ボクだってずっと君のことを友達だと思ってた……というか思いたかったさ! 君と本のことについて話す
時は、凄く楽しかった! もっとキミと話したいって、そう思った!! だけど、それを認めるのが怖くて、ボクは! ……って、おい、
高村?」
253:名無しさん@ピンキー
07/06/19 04:25:50 TTyeYkNX
そこまで話して鈴音は正刻の異変に気がついた。
自分から顔を背けている彼の肩が、小刻みに揺れているのである。
泣いているのかと一瞬思ったが、微かに聞こえてくる彼の声が、そうではない事を示していた。
その事に気づいた鈴音は、急激に不機嫌な顔をすると、同じく不機嫌な声で言った。
「おい高村。こっち向きなよ。」
しかし正刻はいやいやをするように頭を振って振り向かない。業を煮やした鈴音は、彼の頭を掴むと強引に自分の方へと振り向かせた。
その顔を見て、鈴音の顔が凶悪な相を帯びた。
正刻は泣いていた。しかし悲しみのためではない。思いっきり笑いすぎて、その所為で泣いていたのだ。
「何っっっなんだいキミはッ!! あんだけ感動的な話をしといてこんな事してッ!!」
「いやすまんすまん。まさかこんなに綺麗に引っかかるとは思わなかったから……! くくっ……腹痛ぇっ……!」
「キ、キミという奴は……! もういい!キミとなんか友達になるもんか! もうこの場で絶交してやる絶交!!」
「おいおい勘弁してくれよ大神さん。そんな事されたら、俺寂しくって死んじゃうじゃないか。許しておくれよぅ。」
「今更何だい!! 土下座したって許してやるもんかッ!!」
正刻が許しを請い、鈴音がそれを突っぱねる。しかしその様子は、学校を出た直後とは違い、仲の良い友人同士がじゃれあっているようであった。
そして、その事に気をとられていた二人は、一人の少女がすぐ傍まで来ていたことに気づかなかった。
「二人とも、凄く仲が良いんですね……。」
少女が笑顔と共に、そう話しかけるまでは。
「いやー、良い思い出だよなぁ。」
「どこが……! 本当、昔っからキミは最悪な所があるよね、本当に!」
あっはっは、と笑う正刻に、鈴音が猛然とツッこむ。
しかし二人の距離は、四年前と比べて遥かに縮まっていた。
そう、仲の良い友達というより、むしろ……。
と、その時正刻が口を開いた。
「……うん? おやまぁ、こんな所まであの時と一緒か。」
「え? 何のこと?……って、そっか、確かにそうだねぇ。」
正刻の言葉に首を傾げた鈴音だが、正刻の目線を追って、その先にいた人物を見つけるとそう言った。
二人の前には一人の少女が立っていた。正刻は少女に声をかけた。
「よっ! 久しぶりだな朱音ちゃん!」
「ご無沙汰してます、正刻さん。」
そう言って少女はぺこり、と頭を下げた。
254:名無しさん@ピンキー
07/06/19 04:27:38 TTyeYkNX
少女の名は大神 朱音(おおがみ あかね)。鈴音の妹であり、香月の同級生にして親友である。
姉と同じさらさらとした髪を、一本のおさげにして背中に垂らしており、やはり姉と同じように眼鏡をかけていた。
ただし雰囲気は大分異なる。鈴音が活動的な眼鏡っ娘だとするならば、朱音は落ちついた雰囲気を醸し出しており、典型的な文学少女的な
眼鏡っ娘と言えた。実際彼女は図書委員を務めており、進学希望先も正刻達の学校であるのだが、その理由も当然図書館目当てである。
「で、どうしたのさ朱音? こんな所まで。」
そう問う鈴音に朱音は苦笑を返した。
「何言ってるのよお姉ちゃん。お姉ちゃんが傘忘れていったから、困ってるだろうと思って迎えにきたんじゃない。メールだってちゃんと
送ったんだよ? 返信が無かったから来ちゃったけど。」
そう言われた鈴音は慌てて自分の携帯電話をチェックした。確かにメールが届いている。
「流石だぜ鈴音! やっぱりドジっ娘はやることが違うな!」
「あ、あうう……。」
正刻の嫌味にも、鈴音は頭を抱えることしか出来なかった。
「じゃあ俺はここで。二人とも気をつけて帰れよ。」
「分かってるよ。キミこそ気をつけなよ。」
「お姉ちゃんを送ってくれて、本当に有難うございます正刻さん。またうちに遊びに来て下さい。美味しいお菓子を作って待ってますから。」
朱音の言葉に、そいつは楽しみ、と笑顔を浮かべた正刻は、二人に再度別れを告げ、自分の家へと歩きだした。
二人は正刻の背中が小さくなるまで見送っていたが、やがて朱音が囁くように言った。
「ねぇ、お姉ちゃん。」
「うん? 何だい朱音?」
「私……邪魔しちゃったかな?」
妹にそんなことを言われた鈴音は慌ててしまう。
「な、何を言ってるのかなキミは!? お姉ちゃんをからかうもんじゃないよ!?」
そんな姉の様子を笑顔で見ていた朱音は、更に言った。
「えー、だって二人とも、まるで恋人同士みたいだったよ?」
鈴音の顔はもう真っ赤だ。妹に言われて恥ずかしい気持ちと、正刻とそんな風に見られて満更でもない気持ちがごちゃまぜになってしまって
いる。
そのまま真っ赤になった姉を笑顔で見ていた朱音は、しかしちょっと意地の悪い笑顔になって言った。
「でもお姉ちゃん、もっとチャンスを生かさなくっちゃ駄目だよー。ライバルは多いし皆強力なんだから。まだまだ増えるかもしれないしね。」
その言葉に鈴音も苦笑する。
「はいはい、分かっているよ。でもこれ以上増えるのは勘弁してもらいたいなぁ。」
「そうは言っても仕方ないでしょ。……案外、すぐ近くにライバル候補がいるかもよ?」
そう言って朱音は小悪魔的な笑みを浮かべる。
その笑みを見た鈴音は、厭な予感が背筋を走り抜けるのを感じた。
「あ、朱音。まさかとは思うけど、もしかしてキミも……?」
「さぁ、何のことかな? それよりお姉ちゃん、早く帰ろうよ!」
そして朱音は雨の中走り出す。鈴音も慌ててその後を追って行った。
この後、小悪魔の笑みを浮かべた朱音に色々からかわれたり翻弄されたりして鈴音がぐったりしたり、今度は正刻が傘を忘れて鈴音の傘に
入れてもらうことになってしまい、ここぞとばかりに鈴音に散々「ドジドジ」と連呼されて正刻はぐったりしてしまったが、それはまた
別のお話。
255:名無しさん@ピンキー
07/06/19 04:31:50 TTyeYkNX
以上ですー。
ところでこの絆と想いですが、書きたいお話(季節ごとのイベント、誕生日、日常、特殊イベント)を考えると、どう考えても
十話や二十話では終わらない気が……。いや全部書くかは分かりませんが……。
でも必ず完結はさせます。ですのでのんびり楽しんで頂ければ幸いですー。ではー。
256:名無しさん@ピンキー
07/06/19 07:58:53 JWf5IRzs
本好きでドジっ娘で眼鏡っ娘でボクっ娘でツンデレなスポーツ娘が相合傘イベントに遭遇するなんて…
お前はお気に入りのいい作品が投下されたときにはGJするだろう?
誰だってそうする。俺もそうする。
GJ!!GJゥ!!鈴音かわいいよ鈴音
257:名無しさん@ピンキー
07/06/19 08:31:26 U/xVMmc+
何?話が10話や20話じゃ完結しないだと?
大歓迎じゃねぇか、GJだこの野郎!
258:名無しさん@ピンキー
07/06/19 19:48:25 vXtq5ZkY
絆きてるうううううう!!
GJ!!次の話が待ち遠しい・・・
259:名無しさん@ピンキー
07/06/19 19:49:57 lQq6Y/3M
たとえこの身くちはてようともwktkして待ってる。
260:名無しさん@ピンキー
07/06/20 00:13:10 m4fdxEOW
絆想神GJ!
毎回毎回読んでる途中にほのぼのwktkし過ぎて体力を思いっきり削ってるな~
10話20話じゃ終わらない?
最 高 の 報 告 じ ゃ な い か !
寧ろ絆想が終わる事に恐怖すら感じる俺。
261:三人を書いた人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/20 00:53:01 0LKZ9lx1
>>255
すっごくGJですっ! いいなぁ……こういうのを描けるようになりたいと、切実に思います。
こちらも負けずに投下させて頂きます。
>191-195
>199-203
>224-227
>236-240
の続きです。
262:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/20 00:54:31 0LKZ9lx1
唇と、唇が重なる。その熱は、暖かくも優しく。
05 : Kiss
夢ではないか、と思った。
幼馴染の彼女が、今、こうして自分の腕を抱きながら歩いていることを。
その顔はとても、とても楽しそうで。世界で一番、幸せそうと形容してもいいぐらいだ。
そして、立花美幸は確かに、幸せだった。
隣に並ぶ横顔を見上げる。その凛々しさに、どうして今まで気付かなかったのだろう。これまで
の自分の見る目の無さに、彼女は溜息を付きたい思いだったし、実際に朝から何度も付いていた。
その吐息ですら、どこか艶かしく色付いている。それほどまでに、美幸は心を奪われていたのだ。
隣に立つ幼馴染の、普段は見ない姿に。
「そんなに……」
「見るな、って? ゴメン、ゴメン」
ジッと見られることに、戸惑いを覚えたのだろう。不機嫌そうに言うその台詞の、その先を奪って
抑える。見られるのが恥ずかしいのだろう。そんな姿も、可愛らしく思えてしまう。
だから、ギュッ。
力強く、彼女はその腕を胸に押し付ける。
「ちょっ……」
「エヘヘ。楽しいね」
言って朗らかに笑う美幸の姿に、何も言えなくなったのか、小さく肩をすくめ、帽子を目深に被って
表情を隠してしまう。
そんな仕草は、何度も見ているはずなのに、とても新鮮に感じられて。
ああ、こんな顔をするんだ。
そんな風に思って、また楽しくなるのだった。
「夕方まで、まだ結構、時間あるね」
右手の腕時計を見て、美幸は何となしに言った。今日は映画を見ることになっているのだが、それは
夕方過ぎからのことだった。今はまだ、昼を過ぎて間もない。ついさっき昼御飯を食べ、それから駅近く
の店をブラブラと見て回ったのだが、さすがにそれだけでは時間を潰しきれなかった。
「カラオケは?」
「うーん、それもいいけど……」
なんとなく気分が乗らず、視線を彷徨わせると、その先にあったのは、
「あ、あそこ。あそこ行こ」
美幸が指差したのは、派手で大きな看板を掲げた店。
「ゲームセンター?」
「そ。プリクラ撮ろ。せっかくの記念だし」
断る隙も与えず、彼女は手を取って引っ張っていく。最初は感じられた抵抗も、小さな溜息の後に
すぐなくなる。
それもまた、美幸のハッピーな気持ちを盛り上げたのだった。
263:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/20 00:55:32 0LKZ9lx1
「ほら、もっと寄ってよ」
「ちょ、そんな……」
「いいからいいから。ほら、いくよ」
3、2、1……パシャッ。
無理矢理に引き寄せて撮ったので、画面に浮かび上がるのは、頬を触れ合わせんばかりに近付いた
二人の顔の写真。
「お、いいねいいねー」
「…………」
諦めたのか、何も言わずに為すがまま。その横顔をチラリと見て、美幸は悪戯心をくすぐられる。
3、2、1……パシャッ。
「…………!」
「ヘヘッ、いいの取れたねっ」
我ながらナイスタイミング、と呟きながら、彼女は満足そうに写真を見つめる。シャッターが切られる一瞬
前に、振り向いて背伸びをし、相手の頬にキスをしたのだ。
決定的瞬間は、これ以上ないというぐらいにバッチリ、ハッキリと写されていた。
「よしっ、これ、一生の宝物にするねっ」
落書きタイムを終えて、出てきたそれを二つに分けながら、美幸は幸せそうに言う。その笑顔は、不満を
言い募ろうとした口を縫い留めるのに、十分の力があったようだ。やれやれとばかりに首を振って、
「まったく……」
こっそりそうとだけ言ったのは、しかし、店内の喧騒に飲まれて彼女の耳には届かなかったのだった。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「ん」
散々、プリクラを撮り、UFOキャッチャーに挑んでいると、時間はあっと言う間に過ぎ去ってしまったようだ。
気が付けば、もうすぐ映画が始まりそうだった。
「カップル割引って、いくら安くしてくれるんだっけ?」
「普段より1000円も安くしてくれるんだって。ラッキーだよね」
どんどんこういうイベントはして欲しいな、という美幸の台詞に、小さな苦笑が返って来る。もっとも、それが
恥ずかしがっているからとわかっているから、彼女はさして気にしない。なんだかんだで、付き合ってくれた
のだから。
本当に、今日は楽しい一日だ。美幸は、心の底からそう思う。幼馴染の、今まで知らなかった一面を、これ
ほどに見れたのだから。
知ってるようで、知らなかったんだな。と、彼女はそんな風に思う。それも、もしかしたら、仕方のないこと
なのかもしれないけれど。
「……?」
自分を見上げてニコニコとしている美幸が怪訝に思えたのか、眉を顰めてくるのに対し、
「なんでもないよ。ただ、今日はすっごくラッキーな日だな、って。そう思ってただけ」
そう言ってギュッ、と体を寄せる。朝に感じられた抵抗は、もう、今はなかったのだった。
264:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/20 00:56:33 0LKZ9lx1
そして実際に、美幸はラッキーだった。
「おめでとうございまーす!」
映画館に入り、カップル入場を頼んだ瞬間に、どこからともなくマイクを持った女性が二人の前に現れた
のだ。
「え? え?」
「お二人は、本日100組目のカップルでーす! 記念に、チケット代全額無料、パンフレットの進呈、ついで
に映画の特製ストラップと、ペアマグカップを差し上げちゃいまーす!」
戸惑う二人に押し付けられる、品の数々。綺麗に包装されたどれにも、映画のロゴが入っている。よく見れば
いつの間にか、テレビカメラまで用意されている。何かの番組の企画なのだろうか。
「いやー、本当にラッキーですねー。ちなみにお二人は、お付き合いを始めてからどれぐらい経つんですか?」
「……すごく最近なんです。で、今日が初デートなんですよー」
先に動揺から立ち直ったのは、美幸だった。それまでのテンションの高さのまま、ニッコリと笑って向けら
れたマイクに答える。
「おおっ、そうなんですかっ!? じゃあこれで、一生忘れられない記念日になったんじゃないですか?」
「はい、ホント、嬉しくて仕方ありません」
グッ、と腕を抱き寄せ、溢れる笑みを逆の手で隠す。カメラは自然とそちらに向かっていた為、撮らずに
済んだ。その隣で、苦虫を噛み潰したようにしている顔を。
「じゃあ、そんな初々しいカップルのお二人に、セカンド・チャーンス! カメラの前で、愛を見せ付けてやって
下さいなっ。さらに豪華なプレゼントがありますよっ」
「愛って……例えば?」
「そうですねー、キスとか素敵ですよね」
「……!?」
突然の台詞に、帽子の下の目を見開いて驚く。さすがに、そんなこと出来やしない。なにせ、これまでキス
などしたことないのだから。
「あ、無理に、とは言いませんが……!?」
その言葉にホッとした瞬間。
美幸は、軽く背伸びをして。
唇に、唇を重ねたのだった。
呆然とする、その耳元で、彼女が囁く。
「ヘヘッ、私達の、ファーストキスだね」
「おおおおおおっ、大胆な彼女さんですねっ! いやー、彼氏さん、羨ましいっ! そんな素敵なカップルの
お二人には、こちらのプレゼントを差し上げちゃいます! よりどり詰め合わせですよー、映画を見終わったら、
是非、ゆっくり中を見て下さいねー」
265:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/20 00:57:15 0LKZ9lx1
「あ、可愛い指輪。これ、あれだね。映画のヒロインが付けてたのだ。これは……ネックレスか。男物だ」
映画を見終えて、すっかりと日も暮れた公園のベンチで箱を開けている美幸の横で、ぐったりとする人影
が一つ。
「これは……って、元気ないなー。どうしたのよ?」
「……どうもこうもない……」
いつものような覇気が全く感じられない声に、彼女は苦笑する。
「そんなにショックだったの? キスが」
「…………」
「なんだかなー、私だってファーストキスだったんだよ。そんなに落ち込まれると、こっちも凹んじゃうよ」
「……そういうのじゃ」
「じゃあ、何?」
からかい半分にたたみかける美幸の言葉に、返ってくるのは沈黙。
電灯の白い光が、辺りを照らす。空を見上げても、星の明かりはまばら。けれどすっかりと満ちたまん
丸い月が、優しい光を降らしている。
「もう、やめよう」
ようやく、ポツンと口にされた言葉に、美幸は悲しみを浮かべる。
「どうして? こんなに楽しいのに?」
「…………」
「私は、今日一日、ずっと楽しかったよ。ハッピーもラッキーも、こんなに重なった日なんてないと思う。
キスだって、強制されたからしたんじゃない。したかったらしたんだもの」
本音を、彼女は口にする。全て、偽らざる心境だ。神に誓ってもいい。人生において、これほどまでに
楽しかったことはない。
出来れば、これからも続けていきたい。そう願っている。
「けど……無理だって」
そんな彼女の願いは、しかし拒絶されそうだった。寂しい予感に、胸が苦しい。自分が悪いのだと、わかっ
ていて、それでも足掻く。
「確かに、悪ノリし過ぎたかもしれない。それは反省する。だからさ、これで終わりなんて、言わないでよ。
たまにでもいいからさ、皆に秘密でもいいからさ」
見苦しいとわかっていて、すがる。お願いだから、と。
それでも首は横に振られるのだ。
「気が向いた時でも、いいからさ」
最後の一言も、効果はない。ゆっくりと顔をあげたその瞳に、激しい拒絶が見える。
「無理だって……やっぱり」
「どうしても?」
「……うん」
言いながら、ベンチから立ち上がるその姿を、美幸は物悲しい目で追った。ハッピーでラッキーな一日は、
終ったことを肌で感じながら。
そんな彼女の想いに構わず、言の葉は解き放たれる。
「彼氏役なんて、もう絶対、やらないからね」
そう言った忍の声音には、滅多に見せない激しい怒りが交っていた。
266:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/20 00:59:00 0LKZ9lx1
話は、その日の朝にさかのぼる。
「おはよ、美幸。どうしたの? 朝から家に来るなんて、珍しい」
「お誘いだよん。ね、忍、映画でも見に行かない? この映画なんだけど」
「ん? ああ、これ。私も見たかったんだ……でも、パス」
「どうかしたの? なんか予定あるとか?」
「いや、ちょっと金欠。今月、本にお金を使い過ぎちゃったし」
「ほほう、それは好都合」
「……好都合って?」
「これ、ここを見てみたまえ」
「……カップル割引……?……何、考えてる?」
「いやん、そんな胸倉掴まないでよ……まぁ、忍の考えてる通りのことなんだけどねー」
「あそこできっぱりと断っておけば……!!」
悔やんでも悔やみきれない、とばかりに拳を固める忍に、美幸はコロコロと明るく笑う。
「アハハ、でも良かったじゃない。映画も無料で見れたし、色々ともらえたし」
「……映画の記憶なんて、全然ないんだけど」
「え!? なんで!?」
「自分の胸に聞いて……」
ガクリとうなだれて、彼女は自分の服装を見る。確かに体のラインが現われない服を着て、帽子で顔を
あまり見せないようにしてはいた。とはいえ、レポーターの女性に全く疑いもされなかったというのは……
「胸、ねぇ」
言いながら、ふくよかに育った胸を触る美幸の姿に、
「なんかムカツク」
殺意すらこもった視線を向ける。アハハ、とさすがに気まずそうに笑ってから、
「まぁまぁ。それに、キスって言っても、女同士のキスなんてカウントに入らないよ」
「そりゃそうだとは思うけど」
フォローになってないフォローだったが、忍は渋々怒りを抑える。押し切られたからとはいえ、悪ノリを
した自分にも非はあると感じたから。
「今日のことが夢だったらいいのに」
それでもボヤくことぐらいは許してもらいたい、と思う。悪夢、という言葉は辛うじて飲み込んだが。
「ま、滅多にない経験、ってことで」
「くどいようだけど、もう絶対、二度とやらないからね」
267:三人 ◆vq1Y7O/amI
07/06/20 01:00:11 0LKZ9lx1
「でも、さ」
上に着ていたものを脱いで、タンクトップ姿になった忍は、帰り道の途中でふと、美幸に問いかける。
「カップルってだけなら、正宗に頼めばいいのに」
「まぁね。でも忍、いつか、あの映画を見たい、って言ってたでしょ? だからだよ」
言われてみると、確かに思い当たる節はあった。だがそれは、いつのことだったか思い出せないほど
前で、しかもなんでもない話の流れでだったはずだ。
よく覚えててくれてたな。驚きながら、彼女は隣に並ぶ幼馴染の横顔を見つめる。いつも人のことを
思っている、優しい少女なのだということに、改めて気付く。もっとも今回は、悪ノリがひどかったけれど。
「それに、彩夏辺りに知られたら、またうるさそうだし」
「彩夏が?」
「うん。なんか、幼馴染モノの恋愛マンガをいっぱい勧められてね。忍は押し付けられたりしないの?」
素朴な疑問のつもりなのだろう。何気ない言葉に、しかし忍は黙ってしまう。
押し付けられたことなど、なかった。かわりに思い出すのは、時に彼女がこちらに向けてくる、探る
ような視線。それは大抵、忍が正宗の姿を無意識に眺めていた直後に感じたものだった。
意味があるのか、どうか。わからなかったけれど、時々、不安に思うことがあったことは否定出来ない。
「多分、私が恋愛とかしなさそうにないからじゃない」
疑惑を打ち払いながら、適当なことを言ってとぼける。きっと考えすぎと、自分に言い聞かせながら。
「えー、そんなの差別だよ。私なんて、いい加減にしてー、って言うぐらいに読まされてるのに」
むぅっ、と唇を尖らせる美幸の横顔を、彼女は複雑に眺める。
蘇るのは記憶。ほんの数年前のこと。
そこにいるのは、美幸と正宗。いないのは、私。それを見ていた私。
当時は何でもないことと思ったのに、今は胸を苦しませる。
「今度、彩夏に言っておくね。忍にも読ませてあげて、って」
「それ、単に面倒を私に押し付けてるだけじゃない?」
心の奥に広がり始めた黒雲を、強引に打ち払う。考えても仕方のないことだから。自分にはどうしよう
もないことだから。
このままでいい。このままが楽しい。バカなことを考えてたり、凹まされたりもするけれど、美幸のこと
は大切だから。キスをされたって構わないほどに。
だから、このままでいい。
このまま、三人がいい。
忍はそう思った。
後日。
「正宗、これあげる」
「ん? どうしたんだ、これ」
「聞かないで」
「お、おう……」
美幸に押し付けられた、プレゼントでもらった男物のネックレスは、結局、忍から正宗へと渡り。
「忍、こういうの、好きなんだって? 水臭いなぁ、言ってくれれば良かったのに」
「……美幸のやつ……」
嬉々としてマンガを持ってきた彩夏に、忍は頭を抱えることになったのだった。