07/09/05 23:46:41 At36DlH7
>>589
「いいえ、あなたこそが私たちの娘よ!」
異様に力強い宣言は、「それ」は自分のアイデンティティに恐ろしいほどの不安を与えた。
自分は人間に寄生して心身を乗っ取る凶悪な生物のはずだ。そして目の前にいる男女は
宿主…自分が乗っ取ったこの肉体の両親、自分を憎み娘を返せと騒ぎ立てる存在のはずだ。
……誰かそうだと言ってくれ。
「あ、あの…だから私は…」
「あなたがその体を乗っ取った怪物だろうと、あるいはそう思いこんでいるだけの多重人格だろうと、
そんなことは大した問題じゃないのよ。重要なのは、あなたの方がずっと良い子だってことよ」
「はっ?」
しどろもどろに繰り返そうとした説明は「母親」の、さらに想像を絶するセリフで遮られた。
「あなたの方がずっと素直で、優しくて、気が利いて…それでいて実の娘であることには間違いないんだもの。
何が不満だって言うの?」
実の母親にここまで言わせるとは、宿主は一体どんな人物だったんだ? 混乱の極みにある「それ」の精神に
それまで黙っていた「父親」が追い討ちをかけた。
「うむ。まさに天佑と言うべきだな。これなら安心して嫁に出せる。先様に望まれてのこととはいえ、あんな娘をやるわけには
行かないと悩んでいたのが馬鹿みたいだな」
「よ、嫁? 嫁というのは、バージンロードをしずしずと進んで『ふつつか者ですが』と挨拶するあの嫁ですか?」
「微妙に学習不足のようだが、おおむね間違いないな。その嫁だ。ちなみに式は再来週だ」
逃げなきゃ駄目だ、逃げなきゃ駄目だ。「それ」の脳裏で、見たこともない少年が警告をつぶやき続ける。が、その警告に
従う前に「母親」が彼女の肩をがっしりと掴んだ・
「ということだから、今から花嫁修業よ。時間がないから特別特訓コースね。まさか、逃げようなんて思ってないわよね♪」
とびっきりの笑顔で迫る「母親」に気圧されながら「それ」は悟った。
……自分は娘を奪ったが、自分もまた全てを奪われたことを……
#ショウガワインなる怪しい酒に酔うままに書き散らした。だが私は謝らない。