07/03/24 16:29:07 EId1u2cJ
「ん…」
間の抜けた声だ。
イスの背もたれに身を沈ませながら、リツコは他人事のように思った。
弛緩しきったその音だけが妙にはっきりと耳に届くのが少し煩わしい。
が、労働の終わりに付随するこの感覚は嫌いではない。
徹夜明け。数時間ぶりにコンピュータの画面から眼を離し、
一定だった姿勢を崩して伸びをひとつする、と同時に全身に絡みつく倦怠感。
うず高く積みあがった資料の間から差し込む朝日に眼を眩ますのも、日常的に感じるようになっていた。
それでも、いつもなら三時間ほどの仮眠を取るようにしているが、今日はその余裕も無い。
腕時計を確かめる。9時27分。待ち合わせは1時間30分以上先だ。
ここにある私室まで行くのに7分、シャワーを浴びるのに15分…その他諸々、多めに見積もっても十分間に合う。
「(わざと遅れていくのも一興かしらね)」
律儀な彼の事だから、少なくとも10分前には来るだろう。
数分遅れたフリをして不安になっているところを観察してやろうか――緩みかけた頬を引いてデスクから立ち上がる。
証明を消し、内側からのロックを外して、廊下に出る。
「リツコさん」
不意打ちだった。平時から人の行き来が少なく、時間帯もそぐわないから気を払っていなかった。
溜まった疲れが、多少意識を散漫にしていたかもしれない。
まともに驚いて振り返れば、背後にいた少年―シンジはもっと驚いて肩を振るわせた。全く悪気は無かったのだろう。
「あ、すみません…あの脅かすつもりは無くてその…」
「……どうしてここに?」
突き放す気はないのに口調が無愛想になる。
シンジは少し萎縮したようになって、しかし、すぐまっすぐにこちらを見上げてきた。
「早く、会いたかったから」
待ちきれなくて、と小さく呟いて、顔を赤くした少年の頭を、リツコは抱きこんだ。
条件反射のように細い手が背に絡まってくる。服越しに伝わる体温と、擦り寄ってくる柔らかい猫っ毛が愛おしい。
「私もよ、シンジ君」
囁く声は自分でも信じられないほど甘かった
つづくかも