07/02/27 03:09:56 FPsz/NCb
なんの因果でこういう事になったのか、またしても俺は三年前という時空に身を投じる事態に見舞われた。
こういった事象は俺にしてみれば全て唐突であり、また今回のそれも例外ではなく、訳も解らぬまま敵国の捕虜さながらの連行によって、今この時空に放り込まれている。
短絡的かもしれんが、要するに俺の意見などお構いなしということだ。
まあ、かといって駄々っ子を試みたとか、別にそういうわけではない。むしろ朝比奈さんのお願いダーリン的なお誘いに、つい一言返事でホイホイ付いてきただけなんだが、そこは言葉の綾というやつだ。
そして予想はしていたが、訳が解っていないのは俺をここに連れてきたご本人様ですら同様らしく、俺は事情を知っているであろうフェロモンが幾分か上乗せされた別の出で立ちをしたご本人様の姿を探してキョロキョロしているのだった。
そうして二人して不審者ごっこにいそしむこと約数分。
やにわに取り出されたここら一帯の地図をかの3Dアートみたく凝視しているのは、そのご本人様。
俺はその真意を探るべく、傍らでそれを取り出した、もとい俺をここへ同行させたそのご本人様こと部室の大天使朝比奈さんに問い掛けてみる。
「どうしたんですか、その地図?」
そう言って俺も朝比奈さんに習い、地図を覗き込む。
「あ、はい。今朝ポストにこの地図が入ってて、この印の付いてある場所に行けっていう未来からの指令なんです」
竹ひごみたいに細く小さな御指が、うっすら滲んだ朱色印上に触れる。
そこに朝比奈さん大人バージョンが待ち構えているって寸法か。どうにも回りくどいやり方だな。
いや、待てよ。だとすればだな、今俺の傍らで地図と格闘中の方の朝比奈さんはどうするつもりだ?
前回はこちらが待つ側だった。だからこそ、よもやの不意打ちで眠らせることができたものの、今回はこちらが立ち後れなわけだ。
大小の両朝比奈さんが満を持してご対面なんてことになれば、それはかなりマズいんではないだろうか。
例えそんな、孔明のような軍師様をも唸らせる事態が発生したところで、こちとら事態の収拾はいざりの京参りである。
こんなすこぶる危険な賭けを任されたところで、俺じゃ間違いなく役不足ですよ朝比奈さん(大)。ハルウララを勝ち馬券に絡ませるのは、どんな名ジョッキーでも、ちと無理があるってもんだ。
まあ、杞憂だと信じよう。あのあらゆる箇所がビッグな方の朝比奈さんなら、そんな初歩的なミスに足を取られるとは考えにくい。隠れておくなり何なりで、どうとでもなりそうな感じもするしな。
ともかく、どうあれ今は行き先を地図上の印に委ねる以外なさそうだ。何かあったらあったで、またそん時考えりゃいい。
「あ、あれ? うーん、こっちなのかなぁ……。キョンくん、これこっちの方向で合ってます?」
頑張り過ぎが逆に仇となったのか、このお方は地図を南北逆にご覧になっていらっしゃる。その神々しいまでの取り違えっぷりが、これまた逆にこのお方の可憐で可愛らしい部分を存分に引き立てている。
「ふえっ……。ごごごめんなさいっ。やっぱり、キョンくんが地図持ってください……」
このまま放っておくと目的地に着く前に三年経って、自然と元の時間軸に戻ってしまいかねないので、俺は朝比奈さんから地図を受け取ることにした。
「さっき曲がったところが逆ですね。まあ、印のところにならこのままでも行けますから大丈夫ですよ」
「ふえぇ。ごめんなさい……」
しょんぼりと肩を落とした朝比奈さんという、いじましいまでに庇護欲を湧き立てる光景を視神経に伝わせながら、俺は地図を片手にいざ目的地へと足を進めていた。