【友達≦】幼馴染み萌えスレ11章【<恋人】at EROPARO
【友達≦】幼馴染み萌えスレ11章【<恋人】 - 暇つぶし2ch150:名無しさん@ピンキー
07/03/15 02:03:52 tn3FMg19
>>147
GJです!
ではこちらも投下します!

151:絆と想い 第8話
07/03/15 02:04:49 tn3FMg19
「っきしょー、寒くて仕方ねぇな……。」
そう言って正刻は布団をかぶり直した。

今は平日の午前中。本来なら学校へと行かねばならないのだが、風邪の症状があまりにもひどいため、流石に学校を休んでいるのだ。
熱は38度を超えており、汗を異常にかいているのに寒くてたまらない。薬は飲んだがまだ効いてきてはいないようだ。

「ったく……。こんなにひどく体調を崩したのはいつ以来だっけな……。」
熱で朦朧とした頭でそんなことを考える。正刻は元々体が丈夫な上に、体調管理をしっかりしていたために体調を崩すことは殆ど無かった
のだが、それ故に一度寝込むと悪化してしまうことが多かった。

「とにかく早く寝て回復しないと……。あいつらが心配しちまうからな……。」
そう言うと正刻は苦笑を浮かべた。
唯衣と舞衣には学校を休む旨をメールで伝えたのだが、二人とも心配して学校を休んで看病すると言い出したのだ。
「一応は腐れ縁の幼馴染だしね。あんたの世話を出来るのは私ぐらいのものだし……。それに、あんたが早く良くならないと、図書館の業務
 にも支障が出るでしょ? 言っとくけど、仕方なくだからね、仕方なく!!」
「君以上に大切なものなど私には存在しない! だから看病させてくれ! どうせこのままでは勉強など手がつかないし……。今すぐそちらへ
 行って私の肌で暖めてやろう!」

そう電話を寄こした二人に、気持ちは嬉しいが学校はサボるな、学校が終わったら看病に来てくれと正刻は伝えた。
二人とも大層不満そうではあったが、正刻の説得に不承不承といった様子で了解し、学校が終わったらすぐに来ると約束して電話を切った。

「全く、ありがたいんだか迷惑なんだかな……。」
そう言って少し笑うと、正刻はやがて眠りに落ちていった。





152:名無しさん@ピンキー
07/03/15 02:06:34 tn3FMg19
目を覚ますと、両親がいた。
自分はいつの間にか制服に着替えており、テーブルについていた。向かいには父が座っており、新聞を読んでいた。
と、横から料理を出す手が伸びた。見ると、母が料理を作り、運んでいる。目が合うと、母は優しく微笑んだ。
やがて料理が全て並び、皆で朝食をとった。他愛無い会話。どこにでもあるであろう日常的な光景。

ああ、幸せだ。

正刻はそう思った。そして同時に理解した。これは夢だと。もう自分が手にすることの出来ない、幸せな夢だと。

夢でも良い。少しでも長くこの幸せを感じていたい。
しかし、それも長くは続かない。
やがて朝食が終わると、父と母は立ち上がり、玄関へと歩いていく。
それなのに自分は椅子から立ち上がることが出来ない。出来るのは、ただ手を伸ばすことのみ。

待ってよ。俺を置いていかないでよ。もう一人ぼっちは嫌なんだよ。一緒にいてよ。一緒に連れてってよ……!

懸命に手を伸ばす。しかし届かない。やがて両親はどんどん小さくなって、見えなくなっていき……。

「父さん! 母さんッ!!」
喉を嗄らして叫ぶ。それと共に、どこからか、声も聞こえる。何だ? 誰だ? 邪魔するな、俺は今父さんと母さんを……!



153:名無しさん@ピンキー
07/03/15 02:07:13 tn3FMg19
「正刻! しっかりして正刻っ!!」
はっ、と正刻は目を覚ました。心配そうな顔をした唯衣がこちらを見下ろしている。見慣れた自分の部屋。時計を見ると、午後4時少し前だった。
「大丈夫? 凄くうなされてたけど……。」
そう聞いてくる唯衣に大丈夫だと答えて、正刻は深く溜息をついた。朝に比べれば体調はまだマシだったが、悪寒は収まっておらず、回復したとは
言えない状態であった。

「そういや舞衣はどうした?」
正刻は唯衣に尋ねた。朝の様子なら、授業が終わった瞬間に飛び出していそうなものだったが……。
「うん、生徒会でどうしても外せない用事が出来ちゃってね。あの子はサボろうとしたんだけど、そんなことしたら正刻が怒るって言って説得したの。」
「そっか……。ありがとうな唯衣。でも、お前も部活が……。」
「私の方は大丈夫。部長からちゃんと許可をもらってるから。」
「そっか……。すまないな、本当に……。」

そう言うと正刻は額の汗をぬぐった。汗をひどくかいている。正直気持ち悪かった。
「唯衣、悪いが着替えをとってくれないか?」
「うん、分かった。……はい、これで良い?」
そう言って唯衣は着替えを差し出した。ご丁寧にトランクスまで用意してある。
宮原姉妹は正刻の家に来て掃除や洗濯の手伝いをよくしていたので、この家のどこに何があるのかは大体把握しているのだ。

「ありがとな。早速使わせてもらうよ。」
そう言うと正刻は、パジャマのボタンを外し始めた。その様子に唯衣は顔を真っ赤にする。
「あ、あんたねぇ! 女の子の前で堂々と脱ぎ始めるんじゃないわよ!!」
「お、そうかすまん。じゃあ着替えるからちょっと部屋から出てってくれ。」
「遅いのよバカ!」
唯衣は肩を怒らせて部屋を出て行く。それを見届けた正刻は着替えを再開した。

「おーい、もう良いぞー。」
着替えを終えて布団にもぐった正刻は、唯衣に声をかける。唯衣はまだ顔を赤くしていた。
「何をそんなに照れてるんだ。俺の裸なんて見慣れてるだろうし大したもんでもないだろ。トランクスは平気なくせに。」
そう言う正刻に唯衣は猛然と噛み付いた。
「あんたと一緒にしないでよ! 女の子はデリケートなんだから!」

そんな唯衣に正刻は苦笑する。その様子を憮然とした顔で睨んでいた唯衣だったが、やがて少し表情を緩めて言った。
「正刻、お腹空いてない? 食欲があるなら何か作るけど?」
その提案に、正刻はほっとしたように答える。
「実は腹減りまくりなんだ。おかゆなんか食べたいな。」
「分かったわ。すぐに作ってくるからちょっと待ってなさい。」
そう言って唯衣は立ち上がった。正刻が脱いだパジャマやトランクスも持つ。それを見た正刻が慌てて言った。


154:名無しさん@ピンキー
07/03/15 02:08:04 tn3FMg19
「おい唯衣。それ汗が染み込んでて汚いから、持っていかなくても……。」
しかしそれを遮るようにして唯衣が言う。
「だから、よ。こんな汚いものを部屋に置きっぱなしじゃ病気も良くならないわよ。病人は大人しく、言うこと聞いてなさい?」
そう言って正刻に軽くデコピンをする。正刻は額を押さえてむー、と唸った。
「……分かった。じゃあ頼むな。」
「了解。じゃあゆっくり寝てなさい。」
そう言って唯衣は正刻の部屋を出る。少し歩いてふぅ、と溜息をついた。
ここまで具合の悪い正刻を見るのは久しぶりだったため、内心心配でたまらなかったのだが、それを表に出しては正刻を不安にさせるだけだと
思い、努めて普段どおりに振舞っていたのだ。しかも。

(父さん、母さんって呼んでたわよね……間違いなく……。)
そう、唯衣が合鍵(万が一の時のため、宮原姉妹は正刻からもらっていた)を使って正刻の家に入った時、
うなされるように両親を呼ぶ正刻の声が聞こえたのだ。
驚いた唯衣は急いで正刻の部屋に向かい、彼を起こした、というわけだ。

(やっぱり、まだ引きずってるんだね……無理もないけれど……。)
唯衣は正刻のパジャマをぎゅっと抱きしめた。彼の力になりたい。彼の悲しみを癒してあげたい。なのに自分は今一つ素直になれない。
そういった意味ではいつも自分の好意を素直に正刻にぶつけられる舞衣のことが、とても羨ましかった。

「私にも……あんな強さがあったら……。」
そう呟くと唯衣は、さらに正刻のパジャマを抱きしめる。すると。

「あ……。」
抱きしめたパジャマから、正刻の汗の匂いがした。かなりの量の汗をかいていたため匂いは結構きつかったが、唯衣にとってはとても良い匂いであった。
パジャマに顔を近づけ、その匂いを嗅ぐ。

「正刻……。正刻の匂いだ……。」
不思議な感覚だった。もし他の人間のものなら不快以外の何物でもないだろう。しかし、それが愛する人のものであるだけで、とても安心し、安らぎを
感じるとは。
と、しかしそこで唯衣は我に返った。顔が見る間に赤くなっていく。
「な、何やってんのよ私……! これじゃあまるっきり変態じゃない……!」
そう呟くと、唯衣はそそくさとパジャマを洗濯機に放り込み、おかゆを作るべく台所へと向かった。


155:名無しさん@ピンキー
07/03/15 02:08:45 tn3FMg19
「おまたせー。持ってきたわよ。」
その言葉に正刻はむっくりと上体を起こした。良い匂いが食欲を刺激する。
「あー、美味そうだな。早くくれよー。」
「慌てないの。ちょっと待っててねー。」
そう言うと唯衣はおかゆをスプーンで一さじすくうと、息を吹きかけて正刻へと差し出した。

「ほら。あーん。」
そう言って差し出されたおかゆと唯衣とを交互に見比べて、正刻は思わず訊いた。
「ゆ、唯衣? どうしたんだお前? 舞衣ならともかく、お前がこんなことするなんて……。」
すると唯衣は、顔を真っ赤にして言った。
「う、うるさいわね! 私だって好きでやってんじゃないわよ! ただ、あんたが食べにくいかもって思ったからやっただけで……。
 い、嫌なら良いわよ、別に……。」

そう言いながら唯衣は、こんな行為をしたことを後悔した。やっぱり自分にはこんなことは似合わないのだと。しかし。
ぱくり。差し出されたスプーンに正刻はかぶりついた。唖然とする唯衣を尻目にもぐもぐと咀嚼する。
「ま、正刻!?」
「うん、やっぱりお前の料理は美味いな。誰かに食べさせてもらうってのも、体が弱ってる時には良いな。……ほら、もっと食わせてくれ。」
あーんと口をあける正刻を見て、唯衣はほっとしたように笑い、言い訳や文句を言いながらも唯衣は楽しそうに正刻におかゆを食べさせた。

食事が済み、薬を飲むと正刻は再び横になった。唯衣はその傍らで本を読んでいる。静かな時間が流れていた。
と、その静寂を破るように、正刻が口を開いた。
「……唯衣。」
「……ん? なあに?」
「手を……握ってくれないか?」
突然の申し出に、唯衣は頭が真っ白になる。
「……駄目、か?」
いつもより弱弱しい様子の正刻の申し出を断れるはずもなく。唯衣は差し出された正刻の手をそっと握った。

「……どう? これで良い?」
「ああ、ありがとな。……やっぱり、お前の手は良いな。凄く落ち着くぜ。」
そう言って正刻はつないだ手にきゅっと力をこめた。唯衣は顔を赤くしながらも言った。
「な、何を言ってんのよ! 大体、特別だからね、今だけだからね!」
そう言う唯衣に苦笑しながら正刻は言った。
「特別、か……。じゃあ特別ついでに、少し話を聞いてくれよ。」
つないだ手に、更に力がこめられる。ただならぬ様子に、唯衣も真剣な顔になって頷いた。

それを見た正刻は天井を見上げ、淡々と話し始めた。
「今日、夢を見た。……父さんと母さんの夢だ。」
唯衣の肩がぴくり、と震えた。それに気づかず、正刻は続ける。
「俺と父さんと母さんとで朝食をとっている夢だ。話していることは、本当に……本当に他愛も無いことで、多分、どこにでもある日常
 って奴で……だけど、俺には、もう、二度と訪れない、得られない幸せで……。」
「…………。」
「だけど、朝食が終わったら父さんも母さんも俺を置いたままどこかに行こうとして……なのに俺は動けなくて……一生懸命手を伸ばしても、
 二人を呼んでも俺の元には戻ってくれなくて……そ、それで……俺……!」
気がつくと正刻は泣いていた。慌てて涙をぬぐう。
「す、すまねぇ。泣いちまうなんて、いい歳してみっともないよな。すま……」
正刻の謝罪は途中で遮られた。唯衣が正刻の頭を抱きしめたからだ。

「ゆ、唯衣!? 何だ、どうしたんだよ!?」
舞衣ほどではないが、それでもしっかりと膨らんだ胸に顔を埋める形になり、正刻は慌ててしまう。
そんな正刻の髪を撫でながら、唯衣は優しく囁いた。
「みっともなくなんかないよ。」
正刻は、ぴくり、と体を震わせた。唯衣は更に続ける。
「あんたが一人でずっと頑張ってきたこと、頑張ってること、私はちゃんと知ってるよ。私だけじゃなく、舞衣や鈴音、父さん、母さんもね。
 だから、こんな時くらい弱音を吐いたって良いんだよ。泣いたって良いんだよ。大丈夫、大丈夫だから……ね?」
そう言って正刻の髪を優しく撫ぜる。その優しい仕草に。抱きしめてくる体の温かさと柔らかさに。
正刻は言葉で言い表せない程の安らぎを感じ……そして。
「うっ……ぐっ……父さん……母さん……っ!!」
唯衣を力一杯抱きしめ返し。正刻はその胸で泣いた。ひたすらに。思い切り。子供のように泣きじゃくった

156:名無しさん@ピンキー
07/03/15 02:09:34 tn3FMg19
「……畜生。でかい借りを作っちまったな。」
ようやく泣きやんだ正刻は、バツの悪い表情で言った。ちなみに手はまだつながれている。
唯衣は微笑むと、囁くように言った。
「全くね。これでもうあんたは私に頭が上がらないわね。」
恨めしげな目線を向けてくる正刻に噴き出すと、唯衣は言った。

「……冗談よ。さっきのことは、私とあんただけの秘密ってことにしておいてあげるわよ。」
その言葉に心底安心したのか、正刻は欠伸を一つした。
「唯衣、すまねぇ。少し眠っても良いか?」
「いいよ。あんたが起きるまでここに居てあげるから……安心して眠りなさい。」
「あぁ……ありがとうな……。」
そう呟くと正刻は、ほどなく眠りに落ちていった。

規則正しい寝息を立て始めた正刻を、唯衣は愛しげにみつめた。
「でも、私があんな大胆なことするなんて……。」
そうして唯衣は、先ほどの行為を思い出した。泣いている正刻を見た瞬間、自然に体が動いたのだ。そしてそれは、決して嫌な感覚ではなかった。
自分の胸で泣きじゃくる正刻に、愛しさが溢れ出るのを押さえ切れなかった。

唯衣は正刻の顔を見つめる。大分楽になったのか、安らかな顔をしている。
唯衣はその横顔を眺めていたが……やがて一つ頷くと、自分の顔を近づけた。

正刻の額にかかった髪を軽く払いのけ、自分の髪も押さえる。そして、顔を……唇を近づける。やがて。

正刻の唇に、唯衣の唇が押し当てられた。
正刻の唇は熱のせいか、ひどく熱かった。しかし、その感触は大変心地よく、病み付きになりそうだった。
唯衣は二回、三回と唇を押し当てる。唇の間から、どちらのものとも分からない「ん……」という吐息が漏れ出る。

唯衣は正刻の顔を見下ろすと、くすり、と笑った。
「ふふ……正刻……。私のファーストキスをあげたんだから、ちゃんと責任とってよね……?」
眠っている正刻はそれでも何かを感じたのか、「うぅん……。」と寝返りをうつ。それを見て、唯衣はまた笑った。

その後、もう一回キスしようとしたところを帰宅した舞衣に見られて必死に弁明したり、その騒ぎで起きた正刻に舞衣が「唯衣だけずるい!
私もするぞ!」とキスをせまってアイアンクローをされたり、翌日全快した正刻とは裏腹に休むほどではないが風邪を引いてしまった唯衣を
舞衣がからかったりしたのだが、それはまた別のお話。









157:名無しさん@ピンキー
07/03/15 02:10:06 tn3FMg19
以上ですー。ではー。

158:名無しさん@ピンキー
07/03/15 02:26:27 k31tthhM
GJです!!

唯衣のかわいさに胸が締め付けられる~。

159:名無しさん@ピンキー
07/03/15 17:05:53 h6qQ8/ix
GJ!!
唯衣が舞衣より先にキスをするなんて・・・予想外だ!!
トリアエズ続きが気になる


160:名無しさん@ピンキー
07/03/16 00:58:14 EoWkctnl
GJです。

倉庫更新されましたね。

161:Sunday
07/03/18 02:14:25 ESCYU3ul

 落ち着いたように振舞っても、胸の中で脈打つ鼓動は、平静にはならなかった。どくんと
波打つ強い音が、耳の真横から聞こえてくるようで、今目の前にいる崇兄の顔を見つめる
余裕が持てなかった。

『じゃあ、な。元気でやれ』

 夢の中で呟かれた最後の言葉が、紗枝の身体の震えを加速させる。確かに、夢の出来事で
良かったと思う。それが分かった時、全身の力が抜けるくらいにホッとした。だけどそれが、
現実にならないという保障はどこにもないのだ。

「大事な……話なんだ」

 話をするようけしかけられ、重たくなってしまった唇を必死に動かし始める。漏れだす
気持ちを必死に抑えて、言葉を紡ごうとする。

 最初は昔のようにつまらないことで喧嘩していたのに、途端に変化していったあの様相は、
まるで上手くいかずにここまで来てしまった二人の関係を、あの一時に隙間無く締め固めた
ようだった。途中でつまらない意地を張ったものだから、興味を失われ彼も失ってしまった。
そしてそれは、現実でも同じ道を歩もうとしている。

「本当は……会いたくなかったんだろ…?」

 途中まで同じ道をなぞられたのだ。それが彼女には、どうしようもなく怖かった。

「……」
 彼は言い返してこない。否定もされない。
 
 本当は首を横に振って欲しかった。「そんなわけないだろ」と言って欲しかった。だけど、
そう言ってくれるわけないってことも分かっている。距離を置こう、そう言ってきたのは
崇兄のほうだから。
 実際、こうして久しぶりに彼と顔を合わせても、あまり歓迎されてる様子が無い。仕方ない
ことだけど、大好きな人にそんな顔をされるのがやっぱり悲しくて。

「どうして…あんなこと言ったんだよ」

 泣きそうになる気持ちを抑えようとすると、どうしても言葉が乱暴になってしまう。
 だけど、彼女はもう引かなかった。何よりも恐れる事態を、仮想の世界で味わってしまった
ことに、皮肉にも背中を押されてしまう。両手で、彼の片方の手のひらをぎゅっと握る。
夢の中で頭を撫でられたほうの手を、無意識におもむろに掴んでしまっていた。それは
口調とは裏腹な、縋りつくような弱々しい仕草だった。

「理由は…言わなくても分かるんじゃないか」
 振りほどかれることなく、だけど握り返されることもなく、答えが返ってくる。声にも
抑揚が無い。どうやらギリギリのところで気持ちを押さえ込んでいるのは、彼女だけじゃ
ないらしい。


162:Sunday
07/03/18 02:15:32 ESCYU3ul

「……」
「お前のほうが、分かってるんじゃないか」

 どうしてだろう。どうして崇兄がそんな声を出すんだろう。
 
 視線と同じように、言葉も気持ちもすれ違ってばっかりで。彼女は入り口側、彼は窓側に
首を僅かに捻らせてしまう。見たいけど、見れない。合わしたほうがいいのだろうけど、
合わせられない。余計なことを言って相手を不愉快にさせて、もう目の前でタバコを吸われたり
頭を撫でたりして欲しくないのだ。

「嫌じゃないのか」
 言われた瞬間、その時の一場面が脳裏に鮮明に浮かび上がってしまう。具体的なこと
なんて何一つそこには無かったけれど、それが何を指しているか、分からないはずもなくて。
それだけのことでビクリと緊張してしまう自分が、情けなくて腹立たしかった。

「お前は……辛くないのか」

 現実と夢が交錯する。彼の部屋にいるのかと思えば、背景が並木道に入れ替わったり、
何も無い真っ白な空間になってしまったり。台詞が被っただけなのに、強烈な既視感を
覚えてしまう。
 彼が、紗枝が今まで見ていた夢の内容なんて知るはずがない。言おうとしていることは、
何日か前に彼自身が犯した過失のことなのだろう。嫌だとか辛いだとか、自分を卑下する
その態度に、普段に無いその態度に、胸にちりちりとした違和感を覚える。

「確かに…辛かったけどさ」

 辛かったし、今も辛い。だけどここでこらえなければ、もっと辛い未来が待っている。
それが逆に、紗枝の心を強くさせる。彼女にとって一番辛いことは、隣に彼がいないこと
なのだから。
「一度誤解しちゃってたし…今度は信じようって思った矢先だったから……辛かったけどさ」
 もう一週間以上も前の出来事なのに、今でもはっきりと思い出せる、思い出したくない
最悪の現実。一度関係が終わってしまった時と同じくらいに、悲痛な気持ちを味わって
しまった認めたくない事実。あの出来事を、責め立てたい気持ちが無いわけじゃない。


「けど……崇兄と会えなくなるのは、もっと嫌だ」


 だけど、その度に胸に宿った想いはいつも同じで。実際顔を合わせれば、意地を張って
文句や嫌味が口をついて出てしまうのに、家に帰って一人部屋に戻れば、ベッドの上に
寝そべって、一緒に写った写真をじっと見つめ続けるという行為を繰り返し続けていた。
 一人になったら膝を抱えて後悔して。付き合い始めた頃はもう二度とやらないだろうと
思っていたその行為が、今日まで続いてしまっていることに、戸惑いは隠せなかった。
「嫌か」
「嫌だ」
 最後の一言を反芻されて、反芻し返す。いちいち迷っていたら、興味を失ったような
溜息を吐かれてしまいそうで、それが怖かった。何かを言うたびに相手の反応を待って
しまうのは、やっぱり別れを切り出されることが怖いのだ。

「けど…そういう時期も、前にあったろ」
「……」
 距離を置いたっていいじゃねえか。一度お互いに経験してるし問題ないだろ、そういう
ことを、彼は伝えたいんだろう。

 だけど当然、納得できない。こうして会えたのが、いつ以来のことだと思ってるんだろう。
こうして話をしているのが、いつ以来のことだと思ってるんだろう。


163:Sunday
07/03/18 02:17:20 ESCYU3ul

「あの時は…話をしないどころか、会うことさえ無かったわけだしな」
 なんでそんなに、時間と距離を挟みたがるんだろう。会うことも、話すことだってこうして
出来ているのに。
 それはもしかして、もしかしたら……

「ずっと傍にいたい、いて欲しいって思っちゃいけないの?」

 視界が揺れる。信じたくない、信じたくないけど、今までの結果は全て最悪な道筋を
通ってきた。引き裂かれるような痛みが、胸に大きなひびを作る。
 距離を置こう、時間を置こうって言ってるのは、あくまで傷つけないように仄めかした
建前で、本音は自分のことが鬱陶しくなって、もう別れたいんじゃないのかと悲観した考えが
頭にまとわりついてしまう。

バキリッ

「…!」
「そうじゃねえ…」
「……」
「俺が言いたいことは……そうじゃねえんだ」
 そんな思考を遮られるように、彼の口の中で大きな音が爆ぜる。舌の上で転がしていた
飴玉を、奥歯で一気に噛み砕いたようだ。バリボリと何度も音を立てていると、やがて喉を
動かして甘い欠片を一気に飲み込んでしまう。

「お前と別れたいとか、この関係を終わらせたいとか、そんなこと思ってるわけじゃない」

 そこで初めて、握りしめていた手に力を込められ握り返される。温かいはずなのに、
どこか冷たい。待ち望んでいた行為だったのに、頭の中が冷めてしまっている。それは
おそらく、これから彼が言おうとしていることに、不安が膨らんでいるからだ。
「お互い冷静になれてないし、このままだとこじれるだけと思ったからああ言ったんだよ」
「……」
「実際、今こうして話してても、俺の言いたいことが伝わってないみたいだしな…」
 飴玉を噛み砕いたのは、冷静になるためだったのか。それとも今言ったような不満が募って
爆発してしまったのか。
 だけど、真意が伝わってないのはこっちだって同じこと。気持ちをしっかり伝えたいのは、
こっちだって同じことなのだ。


「あたし達は…恋人同士の前に、幼なじみなんだよ?」


 揺れて歪み、曲がってくねる。震えて霞み、潤んで溜まる。

「……?」
 親友に言われるまで、ずっと忘れていた当たり前のこと。未だに顔は合わせられない。
だけど空気の震えが、彼の表情を教えてくれる。なんで今そんなことを言うんだ、そんな
感情が伝わってくる。

「あたしのこと……何年も付き合ってるんだから、分かってくれてるんだろ…?」

 八ヵ月前に、自分の気持ちの歯止めを取っ払ってしまった彼の言葉を、今この時になって
言い返す。
「それは…」
 
「どれだけの間…崇兄のことを好きだったと思ってるんだよ……」


164:Sunday
07/03/18 02:18:31 ESCYU3ul

 物心ついた時には、もう携えていた高鳴る想い。それは決して消え去ることなく、ずっと
重なり募り続けてきた。たとえ崇兄に、自分じゃない恋人が出来ても。逆に彼のことを
忘れようと、自分が他の人と付き合い始めても。どこがいいのかなんて分からない、相手が
彼じゃないとダメなんだというある意味理不尽なこの感情は、恋とも愛とも言えないもの
だった。

「崇兄があたしのこと、恋人として扱ってくれるのは凄く嬉しいって思う。けど、恋人と
しての役割だけなら、あたしじゃなくても出来るじゃないか」

 少しでも、彼の存在や時間を、他の人より独占したかった。

 家が離れ離れになっても、友達と遊ぶ時間を潰してまで彼に会いに行った、それが理由。

「だからあたしは……崇兄の全部がいい」

 大事にされたことなんて無かったから、大事にされようと努力した。

 性格を改善したり、似合ってると言われた髪形を続けてるのは、全部彼に意識してもらう為。

 恋人としてだけじゃなくて、幼なじみとしての役割も果たしたかった。今でもたまには、
妹のように甘やかして欲しかった。ワガママだと分かっていても、心臓を壊すこの気持ちを
止めることなんて出来ないし、逆らうことなんてもっと出来ない。
 それだけ、これまで生きてきた分と同じ年月を重ねた慕情は膨らんでしまっていて、
求めるものも増えてしまっていたのだ。

「確かに…さ。お互いすれ違ってて、上手くいかなくて、会えなかったりしたけどさ」

 信じられなかったのも、起こってしまったことも、それらはいくら目を背けても変わる
ことはない。

「けど、崇兄、言ってただろ。『お前のこと好きだ』って。『何度でも言える』って」
 
 そして夢の中の仮想世界も起こりえる、未来の可能性としてあり得ることなのだ。

 振って沸いて急激に強めていった想いと。そこにあるのが当たり前で、年齢の分だけ
胸のうちに携え続けてきた想い。

 これ以上傷つけたくなかったから、お互いに冷静にならないといけないと思ったからと
あくまで彼は言うけれど。彼女からすればそれは、別れ話にしか聞こえなかった。そこに
込められた意味がどうであれ、言葉そのままに傷つけられ、身体を貫かれてしまうのだ。


 幼なじみだから知っている。今村崇之という男は、性格や行動パターンは正確に見抜いて
はくるけれど、その時の気持ちまでは考えてくれないということを。
距離を置こう、そう言われた時に紗枝自身がどう感じるのか、それに気付いてはくれないのだ。
 
「崇兄はいいよ。あたしと別れても、しばらく経ったら他に好きな人作れるんだしさ」
 
「紗枝……」
 少し考えれば分かることだけど、崇兄のことだから考えようともしなかったに違いない。
ずっと嫉妬する気持ちを押し殺して、新しい彼女を紹介されるたびに笑顔で祝福せざるを
得なかったあの気持ちも、彼は知らないままに違いない。

「けど……だけどさ…」

 そして本当は、こんな汚いことを言う自分を見て欲しくなんかないのだ。


165:Sunday
07/03/18 02:19:41 ESCYU3ul



「あたし…あたしには……崇兄だけだもん…っ」



 それまでずっと乱暴な口調だったのが、途端に幼くなってしまう。

 お互いには当然のことだから、分からなくて当たり前なのだけど。彼女は彼以外の相手には、
決してそんな口調では話しかけなかった。それが隠そうとしても隠し切れないままだった、
彼女自身も気付いていない、何よりの気持ちの表れだった。

 夢であって欲しい、夢なのかもしれない。そんな現実を味わってきた。心細くなりそうな、
黄昏時の河原の傍で。人通りもまばらな、曇り空広がる駅前の交差点で。似ていて異なる、
だけど想いは真逆の二つの記憶。

 五ヶ月前、初めて秘め事を交わして手を繋いで帰路につく途中のこと。その時のことを
紗枝はよく覚えていない。

 覚えているのは唇に感じた初めての感覚と、心配をかけ続けた両親にひたすら謝り続けた
ことと、確信の持てない霞掛かった記憶だけ。ようやく元のカタチになって、更に想いが
叶った直後の帰路の途中。どんな会話をあの時交わしたのかまるで覚えてなくて、それを
思い出せないことが歯痒くて、だけど崇兄に聞くのは照れ臭くて。嬉しさよりも戸惑いが
勝っていたのも、片想いする期間が余りにも長かったからだった。一週間後の初デートの
時に彼が遅刻して腹を立てるまで、その夢心地には脚を突っ込んだままだった。

 優しくして欲しいのに、いざ優しくされたら戸惑うばっかり。からかったりされるのが
悔しくて普段から散々文句を言うのに、いざされなくなったらどことなく寂しかったり。
 
 恋人同士になって、初めて分かったことだった。声が聞ければ、話が出来たら、傍にいれたら。
その時間が長くなっただけでも、嬉しかったのだ。
 だけどそんな真っ白すぎる想いが相手の、崇兄の気持ちを裏切り続けたことに、自分では
気付けなかった。

「だから……やだ」
「……」
 声は完全に涙に覆われていた。その身体は、布団に横たわっていた時よりも随分小さく
なってしまったようにも思えて。

「……別れるとか…終わらせるとか、……そんなこと、考えたくない」

 ずっと手を握り続けていた両手が、沿うようにするすると身体を上っていく。そのまま
両肩口に恐る恐るもたれかかる。紗枝は膝を立て、崇兄は腰を下ろしたままで、普段とは
背の高さが逆のまま、そのまま自然と二人の距離が近づいていく。

「……」
「……っ」

 久しぶりの感触は、深くて、長くて、触れた箇所から脳の芯まで、全てが溶けてしまい
そうで。紗枝からするのも初めてで、それだけに余計に甘い痛みが走る。
「……お願い、崇兄」
 吐息を強く混じらせてしまいながら、頭の中で考える言葉と、実際に出る言葉が大きく
剥がれて離れてしまいながらもそっと呟く。
 この言葉を彼はどんな思いで聞いてるんだろう。言葉とは別の場所で、頭がそんな不安を
よぎらせる。


166:Sunday
07/03/18 02:21:20 ESCYU3ul

「もう構ってくれなくてもいいから…いくらでも浮気したっていいから……」
 震える髪の毛、漏れる嗚咽。それが伝わるのが、どうしようもなく切なかった。


「だから……そんなこと…言わない…で……」


 好きでいるのが当たり前だった人。
 何をしても何をされても、それを全て大切な想い出にしてくれた人。
 長い年月をかけてゴールして、新たにスタートしたかけがえのない気持ち。それだけは、
その気持ちを向ける本人自身が相手だとしても、変えることも譲ることも出来なかった。
「……」
 歪んでしまった視界に、歪んだ表情の崇兄が映る。その顔が、黙ったまま見上げてくる。
自分の気持ちで精一杯だった彼女には、それがどういう表情なのか、もう分からなくなって
しまっていた。

「そんなこと、言わなくていい」
 
 燻る不安を掬い取られて、彼にひどく穏やかな声で言葉を返される。静かに背中に手を
回され、抱き留められ力を込められると、少し隙間の空いていた距離が零になる。
「悪いのは俺だ。それなのに、お前が折れることない」
「……」
 怖がってしまったのは、直前に見た夢のせいでもあった。されたこともないくらいの
冷たい態度に打ちのめされ、目覚めてもすぐ傍に崇兄がいて、明確な夢と現の境界線を
引くことが出来なかった。だから、どうしても素直に顔を合わせることが出来なくて、
今度は思わず目を瞑ってしまう。

「ごめんな、紗枝」

「え…」
 すると、謝られてしまう。こんなこと、今まで一度も無かった。
「こっそり他の女と会って、約束すっぽかして、それでお前とは会わない方がいいとか、
自分でも最悪なことばっかやってると思ってる」
 背中に感じていた手の平の感覚が段々と下がっていき、やがて無くなってしまう。

「正直……お前に三行半を突きつけられても仕方が無いことだと思ってる」

「……」
 今までに無い態度と彼の言葉に、ようやく気付いたのだった。

(崇兄……あたしが別れ話をしに来たと思ってるんだ)

 本当のことを、本心を言って欲しい。そういった言外に込められた意味を、感じ取る。
彼は紗枝が今まで言い放った言葉を、まだ信じていないのだ。自分自身が、どれだけ
彼女から愛されているか、分かっていないのだ。

「本当の…ことなら……もう言ったよ…?」

 そこでようやく、その目を怖がることなくしっかりと見据えられる。すると崇兄の眉間のが
ぴくりと僅かに反応した。首の後ろにしゅるりと腕ごと手を回してしがみつくと、もう一度、
今度はさっきよりも短く、だけど深くつがわせる。

「あたしが好きなのは……崇兄…だけだよ…?」

 嘘じゃない、ほんとの気持ち。今だけじゃなくて、ずっと変わらなかった正直な気持ち。
 そのまま彼の頭をぎゅっと掻き抱く。今までに無かった気持ちが背中を押してくれるのか、
兄妹という枠から逸脱した仕草を、ごく自然にとってしまう。


167:Sunday
07/03/18 02:22:37 ESCYU3ul

「……」
 黙ったまま、されるがままの頭を、生まれて初めてくしゃりと撫でる。それは夢の中で
された、仕返しという意味もあった。
「……いいのか、それで。…後悔するかもしれんぞ」
「しないよ。崇兄なら……後悔なんてしない」
 もう一度同じ質問を問いかけられるけど、もう迷わなかった。間髪入れずに、言葉を返す。
「…そか」
 そしてまた、大事な物を胸の中に収めるように、ギュッと抱き締めなおす。
「あたしが好きだったのは崇兄だけだし……これからも…そうだもん」
「……そか」
 全く同じ抑揚の応答だったけど。二度目の反応は、一度目より少し遅れていて。それが
少し、可愛くて。腕が勝手に力を込める。
 すると。

「はー……っ」

 疲れきったような、全てを吐き出すような溜息が、胸元をなぞってくる。
弱さを見せた彼の声は既に知っていたけど、姿を見るのは初めてだった。

「あ~~~……っ、良かった」

 声が掠れきっていたのは、そこに溜息が強く混じっていたからなのか。肩口にぐったりと
頭をもたれさせてきながら、また背中に腕を回してくる。張り詰めていた糸が全部一気に
切れてしまったかのように、その身体から力が抜けていく。


「本当に"別れよう"って言われたら、どうしようかと思ってた」


 ……

「……ずっと?」
「ずっと」
「…ほんとに?」
「ほんとに」
 同じ言葉が、イントネーションだけ変わって、インターバルを置くことも無く返ってきて。
「……」
 自分にもたれかかって後頭部しか見えないけれど、今どんな表情をしているのか無性に
見たくなってしまう。だけどそんなことすればひねくれてる彼のこと、ぶすくれだって
途端に機嫌を悪くするに決まってる。
 だから、やらない。もうちょっとだけでいいから、こんな崇兄を見ていたかった。

「あたしも…崇兄に嫌われたんじゃなくて良かった」

 代わりに、今の素直な気持ちを、そのまま口にする。
「……ごめんな、紗枝」
 すると彼の頭が少し動いて、微かな吐息でさえ届きそうな距離から、真っ直ぐと見つめ
返してきた。
「もうお前に、寂しい思いさせないから」
 声はもう掠れてはいなくて。彼の顔を見つめ返していると、何故かまたさっきまでとは
違う理由で涙腺が緩みだす。

「俺もお前を、嫌いになるなんてことないから」

「……」
 ずくぅ、と胸が強く疼く。ここまで強く、大事に想われてただなんて知らなかった。
「それに悪いのは全部、俺だしな…」


168:Sunday
07/03/18 02:24:14 ESCYU3ul

 ……

 そして今の言葉に、違和感を覚えた。
「それは……違うんじゃ…ないかな」
「…?」
 だから、反発する。

 やっぱり、彼が浮気をしたのは自分の態度が原因だったって気付いたから。真っ白すぎる
思いばかりを大事にしすぎていて、相手のことなんてまるで考えられなくなっていたから。
そしてそれを自分一人で気付くことができなかったのも、本当に申し訳なかった。

「あたしも…前と同じで、さ。……崇兄に悪いこと…しちゃったし」
「何言ってんだよ、お前は別に…」
「だって」
 反論しようとした彼の言葉を、ぴしゃりと遮る。

「だって…崇兄が何もしてこなかったのは、あたしのこと考えててくれたからでしょ?」

 彼の本心を知った今だから分かること。今の本当の距離感が分かったから言えること。
「あたしがこういうことに慣れてないから…ペースあわせてくれて我慢してくれて……
それで我慢できなくなって、浮気しちゃったんでしょ?」
 言うと同時に、バツが悪かったのか決して口にしなかった本心を言い当てられたのか、
崇兄はふいと顔を逸らしてしまう。
「……まあ、な」
「でしょ?」
 全ての責任を大好きな人になすりつけるなんてことを、したくはなかった。そんなことを
したくない相手だから、いちばん大好きな人なのだ。

「同じくらい、お互い問題があったなら、なのに崇兄が謝ってくれるなら…あたしも何か、
しなくちゃいけないと思うんだ」

「……」
 そんな様子に愛しさを募らせながら、自分がどうしたいかをしっかりと伝える。意見や
気持ちをしっかりと言わなかったから、すれ違ってしまってたわけだから。
「崇兄は…どうしたらいいと思う?」
 だけど具体的に何をすれば良いかが分からなくて、相手にそれを尋ねてしまう。

「……」
「……崇兄?」
 すると、それまでずっとぐったりとしていた彼の身体が、ふいに軽くなった。背中に
回されていた両腕も即座に動いて、右腕で右肩を力強く肩を抱かれてしまう。そのせいで
しっかりと正面を向き合っていた身体は、横向きに変わってしまった。残っていた左腕は、
両膝の裏に通され太腿をやんわりと包まれる。

「わ……え…っと」

 分かりやすく言えば、お互いに尻餅をついている状態のまま、お姫様抱っこをされて
しまったのだった。

 脚を掬われたことで唯一不安定に床と接していたお尻の周りも、あぐらを掻いていた
彼の両脚にしっかり包まれてしまって、自由に身体を動かせなくなってしまう。不安定に
なってしまった体勢をどうにかしようとして、比較的自由に動かせる右手を崇兄の胸元に
添わせてしまう。


169:Sunday
07/03/18 02:25:58 ESCYU3ul

「…お前さ」
「……?」
 随分と緊張しているような面持ちだった。それがどうしてなのか、紗枝には分からない。
「自分がどういうこと言ってるか…分かってるか?」
 途端に声色が変化する。すると急に、顔の周りの空気が張り詰めた。
「え…」
「この状況でンなこと言ったら、俺がどういうこと言うかくらい…分かるだろ」
 体勢が変わってしまったことで、ずっと密着していた身体に若干の距離ができてしまう。
それがちょっとだけ不満でもう一度その距離を埋めたいと思ってしまうものの、がっちりと
抱き止められてしまっていて、上手く体勢を変えることが出来ない。

「あ…」

 だから思わず、また彼の顔を見つめ返してしまう。

 いつもいつも、真面目な顔なんて見せてくれなかった。それは裏を返せば、それだけ
甘やかされてるということだったんだろうけど、それが嫌だったわけじゃないんだけど。
やっぱり、いちばん大好きな人のいろんな表情を見たいと思ってしまうのは、当然の話な
わけで。
 
 見たい見たいと、願い続けていたわけじゃないけれど。幼なじみだった自分には、一度
だって覗かせてくれなかったその表情を、自分じゃない違う女の子に振り撒いているのを
見てしまった時。泣きたくなるくらいに、心はいつも燻りちりついていた。

 だから。

 だけど。 

 この場で一体、何度目の「初めて」なのだろう。


 崇之が見せた、何事にも迷わず惑わされないような、ひねくれた男の真っ正直な表情は。
彼が異性を求める時にだけ垣間見せるものなのだと、紗枝はその時知ったのだった。


「…ぇ…ぅ……」
 崇兄の言った台詞に、具体的なことを表す言葉は何一つなかったけれど。それでも、
何を言おうとしているのか、分かってしまって。
 たじろがずにはいられなかった。それを彼がこの状況で敢えて言ったということが、
どういうことなのか。他に理由が見つけられなかった。

「…えと……ぅ…」

 声を、鼓動がかき消してしまう。自分の身体全体が、一つの心臓になってしまったんじゃ
ないかと錯覚してしまうくらいに、その音は大きくなってしまう。

「さっき、俺が相手なら後悔しないって言ったもんな」
「それは! その…それは……ぁぅ…」

 また段々と崇兄の顔が近づいてきて、ごちりと額を当てられると、それに併せて口調も
たどたどしくなって、声も小さくなってしまう。この距離で彼の顔を見つめるのは、本当に
心臓に悪い。
 六畳はある部屋なのに、狭い狭いダンボールに二人で閉じ込められたような錯覚を覚える。
その異常なまでの閉塞感が、紗枝の頭から身体を離すという選択肢を奪い取ってしまう。


170:Sunday
07/03/18 02:27:18 ESCYU3ul

「わっ、分かんないよ」
「んー?」

「その、あたしが言ってることは、そのままで、別に、ほ、他に、意味なんて無いってば」
 イヤだとか、ダメだとか、そういう言葉をせっかくのこの場この瞬間に使いたくなくて。
バレバレなのは自分でも分かっていても、とぼけた振りをしてその追求から逃げ出そうと
してしまう。
「ほんとかぁ?」
「だよっ」
「ほんとにぃ?」
「だから、そう言ってるだろっ」
「…そか」
 売り言葉に買い言葉ってわけじゃないのだが、分かりきった嘘に付き合ってくれる彼の
優しさに甘えてしまって、そのまま今の言葉を突き通そうとしてしまう。
 やっぱりどれだけ想いが強くても、長い時間かけて変えることもできず培ってしまった
性格は、上手く抑え込むが出来ない。
 そしてそう口走ってしまった直後に、またほんの少しだけ後悔を募らせてしまう。
「じゃあ、そろそろ離してもいいか?」
「え…?」


「正直、これ以上抱きしめてたら、自信無い」


「……」
 耳の皮膚が勝手にうごめく。大した運動じゃないのに、それがものすごく熱い。
 
 勇気を振り絞ってここまで来たけれど、紗枝の頭の中には、今以上のことをしようなんて
考えは存在していなかった。仲直りできて、また崇兄にこうして抱き留められるだけで、
十分嬉しかった。
 
 長い長い片想いをしていた頃は、時折彼とのそういったことを想像したりはしていた。
とはいってもその様子は、あまりにもぼやけてて、あまりにも断片的だったわけだけど。
 だけど晴れて恋人同士になれてからは、付き合うという事実だけで満足してしまって、
自然と考えなくなっていた。
「……」
 そういうのが苦手だったっていう理由もあるけれど、やっぱり嬉しかったから。あの時は、
崇兄の時間を今まで以上に一人で占領出来るようになった事が、何よりも嬉しかったから。
彼女の恋愛には刹那の秘め事の先は無く、そこで終わりだったのだ。

 そしてそれが、真っ白すぎた想いを生んでしまったわけだが。

「だから、な? 離すぞ」
 その言葉と共に、彼はかち合わせていた額を離す。身体が急に、寒くなる。
「……」
 寂しがりやっていう性格もあった。それだけに、お互いの距離を零にしてしまう行為が、
何よりも好きになってしまっていた。
 
 終わりかけた状態からまた、一番幸せな状態に舞い戻れたのだ。仲がこじれてしまった
ことで足りなくなってしまった時間を、そうすることで埋め合わせていたかった。まだまだ、
彼との距離を狭めていたかった。


ぎゅっ


 それで例え、終わりの先を知ることになっても。



171:Sunday
07/03/18 02:30:05 ESCYU3ul

「……紗枝?」
「…崇兄……」
 肩に頭をもたれさせたまま、添わせていた右手に力を込める。彼の服の胸元の部分を、
皺が走るくらいに強く握り締めてしまう。
 
 それに、あの、あの崇兄が謝ってくれたのだから。自分も何かしなくちゃいけないという
気持ちも未だ胸に在り続けている。そのどちらもが、心の底からの本心だった。

「一つ……お願いしていい…?」
「……何だ?」
 聞き返してくる声があまりにも優しくて、それだけで涙が出そうになる。

「……」
 物凄く息苦しくなって、呼吸の仕方を再確認してしまうくらいに気が動転してしまう。
水に潜ったわけじゃないのにこんなにも息が乱れてしまうのは、それだけ気持ちが精一杯
だという証明だった。



「今までで…一番……優しくしてくれる…?」



 自分がそういうことをしたいとか、そんな風に思われたくなくて。言い慣れない台詞に、
顔から火が出るくらいの恥ずかしさを覚えて、完全に瞳が潤んでしまう。
 彼の顔を見れなくなったわけじゃなくて。今度は、自分のそんな表情を見られたくなくて、
また俯いてしまった。

「……」
 視界から彼の顔を外す直前、ひどく驚いた表情だったのが見える。肩を抱く手の力が、
またほんの少しだけ強くなった。

「……だめ…?」

 答えが返ってこなくて、自分の胸元を見ながら不安な気持ちに襲われる。
気付くと、額が撫でられるように手の平で覆われていて、そのままくっと力を込められる。
顔の向きを動かされて、今度は強制的に瞳をかち合わせてしまう。かろうじて収まって
くれていた、そしてまた急速に縁に溜まり始めた瞳の雫。それがその瞬間、音を立てずに
零れ落ちて、すらりと流線を描いていく。
 また目を逸らしたいのに手が額を離れてくれなくて、それが出来ない。

 雰囲気はもう移ろい終えて、気持ちも切り替わってしまっていて。

 問いかけに、首を縦に振ってもらうだけじゃ駄目だった。

 もし彼が嬉しさのあまり、いつものように茶化してきたりでもしたら、きっとそれだけで
泣きじゃくってしまう。そうなった時の顔を、もう見られたくなんかないのに。強くなったと
思われたいから、また自分の弱さを曝け出してしまうことが、怖かった。

「……いや…」
 だけど彼は幼なじみだから。生まれてから今まで、ずっと一緒にいてくれた人だから。
そして物心ついた時から、いちばん大事で大好きな人だから。


「ちゃんと優しく…してやる」


 そんな気持ちを、ちゃんと分かってくれていて。


172:Sunday
07/03/18 02:30:55 ESCYU3ul

 

「一番優しく……してやる」


 額を抑えつけていた手が、耳と輪郭と顎をなぞりながら離れていく。
 その時彼がフッと微かに笑顔を見せたのは、無理をしてくれた彼女の気持ちが、純粋に
嬉しかったのだろう。
「……ほんと…?」
「ほんとだ」
 何度目の確認になるのだろう。何度目の切り返しなのだろう。そんなこと、もう分からない。
 
 乾いたはずの、抑え込んだはずの感情がまたしても沸き上がってくる。そして今度は、
こらえることが出来なかった。
「うっ……ひぅぅ…」
「……」
 ああ、イヤだ。結局泣いてしまった。笑った表情の彼は、きゅっと抱き締めてくる。
ぐすぐすと啜ってしまう鼻の音が、余計に恥ずかしかった。

「うっ…うぅ~~~~~」

 幸せなはずなのに、嬉しいはずなのに、どうして涙が出るんだろう。それだけじゃなくて、
どうして声まで漏らしてしまうんだろう。
「俺は……お前を泣かせてばっかりだな」
 そう言うと、彼はまた少しだけ困った表情の顔を近づけてくる。密接した身体を一度
離すのが嫌みたいで、背中をゆっくりと擦られる。
「ごめん…崇兄、ごめんなさい……」
「いいから」
 こんな時に泣いちゃってごめんね、折角なのに悲しんでるみたいでごめんね。情けなくて
恥ずかしくてついつい謝ってしまうけれど、すぐに許されてしまう。
「お前が強くなったってことは……ちゃんと分かってる」
「……ひっく……ひぅ…」
 その言葉に、赤くなってしまった目で、くしゃくしゃになった視界のまま、彼の顔を
見つめ返す。
 
 じゃあ、あたしこのまま泣いてていいの?

 もう、我慢しなくていいの?

 表情だけでそう訴えると、崇兄は微かに歯を零した笑みを浮かべて、首を少しだけ縦に
振ってくれる。
「……っ」
 釣られるように、顔が更に歪んでしまう。
 
 やっとの思いで到達できた、取り戻すことの出来た、五ヶ月前のあの頃の想い。

 やっと手に入れることのできた、そこから先に進む、欲にまみれた純粋な気持ち。

 数日前、彼の浮気現場を目撃してからずっと襲われ続けてきた感情に、紗枝はようやく
解放される。
 
そして、この場で三度目となる感覚を。触れた箇所から頭の芯まで、全てが溶けてしまい
そうな感触を覚えるのだった―――




173:Sunday
07/03/18 02:36:53 ESCYU3ul
|ω・`) ……



   _、_
| ,_ノ` ) 毎回渋茶を出すのもアレだから砂糖を混ぜてみた   



   _、_
| ,_ノ` )b ……味は保障しないぜ  



  サッ
|彡



174:名無しさん@ピンキー
07/03/18 02:55:41 7bm8jomc
>173
この砂糖入りの茶は最高だったぞ。
もちろんオカワリはあるんだろ。

175:名無しさん@ピンキー
07/03/18 10:34:44 V5hFYL+n
お、お代わりを……
甘かろうが、水っぽかろうが構わないから
干からびる前に頼む

176:名無しさん@ピンキー
07/03/18 12:04:04 9UNv75iO
この惑星の砂糖入り渋茶は……泣ける。

177:名無しさん@ピンキー
07/03/19 00:50:50 3rhoR0iB
更にこのスレを探索中。

178:名無しさん@ピンキー
07/03/19 02:36:23 XS/y8meP
甘い茶は好きだ…悪くないぜ。
オカワリだ!!!

179:名無しさん@ピンキー
07/03/19 13:54:02 EXv3m4xh
>>173うまかったぜ・・・。
名作をありがとな。おかわりをずっと全裸で待ってる

180:優し過ぎる想い
07/03/22 00:30:15 mLK5q/wJ
「な、なんで?」
私はやっとその一声を搾り出す。
「あのさ、もうこういう関係やめよう。普通の友達としていよう。おかしいよこんなの。」
「なんで?」
私には意味が解らなかった。
私は遼君のことが大好きで、この前遼君も私のことが好きだ、と言ってくれたのになんで?
「遼君なんで?私の事嫌い?この前、私の事好きって言ってくれたよね、あれは本当だよね?」
「葵の事は大好きだよ。
でも・・・」
「でも何?嫌いなら嫌いって言ってよ、好きって言われて・・・でも離れようなんて言われても解らないよ。遼君お願いだから、そんな事言わないで。やだよ。お願いだから・・・」
私はいつの間にか泣き出していた。
ヒック・・・ウエッグ
私のしゃくり上げる声だけが部屋にこだまする。
「うるさいよ。そうだよ僕は君のことが…嫌いだ。だからもう、来るな。」
私は崩れ落ちそうになった。
でもそれをなんとか耐えて病室の外に出る。
もう理性はなかった。
外に出た瞬間にへたりこむ。
「遼君酷いよ。」
私はそんな事を呟き呆然と何処かを見つめる。


…ごめん、本当に…でもこうするしか……

181:優し過ぎる想い
07/03/22 00:31:54 mLK5q/wJ
どこからか泣き声混じりの言葉が聞こえてくる。
それに気付いては、いた。
でもそれを気にする余裕は私にはなかった。

その後私は抜け殻のように家に帰り。
次の朝学校に行った。
そしてそのまま授業を受けた。

何も考えずに、ただ遼君の事だけを想い・・・

「岩松?おーい、生きてるか~い。」
誰かが私を呼んでる。
反応したくない。
私の世界の中にいたい。でも変に思われちゃう。答えなきゃ。
「うん。大丈夫だよ。高瀬君。」
「ま~たまた~ご冗談を。」
「さっきからず~っと、何かに悩んでるしょっ。」
「いや、別に。遼君に嫌いだから来るなって言われただけ。」
なんで私は?
私自身のことなのに、私が不思議に思う。

「はぁ?安井がそんな事言うはずないんだけど?あいつ岩松にベタ惚れだし。」
「言ったよ。だからもう遼君の所に行けないの。ただそれだけの事。」

「岩松~大丈夫だよ。心配するな、安井の気の迷いだって。今日行って確かめてやるよ。」

182:優し過ぎる想い
07/03/22 00:32:52 mLK5q/wJ
なんで私は言わないんだろう。
こうまで言ってくれてる高瀬君にこうなってしまった事情を何一つ言おうとしない。
親身になってくれてる高瀬君に説明した方が良いのは解ってるのに。
怒られるのが恐くて、見捨てられるのが嫌で、それを言えない。
最悪だ
「うん、わかった。ありがとう。」
言ったものの、私には恐怖しか残っていない。
これで遼君に次いで高瀬君もいなくなっちゃった。
誰でもあの事を知ったら、私を軽蔑する。

「じゃあな~。結果、電話するからな。」
私は高瀬君を見送りそのまま家に帰る。

帰りながら、また物想いに耽る。

皆良い人ばっかりだ。
人が学校に来なかったからって倒れるまで私の事心配してくれる人。

息子がここにいる女に傷つけられてるのに全く怒らない親。

人が悩んでいるからと、頼んでもいないのに、その解決に乗り出してくれる人。

183:優し過ぎる想い
07/03/22 00:36:00 mLK5q/wJ
本当に皆良い人。
それに比べて私は・・・

私は家で電話を待つ。
罵られるだけと理性では解っているのに、感情が期待を持って待っていた。

プルプルプル
電話がなる。

手が出ない。

取りたいのに取れない。こんなところでも期待と恐怖。感情と理性がせめぎあう。

プルプルプル
プルプルプル

でも取らなきゃ、高瀬君への裏切りだ。
そう覚悟し受話器を取る。

「はい、もしもし。岩松です。」
「もしもし岩松さん?高瀬だけど今大丈夫?」
私は開口一番で怒られなかった事に少し安心し応答する。
「うん。大丈夫だよ。」
「ちょっと悪いんだけど出てこれる?」
私は時計を見る。
8:30、ちょっと遅いけど説明すれば出してもらえる時間だろう。
「うん、行けるよ。どこ?」
「有り難い。電話じゃ話しにくいんだ、八幡で。」
「わかった。」

184:優し過ぎる想い
07/03/22 00:37:00 mLK5q/wJ
私は電話を切るとコートを羽織ってお父さんの部屋に行く。

コンコン

「お父さん、入るね。」
「おう。どうした?」
「ちょっと出掛けて来て良い?」
言った途端お父さんの目が厳しくなる。
まぁ当然。
前科持ちだし。
「なぜだ?」
「今は言えない。でもお願い。」
私は正直に言った。
お父さんの目の前に立つとごまかしは言えないし、ごまかす気もない。
でも事情を全て話す気にもならない。
いや話したくない。
「ちゃんと、帰って来るんだろうな?」
「うん。大丈夫。」
「わかった。この前とこれで二つ貸しだぞ。」
「ありがとうございます。いつかきちんと話すよ。」
「まぁ遼太君との結婚式で聞かせてもらうさ。」
お父さんはそういって茶化した。
逆に私は遼君と結婚という単語に反応して、顔が真っ赤になっていく。

でも、有り得ない未来だ。
その事が、私を冷やす。
「そんなこと・・・有り得ないよ。」
「ふぅ。悩んでるねぇ。早く行きなさい。ちゃんと帰ってくるんだぞ。」
「はい。じゃ行ってきます。」

私は家を出て八幡に行く。
また八幡だ。
今度は何があるんだろう。
私の心から恐怖は消えていた。

勇気という名の覚悟をもって、私は行く。

185:優し過ぎる想い
07/03/22 00:38:18 mLK5q/wJ
また遼君と沢山笑っていたあの時期に戻りたい。
心の中の何処かにそんな想いを持って。


高瀬君はもう来ていた。
「こんばんは。高瀬君、速いね。」
「レディーを待たすのは趣味ではございませんから、岩松様。」
「やめてよ高瀬君。」
私は冷たくそう言い放つ。
「やれやれ、尖ってるねぇ。」
「え?」
「安井が倒れてから、岩松すごく恐くなってるよ。」
「い、いや、そんなこと・・・ないよ。」
「しかし怒るは罵るはで最悪だなあいつ。」
「ちがう!遼君は悪くない!悪いのは私!」
高瀬君が遼君の事を誤解してる。遼君がああなっちゃったのは私のせい。
早く誤解を解かなきゃと強い口調になる。

「岩松、落ち着いて俺の話を聴いて。これからわかったつもりで話すから。ok?」
そして高瀬君は私に覚悟を求める。
決意はできていた。
「うん。」

186:優し過ぎる想い
07/03/22 00:40:19 mLK5q/wJ
「まず、君は安井の事が好きだった。
で安井も君の事が好きだった。
これは間違いない。
普通ならこのまま両想いで付き合うんだろうけど、安井は自分の価値を見誤っていた。
自分は岩松に釣り合わないとでも想ったんだろうな。
だから好きなのに告白しなかったんだ。
まぁフラれて、疎遠になるくらいなら今程度の親密さでも良いという逃げだな。
で気付いていたのか、いなかったのか知らないけど、岩松は岩松で告白しようとしたんだな。
で何かしらの誤解が有って、告白を失敗したように感じたのかな?
でそれに傷つき、学校に来なかったと。
で責任を感じた安井は、君を探そうと無理をして倒れた。
そして岩松は安井が倒れたのは自分のせいだと責任を感じて悩んでいる。
で安井は安井で岩松に迷惑をかけたと悩んで手が出せなくなっている。
これが君達の大誤解のプロセスだ。
まぁ一歩引いて全体を考えてみることだ。
後は逃げない事ね。
まぁここまでは元々相思相愛なんだし誤解さえ解ければうまく回るでしょ。で問題はここからだ。」
「ちょっと待って。じゃあ悪いのはどっちなの?」

187:優し過ぎる想い
07/03/22 00:42:14 mLK5q/wJ
「だからどっちも悪くないって。君達の引っ込み思案から起きた誤解だから、一歩踏み込めば氷解する。間違いない!」
「でも遼君、私の事嫌いって。もう来るなって」
「問題はそこなんだよね。今日、あいつの所に行ってこの話して来たんだけど、話はちゃんと聞く癖に、終わった途端いきなり怒り始めるの。意味不明なんだよな。」
「高瀬君も嫌いって言われたの?」
「言われた。あいつお見舞いに来てくれた人全員にそんなこと言ってるみたいなんだよね。」
明らかにおかしい。
遼君は理由もないのに人を怒ったりしない。それに遼君が人を罵ったところなんて見たこともない。
もともとすごく優しい人で他人第一の人なのに。
いきなり罵るなんて事を不特定多数の人にやり始めるなんて。
「あいつ最近すごい評判悪いぜ。まぁお見舞いに行ったら、いきなり怒られるんだもんな。でも回りを全員敵にして何をするつもりなんだ?」
私には全てが初耳だった。
そんなに前から面会できたこと。
クラスの中でそんなに遼君の評判が悪くなってること。
そして遼君が皆にそんな事をしていること。

やっぱり、私のせい?

「ねぇ、何で遼君はそんなことしてるの?」

188:優し過ぎる想い
07/03/22 00:44:54 mLK5q/wJ
「う~ん。知らない!」
「し、知らないって。」
「つっても、あいつは人の事、理由もなく罵れる奴でもないしね。」
「じゃあ、なにか理由が?」
「そこは、恋人が調べるとこ。明日もう一回行ってみな。」
さらっと、彼はそう言った。
「い、いや。遼君がもう来るなって。」
私の中を恐怖が走り怯える。
もう遼君に嫌われたくない。
「辛いのはわかるけどさ、もう一回だけ、ね?」
「やだ・・・やだやだやだやだ。」
私の心は怯えで塗り潰されていた。
「落ち着け!辛いのはわかる。君を傷つけたのは、確かに安井だ。でも一回だけ行ってくれ。今あいつを救えるのは君しかいないんだよ。」
「私しか?」
「そう、君しか。次行った時も、多分安井は岩松を罵る。でもその時に、負けずに彼を看てあげてほしい。残念だけど、俺には何かがあるって事しか判らなかった。でも君なら。」

私の中でまた感情と理性が闘う。
遼君の所に行くべきか、行かないべきか。
私はどうする「あと一つだけ。今、一番つらいのは安井だよ。」


私は何を怯んでいたんだろう。
そう。一番辛いのは遼君なのだ。
それなのに私は自分の事で悩んでしまい、遼君の所まで考えが及んでいなかった。

189:優し過ぎる想い
07/03/22 00:45:46 mLK5q/wJ
遼君を助けなきゃ。

私は言う
「うん。明日行ってみるよ」
「よかった。やっと目に力が戻って来たね。それじゃ安井のことは頼んだよ。」
「うん。」
「それじゃあね。気をつけて帰るんだよ。」

190:名無しさん@ピンキー
07/03/22 00:50:22 mLK5q/wJ
欝展開ですorz
倉庫に上げられた自分の読んで激しく欝になりましたorz

次のSSは欝にならないように頑張ります。
これは次回で終わります。(多分)
のでお付き合いをお願いします。

191:名無しさん@ピンキー
07/03/22 12:35:39 gKxHdax1
あれ?もしかして遼くん死亡フラグ?

192:名無しさん@ピンキー
07/03/22 13:52:49 Q901TAAQ
フラグ立ったな

193:名無しさん@ピンキー
07/03/22 21:12:00 tX22u8im
前に職人が殺さないって明言しただろうがw

194:名無しさん@ピンキー
07/03/25 22:01:14 WshvtsJM
GJですー!
でもどうかハッピーエンドでお願いします……。

195:名無しさん@ピンキー
07/03/28 00:13:20 upv2BYCD
>>190
GJですー!
それではこちらも投下します!

196:絆と想い 第9話
07/03/28 00:15:01 upv2BYCD
正刻が風邪を引いて家で寝ていた日の朝。大神鈴音は自分の前の席─正刻の席─を見つめて、小さく溜息をついた。
「まったく……。ボクにも連絡してくれたっていいじゃないか……。何年同じクラスだと思ってるんだよ……。」
登校中に宮原姉妹に遭遇した鈴音は、正刻が風邪で休むことを聞かされた。
正刻が学校に来ないのは残念な事だったが、もっと残念だったのは、その事を正刻から聞かされていないという事だった。

一緒に登校している時、唯衣は盛大に溜息をつきながら言った。
「まったくあいつにも困ったものよね。どうせ夜遅くまでゲームやネットやアニメに狂ってたに違いないわ。駄目な幼馴染を持つと苦労
 するわよ本当に。……早く帰って面倒見てやらなきゃね。」
その後を受けるように、今度は舞衣が言った。
「本当は学校を休んで正刻を看病するつもりだったんだが……正刻に『そんな事したら酷いお仕置きするぞ』と脅されてな。いや、正刻
 にお仕置きされるのはむしろ望むところなのだが、彼の意を汲んで、な。とにかく、生徒会の用事が入らない事を祈るばかりだな。」

姉妹で表現こそ違うものの、正刻を心配し、大切に想う気持ちに変わりが無いことは鈴音にも良く分かっていた。
しかし、その気持ちなら自分だって負けてはいない。正刻を想う気持ちは揺ぎ無いものだ、という自負はある。

けれど。この二人には。この二人だけには。

どうしても気持ちが負けている、と思ってしまう。
話を聞くと、生まれて間もない時に既に三人は出会っており(当然本人達に記憶は無いが)、それからずっと一緒だという。
もちろん喧嘩や仲違いも無かった訳では無いが、三人はそれらを乗り越えるたびに絆を更に深く、強くし、今に至っている。

敵わないのか、と鈴音は少し悩んでしまう。
自分も彼とは中学の時からずっと同じクラスで、故に修学旅行などの学校行事はもちろん一緒に過ごし、ひいては学校で最も彼と同じ時間を
共有しているのは自分だ、という想いがある。

それでも宮原姉妹に比べれば距離を感じてしまう。
それは例えば……合鍵。
宮原姉妹は正刻から万が一の時のために、高村家の合鍵をもらっている。

自分は……もらっていない。
それは良く考えれば当たり前の事だ。どんなに仲が良いとはいえ、恋人でもない只の同級生に自分の家の鍵を渡す事など無いだろう。
だが、それが当たり前だと分かるが故に……鈴音は複雑な気持ちを抱いてしまう。

そしてある意味一番の問題は、鈴音にとって宮原姉妹は最高の親友であり、二人にとって鈴音もまた同じ存在である事だった。
いっそ二人を嫌ってしまえば楽になれたかもしれない。しかし、それは出来ないし、したくなかった。
だから鈴音はこういう時、道化を演じてしまう。

「いやー、二人とも大変だねぇ。それにしても、二人に想われる正刻は幸せ者だねぇ。」
自分の本心を、押し殺して。


197:名無しさん@ピンキー
07/03/28 00:16:13 upv2BYCD
授業中も鈴音はぼんやりとしていた。いつもと違う視界に寂しさを感じる。
いつもなら、あいつが居るのに。自分と同じくらいの身長しかない小さな背中だけど、でもとても安心させられる背中。
それを思う時、鈴音はいつも思い出す。正刻と知り合った時のことを……。



鈴音は幼い頃から活発で、真っ直ぐな少女であった。
しかし、それが災いした。目立つ彼女は、いじめの標的にされてしまったのだ。
それとともに、鈴音はその活発さを急速に失い、周りのもの全てに興味を失ったかのように冷たく、そっけない態度をとるようになった。

いじめに屈服した訳ではない。ただ、周りの人間に失望したのだ。
群れなければ何も出来ない。突出した者がいると、寄ってたかって潰しにかかる。
そんな連中と口をきくのは無駄以外の何物でもない。そう考えた鈴音は、いつも本を読み、誰とも口をきこうとしなかった。
鈴音が周りを拒絶するようになってからはいじめは無くなっていったが、代わりに鈴音に話しかけようとする者も居なくなっていた。

そんな孤独な小学校時代を経て、中学校に上がっても鈴音は相変わらずその態度を続けており、当然友達も出来なかった。
いつも鈴音は一人で本を読み、授業が終わればさっさと帰る。そんな毎日を繰り返していた。
しかし、そんな生活を一変させる出来事が起こる。それはある日の放課後。珍しい事に彼女に話しかけてくる者がいたのだ。

「なぁ、君こないだ京極さんの新刊読んでたろ? 実は俺もファンなんだよ! いやー、こんなところで同好の士……しかも女の子に逢える
 なんて、俺すっごく嬉しいぜ!!」

鈴音はぽかんとその少年を見た。自分の評判は他の生徒から聞いているだろうに。何故こいつはわざわざボクに話しかけてくるんだろ……?
改めてその少年を見直す。背は低いが、顔はかなり整っている。しかし、何より目を引くのはその瞳だ。
漆黒の色をしたその目は、しかしきらきらと輝いている。これほどまでに綺麗な瞳を鈴音は初めて見た。思わず吸い込まれそうになり……

「ん? どした?」
その少年の声で我に返る。何故か高鳴る胸の鼓動を隠すように、努めて冷たい声で言う。
「……別にボクがどんな本を読んでようが君には関係無いだろ。ほっといてよ。」
「おおぅ! しかもボクっ娘かぁ! 初めて見たぞ!」
しかし折角の冷たい態度も彼にはあまり関係無いようだった。

(何か調子が狂うな……。)
鈴音は無言で少年を眺める。今まで無視してきた連中とは、何かが違う気がする。だけどそれが何なのかは分からない。
ただ一つ言えるのは、自分はこの少年に興味を持ち始めている、という事だ。
ずっと他人を無視し続けてきた自分が。
その事に鈴音は戸惑いを感じていた。

そんな鈴音の気持ちにはもちろん気づかずに少年は話しかける。
「あ、そうだ! 一応自己紹介しとくな。俺の名前は高村正刻! 図書委員をやってるけど部活はやってない。身長は低いけどこれから
 すんごく伸びる予定! 以上だ!」
「たかむら、まさとき……。」
無意識に鈴音は呟いていた。忘れまいとするように。その自分の行動に、ますます戸惑いを覚えてしまう。

「で、君は?」
「……え?」
「君の名前だよ。相手が名乗ったら、自分も名乗るのが筋だろ?」
正刻の言うことはもっともだった。だから鈴音は渋々といった調子で答えた。
「……大神鈴音。委員会も部活もやってない。以上。」
「おおがみすずね、か。良い名前だな。」
「……別に。普通だよ。」
本当は良い名前だ、と言われた時、心臓がトクンと鳴ったが……それを気のせいだ、と鈴音は切り捨てる。


198:名無しさん@ピンキー
07/03/28 00:19:20 upv2BYCD
「しかしそんなに本が好きなのに何で図書委員会に入らないんだ? 結構楽しいぞ?」
そう問う正刻に、鈴音は軽い苛立ちを覚える。何でこいつはこんなに話しかけてくるんだ。ボクは一人がいいのに……!
「キミには関係ないだろ。」
意識して冷たく突き放す。もう話しかけるな、という気持ちを込めて。
「でもなぁ……やっぱりもったいないと思うんだが……。」
しかし正刻は全くひるまない。その様子に、もっと辛らつな事を言ってやろうと鈴音が考えた時。

二人の少女が乱入してきた。

「こら正刻! 何女の子にちょっかいかけてんのよ! 迷惑そうじゃない! 中学に入って早々セクハラで停学を食らいたいの!? 幼馴染
 がセクハラで停学だなんて恥ずかしいにも程があるんだから、やめてよね!!」
「い、いや唯衣待て。俺はただ、本が好きなら図書委員会に入ったらって、そう言ってただけ……」
「まぁそんなに怒るな唯衣よ。正刻も悪気があったわけじゃないだろう。ただ、私に言ってくれなかったのはいただけないな。そんなに女性に
 飢えていたなら私に言えば良いんだ。ケダモノのような君でも、私なら全て受け入れてあげるし、望むようにされてあげるというのに。」

「お前は少し黙れ! それと俺はケダモノじゃねぇっ!!」
「そうか? 最近大きくなり始めた私の胸に、いやに君の視線を感じるようになったのだが?」
「! い、いや、そんな事は……ない、と思うよ? 多分……。」
「正刻……あんたって奴は……!」
「い、いや大丈夫だぞ唯衣! お前も少しあるし、まだまだこれから……っていひゃい! いひゃいれふうぅ!!」
「……ずいぶんとナメたクチをきくのはこの口かしら? ええ?」

鈴音は唖然とした。どうやら二人とも彼の知り合いのようだ。しかも二人ともかなりの美少女だ。
(一体どういう関係なんだろ?)
鈴音はそう思ったが、しかしそう思った事にひどく驚いた。別にこの二人と彼がどんな関係だろうが、それこそ自分には関係無い。
だのに自分は三人の関係を知りたがっている。本当に自分は一体どうしてしまったのか……?

鈴音がそんな事を考えていると、高村に折檻をしていた娘がようやく鈴音の存在に気がつき、声をかけてきた。
「あ、騒がしくしちゃってごめんなさいね。あの、このバカに変なことされなかった?」
「いや、別にされてはいないけど……。」
鈴音がそう答えると、少女はほっとしたように笑った。長い髪をポニーテールに結った彼女の笑顔に、同性である鈴音も見蕩れてしまった。

「済まなかったな、うちの幼馴染が迷惑をかけて。だが彼も悪気は無いんだ。許してやってくれ。」
「だから別にいいってば。迷惑ってほど話したわけじゃないし。」
そうか、と言ってもう一人の少女も静かに微笑んだ。こちらの少女の笑顔も魅力的だった。

「あ、折角だから自己紹介しとくね。私は宮原唯衣。正刻とは腐れ縁の幼馴染なの。で、この娘が……」
「……宮原舞衣だ。唯衣とは双子で、彼女が姉、私が妹だ。しかし君は正刻と同じクラスで良いな。羨ましいよ。」
「そう? 一緒のクラスだと正刻のフォローしなきゃならないから大変じゃない。」
「何を言うんだ唯衣、それが良いんじゃないか。正刻の支えになっていると実感できるしな。大体お前だって別のクラスになって寂しそう
 ではないか。」
「! バ、バカ言ってんじゃないわよ! 私は清々してるわよ!」
妹に怒鳴る唯衣を見て、でもそんなに顔真っ赤じゃあんまり説得力無いねぇ、と鈴音は他人事のように思った。実際他人事だが。

と、そこで唯衣に折檻されてぐったりしていた正刻がむくり、と起き上がって宮原姉妹に尋ねた。
「と、そういやお前らどうしたんだ? 俺に何か用事だったんじゃないか?」
「あ、そうだ! 母さんからメールが来てたのよ。今日は父さんが早く帰って来れそうだから、みんなで外食しようって。もちろんあんたも
 一緒にね? だから、あんたの予定を聞いておきなさいってね。」
「今夜か? すぐに使わなくっちゃいけない具材は無いから大丈夫だぞー。喜んでご一緒させてもらうさ。」
「よし、じゃあ決まりだな。今夜は楽しみだ。出来ればそのまま泊まっていって欲しいが……。」
「それは却下させてもらおう。」

そう言うと正刻は、鞄を手に立ち上がった。鈴音に片手を上げて別れを告げる。
「じゃあな大神。また明日、な。」
「本読むの邪魔しちゃってごめんね。それじゃあね。」
「正刻が色々迷惑かけるかもしれないが、出来れば仲良くしてやってくれ。では。」





199:名無しさん@ピンキー
07/03/28 00:20:43 upv2BYCD
そう言って三人は一緒に教室を出て行った。その後ろ姿を見送った後、鈴音は思わず深い溜息をついた。
「何とも個性的な面々だったなぁ……。」
そう一人ごちる。しかし、決して不快ではなかった。正刻に色々言われた時は少し苛立ったが、それでも不思議と不快感は無かった。
「あいつ、またボクに話しかけてくるのかな……。」
鈴音は自分に話しかけてきた少年を思い返す。きれいな漆黒の瞳。真っ直ぐな目。
自分はあの少年に話しかけられたいのか、そうでないのか。
もやもやとした気持ちを抱えたまま、鈴音は家へと帰った。



「……ずね? 鈴音ってば!」
はっ、と鈴音は回想から引き戻された。同じクラスの部活仲間が顔を覗き込んでいる。授業はもう終わっていたようだ。
「どしたの鈴音? ぼーっとしちゃって。……ははーん、さては高村君が居ないから寂しいんでしょ? まったく可愛いんだからー。」
からかってくる部活の仲間に苦笑を返し、鈴音は部活へと向かった。

「はぁ、はぁ……。よーし、あと一本!」
鈴音はユニフォームに着替え、練習に打ち込んでいた。彼女は短距離と走り高跳びを専門としている。今はダッシュを繰り返しているとこ
ろだった。
腰を落としてダッシュしようとした時、家路につく生徒たちの中に知った顔をみつけた。正確には、揺れるポニーテールで気がついた。
「唯衣……? 部活を休んだんだ……。」
この時間帯は合気道部も練習中のはずである。その彼女が今校門にいるということは、部活を休んだということ。そして、何故休むかと
いえば……。

鈴音は無言で頭を振り、ダッシュを始めた。余計な事を考えないように。嫌な気持ちを振り払うかのように。

「あー、疲れた……。」
鈴音は家に帰るとベッドに倒れこんだ。今日はかなり練習をした。というより、オーバーワーク気味であった。
「何か練習に八つ当たりしちゃった感じだなぁ……。」
ごろん、と体勢を変え、天井を見上げる。何も無い天井に、ふと正刻の背中が見えた気がした。

そんな自分に鈴音は思わず苦笑いしてしまう。
「ボクってこんな乙女チックなキャラじゃないだろ……まったく。正刻に一日会ってないだけでこんな……まったく。」
そう言いながら鈴音は枕を抱き、ごろごろと転がる。転がりながら、ぶつぶつと呟く。
「くそー、正刻めー。明日会ったらまず殴ってやろうかな。ボクをこんな気持ちにさせたんだから当然の報いだよねぇ。でも、あいつ明日来る
 かなぁ……。一度体調崩すと悪化させちゃうタイプだし……。心配だなぁ……。メールも控えた方がいいよねぇ……。あーでも気になるなぁ……。」
鈴音の独り言は、妹が食事に呼びにきてその姿を見られるまで続いた。

200:名無しさん@ピンキー
07/03/28 00:23:29 upv2BYCD
そして翌朝。登校中の鈴音は、学校へと向かう人の波の中に見慣れた背中があるのを発見した。
思わず笑みがこぼれる。彼女は一気に駆け出すと、その背中を思いっきりどやしつけた。
「痛ってぇっ!!」
「あははっ! おはようっ! 一日ぶりだね正刻っ!!」
背中を思いっきり引っぱたかれた正刻は鈴音を睨むが、笑顔の鈴音につられて思わず苦笑してしまう。
「まったくお前は……。」
「あはは、ごめんごめん。ところで正刻、風邪はもう良いの? キミって一度体調崩すと長引くタイプじゃない? だいじょぶ?」
「あぁ、心配かけて済まないな。でも今回は見ての通り、俺はすっかり完治したぜ! だけど、唯衣が軽く風邪引いちまってな。
 俺の看病をしてくれたんだが……何だか悪いことしちまったな。」

そう言って唯衣に心配そうな視線を向ける正刻に舞衣が言う。どことなく、むっつりと膨れている気がする。
「心配は無用だ正刻。唯衣は自業自得だ。まったく、抜け駆けなんかするから……!」
「抜け駆け?」
鈴音は不思議そうに唯衣と舞衣を見比べる。顔が赤い唯衣。膨れている舞衣。一日で完治した正刻と、入れ替わるように風邪を引いた唯衣。
「……まさか……。」
思わず呟いた鈴音に、舞衣が頷きを返す。
「現場は見ていないが……おそらく、な。」
鈴音は思わず唯衣を見る。唯衣はバツが悪そうに目を逸らした。

「なぁ、お前ら何の話をしてるんだ?」
一人、全く話が読めない正刻が尋ねる。三人は思わず顔を見合わせ、微妙な表情を浮かべる。
「? 何だよ?」
『……にぶちん……』
三人は正刻に聞こえないよう、しかし完全にハモりながら呟いた。


その日の放課後。部活へ向かおうとする鈴音に正刻が声をかけた。
「あ、鈴音すまん。ちょっと良いか? 話があるんだが……。」
「うん、何? 改まってどうしたのさ?」
正刻は周りを見ると、鈴音に告げる。
「いや、ここじゃちょっとな……。悪いが屋上まで付き合ってくれないか?」
その言葉に鈴音の胸がトクン、と鳴る。
(え? ……も、もしかして……!)
しかし、正刻の表情を見てそれはないな、と思い直す。
「……鈴音?」
「……何でもないよ。いこいこ。」
そう言って鈴音はさっさと歩き出した。


201:名無しさん@ピンキー
07/03/28 00:25:05 upv2BYCD
屋上には、正刻と鈴音以外には人は居なかった。告白にはもってこいのシチュエーションだが……。
(そんな訳無いもんねぇ……。)
ほぅ、と溜息をついた鈴音は正刻に向き直る。
「で、正刻? 一体何なのさ?」
鈴音に問われた正刻は、うん、と頷いて言った。

「実は、これをお前にもらって欲しくてな。」
そう言って彼がポケットから出したのは、鍵、だった。綺麗な鈴がついており、チリン、と鳴った。
「え? これ? ……何の鍵?」
正刻から渡された鍵を見ていた鈴音はそう尋ねた。
「俺の家の合鍵だ。」
正刻は何気なくそう言った。

「ふーん、キミん家の……って、え? ええええええ!!?」
鈴音は驚きのあまり鍵を落としそうになった。正刻が自分に、家の合鍵を……!?
「いや、俺一人暮らしだろ? 何か万が一の事……例えば今回みたいに体調崩した時なんかに、唯衣と舞衣が必ず来れるとは限らないんだよ。
 だから、あの二人以外にも鍵を渡そうと思ってさ。そう考えた時、真っ先に浮かんだのはお前だった。正直、俺はある意味じゃあお前の
 事を唯衣や舞衣より信頼してる。何せ、中学の時からずっと同じクラスなんだからな。だから、俺のわがままではあるんだが、お前に鍵を持
 っててもらうと安心だな、と思ってさ。」

鈴音は正刻の話を黙って聞いていた。いや、正確に言うと、何も言えなかった。嬉しかったからだ。
正刻が自分の事を、そこまで信頼してくれていた事が分かって、身震いするほど嬉しかった。
同時に、昨日抱いた不安も消えていた。
確かに唯衣と舞衣には敵わない部分もある。二人のほうが、自分よりも正刻と長い時間を共有してきたという事実は変わらない。

だが、未来は。これからの時間で、誰が正刻と時間を共有するか、絆をより太く強くするかは、まだ決まっていない。
ならばグダグダと悩むより、自分は立ち向かおう。自分を高めて、コイツを振り向かせてやろう。
だって自分は……もう正刻以外、考えられないから。孤独だった自分を変え、光を与えてくれた彼無しじゃ、きっとやっていけないから。

黙ってしまった鈴音に、正刻が恐る恐る声をかける。
「す、鈴音……? その……やっぱり迷惑、だったか……?」
その問いに、顔を上げた鈴音は……とびっきりの笑顔を浮かべてこう言った。
「そんなことないよ! 喜んで頂くよ!」
「そっか……ありがとうな。お礼に、今度何か奢らせてくれ。」
そう申し出た正刻に、鈴音は意地の悪い笑みを浮かべてこう言った。
「いやー、いいよ別にぃ。早速この鍵を使って正刻の夜のお供を探し出して弱みを握らせてもらうからさぁ。」

そんな事を言われた正刻は仰天する。
「おい! 言っとくけどその鍵はあくまで緊急用だからな! 勝手に使ってうちにホイホイ入るんじゃねーぞ!!」
「えー、だってこの鍵もうボクのだしねぇ? どう使おうがボクの勝手でしょ?」
「……やっぱ前言撤回! お前は信用ならねぇ! 鍵返せ!!」
「やーだよーだ。あははっ!」
鈴音は正刻の手をするりと避け、部活へと向かった。その姿はとても楽しくて、幸せそうだった。

その日の夜に正刻からもらった鍵を見ながらニヤニヤしていた鈴音がまた妹に見つかってからかわれたり、鈴音が合鍵を持った事を聞いた
宮原姉妹が微妙に不機嫌になって正刻が冷や汗をかいたりしたにだが、それはまた別のお話。


202:名無しさん@ピンキー
07/03/28 00:26:09 upv2BYCD
以上ですー。ではー。

203:名無しさん@ピンキー
07/03/28 01:22:27 oqrJmDpr
>>202
GJです

204:名無しさん@ピンキー
07/03/28 05:07:40 ql15pWAx
>>202なんと甘々な・・・GJ!三人の奪い合いが楽しみだ

205:名無しさん@ピンキー
07/03/28 05:36:16 ghPX0PE6
>>202
汝こそ三国一の猛将よ!!つまりはGJ!!

206:名無しさん@ピンキー
07/03/28 21:05:21 fonXwgSF
ぐじょーぶっ
ところで、修羅場スr(ry

207:名無しさん@ピンキー
07/03/28 23:33:38 w8jZ5Kgn
今保管庫で真由子とみぃちゃんとか色々読んでみたけどこのスレの職人様レベル高っ!真由みぃシリーズとか文庫版になったら絶対買うよ…

208:名無しさん@ピンキー
07/03/30 03:40:40 mQatV96B
このスレの職人さんはみんなレベル高いよな
個人的に微妙だと思う作品がひとつもなかったし今でも保管庫とかで読み返してしまう

てことで日曜日の続き待ってます

209:名無しさん@ピンキー
07/03/30 21:24:33 8Buh8S1q
日曜日もシロクロもこれから本番というところで止まってるよな。やっぱり本番は書くのが大変なんだろう。

まぁ職人の方々にはじっくり作品を作っていただくとして、我々は雑談でもしてまったりと待ちましょうや。

210:名無しさん@ピンキー
07/03/30 21:37:57 l6UqQFIw
このスレ的に最近やってる昼ドラの砂時計ってどうよ

211:名無しさん@ピンキー
07/03/30 23:22:56 AtC5EZc5
>>210
ドラマは見てないが原作は自分としてはかなりツボだった
というか砂時計を読んで幼馴染モノを書き始めたのはここだけの話だ

212:名無しさん@ピンキー
07/03/31 00:55:42 gbRV7w4O
砂時計を調べてみたけど、確かに面白そうだなぁ。
少女漫画は苦手なんだけど、勉強のためにも読んでみたい。

213:名無しさん@ピンキー
07/04/01 00:26:39 KXC+BgCa
方言で少し萎えそうだがそこらは脳内でry

214:Sunday
07/04/01 01:17:53 28jwSM79

 幼なじみだから知っている。

 口調も乱暴で、がさつな態度を取ることも少なくない奴だけど。それでもその実内面は
普通の女の子とは変わらないくらい、いやそれ以上に弱々しい面を持っているってことを。

 立場を変えることの無いまま接するのは、それは同時に紗枝を妹としても扱ってしまう
という事だったから、出来なかった。一度それを理由に振ってしまったのだから、二度と
そんな扱いをしてはいけないと思ったのだ。
 だから恋人として今までの関係を無視して接してみたのだが、いざそれをやってみれば、
すれ違ってしまうばっかりで。普段なら決してここまで弱気にならないのにそうなってし
まったのは、負い目があるのと、責め立てたい気持ちがあるのと、相手が幼なじみだから
ということ。それらが複雑に絡み合って、彼から自信を奪ってしまっていた。

『大事な話…なんだ』

 沈んだ様子を見せる彼女にそう言われた時、悲観的な感情に支配されていた脳と心は、
勝手に結論を導き出す。それは、予測はしていてもやっぱり受け入れ難いことではあった。

『本当は……会いたくなかったんだろ…?』

 呟く目は、早くも潤み始めていて。自分の行動の迂闊さを、改めて思い知らされる。


 思えば、随分と紗枝を傷つけてきた。


 何をやったかなんて今更言いたくない。それだけ、彼にとってこの数ヶ月間は後悔の
連続だった。
 こんなことされ続けていたら、自分だったら別れを切り出していてもおかしくなかった。
だから、紗枝もそう考えていてもおかしくない。そう思って、思い込んでいただけに、
まったく逆の言葉が彼女の口から紡がれた時、なかなか信じることができなかった。

 崇之は、分かってなかった。

『だからあたしは……崇兄の全部がいい』

 そのことを、付き合い始めるずっと前から知ってはいても。

『あたし…あたしには……崇兄だけだもん…っ』

 例えちゃんと言葉にされても、何度も言われても。

 自分が、どれだけ彼女に想われ続けていたのか。

 彼女が、どれだけ自分を想い続けていたのか。


 知ってはいても、まるで分かっていなかったのだった――



215:Sunday
07/04/01 01:19:51 28jwSM79



「紗枝…」
「崇…兄……」
 お姫様抱っこの状態のまま、泣き止んだものの頬に未だ雫の跡を顔に走らせ、とろついた
瞳で見つめてくる彼女に愛しさを募らせる。らしくもなく、頬と耳が起点となって、カッと
熱さを増していく。
 崇之の頭の中には、もう紗枝のことしか考えることが出来なくなっていた。

 互いにゆっくりと近づいていて。

 先に身体と、額。そして次に零になったのはこの場で三度目となる、口と、口。

ちゅっ…

 その触れ合いが今までと違ったのは、濡れた唇によって微かに音が跳ねたこと。彼は覆い
被さるように、彼女は縋りつくように。繋げるのではなく、食むように赤く濡れた箇所を
触れ合わせ続ける。
「……」
 そして普段なら、そこでこの行為は終わりだった。あとは、身体を離すだけだった。


つちゅっ……


「……!」
 自分の身体がひどく強張るのが、その瞬間分かった。
 笑ってしまいそうになるくらいぎこちなかったけど、距離がまた零ではなくなった直後に、
紗枝に再び追いかけられ、歯を立てず唇で噛み付かれたのだ。水滴が水面を叩いたような
跳ねる音が、また少しだけ大きくなる。

「んんっ……」
 向こうからやっておいて、吐息がくすぐってくる。
そういえば以前、不意に舌を絡めてしまった時、相当嫌だったのか次の瞬間には身体を
突き飛ばしてしまった。あれはおそらく、彼だけでなく紗枝にとっても苦い記憶だったの
だろう。
 その時の申し訳なさが、逆に彼女を積極的にさせてしまっているのだろうか。
「ん…んぅ…」
「…ぅ…っ」
 その身体を抱き留めているのは自身だったから距離は取れない。それでも驚いてしまった
あまりに、背筋を伸ばして引いてしまう。すると、また追いかけられて繋げられてしまった。
本当に彼女は、自分がよく見知った幼なじみの女の子なのかとは思い直してしまうくらいに、
大胆な行動をとり続けてくる。

 それでも、どういう風にすればいいのか分かんないのだろう。
 薄目を開けてその様子を伺ってみると、舌先で半開きになった下唇に唾液を舐めつけ、
それを自分の唇でさらっていくという行稚拙な為を繰り返している。目を瞑ってしまった
ままからか、時々それが口元に外れてしまったりして、半端に生えたヒゲが濡れて妙な
くすぐったさを覚える。
「……っ」

ちゅるっ

「ふぅっ!?」
 優しくするとは言ったものの、彼女は処女で、自分は経験者で。主導権を握られるのは、
少しばかり面白くない。それまでされるがままだった行為をやり返す。吐息で撫でかけ、
唇を口に含み、半開きになったそこに舌をねじ込む。


216:Sunday
07/04/01 01:21:07 28jwSM79

 突然し返され、頭をかくかくと傾けながらも、彼女は必死にその動きについてきた。
そうやって無理をしてくれることが、たまらなく嬉しい。
 
 少しでも身体の緊張を解いてしまえば、頭を巡る意識をすぐにでも手放してしまいそうな
この感覚は、禁断という言葉の中に閉じ込められていた久しぶりの未知の味だった。

ちゅっ…ずっ……ちゅるっ……ぴちゅん…

「…ふ……っつ」
「んんっ……むぅぅ…」
 ねとついた唾液が絡み合い、水音がより一層跳ねていく。相手の吐息を飲み込むたびに
眩暈がして、酒とは違った酔いを覚える。舌を繋げて微かな塩っ気を味わっていくうちに
視界が徐々に狭まっていき、抱き締められ続けた腕の力も少しずつ弱めてしまう。こんな
激しい秘め事は、今までやったこと無かった。それだけ、彼女も欲してくれてたんだと思うと、
顔がくしゃくしゃになるくらいに満たされる。

「…っ……ぷはっ」
「…はっ…んぁ……」

 流れた涙の跡を空いた手の指で拭ってやると、口の端から微かに垂れかけていた涎も、
舌で拭いてやる。そして今度こそ、ようやく顔と顔の距離を挟んだ。

「…びっくりさせやがって」
「あたしの方が…ドキドキしてるもん……」
 自分からしてきた割には、紗枝は焦点の合ってない表情を浮かべていた。これだけ激しく
すれば少しくらい抵抗されるかとも思ってたが、一向に身体を動かす様子も無い。身体の
ほとんどの感覚を失ってしまったかのように、くたりと身体を預けてくる。 
 理性に逆らって、恥ずかしさを超えてまで精一杯頑張って、それでもう限界になりつつ
ある彼女とは違って、こちらはまだ若干の余裕がある。主導権を取り返せたことに、安堵と
満足感を覚えた。
 と同時に、こんな時にもそんな感情が沸き上がってくる自分の性格に、苦笑が止まらない。
「鼻息荒くて……やらしかった」
「…それだけ興奮してるってことだよ」
 それを笑いかけたのだと勘違いされたのか、不満げに顔を歪めて嫌味を呟かれてしまう。
だけどそれも、彼女なりの照れ隠しだということは分かっている。そんな意地っ張りな性格が、
何よりも好きだからだ。

「そいじゃ…」
「ん…」
 天井からぶら下がっていた紐を引っ張って、カチリという音の後に部屋を照らしていた
明かりが落ちる。それでもカーテンの隙間から微かに差し込んでくる月明かりのおかげで、
間近にある紗枝の表情は充分に読み取れた。

「あ…でっ……でも…少しだけ……心の準備…してもいい…かな……?」

 動かせない身体の代わりに、あちこちに視線を移すその様がどうにも可愛らしい。
「そうだな……じゃ、俺もちょっと準備するわ」
 こつんと額を優しくぶつけてから、手を離して紗枝の身体を一旦解放する。へたっと
布団の上で脱力する彼女をその場に置いて立ち上がると、服を脱いで裸になり、下半身に
カーゴパンツを履くだけの状態になった。そのまま移動して部屋の隅に置いてある棚から
紙のパッケージを掴むと、中から一枚薄く四角いものを取り出す。指に引っ掛けて肩から
掛けていたシャツを放り投げ、その四角いものを布団の傍にテーブルの上に置くと、再び
彼女の傍に座り込んだ。


217:Sunday
07/04/01 01:24:13 28jwSM79

「……?」
 紗枝の方はそれが何なのか分からないようで、制服姿のまま両手を胸に当てたまま、
おずおずと見つめだす。それでもピンと来ないようで、思案顔が晴れる様子はない。
「使ったほうがいいんじゃないか」
 一旦は置いたそれを人差し指と中指でそれを挟んで、彼女の眼前にそれを持っていく。
まじまじと見つめていたが、やがて言葉に促されたようにはっとなって目を見張らせると、
ずざっと音が立ってもおかしくないくらいに後ずさった。
「あ…じゃあそれって……」
「まだ母親にはなりたくないだろ?」
「え…うん」
 教えてやったものの、どうにも紗枝の表情は晴れない。寂しそうに、身体を半身にして
背けてしまった。

「? どした?」
「でも…それって……あたしが優しくして欲しいって言ったから?」
「……」
「あたしは別に…崇兄が無いほうがいいっていうなら……」
「紗枝」
 少し強い口調で、崇之は彼女の名前を口にする。少し咎めるような色も含ませてしまった
せいか、その身体がびくりと震えてしまった。

「こういうのは優しくとかそういうんじゃなくて、当たり前のことだぞ」
「……」
 近づいて、横髪をくしゃりと撫でる。本当は、頭を撫でたかったのだが。
「それに……せっかく仲直りできたのに、またお前に苦労を背負い込ませたくないんだ」
 それを手櫛で梳いてやる。耳たぶと手の平が掠めて、彼女はまた小さく身体を震えさせる。
「だから、気にすることない。優しくするのはこれからだ」
「……」
 そう諭すと、紗枝はまたしても顔を少し俯かせる。それは顔を見られたくないとかそういう
意味じゃなくて、単に頭を下げているように見えた。
「もう……優しくしてくれてるじゃん…」
「ははは、そう言うなよ」
 口を尖らせまるで不満事をぶつけられるようなその仕草に、思わず笑い声を上げてしまう。
優しくされて意地を張るなんて、いかにも紗枝らしい。
「ありがと…」
「どういたしまして」
 彼女の腕を引っ張り自分自身もそちらに近づくと、また一瞬だけ唇を番わせる。

「んじゃあ、そろそろ準備出来たか?」
「ひゃっ!」
 そのままぎゅっと抱きしめて、腕の中で紗枝の体勢を入れ替えると、なんとも女の子らしい
彼女らしからぬ悲鳴が響く。それを無視して、彼女の身体を回転させて、背中から抱きしめる
状態になると、そのまま足で囲って、手をお腹の前で繋げてみせる。そして、またしても
ぎゅっと抱きしめた。
「ち、ちょっと!? なんだよ!」
「何って、優しくして欲しいって言われたからそれを続行してるだけだが」
 付き合い始めた頃はよくしていた行為だった。態度ならともかく、言葉でまで甘えられる
ことはそうそう無かったから、彼女がして欲しいなんて言ってきた時は思わず頬が緩んだ
ものである。

「やっ……そんなことされたら…準備なんて出来ないよぉ……」

 座椅子の状態で、自分の胸板を彼女の背中に強く押し付けていると、困ったような声を
吐き出してくる。確かにそこから感じ取ることの出来る鼓動は、それまで控えめだったのが
抱きしめると同時に途端に跳ね上がり、伝わってくる音も壊れたままだ。


218:Sunday
07/04/01 01:25:48 28jwSM79

「大体……なんでこの体勢なの…?」
「俺がやりたかった。他に理由なんかあるか」
 後ろから抱きしめてるはずなのに、何故か紗枝の顔は真横にある。要するにそれだけ
圧し掛かっているということなのだが。肩の上に顎を噛ませるように置くと、それこそ
彼女の身体を包み込んでいるような錯覚を覚える。

「……じゃあ、もういい」
「…ん?」
「どうせ……こんなことされたら落ち着かないもん…」
 拗ねさせてしまったのかぷいと顔を背けられる。こっちは優しくしていたつもりなのだが、
生憎機嫌を損ねてしまったらしい。もっとも、「優しくする」という行為にかこつけてこんなこと
すれば、こうなるだろうとは思っていたが。

「なら…いいか?」
「……ん…」
 顎筋に指を添えて顔をこちら向けさせようとしても、彼女は逆らわない。そのまま近い
距離で視線が結ばれ、敢えて口ではなく頬に唇を落とす。戸惑いながらも顔を強張らせる
その顔が、くすぐったそうに変化していく。
「優しくするけど…やめないからな」
「うん……分かってる」
 崇之は、彼女のお腹の前で繋いでいた自分の手と腕を手放した。過剰に圧し掛かっていた
自分の身体を起こして、楽な体勢をとる。隣り合っていた紗枝の顔が遠ざかり、見えるのは
首筋あたりまで伸びた髪だけになった。当然、表情も伺えなくなる。
 
 自由を取り戻し宙に舞った己の両手を、迷うことなく柔らかく膨らんだ彼女の胸元に
着地させる。胸はすっぽりと覆われ、緩やかに指を動かすと、それに沿うように形を変形
させていく。
「……」
 この箇所を触るのも揉むのも、初めてのことじゃない。何度か悪戯で触れたことがあり、
平均して三回くらい指を動かせば、彼女の拳が飛んでくるのが常だった。だけど今日は、
当然のことながらそれも無い。
 そのことを思い起こすと、不意に心臓が大きく稼動した。
 
「んっ……」

 紗枝は思わず声を漏らす。だけどそれを聞かれるのが恥ずかしいのか、口元をきゅっと
結んで歯噛みをして耐え忍ぼうとする。
「少し大きくなったか?」
「しっ、知らない…っ」
 胸元をさすりながらの言葉と共に、彼女の頬に一層強みが増していく。それにつられて
皮膚がザワリザワリと音を立てて蠢き、勝手に熱さを増していく。それは、普段のような
甘酸っぱさを含んだような感覚とは一味違っていて。
「声、出していいぞ」
 耳元で消え入りそうな声で囁いて、今度は波打ち始める。指先でその髪を梳こうとすると、
紗枝は大きく首を横に振った。振り乱すように、何度も首を横に動かしてそれを否定する。
恥ずかしさや顔が赤みを帯びていくことで発した熱さを、そうすることで必死に誤魔化そうと
しているようにも見える。
「……」
「やぁ……んんっ」
 片や無言、片や途切れ途切れの吐息混じり、二極化していく二人の様相。部屋には
彼女の喘ぎと、制服や布団が衣擦れた音しか響かない。
 座椅子に成り済ましたまま、崇之は腕だけを忙しなく動かし続ける。お互いの想いを
確認しあってから五ヵ月。ようやく訪れたこの時を、じっくりと味わっていた。

 片方の手を、服の下へ滑り込ませて直接お腹を擦る。それまで服の下に隠れていた肌は
十分な暖かさを保っている。その体温を奪い取るようにさすさすと撫でていくうちに、
彼女の腹部が思っていた以上に引き締まっていることに気付いた。


219:Sunday
07/04/01 01:27:22 28jwSM79

 そういえば今まで何度か触った時も、決まって彼女の意外なスタイルの良さに驚いたものだ。
帰宅部でスポーツもやってないし、それなりに食欲も旺盛な奴だし、精神同様にきっと
幼児体型なんだろうという先入観があったせいか、ついつい驚いてしまう。
「お前……結構いい身体してんのな」
 手の動きを休めることなく、思わず抱いた印象を口にしてしまう。
「だって…だってさ……」
 思いの他、悔しそうな色が込められた声だった。身体つきを褒めたのに、どうしてそんな声が
返ってくるのだろう。
「崇兄と付き合う人は…いつも胸が大きかったんだもん……」
「……?」

 
「だけどあたしは…胸ちっちゃったから……お腹引っ込めるしかなかったんだもん…っ」


「……」
 その瞬間、顔中身体中の細胞がぶわっと音を立てて増えたような錯覚を覚える。心臓が
耳の真横に移動したかと思えば、視界がちかちかと明滅してしまう。
「…あー」
 声を出して誤魔化そうとするが、どうにも収まらない。口元に浮いた笑みが、どうやっても
元に戻ってくれない。代わりに、ぎゅっと目を瞑る。

「やっぱ俺、お前のこと大好きだわ」

 どうにも気持ちがこらえられなくなって、溢れそうになる気持ちを言葉で堰き止める。
彼女の自分に対する想いの強さはついさっき分かったばかりだったが、それをこんなにも
早く実感できるとは思っていなかった。
 見えない箇所にまで努力をして自分に好かれようとしたその態度に、尚更に愛しさが募る。
そしてそれと同じくらいに、今までずっと気付いてこなかった自分を嘲笑ってしまう。
「けど……ちっちゃいままだよ」
「俺は『お前が』好きなんだって言ったばっかりだぞ」
「……ばか」
「知ってる」
「…ばかぁぁ」
「知ってるって」
 あまりに恥ずかしいのか急に身悶えし始めるものの、そうはさせまいと紗枝の身体を
収め直す。声が少し潤んでいたのことには、少しだけ驚いたが。

「……じゃ、外すぞ」
「うぅ…」
 いつもならこんなことわざわざ言わないが。ボタンを外すことにさえ確認を取ったのは、
そういった感情が募ったからなのだろうか。全て外してはだけさせると、開かれた向こうからは
少し陽に焼けた淡い肌色と、薄いペパミントグリーンの生地が姿を表す。
「勝負モノか?」
 笑みを零しながらからかってみせる。色が色だけに、その顔色が暗闇の中でも余計に
映えてしまっていた。
 紗枝はというと、自分を蹂躙していく腕にしがみつこうとしながら、ただただ首を横に
振るばかり。そんな初心な動作が、余計に彼の心を燻らせる。小ぶりだけども反発の強い
二つの感覚も、それを後押しする。

「んん……もぅ…っ」
 弄りまわす内に、それまで膨らみをしっかりと覆っていた生地がしわくちゃになり、
徐々にずれ始める。背中を丸めてその胸元を隠すと同時に、また腕の中から逃げ出そうと
するが、崇之がそれを許すはずも無く、捲れた生地の代わりに、自身の手の平でそこを
覆い隠した。



220:Sunday
07/04/01 01:28:38 28jwSM79

「やぁ…恥ずかしい……恥ずかしいよぉ…っ」
「……」
 限界を今にも超えそうなのだろう、声は完全に涙声だった。背後からこねくっているの
だから、崇之からその胸元は見えていない。それでも、紗枝にはもう耐えられないのだろう。
布団の上に投げ出された両脚が、ずりずりと動き回る。


「……」
「あっ!」
 苛まれる思考から逃げ出すように片方の手を宙に舞わせると、内太ももにしゅるりと
這わせる。驚いた紗枝が半開きだった脚を急いで閉じるものの、それは逆に崇之の手を、
自分から挟みこむことになった。
「あっ…? あっ……」
「力抜け」
「…っ…ぅ…」
 そこを触るために前のめりになってしまって、また顔の距離が近くなる。口の傍に位置
していた彼女の耳元に一言囁くと、跳ね返るようにビクリと反応を示してくる。

「……」
 だけど言葉を受け入れてくれたのだろう、徐々に締めつける力が緩んでいく。代わりに
両手を固く握り、拳を作っている。身体のどこかを力ませていないと、どうにもならない
のだろう。

「ぁ……」
 解放された手を太もも沿いに近づけて、プリーツスカートの端に指をかけ、そのまま
ゆっくりたくし上げていく。下着が見えるギリギリのところでそれを止めると、胸の膨らみの
先端に指の節を挟みこんだ。
「ひっ…ぅ…っ……んんっ…!」
 彼女が喘ぐ隙間に、もう片方の手もスカートから手を離し、生地越しに秘所をまさぐっていく。

「やぁっ…! だめ…だめぇ……!」
 ふるふると嫌がりながらの台詞だけれど、もう力をこめられ反発されることも無い。
 手の平全体から指、指から指先。何度も往復させるうちに、弄る箇所を絞っていく。
それに伴って彼女の甘ったるい声も、少しずつ大きくなっていた。


「た、崇兄ぃぃ……」
「…どした?」
 すると突然、名前を呼ばれる。いかにも恥ずかしそうに、いかにも緊張した様子で。

「あ、当たってるってばぁ…」

「……」
 言うまでも言われるまでもなく、崇之のそれはとうに昂ぶっていた。しかも、スカートの中に
手を差し込む為に前のめりになっているのだから、必然的に紗枝のお尻にそれを押し付けて
しまう形となっている。

 崇之は既に上半身裸である。素肌で背後から抱きしめられ、硬くなった昂ぶりをお尻に
感じ取ってしまっているのだから、彼女がどれぐらい緊張しているかは、想像に難くない。
 それでなくても、紗枝は初めてなのだ。まだ前戯の段階で、それに若干の抵抗感を示しても、
仕方のないことだと言える。


221:Sunday
07/04/01 01:30:09 28jwSM79

「紗枝…」
「……?」
今度は彼の方から呼びかける。少し、切羽詰まった声で。それは演技だけど、演技じゃない。
隠すまでもない本心でもあるのだ。

「お前が見たい」

背後から抱き留めているから、触れることは出来てもまだその姿を視界に捉えていないのだ。
今の体勢を嫌がったのは彼女が先だけど、それを自分から変えたがる。それも一つの、
彼なりの優しさなのだろうか。
 背中の向こうから、一度だけ心臓が強く働いたのを感じ取る。紗枝は振り向かない。
かろうじて見える耳たぶは、熟れた林檎のように染まりきっている。
「……笑わない?」
「笑わない」
 胸元を腕で隠しながらの言葉をそのままに、イントネーションだけを組み換え返す。
自分の身体つきのことを言っているのだろうけど、彼女の健気な努力を知った今、全力で
それに応えたいと思った彼には、そんな思いを抱くこと自体が思考の埒外にあった。

 絡みつけていた腕を戻して、両肩をそっと掴む。そのまま後ろ襟に手を入れて、ブレザーを
肩からずざりと剥ぎ取る。
「あっ…」
彼女の腕をとって、片方ずつ袖から抜き取っていく。そして完全に脱がし終えると、布団の
傍に静かに置いた。

「見たい」

 ブレザーを剥いだことで、体温と鼓動と匂いがより一層感じ取れるようになる。そして
それは、彼女も同じに違いない。

「うぅ…~~っ」

ひどく恥ずかしげな声をあげながらも、紗枝は重心を前に前に傾けていく。
 手を離すとそのままどさりと布団に倒れ込み、横向きの体勢になる。仰向けにならないのは、
すぐさま見せる勇気を持てなかったのだろう。

 しかし見せないとは言っても、シャツのボタンは既に全部外され、腕で隠しきれていない
隙間の向こうから薄緑の生地が見え隠れしている。鎖骨あたりからは半端に緩んだ肩紐も
微かに見えていて、スカートも限界のところまで捲れ上がっている。少しでも顔を傾ければ、
ついさっきまで指先で弄っていたその奥が、今にも見えてしまいそうだった。
弱々しく怯え、それでいて縋りついてきそうに潤んだ瞳に見つめられ、崇之はぐっと
言葉に詰まらされる。驚かされたわけでもないのに、心臓が口から飛び出しかける。
何より、半端に乱れている着衣に、胸と気持ちが疼いて仕方がない。

つくづく、女は魔性の生き物だと思う。

 幼なじみで、綺麗というよりは可愛い顔立ちで、いまいち色気に乏しくて、そんな彼女でも、
こんな艶やかな表情を持っているのだ。
しかも無意識なのだから、余計に性質が悪い。

「……」
「あっ…」
片方の手で肩を抑え、お互いに正面で向き合えるよう力を込めて、身体ごとこちらを
向かせる。その目尻には、やっぱり雫が貯まっていて。

「怖いか?」
「……わかんない」
胸元を両腕で隠したまま、表情に変化はない。


222:Sunday
07/04/01 01:31:31 28jwSM79


頭の両隣に手をついて、ちょうど下腹部あたりを跨ぐ。四つん這いの状態で覆い被さった。
「少し、緊張してきた」
「……鈍感」
 うそぶいてみれば、ほんの少しだけ視線と声色が鋭くなる。その様子は、拗ねるという
よりも悔しそうに見える。
「嘘だよ」
腕を折り曲げ、静かに肘をつく。ほとんど、紗枝の身体に圧し掛かっている状態になった。

「お前にしがみつかれた時から、最初にキスされた時からずっと緊張してる」

距離が狭まり、必然的に呼吸し辛くなる。互いの吐息が、口元に届きだす。
「心臓の音も、聞こえてただろ?」
「なら……いいけど…」
さらさらと前髪横髪を手で梳いて、熱を測るように額を撫でる。

「前に…」
「ん?」
「前に、今と同じようなこと…あったよね」
「……あぁ」

言われてふと、思い出す。まだ関係が変わる前、関係が変わるきっかけになったあの日の
出来事。

「あの時あたし…本当にされるって思ったんだからね」
「ちょうどいい時に、真由ちゃんが来たんだったかな」

紗枝の友達と一緒に海に出掛ける日、まだ人数が揃ってないタイミングを見計らって、
崇之は彼女に悪戯を仕掛けた。掃除している最中に背後から忍び寄り車の後部シートの上で、
今と同じように圧し掛かり、額をあわせ吐息を浴びせ顔を近づけたのだ。

「けど…今日は途中で止めたり……しないぞ…?」
「うん……分かって…る……」

華奢な身体を覆い隠すように、また深く睦み合う。
 
 今度は、舌は絡まない。代わりに、紗枝の腕が崇之の髪に絡みつく。控えめに膨らんだ胸も、
平べったくなるくらいに押し付けられる。
 そのまま頭の位置を下に下にずらしていく。舌先を口からはみ出させたまま、顎や首筋を
通り、濡れた道筋を谷間まで作っていく。
「あぁ…ん…っ……ふぁぁ…っ」
「…っ」
 半端に緩んでしまった胸元の紐タイを手で弄りながら、柔らかい膨らみに挟まれたところで
いったん動きを止める。紗枝のことだから、距離を挟んでまじまじと見つめていたら、顔から
火を噴出すくらいに恥ずかしがるに違いない。そう考え、密着しながらその場所を楽しんでいく。

「んんっ……ふぅぅ…っ…恥ずかしいよおぉぉ…」

自分の頬に柔らかい丘をぎゅむりと近づけ、手だけでなく肌でも楽しむ。荒い息が風となり、
唾液と汗が混じりあって、赤く染まった身体を流れていく。
「ゃぁ……ぁっ」
「…ふ……ぅ…っ」
密着しあってなかなかに呼吸が難しいが、それでも二人は離れない。


223:Sunday
07/04/01 01:33:40 28jwSM79

崇之は谷間に顔を埋めたまま、どれだけ息が乱れようとも動かない。というより動けない。

 離れようと思っても、後頭部に紗枝の両腕が絡みついていて、抱きしめ抱き留められて
いるのだ。
「……っ、っは」
「んっ…ぅぅ…く、くすぐったいってばぁ……」
 顎を擦って、まばらに生えた短いヒゲでちくついた感触を与えると、いよいよ腕の力が
強くなる。それこそ、窒息してしまいそうになるくらいに。


「紗枝…少し……苦しい」
「…ぁ……ぅ…ごめん…」
 流石に、限界が間近に差し迫って、それを伝える。
 それがあまりに幸せな苦しさだといっても、死にかけてしまっては何にもならない。
少し情けなかったが、彼女に腕の力を弱めてもらい、一旦起き上がる。

「ふー…っ」
「あ…」
 それでも大きく空気を吸い込み、息を整えれば再び同じ位置に飛び込んでいく。今度は、
胸を弄っていた両手を、紗枝の背中と布団の間に滑りこませて。
「ここすげー落ち着く」
「やっ…もう……すぐ…そんなこと、言うんだから…ぁ……っ」
 首はふるふると横に振られるものの、また腕が頭に纏わりつく。半ば朦朧とした意識の中で、
自然とこうしてくれているのなら。叫んでしまいそうになるくらい、感情が溢れ出す。

「もぉ…っ…ほんとに、すけべなんだからぁ……あっ!?」
 その減らず口を待っていたかのように、崇之は薄く染まった丘の先端を口に含んだ。
舌先でころころと転がすと、彼女の身体が弓のように反りあがる。
「あぁっ…ふあ…っ…!」
 途端に反応が大きくなる。彼女の腕が、反射的に頭を引き剥がそうとしてくるものの、
崇之は背中に回していた腕を抜き出し自由にして、紗枝の腕の自由を奪い取る。手の平同士を
合わせて指を絡め、布団に押し付ける。

「はぁ…! あぁ……いやぁ…! んぅぅ…っ……」

 どうやらここが紗枝の性感帯らしい。もっと重点的に責めてやろうかとも思ったが、
生憎「優しくする」という約束を交わしている。今日初めての彼女にここばかりひたすら
責め続けるのもどうだろうと思い直し、これ以上は次回のお楽しみということにして口を離す。
涎で出来た糸の橋が、伸びて垂れて音も無く切れた。

「もう…こんな……赤ちゃんみたいな真似…やめてよね…」
「……」 
 こんなでかい赤ん坊がいてたまるか、思わず言い返そうとして、口の中で押し留める。
彼女との水掛け論は嫌いじゃないが、結末はいつもケンカ染みているので、今の状況には
好ましくない。
「ま、予行演習ということで」
「なっ…なんのだよぉ……!」
 だから軽口を叩いてみたのだが、普段はもっと強い調子のそれが、弱々しく消え去っていく。
ふわついた感覚に、頭がついてこないのだろう。

 繋ぎ合わせていた両手の平をほどいて、更に身体を下にずらす。そのまま彼女の腰元に
這わせてホックを探し当てると、躊躇うことなく指先で外してスカートの締まりを緩めた。



次ページ
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch