【友達≦】幼馴染み萌えスレ11章【<恋人】at EROPARO
【友達≦】幼馴染み萌えスレ11章【<恋人】 - 暇つぶし2ch1:名無しさん@ピンキー
07/02/15 01:46:19 SCXmAJbR
幼馴染スキーの幼馴染スキーによる幼馴染スキーのためのスレッドです。


前スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ10章【<恋人】
スレリンク(eroparo板)

9代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ9章【<恋人】
スレリンク(eroparo板)
8代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ8章【<恋人】
スレリンク(eroparo板)
7代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ7章【<恋人】
スレリンク(eroparo板)
6代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ6章【<恋人】
スレリンク(eroparo板)
5代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ5章【<恋人】
スレリンク(eroparo板)
4代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ4章【<恋人】
スレリンク(eroparo板)
3代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ3章【<恋人】
スレリンク(eroparo板)
2代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ2章【<恋人】
スレリンク(eroparo板)
初代スレ:幼馴染みとHする小説
スレリンク(eroparo板)

*関連スレッド*
気の強い娘がしおらしくなる瞬間に… 第6章(派生元スレ)
スレリンク(eroparo板)
いもうと大好きスレッド! Part3(ここから派生したスレ)
スレリンク(eroparo板)
お姉さん大好き PART4
スレリンク(eroparo板)

*これまでに投下されたSSの保管場所*
2chエロパロ板SS保管庫
URLリンク(sslibrary.gozaru.jp)

■■ 注意事項 ■■
*職人編*
スレタイがああなってはいますが、エロは必須ではありません。
ラブラブオンリーな話も大歓迎。
書き込むときはトリップの使用がお勧めです。
幼馴染みものなら何でも可。
*読み手編*
つまらないと思ったらスルーで。
わざわざ波風を立てる必要はありません。

2:名無しさん@ピンキー
07/02/15 01:48:59 SCXmAJbR
前スレ容量が一杯になってしまったようなので立てました。

次スレは>950以降or容量が490KB越えで立てる等、
ローカルルールを作るのも案かもしれませぬ。

では職人様方読者様方共に今後の幼馴染スレの繁栄を願って。
以下↓


3:名無しさん@ピンキー
07/02/15 01:49:10 RwOSO6l+


4:名無しさん@ピンキー
07/02/15 01:57:17 SCXmAJbR
>3
どうしてそういうことするの?
あとで先生に謝りに行かされるの私なんだから、やめてよね!
…べ、別に良いけど。
分かってるわよ、前にちゃんと2取れたときは確かにすごかったわよ!
でもあれ幼稚園のときでしょ?いつまで覚えてる気なのよ、格好悪い。
だから、……その、2取れないからって私は馬鹿にしたりしないんだって。
伊達に物心つく前から一緒にいたわけじゃないんだから。
分かってないなあ。もう。


では以下↓



5:名無しさん@ピンキー
07/02/15 12:24:51 298KdH/c
あげ

6:名無しさん@ピンキー
07/02/15 19:16:22 NrICC0gq
前スレラスト作者さん乙~

そして続き頑張れ~待ってるぞ~(´・ω・`)ノシ

7:名無しさん@ピンキー
07/02/15 20:01:06 qqRiTkvl
紗枝タソのバレンタイン番外編だよね。
あれはあそこで終わりかと思ってたw

8:名無しさん@ピンキー
07/02/15 21:59:38 WJ5NZQ32
俺感想書き込もうとしたら書き込めなかったぜ!

9:名無しさん@ピンキー
07/02/16 01:02:08 pwE9g/w1
投下します!

10:絆と想い 第5話
07/02/16 01:03:07 pwE9g/w1
土曜の夕方。正刻は宮原家を訪れていた。チャイムを鳴らすと「はーい」という返事がし、少し後、ドアが開いた。
「あらいらっしゃい正刻君! 待ってたわよ!」
顔をのぞかせたのは宮原姉妹の母、「宮原 亜衣(みやはら あい)」である。
二人の娘がいるにもかかわらず非常に若々しい。きれいな黒髪をボブカットにしており、快活な印象を受ける。
顔立ちは姉妹に似ている……というより姉妹が亜衣に似ているのだが、とにかく親子は似ていた。
「お邪魔します、亜衣さん。何か食事をしに来るのも久しぶりな気がしますねぇ。」
正刻は家に上がりながらそう話しかける。ちなみに亜衣を「亜衣さん」と呼ぶのは正刻だけではない。
亜衣は「おばさん」と呼ばれる事を非常に嫌う。子供の頃に誤って「おばさん」と呼んだ時、笑顔を浮かべつつも目が真剣な亜衣に、
「正刻くーん? おばさんって、誰の事かな? まさか、私の事じゃあな・い・よ・ね? ね?」
……と囁かれながらギリギリとアイアンクローを食らったのは、正刻のトラウマの一つである。
それはともかく。
「そうねぇ。ウチは毎日来てもらっても全く構わないのに……。今からでもここに住めば良いのよ。あの子達もきっと喜ぶわよ?」
振り返りながら亜衣が言う。その内容に正刻は思わず苦笑する。
「亜衣さん……からかわないで下さいよ。大体舞衣……はまぁ、確かに狂喜乱舞でしょうが、唯衣は嫌がるでしょうに。」
正刻がそう言うと、亜衣はくすり、と微笑んだ。
「? 何です? 何ですかその笑みは? 俺なんか変な事言いました?」
「別に何でもないわよ。ただ、あの娘達も苦労してるなぁと思ってね。」
「?」
なおも首を傾げる正刻を見て亜衣はまたくすり、と笑った。


11:名無しさん@ピンキー
07/02/16 01:04:24 pwE9g/w1
リビングに入ると、宮原姉妹が正刻を迎えた。
「あ! 正刻いらっしゃい! だけどちょっと遅いわよ? 父さんもお母さんも待ってたんだから。」
「何を言う。一番待っていたのは私だ。その次が唯衣のくせに。」
「!! あ、あんたはまたバカな事言って……。と、とにかくそんな所に突っ立ってないでさっさと座りなさいよ!
父さんも今お酒を持ってくるから!」
そう言って唯衣は正刻を座らせる。ふと見ると、二人ともエプロンを着けているのに気がついた。
「何だ? 今夜はお前らが食事を作るのか?……というか、舞衣が作るのは大変不安なんだが……。」
正刻がそう言うと、舞衣は頬を膨らませて抗議する。
「何だ正刻その言い草は! 私の愛情がこもった料理を食べるのがそんなに嫌なのか!?」
「愛情こめるのは結構だが、その前に生物が食べても大丈夫なモノを作ってくれ。」
そう言い返された舞衣はぐむぅ、とうめく。そのフォローをするかのように亜衣が正刻に言った。
「大丈夫よ正刻君。私と唯衣とできっちり教えているから楽しみに待ってて? その間はあの人の相手をしてあげてね。」
そう言うと娘二人を連れて亜衣はキッチンへと向かった。その三人と入れ替わるように、一人の男性がリビングへと入ってきた。
「お! 正刻君よく来たね! 待ってたよ!」
酒瓶とグラスを持った男性の名は「宮原 慎吾(みやはら しんご)」。宮原姉妹の父である。
いつも人懐っこい笑顔を浮かべている好人物ではあるが、大手商社の部長職を勤める敏腕な一面も持つやり手のビジネスマンでもある。
ちなみにその人懐っこい笑顔は唯衣の方に受け継がれているようである。
慎吾はグラスと酒瓶をテーブルに置いた。慎吾が持ってきた酒は日本酒・焼酎・ウィスキーと、中々ヘビーなラインナップである。
「じゃあ正刻君、早速乾杯といこうか! どれからいきたい?」
「っつーかおじさんいきなりですかい!! 飯を食う前から何でこんなヘビーなちゃんぽんしなきゃならんのですか!
せめて飯食うまでは大人しくビールでも飲んでましょうよ!」
「何生ぬるい事言ってるんだ正刻君。君と僕がそんなまったりとしたペースで満足できるわけないだろう? いくら今夜は君が泊まって
いってくれるとはいえ、時間は限られてるんだ。たっぷりと楽しまなきゃ損だろう?」
そういう慎吾に正刻は苦笑する。しかし、嫌ではない。こういうやりとりは、正刻は自分の家では出来ないから。
「分かりましたよおじさん。それじゃあ今日はおじさんの好きなウィスキーからいきましょうか。水と氷……あとつまみは、と……。」
「ああいいよ正刻君。僕がやるから君は座っていてくれ。」
男二人が腰をあげようとした時、テーブルに水と氷、それに簡単な炒め物や刺身を宮原家女性陣が運んできた。
「はいはい、男がキッチンに来たって邪魔なんだから、これでも食べながらしこたま飲んでなさい?」
そう言って亜衣がウィンクする。歳に似合わず似あってるなぁなどと思っていると、正刻の前にその炒め物が置かれた。
簡単な野菜炒めのようだが、何故自分の前に? そう考えた正刻だが、置いた人物を見て納得した。置いたのは舞衣だったのである。

12:名無しさん@ピンキー
07/02/16 01:05:06 pwE9g/w1
舞衣は無言で正刻を見つめている。「食べて」という意思表示だろう。しかし正刻はちょっと躊躇った。
何故なら、過去のトラウマが脳裏をかけめぐったからだ。
舞衣は料理が破滅的に下手なのである。文武両道に優れているくせに、何故か料理だけは昔っから駄目だった。
対照的に、唯衣は幼い頃から料理が上手く、正刻にもよく食事を作っており、正刻も喜んで食べていた。
それを羨ましがった舞衣が対抗して料理を作るのだが、それを食べた正刻はもれなく死線を彷徨った。
その記憶が躊躇いに繋がったのである。ちらり、と舞衣を見ると、悲しそうに目を伏せていた。
そしてその目はこうも言っていた。やっぱり駄目だな、と。
そんな舞衣を見た正刻は深呼吸を一つすると、おもむろに料理を箸でつまみ、口に放りこんだ。
「あっ……!」
舞衣が小さく声をあげる。正刻はそのまま仏頂面をしてもしゃもしゃと咀嚼し、ごくり、と飲み込んだ。ふぅ、と息をつく。
「……ど、どうだ……?」
恐る恐る舞衣が尋ねる。正刻は仏頂面のまま少し黙っていたが、やがて口を開いた。
「……舞衣。」
「……ああ。正直に言ってくれ。覚悟は出来てる。」
「そうか、だったら言うぞ。不味くはなかったぜ。」
「!……え? ほ、本当か……?」
「ああ、本当だ。だけど勘違いするなよ? まだ『不味くない』ってだけで、美味いとは言ってな──」
「──まさときぃっ!!」
そう叫んで舞衣ががばぁっと抱きついてきた。唯衣があっ! という顔をする。
「嬉しいぞ正刻! 私はなんて幸せ者なんだろう! 君に『不味くない』と言ってもらえる日が来るなんて! 今まで頑張ってきて良かった……!」
そういって舞衣は正刻にすりすりと頬擦りをし始めた。
「こら舞衣! そんなにくっつくな! 頼むから離れろ!」
「そうよ舞衣! 父さんとお母さんの前よ!? そんな恥ずかしいことしないの!!」
「何だ唯衣よ、羨ましいなら素直にそう言えば良い。お前も反対側から正刻に抱きついたらどうだ?私は別に構わんぞ?」
そう言われると、唯衣の顔はゆでダコのように真っ赤になった。

13:名無しさん@ピンキー
07/02/16 01:06:50 pwE9g/w1
「バ、バカじゃないの!? 羨ましくはないわよ! ……それよりちょっとお鍋をみてきてくれない?
少しは上手くできたみたいだから、そっちもあんたに任せてみたいから。」
唯衣がそう言うと、舞衣は嬉しそうに「了解だ! まかせておけ!」とキッチンへ向かった。
舞衣の姿が完全に見えなくなると、正刻はおもむろにウィスキーの蓋を開けグラスに注ぎ、ストレートのままぐいっと一気にあおった。ぷはぁっと息をつく。
「……やっぱり駄目だったのね。」
唯衣がはぁ、と溜息をつく。正刻がやせ我慢をしていることを見抜いた彼女は、口実を設けて舞衣を正刻から引き離したのだ。
「……だが、嘘はついてないぜ? 実際味はそんなに変ではなかったし、酒の力を借りたとはいえちゃんと意識を保ってるしな。
ただちょっと体が拒否反応を起こしただけで……。」
「……お酒の力を借りたり体が拒否反応を示す時点でもうアウトじゃない……。」
そういう唯衣に正刻は苦笑を返すと、再び野菜炒めに手をのばした。
「ちょ、ちょっと正刻! もう食べるのは止めた方が……!」
「これはあいつが俺のために一生懸命作ったもんだ。だったら、俺が全部食べてやらなくっちゃあな。」
そう言って一口食べる。む、とうめき声を出しつつも箸を止めることは無い。
「……本当に、あんたは変わんないね。昔っからそう……。」
そう呟くと唯衣は優しい顔で正刻の横顔を見つめる。
そう、正刻は舞衣の料理を食べて死線を彷徨ったが、実はそれは、必ず料理を完食していた所為だった。
一口でやめれば良いものを、正刻は必ず全部食べた。脂汗を垂れ流そうが、体が震えてこようが必ず全部食べた。
そんな正刻を唯衣と舞衣はずっと見てきた。だからこそ二人は───
「あ、お母さん、そろそろ戻らないと! 私たちがちゃんとした料理を作らないと、一家心中になっちゃうよ!」
「えー、もう行くの? もうちょっと貴方たちのやりとりを見ていたかったんだけどなー。」
唯衣の呼びかけに、亜衣はいたずらっぽく笑って答えながら立ち上がる。
「じゃあ正刻君、頑張ったご褒美にうんと美味しいもの作るから、楽しみに待っててね?」
「えぇ……。出来れば俺が元気でいるうちにお願いします……。」
正刻は気付け薬代わりにウィスキーをちろちろ舐めながら答える。
そんな正刻を見て慎吾が笑って言う。
「君も苦労するねぇ正刻君。ま、夜は長いからね、じっくり楽しもうよ!」
そう言うと。自分のグラスを正刻のグラスにチン、とぶつけた。




14:名無しさん@ピンキー
07/02/16 01:07:45 pwE9g/w1
以上です。ではー。

15:名無しさん@ピンキー
07/02/18 09:37:11 no6GPwgq
GJです。(;゚∀゚)=3
最近はアマーーイSSが多く投下されててイイですな。

ところで、このスレ住人適には秒速5センチメートルの幼馴染はどうよ?

16:名無しさん@ピンキー
07/02/18 11:03:46 oFD6xtLj
kwsk

17: ◆tx0dziA202
07/02/20 00:02:45 5z6rThT9
ずいぶんと間が開きましたが、ようやっと3話を投下します。
もし覚えていてくれる方がいらしたなら、楽しんでいただけると幸いです。

気が向いたら書くという形で続けているので非常に遅筆ですが、気長に見守ってください。


18:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:04:00 ftGNo0Ha
曇天。
低く暗く、まるで灰色の入浴剤をぶちまけた風呂の様なくすみ具合を示す冬の空。
その雲海の上から見たならば、街は小麦粉をまぶしたが如く真白い。
遥かな天空から吹き降ろすのはその字面そのままの意味の木枯らしであり、風は、白

く錆付いた旧い武家屋敷の群群の障子を容赦なく鳴らす。

その中。
からりからりと玉砂利を鳴らしながら、四人の男女が中規模の武家屋敷の庭で戯れて

いる。
先で待つ二人は髪をすべて後ろに撫で付けたのっぽと、背の小さい短髪の少女。
後を追う丸眼鏡の少年に並び来た膝裏まで届く黒髪を持つ女性は、くるり、と体を回

すように礼を済ませ、扉の青錆びた錠に、近頃のそれとしては不釣合いな大きな鍵を

回し入れた。

ぶりきの玩具を叩くのにも似た鈍く響く音が鳴り、そのまま女性は格子模様の右扉に

両手をかけ、体ごとずらし開ける。
さりげなく丸眼鏡の少年が左扉を開ける中、新雪にその足を刻みながら扉の真前に戻

ると、胸に手を当てつつ彼女は軽く頭を下げながら凹凸激しい二人組を中に招き入れ

、一息をつく。
頭の後ろで手を組ませて我が物顔で悠々と家屋に入る少女と、手をポケットに入れ、

眼を閉じた様な僅かな笑いを浮かべてそれに続く青年を見送りながら、女性は傍らの

少年を親愛の一瞥を送る。
笑みかけた後、頭の毛皮製の白い帽子を取りながら自らも足を中へと踏み入れた。

少年は、ふ、と一息つくと、眼鏡に髪がつかないように気を使った動きで軽く頭を掻

く。
そして、漆喰の崩れを補修した跡が残るその屋敷へと、女性を追うかのように一歩。
彼の姿が内側の影に隠れて数瞬のち。
両開きの扉はゆっくりと、台車を転がすような音とともに街と彼らを遮断した。



第三話 Whose name is "Wild card"?




19:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:04:47 5z6rThT9
「……あの、ええと。一体全体、何をやっているんですか?」

そう困惑の笑みで問いかけたのは、大腿まで伸ばした黒の髪持つ女性。
―ここは武家屋敷の居間。
寒さに震え、炬燵を求めて四者が四様に木戸を開けて中に入るところだった。
四人の先頭、先ほど言葉を発した白い毛皮コートの彼女は四条 水城。
この家の嫡子にして、四人の集まりの先導を務める事になっていた人物である。
その視界に納まった、一人に人物に眼を向けてみれば。
彼女の目線の先にいたのは――

「……見た通り、よ。少しばかり早い晩酌……が一番近いかしらね」

猪口を手に持ちながら、ジャージに半纏という姿で炬燵に入る少女。
くいと手のそれを口元に当てつつ、それが何でもないことであるかのように軽く目を閉じる。
「悪いわね。少しばかり先に始めさせてもらっているわよ」
動じた様子を全く見せずに呟く少女の姿形は、今まさに彼女に問いかける水城のそれにとてもよく似ていた。
一行を一瞥した後に、呟くように問いかけて、
「一杯要る? “平泉”の山廃純米。呑む価値は十分あるけど」
く、と含み笑いを彼女は続ける。

腰まで伸びた黒髪に、どことなく童顔気味ではあるが整っている顔と、それに浮かべた落ち着いた表情。
女性の割には高めな身長も水城とほぼ同じ程度であり、並んでもそう差は見受けられない。
……とはいえ、違いもまた多い。
一番分かりやすいのはその目つきだろう。
元々垂れ目気味の目を常に弓にして微笑している水城に対し、彼女のそれは吊り目でも垂れ目でもない。特徴らしい特徴がないのだ。
眼光は鋭い訳ではないが、しかし常に眼前のものを子細に観察しているような印象を受ける。

また、後ろから髪型を見比べる事でより違いははっきりするだろう。
膝の後ろ近くまで伸ばしたそれを、丁寧に整えて額の前でわずかに分けているのが水城。
対し、十分長いとはいえ、水城よりもだいぶ短く腰元までしか伸ばしていない髪を、せいぜい寝癖を直す程度にしか手を入れていないのが少女だ。
加えて、白い毛皮のコートに帽子という趣味をはっきり反映させ、かつ、決して豊かとは言えないものの、女性らしさを漂わせる程度には器量の良い水城と、
ジャージに半纏という過ごし易さのみを考慮し、更にはその体躯の一部が同年代の同性と比べて殆どふくらみを持たない彼女を間違える人はそう多くないだろう。
よく似た顔立ちに化粧を殆どしていないのが共通している以上、
学校の制服のような同じ意匠を持つ服を着ざるを得ない場合はまた違うのだろうが、この様な私服のときに彼女らを見分けるのは容易な事と言える。

そうした自分に良く似てはいるが異なる存在に対し、水城は戸惑いと呆れ交じりの声で言い回しを変えつつ質問を再度行う。
表情は眉尻を下げたハの字ではあるが、いつもの微笑である。
「……ええと。……どうして、そんなものを飲んでいるんですか? 梓(あずさ)」


20:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:05:22 ftGNo0Ha
―最後に告げられた、一つの名詞。それが彼女の名前。
四条 梓。
年齢に見合わぬ貫禄を持ち合わせる達観者にして、四条 水城の妹である。

彼女―梓はわずかだけ首を水城の方に向け、あたかも自分の行為が当然のように言葉を告げる。
「ん……、難しいところだけれども、吟醸酒は香りが強すぎて料理と合わせるのは私は好きじゃないのよね。
そうそう、これに合わせた料理食べたかったから、台所勝手に使わせてもらったわよ」

平然とした彼女の言葉。その中に問題発言を見つけ、水城は更に眉をひそめる。
が、それ以前に。
「そんな事を聞いているわけじゃないんですけど…… はあ……」
一息。
「あの、梓は一応まだ14歳でしょう? さすがに飲酒はまずいと思いますよ……?」
何やら共犯をしている気分になっているのか挙動不審な態度を取り始めた水城に対し、梓は口元だけをわずかに上げ、呟く。

「―くく。それは姉さんの気にする所ではないでしょう?
……そうは思わないかしら、兄さん」
冷たくはないが、どことなく冷めた笑いとともに放たれた言葉。
その向かった先は、水城の脇を通り過ぎてその背後にいる人物に届けられる。
そこに居るのは―

「……まあ、その通りだけどさ。一応四条も心配している事は気に留めておいたほうがいいと思うよ、梓」
あかがね色のフレーム持つロイド眼鏡をかけた、童顔の生真面目そうな少年だった。


兄さんと呼ばれた彼―高槻 薪は、ようやく訪れた発言の機会に際し、はあ、と溜息を吐きつつ目の前の姉妹にとりあえずの要求を伝える事にする。
額に人差し指を当てながら、目をつぶって渋い顔を作り、一言。

「ひとまずさ……寒いから中に入れてほしいんだけど」




「うう……寒寒。あー、炬燵は最高だわね。
ウチにもエアコンだけじゃなくミズキチんちみたいにこれ置いてくれないかなー……」
「よ、水城妹。相も変わらず良く似てんなあ。似てないとこも多いけどさ。
まあ、何にせよ可愛い……っつーのはちと違うか、ともかくなんかそんな感じなのは良い事だな、うん」
高槻に続き、かたりと横開きの扉を開けて入ってきたのは二人組みの男女。
両手で肩を抑えて震えるのはゆるいウェーブのかかった髪をショートカットにした背の低い少女。
傍らで、顎に手を当て自分勝手に納得してうなずくのはオールバックの長身の少年だった。
二人はそれぞれの行為を続けながら、そのまま炬燵の側面の一つに並んで入り込む。
少女の名は雛坂 神子。少年の名は淵辺 正義。
その姿はさながらつがいの小鳥の様であり、実際に、少なくとも表面上は二人がそういった関係であるのはこの場の誰もが知ることである。

21:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:06:04 ftGNo0Ha
「……あの。先ほど台所を使ったといっていましたけれど……」
果てさて、炬燵に来客が全員入ったところで、水城が不安そうに話を切り出した。
居間は二箇所の出入り口を有しているが、炬燵の水城らが今しがた入ってきた廊下に面した側には、水城。
そこから時計回りに高槻、雛坂と淵辺、梓というように割り当たることにいつの間にやら決まっていた。
高槻の背後、即ち梓の前方にはもうひとつの出入り口があり、そこからは台所に通じている。
そちらをちらちらと目の端で捕らえての水城の言葉。その笑みは絶やさぬながらも、躊躇いが見る人が見れば浮かんでいる。

……と。
「安心して頂戴。姉さんの作ったものにはさほど手を触れていないから」
特に感慨も無い様子で、梓は猪口を口元から放して告げる。
「あ、そうですか……
……さほど? 」
「そんなに怯えなくても大丈夫。鍋食べたかったからガス台の上のフライパンを動かした位よ。
後、冷蔵庫の中も野菜室くらいしかいじってないから。
姉さんが作ってた豆腐をひっくり返したりしてはいないから安心なさいな」
妹の応えに、ほ、と一息ついて、水城はそこではっと気づいたように申し訳無さそうな顔をする。
「あ……お茶を出すべきでしたよね。今もって来ますから、少しだけ待っててくださいね?」
と、掘り炬燵から抜け出て、小走りで台所に向かっていった。

「四条の豆腐か…… 久しぶりだね、楽しみだよ」
どこを見るでもなく水城を眺めていた高槻がぽつりと漏らす。
小声で放たれてはいたものの、静かに雪降る過疎地の武家屋敷には雑音も殆ど無く、淵辺が興味ありそうに聞き返した。
「へえ…… 水城ってんなもんも作れんのか。そういったもんはどっかの店屋にでも行かなきゃ作れないと思っていたんだけどな」
彼の質問は高槻に向けられたもの。しかし、その返答は彼の対面から告げられた。

「……家は一応大正から続く和菓子屋で、姉さんはその後継者だからね。
豆腐の和菓子もあるし、そもそも修行の一環として日本料理は一通り覚えこまされたのよ、あの人。
姉さんが料理屋開けるくらいの腕持ってるのは貴方たちもよく知っていると思うけど」
と、告げるは梓。

それを聞き、高槻はさも当然とばかりに別に何も動きを見せず、淵辺は見直したとばかりに親指を上げ、雛坂は羨ましそうに台所の方向を横目で見たのち、はあ、と溜息をつく。
三者三様の反応を傍観者の目で眺め、徳利から猪口に酒を注ぎながら梓は一言。
「……ま、少なくとも料理に関しては、あの人のもの食べ慣れてるなら私のは食べるに値しない程度のものよ」

皮肉気に告げられた言葉は、しかし台所の水城にも届いていたようだ。語気を強めてから、最後には気弱ささえ漂うように語調を変遷させつつ彼女は言う。
「そ、そんなことは無いですよ梓。あなただって十分過ぎるほどなのに、そこまで卑下することはないです……」
どことなく後ろめたい響きを感じさせる水城の言葉。
それは、雛坂と淵辺の二人には気まずい心象を与える事となった。
さすがにそういった当てつけじみた台詞が当人に聞こえていたとなっては、この場の雰囲気が愉快ではないものになりかねないものだ。

が。
二人が見れば、彼女たちに自分たちより近しいはずの高槻は平然と、眉一つ動かさずにただ窓の外の雪降る枯山水を眺めているのみ。
雪はしんしんと、はや暗く見通せない闇の中で玉砂利の上を真白く染めている。
なぜか、と淵辺らが思うよりも早く梓は、くく、と口元だけで笑い、
「……冗談よ。もう少し堂々と構えていなさいな、姉さん。
この程度の揺さ振りで動じていたら苦労するわよ。色々なところで、ね」

この一角は開かれた暖簾が垂れ下がっているだけで戸がついておらず、台所と居間が素通しとなっている構造だ。
暖簾の下から足下しか見えないが、それでも水城が一瞬足を止め、それからせわしなく言ったりきたりを繰り返しているのが雛坂の目に届く。
響くのは、上ずった声での水城の声。
「あ、あの梓? 鍋の仕上げをした方がいいようですけど……」
気づいているのか、いないのか。高槻は以前体勢を変えず、ただの一言も発さず視線は窓の外へ。
やり取りに興味なさげな様子さえ見せている。
その心情を見通すのは、雛坂にとっては彼の見ている宵闇の先と同じ程度にすらも不可能だった。

22:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:06:43 ftGNo0Ha
「そ。……じゃ、そろそろ手を加えないと。
私も少しばかり失礼するわ。
……一応聞いておくけど、貴方達も食べる? 多めに作ったから遠慮は必要ないけど」
穏やかな微笑とともに発された梓の一言。
相も変わらず口元のみの表情だが、その笑みには先ほどの皮肉気なそれは残っていない。
雛坂は思う。
―なんだ、これは水城達にとっては慣れっこなワケね、と。
心配する必要はなかったわけである。
とはいえ、彼女が思うことはもう一つ。
……やっぱり私ゃこの娘は苦手だわね。
内心そう呟いたとたん、一緒に気まずそうな顔をしていた傍らの淵辺が嬉しそうに膝をぽん、と叩いて曰く。
「よっしゃ! 色々店屋物頼んじまったが、手料理となりゃ話は別だ!
水城妹の料理かー。おい薪、味のほうはどうなんだ?」
急に嬉々としだした淵辺。釈然としないものを感じ、
「……」
「づっ!!」
何かを言おうとした高槻を捨ておき、雛坂は肘打ちを淵辺に叩き込んでおく。
梓は別段何も気にせず台所にいつの間にか入って行っていた。


……と。皆が馬鹿をしているさなか。
「お茶を持って来ましたけど……」
控えめだが、聴く人を落ち着かせる印象を持つ水城のアルトが高槻の背後から発される。
炬燵から高槻が見上げてみれば、どうしたものかと少しばかり眉尻を下げた水城の微笑。
高槻の挙動に気づいた彼女は、丁度良かったとばかりにくすりと笑んで盆の上から各々へと飲み物を置いていく。
「ええと……神子さんにはアップルティー、淵辺さんには無糖のホットココアで良かったでしょうか?」
「あらら、気ィ使わせたみたいで悪いわね」
「おう、ありがとな」
「それと……私の葛湯と。
薪はいつも通りダッチコーヒーにしましたけど……」
遠慮がちな言葉で、しかし各々の好みを完全に把握した飲料を水城は提供してゆく。

彼女と同じような微かな笑みとともに高槻は差し出された湯気の立つカップを受け取り、手でそれを包み込む事でわずかでも暖を得ようとする。
「OK、問題ないよ。有難う、四条」
「いえ、これくらいしか私には出来ませんからね」
にこり、と口元だけの微笑に加えて一瞬目を細め、水城はゆっくりと掘り炬燵の中へ身を滑らせ入れる。

ふ、と軽く息を吐き出し、炬燵の中に入れられない肩をさすっている水城に、雛坂が質問を発した。
「ね、ミズキチ。ちょっと聞いていい?」
「え? あの……何を、でしょうか?」
何を聞かれるのだろうかと、きょとんとした水城に問われたのは。
「ねえミズキチ。ダッチコーヒーって何? オランダ産のコーヒーの事? あんな緯度高いとこじゃ採れそうも無いけど」
先の会話と共に高槻に渡した飲み物の事。
他愛の無い質問に、水城は見下したような態度をかけらも見せずに葛湯をすすり、飲み下してから穏やかに答える。
「水出しコーヒーの事ですよ」
「水……出汁?」


23:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:07:16 ftGNo0Ha
眉根に皺を作りクエスチョンマークを複数個額の回りに浮かべそうな表情をした雛坂に、当のダッチコーヒーとやらに口も付けずに香りを食んでいた高槻が横から回答する。
「文字通り、お湯を使わずに水で抽出したコーヒーの事だよ。
余計な熱を加えない分、変に苦かったりえぐかったりしなくて本来の味を堪能できるんだ……ってどこかで読んだ本の受け売りだけどね」
「どちらかといえば、ブラックの好きな人向けですね。
ミルクや砂糖を入れたりするなら、普通の入れ方でも問題ないのですけど……」
高槻の補足に、息のあったタイミングで水城は更に補足を返す。
「水で、ねえ……。そんなんで本当に味が出るの?」
「うーん……。やはりちょっとばかり時間はかかってしまいますね」
「どんくらい?」
「五時間くらい……でしょうか」
「五時間……」
予想以上にかかる時間に、雛坂は絶句。
「ホットで飲む場合、湯煎をするんですよ。
色々淹れる時間とかも考慮しないといけないので、なかなか奥が深いですよねー……」

あはは、と頼りない笑み。しかし、その表情とは裏腹に、話の内容そのものへの態度には日ごろ慣れ親しんだ物事に特有の安心感が見え隠れしている。
そんな水城に、雛坂はふと気づいたものがあった。
込み上げる笑みを押し込め、しめたとばかりにそれを指摘。
「……ってことはさー、ミズキチ、今日タキがくるって予定聞いたらすぐに作り始めたってワケ?」
「……え? ええ、そうですけど……」
にやりと頬を上向きに引っ張り上げる雛坂。
彼女の意図に感づき、面白そうだと便乗した淵辺が畳み掛けるように言葉を告ぐ。
「お熱い事だねぇ…… 愛しの誰かさんのためには時間なんか障害にならないってか!」

連携は良好。
彼らの予定では、顔を真っ赤にした水城がどうにか取り繕おうと慌てるはずだった。
しかし。
「作業そのものはさほど難しくはありませんから。それに、皆さんの飲み物それぞれにもそれなりに良いものを選んでいるんですよ?」
水城は全く表情を変えず、落ち着いた笑みのままである。
くすり、と手を口元に当て、
「興味を持ったのなら、お二人にも差し上げますけど…… どうします?」
平然と切り返す。

実の所、こうした反応が普段の帰結である。ゲームセンターのときのような反応が珍しいのだ。
そうそう水城とて、みっともない失敗は繰り返さない。そもそも本当に不意でなければ、彼女はいつも冷静と言えるくらいに落ち着いた人間なのである。
突然に苦手なところにでも連れて行かれる事や、彼女以上にマイペースな身内によって、自分のペースを崩されでもしない限りは、だが。
仮にも生徒会長の肩書きを担うだけの度量はあるのである。
とはいえ、時折起こる彼女の慌てっぷりは、失敗時のやるせなさを補って彼らには十二分に面白いのでもあるが。

ち、とつまらなそうに明後日の方向を向いた後、雛坂は遠慮がちに言う。
「んにゃ、遠慮しとくわ。そろそろ梓ちーの鍋出来そうな気配だし」
すると、その途端。

24:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:08:11 ftGNo0Ha
「あら、良く分かったわね。
……兄さんか姉さん、手伝ってもらえる?」
凛とした梓の声が届く。
応じて立ち上がりかけた水城を、休んでいなよと片手で制し、高槻が炬燵から音もなく抜け出た。
そのまま後ろも見ず、後ずさりながら体の向きを変える。

と。

丁度暖簾を掻き分けようと伸ばした手が、何か弾力あるものに当たった。
「……?」
何事か、と思い高槻は眉をひそめ―気づく。

彼の手の当たった場所―それは、梓の胸元だった。
鍋掴みをつけた両手で鍋を抱えている為に、無防備となった梓のその部位に、故意ではないとはいえ高槻は思い切り手を押し当ててしまったのである。
そのことを目の当たりにして、水城は笑みを消し、絶句。
ぴしり、と体を硬直させ、どうしたらいいのか分からずに赤面しながら意味もなく視線をさまよわせる。
意味も分からずとにかく助けを求めようとして目に留まった存在―即ち雛坂と淵辺の二人は、しかし意地の悪そうな笑みを浮かべているのみ。
彼女がどうしたものかと途方にくれる、この瞬間まで僅かに1秒強。
しかし、水城にとって長く感じたこの時間は、結局当事者たちの台詞によって終わりを告げた。

「おっと……失礼、梓」
「別に構わないわよ。謝るほどの事でもないでしょう?」
高槻と梓。
そのどちらもが、別に何でもないかのように……いや、実際当人たちにとっては気にする事の程でもない事として、顔色一つ変えずに揉め事未満の茶番を締めた。
ふ、と一息つき、梓が炬燵の真中に置いた新聞紙の上に、ふたの隙間から茶色がかった白い泡を漏れさせている鍋を下ろし、高槻に首だけで向き直る。
「じゃあ、兄さんは小皿を持ってきて頂戴。ついでに……、そうね、ガス台の横にある熱燗も出来れば頼みたいところなんだけれど」
了解、と台所に向かった高槻を横目に梓が向き直ってみれば、水城が戸惑い半分呆れ半分の目でじい、と見つめているところだった。

「……別にあの人は私をどうこうする意思も理由もないわよ。
今更姉さんが考えても詮無いでしょ」
何の感慨も込められていない、他人事のような口調。
飛躍してまともに考えられない状態を一気に覚まさせるその態度に、水城ははっとして自分を取り戻す。
すう、はあ、と二回、深呼吸を繰り返し、言う。
「……あのですね、梓。仮にもあなたは年頃の女の子なのですから、もっと恥じらいを持ってください……
相手が薪だとしても、もし何か間違いがあったら……」
「別に私にも十人並みの羞恥心はあるわよ、流石にね。後半については、今しがた言った事がそのまま答え。
そもそも、私のことを知ってる人は私をどうにかしようなどと思わないでしょうし」
一蹴。
額に指を当てながらの、自身の感情を言葉の裏に隠したささやかな抗議はしかし、二人の関係の当事者でないが故の客観視点からの淡々とした口調に遮られる。

「……」
渋い顔をして、溜めた息を強く強く吐き出す水城の傍ら。
野次馬根性丸出しで推移と始終をその眼に収めた二つの影。
そのうちの背の高い一方が、不意にぷるぷると手を振るわせだした。
「……? セーギ?」
雛坂は様子の変わった相方を、どうしたものかと顕微鏡内の観察対象にするが如く注視。
一瞬のち。

25:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:10:17 ftGNo0Ha
「……た」
「た?」
「た・き・ぎぃぃぃ! テメエばっかりんなおいしいとこ持って行きやがって!!
おおお俺もご相伴にぃぃっ!」

何の脈絡もなく。
いきなり自身の欲望を露にし、炬燵を抜け出て梓に走り向かう。

呆気に取られ、何も出来ぬ雛坂。
未だ注意を梓に向け、何も気づかぬ水城。
台所にいるために、何の音沙汰も分からぬ高槻。
それらを尻目に淵辺の向かう先、梓はしかし、悠然と。
その体に手が届こうと伸ばした、その瞬間――

ぐるり、と。
淵辺の世界が回った。


雛坂は見る。
淵辺の伸ばした右手を、梓は左手のスナップのみで肩口まで跳ね上げながら体の軸をずらし、左前に向き直る。
そのまま左手首を返し、下腕を。
被せる様に右手で上腕を掴み……、そのまま腰を沈める。
左手を支柱に右手で弧を描けば、どうなるかは明々白々だ。
放物線軌道すら乗らず、先程までの進行方向からやや斜めに、肉塊が飛ぶ。
そして。

「ぐっ……、ほっ……!!」

追加の一撃。
肉塊が上を向いたところで、その水月に右拳がめり込んだ。
わずかな間に体勢を変え、梓は無理矢理に、飛行のベクトルを力ずくで変える。
上から叩き落された鉄槌に従い、肉塊は重力方向に押しつぶされた。


「……危なかったわね」
「……え?」
梓の洩らした一言で、ようやっと自分を取り戻す雛坂。
辺りを見回し、状況を再確認する。
目の前には、莫迦が莫迦をした結果転がる、微動を繰り返す肉塊が一つ。
やや離れたところに、つい今しがた彼女の見惚れていた凛々しい立ち姿。
斜め横を見れば、どうしたものかと困惑を隠さない黒い長髪のハの字眉の雅な影。
そして、いつの間にやら戻ってきて淡々と卓に取り皿を並べるロイド眼鏡。

誰も何も事態解決に繋がるような行動を期待できない面子ばかり。
いや、肉塊以外の三者だけなら放って置いても誰も問題とすらみなさず次のことを進めるのだろうが、生憎雛坂自身はそこまで達観している訳ではない。
なので、とりあえず一歩を踏み出すことにする。


26:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:10:56 ftGNo0Ha
「……ね、梓ちー。なんでこのアホを叩きのめした君が『危なかったわね』なの?
フツーは君が言われる立場だと思うんだけど」
よく意味を取る事のできなかった一言を疑問と化して、無遠慮かつ無頓着な裁定者に訊いてみる。
と、梓は目を閉じ、無言で脇を指差した。
「鍋がどしたの?」
そこにあったのは、ぐつぐつと煮えたぎる鍋。
ふ、と一息ついた梓は告げる。
「叩きのめすつもりはなかったんだけどね、投げるだけの筈だったんだけど……
あのまま軌道を変更させなければ、まず間違いなく頭からそこに突っ込んでいたわよ、先輩」
「あー……」
つまり、止めの一撃は頭から鍋に突っ込まないよう、配慮を利かせていたということだ。
あの一瞬の内にそんな事を慮ってくれるとは。雛坂は素直に感謝する。
「こいつに代わって礼言っておくわ、あんがとね」
「それほどでも。別に大した事でもないしね」
く、と不敵な笑みを浮かべる梓に、雛坂は親指を立てて応答。

「なに礼なんか言ってんだよ! くぉ……腹が痛ぇ……」
足下から聞こえる苦悶。
それに気づき、表情を無くす雛坂。
が、すぐに極上の笑みを浮かべて口にしたのは、労わりの言葉。
「おー、よしよし。痛かったのね。
じゃあ、お姉さんがいたいのいたいのとんでけー、してあげるから素直についてきてねー」
慈愛に満ち満ちた言葉とは裏腹に、むんずと青筋の浮いた掌でもって淵辺の襟首を掴み、立ち上がる。
さ、と淵辺の顔が、痛みの赤から恐怖の青へと染まる。
「い……いや、なんだミコ? 今のはものの弾みってやつで……」
「だいじょぶでちゅからね~。何の心配もいらないでちゅよ~」
既に全身を音叉の様に震わせる淵辺の長身を、その重さを全く感じさせない足取りで廊下に引きずってゆく。
扉の手前で、一言。
「悪いんだけどさ、五分位待っててくれる? ミズキチ」
邪気のない、道化師の笑みで一瞬振り返り、開け放った扉に沈んでぴしゃりと閉める。

後に残された三人は、どこかで鶏が暴れるような音をBGMに、沈黙。
水城は苦笑いに、高槻と梓は無感動に。
水城が一言。
「……ご飯も炊けてますから、持って来ましょうか?」
「……手伝うよ」

二人が台所に入り、一人で梓は猪口を嗜む。
杯をあおり、皮肉気に口端を歪めて曰く。

「茶番よね…… 全く」


宴は続く。騒々しく、しかし静寂の中で。

27:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:11:48 ftGNo0Ha
「めんごめんごー、んじゃ、迷惑かけたけど早速はじめましょか!」
黒の下に雪の降り積もる、何一つ外の音が聞こえない屋敷に場違いに明るい声が響く。
出て行ったときと同様に、首根っこを掴んで淵辺を引きずってきた雛坂は、部屋の隅に青白い顔をしたそれを捨ておくと、どっかと炬燵に入り込んだ。
高槻は水城と顔を合わせ、はあ、と肩を落とし、水城は水城で苦笑いを返す。
何食わぬ顔で酒を口にしていた当事者の一人、梓は、ここに来てようやく鍋の蓋に手をかけられる状況になったことで、改めて自嘲を浮かべる。
「……ま、大したものでもないけどね」

ぱかり、と相当熱くなっているであろう蓋を素手で持ち上げた先に煮えたぎっていたのは、
「きりたんぽ?」
「一応ね」
雛坂の確認に、自嘲を引っ込めた中庸な笑みで梓は返す。


きりたんぽ。
正確にはきりたんぽ鍋。
秋田県の郷土料理であり、きりたんぽそのものは半ば餅状になるまで潰した米を竹串に巻きつけたものを指す。
今彼らの目の前に有るのは、日本三大鶏として有名な比内鶏の出汁をベースにしょっつるという魚醤で味付けを施した鍋にそのきりたんぽを入れたものである。
作る際のコツとしては、野菜や鶏肉をある程度煮込んだ後にきりたんぽを入れることで、ざっくりとした感触を残したまま食べられる様にすることがあり、これこそ梓の行った“仕上げ”の正体である。
が、煮崩れするくらいに柔らかくなったきりたんぽを愛好する人も多く、好みによって左右されるといえよう。

閑話休題。

各々が取り皿を手に具を入れていく。
そんな和気藹々とした中、素っ頓狂な呟きがひとつ。
「……何コレ?」
雛坂が菜箸で鍋から引っ張り出したのは、肌色のゴムチューブのような代物。
「何と言われても。……ただのモツだけど、それがどうかしたの?」
「え? うわ、気持ち悪っ!!」
ゴムチューブの正体を聞いたとたん、妙な動きで飛び跳ねるように手がぶれ、モツが鍋の中にポチャリと落ち込んだ。
「……あの、もしかして神子さんはこういったものが嫌いなんですか?」
不思議そうに聞いた水城は、鍋から自分と高槻の分を取り分けている。
と、つい今しがた雛坂の落としたモツを、勿体無いですね、と言いながら自分の器へ。
うえ、と洩らしながら、雛坂は、
「いや……食えるの? そんなもん。ゲテモノじゃないの?」
言って、しまったと料理にけちをつけた事に冷や汗を流す。
……当然ながら、梓は全く気にせずに碗を口に運んで汁をすすっている。
代わりの返答は別の場所から飛んで来た。
「結構美味しいよ。少なくとも、僕は下手な牛肉より好きだね」
水城から器を受け取ろうと手を伸ばす高槻だが、直前で、あ、という水城の声に手を止める。
「キンカンがありましたよ、薪。入れておきますね?」
にこりと笑い、黄色い塊をいくつか高槻の器に入れて手渡し。
「有難う。四条は四条で自分の分確保しておきなよ」
穏やかな微笑をたたえながら高槻もそれを受け取るのを見届けて、四条はお玉の上に残ったキンカンを自分の器に入れる。
どちらともなく手元の器の中身を食べ始めた二人は美味そうにモツを頬張っており、雛坂が意識したのは疎外感。

物寂しさを吹き飛ばすため、敢えて無理して鍋の中をかき回し、モツを探し出す。
「……じゃ、じゃあ、私も挑戦してみよっかな。なんちゃって……」
空元気でとりあえず出した言葉に、目の前では三者三様の反応。
「……あの、無理はしなくて良いですよ? 食事は美味しく食べたほうが良いですし」
「とりあえず、食わず嫌いならまず一切れだけ食べてみても良いかもしれないけど……。四条の言うとおり無理する必要ないよ」
「貴方が食べなくても誰かが食べるわよ。それに、貴方が食べないなら単純に私達の分が増えるのだし」
彼女を慮る二つの台詞と身も蓋もない最後の台詞を聞き流し、雛坂はモツを口に運び―咥える。
「……ッ!!」
「み、神子さん!?」
息を詰めた彼女に、水城が心配そうな瞳を向けた、その瞬間。
「……美味いわね、コレ」
ごっ……と、水城は思い切り炬燵に頭をぶつけた。

28:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:12:39 ftGNo0Ha


「それにしても、さっきの投げは見事だったわね、梓ちー。私もなんか武道やってみようかな」
鍋をつつきながらの雛坂の賞賛。
しかし、応答はあくまでも無感動に。
「別に武道なんてものではないわよ、私のは。
……私のは、ただの暴力。そんなことを言ったら本当の武道家には失礼千万に当たるわよ?
例えば私の曽祖父さんみたいなね」
自嘲する梓。しかし、その表情にはなんら陰湿なものは見当たらなく、軽い冗句の様な物だろう。
不意に出てきた曽祖父という代名詞に、水城は昔を思い出す。

いつの頃からかは分からないが、梓は気がついたら曽祖父からそういった武術……梓から言わせれば喧嘩の方法を習っていた。
曽祖父は剣術と日本拳法、合気道の心得があり、それ故にそれらを学んだ梓はお世辞抜きに強いといえる。
更にはそれだけに飽き足らず、様々な格闘術や獲物の扱い方を齧ったらしいが、今のところそれを見た機会は水城にはあまりない。
数少ないその片鱗を垣間見る事ができたのは2年前、コンビニに入った強盗3人組を、当時中学1年生だった梓は苦もなく鎮圧してみせたことがあった。
水城の記憶からは、高槻の後ろにすがり付きながらそっと前を覗いた際、さも何でもないとばかりに奪い取った包丁を無造作に投げ捨てる梓と這いつくばる惨めな3人組が未だに消え去ってくれない。
一応、護身程度に水城も合気道を覚えさせられはしたが、梓には到底敵いそうもないと思っているし、実際に足下にも及ばないだろう。

「はあ……」
「どうしたの? 四条」
「いえ……何でもないですよ、ええ」
まさか妹の将来が不安だとはいえない。例え彼女の兄の様な立ち位置の高槻にも。
何でもないかのようにまぶたを伏せ、いつも通りの笑みを浮かべる水城。
既に落ち着き払った様子でいる彼女を高槻は見つめると、はあ、と一仕事を終える直前の表情で告げる。
「……まあ、どうにもならないことはあるからさ」
水城は一瞬きょとん、と動きを止め、苦笑いをして高槻と顔を見合わせた。



「そう言えば四条、家の手伝いは?」
高槻がそう問うたのは、はや八時も過ぎた頃合。
既に鍋も食べつくし、雛坂らが頼んだデリバリーや水城の料理を前に飲んだり食べたり、本を読んだりゲームをしたりと思い思いに過ごしている時間の事だった。
「いや、今更なんだけどさ、年末だしね。何だかんだと入り用があるんじゃないのかな」
質問の対象となった水城は、左頬にトマトソースの付いているのに気づかずにピザを頬張っている。
よくよく口を動かし、ごくりと飲み込んでから口の周りをティッシュでぬぐうが、頬に付いた赤い塊には届いていない。
「ああ、それは一応大丈夫ですよ。跡継ぎ扱いされているとはいえ、私はまだまだ未熟ですからね。
午前中には多少の手伝いもありましたけど、それも今日店に出す分だけですし。
お得意様への品は未だにお父さんが任せてくれないんですよ。ああいう性格ですからね……」
くすり、と微笑む水城に、そうなんだと頷きながら、高槻は右手にティッシュを持って水城の顔へそれを近づける。
「四条、ソース付いてる」
「え?」
問い返すと同時、高槻が頬にティッシュを擦り付けた。
拭い終え、ティッシュに付いた赤い染みと水城の頬を見比べるとうん、と頷いて口元を緩める。
「オーケー、取れたよ」
そう言われた直後。
水城は顔を赤く染めて俯いた。長い髪が垂れ下がり、表情を隠す。


29:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:13:19 ftGNo0Ha

高槻はといえば、仕事は終わったとばかりに既に食事に戻っていた。
気づいているのか、いないのか。
水城のほうには眼もくれず、彼女の反対側でビールを一気飲みしている淵辺と、気づかれないようにその脇の下に伸ばした手を妙な動きで近づけている雛坂という、既に出来上がった二人組みをテレビでも見るかのように眺めている。

ほっと一息つくと、水城は目の前にあったグラスに手を伸ばして一息にあおり―
「あ、姉さん、それ……」
飲み干した。
と、その途端。

「……え?」
くるり。
目の前が歪む。
同時、先程までとは比較にならないほどの血液が顔に上がってきた事を自覚。
平衡感覚を失い、座布団の上に背を伸ばして座っていたはずなのに、なぜか炬燵にうつ伏せになっている。

「……間に合わなかったか」
遠い近くから聞きなれた他人の声が聞こえる。
「梓。もしかして四条……」
「……よりにもよって、泡盛なんか注いでおくんじゃなかったわね。
初めて飲む酒が40度越えてればこうなるってことか……」
ぐい、と腰の辺りを掴まれた様な気がした。
しかし、もはや触感すらよく分からない。
「あれぇ、そら、とんでますねえ。……のわりにはおもうよーにうごきませんよー?」
目の前がぐらぐらと動き、視界に自分の足と、視界を塞ぐ自身の髪が入ってくる。
どうやら腰元を掴んで抱きかかえられているようだが、それすら判断できる状況にない。
何となくどことなく体が楽になって行き……考える事すらどうでも良くなった。


「……寝かせてくるわ。悪いけど、御二方は適当にくつろいでいて頂戴」
「あいよー……」
「おー、分かったぜ……」
片手で姉を脇に抱きかかえた梓が見てみるまでもなく、雛坂と淵辺の二人は役に立ちそうにもない。頼りになりはしないだろう。
そしてそれ以前に、この二人より四条家に近しい立場にいる人物もいる。
彼女が言伝を頼むのは、

「……兄さん」
「……はあ。分かってるよ。何をすれば良いかな?」
今日何度目になるか分からない溜息をつき、丸眼鏡の少年は立ち上がる。
本来ならば片付けやら何やら、水城がすべきであったであろう事をする為に。
根っからの苦労人を一瞥すると、凛々しさを湛える少女はまずは問う。
「兄さん家は? 今日遅くなっても……下手したら泊まっていっても大丈夫?」
「一応それは心配ないと思うけどね。
母さん一人にさせてしまうけど、たしかあの人もどっかの忘年会行くって言っていたし」
問題ないことへの確認を取り、梓は頷いて指示を重ねる。
「……了解。じゃ、まず店のほうに行って姉さんが潰れた事を伝えて頂戴。そして――」






30:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:13:51 ftGNo0Ha


風を斬る音が聞こえる。
次いで、高槻の耳に入ったのは、とん、と言う小さく、しかし響く音。
しばし沈黙、そして僅かな街の音。
再度、風斬音。
とん、と何かを通し抜く音が届き、半ば現より乖離していた高槻の意識は覚醒に向かう。

冬の寒さは例外なく体を浸し、故に布団から出ようとしない体をどうにかして引きずり出して、張ったままどうにか片方だけ障子を開ける。
途端、薄暗い畳部屋に眩いばかりの白光が差し込む。
しぱしぱと目を瞬かせながら、どこに置いたか、どうやって見つけたのかもうろ覚えなまま眼鏡を目の前に持ってきた頃になり、ようやく頭がはっきりとしてきた。

ここは四条家の客間。
畳張りの八畳程度の部屋であり、そこの真中にひかれた羽毛布団から這い出してきた高槻は、障子を開けた瞬間、一面の雪に照り返された朝日に目を刺されていたのだ。
何とはなしに空を見上げてみれば、遥か遠く、どこまでもが蒼の一色。

寝ている間に止んだのであろう雪は、視界に入るだけで痛いほどの光を反射している。
だから、視界を下ろす気になれない高槻は、しばしそのまま空を眺める。
吸い込まれそうだ、と言う思考がとめどなく脳内を駆け巡る中、彼を朝の世界に呼び込んだ原因となる音―風を斬るそれが、ひゅう、と届く。
意識をそちらに向ければ、視界の外れには彼の良く見知った立ち姿。

外は寒い。
今の格好、即ちどてらに作務衣だけではまず体が冷えるだろう。
高槻は手早く寝巻き代わりを脱ぎ捨て、部屋の隅に置いておいた普段着―カーキ色の綿パンにワイシャツ、紫紺のベストの上に、青いフライトジャケットを羽織る。
勿論厚手の靴下も忘れない。
「――よし、と」
誰にともなく呟くと、障子を抜け、縁側でサンダルを引っ掛ける。
とんとん、と足先を軽く地面に打ちつけ、新雪に一歩一歩、跡をつけながら視界に写る長い髪の少女の下へと歩んでいった。




31:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:14:23 ftGNo0Ha


射法八節、貫き通すは近的二十八米。

足踏み、胴造り、弓構え。
静寂の内に、時計りの歯車が如くゆらりとしっかりと、己が姿形を確定する。
その花は凛々しく、雪に埋め尽くされる早朝の庭園においてもなお冷気を周囲に纏う。
彼女の羽織るは飾り気の無い作務衣一枚、地下足袋一足。
明らかに防寒の意図の無い服に包まれながらも、その表情は常の通り。

音も無く彼女は七尺三寸のグラスファイバー、雪の反射光に黒く鈍く輝く弓を打ち起こす。
流れるが如く、ぎ、と弦を鳴らしながら、引分けに繋ぎ、会。
射る直前のまさにその姿勢のまま、動きを止める。
実に十九kgの弓力を事も無げにそこまで持っていくも、汗一つ、震え一つとして彼女の均整を崩すものは無い。

静寂。
風が、普通に過ごしていれば気づかないほどに、しかし、確固として吹き抜ける。
蒼く白く、まるで一枚の写真の様な絵姿がそこには存在していた。

均衡は、不意によって破られた。
そよ風が止む、その瞬間。
庭園に立っていた一本の針葉樹が、心細い風の支えを失った事により上に積もらせていた雪塊を止め置けず、下に落とす。
どさりというその音より僅か前―、即ち風の止まるその前後。
弦との間に矢を挟みこんだ右人差し指を、弾く様に。
的を半月に割る弓を握り込んだ左手を、捻る様に。

――離れ。射る。

最早束縛を失った矢は、躊躇い無く心中を射抜く。
と、の一音。
土塀の前の盛土に括り付けた黒と白の二重円は、その真芯から2cmも離れていない部位に通算12本目の串刺し傷を作り出していた。

残心。
揺れる弦に同調するかのごとく再度吹き出した風は強く、腰まで伸びた彼女の黒髪をなびかせる。

「……」
目を閉じて、軽く鼻息のみで白いもやを彼女は作り出し、しかしそれ以上の動作を起こさない。
何の気なしに今しがた雪の崩れ落ちた松の方を見やり、そのまま矢筒に手を伸ばす。
―と。

ぱち、ぱち、ぱちと、囲炉裏で栗の爆ぜるに似た音。
その発生源である母屋の方向を彼女―四条 梓が見据えてみれば。

「――あら、兄さん」

時代はずれなロイド眼鏡にフライトジャケット。
生真面目にも真中から分けた黒髪に童顔の少年、高槻 薪がそこにいた。

32:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:15:19 ftGNo0Ha

「ナイスショット……は違うか。とりあえずはお見事ってところかな。おはよう、梓」
穏やかな笑みを僅かに浮かべ、一歩二歩と高槻が近寄ってくる。
「こんなものを見事なんて行ったら本当に上手い人に失礼よ。私のは弓道とはとても呼べないしね」
く、と自嘲を浮かべ、梓は視線はそのままに体を動かし向き直す。
はあ、と息をついて呆れ顔の高槻。
「……僕が見る限り、十分すぎるほど君の技術は高いと思うよ。もったいないな」
「……技術ではなくて精神面なのよね、問題は。
私の場合は自分を鍛えるなんて崇高な目的でこういう事に手を出してるわけではないし、だからこそこんな事を武道と呼んで欲しくないってだけ」
自嘲を当たり障りのない笑みに変え、梓は告げた。
その言葉の真意を問うつもりがないのか、はたまたそれを知っているのか。
高槻は頓着せずに話題を変える。

「四条や雛坂たちは?」
「あの御二方なら今朝早くに雛坂女史が動かない淵辺氏を担いで出て行ったところ。ちなみに原因は二日酔い。
姉さんもさっきまで二日酔いで頭が痛いとか言っていたわね。
……我が姉ながら貧弱なものだわ。
ま、今日は元旦だしもう厨房でおせちでも作っているはずだけど。
……っと」
軽く頭を小突きながらそこまで言って、梓は何かに気づいたように―いや、まさしく気付いた為に言葉を切る。
「言い忘れてたわね。―2001年、あけましておめでとう、兄さん」
「うん、あけましておめでとう、梓」
返す挨拶とともに、高槻は梓をじっと見つめる。

「……どうしたの、兄さん」
「いや……」
一瞬脇をちらりと見て口篭るも、高槻の視線の先には雪にまみれた石灯籠しかない。
はあ、と呆れとも感嘆ともつかない息を出して、曰く。
「……何で君はあれほど飲んでいたのに二日酔いになっていないのかなってね。
……10本は開けていたよね」
「体質と慣れでしょうね」
身も蓋もない言動で梓は対応。
「……いや、それはそうだろうけどさ」
頭をかいて視線をそらす高槻に、梓は一言。

33:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:15:51 ftGNo0Ha

「……何にせよ、あまり私や他の人をじろじろと見るのはやめておいたほうが良いわよ。
後々恨みを買いたくないし。
まあ、あの人の場合は自分を責める方向のほうが大きいでしょうけど」
と、実にぞんざいに投げかけられる独り言じみたその言葉。
「……? どういう意味?」
その受取人たる高槻の台詞は、それに相応しく鈍感人間の典型例で返された。

雛坂ならここで呆れるだろう。
淵辺ならにやにやと野次馬じみた笑みを浮かべるだろう。
水城ならほっと胸をなでおろすのを隠し、いつもの通りに穏やかな微笑とともに話題を変えるだろう。
しかし、目の前の彼女の妹―梓は。

「……そ。ま、それなら別にいいけどね」
たった一言そう告げて、そのまま視線を高槻の後ろにそらす。
その表情は何の感慨も浮かんでいないが、真顔というにも程遠く、諦観の様子を含んでいた。

―と、高槻の後ろから彼を呼ぶ声が聞こえてくる。
見れば母屋の縁側にて、水城が柱に片手を着いて高槻の名前を繰り返している。
ご飯の前に初詣に行きませんか、と、そういう趣旨の問いかけに、高槻は口だけで笑いをこぼして軽く頷く。
「あったかい甘酒でも貰ってこようか?」
そう聞いてきた高槻は、自分の服を指差して梓を見る。
彼女の服装はほぼ1枚しか着ていないのと同じだ。体も冷えているだろうとの高槻の気遣いである。
素直に頷いてもいいが、それでは面白くない。何事にも余裕は必須である。
く、と不敵な笑みを浮かべ、梓は体と視線を高槻から的のほうに向ける。
「……そうね。じゃあ、いっその事冷え過ぎるほど冷えたフローズン・ダイキリを貰ってきて頂戴。
勿論砂糖抜きでね」
後姿で彼女が頼んだのは、運動後は有難いあるカクテル。かの文豪の愛した飲料はしかし、神社などにあるはずもない。
ジョークは冗句として、最早顔を見せない彼女を振り向きもせず、水城のほうへと歩を進めながら高槻は相応の余裕で返す。
「……了解、あったら真っ先に持って来ることにするよ。ライムも抜いて、冷たいラム酒の代わりに温かい甘酒でもいいかな」
後ろからは含み笑いが聞こえ、僅かにそれが止まった後に、送る言葉が投げかけられる。
「……ええ、勿論。じゃ、二人で行ってらっしゃい」
そのまま振り返りもせず高槻は水城の下へ向かい―しかし、一瞬立ち止まる。
それは、言い忘れていた事を告げるため。

「あ、そうそう、梓」
気まずそうな今更の事というニュアンスではあるが、告げられた事は新しい年に相応しい祝辞だった。
「うちの学校、推薦合格おめでとう」


34:Whose name is "Wild card"?
07/02/20 00:16:32 ftGNo0Ha






風斬音が庭園に響く。
が、それは先程までとはまた違う種類―鋭い音と、的に突き刺さる音の2つの組み合わせではなく、力強い単音である。
とはいえ、音の主は代わらない。
梓が竹刀を振るっている。得物を弓から竹刀に取り替えただけだ。
幾度も幾度も、上段という特殊な型から振り下ろされるそれは、毎回同じ道程を辿って止まる。
地面から僅かに上。大地に叩き付けないぎりぎりの位置に、時計の正確さで振り子のように竹刀を振るう。

一度。
二度。
三度。

不意に梓は動きを止め、家の門のほうを――数分前に彼女の姉と兄がくぐった方向を見やり、一言。

「――いつまで続けるつもりかしらね」


35: ◆tx0dziA202
07/02/20 00:17:12 ftGNo0Ha
以上です。
これでやっとメイン全員揃いました……
揃いも揃って後ろ向きな人間ばかりですが、お付き合いください。
たぶん次回は過去話で。

とりあえずキャラも増えたので、次回投稿したときは人物紹介とかあったほうがいいでしょうか。

36:名無しさん@ピンキー
07/02/20 00:46:38 pSegldgA
GJです! 待ってましたよ!
梓がどう絡んでくるかが楽しみです。個人的には水城よりも好みですなぁ。

人物紹介は、この後どのくらいのペースで投下するかによると思いますー。
もしやるにしても、簡単なもので良いと思いますよー。
では続きを楽しみにしてますです!


37:名無しさん@ピンキー
07/02/20 06:49:20 8SjB7kYi
最近スレ動かんなーとか思ってて500kbに今気付いた俺がいるorz
職人様11スレ目でもよろしゅうたのんます。

38:前スレ580
07/02/20 23:19:47 IYZ2JRB5
本当は事故に遭う事より、遥かになんでもないはずの答なのに、ただ俺が嫌われるだけなのに。

俺はそれを最悪の答としてしまう。

だが、多分いやほぼ絶対、昨日のことが理由だ。
則ち彼女は悩んでいた。
そして悩みの相談相手に俺を選んだ。
でいざ相談しようとしても、内容は彼女には言いにくいものだったんだろう。
なのに頑張って言ってくれた。
最初の一言から察するに恋愛関係の事だと思う。
が俺が逃げた。

本当に葵のことが大事なら話を聞いてやるべきだ。そして、そこからしかるべき答を出してあげるか一緒に悩むものだ。

でも俺は逃げた。

こちらの言葉に慌てようと、待ってやるべきだろう。
だけど、その相談を聞きたくない俺は、その隙を使って茶化した。
茶化し続けて、言い出す暇も無くさせ追い帰した。
本当に最悪な男だ。

そして悩みの持って行き口がなくなってしまった。葵は今もどこかで悩んでいるのだろう。
探しに行くべきだと思う。でも行けない。
探しに行っても見つけられないかもしれない。
もし見つけられても、また葵を傷つけるかもしれない。

39:優し過ぎる想い
07/02/20 23:21:24 IYZ2JRB5
それに葵はもう俺に会いたくないかもしれない。俺は行けない・・・

逃げだと言われたらそれまでだけど。


そのまま逃げて一日を終えようとしたときだ。
葵の家の叔父さんから、電話がかかって来たのは。

「はい、もしもし。岩松ですが」
電話を取ると切迫した感じの葵のお父さんの声がした。
「あ~寮太君かい?安井だ」
「はい、寮太です。叔父さんどうしました?」
俺はイヤな予感を覚えた。
「葵がそちらにお邪魔してないか?まだ帰ってこないんだが。」
「え?まだ帰って来てないんですか?うちには来てないです。」
「そうか、ありがとう。夜分失礼したね。」
俺の責任だ。100%間違いなく。俺が探して見つけなくちゃ行けない。そんな自己満足な衝動に駆られた俺はこんな事を言っていた。
「おじさん、僕も探します。いや捜させてください。」
「しかしもう遅いし、「お願いします。」わかった。頼んだよ。」
無理矢理許しをもらった。
でもまだ帰ってないなんて。
何も起きていない事を祈る。
何も起きていなければ、いる所の見当はついている。
よし行こう。
俺はコートを羽織り全速力で走った。
まず学校・・・

40:優し過ぎる想い
07/02/20 23:22:04 IYZ2JRB5
いないな、次は葵と俺が昔よく行った、公園。

いない。
胸が痛くなってきた。
大丈夫、たいしたことない。
そう体に言い聞かせ、葵がいるところを探す。

走りながら考える。今の葵が行きたいところ。悩んでる子が行きたいところ。

神頼み?

神って事は神社?
うちの町内には八幡宮というそれなりに大きな神社がある。そこで遊んだりした記憶もある。
多分そこだ。

胸が痛い、体が休めと伝えてくる。
今にもへたりこみそうになる。
頑張れ、俺の体、葵さえ見つけれれば倒れてもいいから。

よし、行こう。

ここから神社は結構ある。全速力で15分はかかるだろう。この胸の痛みがある中でそんな事をしたらどうなるかわからない。

でも早く行かなければいけないという一念が俺を動かす。
早く行って葵に会って謝らなきゃ。そして相談でもなんでも受けてやろう。それが男だ。それがするべき事だ。
そう考えて、俺は更に早く走った。

心臓が痛い、肺が痛い。全身が休めと伝えてくる。でもこれは俺への罰だ。
そう考えてシカトする。

41:名無しさん@ピンキー
07/02/20 23:22:46 Th3739qQ
↑あら、俺と同じだw

42:優し過ぎる想い
07/02/20 23:22:51 IYZ2JRB5
やっと八幡についた。
葵は?

いた。

こっちを見て驚いている。苦労かけさせやがって。
息を吸い込み大声を出した。
「葵~、こっち来いよ~。もう見つけてんだ、逃がさねぇぞ~。」
「今そっち行くよ。」
葵が小走りでこっちに来る。
「寮君ごめんなさい。」
いきなり葵が謝ってきたことに戸惑いを覚えつつ問い返す。
「なんで葵が謝るんだ?」
「だって。学校サボっちゃったし、夜遅くまで帰らなかったし。今も寮君にこんなに迷惑かけちゃったし。それにねぇ遼君大丈夫?」
「そんなことなら大丈夫だよ。学校なんてサボるためにあるんだし、俺に迷惑なんていくらかけてもいーの。そもそも今回は俺が主原因みたいなものなんだから。俺は全く問題ないぞ。」
最後の問いには虚勢を張った。
「な、なんで遼君のせいなの?」
「ほら、なんか昨日俺に相談しようとしただろ。でも俺が茶化して言わせなかった。だからこんな事したんだろ。
本当にごめん。」
俺は言いたい事、そしてするべき事をすることができた。

43:優し過ぎる想い
07/02/20 23:23:52 IYZ2JRB5
「なんで遼君が謝るの?
私が悪いのに?
勝手に遼君に告白しようとして。
遼君に好きな人いる?
って聞いて、それに予想外の答が帰ってきたから、勝手に慌てて、揚句の果てに逃げただけなのに?
ねぇ、なんで?
悪いのは私なのに?」

俺は葵の言い出した一文に気を取られてほかの部分を全く聞いてなかった。
頭の中が真っ白になった俺が出せたのは
「あ、葵が、俺の事好きって本当?信じてもいいの?」
こんな答だった。
葵もそれを聞かれてから初めて気付いたらしく、一気に顔を赤くしていった。


「本当だよ。信じていいんだよ。」
そして聞かされたのはこの一言だった。

本当に本能的に、葵を抱きしめてしまった。
葵の体はとっても暖かくて小さかった、あと言うべき事はただ一言だ。
今なら言える。

「俺も・・・葵の事が大好きだ!」

言えた。

「ねぇ、キスしようか?」
葵はおずおずとそんな事を口にして目を閉じた。
そして俺は葵の柔かそうな唇に自分の唇を重ねた。

44:前スレ580
07/02/20 23:27:45 IYZ2JRB5
葵×遼太続き投下します。

一応後編に続きます。
遼君倒れます。

お目汚しだと思いますが読んでいただけると有り難いです。

45:名無しさん@ピンキー
07/02/21 00:08:19 xtdzRRLE
GJ! おつかれさんです!
何だか遼太に死亡フラグが立ってる気が……。何とか生き残って欲しいです。

46:名無しさん@ピンキー
07/02/21 00:13:27 /ydnpdVO
>>35
久しぶりでも構わない!
相変わらず文章が綺麗だ
そして梓が可愛い(*´д`)
続き、wktkして待ってます

>>44
また、一段とレベルアップしてる
読んでいて、気持ち良いぐらいだ
早く後編キボン

47:名無しさん@ピンキー
07/02/21 00:20:13 Zr5NW2R7
おつかれさまです!
続きが気になります。

とういうか、間に下らんレス入れちゃって申し訳ありませんでした><
ちゃんとリロードしてたはずなんですけど・・・・orz

48:Sunday
07/02/23 03:23:54 Ilma5XBC

『……』
 時刻は四時を回っていた。仕事を引き継ぎ終えてから、急いで待ち合わせの場所に来ては
みたものの。当然ながら、待ち合わせていた場所には誰もいなかった。雨脚は相変わらず
傍を歩いている。だけどそれが理由にならないことくらい分かっている。予定していたことが、
上手くいかずに終わってしまうなんてことは、別にクソ珍しくも無いことだ。
 よくある話で、それだけの話。もう、いつものことだ。
『はぁ……あー…』
 ひねくれて斜めに傾いてしまった自分自身と、意地っ張りで強情っ張りな彼女の性格を
考えれば、そんな二人が幼なじみとしてじゃなく恋人として付き合うなら、いつかはこんな
ことになるんじゃないだろうかとは思っていた。だけど実際には、想像していた以上に
上手くいかないことばかりだった。
 フッと短く息を吐くと、だらけた姿勢のまま帰路につき始める。終わったことをいちいち
掘り返すのはあまり好きじゃないが、沸いて出てくるのは後ろ向きな考えばかりだった。
現実なら漫画や小説みたいなことが起こらないと、決まった話でもない。むしろそうで
あってくれたならどれだけマシなことか。

ピッ

 三時間ほど前の発信履歴をなぞって、彼女の携帯番号を液晶画面に映し出す。特に何も
考えることも無いまま、発信ボタンをプッシュした。
 無機質に鳴り始めるコール音を聞いても、苛立ちすら募らない。問題ない、どうせ本人には
繋がらない。

ガチャ

「留守番サービスセンターに、接続します」
 案の定の機会じみた声。別に落ち込む話でもない。彼女の性格と前に交わした会話を
思い起こせば、すぐに分かることだ。

 あいつはもちろんだが、俺だって悪くない。悪かったのはタイミングだ。楽しみにしてた
みたいだから、今は酷く落ち込んでいるだろうが、しばらく時間を置けばきっと分かって
くれるはずだ。
 そう思い込みながら、携帯電話に耳を傾ける。
『ピーッという発信音の後に、メッセージをどうぞ』

ピーッ

『あぁ……俺だ』
 俺だって今のままでいいと思ってるわけじゃない。俺だって、お前のことが好きだから、
だから何とかしたいと思ったんだぞ。
 まぁ、分かんねえわな。浮気されて、デートすっぽかされて、分かる方が凄いわな。

『―――』
 雨はもう随分と前に止んでしまっていて、少しだけオレンジ掛かった空が、雲の隙間から
見え隠れしていた。地面に敷き詰められたタイルは、大体の部分が乾き始めている。
 折りたたんだ傘の先で何度も地面を突きながら、その音で誤魔化すように、彼は小さく
言葉を吐き出す。
『――――――――』
 言いたいことはたくさんあったけど、今更言える話でもなかった。信じてもらえない話を
したって、余計に腹立たせるだけだ。

ピッ

 続けて二言三言吹き込むと、鼻から息を吐いて携帯を折りたたみポケットへ仕舞い込む。
本当は言いたくないことだったけれど、そうでもしないとこれからもすれ違っていくだろう
から。それを防ぎたかったという意味合いと、もし最悪の事態になった時に己に降りかかって
くるダメージを、少しでも軽減したくてメッセージを吹き込んだのだった。
 

49:Sunday
07/02/23 03:25:50 Ilma5XBC
 
 考える時間と一人になる時間が、欲しかった。
 そして彼女に、今までの関係と今の関係が、似ていて実はまるで違っているということに
気付いて欲しかった。

『くぁ……』
 出勤したのが早朝だったから、仕事を終えた安堵感も手伝ってあくびが漏れる。すると、
途端に睡魔に襲われだす。中途半端な時間だけど、帰ったら一旦横になることにしよう。
どうせ今日はもう、何の予定もない。あったはずだけど、もう何もない。

 こんな想いしたくて、あいつを好きになったわけじゃないのにな。いなくなって初めて
気付いて、ずっと傍にいて欲しいと思ったから好きになったっつーのに。一体どういうこと
なんだろうなぁ。ったく、どうすりゃいいのやら。
 
 そう考え込んでしまう自分が煩(わずら)わしく煩(うるさ)く思えてしまって。
 こういう気分な時はアレに頼るのが一番なのだが、一応彼女と付き合っている今は、
そうするわけにはいかなかった。それがまた、鬱屈した気分に拍車をかけるのだった。
 
 歯の奥に挟まったヤニの味を舌先でほじくりながら、右親指で、ライターをつける時の
ような空仕草を繰り返す。
 今更になって晴れ間を覗かせる空模様が今の自分の気持ちとまるっきり正反対で、それが
無性に腹立たしくて。いつまで経っても溜息は止まらず、項垂れたままなのだった――





「ふーん」
 全てを打ち明け一息つくと同時に、そんなつっけんどんな返事を返される。
「ねぇ真由、どうなのかな…」
 目の前の友人に微妙な反応を返され、ひどく心細くなってしまいながらも、紗枝は
助けを求め続ける。
「どっちが悪いって話じゃないんじゃない。あえて言うのなら、間が悪かったって話だと
思うけど」
 店も同じ、時間帯も同じ、服装も学校の制服のままと前回とあまり差異はないものの、
その場にいるのは紗枝と、彼女の一番の親友である真由の二人だけだった。

 この前は、何人もの友人に同時に助けを求めたのがいけなかった。自分一人では気付け
なかった良いアドバイスは貰えたけれど、あんなに弄られまわっては身がもたない。だから
今日は、親友一人だけにこの前の雨の日での出来事と、その後彼が留守電に入れてきていた
メッセージの内容を打ち明けたのだ。

「それは分かってるんだけどね…」
「まあ気持ちは分かるけど。楽しみにしてたなら、そう言いたくなるのも仕方ないわね」
 折れそうになる気持ちを必死に繋ぎとめてくれる、それでいて自分の気持ちとその時の
彼の気持ちを推し量ってくれるその言葉が、本当にありがたかった。

『あぁ……俺だ』

 デートをすっぽかされた(厳密には違うが)のは、もう一昨日の話になる。
 深夜になって留守電を聞いたら、案の定吹き込まれていた崇兄の声。聞くつもりなんて
無かったけれど、それでも耳を傾けてしまったのは、やっぱり言うまでもない話で。だけど、
そこに吹き込まれていたメッセージは、予測すら出来ないないような内容だった。

50:Sunday
07/02/23 03:27:13 Ilma5XBC


『もう……考え直すか?』


 目を閉じて聞いていたけど、そう言われた瞬間思わず開いてしまっていて。持っていた
手も、大きく震えてしまっていた。

『……少なくとも、しばらく会わない方がいいかもしんねぇな。ちょっと時間が必要だろ…お互いに』

 それだけ言うと、そこで伝言は途切れる。きっと謝ってくるだろうと思っていただけに、
あまりにも飛躍した内容に、頭の中がぐらりと揺れた。ベッドに寝そべったまま、口元を
掛け布団で隠したまま、その体勢から動けなくなってしまった。

 今まで、そんな弱気な台詞を聞いたことなんて無かった。いつも余裕ぶってて口調は
乱暴で、気持ちは分かってくれることはあってもそれを気遣ってくれることなんてほとんど
無かった。
 だけどそんな崇兄が初めて見せた、ひどく寂しく悲しそうな言葉。
 お互いの関係を改めて考え直すように言われて、ショックを受けなかったわけじゃない。
けれど、それ以上にそんな態度が頭に引っかかった。

 崇兄とは中学や高校を同じ時期に通えなかったくらいに年が離れていたから、どれだけ
辛いことがあっても、泣き言や愚痴を漏らしてこなかったし、滅多なことでは落ち込んだ
様子も見せなかった。そんな様子を見たのは、何年か前のバレンタインデーの時くらいだった。
 彼の両親が離婚したことでさえ自分の親から聞いたことだったし、その詳細を聞きに
行った時でさえ、黙り込むどころか逆に離れてしまうことにショックを受けていた自分を
慰めようと、やんわり微笑みかけながら優しく頭を撫で続けてくれたのだ。

 だから、困惑が止まらず走り続けた。以前の崇兄なら、あんなこと言ってこなかったのに。

 紗枝の中で崇兄の立ち位置はずっと変わってない。親が親であること、友人が友人で
あることを誰もが当たり前のように受け入れるのと同様に、彼女にとって彼は「いちばん
大好きな人」なのだ。幼なじみで兄みたいな人だったっていうのも確かだけど、それ以上に
その意味合いがずっとずっと強いのだ。
 いくら失望するようなことをされても、自分の年齢と同じだけの気持ちを捨て去ることが
出来ないのは、付き合う経緯を思い起こせば明白なこと。それが、本来打たれ弱い彼女が
唯一築くことの出来た、確固な想いだった。

 問いかけられた問いに、答えが出なくて真由に助けを求めたわけじゃなかった。答えなら、
考えるまでも無くはじき出せているのだから。知りたかったのは、今までずっと一緒に
育ってきた彼の唐突な変化の理由だった。一人で考えてもみたけれど、ここのところ上手く
いってないことばかりだったせいか、湧き上がってくるのは不安な内容ばっかりで。

 もしかしたら、崇兄に飽きられちゃったのかな。

 あたし、もういらないのかな。必要とされてないのかな。

 本当は別れを切り出したかったけれど、だけどそれを包み隠した形にしたからああいう
ことを言ってきたのかな。

 ずっと妹扱いされてきたから、本心を打ち明けてくれたことなんてほとんど無い。
だから性格や行動パターンは分かっていても、その時その時で彼が何を考えているのかは、
彼女には分からなかった。思考が、後ろを向かざるを得なかった。
 
「やっぱり…謝ったほうがいいのかな」
「そこまで折れることは無いんじゃない、すっぽかされたのは事実なんだし。『気にしてない』
って言えば良い程度でしょ」
「うーん……」
 

51:Sunday
07/02/23 03:29:14 Ilma5XBC

 あの時、怒らずに待っていた方が良かったんだろうけど。だけど楽しみにしていた分、
いつ来てくれるか分からない状況になってしまったのは我慢できなかった。落ち着いた
今なら、崇兄のせいじゃないって分かっているけど、気持ちを抑えこむことがどうしても
できなかった。

「まあでも」
 すると、これまで聞き役に回っていた真由が、初めて自分から口を開く。

「この前と質問内容とあまり変化がない気がするけど」

「……え」
 それは紗枝からすれば、想像すらしていなかった台詞だった。
「だってそうでしょ? 結局原因が変わってないように見えるし」
「原因…」
 言われてから自分の頭の中を探ってみる。

 そういえば、この前友人四人で話を進めていた時に、一つ指摘されていたことがあった。
話を聞いた限りでは、恋人同士の割りにそれらしい密な時間を過ごしている機会があまり
にも少なすぎると。それじゃあ立場が変わっただけで他は何も変わってないと、贔屓目に
見ても彼が可哀想だと、あの時散々言われたのだった。

「それって……やっぱりあたしが悪いってことなの…かな?」
「どっちが悪いとかそういうことじゃなくて。あれが原因って決まったわけじゃないけど、
どうせまだお兄さんにそのこと聞いてないんでしょ? 怒って途中で電話切るくらいだし」
「う゛…」
 鋭い意見にどもる言葉。なんでこう、いつもいつも行動パターンをばっちり読まれて
しまうのか。自分で自分の性格を恨みたくなる。
「でも、それが理由だって決まったわけじゃないし」
「そうかしら」
「…?」

「私には、それ以外考えられないと思うけど」

 ふいと正面から視線を外して涼しげな表情を携えたままの彼女の言葉に、紗枝は思わず
平静さを失ってしまう。
「なっ、なんで真由にそんなことが分かるの!?」
 カーッと頭に血が上って、親友に対して珍しく怒りを露わにしてしまうのだった。
 納得できなかった。崇兄とは幼なじみだし、今では(一応)付き合っているし、自分の方が
彼のことをいっぱいいっぱい知ってるはずなのに。それなのに、彼女が自分の知らない
崇兄の表情を知っているように思えてしまって、強い嫉妬心を覚えてしまう。
「だって、知ってるもの」
「……何を?」
 しかもその印象は、ばっちりしっかり当たってしまっていたようで。余裕綽々といった
雰囲気を崩さない親友に、不満を抱えてしまう。
 それでもその詳しい内容を聞きたがってしまうのは、やっぱり紗枝自身も崇兄との関係を
一刻も早く修復したいと願っているからに他ならなかった。

「あなたの知らないお兄さんの顔」

「っ…!」
 目の前の親友は、頬杖をつきながらにっこりと笑みを浮かべる。
「それも、あなたじゃ絶対見られない表情をね」
「なっ…っ…!」
 普段あまり表情を崩さない彼女が満面を浮かべるのは、決まって弄り倒そうとしてくる時。
それを知ってるはずなのに、嫉妬する気持ちに歯止めが掛けられない。


52:Sunday
07/02/23 03:30:35 Ilma5XBC

「知りたい?」
「知りたくないっ」
 まさか真由にまで粉かけてたんだろうか。そんな考えさえ浮かんでしまうのは、彼への
慕情の裏返し。本当は知りたくて仕方が無いのに、ついつい本心とは真逆の言葉が口を
ついて出てしまう。
「そんな大声出さないの。周りの人の迷惑になるでしょ」
「だって…それって……!」
 自分の推論に、自分自身が打ちのめされてしまう。目に映るもの全てが、ぐにゃりと
歪んだような錯覚を覚えたその時だった。

「勘違いしないの。私が言ってるのは、あなたと顔を合わせていなかった時のお兄さんの
ことよ」

「…え」
「あなたには知りようが無くて当然でしょう?」
「……」
 無意識に身体中にこもっていた力が、プシューっと音を立てて抜けていく。そのまま
ぐったりと背もたれにしなだれかかってしまう。
「それならそうって言ってよ……」
「だって見ていて面白いんだもの」
 ああ、そういえば彼女はこういう性格だった。ある意味、崇兄と似通っているんだった。
助けを求めることばかり考えてて、そのことをすっかり忘れていた。
「真ー由ー……っ」
 文句を言いたい気持ちとホッとした気持ちが混ざり合って、溜息混じりに言葉を吐き出す。
弄るにしても、せめて時と場合を選んで欲しかった。
 もっとも、選んでたら好きに弄ってもらって構わないというつもりも無いのだが。

「そんな感じね」

「……何が?」
 そんな考えに囚われてて、一瞬その台詞の意味が理解できなかった。
「その時のお兄さんの表情」
「……」
「何をどうしたら良いのか、どうしたいのか全然分かってない顔をしてたわ」
 そう言うと、真由はジュースに刺さったストローをぐるりと一度かき混ぜる。グラスと
氷が跳ね返って、カランと軽い音が立ち響く。

「今のあなたと同じね。煮え切らないところとか、ウジウジしてばっかりなところとか」
 似た者同士、暗にそんなことを言われたような気がした。
 
「聞いてみたらいいじゃない」
 答えはわかりきっているのに、どうしたらいいのか分からない。その時の崇兄も、同じ
ような気持ちだったんだろうか。
「…それは、その」
 だけど、聞くのが怖かった。
 そうしたことでまた傷ついてしまったら、どうなってしまうんだろう。
「何言われるか…分かんないし」
 今まで一度も崇兄の気持ちを探ったことなんて無かったし、それでもし怒られでもしたら、
一人で立ち直れるかどうか不安だった。


53:Sunday
07/02/23 03:32:13 Ilma5XBC

「手っ取り早いのは、実際に会って二人で話をすることだと思うけど。いつ以来会ってないの?」
「えっと…浮気してるとこ見ちゃった時以来かな」
「そんなに?」
「だって…デートの約束してくれるまで会ってくれなかったし」
 自分で言ってて悲しくなってきた。言葉尻が、弱々しく萎んでしまう。
「なら会いに行かなきゃ。別れたくないんでしょ?」
 その言葉に、物言わず紗枝は首を縦に振る。
「好きなんでしょ?」
 もう一度縦に振る。一度目よりも、強く。

「じゃあ尚更ね。お兄さんに言われたことを守らなきゃいけないじゃないし」
「……そう、かな」
 返す言葉は、やっぱりたどたどしくなってしまう。
もし彼の言うことを聞かずに会いに行った時、もし怒られたりしたらと思うと不安だった。
今まで一度も怒鳴られたりされたことなんて無かったから、もしそんなことになったら、
自分でもどうなってしまうか分からなくて怖かった。好きだからこそ、突き放された時の
危機感も、それ相応に持ち続けていた。

 あんなこと言われても平静を保っていられるのは、今こうして話をしているからであって。

 もし一人で部屋に閉じこもっていたら、またどこまでも落ち込んでしまいそうだった。

「……」
 だけど、落ち込んでこれまでのように会わないままでいたら、事態は好転するだろうか。
答えは分かりきっている。崇兄のことだから、付き合っているという意識が希薄になって
きたら、また違う誰かと浮気をするに決まってる。


 そんなの、イヤだ。


 絶対、イヤだ。


「…分かった」


 また崇兄と、一緒に時間を過ごしたいという気持ちが、その恐怖心を打ち砕く。ずっと
目を背け続けてきたことに、初めて見据える覚悟をしたのだった。
 自分一人じゃまず到達できなかっただろうこれからの行動の指針を示してくれた友人に
感謝しながら、紗枝は腰掛けていた椅子から立ち上がる。

「会って話、してくる」
「そう」

 決意を告げると、また真由のグラスからカランという音が放たれる。
「ならこの場は奢ってあげる」
「……いいの?」
「別れたら奢ってもらうからいいわ」
 ジュースを飲み干すと、彼女も伝票を指で挟んで立ち上がる。そして先程とは違った、
ごく自然な笑みを浮かべながら鞄を掴むのだった。
「じゃあ、奢ってあげられないね」
「どうかしら。相手があのお兄さんだもの」
「あたしには優しいよ。真由にはどうなのか知らないけど」
「そんなこと言う余裕ができたなら、大丈夫そうね」
 お互いに皮肉をぶつけ合って交し合って、清算を済ませて店を後にする。空はもう微かに
オレンジ掛かっていて、雲もほとんど消え失せている。ビル群に少しだけ隠れた太陽を背に、
二人は歩みを進め始める。


54:Sunday
07/02/23 03:33:55 Ilma5XBC

「いつ会いに行くつもりなの?」
「今から行く。善は急げって言うし」
「そう」
「うん」
 鮮やかな色合いの西日を受けながら、二人は自らの長い影を見つめながら帰路につく。

 そういえば、崇兄と河川敷で遊んだ後はこうして自分の影を追いかけながら帰っていた。
他の友達と野球やサッカーをしてるのを眺めるだけのことが多かったけど、邪魔者扱い
せずにいつも傍に居させてくれた。格好良いところを見せようとして、ホームラン予告を
して豪快に三振したり、ボールを蹴ろうとして思いっきり地面を抉ったり、見てるだけでも
楽しかった。そして帰りは手を繋ぎながら、「お前がもうちょっと大きくなったら、みんなに
言って参加させてやるからな」と言ってくれるのがお決まりだった。あの頃は大人しかった
けど、その言葉にはいつも「うん!」と強く頷いてたのは、今でもよく覚えている。

 参加できるようになった年の頃には、もう崇兄と河川敷と遊ぶことはなくなっていて、
結局その約束が果たされることは無かったけれど。そのことを窓越しにいかにも不満げに
口にしたら、家の前の道でキャッチボールをしてくれて。そういえばあの時も、こんな感じの
夕焼け時だった。

 オレンジ色に染まった、忘れることの出来ない大切な思い出。

 あたしには、忘れることの出来ない大切な思い出。

 崇兄は…覚えてるのかな。

「じゃ、この辺で」
「あ、うん」
 昔の記憶に思いを馳せていると、いつの間にか別れ道のところまで歩いてきてたようで、
声をかけられ現実に引き戻される。
「上手くいくといいわね」
「……」
「それじゃ」
 そして背を向け自分とは違う道に沿っていこうとする彼女が最後に放った言葉に、紗枝の
頭に一つの疑問が生まれるのだった。

「ねえ真由」

「ん?」
「どうして、そんな親身になってくれるの?」
 気になってしまって、わざわざ呼び止め聞いてみる。そんな不躾なことが出来るのも、
彼女もまた付き合いが古くなりつつある、大事な親友だったから。

 あえて言葉に出すまでも無いことだから口には出さなかったけれど、真由はあまり崇兄
に好意を抱いていない。二人の関係に話が及ぶと、何かと「別れたら?」と言ってくるのが
茶飯事だった。その理由はもう知っているし、自分のことを心配していてくれてたのだから
ありがたい話なのだけれども。それでも、長年かけて叶えることの出来た気持ちを友人に
祝福してもらえないのは、ずっと気掛かりにしていたことでもあった。
「さあ」
 だけど吊り目で、少しキツネっぽい顔立ちをした彼女のこと。
「どうしてかしらね」
 煙に巻かれることもなく、微妙な含みを持たれたまま、投げかけた質問をかわされて
しまう。
「それとも答えないと不満?」
「ううん」
 答えないってことは、答えたくないってことだから。興味が無いわけじゃなかったけれど、
相手の心情を推し量って、そこで追究を止めるのだった。

55:Sunday
07/02/23 03:35:11 Ilma5XBC

「それじゃ紗枝、また休み明けにね」
「あれ、休みの間に誘っちゃ駄目?」
 明日からは世間も学校もゴールデンウィーク、一週間弱の連休に突入することになる。
春を連想させる桜の花びらは、とうに散り終えていた。
「お兄さんに断られたから私とっていう理由なら、考えさせてもらうかもね」
「う、うるさいなぁ」
 純粋に気になって聞いてみれば、返ってくるのは茶化し台詞。口を尖らせてしまったら、
声を殺して笑われてしまう。
「冗談よ、そんなに心配することないと思うわ」
「……そうかな」

「あなたが寂しがってるなら、きっとお兄さんもそうなんじゃない?」

 一人になった時の心細さが別れる直前になってぶり返してきて、また少し不安になって
しまっていると。「似た者同士」という意味を込められた、さっきとよく似た言葉を投げかけ
られる。
「一度裏切られたからって信じるのを止めてしまうのは、あなたらしくないわ」
「……」


「幼なじみでしょ?」


「……!」
 そして最後に付け加えられたのは、付き合いだしてからは忘れかけていた、幼い頃の
時間を積み重ね続けた、何気ない毎日の日々。

 記憶や思い出ばかりを大切にしていて、その関係自体を軽視してしまっていたことに、
紗枝は今更気付くのだった。
「…うん」
 それは、崇兄をいちばん好きな人と捉えたかった彼女には、仕方ないことだったのだけれど。
「じゃあ、頑張って」
「うん、頑張る」
 だけど、自分達の繋がりの一番根っこにある関係を大事にしなければ、すれ違ってしまう
のも、当然の話だったわけで。

「それじゃ、ね」
「うん、また」
 お互いに背を向けて、長く伸びた影も少しずつ離れていく。
 感謝の言葉を口にしなかったのは、少し照れ臭かったからだけど。崇兄とちゃんと会って
話をしようとする気が起きたのも、そもそもの原因が自分にあったのかもしれないと思える
ようになったのも、全部彼女のおかげだ。

 携帯電話を取り出して、崇兄の連絡先を映し出す。面倒臭がりな性格だから、バイト中
でも留守電になってたことなんて一度も無い。もし電話に出なかったら、後でメールする
ことにしよう。

 灼けた色した夕日を浴びながら、彼女は発信ボタンをプッシュする。自分の耳にそれを
押し当てて、ゆっくりと歩みを進め続けるのだった――





56:Sunday
07/02/23 03:36:36 Ilma5XBC

「はーっ……」
 あくびとも溜息とも取れるような、深く長い息を吐きつくす。ブラインドの隙間から
漏れてくる橙色の光が、やけに眩しかった。
 ようやくの休憩時間を更衣室で過ごすものの、特に休むわけでもなく手持ち無沙汰だった。
どうしようもなくなって自分のロッカーから携帯電話を取り出すと、それを左の手の中で
遊ばせる。

(……)
 紗枝との関係を失ってしまった時のような。何の感慨も沸かないような不愉快な感覚。
二度と味わいたくなかったあの時のそれに似たような気分が、今の崇之の身体を再び覆い
つくそうとしていた。
「あーあ…」
 自分から申し出たこととはいえ、やっぱりどうにも参ってしまう。もうこれで、全部
終わってしまうかもしれない。またあの空っぽな時間がやって来るんだろうか、億劫な話だ。
考えてしまうのはそんなことばかり。舌先で奥歯に溜まったヤニをほじりながらも、眉間に
深い皺が走ってしまう。

ブーーッ

「うおっ」 
 すると、握り締めていた携帯が突然小刻みに震えだす。マナーモードにしていたものの、
掴んでる真っ最中に着信するとは思ってなくて、大袈裟気味に驚いてしまった。
「…およ」
 その驚きは、画面を開くと更に倍加する。電話をかけてきた相手が、ありえなかったからだ。


『平松紗枝』


「……」
 留守電をまだ聞いてないのだろうか。それとも、聞いたからかけてきたのだろうか。
幸い休憩は始まったばかりで、まだ少し時間はある。

ピッ

 居留守を使うのも釈然とせず、とりあえず通話ボタンを押してみる。自分から逃げ出した
くせに、都合のいい話だとまた自嘲してしまうのだった。
『もしもし?』
「……おう」
『今、家なの?』
「いや、休憩中」
 しばらく聞くことも無かったかもしれない紗枝の声を聞いて、崇之は軽い違和感を覚える。
これまでのように沈んだりしてない。いつも通りの、最近は聞けなかったあいつの声だ。

『…そっか』
「何か用か?」
 たとえ表面上だけであっても、こうやっていつものような感じで話をするのは、一体
いつ以来になるのだろう。


57:Sunday
07/02/23 03:37:32 Ilma5XBC

『あのね、その…』

 どもった。それだけで、彼女が何を言おうとしているのか、察知してしまう。

『今日、会いに行って良い?』
 
「……」
 どうやら、留守電に吹き込んだ言葉は聞いているようだ。でなけりゃ、向こうから会いに
来ようとするはずがない。
 でもそれなら、どうして伝えたことと逆の行動をとるのだろう。文句を言われることは
多かったけど、逆らわれたことはあまり記憶に無い。
「まだしばらく働かなきゃならんのだが」
『それじゃ、崇兄の家で待っててもいい?』
「……」
 言外に会う気がないと伝えても、一歩も引く様子が無い。むしろ気付いてないと言った方が
正しかったのかもしれない。違和感と同時に、何故か既視感が沸き上がる。本当に、なんで
なんだろう。
「…好きにしろ」
『じゃあ、待ってるね。仕事頑張って』

ピッ

「……」
 待ち合わせの約束を一方的に決められると、唐突に電話を切られてしまった。なんとも
忙しない話だ。冷たく言い放てば引くかとも思ったのだが、結局そんな様子は微塵も見せ
なかった。

(あーあ…)
 彼女には、付き合い始めた頃に家の合鍵を渡している。それは彼が、お互いの関係が
変わったことをちゃんと認識して欲しいという思惑も含めて渡したものだった。もっとも、
紗枝の方は渡されただけで満面の笑みを浮かべて満足してしまっていたのだが。
それを、今になって後悔してしまう。


 何かしら言いたいことがあるのだろう。それがもしかしたら三行半を突きつけられること
なのかもしれないと考えると、気分はいよいよどん底にまで落ち込むのだった。
 ドッと疲れが出て、ぐったりと椅子に寄りかかる。携帯の角で、自分の額を打ちつける
のがここ最近の彼の癖だった。

 ブラインドの隙間から差し込む光が、徐々に弱まる。赤々と照り続ける太陽が、ビル群と
地平線の陰にもう半分ほど隠れ始めていた。

 再び自分のロッカーを開けると、ポケットを弄って飴玉が入った袋を取り出す。

 袋を破って中身を口の中に放り込むと、舌の上で転がすことも無く、奥歯で思いっ切り
噛み砕き始めるのだった―――



58:Sunday
07/02/23 03:40:01 Ilma5XBC
|ω・`)……



|ω・`;)ノシ ゴメンネ、ジスレタッテナカッタノニスレウメタテタリシテゴメンネ



|ω・`) (ダケドフタリノナマエダシテナイノニバレルトハオモワナカッタナ)


  サッ
|彡



59:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:25:46 Z7cvi2m9
>>58
日曜キタ━(゚∀゚)━!!

wktkをありがとうございます!!


60:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:32:01 D4EfKRaV
だって前スレ>627に"Sunday"って……

61:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:34:13 xX+kIA+D
GJですー!!待ってました!!


では、負けずにこちらも投下させていただきます!

62:絆と想い 第6話
07/02/23 04:35:37 xX+kIA+D
「はーい、お待たせー! 今夜は正刻君が久しぶりに来てくれたから、正刻君の好きなものを多く作ったわよ!」
そう言って亜衣が唯衣と舞衣を従えて料理を運んでくる。
ちびちびとウィスキーを飲んでいた正刻は、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「待ってましたよ亜衣さん! もう腹が減ってたまりませんでしたよ!」
「はいはいそんなにがっつかないの。今準備が終わるから、もうちょっと待ってなさい?」
唯衣に窘められたが、正刻はそんなことも意に介さずに楽しそうにしている。
そんな正刻の様子を楽しげに眺めながら、舞衣も料理を並べていく。

やがて料理が全て並べられ、女性陣も席に着いた。
「じゃあ早速食べようか! 頂きまーす!」
家長である慎吾がそう言ったのを皮切りに、食事が始まった。正刻はがつがつと料理を貪り始める。
「ちょ! 正刻、お腹空いてたのは分かるけど、もうちょっと落ち着いて食べなさいよ!」
誰も取りはしないんだから、と唯衣は呆れたように言う。
それを見た亜衣がからかう様に言う。

「でも唯衣、正直な所、こんなに喜んで食べてもらえて嬉しいんでしょ?」
「母さん! 馬鹿なこと言わないでよ! 私はただ、折角作った料理を粗末に食べて欲しくないだけなんだから!」
唯衣が頬を染めて言い放つ。それを聞いた正刻がもしゃもしゃと食事を続けながら答えた。
「心配すんな、ちゃんと味わって食べてるぞー。こんな美味い飯を粗末に食べたら罰が当たるって。」
そう言って正刻はにっと笑う。
「だ、だったら良いけど……。あ、ほら! 一つのものばかり食べない! ちゃんとバランス良く食べなさいよ!」
なんだかんだ言いながら、唯衣は正刻におかずをよそってやる。正刻は礼を言うと、またぱくぱくと食べ始めた。

しかし、視線を感じて正刻は箸を止める。嫌な予感がして目を向けると、案の定ニヤけた顔の舞衣と目が合った。
「……何だよ舞衣。そんなに見つめられると食事をしにくいんだが……。」
「何、気にするな正刻。ちなみに私は君の食事姿を見ているだけでご飯三杯はイケるぞ。」
その言葉通り、舞衣は笑顔のままご飯だけを食べている。正刻は眉間を押さえつつも言った。
「いや、俺の言いたいことはだな、その……」
「君の食事の邪魔をする気は無いんだ。その点については謝る。でも、私は幸せなんだ。君とこうやって同じ食卓で食事が出来ることが、な。」
そう言って舞衣はとびっきりの笑顔を浮かべた。正刻はその笑顔を見ていたが、やがてくすり、と笑い出した。


63:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:36:14 xX+kIA+D
「全く、お前には敵わないな。……だけど、俺のことを凝視しながら飯を食うのはよせ。落ち着かん。」
「名残惜しいが仕方が無いな。……だが、これだけはさせてくれ。」
そう言うと舞衣は正刻の顔に向けて手を伸ばす。そして、そのまま彼の頬についたご飯粒をとる。
「あれ? くっついてたか。すまんな舞衣。」
「いいさ。これは私にとってはご褒美みたいなものだしな。」
そう言うと。舞衣はそのご飯粒をぱくり、と食べた。唯衣の手からからん、と箸が落ちる。
「あぁ美味い! 君のほっぺについたご飯粒はやはり美味いな!」
『舞衣ー!!』
正刻と唯衣の抗議の声などお構いなし、という風情で舞衣は幸せそうにご飯粒を味わっていた。

そんな賑やかな食事も終わり、女性陣も後片付けを終えると皆でまったりとし始めた。
「ふうー、こういうのんびりした夜も良いわねぇ。」
からん、と梅酒が入ったグラスを傾けながら亜衣が言う。ちなみに亜衣も正刻や慎吾ほどではないが、そこそこいけるクチだ。
「そうだね。……しかし、私も酒を飲みたいんだがなぁ。」
そう言ったのはグレープフルーツジュースを飲んでいる舞衣である。
「そうね、私ももうちょっと飲めるようになってみたいな。父さんと母さんの相手もできるようになりたいし。」
同じものを飲みながら唯衣も同調する。そんな姉妹に苦い顔をした正刻が釘を刺す。

「あのな、お前らが酒飲むのは良いけど俺が居ない時にしてくれよ? 後生だから。」
その正刻の様子に姉妹は顔を見合わせると、おずおずと尋ねてくる。
「ねぇ正刻、私達って、そんなに酒癖悪い……?」
「いつも記憶が飛んでしまってよく覚えてないんだが……。」
そんな姉妹を軽く睨むと、正刻は芋焼酎の入ったグラスを傾けて言い放つ。
「……今度その機会があったらDVDに焼いといてやるよ。お前ら絶対俺に土下座すること請け合いだから。」
姉妹は思わず顔を見合わせる。そんなやりとりを見て、宮原夫妻は面白そうに笑った。

「……あれ? ジュース買ってなかったっけ?」
ジュースを飲み終えた唯衣が新しい飲み物を探しに冷蔵庫を漁っていたのだが、見つからなかったようだ。
「あらやだ、買い忘れちゃったかしら。」
困ったように頬に手をあてる亜衣。その様子を見た正刻が声をかける。
「亜衣さん。じゃあ俺がちょっとコンビニまで行って買ってきますよ。欲しいつまみもあるし。」
「でも正刻君……、久しぶりに遊びにきてくれたのに何だか悪いわ。」
そう言う亜衣に正刻はウィンクを返しながら言う。
「まぁまぁ、そういう遠慮は無しにしましょうよ。そんじゃちょっと行ってきますね。」
正刻はそう言って立ち上がると上着を羽織って玄関へと向かう。

玄関まで唯衣と舞衣が見送りに来た。
「正刻、大丈夫? 私たちも一緒にいこうか?」
「そうだな。君とほんの少しでも離れるのは辛い。」
そういう姉妹の頭をぽんぽん、と叩いて正刻は言った。
「まぁまぁ、気持ちは嬉しいが酒も飲めないお子様は留守番してろって。」
むー、と拗ねた顔をする姉妹に笑いかけ、正刻は買い物に向かった。

64:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:37:17 xX+kIA+D
まだ春先とはいえ夜は少し冷える。しかし、酒で火照った体にはそれが心地良かった。
正刻はコンビニ袋をぶらぶらさせながら夜道を歩く。やはり、大勢での食事は楽しい。正刻はそれを噛み締めていた。
正刻は一人暮らしをしているが、それは両親が既に他界していたためであった。
彼の両親……高村 大介(たかむら だいすけ)と夕貴(ゆき)は、飛行機事故で亡くなっていた。正刻が10歳、小学4年生の時だった。

色々なことがあったが、しかし正刻は親戚や近所の方々に恵まれていた。
両親の保険金は莫大であったが、それ目当てでなく、本当に正刻を心配してくれて引き取ろうと言ってくれる親戚は多かったし、
両親の幼馴染で一番の親友達であった宮原夫妻もその申し出をしてくれた。

しかし、正刻はその申し出を断り、一人で暮らすことを選んだ。

もちろん小学生が一人で生活することなど困難であるから、最初は家政婦を雇い、また宮原家の世話になることも多かった。
しかし、正刻は驚くべき速さで家事一般を習得し、小学校卒業の頃にはしっかりと自活できるくらいの家事スキルを身に付けていた。
それは彼が立てたある「誓い」によるものだが、それはまた後に語ろう。

正刻は様々なことを思い出しながら宮原家に帰る。夜空には、見事な月がかかっている。
夜道を一人で歩いたせいか、いやに感傷的になってるな……。
正刻はそんなことを思いながら、玄関のドアを開ける。
すると。
そこには。
正刻の感傷を打ち砕く光景が展開されていた。

「あー、まさときお帰りー!!」
そう言ってポニーテールをぴょこぴょこ揺らしながら、唯衣が飛びついてきた。何事か、と驚く正刻の鼻が、とある匂いを探り当てる。
「唯衣! お前酒を……!」
「うーん? あー、ちょっとだけねー。」
そう言って唯衣は正刻に抱きついたままけらけらと笑う。正刻は唯衣を抱えたままリビングへと向かう。
すると。

「……遅かったじゃないか正刻。私に放置プレイをするなんて、いい度胸をしているな。」
床にあぐらをかいて一升瓶を抱えている舞衣の姿が目に入った。
正刻は責めるような視線を宮原夫妻に向ける。
亜衣は肩をすくめて舌をぺろり、と出した。
「ごめんね? でも正刻君も悪いのよ? 二人に『酒も飲めないお子様』とか言ったでしょ? それでふたりともスイッチ入っちゃってねー。」
次に慎吾を見やると、何故か笑顔と共に親指をぐっ! と立ててきた。
「正刻君頑張れ! 二人をよろしくね!」
何をどうよろしくするのか……正刻は目頭を押さえた。

「なによー、まさときー。早くお酒をのもーよー。」
そう言うと、唯衣が後ろからぎゅっと抱き付いてきた。背中に柔らかいモノが押し当てられる感触が伝わる。
「こ、こら唯衣! 抱きつくな!」
そう言うと唯衣は涙目になった。正刻はしまった! とうろたえる。
「なによ……舞衣はいつもやってるのに……。私だってまさときに甘えたいのに……。ぐすっ……まさときは……わ、私のこと、きらいなんだー!!
 ふええぇーんっ!!」
そうして唯衣は泣き出す。そう、唯衣は普段強気なせいか、酔っ払うと甘えはじめる+泣き上戸というコンボを展開し始めるのである。

正刻は必死に唯衣を宥める。普段言わないようなことも言いまくりだ。
「いや、俺は唯衣のこと好きだぞ!? いや本当に!!」
「ぐすっ……。本当? じゃあぎゅっとしててもいい?」
「うっ……! ぐ、ま、まぁ……少しだけなら、な……。」
「わーい! まさとき大好きー!!」
そう言うと唯衣は更に正刻を抱きしめる。柔らかい感触が更に強まる。これはまぁ、幸せな状況であると言えなくもない。ただ……
(……うわぁー!!おじさんと亜衣さんの生温かい視線がきついー!!)
そう。さっきから宮原夫妻はこの状況をニヤニヤと楽しんで酒の肴にしている。娘の痴態を酒の肴にするってどうなのよ、と正刻が考えていると……


65:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:38:58 xX+kIA+D
ずしんっ! という音が響いた。はっとしてそちらを向くと、怒りのオーラを噴出させた舞衣が一升瓶を床に打ちつけているのが見えた。
「正刻。ちょっとここに座れ。」
「は、はい……。」
「返事が小さいッッ!!」
「は、はいッ!!」
普段は美しい黒髪が、怒りのあまりゆらめいている。正刻は唯衣に抱きつかれたまま急いで舞衣の前に正座する。
そう、舞衣は普段は素直クールだが、酔っ払うと怒りだす+説教モード+普段以上のスキンシップ展開というコンボを展開するのである。

「まったく君は……。こんないい女が普段から愛を囁いているのに一向に手をださんとはどういう了見だ?」
一升瓶でラッパ飲みをしながら舞衣が問い詰める。
「いや、そ、それはですね、その……。」
しどろもどろになる正刻を一瞥すると、舞衣は猫のような動作でにじりよってきた。
正刻は後ずさろうとするが、後ろの唯衣が邪魔で上手く後退できない。
まずい、と思っていると、舞衣の手がすっと正刻の頬に触れる。

「うっ!?」
そのまま顔を近づけると、熱い吐息を吹きかけながら舞衣は正刻の胸にしなだれかかる。正刻の胸に、舞衣の豊かな双丘が押し当てられる。
「まったく……私はいつでも君を受け入れる準備は出来ているのだぞ……? 君が望む事は、すべて受け入れてあげるというのに……。」
そう言うと、舞衣は正刻の腰を抱く。後ろから唯衣に首を抱かれているため、姉妹サンドイッチという大変素晴らしい状態となっている。
とても柔らかく、気持ちの良い状態ではあるのだが……。
(うわー!! 親御さんの前でこんなことするなんて、どんな羞恥プレイだよ!!)
正刻は宮原夫妻の生温かい視線にさらされて、気が気ではない。こうなったらいつもの手しかないか……と、正刻は覚悟をきめる。

「ほら、唯衣、舞衣!! せっかくだからお酒飲もうお酒!! あ、俺二人に注いでもらいたいなぁ!!」
必死に二人を引き剥がすと、正刻はグラスを二人に向ける。
酔っ払ってとろんとした目付きになった姉妹には当然正常な思考など出来るはずもなく、喜んで正刻に注ぎ始める。
それをぐいっと飲み干した正刻は、お返しと二人のグラスに酒を注ぐ。
二人はそれを空にすると、また正刻に注ぎ、正刻もまた注ぎ返す。
そしてしばらく後。

「はぁ、はぁ……。や、やっとつぶれやがったか……。」
完全に沈黙した二人を前に、正刻は溜息をついた。二人が酔っ払うと大概こんな感じになる。しかも必ず正刻がいる時にこんなことが起こる。
勘弁してくれよ、と漏らす正刻に、亜衣が笑いかけた。
「ま、二人ともそれだけ君を信頼してる証よ。」
「信頼されてコレですか……。勘弁してもらいたいんですがね……。」
そう言って正刻は舞衣の持っていた日本酒を飲む。舞衣が起きてたら間接キス、とか言って喜ぶんだろな、とぼんやり考える。

「じゃあ正刻君。悪いが二人を部屋まで運んでくれないか? 僕らじゃあちょっときつくてね。」
慎吾の頼みに正刻は不承不承頷く。
「分かってますよ。……じゃあまずは唯衣から、っと。」
そう言うと正刻は、唯衣を抱え上げた。いわゆるお姫様だっこである。正刻は彼女を難なく運ぶ。
「そんじゃあ行ってきますねー。」
「OK。ついでに色々してきちゃっても良いわよー。」
「しませんて!!」

そんなやり取りを亜衣と交わし、正刻は2階へと上がる。
宮原姉妹はそれぞれに部屋を持っている。正刻は唯衣の部屋へと入ると、ベッドに彼女を横たえた。
すー、すー、と気持ちよさそうに唯衣は寝ている。正刻はふっと微笑むと、唯衣のポニーテールを解いてやった。美しい黒髪が、ばさあっと広がる。
そのまま彼女の髪を手櫛で梳く。さらさらしていてとても気持ちが良い。本人達には言わないが、正刻は宮原姉妹の髪をさわるのが大好きであった。
何度か梳いてやった後、頭をぽんぽんと優しく叩いてやった。「ん……」と声をあげる唯衣を正刻は優しく見つめる。
と、唯衣が寝返りを打った。正刻の方に顔が向けられる。
正刻の心臓がとくん、と鳴る。美しい顔立ち。そして、桜色の唇。知らず知らずのうちに顔を近づけ──

「んん……。まさとき……。」

───唯衣の寝言で我に返る。俺は一体何を……!?
慌てた正刻は、そそくさと唯衣の部屋を後にする。後には、規則正しい唯衣の寝息だけが響く。
しかし、寝ているはずの唯衣は一言だけ呟いた。
「……いくじなし。」

66:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:40:40 xX+kIA+D
一階におりた正刻は、今度は舞衣を抱いて運ぶ。舞衣の部屋まで運び、唯衣とおなじようにベッドに横たえる。
正刻は、舞衣の髪を撫でた。双子とはいえ二人は大分違う。もちろん髪質もだ。唯衣がさらさらしているのに対し、舞衣はしっとりとしている。
もっとも、正刻はどちらも好きであったが。
同じように髪を梳き、頭をぽんぽんと優しく叩いた後、正刻はさっきの唯衣とのこともあってすぐに部屋を出ようとした。しかし。
むんず、と腕をつかまれる。
見ると、舞衣がうっすらと目を開けてこちらを見ている。そして。
「……キスして。」
と、囁いてきた。
「……酔っ払ってるな。さっさと眠れ。」
正刻がそう言うと、舞衣はうなずいて言った。
「……うん、眠る。だから、お休みのキス。」
「お前ねぇ……。」
「お願い……正刻。お願いだから……。」
そう言う舞衣の瞳からは、一筋涙がこぼれた。こいつ、泣き上戸の属性も持ってたのか……。正刻はそんなことを考えながら舞衣の傍に跪く。
「全く……。今日だけ、だからな。」
「うん……。お願い……。」
そう言って舞衣は目を閉じる。本当、俺はこいつらの涙に弱いな……そう思いながら、正刻は舞衣の顔に唇を近づける。

ちゅっ

「……え? おでこ……?」
目を開いて舞衣は正刻を見る。正刻は仏頂面で言った。
「誰も唇とは言ってないぜ。……本当に、今夜は特別だからな。」
ちょっと拗ねたような顔をしていた舞衣だが、やがてひっそりと笑った。
「うん。ちょっと残念だけど……ありがとう。でも私は、いつか唇にしてもらうのを待っているぞ。……いつまでも、な。」
「……ああ。保障は出来ないが……いつかその時が来たら、な。」
分かった、と呟いて、舞衣は正刻の手を離す。正刻は立ち上がると、舞衣に囁いた。
「じゃあ舞衣、おやすみ。」
「おやすみ正刻。愛しているよ。」
正刻は手を振って答えると、部屋を出て行った。舞衣は額に手をあて、ふぅ、と溜息をついた。
「大事にされるのは嬉しいが……もうちょっと強引でも良いのだが、な。」


次ページ
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch