【友達≦】幼馴染み萌えスレ11章【<恋人】at EROPARO
【友達≦】幼馴染み萌えスレ11章【<恋人】 - 暇つぶし2ch50:Sunday
07/02/23 03:27:13 Ilma5XBC


『もう……考え直すか?』


 目を閉じて聞いていたけど、そう言われた瞬間思わず開いてしまっていて。持っていた
手も、大きく震えてしまっていた。

『……少なくとも、しばらく会わない方がいいかもしんねぇな。ちょっと時間が必要だろ…お互いに』

 それだけ言うと、そこで伝言は途切れる。きっと謝ってくるだろうと思っていただけに、
あまりにも飛躍した内容に、頭の中がぐらりと揺れた。ベッドに寝そべったまま、口元を
掛け布団で隠したまま、その体勢から動けなくなってしまった。

 今まで、そんな弱気な台詞を聞いたことなんて無かった。いつも余裕ぶってて口調は
乱暴で、気持ちは分かってくれることはあってもそれを気遣ってくれることなんてほとんど
無かった。
 だけどそんな崇兄が初めて見せた、ひどく寂しく悲しそうな言葉。
 お互いの関係を改めて考え直すように言われて、ショックを受けなかったわけじゃない。
けれど、それ以上にそんな態度が頭に引っかかった。

 崇兄とは中学や高校を同じ時期に通えなかったくらいに年が離れていたから、どれだけ
辛いことがあっても、泣き言や愚痴を漏らしてこなかったし、滅多なことでは落ち込んだ
様子も見せなかった。そんな様子を見たのは、何年か前のバレンタインデーの時くらいだった。
 彼の両親が離婚したことでさえ自分の親から聞いたことだったし、その詳細を聞きに
行った時でさえ、黙り込むどころか逆に離れてしまうことにショックを受けていた自分を
慰めようと、やんわり微笑みかけながら優しく頭を撫で続けてくれたのだ。

 だから、困惑が止まらず走り続けた。以前の崇兄なら、あんなこと言ってこなかったのに。

 紗枝の中で崇兄の立ち位置はずっと変わってない。親が親であること、友人が友人で
あることを誰もが当たり前のように受け入れるのと同様に、彼女にとって彼は「いちばん
大好きな人」なのだ。幼なじみで兄みたいな人だったっていうのも確かだけど、それ以上に
その意味合いがずっとずっと強いのだ。
 いくら失望するようなことをされても、自分の年齢と同じだけの気持ちを捨て去ることが
出来ないのは、付き合う経緯を思い起こせば明白なこと。それが、本来打たれ弱い彼女が
唯一築くことの出来た、確固な想いだった。

 問いかけられた問いに、答えが出なくて真由に助けを求めたわけじゃなかった。答えなら、
考えるまでも無くはじき出せているのだから。知りたかったのは、今までずっと一緒に
育ってきた彼の唐突な変化の理由だった。一人で考えてもみたけれど、ここのところ上手く
いってないことばかりだったせいか、湧き上がってくるのは不安な内容ばっかりで。

 もしかしたら、崇兄に飽きられちゃったのかな。

 あたし、もういらないのかな。必要とされてないのかな。

 本当は別れを切り出したかったけれど、だけどそれを包み隠した形にしたからああいう
ことを言ってきたのかな。

 ずっと妹扱いされてきたから、本心を打ち明けてくれたことなんてほとんど無い。
だから性格や行動パターンは分かっていても、その時その時で彼が何を考えているのかは、
彼女には分からなかった。思考が、後ろを向かざるを得なかった。
 
「やっぱり…謝ったほうがいいのかな」
「そこまで折れることは無いんじゃない、すっぽかされたのは事実なんだし。『気にしてない』
って言えば良い程度でしょ」
「うーん……」
 

51:Sunday
07/02/23 03:29:14 Ilma5XBC

 あの時、怒らずに待っていた方が良かったんだろうけど。だけど楽しみにしていた分、
いつ来てくれるか分からない状況になってしまったのは我慢できなかった。落ち着いた
今なら、崇兄のせいじゃないって分かっているけど、気持ちを抑えこむことがどうしても
できなかった。

「まあでも」
 すると、これまで聞き役に回っていた真由が、初めて自分から口を開く。

「この前と質問内容とあまり変化がない気がするけど」

「……え」
 それは紗枝からすれば、想像すらしていなかった台詞だった。
「だってそうでしょ? 結局原因が変わってないように見えるし」
「原因…」
 言われてから自分の頭の中を探ってみる。

 そういえば、この前友人四人で話を進めていた時に、一つ指摘されていたことがあった。
話を聞いた限りでは、恋人同士の割りにそれらしい密な時間を過ごしている機会があまり
にも少なすぎると。それじゃあ立場が変わっただけで他は何も変わってないと、贔屓目に
見ても彼が可哀想だと、あの時散々言われたのだった。

「それって……やっぱりあたしが悪いってことなの…かな?」
「どっちが悪いとかそういうことじゃなくて。あれが原因って決まったわけじゃないけど、
どうせまだお兄さんにそのこと聞いてないんでしょ? 怒って途中で電話切るくらいだし」
「う゛…」
 鋭い意見にどもる言葉。なんでこう、いつもいつも行動パターンをばっちり読まれて
しまうのか。自分で自分の性格を恨みたくなる。
「でも、それが理由だって決まったわけじゃないし」
「そうかしら」
「…?」

「私には、それ以外考えられないと思うけど」

 ふいと正面から視線を外して涼しげな表情を携えたままの彼女の言葉に、紗枝は思わず
平静さを失ってしまう。
「なっ、なんで真由にそんなことが分かるの!?」
 カーッと頭に血が上って、親友に対して珍しく怒りを露わにしてしまうのだった。
 納得できなかった。崇兄とは幼なじみだし、今では(一応)付き合っているし、自分の方が
彼のことをいっぱいいっぱい知ってるはずなのに。それなのに、彼女が自分の知らない
崇兄の表情を知っているように思えてしまって、強い嫉妬心を覚えてしまう。
「だって、知ってるもの」
「……何を?」
 しかもその印象は、ばっちりしっかり当たってしまっていたようで。余裕綽々といった
雰囲気を崩さない親友に、不満を抱えてしまう。
 それでもその詳しい内容を聞きたがってしまうのは、やっぱり紗枝自身も崇兄との関係を
一刻も早く修復したいと願っているからに他ならなかった。

「あなたの知らないお兄さんの顔」

「っ…!」
 目の前の親友は、頬杖をつきながらにっこりと笑みを浮かべる。
「それも、あなたじゃ絶対見られない表情をね」
「なっ…っ…!」
 普段あまり表情を崩さない彼女が満面を浮かべるのは、決まって弄り倒そうとしてくる時。
それを知ってるはずなのに、嫉妬する気持ちに歯止めが掛けられない。


52:Sunday
07/02/23 03:30:35 Ilma5XBC

「知りたい?」
「知りたくないっ」
 まさか真由にまで粉かけてたんだろうか。そんな考えさえ浮かんでしまうのは、彼への
慕情の裏返し。本当は知りたくて仕方が無いのに、ついつい本心とは真逆の言葉が口を
ついて出てしまう。
「そんな大声出さないの。周りの人の迷惑になるでしょ」
「だって…それって……!」
 自分の推論に、自分自身が打ちのめされてしまう。目に映るもの全てが、ぐにゃりと
歪んだような錯覚を覚えたその時だった。

「勘違いしないの。私が言ってるのは、あなたと顔を合わせていなかった時のお兄さんの
ことよ」

「…え」
「あなたには知りようが無くて当然でしょう?」
「……」
 無意識に身体中にこもっていた力が、プシューっと音を立てて抜けていく。そのまま
ぐったりと背もたれにしなだれかかってしまう。
「それならそうって言ってよ……」
「だって見ていて面白いんだもの」
 ああ、そういえば彼女はこういう性格だった。ある意味、崇兄と似通っているんだった。
助けを求めることばかり考えてて、そのことをすっかり忘れていた。
「真ー由ー……っ」
 文句を言いたい気持ちとホッとした気持ちが混ざり合って、溜息混じりに言葉を吐き出す。
弄るにしても、せめて時と場合を選んで欲しかった。
 もっとも、選んでたら好きに弄ってもらって構わないというつもりも無いのだが。

「そんな感じね」

「……何が?」
 そんな考えに囚われてて、一瞬その台詞の意味が理解できなかった。
「その時のお兄さんの表情」
「……」
「何をどうしたら良いのか、どうしたいのか全然分かってない顔をしてたわ」
 そう言うと、真由はジュースに刺さったストローをぐるりと一度かき混ぜる。グラスと
氷が跳ね返って、カランと軽い音が立ち響く。

「今のあなたと同じね。煮え切らないところとか、ウジウジしてばっかりなところとか」
 似た者同士、暗にそんなことを言われたような気がした。
 
「聞いてみたらいいじゃない」
 答えはわかりきっているのに、どうしたらいいのか分からない。その時の崇兄も、同じ
ような気持ちだったんだろうか。
「…それは、その」
 だけど、聞くのが怖かった。
 そうしたことでまた傷ついてしまったら、どうなってしまうんだろう。
「何言われるか…分かんないし」
 今まで一度も崇兄の気持ちを探ったことなんて無かったし、それでもし怒られでもしたら、
一人で立ち直れるかどうか不安だった。


53:Sunday
07/02/23 03:32:13 Ilma5XBC

「手っ取り早いのは、実際に会って二人で話をすることだと思うけど。いつ以来会ってないの?」
「えっと…浮気してるとこ見ちゃった時以来かな」
「そんなに?」
「だって…デートの約束してくれるまで会ってくれなかったし」
 自分で言ってて悲しくなってきた。言葉尻が、弱々しく萎んでしまう。
「なら会いに行かなきゃ。別れたくないんでしょ?」
 その言葉に、物言わず紗枝は首を縦に振る。
「好きなんでしょ?」
 もう一度縦に振る。一度目よりも、強く。

「じゃあ尚更ね。お兄さんに言われたことを守らなきゃいけないじゃないし」
「……そう、かな」
 返す言葉は、やっぱりたどたどしくなってしまう。
もし彼の言うことを聞かずに会いに行った時、もし怒られたりしたらと思うと不安だった。
今まで一度も怒鳴られたりされたことなんて無かったから、もしそんなことになったら、
自分でもどうなってしまうか分からなくて怖かった。好きだからこそ、突き放された時の
危機感も、それ相応に持ち続けていた。

 あんなこと言われても平静を保っていられるのは、今こうして話をしているからであって。

 もし一人で部屋に閉じこもっていたら、またどこまでも落ち込んでしまいそうだった。

「……」
 だけど、落ち込んでこれまでのように会わないままでいたら、事態は好転するだろうか。
答えは分かりきっている。崇兄のことだから、付き合っているという意識が希薄になって
きたら、また違う誰かと浮気をするに決まってる。


 そんなの、イヤだ。


 絶対、イヤだ。


「…分かった」


 また崇兄と、一緒に時間を過ごしたいという気持ちが、その恐怖心を打ち砕く。ずっと
目を背け続けてきたことに、初めて見据える覚悟をしたのだった。
 自分一人じゃまず到達できなかっただろうこれからの行動の指針を示してくれた友人に
感謝しながら、紗枝は腰掛けていた椅子から立ち上がる。

「会って話、してくる」
「そう」

 決意を告げると、また真由のグラスからカランという音が放たれる。
「ならこの場は奢ってあげる」
「……いいの?」
「別れたら奢ってもらうからいいわ」
 ジュースを飲み干すと、彼女も伝票を指で挟んで立ち上がる。そして先程とは違った、
ごく自然な笑みを浮かべながら鞄を掴むのだった。
「じゃあ、奢ってあげられないね」
「どうかしら。相手があのお兄さんだもの」
「あたしには優しいよ。真由にはどうなのか知らないけど」
「そんなこと言う余裕ができたなら、大丈夫そうね」
 お互いに皮肉をぶつけ合って交し合って、清算を済ませて店を後にする。空はもう微かに
オレンジ掛かっていて、雲もほとんど消え失せている。ビル群に少しだけ隠れた太陽を背に、
二人は歩みを進め始める。


54:Sunday
07/02/23 03:33:55 Ilma5XBC

「いつ会いに行くつもりなの?」
「今から行く。善は急げって言うし」
「そう」
「うん」
 鮮やかな色合いの西日を受けながら、二人は自らの長い影を見つめながら帰路につく。

 そういえば、崇兄と河川敷で遊んだ後はこうして自分の影を追いかけながら帰っていた。
他の友達と野球やサッカーをしてるのを眺めるだけのことが多かったけど、邪魔者扱い
せずにいつも傍に居させてくれた。格好良いところを見せようとして、ホームラン予告を
して豪快に三振したり、ボールを蹴ろうとして思いっきり地面を抉ったり、見てるだけでも
楽しかった。そして帰りは手を繋ぎながら、「お前がもうちょっと大きくなったら、みんなに
言って参加させてやるからな」と言ってくれるのがお決まりだった。あの頃は大人しかった
けど、その言葉にはいつも「うん!」と強く頷いてたのは、今でもよく覚えている。

 参加できるようになった年の頃には、もう崇兄と河川敷と遊ぶことはなくなっていて、
結局その約束が果たされることは無かったけれど。そのことを窓越しにいかにも不満げに
口にしたら、家の前の道でキャッチボールをしてくれて。そういえばあの時も、こんな感じの
夕焼け時だった。

 オレンジ色に染まった、忘れることの出来ない大切な思い出。

 あたしには、忘れることの出来ない大切な思い出。

 崇兄は…覚えてるのかな。

「じゃ、この辺で」
「あ、うん」
 昔の記憶に思いを馳せていると、いつの間にか別れ道のところまで歩いてきてたようで、
声をかけられ現実に引き戻される。
「上手くいくといいわね」
「……」
「それじゃ」
 そして背を向け自分とは違う道に沿っていこうとする彼女が最後に放った言葉に、紗枝の
頭に一つの疑問が生まれるのだった。

「ねえ真由」

「ん?」
「どうして、そんな親身になってくれるの?」
 気になってしまって、わざわざ呼び止め聞いてみる。そんな不躾なことが出来るのも、
彼女もまた付き合いが古くなりつつある、大事な親友だったから。

 あえて言葉に出すまでも無いことだから口には出さなかったけれど、真由はあまり崇兄
に好意を抱いていない。二人の関係に話が及ぶと、何かと「別れたら?」と言ってくるのが
茶飯事だった。その理由はもう知っているし、自分のことを心配していてくれてたのだから
ありがたい話なのだけれども。それでも、長年かけて叶えることの出来た気持ちを友人に
祝福してもらえないのは、ずっと気掛かりにしていたことでもあった。
「さあ」
 だけど吊り目で、少しキツネっぽい顔立ちをした彼女のこと。
「どうしてかしらね」
 煙に巻かれることもなく、微妙な含みを持たれたまま、投げかけた質問をかわされて
しまう。
「それとも答えないと不満?」
「ううん」
 答えないってことは、答えたくないってことだから。興味が無いわけじゃなかったけれど、
相手の心情を推し量って、そこで追究を止めるのだった。

55:Sunday
07/02/23 03:35:11 Ilma5XBC

「それじゃ紗枝、また休み明けにね」
「あれ、休みの間に誘っちゃ駄目?」
 明日からは世間も学校もゴールデンウィーク、一週間弱の連休に突入することになる。
春を連想させる桜の花びらは、とうに散り終えていた。
「お兄さんに断られたから私とっていう理由なら、考えさせてもらうかもね」
「う、うるさいなぁ」
 純粋に気になって聞いてみれば、返ってくるのは茶化し台詞。口を尖らせてしまったら、
声を殺して笑われてしまう。
「冗談よ、そんなに心配することないと思うわ」
「……そうかな」

「あなたが寂しがってるなら、きっとお兄さんもそうなんじゃない?」

 一人になった時の心細さが別れる直前になってぶり返してきて、また少し不安になって
しまっていると。「似た者同士」という意味を込められた、さっきとよく似た言葉を投げかけ
られる。
「一度裏切られたからって信じるのを止めてしまうのは、あなたらしくないわ」
「……」


「幼なじみでしょ?」


「……!」
 そして最後に付け加えられたのは、付き合いだしてからは忘れかけていた、幼い頃の
時間を積み重ね続けた、何気ない毎日の日々。

 記憶や思い出ばかりを大切にしていて、その関係自体を軽視してしまっていたことに、
紗枝は今更気付くのだった。
「…うん」
 それは、崇兄をいちばん好きな人と捉えたかった彼女には、仕方ないことだったのだけれど。
「じゃあ、頑張って」
「うん、頑張る」
 だけど、自分達の繋がりの一番根っこにある関係を大事にしなければ、すれ違ってしまう
のも、当然の話だったわけで。

「それじゃ、ね」
「うん、また」
 お互いに背を向けて、長く伸びた影も少しずつ離れていく。
 感謝の言葉を口にしなかったのは、少し照れ臭かったからだけど。崇兄とちゃんと会って
話をしようとする気が起きたのも、そもそもの原因が自分にあったのかもしれないと思える
ようになったのも、全部彼女のおかげだ。

 携帯電話を取り出して、崇兄の連絡先を映し出す。面倒臭がりな性格だから、バイト中
でも留守電になってたことなんて一度も無い。もし電話に出なかったら、後でメールする
ことにしよう。

 灼けた色した夕日を浴びながら、彼女は発信ボタンをプッシュする。自分の耳にそれを
押し当てて、ゆっくりと歩みを進め続けるのだった――





56:Sunday
07/02/23 03:36:36 Ilma5XBC

「はーっ……」
 あくびとも溜息とも取れるような、深く長い息を吐きつくす。ブラインドの隙間から
漏れてくる橙色の光が、やけに眩しかった。
 ようやくの休憩時間を更衣室で過ごすものの、特に休むわけでもなく手持ち無沙汰だった。
どうしようもなくなって自分のロッカーから携帯電話を取り出すと、それを左の手の中で
遊ばせる。

(……)
 紗枝との関係を失ってしまった時のような。何の感慨も沸かないような不愉快な感覚。
二度と味わいたくなかったあの時のそれに似たような気分が、今の崇之の身体を再び覆い
つくそうとしていた。
「あーあ…」
 自分から申し出たこととはいえ、やっぱりどうにも参ってしまう。もうこれで、全部
終わってしまうかもしれない。またあの空っぽな時間がやって来るんだろうか、億劫な話だ。
考えてしまうのはそんなことばかり。舌先で奥歯に溜まったヤニをほじりながらも、眉間に
深い皺が走ってしまう。

ブーーッ

「うおっ」 
 すると、握り締めていた携帯が突然小刻みに震えだす。マナーモードにしていたものの、
掴んでる真っ最中に着信するとは思ってなくて、大袈裟気味に驚いてしまった。
「…およ」
 その驚きは、画面を開くと更に倍加する。電話をかけてきた相手が、ありえなかったからだ。


『平松紗枝』


「……」
 留守電をまだ聞いてないのだろうか。それとも、聞いたからかけてきたのだろうか。
幸い休憩は始まったばかりで、まだ少し時間はある。

ピッ

 居留守を使うのも釈然とせず、とりあえず通話ボタンを押してみる。自分から逃げ出した
くせに、都合のいい話だとまた自嘲してしまうのだった。
『もしもし?』
「……おう」
『今、家なの?』
「いや、休憩中」
 しばらく聞くことも無かったかもしれない紗枝の声を聞いて、崇之は軽い違和感を覚える。
これまでのように沈んだりしてない。いつも通りの、最近は聞けなかったあいつの声だ。

『…そっか』
「何か用か?」
 たとえ表面上だけであっても、こうやっていつものような感じで話をするのは、一体
いつ以来になるのだろう。


57:Sunday
07/02/23 03:37:32 Ilma5XBC

『あのね、その…』

 どもった。それだけで、彼女が何を言おうとしているのか、察知してしまう。

『今日、会いに行って良い?』
 
「……」
 どうやら、留守電に吹き込んだ言葉は聞いているようだ。でなけりゃ、向こうから会いに
来ようとするはずがない。
 でもそれなら、どうして伝えたことと逆の行動をとるのだろう。文句を言われることは
多かったけど、逆らわれたことはあまり記憶に無い。
「まだしばらく働かなきゃならんのだが」
『それじゃ、崇兄の家で待っててもいい?』
「……」
 言外に会う気がないと伝えても、一歩も引く様子が無い。むしろ気付いてないと言った方が
正しかったのかもしれない。違和感と同時に、何故か既視感が沸き上がる。本当に、なんで
なんだろう。
「…好きにしろ」
『じゃあ、待ってるね。仕事頑張って』

ピッ

「……」
 待ち合わせの約束を一方的に決められると、唐突に電話を切られてしまった。なんとも
忙しない話だ。冷たく言い放てば引くかとも思ったのだが、結局そんな様子は微塵も見せ
なかった。

(あーあ…)
 彼女には、付き合い始めた頃に家の合鍵を渡している。それは彼が、お互いの関係が
変わったことをちゃんと認識して欲しいという思惑も含めて渡したものだった。もっとも、
紗枝の方は渡されただけで満面の笑みを浮かべて満足してしまっていたのだが。
それを、今になって後悔してしまう。


 何かしら言いたいことがあるのだろう。それがもしかしたら三行半を突きつけられること
なのかもしれないと考えると、気分はいよいよどん底にまで落ち込むのだった。
 ドッと疲れが出て、ぐったりと椅子に寄りかかる。携帯の角で、自分の額を打ちつける
のがここ最近の彼の癖だった。

 ブラインドの隙間から差し込む光が、徐々に弱まる。赤々と照り続ける太陽が、ビル群と
地平線の陰にもう半分ほど隠れ始めていた。

 再び自分のロッカーを開けると、ポケットを弄って飴玉が入った袋を取り出す。

 袋を破って中身を口の中に放り込むと、舌の上で転がすことも無く、奥歯で思いっ切り
噛み砕き始めるのだった―――



58:Sunday
07/02/23 03:40:01 Ilma5XBC
|ω・`)……



|ω・`;)ノシ ゴメンネ、ジスレタッテナカッタノニスレウメタテタリシテゴメンネ



|ω・`) (ダケドフタリノナマエダシテナイノニバレルトハオモワナカッタナ)


  サッ
|彡



59:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:25:46 Z7cvi2m9
>>58
日曜キタ━(゚∀゚)━!!

wktkをありがとうございます!!


60:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:32:01 D4EfKRaV
だって前スレ>627に"Sunday"って……

61:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:34:13 xX+kIA+D
GJですー!!待ってました!!


では、負けずにこちらも投下させていただきます!

62:絆と想い 第6話
07/02/23 04:35:37 xX+kIA+D
「はーい、お待たせー! 今夜は正刻君が久しぶりに来てくれたから、正刻君の好きなものを多く作ったわよ!」
そう言って亜衣が唯衣と舞衣を従えて料理を運んでくる。
ちびちびとウィスキーを飲んでいた正刻は、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「待ってましたよ亜衣さん! もう腹が減ってたまりませんでしたよ!」
「はいはいそんなにがっつかないの。今準備が終わるから、もうちょっと待ってなさい?」
唯衣に窘められたが、正刻はそんなことも意に介さずに楽しそうにしている。
そんな正刻の様子を楽しげに眺めながら、舞衣も料理を並べていく。

やがて料理が全て並べられ、女性陣も席に着いた。
「じゃあ早速食べようか! 頂きまーす!」
家長である慎吾がそう言ったのを皮切りに、食事が始まった。正刻はがつがつと料理を貪り始める。
「ちょ! 正刻、お腹空いてたのは分かるけど、もうちょっと落ち着いて食べなさいよ!」
誰も取りはしないんだから、と唯衣は呆れたように言う。
それを見た亜衣がからかう様に言う。

「でも唯衣、正直な所、こんなに喜んで食べてもらえて嬉しいんでしょ?」
「母さん! 馬鹿なこと言わないでよ! 私はただ、折角作った料理を粗末に食べて欲しくないだけなんだから!」
唯衣が頬を染めて言い放つ。それを聞いた正刻がもしゃもしゃと食事を続けながら答えた。
「心配すんな、ちゃんと味わって食べてるぞー。こんな美味い飯を粗末に食べたら罰が当たるって。」
そう言って正刻はにっと笑う。
「だ、だったら良いけど……。あ、ほら! 一つのものばかり食べない! ちゃんとバランス良く食べなさいよ!」
なんだかんだ言いながら、唯衣は正刻におかずをよそってやる。正刻は礼を言うと、またぱくぱくと食べ始めた。

しかし、視線を感じて正刻は箸を止める。嫌な予感がして目を向けると、案の定ニヤけた顔の舞衣と目が合った。
「……何だよ舞衣。そんなに見つめられると食事をしにくいんだが……。」
「何、気にするな正刻。ちなみに私は君の食事姿を見ているだけでご飯三杯はイケるぞ。」
その言葉通り、舞衣は笑顔のままご飯だけを食べている。正刻は眉間を押さえつつも言った。
「いや、俺の言いたいことはだな、その……」
「君の食事の邪魔をする気は無いんだ。その点については謝る。でも、私は幸せなんだ。君とこうやって同じ食卓で食事が出来ることが、な。」
そう言って舞衣はとびっきりの笑顔を浮かべた。正刻はその笑顔を見ていたが、やがてくすり、と笑い出した。


63:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:36:14 xX+kIA+D
「全く、お前には敵わないな。……だけど、俺のことを凝視しながら飯を食うのはよせ。落ち着かん。」
「名残惜しいが仕方が無いな。……だが、これだけはさせてくれ。」
そう言うと舞衣は正刻の顔に向けて手を伸ばす。そして、そのまま彼の頬についたご飯粒をとる。
「あれ? くっついてたか。すまんな舞衣。」
「いいさ。これは私にとってはご褒美みたいなものだしな。」
そう言うと。舞衣はそのご飯粒をぱくり、と食べた。唯衣の手からからん、と箸が落ちる。
「あぁ美味い! 君のほっぺについたご飯粒はやはり美味いな!」
『舞衣ー!!』
正刻と唯衣の抗議の声などお構いなし、という風情で舞衣は幸せそうにご飯粒を味わっていた。

そんな賑やかな食事も終わり、女性陣も後片付けを終えると皆でまったりとし始めた。
「ふうー、こういうのんびりした夜も良いわねぇ。」
からん、と梅酒が入ったグラスを傾けながら亜衣が言う。ちなみに亜衣も正刻や慎吾ほどではないが、そこそこいけるクチだ。
「そうだね。……しかし、私も酒を飲みたいんだがなぁ。」
そう言ったのはグレープフルーツジュースを飲んでいる舞衣である。
「そうね、私ももうちょっと飲めるようになってみたいな。父さんと母さんの相手もできるようになりたいし。」
同じものを飲みながら唯衣も同調する。そんな姉妹に苦い顔をした正刻が釘を刺す。

「あのな、お前らが酒飲むのは良いけど俺が居ない時にしてくれよ? 後生だから。」
その正刻の様子に姉妹は顔を見合わせると、おずおずと尋ねてくる。
「ねぇ正刻、私達って、そんなに酒癖悪い……?」
「いつも記憶が飛んでしまってよく覚えてないんだが……。」
そんな姉妹を軽く睨むと、正刻は芋焼酎の入ったグラスを傾けて言い放つ。
「……今度その機会があったらDVDに焼いといてやるよ。お前ら絶対俺に土下座すること請け合いだから。」
姉妹は思わず顔を見合わせる。そんなやりとりを見て、宮原夫妻は面白そうに笑った。

「……あれ? ジュース買ってなかったっけ?」
ジュースを飲み終えた唯衣が新しい飲み物を探しに冷蔵庫を漁っていたのだが、見つからなかったようだ。
「あらやだ、買い忘れちゃったかしら。」
困ったように頬に手をあてる亜衣。その様子を見た正刻が声をかける。
「亜衣さん。じゃあ俺がちょっとコンビニまで行って買ってきますよ。欲しいつまみもあるし。」
「でも正刻君……、久しぶりに遊びにきてくれたのに何だか悪いわ。」
そう言う亜衣に正刻はウィンクを返しながら言う。
「まぁまぁ、そういう遠慮は無しにしましょうよ。そんじゃちょっと行ってきますね。」
正刻はそう言って立ち上がると上着を羽織って玄関へと向かう。

玄関まで唯衣と舞衣が見送りに来た。
「正刻、大丈夫? 私たちも一緒にいこうか?」
「そうだな。君とほんの少しでも離れるのは辛い。」
そういう姉妹の頭をぽんぽん、と叩いて正刻は言った。
「まぁまぁ、気持ちは嬉しいが酒も飲めないお子様は留守番してろって。」
むー、と拗ねた顔をする姉妹に笑いかけ、正刻は買い物に向かった。

64:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:37:17 xX+kIA+D
まだ春先とはいえ夜は少し冷える。しかし、酒で火照った体にはそれが心地良かった。
正刻はコンビニ袋をぶらぶらさせながら夜道を歩く。やはり、大勢での食事は楽しい。正刻はそれを噛み締めていた。
正刻は一人暮らしをしているが、それは両親が既に他界していたためであった。
彼の両親……高村 大介(たかむら だいすけ)と夕貴(ゆき)は、飛行機事故で亡くなっていた。正刻が10歳、小学4年生の時だった。

色々なことがあったが、しかし正刻は親戚や近所の方々に恵まれていた。
両親の保険金は莫大であったが、それ目当てでなく、本当に正刻を心配してくれて引き取ろうと言ってくれる親戚は多かったし、
両親の幼馴染で一番の親友達であった宮原夫妻もその申し出をしてくれた。

しかし、正刻はその申し出を断り、一人で暮らすことを選んだ。

もちろん小学生が一人で生活することなど困難であるから、最初は家政婦を雇い、また宮原家の世話になることも多かった。
しかし、正刻は驚くべき速さで家事一般を習得し、小学校卒業の頃にはしっかりと自活できるくらいの家事スキルを身に付けていた。
それは彼が立てたある「誓い」によるものだが、それはまた後に語ろう。

正刻は様々なことを思い出しながら宮原家に帰る。夜空には、見事な月がかかっている。
夜道を一人で歩いたせいか、いやに感傷的になってるな……。
正刻はそんなことを思いながら、玄関のドアを開ける。
すると。
そこには。
正刻の感傷を打ち砕く光景が展開されていた。

「あー、まさときお帰りー!!」
そう言ってポニーテールをぴょこぴょこ揺らしながら、唯衣が飛びついてきた。何事か、と驚く正刻の鼻が、とある匂いを探り当てる。
「唯衣! お前酒を……!」
「うーん? あー、ちょっとだけねー。」
そう言って唯衣は正刻に抱きついたままけらけらと笑う。正刻は唯衣を抱えたままリビングへと向かう。
すると。

「……遅かったじゃないか正刻。私に放置プレイをするなんて、いい度胸をしているな。」
床にあぐらをかいて一升瓶を抱えている舞衣の姿が目に入った。
正刻は責めるような視線を宮原夫妻に向ける。
亜衣は肩をすくめて舌をぺろり、と出した。
「ごめんね? でも正刻君も悪いのよ? 二人に『酒も飲めないお子様』とか言ったでしょ? それでふたりともスイッチ入っちゃってねー。」
次に慎吾を見やると、何故か笑顔と共に親指をぐっ! と立ててきた。
「正刻君頑張れ! 二人をよろしくね!」
何をどうよろしくするのか……正刻は目頭を押さえた。

「なによー、まさときー。早くお酒をのもーよー。」
そう言うと、唯衣が後ろからぎゅっと抱き付いてきた。背中に柔らかいモノが押し当てられる感触が伝わる。
「こ、こら唯衣! 抱きつくな!」
そう言うと唯衣は涙目になった。正刻はしまった! とうろたえる。
「なによ……舞衣はいつもやってるのに……。私だってまさときに甘えたいのに……。ぐすっ……まさときは……わ、私のこと、きらいなんだー!!
 ふええぇーんっ!!」
そうして唯衣は泣き出す。そう、唯衣は普段強気なせいか、酔っ払うと甘えはじめる+泣き上戸というコンボを展開し始めるのである。

正刻は必死に唯衣を宥める。普段言わないようなことも言いまくりだ。
「いや、俺は唯衣のこと好きだぞ!? いや本当に!!」
「ぐすっ……。本当? じゃあぎゅっとしててもいい?」
「うっ……! ぐ、ま、まぁ……少しだけなら、な……。」
「わーい! まさとき大好きー!!」
そう言うと唯衣は更に正刻を抱きしめる。柔らかい感触が更に強まる。これはまぁ、幸せな状況であると言えなくもない。ただ……
(……うわぁー!!おじさんと亜衣さんの生温かい視線がきついー!!)
そう。さっきから宮原夫妻はこの状況をニヤニヤと楽しんで酒の肴にしている。娘の痴態を酒の肴にするってどうなのよ、と正刻が考えていると……


65:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:38:58 xX+kIA+D
ずしんっ! という音が響いた。はっとしてそちらを向くと、怒りのオーラを噴出させた舞衣が一升瓶を床に打ちつけているのが見えた。
「正刻。ちょっとここに座れ。」
「は、はい……。」
「返事が小さいッッ!!」
「は、はいッ!!」
普段は美しい黒髪が、怒りのあまりゆらめいている。正刻は唯衣に抱きつかれたまま急いで舞衣の前に正座する。
そう、舞衣は普段は素直クールだが、酔っ払うと怒りだす+説教モード+普段以上のスキンシップ展開というコンボを展開するのである。

「まったく君は……。こんないい女が普段から愛を囁いているのに一向に手をださんとはどういう了見だ?」
一升瓶でラッパ飲みをしながら舞衣が問い詰める。
「いや、そ、それはですね、その……。」
しどろもどろになる正刻を一瞥すると、舞衣は猫のような動作でにじりよってきた。
正刻は後ずさろうとするが、後ろの唯衣が邪魔で上手く後退できない。
まずい、と思っていると、舞衣の手がすっと正刻の頬に触れる。

「うっ!?」
そのまま顔を近づけると、熱い吐息を吹きかけながら舞衣は正刻の胸にしなだれかかる。正刻の胸に、舞衣の豊かな双丘が押し当てられる。
「まったく……私はいつでも君を受け入れる準備は出来ているのだぞ……? 君が望む事は、すべて受け入れてあげるというのに……。」
そう言うと、舞衣は正刻の腰を抱く。後ろから唯衣に首を抱かれているため、姉妹サンドイッチという大変素晴らしい状態となっている。
とても柔らかく、気持ちの良い状態ではあるのだが……。
(うわー!! 親御さんの前でこんなことするなんて、どんな羞恥プレイだよ!!)
正刻は宮原夫妻の生温かい視線にさらされて、気が気ではない。こうなったらいつもの手しかないか……と、正刻は覚悟をきめる。

「ほら、唯衣、舞衣!! せっかくだからお酒飲もうお酒!! あ、俺二人に注いでもらいたいなぁ!!」
必死に二人を引き剥がすと、正刻はグラスを二人に向ける。
酔っ払ってとろんとした目付きになった姉妹には当然正常な思考など出来るはずもなく、喜んで正刻に注ぎ始める。
それをぐいっと飲み干した正刻は、お返しと二人のグラスに酒を注ぐ。
二人はそれを空にすると、また正刻に注ぎ、正刻もまた注ぎ返す。
そしてしばらく後。

「はぁ、はぁ……。や、やっとつぶれやがったか……。」
完全に沈黙した二人を前に、正刻は溜息をついた。二人が酔っ払うと大概こんな感じになる。しかも必ず正刻がいる時にこんなことが起こる。
勘弁してくれよ、と漏らす正刻に、亜衣が笑いかけた。
「ま、二人ともそれだけ君を信頼してる証よ。」
「信頼されてコレですか……。勘弁してもらいたいんですがね……。」
そう言って正刻は舞衣の持っていた日本酒を飲む。舞衣が起きてたら間接キス、とか言って喜ぶんだろな、とぼんやり考える。

「じゃあ正刻君。悪いが二人を部屋まで運んでくれないか? 僕らじゃあちょっときつくてね。」
慎吾の頼みに正刻は不承不承頷く。
「分かってますよ。……じゃあまずは唯衣から、っと。」
そう言うと正刻は、唯衣を抱え上げた。いわゆるお姫様だっこである。正刻は彼女を難なく運ぶ。
「そんじゃあ行ってきますねー。」
「OK。ついでに色々してきちゃっても良いわよー。」
「しませんて!!」

そんなやり取りを亜衣と交わし、正刻は2階へと上がる。
宮原姉妹はそれぞれに部屋を持っている。正刻は唯衣の部屋へと入ると、ベッドに彼女を横たえた。
すー、すー、と気持ちよさそうに唯衣は寝ている。正刻はふっと微笑むと、唯衣のポニーテールを解いてやった。美しい黒髪が、ばさあっと広がる。
そのまま彼女の髪を手櫛で梳く。さらさらしていてとても気持ちが良い。本人達には言わないが、正刻は宮原姉妹の髪をさわるのが大好きであった。
何度か梳いてやった後、頭をぽんぽんと優しく叩いてやった。「ん……」と声をあげる唯衣を正刻は優しく見つめる。
と、唯衣が寝返りを打った。正刻の方に顔が向けられる。
正刻の心臓がとくん、と鳴る。美しい顔立ち。そして、桜色の唇。知らず知らずのうちに顔を近づけ──

「んん……。まさとき……。」

───唯衣の寝言で我に返る。俺は一体何を……!?
慌てた正刻は、そそくさと唯衣の部屋を後にする。後には、規則正しい唯衣の寝息だけが響く。
しかし、寝ているはずの唯衣は一言だけ呟いた。
「……いくじなし。」

66:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:40:40 xX+kIA+D
一階におりた正刻は、今度は舞衣を抱いて運ぶ。舞衣の部屋まで運び、唯衣とおなじようにベッドに横たえる。
正刻は、舞衣の髪を撫でた。双子とはいえ二人は大分違う。もちろん髪質もだ。唯衣がさらさらしているのに対し、舞衣はしっとりとしている。
もっとも、正刻はどちらも好きであったが。
同じように髪を梳き、頭をぽんぽんと優しく叩いた後、正刻はさっきの唯衣とのこともあってすぐに部屋を出ようとした。しかし。
むんず、と腕をつかまれる。
見ると、舞衣がうっすらと目を開けてこちらを見ている。そして。
「……キスして。」
と、囁いてきた。
「……酔っ払ってるな。さっさと眠れ。」
正刻がそう言うと、舞衣はうなずいて言った。
「……うん、眠る。だから、お休みのキス。」
「お前ねぇ……。」
「お願い……正刻。お願いだから……。」
そう言う舞衣の瞳からは、一筋涙がこぼれた。こいつ、泣き上戸の属性も持ってたのか……。正刻はそんなことを考えながら舞衣の傍に跪く。
「全く……。今日だけ、だからな。」
「うん……。お願い……。」
そう言って舞衣は目を閉じる。本当、俺はこいつらの涙に弱いな……そう思いながら、正刻は舞衣の顔に唇を近づける。

ちゅっ

「……え? おでこ……?」
目を開いて舞衣は正刻を見る。正刻は仏頂面で言った。
「誰も唇とは言ってないぜ。……本当に、今夜は特別だからな。」
ちょっと拗ねたような顔をしていた舞衣だが、やがてひっそりと笑った。
「うん。ちょっと残念だけど……ありがとう。でも私は、いつか唇にしてもらうのを待っているぞ。……いつまでも、な。」
「……ああ。保障は出来ないが……いつかその時が来たら、な。」
分かった、と呟いて、舞衣は正刻の手を離す。正刻は立ち上がると、舞衣に囁いた。
「じゃあ舞衣、おやすみ。」
「おやすみ正刻。愛しているよ。」
正刻は手を振って答えると、部屋を出て行った。舞衣は額に手をあて、ふぅ、と溜息をついた。
「大事にされるのは嬉しいが……もうちょっと強引でも良いのだが、な。」

67:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:41:23 xX+kIA+D
一階に下りてきた正刻は、焼酎をロックでちびちびとやり始めた。そんな正刻に亜衣は声をかける。
「……で、正刻君? 二人とはイロイロしてきた?」
ぶっ、と正刻はむせる。唯衣にはキス未遂、舞衣にはおでことはいえキスをしてしまった。しかしもちろんそんなことは言わない。
「……別に何もしませんよ、そんな……。」
そう言ってまたちろちろと焼酎を飲み始めた正刻を笑顔で見つめていた慎吾だが、急に真顔になって正刻に語りかけた。
「なぁ正刻君……。唯衣と舞衣のこと……よろしく頼むな。」
「?」
正刻が無言で片眉を上げると、慎吾はさらに言葉を継いだ。
「あの二人は……君を心底信頼している。無論、僕も亜衣もだけど、ね。僕は、君に……いや、君にしかあの二人を幸せにすることは
 出来ないって思ってる。だから、これからもずっと……あの二人と一緒にいてやってくれ。」

そう言うと、慎吾はくい、とウィスキーを飲んだ。呼応するかのように、正刻も焼酎を飲む。
とん、と空になったグラスを置くと、正刻は呟いた。
「……おじさん。」
「ん? なんだい?」
「俺にとっても唯衣と舞衣は……大切で、かけがえのない人間です。だから、あいつらを幸せにしてやりたい。だけど……。」
空になったグラスをじっと見つめながら、正刻は続ける。
「……俺に、できるでしょうか? ……未だに『答え』を出せない、この俺なんかに……。」
「正刻君……。」
心配そうに呟いた亜衣に向けて正刻はひっそりと笑い……そして、頭を振って立ち上がった。
「すみません、久しぶりに飲んだせいで、大分まわっちまったようです。今夜はもう寝ますね。……お休みなさい。」
そう言うと正刻は客間の方へと向かった。

「……焦りすぎよ。」
「ごめん……つい……。」
亜衣に窘められた慎吾がしゅんとしている。亜衣は夫と同じくウィスキーを飲むと続けた。
「……正刻君は、やっぱりまだ大介君と夕貴を失ったことから、まだ完全に立ち直ってはいないのよ。
 本当はウチで一緒に暮らしてくれれば良いんだけど……。」
「でも絶対聞かないんだろうね。そういう所は大介似だね。」
ふふっと亜衣は笑う。

「本当ね……。それに、最近本当に大介君に似てきたわ……。」
「あ、やっぱりそう思う? 実は今日一緒に飲んでても、時々大介と飲んでる気になってさ。」
「ほんと、まるであの頃のよう……。」
亜衣は少し遠い目をした。そんな妻の肩を抱いて慎吾は言う。
「今日は確かに焦っちゃったけど、でも僕は信じているんだ。彼なら……絶対に、唯衣と舞衣、二人とも幸せにしてくれるって。」
そんな慎吾の言葉に、亜衣も笑って答える。
「当然よ。だって、大介君と夕貴の息子……そして、私たちの娘の組み合わせよ? 絶対幸せになるに決まってるじゃない。」
「あぁ……そうだね。」
そう言うと慎吾は、グラスのウィスキーを一気に飲み干した。



68:名無しさん@ピンキー
07/02/23 04:44:54 xX+kIA+D
以上ですー。

しかしまさか、誰もいないと思ってこの時間に投下しようとしたら、既に投下されちたとは……。
神作品の後で恐縮ですが、こちらもこつこつ頑張って生きたいと思いますー。では。

69:名無しさん@ピンキー
07/02/23 19:40:25 6vzjcnzA
投下乙です
魅力的な設定なんで続きが気になりますw

>>60
そいつ他人に指摘されるまで名前欄に気付かなかったらしいぜ
マジ馬鹿だよな

70:名無しさん@ピンキー
07/02/23 21:31:29 Z/LJujUv
批評厨まじうぜえな

71:名無しさん@ピンキー
07/02/24 02:57:13 9HI6ol68
唐突に場の空気悪くする>>70もまじうぜえ。

72:名無しさん@ピンキー
07/02/24 03:17:57 DzzrRwFO
626の時点で気づいた俺は勝ち組。


73:名無しさん@ピンキー
07/02/24 04:41:04 MJBJcFUO
半年ぶりくらいで覚えている人もいないかとは思いますが、
一応夏ごろ投下したヤツの続きをば。

74:夏の約束 その二
07/02/24 04:42:59 MJBJcFUO
夏まっさかり。
周りを見渡せば田んぼの緑に空の青。
暑くて暑くて堪らないこの時期は、それでも何もかもが鮮やかで好きな季節だ。

「じゃ、ちょっと待っててね」
「ん」

夏葉の家の前で短い会話を交わす。
自転車を停め、家の中に入っていく夏葉を見送る。
そのまま隣の我が家の鍵を開け、二階の自室へ入る。
ドアを開けるといい具合に蒸された空気がむわっと押し寄せる。
げんなりしながら窓を開けると、目に飛び込んできたのは白い肌。
窓とカーテンを開け放して大胆にもほどがある。

「夏葉!」

声をかけると夏葉は慌ててカーテンを閉める。
閉めるなら最初からそうすれば良いものを。
見せているのかと勘ぐりたくなる。

「テッちゃんの変態!」

カーテン越しに罵倒される。
いやまてどう考えてもこれは夏葉の不注意であり過失。
僕は悪くないはず。

……うん。悪くない。
さっきの映像を思い浮かべてひとりごつ。
ベランダ越しに隣り合っている僕らの部屋は距離にして僅か数メートル。
それはもうくっきりはっきりと見えるんだからたまらない。
それにしても学校ではきっちりガードしているくせに、家に帰るとすぐこれだ。
果たして僕は男扱いされているのかいないのか。
なんとなく微妙な気分のまま、手早く着替えを済ませて階下に降りる。

75:夏の約束 その二
07/02/24 04:46:51 MJBJcFUO
カッターシャツを下の洗濯籠に放り込み、台所へ。
麦茶で喉を潤しながら昼ごはんの材料を物色していると、夏葉も姿を現した。
さっき着替えを見られたことなどどこ吹く風でケロリとしたものだ。
格好はといえば例によってTシャツと短パンというちょっと目に眩しいアレだ。
といってもいつものことなので今更どうということもないのだけれど。

「今日は何ができそう?」

夏葉がエプロンをつけながら訊ねる。
お互い親が忙しいので、休日の昼飯は二人で作るのが基本だ。
と言っても僕の分担は皿洗いやら他諸々の雑用なのだけど。

「冷ご飯が残ってるから炒飯あたりでどう?」
「オーケー。それじゃ流しお願いね」

朝に水につけておいた食器を洗って乾燥機に並べる。
二人分の食器なのであっという間だ。
ついでなので洗濯物を洗濯機にぶち込んでスイッチを入れておく。

「皿二つお願いー」
「あいよー」

二人分の炒飯を食卓に並べ、麦茶を冷蔵庫から出す。
うん、今日も美味しそうだ。

「んじゃ、いただきます」
「いただきまーす」

うん、うまい。火加減が違うのかな。
などとは口に出さず、もぐもぐと咀嚼する。
他愛もない会話を夏葉としながら美味しいご飯を食べる。
うん、今日も日本は平和だ。

76:夏の約束 その二
07/02/24 04:48:59 MJBJcFUO
昼食を食べ終わって手早く片付ければ、いつの間にやら2時過ぎで。
世間で言うところの受験生である僕らは、部屋に戻って勉強だ。

「夏葉、これどう解くんだっけ?」
「んー? f(x)=aとでも置いてそれをアレしちゃえばいいんじゃない?」
「あー、解けるかも。ちょっとやってみるよ」
「それよりこれ何て読むの? 」
「ん、それは―」

いつものように二人で勉強。
理系科目が得意な夏葉と文型科目が得意な僕。
身近に聞ける人がいるというのは便利なもので、勉強の進みも順調だ。
……順調な時は。

「あーもう、日本史は漢字だらけだし世界史はカタカナだらけだしもーダメ……」

シャーペンを放り出し、体を床に投げ出す夏葉。
今日は夏葉が先にギブアップのようだ。
それでも時計を見ればそろそろ一時間が過ぎていて。
切りの良いところなので僕も休憩することにする。


「ほら、夏葉」
「ん、ありがと。おいしー」

下に降りて麦茶を持ってくる。よく冷えた麦茶がウマイ。
一旦クーラーを切って窓を開ける。
ぬるっとした空気とセミの鳴き声が一斉に飛び込んでくる。
文句を言う夏葉をスルーして伸び上がり、ベッドに寝転がる。

「もうすぐ八月か……全統模試はいつだっけ?」
「あと二週間かな。テッちゃん調子はどう?」
「んー、まあそんなに良くはないけどね。マイペースですよいつも」

天井を見上げながら答える。
まだまだ志望校には届かない成績ではあるけれど、慌てても成績は上がらないわけで。
とりあえず今は苦手の数学をつぶすところから。
中々自力で解けないので困ってはいるのだけれど。

77:夏の約束 その二
07/02/24 04:51:59 MJBJcFUO
「焦ったところ殆ど見せないもんね、他の人には」
「まあね、実際そんなに焦ることないし」
「ふーん」

声の雰囲気が変わったと思うや否や、突然視界に現れる夏葉。
馬乗りになってジトりとこちらを見ながら顔を近づけてくる。

「焦らないなんて、ウソついちゃって」
「ちょ、夏葉……?」
「あれ、ちょっと焦ってるよテッちゃん」
「そ、そんなことないって……」

なんだ、なんだ突然。
吐息がかかるほど近い距離。
ちょっと体を動かすだけで触れ合える距離。

「ふーん……じゃあこういうことしても平気……?」

夏葉の顔が離れてほっとする間もなく、今度は夏葉の手が体を這い下りて。
僕の首筋から胸元、腹へと順番に移動してゆき、ベルトがカチリと音を―

「ままま待った夏葉!夏葉ってば!」

いくらなんでもそれはまずいというか物事には順序っていうものが―

「フフッ」
「夏葉……?」
「あははははは! 慌てちゃってー」

そして突然ケタケタと笑い出す夏葉。

「どう? 焦ったでしょ」

焦るもなにも、意味が違う。
僕が言ったのはそういう意味じゃなくて。
……と言おうとしてやっぱりやめ、代わりに大きなため息をつく。

「まったくもう、勘弁してよ……」
「あれ、怒った?」

そりゃ怒るよ。いくら夏葉が幼馴染でも女の子にそんなことされたら焦るに決まってる。
……などと言うとまたからかわれそうなのでとりあえず黙ってジト目を向ける。
この返礼はどうしてくれようか。

78:夏の約束 その二
07/02/24 04:53:51 MJBJcFUO
「ごめんごめん、冗談だから許してってば」
「冗談でもしていいことと悪いことがあるの」
「えー、そんな大したことでもないでしょ?」
「一応僕も男なんだからね。そういうことしてると……」
「してると……?」

ひょいと手を伸ばして夏葉の腕を引っ張り倒す。
小さく悲鳴を上げた夏葉の上にまたがり、さっきとは逆の体勢に。
両腕を頭の上で押さえつけ、顔を近づける。

「こんなことされても、文句は言えないよ?」

耳元で囁いて、ゆっくりと体を夏葉の体におしつけて行く。

「コラ、そんなこと言うと大声出しちゃうよ」

慌てた様子もなくため息をついてたしなめる夏葉。
この余裕ときたら。僕は本気だぞ。うん。
悔しいのでせいぜいドスを効かせてみる。

「男の部屋に二人っきり。声をあげても誰も来ないよ?」
「思い切り窓開いてるのに?」
「……あ。」

そういえばさっき自分で窓を開けたっけか。
急に気が抜けて、夏葉を解放して横にごろりと転がる。

「ちぇ、それじゃ仕方ないな。今回だけは勘弁してあげるよ」
「してあげるよじゃないでしょ。」

ぽかりと横から殴られる。

「女の子をそーゆー風に扱っちゃダメでしょ、もう」
「大丈夫、夏葉にしかしないって」
「私も女の子なの!」

またしてもポカリ。
そういうこと言ったら僕だって男なんだからね。
そこんとこ分かってる?
……分かってないんだろうなあ。まあいいんだけど。
聞こえないようにため息をついて立ち上がる。
いつの間にか部屋は随分生ぬるくなっていて、窓を閉めて再びクーラーのスイッチを入れる。

79:夏の約束 その二
07/02/24 04:59:08 MJBJcFUO

「さて、そろそろ休憩終わり。勉強するよ夏葉」
「はいはい分かりましたよー」

休憩したんだかしてないんだか、と呟きながらのっそりと起き上がる。
そして再びクーラーとペンの音だけの静かな部屋が戻る。

それにしても、ちょっとやりすぎだったろうか。
いつものじゃれあいと比べて、随分危ない方向に行ってしまった。
意識しているようで普段あまり意識してなかったけれど、夏葉はやっぱり女の子だしなあ。
さっきは我ながらちょっと危なかったような気がする。
いや、あれ以上どうこうする気はなかったのだけれど。
あれで夏葉は本気で怒らせると怖いのだ。
急に心配になって夏葉を盗み見る。
妙に口数が少ないけれど、大丈夫だろうか。

「ね、テッちゃん、さっきの話だけどさ」
「さっき?」

急に声がかかってドキリとする。
ちょっと声が裏返ったけど気づかれてはなさそうだ。
さっきの話というと、何の話だろう。

「うん。まだ時間あるんだし、そんな焦ることないからね」
「……あー……ん。お互いね」

一応焦ってるつもりはないんだけど。
それでも少し体が軽くなったような気がするのは何故だろう。
かなわないなあ、ホント。

「よっし、さっさと数学片付けちゃいますか」
「オーケー、じゃあ私の日本史プリント3枚とどっちが早いか勝負ね」
「どう考えても僕が負けるよそれ」
「やってみないと分からないでしょ」

そんな他愛もないことを話しつつ、夏休みの一日は今日も勉強で塗りつぶされていったのだった。

80:73
07/02/24 05:04:42 MJBJcFUO
リアルタイムで受験生させる予定だったんですが
怠けてたら冬が終わりそうに。
というわけで、気長に続けたいと思いますので
よろしければお付き合いください

81:名無しさん@ピンキー
07/02/24 10:36:54 ycrBHKMz
何という幼なじみ
一目見ただけで分かってしまった
この少年は間違いなくムッツリ

82:名無しさん@ピンキー
07/02/26 02:17:55 OPGfbipf
職人さんGJです!

歳の離れた幼馴染というのも見てみたいですな!

83:名無しさん@ピンキー
07/03/01 00:58:07 /iebg89D
人いないな……。

84:名無しさん@ピンキー
07/03/01 01:14:31 M/z693BP
作品が投下されずに人がいなかったことはよくあるんだがな

85:名無しさん@ピンキー
07/03/01 23:43:57 NYYqZdsS
投下します!

86:絆と想い 第7話
07/03/01 23:44:38 NYYqZdsS
宮原家で食事をした数日後の放課後、正刻は図書委員会の仕事に精を出していた。
その日は本棚の整理、掃除であった。図書館があまりに広大なため、毎日当番製で少しづつ掃除を行なっているのだ。
正刻は自分の当てられた場所の掃除を終えると、ふぅーっと息をついた。

「さてここらは大体終わったな。佐々木、そっちはどうだ?」
「…………。」
「黙殺するなよ……俺一応先輩なんだから……。」

そう言うと正刻は自分の掃除場所から後輩の元へと向かう。
少し離れていた所で掃除をしていたその少女は、正刻が近づくと黙って視線を向けてきた。

少女の名は「佐々木 美琴(ささき みこと)」。図書委員会に所属する一年生である。
身長はかなり高めで170前後。ただ凹凸が少なく、ひょろり、とした体型である。
長い髪を後ろで一つに纏めている。ピンクの可愛いリボンが印象的であった。

「どうだ佐々木? そっちは終わりそうか?」
正刻はさっきと同じ問いを発する。その問いに、美琴はゆっくりと首を傾げ、ついで自分の掃除場所をじっと眺める。
そして正刻に向き直ると、「ふるふる」とゆっくり首を振った。その仕草に正刻は思わず苦笑する。

そう、彼女は余計なことは一切喋らない性格であった。喋ったとしても、その声は小さく、聞き取りにくい。
正刻や他の図書委員は彼女が極度の恥ずかしがり屋なのでは、と考えたのだが、実際は極度のマイペース、ということが分かった。
とにかく誰が相手でもぽーっとした態度を崩さない。先輩相手でも、教師が相手でも、だ。

その性格故か人付き合いは苦手なようで友達も少なかったが、図書委員会ではよく可愛がられていた。
正刻が通う学校は地区でもトップクラスの進学校であったが、どういう訳か「天才と何とかは紙一重」を地でいく変わり者ばかりが集まる
学校であり、その中でも特に生徒会と図書委員会、化学部、新聞部は変人ばかりが集まる部として知られていた。
そのため普通の学校では浮いてしまうであろう美琴も、図書委員会内では普通に接してくる人間が多いため、それほど浮かずに済んだ。
とはいえ流石に「無口っ娘萌え!!」「天然美少女萌え!!」と言われる事には戸惑いを隠せないようだが。

正刻は美琴の掃除状況を確認する。まだ半分も終わっていない。
「おい佐々木……。お前がちょっとのんびり屋なのは分かるが、もちっと何とかならんか?」
正刻が言うと、美琴は困ったように首を傾げる。その様子を見て正刻はまた苦笑した。

彼女は決して仕事をサボるような人間ではない。それを正刻は良く知っていた。
だがどうにも行動が遅く、要領が悪いという欠点も持っていた。頭をかきながら正刻は外を見る。
もう18時を大分回っており、あたりは暗くなり始めていた。自分は平気だが、女の子をこれ以上残すのも可哀想だ。
そう判断した正刻は美琴に告げる。

87:名無しさん@ピンキー
07/03/01 23:45:34 NYYqZdsS
「じゃあ佐々木、後は俺が引き受けるからお前は帰れ。戸締りなんかも俺がやっとくから。」
すると美琴は「ぶんぶん」と首を振って嫌だという意志を示した。彼女がここまではっきりした意志を示すのも珍しい。
「いいから帰れ。女の子をこのまま残すのは可哀想だしな。」
正刻が重ねて言うと、美琴は小さな、しかしとても澄んだ声で言った。

「でも……それじゃ先輩が……可哀想……。自分の仕事は、ちゃんとやり遂げたいし……。」
そう言う美琴が可愛くて、正刻は彼女の頭をわしわしと撫でてやる。美琴はちょっと身をすくませながらも、頬を赤く染めた。
「ありがとな佐々木! ……でも、俺としてもお前が心配なんだよ。今日は俺に任せて帰ってくれないか?」
「……でも……。」
渋る美琴に正刻は少し考える。やがて浮かんだ考えを美琴に告げた。
「じゃあこうしよう。俺はお前の代わりに残って掃除をする。お前はそのお礼に、そのうちトマトジュースを俺に奢る。それでどうだ?」

美琴は笑顔で言ってくる正刻をじっと見下ろすと、やがてコクン、と頷いた。

帰り際に何度もこちらへ向けて頭を下げる美琴へ軽く手を振り、正刻は掃除を始める。
終わったのは、19時半を過ぎた頃だった。

「ふぅー、やっと終わったか……。さて、今日は何を作ろうかなっと……ん? あれは……。」
帰途に着こうとした正刻は足を止める。殆ど明かりの消えた校舎に、まだ明かりがついている。しかもそこは、生徒会室だった。
「まさかあいつ……。」
そう呟くと、正刻は踵を返し、校舎へと戻っていった。

「……やっぱりお前だったか……。」
生徒会室の扉を開けた正刻は、中に居る人物を確認すると、やれやれといった具合に呟いた。
その人物……舞衣は顔をあげ、驚いたように言った。
「正刻? どうして君がこんな時間にここに……?」
「図書館の掃除が長引いてな。それで帰ろうとしたら生徒会室に明かりがついてるのに気づいてな? こんな時間まで残っているのはお前
 ぐらいのもんだろうと思って顔を出したって訳さ。」

そう言って正刻は舞衣に缶コーヒーを差し出す。舞衣は礼を言って受け取ると、一気に飲み干した。
「どうだ? どのくらいで終わりそうだ? 俺に手伝えることはあるか?」
正刻の問いに舞衣は書類を見て答える。
「そうだな……。あとは私が目を通してチェックするものだけだから、君が手伝えることは残念ながら無いな。時間は……30分ぐらい、かな。」
その答えに頷くと、正刻は手近な椅子に腰を下ろし、鞄から文庫本を取り出した。

「……正刻?」
「早く終わらせろ。待っててやるから、さ。」
そう言って本を読みだした正刻を愛しそうに見た後、舞衣は自分の仕事を急いで終わらせるべく書類に没頭した。

88:名無しさん@ピンキー
07/03/01 23:46:29 NYYqZdsS
やがて。
「うーん……。待たせたな正刻、終わったぞ!」
仕事に没頭した舞衣は、15分で終わらせた。これも彼女の集中力の成せる業である。
「え? もうか? お前まさか……。」
「甘く見るなよ正刻。仕事はきっちりやったさ。」
「……だよな。お前がそんな手抜きをする訳ないもんな。」

そう言うと正刻は、うーんと伸びをしている舞衣の後ろに回ると、その肩を揉み始めた。
「おつかれさん、舞衣。……しかし、お前の肩は相変わらずひどく凝ってるな……。もうちっと気楽にいけよ。」
「あぁ……。いや、最近は大分周囲に仕事を分担しているんだがなかなか、な……。それに肩の凝りの原因はそれだけではない。この……」
舞衣は両腕で自分の胸を抱く。見事な巨乳がたゆんと揺れる。
「……胸の所為だ。」

「あ、そ……。そりゃどうも……。」
正刻はそう言うと黙って肩を揉む。舞衣はニヤリ、と笑うと囁くように呟く。
「……正刻、今お前、私の胸を見てたろう……?」
「……!!」
正刻は黙っていたが、わずかに肩を揉む手に力が篭る。それは肯定の証であった。それを感じた舞衣は、更に言う。
「いや、責めている訳ではない。むしろ、どんどん見て欲しい。」
「……。」
「私の胸は……いや、私の全ては、君のためにあるようなものだから、な。」
「……。」
「なんなら……いや是非、今ここで思う存分揉みしだいてもらっても構わんぞ?」
「……!」

正刻は肩を揉む手を止めると、舞衣の頭に手刀を叩き込んだ。
「うらっ!!」
「あいたっ!!」
舞衣は頭を押さえて前のめりになる。そんな舞衣を見下ろして、正刻は告げた。
「ったく、調子に乗りすぎだっつーの……。ほら、さっさと帰るぞ!!」

89:名無しさん@ピンキー
07/03/01 23:49:06 NYYqZdsS
帰り道、正刻と舞衣は並んで歩く。登校は大抵三人一緒だが、帰りが一緒になることは滅多に無い。
そのせいか、舞衣は上機嫌だった。
「……何だよ、随分楽しそうだな。」
正刻が問うと、舞衣は満面の笑顔を浮かべて答える。

「それはそうだろう。君と久しぶりに……しかも二人っきりで帰れるのだから。これほど幸せなことはそうそう無いぞ。」
その笑顔に正刻は苦笑する。そんな事でこんなに喜ぶ舞衣を愛しく感じたが、それを素直に顔に出せばまた困った事になるからだ。
そんな正刻に、舞衣はいきなり腕を絡めてきた。
「お、おい、舞衣!?」
激しく狼狽する正刻に比べ、舞衣は落ち着いたものだった。

「それにしても、やはり君のマッサージはとても気持ちが良いな。そのうち全身をやってくれると嬉しいのだがなぁ。」
腕を組みながらそんな事を平然と言ってくる舞衣に対し、正刻は慌てながらも抗議する。
「分かった! そのうちやってやるからこの腕を離せ!! 恥ずかしいじゃねーか!!」
「何だこれくらい。全く君は本当にこういう所はヘタレだな。大体私達は既にキスまでした仲ではないか。これくらい何でもないだろうに。」
「あのな! その……キス……っていったっておでこだろ! それに、俺は人前でいちゃいちゃするのは苦手なの!! お前も知ってるだろ!!」

正刻が真っ赤になって言うと、その反応を楽しむように舞衣が顔を近づけて囁く。
「ほう。それはつまり、人前でなければたっぷりいちゃいちゃしてくれる、という事だな? いいだろう。今度唯衣にナイショで泊まりに……。」
「だーっ!! そーいう事じゃないっての!!」
正刻はまた絶叫する。舞衣はそんな正刻が可愛くて、愛しくて、楽しくて、嬉しそうに笑った。

90:名無しさん@ピンキー
07/03/01 23:49:47 NYYqZdsS
ひとしきり笑い終えた舞衣に、腕から逃れるのを諦めた正刻が少し真面目に言う。
「だけど舞衣……。お前、こんな時間まで一人で仕事をするのはやめろよ。危ないからさ。」
そう言う正刻に舞衣は微笑みかける。
「何だ正刻、心配してくれるのか?」
「当たり前だ。大体、お前が頼めば誰かしら一緒に残ってくれるだろ。だからさ……。」
「ふーん……。」
舞衣は絡めていた腕をするり、と離すと、正刻の数歩先を歩き始めた。その様子に正刻は少し戸惑う。

「ま、舞衣……? 急にどうし……」
「正刻……。」
その言葉は、急に立ち止まり振り返った舞衣により遮られた。
「な、何だよ……。」
「君は……私が他の男と一緒に遅くまで残っていても、平気なのか? 私が……他の男と一緒に帰っても……良い、のか?」

そう言って舞衣は正刻の瞳をじっと見つめてくる。正刻はその瞳に射竦められながら……内心溜息をついた。
まったく鈴音の言うとおり、俺はこいつらにとことん甘いな、と思いながら。
「……分かった、俺が悪かったよ。遅くなるときは必ず俺を呼べ。他の男に声なんぞかけなくていい。俺が……一緒に帰ってやるから、さ。」

正刻がそう言うと、舞衣は大輪の花のような笑みを浮かべ、正刻に飛びついた。
「正刻ぃっ! 君ならそう言ってくれると思ったぞ! だから大好きなんだ!!」
そう言うが早いか舞衣は、正刻の頬に口付けた。電光石火の早業であった。
突然頬に走った柔らかい感触に正刻は呆けてしまう。キスされた頬に手をあてて呆然としている。

そんな正刻を愛しげに見ると、舞衣はまたぴょん、と離れた。
「ほら正刻、流石に早く帰らないと唯衣や父さん、母さんが心配するぞ! 今夜は一緒に夕食もとろうじゃないか!」
そう言って手を振る舞衣を、やっと我を取り戻した正刻は苦笑しながら追いかけていった。


91:名無しさん@ピンキー
07/03/01 23:50:58 NYYqZdsS
以上ですー。ではー。

92:名無しさん@ピンキー
07/03/02 00:09:31 Nsa6+0cb
いの一番にGJ!!

93:名無しさん@ピンキー
07/03/02 00:11:21 QdLUXACp
やっぱり素直クールって良いな
このスレじゃあまり見ないから余計にそう思うw

94:名無しさん@ピンキー
07/03/03 03:26:44 +j3LR7fk
次スレに今頃気付いた間抜けがここにひとり
とりあえずGJ

95:ラック ◆duFEwmuQ16
07/03/03 03:52:39 6Wexugq8
時刻は11時時前、心地良い倦怠感に包まれながらふたりはカラオケボックスを出た。冷たい夜風が頬を撫でた。鈴奈が天馬の脇に密着する。
「寒いね、天ちゃん」
「うん。どっかで熱いシャワー浴びたくなるね」
赤や黄色の毒々しいネオンが瞳に反射した。あやゆる色彩の波が交錯する。天馬が鈴奈の首筋に鼻を近づけた。汗の匂いが仄かに漂っていた。
暗がりに差し掛かるとB-BOY系ファッションに身を固めたガキが四人、路上に座っていた。ひとりが、うろんげな眼を天馬と鈴奈に向ける。
どいつもこいつも金と女には縁が無さそうなツラをしていた。無視して通り過ぎようとすると四人が一斉に立ち上がった。
「そこの君達ぃ、俺達と遊ばないかい」
ブラックのバンダナの上からイエローキャップを被ったガキが、ヘラヘラ笑いながらからんできた。面倒なことになりそうだ。
天馬は舌打ちし、鈴奈に目配せする。黙って鈴奈が天馬の後ろに回り、三歩ほど下がった。
「お姉ちゃん、あんまし怖がらなくてもいいぜ。俺達ってこう見えても優しいからさぁ」
一重瞼をしたニキビ面のデブが興奮気味に息を荒げながら、脂肪たっぷりの突き出た三段腹を波打たせた。
四人の息遣いが変わるのがはっきりとわかった。ガキどもには、眼の前のふたりがとびっきり上等な獲物として映っているのだろう。
「しかし、ふたりともすげえ綺麗だなぁ。まるで天使みてえだ。おめえらはどっちがいい。俺は後ろの女にするぜ」
「えへへ。じゃあ俺、男っぽい格好してる目の前の奴がいい。かっこいいし、マンコの具合もよさそうだ」
残りのふたりは、突っ込めるならどちらでもいいとデブに言った。眼が血走っている。よっぽど溜まっているのだろう。
股間を押さえながら、舌を出してイエローキャップが喘いでみせる。ジーンズの上からペニスが激しく隆起していた。
今にもジッパーを突き抜けて飛び出してきそうだ。
(うえぇ、こいつら絶対脳みそにウジ湧いてるよ。なんで僕のことまで女に見えるのかねえ……しかしデカイな。羨ましい)
イエローキャップのペニスに天馬は自らの肉体的コンプレックスを刺激された。
天馬のペニスも決して小さくはないが、だからと言って大きくもなかった。日本男子の平均的サイズだ。
流麗で理想的な形をしてはいるが長さはせいぜい十四センチ程度だ。女達はそれを美しい形状だと褒めるが、大きさを褒められた記憶はなかった。
十四センチは卑下するほどでもないが自慢できるサイズでもないのだ。対するイエローキャップのペニスのデカさは眼を見張るものがあった。
二十センチはあるだろう。確実に天馬の持ち物より二回り、いや三回りは大きい。天馬は夜空に向かって瞠目した。
(神よ。何故あなたはチンコの大きさを平等にお作りにならなかったのか……)
もう一度、イエローキャップの股間に視線を戻す。やはりでかい。
天馬の視線に何を勘違いしたのかイエローキャップが得意げに鎌首をもたげたペニスを誇示する。
「えへへ、俺のでかいっしょ。自慢の息子だぜぇ」
ジッパーを引き下ろし、イエローキャップが勃起するペニスを取り出した。赤黒い亀頭に太い血管に覆われてゴツゴツした表面が禍々しい。
鈴奈が顔をしかめた。あまりにも気持ちが悪かったのだ。年頃の少女にはグロすぎる一物だった。
(天ちゃんの綺麗なピンク色のおちんちんとは似ても似つかないよ……うう、変なもの見せられちゃった……)
天馬は違っていた。その大きさに圧倒され、男のプライドを打ち砕かれていた。天馬のペニスが日本刀ならば、イエローキャップのそれは戦斧だ。
もし打ち合えば折れるのは日本刀だ。天馬は思い巡らした。このまま己の刀を抜くべきかどうかを。

96:ラック ◆duFEwmuQ16
07/03/03 03:53:14 6Wexugq8
そんな天馬の様子を見ていた鈴奈が肘で背中を小突く。ハッと正気に戻る天馬。もはや迷いは無かった。
(ここで見せなければ……男ではないッッ!)
勢い良くデニムのズボンを脱いだ。刹那、その場にいた全員があまりの衝撃に間の抜けたダッチワイフのように口を広げて立ち尽くした。
男装の美少女だと思い込んでいた相手の股間には見慣れたモノがぶらさがっていたからだ。
「お、男……信じられねえ」
特にイエローキャップのショックは峻烈を極めた。あんまりな出来事に両手で頭を押さえつけ、血を吐くような思いで叫ぶ。
「お、俺は男に欲情しちまったのかぁぁぁッッ!」
イエローキャップはこの時、自らの人生に置いて大きな十字架を背負う羽目になったのだ。見えない茨の冠が、イエローキャップのこめかみに食い込む。
「残念だったね」
イエローキャップの狼狽に天馬は溜飲を下げた。その表情はどこか勝ち誇っている。そしてすぐに天馬は虚しさを覚えた。
こんなことをしたところでペニスの大きさは変わらないからだ。ズボンを穿きなおす。
時間が経つにつれて四人が冷静さを取り戻した。周囲に四人の怒気がはらんだ。イエローキャップが吼えた。
「てめえぇッッ、SATUGAIすんぞッッ!」
「貴様に僕がSATUGAIできるかな」
あやまたずに天馬の蹴りが飛んだ。靴の先には作業ブーツ同様に鉄板が仕込まれていた。天馬の前蹴りがイエローキャップのストマックにめり込んだ。
胃袋を破裂させる鉄板靴の威力─イエローキャップは胃液と赤茶色の粘液をぶちまけながら昏倒した。三人が眼を剥く。
そのまま手前にいるデブの頬をジャックナイフで切り裂いた。頬肉がめくれ上がり、黄白色のブツブツした脂肪が露出した。鮮血が吹いた。
血の飛沫が天馬の手の甲を赤く濡らした。暴力に酔いしれながら残りのふたりをどうやって料理してやろうか、天馬は考えた。
「お友達やられちゃったね。君達はどうするの。仲間の仇討ちたい?それとも逃げたい?逃げたいなら逃げてもいいよ」
天馬にはどっちでもよかった。逃げるならあえて追いはしない。かかってくるならナイフの餌食にするまでだ。
ふたりの顔が見る見るうちに青白く褪色していく。唇が紫色に変わり、額に汗がにじみ出る。勝負はすでに決まっていた。
残りのふたりが無言で踵を返し、恐怖に駆られて逃げ出す。こうなると哀れなのはイエローキャップとデブだ。
頬を押さえながら、地面にうずくまって喚くデブを尻目に天馬と鈴奈もその場から離れた。どこかで粘つくデブの血を洗い落としたい。
天馬はデブの血臭を嗅ぎながら円山町のラブホテルを目指した。明が影に隠れてこちらの様子を覗っていたとも知らずに。
              *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

97:ラック ◆duFEwmuQ16
07/03/03 03:54:38 6Wexugq8
広いジャグジーバスの湯に浸かりながら、天馬が鈴奈の腰にそっと手を回した。浴槽の基底部に設置されたライトがふたりの裸身を照らしつける。
「広いお風呂ってやっぱり気持ちいいね、天ちゃん」
「うん、なんか落ち着くよね」
リラックスしながら鈴奈を優しく抱き止めてキスをする。バスの湯が溢れるのもかまわずにふたりは官能の渦に身を任せた。
「んん……ッ」
悦楽に揺らぎながら、鈴奈が小さく声をあげて身体を震わせる。小豆ほどの小さい乳首を親指と人差し指で軽く挟んだ。コリコリと揉みしだく。
鈴奈の美乳が桜色にほんのりと染まった。眉根を寄せて天馬が鈴奈の恥骨をペニスの先端でつつく。続いてクリトリスにも先端を当てた。
鈴口でクリトリスを呑み込むように愛撫する。亀頭がクリトリスにフェラチオをしているようだ。鈴口はカウパーが分泌し、適度に滑っている。
「天ちゃん……それすごく気持ちいい……」
「もっと……もっと感じてよ……鈴奈……」
僅かに鈴奈の裸体が跳ねた。硬く充血していくクリトリスを亀頭が吐き出した。背筋をブリッジ状に反り返らせ、鈴奈が蚊の鳴くような細い声で喘ぐ。
ラビアにもペニスを擦りつけ、天馬は鈴奈の腰を落とした。女芯に屹立したペニスが挿入される。
「あぁぁん……やぁ……ッ」
滑り込んだ雁首が膣を出入りする度にふたりの全身に悦びが走った。汗が天馬の背中をヌラヌラと濡れ輝かせる。
「あぁ……ッッ……ああぁ……ッッ!」
鈴奈の呻きが大きくなっていった。浅く刺しながら徐々に奥へとペニスを打ち込む。痺れるような快感に、若い性は歓喜した。
リズミカルなピストン運動は速さを増していった。鈴奈の唇から甘く熱いため息がこぼれ出る。ふたりは夢中になりながら互いの舌と唾液を貪った。
天馬が鈴奈の乳房を力強く握った。痛みに鈴奈が表情を曇らせた。それでも法悦に溺れる鈴奈にとって、痛みですら快感へと変わる。
強烈なエクスタシーのスパークが鈴奈の内部で飛び交い、ペニスをギッチリと締めた。強い射精感覚─天馬は樹液を迸らせた。
「ぬふぅ」
天馬と鈴奈はその日も同時に達した。
「じゃあこのまま二回戦いってみようか」

98:ラック ◆duFEwmuQ16
07/03/03 03:57:46 6Wexugq8
>85
うほ、GJです。

とりあえず投稿。今回分はこれだけです。ちゅぱちゅぱ。

99:名無しさん@ピンキー
07/03/03 08:24:24 y7MWeNKB
GJです!

完璧超人だと思っていた天馬がナニの大きさを気にする所で妙に親近感がわきましたw

100:名無しさん@ピンキー
07/03/04 19:11:29 ZZCpjTgz
職人様降臨上げ!

101:Sunday
07/03/05 00:17:41 kFcBuZ5x


 空はもう、夕焼けの色が落ちようとしていた。

 真由と別れてから、紗枝は寄り道することなく彼の家へと足を向けた。随分と久しぶりに
来たけれど、懐かしさを覚えることは無かった。崇兄が引っ越した今でも、彼女の中では
窓から見える向かいの家が、彼の部屋だったからだ。

 鞄の中に大事に入れておいた合鍵を取り出す。付き合い始めて最初にプレゼントされた
ものが、この使い古された感のある光沢を失った合鍵だった。貰った時は、物凄く嬉しかった
けれど、渡してくれた時の崇兄の複雑そうな表情が、今でも不思議でならない。
 
 赤く錆びた鉄の階段を、カンカンと音を立てて上っていく。二階の右から二番目の部屋が
彼の家だ。握り締めていた鍵を鍵穴に差し込んで、ドアノブをひねって部屋の中に入る。
玄関には、脱ぎ捨てられた靴があちこちに散らばっていた。

 パタンッ

 中に入り、頭をぐるりと動かし部屋の様子を伺う。薄い板一枚で仕切られてるとは思えない
くらい、言い表し難い匂いが鼻腔を貫いた。
(うわあぁぁ……)
 この部屋に入るのは一ヶ月ぶりくらいになるんだろうか。いつもちゃんと整頓している
自分の部屋と比べて、相変わらず部屋の様子は閉口したくなるような惨状である。足の
踏み場が無いというほど散らかっているわけじゃないが、それでも、お世辞にもあまり
綺麗とはいえない。
「……はーっ…」
 だけど前に来た時に、くたくたになるまでこの部屋の掃除をしたのだ。その時の様子が
あまり残っていなくて、思わず溜息が漏らしてしまう。あの時の苦労は何だったんだろう。
あたしは家政婦さんじゃないのに。一応その、えと、恋人のはずなのに。 
 靴を脱ぎ、畳を踏みしめながら部屋に上がり、こもった空気を逃がす為に窓を開ける。
その足元には、敷きっぱなしの布団が一組。
 あれだけ万年床はやめろって言ったのに。自分が注意したことも守られてなくて、また
苛立ちと虚しさが募る。本当にあたしは彼に大切に想われているんだろうか、そんな考えが
浮かんでくるのは、もう何度目になるんだろう。

「……ふぅ」
 唯一の救いは、汚れているといってもゴミが散乱しているわけじゃなくて、漫画や雑誌が
床に放置されている状況だったこと。時間をかけて整理整頓をすればそれなりに綺麗になった。
脱ぎ捨てられていた靴も靴箱にしまいこんで、流しに放置されていた食器も洗剤で洗って
所定の位置に戻す。これで少しはまともになっただろう。

「……」
 そしてまた、足元に敷かれ畳を覆っているものに視線を移す。

 眼下に広がる、少しばかり汚れた布団。毎日寝る時に使っている、少しばかりよれた布団。
そこにはつまり、彼の匂いもそこに染み付いているわけで。

 掃除する際にそこに置いてあった自分の鞄を、傍にあった折りたたみ式の机の上に移動
させる。
 そして布団も押し入れに片付けるのかと思いきや、ゆっくりと膝を突いてその場に座り
込んだ。そのまま手もついて四つん這いになる。皺でもみくちゃになっているシーツを、
ゆっくり伸ばしていく。

(崇兄の…匂いだ……)

 距離が少し近づいたことで鼻を微かにくすぐってくる、今一番会いたくて、今一番自分の
気持ちをぶつけたい相手の残り香。皴を伸ばし終わると同時に、紗枝は半ば無意識に頭を
枕に、身を布団の上に委ねた。


102:Sunday
07/03/05 00:18:57 kFcBuZ5x

 そうすると残り香はより一層強くなる。まるで、彼に思いっきり優しく抱きとめられて
いるような、そんな錯覚さえ覚えてしまう。自分以外誰もいないのをいいことに、鼻から
強く息を吸い込んで、僅かに身をくねらせて、その感覚を存分に楽しもうとする。

「……はぁ…」

 最後に本人に思いっきり抱きしめてもらったのは、もうどれくらい前になるんだろうか。
少なくともここのところは会ってすらいない。街中で、見てはいけない場面をこの目で
見てしまった時のことは、カウントに入れたくなかった。

 半ば半端の夢心地。そんなふわついた感覚が、彼女に一番楽しかった頃の情景を脳裏に
思い起こさせてしまう。




 ………―――


『ちょっとー、部屋掃除しろよー』
『んー? なんで?』
『汚いからに決まってるだろ』
 久々に部屋に訪れたら、見渡さなくても臭いで分かった。至る所から腐臭を感じ取り、
露骨に顔をしかめて部屋を主でもあり、汚した張本人に改善を要求する。日頃バイトなどで
家を空けることが多いのに、なんでここまで汚すことが出来るのだろう。
『バカお前これは散らかってるんじゃなくて、置いてんだよ。ちゃんと全部計算し尽された
ところに物をばっちり配置してるわけよ』
 面倒臭がり口八丁の彼のことだから、素直に頷いてもらえるとは思わなかったけど。
それでもこの手の言い訳にいい加減辟易してしまうのは、付き合いの長さからくるものなのか
どうなのか。想像通りの答えを返され、肩にドッと疲れが圧し掛かる。
『……どう考えて配置したとしても、机の上にバナナの皮はいらないと思うんだけど』
 ほとんど真っ黒になってしまっている本来黄色いはずの物体を、鼻をつまみながら指先で
掴むと、ゴミ箱の中に放り投げる。窓を全開にしてこもった臭いを逃し、洗い場で手を
洗いハンカチで拭きながら、ジト目で彼を睨みつけた。

『あぁ分かった分かった。今度ちゃんと掃除しとくから。それよりホラ、こっち来い』
『……え』
『早く来いって』
 生返事で応答され少しばかり腹を立てて更に文句を言おうとしたら、それを完全に無視した
いつものお誘い。不意な申し出に、とめどなく溢れ出しそうだった不平不満が、それだけで
ぴたりと止まってしまう。

『いつもの?』
『いつもの』
 恋人同士になってからよく交わすようになった、言葉は同じでイントネーションだけが
違っている台詞の掛け合いが、紗枝は嫌いじゃなかった。一言だけでお互いの意思を疎通
出来ることが、嬉しかったからだ。 


103:Sunday
07/03/05 00:20:06 kFcBuZ5x

『……恥ずかしいんだけどな』
『最初にやって欲しいって言ったのはお前の方だろーが』
『それは、そうだけどさ』
 口で勝負して勝てないことなんて分かってるのに。それでもいちいち売ってしまうのは
そういう性格だから。こればっかりは、治そうと思ってもなかなか上手くいかなかった。
もっとも、そういうところを彼は特に好きでいてくれているようだけど。
というよりか、彼の好む性格になろうと幼い頃必死に努力した結果なのだから、むしろ
当たり前の話なのだが。それが元でよくからかわれてしまったりするのだから、やっぱり
治したいと思う気持ちもどこかにあるわけで。
『だろ?』
『……』

ぽすんっ

ぎゅっ

『はい、よく出来ました』
『うー…恥ずかしいのに…』
 恥ずかしいと言った割には自分から収まりに行ったのだから、おかしな話なのだけれど。
だけどその時の気持ちとは裏腹な言葉を言わずにはいられないのも、そういう性格だから。

 そして、彼はそういうところも好きみたいで。

『そう言うなって、誰も見てないしいいじゃねーか』
 だからなのかもしれないが、そういう態度をとってしまった時は、いつも以上に優しく
してくれるのだ。
『でもさ…』
 恥ずかしくて、照れ臭くて。だけどそこに深く腰掛けてしまうのは、相手の鼓動の音を
知りたくて、自分の鼓動の音を知って欲しいから。
『……じゃあやめるか?』
『え…』
 だから不意な言葉に、またしても戸惑う。
『お前がそこまで言うなら、別にやめてもいいけど』
『……』
『どうする?』
 こういう時だけ、気持ちを聞いてくるのだから。

 彼女の好きな人は、本当に意地が悪い。

『……やだ』
『はっは、だよな』
 そして、逆らえないことも知っていて聞いてくるのだから、性格も悪い。
『…だったら、もう少し大人しくしとけ』
『う~~~』
 悔しくて悔しくて仕方が無いけれど、それと同じくらい嬉しくてドキドキして。

 だけどそんな思い出すだけで胸が高鳴る記憶も、今はもう、昔の話で―――




「……」
 付き合い始めた頃は当たり前だった頃の情景。それがふと頭をよぎり胸が一瞬ツキリと
痛む。一度冗談めいて椅子になって欲しいと言ったら、彼はそれがよほど嬉しかったらしく、
喜んで手を広げて体を受け止めてくれた。
 胸元に後頭部を預け、全身をもたれかけて、お腹の前でベルトのように手を回して繋いで
もらって。凄くドキドキしたけれど、凄く嬉しかったあの感覚。甘酸っぱい感情が身体中を
巡った違和感とも思えたあの気分は、それこそ味わったことのないくらいの至福の瞬間だった。


104:Sunday
07/03/05 00:21:52 kFcBuZ5x

 そして今仮想ではあるものの、それに近い気分を味わっている。色々と大事な話をしに
来たというのに、そんな気分はもうどこかに吹き飛びかけていた。もぞもぞと身体を動かし
瞼が降りかけ、また静かに大きく息を吸い込む。

「たかにぃ……」

 目がとろつく。本当は、単に寂しいだけなのだ。言いたいことはたくさんあるけれど、
それ以上に以前のようにいつものように時間を共有したかった。会えない時間が多くなった
ことにもどかしさを抱え続けていることを、彼は知ってくれているのだろうか。

(仲直り……できるかな…)
 「今」の関係を考え直してもいいんじゃないのかと聞かれた時、紗枝はそこで初めて、
崇兄が悩んでいたことを知った。
 彼女の中で、その想いは変わらないままだった。それがいけなかったのかもしれないと
いうことは、友人に指摘されるまで気付かなかった。もっと違う形を彼が望んでいたのなら、
これまでずっと我慢し続けてくれてたのだ。そうすると、浮気しちゃったのも仕方ないのかな
と考えてしまう。約束を守れなかったり向こうも自分のことを悪いと思っているかもしれない
けれど、あれは仕方がなかったわけだし。仕事と自分と天秤にかけさせるなんて、そんなの
相手を苦しめるだけだ。
 
 そしてそんな感情をベースに、崇兄からの問いかけの答えを用意した。問いかけられた事
自体、泣き出しそうになるくらい悲しいことだったけど。今ならその原因も、気持ちの疎通が
出来なくてまるで分からなかった相手の気持ちも、ちゃんと分かっている。
 

 だけどそれも、今の気持ちが沈みこむ歯止めにはならなかった。


 親友に相談に乗ってもらったことで手に入れた勇気や前向きな気持ちも、一人になって
まだ上手くいっていた頃の甘い思い出や、すれ違い始めてからの関係を思い起こしたりして
いるうちに、既に失いつつあった。代わりに胸によぎるのは、自分の部屋で横になった時と
同じような、後ろを向いた考えばかり。
(ちゃんと…話できるのかな……)
 ずっと上手くいっていた関係だからこそ、上手くいかなくなってしまった時の耐性を
持っていなかった。そしてそれは多分片方だけじゃなくて、お互いに当てはまるのだろう。

「崇兄…たかにぃ……」
 そんな思考から逃げ出したくて、この場にいない部屋主の名を口にし続ける。この状況で
考えこんでも、沸いてくるのは悲しさだけだ。だから、再び没頭する。幸せを感じられた時の
ことだけを頭の中に浮かべて、本人には呼びかけたことの無いくらい、甘ったるい声で彼の
名前を呼び続ける。そうすると、また記憶の中の優しくしてくれるのだ。

 久しぶりに味わう安らかな気持ちは、やがて彼女から全身の力を奪っていく。

 頭はもちろん、身体や四肢、瞼を上げる力でさえ奪われ、瞳が徐々に重くなっていく。

 昨日の夜はベッドに潜り込んでからも、留守電に伝言を残した彼の真意が分からなくて、
そのことばかり考えを巡らせていた。当然、満足な睡眠時間を得ることは出来なかった。
久しぶりに胸をよぎった穏やかな気分に、その疲れもドッと上乗せされてしまっていた。

 嫌なことを全部忘れて、好きな人のことだけを、その人と作り上げた思い出のことだけ
を考えながら。楽しかった頃の、楽しかったことだけを脳裏にしっかり写したまま。


 そうして彼女は少しずつ、だけど確実に夢の世界へと落ちていったのだった――





105:Sunday
07/03/05 00:22:42 kFcBuZ5x



「くはぁーっ……」

 バイトを終え、自分で自分の肩をトントンと叩きながら崇之は帰宅の徒につく。今日は
久々に長く働いたもんだから、随分と疲れが溜まった。本来なら、さっさと晩飯を食べて
シャワーを浴びて、しばらく時間潰したら適当な時間に就寝するのだが、今日はこれからが
本番である。

(紗枝の奴…いるんだろうなぁ)

 怒りながらか、今にも泣きそうになりながらか、そのどちらかの表情をたたえながら
待ち構えているのだろう。そして、彼女の行動パターンが読めなくなってしまっている自分に
向けても鬱屈した気分が溜まっていく。関係が深くなって、気持ちが逆に読めなくなる
なんてどう考えても、つーか考えなくてもおかしい。
 途端に頬がひりつきだす。そこは、つい一週間ほど前に街中で彼女に叩かれた箇所だった。
遅れて併せるように思い起こされる、無実の罪を責め立てられた時の記憶。

 紗枝には随分辛いことを言ってしまった。だけどまた今日もあんな態度をとられたら、
彼女のことを大切に想う気持ちが無くなってしまいそうで、怖かった。

 崇之にとっての発端は、紗枝が抱え続けた自分に対する変わらなすぎた真っ白な想い。
 紗枝にとっての発端は、崇之が一時の気の迷いに流された疑惑ではない本当の浮気。

 そのことはもう分かっている。

 身から出た錆を処理するのは大変な作業なのだということを思い知らされ、ぼりぼりと
髪を掻きながら、苦々しい顔で空を仰ぐ。
今日はバッチリ星月が一面に広がっている。今までのパターンからすると、こういう時は
必ず曇り空だったのだが。どうやら天気には早々に裏切られてしまったらしい。

「……」

 扉の前まで戻ってきたところで、足が止まる。明かりが点いている。出掛ける前は確実に
消していた明かりが、今は光を放っている。ということは、誰かいる。その誰かが誰なのかは、
もちろん言うまでもない。毎日開け閉めしている扉なのに、今日に限ってはノブに触れること
にさえ勇気を必要としてしまう。
 
 いやいやしかし、ここは自分の家だ。なんで躊躇う必要がある。

 そう思い立って、一転迷いを振り切ってドアを開き、あくまで平静を装って部屋に入る。
足元を視線に落とし靴を脱いでいると、彼女のローファーだけしか視界に入らず、自分の
靴がちゃんと仕舞われていることに気付き、また一段と気分が重たくなった。この様子じゃ
部屋の中も掃除してくれているのだろう。これでまた負い目がひとつ出来てしまった。
 どんな言葉で声をかけようか、どんな言葉をかけられるのか頭の中で逡巡し、苦虫を潰した
ような顔になってしまう。どんな反応をされるだろう。

「……?」

 そういえば、おかしい。扉を開け、部屋に入った時点で何かしら反応があるはずなのに、
なんら応答されることもない。

「……紗枝?」

 顔を上げるが姿も見えない。電気が点いているということは家の中にいるはずなのに。
途中で外出する用事があったのなら、ちゃんと消していくし、鍵も忘れずにかけていく奴だ。
一体どうしたんだろう。

106:Sunday
07/03/05 00:25:48 kFcBuZ5x

「くぅ……すぅ…」

「んー?」
 何やら寝息が聞こえてくる。玄関からは、布団を敷いている辺りはテーブルの陰に隠れて
丁度死角になっている。身体ごと首を傾け、視界の角度を変えて死角だった辺りの場所を
覗き込んでみる。
 そこに見えたのは、布団に沿うように倒れている、紺色のソックスに包まれた二本の脚。
部屋に上がり、足音を忍ばせて徐々に近づくと、掛け布団に身体半分ほど埋まった可憐な
眠り姫が夢の世界へと落ちてしまっていた。
「すぅ…すぅ……んん…っ…」
 しかも何故かことあるとごとに、布団に自ら埋まっていくかのように身体を擦り寄らせる。
掛け布団をそっと握り締め、口元あたりだけ覆っている。

「……」

 足をかがめてそのまま尻を床につくと、掛け布団の位置を少しずらして、紗枝の寝顔を
あらわにする。反射的に、人差し指で頬をつっついてみた。
「ん~……っ」
 割れた声で反応を示すものの、起きる様子はない。この反応が琴線に触れてしまって、
もう一度頬をつっついて様子を伺ってみる。
「んっ」
 嫌がるように一瞬眉をひそめ、拗ねたように声を上げると、無意識げに顔を布団の中に
隠してしまった。そしてまたもぞもぞと身体を動かすと、布団の下から深呼吸をする声が
耳に届く。

(やべ……マジ可愛い)

 すっかり頭の中から抜け落ちていた事実を、今更になって思い出したようだ。

 恋人というのは、相手の浮気を詰問して叱り飛ばしてくるのが役割じゃない。お互いに
時間を共有して、一緒にいるだけでも心を満たしてくれるような、他の何物にも変え難い
大事な存在なのだ。
 それを、ここ最近の関係の悪化が原因ですっかり忘れてしまっていたのだろう。

 そういえば、幼なじみだったけれどこうして紗枝の寝顔を拝むのはほとんど記憶にない。
あったとしても、それは彼女がまだ赤ん坊の頃の話。あの時も確か似たような言葉の感想を
抱いたと思うが、その意味合いは今とはまるで違っている。

 だから、この姿は新鮮だった。年上だった分、紗枝のほとんどの表情を知り尽くしていた
ことも手伝ってか、いつもよりも心を揺すぶられた。だからまた、掛かった布団をゆっくりと
払いのけて、その寝顔を覗き込む。いつもよりも全てにおいて可愛さが増しているのは、
最近はあまり見せてくれなかった紺色のブレザー、深緑の色をした紐タイ、チェック柄の
プリーツスカートという組み合わせの制服姿のままだからなのだろうか。どうやら学校帰りの
まま、帰宅することなくここへ来たらしい。

 自分と彼女の関係がどういうものだったかを思い出せたおかげか、帰る直前まで引き摺って
いた考えがあっさりと消え失せる。そしてこれまでの鬱憤を晴らすように、突然くだけた
行動に出てしまう。
「……」
 身体を横向きに滑らせて、無防備なプリーツスカートの中身をそっと確認しようとする。
が、その直前で身体が固まった。どうやら思いとどまったらしい。

 いかんいかん、これじゃまるで変態じゃないか。それとも、やろうと思った時点でもう
十分に変態か。いやいや、どうせ男は全員変態だ。というわけで覗いてやる。こんな所で
寝るこいつも悪いんだ。
 
 結局欲望に負けたようである。首をぐぐぐっと動かして、奥を確認する。


107:Sunday
07/03/05 00:27:13 kFcBuZ5x

ちらっ

 見えた! ちょっとだけ見えましたよ! 色は薄い緑、ペパミントグリーンというやつだ。
この野郎、色気のある下着つけやがって。少しだけ興奮しちまったじゃねーか。

「すぅ……すぅ…」
 多大な戦果に充分満足して、体勢を元に戻す。
 話をするために起こそうかとも思ったが、だけどもう少しこの寝顔を見ていたかった。
むしろまだまだ眺め続けていたかった。傍であぐらを掻いて、顔元の布団をどけて静かに
見つめ続ける。
 これ以上ちょっかい出すと目を覚まされそうなので、我慢する意味もこめて腕を組む。
紗枝の制服姿は、普段は余りスカートを履きたがらないことも手伝ってかよく似合い、
そして普段以上に可愛らしく思えた。


『見て見て、たかにぃと同じ学校のせーふくだよ!』


 ああ。

 そういえばそうだった。

 まだ紗枝の家の向かいに住んでいた頃。進学、衣替えをする度に、彼女はその制服姿を
窓越しに見せ付けてきた。そんな埃被った記憶の断片が、急に脳裏に浮かび上がってくる。
 
 年が四つ離れているもんだから、中学と高校は共に通うことが出来なくて。それだけに
たまに下校途中でばったりと出くわした時は、いつも以上に減らず口を叩いてきて、いつも
以上に嬉しそうな表情をしていた。今はもう彼が通学していないせいか、そんな思い出を
作れる機会が、もう無いわけだが。
 崇之が高校を卒業すると同時に、紗枝は途端に制服姿を見せることを渋るようになった。
その理由は明かさなかったけど、なんとなく分かっていた。自分一人だけって言う状況が、
嫌だったんだろう。
 そのおかげか、こうして彼女の制服姿を改めてまじまじと見つめ返すことで、さっきから
胸をむず痒い感覚が駆けずり回っている。それが増せば増すほど、奇妙な充実感と、彼女が
どんな答えを用意したのかという不安が沸いてくる。

 思えば馬鹿なことを口走ったもんだが、だからといってあの時、代わりにどう言えば
良かったのかと思い直そうとすると、今の状況も仕方ないと思えてしまう。気持ちだけじゃ
どうにもならないことがあるということくらい、彼は知っている。

 自分が悪いのか、彼女が悪いのか、きっかけを作ったのはどっちか、向き合ったと思って
いた時に実は向き合ってなかったんじゃないのか。考えることはそんなことばっかりで、
しかもその答えを全部綺麗に出せるわけが無いのだから、それだけ歯痒さも増していく。
 だけど、そんな頭を抱えたくなるような問題をすぐに忘れさせてくれるくらいの魅力が、
今目の前に横たわる彼女にはあった。


 もし恋人でなくなったとしても、崇之にとって紗枝は大事な存在なのだ。それだけは
確かなのだ。お互いの立場とか関係無しに、ずっと一緒にいたいのだ。


「……」
 
 そうなると、やっぱり馬鹿なことを言ってしまったという気分に襲われてしまう。自分の
尻尾を、その場でぐるぐる回って追いかけ続ける犬になったような気分だった。
(あーあ…)
 思わず、頭を抱えてしまう。今まで付き合ってきた女の子は何人かいるが、崇之はいつも
振られる立場だった。その理由が、今更ではあるが何となく分かってしまう。


108:Sunday
07/03/05 00:28:21 kFcBuZ5x


 その時だった。


「…っ……っ…」

 それまで規則的だった紗枝の寝息が、段々と乱れだしていることに気付く。つられて
表情もそれまで安らかなものだったのが、徐々に変化が現れる。穏やかな線形を描いていた
眉や口も、少しずつ形を乱していく。

「……ぐすっ…」

「……」
 そして、鼻を啜った。

 もしかして。いやいやそんなまさか。いくらなんでもありえない。
 
 冗談だろ勘弁してくれ今そんなもん流されたらマジどうしようもないぞ。

 そう思いながら、再び顔の辺りまで近づいて恐る恐る様子を伺ってみる。
(……マジか)
 目尻の縁に溜まった、微かな滴。それは紛れもなく、いうまでも無いもので。

 その表情は、見たことがあった。

 泣きじゃくって、駄々っ子のように首を横に振り続け、こっちの言い分になかなか納得
してくれなかった。あの、黄昏時の河川敷で見た泣き顔そのものだった。

「……なぁ、紗枝」
 まだまだ彼女の寝顔を見つめ続けていたかったのが本心ではあったが。
「どんな夢、見てんだ……?」
 だけど、問いかけずにはいられなかった。それがそういう意味を含んだ涙なのだとしたら、
夢の中で彼女を泣かしているのは、夢の中の己だということになってしまう。
 
 髪を撫でて、そのまま指先で耳から顎筋をそっとなぞる。それは今までしたことのない、
淫靡な雰囲気を纏った仕草だった。そのまま手を動かして肩先、鎖骨が浮き出た辺りを
優しくポンポンと叩き始める。

 もし本当に、夢の中で彼女を泣かせているのが自分だったら。謝らないといけないのも
自分でないといけない。だから現の世界から、優しく彼女を起こそうとする。だが睫毛を
濡らしていた雫が重力に引かれた瞬間、胸の中が大きく跳ねてしまった。
「紗枝、起きろ」
 仕草は優しいままだったけど、声が無意識に切羽詰まる。理由はもう言った。今更余裕
なんて必要ない。

 気持ちか、関係か、それとも今の感情か。

 満天の星を臨むことの出来ていた夜空に、徐々に薄い雲が翳っていく。


 崇之は、そのことには気付かないまま、紗枝を起こそうとし続けるのだった―――





109:Sunday
07/03/05 00:30:38 kFcBuZ5x
|ω・`)……



|ω・`)ノシ ゴメンネ、ミンナノノゾンデナイヨウナテンカイデゴメンネ



|ω・`;)ノシ ソロソロオワリチカインデユルシテクダサイ



  サッ
|彡


110:名無しさん@ピンキー
07/03/05 01:34:46 jQJyLadf
スカートの中身覗いただけで終ったのは確かに望んでない展開かもしれん。

111:名無しさん@ピンキー
07/03/05 01:58:13 BPRd0S4v
日曜超GJ!!!
椅子になって欲しいとせがむ姿や眠っている姿の紗枝が琴線に触れますた!!!!!

112:名無しさん@ピンキー
07/03/06 02:57:34 DVIQm6ul
GJっ!!!
それしか言えねぇ!

113:名無しさん@ピンキー
07/03/06 04:00:12 6jniDEtM
保管庫は更新されないの?

114:名無しさん@ピンキー
07/03/06 18:52:53 5RYmWI4T
10スレの半ばから更新されてないんだよな。
管理人さん忙しいんだろうけど、少しずつでも更新して欲しいなぁ。

115:優し過ぎる想い
07/03/07 23:51:58 IJ+s4Z4A
私は今神社にいる。
うちの町内ではかなり有名な八幡宮という神社だ。
今日学校をサボった。

昨日、遼君と夕食を一緒に食べた。
それ自体はたいした事じゃない。
よく遼君とは一緒に夜ご飯を食べている。
ただその時にあることが起きた。

私は遼君の事が好きだった。
だから私は今の微妙な関係が嫌だった。
もっと遼君に特別にしてほしく、優しくしてほしかった。

そのために、
この微妙な距離を近づけるために、
私は告白しようとした。
でもその度胸は私にはなかった。
だから遠回しに聞いた。好きな人がいるかと。
そして彼は躊躇してこう答えた。
いる、と。

私は戸惑った。
好きな人がいるかと聞いておきながら、いると返ってくる状況を考えていなかった。

いるわけがないとタカをくくっていたのだ。
片手落ちもいいところだった。
だから醜く慌てた。
その後、私は家に逃げ帰った。
遼君から見たらただの変な奴だろう。
そのことにも落ち込む。

その後も私は悩んだ。
明日どんな顔をして、どんな話を彼とするべきか。

もうこの想いは諦めていた。
好きな人がいる彼の心には入って行けない。
そんなことは私には出来ない。

116:優し過ぎる想い
07/03/07 23:52:41 IJ+s4Z4A
そしてそのまま私は学校をサボった。
さらにこんな時間になっても家に帰らないでいる。
本当に遼君に迷惑かけて、お父さんに心配かけて、私何やってるんだろ。
そんな事を考えていたときだった。

こっちに駆けてくる遼君が見えた。
「葵~、こっち来いよ~。もう見つけてんだ、逃がさねぇぞ~。」
そして遼君の声がした。
私はこう答えた。
「今そっち行くよ。」
私は遼君のところへ行きながらも迷っていた。
でも嬉しかった。
遼君が探しに来てくれた。
こんな時間なのに。
そして私の事を見つけてくれた。
それだけで私は嬉しかった。
後は何をするのか、するべきなのか、それだけだった。

結論は簡単だった。
謝ろう。昨日逃げた事を謝り、今日迷惑をかけた事を謝ろう。

「遼君、ごめんなさい。」
「なんで葵が謝るんだ?」帰ってきた言葉は本当に意外だった。
でもなんで?と聞かれたならちゃんと説明しよう。

「だって、学校サボっちゃったし。夜遅くまで帰らなかったし。
今も遼君にこんなに迷惑かけちゃったし。遼君大丈夫?」
でもその何故かは最後まで言えなかった。
彼の顔を見てしまったから。

117:優し過ぎる想い
07/03/07 23:55:11 IJ+s4Z4A
顔色がおかしかった。
青いなんてものじゃない。真っ白だった。
今にも何かが途切れてしまいそうに見えた。
でも表情は元気そうに見える。
「そんなことなら大丈夫だよ。学校なんてサボるためにあるんだし、俺に迷惑なんていくらかけてもいーの。
そもそも今回は俺が主原因みたいなものなんだから。
なぜ俺?俺は全く問題ないぞ。」
「なんで遼君のせいなの?」
「ほら、なんか昨日俺に相談しようとしてただろ。でも俺が茶化して言わせなかった。だからこんな事したんだろ。
本当にごめん。」
私の中の何かが飛んで言った、この遼君の言葉によって。
その後はただの感情の発露だった。
「なんで遼君が謝るの?
私が悪いのに?
勝手に遼君に告白しようとして。
遼君に好きな人いる?
って聞いて、それに予想外の答が帰ってきたから、勝手に慌てて、揚句の果てに逃げただけなのに。
ねぇ、なんで?
悪いのは私なのに?」
彼は止まっていた。


「あ、葵が、俺の事好きって本当?信じてもいいの?」
私はそう言われてから自覚する。
一気に顔が赤くなるのがわかる。
いつのまにか私は告白していた。

118:優し過ぎる想い
07/03/07 23:56:08 IJ+s4Z4A
「本当だよ。信じていいんだよ。」
そんな言葉がすらすらと口から出る。
でも本心だ。
たとえ断られてもいい。後は答を待つだけ。
断られるだけと分かっていても。


「俺も・・・葵の事が大好きだ!」
そう言って彼は私の事を抱きしめた。
なんで?他に好きな子がいるんじゃないの?
そんな疑問が湧いてきた。
けど、今は好きといわれたことの嬉しさの前に消し飛んでしまった。
幸せだ。
私は何かに浮かされていた。
「ねぇ、キスしようか?」
こんな事を言っていた。
また顔が赤くなるのが解ったけど、恥ずかしさを隠して目を閉じる。
彼に更に強く抱きしめられて、唇が一瞬触れ合う。
遼君のはちょっと硬い感じがした。
「遼君大好き!」
そういってさらに飛び付いた。取っても幸福だった。








でもすぐに幸感は終わった。

ドサッ

119:優し過ぎる想い
07/03/07 23:57:36 IJ+s4Z4A
遼君が倒れた。
私が飛び付いた勢いを止められずに倒れた。
そういうのが適切な表現だろう。

胸を抑えてる。

「どうしたの、遼君。大丈夫?」
そういって彼の体を揺する。
でも反応はない。
彼の顔色だけが悪くなっていく。
手を握ってみる。
冷たかった。
まるで氷を触ってるみたいだった。

顔色と手の冷たさとが合わさって、今にも遼君の命が消え去っていくような気がする。
「遼君おきて、ねぇ起きてよ。」
返答はない。

遼君を助けなきゃいけない。
救急車!
事ここに至ってやっと救急車を思い出した私は、すぐに119に電話をかける。
「はい、救急センターです。」
「きゅ、急患です。八幡に、は、早く来て下さい。早くお願いします。」
「落ち着いてください。患者の氏名、年齢、性別と症状を教えてください。」
「はい。安井遼太、16才、男です。症状は・・・胸を抑えてます。」
「脈は?」
遼君の胸に耳を当てて聞いてみる。
ドドックドク ドドッ ドク
明らかにおかしい脈拍だった。
即座にそれを伝える
「おかしいです。」
「解りました。直ちに向かうので一緒にいてください。」
「わかりました、早くお願いします。」

120:前スレ580
07/03/08 00:01:00 OZdqgTiO
葵×遼太続き投下します。

神作品のあとに恐縮です。
一応視点変更はこの一回だけのつもりです。
遼太死亡フラグ立てまくっといてあれですが殺すつもりはありませんのであしからず。

121:名無しさん@ピンキー
07/03/08 01:56:36 GejX7EZ4
くそ、ハッピーエンドだよな!?
続きが気になるような事しやがって。このGJめが!!

122:名無しさん@ピンキー
07/03/08 21:55:35 gFGVtH8h
GJです!
遼太が死なないと知って安心しました……。
やっぱり甘ーいハッピーエンドを読みたいのです。

123:名無しさん@ピンキー
07/03/11 00:59:49 h7qlsYJl
中学校からの幼馴染ー。

124:Sunday
07/03/12 10:56:26 1embby+Y

『なぁ、紗枝』
『? 何?』
『今度さ、二人で旅行に行かないか』
 麗らかな放課後、珍しく人気の少ない駅前の並木道を、ゆるりと手を繋ぎながら。崇兄が
前を向いたまま、穏やかな表情のまま話を切り出してくる。
『……旅行?』
『そう、旅行。つってもあれだよ。近場で一泊程度の予定のつもりなんだけどな』
 思わぬ申し出に、紗枝は無意識にその表情を覗き込もうとする。しかし生憎、彼は正面を
じっと見据えたまま。こっちを向いて欲しいのに、前を見つめるばかりだった。

『……嫌か?』
 そのことに集中しすぎて、返事どころか反応することさえ忘れてしまっていた。しかし
それが功を奏したのか、ようやく彼がこっちを振り向く。珍しいことに、少しだけ不安が
入り混じった顔で聞いてくる。
『え…あ、その…』
 内容があまりにも唐突すぎて、なんと言えばいいのか分からなかった。しどろもどろに
なりながら、視線をあちこちに動かしながら答えを探そうとする。しかしそんなものが、
これ見よがしに目に映るはずもなく。

『はっは、そう焦ることでもねーだろ。泊りがけでデートするようなもんだ』
 少し寂しそうに微かな溜息をつくと、彼はそれをかき乱し打ち消すように笑みを浮かべ、
おどけながら言葉を付け加える。

『でもさ、泊まりがけってことは……色々やるんだろ?』
『あぁ、色々やるな』
『二人で遊んで色んな場所に寄ってご飯食べて……、夜、一緒に寝るんだろ?』
『あぁ、一緒に寝るな』
『そしたら……何かするんだろ?』
『あぁ、何かするな』

『……行かない』


『   何   故   だ   っ   !   』


『下心丸出しで何言ってんだよ』
 やっぱりというか案の定というか、本心はそこのところにあったようで。というか、
そこ以外に何かあるはずも無いだろうが。
『お前な、エロいこと=よくないこととかその年になって思ってるわけじゃないだろうな』
『そういうわけじゃないけど、そうガツガツされるとさぁ』
『ほーお、半年近く付き合った彼氏に未だヤらせないどころか、舌を絡めるのも嫌がる
潔癖症のお嬢様は流石言うことが違うな』
『なっ』
『本当のことだろ』

 思わず言い返そうとしてしまったが、確かに彼の言ったことは紛れもない事実である。
だから言葉を詰まらせてしまう。それを切り出されたら、何も言い返すことが出来ない。

『何か間違ってること言ったか? そんな調子だったらそりゃガツガツしたくもなるわ』

 皮肉を言われそっぽを向くように彼はまた正面へと向き直ってしまう。素直に首を縦に
振ってもらえるとは思ってなかったのだろうけど、余りに冷たい対応に少し拗ねてしまって
いるようにも見えてしまって。ふだん滅多に見せることのない子供っぽい仕草に、ついつい
相好が崩れてしまう。


125:Sunday
07/03/12 10:59:01 1embby+Y

『ンだよ』
『んーん、何にもー』
 不機嫌な様子の問いかけに、上機嫌に切り返す。答える立場にあるからかもしれないが、
それでも紗枝は、自分が珍しく主導権を握れていることに、ひそかな優越感を覚えた。
『……ったくよー、甘やかしてりゃすぐつけあがるんだもんな』
『普段セクハラばっかりしてくるそっちはどうなんだよ』
『付き合い始めてからはしてないだろ』
『そうなる前の話。崇兄があたしの身体でまだ触ってない箇所なんて、もう無いじゃないかー』

 椅子になってくれたり照れることなく手を繋いでくれたりと、身体を密着させる機会は
相変わらずとはいえ、意外なことに付き合い始めてからの崇兄は、やらしい意味での過度な
スキンシップを全く行わなくなっていた。もっとも、それまで顔をあわせる度にそういった
行為を行い続け、これまでの合計回数が軽く二桁を超えているのもまた事実なわけで。
当然のことながら、話は延々と平行線を辿ろうとし始める。
『いや? まだ触ってないとこもあるぞ?』
『何言ってんだよ。こういうのはした方よりされた方が良く覚えてるんだからな』
『……つってもなぁ、ここを触った覚えは無いんだがなぁ』
 その言葉と共に、スススと近づく繋いでないもう片方の手。その腕が速度を変えること
なく紗枝の下腹部あたりへと近づいてきて――

ギュッ

『痛って!』
 目的地に到達しようとした寸前、彼女はその手の甲を思いっきり抓ったのだった。

『何すんだ!』
『あたしの台詞だそれは! どこ触ろうとしてんだよ!』
『そりゃーもちろんお前の…』
『言うな!』
『聞いてきたのはお前だろーが!』
 人目のあるところでこんなことすんな、と更に言い返そうとして抑え込む。屁理屈が得意な
彼のことだ。今の言葉を言おうものなら『じゃあ人目の無いところならいいんだな?』とか
なんとか言って、いかがわしい場所に連れ込もうとするのは目に見えている。もし言わない
としたら、向こうからそういう空気に持ってこうするに違いない。

『あのなぁ、お前は恥ずかしくてつい嫌がっちまうんだろうけど、恋人同士ならこういう
ことは普通ヤってて当たり前だぞ?』
『……何故最後を強調する』
 ほうら始まった。字面がこっそり変わっているであろうことも、しっかりと察知する。
『そもそもだな、付き合いだしてから俺はお前のことをちゃーんと"恋人"として接して
やってるのに、お前はどうなんだお前は! 手ぇ握るくらいで満足しやがって! 半年近く
お預けを食らう俺の身にもなれ!』
『恋人だからってすぐそういうことしたがるのはおかしいよ。もっとさ、お互いのことを
よーく知ってからでも』
『幼なじみ。俺達幼なじみ』
 反論しようとすると、崇兄はそれを遮り自分と彼女を何度も指差しながら言い返してくる。
その時紗枝の脳裏には、いつぞやのバレンタインデーに彼にチョコレートを渡そうとして、
あくまで「幼なじみ」なんだという関係を再確認させられてしまった、あの時の情景が
浮かび上がっていた。

 不安が、よぎる。


126:Sunday
07/03/12 11:01:53 1embby+Y

『……そうは言ってもさ、やっぱり付き合ってからは何となく感じが違うし。もうちょっと
仲良くなってからでも…』
 だけどその不安を打ち消して言い返す。すると、崇兄の表情がみるみる変わっていく。
鼻頭も小さくピクリと痙攣して、それまでのふざけた様子が、瞬時に消え去る。
『付き合うってことがそういうことなんじゃないのか? お前まさか結婚するまで操を
立てたいとか思ってるわけじゃないだろうな』
『ち……違うよ』
 言葉の歯切れが悪くなる。自覚はあるのだ。待たせ続けていることに、負い目を感じて
ないわけじゃないのだ。

『あー、もういい。分かったわかった』

 謝ろうとした矢先に、鬱陶しそうに手をプラプラと振りながら遮られる。彼のその態度に、
紗枝の胸に一度は封じ込めたはずの不安が、更に大きく強くなって、ロウソクの火のように
ゆらりと宿る。
『アレだろ? 結局お前はまだそういうことはしたくないんだろ? 普通に遊んだり手を
繋いだりしてるだけで今は満足なんだろ?』
『うん……まあ』
 だけど、好きな人に嘘をつきたくなくて、不安感をそのままに素直に首を縦に振る。
正直な気持ちは時に相手を傷つけるということを、彼女は知らなかった。

『別にそれって、相手が俺じゃなくてもいいよな』
 
『え…?』
 膨らむ不安が、自分の身体という殻を破って外に飛び出してしまう。

『自由に出来ないなら、自由にさせてくれ』
 手を、解かれる。歩みを止めても、崇兄は止めない。すぐ隣にあったはずの背中が、
少しずつ遠ざかろうとする。
『……どういう、こと?』
『……』
 肩越しに視線を送り返されると、鼻から大きく息を吐きながら彼は振り返る。しかし
それまで彼女の手を握っていたその手には、いつの間にか煙草とライターが手にされていて。

カチッ

シュボッ

 吐き出された煙が風に乗って、紗枝の頬を掠っていく。思わず顔を顰める。その煙たさが
苦手だから、煙草が嫌いだった。好きな人の身体から、ヤニの臭いがするのも嫌だった。
 
だけど今は。目の前の出来事を受け止めるだけで精一杯で。

『……』
 彼がどういう時にそれを吸ってきたのか、当然彼女は知っている。


『どういう……つもりだよ』


『……んー?』




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