嫉妬・三角関係・修羅場系総合SSスレ 修羅場の28at EROPARO
嫉妬・三角関係・修羅場系総合SSスレ 修羅場の28 - 暇つぶし2ch338: ◆y5NFvYuES6
07/02/11 02:26:53 oJareO5R
「どうしましょう。…お勧め……う~ん……。」
葵さんは腰を屈めて、難しそうな本が詰め込まれた本棚と睨めっこをしている。
「ああ…別にそんな真剣に選ばなくても……。」
「気にしないでください。 こうして選んでる時間も楽しいですから。」

人気の少ない図書館で2人で本を探す。なんて幸せな状況なんだ…。
5分程前、普段本なんか読まない俺はどんな本を借りればいいのか解らず、図書館をウロウロしていた。
もちろん葵さんが見える場所で。
葵さんはそんな俺を見かねて、「お勧めの一冊を見つけてあげる」と受付を同僚の人に任せてわざわざ来てくれたのだ。

「あの、葵さん。」
「何ですか?」
腰を屈めたまま俺を見、眼鏡から覗く瞳に心を射抜かれる。
葵さんの上目遣い……なんて可愛いんだ……。
「七原さん…?」
「えっ、あ、ごめんなさい!」
「どうかしたんですか?変ですよ?」
クスッと笑う。
「すみません………。 えっと、葵さんは俺の相手なんかしててもいいんですか…?」
「と、いいますと?」
「仕事中なのに……何だか申し訳なくて…。」
確かにこの状況は物凄く嬉しい。
だが葵さんは仕事中だ。俺に構っていて上司に叱られるなんて事があったら……、俺は葵さんに顔向けできなくなってしまう。
そんな俺の心を知ってか知らずか、ふふっと笑った後。
「心配には及びません。 この図書館ってあまり人来ないし、それに案内するのも仕事の1つなんですよ。」
柔らかく微笑み、本棚に視線を戻した。
「…ありがとうございます。」
優しい人だ。 好きになって良かった、心からそう思う。

339:名無しさん@ピンキー
07/02/11 02:27:38 vqS7tJRT
リョウ…、お前は俺かW

340:赤い瞳と栗色の髪 ◆y5NFvYuES6
07/02/11 02:28:02 oJareO5R
「で、七原さんはどういう本が好きなんですか?」
「え?」
「本ですよ。 このまま闇雲に探していたら日が暮れちゃいます。」
俺としては葵さんと一緒に居られればそれでもいいのだが。
「実は俺、本はあまり読まないんです。 だから葵さんが好きな本を読んでみたいなと…。」
「私の好きな本ですか?」
「葵さんはどういったものが好きなんですか?」
「そうですね…。」
人差し指を口元に当てて、少し間を置いて続ける。
「一番好きなものっていうと、色々あって難しいけど。
思い入れのある本なら…ありますよ。」
「あ、そういうの良いですね! どんな本なんですか?」
「七原さんのお気にめすようなものじゃないかもしれないですよ?」
「いや!俺は葵さんの好きなものが見たいんです!」
葵さんが好きなものなら例え官能小説でも経済本でも何だっていい!
真剣な俺の言葉を聞き、葵さんはどう受け取っていいのか困った様子で頬を軽く染めて目を逸らし。
「じゃ、じゃあ…。」
コホンと咳払いし、気を取り直して続ける。
「私、元々山鈴村の人間じゃないんです。小学生の頃に引越ししてきて、最初は全然馴染めなかったんです。
あの村じゃ私は余所者だったし、遊んでくれる子も居なくて…。」
懐かしそうにぽつぽつ言葉を続けて。
「でもそんな時に、輪と若菜が私に話しかけてくれて…。」
その時の事を思い出したのだろう、嬉しそうに微笑む
「でね、私が本が好きだって聞くと、輪が絵本をプレゼントしてくれたの。」
「絵本ですか。」
「山鈴村に伝わる神様のお話なんです。 私にとってその本は宝物。今も大事にとってあるんですよ。」
「へぇ…。それ、是非見てみたいです。」
「良いんですか?」
「はい、葵さんの思い出の本なんですから文句なんて全然ありません!」
「そ、そうですか…。 じゃあ絵本コーナーに行きましょうか。」
葵さんは困惑と恥ずかしさが混じった複雑な顔で微笑み、絵本コーナーへと足早に歩き出す。

341:赤い瞳と栗色の髪 ◆y5NFvYuES6
07/02/11 02:29:36 oJareO5R
絵本コーナーだというのに子供の姿はあまりなく、葵さんの言った「人があまり来ない」という言葉は気を遣ったわけではなく、本当の事だったようだ。
本がある場所を熟知しているのだろう、葵さんはある本棚の前で腰を屈めて目当ての本を探す。
だがその顔は見る見る内に沈んだものになっていった。
「…うーん…?」
「どうしたんですか?」
「無い…みたいです。借りられちゃったのかな…。」
残念そうな表情で「ごめんなさい。」と言った後、すぐに何かに気づいたかのような顔に変わり。
「もしかしたら…。」
「?」
不思議顔の俺ににっこり微笑み。
「ちょっとこちらに来てください。」
「あ、はい。」
言われるまま、俺は葵さんの後についていく。

本棚には古そうな本が並び、窓際だというのに薄暗い。
葵さんは何かを探している様子でキョロキョロ周りを見渡している。
と、薄暗い場所だというのに窓際に図書館でお馴染みの机が。
それだけなら別に普通の図書館の風景なのだが、その机の上には本が散乱し、1人の男が机に突っ伏して眠っている。
「あ、居た!」
葵さんはその男に駆け寄り、体を揺さぶって起こそうとする。
…う、羨ましい…! 葵さんに起こしてもらえるなんて幸せ過ぎる!!
俺だってあんな風に可愛らしく起こされてみたい!
『朝ですよ、起きてください。』
とか言いながら可愛い手で俺を揺さぶるんだろうな…。そして中々起きない俺に痺れを切らして。
『起きないんでしたら……こうですよ。』
とか言いながら俺の唇にその柔らかい唇を…………。
「七原さん? どうしました?」
甘い妄想に浸っていた俺は葵さんの声で現実に引き戻される。
顔を覗き込まれ、今まで浸っていた妄想を誤魔化すかのように慌てて目を逸らす。
「ご、ごめんなさい!」
「はい?」
こんな可愛い葵さんを妄想の道具に使ってしまうとは…俺はなんて罰当たりなんだ!!
「とにかくごめん!!」
「えっと……、何が…?」
なにがなんだかといった様子で困った笑みを浮かべている。
そんな葵さんの様子に気づいて、やっと俺は我に返った。

342:赤い瞳と栗色の髪 ◆y5NFvYuES6
07/02/11 02:30:49 oJareO5R
「あ……すみません……少し取り乱しました…。」
「い、いえいえ、気にしてませんから…。 大丈夫ですか?」
「はい…、大丈夫です…。」
「それならいいんですけど。」

「…あのさ、人の事起こしておいて放置はないんじゃないか?」

葵さんの背後から不機嫌そうな男の声が聞こえた。
先程葵さんに起こされていた羨ましい男が起きたようだ。
歳は同じ位だと思うが不健康そうな顔に不機嫌なオーラを身に纏い、背が高いのも相まって他人を寄せ付けないかのような男だ。
メガネを指でかけ直して俺達…主に俺をジロジロ見ている。
「寝てたのにごめんねぇ…。」
「あっ…すみません。」
その男の雰囲気にのまれ、俺もつい謝ってしまう。
男は口元をニヤッと緩め、意味深な目で葵さんを見つめ。
「ふーん……、やっと彼氏が出来たみたいだな。」

「「はぁ!?」」

男のとんでもない発言に俺と葵さんは揃って声を上げ、顔を真っ赤にする。
いきなり何だこの男は!?
い、いや、葵さんとそう見えたのは物凄く嬉しいが…。
「こら!人をからかって遊ばないの!」
真っ赤になりながらも葵さんはその男に反論する。
「違ったか?」
俺達の反応を見て解るだろうに、男はわざとらしく言う。
「あ、当たり前でしょ!私達はただのお友達なんだから!」
…お友達………わかってはいたが、そうハッキリ言われると…へこむなぁ…。
「友達ねぇ…、見ない顔だけど…。」
「村の外から来た人だから。」
「ふーん、君も物好きだねぇ。あんな何も無い所に来るなんてさ。」
物珍しそうに俺をジロジロ見ている。
女の子に見られるのなら良いが、男にジロジロ見られるのは複雑な気分だ。
「親戚の家に遊びに来たんですよ。 物好きで結構です。」
男の態度に、つい棘のある言い方をしてしまったが、気にしないようにしよう。
「あーはいはい、悪かったよ。別に悪い意味で言ったんじゃねぇから。」
「桃くんが誤解されるような言い方するからいけないんだよ。」
葵さんは男に指を突きたてて釘を刺す。

343:赤い瞳と栗色の髪 ◆y5NFvYuES6
07/02/11 02:31:52 oJareO5R
「七原くん、ごめんね。」
「いいえ!葵さんが謝る事では…。」
「ありがとう。この人も悪気があるわけじゃないから。 ただこういう人なだけで…。」
困ったような顔をして微笑みながら「だからあまり怒らないであげてくださいね。」と、付け加える。
「おいおい、黙って聞いてれば散々な言われ様だな。」
「本当の事でしょ? 桃くんはいつもいっつもそうなんだから。」
男に注意する葵さんはまるでお母さんのようだ。

「ふぅ…。 じゃあ改めて紹介するね。 この人は『須館桃太』くん。一応これでも山鈴村の村長の息子さんなんだけど……。」
とても村長の息子とは思えない。
「けどって何だ、けどって。」
不満そうか声で言うが、事実その通りだ。
「えっと、よろしく…。七原ちかです。」
と、俺の名前を聞くと須館はなにやら怪訝そうな顔をする。
「七原ちか…。」
俺の名前を呟きながら何かを考えているようだ。
「俺が何か?」
「…君さ、以前山鈴村に来なかった?」
「? 昔…遊びに行った事はある。あまり覚えてないけど。」
「やっぱり…そうか…!」
そう言うと須館は嬉しそうな顔でいきなり俺に抱きついてきた。
「!!?!??!?」
男に抱きつかれるなんて気持ち悪い!しかも葵さんの前で…。
葵さんを見ると、頬を染め目を見開いて驚きながら固まっている。
ああ…葵さんに誤解されてしまう!
「元気だったかチカ!! 立派になったなぁ!」
「は、はぁ!? わけわかんない事言ってないでさっさと離れろーー!」
肩を掴んでぐいーっと離そうとするが、須館はがっしりしがみ付いて離れない。
「おいおい、折角親友と再開出来たっていうのにつれないじゃないか。」
「誰が親友だ!俺はお前なんか知らないぞ!」
須館は「はぁ。」と溜息をついてやっと離れてくれた。
「記憶が無いっていうのは本当だったんだな。」
「な、何でそんな事知って…!?」
「これでも一応村長の息子だからな。それにお前とはよく遊んでたし、俺も色々調べたんだよ。」
どうやらふざけているわけでも、からかっているわけでもなさそうだ。
須館が俺の過去を知っている事に若干の驚きを覚える。だが次の言葉で俺は更に驚く事になる。

344:赤い瞳と栗色の髪 ◆y5NFvYuES6
07/02/11 02:33:30 oJareO5R

「赤い瞳のせい、なんだろ? 記憶がないの。」

何故…そんな事を…!?
俺は驚きのあまり言葉を発する事が出来なかった。
だってその事は誰にも言っていない筈。
昔村の大人達やおばさん、母親に何があったのか聞かれたが、俺はあの赤い瞳の事は何も言わなかった。
言葉にするのが恐ろしかったから…だから誰にも言っていない筈…。
それなのに何故こいつは知っているんだ?
何も言えずに固まっている俺を見て、須館は確信したように頷き。
「図星、みたいだな。」
「な、何で……。」
「ん?」
「何でお前がそんな事………誰にも言ってない筈なのに…。」
「極少数の奴等なら知ってる事だ。 お前、発見された時「赤い瞳…。」って何度も呟いてたらしいぞ。」
そうだったのか…。それなら知っていてもおかしくはない。
「だからお前の記憶が無い事は『山神様の仕業だ。』って、年寄り連中は言ってたな。 まあそう考えるのも無理は無いけどな。」
「山神様? 何だそれ?」
「山鈴村の神様みたいなもんだよ。 村の神社で祀ってるのが山神様だ。」
あいつが…神様だっていうのか…?
毎晩来るあいつはとてもじゃないが神様には見えない。
「でも山神様っていうのと赤い瞳、何の関係があるって言うんだよ…。」
「山神様はな、赤い瞳をしていて、村に災いをもたらす者を祟るって言い伝えられてるんだよ。」
「赤い…瞳……なのか…?」
「ああ、村にあった文献を読んでも、年寄り連中の話を聞いても、必ず山神様は赤い瞳なんだ。」
ただの偶然にしては出来すぎているし…、須館の言う事は正しい…のか?
でも俺には解らない。神様だとしたら何で俺にあんなストーカー紛いの事をしたり、俺の記憶を奪ったりしたのだろうか。
言い伝え通りに俺が村に災いをもたらすからなのか?
でも最初に被害に合ったのは7歳の頃だ。ただの子供に災いなんて起こせる筈ない。
「まあ…あまり1人で考え込むなよ。 何なら俺が調べるの手伝ってやるから。」
そう言って肩に手を置き、不健康そうな顔とは不釣合いな力強い瞳で頷く。
その姿に懐かしさを覚え、考え込んでいた心が軽くなったような気がした。
「…須館…、頼む。ありがとう…。」
「気にすんなって。俺も個人的に調べてた事でもあるし、ついでってやつだ。」
感謝の言葉が照れくさかったのだろうか。はにかみながら笑う。
「それと、俺の事は須館じゃなくて昔みたいに『桃太』って呼んでくれよ。」
「あ、ああ。解った。」
「よしっ、それでこそ俺の親友だ。」
満足そうに頷く。

345:赤い瞳と栗色の髪 ◆y5NFvYuES6
07/02/11 02:34:54 oJareO5R
「――あのぉ……、話が見えてこないんですけど…。」
俺達の話をずっと黙って聞いていた葵さんが申し訳なそうに口を開く。
俺は話に夢中になって葵さんの事をすっかり忘れていたのだ。
「ご、ごめんなさい!」
とりあえず謝るしかない。
「あ、気にしないでください。 私こそ話の腰を折っちゃって…ごめんなさい。」
「そんな事ありません!話はもう終わりました!」
「そ、そう?」
「はい! だから葵さんにもちゃんと説明します!」
葵さんになら言ってもいいだろう。別に隠すような事でもないしな。

俺達は葵さんに事情を説明した。
俺が7歳の頃村に来て記憶を失った事。
その時に覚えていたのが赤い瞳だけだった事。

――今現在起こっている事を除いて、全てを…。

今起こっている事を話してしまったら2人にも危害が及ぶかもしれない。
相手は神様と呼ばれるような奴だ。何をするか解らない。
目的は俺なのだし…、出来る限り、自分で何とかしないといけないんだと思う。

「そっかぁ……七原くん、そんな事があったんだね。」
「はい。でも気にしないでください。 別に今困っているとか、そういうんじゃないんで。」
葵さんを安心させる為に笑う。巻き込むわけにはいかない…、そう思いながら。
「とにかく、何でお前がそんな目に合ったのか調べないとな。」
桃太は顎手を当てて。
「記憶が無いんだから、もちろん何も覚えてない…。となると……まず調べるべき事は、山神様の事だよな。」
「桃太、頼めるか?」
「もちろん。良い機会だから徹底的に調べてやる。」
「でも俺山神様がどういう神様なのかよく知らないんだよな。」
「あ、それなら…。」
葵さんは本が散乱している机を探して、一冊の本を俺に手渡した。
「これ、私がお勧めした本。子供用だから解りやすいと思う。」
『やまがみさまのぞう』
可愛らしい絵が表紙の絵本だ。

346:赤い瞳と栗色の髪 ◆y5NFvYuES6
07/02/11 02:36:25 oJareO5R
「桃くん、本は読んだらちゃんと元の場所に戻してね。」
「悪い悪い、すっかり忘れてた。」
あははっと笑う桃太を、葵さんはしょうがないなといった表情で見つめて溜息をつき。
「これは子供向けだから、あまり役に立ちそうなものは書いてないと思うけど…。」
「いえ!例えそうだとしてもちゃんと読みます!葵さんが薦めてくれたものですから!」
「う、うん…。」
困ったような顔で頬を染める葵さん。
そんな葵さんに見惚れながら本を受け取ろうと手を伸ばし、本を掴んだのはいいのだが……葵さんの手と俺の手が触れた。
触れた瞬間、俺達は茹蛸のように真っ赤になって急いで手を離す。
だが2人同時に手を離せば当然本は下に落ちる。
「「あ…。」」
「そこ、いちゃつくなら他でやれよ。」
「いちゃついてなんかいないわよ!」
「いちゃついてない!」
声を重ね、真っ赤な顔で俺たちは反論する。
桃太はニヤっと笑い。
「はいはい、わかったわかった。 じゃあストロベリってる、に変えてやる。」
俺と葵さんはは更に顔を赤くし、何度も反論する。
俺達はそんなやりとりを葵さんが仕事に戻るまで何度も続けていた。

がらんとしたバスには俺と葵さんと桃太しか乗っていない。
乗った時はそれなりに人はいたのだが、すぐに皆降りてしまった。
だが寂しくはない。
葵さんと桃太が居る…。
あいつの事も…1人ではない。毎晩来ている事は言えないが、今までのように1人というわけではない。
そう思うと夜も怖くはない。改めて2人には感謝したい。
そんな事を考えながら、バスは止まった。
俺達はバスを降り、オレンジ色に染まった世界に足を踏み入れる。
「2人とも、今日はありがとな。」
「ううん、こっちこそ図書館に来てくれてありがとう。またお話しようね。」
「親友の頼みを聞くのが男だからな。当然の事だ。」
「うん…。」
「明日も俺は図書館に行くが、お前はどうする?」
答えは決まっている。あいつの事も知りたいし…なにより葵さんがいるのなら。
「行く。必ず。」
「よしっ、じゃあ頑張って調べてくるか!」
「ああ、頼むな。」
「任せとけ。 じゃあな、2人とも。」
「うん、じゃあまた明日。」
「また明日な。」
俺と葵さんに手を振り、桃太は帰っていった。

347:赤い瞳と栗色の髪 ◆y5NFvYuES6
07/02/11 02:38:09 oJareO5R
「じゃあ…私はこれで。また明日。」
葵さんはそう言って微笑み、歩き出す。
「あ………、葵さん!!」
突然大きな声で呼び止める俺に驚きながら振り返り。
「どうしたんですか?」
同じ図書館に行くのなら………。
「あの……、明日、一緒に行きませんか!」
「え?」
「明日、一緒に図書館に行きましょう!」
「あ……えっと………。」
このオレンジ色の世界でもわかる程、葵さんの顔は赤く染まっている。
何やら挙動不審に「えっと…えっと…。」という言葉を繰り替えす。
「も、もし嫌なら…別にいいので…。」
「あっ、いえ、そういうわけじゃ…。」
葵さんは俯いて、そして顔をあげて。
「…わ、わかりました。 明日、一緒に行きましょう。」
その言葉で俺の心と体は一気に軽くなる。
「は、はい!!!是非!!」
「待ち合わせは…ここに8時でいいですか? 私、その位の時間にここに着くので。」
「わかりました!絶対遅れないようにします!」
「じゃ、じゃあ……また明日、ここで…。」
「はい!おやすみなさい!」
小さく手を振って、葵さんは今度こそ帰っていった。

俺は1人、幸せを噛み締めていた。
だってあの葵さんとあんなに仲良くなれて…お勧めの本まで貸してもらえて…しかも明日は一緒に図書館に行く約束まで!
幸せすぎる……。頬を抓ってみる。
…痛い。これは現実だ。夢でも妄想でもない。
「葵さん…。」
俺は愛しい人の名前を呟いた。

その時、背後から視線を感じて俺は現実へと引き戻された。



348:赤い瞳と栗色の髪 ◆y5NFvYuES6
07/02/11 02:39:30 oJareO5R


「ちーちゃん………こんな時間まで何してたの…。」


思わずぞっとするような冷たい声に驚き、俺は後ろを振り返る。
夕日の逆行で表情はよく見えないが。
綺麗な栗色の髪はぼさぼさで、よく見ると右の拳からは血が滲み、それを気にする様子もなく立ち尽くす若菜が居た。

「わ、若菜か。驚かすなよ…。」

若菜だという事に安堵するが、若菜の様子に違和感を感じる。
靴を…履いていないのだ。

「お、おい、靴忘れてるぞ。 もしかして裸足でここまで来たのか!?」

だが若菜は答えない。

「若菜…?」

沈黙が過ぎ、やっと若菜が口を開いた。


「どこに…行ってたの?」



どこまでも冷ややかで冷たい声がオレンジ色の世界に響き渡った。




349: ◆y5NFvYuES6
07/02/11 02:40:51 oJareO5R
最初の投下で題名入れるのを忘れてしまいました…申し訳ありません。

それにしても、やはり投下に一週間はかかってしまいますね。
筆が早く、それでいてクオリティの高いトライデント氏や赤いパパ氏には尊敬の念を抱いてしまいます。

という事で次は若菜の問い詰めが始まります。
もしかしたらしばらく赤い瞳の子は影が薄いかもしれませんが、その分若菜が頑張ります。

350:名無しさん@ピンキー
07/02/11 03:04:13 Uz6i9cK7
これからの問い詰めにwktk

351:名無しさん@ピンキー
07/02/11 03:04:19 E3IT/tRM
おっしゃああ若菜キタ━━━(゚∀゚)━━━ !!

352:名無しさん@ピンキー
07/02/11 03:09:24 v31jVF5v
GJ!
ボキャ貧でこの賛美しか言えない俺を許してくれ!

353:名無しさん@ピンキー
07/02/11 12:00:37 bMr8nb4M
URLリンク(moepic3.dip.jp)

354:名無しさん@ピンキー
07/02/11 17:27:43 T9hBURJO
やべぇ・・嫉妬SSと自作小説だけで738KBもあるよ・・www
その8割は嫉妬SSだと言うwww 
何かライトノベル作家とエロゲーシナリオライター道に走りたくなってきたかもww

355:名無しさん@ピンキー
07/02/11 18:10:39 lO8FfN+d
KBか。普通に小説書けばそんぐらいだろ。
スレッド2つ補完すればそんぐらい行くし。MBを目指さんかい。







まあメモ帳に保存してるんだったら確かに結構凄いが。

356:名無しさん@ピンキー
07/02/11 18:14:53 T9hBURJO
>>355

まあ、SSを書いていると筆が進むからな
1Mに到達する日は一体何作品ぐらいここに投稿することになるんだろうか


それにしても、1日原稿用紙20枚は流石に辛くなってきた
書いている時は何とも思わないが、その後に来る疲労がちょっと辛い
そういう時は他の神様のSSで癒してもらっていますよ

357:名無しさん@ピンキー
07/02/11 19:40:23 ECZzkAkW
俺の場合ココに投下したの全部合わせて400kbぐらい
それ以外あわせても500チョイぐらいかな
まだまだ路は遠いってか

358:名無しさん@ピンキー
07/02/11 20:29:36 7aJuL0f3
俺たちは登り始める。長い、長い修羅場道を。(完)

359:名無しさん@ピンキー
07/02/11 20:40:03 rbTPtNqW
仕事とはいえ、俺たちは登り始めるを書いた人に比べれば…

360:名無しさん@ピンキー
07/02/11 21:26:00 UhInmlj9
ID:UhInmlj9を生贄に捧げ、ノントロを召喚!

できたらいいなぁ

361:名無しさん@ピンキー
07/02/11 21:29:02 Z3vB224Y
山本君と猫が人間になった奴まだかな?
それとアビス・ロボさんどこ行ったの?

362:名無しさん@ピンキー
07/02/11 22:12:17 iizUXmLK
そろそろ九十九分とノントロ分が切れそうだ

363:名無しさん@ピンキー
07/02/11 22:24:56 OK0aifsd
RedPepper・・・

364:名無しさん@ピンキー
07/02/11 22:27:37 NE4Gly5N
みんな、飢えてる気持ちはわかりすぎるほど良くわかるが控えめにな

365:赤いパパ ◆oEsZ2QR/bg
07/02/12 00:07:57 MD4+xJFQ
ノントロは召還されませんでしたが、私が召還されました。投下します


366:魔女の逆襲第19話 ◆oEsZ2QR/bg
07/02/12 00:08:44 MD4+xJFQ
「んんー……」
 しずるはベッドから起き上がる。
 ふんわりとしたベッドであひる座りのまま大きく伸びをした。服装はやっぱり体操服にブルマ。動きやすいこの服装はしずるはとても気に入っていた。
「ベッドで寝るのは久しぶりだ」
 しずるはおふとん派である。
 もう一度、こんどは腕を前に突き出し足を正座のようにしてお尻を斜め上に突き上げ背筋を反らせた。ちょうど、猫が伸びをするポーズである。
 十分に背筋が伸びたところで、しずるはベッドから這い出し殺風景な良樹の部屋に立つ。ちゃぶ台においてあった紅茶を一口飲むと、あたりをきょろきょろと見渡した。
 カベの押入れが少しだけ開いているのを確認する。
しずるはにやにやと悪戯猫のように笑いながら近づき、ふすまに手をかけた。
「おい、起きたまえっ。兼森良樹!」
 そう宣言し、勢いよくふすまを開けた。がらがらと音を立てて開く押入れ。途中立て付けが悪いのか一旦ぐっと詰まったが、力任せに限界まで開らく。
「ZZZ……」
「ふむ。まだ寝ているのか。このヘタレめ」
 押入れの中。小さなスペースで良樹は眠っていた。押入れの中に布団を押し込み、毛布をかけてそこに横になって寝ていた。すぅすぅと安らかな寝息を立てている。
「まったく、ヘタレのくせに寝顔はかわいいヤツだ」
 すぐ横に恋人が居るというのに、何もせずに夜を明かした良樹の無防備な顔。
 しずるはちゃぶ台にあった良樹の携帯電話を取ると、慣れない操作でカメラを起動して良樹の寝顔を撮影した。画像は荒かったがしずるは思いの写真が取れて満足する。
しかし、しずるはニヤニヤしつつもいくらか機嫌が悪かった。
「本当。ヘタレめ」
 しずるはそう呟くと、よいしょと良樹の頭をむんずと掴む。それを持ち上げて頭を浮かせた。両手で持つ位置を調節し
「起きろっ!!」
ゴキャ。
 良樹の頭を右90度の方向に勢いよく回転させた。
「あぐぅっ!!」
 声にならない声が良樹の口から発せられた。良樹の目がいきなりの関節攻撃に驚いたように開かれ、視界が火花が飛んだように光る。
「ほぅ、ちょっと回しすぎたかな?」
 頭に置いた手を離す。右に良樹は元に戻ろうと首を前に持っていこうとして、
「痛い痛い痛い痛い! ちょ、な……にっ!」
 狭い押入れの中で良樹は首元を押さえながら、起き上がろうとする。しかし一度強くクセづいた首の向きは戻そうとすると鈍痛が走りなかなか起き上がれない。
「おはよう、兼森良樹」
「いたたた……おはようじゃないよ! いきなりなにするんだよ!」
「先に挨拶だ。おはよう」
「ちょ……お、おはよ!」
「うむ、良い挨拶だ。それにしてもリアクションは一流だな。兼森良樹」
「なんえ起こし方するの……痛っ!」
 良樹はなんとか上半身を起こすが、押入れの低い天井に頭をぶつけてしまう。つぅーと空気を吐くような音をだして今度は頭を押さえる。
「まるで、ドリフだな。兼森良樹。ユカイだぞ」
「僕は愉快じゃないよ!」
 頭を押さえて良樹が訴える。
「かっはは。どうだろうな。意外と君はM属性かもしれんぞ。現に今はまるでのび太の家に飼われた猫型ロボットのように寝ていたではないか」
「一緒の布団で寝るのはさすがにマズイからだよっ。それに飼ってるって表現は危ないって」
「まさにドレいもん」
「うまくないよ! なんかしずるさん機嫌悪くない?」
「機嫌? 確かにな。女が泊まりに来たにもかかわらず、まったくといっていいほど手を出さず、私が君のベッドで寝るときも恥ずかしがって自分だけ押入れの中で寝た経験なしの兼森良樹のようなヘタレを見ているとふつふつと機嫌が悪くなるぞ」
 うっ…、と良樹は言葉に詰まった。


367:魔女の逆襲第19話 ◆oEsZ2QR/bg
07/02/12 00:09:30 MD4+xJFQ
 良樹は改めて思う。確かに自分は最大のチャンスを不意にしてしまっていた。
 昨日、夜八時を過ぎた頃。部屋で夕食のたらこスパゲッティを食べながら雑誌を読んでいると、台所を隔てた玄関の戸がコンコンとノックされた。
 フォークを咥えつつドアを開けてみると、そこにはダウンジャケットに体操服とブルマというそこまで徹底せんでもな格好をしたしずるが立っていたのだ。
「やぁ、泊まりに来たぞ。兼森良樹」
 突然の訪問に目が点になっている良樹にしずるは左手を挙げいつもの調子でにやにやと笑っていた。
 よく見るとしずるの手には学校の部活カバンが握られていた。良樹が中身を確認すると中からしずるのマイ枕がまるまる一個出てきた。(それしか入ってなかった)
 良樹はしずるの来襲に取り乱した。なぜなら良樹の部屋はカップラーメンや雑誌類が散らかりまくり台所は数日前の食器がいまだに浸けられているまさに『THE 男の部屋』だったのだ。
 良樹は嫌われたくない一心でしずるを玄関前で止めようとした。しかし、しずるは良樹の静止の合図も聞かず部屋に押し入り『男の部屋』を参上を目の当たりにする。彼女はふんっと鼻を鳴らして
「こんなところには泊まれぬ。掃除だ」
 と良樹に言いはなった
 しずるはすぐに外へ出て行き二分ほどして良樹の部屋へ戻ってくる。
 手にはビニール袋やモップ、ダスキンなどの掃除道具を山ほど抱えていた。そして、それらの道具を有無を言わせず良樹に突きつけた。
「掃除をするぞ」
 こんな時間に? と戸惑う良樹をよそにしずるはダウンジャケットを脱ぎエプロンをバンダナをつける。
 しずるに部屋のゴミを全てビニール袋に入れることを指示される。良樹は拒絶することもできず仕方が無くやることに。良樹が部屋の空きカップや紙くずを拾ってる間に、しずるはてきぱきと台所まわりを片付けていた。洗い物をスポンジと洗剤でしゅわしゅわと泡立てている。
 良樹は正直面倒くさかった。しかし、台所に見えるしずるの横顔を覗いてみると、彼女は面倒くさがってる様子は見えずむしろ掃除を楽しんでるように見えた。
いや、というより楽しんでいる。鼻歌まで歌いながら洗った食器を片付けるしずるの姿は、魔女と呼ばれるような不気味さは無く、どことなく家事好きなお母さんのように見えた。
「それはな。好きな男の下着を洗う幸せだ」
 良樹が気になって聞くと、しずるは洗濯籠にあった良樹のトランクスを指差してからからと笑った。 
 その後、全ての掃除が終わったのは午前零時。掃除だけするはずが、いつのまにか良樹の持ち物の選別までやらされ、いらないものダンボールにジュースの食玩やいつ使うかもわからない割引券などが投げ込まれていき、良樹の部屋はすっきりと殺風景な部屋へ様変わりしていた。
 足の踏み場も無かったような『男の部屋』は、見事に『引っ越してきたばかりの部屋』へ変貌したのである。
出たゴミは全てしずるがどこかへ処分していき、溜まっていた洗濯物は全て近くのコインランドリーで洗濯されて良樹のクローゼットの箪笥に収められている。食器類も片付けられ、いらない雑誌は全てビニール紐で結ばれ、外の廃品置き場に積まれていた。
 良樹は、しずるの手際のよさにびっくりした。しかし、しずるはさも当然のような態度で鼻を鳴らすと良樹に向き合い、ようやくといった感じに言う。
「よし、これで一緒に寝れるな。ベッドへ行くぞ? 兼森良樹」
 しずるは良樹の手をとると、軽やかなステップで良樹のベッドに歩く。そして手を離し、ベッドにお尻を乗せると良樹に向かって両手を開き、
「来たまえ、愛しい人よ。私を女にしてくれ」
 ほのかに朱に染まった顔をした魔女は良樹に愛を求めたのだった。

 しかし、その後はこういう結果である。
 しずるがベッドで寝て、良樹が押入れの中で寝る。
 もちろん、しずるにとっては納得の行く結果ではない。
「まったく、女に恥をかかすとは何事だ。こんな提案してきたときは、本当に君に縦四方をかけようと思ったぞ」
「縦四方って寝技だよね……? まさか無理矢理?」
 想像し、うろたえる良樹にしずるははぁとため息をついて頭をポリポリ掻く。
「まぁ、君も心の準備ができていないというのは感じられていたからな。お互いこういうことはちゃんと双方で良いタイミングをとってする……ということに落ち着いたんだよな」
「あ、うん……。で、でも、僕だってそりゃぁ……えっと……嬉しかったよ。しずるさんが誘ってくれたからさ」
 良樹はごにょごにょと口ごもりながらもなんとか言い訳しようとするが、その口をしずるに人差し指でとめられた。
「そんなフォローをするな。君は女か」
「ご、ごめん」

368:魔女の逆襲第19話 ◆oEsZ2QR/bg
07/02/12 00:10:43 MD4+xJFQ
 しずるは本当に残念そうだった。その顔を見て良樹は後悔する。
 良樹だって男だ。性欲だって存在する。こういった行為だって常日頃からやってみたいと思っていたし、相手がしずるのような美女ならなおさらだった。
 しかし、しずるがベッドに誘ったときには、ついに勇気が出せなかった。恥ずかしくて恥ずかしくて、結局一緒のベッドにも寝れず自分は押入れを寝床にしてしまったのだった。
 しずるが怒るのも無理は無い。むしろ絶交モノだったかもしれない。良樹は自分が情けなくて頭をおさえてしまった。
「……ひとつ聞きたい。兼森良樹」
「な……なんですか?」
 しずるは指をはずすと、いつもの口調で聞く。
「君は童貞か?」
「ぶっ!」
 良樹は思わず噴出す。
「な、なにいきなり!」
「童貞だろうな」
「そ、そうだよ! だからヘタレって言われてもしょうがないですよ!」
 まるでふてくされる子供だった。
「私も処女だ」
 だが、対照的にしずるは取り乱すことも無く、淡々とした口調で告げる。その様子に良樹は取り乱した自分が小さく感じた。
「お互いはじめて同士だということだ」
「うん……」
「君がこういった行為に恐れを抱いてるのはわかるよ。それは私が一人だったある時期に似ている。私は君と会うまで友人は作らなかった。何故だかわかるか?」
「作る必要が無かったから?」
「そう。それは私が最初に君に言った言葉だったな。しかし、本当はそれだけではない」
「え?」
「友人を作らないだけなら私はただ人から離れていればいい。誰にも話しかけず、誰とも接触せず、羊の群れから離れて歩けばいい」
 それこそ一匹狼のように。そう言って、しずるは続ける。
「しかし、そんな狼でいても。狼が好きな羊とやらもいるのだよ。蓼食う虫を好き好きかな。一人だった私を見かねてやってくる者も実はたくさんいたのだ」
 人と人はつながりを持ちたいと思っている。その中にはあえて絶縁状態を貫く相手でもつながっていたいと思うものも少なからず居る。
 偽善ではない。人は群れたいという意識が本能にあるのだ。
「一人で過ごす私に差し出される手。わたしはそれに全て噛み付いてやった」
 狼に近づいた羊はすべてその狼に食べられてしまいましたとさ。そんなナレーションがつきそうな絵本が良樹の頭の中に浮かんでいた。
「わたしは怖かったのさ。少し、ほんの少しだぞ? ほぉぉぉぉぉんんんんんんんんの少しだけ、怖かったのだ」
 そこまでつよがらんでも。

「人とつながりを持つという行為に飽きた自分が、一匹狼の自分が、いまさら人々に受け入れてもらえるのか? もしかしたら私に話しかけたことで相手を傷つけてしまうかもしれない。
だから、わたしは私に話しかけたら二度と接触してこないように悪意ある表現で罵倒し返してやったのだ。そうすれば簡単だ。ほとんどの奴らはわたしに近づかなくなった」
 人と一緒になってから人を拒絶すれば、その分つながってただけの愛情や友情は、すべてただの相手の悪意へと変わってしまう。
 ロストペット症候群みたいなもの。そうなることが少しだけ怖かった。そう言うしずるの顔はすこし泣きそうに見えていた。
「しずるさん……」
「しかしな、しかしだ。君に惚れて、君に勇気を持って話しかけた。そんな思いはずっと抱えながらも、私は君への好意に後押しされたのだ。そして、君と好きあってからの毎日を過ごして、わたしはその考えをなんて馬鹿な考えだと一蹴してしまった」
 しずるはすこし笑う。いつもの笑顔に戻ってきた。良樹はほっとする。
「なぜなら、つながりあえたその日からわたしの人生は薔薇色に彩られたのだから。たしかに、君と反目してしまうという思いは残っている。しかし、そんなものは些細な問題だった。一歩踏み出してしまえば、その後の道のりは全てが美しいのだからな」
「はい」
 良樹は頷いた。
「だからだ。こういう行為も同じだと思うんだ。君の怖さと言うものが理解できる。だけど、相手や怖さを気にして前に出ないと、全てが無駄になってしまうのだ。わかるな?」
 諭すような口調。改めて、良樹はしずるには勝てないと思う。
「すいません、なんか」
「だから謝るなといったろう。謝るくらいなら……」


369:魔女の逆襲第19話 ◆oEsZ2QR/bg
07/02/12 00:11:35 MD4+xJFQ
 しずるは一拍おいて、鴉色の瞳を構え良樹の目の奥に焼き付けるかのように見つめて、
「今度は君から誘ってくれ」
「はい……はい? ええええええええぇぇぇ!?」
 つまり、それは、今度は自分が、魔女をベッドに誘えと!?
「最初は私が誘ったんだ、それなら今度は君が誘ったっていいだろう。ヘタレな君へのバツゲームだな」
「ちょ、ちょっと。しずるさん!」
「どんな誘い方をするか、楽しみにしているぞ。かははは」
「わ、……わかりましたよ! やればいいんでしょ!」
「よし、ではうまくまとまったところで、この話は終わりだ。兼森良樹、早くそんな薄暗い押入れから出たまえ。朝食にしようではないか」
『うん、そ、そうだね! 一緒に作ろう。なにがいい?』
『チョコケーキ』
『あ、朝から?』
『バレンタインディシーズンだからな』
『もう、しずるさんっ!』
『あっはっはっ、冗談だ。簡単にピザトーストでも作って食べようではない、バキィィィィィィィ!!!

 ………りぃん。

 自室のベッドの上、イヤホンで二人の会話を再生していた早百合は持っていたICレコーダーを握りつぶしていた。
 鈴の力と憎しみにより、増幅された早百合の腕の筋力がICレコーダーを鉄の塊へと変えるのは容易なことだった。
『ぉぉあおぁおぉあぉお……』
 再生されていた二人の声がどんどん遅くなっていき……止まる。
 早百合は鉄の塊と化したそれを早百合は壁に投げつける。壁に当たったレコーダーは完全に沈黙した。
「……もう時間がないんだわ……」
 誤算だった。
 あの二人がこんなに早くことを済ませようとしていたとは。
 このままでは二人は、私の手の届かないところまで行ってしまう。
「……選択肢は……ない……」
 
 りぃん

 早百合は鈴を握り締める。
 鈴から放たれるオーラは早百合の神経を怪しく刺激し、一種の高揚状態へと早百合を押し上げていた。
 早百合自身も、泥棒猫への憎しみを力として供給する鈴の魔力をひしひしと感じていた。
「……決戦は、明日の朝……」

りぃんりぃんりぃりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりぃん。

握り締めた鈴から溢れる鈴の音。まるで鈴自身が音を立てているようだ。
握った鈴の音は響かないはずなのに。
(続く)

370:赤いパパ ◆oEsZ2QR/bg
07/02/12 00:12:33 MD4+xJFQ
 魔女の逆襲19話です。少し遅くなりました。もうすこしだけお付き合いください。

 今日、友人がニューウエイズの活動員になってました orz
 俺を勧誘しないでください。いいやつだったのに……。

371:名無しさん@ピンキー
07/02/12 00:26:48 XB9xp67T
>>370
うぉぉぉぉぉーーーGJだぁぁぁぁ!!
小百合の仕掛けた盗聴にしずると良樹の情事がながれる・・・と思ったのだが
これもまた。

372:名無しさん@ピンキー
07/02/12 00:32:12 hZjcTgBK
…りぃん。
この警告音が決まる所で決まると、とても読みやすくていい感じです。GJ

…りりりりりぃん。

373: ◆35uDNt/Pmw
07/02/12 00:56:01 tzbn4Pa5
投下させていただく!

374:君という華 2.3 ◆35uDNt/Pmw
07/02/12 00:57:21 tzbn4Pa5
 愛欲が溢れ返る。ふしだらな妄想が脳裏にこびり付き、解放してくれる気配がない。内にこもる熱で火照り、欲情は治まる事を知りません。
 消化しても消化しても消化しきれず。絶頂に絶頂を重ねその先に待つ絶頂を迎え入れても。わたしの体は満たされないのです。
 もはや、自慰では限界なのでしょう。どこまでも淫靡になってしまったソコから、すっかりふやけてしまった指を引き抜くと、ぶるり、と身を震わせる。
 何と言うか。今日のわたしは随分と色欲に支配されていたようです。和式の便器が愛液でベトベトです。
 いやしかし。本当に今日はすごかった。このままだと危うく想像妊娠してしまいそうです。ふふ。先輩の子供なら、喜んで孕ませて頂きます。
 にやにやと緩む頬を引き締めもせず、わたしは乱れた衣類を整えます。色んな所が唾液やらで酷いありさまですが、まあそこは置いておきます。
 下着、特にお気に入りのパンツは愛液でもはやその機能を全うしていませんが、まさかどこぞの色情保険医じゃないんです。ノーパンはまずいので、そのぐしょぐしょに濡れているパンツを仕方なく履きます。
 ……ああ、気持ち悪い。今度は摩り下ろすのではなく脱ぐ事にしましょう。反省は生かさねばなりません。
 ふと、視線を感じて顔を上げる。わたしは一体どこに眼球をつけているのだと、自分に詰問したいぐらいにその存在を全く持って認識していませんでした。
 自慰に耽るあまり、気付かなかった? ありえない。だって、ドアにはちゃんと鍵がかかっています。ドアの隙間から入り込む、何て言うのは漫画の世界の話で。
 だから、わたしは目の前で微笑む女性を見て、絶句した。
―随分と熱心なのですね、主よ。満足されましたか?
 声が出ない。あんな激しく淫らな自慰を見られた恥ずかしさで声が出ない訳ではありません。まぁ、それも少しあるのですが。
 その、ふざけているのか、所謂メイド服を着た女性の両目には包帯が巻かれていた。なのに、何故か目と目が合う、としか表現しようがない感覚。
―主よ、どうかなされましたか?
 その艶やかな、赤い、紅く燃え上がる焔色の、大きく自己主張する胸にまでかかった長い髪を揺らしながら、彼女は首を傾げた。
 それにしても、随分と背が高い。わたしの身長が143センチと、女子にしても随分と小さい体躯だが、女性とは40センチ以上の差を感じます。
「……あなたは、誰?」
―その問いに答える術を、私は持ち合わせておりません。
 女性は困ったように微笑む。
「……いつから、そこに?」
―ずっと、と言えば宜しいでしょうか。正確な答えを導き出すには、少々言葉が足りません。申し訳ございません、主よ。
 やっぱり困ったように微笑む女性。
「わ、わかりやすく説明していただけないでしょうか。わたしは今、酷く混乱しているので、出来るだけ簡単直結に答えてください」
―は、はぁ。では、簡単に申し上げます。一体いつ、何の影響を受けたかは不明ですが、いずれにせよ、
 そう言って女性は私を見て、微笑む。華のように。歌うように。
―主が、私を呼んだのです。


375:君という華 2.3 ◆35uDNt/Pmw
07/02/12 00:59:04 tzbn4Pa5
「わ、わたしが? あなたを?」
―はい。その通りです、主よ。どう言った経緯で主が能力に目覚められたのかは不明ですが、いずれにせよ私は、主に呼ばれたのです。
「ど、どうして……?」
―必要、だからではないでしょうか。いえ、私も全てを理解して話をしている訳ではございませんが。ただ、気が付くと主の側にいたのです。
「わ、訳が分かりません……呼ぶだとか、必要だとか……わたしが、それを望んだと?」
―いえ、はい。ええっと……すいません。何分私の理解の範疇を超えておりますので。上手く説明できません。
 わたしはひとまず、深呼吸を三回ほど繰り返す。女性はじっ、とわたしの目を見つめてきます。何故かは分かりませんが、不快感はありません。
 ふぅ、と息を吐く。体の火照りも治まり、頭の中がクリアになってきました。
「……少し、落ち着いてきました」
―それは良かったです、主よ。
「……それで、です。わたしがあなたの出現を望んだとして、あなたは一体何をしてくれると言うのですか? まさか殺しにきた、などとは言わないでくださいよ?」
―ふふっ。ご冗談を。私は、主の力を引き出しにきたのです。多分。
「酷く曖昧な人ですね」
―申し訳ありません、主よ。しかし現在の回答でもっとも正確で正解に近い言葉はそれだけなのです。主の力を引き出しにきた、と。
「……力、ですか?」
―その通りです、主よ。現在、何者かの能力により、主は華を開花させるチャンスを手に入れました。私は、それを後押しする為に馳せ参じた次第です。
 まるで漫画や映画の中の話です。それでも、わたしは湧き上がる好奇心を抑える事が出来ません。
「……百聞は一見にしかず、です。その能力とやら、引き出してもらえますか?」
―分かりました、主よ。では、しばし失礼致します。
 女性の手が、私の顔を包む。女性が二言三言何か呟いた、と思ったら女性は手をするするとまた元の、自分の胸の前に添えます。
「……? お、終わり、ですか?」
―はい、そうです、主よ。何か問題でも?
 きょとん、とする女性に咳払いをして、頭を振る。少し、いえかなりすごい術みたいのなのを期待していた、とは言えません。子供じゃないんですから。
「いえ、何でもありません。所で、一体どう言う能力なのですか?」


376:君という華 2.3 ◆35uDNt/Pmw
07/02/12 00:59:41 tzbn4Pa5
 女性は、右手を自らの鼻に添える。
―鼻、です。
「鼻?」
―そうです。相手の匂いを嗅ぐ事によって、その人物の状態その他様々な情報を手に入れることが可能となります。
「……相手がどこにいても、ですか?」
―いえ、範囲は決っています。ただ、その範囲の大きさは分かりません。実際に計測する必要があります。
 匂い。匂い……。何ともわたしらしい能力です。昔から匂いに敏感だったのも、少なからず関係あるのでしょうか。
 そしてこの能力を持ってすれば、わたしは四六時中先輩の匂いを嗅げると言う、それはそれは素晴らしい特典を得られるという訳です。最高です。
 先輩と常に一緒にいる事を許されたこのわたしに、あの雌牛たちの歯噛みする光景が目に浮びます。ざまあみろです。
「ふ、ふふ。あは、あはははははははははッ! ふはは、ふは、ふ、ふふふっ」
―どうかなされましたか、主よ。
「ふふふふふふふふふふふふふふふ、ふふ、ふぅ。これを笑わずにいられますか? この能力こそ、神の啓示なのです!」
―はぁ。
「神は、この能力を持って先輩と結ばれよと、そう言っているに違いありません。最高です。完璧です」
―ですが、この能力は戦闘能力に関して言えば皆無なのです、主よ。
「それが、何だと言うのです? 闘えないと言うのならば、闘わなければいいだけの事です。そうでしょう?」
―しかし、それでは先輩を手に入れることは出来ないのでは?
 わたしはちっちっちっ、と嫌味っぽく指を振る。
「問題ないのです。敵は二人です。わたしが闘わなくても、敵二人で潰しあいを演じさせてやれば、わたしは労せず先輩と結ばれるのです」
―上手くいくでしょうか?
「この能力がどれほどの情報を引き出せるかはわかりませんが、しかしわたしにアドバンテージを与えてくれるのは間違いありません。ふふ」
 わたしは、挑戦的な笑みで、彼女を見る。その瞳に決意を宿して。
「勝つのは、わたしです」
 誇らしげに宣言するわたしに、女性はとても愉快そうに、微笑ましい表情を浮かべる。
―それは頼もしい限りです、主よ。
「……そう言えば、名前をまだ聞いていませんでしたね」
―名前はありません、主よ。主がつけていただければ、それが私の名前になります。
「そうですか…悩みますね……ふぅむ……では、ツェペルエというのはどうでしょう? 意味は聞かないで下さい。お爺様が昔飼っていた赤毛の猫の名前から取っただけなので」
―……ツェペルエ……。
「不服ならば言ってください。他にいくらでも考えます」
―滅相もございません。主に付けていただいたのです。このツェペルエ、死が二人を別つまで、主と共にいましょう。
「ふふ。では、これからもよろしく、ツェペルエ」
―こちらこそよろしくお願い致します、主よ。
 わたしは、トイレを出ると足早に自分の教室へと向かう。気が付くと、もう六時間目は終わっていた。


377:君という華 3 ◆35uDNt/Pmw
07/02/12 01:00:42 tzbn4Pa5
 俺は教室を出ると、足早に隣のクラスへと向かった。祥子を迎えにだ。
 俺と祥子は家が近い為、学校に行くときは時間が合えば一緒に行き、帰りはほぼ毎日一緒に帰っている。一緒に帰らないと、後が怖いのだ。
 しかし。
「え……帰った?」
「うん。終わるや否やぶっ飛んで帰っていったよ。すンごい速かったよー!」
 祥子の友人である中野 澄子がゼスチャー付きで教えてくれた。
 俺は内心驚いていたが、中野にありがとう、と告げると一つ下の階、一年生のクラスが並ぶその中の一つ、一年三組の教室へと歩を進める。
 祥子が俺を置いて帰る何て今までなかった事で、何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。
 何なのだろうか、この言いようのない不安は。胸の中に燻って、振り払っても振り払っても現れる。気味が悪い。
 だが、考えた所で出口が見つかる訳でもないので、俺はまず目の前にいる少女に頭を下げた。
「椎名ちゃん、さっきはごめん」
「い、いえ。先輩、顔を上げてください。先輩がした事ではないのですから」
「でも、ごめん。俺がもっとしっかりしておけば」
「いいんです。気にしていませんから。お願いです先輩。顔を、上げてください」
「……椎名ちゃん」
「大丈夫ですよ、先輩。本当に、気にしないでください。わたしにも、殴られる理由がありますから」
「で、でも」
「そ、その……ど、どうしてもと言うのでしたら、せ、先輩のメールアドレスを、お、教えていただけませんか?」
 俺はきょとん、とする。すると椎名ちゃんは慌てて手を振る。それはもう凄い勢いで。
「い、いえあの、ご迷惑でしたら、いいんです! す、すいません。さっきのは聞かなかった事に」
「いや、いいよ。そんなのでいいなら、いくらでも」
 はい、と俺は自分の携帯の画面に現れたアドレスを見せる。椎名ちゃんは慌ててポケットから携帯電話を取り出すと、慣れた手つきでアドレスを打ち込んでいく。
 しかし、もの凄いスピードだ。何か指が残像を残してるような……いや、それは言い過ぎか。
 数十秒後。アドレスと電話番号を携帯に記録させた椎名ちゃんは、満面の笑みを浮かべていた。
 よかった。少なくとも、嫌われていないようだ。いきなりあんな事があって、殴られたって文句は言えない立場だ。アドレスと電話番号でこんなに喜んでもらえれるなら、安い物だ。
「それじゃ。本当、ごめんね?」
「い、いえ。先輩も、お気をつけて」
 手を振る俺に綺麗なお辞儀で返す椎名ちゃん。育ちの違いが顕著に表れるなぁ。



 三階建ての一軒家。何の変哲もない我が家に帰ってくる度、俺は何故か安堵の息を漏らしてしまう。ああ、今日も無事一日が終わった。
 家には誰もいなかった。姉ちゃんはまだ仕事だ。俺は姉ちゃんと二人暮しを、かれこれ七年近くしている。俺の両親は、俺が十歳の時に交通事故で他界した。
 最初はただただ毎日が悲しかった。姉ちゃんの優しい手に導かれてこの家にきた時、俺はやっぱり寂しくて毎日泣いていた。
 それでも姉ちゃんは、優しく俺を励ましてくれた。姉ちゃんがいなかったらと思ったらゾッとする。
 いつも俺の側で笑ってくれた姉ちゃん。いつか、幸せになって欲しいと願う。
 早く、自立した人間になりたい。姉ちゃんのその優しくて、本当はとても弱々しいその手を借りずに、一人で生きていく。
 もう姉ちゃんに、苦労はさせたくないのだ。
「……っと、メールだ」
 携帯を見ると、見知らぬアドレスが表示されていた。未読のメールを開くと、椎名ちゃんからのメールだった。
『葵 椎名です。今日の事は、気になさらないでください。水田先輩の事も、怒らないであげてください』
 なんとも素っ気無いといえば素っ気無いが、そこが椎名ちゃんらしい。
 俺は返信メールを送ると、自分の部屋へと入る。相変わらず汚い部屋だ。
 カバンを放り投げ、ベットへと飛び込む。何か色々疲れた。眠い。何もしたくねぇー。
 睡魔相手に闘う意思を見せず、俺はすぐに意識を手放した。


378:君という華 4 ◆35uDNt/Pmw
07/02/12 01:02:46 tzbn4Pa5
 あたし、水田 祥子は今人生で最高の気分を味わっている。
 大声を上げて笑い出したくなる衝動を殺して、急ぎ足で帰路へとつく。
 愉快だ。可笑しくて可笑しくて可笑しくて仕方がない。気が付くと口の両端が吊り上がり、笑い声を上げてしまいそうになる。
 ダメだ。まだ人通りの多いこの道で、突然笑い出す女子高生を、住人達は決して暖かい目では見てくれない。世間体も大事なのだ。
 ああ、でも。それでも。この殺意を、憎悪を、早くあの豚どもにぶつけてやりたい。殺してやらなきゃ。あは。
 あたしの中で、毎秒大きく肥大していく殺意。飼い馴らすには、まだ時間が要る。でも、それはそんなに先の事じゃあない。
 待っていろ、雌豚。その醜く卑猥な面を見るに耐えない豚らしい顔に変えてやるから。あは、あははははッ!
 亮君に手を出すからいけないんだよ? あたしに殺される理由を作るから。ふふ、ふふふふっ。亮君も亮君だよ。そんな臭くて卑しい豚を側に置いておくなんて。
 りょ、亮君にもお仕置きが必要だね。へ、えへへ。あ、あ、足の一本……ううん、両足をあたしの能力でぐちゃぐちゃに砕いてあげる。えへ、あはは。そしたら、ほ、他の交尾にしか興味のない牝犬達に近づく心配もないもんね。
 い、痛いかもしれないけど、亮君がいけないんだからね。あ、あたしの事無視して、あんな、あんな女に!
 ち、畜生ッ! 畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生ァッ! 顔面を砕いて、見るも無残で、この世のもっとも惨めな姿にしてやる!
 葵 椎名もッ! 高木 志穂もッ! ううん、全て、亮君に近づくアバズレ全員、あたしの殺意を喰らわしてやる!
 害虫は、殺す! 殺す殺す殺す! 塵屑にして消してやる。その光景を脳裏に浮かべ、あたしは湧き上がる衝動を抑える事が出来ない。
 うふ、うふふ、ふふふは、は、は、はははははぁはは、はぁ、は、あは、あはあああ、あはああぁははははッ!
 りょうくんはあたしのものりょうくんはあたしのものりょうくんはあたしのものりょうくんはあたしのものりょうくんにふれていいのはあたしだけりょうくんをおかしていいのはあたしだけりょうくんを殺していいのはあたしだけあたしだけのりょうくんりょうくんりょうくん!
 駆ける足がスピードを増す。力強く地面を蹴り上げる。
 早く、早く家でこの能力を試したい。何が出来て、何が出来ないか。早く知りたい。
 今はどこにもいないキラは言った。これはあたしの殺意だと。殺意。人を、物を、全てをぶち殺したいと思う、意志。
 その通りなのだと思う。これはあたしの殺意。想いを、力に変える能力。神から与えられた、唯一無二のあたしの力。
 最高だ。あたしは我慢できずに、笑い声を少し漏らす。最高だ最高だ最高だ! 恐れるものなど何も無い!
 あの忌々しい清楚な化けの皮を被った葵 椎名も、昔から殺したくて仕様が無かった高木 志穂も! 殺せる! あたしは、息をするより簡単に、あの二人を殺せるのだ!
 世界を変えれる……ううん、世界を壊せるのだ。壊して晒して、もう一度作り変えてあげる。あたしと亮君だけの世界に。
「うふ……えへへへへ」
 いよいよもって口から零れだした湧き上がる殺意を止めようともせず、あたしは帰路を全速力で駆けて行く。


379: ◆35uDNt/Pmw
07/02/12 01:03:59 tzbn4Pa5
以上です。長く書ける神が羨ましい orz


380:名無しさん@ピンキー
07/02/12 01:12:02 zPmpKNEu
投下しますよ

381:『ヤミィ:ヤミィ;』(前編)
07/02/12 01:13:38 zPmpKNEu
AM 8:20

「佐藤くん、はいコレ」
「おう、どうもさん」
 独特の喋りで答え、一は受け取った包みを鞄の中にしまい込んだ。これで通算二十個目、
クラスの女子ほぼ全員から貰ったことになる。今日は二月十四日、つまりはバレンタイン
デーだ。となれば包みの中は誰でも想像がつくだろう、勿論チョコレートだ。中にはCD
などの例外もあったのだが、大まかな部分は変わっていない。
 要は、義理なのだ。
 彼、佐藤・一はクラスの女子殆んど全員からこうしたプレゼントを貰っているのだが、
決してモテている訳ではなかった。全員が全員、義理でプレゼントをしているのである。
 それは彼の性格故だ。
 誰にでも温厚に接し、義理固く、真面目で、しかし冗談も通じるという彼の人格は周囲
の人間に良い評価を受けている。幼い頃に両親を亡くした彼を育ててきたのは、元警察官
だった祖父だ。その祖父の血を引き、更には教育の成果もあって、彼はこのような人格者
に育った。祖父の教育がもたらしたのは性格だけではない。勉学も運動も、全て人よりも
こなせる模範的な人間として育ってきたのだ。隙が無い、という言葉は正に彼の為にある
ようなものだ。彼の祖父はまだまだ未熟だと言っているが、高校生としては彼に並ぶ人間
はそう滅多に居るものではない。社会に出ても、そうなるだろう。
 しかし、それが良くなかった。


382:『ヤミィ:ヤミィ;』(前編)
07/02/12 01:14:50 zPmpKNEu
 頼りにされる、好意を持たれる、そこまでは良いのだが、彼の場合はそこから先に進む
ことがないのである。人は誰にでも隙があって、その隙があるからこそ対等になることが
可能なのである。そして対等の立場であるからこそ距離が縮まり、やがて隣に立つことが
出来るようになるのだ。恋人であれ何であれ、それは変わらない。
 しかし、彼の場合は違った。
 欠点がない、つまりは隙が存在しない。
 勉強や運動は人よりも出来るが、それは隙というものとは無縁のものだ。例え頭が馬鹿
でも、運動音痴でも、それは隙に繋がらない。隙というものは心に出来て、それを認める
ことで人は対等の立場になることが出来るのだ。
 だが彼の心には、それが存在しない。
 外側は祖父の教育によって人格者の器になり、内側は死んだ両親の代わりに妹を守る、
という考えに満ちている。周囲の女子もそれを分かっているから、日頃助けて貰っている
感謝の気持ちや、その他様々なものを持ちつつも、本命チョコを送る気にはならないのだ。
 簡単に言ってしまえば、良い人、という一言で終わってしまう訳である。一はそれを特
に気にしてはいなかったが、彼の周囲にはそれを笑う者が存在する。
「よう、義理チョコ大名」
「何だよそれは?」
 意外に的を得ている表現をしながら話し掛けてきた彼の幼馴染み、塩田・希美である。
因みに彼女は一に何も送っていない、先程殆んど全員と表現したのはそれが理由だ。


383:『ヤミィ:ヤミィ;』(前編)
07/02/12 01:16:45 zPmpKNEu
 希美は面白そうに口の端を曲げて一を見下ろし、次に鞄に目を向けた。
「今年は何万石だった?」
「二十万石、ってとこだな」
「クラスの女子全員からか、豊作だね。来年は将軍にでもなるんじゃないの?」
 なるほど、確かに大名かもしれないと一は思う。
「でも、本命だと足軽も良いとこだぞ? それに全員じゃないだろ、お前に貰ってない」
「あたしは良いんだよ、そんな間柄でも無いし」
 けらけらと笑って、希美は一の頭を軽く叩いた。こんなことをするのは、一の周囲でも
三人しか居ない。希美以外では、妹の玲子と祖父の厳一だけである。そんなことを出来る
のが二人の気の置けない関係を物語っているが、しかし色っぽい関係になったことはない。
あくまでも気安いだけの関係、幼馴染みなのである。一度は恋人になろうかという時期も
あったのだが、彼の性格と彼女のおふざけの末に流れてしまっまっていた。
 付かず、離れず、気安く隣り合う。
 それが今の二人の関係だ。
「ところで、本当に本命を貰ってないの?」
「残念な話だ、誰も俺の魅力に気付かないらしい」
 おちゃらけて答えたが、一は内心驚いていた。今まで色恋沙汰の話をしてこなかった、
避けていたとさえ思える程に話題に出さなかった希美が急に話を向けたからだ。今のよう
にふざけて言うことはあったが、核心に触れることなく、大抵は変な方向に話を滑らせて
終わっていた。それなのに、今は少しだけ真剣な顔をして話している。真面目になると目
を細めるのは、保育園時代から知っている彼女の癖だ。
 数秒。
 沈黙が続いたが、不意に希美が吹き出したことで固まっていた空気が崩れた。
「うはは、何驚いてんのさ。そんなに真面目になんないでよ」
 一からしてみれば真剣だったのは希美の方だと思うのだが、言葉を出す前に希美に頭を
叩かれた。いつもの砕けた表情で、いつもの弱い力で、何も変わった様子はない。
「ま、いつか本命貰えるかもね」
 寧ろ今日かもしれないよ、と言いながら希美は自分の席に戻ってゆく。
 HRの五分前を知らせるチャイムが鳴った。




384:『ヤミィ:ヤミィ;』(前編)
07/02/12 01:18:41 zPmpKNEu
AM 7:30

 玲子はいつものように二人分の弁当を作っていた。言うまでもなく、自分のものと兄の
一のものである。これは質素倹約を旨としているから、ではない。そのような部分もない
ことはないのだが、それは正しい理由ではなかった。
「今日も、美味しいと言ってくれるでしょうか?」
 今の言葉で分かる通り、大部分は兄の為なのである。
 早くに両親を亡くした玲子を守ってきてくれた兄、文武両道で性格も良く、理想の男性
の見本であるかのような存在、その兄に喜んでもらうことだけを考えて玲子の弁当は作ら
れるのである。愛情を込め、手間暇をかけ、好みに合わせつつバランスもしっかり考える。
たゆまぬ努力に裏打ちされた弁当は、今日も素晴らしい完成度を持って作られた。
 そして弁当箱の隣には、普段には付かないものが存在している。
 チョコレート。
 今日という日を考えればどんな意味を持つのか分かるし、一と玲子の関係を見れば更に
どのようなものか分かる。家族に親愛の情を示し、そして送る為のものだ。
 しかし、これは違った。
 普通ならば義理チョコとして終わり一の記録を更新させるだけのものだが、玲子のそれ
は普通ではなかった。兄に送るのではなく、女として一という男性に送る為のものなのだ。
義理ではなく愛を込めて、本当の気持ちを知ってもらう為にそれは作られた。
 きっかけは些細なものだった。


385:『ヤミィ:ヤミィ;』(前編)
07/02/12 01:20:45 zPmpKNEu
 昔も今と変わらずに、兄は妹を守っていた。幼い妹はそれが嬉しくて誇らしくて、同時
に恩を返したいと思うようになったのだ。まだ幼い子供のことだ、当然能力も財力もある
筈がない。それを祖父に相談したところ、こう言われたのだ。
「料理でもしてみるか?」
 教えられたのは目玉焼き、子供でも簡単に作ることができるものだった。しかも材料の
卵は自分の少ない小遣いでも買うことが出来て、更には量も多いので練習にも事欠かない。
今にして思えば、よく考えられたアイディアだと感心させられる。
 そうして四苦八苦、練習を重ねて綺麗に作られた目玉焼きを食べて、兄は微笑んだ。
「給食のより美味い」
 子供らしい稚拙な表現だったが、その言葉を聞き玲子の心は喜びで満たされた。その後
玲子は進んで料理の勉強をするようになり、今では兄の好みにおいてはプロも裸足の腕前
となっている。それが優秀な兄を持つ彼女の、何より大切なものへとなった。
 しかしそれは、良いことばかりではなかった。
 憧れの兄へ送る食事、それを受け止め美味いと言ってくれる日常。一が高校に入学して
弁当を作ることになり、三食の世話をすることにより目覚めてしまったのだ。幼い頃から
守られ続け兄に強い依存心を持ってい玲子は、兄の生活の一部を作っているという現状に
のめり込んでしまった。憧れだった気持ちは歪んだものへと変わり、ついには一を愛して
しまったのだ。まだ理性や倫理が勝っていた去年は何もなかったものの、加速度的に成長
した気持ちは思考の枷を外し、彼女を告白を決意させるにまで至らしめた。


386:『ヤミィ:ヤミィ;』(前編)
07/02/12 01:22:16 zPmpKNEu
 その証である包みを見て、玲子は微笑を溢す。
「これを渡したら、どんな表情をするんでしょうか?」
 決まっています、と心の中で呟いて兄の顔を思い浮かべた。
 最初に浮かべるのは驚きの表情、しかし次の瞬間には笑っているだろうと思う。自分が
作ったものを毎日美味そうに食べて、笑みを返し、甘えさせてくれる。そのように接して
くれる兄が、自分の気持ちを裏切る筈がない。きっと受け入れてくれるし、法律のせいで
結婚は出来ないが恋人として扱ってくれるだろう。そう結論をして、玲子はチョコレート
の包みを愛しそうに撫でる。玲子にとっては天国の片道切符だ、まるで繊細な硝子細工を
扱うように優しく胸に抱え込む。
「楽しみです」
 二人の未来は明るい。
 兄ならば、一ならば。
 きっと大切にしてくれるだろうと、そう思った。
 間違っても、祖父のように説教をしてくる筈がないと、思考の中の兄に確認をとる。
 そう、足元に転がっている、祖父のようには。
「全く、馬鹿ですね」
 料理のきっかけを与えてくれたことを抜きにしても、尊敬をしていた。一に対するもの
とは別のものだが、家族としてなら大切に思っていた。だがチョコの包みを見られ、兄へ
対する気持ちを知られて説教が始まった直後、つい手が出てしまったのだ。


387:『ヤミィ:ヤミィ;』(前編)
07/02/12 01:23:42 zPmpKNEu
 女としての気持ちを否定され、愛を否定された玲子は、手元にあった包丁で祖父の胸を
突き刺した。当たり所が悪かったのか不味い角度に入ったのか、厳一は口と胸から大量の
血を垂れ流して崩れ落ちた。専門家が見なくても、即死だということが分かる程だった。
だが玲子は、それに対して恐れは無い。既に歯車が軋んでいる彼女の脳内では、自分の愛
が勝った結果だと認識されていた。今のは祖父殺しではなく邪魔者を排除しただけだ、と。
 興味を失った玩具でも見るような目を向けると、玲子は鞄に弁当をしまう。渾身の本命
チョコは、熱変形しないように冷蔵庫に収めた。
 腕時計を見れば、アナログの針が示すのは八時少し前。
「いってきます」
 言って、彼女は気付いた。
 何気無しに言った言葉だが、これは毎日祖父に言っていたから付いた癖だ。しかしその
対象である祖父が亡くなった今では、家の中での言葉は全て兄に向けられる。当然、兄の
言葉も自分だけに向くことになる。他の誰も入れない、二人だけの言葉の世界。
 彼女の口から、笑い声が溢れた。
 思考の中に満ちているのは、めくるめく歓喜の日常。
「なんて、なんて素敵なんでしょう!!」
 玲子の思考は、止まらない。

388:ロボ ◆JypZpjo0ig
07/02/12 01:25:41 zPmpKNEu
今回はこれで終わりです

パレンタインということで、思い付きました
すいません、あんま関係ないですね

後編は、バレンタイン当日に投下します

389:名無しさん@ピンキー
07/02/12 01:32:58 T0cKbyOi
>>379
スタンド使いはスタンド使い同士引かれあう、か。

>>388
じいさんはせめて一行でも生きて登場させてやって欲しかったw

390:名無しさん@ピンキー
07/02/12 01:33:54 dJAJczQi
GJ!いきなりサイ娘ktkr

391:名無しさん@ピンキー
07/02/12 01:33:54 bnShYp2Z
GJ!!!!!!!!!!!!!

392:名無しさん@ピンキー
07/02/12 01:42:48 LZlNFNeL
>>370>>379>>388
もうGJ!!
としか言えない俺を踏んで下さい!!!

393:名無しさん@ピンキー
07/02/12 01:45:12 9WEbGmpv
おじいちゃんが、おじいちゃんが

学校の人たち、にーげーてー

394: ◆6xSmO/z5xE
07/02/12 01:46:56 kI8c3lvX
なんつう投下ラッシュ・・・。

というか、思いついたからって連載の片手間にこれだけの話が書ける
ロボさんはおかしいと思います。(褒め言葉)



さて・・・流れに乗って、投下いきます。

395:ブラッド・フォース ◆6xSmO/z5xE
07/02/12 01:49:51 kI8c3lvX
 智のこと、エルのこと、街のこと・・・。
 一体なぜこんなことになったのかについては、少し時間を遡って語らなければならない。






 綸音を殺したエルがまず最初にしたのは、綸音の首に牙を立てることだった。
 戦いの高揚が去るにつれ、自分が如何に瀕死であるかを身体が切々と訴えてくる。
 片腕が斬り落とされたこともあり、智1人抱き上げることさえ出来ないほどに弱っていた。
 血を流しすぎたらしい。すぐさま血を補給しなければならない。血は吸血鬼にとって、食であり薬であり命そのものなのだ。
 そのためには、足元に倒れている死体の力を借りるしかないだろう。
 死人の血を吸う趣味はないのだが、背に腹は変えられない。
 エルはそっとしゃがみ込み、綸音の身体を抱き寄せる。その身体はまだ仄かに温かかった。

「サトシを守るために・・・あなたの血を貰うわ。
 本望でしょ、こんな形でも彼の傍に居られるのだから。・・・私としては不本意だけど」

 嘲るような呟きの中に、何かを悲しむような色が混じったのも束の間のこと。
 オアシスを見つけた砂漠の旅人のように、エルは綸音がミイラと化すまでその血を啜りつくした。



 そうしてある程度力を戻したエルは、近くにあった廃工場に智の身柄を移して応急措置を施した。
 皮肉にもそこは綸音が智の監禁場所にと考えていた場所だったのだが、エルには知る由も無い。
 ホテルに戻ることも考えたが、遠すぎるうえに人目につくので却下した。
 壁際に綸音の銀刀―危険物として回収しておいた―を立てかけると、都合よく置かれていたベッドに智を横たえて一息つく。
 だが、無論まだ終わりではない。気を緩めることなく、エルは次すべきことに思いを馳せる。

「じゃあ、ちょっと行ってくるね。新鮮な生贄を連れてすぐに戻ってくるから、少しだけ待ってて。
 ・・・どこにも行っちゃダメよ?」

 愛しむように頬を撫で、甘えるように耳元に囁くと、エルは智から身を離して外へ出て行った。



 そして、この日を境に連続通り魔事件は連続女性失踪事件へとその姿を変えることになったのである。




396:ブラッド・フォース ◆6xSmO/z5xE
07/02/12 01:51:39 kI8c3lvX
 無論、警察はすぐに対応を開始した。
 ただでさえ通り魔事件では手がかりさえ掴めないという醜態を晒しているのに、今度は失踪という洒落にならない事態だ。
 取り返しが付かないことになる可能性は勿論、警察の威信が地に落ちることも考えられるのだ。
 一連の事件がこの街でしか起こっていないということもあり、マスコミも殊更に面白おかしく騒ぎ立てている。

 だが――当然ながらエルは全く尻尾を掴ませず、それでも毎日2,3人は攫っていく。
 10日経った現在で、失踪者は23名。無事を確認された人数はゼロ。
 それ以前の通り魔事件も含めると、倍近い被害者が出ていることになる。

 いい面の皮なのは現場の警官たちだった。
 住民からは早く何とかしろと突き上げられて、己の無力さを痛感させられ。
 上からは無能と罵られ、世間の非難の矢面に立たされ。
 そしてマスコミは、ただ喧しく喚くのみ。
 また、警察内部も一丸となって、とはいっていない。
 被害地域が限定されていることもあり、そこに住んでいる者とそれ以外の者の温度差が激しいのだ。


 警察は殺気立ち、事件は変わらず続き、街からは瞬く間に活気が消えていった。
 1人で出歩く女性も極端に減ったが、それでもゼロにはならず、エルはその僅かな数を逃すことなく捕まえていく。
 これは都市伝説か何かであり、犯人などいないのではないか、と言い出す者まで現れる始末だった。
 マスコミはそれに乗じ、好き放題犯人像を作っては仮説を打ち立てるが、そのどれも真相にはかすりもしなかった。
 だが、それも当然のことだろう。

 犯人が吸血鬼で、その目的が同族である1人の少年を救う為だなどとは、下手なオカルト雑誌でも考えつけはしないだろうから。






397:ブラッド・フォース ◆6xSmO/z5xE
07/02/12 01:53:55 kI8c3lvX
 一方、その目的であるところの少年――智はというと。

 エルがどれだけ血を飲ませてもまるで回復せず、意識不明の状態が続いていた。
 一時期のような瀕死の状態は脱したものの重体には変わりなく、体力、気力とも枯渇しきっている。
 綸音の銀刀による一撃は確かに重かったが、彼以上の重傷を負ったエルが間もなく回復したことに比べると、明らかに異常だった。
 いくら血を注いでも、そうした傍から全て零れ落ちていくような、そんな感覚。
 すぐに回復するだろうと最初はある程度楽観していたエルも、日を追う毎に焦燥を強くしていった。



 だが数日も経つ頃には――このままでもいいのではないか、と思い始めていた。

(もう私は、サトシがいなければ生きていけない。でもサトシも、私がいなければ生きていけないんだわ・・・)

 エルにとって甘美過ぎるその言葉は、客観的に見ても否定しようの無い事実だった。
 智を受け入れる心、智を生かす為に血を調達する能力、どちらも持つのは自分以外ありえない。
 自分は初めて会った時から智のものだったけれど、今智もまた自分のものになったのだ。

 嬉しくて、愛しくて、ただそれだけで、もう智以外のことなどどうでもよくなってくる。
 その為にどれだけの人間が死のうが知ったことではない。
 世界中の全ての命と秤に欠けたとしても、智の方が重いのだ。



 智が目覚めたら、悠久の時を共に世界を旅して過ごそう。
 きっと夢のような毎日が待っているに違いない。

 だが、もし智が――考えたくはないが――このまま死を迎えるようなことがあれば。
 その時はこの手で智に止めを刺し、そして自分も一緒に死のう。


 もう何も怖くない。死すら自分たちを別ち得ないのだから。
 体温の低い智の身体を夢心地で抱きしめながら、エルは思った。





398:ブラッド・フォース ◆6xSmO/z5xE
07/02/12 01:55:44 kI8c3lvX
 その日を境に、エルに僅かに残っていた生贄になる少女への罪悪感も完全に消えた。
 それどころか、智に見惚れたようにみえた女性は容赦なく惨殺するようになった。
 実際に智に見惚れていたのかエルの勘違いか、真偽は定かではない。
 だが少しでもエルの目にそう映れば、彼女は躊躇わなかった。
 そうやって智に血を飲ませる前に殺してしまった女性は、奈良橋今日子が初めてというわけではない。

 そう、本当なら生きた状態のまま吸った血を飲ませてあげなければいけないのに。
 ほんの少し、他の女が智に見惚れるだけのことさえ我慢ができなかった。

(サトシは優しすぎるから・・・。
 何とも思ってない女だろうと、好意を寄せられたら無碍には出来ないと思い悩んでしまうもの・・・)

 そんなところも好きなのだが、その所為で離れ離れになっていたあの数日間のような苦しみを味わうことは、二度としたくない。
 数日間の絶望とその果てに得た幸福はエルの心の防壁を完膚なきまでに崩し、智の存在に完全に依存させることになった。

 ただ『智のことが好き』だけでは我慢できない。
 智の世界の全てになりたい。
 その世界に割り込むものが許せない。
 智が他の誰かを感じることが許せない。
 他の誰かが智を感じることも許せない。


(そう・・・。世界にはサトシと私、2人だけでいい・・・)






 人の手では届かない、触れられない、閉じた世界。
 そんな世界の狂った幸せ。

 その扉を開け得る唯一の存在たる少年は、未だ目覚めず、生と死の狭間で冥い闇に抱かれていた。


399: ◆6xSmO/z5xE
07/02/12 02:01:04 kI8c3lvX
今回はここまで。インターバル後編でした。
現在ダメ主人公と化している彼ですが、きっとこのままでは終わらない・・・はずです。多分。


ちょっと投下スピードが落ち気味ですが、頑張りますので完結までもう少しお付き合い願います。


400:名無しさん@ピンキー
07/02/12 02:07:06 bnShYp2Z
GJ!
投下ラッシュで嬉しいばかりです!

401:名無しさん@ピンキー
07/02/12 02:19:01 wb7eVu3g
いいなぁ。強くて綺麗で格好いいお姉さんが、嫉妬と依存と独占欲でズタボロになりながらも、ぬくもりを求めるその姿。
愛だなぁ。純愛とはこう在るべきだよなぁ。

402:名無しさん@ピンキー
07/02/12 02:23:17 pwnnTJF+
職人の皆様GJです!
今日は投下ラッシュで良い日だなぁ。

403:名無しさん@ピンキー
07/02/12 06:10:37 0Na19PY6
>>370
ヘタレ良樹としずるさんのストロベリートークを聞いた早百合のどす黒い感情が噴き出たな
もの凄い嫉妬心と修羅場への期待でハァハァとwktk状態が止まらない!
>>379
ヤる気全開の祥子の心の中が素敵すぎるwM後輩とキモアネ危うし
>>388
いきなりキモウトktkr!いつかこういう子にチョコを貰いたいな(ノД`)
>>399
エルさんの最初の頃の冷めたような心から依存心と独占欲剥き出しの一途な愛って素晴らしいな

404:名無しさん@ピンキー
07/02/12 07:00:26 wYvkE39a
今年は暖冬だからパソの前で全裸で待っていても全然平気だぜ!

405:名無しさん@ピンキー
07/02/12 07:01:42 6U7DYdcP
URLリンク(www.nicovideo.jp)
既出かもシレンが。これはこわい

406:名無しさん@ピンキー
07/02/12 11:32:14 OwhIK5Tv
まあ、ヤンデレスレと嫉妬スレを行き来する者にとっては
俺の嗜好の作品ばかりあるのってメチャクチャ嬉しい


407:名無しさん@ピンキー
07/02/12 13:47:19 WQlPEFxs
ここって、ライトな作品ってあるんでしょうか?
一番軽めでも、

「……このっ、泥棒猫っ!!」

レベルのような気がしてならないんですけど……

408:名無しさん@ピンキー
07/02/12 13:58:22 z5YCYjct
確かに圧倒的に多いよな、血腥いやつ。
まあ「嫉妬」「修羅場」って単語の時点でみんなドロドロとしたイメージを先行させるし。
俺も最初は慣れなかったが最近じゃ流血が無いと物足りなくなってきたぜフハハ

409:名無しさん@ピンキー
07/02/12 14:03:52 2kVD3lGM
>>407
あまりライトすぎると属性にならないからね。
保管庫の作品はミドルユーザーからヘビーユーザー向けの多いし、ライトユーザー向けで
「この、泥棒猫!」より軽いのと言うと、「二人の姫君」なんかはまだ軽めだと思います。
続きがあるのか短編であそこで終わりなのかはわかりませんけど。

410:名無しさん@ピンキー
07/02/12 14:39:49 M+3FM138
うじひめっ!はライトじゃない?

411:名無しさん@ピンキー
07/02/12 14:42:25 PWRrTmAG
修羅場でライトな作品だとオチが付けづらいんだと思う。
少なくとも、俺はうまい想像ができない。だって、大人しく引けば修羅場にならんし。

412:名無しさん@ピンキー
07/02/12 14:51:18 p9f28uQ9
別に修羅場を必ず入れなければならないって訳でもないでしょ

413:名無しさん@ピンキー
07/02/12 15:55:21 7tTv6zZw
嫉妬、三角関係から修羅場を想像しない人間が何処にいよう。

414:名無しさん@ピンキー
07/02/12 16:05:00 wb7eVu3g
でもヒロイン同士が直接対決しない作品も結構あるよね。
上のブラッドなんかも、綸ちゃん以外はギリ面識があるくらいだし。
同時に大人数を出すのが難しいってのもあるかもしんないけど。

415:名無しさん@ピンキー
07/02/12 16:16:05 JJENhTNH
いや逆に考えるんだ
敢えて身を引く事により募り溜っていく感情を描く
ってのも有りではないのか

416:名無しさん@ピンキー
07/02/12 16:48:05 rkyhFVw/
>407
周りがスクデイ以後の過剰化傾向の中、過激な描写なしにインパクト出すのは中々難しいしね。
「ヘビィな俺には、こんなもんじゃ生ぬるいぜ」みたいな妙なアピールも多いわけで。

417:名無しさん@ピンキー
07/02/12 17:24:13 EwRpg3vK
嫉妬で狂う女の子こそ俺らの理想だろ!!

418:名無しさん@ピンキー
07/02/12 17:31:29 FETNozKN
>407
「ミスタープレイボーイ」なんかは割とライトな作品だと思う。
ネタバレになるので詳しくは書けないが、結末は切なくも幸せなもの。


419:名無しさん@ピンキー
07/02/12 17:39:13 7tTv6zZw
そうだ!
その一途さ故に狂ってゆくオニャノコこそが俺達の求める姿なんだ!!

420:名無しさん@ピンキー
07/02/12 17:40:56 kMEZ1UDW
なんでだろう、ここ最近純愛がはやりだったのに・・・・

なぜ理解されんのだ

421:名無しさん@ピンキー
07/02/12 17:44:56 YJ0sg9qM
理解はされてると思うぞ。
ただ、レスがし辛いだけで。

422:名無しさん@ピンキー
07/02/12 18:04:15 7Z5KGgGL
レッドゾーンに突入した女の子を、主人公が器の大きさとか逆切れで、
一定レベルまでリカバリーさせる物語は読んでみたいかも。

423:名無しさん@ピンキー
07/02/12 18:27:34 O9LqqH+c
>>422
同意。
そしてもう一度壊れたり・・・

424:名無しさん@ピンキー
07/02/12 18:34:22 NNffPe5P
全員崩壊エンドが好きな俺ガイル

425:名無しさん@ピンキー
07/02/12 18:37:24 wb7eVu3g
ここの住人はドSなのかドMなのか判断つかん。

426:名無しさん@ピンキー
07/02/12 18:37:57 TKFCcXjv
耐えて耐えてもう無理……→主人公or泥棒猫刺しちゃった なら納得できるんだが
すぐに黒化→無差別殺人 みたいなのは正直好かん。
創作とはいえ人の命をなんだと思ってるんだと。

427:名無しさん@ピンキー
07/02/12 18:40:09 L+haH+SU
各作品を見て回って
ふと気づいたが、主人公に幼馴染属性が付いているのはデフォなのか?

わりとどうでもいい話題でスマンが。


428:名無しさん@ピンキー
07/02/12 18:43:59 0Na19PY6
愛の深さ故に泥棒猫や恋のライバルを亡き者しようとするのは
ほら昔からいうだろ「恋は盲目」って

……それに無差別殺人はねーよw

429:名無しさん@ピンキー
07/02/12 18:52:48 XB9xp67T
>>407
ワシもそう思う。おもしろいんだけどちょっと重いんだよね。
今も気に入っている作品があるが、あまり酷い修羅場になって欲しくないと
ちょっと希望している・・・。

430:名無しさん@ピンキー
07/02/12 18:53:22 sijXamzX
>>426
物語の進行上、その辺は曖昧にしなくちゃやっていられないだろ

431:名無しさん@ピンキー
07/02/12 19:04:06 WHPXJC4P
新参者ですが、単発SSを投下します

432:名無しさん@ピンキー
07/02/12 19:04:42 WHPXJC4P
いもうとがいた。
ずっとないているおんなのこ。ぼくがちかづくとなきやんで、にっこりわらう。


いもうとがいた。
ぼくのせなかにいつもとことこついてくる。ぼくがふりむくと、うれしそうにわらう。


いもうとがいた。
毎日同じふとんでねむる。ねる前に話を聞かせてやるとよろこんだ。


妹がいた。
毎日いっしょにおふろに入る。たまに一人で入るといきなり入ってくる。


妹がいた。
いつも並んで学校へ行く。時々家に置いていくと、いつのまにか横にいた。


妹がいた。
常に僕のそばに居る。僕が他の女の子と二人でいると、どこからともなくやってくる。


妹がいた。
どんなときでも僕を見ている。好きだった子に手紙を貰った休み時間、気付けば手紙は消えていた。


433:名無しさん@ピンキー
07/02/12 19:05:41 WHPXJC4P
妹がいた。
なぜならそれは妹が持っていたから。目の前で手紙を燃やし、「なんで?」と僕に繰り返す。


妹が居た。
僕の身体を弄ぶ。「誰にも渡さない」と呟いて、僕のズボンを引き下ろす。





妹が居た。
でもそれはいつからだろう? 遠くに居る母親に、妹はいつ生まれたかを聞いてみる。


妹が居た。
母はそれは誰だと僕に言う。急ぎ調べてすぐわかる、僕に妹は居なかった。





次の日僕はここに居た。暗くて広い地下の部屋、身体は鎖で縛られていた。









妹が居た。
今僕の目の前に。あの頃のようににっこりと、優しい笑顔を浮かべてる。

434:名無しさん@ピンキー
07/02/12 19:06:54 WHPXJC4P
短い上に、ここのジャンルに沿ってるかどうか微妙な文でしたがどうかご容赦を。
お目汚し失礼しました。

435:名無しさん@ピンキー
07/02/12 19:08:43 0Na19PY6
……( ゚д゚)……(( ;゚д゚))アワワワワ……(((((((( ;゚Д゚)))))))ガクガクブルブルガタガタブルガタガクガクガクガクガク
GJ!こんなキモウトが欲しいぜ

436:名無しさん@ピンキー
07/02/12 19:14:30 qmdeG8B3
>>427
一緒にいた年月それ自体だけでも主人公に執着する理由になるし、
楓のように小さい頃に何か重要な事件があって主人公に惚れたという設定もできる。
あと、主人公はあくまで友達として見ていて好意に気付かない事が多いので
ヒロインが感情を溜め込みやすくなりる。
そこに泥棒猫が現れれば修羅場の出来上がりだ。
ここらへんの理由で、幼馴染・姉・妹はヤンデレと相性がいいと思う。

437:名無しさん@ピンキー
07/02/12 19:16:42 wR4UgiNv
うるちゃいうるちゃいうるちゃい(#´∀`)σ)Д`)


438:名無しさん@ピンキー
07/02/12 19:17:23 wR4UgiNv
ごめん誤爆orz


439:名無しさん@ピンキー
07/02/12 19:17:29 yPOnFcDW
>>434
GJ! でもどっちかっていうとヤンデレだね

440:やや地獄な彼女(しずちゃん編)
07/02/12 19:18:54 XHoiV0ZG
え~、盛り上がってるところ、申し訳ないんですが、
投下します。

441:やや地獄な彼女(しずちゃん編)
07/02/12 19:21:51 XHoiV0ZG

調教一日目。

 ボクは今、遼くんの寝顔(?)を見下ろしている。
「―ん……んんんん……ぅぐぅっ……はぁっ」
 遼くんは、とても寝苦しそうに、寝返りを繰り返し、モガモガとうめき声を立て続けている。
 そんな彼を見つづけているうちに、ボクは自分がよだれを垂らしている事に気がついたんだ。

―かわいい……。

 親戚の律子叔母さんが赤ちゃんを産んだとき、おっぱいをあげながら、
「可愛くて可愛くてたまらないの。まるで食べちゃいたいくらい。……まあ、静香ちゃんにはまだ早いわね。あなたも母親になればわかるわ」
 そう言っていたのを思い出す。

 拝啓、律子叔母さんへ。
 ボクはまだ母親にはなっていませんが、今になってようやく分かる気がします。あの時あなたがおっしゃった言葉の、本当の意味が。
 遼くんはもう、ボクがいなけりゃ生きていく事さえ出来ない。
 いや、いま現在そうだとは言わないけど、いずれ必ずそうなる。そうさせて見せる。
 愛しい存在の殺生与奪の権を握る事が、女にとって、文字通りここまで感動を呼び起こす事になるなんて……。
 育児とは躾であり、躾とは時として調教の色合いを帯びる。
 何も出来ない、何も知らない無力で無垢な存在を、自分の色合いに染め上げ、思う存分自分の愛情をぶつける喜び。それこそが、女の誰もが持っている母性本能の本質。
 叔母さん、あなたは知っていたのですね?
―女の喜びとは、すなわち愛する者を調教する喜びである、と。



442:やや地獄な彼女(しずちゃん編)
07/02/12 19:24:34 XHoiV0ZG

 ボクは、そっと遼くんの口に固定されたギャグボールを取ってあげる。
 大量の唾液と共に解放される、遼くんの呼気。
「ごほっ! ごほごほっ!!! ―がっはっ!」
 んふふふ、むせてるむせてる。
 口の中がよだれで溢れてるのに、いきなり大量の酸素を吸おうとするからだよ。

「しっ、しっ、ずっ、かっ! 静香っ! いるのかそこにっ!?」
「うん、いるよ」
「いるのかっ? いるんだなっ!?」
 あれ、何か会話がかみ合わない。
 ああ、そうだ、思い出した。遼くんの耳にはイヤホンを差し込んで、ガンガンにハロウィンを流してるんだったっけ。
「ごめんね遼くん、すぐに外してあげるよ」
 ボクは愛用のアイポッドを彼の耳から外してあげる。でも、外してあげるのはそこまで。
 まだアイマスクも手錠も足枷も、外してなんかあげない。
 だって、その方が気持ちいいって聞いたから。
 眼や耳や口や、両手両足。あらゆる感覚器官と五体を封じて、その上で味わう快感は、普段の数倍の感度にもなるって。
 だから、ガチガチに拘束した遼くんには、ネット通販で買った電動オナホールとパールローターが、それぞれペニスとアナルに仕込んであるの。
 一応言っとくと、これ結構高かったんだから、値段分くらいは感じてくれないと、ボクとしても困るんだけどさ。
 
 どうだい遼くん、ボクだって勉強したんだよ。
 全部キミのためなんだからね。キミに少しでもいっぱい感じて欲しくてボクは―。

「何なんだっ!? 一体どういうつもりなんだ静香っ!? 何で、何でこんなひどい事をするんだよっ!?」
 遼くん……?
「早く外してくれっ!! 早くっ!! 静香っ!!」
 遼くん、遼くん、何を言ってるの……?
「早く外してくれないと、このままだったら、気が狂っちまいそうなんだよっ!!」
「遼くんっ!!」
 その瞬間ボクは、思わず遼くんの首を絞めていたんだ。
「し……ず……」
「何で……何でそういう事を言うの……? ボクはただ、遼くんに気持ちよくなってもらいたいだけなのにさ……!」
「……し……ず……、ぐ……る……!」

 気が付けば、遼くんの顔が鉛みたいな色になっている。
 ボクは、はっとして手を引っ込めた。
「ごほっ……!! ごほっ、ごほっ、ごほっ、……!!」
 またもや遼くんが苦しそうに咳き込んでいる。
 でも、でも、やっぱり怒りは収まらない。良かれと思ってした事を、そんな風に悪し様に言われたら、誰だって気分を害するだろう。
 ボクは遼くんに、“社会のルール”を教えてあげなきゃいけないことに気が付いた。
 勿論、ボクのためじゃない。
 常識をわきまえない人間に、世間がどれだけ白い眼を向けるか、それを厳しく躾る事こそが、遼くんのためであり、それが御主人様であるボクの役目なんだから。


443:やや地獄な彼女(しずちゃん編)
07/02/12 19:27:10 XHoiV0ZG

「遼くん」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、……なんだよ?」
 ふいごみたいな声で遼くんが応える。

「遼くんは、今日誓ったよね? ボクのものになるって。泣いて土下座してさ」

「……うん」
「ボクのものであるはずの遼くんが、ボクの気持ちを素直に受け止めてくれないって、コレ、ちょっと違うんじゃない?」
「気持ち……?」
「キミを気持ちよくして、感じさせてあげようって、ボクは普通にそう思ってるのに、キミのその態度は何だい?」
「……」
「―お仕置き、だね。コレは……!」

 遼くんの顔色が、さっきとはまた違う意味で青くなっていくのが分かる。
 でも、もう遅い。
 もう許してあげない。
 ボクは仰向けに寝ている遼くんの足首を掴むと、膝が胸につくくらいまで前に倒し、そのままビニール紐で固定しようとする。
「ちょっ……やめてよっ! 何する気だよぉっ!?」
「じっとしてなさい遼くんっ!! じたばたしたら、もっと痛い事するよっ!!」
 その一言で彼は静かになった。瞳に一杯の涙をたたえて。
 ちょうど赤ちゃんがおしめを取り替える時みたいな、そんな恥かしい体勢になった遼くん。

「遼くん、痛いの、好き?」
「……きらい」
「きらい?」
「うん、きらい」
「そう、遼くんはきらいなんだ、痛いのが」 
 すごく怯えた眼でボクを見る、とても可愛いボクだけの赤ちゃん。
「でも、遼くん、これは躾なんだ。そして、躾の基本は、やっぱり飴と鞭なんだよ……」
「いっ、いやだぁ……!!」
「だめだよ遼くん、わがまま言っちゃあ。痛くないお仕置きなら、躾にならないだろう?」
 そして、びくんびくんと振動する、遼くんのお尻を、渾身の力を込めて平手打ちにしたんだ。
 

444:やや地獄な彼女(しずちゃん編)
07/02/12 19:29:52 XHoiV0ZG

 お尻叩き。
 事故で亡くなった遼くんの御両親。中でもお母さんは、綺麗な人だったけど、とっても厳しいひとだった。
 遼くんが何か悪いことをする度に、よく彼のお尻を真っ赤になるまで叩いてたらしい。
 ボクは一度、それを間近で見た事がある。

 遼くんの部屋で、ボクが転んで机の角で頭を打ち、思わず泣き出してしまった日。
 ボクの泣き声にびっくりして、部屋に飛び込んできたお母さんは、
「遼太郎!! あんた女の子に何てことするの!!」
 と、怒鳴るや、遼くんの言い分などまるで聞こうともせずに、ズボンとパンツを無理やり脱がせ、
「これは罰よ! あんたの恥かしいところをしずちゃんに見てもらいなさい!!」
 そう言うや、彼のお尻を物凄い音を立てて叩き始めたんだ。
 当然、ボクとしては遼くんのせいじゃない、やめてあげてと言うべきだったんだけど、……その数秒後には、ボクの脳裡には、そんな言葉なんか跡形も無かった。

 美しかった。

 綺麗な人妻が、顔を真っ赤に紅潮させて、幼い息子を組み敷いて、無理やり尻を叩く。
 そんな二人の姿は、幼いボクの眼には、まるで一幅の油絵のように美しく見えたんだ。
 そして、いつしかボクは、遼くんのお母さんが、とてもとても、羨ましくなったんだ。
 ボクの大好きだった遼くんを、自由に罰する権利を持つ、彼のお母さん。
 いますぐ彼女の元へ行って、遼くんのお尻を叩く役目を代わってもらえたら……。
 ボクは、無実の罪で泣き叫ぶ遼くんを見ながら、本気でそんな事を考えていたんだ。

 そして今、ボクは、遼くんを罰する側の立場にいる……。


445:やや地獄な彼女(しずちゃん編)
07/02/12 19:32:09 XHoiV0ZG

 びっっしぃぃ~~ん!!
 ばっっしぃぃ~~ん!!
 びっっしぃぃ~~ん!!

「ひぃぃっ!! いだいっ! いだいよぉぉ!!!」
「そりゃあそうさ。痛くしてるんだもの」

 ばっっしぃぃ~~ん。
 ばっっしぃぃ~~ん。

「ああっ! ああ~~~!! しずちゃん! 静香ちゃん!! もうっ! やめっ!!」
「あっ、ひっどぉ~い。遼くんいま、ボクの事“しずちゃん”って呼んだよね!? その名前でボクを呼んじゃダメだって、言ってあったはずなのにっ!!」
「はっ、ひぃっ!! ごっ! ごめんっ!! ごめんなさいっ!!」
「15発で勘弁してあげようと思ってたけど、やっぱりダメだね。20発に追加決定っ!!」
「ゆっ、ゆるしてぇぇっっ!!」
「だめだよぉぉ~~~~んっ!!!」

 びっっしぃぃ~~ん!!
 びっっしぃぃ~~ん!!

「……んぐぅっ……はぅぅっっ……ぐすっ……ぁぁぁ……ぐすっ……ぅぅぅ……」
 遼くんは泣いていた。
 お猿さんみたいにお尻を真っ赤に腫れあがらせて、女の子みたいに泣いていた。
 ボクはといえば、
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、……」
 ジャスト20発のスパンキングで、肩で息をしていた。
 でも、息が荒いのは、何も疲れたからというだけじゃない。
 この程度の運動量でバテてるようじゃ、高一にして運動部の助っ人稼業は勤まらない。
 その証拠に、さんざん酷使したはずの肩も肘も掌も、ほとんど疲れを感じていない。
 分かってる。
 ボクには分かってる。
 ボクの鼓動が収まらないのは、遼くんのせいだ。
 余りの痛さに頬を泣き腫らし、更にそれ以上に腫れ上がったお尻をさらして、おしめスタイルのまま動く事も出来ない、そんな姿の遼くん。

―きれいだ。
 心底からそう思う。
 もう、“可愛い”なんて言葉じゃ、語り尽くせない。
 勿論、“可愛い”という言葉を、その本来の意味である『自分より下の立場の者への外面的、または内面的賞賛』という意味で使用するなら、ボクにとって遼くん以上に可愛い存在なんて、この世にありはしない。
 でも、今の遼くんが発する輝きは、ただひたすらに“美しい”と呼ぶに相応しい光に溢れていたんだ。まるで、あの頃のお母さんにお尻を叩かれていたあの日のように。
 そして、その時になってボクはようやく理解したんだ。
 あの日、ボクに“美”を感じさせたのは、二人じゃない。
 美しかったのは、あくまで遼くんだけだったんだ。
 彼のお母さんは、確かに綺麗な人だったけど、ボクは彼女に対しては、羨望か、或いは嫉妬しか感じてなかったんだ。
―美しいまでにブザマ。
―ブザマなまでに美しい。
 それこそが、遼くんの本質だったんだ。
 ボクが遼くんを選んだのは、間違っちゃいなかったんだ!


446:やや地獄な彼女(しずちゃん編)
07/02/12 19:35:52 XHoiV0ZG

 やっと終わったお尻叩き20発。
 しかし、その激痛はむしろ収まる事無く、彼の神経になおも虫歯のように痛みを響かせる。
 幼少時から十数年ぶりに味わう痛覚を、母親ならぬ、その幼少時からの付き合いである幼馴染みに与えられる屈辱。
 ガチガチに拘束され、羞恥と苦痛に身を捩じらせながらも、流れる涙を拭う事すら出来ない。そんな無力な今の自分。
 でも、ようやく終わったお尻叩きに思わずホッとし、潤んだその瞳で、上目遣いにボクの様子をうかがう卑屈さ。
 そして何より、股間で蠢くオナホールとアナルから伸びたローターのコードという淫らな小道具からもたらされる快感に、なおも抗う事が出来ない、だらしない肉体。

 そう、今の遼くんの心境は、もう現実と自分自身への絶望で、何も考えられないに違いない。
 いいよ、遼くん。
 何も気にしないで、いくらでも泣いていいんだ。
 もっともっと、ボクがキミを壊してあげる。
 ボクがいなくちゃ生きていけない、本当の赤ちゃんにしてあげる。
 自分一人じゃ何も出来ない、何も決められない、そんな遼くんにしてあげる。
 だって、コレは全部、そのための躾なんだからね。
 キミを、ボクだけのお人形さんにするための、躾……。
 んふふふふ……。

「!!」
 あっ!
 まただ……。
 アソコには指一本触れてないのに、遼くんの顔を見てるだけで、またイっちゃった……んふふふふ……。
 

447:やや地獄な彼女(しずちゃん編)
07/02/12 19:39:29 XHoiV0ZG
え~、長くなってすいませんが、未だに初日の最中です。
次回は、しずちゃん編初日の後編です。

この分だと、完結はいつになるやらですが、どうか怒らずにお付き合い願います。

448:やや地獄な彼女(しずちゃん編)
07/02/12 20:03:55 XHoiV0ZG
お詫びしつつ、訂正(?)

はい、読み直して気付きましたが、
柴リョウ君、外されてないはずのアイマスクが、いつの間にか外されてますね。
そこんところは、その、何だ、恥ずかしながら、読者諸兄の脳内補完でフォローしてやってください。
多分、iポッドのイヤホンのちょい後くらいに外されたとか、そんな感じです。

次回からは、こういうブザマは一切無しにするよう気をつけます。


449:名無しさん@ピンキー
07/02/12 20:05:40 2ExGWx1x
>>399
待ってましたwww智の状態も気になるがそれより藍香がどんな状況にあるのか想像するだけでwktk
メイドや徒花にも期待してますw

450:名無しさん@ピンキー
07/02/12 20:44:12 dJAJczQi
GJ!

しっ、柴リョウ……
こればっかりは、あまり羨ましくない……(´;ω;`)

451:名無しさん@ピンキー
07/02/12 21:04:10 T+uQkUaN
悲しいまでにGJ・・・。

遼くん救われないよこれ!


452:名無しさん@ピンキー
07/02/12 21:05:05 0uJvl3Ti
「侮るな。あの程度の嫉妬、飲み干せなくて何が英雄か。
 この世全ての修羅場? は、我を染めたければその三倍は持ってこいというのだ。
 よいかスレ住人たちよ。修羅場とはな、己が視界に入る全ての人間を背負うもの。
 ――この世の全てなぞ、とうの昔に背負っている」


453:名無しさん@ピンキー
07/02/12 21:06:25 YJ0sg9qM
ハイハイ、月厨乙。

454:名無しさん@ピンキー
07/02/12 21:12:21 Tssy3gCK
>>453
そういうレスすると空気悪くなるかわ次から気をつけてくれ

455:名無しさん@ピンキー
07/02/12 21:13:33 0Na19PY6
柴リョウが堕ちていく……しずちゃんドSだな

456:名無しさん@ピンキー
07/02/12 21:18:17 RTqafo7e
>>448
てか主人公の名前が・・・・w
話は文句なしオモロイけど

457:名無しさん@ピンキー
07/02/12 21:34:30 T0cKbyOi
>>448
やるなぁ。ドM主人公&ドSヒロインを作るために、ちゃんと原体験を組み込んであるんだね。
テンプレ的ではない惚れられ方がすごくいいと思います。

458:『俺と君のお別れ』 ◆jSNxKO6uRM
07/02/12 22:01:45 KAiCGF0L
投下します

459:『俺と君のお別れ』 ◆jSNxKO6uRM
07/02/12 22:03:13 KAiCGF0L
「はぁ……くっそ!」
 新聞の記事と碧さんから言われたことが気になり、なかなか寝付けず、夜中の河原を歩いていた。寝れないということもあるが、今はとにかく葵を見つけたかったのだ。
 葵だったら、事故の時の事を知ってるかもしれない。だが、人のいない街中をさがしてみたが、全然見当たらない。
 他に探していないところと言えば……
「学校、か?」
 そこ以外に思い付くところはない。まだ時間に余裕はあるし、ここからも遠くはない。鍵は……仕方ない、いざとなれば不法侵入だ。
 それから走って学園まで行く。夜の学校は不気味だと言うが、この学園は更に恐ろしく見える。やたらと広いからだろうか。
 運良くトイレの小窓が開いていたため、そこから侵入……かなり罪悪感が募るが、気にしちゃいられない。不思議と、ここに来たら葵がいるような気がしてきた。
 どこにいるかはわからないが、教室を片っ端から探すしかない。
 まずは一階……
「いないか。」
 次に二階……
「ここも違う。」
 そして三階……
「ここにも居ないとなると……残るは。屋上か。」


460:『俺と君のお別れ』 ◆jSNxKO6uRM
07/02/12 22:04:22 KAiCGF0L
 屋上への階段を上り、ドアの前に立つ。風が強いのか、鉄のドアがゴウゴウと音をたて、隙間から冷たい風が入ってくる。……しかしその風に首をなでられると、不思議と冷汗が出る。この先に、葵がいる。
ガコン
 風圧によって重くなったドアを開けると、一気に風が吹き込んでくる。そのドアを押し開けた先に……
「葵……」
 懐かしく、愛しい姿があった。葵はネット越しに街を見て、こっちに背を向けていた。その表情はこちらからは読み取れないが……
「ぐ……」
 恐ろしいほどのプレッシャーワ感じていた。葵の方から流れて来る風に触れるだけで、体が動かなかった。
「遅い、ですよ。」
 そう葵が言いながら、ゆっくりとこっちに振り向く。その声は、機嫌が良さそうだったが……
「私がいない間、随分と楽しんでたようですね。」
 顔は全然笑ってなかった。無表情のまま目がすわっているのがまた怖かった。そして葵の後ろの風に黒みが増す。その『黒』が俺の体にまとわりつく。
「うく、ぁっ…は……」
「自分のこっ、恋人の母親に手を出すなんてぇ……どんなに鬼畜なんですかっ!?」

461:『俺と君のお別れ』 ◆jSNxKO6uRM
07/02/12 22:07:54 KAiCGF0L
「ぐぅ…あ……」
 葵が近付くにつれ、体に重みが増す。まるで操られているかのように、自由に動かせない。脳では逃げなきゃいけないと命令しているのに、全く動けない。
「そんな変態さんには……お仕置です!!」
 目の前の葵が妖しく微笑み、手を俺の頬に添えた瞬間、意識は暗闇へと落ちていった……









「んぐ……んむ?」
 目が覚めると、まず最初に目に入ったのはモップだった。口には何かが詰められており、息をするのが精一杯だった。手足は後ろで何かと縛られているらしい。手で触ると、なにかパイプのようなものだ。
 ぼやけた頭を振ると、視界がクリアになる。モップの他にもバケツや雑巾が見える。他にも床はタイルか。
「これは?水道?」

 右手側には水道とそこにつながる水道管が見える。どうやら俺の手はその水道管に縛り付けられているらしい。無理やり千切ろうと思ったが、まだ体に力が入らない。
「どうなってんだよ……」
 察するに、ここはトイレの用具入れだろう。俺をこんなことにした張本人……葵は……
「おはようございます、晴也さん、それでは、はじめましょう……」
 俺の、中にいた。

462:『俺と君のお別れ』 ◆jSNxKO6uRM
07/02/12 22:11:36 KAiCGF0L
以上です。晴也、逃げられず。

463:名無しさん@ピンキー
07/02/12 22:23:51 wb7eVu3g
もはや弁明の余地なし。葵っち。タマとったれや。

464:名無しさん@ピンキー
07/02/12 22:34:38 iuEvbc74
>>462
GJ~!
春也…これから(´・ω・`)カワイソス

465:名無しさん@ピンキー
07/02/12 22:35:23 wHhwpNef
>俺の、中にいた

アッー!

466:ぶらっでぃ☆まりぃ ◆XAsJoDwS3o
07/02/13 03:31:05 N/H7ztqX

  『彼の理由、彼女の起点(前編)』


「どうぞ、たんとお召し上がりください」
 シャロンちゃんが料理を盛大に盛った皿を俺の前に置いた。

「え…と、あはは……ありがとう…」
 常識を上回るその物量にどう返答すれば良いのか困ってしまい、とりあえず苦笑しながら謝辞だけ告げる。

「おいおい!シャロンちゃん!またウィルだけエコ贔屓かよ!その量は幾らなんでも差がありすぎだろ?」
 同僚の非難の声―いや、冷やかしとしての意味合いの方が強いか―には目もくれず、
他の皆とは明らかの量の違う皿を俺の前に置いて去って行った。

……食べられるかな、こんな量。
 大量に盛られた料理に、少しだけ胃が軋んだ。



 新米の騎士だけを集めた訓練部隊。ここに配属されてどれくらい過ぎただろう。
とかく毎日が訓練、訓練の日々で皆の疲労もたまり気味だ。
 食事の時間は数少ない心休まる時間。このときだけは皆の表情も柔らかだ。貴重な憩いの時間をそれぞれ楽しんでいる。
もっとも俺にとって訓練が厳しいのは寧ろ有難いくらいで、自分の技が日に日に磨かれているのがつぶさに感じ取れた。
一人でも多く隣国の奴らを殺せるのならこれくらいの苦労、なんでもない。
 ただ、ひとつ欲を言えば現在戦況は睨み合いを続けている状態で、戦闘が殆ど起こっていないのは少し心配だ。
もちろん、戦いがないのは犠牲者が出ないということなのでそれ自体はいいことなのだが。
ただ……このまま奴らとの戦争がうやむやになって休戦する、なんてのはご免こうむりたいのだ。
あの虐殺事件の責を不問にして和解などしようものなら、この国の王も殺してやる。
それくらいの腹積もりだ。
 ……と。このところ、どうも思考が暗い方向に行きがちだ。自重しないと。



「そういや、そろそろだな」
 山盛りの料理と格闘していると、不意に隣の同僚が話しを切り出した。
さっき俺たちを冷やかしていた騎士――エリオット=ジュダスだ。

「あーっと……いつ発表だったっけ?」

……なんの話かと思えば。
そうか。もうすぐ俺たちも正式にそれぞれの部隊に配属される。
その配属先を、近々ラモラック部隊長が発表することになっていた。
きっとその事を言っているんだろう。

467:ぶらっでぃ☆まりぃ ◆XAsJoDwS3o
07/02/13 03:31:46 N/H7ztqX

「確か……この週末だった、かな?」

「あぁ、そうか。そういえば隊長がそんなこと言ってたっけか。
にしても配属先はどこになるんだろうな……。ウィル、お前はどこ志望よ?」

「んー、別に何処だっていいよ。前線に出してもらえるなら」

「……。お前、夢もなんもないのな…」
 呆れが混じった声を上げるその同僚。
実際、何処だっていい。俺が騎士になろうと決めたのも、傭兵をやってるよりは重要な配置で戦えると思ったからだ。
俺は騎士の名誉も、団員に支給される安定した給与も興味ない。大切なのはどれだけ苛烈な戦場で戦えるか……その一点のみだ。
敵兵を一人でも多く殺せる場所なら何処だって構わない。

「うるさいな~。じゃあ、何処がいいんだよ?」
 あまりそのあたりを深く突っ込まれたくなかったので、今度はこちらから話を振った。
「んなの決まってるだろ。あの戦姫が隊長やってる、第零遊撃隊よ!」
 ビシッと俺を指差しながらはっきり告げた。……ってかなんで自慢げなんだ。
「少数精鋭、一般兵が所属できない騎士のみの部隊で、数々の伝説を打ち立てた国内最強の集団!
それに騎士なら一度は戦姫と一緒に戦ってみたいだろ!」
 高らかに宣言しているエリオットに苦笑しながら。
「まぁ、確かに戦姫が本当に噂どおりの強さか見てみたい気はするけど」
 俺はスプーンから今日のメニューであるオートミールを口に含み、よく味わった。

「そうだろ~、そうだろ~。やっぱ騎士なら一度は会ってみたいよな。そして騎士以前に男なら戦姫が美人なのかどうかも知りたい。
嗚呼…、美人なら是非顎でこき使われたいもんだ……」
 人が夕飯を楽しんでる横で、何やら良からぬ妄想を始めた。
……戦姫が噂どおりの人間なら美人なわけないだろ。砦の門を素手で開けるとか言われてるんだぞ?
それが真実なら戦姫は大女に決まってる。目の前のこの夕食を賭けたっていい。
 同僚の夢を壊したくはなかったので、その言葉を口にするような無粋なマネはしなかったけど。

「あ、テメ、信用してねーな!言っとくけどな、俺の知り合いが戦姫を見たって聞いたんだぞ!
すっげ可愛いって言ってたんだからな!本当だぞ!マジで!」
 口に出さなくとも顔には出ていたらしい。
俺が呆れているのに気付いたエリオットは、戦姫が幼顔で綺麗な銀髪の少女だと説いて聞かせた。
『知り合いが戦姫を見たって聞いた』―つまりは知り合いが聞いたことを更にまた聞きした話なのだろう。イマイチ信用ならない。
とりあえず確実なのは、こんな身近なところにも戦姫を崇拝している者がいたということだけだ。

「わかった、わかったから……」
 捲くし立てる同僚を落ち着けようと彼の皿に少しだけ料理を移してやる。

468:ぶらっでぃ☆まりぃ ◆XAsJoDwS3o
07/02/13 03:32:31 N/H7ztqX

 アリマテア王国騎士団第零遊撃部隊の隊長、マリィ=トレイクネル。
戦争が始まってすぐ、噂になった女性騎士だ。勇猛果敢な戦い振り、敵を全く寄せ付けないその強さは国内でも有名だ。
傭兵だった頃も何度か噂を聞いたが、騎士になって城内を歩いていると彼女の話をよく耳にする機会が増えた。
 だが、第零遊撃部隊は戦場をあちこち転々としているので、実際に戦姫の姿を見た者は少ない。
一月前のフォルン平野の戦いに戦姫が参加していたらしいのだが、俺が彼女に出会うことはなかった。
後で噂を聞くと、相変わらずその戦いでも笑ってしまうくらいの活躍ぶりを見せていたそうだが。
 なんでも彼女の太刀を受け止めることができた者は只の一人もいないらしい。
いくらなんでもそれは眉唾だと思うが……逆に言えばそんな噂が出るくらい強いということなんだろう。
もし会う機会があったなら、どうすればそこまで強くなれるのか是非訊いてみたいものだ。

 そういえば。戦姫の血筋であるトレイクネル家はトリスタン家と双璧を成す騎士の名家だったな。
もしかしてマリカなら戦姫に会ったことがあるんじゃないか?

「なぁ、マリカ」
 向かいに座っていたマリカに声を掛けた。

「……なんだ?」
……うひっ。なぜかすごい形相で睨まれた。
理由は不明だが今日はすこぶる機嫌が悪いらしい。
出しかけた質問を引っ込めようか迷ったが、このまま何も言わなかったとしてもマリカは更にヘソを曲げるだろう。
一瞬の逡巡ののち、結局マリカに尋ねることにした。

「い、いや。戦姫ってトレイクネル家の出身だろ?マリカなら会ったことあるんじゃないか?」

「知らん」
 にべもない。たった三文字の返事で彼女との会話は終了した。
本当に機嫌が悪いらしい。なんでだろう?
どうにか機嫌を直してもらえないかと頭を捻った挙句。

「マ、マリカはどうなんだ?配属先にどこか志望なんてある?」

 話題を変えるのが精一杯だった。
だが、思ったよりその効果は覿面だったようで。
彼女の表情から不機嫌さが消え、こちらを見つめている。

「わたしに志望先など、ない」
 俺の質問が何かマズかったのか。
スプーンを持っていた手の動きが止まり、今度は自嘲ぎみに笑った。
「わたしの意志がどうだろうと配属先はとうに決まっている。……第一近衛部隊だ」

「凄いじゃないか、近衛隊ってエリート中のエリートがいくところだろ?」
 やはりどの国でも一番の花形と言えば近衛隊だ。
第零遊撃隊も精鋭と言えば精鋭だが、身分や所属騎士の性格、諸々の問題を無視した強さだけに特化した急造の部隊。
一方で近衛部隊は騎士としての忠義心や気高さも必要だと言われている。俺では背伸びしても届かないような部隊だ。


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