【涼宮ハルヒ】谷川流 the 36章【学校を出よう!】 at EROPARO
【涼宮ハルヒ】谷川流 the 36章【学校を出よう!】 - 暇つぶし2ch616:ハルヒの野望・戦国群雄伝13
07/01/20 15:14:45 lz41R17u
俺はコーヒーを胃に流し込み、あたりまえだ、と一言返した。
「どうやら、悩んでいるようようですね。僕はもうあなたは誘う相手を決めているものだと
思っていましたが?」
まだ決まっちゃいないよ。ところでお前は何をしに来たんだ?
「いえいえ、僕はあなたにきっかけを与えて差し上げようと思いましてね」
なんのことだ?というと、古泉はやや改まった様子で口を開いた。


「ところで、あなたは、朝比奈さんやミヨキチさんと以前デートをしましたね?」
何を藪から棒に。
……あれがデートだったとは思わないが、確かに一緒に出かけはした。
「それに、長門さんとも図書館デートをしているそうですね?」
なぜお前が知っている、っておい、みんな誤解だ。俺は誰ともデートをしたつもりはないぜ。
「ですが、そう思わない方もいるようで。彼女はそのことをなにやらうらやましく思い、あ
なたと二人きりで出かけてみたいと思いつつも、だからといって素直にあなたを誘うことも
できない。そんな彼女にとって、今回のイベントはまさにうってつけ、渡りに船だったわけ
です。彼女が優勝の暁には、なんだかんだと理由をつけて、あなたを誘うつもりだったので
しょう。ただ、残念ながら、彼女の思い通りの結果にはなりませんでしたが……」

……馬鹿な奴だよ。
古泉が名前を出さずとも、それが誰であるのか、俺にはわかってしまっていた。だが、誰だ
かは言わないでおく。
それで、お前は何が言いたいんだ?
と俺が言うと、古泉はかぶりを振りつつ、
「いえ、これ以上は何も。ただ、ここまで聞いてしまうと、あなたとしては動かざるを得ないでしょう」
と言い、ベンチから立ち上がると、古泉は校門へと向かった。しかし、歩みの途中で振り返
ると、
「ああ、そう言えば、彼女はまだ部室にいるはずですよ。春休みにおけるSOS団の活動を検
討すると言っていましたからね」
とだけ言い残して、再び歩き出した。

古泉が去った後、少し躊躇したが、意を決して俺も立ち上がり、いったん背伸びをすると、
部室に向かって足を進めた。

俺がSOS団の部室のドアを突然開けると、そこにいたハルヒがあわてて何かを隠した。
まあ、それはいいんだが。
「キョン、やけに遅かったのね。あんたが遅いからみんな帰っちゃったわよ。残念ねえ、み
くるちゃんも有希もいなくて」
ハルヒはアヒル口をしながらそううそぶいた。
いや、いいのさ。ハルヒ、お前に用があるんだ。
「……あたしに?な、なんなの?さっさと言いなさいよ。どうせろくでもないことなんで
しょうけど」
やや動揺したが、あわてて体裁を取り繕うように、意味もなく胸を反らせ、俺をにらみつけた。
「……お前がくれた映画のチケットだけどな、あれ上映が来週の金曜日までしかないじゃね
えか。と言うことは、今週の土日のどっちかに行くしかないんだよ」
「そうだっけ?じゃあ、明日にでもみくるちゃんか有希を誘えばいいじゃない?」
「二人とも週末は予定があるそうだぜ」
もちろん、これは俺のハッタリだ。
「なら、古泉君でも誘えばいいじゃない」
なぜ、そっちにいく?

617:ハルヒの野望・戦国群雄伝14
07/01/20 15:15:20 lz41R17u
「だから、俺が言いたいのはだな……こんなチケットを提供した、お前が責任をとれと言って
いるんだ」
とうとう言ってしまった。すると、ハルヒの頬にわずかに朱が差し、
「バッ……そ、そう?本当に、相手のいない男はしょうがないわね。……わかったわ、しょ
うがないから、あんたがどうしてもって言うんなら、つきあってあげなくもないわよ」
そうかい、ありがとよ。
「か、感謝しなさいよね。それと、当日1秒でも待ち合わせに遅れたら、全部あんたのおご
りだからね」
ハルヒは俺でさえ惹きつけてしまいそうな、とびきりの笑顔を見せて言った。

当日、わざと遅れていくか。そうすりゃ、『遅いわよ、キョン。約束通り、今日は全部あんた
におごってもらうからね』などと、嬉しそうに言うのだろうな。などと、ハルヒの笑顔を眺
めながら、俺は不覚にもそんなことを考えてしまった。



ああ、それと部長氏のことだが、あのイベントの後、勇者部長氏は朝比奈さんに告白し、見事
玉砕、名誉の戦死を遂げたと言うことだ。
合掌


終わり

618:名無しさん@ピンキー
07/01/20 15:18:35 lz41R17u
以上です。
デート編が書ければ、エロまで到達できそうですが、
今回の展開ではエロ無しとなってしまいました。

619:名無しさん@ピンキー
07/01/20 15:22:46 ISUtYhzv
乙。面白かったよ
歴史や時代等、書き手によっては深く描写したがるマニアックな要素をあっさり目に味付けしたのは良かったと思う

620:名無しさん@ピンキー
07/01/20 15:25:23 KkgyEhkB
GJ!
次は烈風伝(デート編)、その次は天下創世(エロ)くらいで書いてくれたら嬉しい

621:名無しさん@ピンキー
07/01/20 19:02:47 Slj+5i0x
復活sage

622:名無しさん@ピンキー
07/01/20 19:04:46 kxvkA6EW
何が起こったんだ。2chも止まってたらしいが。

623:名無しさん@ピンキー
07/01/20 19:05:20 BCkjFtS5
>>620
随分壮大なエロをイメージしてしまったw

624:名無しさん@ピンキー
07/01/20 19:05:21 cBYwkEkW
鯖側の電源トラブルらすぃ

625:名無しさん@ピンキー
07/01/20 19:21:04 XUgkHQxS
>>618 GJ!
あぶねーあぶねー。これで書きかけの部長×ハルヒを無駄にせんで済む

626:620
07/01/20 19:25:00 KkgyEhkB
さっき信長の野望天下創世でハルヒ達を武将エディットで作ってプレイしてたが・・・
ハルヒ達(特にハルヒと長門)が強すぎてゲームバランス崩れたwww
しかもハルヒを大名にしたらゲームの仕様で苗字が赤松になるし・・・

627:名無しさん@ピンキー
07/01/20 19:24:59 XUgkHQxS
ごめんsage忘れ

628:名無しさん@ピンキー
07/01/20 19:50:56 G6slRdzk
>>624
嘘付くな。

629:名無しさん@ピンキー
07/01/20 20:34:25 W3pFAIPp
このSS読んで、ちょっと信長の野望をやってみたくなった。
将棋弱いからすぐ負けると思うが。

630:名無しさん@ピンキー
07/01/20 21:26:31 rT9WZqgt
>>628
URLリンク(219.166.251.40)

631:620
07/01/20 21:36:57 KkgyEhkB
>>629
烈風伝なら2000円くらいで出来るし、システムもはっきりしてるからお勧めだな

632:名無しさん@ピンキー
07/01/20 23:36:28 h4rBEwJk
なかなか戦国モノってのはワクワクするな

633:名無しさん@ピンキー
07/01/21 00:58:43 moI4PwZE
>>618
うい。面白かった。
ゲーム場面も個性を出しながらそれでいて簡潔にまとめられてるし。
これでハルヒがありきたりなツンデレみたいにどもらなかったら最高だったんだが…

634:名無しさん@ピンキー
07/01/21 01:16:43 FBovTWsL
そういや、なんでハルヒはキョンをキョンと呼んでるんだっけ?
コンピ研からPC奪い取ったときからだよな。

635:名無しさん@ピンキー
07/01/21 01:45:24 b1SFPaBJ
なんでって、そりゃ、キョンはキョンであってキョン以外の何物でもないからだろう。

636:名無しさん@ピンキー
07/01/21 02:19:08 e4M5VW2v
時期を聞いてるんだったら、最初からだろう。
谷口や国木田がキョンキョン言ってるからな。
ハルヒの口からはじめて出たのは、確か古泉が転校してきたくらいだったとオモ

637:名無しさん@ピンキー
07/01/21 04:26:53 FBovTWsL
ハルヒ―「キョン」→キョン :PC強奪のためコンピ研部長を脅す際の2度目のシャッターチャンス
 キョンがまったく驚いてないところを見ると、かなり前から「キョン」呼ばわりだったらしい
みくる―「キョンくん」→キョン :上の翌日か翌々日のバニービラ配り事件の直後
 みくるが渾名を知っていた理由はともかく、キョンはそれほど驚いていないので、ハルヒは部室内でキョンキョン言っていたらしい
キョン―「ハルヒ」→ハルヒ :言わずと知れた初の閉鎖空間内で。現実ではその翌日
 記念すべき出来事だが、ハルヒはまったく驚いていないため、キョンは以前から「涼宮」と「ハルヒ」を使い分けていたのかもしれない
 または、ハルヒの力で「言わされた」のか

ここでふとネタが湧いた。

638:名無しさん@ピンキー
07/01/21 05:11:53 UAO/yTjs
>>637
期待

639:名無しさん@ピンキー
07/01/21 08:29:54 /71vjvc2
女の子を1stネームで呼ぶってことは好意があるってことだろ。
興味の無いやつには呼ばないからな。

640:16-674
07/01/21 12:01:53 ecO3siDS
ダイジェスト電波受信した。「涼宮ハルヒと憂鬱」


「力」に自覚のあるハルヒ。高校入学、自己紹介は至って普通。
閉鎖空間は意図的に封印。この辺は古泉曰く「常識的」な観点が働いたから自重している。
力の使い道に困り、常々退屈している。

校内にいる監視派遣員、つまり宇宙人と未来人と超能力者の存在にも気付いている。
キョン、朝倉と適度に仲良し。ふとした理由(原作と同じ「その髪型は宇宙人対策か?」)でハルヒと話す。
ハルヒは無能力なのに「こちら」を意図せず見抜いたキョンに興味を持つ。でも髪はばっさり切った。

近くにいる口実を作る為にSOS団を結成、メンバーを拉致。(古泉は展開の都合上最初から入学していた、で)
面子は原作と変わらず。お互い正体を明かし合う。他メンバーの望みは大よそ「現状維持及び事態の解明」となる。
協力を交換条件に団参加を要求するハルヒ。
実際問題、ハルヒが持つ絶対的な能力はそれらの条件を飲んだ上でも揺るがないほどに強固である。

キョンのみ様子を見るべく蚊帳の外状態。含んだところを持つ4人+鈍感1人の団が誕生。

休日、不思議探検と称したキョン観察一日目開始。午前朝比奈さん・古泉班、午後ハルヒ・長門班と行動するキョン。
好印象。しかし午前は古泉が、午後は長門が熱狂し暴走。鎮圧を計るため合流した午前組も巻き込みヒートアップ。

朝倉、急進派の思惑と、朝倉の個人的な興味もあって接触を図る。キョン、教室にやって来る。
なんとなく気に入らない4人により襲撃。ここで始めてキョンは4人(と朝倉)の正体を知る。
原作通りキョンを殺そうとした訳ではなかったので、(涼宮ハルヒ直々の)厳重注意でその場は静まった。

翌日。部室に行くと朝比奈さん(大)がいた。「私と仲良くしてください」何を言っているんだろうこの人は。

夜。良く分からないけどイライラしているハルヒが閉鎖空間解禁、キョンを拉致。ストレス発散に神人に追いかけられる。
古泉出現。助けてくれると思いきや彼もハルヒと同じ思惑の様子。事態は秒単位で悪化していく。
部室に逃げ込むキョン。PCを見ると長門と朝倉と朝比奈さんが喧嘩していた。迷わず電源を引き抜く。

まだ自分の気持ちに上手く整理がつかないハルヒ。好きなんかじゃない、興味があるだけ、でも構ってほしい。
やれやれと苦笑いしながらハルヒに仕方なくキスしてやるキョン。今日のところは、これで勘弁してくれ。
恥ずかしい上になんか悪い気がしないハルヒは逆上してキョンを閉鎖空間から叩き出す。そして、なんとか平和になった。

翌日。長門にキスをせがまれた。朝比奈さんにもせがまれた。朝倉はおろか古泉すら同様だ。
抵抗を試みるものの、次々に唇を奪われていく。最後に古泉のどアップが見えた辺りで、キョンの意識は途切れる。

ハルヒの怒鳴り声を聞きながら、次の不思議探検はサボろうと硬く誓うキョンであった。



基本的にシリアス少な目のギャグ調
ハルヒの能力が解明された時点で機関やら宇宙人やらが転覆を謀るとかそういうのは出来ないように。みんな仲良く
実際、憂鬱段階ではこの設定は面白くない気がする。退屈での映画撮影とかそういう時にこのネタは最大限活用される訳で
俺はダイジェストで力尽きたから後は書き逃げ。誰か拾ってくれたら嬉しいけど萌えないゴミもとい燃えないゴミかもしれない

641:有希っ子
07/01/21 13:04:25 zfQYpRvP
SS出来たので投下させていただきます
初投下なので不手際が有ったらすみません

642:有希っ子
07/01/21 13:07:36 zfQYpRvP
長すぎる行とかがあって書き込めなかったので
直してから書き込みます

出直してきます、、グスン

643:有希っ子
07/01/21 13:10:17 zfQYpRvP
  題名  ホワイトデー大作戦

やっぱり投下SSは読みやすくなくっちゃいかん。最近の流行してる『山場の描写→俺の説明回想→時間軸を今に戻そう』のコンボは原作だから面白いわけであって、んなもん投下されても読みにくいだけである。
その上、そのせいで俺に妄想癖があると思われるのはまったく迷惑な話である。
てことで説明から入る、今日は3月11日の日曜日だ。


朝、いつもの休日と同じく妹の襲来によって目を覚ました俺は、シャミセンを餌に妹を追っ払うことに成功した。普段なら朝飯のテーブル前まで強制連行されるのだが、昨日の昼から今日の夜にかけて親が親戚の所に出かけているため、朝飯が無いのが理由だろう。
2度寝という至上の快楽を久方ぶりに貪ろうと枕を抱えなおしたところで、何でだろうねまったく、こうもいいタイミングで携帯が鳴るとは。
どうせまたハルヒだろう、と思って相手を見ると意外なことにそれは古泉からの電話だった。
「どうもおはようございます、突然ですがお暇でしたら今日の昼にでも付き合っていただけませんか?少々相談したいことがありまして」
全力でお断りだ。何が悲しくて休日に男とデートせにゃならんのだ。それに昨日確かハルヒから聞かなかったか?俺はこの土日、両親が出かけるから妹の面倒を見るため家に居なきゃいかんことを。
「ええ存じ上げております。涼宮さんもあなたが居ないとつまらないらしく、昨日の不思議探索も昼過ぎには切り上げてしまいましたから。今日に至っては自由行動です」
だったらなんで電話してきたんだ?ちなみに俺は今安眠を妨害されて不機嫌まっさかりだぞ。
「それはそれは失礼しました、もう10時になるのでさすがに起きてらっしゃると思ったのですが。妹さんのことも分かってはいますが、今日を置いていい機会があるとは限りませんから」
「まあいい、で、用件はなんだ?妹のお守りを置いてまで休日にお前とデートせにゃならん理由があるのか?」
「僕のほうでも色々考えてはいるのですが、ここはやはり二人で協力した方がいいと思いまして。特に涼宮さんはあなたの出方に期待しているはずです。僕も個人的に興味があるところです。予め教えていただければ機関の方でも最大限サポートする手はずも整っていますので」
いったい何の話だ?相変わらずお前の話はさっぱりわからんぞ?
「とぼけてらっしゃるのですか?それとも本当に忘れているのですか?前回はもらう立場だったので忘れていても問題は無い、というより忘れていた方が良かったと思いますが、今回はさすがにまずいと思いますよ?」
だから何の話だ、はっきり言ってくれ、3行以内で頼む。
「では単刀直入に申しましょう。ホワイトデーはどうしますか?」
………俺がそれを完全に忘れていたことと、無理やり思い出さされてマリアナ海溝のどん底並みの気分に叩き落されたのはまさにneedless to sayってやつだ。



644:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:17:30 zfQYpRvP
「どうもこんにちは突然お呼び立てしてすみませんでした」
ああ、まったくだ。しかも海のそこに叩き落すおまけ付でな。もしかして機関とやらは人をコンクリで固めて海の底に沈めるのが得意なのか?
まったくすまなそうにしていない古泉のさわやかスマイルをじと目でにらみつつ俺は適当に返した。
古泉の話によると今日はSOS団全員がフリーということらしいので、俺と古泉は今やSOS団のアジトパート2と化している喫茶店に入った。軽く昼食を取りながらの相談というわけだ。
相手がSOS団専属メイド、麗しの朝比奈さんなら心躍りつつ回りからのチクチクささる視線を堪能するところだが、相手が古泉では俺の心も冬の寒空に放り出された動物園のワニのごとく、踊りだすどころか微動だにしないというものだ。
「さてどうしましょうか?バレンタインであれだけ大掛かりなことを涼宮さんにしてもらった以上、ただチョコを渡すというわけにはいきません。
先ほども申し上げた通り僕のほうでも作戦は練ってありますが、僕の場合ですとどうしてもミステリー的な展開になってしまいまして、孤島の時から3度目となると涼宮さんもそろそろ飽きが来るころでしょう。
それに涼宮さんはあなたからのサプライズを何よりも期待しています。ここはどうでしょう、あなたが何か涼宮さんを喜ばせるような作戦を立てていただいて、僕と機関がサポートするという形で出来ないでしょうか?」
「わかったわかった、そこまで言われんでもなんか奇人変人的な渡し方をせにゃならんということぐらい俺にだってわかってる。しかしだな、いったいどうすりゃハルヒが満足するかなんて俺に分かるわけ無いだろ?
バレンタインはチョコをもらえるかもらえないかで悶々とするからこそもらえた時の感動も一塩なわけで、最初からもらえると分かっている奴を驚かせるなんて至難の業だ」
「でしたら僭越ながら僕にいいアイディアがありますよ」
古泉はいつになく下世話なニヤケ顔を浮かべると、こんなことを言い出しやがった
「あなたが朝一番にこう言って渡せばいいんですよ『これが俺の本命だ、だから誰よりも早くお前に、二人っきりで渡したかった』とね。
そうすればその日一日どころかしばらくは涼宮さんの精神が安定すること間違いなし。チョコの面白い渡し方を考える必要も無く、僕がアルバイトに呼び出されることも無くなるでしょう。
まさに一石二鳥、いいアイディアだと思いませんか?」
「却下だ」
そんなことをしたら後々どんなひどい目にあうかは火を見るより明らかだ。大体なんで俺がそこまでせにゃならんのだ。たかがホワイトデーのために人生を棒に振る気は毛頭どころかカーボンナノチューブの先っぽほどもない。
「そうおっしゃると思っていましたよ。」
分かってるなら言うな。
「ではこの作戦を実行する必要が無くなる様にいい方法を考えておいてくださいね。最悪の場合僕の考えた方法で仕方ないですが、後々がもっと大変になると思いますので」
そう言って古泉は伝票を手に取った。いつもおごって頂いてますから、それに呼び出したのは僕の方ですしと言いながら2人分の料金をレジのお姉さんに渡している。
古泉にしては殊勝な心がけである。が、今の俺にはそんな古泉を感心してやる心の余裕などは無いわけであり。
まったくハルヒめ、ホワイトデーにここまで苦しめられるチョコを渡すとは、あれはもしや不幸の手紙ならぬ不幸のチョコか?などと下らん現実逃避を開始した。もらった時はうれしかったけどな。


645:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:18:38 zfQYpRvP
そうそういいアイディアなど思いつくはずも無く、ただだらだらと月曜の朝が来る。いつも通り殺人的な坂をいつになくどんよりした気分で登り、やっとのことで教室にたどり着くとハルヒが頬杖をつきながら外を見ている姿が目に入った。
珍しくツインテールだな、そういえば最近こいつはまた髪を伸ばしている。いつぞやの中途半端なポニーテールとは違い、ちゃんと頭の両側できれいにまとまっているツインテールである。そういえば先週の金曜もみょうちくりんな髪型だったなこいつ。
そうまるで宇宙人対策してた時のような………。
そこで俺はハッとなった。思い出して数えてみると金曜のハルヒの髪の結びは5つ、今は2つ、おそらく土曜は4で日曜は3だろう。そして明日は1つ、明後日は………ホワイトデーだ。
こいつ、カウントダウンしてやがる!俺は絶望の鍋のどん底から底が抜けてさらに落とされていく気分になった。いったいどうすりゃいいと言うのだ。ここまで意識しまくってる奴を驚かせるなんて俺が東大に現役合格する以上に不可能だ。
ドラゴン桜が満開になって天空に昇っても無理だ。出来るとしたらそれは反則的な方法しかない。ん?反則?そういえば別に反則しちゃいけないってことは無いな。そうか、ここまで意識してるってことは逆に………
俺は諸葛亮孔明ばりのアイディアを早速古泉に連絡した。


646:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:21:32 zfQYpRvP
そんなわけで(どんなわけだ?)3月13日、ホワイトデー前日だ。今日の下準備が明日の命運を分ける山場であることは間違いない。では作戦開始と行こう。

朝教室に入ると、予想通りポニーテールのハルヒが昨日と同じ体勢で外を眺めていた。俺はハルヒのポニーテールを軽く引っ張り、ハルヒの首をかっくんしつつ声を掛けた。普通だったらこんなこと絶対やらないがな。後で何されるか分からん。
「よ、ハルヒ、元気か?」
ホワイトデーが待ち遠しすぎてなのかは知らんが、ここ数日不機嫌オーラ大量生産中のハルヒは、生産した黒い霧をここぞとばかりに撒き散らし、椅子をガタリと鳴らせ立ち上がり真っ直ぐ俺を睨んできた。
「いきなり何すんのよ!SOS団の団長たるこの私の髪をいきなり引っ張るって言うのはどういうこと?理由いかんによっては死刑よ、死刑!いやそんなの生易しいわ、貼り付け獄門の刑よ!!何ニヤニヤしてるのよ。私は本気で言ってるんだから……」
普段ならハルヒに怒鳴られたらやれやれといった感じで目を逸らすはずの俺が、満面の笑みをハルヒに向けていることに驚いたのだろう。語尾が小さいぞハルヒよ。
「ああ、すまんすまん、まあそう怒るな。それよりこれを見ろ」
そう言ってポケットから取り出した紙切れをハルヒに手渡した。
「何よこれ、宝くじじゃない。1等でも当たったの?」
お前じゃ有るまいし、1等なんか当たるかボケ。てか、これも当たった訳じゃないんだけどな。
「いや1等はさすがに無いが、7等で10万のギフトカードだ。ふふふ、いいだろ?これも普段の行いだな。うらやましいか、んん?昼飯ぐらいならおごってやるぞハルヒ」
するとハルヒはさっきまでの不機嫌オーラはどこ吹く風に乗せてぶっ飛ばし、爛々と輝く瞳でこう言った。
「そうだわ、これ使ってSOS団でパーティー開きましょう」
昼飯はおごってやるとは言ったが全部やるとは言ってないぞ?お前人の話聞いてんのか?てか、いつも通り都合のいいことしか聞こえてないんだろうな、まったく。
「そうね、「春休み不思議発見祈願大感謝祭」ってのはどう?10万円もあればどこかの高級レストランでおいしいものがいっぱい食べれるに違いないわ」
前言撤回、10万ってとこはしっかり聞こえていたらしい。にしても何に感謝するんだか………。いや突っ込みどころはそこじゃないな、こいつの中では宝くじはすでに自分のものらしい。どこのジャイアンだ、お前は。
でも、まあ想定内だ。負け惜しみじゃないぞ?どっかの誰かと違って。
「善は急げよ!今日の放課後SOS団みんなで出かけましょう。楽しみねー」
ちょっと待て、それは俺のだ、お前は強盗か?
ギフトカード奪還のために必死に食い下がる俺に、『SOS団は一心同体』だの、『普段お世話になっている団長にささげるのは当然』だの、ハルヒがやたら理不尽な理由を並べまくっている間に担任の岡田が入ってきた。
まったく、これが本当に自分で当てたのだったら泣いてるぞ俺。もし宝くじが当たっても絶対ハルヒに言うのはやめよう。


647:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:23:08 zfQYpRvP
そして放課後。ハルヒは俺のネクタイ引っつかんで文芸部室に直行すると、長門が先に居た。お前授業はどうした?ハルヒと俺は6限終わって即来たぞ。
「出ている。授業終了後にここに来た。特に問題は無い」
まあ、長門なら今さらこの程度の不思議はへっちゃらさ。我ながら成長したもんだ。
「後は古泉くんとみくるちゃんね、早く来ないかしら」
程なく古泉が現れ、15分ほどしてから朝比奈さんがいらっしゃった。
「おくれてごめんなさぁい、来年の授業の選択についての説明があtt」
「遅いわよ、みくるちゃん!」
そういえば3年生は文系と理系に分かれるからどれを取るか決めないといけないんだっけな。などど考えていると横からハルヒが叫んだ。
「ふぇっ、あ、あの、ごめんなs」
 急に叫ばれてビクビクッと文芸部の扉に隠れる朝比奈さん。扉からちらちらと顔をのぞかせる姿は小動物のようで、思わずギューとしたくなるね。
「私はこの十分を十分千秋の思いで待ったのよ!でもいいわ、今の私の心は太平洋より寛大だから許してあげる。それより本題に入りましょう」
「あ、ありがとうございますぅ」
心が広いならいきなり怒鳴りつけるな。てゆうか朝比奈さん、そんなに有り難がらなくてもいいですよ、あなたに否は1フェムトたりともありませんから。
そしてハルヒは、えーと春のなんとか祭り、めんどくさいから感謝祭でいいや、感謝祭の開催を高らかに発表したのだった。


648:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:24:26 zfQYpRvP
さて一言で感謝祭って言っても何をするかまったく決まってないので、何をするについて現在話し合いだ。しかしあいにく俺には先約が有る。古泉もな。
「なるほど分かりました、ただ実を申しますと夕方に先約がありまして、そうですね、8時ぐらいには終わると思いますので、感謝祭でしたらその後にしていただけないでしょうか?」
「古泉くん先約って誰と?どんなこと?SOS団春休み不思議発見祈願大感謝祭よりも大切なことなの?」
俺に問い詰める時は『SOS団の活動より大切なものあるわけ無いじゃない』みたいな勢のくせに古泉の時は普通に不思議そうにしてやがる。ハルヒめ。
「古泉は俺と一緒にちょいと野暮用があるんだよ」
答えにくそうにしている古泉に代わって俺が答えてやる。
「キョン君と古泉君でお出かけですか?何かお買い物にでも行くんですか?」
「二人してなによ、せっかくの感謝祭なのにいったいどんな用事があr………うん、まあいいわ、んじゃあ9時くらいから始めましょう。それなら平気よね古泉くん?」
「はい大丈夫です、どうもありがとうございます。」
俺には聞かないんだな。にしてもまあハルヒも気づいたか、俺たち二人がそろって用事の理由なんてあれしかないからな。まあホントはすでに買ってあるが。
朝比奈さんはまったく気づいてないみたいだ。ほら、あごに人差し指を添えながら斜め上を向いてらっしゃる。空中に?マークが浮かんで見えるね。
「じゃあパーティーはどうしましょうか?どこかおいしい所にみんなで食べに行こうと思ってたんだけど、9時からじゃあディナーって訳にもいかないわね」
「それでしたら六本木ヒルズのホテルに泊まってみるのはいかがでしょう?」
「え、え、古泉くんそれどういうこと?」
あわてて赤くなりながらハルヒが聞いている。いったい何を想像したんだ?ちょっとかわいかったのはまた別の話だ。
「ホテルの1室を借りて皆で遊ぶのですよ。言ってみれば友達の家に泊まりに行くようなものです。夜景を見ながらのんびり春休みの計画を練るというのも乙なものでは無いでしょうか?
高いところからなら不思議も見つかるかも知れないですし、普段お世話になっている涼宮さんに感謝の意を込めて優雅に過ごしていただくという意味でも、SOS団春休み不思議発見祈願大感謝祭に相応しいのではないでしょうか?」
なるほど、ホテルに泊り込むとは言っていたが、なかなかどうして役者だな古泉。ハルヒの適当につけたパーティー名にうまい具合に結び付けやがった。
「すばらしいアイディアだわ古泉くん!さすがはSOS団副団長ね。それで行きましょう。きっとすごく楽しいに違いないわ!!!」
「ありがとうございます、では部屋の手配などは言い出した僕がやりますね。以前田丸さんのお手伝いで手配したことがありますので。
部屋が取れましたら携帯の方まで追って連絡ということで。涼宮さん、それに長門さんと朝比奈さんはお菓子や飲み物の手配をお願いしてよろしいでしょうか?」
「わかったわ古泉くん。ばっちりまかせといて!究極のお菓子をチョイスしてあげるわ、キョン覚悟はいい?」
「いったい何の覚悟だよ。ところで古泉、予算の方は大丈夫なのか?俺の哀れな宝くじは10万円に化けるので精一杯だぞ」
「大丈夫ですよ、スイート以外でしたら予算内です。それよりもマナー、特に服装が問題かもしれません。なにぶん大人社会に混じるわけですからね。
僕たち男性は無難にスーツで大丈夫ですが、女性の方が何を着るべきなのかは分かりかねます。森さんにでもアドバイスを頂けるといいのですが」
「えーっと、メイドさんの服とかじゃ駄目ですよね?どんな服がいいのかなぁ」
朝比奈さんならどんな服でも問題無しですよ。俺が保障します。
「じゃあせっかくだし今から3人で買いに行きましょう!古泉くん森さんの携帯教えて!
大人の服選びの極意を聞き出して、ばっちり決めていくわ。でもそうなるとあんまり時間無いわね。なんてったって3人分選ばなくっちゃいけないし。じゃあ今日はここで一旦解散。また9時にえーっと」
「地下鉄六本木駅の改札でどうでしょう?」
「うん、じゃあ六本木に集合。よし、有希、みくるちゃん急いで買いに行くわよ!」



649:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:25:27 zfQYpRvP
「正直ここまでうまく行くとは思いませんでしたね。いやはやあなたの読みは完璧です。涼宮さんの行動をここまで的確に予想しコントロール出来るのは世界中探してもあなただけですよ」
古泉が褒めてんだか貶してんだか分からんことをほざいている。
「褒めているのですよ。いやはや機関の一員として喉から手が出るほどの才能です。いっそ機関に体験入会でもされてみてはいかがですか?」
「遠慮しとく」
俺と古泉はヒルズのホテルの一室で作戦の最終調整中だ。当初の予定では森さんから衣装を借りてくる予定だったがハルヒが買いに行くと言い出したので、別に止めることもあるまい、その通りにさせた。
パーティー開始が早すぎると不味いが、遅くなる分には問題ないしな。実際ハルヒの服選びのセンスはなかなかのもので、それはSOS団の日々の活動で証明済みだ。
もっとも朝比奈さんなら何を着てもベストドレッサー賞を取ってしまうほど似合ってしまうからだという説も有力だが。
女性陣が衣装を借りるのではなく買いに行くことになった代わりといっちゃ何だが、買出しは男性陣の担当となり俺と古泉はしこたまスナック菓子とジュース類を買い込んだ。
ハルヒの関心はすっかり服選びに向かったらしく、電話でそのこと伝えると『んじゃよろしくー』と言ってさっさと切ってしまった。
「ここまで来ればもう大丈夫ですね、きっと上手くいきますよ。あとは僕たちも存分に楽しみましょう。せっかくのパーティーですからね」
「一つ聞きたいんだがこの部屋はホントに10万以内なのか?」
 なんとなく気になったので聞いてみる。部屋は広かったし、23階ということで景色もかなり遠くまで見渡せる。これで10万なら意外に安いものだ。
「いえ。この部屋はグランドスイートですので20万ほどです。でもまあ夏のセッティングに比べれば安いものですよ。クルーザーや館の建設などで数億ほど掛かりましたから」
「ああ、そうだな」
ハルヒを退屈させないためだけに見たことも無いような大金が動くわけか。まさに無駄遣いだな。
「ところで涼宮さんたちが来るまで暇つぶしにどうですか?」
古泉はそういってマグネット式のチェスを取り出した。
そんなやり取りをしている間に時間は9時40分、ようやくハルヒ達のお出ましだ。


650:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:27:26 zfQYpRvP
「さあ思いっきり遊ぶわよ!」
まるで部室に入るかのように部屋にずかずか入ってきて、第一声がこれだ。大分待たされたわけだが、遅れてごめんなさいの一言もいえんのか?
「遅刻!罰金!」
と言おうとしてドアの方に目をやったが、俺の口からは何も出て行かなかった。なんというかあれだ、そうそう言葉をなくしたって奴だ。
当然だろ?SOS団自慢の女性陣がそれぞれ趣向の違った煌びやかなドレスを身にまとってるんだぜ?お釈迦様でも見とれるね、これは。

学校では頭の後ろの高い位置でポニーになっていたハルヒの髪は、今では少し低めの位置で一つにまとめられている。左耳の少し上にひまわりの飾り、耳には白い星のイヤリング、首にはこれまた白い十字架のネックレスをつけていた。
肩から胸の上までの部分が大きく開いている鮮やかな赤いドレス。右脇から左腰に向かって流れる、白い川のような模様がドレスの赤をいっそう際立てる。
腰には帯のようなものが巻かれているためスレンダーなハルヒの体型がよりいっそう強調され、いまさらながら『こいつこんな細かったんだ、いったいどこからあのバカ力が出てくるんだ』などど思った。
腰から下は真下にすらりと伸びるカーテンのようになっていて、裾からは深紅の靴のつま先が煮え隠れしている。おそらくハイヒールなのだろう、ドレスで腰の位置を高く見せているのもあってか、まるで外人のモデルのようなプロポーションだ。
化粧はしていないみたいだが、かえってハルヒらしい健康的な魅力が最大限生かされていた。

朝比奈さんは髪を後頭部でなにやら複雑な形にまとめていて、後ろから見たら花が咲いているように見えるだろう。
きらきら光るアイシャドウは、色白な朝比奈さんの肌とのコントラストがよく出ていて情熱的な紅の口紅とともに、なにやら大人の魅力をかもし出している。青い星のペンダント、薄い黄色のネックレス、どうやらハルヒと色違いみたいだ。
だがドレスはうって変わって黒基調。タートルネックのように首まですっぽり隠れているが、その代わりといわんばかりにノースリーブで、左胸の下からおへその辺りにかけていくつもの流れ星が流れているというデザインだ。
腰には金色のチェーンのベルト、朝比奈さん(大)がいつも着ているみたいなミニスカート。ひじから先は白いウォーマーを身に着けていた。赤い唇、服の黒、白い肌。普段のあのかわいい上級生の姿からは想像だにできないほど妖美な魅力満載である。

さあ最後は長門だ。長門のドレスはうすい紫で、ところどころに薄いピンクの紫陽花が咲いているというデザイン。形はワンピースに近いが、ワンピースほどゆったりとしておらず長門の細い線がくっきりと浮き上がっていた。
普段は正面から耳を隠しているもみ上げ部分は細い白の糸でぐるぐる巻きに束ねられ、あらわになった耳にはピンク色の星のイヤリング、首にもピンクの十字架のネックレスが掛かっている。
長門の透き通るように白いほほにはうすくベニが広げられており、まるで上気して顔を赤らめているようだ。
唇には光を反射してきらきら光る口紅が塗られていたが、塗られているのは唇の3分の1以下、ほんの申し訳程度の面積で、今にも口をつぐんでしまいそうな長門をよく表現していた。
触れたら折れてしまいそうなほど細い腰、幻想的な薄紫のドレス、病的な白い肌と、上気したほほ、消え入りそうな唇。今すぐ長門をやさしく抱きしめたくなった俺を責められる奴なんか居ないさ。

3人をたとえるなら、そうだな、ハルヒが春の高原に咲くひまわり、朝比奈さんが夜の闇に咲く薔薇、長門が立ちこめる霧の中に浮かぶコスモスって感じだ。うん、我ながらぴったりの例えだ。みんなにも見せてやりたいが、絵心の乏しい俺には無理な話だ。

「何鼻の下伸ばしてんのよバカキョン」
うるさい、余計なお世話だ。
「うふ、キョン君のエッチ」
 朝比奈さんのそんなお姿を見たら誰でもこうなると思いますが。
「まあいいわ、とりあえず乾杯しましょ、みんなジュース持った?あ、待って。せっかくだからそこのグラス使いましょう。そっちのほうが雰囲気出るわ」
 まあどう見てもワインかシャンパンを注ぐために用意されただろうグラスに、果汁100%オレンジジュースをつぐ。
「みんないい?じゃあSOS団の未来を祝って、かんぱーーい!」


651:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:28:45 zfQYpRvP
それはまあ普通に楽しかった。
孫にも衣装とはよく言ったものだね、ハルヒもいつもよりずっと大人っぽくて綺麗だったし、朝比奈さんはもしかして朝比奈さん(大)と入れ替わったのかと錯覚するほど色っぽかったし、長門は謎めいた雰囲気が紫のドレスとあいまって宇宙人オーラ5割り増しだ。
ひとしきり遊んで俺が3人の姿を網膜にくっきり焼き付けた頃に、順番にシャワーを浴びようということになり、女性陣から一人ずつ浴びにいった。
風呂上りで寝巻きになった3人はさっきまでと違い年相応の顔で、ほんのりほてった顔とほかほか頭から昇る湯気のアクセントによって健康的なエネルギーを体いっぱいに広げていた。
ドレスも良かったけどやっぱりこっちの方が落ち着くのは、まだ俺がガキだからか?。
ちなみに一番最後にシャワーを浴びることになった俺を、ハルヒをはじめ朝比奈さん、よりによって長門までが覗きに来たのはなんなんだろうね。とめろよ!古泉!!!

そんなこんなで時間は過ぎ、今は、ふむ11時50分。そろそろだ、『用意は良いか?』俺は古泉に目配せする。『はい大丈夫です』よし抜かりは無いみたいだな。

ボーンボーンボーン、ぴよっ、ぴよっ、ぴよっ。

備えつきの振り子時計がひよこを吐き出しつつ12時の時を告げる。
「あらもうこんなじk」
「「ハッピーホワイトデイ!」」
ハルヒの呟きをさえぎって、俺と古泉の声がきれいにハモった。

そうこれが俺の反則的作戦だ。


652:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:29:37 zfQYpRvP
ふあぁぁぁーーーーーーぁ
忌々しい坂道を登りながら俺は特大のあくびをした。そりゃそうだ、なんだかんだで2時過ぎまでしゃべってた挙句、着替え、鞄などを取りに全員ほぼ始発で家に帰ったからな。
2,3時間しか寝る時間はなかったし、あの3人がそばに居るのにすやすや眠れるほど俺は聖人君主じゃない。おかげでほとんど徹夜だ、眠くないわけが無い。
ホテルから出る辺りまではナチュラルハイってやつで元気だったが、家に着く頃にはぐったりモード、学校に着いたら泥のように眠るだろうことは疑う余地は無い。
それにしてもハルヒの顔は見ものだったな。俺と古泉のホワイトデーチョコを受け取った時、ハルヒは目を見開き口は半笑い、顔は真っ赤で眉を吊り上げるという、なんだかいろいろごちゃまぜな表情をした。まったく器用なもんだ。
「僕ら二人で皆さんを驚かせようと思って作戦を練りました。発案は彼ですけどね。僕は部屋や食べ物の手配などを担当しました」
 古泉が作戦の裏話などをちらほら話しているうちに、複雑ハルヒは徐々に笑顔満開ハルヒに変身し俺は作戦成功を確信していった。それ以降、朝に始発で帰るまでハルヒは終始ご機嫌花盛りだった。
だが授業が始まる頃には、眠さ核爆発なのはハルヒも同じようで、谷口の話によると俺もハルヒも昼になるまでピクリともせず仲良くお休みになっていたらしい。
『二人して昨日は何やってたんだ?』なんていう谷口のニヤケ顔を適当にあしらいつつ昼を過ごし、5,6限もバッチリ睡眠学習した。


653:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:32:48 zfQYpRvP
放課後になり、とりあえず部室に向かう。まぁどうせハルヒのことだから『今日は眠いから解散』てな感じで自分勝手に決めてしまうんだろうが、俺には大事な用事がまだ残ってるんでね。
「今日は眠いから解散。てゆうか徹夜なんてするもんじゃないわね。授業中ずっと寝てたから睡眠時間は十分なはずだけど全然寝足りないわ。キョンも試験前に徹夜とかしちゃだめよ。次の日一日無駄になるからまさに無駄よ」
まあ試験勉強で徹夜など試みたところで、何時の間にやらベッドですやすや眠っていたという記憶は多々あるが、団長様様たってのご忠告とあれば以後気をつけなければなるまい。
「んじゃみんなまた明日ね」
それで解散となった。
さあ、ここからが本当の戦いだ。俺は携帯を取り出し今別れたばかりの○○に電話をかけた。



さて分起点だ
『ハルヒ萌え』な人は>>653
『朝比奈さん大好き』な人は>>654
『長門かわいいよ長門』な人は>>655
アンカーミスってたらすまん



654:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:35:22 zfQYpRvP
思いっきりアンカーミスった、ちなみにこれはハルヒバージョンだ、是非お気に入りキャラの結末から見てくれ

「ハルヒか?」
「んー、何?キョン、私今すごく眠いわ」
「ああ、すまん。俺も眠いんだが、ちょいとお前に用が有ってな。今から教室で話せないか?」
「うーん、明日にしない?今話を聞いてもきっと忘れるちゃうわよ」
「あー、できるだけ急ぎたいんだ(てか今日じゃないと駄目なんだけどな)だから頼む」
「もう、仕方ないわね、じゃあ今から行くけど高くつくわよ?なにせ団長様を呼び出すんだから。すごく眠りたがってるのにもかかわらず」
「わかったわかった。じゃあ教室で」


ガラガラガラ
教室の扉を開け、ハルヒが入ってくる。俺がいつもの席に座っているのを見つけると、ハルヒはスタスタと歩いてきて俺の後ろの自分の席に座り、いきなり机に突っ伏した。
「で、話ってなんなわけ?」
 今日の授業中に爆睡していた時と同じ体勢でだるそうに聞いてくる。
「話というより渡したいものがあるんだ」
そう言って俺は水玉模様の包装紙に包まれた、ペンケースほどの箱でハルヒの頭を軽くノックした。
「なによ、まったく」
めんどくさそうに顔を上げたハルヒに面と向かって俺は言った。
「ホワイトデーのプレゼントだ」
「へ?」
顔中に?マークを貼っ付けながらポカンと口を開けているハルヒに続けて言ってやる。
「今日が何日か忘れたのか?ホワイトデーだよホワイトデー。バレンタインチョコ貰ったからにはちゃんと返さなきゃな」
「え、でも朝にくれたんじゃ………」
「は?何言ってるんだ?俺がホワイトデーのプレゼントを渡すのは今日は今が最初だぞ?ついでに言うと最後だ」
「キョンの方こそ、何言ってるの?今朝チョコくれたじゃない、SOS団パーティーで、古泉くんと一緒に、有希やみくるちゃんにも………」
 呆けたままのハルヒに、俺はまるで古泉のごとくわざとらしく
「あー、それは昨日だ。まあ昨日の23時55分だったからお前も勘違いしたんだな、きっと」
我ながら意地が悪い笑いを浮かべていたことだろう。古泉を超えたね、間違いない。
事態を飲み込み始めたハルヒは徐々に表情を変えていく。昨日と違って眠いため頭が回ってないのか、いつもならコロコロ変わるこいつの顔も今はゆっくりお着替え中だ。
ふむ、驚いた顔からうれしそうな笑顔に、次にはっとなって顔中どころか耳まで赤くしつつ眉毛を吊り上げる。なるほど、昨日はこうして怪しげな顔を作ったわけね。昨日よりゆでダコ度は遥かに上がってるけどな。
「お前だけにプレゼントしたのがそんなにうれしかったか?」
「ななな、何言ってるのよバカキョン。私はSOS団の団長なのよ?特別なのは当然じゃない!べ、別にうれしくなんか無いわよ。だって当然なんだから!!!」
「耳まで真っ赤だぞ、ゆでダコハルヒ」
「うるさい!うるさいうるさいうるさーーーい!!団長に向かってタコとは何よタコとは!キョン、あんたなんか死刑よ、死刑!いやそんなの生易しいわ、貼り付け獄門の刑よ!
いやいやそれでも全然なまっちょろいわ、あなたにはもっとふさわしい地獄の罰を与えてあげる。明日までにバッチリ考えてきてあげるんだから、キョン、覚悟しなさい!」
「わかったわかった」
「なによ、ふんっだ」
ひとしきり叫ぶとハルヒはドスドスと教室から出て行ってしまった。もちろん俺のプレゼントはしっかり持って。まったく、人に物をもらったら『ありがとう』って言うように親にしつけられなかったのかね。
でもまあ、あの茹で上がりっぷりを見れば言葉は要らないってやつかもな。


次の朝、俺が教室のドアを開けると、ハルヒが頬杖をつきながらぼーっと外を眺めていた。髪はポニーテール。それを結ぶのはいつもの黄色いリボンとは違う鮮やかな赤いリボン。
 ふふ、思った通りハルヒに赤いリボンは良く似合う。
 自分の席に着いて振り向きつつ
「ハルヒ」
「なに?」
窓の外から視線を外さないハルヒに、俺は言ってやった。
「似合ってるぞ」


Fin


655:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:37:45 zfQYpRvP
これは朝比奈さんバージョンだ、是非お気に入りキャラの結末から見てくれ


「もしもし朝比奈さんですか?」
「はい、そうです。キョン君どうかしましたか?」
「あの、実はですね、少しお話したいことがあるんですけど今から会って話せますか?」
「えーっと、大丈夫ですけど、どんな話ですか?涼宮さんがらみですか?」
「いえ、この件に関してはハルヒは無関係です」
「はあ、そうなんですか」
「そうなんです」
「じゃあ、どんな話なんでしょう?」
「あー、その、つまりですね、いや、会ってから話しますよ」
「そうですか、私今部室で着替えてる途中なんで、そのまま部室で待ってますね」
「あ、はい。どうもすみません」
「いえ、キョン君にはいつもお世話になってますから。じゃあまた後で」


 コンコン
俺は部室のドアをノックする。今、もし万が一にも朝比奈さんの着替えシーンに遭遇してしまったら、気まずすぎて後の話が続かなくなるじゃないか。
「はーい」
 朝比奈さんの声をしっかり確認してから俺はガラガラと扉を開けた。うむ、ちゃんと制服に着替え終わっている。
「突然呼び出しちゃってすいません」
「いえー、ところでお話って何でしょう?あ、その前にお茶でもいかがですか?」
そう言って朝比奈さんはお茶を入れてくれる。



656:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:39:38 zfQYpRvP
ずずーー
 朝比奈さんはお茶を入れ終えるといつものポジション、つまり俺の向かいの席に腰掛けた。お茶を半分ほど飲んで一息ついたころ、俺は単刀直入に切り出した。
いや、まあ、じらして朝比奈さんの反応を見ても良かったんだが、このお方は永久に気づかない恐れもあるからな。
「実は朝比奈さんだけにはチョコじゃないプレゼントを渡したかったんです」
 ゴルフボールがギリギリ入るか入らないかぐらいの箱を机に差し出す。水色のリボンつきの小箱に目が釘付けの朝比奈さんは少し赤くなりながら
「え、キョン君、それって、あの」
「いわゆる本命ってやつですよ。朝比奈さんにはチョコだけじゃなくこれも受け取って欲しいんです」
「え、キョン君、そんな、前に言ったでしょ?私はいつか未来に帰らなきゃいけないって。それにこんなこと涼宮さんが知ったら、また」
「朝比奈さん」
「は、はい」
 俺は椅子から立ち上がり、ぐるっとまわって朝比奈さんの隣に腰掛ける。
「未来に帰るのはいつですか?」
「え、そ、それは私も知らされて………。でも、もし知っていてもきっと禁則事項だと………」
 オロオロと目を泳がせながら答える朝比奈さん。うーんかわいい。でも今はそんな朝比奈さんをほほえましく見ている余裕なんてない。こっちも真剣でいっぱいいっぱいだからな。
「未来なんていい加減なもんです、人が何時離れ離れになるかなんて誰にも分からない。もしかしたら明日にでも事故で離れ離れになってしまうかもしれない。でも分からないからこそ一瞬一瞬を大切にしてすごしていくんだと思います。
朝比奈さんがいつか未来に帰らないといけないのは俺にもわかってます。でもそれだけの理由で自分の気持ちを殺す理由になるんですか?朝比奈さんはそれでいいんですか?」
「わ、わたしは、でも」
 次第にうつむき加減になっていく朝比奈さんの顔はもう見えない。が、声が震えている、きっとすごく迷っているんだろう。
「俺のやっていることはもしかしたら世界を破滅に追いやる行為なのかもしれません。でもかまわない。どんなことになろうとも、たとえハルヒと争うことになったとしてもかまわない。朝比奈さんが未来に帰ることになってもかまうもんか。
どんなことをしても朝比奈さんを見付け会いに行きます」
「キョン君………、お願い、やめて」
朝比奈さんのスカートに涙の粒がぽつぽつと落ちていく。
 俺は朝比奈さんの頭を優しく胸に抱きかかえる。ひっとびくついた朝比奈さんは最初少し抵抗したが、すぐに肩の力を抜いて俺のワイシャツをぬらしだした。
「朝比奈さんが任務でこの時代に来ていたとしても、そうだとしてもそれ以前に朝比奈さんは一人の人間なんですよ?自分の心を持つ女の子なんです」
「ダメ、もうやめて」
「朝比奈さん」
「ダメ、ダメ」
「大好きです」
「ダメ、うう、ひっく、うぇぇぇ、ダm、うっく、えぅぅ、ダメ」
 朝比奈さんは声を上げて泣き出した。
「ダメキョン君、キョン君、私だってキョン君のこと、ひっく、ダメぅぅ、でも、でも私は、うぅ、未来に、ふえぇぇぇ」
 ダメ、ダメ、ダメ。泣きながら力なくつぶやく朝比奈さんの頭を撫でながら、俺はプレゼントの小箱を開ける。
「朝比奈さん」
やさしく呼びかけて、顎に手を添える。ゆっくり朝比奈さんの顔を自分の方に向けると朝比奈さんの目はウサギよりも真っ赤で湧き水のように涙が溢れ出していた。
「運命が二人を分かつまで」
 彼女の左手をそっと手に取る。
「あなたを愛することを神に誓います」
 そっと薬指にはめる。


Fin


657:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:40:47 zfQYpRvP
これは長門バージョンだ、間違えた人は是非お気に入りのキャラの結末を先に見て欲しい
ちなみに消失長門が出るから、萌え死に注意してくれ


「あー長門か?」
「………」
うん、長門だ。
「ちょっと話があるんだが今から暇か?」
「特に急を要する指令は出ていない」
「じゃあお前のマンションの近くの公園のいつものベンチで話せるか?」
「話せる」
「じゃあ俺一度家に帰るから、そうだな、30分後にベンチで大丈夫か?」
「了解した」
「じゃあまた後でな」
「………待って」
俺が電話を切ろうとした瞬間、めずらしく長門が戸惑うような声で言ってきた。
「ん、どうした?なにか用事でもあったか?」
「………現在の気温は5℃、今日はこれからさらに冷え込むと考えられる。あなたは昨日寝不足で体力および免疫能力が低下している。外に長時間居るのは危険。だから………」
「だから?」
しばらくの沈黙のあと、長門は呟いた。
「話なら私の家ですることを強く推奨する。」



ずずずずず
相変わらず殺風景な部屋で俺は長門に出されたお茶を飲んでいる。
コクコクコク
長門も飲んでいるようだ。どうでもいいがその飲み方だと熱くないのか?
「問題ない」
そうか、まあ長門だしな。ところでカーテンとかは買わないのか?あった方が良いと思うぞ?
「………そう」
いつまでもコタツだけじゃさびしいだろ。
「………」
本棚とかは無いのか?
「………」すっと寝室の方を指差す。
そうか本棚はあるのか。
…………………………………………
いや、確かに俺は長門の無表情鑑定に関しては誰よりも自信があるし、普段部室とかで長門と2人っきりっていうのも慣れっこだ。しかしだな、この状況で落ち着いていられるわけがない。あーもう、どうやって切り出そうか。そうだ!これなら自然に、


658:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:41:26 zfQYpRvP
「昨日は楽しかったか?」
「………」コクッ、5ミリほどうなずく。そうか5ミリか、長門的には相当楽しかったみたいだな。
「そうか、それは良かった。チョコはもう空けたか?」
「まだ未開封」
「それならちょうど良い、チョコ返してくれないか?あれはなんと言うか、間違いなんだ。」
「!!!」
長門が少し驚いたように顔を上げ、うらめしそうに俺を見つめた。
「……………そう」
悲しそうにうつむくと、俺に聞こえるかどうかの声で呟く。
そんな顔をされるとなんだか心が痛むんだが………。チョコもらったのがそんなにうれしかったのか?だとしたら光栄だな、長門に喜んでもらえるなら俺の苦労も報われるってもんだ。
「代わりにこれを受け取って欲しいんだ」
そう言いながら俺は表にこう書かれた袋をコタツの上に差し出した。

『Happy White Day』

うつむいていた長門は目だけを俺の差し出した袋に向け、一度さらに深くうつむいた後にゆっくり顔を上げた。事態が飲み込めていないといった不安そうに迷う瞳でこちらを見つめている。
「長門にはいつも世話になってるからな。チョコじゃなくてもっと形に残るものをプレゼントしたかったんだ。迷惑だったか?」
「………」
長い沈黙。長門の表情はただでさえ分かりにくいのに、うれしいのか驚いたのか恥ずかしいのかなにやら複雑なものが入り混じっているようで、実際何を思ってるんだろうね、まったく分からなかった。
沈黙に飽きたのか、長門は小さく、しかしハッキリとこう言った。
「ありがとう」
去年のクリスマス前、世界が改変された時の長門のように、小さく微笑んだように見えたのは俺の目の錯覚だったのだろうか?長門のみぞ知るって奴だな。



659:ホワイトデー大作戦
07/01/21 13:42:30 zfQYpRvP
俺がプレゼントしたスカーフを早速装備した長門は、現在台所でお片づけ中だ。長門が何をもらったら喜ぶか、全然見当がつかなかったが、有希にちなんで雪の結晶の幾何学模様が描かれたスカーフをどうやら気に入ってくれたみたいだ。
鼻歌でも聞こえてきそうな勢いだね。
さっきの長門の微笑み(?)をなんと無しに頭の中で遊ばせていると、ふとある疑問が浮かび上がってきた。俺は台所に向かって声をかけてみる。
「なあ、長門」
「なに?」
台所から声が返ってくる。
「あの世界、クリスマス前にお前が作り出した世界が長門の願望だったとして、だとしてだ、お前の中にあいつ、つまりもう一人の長門は、その、今でも居るのか?」
「………」
カチャリ
お茶を置いた音がした後、音も無く長門は台所からリビングへと戻ってくる。うつむき今にも泣き出しそうな顔で。『めがねをかけた長門』が。
「ずっと………、聞きたかったことがあるの」
「な、なんだ?」
ぶっきらぼうに答えた俺は内心ひどく動揺していた。何気なく聞いた質問からこんな展開になるとはまさに藪蛇だ。目の前に居るのはどうやら消失長門だ。俺の質問の答えはばっちり分かったが、その代わりにとんでもない事態になるとは。
「あなたは向こうの世界ではなくこの世界を選んだ。あなたのそばに私じゃなくて涼宮さんが居る日常を。私は選んでもらえなかった。私は、どうして………、あなたを、………私じゃ………」
最後は声にならなかった。
「長門」
俺は優しく語り掛ける。さっきの動揺なんてもう忘れたね。なんだ長門の聞きたかったことはそんなことか。だったら何も迷うことは無い。なにせ俺があの時思っていたことをそのまま言えばいいんだからな。
俺はリビングの入り口に立っている長門にゆっくりと近づき、今にも消え入りそうな長門の髪を、くしゃくしゃっとなでてやった。
「心配するな長門。俺はお前に全幅の信頼を寄せてるんだぜ?確かにあの世界の長門もそれはそれでかわいかったさ。でもな長門、俺はお前に、めがねっ子の長門じゃなくて宇宙人の長門に、あんなふうに笑えるようになって欲しいんだ。
おまえ自身では気づいてないかもしれないが、この1年で俺もお前も変わった。そう、ちゃんと成長してるんだ。そしてあの世界を作ったお前なら、いつかきっと自然に笑えるようになると信じてる。
だからこそ俺は迷い無くこっちに戻ってきたんだ。別にお前を選ばなかった訳じゃない。何も心配する必要なんて無いぜ長門」
 俺に頭をなでられながらうつむいていた長門は、ゆっくりと俺の顔に涙のたまった瞳を向けてくる。
「……………そう」
つぶやいた長門は、今度こそ俺の見間違いじゃない、小さく、でもとても幸せそうに微笑んだ。


Fin


660:有希っ子
07/01/21 13:44:42 zfQYpRvP
以上です
エロ展開は書く気は無いので
続くことは無いと思います

661:名無しさん@ピンキー
07/01/21 13:50:28 PH+1wxPB
・田丸
・孫にも衣装
はまだ許せても
・岡田
は可哀想だろ。ちょっと。
あと、長門の部屋には「陰謀」の段階で
カーテンが追加されている描写がある。

662:名無しさん@ピンキー
07/01/21 14:46:01 Sf7d4f7M
あーなんだ、それだその……とりあえずお疲れ。

663:名無しさん@ピンキー
07/01/21 14:54:39 /hE4g8E3
GJ!

664:名無しさん@ピンキー
07/01/21 15:02:11 blNeQjsl
・・・『ハルヒ』の舞台って確か兵g・・・ああすまん気にしないでくれ、ただの独り言だから。
面白かったと俺は思う。乙。

665:名無しさん@ピンキー
07/01/21 15:08:00 V0N6IK7C
>>660
ほんとに初めてか疑わしいぐらいには面白かった、GJ
でも揚げ足を取られるようなミスが若干多いのは気になった

666:名無しさん@ピンキー
07/01/21 15:30:09 CXqNogrt
これはひど……すぎる。
URLリンク(skillup.sakura.ne.jp)

667:名無しさん@ピンキー
07/01/21 15:46:39 33lnCcEB
がんばってると思うが、バレンダインデーたしか月曜日じゃなかったか?

668:名無しさん@ピンキー
07/01/21 15:54:50 1AJdrMyD
聖人君主って物言い流行ってるの?
あと物理的に読みづらい。内容は良かったけど
適度な空行と読点て大事よね

669:有希っ子
07/01/21 16:54:52 zfQYpRvP
>>661
ご指摘ありがとうございます
カーテン追加されてたんですね

>>665
何度か読み直したんですけどやっぱりミスはありました、、、
次回からは減らせるようにします

>>667
ホワイトデーですけど?3月14日は水曜だと思いましたが

>>668
ワードで作ったのですが、いざ書き込んでみると
1行が長すぎて書き込めなかったり
行間に隙間が無かったりと
1つ目を書き込んだ瞬間自分でも読みにくいと思いました
次回は空行とかもうまく使えるようにします

670:名無しさん@ピンキー
07/01/21 17:00:17 jmovEuPO
>>669
URLリンク(harpy.org)

良かったらこれつかってみたら? 指定桁での見た目改行ができるし、体裁を整えてから改行を最後に一括挿入できる。
ツール使って文字数やバイト数、高度な置換も可能になるし。何より軽い。

671:名無しさん@ピンキー
07/01/21 17:05:13 ecO3siDS
せっかくだから俺もお勧めを一つ
URLリンク(labo.koishikawachan.net)

ブラウザでお手軽にやりたい人はこちらを。本来はAAテスターなんだけど、文章を整えるには十分かと
htmlエディターみたいな本格的な作業はできないけど、1レス分の投下量を測るぐらいなら

672:名無しさん@ピンキー
07/01/21 17:16:42 Aa31/dN9
アンカー分岐は失敗したけど狙いとしてはよかった
時間軸とかは投下前に下調べが必要だな

terapadは前に使ってたけど、一回JWORD入ったことあるから
俺はサクラエディタにしたかな・・・

673:名無しさん@ピンキー
07/01/21 17:23:00 33lnCcEB
>>669
『陰謀』でバレンタインデーが月曜日だというのは既定事項なので、
ホワイトデーは月曜日か火曜日になるということなんだが。

674:名無しさん@ピンキー
07/01/21 17:36:24 7wAeoKh4
今年、2007年のホワイトデーは水曜日だけど。
そっちを基準にしたのかな。

675:名無しさん@ピンキー
07/01/21 18:08:54 e4M5VW2v
というか憂鬱のGW明けとか、消失とか、
日、曜日が統一されてないって話を聞いた気がする。
だから、20XX年が舞台かどうかわからんとか。うろおぼえだが。

676:名無しさん@ピンキー
07/01/21 18:10:29 9tImgIwt
陰謀以外にも日にち特定できる描写があって、それとずれるんだったような……。
そのせいで土曜日に学校行くことになっちゃったりとか。
細かいことは気にしないが吉。

677:名無しさん@ピンキー
07/01/21 18:15:01 jmovEuPO
決して条件が合うことはないんだよね。小説の曜日設定と現実のカレンダー。
だからそのあたりはあまり気にしなくていいと思う。

たとえば夏休み明けの9/1は、消失の条件に合う2002年だと日曜日になってしまう。
かといってエンドレスエイトの重要ポイントだから、どちらもずらすわけにはいかない。

678:名無しさん@ピンキー
07/01/21 18:25:23 OP5tB8GB
>>637
アニメだと憂鬱2の冒頭、SOS団結成の次の朝くらい?で「ねえキョン」って言ってる

679:名無しさん@ピンキー
07/01/21 19:15:01 SuzRSNaO
質問なんだけど、スレをまたいで投下するっていうのはNGなんだよね?

680:名無しさん@ピンキー
07/01/21 19:24:06 9tImgIwt
次スレまでかかるってこと?

681:名無しさん@ピンキー
07/01/21 19:26:53 WMt/tbYI
>>679
ちゃんと完結させてくれるのであればどうでもいいけど。エロパロ保管庫に保管されるから
過去ログ化されても問題ないし。

682:名無しさん@ピンキー
07/01/21 19:31:15 SuzRSNaO
>>680
そうです。こつこつ書いてたら長くなりすぎてて。

683:名無しさん@ピンキー
07/01/21 19:32:30 9tImgIwt
>>682
だめとは書いてないね。
てかかなりのボリュームだなw

684:名無しさん@ピンキー
07/01/21 19:32:59 jmovEuPO
次スレ立てたらいいんでないの? そこに1から投下すれば。
で、前スレ(ここ)がまだ埋まってないって一応誘導しておけばいいかと。

685:名無しさん@ピンキー
07/01/21 19:34:12 WBWRj8EZ
たぶん大丈夫かと
あと、1000レス&500KBの制限のため
あと、317レス&117KBですのでお気をつけてください。

686:名無しさん@ピンキー
07/01/21 19:34:17 9tImgIwt
埋めるにはかなり残ってるけどなw

687:名無しさん@ピンキー
07/01/21 19:43:30 SuzRSNaO
答えてくれてありがとう。
さすがに新スレにはまだ早すぎるだろうし、混乱する人がいるといけないから、やっぱこっちが埋まるの待つことにするよ。

688:名無しさん@ピンキー
07/01/21 19:53:23 ieo4UqsU
参考なまでに、北高を出ようで約2450行、135KB、41レス前後だ

689:名無しさん@ピンキー
07/01/21 20:35:22 pOJxPG+J
次スレに長編予告ktkr


690:名無しさん@ピンキー
07/01/21 20:48:56 lh6qzgFN
ksk

691:名無しさん@ピンキー
07/01/21 20:52:24 9tImgIwt
kskておまw
しかし大作はひさびさですね。

692:名無しさん@ピンキー
07/01/21 21:10:37 CLGdJSKN
古泉一子
イツキの双子の妹、イツキとよく似てるけれど、
兄と違うのは一子は本物の超能力者である、たとえば念力、透視、テレパシー、瞬間移動、予知などができる
一子は兄を代わりにSOS団に入部、そしていろいろの事件があった
そしてエロエロの事件もあった

...という電波を受信した。

693:名無しさん@ピンキー
07/01/21 21:16:09 blNeQjsl
>>692
ちょ、後半投げやりw

694:名無しさん@ピンキー
07/01/21 21:56:33 e4M5VW2v
大作ktkr
とりあえず、次のスレは 

【涼宮ハルヒ】谷川流 the 38章【学校を出よう!】

忘れないように気をつけよう。

695:名無しさん@ピンキー
07/01/21 22:45:36 5geIA3rD
別にスレ跨いでも問題ないと思うよ、一気に埋めたりしなければ。
なので前後編とかでの投下を期待。

696:名無しさん@ピンキー
07/01/21 22:46:36 75Qh9vml
宇宙戦隊TFEIレンジャー って感じのssってある?

697:名無しさん@ピンキー
07/01/21 23:26:04 lh6qzgFN
ksk

698:名無しさん@ピンキー
07/01/21 23:45:34 ieo4UqsU
さすがに300レスkskで埋めるのは無理がある

699:名無しさん@ピンキー
07/01/22 00:11:39 IXZOqqBj
じゃあwktkで

700:名無しさん@ピンキー
07/01/22 00:51:09 RnzrnS+D
300レスあるなら投下されてもよろしかったのでは?

701:名無しさん@ピンキー
07/01/22 01:08:49 ppqO6AZX
>>700
114kで足りないなら一緒。

702:名無しさん@ピンキー
07/01/22 01:10:25 lsxgilQA
113kb以上かもしれない

703:名無しさん@ピンキー
07/01/22 01:11:30 BfdUHtG2
そもそもスレを跨いではいけないなんて誰も言ってないし
そんなルールもないわけで。

704:名無しさん@ピンキー
07/01/22 01:14:28 EUjelFOF
あらかじめ宣言してるならスレ跨いでも問題なくね?
どうせ後でまとめに載る時は一緒なんだし

705:名無しさん@ピンキー
07/01/22 01:26:39 IjGhFPsB
跨ぐのとかは、埋まりそうになったら次スレ立て+誘導してくれれば問題はないと思います。

706:名無しさん@ピンキー
07/01/22 01:32:05 mrysyN1Q
もういいよ。 >703 が全てだ。つーことで、スレ跨ぎ云々レスよりSS投下を望む。

707:名無しさん@ピンキー
07/01/22 02:03:25 hNuiLuYr
すいません。見当違いな質問してしまったみたいで。
埋めない程度にこっちに投下してから次スレを立てて、続きはそこに投下します。

鶴屋さん純愛もの。
42レスぐらいです。
エロくないので、ご注意を。



708:非単調ラブロマンスは微睡まない 1
07/01/22 02:05:56 hNuiLuYr

「やあやあキョンくんっ、遅くなって悪かったね!」
 人もまばらな下駄箱の前で用務員に植えられた観葉植物のように佇んでいた俺の目の前に、待ち人が片手を振り上げながら騒々しくやってきた。
「いやー、うちの担任ってば話が長くて困っちゃうよ。自分の放談が恋人達の放課後を奪ってるって自覚がまるで無いんだもんなっ」
 靴を履き替えながら、ちっとも不愉快では無さそうに文句を言う鶴屋さんを尻目に、俺はわたわたと周囲を見渡すと、
「あの、鶴屋さん。人前で恋人がどうとか言うのは……」
「あり、恥ずかしい? キョンくん、相変わらずシャイだねぇ」
 いや、至って普通の反応だと思いますけど。
 自身のノーマルさを必死でアピールしようとする俺の話も聞かず、つま先で地面をタップしていた鶴屋さんは、
「まぁまぁ、そういうところもお姉さんは好きだからさっ」
 白い犬歯を丸く光らせ、空いた方の手で俺の手を握り締めるや否や、スキップでもするかのように歩き始めた。周囲の視線に媚びないアレグロなリズムがこっちにも伝わってくる。
 しかし、足に合わせて揺れる髪の間から覗く耳は微妙に赤かった。
あれだけ人に言っておきながら、自分でもちょっと恥ずかしいのだ、この人は。
 そういう不公平さがこちらこそ大好きなのだが、俺まで公序良俗を乱す行為に走るわけにもいかず、モラルハザードを憂う紳士の表情を崩さないまま彼女の横に並ぶ。ヒヒイロカネばりの自制心。
 しかしそんな自制心も、春の傍若無人な風に踊らされているスカートを慌てて抑えようとする仕草を見るにつれ、だんだんと壁際に追いやられてしまうから困りもの。
 こうやって少年の頃のイノセンスは喪われていくんだろうか。
 それ以上ジェントルステータスを引き下げるわけにもいかない俺は、茹ですぎたシナチクみたいに弛んだ理性に鞭打って、生足の眩しさから逃げるように視線を彷徨わせる。 
 校門の陰に、つぼみが芽吹こうとしている桜の木が見えた。
「っとと! もう、キョンくん、急に立ち止まらないでおくれよっ」
「……すいません。ちょい靴紐が緩んでるみたいで」
 握った方の手を解かないまま鞄を下ろして、緩んでいるような気がしないでもない靴紐を、しっかりと結び直す。
 体を起こすと、鶴屋さんも校門の隅に目を向けていた。俺の視線を辿ったのだろう。後ろめたいものを覗かれたようで、少しばつが悪い。
「あーあ、もうすぐあたしも三年になっちゃうなぁ。受験戦争は目の前って感じ」
「大丈夫ですよ。鶴屋さん、成績いいんだから。どこにだって、行きたいとこに行けます」
 といっても、名家のお嬢様なだけに、行く所はすでに決められているのかもしれない。
「うーん、そういうのとは違くてさっ、ほら、補習とか何とかで時間とられるわけ」
 鶴屋さんは鞄を片手で振り回しながら、俺の方を見てニヤリと笑い、 
「キョンくんは寂しくないのかなっ?」
「そういえば、学食のすき焼き定食もう終売らしいですね。春だなー」
「……すげーあからさまにごまかしたね」
 俺は答える代わりに、繋いだ手に力を込めた。すぐに握り返される。以心伝心とまではいかないが、これぐらいでわかることもあるのだ。
「ま、キョンくんはまず自分の進級の事を考えないといけないよっ」
 おっしゃるとおりです。




709:非単調ラブロマンスは微睡まない 2
07/01/22 02:07:02 hNuiLuYr

 かれこれ三ヶ月前の冬。俺は鶴屋さんに自分の想いを告白した。
 どうしてかと聞かれれば、情景にも似た先輩への気持ちが次第に具体化して即物的な想いになったというか、純粋な感謝の気持ちが積もりに積もっていつの間にやら愛情になっていたというか、とにかく気持ち的にせっぱつまってしまったからだ。
 だからって別に若さゆえの暴走ってわけじゃないぜ。これでも死ぬほど悩んで決めたんだ。危うく知恵熱を出すところだった。
 告白すると決めたら決めたで、直接会って言わなくちゃならないわけだから、場所はどこがいいとか、時期はいつがいいとか、やっぱ雰囲気的に夜がいいんだろうかとか、足りない頭で必死に考えた。
 そして、十二月のある日。
 さり気なさを装いつつも割とあからさまに鶴屋さんの予定を聞きだし、夜から家族と予定があるから夕方なら空いてると言われれば噛みまくりながら夕方を予約し、その日はやってきた。
 雪も降らずただ暗いだけの日、学校の近くの公園というこれまたベタな場所に現れた鶴屋さんに向かって俺が何と言ったのかは、悪いが秘密だ。思い出すと舌を噛み切りたくなるからな。
 ただ、告白なんて思い切った事をするのは生まれて初めての経験であり、気分はファンタジー物のドラゴンに挑む推理小説のエキストラみたいな感じだったことは伝えておく。
 被害者になるか、それともそのままフェードアウトかの二者択一である。
 しかし、元々面倒見の良い先輩として何かと俺の世話を焼いてくれていた鶴屋さんは、いつもみたくカンカン照りの元気な語調で、
「こちらこそよろしく!」
 力強く答えながら、俺の胸に飛び込んでいらっしゃった。その時の着膨れした感触を、人生で最良の瞬間として脳裏に焼き付けたのは言うまでも無いだろう。
 それからというもの、鶴屋さんは周囲に構わず俺への好意をあっけらかんと表現しまくり、その勢いたるや、ひょっとしたら同情されてるだけなんじゃなかろうかという俺の密かな悩みを粉砕機にかけて余りあるものだった。
 代わりに一部の男子からは羨望と恨みが絶妙にミックスされて吸血鬼とかにも効きそうな視線の弾丸を浴びせられることも多々あったのだが、それはまあ有名税というか幸せ税というか、すまんな皆って感じだ。
 もっとも、底の知れないこの上級生のことだから、そんな行動も含めて同情なのかもしれない、などと失礼な考えを抱かないでもない。なんせ、相手が俺なんだし。
 天秤を用いるまでもなく釣り合っていないのは明白だろう。
 しかし、それならそれで別にいいとも思う。こっちは大人しく手玉に乗り続けるだけさ。どっちにしろ、今が幸せであることに変わりは無いんだからな。
 とにかく俺は、一般的に言う所の恋人とか彼氏彼女とか、そういった照れくさい関係を鶴屋さんと結ぶことに成功したのである。
 少なくとも、靴紐よりは固く。
  
 


710:非単調ラブロマンスは微睡まない 3
07/01/22 02:08:08 hNuiLuYr

「うはー、めっさあったけー」
 今日は朝から、春を目の前にしたとは思えないほどの寒気が電柱を薙ぎ倒さんばかりの勢いで吹き荒れていて、ようするに極寒だった。
 しかしだからと言って、休日の人通りも多い駅前で後ろから抱きついてくるのはいかがなものか。
「やっぱこういう時は人肌が一番だよっ! ぽかぽかでしかも省エネ!」
 頚動脈も含めがっちりと決められた両腕のせいで、俺はもうすぐ冷たくなりそうだった。行き過ぎた省エネ。このまま死んだら自縛霊となって子泣き爺的なポジションについてしまうだろう。
 いよいよ視線が定まらなくなってきた頃、妖怪図鑑に掲載されそうになっている俺に気づいたのか、鶴屋さんは首に回した手を解いてぴょんと地面に降り立つと、
「あっはははっ! ごめんごめん、やりすぎたっさっ。乙女心の暴走にょろ」
 乙女心は暴走すると首に絡みつくらしい。なるほど、サスペンスに女性絡みの話が多いわけだ。命の危機をビンビン感じるぜ。
 しかし、少し咳をした途端に、
「わわっ、大丈夫かいっ? ほんとに首絞まっちゃってた?」
 心配そうに瞼を浮かせて、背中をさすってくれる。打って変わってこの優しさ。正に魔性である。
 俺はすっかりルートヴィヒ一世に同情したい気分になりながら、ちょっと大げさにしていた咳を止め、
「……死ぬかと思いましたよ」
 割とマジで。
 鶴屋さんは明後日の方向に黒目をやりながら、ごめんごめん、と頭を掻いている。冬物らしいブラウンのコートの上で、手入れに何時間もかかりそうな髪が毛先をふわふわと揺らした。
 しかしすぐに目を細め、こちらにトトっとやってくるなり、俺の右腕にしがみつくと、
「さ、今日も元気に行ってみよぅ!」
 言葉どおり元気な声に促されると、俺はそれ以上責める事もできず、苦笑いしながら人ごみの中を歩きはじめた。 
 行くと言っても、特に目的地は決めていなかった。ただ一緒にぶらぶらしようという暇な学生らしいお出かけプランである。
 情けないことだが、俺はお洒落なデートスポットにご案内できるような甲斐性なんてまるで持っちゃいないし、できてもせいぜい雑誌の企画をなぞるぐらいのもんだからな。無理しても、逆にみっともなくなるのがオチだ。
 それに鶴屋さんと一緒なら、どんな場所でもかなり楽しめる。なんせ絶対スベりそうな冗談でも爆笑してくれるんだ。自然と会話も盛り上がるってもんさ。
 それでも俺は密かに、二人でいつか旅行にでも、なんて妄想していたりした。そのためにちょくちょくバイトをしているのだ。
「あ、キョンくん見て見て! あのマネキンのポーズわけわんねっ! どう見ても稲刈りしてるようにしか見えないよっ」
 ミレーも真っ青の斬新な面白ポイントを発見してケタケタ笑う鶴屋さん。
 一人で見たら頬がピクリとも動かないであろう黒塗りのマネキンをガラスの奥に認めながら、俺も自然に笑ってしまう。
 世は全てこともなし。



711:非単調ラブロマンスは微睡まない 4
07/01/22 02:09:12 hNuiLuYr

 そのままフラフラと街中を彷徨い続け、気づけば時刻は夜の六時。
 鶴屋さんの笑顔印潤滑油のおかげで地球も回りを良くしたのか、時間が過ぎるのはあっという間だった。
 今月に入って暗くなる時間が繰り上がってきたとはいえ、さすがにもう太陽は見えない。
 俺は駐輪所に止めていた自転車に鶴屋さんを乗せ、古風な屋敷の前まで送り届けた。
 スタンドを立てると、荷台の鶴屋さんは葉っぱみたくふわりと着地し、 
「ささっ、キョンくん。たまにはうちに上がっていったらどうかなっ」 
「それは遠慮しときます」
 食い気味で遠慮する俺を見て、不服そうに唇を尖らせる。
 別に理由も無く遠慮しているわけでなく、以前一度お言葉に甘えさせていただいた時のことがトラウマになっているのだ。
 竜宮城もかくやといったおもてなしを受け、ついでに甕に入れられた高そうな酒も飲まされ、べろんべろんになった末に黒塗りのベンツで自宅にパック送便された俺のみじめな気持ちがわかるか?
 あの時、お父様がいらっしゃらなかったことだけが唯一の救いだ。あんな状態で娘の恋人だと知られたら、翌日海岸沿いに謎の袋が一つ打ち上げられた事だろう。
「おやっさんはそんな物騒な人じゃないよっ! むしろ、キョンくんのこと気に入ってくれそうなんだけどなー」
「ちゃんとした日に、改めてお伺いさせてください」
 せめて制服を着てる時に。
 鶴屋さんは文句有り気に俺の顔を下から覗きこんでいたが、何か思いついたように目を光らせると、 
「じゃ、お別れのちゅーをしておくれっ」
 なんてことを言いながら、未知の概念に対しATMを前にしたネアンデルタール人のような戸惑いを抱いている俺に向かって、一歩踏み出してくる。角質層まで見えちまいそうな距離だ。
 俺は錯雑たる心中を落ち着かせながら、 
「い、いやー、さすがにそれは……」
 家の前だし、もし誰かに見つかったら命に関わるような気がしないでもない。
しかし無情にも、
「おっ? 断っちゃっていいのかな? ここであたしが声を上げれば、キョンくんは明日シベリア海上にお引越しさせられることになるにょろよ」
 完全に脅迫である。というか、やっぱりそっち系なのか。顔に傷のある殺し屋とかいるのか。
 竦み上がる俺をじっと見て、そして、それだけで満足したかのように鶴屋さんは一歩離れる。
「うそうそ、ほんの冗談さっ。無理矢理そんなことするような趣味は、さすがのあたしもとんとご縁が無いもんでっ」
 無理矢理も何も、こっちだってしたいのは死ぬほどしたいのだが、それをやってしまうと、色々と張り詰めていたものが切れてしまいそうで、ちょっと怖かったりもするのだ。
 結構慎重派なのさ、俺は。言い換えればただのビビリだけどな。
 でも、好きな人に恥を欠かせるほどビビリってわけじゃない。そういうのはもう卒業する頃合だろう。きっと。
 離れた一歩分、俺は近づき、細い肩に手を置いた。
 そんなことをされるとは思ってもみなかったのか、電流でも浴びせられたように飛び上がった鶴屋さんは、何か言い訳するかのように口をもごもご動かすと、そっと瞼を閉じた。
 向けられる静かな表情は、昼間とまるで印象が違う。これじゃ箱入りのお嬢様だ。
 よく考えたら当然のことを思い浮かべ、爆発しそうな血管の音を聞きながら顔を近づけていく。
 そして、少し震える唇、の少し横に軽く口付けた。本当に陶器みたくツルツルなのに、柔らかいのは何か不思議だ。
 一次的接触を維持したまま、きっかり二秒後。
 俺が断腸の思いで顔を離すなり、大きな目をぱっちりと開いた鶴屋さんは、少しがっかりしたかのように口角を下げ、
「なぁんだ。ほっぺたかぁ……」
 そんなことを言われると、本当にどうにかなってしまいたい気分になる。綱渡りの理性。
「ほとんど唇だったじゃないですか」
 木工用ボンドで固められたように離しがたい肩から手を引き抜きつつ言い訳すると、鶴屋さんは自分の唇の辺りを撫で、顔を赤らめて、へへっと笑い、
「また明日、学校でねっ!」
 それだけ残して、門の横の勝手口に飛び込んでしまった。鉄と木材が打ち鳴らされ、無機質な筈の錠の落ちる音がやけに生き生きと聞こえてくる。
 俺は急に冷たくなった手をポケットに入れたまま、ぼんやりと木造の屋敷を眺めていた。


712:名無しさん@ピンキー
07/01/22 02:10:44 cg6t2k6K
wktk支援

713:非単調ラブロマンスは微睡まない 5
07/01/22 02:11:32 hNuiLuYr

 後ろに気を使う必要もなくなり、運動がてらの全速力で鶴屋邸から帰宅して家の前にチャリを止めた俺は、玄関に向かう前に、さすがに汗ばんできた体を少し冷やそうと、ジャケットを脱いでその場に座り込んだ。
 息を整えながらも頭をよぎるのは、さっき触れたばかりの鶴屋さんの感触。
 口が三角定規を突っ込まれたかのような形に固定されているのが、自分でもよくわかる。はたから見れば変質者そのものだろう。即時逮捕は免れない。
 それでもニヤつきが取れないまま、しばらくそうしていると、不意に、妙に落ち着かない感覚を覚えた。
 冷えた風にまじって、誰かの視線がこちらに向けられているような、そんな感じ。
 もちろん俺は特別な修行を積んだわけでもなく、人の気配なんざさっぱり読めないんだが、それでも妙な感覚を覚えた時は、十回に一回ぐらいの確率で誰かがこっちを見てたりする。
 要するにほとんど当てにならないわけだが、それでも気になるもんは気になるんだ。
 うちには飴玉一つで外人にだって素直について行きそうな奴が一匹いるからな。安全確認を怠るわけにはいかない。
 俺は立ち上がると、道路が交差する見晴らしのいい一角に小走りで向かい、辺りを見回す。
 まだそこらの家の明かりは爛々と灯っており、どこにでもありそうな平穏な住宅街なのだが、染みのような暗さは所々に残っていて、かえって不気味だ。
 しかし、人影は無かった。
 緊張を解いて、ほっと息をつく。
 外れだ。実際に誰かいたら相当困るんだろうが、こういう予感は外れたら外れたでちょっと悔しかったりするんだよな。  
 安堵とも敗北感ともつかない感慨を抱きながら引き返そうとしていた俺は、途中で足を止めた。
 息を殺し、耳を澄ます。
 コツ、と。
 俺じゃない、誰かの靴の音が聞こえた。 



714:非単調ラブロマンスは微睡まない 6
07/01/22 02:12:03 hNuiLuYr

 背筋が総毛立つのがわかった。やっぱり、どっかに誰かがいるような気がする。俺をじっと見ていた誰か。
 振り返る。誰もいない。
 妹の悪戯か? いや、さっき家の中で聞こえてきたアホみたいな笑い声は、バラエティを楽しむ妹のものだろう。たまには教育とか見せた方がいいかもしれない。
 そもそも、あいつだったらこんなに上手く隠れられないし。こらえ性のまるで無いガキなんだ。
「誰か、いるのか?」
 一応声を出してみても、返事はまるで聞こえてこず、改めて周りを見渡してみても、動いてるものは何もない。
 ……やっぱ、気のせい、か。
 ま、そりゃそうだ。俺みたいに平凡な奴の生活を覗いて、得をする連中がいるとも思えないし。どっかの家に人が帰ってきただけかもしれない。
 鶴屋さん絡みで、なんて予想ができなくもないが、それもちょっとな。さすがにテレビの見過ぎだろう。企業スパイはストーカーなんてリスクの高い事はしない。勝手なイメージだけどな。
 首を振って妙な妄想を脳から追い出しながら家の前に戻り、今度はまっすぐ中に入ると、
「あー、キョンくんおかえりー。ねえねえ、またデートしてたのー?」
 この歳で既に野次馬根性を取得しつつある妹の追求を途中のコンビニで買ってきたポテチでいなしながら部屋に戻り、日課であるカレンダーに丸をつける作業を始めた。
 三ヶ月前からペンの色を変えているあたり、我ながら青臭さを感じないでもない。
「…………ん?」
 画鋲で壁に貼り付けていたカレンダーの位置が、昨日とは少しずれている。
 やれやれ。また妹の仕業だな。
 俺はこのカレンダーを日記帳代わりにも使っていて、と言っても数字の下にある僅かなスペースを用いた一行メモ程度の日記なのだが、偶にそれを面白がった妹が読んでいるらしい。
 あのちびっこにはまだプライバシーという意味が理解できないのだろう。食べ物だと思っているのかもしれない。
 それでも以前軽く叱った時は反省してたみたいだったし、もう見ないだろうと踏んでいたんだけど、甘かった。
 柔な叱咤では、温室で育てられたせいで危機感が欠如し鮫の群れを見てはしゃぐイワトビペンギンのように奔放なあいつを止めるのは不可能だったようだ。
 ま、いいか。別に大したこと書いてないし。好奇心旺盛なのもそう悪いことじゃなかろう。鶴屋さんとのことだって、家族全員知ってるしな。
 理解のある兄ぶりながらも、今度から部屋に鍵をかけてやろうかと企みつつ、
「よし、と」 
 最後の一枚に、また一つ丸が加えられる。ぺらぺらとめくれば、インクに囲まれた日付の山。年をまたいで使えるスクールカレンダーも、今月で終わりだった。
 新しいのを購入しないといけないな。
 これまで忘れなかったためしが無い心の中の買い物リストに一行加え、念のため窓から外を覗いて誰もいないことを確認した俺は、少し眠ることにした。


715:非単調ラブロマンスは微睡まない 7
07/01/22 02:13:13 hNuiLuYr

 三年生達の受験期も終わり、もうすぐ新年度を迎えるためか、最近の学校には俄かに浮ついた雰囲気が漂っている。
 うちのクラスもご多分に漏れず、元々大したリーダーシップを取れる奴も尖った個性を持った奴もいない一年五組は、昼休みに至り設計ミスで糸をつけ忘れたアドバルーンのように地に足がついていないこと甚だしい空気につつまれていた。
「聞いてくれよお前ら! 俺、今日学校の下んとこでさ、すげえ可愛い子見かけたんだ!」
 その中でも特に浮ついている約一名が、海に出てしまった淡水魚のようにふらふらとやってくる。
「谷口、こないだも同じ事言ってたじゃない」
 借りていたパーフェクトノートを国木田に返しながら、同調するように頷く俺。
「いや、今日のはマジ凄かったんだって! 腰を抜かしそうになったぐらい!」
「それもこないだ言ってた」
 国木田はまたしても冷静に切り返す。辻斬り御免。
 無形の血しぶきを吹き出さんばかりの谷口に、俺は一応尋ねてみる。
「で、その子と何かあったのか?」
 谷口は少しのあいだ目をクロールさせ、解けない数学の問題を目の前にしたように難しい顔で腕を組むと、
「いや、目が合った途端逃げられた」
 可哀想に、よっぽど変態的な目で見られたに違いない。猥褻物陳列罪の適用範囲を広めることが警視庁の急務だ。
 呆れる俺たちを逆に哀れむかのような息を吐き出して、谷口は言う。
「もういいよ。お前らに話したのが間違いだった。所詮彼女持ちと童顔。この胸のときめきなんて、わかりゃしないんだ」
「童顔は関係ないって……」
 そうだ。ひどい人種差別だ。
「うるせえ。お前みたいに毎度イチャつきながら下校する奴なんて、人間としてカウントされないんだよ。そういう奴らはあれだ、二人揃って一人分の人間未満人間だ」
 なかなか先鋭的なカテゴライズだな。どこぞの人権団体から速攻でクレームがつくに違いない。
「そう言えばこないだも手を繋いだまま帰ってたらしいね。谷口じゃないけど、流石にそこまでされると目の毒かも」
 国木田までもが反旗を翻した。孤立無援である。
 でも仕方ないんだ。惚れた弱みというか何というか、迫られると拒めない。まあ迫られると言っても、せいぜい手を握るとか、人前じゃなければ抱きついてくるとか、その辺止まりだけどな。
 いや、それでも十分心臓には悪いんだが。
 

716:非単調ラブロマンスは微睡まない 8
07/01/22 02:13:52 hNuiLuYr

 で、放課後。
「そういうわけで。今月の機関誌は噂の幽霊特集でいきたいと思います」
「いやっほおおぉぅーーーいっ!」
「……鶴屋さん、無理に盛り上げないでいいですよ」
「あ、そう?」
 パイプ椅子から勢い良く飛び上がった鶴屋さんは、特に恥ずかしがるでもなく楚々と座りなおす。
 まあ、盛り上げたくなるのも無理は無いだろう。だいぶ物が増えてきたとはいえ、基本的にボロくて地味な文芸部室に、部員が二人っきり。少数精鋭にも程がある。
『小さいながらも楽しい我が家じゃないかっ』
 これは以前俺がぼやいていた際に残した鶴屋さんの名言なんだが、そのあと自分の言葉の意味を考えたのか頬を染めて俯いていた姿は、未だに俺の記憶アルバムのトップページを飾り放題である。
 閑話休題。
 鶴屋さんは、古びた椅子を初めて触ったヴァイオリンのようにギシギシ鳴らすと、
「幽霊ってな、めっさおもろそうだけどさー。書けそうなのが何も見つからなかったらどうすんだいっ?」
「その時は……適当な怪談をでっちあげて、夜中の学校とか、それっぽい写真を撮りまくって誤魔化します」
 機関誌といっても、学級新聞みたいなものを想像してもらった方が正しい。A4の紙を五枚か六枚ぐらいひっつけて、それらしい文章とそれっぽい写真で誤魔化し誤魔化し埋めてるだけだ。
 文化祭の折に発表したものを含め、まだ三冊しか発行していないが、その割にはどれも結構な評価を受けていたりして、特に鶴屋さん作の冒険小説なんて、かなりコアなファンを獲得しているらしい。
 このまま行けば来年当たり、新規の部員を獲得することができるかもしれないな。
「な~る、夜中の学校ってのもいいかもねっ! いかにも何か出そうだよっ」
 俺は足をぷらぷらさせている鶴屋さんを目にするにあたり、新入部員が来たら二人っきりじゃなくなるな……やっぱ来ても追い返そう、とか思いながら、
「多分大丈夫ですよ。ここに来る前、幽霊を見たって人に話を聞いてたんですけど、何とか書けそうな内容でしたから」
 幽霊特集といっても、別に真相を究明するってわけじゃない。第一、幽霊の実在なんて証明できるわけないだろ。
 ただ、こういう噂がありますよってことを書いて、目撃現場の写真を貼り付けて紹介するだけで十分なんだ。
 もともとこういう特集は、小説ばかりじゃつまんないからってことでやってるお遊び企画に過ぎず、少しでも楽しんでもらえれば、それでいいのさ。
「で? で? どんな話だったんかなっ?」
 実は、いかに鶴屋さんが楽しそうにしてくれるかが第一目的だったりするのだが、そんな個人的な事情は、トイレというには余りに相応しくないので清流四万十川にでも流して、
「それがですね……」
 俺は聞きたてホヤホヤの話を解り易くまとめて語り始めた。


717:名無しさん@ピンキー
07/01/22 02:15:56 hNuiLuYr

すいません。ミスりました。

次の奴が8で、上の奴が9です。


718:非単調ラブロマンスは微睡まない (8)
07/01/22 02:17:15 hNuiLuYr

 俺は言い訳する代わりに、
「んなことより、次の機関誌の内容に詰まってるんだけど、お前ら、何かいいアイディアないか」
 所属部員が二名しかいない我が文芸部は、四六時中ネタに詰まりっぱなしなのである。誰か頭によく効く便秘薬を開発してくれないだろうか。試薬ができたら、モルモットに立候補してやってもいい。
 しかも今月は春休みがあるから、入学式の日に二か月分の合併号を出す予定だ。素直に一回分休めば良かった。後悔はホント先に立たない。
「だから、『男子百名に聞きました! 学内美少女トップテン(ポロリもあるよ)』にしろって前から言ってるじゃねえか」
「それは教師からの大きな反発と女子同士の水面下にある様々な軋轢が刺激されて爆発することが予想されるから無理だって前から言ってるだろ」
 あと、ポロリは下手したら立件されかねない。
 谷口の桃色なんだかドドメ色なんだか、とにかく自らの欲望に直結した企画をワンブレスで却下して、国木田へ期待の眼差しを投げかける。
「そんな目で見られても……大体、先月の期末テスト予想特集だって、僕がほとんど考えたんじゃないか」
 おかげで先月は大ヒットだった。金を取れたらかなりの儲けになっただろうが、生憎通常の部活で商売をするのは禁じられている。穢れ無きボランティア。
 国木田は嘆息しながらも、デフォルトで装備されてしまっているお人よしスキルをいかんなく発揮し、頭を掻きつつ数秒考え込むと、一言呟いた。
「……幽霊」
 幽霊?
「今朝、隣のクラスの友達と話してたんだ。詳しくは聞かなかったんだけどさ、何人か見たんだって。こう、人影がスーッと消えるやつ」
 谷口は腰に当てていた手を俺の机に乗せると、
「幽霊ねぇ。遅すぎるというか早すぎるというか、夏向きな話って感じがするけどな」
「いや」
 俺は谷口を遮り、
「それがいい。決定だ」
 幽霊。大いに結構じゃないか。ゴシップ的な要素も十分で大衆受けしそうだし、鶴屋さんも気に入ってくれそうな話題だしな。
 谷口は、一人頷いている俺を、新興宗教に嵌ってしまった老人を見るような目で、
「お前って、結構そういうの好きだよな」
 人をオカルトマニアみたいに言うな。最大公約数的な好奇心を忘れないアダルトチルドレンなだけだ。
「それもどうかと思うけどね」
 国木田の呆れ混じりな突っ込みを最後に、話は昨日のお笑い番組にシフトする。話題は軽いほど鉄板だ。


719:非単調ラブロマンスは微睡まない 10
07/01/22 02:18:29 hNuiLuYr

 国木田の友達から人脈を辿って話を聞けた、幽霊らしき人影を目撃したという生徒は、女子二名男子一名の計三名だ。
 まず、女子Aが人影を目撃したのは、今朝の通学路。随分健康的な時間帯だ。幽霊も二十四時間営業の時代なのかもしれない。
 最近できた彼氏と遅くまでメールしていたため寝坊してしまい、学生服が一つも見当たらない通学路を不安で押しつぶされそうな兎のように走っていた彼女は、取って置きの近道を使用することにした。
 この辺はもともと山だっただけに伐採されていない山林があちこちに点在しているのだが、とにかくその内の一つを突っ切っていた彼女は、ふと、過ぎ去る木立の陰に人影を捉え、足を止める。
 もちろん、人里離れた山の中ってわけでもないので、人がいることは多々あるのだが、それでも彼女が立ち止まったのは、その人影が木漏れ日に透けて見えたからだという。
 え、と思いながらも半ば反射的に目を擦りつつ人影の方を見やった彼女は、ぼんやりと消えていく輪郭のようなものを確認して、しばらく腰を抜かしていたそうだ。


 次に女子Bだが、彼女が人影を目撃したのは、昨日の夜八時頃。学校とは少し離れた、ちょうど鶴屋さんの家との中間点辺りである。
 普段から人通りの無い、生垣に囲まれた細い路地を抜けてコンビニに行こうとしていた彼女は、背後に何者かの気配を感じ取り、とっさに振り返った。なんせ女性の一人歩き。不安に思うのは当然だろう。
 そして予想通り、暗闇の奥には人影らしきものが立っていた。暗くてよく見えなかったが、自分より少し大きかったような気がするから、多分男性じゃないか、とのことだ。
 自分の後ろにいるからといって、別に細い路地を通っていたら男性が自動的に犯罪者になるわけも無く、そう焦ることもないだろうと判断した彼女は、なるべく歩調を変えずにそのまま進んでいく。
 彼女なりの意地があったのかもしれないが、それはまぁどうでもいい話。
 しかし、途中まで確かに聞こえていた後ろの足音が突然消える段になって、彼女は違和感に気づいた。
 おかしい。家の入り口も無く、周りが生垣に囲まれただけの一本道で立ち止まるなんて、何か妙だ。
 彼女は歩みを止め、やはり音が聞こえないことを確認し、訝りながらもう一度振り返る。
 果たしてそこにあったのは、半透明の腕が二本。空間に活けられた花のように、ぶらりと空中に浮いていた。
 これは結構なホラーだ。大の男でも尿漏れを引き起こすに値する。当然彼女も恐怖のあまり絶叫し、家に逃げ帰って必死に家族に説明したのだが、誰も信じてくれなかった、とぼやいていた。


 最後に、男子A。やはり昨日の夜八時前後。俺の家から割と近い、駐車場の一角。
 車好きの彼は、塾帰りに通りがかった駐車場で、何とかって名前がついた外車(懇切丁寧に説明してくれたが、残念ながら覚えられなかった)を見つけ、近くで鑑賞するために走り寄っていった。
 車の元にたどり着き、流線型のボディに鼻息を荒げながら頬擦りしようとしていた彼だったのだが、しかし耳の中におかしな音が入り込んでくることに気付き、咄嗟に口を覆う。
 泣き声。幼い少女のような泣き声が、すぐ傍から聞こえてくる。しかし、確認できる視界の中には誰もいない。一体どこから?
 彼は肌が粟立つ気配を感じながらも、声を頼りに車の裏に回った。
 そして見つける。
 ビルの裏手と車の間に存在するわずかな空間。そこに、年若い少女が座り込んでいるではないか。
 一拍分驚いていた彼が我を取り戻し、どうしてこんな所で泣いているのか、と少女に声をかけようとした瞬間。
 しゃくり上げるような泣き声がテレビのボリュームを落とすかのように遠のいていったと思ったら、少女の姿そのものがぼやけていき、やがて暗闇に溶けるように消え去ってしまった。
 後に残されたのは、手を上げかけた格好のまま固まった彼と、性能がやたらといい外車が一台。もっとも車の存在は、既に彼の頭から消えていた。


720:非単調ラブロマンスは微睡まない 11
07/01/22 02:19:54 hNuiLuYr

 学校を出た俺たちは、女子Bの証言にあった細い路地に向かった。山道を散歩するには遅すぎる時間だし、こっちは鶴屋さんを送るついでに立ち寄れる場所だったからだ。
「昨日の夜から今日の朝にかけて三人も同じようなものを見てるってのは、こりゃ本当になんかあるかもねっ」
 隣を歩く鶴屋さんは犬でも連れてピクニックに来たような風情だが、ロケーションはそれに全く反比例していた。
 周りを見れば、生垣や囲いと、それに抱き合うように密着して建てられた家の壁がほぼ切れ目無く連なっており、閉所恐怖症の人はご遠慮した方が良さそうなほどの圧迫感を覚える。
 しかも日当たりが悪いのか、窓もあまり見当たらず、そのため漏れる光も微々たる物で、夕方の今はまだマシだが、日が完全に落ちれば相当暗くなるだろう。
 元々道として作ったというよりは、自然とできた家と家の隙間と言った方が正しそうだ。近所の人しか知らない抜け道なのかもしれない。
 中途半端に漂う生活観と共に、緑と無機物の隙間が黒く覗いていて、要するに、結構それっぽい雰囲気なのだ。
 俺が道を間違って映画監督にでもなった暁には、是非ホラー映画の一幕として使わせていただきたい。
「ほらほらキョンくん、キョロキョロしてないで写真撮らにゃっ。それともひょっとして、もう取っ憑かれちまったんかいっ?」
 俺は不甲斐なさを見せまいと即座に否定の言葉を返し、デジカメのシャッターをパシャパシャと切り始める。何枚か撮ったあとで画像を閲覧し、妙なものが写り込んでいないか確認する事も忘れない。
 そうして密かに胸を撫で下ろしていると、隣を歩いていた鶴屋さんが、いつの間にか俺の半身にひしっとしがみ付いているではないか。スープが冷めないどころか、コアラとユーカリのような距離感。
「鶴屋さん、それは流石に密着しすぎなんじゃ……」
 人目が無いからといって、客観性を欠いていいわけではない。常識ある一般人は、常に節度を持って行動しなくてはならないのだ。 
「だってだって、ここめがっさ狭いんさ。不可抗力って奴だねっ」
 しかし、二つの控えめと言えなくもない感触が肋骨に伝わるにあたり、頭頂部がやかんを空焚きしてしまいそうなほどヒートアップしてくる。
「わっ、キョンくん、何か体温上がってない? わははっ、顔もまっかっかだっ!」
 頬擦りされる感触が、制服越しに伝わってくる。これはヒートアップどころかショート発火まで行ってしまうかも……
 いや、ダメだ。理性の醒めた氷を絶やしてはならない。思うに、人間がここまで進化し発展する事ができたのは、本能と対を成す理性が枷のように自由すぎる精神を、
「えいさっ!」
「おわっ」
 考え事というか意識階層の深いところまで行ってしまいそうになっていた俺の肩口に、意外と力の強い細腕が巻きつき、二人分の体重を受けた膝は強制的に関節のボルトを緩める。
 そして鶴屋さんは、ボディにパンチを浴びせられたボクサーのように下がっていく俺の顎を捉え、
「ちゅっ」
 唇の端に湿った感触がストロボじみた余韻を一瞬残し、皮膚の弾力性に弾かれて消える。
 あんぐりと口を開ける俺に対し、鶴屋さんは上気した頬を隠すように無邪気な笑顔を浴びせながら、
「昨日のお返しだっ」
 俺は綱の上から飛び降りそうになる理性を論理的思考で説得しつつ、ここをロケ場所にするならホラー映画じゃなくてラブロマンスだろう、と先ほどの自分の誤りを訂正するのだった。


721:非単調ラブロマンスは微睡まない 12
07/01/22 02:21:05 hNuiLuYr

 奇跡的に脳内サーカス団は綱渡りを成功させ、おかげで神経が彫刻刀で研ぎすぎた鉛筆と同程度の細さになったことはさておき、あらゆる意味で無事鶴屋さんを自宅に帰した俺は、一人駐車場の前に立っていた。
 男子Aの話に出た、あの駐車場である。丁度帰る途中の道なりにあるのだから、今日まとめて撮ってしまおうという魂胆だ。
 車が二台入っている寂れた駐車場の全景をデジカメに収めたあと、今日はどうも不在らしい高級外車が停められていたという隅っこを接写。
 数枚撮り終えてデジカメから顔を離し、人の気配がさらさら無い駐車場を見渡す。国道に面したこの辺は、さっきの路地と違って、いかにもな雰囲気は感じられない。
 それでもあんな話を聞いたあとじゃ、どことなく怖いように感じてしまうから不思議だよな。あまり長くいるのはやめておこう。見栄を張る相手ももういないし。
 足早にその場を後にしながら、撮り終えた画を確認してみたのだが、泣き顔の少女なんて写っていなかった。拍子抜けのような、一安心のような。
 複雑な感慨を覚えつつ家に戻った俺を出迎えたのは、二階からせわしない足取りで降りてきた妹だった。
 どうしたんだそんなに慌てて。ススワタリでも見つけたのか。
 妹は俺の目の前で急ブレーキをかけるなり、
「キョンくん、お客さん?」
 お客さん?
「何だよ、誰か来てるのか?」 
 足元を見ても、玄関の靴は家族の人数分しか無い。裸足で他人の家にお邪魔する類の知り合いなんていたか?
 俺が疑問をもてあましていると、妹は油揚げが目の前で消えた狐のように首を傾げ、
「今、家の前に女の人が立ってたでしょ? お客さんじゃないの?」
 女の、人?
「……何言ってんだ、お前」 
 妹は指揮者のように大げさな仕草で手を振り回し、
「だからぁ、女の人~。キョンくんのうしろから来てたでしょ~?」
 俺の後ろから、誰か。
「……そんな奴はおらん。あんまり変な嘘をついてると、舌を抜かれちまうぞ」
 胸に去来するざわめきを否定するために、妹に向かってそう告げると、
「嘘じゃないもん! だってあたし二階から見てたもん! キョンくんがおうちに入ったあと、すぐ後ろから女の人が来て、そこに立ってたもん!」
 妹が指差した先には、俺が閉めた時のまま沈黙を守る扉がある。
 壁より薄い一枚の境界線。 
 その向こうにいるのは、誰だ?
「中に入ってろ」
「ぶー、何でよぅ?」
「いいから、入ってなさい」
 俺は妹をリビングのドアの先に押しやると、靴下のまま玄関に下りる。
 僅かな隙間から漏れ出る夜気にまぎれた寒さが、タイル張の溝に溜まっていて、踝までが水に浸かったように冷えた。
 脳裏をよぎるのは、すすり泣く少女の話。想像の中で彼女は顔を上げ、俺の足跡を這って辿る。ひどい妄想だ。そういえばこないだも妙な視線を感じた時が有ったが、あれも妄想だったな。
 背筋まで這い登ろうとする悪寒を感じながらも、音を立てないように数歩進み、ドアの覗き穴に右目を近づける。
 球状に映し出される、家の前の風景。仄かに浮き出る川のような道路と、明かりが灯った向かいの家。
 誰もいない。
 俺は一度瞬きをしたあと、そのままドアノブに手を回して一息に開き、転がるように外に飛び出て、家々の明かりに照らされた周囲を見やる。
 そこには、誰も、
「あれ~?」
 いつの間にか、言いつけを守らずに外に出てきた妹が、裸の足で俺の周りをぐるぐると回っている。
 俺は飛び上がりかけた心臓を押さえ、首筋の汗を拭いつつ、
「ほら、誰もいないだろ」
「えー!? でも、本当にいたんだよ? あたし嘘ついてないよ~!」
「わかってる。嘘だなんて思っちゃいないよ。ほら、いいから中に入ろう」
 ぐずる妹を連れて家の中に入ると、鍵とチェーンを注意して掛け直す。
 部屋に戻って駐車場で撮ったデジカメのデータを見ても、ただ車の不在を示す白線の数字と、真新しい白いフェンスの向こうで背中を向ける灰色の雑居ビルが、液晶に表示されているだけだった。



722:非単調ラブロマンスは微睡まない 13
07/01/22 02:23:16 hNuiLuYr

 ひどく寝苦しかった昨晩を経て、いつもより一時間早く目を醒ました俺は、鶴屋さんと共に女子Aの話にあった山林地帯へ出向いていた。
「ふぁー、ねっむぅー」
 名称不明な鳥の鳴き声を縫って、鶴屋さんの眠そうな声がすぐ後ろから聞こえてくる。だから無理して来ないでもいいって言ったじゃないですか。 
「いやいや、あたしも文芸部だし、朝の空気は気持ちいいし、運動は美容に効くらしいからねっ。一石三鳥ってな具合だよっ」
 俺の横に並び、キリンと背丈を争うかのように背伸びした鶴屋さんは、そのまま普段のパッチリとしたまなこに戻ると、
「それにしてもキョンくん、今日はめっさ気合はいってんねー! 普段朝はぐーたらしてんのにさぁ、何かあったんかいっ?」
 鶴屋さんの言葉どおり、俺はさっきから気合を入れて写真を撮りまくっていた。とは言え別に前向きな理由じゃなく、正直、この調査を早く終わらせたかっただけなのだ。
 昨日の妹の話は、うわ言として片付けるにはインパクトが強すぎた。あれが嘘だとしたら、俺はあいつにアカデミー主演女優賞と脚本賞をダブル受賞させてやってもいい。うちは近所でも有名な演技派ファミリーとして認知されるだろう。
 無為に不安にさせたくないので鶴屋さんに話してはいないが、それでもこんな所に自分の彼女を長く置いておくべきじゃない。さっさと学校に戻らなければ。
 あー、やっぱ幽霊特集とかやめときゃよかったぜ。触らぬ神に祟りなしと言うが、触っちまったあとのことを諺にしてくれた奴はいないんだろうか。
 俺は諸々の思考を、
「急がないと遅刻しちゃいますから」
 の一言で済まし、シャッターを切りまくっていると、
「キョンくんっ、こっち来て!」
 数メートル離れた場所から、鶴屋さんが手招きをしている。俺が素直に近づくと、
「ほらこれ、足跡じゃないかなっ!」
 確かに、鶴屋さんが屈み込んでいる一帯は、枝なんかが踏みしめられた跡がある。風に散らされてない所を見ると、昨日今日できたものみたいだ。
「この辺はまだ浅いですからね。散歩しに来る人だっているんじゃないですか?」
「でもほら、この跡辿ってみてよ」
 鶴屋さんは針のように細い指をすっと動かし、俺の目線を誘導する。
 ここいらの山林は浅く、まだ木立もまばらで、すぐ傍から通学路が見渡せるぐらいだが、右手の方に行くほど木立が深まり、鬱蒼とした森になっていく。
 そして足跡は、右手の方に向かっていた。


723:非単調ラブロマンスは微睡まない 14
07/01/22 02:23:53 hNuiLuYr

「ね、ね、キョンくん! 行ってみ」
「ダメです」
 最後まで聞かずに却下する。
「写真は沢山撮れました。もう十分です」
 あんな所に鶴屋さんを連れて行けない。いくらなんでも遭難はありえないが、ちゃんとした道が無いんだ。怪我する可能性は大いに有りうる。
 それに、昨日のこともあるせいか、何だか不安だった。
 強硬な姿勢を取る俺に対し、
「でも、ひょ……」
 鶴屋さんは何事か言いかけて飲み込むと、またすぐに、
「あたしは最後まで確かめてみたいんさっ! 中途半端はいくないよっ」
 対峙する両目は真剣だ。
 ……まったく、基本強引なタイプだからな、この人も。
 俺は譲歩しようと、
「万が一、危ない人がいたりしたら大変です。俺が一人で見てきますから、鶴屋さんは学校に戻って……」
「大丈夫だよっ! 危なそうなら途中で引き返せばいいんだし。それに、ほらっ、じゃーん!」
 ネコ型ロボットのように鶴屋さんがスカートから取り出したのは、掌サイズの無骨な鉄の塊……スタンガンっていう、アレか? 何か思ってたのより大分小さいけど。
「お嬢様のたしなみってやつ? なんせ世間には不埒な連中も多いからねっ! この鶴屋家特製改造スタンガンでビリッとやれば、カンガルーでもノックアウト間違いなしっ!」
 迂闊なことをしないで良かった。もし辛抱堪らず鶴屋さんを襲っていたら、今頃俺の内臓はウェルダン気味になっていたことだろう。できるだけレアでいたいものだ。
 胸を撫で下ろす仕草をどう取ったのか、鶴屋さんはわたわたと手旗信号のようにスタンガンを振り回すと、
「だいじょぶだいじょぶ。キョンくんにだけは何されたって使わないから……って何言わせんのさっ!」
「はぶぅっ!」
 一人で身悶えながら、俺の頼りない腹筋に左の掌底を叩き込んだ。えらく綺麗に入ったんだが、これもお嬢様のたしなみなんだろうか。
「わっ、わっ、ごめんよっ! キョンくんが野外でいやらしいこと言わせるプレイをはじめるから、恥ずかしくてついっ!」
 そんなプレイしてないです。人生で一度もしたことないです。特殊な性癖も今のところないです。
 腹を押さえていた俺の手を、鶴屋さんは一転して優しく握ると、
「ね、キョンくん。行ってみよ? 一緒に」
 ……どうして、そんなに、
「わかりました。でも、ちょっとだけですからね。あんまり遠くまで続いてるようなら、途中で引き上げます」
 俺はそれだけ言って、鶴屋さんの手を握り返した。 


724:非単調ラブロマンスは微睡まない 15
07/01/22 02:24:50 hNuiLuYr

 結局、足跡は緑深い場所の入り口辺りですっかり途切れてしまっていた。
 こんな所で誰が何をしていたのかと考えると疑問が残ってしまうのは否めないが、俺はもう少し調べようという鶴屋さんを、学校が始まるからと言い含めて連れ出した。
 もう十分記事を書く材料は揃った。これ以上調査するのは、百害あって一理無しだ。好奇心は猫以外だって殺す。
 あんまり深入りするとまずいことが起きそうな予感がするんだ。俺の予感は狙ったように悪い方ばかり当たるからな、昔から。この才能を生かせる職につきたいが、絶対ろくなものは無いだろう。
「なーんかありそうな気がするんだけどなぁ」
 昼休み。久々に鶴屋さんが弁当を作ってきてくれたというから部室に行くと、玩具をねだる子供のような顔をしたご本人に出迎えられた。
「何かあったら困りますよ。薮蛇どころか藪幽霊なんて、あんましシャレになってません」
 子供を諌めながら漆塗りっぽい一重の重箱を開けると、色とりどりのおかずが花火のような豪華さで視神経を突き抜けて味蕾を刺激する。こいつは、たまりません。
 俺は手を合わせてお辞儀をしたあと、これまた高級そうな桜模様の箸を掴み、F91並の速度で玉子焼きを接収しようと、
「あ、こらっ! 待った、タンマだよタンマ!」
 え? いただきますの挨拶は一応済ませたんですけど。
 隣に座っていた鶴屋さんは困惑する俺の手から目にも止まらぬ早業で箸を引き抜くと、狙っていた玉子焼きを器用に掴み取り、
「はい、口を開けるにょろ」
 ……また変な漫画読みましたね。
「影響されやすいお年頃なのさっ。というわけで、あーん」
 それはいくらなんでもプライドが、というか何と言うか、ぶっちゃけ恥ずかし過ぎる。この現場を写真に押さえられたとしたら、俺はあっさり脅迫に屈するだろう。テロリズムの脅威。
「いいから口開くっ。あんまわがままばっか言ってっと、あたしだけで全部食べちゃうんだからねっ!」
 そんな横暴な。こんな美味しそうなものを目の前にして食えないなんて、デジタル放送の料理番組じゃあるまいし。
 胸の内ではレジスタンス活動を展開していた俺は、視覚と嗅覚に同時に訴える玉子焼きに屈して、口を開いた。超マヌケ面。鏡を見なくてもそんぐらい自明だ。
「そうそう、素直なキョンくんが大好きさっ。はい、あ~ん」
 ふっくらとした卵焼きが俺の口に突っ込まれると同時に絶妙な甘さが口の中に広がる様は、まさに味のエレクトリカルパレード。
 ニワトリになるとは思えない柔らかさの玉子焼きを飲み下したあと、もう何でもいいから全て食べてしまいたい、と堕落しかけていると、箸がやおら引っ込んで、
「もう、そんなにがっついたら口元よごれちゃうよっ」
 いや、がっつくも何もまだ一口しか食べてないんですがと言おうとした俺の口元を、鶴屋さんは自分の舌でちろりと舐める。
「んー、我ながらいい出来だっ!」
 ひょっとしたら俺たちはバカップルなのかもしれない。


725:非単調ラブロマンスは微睡まない 16
07/01/22 02:25:46 hNuiLuYr

 その後の俺は、まさに言いなりだ。一度堕ちれば人間際限なく堕ちるもので、すっかり完食してしまう頃には、自分の手を一切使用しない食事も悪くないかもしれない、とか思う境地に至っていた。ブッダ超えたね確実に。
 そのまま入滅に入ろうとしていると、重箱を片付けていた鶴屋さんは、後ろに立てかけてあったパイプ椅子を俺たちの間に一つ開き、
「じゃ、次は食休みっ。さぁキョンくん! あたしの膝を枕代わりにして一眠りだっ!」
「……いや、机で十分で」
「とうっ!」
 襟首を掴まれたかと思いきや、視界がくるりと半回転し、鶴屋さんの膝に強制的に顔を埋めさせられる。
 というかこれは決して膝枕とは言えず、体勢的に割とまずい部類に入るのではないだろうか。だって目の前真っ暗だし。スカートの海で溺死。ギネスに認定されそうな勢いだ。
 俺は鶴屋さんにこの状態がいかに危険かを進言しようと、
「ふふふぁふぁん、ふぉっふぉふぉふぇふぁふぁふふぃんふぁ」
「ぷははっ、ちょ、ちょっとキョンくん、く、くすぐったいよっ!」
「おいーっす。暇なんで遊びに来たんだけ…………」
 なんか余計な声が一つ多いような気がする。まさか、誰か来たのか? 
 やべえ、脅迫が現実のものとなりかねない。言い訳しようのない状況に見えるかもしれないが、何とか上手く取り繕わねば。
「お、谷口くんじゃん! おいっすっ!」
「う…………ぶはっ、て、なんだ谷口かよ」
 入り口で石膏のように固まっているのは、たしかに見慣れた顔だ。
 ほっとしたぜ。今の場面を教師なんかに見られてたら確実に冤罪退学させられるところだった。
 一息ついた俺が状況を正確に説明しようとする間際、谷口は素の表情で、
「すんません、部屋間違えました」
 いや、間違ってないだろ。
 どうも完全に誤解してしまっているらしい谷口は、新作人型ロボットのようにぎこちない動きで廊下へと消えたかと思えば、
「完全に淫行だーーー!!」
 耳に残るシャウトを振りまきながら、遠くどこかへ去ってしまった。あいつ、ぐれたりしなきゃいいけどな。夜中にトランペットを吹きはじめたりしたら末期だ。
「わははっ! 相変わらずおもろいなぁ、谷口くんってさっ」
 おもろないですよ。妙な噂立てられたらどうすんですか。
「いやぁ、黙っててくれるっしょ。キョンくんはもっと友達を信用した方がいいよっ。それに言われたら言われたで、開き直っちゃえばいいんじゃないかなっ!」 
 今でも割と開き直っているつもりなのだが、これ以上開いてしまうとパンドラの箱的なものまで開いてしまいそうで恐ろしい。
 思わず眉根を寄せてしまっていたのか、鶴屋さんは小さく笑いながら俺の額を伸ばすように撫でた。
 鶴屋さん、今日は妙にひっつきたがるな。まあ、それに対する不満なんて素粒子ほども無いわけだが。今までもこういう事たまにあったし。きっとそういう日なんだろうさ。 
 されるがままというのも癪ではないが、俺も手持ち無沙汰だったので、目の前に垂れ下がった長い髪の一房を指で掬う。相変わらずサラサラだった。本当にどうやって手入れしてんだ?
 しばらくそうしていると、視界がオブラートに包まれるように遠くなっていく。
「目がトロトロしてるねっ。眠い?」
 微かに目を動かせば、いつもより落ち着いた微笑を浮かべる鶴屋さん。俺にはもったいないお嬢様。柔らかくていい匂いがする。誰にもやらん。
 胡乱になっていく思考を押して、眠くないです、と言おうとしたが、あくびしか出なかった。食べた後で横になるのは、これだから良くない。
 囁く声が聞こえる。
「いいよ。ほら、寝ちゃいな。あたしは大丈夫だからね」
 じゃあ、少しだけ。きつくなったら、すぐ起こして下さい。
「わかってるから。だから、おやすみ、キョンくん」
 額に添えられた暖かい手の温もりを感じながら、意識はたゆたうように溶けていく。
 ずっとこうしていたいですね。眠りに落ちる間際、俺はぼんやりと本音を言った。
「……うん。あたしも、ずっと」



 だけど、そうはならなかった。
 鶴屋さんが予感していたように、やがて日々の終わりは幽霊騒ぎの真相という形を取って、俺の目の前に現れる。



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