【友達≦】幼馴染み萌えスレ10章【<恋人】 at EROPARO
【友達≦】幼馴染み萌えスレ10章【<恋人】 - 暇つぶし2ch2:名無しさん@ピンキー
06/10/28 04:05:33 4o2KH2Od
ついに2桁の大台ですね。
では、新作・連載の続きをともに待ちましょう。
ジークおさななじみ。

3:名無しさん@ピンキー
06/10/28 04:22:20 B1pA8pqb
>>1乙です。

4:名無しさん@ピンキー
06/10/28 04:36:44 FgEzijLx
>>1乙!
このスレでもどんな話が来るか楽しみだ

5:名無しさん@ピンキー
06/10/28 04:41:05 hWGoeQbz
乙ななじみ!
そろそろシロクロの続きがくるんでないかとwktk

6:名無しさん@ピンキー
06/10/28 09:07:47 aNPBS4bk
>>1

7:名無しさん@ピンキー
06/10/28 19:43:13 +utxUHcw
>>1

中高一貫男子校にいたおいらは完全に幼なじみとの接し方を忘れてしまったわけだ
社会人なって久しぶりに会ったんだが気まずいのなんの

8: ◆tx0dziA202
06/10/28 20:10:11 99M7rFKX
僭越ながら、保守代わりに投下させてもらいます。
こんなものが新スレの最初というのもなんですが……

9:our treasure town is rusted whitely
06/10/28 20:10:55 99M7rFKX
「ガッデム!何で負けるんだ? 確変どうなってんだ、これ。
ちくしょ、もう一回だ、もう一回!」
「……やるからには本気でやってくださいよ……。これじゃ何のためにこんなところまで来ているのか分からないです……」
「……」
「あやー、やっぱこうなるわけね。」

目も眩む人工灯火が明滅し、この世の物として自然ではありえない音塊が飛び回る。
この場は、一歩ここのガラス張りの自動ドアから出た時のテンションでは相応しくない場所だ。
行われているのは饗宴、それも機械による娯楽がこの盛り場の骨子の正体なのである。

一行がこの場、ゲームセンターに入って約半刻―。
その時分のメンバーの台詞が上記のものである。
あえてどれが誰のものかを言えば、上から淵辺、四条、高槻、雛坂という順となっている。
余談ではあるが、半刻とは一時間程度を指すことを追記しておこう。

現在、彼らは10mち離れていないものの、明らかに2グループに分かれている。
まんまと挑発に乗った四条と淵辺の、前者が後者を蹂躙するだけのパズルゲーム台グループ。
そして、入店当初のうちはその二人を眺めていたものの、暇なので店内で適当に時間を潰すことにした高槻、雛坂のグループである。

「……分かってるなら止めて欲しいんだけどね、雛坂。何で毎回毎回同じ事を……」
特に何かをやることもなく手持ち無沙汰な高槻が、左前方に離れた四条と淵辺の対戦台を気にしつつ弾幕シューティングの筐体に齧り付いている雛坂に問いかけた。

「ん? 楽しいからに決まってんじゃない。……っとと。あんただって何だかんだ言いながら……よっ、楽しんでるくせに。ねじくれた精神だわね、と、行けボンバー!!くたばりやがれー!」
「……雛坂、画面に合わせて体動かしても意味無いよ。それと最後の僕かゲームかどっちに言ったの?」
「誤ー魔ー化ーさーなーいーの。うりゃあ、落ちろカトンボー!! ほんと素直じゃないわよねー、あんたたち……。あー!死んだー! 当たってない、当たってないでしょ今の!!」

雛坂はジト目+横目で高槻を一瞥。その瞬間ボスに撃墜されたため、ち、と舌を鳴らしつつ休憩することにする。
舌を鳴らしたのは何も集中力の回復のためのみではなく―すぐ近くに立っている少年に向かう、とある少女の感情への少年自身への苛立ちも含んでいた。
「……こんな朴念仁のどこがいいのかしらね。」
空虚で、しかし確実に人を圧迫する店の雑踏にまぎれ、その自己否定すら漂う呟きは高槻には聞こえない。
差から、雛坂はもう一言だけ、自分を納得させるために言葉にする。
「……でも。だからこそ、私はおこぼれに預かれてるのよね……」
雛坂の眼が物憂げな色に満ちていることには気づかない。
皮肉気に口端を歪める彼女自身も、一人だけ立ち位置の違う高槻も―

「? 何か言ったかな。」
届いたのは、彼女が何かを口にした気配のみ。
高槻が彼女を再度視界に捕らえる頃にはすでに、雛坂はその顔を、からかい癖はあるが、気風が良く誰にでも好かれる“雛坂神子”の明るい笑みへと切り替える。
「んー、別に? 何にも。それよかタキもいつもんとこに行ってきなさいよ。
退屈でしょ?」
投げやり気味に告げつつ顎を傾け、雛坂はここに引きずり込むたび高槻が必ず向かうその場所―フライトシミュレータを差した。
そこに先刻の憂鬱さは微塵も見出せず、故に高槻は彼女への関心をさほど持たずにまったく別のことで気落ちした顔を彼女に返す。

「……手持ちがないんだよ。」
高槻はそう項垂れがちに言ってポケットをひっくり返す。成程、そこには何も財布のようなものは無い。
「そのくらい別に貸してあげるわよ。……あれ、古本屋に行ってたのにお金は?」
懐に手を入れながら、雛坂はふと疑問に思ったことを片眉を下げながら口にした。
雛坂は変な所で繊細(淵辺に言わせれば神経質)である事は高槻の中で承知の事実であり、胸元に手を入れて硬直する雛坂の石化を解くために、疑問を解消しておく事にする。
「取り置きを頼みに行っただけだから。明日はもう正月だし、臨時収入が入るまで売らないで欲しいってね。」


10:our treasure town is rusted whitely
06/10/28 20:11:26 99M7rFKX
「なる。……と、はい。とりあえず二千円ばかしでいい?」
ようやく茶色く古ぼけたがま口を取り出す。
胸ポケットに入れたとばかり雛坂は思っていたが、実の所それはズボンのポケットから出てきたので必要以上に高槻の眼が痛い。
……とは言っても、高槻自身にそんな非難は全く浮かんでいないので、単なる被害妄想の類であることに雛坂は気づき、余計にばつが悪くなった。
それを打ち消すためのからからという笑いをつけ、両替は自分で行えという旨を高槻に伝える。
了解とばかりに目線だけで肯定を告げる彼を尻目に、伸びをしながら、みし、と体をならして雛坂も立ち上がった。

「どうしたんだい?」
「ん。そろそろ終わらせないとね、あの二人。」
指差す先には四条と淵辺。淵辺はどうやら頭に血が登っているようで、むきになって四条に挑み続けているようだ。
と、四条がこちらのほうに引きつり気味の笑みを向ける。どうやら“へるぷみー”とでも言いたいらしい事は高槻はすぐに感づくが、さてどうすべきか。
ふと隣を見れば、雛坂は腕を組んで苦笑。
「ミズキチは一見マイペースに見えて押しに弱いし、セーギは懲りることを知らない……ってか、ああやって格上の相手に挑むこと大好きな“男の子”だし。
やれやれ、ってとこよね。」
「……?」

余りにも自然に告げられた雛坂のあきれ台詞ではあったが、少し高槻はそこに引っかかりを覚えた。
わずか数瞬で、高槻は思考を展開させる。
押しが弱い、という雛坂の四条観。そこに多少の疑問を抱いたが、彼女にとってはそうなのだろうと思考を強引に自己完結させることにする。
自分は四条にいつも引っ張りまわされているが、何せ雛坂は天性の皆のリーダーだ。
四条の生徒会長という肩書きは殆ど飾りで、生徒会の活動の殆どは彼女が決めているといっても過言では無い。
そのつけが自分独りに回ってくる高槻にとってはもう少し活動を自粛してもらいたいのだが、マイペースな四条よりも人使いが荒いのは確かだ。
彼女にとっては、高槻を引っ張りまわすに十分な四条のマイペースさすらも十分押しが弱いと感じられるのだろう―と。
高槻の思考がここまで到達するのにわずかに一秒足らず。
まあ、どんな考えがあるにせよ、雛坂の行動力なら十分二人を止められるだろう。

「あー……。悪いね。任せたよ。」
僕が行ってもやることないしなあ、と高槻は自分の分をわきまえて雛坂頼りに。
「? 何であんたが謝る必要があるのよ。」
「いや、四条の後始末するのは僕の役割だしさ。」
歯に衣着せぬ高槻にも先ほどと同じ笑いを見せて、雛坂は
「んじゃ、任せなさいな。」
と、高槻のいる場所を離れ、二人に向かっていった。


「くそぉ、やらせはせん、やらせはせんぞ!」
「あの……そろそろ本当に終わりにしたいのですけど……」
困り顔ながら笑みを絶やさない四条と、台詞の裏腹、心底楽しそうにやはり笑みを浮かべる淵辺。
……と。淵辺の筐体の上に影が差した。
影は四条が気づいたと同時に彼女を回りこむように前方へ移動し、その姿が淵辺にまとわりつくように覆いかぶさった。
「い・い・か・げ・ん・に・しなさいっ!」
「うおおっ!!」
いきなり後ろから首を掴まれ、淵辺が軽度のパニックに陥る。
「ギ……ギブギブギブ! 落ちる! 落ちるって!」
手の行う動作が“掴む”から“絞める”に変わったため、抜け出そうと淵辺がもがく。
動きが次第に激しくなってきたのだが、店の中で暴れられても困るため、とりあえず雛坂は手を離すことにした。

「ゲ、ゲホ、ゲ、ゴ、ゴホッ…… いきなり何しやがる!!」
店の中にこそ響かないが目の前の人間には十分大声と感じられる強さで、淵辺は背後の人間―雛坂に怒鳴った。
「何かしてんのはセーギのほうでしょうが……
ほら、ミズキチ困りきってるじゃないの。さっきからもう30分近く経ってんのよ?」
対する雛坂は、しかし慣れたもの。
別段怯えることもなく、すまし顔で四条を筐体前から引っ張り出して立たせる。
「あ、あらあらあら?」
効果は覿面。即座に、苦笑する四条を目の前に淵辺は怒気を削がれることになった。


11:our treasure town is rusted whitely
06/10/28 20:12:06 99M7rFKX

「え? あ……、すまん水城。」
「いえ、たまにはこういうのも悪くないかと思います。
……とはいっても、やっぱりこの空気には慣れませんね。 もう少し静かなら来るのに抵抗はないんですけど……」
左手を筐体の上に寝かせ、右手のみで片耳を抑えながら眉を下げた微笑の四条をよそに、淵辺は本気ですまなそうに脇を向いている。
が、なんとも言えなさそうな顔で雛坂が自分を見ていることに気づき、慌てて視線を下にそらした。

「……そういえば、薪は?」
四条は自体が一段落してすぐ高槻がいないことに気づく。
視線を淵辺から雛坂にスライドさせながら、先ほどまで一緒でしたよね、と呟くように雛坂に問うた。
笑みの割合を少なくして、少しばかり戸惑うような表情の四条に対し、雛坂は別の話題にすり替え、答えを言わない。

「ミズキチってば、本当にタキの事好きなのねぇ……」
……と、雛坂が言い終わる前に、四条の顔が一気に赤く染まった。
「え? あ、あ、あ、あの……みみみ神子さん!?
こ、こんなところで何を、ええと、公序良俗に反することを言うんですかぁっ!
ふざけないで下さい!」
……と、四条がよくよく見てみれば、雛坂からは茶化す様子はさほど感じられない。
四条は一瞬疑問に思うが、同時に今の自分の取り乱した態度に気づき、びくり、と震えた。
「――!!」
小動物がごとく、四条は怯えを見せる。
そんな四条に対し、雛坂は腰に手を当て苦笑。労わりの意思を込めた、優しげな目つきで四条を見据える。

「だいじょーぶ。あのバカはずっとあっちで自分の世界浸ってるから。
私たちの前でくらい、少しは気ぃ、抜きなさいな。ね?」
「……神子さん……」
潤んだ眼で、長身には相応しくない上目遣いをする。
「ったく。あんたも疲れる生き方選んでるわよねぇ……」
雛坂の、中身とは裏腹な包容力ある語調に、四条はようやく平常心を取り戻した。
にこりと春の花のような笑みで雛坂に答えを返す。落ち着きある口調は、今しがた狼狽していた少女とは似ても似つかない。

「……自分で選んだやり方ですから。それに、こういう性格が私の理想なんですよ。
……結局、内心自分でどう思っていようと、他の人から私が落ち着いた人格にさえ見えれば、それが私の性格といって差し支えはないのだろうと思いますし。」
一息。
「……ほんと、子供っぽい考えですよね。
大人びた性格を演じていれば、子供じみた自分を露呈しなくてすむ、なんて……」
眉を下げた四条の笑み。
そこにどれだけの想いを込めているのかは、四条自身しか知りえない。
だから、雛坂は何も言えず―ただ、目を瞑るのみ。
人の絶対量の少なさにもかかわらず、取り繕ったように電子音が鳴り響く騒がしい店内とは裏腹に、沈黙が場を支配しようとしかけたとき―


12:our treasure town is rusted whitely
06/10/28 20:12:41 99M7rFKX
「それって、十分大人だろ?」
「……え?」
不意に、その空気を吹き飛ばす軽い声が二人の耳に聞こえた。
その主は、ずっとだんまりを続けていた淵辺正義だった。
「んー……二人の話に割り込んじゃ悪ぃかと思って黙ってたんだが、ちと言わずには置けなかったんでな……」
鼻の頭をかいて、淵辺はその先を言い渋る。
「あ、照れてる。柄でも無い。」
「うっせ……」
揶揄するような口調の雛坂に照れ隠しのぞんざいな言葉を投げたが、それをきっかけに淵辺は続きを言い始めた。
「……ま、大人ってのは一言で言うなら“我慢できる”奴のことだと思うんだよな、俺。
んで、水城は色々我慢して、それでもなおそうやって自分の理想貫こうとしてる。
俺からしてみりゃ、そんな水城は中身も外面もおんなじだよ。演じるも何もない、素のままの水城が水城の演じてる水城でな……
って、何支離滅裂なこと言ってんだ俺。ええとだな、もっと分かりやすく言うと……」
何度か口をもごもごとさせ、頭をかきむしる。
うまく言語化できず、もどかしがる淵辺に、しかし四条はくすくすと、口元に手を当てながら満面の笑みで感謝の意を伝えた。
「……有難う御座います、淵辺さん。」
10㎝にも満たないが、しかししっかりと頭を下げる四条と、明後日の方向を向きながらも目端でしっかりと彼女を捕らえている淵辺。
そんな穏やかなやり取りを見て、雛坂は場違いにも一瞬表情を消した。
が、すぐににやにや笑いを取り戻し、肩を竦めながら顎で方向を指し示す。

「あーそうそう、あっちよ、ミズキチ。いつものとこ。」
「……? 何がですか?」
言いながらも四条は雛坂の示した方向を顔を向ける……と、
そこには大型の乗り物型の筐体が置いてあるスペース。それだけで四条は雛坂が何を示していたのかすぐに気づいたようである。
「……成程。そういうわけですね?」
「ん。そゆこと。」
二人合わせて顔を見合わせ、頬を緩め合う。
見れば、そこには黄色い自転車に乗った高槻。彼が必死にそれを漕ぎつつ見つめる先には、空中をふらふら頼りなげに蛇行する人力飛行機を映し出した画面がある。
四条は柔らかな笑みを見せ、
「……本当、いつも変わらないんですから。」
と独り言。
そのまま淵辺と雛坂のほうを髪をなびかせながら振り向き、告げる。
「私、少しばかり薪のところに行かせてもらいますね?」

それを聞いた二人はそれぞれの返答を返す。
淵辺は片手を挙げてウインクをしながら、雛坂は親指を立ててにやつきながら。
「OK、俺たちゃこの辺りにいるからな。」
「二人でしっぽり楽しんできなさいよー!」
雛坂の台詞に顔を赤らめながらも、電子音が鳴り響きランプが明滅する店の奥へと四条は歩み始める。
と、数メートルも進まないうちに四条は立ち止まり、振り向きながらお返しとばかりに笑みを返す。
「お二人こそ、蜜月の時間を楽しんでくださいな!」
言い終えると四条は急いで俯き、早歩きになって高槻のもとへと向かっていった。


四条が高槻のもとまで着き、なにやら話し始めるまで硬直する淵辺。今の顔の向きではよく見えないのだが、どうやら雛坂も固まっているらしいということは感じ取れた。
人を呪わば穴二つ、とはよく言ったものである。
が、そのままじっとしているのもそれはそれで気まずいものであり、それ故に淵辺はどうにか雛坂に話しかけることにした。
「……まいったね。蜜月だってよ。全く、俺らそんな柄でもないのになあ……、な、ミコ。」
たはは、と笑いながら後頭部に淵辺は手を置き、オールバックが崩れないように頭を掻いて返事を待つ。
……しかし。
数秒待ったが、雛坂からの返答は返ってこない。
「……ミコ?」
肩透かしをくらい、淵辺はすぐ隣にいる小さな影に視線を向けた。
するとそこには、
「……柄でもない、か。そう……だよね。」
俯きながら、無意味に手を絡ませて淵辺を見ようとしない雛坂がいた。
声には先ほど四条を茶化していたときの張りがなく、その目は緩いウェーブを描いた髪に隠れ、見えない。

13:our treasure town is rusted whitely
06/10/28 20:14:18 99M7rFKX

「……すまん、ミコ。」
雛坂の漏らした呟きに、自らの失言が原因と悟った淵辺は取り繕うように謝罪を向けるが、
「……ね、正義。」
雛坂はそれを無視し、下を向いたまま語りかけた。
声色はますます青色を混じらせ、淵辺に対する呼び方も、本名を読み替えたいつもの呼び方ではなくなっている。
「……やっぱり、私の告白、無理して受け入れる必要なんて……なかったんだよ?」
じっと、感情を殺して放つ詞。
「……今ならまだ引き返せるよ。だってさ、正義は、正義が好きなのはさ……」
雛坂はゆっくりと、淡々と言葉を紡ぐ。
周りで煩く電子音が鳴っているにもかかわらず、ぼそぼそと呟くような言葉は、ひび割れた岩の上に落ちた水滴のごとく二人の間に染み込んでゆく。
内部まで行き渡った水は、岩を浸食して破壊へと至らしめる。ならば、言葉が浸食して破壊するものは何か。

……それ故に、淵辺の感情は逆に一気に燃え盛った。
「馬鹿野郎! んなこと言うな!」
「だって! ……さっきもさ、楽しそうにしてたでしょ……
……私は、昔から一緒にいるだけだもん。あんな楽しそうな正義、私と何かしてるとき見たことないもん……」
感情を押し殺したはずの声は、しかし、震えに満ちている。
それに気づいた淵辺は、だから無理やり雛坂の肩を掴んで自分のほうを向かせた。
彼女の四肢は力なく、赤子にそれを行うかのようにたやすく動かすことが出来た。
そのまま淵辺は雛坂の頭頂部と顎を持ち、くい、と首を上方へと角度を変えさせ、自分も雛坂を見下ろすのではなく、しっかりと目を合わせながら、あやす様に優しげで、しかし真摯な声色で話しかけた。
「……なあ、ミコ。あいつが別のヤツを見ているからって、その代用品にお前を使ってる、なんて思っているなら大きな間違いだからな。」
「……。でも、」
「でもも糞も無い。俺は、おまえと一緒に居ると他の誰よりも落ち着けるから、お前の告白を受けたんだ。
……それを、疑うのか?」

「……。」
雛坂は答えない。
既に淵辺の手は顔から離されている事もあり、再度俯いて目元を隠す。
「……ミコ。」
「―く。」
淵辺の更なる呼びかけに対し、突然、雛坂が体をくの字に折った。それも、痛みか何かをこらえるように。
よからぬ不安に駆られ、淵辺は雛坂を掴んでがくがくと前後に揺する。
「ミコ?……ミコ! どうした!?」

「く……あはははははは!こ、こんな簡単にコロッと行くなんて……
く、クサ……台詞クサ……
お腹、いた…………あっははははは!!」

腹を押さえ、雛坂は失敗した福笑いのような顔をした人間を見るがごとき笑いを見せる。
その拍子に上げた顔を淵辺が見れば、そこに浮かんでるのは哄笑の表情。
はじめ、あっけに取られていた淵辺だが……
今の状況に気づくと、ふつふつと怒りが湧いてくるのを止めることは能わなかった。
何しろ自分が常日頃から、内心気にしていることをネタにして笑われたのだ。学校では面倒見がよく、多少では怒らない兄貴分として通っている彼でも我慢に耐えないことはある。
「……テメ。」
雛坂に聞こえるか聞こえないくらいの声で呟いた淵辺は、一瞬で顔を染めると同時、眼前でまだ笑い続けている雛坂の頭を両握り拳で挟みつけた。
「あっはははははは……あ、せ、セーギ、あっははははは、ちょ、痛い、痛いって……
あっはははは……!ご、ごめ……」
ぐりぐりと拳をねじ回され、頭を両サイドから万力のように締め付けられながら、いまだに雛坂が笑いを止める様子は無い。


14:our treasure town is rusted whitely
06/10/28 20:15:03 99M7rFKX
「おーまーえーなー! 悪ぃと思ってんだったらいい加減笑うのやめろっての!!
……ったく、人の純情弄びやがって。ほら、こういうときはなんて言うんだ? ミコ。」
「せ、セーギ、私もう謝った謝った! ぷ、く……いた、痛い痛ああ!」
雛坂の発する声が本当に痛みを帯びてきたため、淵辺はとりあえずそこで許してやることにした。
腕を組みながら、先ほどまでわざわざ首を傾けて合わせていた視線を上から見下ろす形に変えて睨み付ける。
「うー…… 酷いなぁもう。ほら、涙出ちゃった。あー、止まらない……」
「自業自得だ、バカモン。これに懲りたら……」
……と。怒りを静め、あきれたという意思表示のぞんざいな言葉を投げかけようとした淵辺はしかし、そのことに気づいた。

雛坂の目の中が、ずっと泣き続けていたかのように、真っ赤に染まっていることに。
少し小突いたくらいでこれ程目が充血することなど―ありえない。
淵辺はその意味を考えようと顎に手を当てるために手を動かしたが……しかし途中でやめた。
雛坂は小突かれたために涙をこぼしたと言ったのだ。
……なら、それが本当なのだろうと淵辺は自分に言い聞かせ―言うべきことを言うことにした。
「二度とこういうことネタにすんじゃねえ!! ……わかったか!?」
同時、雛坂の頭に拳骨を落とす。
まきを割った音に近い小気味いい音が衝突場所から響き、雛坂は、
「あう~……、いったぁー……」
両手で頭を抑え、体育座りのような姿勢でうずくまった。
心なしか、旅行でしばらくぶりに我が家に帰ってきた時のような、うれしそうな表情で。



降る雪はいつの間にかやみ、それ故に路上は解けた雪の灰色とアスファルトの灰色という似て異なる2色に埋め尽くされている。
道の両側もやはり、灰色。古びた武家屋敷の塀は、基部こそ石垣ながらも年月に薄汚れ、今の季節はその石垣すら雪に埋もれ、その精密に組まれた石の頭しか見えることは無い。

―黄昏時のこの時刻、空は一面黄土色に染まり、見通すことは能わない。
夕日を雪雲が遮り、その黒い己の色に暁の色を混成させているためである。

……もはや日も暮れるこのとき、どこにでも居そうな四人の若人が武家屋敷の一角を目指して歩いていた。
わずかに先行く二人は腰より長い黒髪を持つ白いコートの女性と、わずかにウェーブを描いたショートカットの少女の二人。
後ろを歩く者の一人、暮れ行く空を二羽のカラスが北西から南西へと向かうのを何気なく立ち止まって見終えた、丸い眼鏡をかけた苦労人特有の雰囲気を持つ少年が、背中を見せてすぐ先を行く、髪の毛をオールバックにした親しみやすさ漂う男子に話しかける。


15:our treasure town is rusted whitely
06/10/28 20:15:45 99M7rFKX

「……そういえばさ。さっきみたいな事は止めてほしいんだけどな……」
ぴたり、と足を止め、その長身の青年―淵辺は首だけで振り返り、そのまま冷や汗を掻きながら絶句。
「……まさか見てたんじゃねえだろうな。」
顔の半分以上がこちらを向いているのを確かめ、少年こと高槻はわずかに頷く。
そして、腰に手を当て、はあ、と一息。
「……あのさ。二人がそういう関係なのは知ってるし、そのことに文句を言うわけじゃないけどさ……
公衆の面前であんなふうにいちゃつくのは止めてほしいなあ……」
「……時々思うんだがな。アレがんなシーンに見えるようなら眼科行け。」
話しかけられた淵辺は、ポケットに手を突っ込みながら横目を向ける。
その矛先の高槻は、しかしなぜそんなふうに言われるのかと頭の上にいくつも疑問符を浮かべている。
……興味あることや義務とか義理とかの厄介事にゃ信じらんねー集中力発揮すんのに、身の回りへの関心はとんと駄目と来たか。
毀誉褒貶のいずれにも当てはまることを淵辺は内心思うが、別に口に出すことはしない。
しない、のだが……どうやらすぐ斜め前の雛坂は感づいたらしい、軽く肘打ちで小突かれた。

だがしかし、当事者の高槻は全く理解していない様子である。自分のために雛坂が淵辺に注意してくれたことに気づきもせず、それどころか彼女の肘打ちに対して思ったことは、
「惚気るのは勝手だけどね……」
……と、当然見当違いの解釈しか見えていない。
「そもそもさ、せっかくの年末年始なんだから二人きりで過ごしたい物なんじゃないの?
わざわざ僕たち呼び出さなくてもさ。少なくとも僕はそうだな。」
高槻の言に、四条までも首を突っ込んで、そうですねー、とくすくす微笑みながら頷いており、気分を良くした高槻は恥ずかしげもなく理想のパートナー論を訥々と語りだした。
こうなると高槻は止まらない。普段抑圧されている分、話すときはいくらでも話すのがこの男だ。

「きょ、今日みたいなのは皆で楽しんだほうが得だろ!?
俺達ゃ皆で過ごしてるほうが性に合うんだよ!なあミコ!」
「そうね!こ、こうやって皆で騒いで遊ぶのタキもミズキチも好きでしょ!?楽しかったわね!!」
この二人にペースを握られると、いつまでも高槻がひたすら演説を続け、四条がイエスウーマンと化すのは分かりきっているので、淵辺達はは無理矢理テンションを高めて話題を変えることにする。
話を止められた高槻は嫌な顔こそしないが、淵辺と雛坂を哀れむようにみた。
やるせない気分になりながらも、淵辺と雛坂は古本屋での再現を阻止することに成功して、安堵の息を気づかれないように漏らす。

そんな二人を渋い顔で一瞥した高槻は、何とはなしに苦笑いしている四条と顔を見合わせ、目の前の二人と同じように同時に溜息をついた。
「……僕と四条はゲームセンターは嫌だって言ってたんだけどね……」
「あはは……。ま、まあ、そう頻繁に行きたいところではありませんね……」


高槻の言葉に彼の気苦労など知る由もない淵辺が、水城はともかくお前はんなこと言ってねーだろ! と無責任かつ的確な突っ込みを心の中だけで言っている時、
「ま、どっちにしろ時間は潰したほうがよかったでしょ?」
と雛坂が四条に向かってウインクしながら口を紡いだ。


16:our treasure town is rusted whitely
06/10/28 20:16:20 99M7rFKX

が、話を振られた四条は、どういうことかといぶかしみながらも微笑むという器用な事をしている。
しばらく、ん~、と顎に手を当て考えていた彼女は、しかし降参するように、
「? すいません、少しばかり事情が飲み込めないのですけど……」
と、眉をハの字にした笑みで雛坂に問い返した。

あー……、と、あらぬ方を雛坂は向いていたが、ぽりぽりと耳の前を掻きつつ口を中途半端に開けて返答。
「ほら、妹さん……今年、受験でしょ? 邪魔しちゃまずいかと思ったわけ。」

照れながらの彼女の言動を聞いて、四条は一瞬納得。
と、それと同時に眉根を下げ、申し訳なさそうな顔を作る。
「ええと……それはそうなんですが。」
「ん?」
「そこまで気にしなくても、別に問題はありませんよ?」
……と、感謝と謝罪の入り混じった表情の四条。
ちょっとした理由で、彼女の妹は受験勉強をする必要などないからだ。

「いいっていいって。単に遊びたかっただけってのもあるしね。」
……と、黙り込んでしまった四条に対し、それをふきとばすように子供のような表情であっけらかんと笑う雛坂。
彼女に対し、四条はいくつか何かを言おうとしたが……止めておく事にした。
……もう、数十メートル先に見えているのは、四条の家だ。
話すことがあれば、ゆっくりとそこで話せばいいだろう。
だから、四条は小走りで独り玄関に駆け寄った。
自らの手でかんぬきを外し、ゆっくりと門を押し広げながら、言う。
「……では、ようこそいらっしゃいました。」
真面目な顔つきになり、深々と帽子を取りながら頭を下げる。
上体を持ち上げ、大急ぎで被りなおした時にはすでにいつもの笑み。
「……さて。楽しい年末を過ごしましょう?」

門の向こうには十数メートル先まで広がる玉砂利敷きの道と、枯山水。
早く炬燵に入れてくれー、と、両手で体を抱きながら全速力で門を通り抜ける淵辺と、そんな淵辺を、全く、子供なんだから……と微笑ましそうに見つめたあと、首の動きだけで早く来るように、と高槻を促して淵辺を追う雛坂。
マイペースで歩きつつ、そんな二人を見送る高槻は、ふと辺りが早宵闇に包まれていることに気づいた。
空気は寒く、古びた電灯の光は黄色みを帯びて彼を照らす。
また雪が降りそうだな、と彼は思い、……そして、止めていた足を動き出す。
向かうは先ほどから門の横で白い息をはいている、白い服に黒い長髪の少女。
待つ必要なんてないのにね、と呆れ顔で告げることを考え、彼は苦笑を漏らす。
まだ夜は始まったばかり。皆で過ごす年末は、さぞかし楽しいことになるだろう。
きっと自分が苦労することになるんだろうけど。
考え、高槻は新雪を踏みしめてゆく。
……そして。言うべきことを言いながら、傍らの少女と一緒に門の中へと同時に一歩を踏み入れる――

17: ◆tx0dziA202
06/10/28 20:18:05 99M7rFKX
一応、前スレの>538からのものの後編だったのですが、とりあえずこれで後編は終わりです。
お付き合いくださった方、有難うございました。

18:名無しさん@ピンキー
06/10/28 23:31:32 aNPBS4bk
GJ!
神子と正義の関係が良いなぁ。
高槻と四条に加えて二種類の幼馴染みが楽しめた。

19:名無しさん@ピンキー
06/10/29 16:54:17 4ZJN+oyT
GJ!!
神子の微妙な感情の描写が楽しめた。
高槻と四条の話の続きも読みたいなぁ。進展するのかこいつら!?

20:名無しさん@ピンキー
06/10/29 22:59:00 AfE+pKBO
楽しく読まさせてもらいやしたが…作者さん京都か大阪の人のような気がしてならんのです

>>7俺もそういう経験ある
こういうの題材になりそうだな

21:名無しさん@ピンキー
06/11/01 01:16:07 4uNkzB2U
>前スレラスト
一年たって後日談も見れるとは!すばらしい
激しい夜の詳細をkwsk!

22:名無しさん@ピンキー
06/11/03 03:26:21 d0ooKBvh
剣太と鞘子の話を待ってるのは俺だけじゃないと思うんだがそこんとこみんなどうよ

23:名無しさん@ピンキー
06/11/03 08:10:01 dulhqeEQ
>>22
自分も待ってる

24:名無しさん@ピンキー
06/11/03 20:56:52 2TJ4e55t
別に待ってない。

25:名無しさん@ピンキー
06/11/03 23:22:24 YlWkEfqz
「ふぅ…」
窓の外の夜空を見やりながら何度目かわからない溜息をついた。どうしようもなく鬱だ。
「まさかあいつがな…」
大学合格後、地方から出てきて下宿を始めて数週間、ようやく生活にも慣れてきたのに…


話は夕方にさかのぼる。夕食の準備でもせねばと、近所のスーパーに出かけた。男でも作れるようなものでも、とレトルトの棚を見ていたところ―

彼女はいた。セミロングの黒髪、くっきりとした二重、どことなくあどけなさを残した美少女が。

26:名無しさん@ピンキー
06/11/04 00:01:01 6thMGiGh
俺はこいつを知っている。こいつと日が暮れるまで遊んだこともある。…とは言っても、6年前のことだが。
―沖原玲。今俺の目の前で、缶詰めとにらめっこしている女性の名前。その真剣な目つきは6年前と変わらない。けれど今目の前にいる幼馴染みに俺は、話しかけることが、どうしてもできなかった。
ふと彼女がこちらを向いた。

27:名無しさん@ピンキー
06/11/04 00:05:51 YlWkEfqz
ほんの一瞬、目が合う。
そう、俺がとっさに視線をそらし、この場から立ち去ることを選択するまでのほんの一瞬。
その数秒の間に俺は確かに見た。彼女の目に、懐かしい友に出会ったときの驚きが。けれど俺はその目に応じることなくその場を去った。応じることが、どうしてもできなかった。


「馬鹿か、俺は。」
薄曇りの夜空を見ながら、己のへたれっぷりに、思わず自嘲する。


28:名無しさん@ピンキー
06/11/04 00:07:59 6thMGiGh
中高一貫の男子進学校にいて、全くと言っていいほど女性経験の無い自分に。社交性の無い自分に。そして、幼なじみとの再会を避けた自分に。
俺は怖かったのだ。あの頃のように、もう本音ではしゃべれない、自分の弱さを気付かれるのを。勉強しかせず、人間的に成長することなく大人になった自分を。
そんな自分に、あいつに話しかけることなど、到底、出来やしなかった。


29:名無しさん@ピンキー
06/11/04 00:11:14 fuFU26qV
……リアルタイムで書くより、テキストとかで書いて、一気にやったほうがいいぞ

30:名無しさん@ピンキー
06/11/04 01:05:51 6thMGiGh
改行がうまくいかなかった

もうやめとこう

31:名無しさん@ピンキー
06/11/04 16:10:15 c4/B4TT+
いや続きを是非に…!

32:名無しさん@ピンキー
06/11/04 22:28:52 FxMHfPkn
流れぶった切りですみません
前スレ>>549-557の続きを投下します
今回はいつもより少しだけ長めです

33:それはまるで水流の如く 6
06/11/04 22:30:07 FxMHfPkn
『もう口利かないっ』
そう言って涙目で膨れたのは幼い私。
傍に立つ男の子は、手にした蛇のオモチャを手持ち不沙汰に弄ぶ。
『ごめん、チィちゃん。もうしないから』
『やだ。ナァくん嫌いっ』
私の顔を覗き込む男の子の顔は、逆光になっていて良く分からない。
涙で揺れる視界の端で、男の子の手が掲げられたのが見えたけれど、私はそっぽを向いたまま。ぽんと頭に手が乗せられても、男の子の方を向きはしない。
『ごめん。ホントに、もうしない』
ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でる男の子の声は優しい。
しばらく撫でられるがままになっていた私は、やがてゆっくりと男の子を見上げた。
『ホントに?』
『ホント。絶対しない。指切りげんまん』
私の頭を撫でていた手で小指を差し出す男の子を私はじっと見つめる。
おずおずと小さな手を差し出すと、男の子は私の小指を絡め取った。
逆光の筈なのに、彼がにっこりと笑ったのが分かった。



「千草ぁ、いつまで寝てるの」
まどろみ半分の状態で布団に包まっていると、遠くから声が聞こえた。
寝惚け眼を擦りながら起き上がると、キンと冷えた朝の空気が体を襲う。
「三ヶ日だからって、いつまでもダラダラしてないの、千草ぁ」
「はぁい。今起きるぅ~」
ドア越しに聞こえる母の声に返事をして、二度寝の誘惑を振り切り布団を出る。
暖かなパジャマから冷たい服へと着替える。吐く息は白く、気温の寒さが伺えた。

34:それはまるで水流の如く 6
06/11/04 22:31:04 FxMHfPkn
ボサボサの髪の毛に申し訳程度に櫛を通し、スッピンのまま階下に降りると、呆れた表情のお母さんが朝食の後片付けを始めている所だった。
「全く。先生になっても変わらないのねぇ、アンタは」
「去年まで学生だったもん。そう直ぐには変わりません」
「屁理屈言わない。早く食べちゃいなさい」
態と唇を尖らせると、お母さんは苦笑しながらキッチンへと引っ込んだ。

新年三日目。
年末から実家に戻っていた私はダラダラと怠惰な日を送っていた。
いつも忙しい教職は、クリスマスらしい事なんて何一つ無く。唯一、門田先生と彼の御両親と一緒に晩御飯を食べに行ったぐらいで、あっと言う間に冬休みに突入した。

十二月を目前にしたデート─って言っても良いのか悩むんだけど─以来、特に代わり映えのしない日々。
だけど気付けば、私は彼の事を考える事が多くなっていた。

門田直樹。二十六歳。
私の先輩であり同僚。そして幼馴染み。

とは言っても、私達の間には十三年の隔たりがある。
私にとっては人生の半分以上の長さ。門田先生にしてみても、ほぼ半分の長さ。
そう簡単に取り払えないだろうと思っていた隔たりは、この九ヶ月余りの時間で殆んど意味を無くしていた。
その大半が門田先生のお陰なのは言う間でもない。

記憶の彼方に埋もれていた思い出と、新しく作られて行く思い出。
その両方がバランス良く私の中で蓄積されて行くのは、何を於いても門田先生のお陰に他ならない。

だから。
私が今好きなのは、昔の「ナァくん」の面影じゃなく。単なる同僚でもなく。
職場の人達は誰も知らない秘密を共有している、「門田直樹」自身だ。



35:それはまるで水流の如く 6
06/11/04 22:32:00 FxMHfPkn
お雑煮とお節の残りなんて言う見事に手抜きされた朝食を食べながら、私はぼんやりと今朝見た夢の事を思い出していた。

あれは確か、私が幼稚園の年長の時。
門田先生が小学校で作った蛇のオモチャで、私を驚かせようとした時の事だ。
今思えば、牛乳パックと輪ゴムで作られた簡単な工作だったんだけど、当時の私は見事にそれに引っ掛かって。
わんわん泣き喚く私の声に、同じ社宅に住んでいた「カナちゃん」や門田先生のお母さんが、何事かと外に飛び出して来た。最終的に、おばさんにこっぴどく叱られた門田先生は、自分も半分泣きそうになりながら膨れたまんまの私を慰めてくれたっけ。

「覚えてるもんだなぁ」
半分溶けかかったお雑煮のお餅を食べながら、私は頬を緩めた。
たぶん門田先生に会わなければ、思い出す事もなかっただろう遠い記憶。
けれど今は、そんな小さな思い出がある事すら嬉しくて堪らない。

何だか情けないと思うけれど。
それだけ私は門田先生の事が好きなんだろう。

「千草、アンタ今日の夜には戻るのよね?」
洗い物を終えたお母さんが私を現実に引き戻す。
鯛の切身を頬張りながら、私は壁に掛けてあるカレンダーを見上げた。
「そのつもりだけど。何で?」
「いつまでもダラダラしているから、登校拒否にでもなったのかと思って」
「…………」
折角一人娘が帰って来たって言うのにこの台詞。
人が悪いのか何なのか。
眉根を寄せた私は何も言わず、ズズリとお雑煮を啜った。



36:それはまるで水流の如く 6
06/11/04 22:32:54 FxMHfPkn

「あ~、重っ」
その日の夜、独り暮らしのマンションに戻った私は、玄関先にどっかりと荷物を下ろして溜め息を吐いた。
大学時代もそうだったけれど、実家に戻る度に荷物が増えるのはどうしてなんだろう。
中身の殆んどはお米やら野菜やら。お母さんが気遣ってくれているのは分かるけど、女の細腕には負担が大きい。
食糧を纏めてキッチンに置いた私は、残る荷物を持って部屋に入った。
「……新年の挨拶……ねぇ」
着替えの類を衣装ケースに仕舞うと、残りは一つの紙袋。両親が二人して持たせてくれたソレは、門田先生の御両親宛ての荷物だった。
中身は恐らく、お酒か何かだろう。彼処の家、皆揃って酒飲みだから。

『学校が始まる前に、ご挨拶に行きなさいよ』
そう他人事のような口調で言ったのはお母さん。
娘の気持ちなど露知らず紙袋を手渡したのはお父さん。
昔から付き合いのある門田先生とうちの両親は、今でも時々電話で遣り取りをしているらしく。更に娘と息子が同じ職場と知ってからは、よりいっそう頻繁に連絡を取っているようで。
『アンタもお世話になってるんだから』
「ハイハイ。分かってますよぉ」
蘇る母の声に一人ボソリと呟いてみるけれど。
どうしたもんかと、私は携帯と紙袋を交互に見つめた。

生憎、とでも言おうか。
向こうの家とは年明けに会う約束はしていない。となれば、必然的に私から連絡をしなきゃならない訳で。
電話が苦手な私としては、中々に勇気の要る事なのだ。
普段は門田先生がお誘いを掛けてくれるもんだから、すっかりソレに甘えていた。そのしっぺ返しがこんな形で来るなんて……。
「……むぅぅ」
悩みに悩んで小一時間。
握り締めた携帯のフリップを開く頃には、夜の十時を過ぎていた。



37:それはまるで水流の如く 6
06/11/04 22:34:02 FxMHfPkn

翌日。
結局、昨夜は連絡を取るのを諦めて朝になってから電話をした私は、一人門田先生の家にお邪魔していた。
おじさんは今日から仕事。門田先生は大学時代の友達と新年会だとかで、お昼過ぎにお邪魔した時には、もう家に居なかった。
「嬉しいわぁ、チィちゃんが来てくれて」
コロコロと笑うおばさんは、言葉通り私を歓迎しているのか、お菓子やら飲み物やらを絶やさない。
この数ヶ月ですっかり馴染んでいた私も、居心地の悪さを感じる事もなく、のんびりとおばさんとの会話を楽しんだ。
「チィちゃん、晩御飯どうする?今日はおじさんも直樹も外で食べてくるから、良かったら一緒に食べない?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
夕方近くになって席を立ったおばさんの言葉に、私は素直に頷いた。

独り暮らしで何が一番辛いって、一人で食事をする事。
慣れてしまえば何て事はないんだろうけど、年末から実家に帰っていたせいだろうか。正直、一人で居る事すら辛かった。
面白くないと言うか。つまらないと言うか。
何でも良い。誰かと何かを共有したい。

そんな気分だったもんだから、私が帰ろうと荷物を纏めたのは、午後九時を過ぎようかと言う時間だった。
すっかり長居してしまった私だけれど、おばさんは始終にこやかで。嫌な顔をするどころか、お土産にと晩御飯の残りをタッパーに詰めてくれた。
「直樹が居たら送らせるんだけど」
「いや、良いですよ。いつまでもお守りさせるのも悪いし」
「良いのよ。あの子、番犬程度にしか役に立たないんだから」
…………。
母親ってのは、何処の家も大差ないのかな。
笑うおばさんの台詞に頷く事なんて出来る訳もなく、私はハハと空笑い。
「それじゃ、また」
「えぇ、今度は焼き肉ね」
軽く頭を下げて別れを告げると、年の割に若いおばさんはヒラヒラと片手を振って私を見送ってくれた。



38:それはまるで水流の如く 6
06/11/04 22:34:59 FxMHfPkn
門田先生の家から駅までは少しばかり距離がある。
住宅街のど真ん中。ポツポツ点る街灯と立ち並ぶ家から漏れる明かりで、それなりに夜道は明るいけれど。その代わり、通り掛る人影は皆無に等しい。
冬の寒さもあいまってか、私の足は自然と早くなって行く。

うぅ…寒い。何でこんなに寒いんだろう。
冬だからってのも勿論あるけど、さっきまでおばさんと一緒に居たせいもあるんだろう。
暖かなあの家と人気のない夜道。どっちが居心地が良いのかなんて訊く間でもない。

駅までの道のりを急ぎ足で歩く私は、すれ違う人の顔すら見ていなかった。
だから、いきなり声を掛けられた時はびっくりした。
「チィちゃん?」
「ふぁっ!?」
色気がないのは重々承知。驚きで目を丸くした私が顔を上げると、そこに居たのは門田先生だった。
「何してんだよ、ンなトコで」
私の悲鳴よりも私が此処に居る事の方が驚きだったのか、きょとんとした顔付きの門田先生。
少し鼻の頭が赤いけれどお酒の臭いはしないから、たぶん寒さのせいだろう。
「や、さっきまで家にお邪魔してたんで。帰る途中……」
「あ~、そっか」
ふぅんと納得したように頷いて門田先生が鼻を啜った。
「なら送る」
「え?でも……」
「気にすんな。帰んのがちょっと遅れるだけだし。それに、お袋にバレたらどつかれる」
肩を竦めて苦笑した門田先生を見上げ、私も思わず小さく笑った。
おばさんなら遣り兼ねない。

39:それはまるで水流の如く 6
06/11/04 22:36:01 FxMHfPkn
お酒が入っているせいか門田先生は少し饒舌で、馬鹿な事を言っては声も無く笑い。浮かんだ笑みはいつもとは違う。
どう言えば良いんだろう。
僅かに頬を緩めたり。楽しそうに目を細めたり。
擬音を付けるとするならば、『ふ』の一文字が良く似合う。

二人で並んで歩くのは、もう、当たり前のようになっていた。
歩調もさっきまでとは違ってのんびりとしていて。

離れ難い、なんて思っちゃいけないんだろうけど。
出来れば少しでも長く、門田先生と一緒に居たい。

そう思う私の気持ちを門田先生が知る筈はない。
けれど。
「チィちゃん、こっち」
「へ?……駅は真っ直ぐでしょ?」
不意に門田先生が右に曲がった。
足を止めて門田先生を見ると、彼はマフラーの中に口許を半分埋めたまま、私の方を振り返る。
「寄り道、寄り道。送り狼にゃなんねぇからさ」
軽い口調はいつもの事。冗談なのか本気なのか、例に因って判別不能。
ただ一つ違うのは、いつもみたいに勝手に歩いて行くんじゃなく、門田先生は数歩離れた先で私を待っていた。
「……何処行くの?」
少し躊躇ったあと。私は小走りに門田先生に駆け寄った。

結局の所、私はこの人には勝てないと思う。
惚れた弱味ってヤツだ。

私が隣に来るのを待って、門田先生はまたゆっくりと歩き始めた。
「ン~……ま、行けば分かる」
「こんな時間なのに?」
「邪魔が無くて良いじゃん」

……ちょっとちょっと!
凄く意味深な言葉にも聞こえるのは、私の気のせいじゃないわよね?

門田先生の様子を伺うけれど、やっぱりいつもと変わらない。
返す言葉も無く黙り込んだ私の姿をチラリと見て、門田先生は少し眉を上げて目を細め、面白い物でも見るような表情で私を見下ろした。
「取って食いやしねぇよ。何考えてんだよ」
「べ、別に何もっ」
慌てて視線を逸らした私の隣で、クツクツと笑う門田先生の声が聞こえた。

40:それはまるで水流の如く 6
06/11/04 22:37:32 FxMHfPkn

暫くして。
門田先生が足を止めたのは、古びた神社の前だった。
「初詣…?」
「大正解」
間抜けな表情と同じ間抜けな声で問掛けると、門田先生はダウンジャケットに両手を突っ込んだまま、歩みを止める事無く石段を登って行った。
「正確にゃ二度目だけど。チィちゃんと来るのは初めてだし」
少し猫背になった姿勢の門田先生が鳥居を潜る。
その後ろ姿を見つめながらあとに続いた私は、石段を登りきると辺りを見渡した。

小さな鳥居に小さな社。社務所と覚しき建物と手水場以外は特に何もない、そんな場所。
三ヶ日ともなれば人気もなく酷く閑散としているけれど、それが逆に清謐な空気を醸し出している。

「チィちゃん」
名前を呼ばれ振り向く。
社の前に立った門田先生が手招きをしている。
歩み寄ると門田先生は少し頬を緩めたまま、財布から硬貨を二枚取り出した。
「ン」
差し出されたのは五円玉。
促されるままに受け取ると、門田先生は財布を仕舞って社の方に向き直った。
小さな放物線を描き、門田先生の持つ硬貨が塞銭箱に納まる。
それに倣って私も受け取った五円玉を塞銭箱に投げ入れると、小さく柏手を打って両手を合わせた。

今更、願い事なんて一つしか思い浮かばない。

その一つの願いを心の中でしっかりと唱えると、私は目を開けた。
私の隣では門田先生がやけに真剣な顔付きで、まだ何かを願っている最中だった。
やがて門田先生は顔を上げると、隣に立つ私を見下ろした。
「何願った?」
「今年も良い一年でありますようにって」
本当の事なんて言える訳ない。
ありきたりな答えを返すと門田先生は少しだけ表情を和らげた。
「ふぅん。ま、大丈夫じゃね?」
「だと良いけど。ナァくんは?」
何故か自信たっぷりな物言いが疑問だったけれど、私はそれには触れずに同じ質問を返した。
でも、門田先生は笑ったまま答えてはくれない。
「内緒」
「……ずるっ」
『ふ』と笑った顔に思わず見惚れそうになって、慌てて視線を外す。
拗ねた子どもみたいな口調に我ながら飽きれてしまう。
けれど門田先生は私の様子なんか気にもせず、社に背を向けた。

41:それはまるで水流の如く 6
06/11/04 22:39:28 FxMHfPkn
「そう言うなって。ホレ、戻るぞ」
言ってヒラヒラと片手を振る。
それでも撫然とした表情を維持していると、不意に門田先生の手が伸びた。
「体、冷えるぞ」
「っ…!?」
思わず小さく息を飲んだ。
荷物を持たない私の手を門田先生の手が握り締める。
そのまま軽く引っ張られ、私はたたらを踏みながら門田先生の隣へ。
さっきよりも近い距離に心臓が跳ね上がった。
「冷てぇな、チィちゃんの手」
言いながら私の手を握り直すと、門田先生はいつもの薄い笑みを浮かべた。

「ナァくん、酔ってるでしょ」
「え?普通」
「嘘。絶対酔ってる」

自分でも驚くぐらいに冷静な声が出たけれど、それは頭の片隅のもう一人の私の仕業だ。
その証拠に、私の胸の中は得体の知れない動揺とか混乱とか。言わばパニックの源である代物が、上へ下への大騒ぎ。
耳のすぐ傍で心臓の音が聞こえる。

「いつものナァくんじゃないし。エスコートとかって言葉、無縁でしょ?」
「酷ぇな、チィちゃん」
「あれ?違った?」
門田先生が何かを言うと、私の口は頭が理解する前にスラスラと言葉を紡いで行く。たかが手を繋ぐぐらい、何て事ない筈なのに、全ての神経回路が左手に集中していて、今どんな話をしているのかも分からない。
でも、それで良い。
現状を認識してしまったら、たぶん。嬉しさとか恥ずかしさとか。そんな感情に流されて、訳の分からない事を口走ってしまうだろうし。

無意識に冷静な自分を作り出す。
これが防衛本能ってヤツかも知れない。

手を繋いだまま神社を出て、また駅までの道をゆっくりと歩く。
そうしているうちに、私は徐々に落ち着きを取り戻していた。

42:それはまるで水流の如く 6
06/11/04 22:40:32 FxMHfPkn
いや、冷静になった訳じゃないけど。少しは落ち着いて今の状態を認識出来るようにはなって来た。

「新年会だったんでしょ。どれだけ飲んだの?」
「あ~…ビール二杯に焼酎。ロックで三杯ぐらいか」
「それだけ飲めば充分じゃない」

門田先生の態度はいつもと全然変わらなくて。だから私も必死になって何事もない風を装い続ける。
さっきの角を右に折れると駅はもうすぐ其処だ。
赤信号に足を止めると、門田先生は首を傾げながら視線を宙に走らせた。
「ンな酔ってるように見えるか?」
「見えるって言うか…酔ってなきゃこんな事しないし」
繋いだ手に視線を落とす。
少しだけ持ち上げると門田先生は私の手を握り返して喉の奥で笑い声を漏らした。
「じゃあ、酔ってる事にしとく」
「…じゃあ、って何ですか」
顔を上げて門田先生を見上げると、あの笑顔が目に入る。口先を尖らせる私の言葉に門田先生は笑ったままだ。
この笑顔はずるい。卑怯だ。
いつもの薄い笑顔とは違って、この笑顔は私の思考を狂わせる。
こんな笑顔、学校じゃ見た事ない。
「だから、これも酔ってるせい」
そう言った門田先生は、不意に手を離すと私の頭に手を乗せた。
まるでバスケットボールを掴むみたいに、私の頭を両手で持って引き寄せる。
何が起こったのか理解出来ない私の頭は門田先生の胸元に預けられる。その直後、ポンポンと子どもをあやすような心地良い振動が後頭部に伝わった。

本日二度目の混乱。

抱き締められてる訳じゃない。
いや、でも。
頭だけはしっかりと門田先生の胸に抱かれていて。

煙草の匂いがする。

「お、青だな」

頭の上でそんな声が聞こえたかと思うと、私の頭は自由になった。

43:それはまるで水流の如く 6
06/11/04 22:41:36 FxMHfPkn
反射的に顔を上げると、門田先生は何もなかったみたいに、また私の手を握って歩き出した。

─ち、ちょっと待って。
今、何があったのよ!?

ざわざわと胸の中を蠢めく熱が、喉の奥から昇って行く。
頬が熱い。耳の奥が張り詰めている。

馬鹿みたいに呆けた私は、引っ張られるようにしていつの間にか駅前に到着していた。
「か…な……」
門田先生、とか。ナァくん、とか。
私の手を引く彼の名前を呼ぼうとしたけれど上手く声が出て来ない。
「酔っぱらいぃっ!」
何とか言葉になったのは一言だけで、それも小さな叫び声。
門田先生は足を止めると、私の声にクツクツと笑い声を漏らした。
「だから言ったじゃん、酔ってるせいだって」
「で、でもでもっ!」
思考回路はプッツンきたまま、一向に回復の兆しを見せない。
口が回らなくなった私はパクパクと金魚のように口を開いたり閉じたりするだけで。
ちょうど電車が到着したのか、改札を抜ける人達が私達の傍らを通りすぎた。
「ほら、帰るんだろ?」
私の手を離し、門田先生がお手上げのポーズを取る。
私は尚も何かを言おうと口を動かしてはいたけれど、結局言葉は出てこなくて。深い吐息を一つ漏らすと、ぶら下がったままだった右手の荷物を持ち直した。
「ナァくん、訳分かんない」
ふて腐れたような低い声。その小さな呟きが耳に届いたのか、門田先生は片眉を下げて眉間に皺を刻んだ。
「……そのうち分かる」
「はい?」
益々持って意味が分からない。
怪訝な表情を返した私だけど、門田先生はすぐに笑みを取り戻すと、手を下ろしてダウンジャケットに突っ込んだ。
「今日はもう遅いし。何なら家まで送るか?」
「結構ですっ」
これ以上一緒に居たら心臓が持たない。
妙な悔しさと恥ずかしさと。そんな気持ちが胸の奥深くで暴れている。
熱った頬は隠し様がないけれど、私はフンとそっぽを向くとバッグからカードを取り出した。
「それじゃ、おやすみなさい」
「ン、気を付けてな」
必要以上に語気を強める私の姿に、門田先生は楽しそうに笑う。
改札を抜けて振り返ると、門田先生はまだ私を見送ってくれていた。



44:それはまるで水流の如く 6
06/11/04 22:42:42 FxMHfPkn

暖かさの残る左手をコートのポケットに突っ込む。
一人になってようやく冷静さを取り戻した私は、今日の出来事を思い返していた。

ホントに、訳が分からない。
何であんな事したんだろ。
動揺しまくりだった私の姿は、今になって思えば滑稽その物。
あそこまで狼狽しちゃ、やましい気持ちがありますって言ってるようなもんだ。
─って事は、もしかして……。
ハタと思い当たった事に私は血の気が引くのを感じた。

─……バレた?…門田先生の事が好きだって言うの……。

愕然とした想いで電車のドアに手を突く。
漏れた溜め息に、近くに座っていたおじさんが胡散臭そうにこっちを見たけれど、私の方はそれどころじゃない。
それって滅茶苦茶気まずくない?
て言うか間違いなく気まずいし。
「……どうしよ…」
ハァ…と深い溜め息を溢した私は、いつの間にかズレた思考にも気付かなくて、自分の想いの行方だけでいっぱいいっぱい。


だから門田先生がどんな気持ちだったかなんて考える余裕もなく。


来るべき新学期が酷く憂鬱に思えて、ただただ溜め息を溢していた。

45:32
06/11/04 22:45:43 FxMHfPkn
今回はここまで

あと二回で終わる予定ではありますが、もしかすると一回になるかも



エロを入れるかどうするか悩む……

46:名無しさん@ピンキー
06/11/04 23:57:05 f3xD5BYo
GJ!
エロ無しでもいい!
後一回でもいい!
無理せず書いてくだせい!

47:名無しさん@ピンキー
06/11/05 22:34:43 Q69YDK7B
同じく。
>32氏にとって一番いい形で書いてください。
次回もすごくすごく楽しみにしています。

48:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 00:23:27 Vp3ESZJI
 始めまして、初カキコです。
最近ここの板を見始めてハマり、自分も投下してみようと思ったのですが、
ローカルルール(?)みたいのがよくわからず、ビクビクしてます。
40キロくらい書いたのですが、これくらいの量ならまとめて投下してもいいんでしょうか?


というか、ここの人たちめちゃくちゃレベル高いんでしり込みしてるだけなんですが。


49:名無しさん@ピンキー
06/11/07 00:30:16 YFzRtlhM
何事にもまず投下だ(゚∀゚)

50:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 00:35:56 Vp3ESZJI
投下してみます。
序盤幼馴染っぽい要素0ですごめんなさい。
前言い訳はこれくらいにして、残りの言い訳は最後にします。

51:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 00:37:08 Vp3ESZJI








「おはよう速水」
 机につっぷしていた所をナニモノかに揺すられた。
 学校の机につっぷしてるっっつうことは寝てるっていう事で、
  寝てるっていう事は眠いっていう事で。
「おやすみ」
「いや、次移動だぞ?」
  ん、移動? 首を持ち上げる。
 移動ってことは体育っていう事か、つまり跳び箱だな。
 どうりで敦は体操着姿なわけだ。
「次の次の授業はここだから結局戻ってくる事になる」
「昼休み中寝てる気かよ」
 かもねー。
「無視すか」
 ……
「いってるぞー」
 ……
 家で寝てないからか、眠い、だから仕方ない。
 あーでも昨日もさぼっちまったからなあ、まあいいか、
 こんなんで跳び箱なんてしたら死ぬしな、それは危ない。
「お前ホントにさぼるんかい」
 十秒としないうちに敦が戻ってきた。
「一一 うるさい、本気で眠いから勘弁してくれー」
「はー、じゃあ俺もさぼるか」
「静かにしててくれよー」
 はぁ、俺何で学校来たんだろ。意味ねーな。
 こやって教室で寝るのも結構いいもので、ちょっぴり罪悪感な感じが最高。
 …………
 眠い眠い。


52:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 00:37:43 Vp3ESZJI

「おーい、昼だぞー?」
 ……うるさいな。
 ってもう昼か、結局敦をさぼらせちゃったのは、ちょっと悪い事したかも。
 顔をあげると教室の蛍光灯の光で視界が歪んだ。
「まじで重傷だな……大丈夫か?」
「ああ、昼か、昼だね……御免、後で金払うからコーヒー買ってきて」
「ん、顔青いぞ、保健室行った方がいんじゃねえの?」
「行くのもめんどいっす」
「そか、じゃ行ってくるわ」
「サンキュー、今日は優しいね、そんな敦を愛してるよ」
「へーへー」
 流石に三日ほぼ完徹はこたえたかぁ。
 でも次は化学だから、気合い入れないと訳わかんなくなるから、ちゃんと起きて無くちゃいけないから、
 5分くらいしたら敦が帰ってくるだろうから、コーヒー飲んだら始動しよう……
 ……
 ……
「おーい、買ってきたぞってせめて起きてろよ」
「……ああ、おはようさん。アリガト」
「おはようさんねぼすけさん。ほれコーヒー」
「ん、……」
 コーヒーの缶を空け、とにもかくにも流し込む。
「てかどうしたのよ、今日は?」
 敦が心配というよりは呆れた感じで俺を見た。
「いや、まあ……ほら、トリノオリンピックはトリノでやってるんだよ?」
「よ? ってなんで疑問系なんだよ。別に俺がとやかく言う事じゃねえけど体には気をつけろ。
 今日のお前は尋常じゃないぞ?」
 やばいなあ、真面目に心配されてるのかもしれない……。
 ていうか敦、こうしてみると優しいしすげーイイ奴だな。
「マジで愛してるよ、敦」
「マジで大丈夫か? 速水」
 と、丁度自分でもなんだか大丈夫じゃない気がし始めた時、始業のチャイムが鳴った。
 じゃな、と敦が行ったので俺も残りのコーヒーを全部飲み込む。
 だめだ、少しくらい眠気が取れても体力とか根本的な問題が解決してない。
 ちゃんとした休養が必要みたい。
 




53:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 00:38:27 Vp3ESZJI
6時間目の授業を華麗にスリープスルーして放課後。
 と思いきや今日は7時間目にLH(長めな連絡確認の時間)があったらしいです。
 あれですよ、来年度の修学旅行の打ち合わせですよ。
 班分けとかそういうやつですよ、みんな騒ぎます収集つかなくなります眠くなります寝ます。
「起きろー速水……いや、やっぱいいや」
 いいやってなんだよー、と敦を睨む。
「……起きちゃったよ、何?」
「いや、班は俺とお前と、あとの女子二人は適当でいいか?」
「適当は止めてよ? 特に松本さんとか勘弁ね、敦といちゃつくから」
 説明はいらないと思うが敦の彼女、松本さん。
「一生寝てろよってかクラスちげーよ」
「ホント残念だったね」
 ゴツン、と拳が「いい加減にしないと永眠させるよボクちゃん?」語ってきた。
 かなり残念らしい。
「わっ、……結構いい音したけど、だいじょぶ?」
 強制暗転した視界を上に引っ張りあげると、榎本さんが敦の脇に立っていた。
 呆れたように敦が。
「大丈夫だよ、こいつ今日は3分の2くらい寝てたから痛みは3分の1くらいのはずだ」
 すごい理論だ、中途半端に説得力が無い。
「ん、おはようさんあやや」
「おはようさんおさぼりさん。額、赤くなってるよ?」
 まぢでか。
 俺は額をさすりながら榎本さんに問いかける。
「あややウチの班?」
「そう、適当な女子二人の一人だよ」
「敦は松本さん以外みんな適当さ、っとぉ怒らないでくれよ」
「へー、今でもアツアツなんだ?」
 熱々な敦君にナチュラルに油を注ぐ榎本さん、すばらしい連携です。ここは繋ぐしか無いでしょう。
「そうそう、この前こいつ俺と映画見る約束ドタキャンしてさあ、
 理由は、まあ察してくれって感じだったらしいにゃ」
「へー、羨ましいにゃ」
「女の子は羨ましいかもしれないけど、男としては友情の儚さに涙する所だにゃ」
「へーそうなん、にゃんだあ」
 沈黙。
 俺に再び語りかけようとしていた敦の拳も沈黙。
 頬を微妙に染めながら噛んだ事を恥じる榎本さん。
「……いや、俺のキモいキャラ付けの一環である語尾付けを生かそうとしてくれた。
 その君の厚意を俺は笑ったりしないよ?」
「おーけい、最悪のフォローをありがとね」


54:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 00:39:03 Vp3ESZJI
「おーけい、最悪のフォローをありがとね」
「おい」
 心に宿るサドの神が目覚めてしまいそうな感じに、
  程よく羞恥に染まった榎本さんの顔にときめいていたら
 敦に現実へ引っぱり戻された。
 何? と顔で聞くと顎で榎本さんの脇を見るように促される。
 視線を向けると、榎本さんの後ろで硝子が黙って突っ立っていた。
 成る程、適当のもう一人か。
 入学してからほぼ一年、彼女は俗に言う問題児っていうやつで会話はさておき、
 コミュニケーションっていう言葉を知らないかのようなクールっぷり。
 どれくらい学校での彼女がCOOLかっていうと、例えば俺がこうやって、
「おはろーさん、烏徒さん」
 と、手を振っても反応しない。
「烏徒さん、このメンバーでいい?」
 早速立ち直った榎本さんが硝子に声をかけるも、ほんの小さく頷いただけだった。
 硝子も割と彼女とはマトモにコミュニケーションを取っている、これでも、かなり。
「おーはーろーおー」
 俺が更に力強く手を振ると、今度は冷ややかな視線を送られた。
「うっ、ごめんよぉ。調子に乗ったのは謝るから黙れこのクソとかいわないでくれよお、
 いや、ウザいなんて言われなくても解ってるよ?」
 相変わらずきっついなあ、視線が。
「オッケー決まったな。じゃー、リーダーは速水でメンバー表提出してくるな」
 寒々しい空気に絶えかねたのか、敦が席を外そうとするがちょっと。
「いやいやいやいや、リーダーって、何その面倒臭さが凝縮されて当社比二倍みたいな響きは」
「はいはい、分かったよ。リーダー俺でいいかな?」
 主に硝子の方を見ながら確認する敦。
「意義なーし」
 俺と榎本さんが手を挙げる。
 敦の視線に気付いたのか硝子もコクリと頷く。
 それを確認して先生の所に用紙を持っていく敦。
 んで、流れ解散となった。


55:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 00:39:43 Vp3ESZJI
「ええっと、ただいまーあ?」
 帰ってみると人の気配がしない。
 お父さんも帰って無いみたいだ、まあまだ5時前だし。
 寝室のドアをあける。当然誰もいない。
 あー、やばい。布団をみたらロングホームルームの間は忘れていた眠気が……。
 まだ昼間、ではないけど早いしちょっと寝てしまおうか。
 でも今寝たら起きられない気がする。
 それは不味い不味い、だってそんな事したら、いや駄目だ駄目だ。
 駄目、早く体を起こせ、せめてしわになるから征服を着替えろ。そんでできれば飯まで耐えろって。
 あ、意識 が。




 ……最悪。
 着替えもせず、夕御飯も食べずに十時間も寝てしまいました。
 眠り過ぎのせいで、眠くてだるくて重い体を起こす。
 取りあえず、お腹が空きました。
 そういや昨日は昼御飯もコーヒーだけだったっけか。
 あ、敦にお金返してない。
 財布の中身は……よし、大丈夫。
 それじゃあコンビニ行って飯買って来よう。
 そろそろと寝室を出る。まだ皆寝てるだろうからなるべく音は立てないように。
 そうだ、戻って来るのはなんだか面倒だから鞄も持っていってしまおう。
 ペンケースくらいしか入っていない鞄を掴んで、今度こそ家を出た。
 寒い。
 てかすっげー暗い。
 戻……でもお腹空いてるしなー。
 諦めてエレベータで一階まで降りる。
 暗くて寒くて退屈なので、寝ぼけた頭の中は直ぐにカップラーメンと肉マンの二択でいっぱいになる。
 いや両方食べればいいんだけどさ。
 

「暇でーす」
 誰にでもなく呟いてみた。すると自分は暇だっていう事を再確認できた。
 そりゃあそうだよねー。なんたって家を学校の始業時間の5時間以上前にでたもんねー。
 現在6時。空はもうちゃんと明るくなったけど、
 既にコンビニにあるマンが雑誌(エロいだけのも含めて)読み終わっちゃったよ。
 なんか今さら帰るわけにはいかないしな。みんなそろそろ起きそうだし。
 よし、あと2時間半がんばるぞー。
 


56:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 00:40:16 Vp3ESZJI

「てな事があったんだよ」 
「そうか、つまりバカなんだなお前は」
 朝、自分の席でぼーっとしてた所で、よれよれに形態変化した俺の征服を見た敦が、
「帰ってみたら家が無くなっててやむを得ず野宿でもしたのか?」
 と、ホント微妙にかすった事を言ってきたので、
 今朝5時間程暇な時間を過ごす事になった経過を話してみました。
「つうか帰れよ、一回」
 もっともな事を仰られる敦。最近彼の呆れ顔がお馴染みになってきたなあ。
「いやまあ……意地?」
「だからなんでお前は疑問系なんだよ。まあいいけどさ」
 あ、そうだ。
「敦、はい。昨日はサンキュな」
 敦に150円手渡す。
「ん、てか三十円多いぞ。細かい小銭ないのか?」
「んーと、つりはとっときな?」
「だからなんでお前は……っと、じゃあ俺戻るな」
 予令が鳴った。と殆ど同時に教室へ入ってくる担任。
 また後で、と背を向け自分の席に戻る敦。
「あー、マジで心配かけちゃってるなー」
 その背中にもう一度、心の中で頭を下げてみた。



 そこまで寝過ぎたってわけでもないのに頭がぼーっとしていて、今日の授業は右から左。
 おそらく5時間もぼーっと過ごしたせいで、ギアが上がらなくなってしまってたんだと思う。
 今日は朝からテンション上がらないしなー。
 ダメダメ、せっかく頑張ってキャラ作ってるんだから頑張らないと。



「たっだいまー」
 ああ、おかえり。とリビングの方からお父さんの声が聞こえてきた。
 うっ、帰ってたのか。正直進んで顔を合わせたくはないんだけどな。
 まあ晩御飯の時にいやでもあわせるんだから一緒一緒、と扉をあける。
「おや、鞄くらい置いてきたらどうだい? それとその征服はどうしたんだい、しわだらけじゃないか?」
 お父さんはイスに座ってニュースを見ていた。
 その口調とか外見とか、そりゃあもう16歳の子供がいるとは思えない程に若い。
「ちょっと、昨日変な格好でねちゃっ……てさあ、まあ明日から休日だし、なんとかなると思うよ」
「明日からニ連休か、羨ましいかぎりだ。私達のころなんか土曜日……、とまあそれは置いておいて。
 その、体調は大丈夫かい?」
 と真剣な顔。
 いかんな、最近周りに心配掛け過ぎてる。
 大丈夫大丈夫、と笑って返してみたけど、その顔は未だに心配してますって言ってる。
「今日だって、何時もの稽古があるだろう? 何でもマトモに寝ていないそうじゃないか、
 もしかしたらその征服のしわも、そのせいなんじゃないのか?」
「大丈夫、だよ。昨日はかなり寝たし……あ、昨日の夕食はごめんなさい。
 今日も稽古には普通に行ってくるよ、今日はちゃんと夕飯食べるから」
 と、これ以上何か言われちゃう前にリビングから逃げる。
 ふぅ、まいった。みんなみんな良い人過ぎるよ。




57:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 00:40:51 Vp3ESZJI
 稽古場は家から10分くらいあるいた所にあるんだけど、その途中で。
「あ、速水君」
 やほー、と手を振る榎本さんに遭遇しちゃいました。
「あ、そうか。これから稽古なんだね」
 ニマニマと笑う彼女、俺が胴着姿を見られるのが恥ずかしい事知ってるみたいです。
「まーね。あれ、榎本さん家こっちじゃないよね?」
 確か学校に対して90度くらい違うとこに住んでたと思うんだけど。
「うん、ほら今日烏徒さんさぼっ……休んだじゃん」
「あー、多分さぼったで正解だと思うけどそれは」
 てか学校来て無かったのかあんにゃろう、てか一日学校いて気付かない俺もやばいな。
「それで今日のプリントを持ってく所」
「にゃるほど、大変だね。まー学校でマトモにコミュニケーションとれてるの、
 榎本さんくらいしかいないしにゃー」
「誰かさんなんて、かんっっぜんに無視されてますからねー?」
 と、にっこり皮肉。どうやらもう語尾付けには乗ってくれないみたい……似合ってンのににゃー。
「でもホントさ、勿体無いよね、烏徒さん」
 ふと彼女がぽつり、ともらした。
「えーと、何が?」
「だってさ、彼女すっごい可愛いのに誰とも関わろうとしないじゃん」
 そりゃ仕方ないのかもしれないけどさ、と続けた顔は、何だか嫉妬まじりのような。
「はあ、つまり彼女は中身がアレじゃなければ、めちゃめちゃモテモテだろう、と?」
「そうそう、誰かさんは既にぞっこんっぽいけどね?」
 またまたニマニマ笑みでこっちをうかがってくる。
「チガイマス」
 全く、榎本さんは時々無駄に鋭いなぁ。
 当の彼女はにゅふふ、としたリ顔をした後、割と真剣な顔になって。
「でもさ、割と功をそうしてると思うよ。速水君の努力」
「え?」
「だって、速水君はああいうけど、私としては一番彼女とコミュニケーション取れてるのは、
 まぎれも無く君だと思うもん」
 一一一一……っ。
「っ、またまたぁ。半端な慰めはいらないよーだ」
 自分でも声が動揺してるのがわかる。
「確か、同じ中学校から来たんだっけ? それも関係してるのかもね」
「っと、俺そろそろ行かなくちゃ」
 自分でも不自然だと思うけど思わず会話を切った。
 ん? と不思議そうな顔をするも、またねと手を振り去っていく彼女。
 一一ふぅ。
 鋭いにも程が在りますよ、榎本さん。
 委員長気質というか何と言うか、優等生は周りへの気遣いが半端無いんだなあ。
「うわやっばい」
 とか言ってるうちに、ホントに急がなきゃ不味い時間になってた。
 それから3時間、火照った体を慣らすように体を動かした。




58:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 00:41:29 Vp3ESZJI
「たーだーいーっま」
 シャワーと着替えは向こうで済ませてたから、そのまま居間に入る。
「うわっ、すっごい」
 リビングに入ってみると広めのテーブルに御馳走御馳走御馳走!!
 その尋常では無い光景にパニックになる。
「えっちょっ待、誕生日? 俺違うよ? 誰っ? ていうかなんでまだ誰も食べて無いの
 ごめん俺待ってた?」
 ほらほら落ち着いて、お父さんの苦笑まじりの声になだめられる。
「これはその、遅くなってしまったけど、君の歓迎会みたいなものなんだ」
 俺をさとすような声、歓迎会?
「え? それって」
 困惑した俺は視線をお父さんから外してお手伝いさん、
 はキョトンとしているのでスルー。
 そしてこの場にいる最後の一人、
 硝子へ向ける。
 
「司が一時的にも私の義弟になった記念なんだってさ」

 すると、小さく意地の悪い色を称えた笑みが待っていた。
 あー、そういうことか。最近、人の親切に浸り過ぎてる気がしてきた。うん駄目、ちょい泣きそう。
「誰が弟だよ、誰が」
 俺のつぶやきに、はははと笑いがもれる。
「泣かないでよ? 格好わるい」
 よりいっそう意地悪になりやがった目を睨み返す。
「泣いてなんかないやいっ、皆ありがとうございますです!」
 この家に来て五日間。いや、母が入院してからだろうか? 
 何時の間にか張り詰めていた俺の何かが切れた気がした。
 いや、そんなに泣かれるほど感謝されるような事はしてないはずなんだが、
 と困惑気味のお父さん。
 あらあら、と全然困った感じのしない笑顔を浮かべてるお手伝いさん。
「全く、変な弟」
 感謝の言葉はいくら言っても足りないだろうから、
 取りあえず今は御飯の美味しさを楽しもうと思う。




59:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 00:42:05 Vp3ESZJI

 俺、速水司がこの家に預けられたのは丁度今から一週間前。
 午後7時過ぎ、一週間に及ぶ学校生活の疲れでだれまくってたとこに電話がなった。
「はいもしもし。はい、速水です。
 はい、そうです、そうですが……病院?」
 いきなり何だろうかと思えば、ついさっき車にはねられた母が病因に搬送されたという。
「はい、はい総合病院さんですねっ、それで大丈夫なんですか?!」

 まあ電話の内容はよく覚えて無い。
 んで、いざ病室に駆け込んでみると。
「母さんっ!?」
「はいはい、大声ださないの。ここは病院なのよ」
 無駄に、いやホント無駄に落ち着いてる母さんがいた。
「えっ、うん。それで大丈夫なの?」
 そこまで落ち着かれると逆に焦るんだけどってくらい何時も通りの母さん。
 ベッドに横になってこっちを向いているその目は、いつも通り力を称えている。
「はあ、相変わらずこの子ったらマザコンなんだから。
 大丈夫に決まってるでしょう」
「マザコンじゃねえよ決まってねえよ、第一夜にいきなりひかれたなんて言われたら、
 もしかしたらって思うのが普通だろ!」
 ドラマの見過ぎ、一蹴された。
 その後俺はけが人に向かって、文句とか色々、言っちゃってた気がする。
 いや、動転してたとはいえ……うん忘れよう。
 で、色々と疲れ切ってた所に不意打ちが来た。
「でさあ、私自身はぴんぴんしてるつもりなんだけど、
 これ3、4ヶ月動けそうにないのよ」
「え、それって結構やばいんでない?」
「うん、私は不味い病院食があるけど、あんたがねー。
 まあ料理はそこそこできるからなんとかなるかもしれないけど、正直毎日は辛いだろうし」
「いや、飯じゃなくて母さんの方は……」
「だから大丈夫だって」
 大丈夫じゃねえだろ、っつてもこの人的には大丈夫、なんだろうなあ。
「でさ、あんたをどうにかして家事の魔の手から守ってやれないかなー、
 と思ってたらさ、丁度良い話が来てねー」
 すっごい楽しそうな母さん。とても怪我人とは思えませんね。
 ……なんだろうなあ、タノシミダナーホントニ。
「要望があったので、あんたを烏徒さん家にレンタルする事にしたの」
 ワーイワーイ。
「何それ、え? すごい話しが見えないよ」
「やあねえ、怒らないでよ」
 大丈夫だよマイマザー、まだパニくってるだけだよまだ。
「だってねえ、いくらもう16だからってこんな物騒な世の中、
 一人息子を一人でほっとくわけにもいかないし」
 何時事故とかに合うか分からないのよ? と大変説得力のあるお言葉。
「でさ、生活費とかもあっちで負担してくれるっていうし、お金持ちなのねーあそこ。
 ほら、なんていったっけ。お手伝いさんもいるくららしいし?」
 ちッ。
 

60:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 00:43:13 Vp3ESZJI
ちッ。
 笑顔で舌打ちしてやる。
「だから怒らないでよ。それに真面目な話、向こうから頼んできたくらいなのよ。
 多分、硝子ちゃんがらみで」
 一一ああ、そうか。
 なるほど合点がいった。ただこの傍若無人な生命体が悪ふざけをしたわけじゃあないんだ。
 俺と硝子は幼馴染み、幼いころはよく元気に遊んだものなんだが。
 ある事件をきっかけに、硝子は俺以外とはありとあらゆるコミュニケーションを殆ど取らなく、いや取れなくなった。
 数年の努力もむなしく、硝子は未だに社会復帰の兆しすら見せない。
 準、引きこもり。
「オーケー、分かった」
「あら、物わかりの良い子で助かるわ」
 しょうがないだろう、ウチは経済的にそんなに余裕があるわけじゃあない。
 保険で100%カバーできるわけじゃあないんだ。
 てかそんなんどうでも良くて、俺も硝子を、なんとかしてやりたかった。
「ふう、じゃあ俺はもう帰るよ。終電やばそうだし」
 気がついたらすっごい話し込んでた。
「ん、硝子ちゃんによろしくねー」
 荷物をまとめて病室を出る。去りぎわに、
「精々リハビリにはげみなよ、この親バカ」
 感謝の礼を言った。


61:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 00:44:07 Vp3ESZJI
「いやー大変だったねー、司君。ほらもう一杯」
 で、居候先の歓迎パーティーで未成年なのにお酌をしてもらってる俺がいる。
「あ、すいません」
 それを笑顔で受ける、この親子はざるか。
 つうか酒の消費量おかしいぞこの空間。
「あんまり量を飲ませてはいけませんよ? 司さんは未成年なんですから」
「そうですね、未成年ですからね……いや硝子、それは原液で飲むもんじゃないぞ?」
 ジンの瓶の首を掴んでいた手が止まる。
 きょとん、とした顔でこちらを向く硝子。
「レモンはのせるよ?」
「違うって、それだと40%が39、8%くらいになるだけだって。せめてロックで……
 てバカー、もう飲むな飲むななんだその脇に隠してある空の瓶はぁ!」
 16の女の子が飲む量じゃない。てゆうか日本人の量じゃない。
「あらあら硝子さん、司さんの言う通りですよ。もうお休みになられては?」
「そうだもう寝ろ。俺もそろそろ寝るから」
 少し赤みを帯びた顔は否定の意を示した。
「まだ大丈夫」
「大丈夫とかそういう土俵に立つなっつうの」
「硝子さん、司さんが来て嬉しくてついはしゃいでしまうのは分かりますが、
 本当にそろそろお休みになられては?」
 なにか気になるフレーズでもあったのか、ぴたりと動きをとめる硝子。
 そして席を立った、それがあまりに急だったから、
「硝子、照れてる?」 
 悪戯心で聞いてみたら、硝子はふらりと顔だけ振り帰って、
「調子に乗るな愚弟」
 めっちゃ睨んできた。
「その弟っての、やめない?」
「なんで? 愚弟」
「いや、ホントの姉弟じゃないし、そもそもホントの姉弟でも弟とか呼ばないしさ。
 第一、なんか硝子は姉って感じしないんだもん。今までどおりにしてよ」
 ちぇっ、つまんねーの、の顔の後。
「わかったよ、司。これでいいでしょ?」
「うん、おやすみ」
 と、今度こそ本当に目線を外して寝室へ向かう硝子。
 さて、俺もそろそろ眠りたいんだけど、
 正直このお父さんがいるかぎりそうはいかないんだろうな。
 夜は、長い。



62:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 00:45:30 Vp3ESZJI



なんか自分でやりすぎた感がでてきたので空気読んで止めます。
真面目に、どうやったら文章っぽい文章が書けるのか教えてほしいです……。

63:名無しさん@ピンキー
06/11/07 00:50:42 74ZSBal5
殊更に卑下するぐらいなら投下しないほうがいいと思うよ。

あんたがいい文章だと思うような人の作品を写経のように模写すれば、文章は書けるようになると思う。

64:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 01:14:06 Vp3ESZJI
 ういっす、ありがとうございます。
もうしないっす。

65:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 01:33:33 Vp3ESZJI
 推敲終わったとこまで張って今日は寝ます。
もうちょっとお付き合いください。


66:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 01:34:05 Vp3ESZJI
「おはよう」
 一一っっっっ!
「……おはよう」
 早く起きてよね、朝御飯片付かないでしょ、と硝子。
 否、パジャマ姿の硝子。
 やばい、不覚にもドキドキシテシマッタ。
「そっちだって起きたんなら早く着替えろよ」
 なんて苦し紛れに照れ隠し。
 にやり、意地悪そーな顔。
「スケベ」
 自爆。
 そうですよね、おいらがいたら着替えられないですよね、今直ぐ出るよ許してよ。
 と、起き上がってみたらぐらりと視界が揺れた。
 ボスっ。
 再び布団に落ちる俺。
「あれ?」
 つうか気持ち悪ッ、あれ、何でだ何でだ?
 二日酔いね、昨日相当飲んでたみたいだし、と心配そうな硝子。
 否、あきれ顔の硝子。
 やばい、不本意ながら何も言い返せない。
 だいたいあれはあなたのお父さんが俺に……。
 駄目だ、真面目に気持ち悪い……こうゆう時は水分だ。
 無理矢理に体を起こしてみる、よし歩ける。
 ふらふらと寝室のドアノブを目指すもその遠さに早くも挫けそう。
「つうか、なんで硝子は平気なん?」
 当然だけど後ろから返事は無かった。


67:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 01:34:35 Vp3ESZJI

 本当に軽めの朝食と、本当に多量のお茶を飲んで、体が何とか落ち着いてくる。
 食事中なんどもお父さんに謝られたんだけど、どう考えても自業自得な気がした。
 で、今は寝室っていうか硝子の部屋。
 この家に来てみて、俺って無趣味だったかなあ、と感じる事が増た。
 何故って彼女がパソコンでゲームやってる間、俺すっごい暇なの。
「硝子さーん、暇なんですけどー」
 シカッティング。
 ……いやいや、泣くな俺。
 寂しくて死にそうなのでこっちから硝子に歩みよってみる事にする。
 特に俺が近くに来ても気にした様子のない硝子。視線をパソコン画面に移すと、
 凄まじくリアルな3Dのキャラクター達が、レトロな町並みの上に溢れかえっていた。
「うわっ、すっげーな」
 ニュースで見た事ある、オンラインゲームってやつだ。
「ちょっと待ってて、あと10分くらいで終わるから」
 一瞬ちらりとこちらを向いて、再び硝子は視線を画面に戻した。
「終わったらコンビニ行こう、そんで飲み物とか買おう」
 今朝お茶を1L消費しちゃったから。
 コクリと頷く硝子。ふと親指を除いた8本の指が、まるで豪雨のようにキーを叩いてた。
 ブラインドタッチ、なあんて生易しいものじゃない。
 画面に打ち込まれる文字を見てると、普通に喋るのと変わらないくらいのスピードがでてる気がする。
 暫くその奥義を拝見させていただいた。
 硝子の手がやっとキーボードから離れてマウスを握る、どうやらもう終わりみたい。
 ログアウトのボタンを押……ってプレイ時間1140時間!?
 え? ちょっと待て、もしかしなくても地球が一回自転するのに要する時間は24時間だぞ?
 ……50日弱? 
「終わったよ、行くなら行こう司」
 そうだね。なるべくでなくてもあなたを家に置いとか無い方が良い気がしてきた。
 このままじゃあ準じゃなくて、ホントに引きこもりになっちゃいそうだ。
 まあいい、それを何とかするために俺はここでお世話になってるんだから。
「うん、久しぶりのデートだね」
 そういって、極自然に手を差し出してみる。
「そうね司、前世以来かしら?」
 硝子は俺を一瞥すると、華麗に手をスルーして上着を羽織った。
 俺も上着着よう、なんだか凄く寒い。





68:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 01:35:24 Vp3ESZJI
前世は当然言い過ぎだけど、硝子と買い物に出かけたのはやっぱり凄く久しぶり。
 最後に行ったのは中学校三年生の時の修学旅行の前日だったけか。
 行くつもりが無かった、なんていうふざけた主張で頑に拒む硝子をむりやり引っ張って、
 一緒に必要な物を買いに行った。
「硝子さん、ナチュラルにお酒をカゴに入れてますがそれは何時飲むんですか?」
 持ち物に「飲み物」とか書いてあったのを見て、
 普段飲んでる飲み物を買おうとした硝子を止めた記憶が、中学生なのに。
 で、今も。
「硝子さん、買うなとは言わないからさあ、もうちょっと自粛しようよ」
 合計で2Lを超えちゃうアルコールがカゴに入った所だった。
 ピクリと手をとめるとそのまんまの体勢で顔をこっちに向ける硝子。
「今日明日明後日の分。知ってると思うけど私昼間でも飲むから」
 知ってるけど容認しないし、つーか明後日学校なんだけど。
「明日もくればいいだろ、そんなに買い込まれると今日どんだけ飲まれるか不安なんだけど」
「そんなに暇じゃないし」
 暇でしょうが。
「太るよ」
「大丈夫、精神が痩せ細ってるから」
 笑えないなぁ。
「せめて甘いものとかにしない? 代用品になるかも」
「逆にお酒進みそう」
「でもさぁ、お酒ばっかだとやっぱ……待って、何時の間にか増えて無い?」
 ずっと目を合わせてたはずなのに……油断もスキもない。
 その後、なんとか硝子にそれ以上のアルコールを買わせないようにしながら、
 お茶と暇つぶしの雑誌を買った。
 ……どんなデートだよ。


 硝子を家まで送って多量のアルコールと申し訳程度のお茶を冷蔵庫にしまうと、
 今日もいつもどおり3時間の稽古に向かった。
 土曜日は翌日が休日なのもあって実戦メインのハードなのが組まれている。
 ハードというか1対3とかただの無謀だろう。
 まあ文句を言うつもりはさらさらないが、完全に二日酔いが抜けきったわけじゃあない。
 つうか何が言いたいかっていうと、無理。
「はい、5分休憩。そのあとラスト15分!」
 はー、はー、っあ、ぜー、ぜー。
 けふっ、ごほっごほっ。
 息がもたない。
 死ぬ、かと、おもった。つうか、次はホントに死ぬ。
「ラスト一本!」
 休憩、みじか、すぎ。
 でも、立たないと、もっと死ぬことになる、ので、殆ど完全にオちた体を無理やり引っ張り起こす。
 構えをとって3人と対峙、当然のように殴りかかってくる。
 とても裁ききれないので後ろに下がるんだけど、それにも限界がある。
 なんとか一定の間隔で切り返さないといけない、けど。
 ドスン、とわき腹に蹴りを貰って一瞬色々持っていかれそうになる。
 つうか蹴りっぱなしかよ。ろくに引きのない体重が乗っただけの足を、
 蹴られた衝撃でくの字に折れた体で無理やり掴んで床に叩き落とす。
 完全に間接とった。勝ち、なんだけどね、1対1なら。
 


69:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 01:36:23 Vp3ESZJI
 帰るとお父さんに呼ばれた。
 さも当然のように硝子はパソコンの前に帰ってしまった。
 ちなみに何でか硝子は家にいるイコールパソコンに座ってる、みたいなものなのに
 目は良かったりする。
 まあそんなどうでもいい事はおいておいて。
「どうゆうことだい、司くん?」
「どうゆうことって、何がですか?」
「私がいない間に、硝子を勝手に家の外に連れ出した事だ」
 顔は笑っているのに、空気が張り詰めてるのは内心穏やかで無いからだろう。
 お父さんの言いたい事は分かってはいるんだけど、ここは引けない。
「勝手にって、硝子は普段自由に外に出る事もできないんですか?」
「そもそも硝子は自分から外に出たりはしないよ」
 んなこと当然のように言うなっつーの。
「いや、そもそもそれが問題なんだよ。だから俺は一一」
「話を摺り替えないでもらえないかい?」
 変化球はダメですか、どうやら本気で怒ってるみたいっすね。
「じゃあ、家にずっと置いておくつもりなんですか?」
「そういう話しではなくてだね」
「そういう話です、硝子を具体的にどうするつもりなんですか?」
「硝子を二度と危険な目に合わせるわけにはいかないんだ」
「じゃあ、ずっとこの家で飼っていくつもりなんですか?」
 あえて嫌な言葉を使わせてもらった。
 まさか昨日にこにこと酒を飲みかわした人とこんな風に相対するとは。
 ……当然予想してたけどね。
「飼うつもりなんてない、けれど今の硝子に普通の生活をさせるわけにはいかないだろう? 
 色んな意味で」
「普通の生活をさせないでいいんですか?」
 ふう、とため息をつくお父さん。
「私のやり方が気に入らないのはよくわかった、じゃあ君はいったいどうしようっていうんだい?」
「どうもこうも、あなたは硝子を社会復帰させるために俺を養ってるんでしょう? 
 ならすることは一つです」
「具体的には?」
「普通の生活をさせるに決まってるじゃないですか?
 一日中家に引きこもって、パソコンいじってるなんて年頃の女の子としては異常ですよ?」
「そんな事が可能だと? 硝子がもし危険……」
「可能にするために、俺はあの日からずっと十分努力してきました」
 言えた、これ以上ないくらい緊張してるけど、一番肝心な事を言えた。
「鳴る程」


70:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 01:36:54 Vp3ESZJI
「鳴る程」
 お父さんの雰囲気がいつもの柔らかいものになった。
 さっきまでのプレッシャーから解放される。
「君の意思は伝わった、だから司君の事にこれから口出しは極力しない」
 ただし。
 と、一瞬さっきの数倍のプレッシャー。
「硝子にもしもの事があったら、たとえ司君でもただではおかない」
 息が詰まった、けれどすぐに素早く回復させて。
「例え死んでも守ります。だからそんな脅しは無意味ですよ」
 迷い無く、言った。
 ふう、とお父さんはため息をつくと、半ば呆れが入ったような穏やかな笑顔を見せた。
「全く、うちの硝子を相当好いているようだが、そんなにアレはいいものか?」
 何を言い出すんだろうこの人は。
「分かってるんでしょう? めちゃめちゃ可愛いんですよ、とにかくホントに。
 あんなに見た目も仕種も性格も可愛いのは他にいませんって」
「硝子も変な子に好かれたなあ、まあ君ならあげてもいいと思ってるよ、正直」
「ナイスプレッシャーです。義父さん」




71:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 01:37:54 Vp3ESZJI
 リビングのドアを開けた途端、酒瓶を持った硝子が目の前から睨まれた。
「まだ、そんな事思ってたの?」
「……っ、びびったあ。盗み聞きかよ」
「コップ取りに来たんだけど、入れる空気じゃなかったから」
「懸命だね、お父さんまじになるとめちゃくちゃ恐いな」
「どっちかっていうと、司の方がマジに見えた」
「そうか?」
 こくりと頷く硝子。
 そのまま下から覗き込まれる、硝子ってこんなに小さかったか?
「まだ、本気なんだ」
「……たりまえ」
「そっか、それはなんか、ごめんね」
 そんな申し訳なさそうな目するなよ。
「ほんとにすまないと思うなら謝るなよ」
「ごめん、無理かも」
「お前、最悪」
 笑えねえ。
「どうなったら、諦める?」
「ホンっと最悪だな」
「だって、こんなに私だけしてもらって、いろいろ。
 すごく申し訳ない」
「なんとかは見返りを求めないって定型文があるんだよ」
 なんでそんなに辛そうな顔するんだよ。
 ……なんでってわけでも、ないか。
「死人には勝てないっていうのも、きまりだよ」
「その定型文は物語り終盤で論破されんだよ」
 なんて強気な事いってても、正直厳しい。
 お父さんのプレッシャーの方が百倍ましだ、なんたって俺自身が硝子にこんな顔させてるんだから。
「はあ」
 思わずため息をついてしまう。
「お互い、辛いね」
「なんだかそれはおかしくないか?」
「飲む?」
「だからおかしいだろ」
「飲まない?」
「飲むに決まってるだろ」
 っつうか、んなんだから諦められないんだよ。

72:アルコール ◆piEfblYWC.
06/11/07 01:38:53 Vp3ESZJI

今日はもう寝ます。
ありがとうございました。

73:名無しさん@ピンキー
06/11/07 01:56:43 CbAdyOuP
なんかこの雰囲気超好みなんだが

74:名無しさん@ピンキー
06/11/07 03:17:09 qkzhNXgK
―が一になってるのは何故?

75:名無しさん@ピンキー
06/11/07 22:01:50 MdE3D8Uw
幽霊が最高でした。ラブい。エロい。

76:名無しさん@ピンキー
06/11/07 22:35:41 /ETy4H1m
やった!また新しい神が来た!

77: ◆NVcIiajIyg
06/11/08 02:13:13 NbCASQ1e
思ったより長くなる感じだったので一回区切りました。
前スレ>531の続き。
さよなら幽霊屋敷(中)。次こそ(下)です。

あとあんまりバカでもエロでもなくてすいません。

78:『さよなら幽霊屋敷(中)』1/7 ◆NVcIiajIyg
06/11/08 02:16:24 NbCASQ1e


時間が経つのはあっという間、光陰矢のごとしというように。
気温は次の週にまた下がっては上がり、
終業式の後の春休みがやってきた。


『なあー、行こうよ。行こうって』
『や。やだ。お姉ちゃんにもあそこ、入っちゃいけないって言われたよ。ゆうれいいるんだって』
『だいじょうぶだって。そんなやつぜんぶやっつけておれたちの基地をつくろうぜ!ガシューン!
 なんかあったら守ってやっからさ、なー、行こうよ、なー』
『……えー。んー。啓ちゃんがまもってくれるなら、いってもいいかなぁ。
 じゃ、わたしおひめさまね。啓ちゃんがまりおね!』

そんな会話をして金網の隙間をくぐったのは十年以上前のことだ。
行った先にいたのは、小学生の悪ガキ達で花火を盛大にやっていて、
後始末を俺達に押し付けて散ってしまった。
火傷しそうになったあっきを守って、重いバケツを転がすように水をぶっかけると、大人びた笑い声がした。
―びしょぬれの俺たちが幽霊に出会ったのは、あの時だ。


最近になってデート用にと通い出したあの迎賓館には、今でもその時の幽霊が住み着いている。
晩飯後の茶を注ぎながらお袋が話しているのによれば、あそこに、
廃校寸前のいくつかの中学校を統合して新しい校舎を作る計画が決まったそうだ。

「…は?」

テレビを見ていた視線が固まる。
―あまりにも突然だった。
今聞いた話をもう一度お袋が繰り返す。

「でもあそこ、夜中も学生が出入りしたりして危ないみたいだしね。ちょうどいいのかもしれないわね」

チャンネルを親父にいつのまにか、勝手に変えられた。
一足遅れた晩飯と、酒を喰らっている。
けどそんなのはどうでもよかった。
途中まで聞いたところで俺は玄関脇のコートを引っつかんでいた。


79:『さよなら幽霊屋敷(中)』2/7 ◆NVcIiajIyg
06/11/08 02:17:31 NbCASQ1e




亜月の家の戸を何度も叩いたというのに、誰も出てこなかった。
混乱しすぎて思い当たらなかったのは我ながらくやしい。
いなくて当たり前だ。
今日の昼から亜月の姉さんの大学卒業祝いで、明日まで帰ってこないのだ。
足を返して自宅のガレージに飛び込みサドルからランプを蹴る。。
夜道を自転車の全速で飛ばして、屋敷に忍び込んだのは夜十一時も過ぎた頃だった。

安物のようなステンドグラス。
蔦の絡むアーチ型の門は銅製。
結婚式場として作られかけて取りやめられ、廃墟になった俺たちの秘密基地は夜になると妙な雰囲気があった。
月の出ていない夜で雲が重く垂れ込めていた。
春といっても夜はまだまだ気温が低い。
門の前で息を整えてから、ノブを押して怒鳴りこんだ。

「みのり!みのり、いるか!」
「……え?うっそ、啓伍?」
ひょっこりと、シャンデリアから顔を出して逆さになったまま幽霊が俺を探した。
見つけた途端、首を傾げて笑顔になる。
「一人で来るなんて珍しいわねー。どしたの?アツキと喧嘩でもした?
 それとも、もっと別の何かだったかしら。お姉さんになんかお願いでもあるの?」

あくまで彼女は、あっけらかんといつものように俺を迎えてきた。
くるりと中で反転してからゆっくりと降下し、俺の腰くらいに足先がくる高さで浮いたまま髪に手をやっている。

80:『さよなら幽霊屋敷(中)』3/7 ◆NVcIiajIyg
06/11/08 02:19:28 NbCASQ1e

うっすらと。
雲がよぎり、月明かりがほんの少し建設途中の屋根の隙間から差し込んできた。

屋敷全体にチョークの跡があった。

測量の後があちこちに見える。
顔を上げると、みのりは似合わないくらいじっくりこちらを見て笑みを浮かべていた。
「見られちゃったね。さすが情報が早いか」
「……ばっか。新聞屋なめんな」
沈黙が過ぎた。
妙に顔を見づらくて、逸らしていたのが、あまりにも長いので気になってまた幽霊に視線をうつす。
……こめかみがひくついた。
こっちはそんなだったのに、浮かぶセーラー姿がちょっとにやにやしてやがった。
「うっわー!啓伍ったら、も・し・か・し・て~。
 大好きなお姉さんがいなくなるのとか、気になるわけ?さみし?」
「馬鹿!俺は本気で心配してるんだよ!!」
やけになって怒鳴りつけるとまたすこし普通の顔になって、ぽつりとみのりは呟いた。
ほんの少し、雪がとさと崩れるようなさり気無さで宙に浮く手が高度を下げる。
「……うん。それはごめん。啓伍が寂しくてたまらないのは分かってるから、言わなくて大丈夫よ」
みのりがこんな風にしおらしいのは珍しかった
なんか話してることはアレだが。
ざらつく床が透明の足先につくところまで降りてくる。
「……だってしょうがないじゃない。もう大分前から、日中にも測量とか、来てたのよ?
 啓伍もアツキも、学校があったから知らなかったんでしょうけど。
 あ、結構ね、解体屋の人たち、かっこいいのよー。力仕事してる男は違うわー」

それこそ知らなかった。
学校に行っていたから平日昼のここなんて分かりやしなかったのだ。

81:『さよなら幽霊屋敷(中)』4/7 ◆NVcIiajIyg
06/11/08 02:20:26 NbCASQ1e
なんでこんなに痛いんだか分からんかった。
頭を抱えるように自分の前髪を掴む。
春先とはいえ吹き込む風はひどく冷たく、頬をこれでもかというほどに冷やしてくれた。

「……なんで黙ってたんだよ」
「聞かれないから。それに、
 二人ともきっと、そういう顔をすると思ったからよ。
 あたしは、別に、構わないのにね。だって死ぬわけじゃないじゃない」
「…そういう顔ってなんだよ」
掠れた声で呟くとみのりは眼を伏せたまま声を立てて笑った。
「泣きそうな顔。アツキの顔も想像つくわね」
「ばっ、な、泣きそうなわけ…!」
言葉に詰まって苛立ったので傍の階段に乱暴に腰を落とした。
古風なセーラー服姿のまま、幽霊がふわりと隣に座る。
くしゃぐしゃと髪をかきむしる。

くそ。

ほんとに、本当に亜月を連れてからくればよかった。

82:『さよなら幽霊屋敷(中)』5/7 ◆NVcIiajIyg
06/11/08 02:21:46 NbCASQ1e

実は昔からそうだった。
いくらかっこつけて、亜月の彼氏面をしてみたって結局肝心なところで
亜月ががーんと前に出て俺を盛りたてて太陽みたいに周りをぶっ飛ばしてしまうのだ。

亜月がいないと俺はただの情けないガキでしかないとこれでも一応知っている。
せめて亜月の前では、かっこいい姿を見せたいと気張るから少しはましな自分でいられるって寸法だ。

「これでもお姉さんね、あんたたちのそういうところが好きだったのよ」

十年来ずっと下品なことばかり紡いできた声がBGMみたいに耳を通って脳に伝わっていく。
本来この声がこうであるべき柔らかで軽やかな言葉だった。

「―うん、でもしょうがないわ。あたしも引越しをせざるをえないのね。新しい建物って、苦手だし。
 啓伍に昔助けてもらったみたいに、火も怖いから、工事中の火花もできれば見たくない。
 こういう、壊れかけた古い建物の方が好きなの。慣れているの」
「ここ、結婚式場のために作られたのよね。
 おぼえている?啓伍、昔こっそり耳打ちしたでしょう。
 ここでアツキとけっこんしきをあげるんだって。あれ、笑っちゃったわー。ばかよねもう。
 ま、ここんとこある意味結婚式みたいなことしてたけどね、いつも。先週だって廊下でやってたの見たわよ?
 ほんと盛んよね、啓伍ってば若さゆえにがむしゃらで、感心しちゃったわ―ていうか思ったより早」

83:『さよなら幽霊屋敷(中)』65/7 ◆NVcIiajIyg
06/11/08 02:22:41 NbCASQ1e

「…おまえ、さ。なんだよ。ここの地縛霊とかじゃないのか?」

遮って聞くとみのりは目を丸くして、んー、と目を閉じた。
セーラー服の裾を持ち上げるように膝を抱える。
階段敷きのワインレッドを、白い三つ折りソックスの指先が擦った。
「違うの。お姉さんには秘密が多いんです」
意地悪そうに愉快に、にっこりと幽霊は俺に顔を近づけて笑う。
改めてみると、本当に。
気がついたら俺達とこいつは同い年くらいになっていた。
……なんだろう。
ここに真夜中に、走ってきた理由は、こういうことを話すためじゃなかったんだ。
ほんとに亜月がいないと俺はよくずれる。
こんな晩には今すぐにでもあっきに会いたい。
「みのり」

『お姉さんに何かお願いでもあるの?』
最初に聞かれたとおりの用件だ。
馬鹿だから、こんなに話してからでないと、思い出せもしなかった。
「ねえ。
 今度、アツキを連れてお別れに来てくれる?
 未練なんてあんたたちだけだし、そしたらさっさと引越すことにするわ」
「行くなよ」
「ありがと」
「……だから行くなって」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。」
「だから!おまえがいなくなったらつまんねえんだ。あっきもおまえのこと大好きなんだぞ。
 おまえだって、俺たちが好きって言ってたじゃねえか!行くなよ!」

84:『さよなら幽霊屋敷(中)』7/7 ◆NVcIiajIyg
06/11/08 02:24:59 NbCASQ1e
まるであの日近所の子を無理矢理引っ張って、
ここに忍び込んだ時の様な駄々のこね方だと思った。
でも目の前の幽霊は、あの時みたいに笑ってついてきてくれる幼馴染とは違った別の存在だった。
すうっと冷たい感触が肩に乗る。

「十年もすっかり忘れてたくせに。ばぁか」

感情のない呟きが染み入るように鼓膜を通る。
夜風の冷たさを不意に知った。

「いいからアツキを連れてきなさい。
 あ、流石にいつ人が来るか分からないから、セックスはダメよ。
 その代わりに、あんたに助けてもらった借りを返すわ。結婚式をしてあげる」

冷たかった半透明の空気が離れる。
久我山みのりは、セーラー服のまま後ろ手を組んで浮き上がり、華やかに笑ってロビーからすっと消えて行った。

夜に融けるのを追って見上げれば崩れた壁の隙間から、雲がゆっくりと星の合い間をよぎっていた。
秘密基地の天井は、ただの塗装がはげたコンクリートでしかなかった。

……そっか。
ここ、壊されちまうんだ。

お気に入りの基地が壊される悔しさに、亜月より一足先に俺は黙って泣いた。
春めいた冷たい風が、葉を出した木を一生懸命ざわつかせていた。


(下)につづく

85: ◆NVcIiajIyg
06/11/08 02:26:07 NbCASQ1e
というわけで次で終わります。ではまた時間ができましたら。

86:名無しさん@ピンキー
06/11/08 05:01:34 1GiCYop4
ええよええよ。

87:名無しさん@ピンキー
06/11/08 07:29:47 GpO/5HkS
お姉さん、続き期待してます……!

88:名無しさん@ピンキー
06/11/09 16:35:23 ka9ZF7HE
風景描写がやっぱり秀逸。
◆NVcIiajIyg師、続き待ってます!!


89: ◆6Cwf9aWJsQ
06/11/10 02:50:47 seod/IwH
規制に引っかかって遅れてしまってスミマセン。
その上今回やたら長いので今日明日の二日に分けて投下します。

ではエロ無しの前編から。

90:シロクロ 11話 【1】
06/11/10 02:52:36 seod/IwH
「休憩入りまーす!」
教室に私の声が響く。
「はーい」「お疲れー」
クラスメイトのみんながそれに答える。
―ウェイトレスとウェイターの格好で。
かくいう私もウェイトレス服を身に纏っているのだけど。

私立式坂高等学校。
元は色坂高等学校だったが平成3年に改名され、今の名前になった。
でもその年の文化祭、すなわち色坂祭の名前の変更を学校関係者一同が忘れてしまい、
そのせいで「式坂高校」と「式坂祭」の年数がずれてしまうという事態になってしまい、
文化祭を「色坂祭」と呼ぶか「式坂祭」と呼ぶかで今でも先生達が揉めているらしく、
現在は「式坂祭(仮)」と言うことで落ち着いてるようだ。
・・・(仮)を着けることを承認する方が問題な気もするけど。
まあそれはともかく。
私たち3年8組もコスプレ喫茶という出し物で参加していた。

91:シロクロ 11話 【2】
06/11/10 02:53:24 seod/IwH
「あ、綾乃!」
教室を出ようとする私を同じくウェイトレス姿―なぜか「サブチーフ」という文字が書かれた
ピンクの腕章を着けている―のみどりちゃんが制止した。
「何、みどりちゃん。今啓介を探しに行くトコなんだけど」
「白木ならアンタが休憩入るの待ってたんだけど・・・」
「ホントッ!?」
それを聞いた私は風を切りそうな勢いでみどりちゃんに駆け寄った。
それに若干引き気味になったみどりちゃんに構わず問いかける。
「それで啓介はドコッ!?」
「ココ」
そういってみどりちゃんは店員側のスペースの隅を指さした。
そこには私の幼馴染みにして恋人―啓介が椅子に座ったまま居眠りしていた。
まあしょうがないと言えなくもない。
朝から料理の仕込みを手伝ったり客と揉めたり今まで忙しそうにしてたし。
でもそれとこれとは話が別。
「もう、しょうがないわね・・・」
私は溜め息混じりにそう呟くと啓介に歩み寄って彼の肩を掴み、
「け・い・す・け・起きなさ~い!!」
揺さぶりをかける。
が、彼の瞼はぴくりとも動いてない。
「十数える内に起きないと・・・」
「・・・くかー・・・」
起きる様子無し。
その態度を挑発と解釈した私はカウントダウンを開始した。
「十、九、八、七、六、五―」
と、ここで私は起きなかった場合に何をするか考えてないことに気付いた。
でも反応無いのでお願いだから起きて啓介と思いながらも続行。
「―四、三、二、一、ゼロ」
「・・・くかー・・・」
起きる様子が全くない。

92:シロクロ 11話 【3】
06/11/10 02:54:29 seod/IwH
「・・・ホントに寝てる・・・」
仕方ない。少し恥ずかしいけど最終手段。
そう決心すると私は啓介を抱き寄せ、
「啓介、おきて・・・」
そう呟くと彼の耳を甘噛みした。
周囲からおお、やうわ、などの声が漏れるが無視。
そのままの姿勢で5秒(きっちり数えた)後、
「な・・・・・・!」
唇と身体全体に伝わっていた感触が消え、悲鳴が聞こえた。
そちらの方へ視線を向けると私の抱擁から逃れた啓介が顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。
彼が何か言おうと口を開くが、途中で彼の唇に当てられた私の指と台詞に遮られた。
「お客さんがいるから大声たてちゃダメ」
「お客さんのいるところでンな事するのはアリかい」
啓介が半目でツッコミを入れるが私はそれを無視。
と、みどりちゃんが手を叩きながら割り込んできた。
「はいはい、夫婦でイチャつくのもそこまでにしなさい」
「誰が夫婦だっ!?」「まあ、みどりちゃんったら♪」
同時に違うリアクションをする私と啓介。
「まあ夫婦はともかく婚約ならしてるけどね」
「してねぇよっ!」
そう叫ぶ啓介にみどりちゃんは冷ややかな視線を向け、
「アンタそれ本気で言ってる?」
「?、ああ」
小さく溜め息をつき、
「綾乃っていっつもアンタがあげた白いリボンしてるわよね?告白事件からずっと」
「ああ、それが?」
わっかんないかなあ、とみどりちゃんは頭を掻きながら小さく呟くと
出来の悪い生徒に説教する教師のように人差し指を立て、
「それって婚約指輪も同然よね?『コイツは俺のもの』ってしるし」
その発言を受けた瞬間、啓介が凍りついた。

93:シロクロ 11話 【4】
06/11/10 02:56:43 seod/IwH
・・・ああ、そんな解釈もアリか・・・。
とりあえずフォローしてあげよう。
「みどりちゃんみどりちゃん、これは啓介が昔くれたものだから。
夏に海行ったときも着けてたし」
そういって私はリボンを巻き付けた髪の一房をヒラヒラと振ってみせる。
と、啓介がこちらに視線を向けてきた。
その眼差しは「頼むからこの状況をどうにかしてくれ」と語っていた。
あくまでカンだけど。
とりあえず私は彼に力強く頷くとみどりちゃんに解説した。
「つまり昔から私は啓介のものだから♪」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!!」
ほんのちょっぴり涙目になった啓介が勢いよく立ち上がる。
「ほらもう泣かないの。男の子でしょ?」
「誰のせいだよっ!?って頭撫でるな抱きしめるな頬擦りするなあああ!!」
「すっかりラブラブよね・・・」「見てるこっちが恥ずかしくなるよな・・・」
「見てないで助けろよ!」
そう叫ぶ―もはや客への遠慮は忘却の彼方のようだ―啓介の肩をクラスの男子の一人が掴み、
「貴様に選択の余地を与えよう。
第一に、遺書を書いて死ぬ。
第二に、辞世の句を残して死ぬ。
第三に、ダイイングメッセージを残して死ぬ。
第四に、誰にも知られることなく一人寂しく死ぬ。
さあ選べ十秒以内に一二三四五六―」
「全部却下だっ!っていうか結局死ぬんじゃねえか!」
「やっかましい羨ましすぎんだよこの野郎死ねぇっ!」
その発言に頷く男子数名から目をそらして啓介は溜め息をついた。
「・・・ったくなんでこんなことに・・・」
「啓介が居眠りしてたせい」
「ぐ・・・」
啓介がいめくと同時、周囲から多数の拍手や口笛の音が聞こえた。

94:シロクロ 11話 【5】
06/11/10 02:59:00 seod/IwH
「っていつの間にか客増えてるしっ!?」
言われてみると確かにお客さん―というか野次馬―が増えた気がする。
「アレがあの校内新聞に載ってたバカップルか・・・」
「マイク使って告白だなんて真似できないわよ・・・」
「ありゃあウチにも聞こえとったわい。若いモンはいいのう・・・」
周囲から聞こえる声―聴力は良い方だ―の内容をしっかり吟味してから一言。
「大評判ね、私たち」
「誰のせいだっ!?」
「・・・お互い様だと思うけどな」
そう呟いてると、啓介が私の抱擁から逃れてしまった。残念。
「騒がしくなってきたな・・・」
そう言いながら店の奥から誰かがこちらに近づいてきた。
今回の発案者で反対意見を屁理屈で黙らせてしまった黄原君だ。
黄原君なのだが――
「「・・・・・・」」
私と啓介は彼を見ると同時に沈黙した。
彼は何故かみんなとは違う格好をしていたのだ。
服装は共通のウェイター服で「チーフ」の赤い腕章を着けてるけどそこは問題ではない。
「「・・・何そのチョビ髭」」
私と啓介が同時にツッコミを入れるが黄原君は動じることもなく、
問題の髭―言うまでもなく付け髭―を撫でて一言。
「『喫茶店にはお約束の渋めのマスター』だ」
黄原君の発言を聞いた私たちはお互いに顔を見合わせて口を開く。
「全然似合ってないし渋くもないと私思うんだけど」
「というかコスプレ喫茶に何故マスターがいるんだ」
「何故ツッコミのときは息ピッタリなんだお前達は」

95:シロクロ 11話 【6】
06/11/10 03:00:37 seod/IwH
そうツッコミを入れる黄原君に啓介は半目になった視線を向け、
「っていうかもしかしてそれがしたかったから企画を立てたのか?」
「そんなことはない」
と、無意味に胸を張って黄原君は口を開く。
「ただ単にみどりにフリフリの格好をしてもらいたかっぐはっ!?」
「あ、ゴメン秀樹。ツッコミ欲しそうだったからつい」
脇腹へ肘を機転にしたチョップという過激ツッコミの姿勢のままあっけらかんと言うみどりちゃん。
黄原君は脇腹を押さえて二、三度咳をすると復活し、
「ま、まあそれはともかく」と言いながら啓介に向かって手を差し出した。
「ありがとう。お前たちバカップルのおかげで商売繁盛だよ」
「・・・そりゃあよかったな。俺達もお前たち新聞部のおかげで一躍有名人だよ」
啓介は棒読みで返事をすると手を握り替えした。
手の甲に筋が浮かび上がるほどの力で。
「ふっふっふっふっ・・・」
「はっはっはっはっ・・・」
でも黄原君は眉一つ動かすことはなかった。

96:シロクロ 11話 【7】
06/11/10 03:02:01 seod/IwH
「あ~~、疲れた・・・・・・」
夕焼け空を背景に、俺は猫背の姿勢のまま帰路についていた。
今日は疲れた。心身共に。
綾乃をこっそり撮影しようとする客に注意したり料理の仕込みを手伝ったり
綾乃を口説こうとした客に注意したり大量の料理を運んだり綾乃を触ろうとした客に注意したり
ウェイトレス服のままの綾乃と一緒にいろんな出し物を見て回ったり
綾乃とともに周囲の好奇の視線にさらされたり――
そこで殆ど綾乃がらみなことに気付いて余計に疲れが出た。
が、なんと言っても決め手はアレだ。
後片付けの手伝いをするために残ることになった俺は、
待とうとする綾乃に『先に帰って飯の用意しといてくれ』といって先に帰そうとし、
綾乃は少し顔を赤くして頷いた。
やけに素直だと思ってたら別れ際にまた唇を奪われ、
『じゃあ先に帰ってご飯の用意してるわね♪あ・な・た♪』
とかいってすぐさま帰っちゃったもんだから残された俺は周りから総攻撃を受けてしまった。
殺意のこもった視線が十三人分、好奇心のこもった視線が二十二人分といった割合で。
彼らに寄れば、『先に帰って飯の用意』の発言が同棲してるみたいな言い方に聞こえて、
恋人と言うよりはまるで新婚夫婦のように思えた、とのことらしい。
まあ俺の言い方が悪かったからだろうけど、
ここまでの仕打ちはあんまりじゃなかろうか。
だが、まあ俺にも役得があったし、と思うと少しは気が紛れた。
ふと、俺は自分の唇を指でなぞってみる。
自分の唇の感触しかしないが、綾乃が何度も唇で触れた場所だと思うと―
「ままー、あのおにいちゃんわらってるよー」
「しっ、指さしちゃいけません!」
・・・・・・泣いてないぞ。くそう。


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