エロくない作品はこのスレに7at EROPARO
エロくない作品はこのスレに7 - 暇つぶし2ch2:名無しさん@ピンキー
06/10/27 01:16:06 sT83GGYB
            おらおら!清潔で 美しく すこやかな毎日を目指す 花王様が2ゲットだぜ!
.      ‐、‐-.,_   
      ヽ  ヽ、   >>1 あるある大辞典は単独提供だ!うらやましいか(プ
         'i   'i,   >>3 2ゲットもできねーのか?ビオレで顔洗ってこい(ゲラ
       ,ノ.,_   |   >>4 資生堂ばっか買うなよ(w
     < ‘`  !   >>5 お前もしゃくれアゴ(プ
      ,'=r  ,/    >>6 ライオン製品でも使ってろよ(ゲラ
  、.,_,..-'´   /    >>7 P&Gには負けんぞ!
  `"'''―'''"´     >>8 ヘルシア厨必死だな(ププッ



3:48
06/10/27 12:10:20 GBZpu/4i
 こんにちは、とってもお久しぶりの48です。
これほどまでに間が空いてしまい、全くもって申し訳なく思っております。しばらく全く余裕の
ない生活を送っておりまして、それがひと段落したら周囲にいろいろと揉め事が起こってしまい、
それらに煩わされているあいだに、なんと1年も空いてしまいました。
 さて、今回のお話も短編ですが、今回は、次の長編の主人公の1人であるシャルロット・
ゴドウィン3等陸曹が本編に登場するより以前を扱った、外伝的なお話です。しばらく書く
ことすらできなかったので、リハビリ的な意味で書きました。ブランクの割にはけっこう上手く
書けたと自負しています。
 今回は濡れ場無し、戦闘シーンもほとんどありませんが、それなりに真面目なお話です。
読者諸賢に楽しんでいただければ幸いです。

※各国軍・各軍種間での階級呼称の違いによる混乱を避けるため、下士官兵の訳称を試験的に
 自衛隊式呼称に統一しました。OR-1を3士と対応させ、以降それぞれがNATOコードに
 おいて対応する階級に対応していると考えてください。
 また、特に下士官兵については、旧軍式にせよ自衛隊式にせよ、来歴と職務について完全に
 対応させた訳が難しいことも、承知していただければ嬉しいです。


4:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:10:59 GBZpu/4i



「レディ・スミスの囁き」



 愛息であるダニエルの父親について聞かれるとき、彼女はいつも決まって
「不思議ね。何も覚えてないわ。顔も思い出せないのよ」
と答えることにしていた。
しかし実のところ、それはまったくの嘘だった。
 だからこそ、夕食の最中、レストランの前を通りすぎるその男の顔が唐突に目に入ったとき、まったく彼女
らしくもないことだが、シャルロット・ゴドウィンは、すっかり呆然として凍りついてしまったのだった。
隣でデザートに夢中になっていたダニーは母親の顔を見なかったが、テーブルの向かいに座っていたクロード・
ゲルサンは彼女の表情を不審に思い、首をわずかに動かして後ろを窺った。
しかし、彼の目に映ったのは、ごく普通の痩せた若い男の顔に過ぎなかった。
彼の鍛えられた眼はその男にさして危険なものを認めず、見かけによらず豪胆な姪が、この平凡な男を見てなぜ
こうも動揺するのかと訝った。
もっとも、「平凡な男」と彼女との間にあったいきさつを知っていれば、その疑問はたやすく解けただろう。
その男の名はディーン・エリダン。
彼女の初恋の相手にして、ダニーの父親である。


 ゴドウィンは才能に恵まれた船乗りであり、また、一人息子を抱えるシングル・マザーでもある。
ゆるやかに波打つ赤褐色の髪はたいてい肩の上でカットされていて、注意深さを奥に隠した緑色の瞳は美しく、
引き締まった体躯は、秘める力を想像させないほどに楚々としている。
少なくとも、陸上にあるかぎり、彼女は魅力的な女性であり、また良き母親であった。
 しかしその一方で、彼女は洋上を仕事場としており、斯界において伝説的な名声を確立した叔父のクロード・
ゲルサンの右腕であった。

 もともと都会で育った彼女は、海について多くをクロード叔父に学んだ。
クロード・ゲルサンはヘスペリア共和国海軍歩兵コマンドー軍団に属する2等陸士としてその軍歴をはじめ、
退役したときには、軍団全体で最先任の上級陸曹長になっていた。


5:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:11:55 GBZpu/4i
 彼の現役時代の経歴は、そのすべてがいわゆる“ブラウンウォーター・ネイヴィー”でのものだった。
彼はその経歴を通じて、派遣すべきでない場所に人々を送り込み、いるべきでない場所にいる人々を支援し、
いないはずの場所から人々を引き揚げさせてきた。

 彼が伝説となったのは、「砂漠の嵐」作戦中のことである。
パダニ王国の特殊部隊SASがスカッド・ミサイルの発射場を破壊するために送り出したパトロール隊のうち、
ひとつが帰らなかった。途切れ途切れの交信から、彼らが強力な機甲部隊に遭遇し、追撃を受けて脱出中である
ことが判明した。彼らは最初の交戦で対戦車ロケットを撃ちつくしており、このままでは、生きて翌朝を迎えら
れないことは確実であった。
 手持ちの資産がすべて出払っていたせいで、多国籍軍司令部は、ゲルサンのチームを送り込まざるを得なく
なった。敵は沿岸に機雷原を設置しており、彼らは、狭い回廊を暗夜に辿らねばならなかった。
それだけでも既に過酷なものだったが、機雷原を突破した直後に、最大の危機が待っていた。
 無人のはずの集落に、1個小隊の歩兵とBMP歩兵戦闘車がいたせいで、危険な任務は無謀なものになった。
沿岸に達した段階で彼らは発見され、猛烈な戦闘になったが、ゲルサンは空荷では帰らないと冷然と決意した。
艇は数百発の銃弾と73ミリ砲の至近弾を数発喰らって船室に風穴を開けられ、お返しにBMPを2両ふっとばし、
そのあげく、SAS隊員たちをどうにか収容して脱出したのだった。

 その週のはじめにSASの別のチームが消息を絶ったばかりだったので、ゲルサンたちの救出成功はたいへんな
歓迎をもって迎えられた。畏れおおくもパダニ王国女王陛下が直々にヘスペリア共和国大統領に電話し、
「あなた方の勇敢な海兵隊員たち」に感謝の意を伝えたおかげもあって、救出作戦に参加した全てのクルーに
国家勲功章が与えられ、指揮官であるゲルサンと2名のミサイル射手には軍事勲章まで与えられる騒ぎになった
ものである。
軍事勲章の上には、かの有名なレジオン・ドヌール勲章しかない。

 ゲルサンは、退役を機にチャーター・ボートの船長をはじめ、それと同時に、ゴドウィンを自分の後継者にすべく
徹底的に鍛え上げた。当時のゴドウィンは、単なる元不良少女に過ぎなかったが、彼はその中に何かしら光るもの
を見出していたようである。
 彼女は、ゲルサンが見込んだとおりにみるみる腕を上げ、まもなく彼らの船は最高の船として知られるように
なった。記者が記事にせず、自分のために心にしまっておきたくなるような船である。
ゲルサンが軍の人脈を生かして集めた情報と、いかにも無邪気に見えるゴドウィンに心を許してうっかり秘密の
漁場を漏らしてしまう他の船乗りたち、そして何よりも彼ら自身の地道な努力のおかげで、彼らは常に客を満足
させることができた。他の船のすべてが良い漁場を見つけられず、釣り客を怒らせてしまうときにもそれは変わら
なかった。あたかも、その海域について彼ら二人が知らないことなど無いかのようだった。

 その一方で、その地域にある海上憲兵隊の勢力が不当なほどに少ないために、時として彼らは警察などからの
依頼を受けた。憲兵たちは海軍歩兵コマンドー軍団で勇名を馳せた男の船に乗りたがったし、海上憲兵隊と協同
するにも、軍務経験のある船長のほうが何かと都合が良かった。
それらはたいてい水難者の捜索だったが、密漁船を追跡したあげく銃撃戦になり、船上で応戦する憲兵たちに
混じってゴドウィンが散弾銃をぶっ放したこともあった。


6:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:13:07 GBZpu/4i
 ゲルサンは、出自が出自なだけに、船乗りは武装しているべきだと固く信じていて、海兵隊時代から愛用する
9ミリのブローニング・ハイパワーを持ち歩いているし、船には散弾銃を積んでいる(銃撃を浴びて激昂した
ゴドウィンが持ち出したのがそれである)。
 その一方で、ゴドウィンは海兵隊予備役に登録しているにもかかわらず、武装することについての考え方が
叔父とはだいぶ異なっていた。
そのことは、彼女が選んだ武器がステンレス製の5連発リヴォルヴァー、チーフス・スペシャルのレディ・スミス
・モデルだということから、極めて明瞭に分かるだろう。
 彼女は、何かしら武器を買うように勧められた時も、その銃の威力には「一顧だにせず」、手入れにかかる
手間と信頼性、そしてお値段に重きを置いた。いつの日か海を二つ越えてアラスカまで行くことを夢見て、
「マグナム弾を使える」ことにひどくこだわった(グリズリーを相手にするつもりらしい)し、
「女性向け」だということに惹かれて、多少高いのにレディ・スミスを選んでしまったりはしたけれど、叔父が
持っているような9ミリ・セミ・オートマチックには、まったく興味を示さなかった。
 彼女が持っているのは、レディ・スミスの中でもマグナム弾を使える新しいやつだが、強力なマグナム弾を
装弾した銃を息子の近くに置いておくことに抵抗があるのか、普段は.38口径弾だけを装填していた。
彼女は機械が嫌いではなく、その意味で銃にも興味があった。
ただ、決して口には出さないけれど、彼女は少し銃がおっかないのかもしれなかった。

 そんな彼女だから、ダニーを寝かしつけたあとのキッチンで、しまいこんでいた弾薬箱を取り出して、
レディ・スミスにマグナム弾を装填しているのを見たとき、ゲルサンは本当に驚いた。
 そのリヴォルヴァーは、いつものとおり完璧に整備されていた。あらゆる可動部がなめらかに動き、
シリンダーには火薬滓の一片もなく、フレームは鏡のかわりに使えそうなほどに磨き上げられていた。
 開け放した戸口からゲルサンが入ると、彼女は振り向いたが、すぐに顔を戻し、黙ってシリンダーを閉じた。
ラッチがかちんと音をたてた。
フェデラル125グレインのホローポイント弾を5発装填されたレディ・スミスは、白く光る蛍光灯の下、
いつもと違う強烈な存在感を発散していた。
「―あの、夕飯のときの男のせいなのか?」
彼女はレディ・スミスをホルスターに収め、言った。
「奴がディーン・エリダン、私とダニーを捨てた男です」

 ゲルサンが驚いたとしても、表情にはまったく表さなかった。その代わり、静かに訊ねた。
「長物が必要になると思うか?」
彼女は黙って首を振った。「長物」とは散弾銃など、彼らが普段たずさえるより大きく強力な火器のことである。
「あの男は危険だろうか?」
「危険になるだけの度胸なんか持っちゃいませんよ、あいつは」

 ゲルサンはしばらく黙って彼女の様子を眺め、そして静かに聞いた。
「今でも彼を憎んでいるか?」
端正な彼女の立ち姿が、かすかに揺らいだ。
「違うと言えば、嘘です」


7:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:14:00 GBZpu/4i
 彼女が高校2年になった秋に、彼らは出会った。
そのころの彼女は、拗ねたような赤い唇が印象的な、もうすぐ17になろうという少女だった。鋭敏な観察者なら、
アンバランスな危うさを秘めていると評価しただろう。表面上は彼女にとって全てが順調だったが、内面では漠然
とした不穏さが漂っていた。学校の成績は良かったし、少女向けの雑誌の読者モデルに選ばれたりもしていた
けれど、何かを見失っているように感じていた。世界中が動きつづけているのに、彼女だけが同じ場所に留まって
いるような気がしていた。目に映る全てが物悲しく、全てが急速に色褪せていくようだった。小さな雨音さえもが、
彼女を苛立たせた。
 たぶんそのせいだろうが、彼女はディーンとの関係にのめりこんだ。
16才の少女にとって、ハンサムで何事にも反抗的、気障な5才年上の男はとても魅惑的に映った。
出会ってから1週間ののち、彼らは初めて寝た。想像していたほど素晴らしいものではなかったけれど、そう
ひどいものでもなかった。彼女は酔っ払って勇敢になっていたし、ディーンはその方面に長けていた。
彼女はすっかり彼に夢中になった。母や友人の警告は無視され―
結局のところ、あまりに多くの少女がたどった軌跡を彼女もたどりつつあった。
 17才の誕生日の数日後、妊娠したことがわかった。最後は外で出すことにしていたので、どちらも避妊は
まったく配慮していなかった。彼女はパニックになってディーンに助けを求めたが、彼は逆に彼女のありもしない
浮気を責めた。
 彼女の自尊心は徹底的に傷つけられた。少年たちにとって彼女は既に疵物だった。たった17で使い古され、
捨てられた。過ちを悔いても既に遅く、母親になる準備などできているはずがなかった。
診療所に予約を入れたが、受付で名前を呼ばれたとき、堕ろすことなどできないと悟った。
退役したゲルサンが訪れ、その境遇から彼女を無理やりに引きずり出すのは、その半年後のことだった。


 そのような次第で、ゲルサンとゴドウィンのボート・サーヴィスの事務所にやってきたとき、ディーンが受けた
応対は、すこぶる非友好的なものになった。
ゴドウィンは立ち上がって腰に手を当て、彼らはカウンターを挟んで対峙した。
ひとしきりゴドウィンの険しい視線に耐えたのち、ディーンはぎこちない笑みを浮かべて手を差し出したが、
彼女はその手を握ろうとしなかった。
「おまえが船に乗ってるとは、驚いたな」
「はるばる海外県まで世間話をしにきたとでも言う気? さっさと言いたいことを言って出ていきなさい」
「坊主は元気にしてるか?」
「あなたに教える必要はないわ。なぜあなたは今さら戻ってきたの?」
「おまえと坊主に会いたいからだ。これで不足か?」
「私はあなたに会いたくないし、ダニーも同じよ。本人の意思に反してダニーをあなたに会わせる気はないわ。
遠くまでご苦労なことだけれど、時間の無駄よ」
「おい、昔の恋人にその扱いは冷たすぎるぜ」
彼女は歯を食いしばった。
「今すぐ出てかないと憲兵を呼ぶわよ。その前にあたしがあんたを撃っていなければね」
「それはありえないね。おまえには俺を撃てないだろうよ」
その言葉を最後に、ディーンはドアからするりと抜け出した。
彼女はヒップ・ホルスターのリヴォルヴァーから手を外して溜息をついた。
1分たらずのやり取りにもかかわらず、全身が汗で濡れているのを感じた。
ゲルサンは何も言わず、寄りかかっていた壁から体を引き離した。


8:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:15:02 GBZpu/4i
 彼らの規模の事務所の場合、二通りの午前11時がある。殺人的に忙しいか、殺人的に暇かのどちらかだ。
中間というものがない。
だから、みんながホテルやらハーバーやらとの電話を片手に海図やら天気図やらと睨めっこしているか、
あるいはみんながあくびしながら、遅い朝の気だるさを、のんびり楽しんでいるかということになる。
雨季の中盤のとある日の午前11時は、普通、後者のほうの午前11時になる。
静かな雨がしとしとと敷石を濡らしていくのを、乾いて涼しい室内から温かいコーヒーでもすすりながら眺める
のは、実際、ちょっとした楽しみと言えた。
 しかし、ディーンの来訪と、彼が伴ってきた不穏さのせいで、その呑気さは雲散霧消してしまっていた。
ゲルサンは手持ち無沙汰なままに「台風避泊のコツ、伝授します」の特集ページを読んでいたが、そのうちに
それを閉じて、姪のほうを見つめた。
 ゴドウィンが書類の山を崩し、ペン立てとコーヒー・カップをひっくり返したところで、彼は声をかけた。
彼女ははっと気がついて、ばつの悪そうな顔をした。
「少し早いが、昼飯にしようか」
「はい」
「構わんからこっちに座りな」
「ありがとうございます」
ゴドウィンはすっかり散らかった自分のデスクを離れ、椅子を引きずってきてゲルサンの向かいに腰を下ろした。
ゲルサンはノート型のコンピュータを閉じて仕舞い、ランチボックスを広げた。
二人ともしばらく黙って食べていた。

 ゲルサンが先に食べ終わった。彼は箱を閉じて脇に寄せ、机の上で大きな手を組んだ。
「チャーリイ」
と姪につけたあだ名を呼んだ。
ゴドウィンは紙ナプキンで口を拭い、挑戦的な目つきで叔父に向きあった。
「叔父さんが言いたいことは分かります。あの男への接し方が厳しすぎたとでも言うんでしょう?」
「その通り。さっきのお前の態度はまったく褒められたものではなかった。7年ぶりの相手に対するには、それ
なりの礼儀というものがある。ましてや相手は息子の父親だ」
「お忘れかもしれませんから指摘させていただきますが、奴は私とダニーを吸殻か何かのように捨てたのです。
奴を許すことなど、できない相談です」
「もちろん、それに怒るのは正当な権利だ。だが、それは7年前のことだぞ。歳月は人を変えるものだ」
実際、お前自身がいかに変わったか、省みるがいい、とまでは言わなかった。
「歳月は罪に赦しを与えはしません。無論、本人の態度次第で酌量の余地はあります」
と彼女は認めた。
「しかしさっきの態度は誠意とは程遠いものだった。そう思うでしょう?」
「だが、さっき君らが話したのは1分間―たった1分だぞ!
それで全てを判断するのは不公平だと思わんかね?」
「叔父さんは奴を知りません。私は知っています」
と彼女は突き放すように言った。
「知りすぎるほどにね」

9:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:16:00 GBZpu/4i
「いいかチャーリイ、いたずらに敵意を煽るのは良くないことだぞ」
30年以上もの間、洗練された組織的な暴力に携わり、表沙汰にできる分だけで3回の実戦に参加した男は言った。
「相手に敵意が無いなら、衝突は回避すべきだ。衝突が生じれば誰かが負けたり傷ついたりすることになり、
良い結果に終わることはまずありえない。考えてもみろ。我々のなかでいちばん脆弱なのは誰だ?」
「ダニー」とシャルロットは認めた。
「しかしダニーには私がいます!」
「母親が全てを防げると思うのは間違いだ。自分の母親と父親がひどくいがみ合っているのを見て、ダニーは
どう思うかな?」
それが彼女の痛いところをついた、と彼は見て取った。
彼女は顔を背けて黙った。2回深呼吸し、呟くように言った。
「どうすれば、いいというんです?」
「彼に機会を与えたまえ。もっと冷静に話してみることだな。話し合い、和解せよと言いたいところだが、
お前にそこまで求めるのは酷だろう。だが、さっきのようにすっかり頭に血が上った状態ではなく、落ち着いて
話すことくらいはできる。そうだろう?」
「そうですね」
と彼女は不承ぶしょうながら同意した。
「それから、自分の最大の親友とよく話し合ってみること。つまり、自分自身だな」
そう言ってゲルサンは微笑した。少なくとも彼の目から見て、彼女がディーンを心の底から憎んでいるとは
思えなかった。
午後のあいだ、姪が静かに思いに耽るのを、彼はあえて止めようとは思わなかった。


 翌朝、ゴドウィンとゲルサンが出勤したとき、事務所の前の歩道の端にディーンが腰掛けているのを見て、
ゴドウィンは思いがけず安堵感を味わった。
鮫に追われている遭難者は、鮫が見えなくなると、死角から襲ってくるのではないかと逆に不安になると言うが、
今の私がまさにそれだな、と彼女は思った。それは少なからぬ自己欺瞞を含んでいた。
ゲルサンはエリダンに微笑みを見せると、姪の肩をぽんと叩き、ハーバーのほうに歩み去った。
「ハイ」
彼女はできるだけ明るい声で挨拶し、エリダンを喫茶店に誘った。
 ゴドウィンはマスターに挨拶すると、ディーンを一番奥の席に座らせて、自分もその向かいに腰掛けた。
「ここのコーヒーはとても美味しくてね。あたしの叔父さんはすごくコーヒーにうるさいんだけど、この町で
ここのコーヒーだけは認めてるんだ。それで、こっちの客が少ない雨期のあいだに、あたしがこの店で修行すべき
だって言うのよ。お前の淹れるコーヒーはインスタントより悪い、半年間みっちり修行して叩きなおしてもらえっ
て」
ディーンは少し笑った。
「そのくせコーヒーが飲みたくなるとあたしに淹れさせるんだから、ひどいと思わない? そんなに文句をいうん
だったら自分で淹れろっていうのよ、ねえ?
サンキュー、マスター」


10:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:17:00 GBZpu/4i
彼女はブラックのままで一口飲み、カップを両手で持って微笑んだ。
「どう?」
「おまえの言うとおりだ。確かに美味い」
それきり、彼らは黙り込んだ。柱時計の針の音すら響きそうな静けさだった。
煉瓦建て風の店内は穏やかで、雲の切れ目から射す朝の陽光が、広い窓から斜めに差し込んで、彼の顔に陰影を
与えていた。
だいぶ痩せたな、と彼女は思った。

「あなた、本当にダニーに会いたいと思う? ダニーは生まれてから一度も父親に会わずに育ってきたのよ。
あなたの顔も知らないのよ」
ディーンはその黒い目で彼女を見つめて少し黙っていた。
彼女はふと、彼らが出会ったときのことを思い出した。
あのころ、ディーンの目は黒い炎のようで、ともすれば口の中で溶ける砂糖菓子のように甘かった。
若くて浅慮で無謀だったころを思い返して、彼女は胸に痛みを覚えた。
彼はあのとき、本当はどう思っていたのだろう?
彼女に投げかけた言葉は、彼の本心から出たものだったのだろうか?

 ディーンは溜息をつき、ぽつりと
「会いたい」
と言った。何かを言いかけてやめ、また口を開きかけて閉じ、そしてまた溜息をついた。
「会いたいよ」
と彼は繰り返した。
「今さら父親面を―」
「違う」とディーンは断固として言った。
「違うんだ。父親として会うんじゃなくても構わない。俺は君たちを捨て、そのせいで到底埋められない亀裂を
作ってしまった。それくらいは俺にだって分かるんだ。ただ、ダニーに会いたい。抱き上げて頭を撫でてやりたい
し、笑い声を聞きたい。ただそれだけなんだ」
再び訪れた沈黙を、やがて、くすりと笑ってゴドウィンが破った。
「あなたって、普通にもしゃべれるのね。悪ぶったしゃべり方じゃなくてね。
いい、ダニーと話すときには今みたいなしゃべり方をしなさい。
あの子が汚い言葉遣いを覚えちゃったら困るからね」
そして、言葉を継いだ。
「来週の土曜日、ジャンダルムリ(国家憲兵隊)の県憲兵本部で、ヤング・ちびっこ大会があるの。ダニーが
すごく楽しみにしてるから、絶対に行くと思うわ」
彼女はそう言い置くと、代金を置いて席を立った。


11:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:18:00 GBZpu/4i
「すごく、よく似てるんですよ―ダニーに、です。特に目元など…そっくりだと思いませんか?」
「ふむ」
とゲルサンは応じて、コーヒーをひとくち飲んだ。
「それで、彼がやってきたらどうするつもりだね?」
「ダニーと引き合わせますよ―父親としてね」
ゴドウィンは肩をすくめた。
「彼は確かにろくでなしだし、私たちにした仕打ちを忘れたわけでもありません。
だけど、それでも彼はダニーの父親ですからね…」
彼女は言葉に詰まるようにして沈黙し、ゲルサンは微笑した。

 そのとき扉が開き、雨の匂いとともに海上憲兵隊のラプラス少尉が入ってきた。
「こんにちは、ミスタ・ゲルサン。あなたの予感は正しかったです。大佐はもう有頂天ですよ」
叔父の硬い表情に、彼女は不吉な予感を覚えた。
凍りついた彼女の顔に気づかず、ラプラスは言葉を継いだ。
「あのエリダンという男、ボルドーで強盗をやって逮捕状が出ていました。ホテルの部屋はもう押さえましたが、
あいにくと空でした。まあ、奴はもうこの県から出られはしませんよ。飛行機とホテルには偽造IDを使ったよう
ですが、それは既に我々の掌中です。県憲兵隊は既に検問をはじめましたし、我々も船舶に目を光らせています。
空港警察にも―」


 胃の中に冷たい鉛の塊が生じたかのようだった。信じられない、という否定が最初に来たが、それを抑えつけ、
彼女はただちに行動に転じた。
「叔父さん、ダニーを迎えに行ってきます」
ゲルサンは一瞬不意を突かれたようだったが、すぐに気づいた。
「いや、私も行こう。ミスタ・ラプラス、君も来てくれると嬉しいのだが」
彼はそう言いながら、机の脇にさげたショルダー・ホルスターを取り、ブローニング・ハイパワーを収めた。

 ダニーの小学校から自宅までの道のりは、大人が歩いて15分ほど。少年の場合、その倍に近い時間がかかる。
彼女はその道を、ほとんど小走りに近い速度で歩いた。海兵隊員としての訓練はそれを抑えようとしていたが、
母親としての本能が抑えがたく彼女を猛烈に急かしていた。
ゲルサンは自動拳銃をコックト・アンド・ロックトの状態にしてホルスターに収め、3尉もベレッタに手を掛けて
それに続いた。
 しかし、緩やかなカーブを曲がったところで、彼女はなりふり構わず駆け出した。
立ち止まった彼女の足元には、ひっくり返った水色の子供用傘とダニーの通学用カバンが散らばっていた。


12:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:19:00 GBZpu/4i
 今やゲルサンとラプラスは拳銃を抜き、油断の無い目で周囲を観察し、脅威に備えていた。
ラプラスは小型無線機を取り出して連絡を取ろうとしたが、空中に充満した水蒸気と地形のせいで、何度試しても
つながらなかった。
しかしゴドウィンは、まるで茫然自失の態で、腰のリヴォルヴァーに手を伸ばすことすら思いつかないありさま
だった。
洋上で何度となく直面した危機には即座に対処できた彼女の頭脳もまるで為す術を知らず、その機能を停止
してしまったかのようだった。
 やがて、彼女の目が焦点を結びはじめ、視線の先にあるものが彼女の意識に飛び込んできた。
それは下草に刻まれた、真新しい踏み跡だった。

「まだ新しい」屈みこんで足跡を調べていたゴドウィンが言った。
「そう遠くへは行っていないでしょう」
そして、ゲルサンの目をまっすぐに見据えた。彼はその目に冷徹な決意を読み取った。
「追いましょう。我々自身で」
ゲルサンは瞬時考え、そして肯いた。
「いけません―」
ラプラスが反対しかけたのを、ゲルサンが遮った。
「だが、君があの丘のところまで行って連絡をとり、県憲兵の応援が来るまでどれだけかかる?
だいたい、この空模様だと、いつ雨が降り出して、痕跡を流してしまうか分からんのだぞ」
「しかし、これは我々の仕事です!」
「あなたは県憲兵隊本部と連絡を取り、応援を頼んで、彼らを誘導しなさい。我々は奴を追います。
ご心配なく―我々は海兵隊員です」
ゴドウィンに気圧されて、ラプラスはやむを得ず頷いた。この魅力的な女性は、海上憲兵隊のなかで少々
下世話な話の対象となることも多かったが、その瞬間、彼は彼女がひどく恐ろしかった。

 叔父と姪のそれぞれが武器を抜き、チェックした。
ゴドウィンは5発フルに装填したリヴォルヴァーに加えてスピード・ローダーを1個、
ゲルサンはブローニング・ハイパワーとそれぞれに13発ずつ装填した予備の挿弾子を2つ持っていた。
また、ゲルサンは東南アジアでの作戦中にさる村の長老からもらった短刀を一振り、ゴドウィンは武器とも
いえないような、ちっぽけなレザーマンのツール・ナイフを持っていた。
それが、彼らの持つ武器の全てだった。
 準備が終わると彼らは顔を見合わせた。ラプラスが思わず敬礼し、二人はさも当然のように答礼した。
ゴドウィンが頷き、歩き出した。ゲルサンがそれに続いた。

13:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:20:00 GBZpu/4i
 今や動揺はすっかり払拭され、冷たい怒りと決意だけが青く燃えていた。彼女が彼をほとんど赦しかけていた
だけに、その怒りはなおさら強烈だった。
もしも奴が彼女のダニーに何かしていたら―と彼女は考え、そう考えるだけで爪が掌を破りそうになった。
もし奴が彼女のダニーに何かしていたら、彼女は考えられる限り残虐な手段で即座にエリダンを殺すだろう。
虎の子に手を出すものが少ないのは、代償があまりに大きいからである。
子供が危険に曝されたときの母親は総じて危険な存在だが、高度な殺人技術の訓練を受けて、しかも武装
している若い (したがって体力もある) 母親ほど危険なものも少ない。

「殺すなよ、チャーリイ」
とゲルサンが言った。彼女は藪漕ぎに夢中で聞き逃したふうを装ったが、彼はなおも言った。
「ダニーのことを考えるんだ。母親が父親を射殺した、などということになれば、ダニーの心に残すトラウマは
はかりしれないぞ」
彼女は倒木を乗り越えようと手を掛けたところだったが、その言葉に動きを止めた。
「大丈夫ですよ、叔父さん」
彼女は自分に言い聞かせるように言った。
「私が撃つのはやむをえないときだけです。軽率に撃ちはしませんよ」
彼女はそう言うと体を持ち上げ、向かい側に飛び降りた。滑って尻餅をついたが、すぐに起き上がり、また猛然と
進みはじめた。雨期とあってあたりはぬかるんでいて、彼女はもう泥だらけだったが、この近道でだいぶ距離を
つめたはずだと思えば、まったく気にならなかった。

 ディーンは自動拳銃のスライドを引き、薬室に弾薬を送り込んだ。彼が持っているのはベレッタの古いやつ、
シングル・アクションで装弾数も少ないものである。ここに来るだけで既に有り金の大部分を使い果たし、
立派なものを買う余裕など残っていなかったのだ。もっとも、その理由もありはしなかった。どうせまともに
使いはしないのだから。
 彼は傍らですやすやと眠るダニーを見た。少年は、最初は手を引っ張られるままについてくるだけだったが、
そのうちに進んで彼の隣を歩くようになった。
この休耕中の畑につくまでの間もその後も反抗の声ひとつ上げなかったのは、この見知らぬ男に何かしら特別な
絆を感じたからだろうか。ディーンとしてはそう考えたかった。
 ここについてからも、彼らはディーンが張っておいたテントのなかで話し込んだ。ほんの半時間ほどに過ぎ
なかったが、彼にとってはこれまでに味わったことのない至福の時だった。
 だが、それも過去の話、彼にとってはもはや手の届かない楽しみであった。いま、少年は、彼が用意していた
睡眠薬入りのジュースを飲んで、眠りに落ちている。彼はふと不安に駆られ、寝息を聞いた。
ダニーの体重が分からなかったせいで、薬を入れすぎたかと危惧したのだ。しかしそれは杞憂に過ぎなかったよう
で、少年は安らかに眠りつづけていた。
全てが終わるまで少年は眠りつづけてくれるだろう、ディーンはそう願った。
唯一の心残りといえば、最後にシャルロットと会うことができなかったことだが、やむをえなかった。


14:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:22:00 GBZpu/4i
 彼は思いを断ち切り、立ち上がった。
この畑は小高い丘の頂上を開拓するような形でつくられているが、周りの山から見下ろすことはできる。
丘とそのふもとはかなり広い開墾地になっているので、視認を妨げる遮蔽物はまったくない。
テントは鮮やかな蛍光色なので、憲兵隊がヘリコプターを飛ばせば、まず見落とすことはありえない。
彼がそう思って空を見上げたとき、ちょうど雨が降りはじめた。視線を下ろすと、ふもとの樹木線から人影が出てくるのが見えた。
もう来たか。それにしても早かったな、と思い、首にさげた双眼鏡を持ち上げて下を見て、彼は思わず口笛を
吹いた。

 二人が追っていた痕跡は、丘の上へとまっすぐに続いていた。ゴドウィンとゲルサンは顔を見合わせた。
奴があの丘のうえで待ちかまえている公算は、極めて大だった。
彼らは無言の同意のもと、銃を抜き、途切れた森から抜け出していった。
丘のふもとを登りかけたとき、思いがけず丘のうえに人影が現れた。それがディーンだということは、彼女には
一目で分かった。
「よく来てくれたな、シャーリー! 二人で話したいことがある! ひとりで上まで来てくれ!」
と彼は叫んだ。
「銃を置け! 話はそれからだ」
ゲルサンの叫びにディーンは肯定のしぐさをし、ゆっくりと身をかがめた。金属質の銀色の光が草の上に置かれ、
ディーンは両手を頭の後ろで組んだ。ゴドウィンは叔父のほうに顔を寄せて囁いた。
「私は行きます。叔父さんが援護してください」
不満を唱えかけた叔父に、彼女は畳み掛けた。
「奴がそう要求しています。それに、私のほうが叔父さんより足が速いですし、叔父さんのほうが弾数の多い銃を
持っていますから」
「やむを得んな。気をつけて行けよ」
「大丈夫ですよ。私だってただの小娘ではありませんから」
彼女はそう言って、銃をホルスターに戻した。
彼女は抜き打ちが上手く、万一のことがあれば3秒かからずに銃を抜き、発砲できた。しかし抜き撃ちがどれほど
早くとも、完全に射撃体勢を取った相手には及ばない。

 彼女を射線に入れないように、ゲルサンは自動拳銃を片手に持ったままで右手に回り込もうと動いた。
しかしそれを見たディーンが―莫迦な!―拳銃を構え、ゲルサンに向かって発砲した。
ディーンが動いた瞬間、ゴドウィンも動いていた。
銃声が轟くより早く、彼女はなめらかな動きでレディ・スミスを引き抜き、銃を握った右手を前に飛ばした。
被弾して叔父が崩れおちるのを視野の端で瞬時に捉えるのと同時に左手がそれに加わり、
彼女は両手構えで速射した。

 頭のどこかが残弾を数えていて、それがゼロになると同時に雨裂に身を投じて身を隠し、ラッチを押してシリンダー
を開き、空薬莢を振り落とした。
応射は無かったが、早鐘のような心臓の鼓動と銃声の残響でひどく耳が鳴っていた。
左手のなかに奇跡のようにスピードローダーが出現したので、それを押しこんでひねった。
全てがもどかしく緩慢に進んでいた。
喉に赤銅の味があり、草いきれが腹立たしいほどに臭っていた。
手首の一振りで、シリンダーがかちりとフレームにはまりこんだ。
再装填された銃を手に彼女は再び身を起こし、構えた。ディーンの姿は消えていた。

「叔父さん!」
「こっちは大丈夫だ―かすり傷みたいなもんだ! それより奴を押さえろ! 急げ!」
装填したリヴォルヴァーを片手に彼女は突進し、無謀なほどの速さで丘を駆け上った。
 身を躍らせて頂きに飛び出すなり、彼女は照準越しに周囲を探った。
期待したような、ディーンの死体は見当たらなかった。
彼女の足元にはでかいレンチと草を踏み荒らした跡があり、血の跡が続いていて―
小さなテントと、その入り口に銃を持って立つディーンがいた。


15:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:23:00 GBZpu/4i
 雨で濡れた髪が額に張り付くのに構わず、彼女はリヴォルヴァーを構えてゆっくりと近づいた。
「観念しなさい。私たちの後には県憲兵隊の小隊が続いているのよ。じきにここに来るわ。
投降すれば罪も軽く済むでしょう。教えなさい。ダニーはどこにいるの?」
「やあ、シャーリー。よく来てくれたな、まったく。思ってもみなかったが、会えて本当に嬉しいよ。
それにしてもひどいありさまだな。かたなしだぜ」
「ダニーはどこ? 答えなさい!」
「ダニーはこのテントの中だ。今は眠っているけど、大丈夫、元気だ。君に言われたとおり、ダニーには汚い言葉
は教えなかったよ」
あまりにも平然としたディーンの態度に、彼女は混乱した。それを悟られないよう、急いで言った。
「なぜこんなことを? 私はあなたを赦しかけていたのに―」
「まず、ジャンダルムリの県本部なんかを君が指定したせいというのがあるね。お尋ね者の俺がそんなところに
のこのこ行けるわけがないだろう? 息子との出会いを楽しむ間もなくぶち込まれちまうよ。
それと、俺の時間はもう残り少ない。D2期の前立腺がんでね。もう手術で取ることもできない。そもそも、
手術も薬も、そんな金なんか初めから無いんだけどな。お前たちに会いに来て、このおんぼろの銃を買うだけで
もう一文無しさ。おかげでテントは盗まなきゃならなかった」
彼は心なしか苦しげに言葉を切った。
「そこでお前に頼みたいことがある。俺を撃ってほしい。見知らぬ憲兵に撃たれるよりは、お前に撃たれて死にた
い」
「そんなこと―できるわけがないでしょう!?」
と彼女は叫んだ。
「あたしたちが憲兵隊に言えば罪は軽くなるわ。何なら無かったことにしてもいい。薬のお金だってあたしが
払うわよ。借金したっていい。そんな戯言を言うのはやめなさい!」
「病院でもらった鎮痛薬が切れちまってね。その後は手持ちのモルヒネを飲んでたんだが、癌ってのは辛いなあ。
昔はあんなに効いたのに、今じゃ痛みがなくなるだけなんだぜ? 最近はそれでも効かなくて、もう致死量ぎり
ぎりなんだ。お笑い種だぜ。昔からさんざん使ってたせいで、体が慣れちまったらしい。
実をいうと、もう体じゅうが痛いんだ。坊主と歩いてた途中からな。今じゃ立ってるだけで精一杯だ。
だから、お前の手で片をつけてもらいたい」
「やめてよ…」
「お前がやらないなら俺がやる。坊主を撃って、俺も死ぬ」
「やめなさい!」
ゴドウィンは叫んで銃を構えた。しかし、撃てなかった。銃が震え、狙いをつけることができなかった。
やがて、彼女は力尽きるように腕を下ろした。
「そうか、シャーリー、お前はその程度の女か」
とディーンは静かに言った。
「それならしょうがないな。お別れだ」
そう言うなり、さっと銃を持ち上げてテントを狙った。

 彼女はその瞬間、完全な反射に支配された。
淀みない一動作で銃が持ち上がり、射撃位置についた。
完全に安定した照準越しにディーンの顔が一瞬見えた。
その穏やかな微笑みを認識するまえに、彼女の体は、何百回となく繰り返した動作を機械的に遂行していた。
その瞬間、彼女は発砲していた。


16:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:24:00 GBZpu/4i
 彼女の射撃は哀しいほどに精確だった。
125グレインの.357マグナム弾は、ディーン・ユベール・エリダンの鼻梁に命中し、さらに突き進んで脳幹の運動
中枢を完全に破壊し、そしてすべてを奪い去った。
その一瞬、彼は荘厳ともいえる沈黙のうちに立ちつくした。
瞬間は長く引き伸ばされ、彼女の脳裏に焼きつけられた。
そして、生命を失った体が地を打った。

 彼女は動けなかった。
麻痺させていた感情が、奔流となって溢れた。
微笑んでいた―彼女に銃を向けられて。
彼女はディーンが落とした銃を拾い上げた。
ひどく軽かった。理由は明白だった。

 彼女は崩れるようにうずくまり、彼の体を抱いて泣いた。
彼には最初から、少年を撃つ気など、まったく無かったのだ。ひとかけらも。
「身勝手なひと」
と彼女は呟いた。
「本当に、何もかも―全部―私に―押し付けて―」
その先は言葉にならなかった。

 やがて彼女は立ち上がり、テントのなかに入った。
そこに、ダニーがいた。何も知らずに、天使のように無垢な寝顔で。
彼女は少年の口元に顔を寄せ、息を聞いた。そして口元を綻ばせ、ダニーの顔に触れようと手を伸ばした。
だが、途中でその手は止まり、少年の顔に触れることはなかった。
彼女はウィンド・ブレーカーを脱いでダニーに掛け、体を覆ってやると、外に出た。
 彼女は銃を落として顔を空に向け、目を閉じた。驟雨が地面を叩く水音が増した。
たちまちのうちに、雨が全身を浸した。髪が顔に張り付き、雨が服に滲んで、彼女の肢体を浮かび上がらせた。
憲兵たちがゲルサンを助け、丘を登ってきたときも、彼女はそのままで立ちつくしていた。


 非難されるべきことは皆無だった。武装強盗での手配犯が子供を誘拐したが、その母親はしばしば憲兵隊に
協力してきた勇敢で善良な市民であり、子供が危険に晒されたため、やむを得ず犯人を射殺した。
完全な正当防衛として処理され、それに異議を唱えようと思うものもいなかった。
ただし、彼女自身だけは別だった。

17:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:26:00 GBZpu/4i
 やはりディーンの与えた睡眠薬は少々多く、ダニーは万一のことを考えて病院に収容された。もっとも、後遺症
はまったく残らない見通しだった。面会は謝絶された。もちろん家族は別だったが、彼女は病室の入り口のところ
から少年を見守るだけで、近づくことを畏れるように、決して手を触れようとはしなかった。

 事情聴取の済んだ夜、シャルロット・ゴドウィンは、しばらくの間ダニーの病室のまえで立ちつくしていたが、
やがて意を決したように扉を開いた。
 可動式のテーブルの上には読みかけのコミックスが伏せられていて、その脇には小さな熊の縫ぐるみが置かれて
いた。級友たちやその家族から贈られた花束が、窓際のテレビ台と背の低い移動棚の上を埋め尽くすように置かれ
ていた。そのなかで、少年は安らかに眠り続けていた。
 彼女はベッドの脇の椅子に腰を下ろし、息子の寝顔を見つめた。薄暗い部屋の中で、少年の繊細な顔立ちを
白い月光が照らし出していた。
彼女はどうにか手を伸ばし、その額に触れた。顔にかかっていた髪の房を払い、そっと頬を撫でた。
「さよなら」
彼女は呟いた。
そのとき、ダニーが突然目を開き、寝返りをうって彼女のほうを見た。
「母さん―行っちゃうの?」
「ええ。遠く、遠くにね」ゴドウィンは少年の視線に耐え切れずに視線をそらせた。
「嫌だ。一緒にいてよ」
「駄目よ」
彼女はこみあげる感情を抑えて、告げた。
「母さんは、あなたと一緒にはいられなくなったの。一緒にいてはいけないのよ」
「そんなの嫌だ」
「母さんは行かなきゃいけないのよ」
彼女は自分に言い聞かせるように言った。
「母さんも寂しいけど、行かなくちゃ」
「分かったよ」
少年は不満げに言った。
「じゃあ、行く前にキスしてくれる?」
「ええ」
彼女はためらいを押し隠し、少年の頬に唇をつけた。そして少年の息がつまるほど固く抱きしめて、耳元に唇を
寄せた。
「愛してるわ」
と囁いた。
「これまでも、これからも、ずっとね」
彼女が抱擁を解くと、少年は再び目蓋を閉じ、何事もなかったかのように眠りについた。
彼女は人差し指で涙を拭い、立ち上がった。

 病室を出たところにゲルサンがいた。少し弱ってはいたが、それでも、老兵はなお立っていた。
「行くのか」
彼女は自分の決意を話してはいなかったが、その言葉に驚きはしなかった。
「はい。もう書類は書いて、地方連絡部経由で送ってあります。明日いちばんの飛行機でロリアンに飛びます」
ロリアンには、海軍歩兵コマンドー軍団の司令部がある。現役編入を志願した予備役隊員は、必ずここに
出頭しなければならない。


18:レディ・スミスの囁き
06/10/27 12:28:00 GBZpu/4i
「お前を止めようと試みようとは思わない。
お前はダニーにとって欠かせない存在だ。死活的に重要だと言ってもよい。
しかし、それを指摘しても何にもなるまい。私が何を言ってもお前は聞かないだろう。
だが、餞別を贈ることは許してもらいたい」
彼はそう言って、短刀を差し出した。
「これは私が東南アジアでの作戦を終えて帰国するとき、駐屯していた村の長老から授けられたものだ。
以後、私は平和のときも戦いのときも、肌身離さずに持ってきた。
この剣には神聖な獣の霊が宿り、その主の身を守ると言われている。これを今、お前に渡そう」

 両手で重さを量るように持ち、彼女は鞘から抜き放った。葉のような形の刃で、見たこともないものだったが、
しかし美しかった。武器に特有の凄みのある美しさだけではなく、言いがたく優美で、それでいて寄りがたいよう
な気品のある美しさを称えていた。何という二律背反だろう、と彼女は思った。これほど美しいものが、殺戮を
目的として作られたとは―
彼女が剣を鞘に収めると、ゲルサンがゆっくりと重い口を開いた。
「我々はいつでもお前を待っている。お前が後に残していく人々のことを、お前には果たすべき責任があることを
片時も忘れるな。お前は母親であることを求められている。それを妨げることは誰にもできないし、お前が何を
しようとも変わらない。いいか、絶対に帰れ」
彼はそこで一度言葉を切り、少し笑って言った。
「任期を延長でもしようものなら、軍団長に直接談判して、首根っこ掴んでも連れて帰るからな」
「ありがとうございます、叔父さん。くれぐれもダニーを頼みます。叔母さんによろしくおつたえください」
千語を費やしても語りつくせないのだから、言葉は少ないほうがよかった。幾度となく共に死線を超えた彼らには
それで事足りた。
彼女、母親にして海兵隊員であるシャルロット・C・ゴドウィンは、剣を脇に下ろし、叔父と堅く握手して、
そして想いを振り払うように背を向けた。

 彼女が外に出たとき、月が隠れた。遥かな水平線で明滅する雷光を除けば、漆黒の闇のなかで病院の窓々だけが
光を投げていた。
それを背にして、砂地に落とした長い影とともに、彼女は歩いた。
歩むごとに潮騒が遠くなり、やがて消えた。
そのあとには静寂と、彼女が踏むごとに崩れる砂の音だけが残った。



〈レディ・スミスの囁き 了〉




19:名無しさん@ピンキー
06/10/27 19:26:17 I3HvbteW
GJでした。本編投下も期待して待ちます。

20:名無しさん@ピンキー
06/11/04 13:45:15 pHEQdJsU
新スレ保守age

21:ガダルカナルとラバウルの間で
06/11/05 16:05:30 VUtc5cr9
全身がきしむ。爆音。砲声。大きな波。足元が大気が地球全体が震え揺れている。
これがいいんだ。これこそが今の僕達に一番似合ってる葬送行進曲なんだ。
僕達をギッシリ詰め込んだ揚陸艇が浅瀬へと向けて突き進んでいく。
目の前に広がるのは、ビルぐらいの高さはある密林の濃い緑。
その下に広がっているだろう真っ青な海は揚陸艇の分厚い船体が邪魔して
見えない。

キリコはただ押し黙っているし、その脇のスコープドッグもピクリとも動かない。
クミョンとスーザンの着込んだパワードスーツの不恰好なバイザーは熱帯の
陽光をギラギラ反射する。
ヨンセンがゲーッと吐いた。浅瀬までもう少しだ。


22:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 0/14
06/11/06 11:45:04 RukvG1+5
>>21さんの投下はとりあえずないと判断させてもらって、「火と鉄」投下させていただきます。

前スレ>290さん、>293さん
モトネタなった事件についての解説は今やるとネタバレになる部分もあるので、、
めでたく最終回を迎えた暁には簡潔にさせていただきますね。


23:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 1/14
06/11/06 11:45:23 RukvG1+5

1.
『なぜ、我が一門はかような侮辱を受け続けねばならないのです、父上?』
『騎士たる者は常に真実のみを口にし、弱きを守れ―その誓いに背いたからだよ』

俺はそんな父親の態度が大嫌いだった。
卑怯な二枚舌を用いたのは爺さんの話じゃないか。
しかも、それが主君ジスモンド二世のためだと信じたからだ。
それなのに、我がデ・ウルニ家は卑怯な、裏切り者の一族と呼ばれ続けている。

大公家は狡猾だった。
俺たちには真実を明らかになど出来ないと確信して「犠牲の羊」に選んだのだ。
大公に抗議すれば、叛乱に荷担した罪で一家は断絶するだろう。
自ら大公の密偵であったことを公言すれば、旧反乱者は我々を許さない。
ただ俺は、俺たちは「裏切り者」の汚名を着て黙っているしかなかった。

―あの日、俺は父に連れられ、初めて五指城に上がった。
その前年、父の手で騎士に叙せられた報告をするためだ。
俺はそこであの二人に出会った。勝ち気で美しい金髪の少女と、泣き虫の少年に。
一目見て、それが誰だかは分かった。
家臣団の中でも噂になっている、大公の養女と私生児。
『さあ、もう一度剣を取るのよ』
少女は叫んでいた。
だが、目の前の少年はただ手で涙を拭うばかりで、足元の木剣を拾おうともしない。
少女は苛立ち紛れに剣を振り回している。

―どうしたのだ。
俺が声をかけると、少女ははっと振り返った。
その目には激しい敵意が籠もっている。俺は思わず言葉を飲んだ。
俺は子供からこれほどの敵意を向けられたことなどなかった。
『アルフレドに剣の稽古を付けているの』
―女なのにか。
『剣なら父さまから教わったわ』
少女の父は俺も名前だけ知っていた。
大公の義理の弟に当たる男で、昨年マラリアで亡くなったと聞いていた。

俺が物見高く見物しているのが気に障ったのか、少女はぷいとそっぽを向いた。
そして少年の剣を拾うと、強引に持たせる。
『さあ、続きよ!』
『もう嫌だよヒルダ。だってヒルダは、思いっきり殴るんだもの』
涙声で訴える少年の額は腫れて青あざになっていた。
どうやら少女が振り回した木剣をまともに食らったらしい。
無手勝流の剣術は手練れでも捌きにくい。少女の剣はまさにその類に見えた。
思わず俺は含み笑いを漏らす。



24:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 2/14
06/11/06 11:45:42 RukvG1+5

『笑うな!』
激しい反応に俺は戸惑う。
―気に障ったなら謝る。
『大人は嫌いだ、あっちへ行け!』
そう言うと、子供たちは―というか少女は再び稽古に集中する。
だが、俺は立ち去りがたい感情を覚えて、それをしばらく見つめていた。
―なぜ嫌いなのだ。
俺が不意に発した質問に、少女の剣がすぅっと下がる。
そんなことを問われることすら想像だにしていなかったらしい。

『アルフレドを馬鹿にするから』
少女は吐き捨てるように言うと、また剣を構えた。
アルフレド。大公マッシミリアーノの私生児。
貴族の銘も与えられず、かといって聖職者の道も許されず……
ただ城内で飼い殺されているという噂だった。
―馬鹿にされたのが悔しくて、剣を教えているのか。
無視されると思ったが、聞かずに入られなかった。
案に相違して、少女ははっきりと頷いた。
『いつか、馬鹿にした大人たちを見返してやるの。
アルフレドを強くて、立派な騎士にする。私が任命するわ。
そして、あいつらをこてんぱんにしてやるんだから』

俺はその頃、既に家を捨てて出奔する計画を立てていた。
こんな因習にまみれた国で、苔むしていくなんてまっぴらだ。
俺は腕一本で生きていく。そう思っていた。
だが、こいつらは。
あくまでここで戦おうというのか。

俺が近づいたので、二人は動きを止めた。
―剣の稽古をつけてやろう。
少女は初めて子供らしい驚きを顔一杯に見せた。
大きな青い目が、まん丸に開かれる。
―俺がこの国に残していく、唯一の置き土産だ。
俺の言葉の意味が分かるはずもなく、二人は首を傾げている。
だが、俺が笑うと、二人とも笑い返してきた。
―俺がもしこの国に帰ることがあれば、その時は三人で倒そうじゃないか。
稽古の後、俺たちはこっそりと約束した。
三人で、この国の大人たちに復讐するのだ、と。



25:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 3/14
06/11/06 11:46:18 RukvG1+5

「……コンスタンティノ!」
門の機械室で、コンスタンティノとルカは対峙していた。
外からは戦いの喧噪が聞こえてくる。
トルコ軍は稜堡を制圧し、城壁づたいに攻め寄せてくる。
目下の目標は、この聖アンナ門の開閉を司る、機械室だった。
門を制圧すれば、そこから一気に大軍を市内に突入させられるからだ。

「門を開けるつもりか」
「その通りだ」
コンスタンティノの背後では、彼の部下が四人がかりで巻き上げ機を動かしている。
鎖がこすり合わされる音が響き、少しずつ落とし格子が上がっていく。
跳ね橋は既に下ろし終えた。
落とし格子を持ち上げれば、城壁の中と外を妨げるものは何もなくなる。
「……なぜ」
剣を構えたまま、ルカは尋ねた。
だが、あえてコンスタンティノは答えなかった。
思えば、余りに子供っぽい理由だ。
忘れたつもりで、ずっと忘れられなかった理由。
二人の子供と交わした約束。
それは血なまぐさい約束だったが、純粋で無邪気だった。
(俺も老けたもんだ)
コンスタンティノが笑う。
ルカはそれを答えだと思ったらしい。
「……裏切り者」
そのとき落とし格子が上がりきる、大きな音がした。
―同時に、ルカが斬りかかってきた。

アルフレドは、聖アンナ門の鐘楼に立っていた。
傍らにはコンスタンティノ、その手には『凶暴騎士団』の旗が握られている。
二人の足元に、顔を腫らしたルカが座り込んでいる。
コンスタンティノに一発殴られてあえなく黙らされた証、だった。
「気にくわねえ……」
うめくルカを尻目に、アルとコンスタンティノは満足そうだった。
いまやトルコ兵は鐘楼どころか、稜堡からも追い出されつつある。
北側に配置されていた部隊も、モンテヴェルデ騎兵の突然の反撃に逃げまどうばかりだ。
さんざん逃げる敵を斬った騎兵たちは、ゆうゆうと聖アンナ門に引き上げてくる。
「そうやって二人で俺をからかってやがるんだろう」
「まさか、そんな意地悪するわけないだろう?」
アルの声も明るかった。

もともとトルコ軍が町の北側を重視しなかったのは、土地の狭さが原因だった。
門は一つしかなく、五指城に見下ろされていては、部隊の動きも制限される。
だからあえてコンスタンティノは聖アンナ門を開けた。
思ったとおり、トルコ軍はその一点に北部隊を集中させる作戦に出た。
門の背後にアルフレド率いる騎兵隊が待機していることも知らず。
騎兵の突撃をまともに食らった北部隊は一気に潰走した。
まさに紙一重の勝利だった。
もし門を開けるのが遅れれば、鐘楼自体がトルコの手に落ちていただろう。
かといって早すぎれば、騎兵隊の準備が間に合わず、ただ敵に利するだけになる。
アルとコンスタンティノの阿吽の呼吸無しでは不可能な作戦だった。
それに気づいて、ルカはむくれているわけだ。



26:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 4/14
06/11/06 11:46:38 RukvG1+5

「アルフレド、いい気分だろう」
城内に振り返りつつ、コンスタンティノは言った。
鐘楼に翻る『凶暴騎士団』の軍旗に向かって、味方が歓声を上げている。
そこには民兵も、騎士も、モンテヴェルデの貴族もいる。
誰もがアルフレドとコンスタンティノを称えているのだ。
私生児と裏切り者の末裔を。
「……いい気分です」
コンスタンティノの気持ちを知ってか知らずか、アルはそう答えた。

しかし、それも長くは続かなかった。
誰とも無く、異変に気づいていた。
町の方が騒がしい。それは勝利の歓声ではなかった。
コンスタンティノが目を凝らす。密集した下町の向こうを。
町の西北に開いた聖レオ門。そこに翻る旗はナポリの旗のはずだ。
金と紫の縦縞をあしらった盾の紋章だ。
そこに今、赤字に白の半月旗が立っていた。
まるでドミノ倒しのように、次々と旗が変わっていく。
一つの塔の旗が引きずり下ろされ、またその隣の塔、といったように。
「コンスタンティノ、何を見て……」
「敵だ! 敵だぞ!」
叫ぶと同時に、コンスタンティノが走り出す。
アルとルカも慌ててそれを追った。
「アル、お前は部隊をまとめろ。ルカ、城に伝令だ。
聖レオ門が破られた、予備隊が要る。早く、早く、早く!!」




27:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 5/14
06/11/06 11:46:55 RukvG1+5

2.
剣戟の音、悲鳴、断末魔の声は、ステラの耳にも届いた。
西の門の方から、それは次第に近づいてくる。
それが何を意味しているのか、聡明な侍女はすぐに気づいた。
主君に危機が迫っていることも。

脱兎のごとく走り出すと、ヒルデガルトの姿を探す。
教会堂の中には見つからない。礼拝室にも、聖具室にも。
とっさに中庭に飛び出す。
先ほどまで静かだった中庭は、にわかに騒然とし始めていた。
うろたえた修道女や軽傷者が回廊を走り回り、誰彼構わず状況を尋ねている。
そんな喧噪の中で、ステラはヒルダと見知らぬ少女が寄り添っているのを見つけた。

「姫さま!」
「ステラ、これはきっと……」
「敵です、たぶん西の門が抜かれたんだと思います」
冷静な侍女に、ヒルダも首肯して見せた。
ステラは、女主人が傍らの少女の手をしっかりと握っているのに気づいた。
少女は怯えていた。
ヒルダの手を両手で包むようにして、視線を泳がせている。
それに比べて、自分が冷静なのにステラは驚いた。
いや、おそらくそれは自分の安全を確信しているからだ。
護衛兵もいれば馬もいる。城に逃げ込むこともできるのだ。
「姫さま、とりあえず五指城に引き上げましょう」
「ええ、そうね……。あなたも一緒に来る?」
公女の威厳を漂わせながら、ヒルダは傍らの少女に問うた。

振り返った瞬間少女の顔から恐怖は消えていた。
「私……残ります。怪我をした人たちを逃さないと。
修道女さまたちを手伝わなきゃ。私だけ逃げるわけには行かない」
少女の勇気に、ステラは自分を恥じた。
怪我人を見舞ったというのに、自分は彼らのことなどもう忘れていた。
それどころか、主君の安全を口実に、早く逃げることだけを考えていたのだ。

だが、少女から恐怖が消えたように見えたのは錯覚か、あるいは一瞬のことだった。
かみしめた唇は蒼白で、顔は血の気を失っている。
だが震える手でヒルダの手をもう一度握ると、少女は離れた。
「……姫さま、知らぬこととは言え、これまでの無礼をお許し下さい。
ここでお別れです。どうかご無事で。
ただもし、私に何かあれば……もし、私に何かあれば……」
精一杯の微笑みに、ヒルダは首を振った。
「……駄目よ、あなたが残るなら私も残らなくては。
私のために傷ついた兵士を見捨てて、何の摂政でしょう」
「姫さま……!」
もう一度言い募ろうとして、少女はきっぱりと拒絶された。
「それに、あなたを死なせたらアルフレドが悲しむわ。そうでしょう、ラコニカ」
「私のこと、ご存知だったんですか……?」
ヒルダは力強く手を握り返した。
「ステラ、護衛の者に命じて馬を裏口に。怪我人を城へ逃がすのよ。
歩ける人を先に発たせて、歩けない怪我人は馬で運びましょう」
「はい、姫さま」
ヒルダの言葉に、弾かれたように少女たちは動き出した。



28:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 6/14
06/11/06 11:47:14 RukvG1+5

「姫さま、こちらにはもう誰もいません。私たちも出発を」
ステラの声が空っぽの聖堂に木霊した。
彼女が再び中庭に戻ったときには、もう教会は閑散としていた。
所々に転がったままの燭台や杯が、撤退の慌ただしさを伺わせた。
修道女は軽傷者とともに、一足先に城へ向かっている。
一人で歩けない者を馬に乗せる作業も終わり、今やヒルダを待つだけだ。
姫のそばには、不安顔のラコニカと二人の騎士が立っている。

「聖具室をそっくりそのまま残していくなんて、もったいないわ」
「聖遺物だけでも救えたのですから、主も許してくださるでしょう」
ヒルダの顔は晴れない。
人を救えば物が、物も救えば魂の救済を気にかけてしまう。それは性分だった。
聖具室には金銀で作った燭台や香炉、豪華な写本が収められている。
それもまもなく押し寄せるであろう、異教徒に荒らされてしまうのだ。
だが、物よりも傷ついた兵のために馬を使ったヒルダを、ステラは誇りに思った。
「でも、せめて祈祷書だけでも……」
立ち去りがたく、何度も振り返るヒルダに、ステラは頭を振った。
今にも駆け戻りそうな姫のそばに、ぴたりと騎士が寄り添う。
「姫さま」
兜の下から、くぐもった声が聞こえた。
次第に戦闘の喧噪は近づいてきている。ぐずぐずする暇はなかった。
「もしどうしてもと仰るなら、私が取りに行きます」
ヒルダはラコニカの方を振り向いた。
目を見開くヒルダに彼女は黙って頷く。その目は議論の余地は無い物だった。
「……今夜、主に許しを請うことにします。行きましょう」

その時、扉が荒々しく開いた。
戦士たちの本能は、頭で理解するより早く動いた。
護衛の騎士が体の位置を入れ替えるようにステラとヒルダを庇う。
だが、盾を構える暇は無かった。
二本の矢が風を切る。
僅か十歩ほど離れた位置から放たれた矢は、板金鎧すら射抜く力を持っていた。
胸を貫かれ、騎士は崩れ落ちる。
その向こうに鎧姿のトルコ弓兵が二人、立っていた。

三人の少女とトルコ人の間にはもはや死体しかない。
弓兵は相手が女と知ると、構えていた弓を下ろし、代わりに半月刀を抜きはなった。
ヒルダがそっと腰に手をやる。
護身用というには余りに華美で繊細な短刀をそっと握る。
「姫さま、おやめ下さい」
ヒルダが男顔負けの剣の腕といえど、二人相手に勝てるわけがない。
言葉とは裏腹に、ステラの体は動かなかった。
それどころか、守るべき主君の影に隠れるようにして、一歩前に出ることも出来ない。

三人は後ずさる。
トルコ兵は、面頬の影から笑みを覗かせつつ、近づいてくる。
教会の裏口までは、中庭に面した扉をくぐり、廊下を走って、ほんの百歩。
だが、その前に追っ手の手は少女たちに届く。
いや、誰か一人が犠牲になれば、後二人は逃げおおせるかもしれない。
ステラは震えていた。
ラコニカも、震えていた。
ヒルダだけが燃える瞳で、にじり寄る敵を真正面から睨んでいた。



29:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 7/14
06/11/06 11:47:31 RukvG1+5

ひゅっ。
再び矢が風を切る音がした。
ステラとラコニカは、思わずヒルダの両肩にしがみつく。
ヒルダすら、身を固くして目を閉じていた。
だが、倒れたのはトルコ兵だった。
少女たちが目を上げる。
残ったトルコ兵が盾を構えた。
中庭の入り口のところに、弓を構えたルカが立っていた。

ルカはここに駆けつける間に盾を捨てていた。
二の矢をつがえる余裕はなかった。弓を投げ捨て、長剣を抜く。
トルコ兵もそれに応じた。
半月刀が夏の太陽を弾いて光った。
振り下ろされる刃を、間一髪横に跳んでかわす。
とたんに、足がもつれてルカは転倒した。
『跳んでかわそうなどと思うな。実戦では甲冑の重みが圧し掛かるのだぞ!』
刹那、ディオメデウスの教えが蘇る。
しかし後悔する余裕もなかった。冷たい汗が背中を走る。
思えばこの一週間、ルカが積んだ経験など羽根のように軽い物だ。
ただ城壁の矢はざまに隠れ、弓を撃っては頭を引っ込める。
敵と向かい合って刃を交えたことなどない。

覆い被さるように立ちふさがった敵が、再び刀を振り上げるのが見えた。
まるで芋虫のようにルカは体をくねらせた。
一瞬前ルカの体があったところに半月刀が突き刺さる。
素早く刀を逆手に持ち変えると、トルコ兵は飛びかかってきた。
とっさにルカは剣を捨てていた。
覆い被さられる前に、背筋を振り絞り、体を丸めて反動で立ち上がる。
ベルトに差し込んであった短刀を素早く引き抜き、相手の腹目がけて腕を伸ばす。
敵の刀がルカの肩に食い込むのと、短刀が深々と突き刺さるのは同時だった。
口から血の泡を吹きながら、トルコ兵は倒れる。

「ルカ、お見事です!」
真っ先に体の自由を取り戻したのは、やはりヒルダだった。
すぐさま駆け寄ると、肩を押さえて崩れ落ちそうになる少年を助け起こす。
「普段から口を閉じ、黙々と今のように努めれば、城の騎士にも劣らないのに」
「冗談でしょう姫さま。口八丁手八丁、それが俺の戦い方ってもんです」
痛みに呻きながらそう答えるルカに、ヒルダは晴れ晴れとした笑顔を向けた。

ルカの肩に食い込んだ刃は、鎖帷子によってかろうじて致命傷とはならなかった。
次に駆け寄ったラコニカが、懐のハンカチーフで傷を押さえる。
強く押さえられ、ルカはうっと短く呻く。
「おい、命の恩人なんだ。アルの時みたいに優しくしてくれよ」
「城に戻ったらすぐ手当てしてあげるから。それまでそのお口は閉じておきなさい」
大人びた口調でぴしゃりと言うと、ラコニカはさらに力を込めた。
「運がよかった。骨と骨の間に刃が当たっていたら、腕を切り落とされていたかも」
「ちぇ、おどかすなよ」
おどけた様子で肩をすくめながらも、ルカはもう何も言わなかった。
少女二人に支えられなければ歩けないほど、怪我はひどい。
たちまちラコニカの手はあふれた血で真っ赤に染まっていく。
だらりと垂れ下がった腕の上を、血が滴り始めていた。



30:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 8/14
06/11/06 11:47:49 RukvG1+5

「それにしても間がよかったわ、ルカ」
「惚れるなよ」
無口なはずのラコニカも、饒舌になっていた。
それだけ、敵兵の前に無力で放り出されたことに恐怖していたとも言える。
忘れたふりをしていても、故郷で受けた辱めを若い娘が忘れられるわけがないのだ。
ルカもそれを知ってか知らずか、軽口で返している。
「城に戻る途中、ちょっと気になったから寄ってみたのさ。
そしたら、ちょうどトルコ人どもが教会に入っていくのが見えたんでな。
……もう一足早ければ、あの二人も」
「言っても詮ないことよ、ルカ」
ヒルダは冷たく言葉を遮った。
「あなたは精一杯やった」

ヒルダとラコニカに支えながら、ルカはよろよろと歩き出した。
ようやく、ステラが我に返ったようにヒルダに付き従う。
両側から誉めそやされるルカは、少し憮然として、照れくさそうにも見えた。
そんな彼を見ると、何故か嬉しい。
そして歯がゆくもあった。
確かに、よくやったと言えるけれど。
姫さまやラコニカさんに誉められて、いい気になっている場合ではないでしょう。
大体、私には何の言葉もないなんて、おかしいとは思わないのかしら?

ステラの胸はまだ激しく打っている。
敵の兵士に睨みつけられたときの驚きと恐怖。確かにそれはまだ彼女の中にある。
だが何故一向に胸の高なりは収まらないのだろう。
いや、それどころか、ルカが他の二人と言葉を交わすたびに強くなる。
小さな痛みを伴って。
一瞬ルカと視線が合う。
何か言おうとして、ステラは言葉を探す。
だが何を言うべきなのだろう。
「よくやった」……? ルカは「偉そうだ」と怒るのではないか。
「お見事」……? ヒルデガルトならともかく、侍女がかける言葉ではない。
それとも「遅かった」と叱責する方がいいのか。悠然と頷き返せばいいのか。
いや、一番簡単に「ありがとう」と言えばいいのだろうか。
ステラの心は千々に乱れた。

ようやく口を開き駆けたとき、ルカの視線は離れていった。
時間にしてみればほんの瞬きをする間だった。
唯一、ルカに声をかけるべき時間は、それだけしか無かった。
けれどそれっきりステラは彼に声をかける機会もなかったし、勇気も持てなかった。
「さ、城に急ぎましょう」
ヒルダの声で、四人は教会から姿を消した。




31:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 9/14
06/11/06 11:48:06 RukvG1+5

3.
モンテヴェルデの反撃部隊は二手に分かれて聖レオ門に突入した。
アルフレド率いる十騎は、門へと続く大路を馬上突撃する。
それに呼応したコンスタンティノ隊は、城壁沿いに北から攻撃をかける計画だった。
たちまち、町の通りで、城壁の上で、激しい白兵戦が勃発した。

もともと、聖レオ門を守るナポリ軍団は四つの軍団で最も弱体であった。
ディオメデウスが率いる騎士は八十騎。従士を入れても二百を超えない。
そこからアルの近衛兵が引き抜かれている。劣勢は明らかである。
コンスタンティノが行くところ、無数の騎士の遺体が転がっていた。
誰もが武器を手にしたまま、息絶えている。背中から斬られた者はほとんどいない。
一騎当千の兵の最期だった。

手勢のほとんどをアルに託したコンスタンティノは単身戦場に躍り込んだ。
戦いつつ、生き残りの騎士や民兵を集めて一隊を再編成していた。
もともと人ひとりすれ違うのが精一杯の城壁だ。
兵の数より、個人の剣の腕が戦いの趨勢を左右しつつあった。
「閣下!」
壁の下の方から声をかけられ、コンスタンティノは立ち止まる。
フランチェスコと弟子たちだった。
「どうしたマエストロ!」
「加勢に参りました。これに」
と言って差し出した頭陀袋の中から、フランチェスコは小さな壺を取り出す。
「火をつけて投げつければ勢いよく燃えます」「ギリシア火か?」
オリエントで発明された可燃物「ギリシア火」は、イタリアでも良く知られている。
だが、フランチェスコは首を振った。
「これは私の特製でして、火酒や硫黄、硝石、柳の木の灰、煮詰めた馬の小便。
これらを混ぜ合わせて良く練ったもので、水では消えず……」
「錬金術の講義なら後で聞こう。俺たちは上から行く。マエストロは下から行ってくれ。
門の所で落ち合おう、アルが確保しているはずだ!」
「分かりました、ご武運を!」
行くぞ、と声をかけるとフランチェスコの弟子たちは歓声を上げた。
着慣れない鎖帷子や兜、腰に吊った剣が騒々しい音を立てている。
彼らが去るのを見送って、コンスタンティノはまた走り出した。
とにかく門へ。
トルコ人のいる方へ。

コンスタンティノ隊が到着したとき、既に聖レオ門の楼閣では乱戦が繰り広げられていた。
立てられた半月旗を引きずり下ろそうとするモンテヴェルデ兵。
それを防ごうとするトルコ兵。
旗が入れ替わり、また引きずり下ろされ、そのたび新たな兵が旗竿に飛びかかる。
一見両者は互角のように見えた。
だが次第にモンテヴェルデの旗が優勢となり、ついに入れ替わることはなくなった。
楼閣を占拠したのだ。
塔の頂上から鬨の声が上がり、兵士が槍や剣を振り回している。



32:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 10/14
06/11/06 11:48:24 RukvG1+5

「アルフレド、良くやった!」
楼閣の上で、二人は再び顔を合わせた。
少年の顔がほころぶ。もうそれは臆病な子供の顔ではなかった。
自信に満ちた、傲慢と言えるほどの傭兵隊長のそれだった。
「このまま稜堡も取り返しましょう」
「門は?」
「奪い返しました。マエストロ・フランチェスコが守っています」
指差す先は、門の上に築かれた銃眼付き胸壁だった。
その影に十人ばかりの男が隠れている。職人の服に胸甲を着けた不思議な姿だ。
その真ん中に、小太りのフランチェスコがうずくまっていた。
男たちは、トルコの矢玉が途絶えた隙を見ては、手にした丸いものを下に投げつけている。
門扉を破ろうとするトルコ兵の一団に、炎の舌が伸び、荒れ狂った。
たちまち悲鳴と苦痛の叫びが上がる。
コンスタンティノのいる楼閣の上まで、硫黄と焦げた肉の臭いが立ち上ってきた。

コンスタンティノは背後の少年に振り返った。
剣を杖代わりにするほど疲労しているのに、アルの表情は明るい。
矢が飛び交い、剣戟の音と絶命の叫びが響く中、二人はしばし無言だった。
やがて、歴戦の男は唾をぺっと吐き出した。
「……今度は俺が先に行く。給料分は働かんとクビになりそうだ」
男たちの朗らかな笑いが、夏晴れの空に木霊した。

その声を合図に、モンテヴェルデ部隊は一斉に稜堡へと突撃した。
稜堡の屋上からは矢がびゅんびゅんと風を切って飛来する。
アルとコンスタンティノは、鋸壁を盾に一歩一歩近づいていく。
時折運の悪い兵が苦痛のうめきと共に倒れる。
だが戦いは勢いだ。
流れは自分の側に有利と知った兵士は、いつもより勇敢になる。
形勢を悟ったトルコ兵が怖じ気づく中、兵士たちは着実に稜堡に迫っていた。

トルコ軍の矢が雨のように降り注ぐ。
盾を頭上にかざすアルに対して、コンスタンティノは平然と身を曝していた。
そして声を振り絞って部下を励ましていた。
いや、部下すら置き去りにするのではないかと思われる勢いだ。
アルはとっくに彼の背中を後ろから見守るしかないほどだった。
「アルフレド!」
聖レオ門から稜堡へと続く城壁の上で、コンスタンティノが振り向いた。
「何です?」
立ち止まると、傍らを走り抜ける兵士に押し出された。
「俺がお前に最初会った日の話はしたか?」
「なんですって?」

「俺がこの町でお前に初めて会った時のことだ! お前はまだ四つか五つでな」
「聞こえない! コンスタンティノ、聞こえないんです!」
言葉を命令か何かと思ったアルが叫び返す。
そこかしこで砲撃の音が聞こえ始めた。城壁を飛び越えた砲弾が町に落下している。
劣勢を悟ったトルコ軍が砲撃を再開し始めたのだ。
「約束しただろう! 俺とお前とあの姫さまとで!」
一発の砲弾が城壁に当たり、揺さぶった。
アルは思わず鋸壁に手をつく。だが、コンスタンティノは平然と立っていた。
「コンスタンティノ、危ない! 身をかがめてください!」
アルの声も聞こえていないようだった。
「俺たちは、この国の奴らに復讐してやるって―」
その瞬間、アルの意識は途絶えた。



33:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 11/14
06/11/06 11:48:41 RukvG1+5

再び身を起こしたとき、最初に触れたのは石のかけらだった。
払いのけるようにして手をつくと、息を吐く。
目の前には石畳が押しつけられるように見えている。
アルの傍らを固い足音が通り過ぎていった。
顔を壁に擦りつけるようにしながら持ち上げる。
モンテヴェルデ兵の一団が駆け抜けていくところだった。
膝を曲げ、四つん這いになって体を起こす。
銃眼にもたれて座りながら呻いている兵士がいた。
綺麗に並んでいた鋸壁は砕け、辺りには人間の体が転がっている。

「コンスタンティノ……?」
彼が立っていたところは削り取られていた。石積みが崩れ、漆喰がむき出しになっている。
まるで竜が爪でひっかいたようだ。
「コンスタンティノ! どこにいるんです?」
アルは立ち上がって叫んだ。
だが、砲声はともすれば彼の声をかき消そうとする。
「コンスタンティノ! 返事をしてください!」
歩き出そうとするアルの足に、何かが当たった。
最初それは負傷兵の体か何かだと思った。
だが、違った。
剣を握った腕。
籠手をつけた腕の、肘から先は無くなっていた。
付け根から流れ出た血が石畳を赤く濡らしている。
それは戦場に不釣り合いなほど鮮やかで、アルは信じられない気持ちで一杯だった。
こんな綺麗な物が死体から出るとは。
しかし、アルフレドが信じることを拒んでいたのは血の色のせいではなかった。
その剣はよく知っていた。
もう半年以上前、「凶暴騎士団」に入隊してからずっと稽古をつけてくれた剣。
コンスタンティノの愛用した剣。




34:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 12/14
06/11/06 11:48:58 RukvG1+5

4.
―夜。
アルフレドは大聖堂・聖ステファノ教会を目指して歩いていた。
今日の戦いの負傷者たちがそこに集められていた。
だが彼の目的は負傷者の見舞いではない。

戦いは小康状態を取り戻していた。
突破したトルコ軍は思いのほか少数で、夕方までには城外に放逐された。
城壁には再び兵士が配置され、トルコ軍は堀の外へと退いた。
モンテヴェルデ軍が数えた敵兵の死体は三百以上。
一日に敵に与えた損害としては、これまでで最大の数だった。

だが、失った物は大きかった。
『凶暴騎士団』は十名、ナポリ人はその半数に当たる四十名を失った。
モンテヴェルデの兵士も三十名以上が死傷していた。
占領された北稜堡と、聖レオ稜堡にあった大砲は全て喪失し、投石機や石弓も同様だった。
損害は軍隊にとどまらなかった。
十数戸の家が砲撃で破壊され、その倍にあたる家が焼失していた。
市民の死傷者も百人を超え、行方不明になった親族を捜す声が夜になっても響いている。
その中には「マエストロ」を探すフランチェスコの弟子たちもいた。
彼は聖レオ門をめぐる乱戦の最中、行方が分からなくなっていたのだ。

アルがこれまで通り過ぎた幾つかの教会では鎮魂のミサが行われていた。
とくにナポリ人の嘆きは悲痛だった。
大将であるディオメデウス・カラファを失ったからだ。
彼の亡骸は門の楼閣に折り重なった死体の中から見つかった。
無数のトルコ人の刃を受けてもなお、悪鬼のような顔のまま死んでいたという。
老騎士の亡骸は清められ、帰国の日まで教会の一角に安置された。
多くの市民が、異国の自由のために戦った将軍が主のそばに登ることを祈った。

アルフレドは共も連れず夜の道を歩いていた。
僅かな時間でも、一人きりになりたかったのだ。
戦いの後、彼の元に届いた知らせは死にあふれていた。
将軍、隊長、兵士、女、子供、老人……。誰もが公平に、何の区別もなく死んでいた。
アルが受け取った無数の名前の一覧は、その一個一個が今朝まで生きていたこと―
もう二度と取り返せないことを示していた。
アルの足取りは重かったが、それでも義務感が足を前へと進めた。
やがて、モンテヴェルデの町では最も高い建物が見えてきた。
聖ステファノ教会だった。



35:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 13/14
06/11/06 11:49:13 RukvG1+5

「アルフレド、無事だったのかい」
甲冑姿であっても、ニーナはアルの姿を素早く見とがめた。
「今日は大勢死んだからね、心配してたのさ」
前掛けで手を拭いながらニーナは近づき、そう小声でささやいた。
聖堂の中には、今死のうとしている者も多い。
「どうしたのさ、怪我したのかい? いや、あんたは公子殿下だものね。
こんな汚いところなんかじゃなくて、城の医者にでも診てもらうか」
からからと笑いながら、ニーナはアルの肩を叩く。
そんなニーナをアルフレドは見ることが出来なかった。
じっとうつむいたまま、胸に小さな包みをかき抱いている。
どうしたんだいアル……そう声をかけようとして、ニーナは押し黙った。
アルフレドの腰に、二本の剣が下がっている。
アルの愛刀と、そうでないものが。

「……アル、私はね、大抵のことには驚かないように出来てるんだよ。
何しろ軍隊生活が長いもんだからねえ。洗い晒しのシーツみたいなもんさ。
汚れたって破られたって、もう大した疵じゃあないのさ」
その声ははっきりとしていて、震えてすらいなかった。
ニーナはそっと両手でアルの肩を抱く。
その重みが、ようやく彼を決心させたようだった。

白い布で巻かれた包みを差し出す。ニーナは黙ってそれを開けた。
「……死んだのかい」
アルは頷いた。
蒼白い、血の気のなくなった腕が一本、入っていた。
まるで聖遺物であるかのように、ニーナはそれを両手で捧げ持った。
無造作に、目線の高さまで持ち上げる。
まるで肉屋が届けた品が注文通りか確かめるように、ニーナはそれを見ていた。

「……確かに、あの憎たらしい奴の腕だよ、これは」
嘲りの調子が混じっていた。
顔をゆがめながら、アルの眼前にそれを差し出す。
「見てごらん、人差し指と親指の間にほくろがあるだろ。憎たらしい、嫌らしい手さ」
アルが目を上げると、白い指の間に黒々とした点が見えた。
ふん、と鼻を鳴らすと、ニーナはその手の先を自分の目の前に掲げた。
「この指でいじるんだよ、私のあそこをさ。何度も何度も、念入りにね……。
これでも、若いころは花も恥じらう乙女だったから、私も我慢したもんさ。
艶っぽい声なんて出しちゃいけないってね」
腕を包んでいた布が、音を立てて床に落ちた。



36:火と鉄とアドリア海の風・第十九回 14/14
06/11/06 11:49:34 RukvG1+5

アルの目の前で、ニーナはその死骸の腕を、ぎゅっと抱いていた。
「それなのにさ、あいつは私をもてあそぶんだよ。『止めて』って言ってんのに。
『お前の本気の声を聞くまで止めない』なんて言ってさ……。
堪忍して私が声をあげると、この指先を私に見せつけるんだよ……
『お前の蜜は、よくあふれるな』なんて。私は恥ずかしくって恥ずかしくって。
いつかひっぱたいてやるって、痛い目見せてやるって、そう思ってたのにさ…………」

嗚咽が、漏れた。
「……先に…………先に死んじまいやがって、いい気味だよ。
あのけちんぼの、性悪にはふさわしい末路だろうさ、こんな場末で死ぬなんて……」
胸に抱いた手を、ニーナはそっと頬に当てる。
「もう二度と、あの助平に触られることはないんだよね……もう、二度と私を……」
ニーナは跪いて、泣いた。
もう動かない指に愛撫を求めるように、顔を擦りつけて泣いた。
最後の抱擁を、聖堂の蝋燭がいつまでも照らし出していた。

―アルはそっと姿を消していた。
彼にはまだ悲しむことすら許されていなかった。
城に戻らなくてはならない。平民や貴族を集めた臨時評議会が待っていた。
議題は、聖レオ門の新しい隊長の選出。
その候補はフェラーラのジロラモなのだ。


(続く)

37:名無しさん@ピンキー
06/11/06 20:35:23 OyoBuPKX
まさかエロパロ板で泣かされるとは思わなんだ…GJ!

38:名無しさん@ピンキー
06/11/06 21:34:43 n58UnuTV
おお、団長…逝ってしまうとは…
まさに断腸の思いだわさ

39:名無しさん@ピンキー
06/11/07 21:41:31 j1MAPGdp
山田くーん、>>38の座布団全部持って行きなさーい

40:名無しさん@ピンキー
06/11/09 14:19:53 moK00fBI
どうでもいいが(あんまよくないけど)、
前スレが生きてるのに、なんで次スレに来てるんだろ?

41:名無しさん@ピンキー
06/11/09 18:30:16 qa2frnq1
459kbって残り容量としては微妙だから

42:名無しさん@ピンキー
06/11/10 05:03:14 CRD3X1Wr
…央兎と鈴って、タイトルまで付けて貰っちゃったんですね。
単なる萌えシチュ書き殴りのつもりだったのに。

で、今回もそのつもりで書いたんですけど、なんか先に続いちゃいそうな終わりになっちゃいました。
…これでまた1年とか開いたらごめんねorz

43:名無しさん@ピンキー
06/11/10 05:03:58 CRD3X1Wr
「…気をつけて行きなさい」
「すいませんでした」
「もうこんな寄り道はするもんじゃないよ」
「はい。気をつけます」
「帰りの電車賃は?」
「あ、ご心配なく」

あーあ、朝っぱらから捕まった。
とか思いながら、警察官を背に駅に向かう。

「警察官は、素直に負ければどうにかなる」

3回分の教訓。
3回って言うのは、あたしが学校をサボって出かけてるときに、警官に呼び止められた回数。
サボって出かけた回数は、4年の冬から数えて60くらいはあると思う。もっとかな?
でも、今まで学校に連絡が行ったことはない。
っていうか、今でも幼い体のあたしが、そんだけいろんな街を彷徨いて、3回しか引っかからないってどうよ警察屋、とも思うけど。
ともかく、あたしはそういうところでの話術と回避術は、うまい方だと思っている。
今回は加えて、隣の県になる。変な話は行き渡らないと思う。
それに、あたしみたいなよそ者の小学生を覚えてるはずもない。
まぁ、念のため、この町にサボり目的で遊びに来ない方が、賢明かも知れない。

そんなことを考えながら、ここから上りに乗って、どこに寄れるかを考え出す。
今日の小学生稼業は休業。そう決めてる。場所が場所だから、今から行っても、時間的に意味無いだろうし。
反省するつもりは、ない。

(…まだ10時だし、暇だし)
電話帳の「な」行を出す。

『暇。いま小田原に向かってる。来れる?っていうか、来なさい』

呼べば来る。気の置けない友人って言うのは、とても便利だ。
気が合えばなおさら。

『せっかくの1限終わりだったのに…。改札出るなよ。コンコースで待ってろ』

退屈はしなくてすみそうだった。
(気分が乗ってきたから、帰りも新幹線に乗っちゃおうか)
『指定席窓側・子供1枚・乗車券込み』
あたしは多機能券売機に、福澤諭吉を吸い込ませた。


44:名無しさん@ピンキー
06/11/10 05:05:08 CRD3X1Wr
「よ。…どこぞの高校生みたいな着崩しだな。」
「まぁね。制服のままだと、やっぱりいろいろわかりやすいからね。これだとさっと着替えられて、便利だから」
挨拶もなしに、そんなやり取りをするふたり。
制服のスカートに、ポロシャツの裾を出しっぱなし。
「だらしないような気もするけど…」
「まぁね。でも楽だから」
飾るのに、関心とかは無いらしい。
「つか、どこで着替えてんのさ。トイレか?」
「今日は新幹線のを借りたよ。まぁ、普段も同じような感じだけど」
「…ちょ、新幹線って赤塚、どこ行ってたんだよ」
「三島を彷徨いてた」
「…普通列車で行けよ。いや、何でわざわざ三島なんだよ…」
央兎には、鈴の行動がどうにもわからなかった。
「うん、あたしにもさっぱり」
「なんだそりゃ」
「まぁ、そういうときもあるでしょ」
「わからなくはないけどな」
鉄道マニアがふらっと立ち寄るような駅が最初の遭遇だった故、ちょっと反論しづらかった。


「…また学校はサボりか?」
「まぁね」
鈴の返事は、いつもの調子そのままだった。
「よく捕まらないな」
「いや?今日はやられちゃった」
鈴の苦笑い、央兎はどう返すべきか一瞬戸惑ったが、とりあえず笑顔で。
「平然と言うなよ、不良め」


45:名無しさん@ピンキー
06/11/10 05:07:10 CRD3X1Wr
「で?成増君、どこ行こうか」
央兎は少し考え、何かを思いついた。
「一駅、早川へ」
「…なんでまた…、あ、あーそうか」
鈴はすぐに、央兎の考えを読めたようだった。
そうして、ふたりはホームへと向かった。
「ネタ的にはだいぶ前じゃないか?」
「そんなに前だっけ?」



「ペンギンがいると良いのに…」
港にやってきた。CMと少し違って、大量のお菓子をあらかじめ央兎が買ってきていた。
「うん。成増君。ペンギンになりなさい」
「…最近お前、言動が唯我独尊的になり始めてるな」
「うるさいわよ、キョン」
「あー、ハルヒの影響ですか」
「正直、あたしあのキャラは良いと思うの。身近に一人欲しいわ」

最近、ふたりの会話はこんな調子ばっかりである。
何となく、
(ストレス発散に使われてる気がする)
とか、央兎は思っていたりする。


46:名無しさん@ピンキー
06/11/10 05:09:04 CRD3X1Wr
食べ終わったふたり。人気がない。日差しが心地よい。これからもう少し冬が続く中、正午ちょい過ぎなのにコートがいらないくらいのぽかぽか陽気。動く気がしなかった。
「ふぃー。あかつかー。これからどうするか~?」
央兎は、その場をはたいてゴロンと寝そべったりしていた。
「町田でも出る?」
「そうする~?俺このままでも良いぞ~」
「あたしも、このままで構わない」
「どっちだよ」
「もうしばらくここにいよ」
自然といろいろ緩んでいるようだ。

「町田なら、特急乗った方が早いね。付き合ってくれたんだし、ロマンスカー代はおごるよ」
「よーし。菓子は俺が買ってきたんだもんな。相殺相殺」
奢り奢られ、っていうのは、今までもよくやっていた。
央兎も何の疑念もなくそれに応じていたが、ふと、今気になったことがある。
「そういや赤塚、さっきは新幹線で往復したんだよな。小田原と三島」
「え?うん。まぁね」
「っていうか、その金はどこから出てくるんだ?こないだは秋葉原で散財してたし」

川崎大師にふたりで行く少し前。ふたりで秋葉原に出かけたことがある。
そこで鈴は、キャラグッズやらCDやら、2万円近くを使っていた。
そんな記憶がふと、よみがえった。


47:名無しさん@ピンキー
06/11/10 05:10:01 CRD3X1Wr
「あれ、明らかに小遣いじゃねぇだろ。預金もまだ相当あるんだろ?」
「ん、まぁね」
ポッキーを食べながら、鈴がけだるげに返事をする。
「家が甘い故に、巻き上げてるとか?」
「どっかのダメなすねかじりか?あたしは」
「…まさか、とんでもないお金持ちの家とか?」
「そりゃ、サンデーの読み過ぎ」
裏手でつっこみを入れる鈴。笑ってない央兎を見ると、真剣な答えだったようだ。
「…じゃぁ、…なんだろ」
「なんだと思う??」
寝そべってる央兎に、顔も向けずに鈴は言う。
「あん?何だろうなぁ、お年玉、…そんなレベルじゃねぇな」
央兎は相変わらず寝そべって、冬晴れの空を見上げる。



「…子供の身体ってね、結構高値になるんだよ」
「あ?」
「日本人って、元々年下趣向が強いんだよね。年齢的にも肉体的にも、あたしぐらいが良いって言う人は、結構多いんだよ」
淡々と、空を見上げながら鈴は言う。
「凄いんだよ~。制服着た写真の首から下をネットに出すだけで、オークション開けるくらいの人数集ってくるの。
で、どんどん値段が上がっていくの。っても、あんまり大きなお金を動かすわけにはいかないから、10万円くらいでストップにしちゃうんだけどね。
でも、会って、話して、抱かれて、終わりで10万。ちょろいもんだよね」

息継ぎ4回で言い切った鈴を、寝そべったまま央兎が一瞥する。
「…はぁ」
ため息をついて、一言。
「で、どうやって金を生みだしてるんだ?」
「うわ、なによ。せっかく人が、改行3回も使って語ってあげたのに」
口を尖らせる鈴の後頭部に、央兎はとりあえず後ろからデコピンを見舞う。

「端っから冗談だって判ってるんだったら、スルーしないで突っ込んでくれるだけでもいいのに」
「いや、実際あと3個上くらいなら、微妙にありそうな気がするから突っ込みづらい。っていうか、そんな微妙にあり得そうな作り話やめれ」
「釣れたら指さして笑ってやりたいからこその、あり得そうな作り話なんじゃない。お金の所ははミスったけど」
「…そんなに浅はかな人間に見えるのか?俺」
「ちょっとだけ期待してた」
「ひでぇ」

あ~、と央兎は寝そべったまま伸びをする。
「じゃぁ、5万」
「何?」
「あたし」
央兎はあくびを一つ。
「…いらね」
「うわ、即答だよ」


48:名無しさん@ピンキー
06/11/10 05:10:50 CRD3X1Wr
しばらくの沈黙。鈴は無言でそば茶をすする。
「…ホントのこと教えたげよっか」
鈴は央兎の方を向く。
「お金の儲け方を」
そこには、既に寝入った央兎。
「うわ、寝落ち…」
鈴はため息一つ。
「はぁ…。あたしもちょっとねむいのに」
無断で央兎を腹枕にする鈴。
少しやせ形の央兎だが、鈴の頭くらいなら十分耐えた。



「…ん?」
央兎が目を開ける。空が紅くなり、少し気温が低い。
「…寝てた?」
意識はまだはっきりしない。身体を起こしてみる。
「…あ」
同行者の存在を、目の前の顔で思い出す。

…さてどうした物か。
とりあえず動きを止める。3秒ほど。その後、おもむろに手を出し、頭を除ける。
同時に少し足を折り、膝に乗せた。
「それでも起きないかこいつ」
とかつぶやきつつ、手近の冷え切ったコーヒーを口に含んだ。
その冷え切った手を、頬に乗せてやる。
「なぜ起きないっ」
むなしく響いた児玉清を気にもとめず、鈴の頬が央兎の手を温める。

そこで、少し手の感触が気になった。
(…あ、これハマりそう)
指で頬を押してみる。柔らかい。肌触りが良い。
小柄で、華奢な印象の鈴だが、押した感触は柔らかかった。
それを縦二回、横二回、丸一回とこねくり回してみたが、それでも起きない。

もう一回コーヒー缶に手を伸ばす。
よく冷やして、それを今度は、鈴のうなじに持って行く。
(…うわ。あったけー)
鈴の子供体温が、一瞬手を温めてくれた。
(こいつ体温低そうなのに。子供なんだな、やっぱり)


たまに央兎は忘れかける。鈴は小学生だ。同い年か、仲の良い先輩とも思えてしまう。
発言もそう。性格もそう。行動もそう。考え方もそう。自分なんかより、断然年上っぽい。
(こいつ、8つ年下なんだよな…)
そう考えると、なんだろうか。自分がやけに子供っぽく思えてくる。
でも、だからこそ、それだけ達観してる鈴が、学校を拒否するのかが、判らなかった。
ついでに言うと、央兎自身、何でセンチメンタル気味にそんな思考に至っているのかも、判らなかった。

49:名無しさん@ピンキー
06/11/10 05:12:01 CRD3X1Wr
「…ぁ!冷たっ」
「あたしの首で手を温めるな」
惚けていて、よく状況が掴めない。
「…ちょっと?あたしの首がどうかした?」
央兎は我に返る。目の前には目を覚ました、膝枕状態からジト目で見上げる鈴、その首に自分の手を置いている央兎、その手に冷え切った自分の手を当てた鈴。
何気なく、央兎はこんな言葉を口にした。
「…お前、温かいな」
「…はぁ?」


「もう日没じゃん。どうするの?」
鈴が苦笑いで聞いてきた。早川駅ホーム。
「俺に聞くなよ」
「晩ご飯食べに行こう!」
「おう。…はぁ!?」
「ラーメン!花月行きたい」
鈴が親指立てて誘ってくる。央兎も空腹。
「…分かったよ」
この押しの強さには、敵わないと思う。
そうして2人は、少し早い夜の街に消えて行く。





「鈴、大盛りなんて食いきるのか?」
「食べ盛りだからね」
「そういう問題か?」
「替え玉出来たらいいのになぁ…」
「…お前さっきコロちゃんコロッケ食ってたよな?3つも」
「食べ盛りだもん」
「もう知らん」

50:名無しさん@ピンキー
06/11/10 05:18:26 CRD3X1Wr
以上

…で、これから先どうしようかorz。

51:名無しさん@ピンキー
06/11/10 05:21:32 CRD3X1Wr
あ、ごめ、一番最後、
>「鈴、大盛りなんて食いきるのか?」
これ、名字で呼んでるつもりで書いてた。
→「赤塚?大盛りなんて食いきるのか?」

52:名無しさん@ピンキー
06/11/10 08:59:07 BAdtQFUY
うはGJ! 膝枕のところ、ちょっとエロくなるかと
(実際雰囲気エロいけど)期待した俺は汚れてますか?

53:名無しさん@ピンキー
06/11/12 17:32:42 xS3ZRfk5
>>42
GJ!!つーか、いつぶりだよw
一年後でも続き待ってますw

54:名無しさん@ピンキー
06/11/30 20:54:22 5goZsfzj
ほす

55:名無しさん@ピンキー
06/12/02 20:54:17 Z+EM0m/5
誰もいない。
雑談でもふってみよう。
おまいらもうすぐクリスマスですね。

56:名無しさん@ピンキー
06/12/02 21:31:00 WoqUI+ox
>>55
そうだね、クリスマスだね。ケーキ予約した?


誰もいないわけじゃない。続きを待ってるよ!

57:名無しさん@ピンキー
06/12/02 23:10:22 ldANtdrf
もうすぐ2006年も終わりか……

58:名無しさん@ピンキー
06/12/02 23:31:50 nnm4TRZl
サンタがお父さんだと分かってから、クリスマスは楽しくなくなったよね

59:名無しさん@ピンキー
06/12/02 23:43:12 Z+EM0m/5
今年は誰か、クリスマス小説を投下してくれたりするのだろうか……

60:名無しさん@ピンキー
06/12/04 02:40:05 2JdjrNAs
クリスマスにはアントワープだぜ!

61:名無しさん@ピンキー
06/12/14 00:47:55 iwq8oiEZ
保守しておく。誰かクリスマスの話をあげてほしい。

62:名無しさん@ピンキー
06/12/15 22:23:58 JvDgYwDZ
エロくない奴を投下するスレがいっぱいある板ないの?

63:名無しさん@ピンキー
06/12/22 21:57:35 rUb01os0
保守

64:名無しさん@ピンキー
06/12/26 19:04:57 sU+hWui5
test

65:名無しさん@ピンキー
06/12/29 01:24:50 0aKUbfjV
保守&age

66:出遅れクリスマス
06/12/30 03:04:25 9eWo6aQB
 クリスマスなんて、無ければいいんじゃないかなぁ、と、思う。
 割と毎年、そう思う。
 特にイブの一週間前あたりからは、周りの人が皆幸せそうで、一緒に幸せする相手のい
ない自分が、物凄くかわいそうになってくる。
 独り身の哀れな男達が集って祝うクリスマスパーティーにすら、隆人は誘ってもらった事が無かった。
 職場で嫌われていると言う事は無いと思う。バレンタインデーには、手作りチョコをも
らえた事だってちゃんとある。飲みに行こうと誘われるし、自分から誘うこともある。
 それなのにクリスマスには、誰も彼も隆人の存在を無い物のように扱って、誰も構ってくれなかった。
 デパートの巨大なクリスマスツリーや、ショーウィーンドーの小さなツリー。街をキラ
キラに彩るイルイネーションも凄く綺麗で、隆人はそれを見るのが毎年大好きだったりも
するのだが、孤独がその喜びを半減させていた。
「寂しい……孤独で死にそう」
 ウサギか、僕は。
 自分の言葉に自分で突っ込む。これ程に虚しい行為が他にあるだろうか。隆人は隙間風
の容赦ないボロアパートの一室で、ひしひしと孤独を感じていた。
 身も心も寒々しい隆人の世界で、小さな炬燵だけが何処までも暖かい。肩まで身をうずめれば、
なんと心休まる事か。
 このまま目を閉じて眠ってしまえば、目覚めればクリスマス当日である。日本のクリス
マスはイブが本番のような所があるから、今日を乗り切れば身を切る孤独にさいなまれる
シーズンと再び一年間おさらばできる。
 さようならサンタクロース。さようなら七面鳥。さようなら溢れかえるバカップル。

 不意に、玄関が開く音がした。鍵をかけ忘れていたせいで、怪しげな宗教の勧誘でも
入ってきてしまったのか。どこまでも気が滅入る話である。
「うわぁ、今年は一段とひどいな」
 シャン。すずの音がする。
 隆人は丸まるようにして炬燵ぶとんにうずめていた顔をあげ、首を反らせて玄関を見た。
「や。隆人。久しぶり」
「……サンタクロース?」
 真っ赤なコートのサンタクロースが、真っ白いリュックを背負って小粋よく片手を上げた。
 片手には大手デパートのロゴが入った袋がぶら下がっていて、中の角ばった物体が袋から角を突き出している。
 デジャヴを覚えた。どこかで見たことのある光景だ。
「そうそう。クリスマスに哀れな独身男にターキーとシャンパンを配達します、出張サンタ
の紗希ちゃんでーす」
「風俗は頼んでない。そこまで僕、落ちてない」
「風俗に電話かける勇気が無いだけだろ? 掃き溜めに舞い降りた一羽の鶴をせめてもてなせこの独男」
「僕は今から眠ってクリスマスイブの孤独を乗り切るんだから、邪魔しないでください」
 真っ赤な風俗サンタから目をそらし、再び炬燵布団に頭を埋める。
 すると数秒後、隆人は頭に鈍い衝撃を受けて思い切りのけぞった。
「い、痛い」
「ターキーショットだ。七面鳥まるまる一羽の衝撃はなかなかに効くだろう」
「や……誰かと思えば、風俗サンタはさっちゃんでしたか」
「何度人を風俗扱いすりゃ気がすむんだ。起きろ隆人。ターキーとシャンパンとツリーと
美女が一度にやってきたんだぞ。もっと喜べ。歓喜しろ」
 言いながら、紗希が炬燵に小さなクリスマスツリーを置いた。針金でできたもみの木に、
色とりどりのビーズが煌いている。
「うわぁ、綺麗ですねぇ」
「うん、私が作った。もっと褒めると何か出るかもしれない」
「素晴らしい。ステキだ。才能に溢れてますね」
 言われるままに褒め湛える。
 すると紗希はにやりと笑い、真っ白なリュックサックを下ろして中から綺麗にラッピング
された小箱を取り出した。


67:出遅れクリスマス
06/12/30 03:05:16 9eWo6aQB
「クリスマスプレゼントだ。明日、目が覚めたらツリーの下からもっていって嬉々としてあけるといい」
 とん、と小箱を小さなツリーの上に置く。
 隆人はターキーの箱で思い切り殴られた頭をさすりながら、手を触れずにまじまじと箱を見た。
「なるほど、さっちゃんは今年も恋人ができなかっ―いえ、つくらなかったんですね」
 紗希の殺意を込めた一睨みに、慌てて表現を柔らかいものにかえる。
 幼馴染である紗希は、その男勝りな性格が災いして恋愛ごとがどうも上手く運ばない事が多かった。
 彼氏が出来ても長続きする事はめったに無い。バレンタインデーに彼氏が出来て、クリスマスまで
関係が持たないのだ。
 それ故、孤独死しそうな隆人の所にやって来て、哀れな幼馴染を死の淵から救い出す役目を負う事が
極めて多い。去年も、一昨年も、もちろんその前の年も、紗希はクリスマスなんて嫌いだといじける隆
人の下にターキーとシャンパンとツリーを持ってやって来ていた。
「ピザを頼もう。お前はプレゼントを用意して無いだろうから、もちろんこれは隆人のおごりになる」
「折角だからチキンもデリバリーです。ケーキが無いのが残念だ」
「ターキーにロウソクを指せばケーキ気分に……」
「少なくとも僕はなりません」
「想像力が足りない奴だな。サンタさんが怒るぞ」
 本物のサンタに怒られるのと、今まさに宅配ピザに電話せんとしている風俗サンタに怒られるのと、
どちらが恐ろしいかは考えるなでもないだろう。
 隆人も携帯電話に手を伸ばし、チキンを買い求める客でてんてこまいの店に嫌がらせのような
宅配の電話をかけた。

「ようし。じゃあ。えー、ごほん」
 クリスマスの夜にあっちこっちへ駆けずり回る、哀れな宅配スタッフからピザとチキンを受け取って、
パーティーの準備が整った。
 紗希がシャンパンの栓を軽やかな音を立てて引っこ抜き、ワイングラスに琥珀色の液体をなみなみとそそぐ。
 わざとらしく咳払いしてグラスを掲げ、紗希がにやりと口角を持ち上げた。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス」
 キン、と音を立ててグラスを交わすと、シャンパンがこぼれて指をぬらした。
 構わずお互いにグラスを傾け、中身を一気に流し込む。炭酸がしゅわしゅわと口と喉を刺激して、
二人はしばらく声も無く身悶えた。
「かー! うめぇ!」
「さっちゃん……おっさんくさい……」
「もう一杯もう一杯」
 聞く耳持たない先に苦笑いを浮かべ、隆人は紗希が持ち込んだターキーに手を伸ばした。
 無理やり突き刺さっているロウソクが滑稽である。
 すっかり冷たくなったターキーに、手と口を油でベタベタにしながらかぶりつくと、
紗希が大声で文句を言った。
「ばか! それは飾りだ! 食いもんじゃない!」
「何をおっしゃる。立派な食物です。生命です。ありがたや、ありがたや」
「おいしいか?」
「そこそこです。冷たいからそれなりです」
 紗希が胡散臭そうに隆人を睨み、それならばとためらいがちに手を伸ばす。
 足の肉をむしりとってかぶりつくと、紗希は嫌そうに顔を顰めた。
「……まぁ、そこそこだよな」
「だからそれなりだと」
 紗希がぶつぶつと文句を言いながら、足を一本平らげて宅配のチキンに手を伸ばす。
こちらはまだ暖かい。
 隆人も足を平らげると、熱々のピザに手を伸ばした。
「チーズがたっぷり。カロリーの権化」
「お前のその性格何とかした方がいいとおもうぞ」
「今さっちゃんが食べてるチキンは、トランス脂肪酸の塊です」
 肩に紗希の強力な拳骨が飛んだ。ピザを持ったまま鈍痛に身悶える。


68:出遅れクリスマス
06/12/30 03:06:17 9eWo6aQB
「クリスマスなんだ! いいじゃないかちょっと体に悪くても! いいじゃないか!」
「だれも悪いなんて言ってないじゃないですか。あぁ、痛い! さっちゃん、そこ痛い!」
 新たな快感に目覚めてしまいそうである。
 紗希はひとしきり隆人を殴ると、満足したのか再びチキンにかじりついた。
 ほっと一息ついて、あぁ、クリスマスっていいなぁ、と思う。
 隆人は、ほんの数時間前までクリスマスを呪っていた自分を忘れ、友人とのクリスマスを満喫していた。
 先ほど紗希が言ったとおりだ。
 美女かどうかはともかくとして、とにかく友人と料理とツリーとプレゼントがここにある。
これ以上のクリスマスが果たして存在するだろうか。
隆人には想像できなかった。
「クリスマスって、いいですねぇ……」
「うん。キリストとかどうでもいいけどな」
 紗希がこの上なく日本人的な事を言う。
 二人は男同士のようにげらげらと笑いあい、存分にクリスマスを楽しんだ。

 隆人がクリスマスに誰にも誘ってもらえない理由は、紗希と過ごしたクリスマスを職場でさも
楽しそうに話すせいだと隆人が気づくのは、まだずっと先の話。

                               おわり

出遅れすぎたクリスマス小説。
以上。ゴンザレスでした。

69:名無しさん@ピンキー
06/12/30 03:15:57 4jFkUhqf
クリスマスの話をリクした者ですが・・・ありがとう!ゴンザレスさん(・∀・)
二人はその後、どうなったんだろう?


70:名無しさん@ピンキー
06/12/30 09:54:30 u1iefkxD
紗希のいない隆人みたいな俺に対する挑戦ですね? これはw


71:人間失格
06/12/31 11:43:53 uNRxJm9m
「恵まれない子供達に暖かいクリスマスをー…」
街中に募金集めをしている声が響く。
今年はベージュのロングコートを着たまじめそうな女の子が箱を持っていた。
毎年毎年よくやるが、ホワイトリングの件もあったり実際に"子供達"まで金が行くのか疑わしいものである。
いくら出るバイトなのかね、頭に雪積もらせて、これで倒れたら――

と、
目の前で女の子が倒れた。

俺とその子を残して人ごみは流れてゆく。ジロジロと女の子と俺とを見比べて。
これは俺が介抱せねばならないのか?
そういう雰囲気なのか?
周りの目線がそういう空気をつくっている気がする。
あーあー、わかりましたよ。
女の子に近づくと、小さく肩で息をしていた。
顔が赤く火照っている。風邪をひいているのに長い間外で募金していて悪化した、という所だろうな。

お姫様抱っこで我が愛馬であるトライクまで運んだ。後部座席に跨らせて腕を俺の腰に回させる。
安全運転で速やかに家に帰ろう。

72:人間失格
06/12/31 11:46:39 uNRxJm9m
アパートに戻ると直ぐに女の子をベッドに寝かせて風呂に湯を張り、ストーブを点けた。
躊躇いもなく服を脱がせる。
華奢な体に白い肌。首筋や胸元、内股には桜の花弁が散っていて、俺の心を痛ませた。
濡れ冷えた体を乾いたタオルで拭き、パーカーを着せて布団を掛けてやる。
ふと女の子が持っていた募金箱に目を遣る。
逆さにして振ってみれば、一番大きな玉が一枚、二番目に大きな玉が五枚、穴のあいた銀の玉が八枚転がった。
1400円。
雪の中一日中ああやって立ってて、風邪ひいてこれか。
一番恵まれてないのはこの子だろうに。
もし雇い主がいるのなら是非一言言ってやりたいね。
湯が溜まったアラームが鳴り、蛇口を締めて戻ると女の子が目を開けてこっちを見ていた。

73:人間失格
06/12/31 11:48:22 uNRxJm9m
「具合、どう」
「ええと……大分良いです」
「そりゃよかった。お湯張ってあるから、温まっておいで」

俺はよく"人懐っこい顔をしている"と言われる。前の彼女からは"あなたの笑顔に誰もが騙される"と言われた事がある。
そんな笑顔で女の子に接する。
誰もが俺を警戒しない。
それはこの子も例外ではなかった。

布団から出た女の子は自分が下着の上にはパーカー一枚しか身に着けていないことに気付いた。
「ロングコートは窓際に。元々着ていた服は今乾燥機にいれてるから」
女の子は何故か不思議そうな顔をしながら脱衣場に入って行った。

今時の女の子は知らない男に半裸を晒しても恥じらわないのか。
溜め息をついた俺はストーブの前に椅子を寄せて腰掛けた。
シャワーの湯が風呂場の床を叩く音が響いている。
目を閉じればいつも悲しい事が思い出されるのに、思い出して後悔するのに、
それでもついつい目を閉じてしまうのは彼女の事を忘れたくないからだろうか。

俺は何時の間にか微睡み、深く寝入ってしまっていた。


74:人間失格
06/12/31 11:49:33 uNRxJm9m
「あの……起きて下さい…」
女の子に揺すられて目を覚ます。
乾いた涙が瞼に張り付いて不快感を出していた。
「お風呂…頂きました。ありがとうございます」
「しっかり温まったかい?」
「ええ…」
女の子はさっき俺が着せたパーカーを着ているが、下は何も穿いていなかった。
「あ、ごめんね…寒いよねぇ」
苦笑して箪笥を漁る。
スウェットの上下とアイツが穿いてたショーツが出てきた。
「下着……洗ってはあるから、綺麗だから。自分のが乾くまでこれで我慢してくれないか?」
女の子は訝しげな顔で受け取った。
「いや、別に変な趣味とかじゃなくて、元カノが置いてったやつだからさ」
「そうですか…てっきり女装趣味がある人かと」
笑いながらショーツに足を通す。
この子は風俗嬢か何かだろうか?
初めて会った人に肌を平気で晒す、
男の前で着替える、
首筋の……
…まぁ、関係の無いことだ。余計な詮索はすまい。

「コーヒー煎れるから、くつろいでてもらって構わないよ」
「ありがとうございます…」

パイプベッドが軋む音がした。


75:人間失格
06/12/31 11:50:43 uNRxJm9m
女の子は名前を、幹使 詩貴美 と名乗った。
舌を噛みそうな名前である。偽名か源氏名だろうか。
「あなたは…」
「好きに呼んでくれ」
「……泣き虫、さん?」
クスクスと笑いながら詩貴美は言った。
「寝てる人の顔を観察するのは良くないぞ」
「ボロボロ泣いてましたね。嫌な思い出ですか?昔の女ですか?」
「君が知る事じゃない」

空気が悪い。タバコを吸うために俺は外に出ようとした。
「何か買ってくる。欲しいものはあるか?」
「こんどーむ」
「………他には」
「ない」
「コンドームなんか何に使うんだ?」
「セックス」
深くは問うまい。家出少女が何して生きようが知ったこっちゃない。
「的場だ」
「……え?」
「的場斗真だ」
上から読んでも下から読んでも同じこの名前が、俺は大嫌いだった。
「上から読んでも下から読んでも同じですね」
またクスクスと笑う。
「君も同じだろうが」
そう言った時、詩貴美は少し嫌な顔をした。
君も俺と同じだろうが。

重い鉄扉を開けると、外は吹雪いていた。

76:人間失格
06/12/31 11:53:07 uNRxJm9m
コンビニでコンドームと卵、牛乳を買った帰り道。
「よう」
吹雪の中、友達に会った。
白いスーツ上下にクリーム色のジャケット。
加えて比喩じゃなく髪も白に染まっている。今こいつと雪合戦したら勝てそうにない。
「さっきはいいもの見せてもらったよ」
さっき?
「お前が女をテイクアウトするとはな」
満面の笑みだった。
「見てたのか」
「たまたま居合わせただけだ」
「なんで手伝ってくれなかった?」
「乗り気じゃなかったんでね……大和以外の女には手出さないんじゃなかったか?」
俺はこいつ以上に嫌な奴を知らない。
こいつは嫌な奴一年分だ。これ以上は要らない。
「手出してねぇよ」
「袋ん中の小箱は何だ?」
「知らん。あの子が所望しただけだ」
急に肩を組まれ、耳元で囁かれる。
「自分に正直になるのも大事だ。何時までも過去に縋ってるわけにもいかないだろう」
「縋ってない」
「忘れろとは言わないさ。だが何も行動出来なくなる前に振り切れよ」
「君に言われなくてもわかっている」
ならいい、と彼は雪の中に消えていった。

白い嫌な奴はすぐに見えなくなった。

77:名無しさん@ピンキー
06/12/31 11:54:59 uNRxJm9m
書いといてから何ですが、ここはオリでもいいんですかね?

前半部分です。
書いたのはクリスマス前だったので晦日ネタじゃなくてすみません。

78:名無しさん@ピンキー
06/12/31 16:28:04 NIXI5sxx
オリジナルも二次もおkだよ。
完結まで気楽に待ってる。

79:名無しさん@ピンキー
06/12/31 17:37:31 jiRvmahX
年を越しても、続きまってます。

80:名無しさん@ピンキー
06/12/31 20:05:13 uNRxJm9m
別のサイトでも書いてるものなので完結はさせます
年明けになりますが…

これからもよろしくお願いします

81:名無しさん@ピンキー
06/12/31 21:04:43 uNRxJm9m
訂正を

タイトル…人間失格じゃなくて人類失格で…
太宰は関係ないです…

82: 【大吉】 【1197円】
07/01/01 02:00:14 2d9hMT8F
あけおめ!今年もよろしく!

83:omikuji!
07/01/01 13:00:57 ZEveMAFz
コマンドはこれで良かったっけ?

84:森蔵
07/01/04 01:09:06 uBgWZnYD
あけましておめでとうございます。
人類失格の後編ですが、まだ書き終えていません。

場つなぎの短編もありますが、どうしましょうか?
短編は女中と小説家の話で、ファンタジー系の明るいものです。

85:!omikuji!dama
07/01/04 01:20:14 9igS4ZyI
>>84
少数意見で申し訳ないのですが、私はエロの有無にかかわらず
新しい話を読むのが大好きです。
差し支えなければ、お願いします。

86:森蔵
07/01/04 21:33:13 uBgWZnYD
昔書いていた場所からサルベージしてます
キャラクター設定でも見ながらお待ち下さい…


"女中と物書き"設定

菅 高峯[スガ タカミネ](旦那)26歳。
そこそこ仕事が入る物書き。
家は先代のもので、財産もかなりある。
仕事熱心というわけではないが、引籠気味。
……だったはずなのだが、家事を全くと言っていいほどやらない女中を雇ったおかげで頻繁に外出するようになった。

朱佐多 梛[アカサタ ナ](女中)23歳。
名前は思い付きで付けたので申し訳なく思っている。
食虫植物の蠅取草を頭に飼っている。
食事の用意は苦手、掃除は面倒、唯一出来るのは洗濯のみという怠慢な女中。
だが何故かクビにはならない。

岸上 貴詩子[キシガミ キシコ](岸上さん)28歳。
菅が密かに想いを寄せる隣の家の未亡人。
趣味は園芸で庭は様々な植物で埋め尽くされている。


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