太臓もて王サーガでエロパロ 第二章at EROPARO
太臓もて王サーガでエロパロ 第二章 - 暇つぶし2ch741:名無しさん@ピンキー
07/11/10 07:54:02 Fasnx+d2
保守がてら、投下いたします。
先日の「イヌイチ(乾×一口)」の続きになってますが、続き物・設定に捏造あり・エロほぼなしという
三重苦仕様になっております。

不快に思われましたら「続・イヌイチ」でNG登録お願いします。

742:続・イヌイチ・1
07/11/10 07:55:08 Fasnx+d2
******
 暗闇の中、ひたりと頬を撫でられる手の感触。それが自分の手で無いという事は、後ろ手に縛られた感覚から分かっていた。
 じゃあ、この手は誰のものなんだろう。頬を滑る指が半開きの口に潜り込む。

 ―くちゅ。

 ぞくっ。口の中を掻き回され響く水音に、軽く身が震えた。反射的に口をすぼめ、与えられているもどかしい快楽を逃さまいとする。
 …相手は誰なんだろう。心の底でちりっとした焦りを覚えつつ、それでもキモチ良さには逆らえないなんて。

 柔らかくて、細い指。…あなたは、誰なんですか?

 ―…い。
 ―ぬい。


743:続・イヌイチ・2
07/11/10 07:55:51 Fasnx+d2
*
「乾一!いつまで寝とるか!!」
 三年C組に野太い怒声が響き渡るのと同時に、あたしの真後ろの席から、ごっごんと机に何かがぶつかる音がディレイで聞こえた。
「…っ、はい!何でしょう!!」
「何でしょうじゃない馬鹿者!あと元気がいいのは返事だけでいい!」
「へ?…!!」
 指摘され、二重の意味で立ち上がっていた乾が慌てて席に座る。同時にクラス中に男子のげらげらという笑い声が満ちていき、恥ずか
しさにあたしまで頬が赤くなった。
 やっぱり、男子って馬鹿。特に後ろの。
 何で寝てる時にまで―…。
「ばか」
 こっそり呟いた声は、授業終了のチャイムにかき消されたのだけど。

「乾ー、三年になって余裕だねえ。大学行かないの?」
「ただでさえアンタ学年ビリじゃん。え?何就職?」
「やめときなよー。今時高卒ってロクな仕事見つかんないよ?」
 休憩時間になって早々、乾の机の周りにクラスの女の子が集まってくる。みんな乾の『気のいい女友達』という感じの人々だ。
「好き放題言うなあ…オレだってそりゃ考えてるって」
 どうだか―あたしは心で悪態を吐きつつ、黒板の前に立った。週番の仕事が、今週はあたしの番なのだ。
 ついでに言えば、週番は男女二人組の仕事であり、あたしの相手は乾だったのだけれど。
「もし良かったら、知り合いんトコの現場で働くー?初心者カンゲーだって」
「だーかーらー、オレは進学だって言ってるじゃねーか」
 女の子に囲まれて、からかわれながらも笑う乾の姿を見て、声を掛けるのをやめた。
 別に乾自体はどうでもいい。けれど、こういう時下手に声を掛けて、周りの女の子から不必要な反感を買うのだけは避けたかった。
 女子の間柄というのも、かくもややこしいものなのだ。小さく息をこぼし、あたしは黒板消しを持った。
「い、一口さん、よかったらボクも手伝おうか?」
 ふと声に振り返ると、額から汗を流しつつ自分に声を掛ける大柄な少年の姿があった。
「坂田くん。…いいの?」
「ほ、ほらボク高いところも手が届くし、あの先生みっちり書き込むから…」
 坂田くんの言葉にも一理ある。平均よりはるかに低いあたしの背では、高いところに書き込まれたチョークの文字を消すのにも踏み台
が必要になる。
 はっきり言って、面倒くさい。
「じゃあ、お願いしていいかな。ありがとう」
 にこり。笑って応えると、坂田くんは更に汗を流しつつ、チョークの書き込みを消し始めてくれた。…あ。黒板にお腹くっついてるけ
ど、いいのかなあ。
 服、汚れない?

744:続・イヌイチ・3
07/11/10 07:56:56 Fasnx+d2
******
 何へらへらしてんだか。オレは机に頬杖をつきながら、まだ抜けない睡魔と戦っていた。全く、古文なんて呪文の詠唱と同じだよな。
 それもラリホー系の。
「あ、坂田くんっ、汗、汗!!」
「え、あ、ご、ごめん!」
 あーあ。坂田の出っ腹で黒板水拭き状態じゃねーか。一口もニブいよなあ。アイツの下心気付いてないのかよ。
「いぬいー?聞いてる?」
「あ?何が?」
 やべ、聞いてなかった。
「だから、最近乾、本当に授業中寝すぎじゃないかって聞いてたの。進学はいいけどさー、アンタひょっとしてもう一回三年生やるの?」
「何かやってんの?あ、またバイトとか?」
 知ってどうすんだろう。思ったが、適当にいろいろだよ、とはぐらかした。
 オレは、今周りにいる女子がオレに対して何かを知りたいと本気で思っている訳じゃない事を知っている。
 TVの番組、雑誌の1コーナー、新譜のCD、2ちゃんの新スレ。
 日常を作るパーツの1つ。いや、最後のは特殊か。まあとにかく―そういう目でオレを見ているに過ぎない。
 別に不快じゃないけれど、だからといって心地良くもない、微妙な間というやつだ。
「あれ、乾また寝てんじゃない?」
「起きなよ―…」

 次は、丘の授業だっけ。…意識が遠のく中、オレは何かを忘れているような気がした。

「―もう三年も折り返しを越えてる時期だろうが。…オマエの場合はルリーダ先生からも話を聞いてるが、教師全員寛容なわけじゃな
い。これ以上下手を打つと留年も洒落で済まなくなるぞ」
「…はい」
 ホーミングチョークでコブの出来た頭をさすりつつ、オレは職員室で丘の説教を聞いていた。
「わかったら教室に戻れ。次やったら鼻の下にキンカン塗るからな」
 アンモニア入りの為、鼻の下などに塗れば悶絶必至である。『目の下にメンソレータム』と双璧を誇る罰に青ざめながら、丘に頭を下
げる。
「すみません。―失礼します」
 ぴしゃり。職員室の扉を閉め、オレは大きく溜息をついた。
「バカ犬」「!!」
 ぼそっと肩の辺りから響いた声に、心臓を掴まれたかと思った。
「な、何だよ一口…驚かすんじゃねーよ」
 斜め下を見ると、変なマスコットの髪飾りとぴこんと跳ねる一つ括りの前髪が見えた。こんな頭の知り合いなど、周りには一人しか居
ない。
「驚くのは、自分の行いの悪さのせいでしょ」
「つか何でオマエ職員室の前…うわっ!」
 尋ねようとしたら、いきなり分厚いプリントの束を渡され、オレは危うくバランスを崩して転ぶところだった。
「今日の5時限目、自習だからプリント取りに来たの。それ乾の持つ分だから、よろしくね?『週番さん』」

 ―あ。


745:続・イヌイチ・4
07/11/10 07:57:45 Fasnx+d2
******
「人が悪りーな一口。オレが週番だって、さっさと言えばいいのに」
「何言ってんの。朝は朝で予鈴スレスレまで教室来ないし、休み時間までぐーすか寝てばっかだったじゃない」
「…スミマセン」
 プリントを抱えたまま、乾が肩を落としつつ謝る。
 あまりにもしょんぼりした姿―人によっては『雨に濡れた子犬系』とでも名付け、愛でるのではないだろうか―に、あたしは大き
く息を吐き、明日からはちゃんとしてよね、と前を向き言った。
 ―そうだ。あたしはふと思った事に対し、尋ねてみた。
「乾、何で最近学校来るの遅いの?」
 二年の時はそうでもなかったように思っていたのだけれど。質問に乾はしばらく答えを探すように黙ったあと、ヤボ用だよと答えた。
「野暮?」
「い、いいだろ別に。ホラ早くしねーと、5時間目始まっちまうぞ」
 言い捨てて廊下を走っていく。一歩走るごとに揺れる、乾の一つ括りにした後ろ髪を眺めつつ、言い訳が下手なヤツ、と一人呟いた。
「ちょっと、プリント落とさない―…ん?」
 ふと立ち止まった教室の前で、あたしは妙なものを見てしまった。
 いや、そのクラス―三年F組―は、クラスのメンバー上、妙なものがかなりの頻度で(ちなみにその正体は、ほぼ間違いなく一人
の人間離れした体格の変態だったりするのだけれど)見受けられるが、今日見たものは、少々勝手が違っていた。

「…阿久津くん?」
 休憩時間のF組。がやがやとにぎわうクラスの中で一人だけ浮いてる…というか、燃え尽きている男の姿。
 いつも変なことに巻き込まれて、悲惨な目にあう確率の高い彼―阿久津宏海の真っ白になっている姿が、あたしの視界に入ったのだ。
「…」
 いつもなら、良くある事と思って気にしない。けれど今日は何故か気になった。

「おーい一口!早くしねーとプリント配れねーぞ!」
 C組の扉から顔を出し呼ぶ乾に、はっと我にかえる。
「あ…わかったから大声で呼ばないでよ!」
 本当、デリカシーに欠けるヤツ。あたしは口をへの字に曲げつつ、その場を後にした。

 5時限目は英語の自習。プリントは仕上げられなければ即宿題と化すので、皆が居るうちに答えを写…教えてもらい、仕上げるのがお
約束だ。
「…んがー…」
 …まあ、お約束に当てはまらない馬鹿も居るけれど。自分のプリントにペンを走らせながらあたしは、背後から聞こえるイビキに呆れ
ていた。


746:続・イヌイチ・5
07/11/10 07:58:26 Fasnx+d2
******
「んー…っ、はあっ」
 HR終了のチャイムと同時に背伸びをする。首を回すと、こきこきといい音が響いた。ここ最近の寝不足も少しは解消されただろうか。
「さてと…」
「帰んないでよ乾」
 帰るか、と言いかけたオレの口の動きは、くりんっ、と振り返った一口のセリフに遮られた。手には学級日誌のオマケ付きだ。
「忘れてたでしょ」
「あー…忘れてた。そういや書かなきゃなんねーんだよな。なあ一口、1時限目って何やってたっk…あふっ!?」
 ばちーん。
 日誌のページをめくりながら尋ねると、いきなりビンタが飛んできた。見れば一口の額には青筋が浮かんでいる。
 バシバシバシバシバシ「結局アンタは一日中寝てばっかりだったじゃないっ!一緒に組むあたしの身にもなりなさいっての!!」
「あっあっあっあっ!」
 このバカ犬と罵りつつ繰り出される往復ビンタを頬に喰らいつつも、背筋がぞくぞくと震えだすのをオレは止められなかった。
 いや、わざとじゃないんだけどな。
 ちなみにこの(誰が呼んだかは知らないが)『C組名物SMショー』は、クラスからも生温かい目で受け止められている。
 変なクラス。

「はあはあ…本当、乾ってビンタされてる時輝いた顔するよね…」
「おう。ついでに言えばもう2、30発は貰っても平気だぞ」
 腫れた頬の、じんじんと痺れる痛みさえキモチイイと感じる―それがオレの特性なのだ。
「えらそーに言うなっ!―…ああもうわかったわよ。日誌はあたしが書いとくから、乾はこれ写しとけば?」
「?」
 赤くなった右手をひらひらさせながら一口が差し出したのは、数枚のプリントだった。三行見ただけで眠りに落ちそうな言語は、間違
いなく今日の英語のだ。
「その調子だと、宿題になってもやって来なさそうだしさ。あたしが日誌書いてる間にでも仕上げればいいんじゃないの?」
「―…」
「…何?」
「いや、一瞬オマエの後に光が差したような気がして…」
 これが神か仏かってやつなんだろうか。だとしたら神仏はずいぶんフレンドリーなんだな。
「礼なら坂田くんに言いなさいよー?あたしの分かんないところ丁寧に教えてくれたんだから」
「…」

 …なんとなく、さっきのセリフを撤回したくなったのは気のせいだろうか。


747:続・イヌイチ・6
07/11/10 07:59:22 Fasnx+d2
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 かりかり。かりかりかり。
 クラスメイトが部活やら帰宅やらでどんどん席を立つ中、あたしと乾の間では、シャーペンが紙の上を走る音だけが響いていた。
「なー、ここのwhatの使い方なんだけど…」
「ん?ああ、これねー…」
 説明すると、乾はふーん、なるほどなあ、と呟きつつ、再びプリントに向かう。
 時折、ペンを持った手を口に添えたり、ペンの頭をかつんと机に当てたりしながら。
 多分この乾の姿ですら、色んな女の子に見出されて、手垢の付いたものなんだろうなあ。
 難しく考え込んで寄せる眉も、伏せたまつ毛の長さも。

 ―ちくん。
 胸に、針で突付かれたような痛みを感じ、あたしはそれを全力で否定する。

「…なに考えてんだか」
「何か言ったか?」
「なーんにもー。それより乾、早くしないとあたしもう日記仕上げちゃうよ?」
「げ。待て待て、あと3枚だからなっ!」
 乾の慌てっぷりに小さく笑いつつ、あたしは日誌に目を落とす。本当は日誌なんて、とっくに書き上がっていたけれど。

「そういやさ、最近一口坂田と仲いいな」
 ぴたり、とペンを止め乾が尋ねる。『そういや』の流れなどない唐突な発言に、あたしはしばらく考えてしまった。
「そう…かな?時々手伝ってもらったりはしてるけど」
 いつも困ってる時にタイミング良く現れるんだよね。妖怪道中記のご先祖さまみたいな感じでさ、と言ったら例えが古くて分かんねー
よ返された。そんな古くないと思うけど。
「ふーん…オレはてっきり先輩に見切りつけたのかと思ったけどな」
「そんな訳ないでしょ」
 馬鹿げた質問をばっさり斬り捨てる。
「そういう乾はどうなのよ」
 仮にも、ドMでも『もて四天王』なんて呼ばれる男だ。引く手あまたなんて言葉も霞むくらい、本当は相手に困らない筈なのに。
「ねーな。先輩が例え阿久津のモンになっても、先輩はオレの憧れだ」
 どうして真っすぐあたしを見て答えられるのだろう。
「憧れ、ねえ」
「そゆこと」

 あたしは、憧れと恋が似て非なるものだと知っている。乾が強く想っているにも関わらず、阿久津くんからお姉さまを奪おうとしない
理由も。
 だけど、言わない。それはコイツ自身気付いていないだろうから。
 そして、あたしも気付かない事を心の底で願っているから。

 ―本当、馬鹿だね。

 かりかりとペンを走らせる音を耳に心地良く感じつつ、あたしは西日の差し込む教室の中、ゆっくりと眠りに落ちていった。

748:続・イヌイチ・7
07/11/10 08:00:04 Fasnx+d2
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 かつん。紙にピリオドの印を叩き込む音と共にオレのプリントが完成したのは、西日が赤味を帯び始めた頃だった。
「はー…出来た、っと。一口、そっちはど…」
 顔を上げ尋ねようとして、言葉が止まる。机をはさんで向かいに座る一口は、すやすやと微かな寝息を立てていたのだ。
「何だよ、自分だって寝てんじゃねーか」
 今と授業中が別物なのを棚に上げ、オレはひとり愚痴る。
「おーい一口、日誌書き終わってんのか?」
 へんじがない ただのし…じゃない、ずいぶん深い眠りについているらしい。
 週番の仕事で、朝一番に教室に来ていたという辺りに理由がありそうだが。
「…別にオレだって、遅刻してる訳じゃねーけどさ」
 それにしても、寝顔まで子供染みてるよなあ。無邪気っつーか、幼稚っつーか。
 くりっとした大きな目も、見た目に反して古臭い発言が目立つ口も、今はただひっそりとそこにあるだけだった。
「…」
 そっと、閉じられた学級日誌を手に取り、今日のページを捲ってみる。ちまっとした一口の字は既に書くべき全ての項目を埋めていた。
 ―なんだよ、とっくに書き終わってんじゃないか。
 ならば、いつまでも教室に居続ける理由はない。オレたち以外に誰も居ないなら尚更だ。立ち上がって揺り起こそうとして―オレは
手を止めた。
 ふと、視界に留まった一口の手が、オレのおぼろげな白日夢を思い出させてしまったのだ。

 ―頬を撫でる、柔らかな掌。細い指先。

「…一口」
 一応呼んでみるが、相変わらず返事は無い。ど、くん。…どくん。どくん。
 早まるな、正気になれと頭の中のオレが叫ぶ。けれど体は叫び声に逆らうように、ゆっくりと一口の手を掴んでいた。
 小さくて、柔らかな一口の手。なんかコイツの体のパーツって、どこもかしこも小さいような気がする。
 オレは目を閉じ、静かに掴んだ手を自分の頬に寄せた。ほのかに温かい掌が、ひたり、頬を撫でる。
「…」
 ぞくっ。背中に軽く電流が走った。―はっきり言って今の自分は、不審とかあやしいなんて言葉で片付けられないくらい変だ。
 もし今一口の目が覚めたなら、ビンタ100発どころの問題じゃない。
 分かっているのに、手が止まらなかった。オレは、夢の中のオレと同じで、触れられるキモチ良さに抗えないまま、ゆっくりと一口の
指を自分の口へと導こうとしていた。
 人差し指が唇を軽くかすめたその時―。

 ポーン。
『下校時刻になりました。生徒の皆さんは、すみやかに帰宅してください』

「!!」だんっ!反射的に手を机に叩きつける。
 ―義務的な下校放送の声により、オレは危うい倒錯の世界からギリギリのところで強制送還と相成ったのだった。
「痛っ!?…あれ?あたし寝てた?…っていうか乾、何やってんの?」
「いや…何でも…」
 本当、オレ何やってんだよ。一口に背を向け、赤くなった顔と昼間同様に熱を持ってしまった股間を悟られまいとする姿は、間抜け以
外の何者でもない。

 いや本当に、何やってんだ。
 一口相手に。


749:続・イヌイチ・8
07/11/10 08:01:04 Fasnx+d2
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「おー、もう星出てるなー。秋の日は鶴瓶ポロリって言うけど本当だな」
「そんな言葉聞いたことないけど、本当、もう真っ暗だねー」
 街灯の光に、吐いた息が微かに白く染まる。いつの間にかそんな季節になったのだ。
 何も変わってないようで変わり続ける。冬服になって尚感じる寒さに、あたしは軽く身を震わせた。
「にしても、わざわざ送んなくていいのに。…乾ん家、方向違うでしょ」
「ばっか、季節の変わり目ってのは変なヤツが多いんだぞ?それに、帰るのが遅くなったのはオレのせいでもあるしな」
 変なヤツの中に自分を入れてない辺りが、乾の乾たるところである。
 そりゃ確かに、意外と紳士的なところは評価していいのだろうけれど。
「あ、それとな、朝の教室の鍵開け、明日からオレやっとくから。一口いつも通り学校来るんでいいからな」
「え?…乾いいの?」
 予鈴ギリギリから急に朝一番の登校は大変じゃないのかな。
「どうせ補習のついでになるしな。ちょっと遠回りになるだけだろ」
「補習?」
 初耳だ。あたしの言葉に乾はちょっと考えた顔をして、体育のだよ、と答えた。
「オレ、スポーツ推薦狙っててさ。でも部活入ってなかったから色々面倒な事になっててなー…。そんな時、ルリーダ先生から、新しく
学科が出来た所が遅くまで積極的に募集してるからどうだって話持ち掛けられて…」
 前を向きながら、照れ臭そうに語る乾の言葉はしかし、途中から聞こえなくなっていった。
「―…でもしなきゃオレ普通に大学行けねーもんな。…一口?」
「…え?」
「え?じゃねーよ。話振っときながらぼーっとしてさ。何だよ、風邪引いたか?」
 ―違う。けれど、言葉が出てこなかったので、代わりに首を振った。
「そうか?でもなんか顔色ヘンだぞ?やっぱ熱あんじゃねーの?」
 そう言って額に当てようとした乾の手を、あたしは反射的に身をよじり拒んでしまった。

「…!!」

 街灯に照らされた乾の顔が、不自然なくらいこわばる。あれ、あたし、何で。
「…っ、もう…家すぐそこだから、今日はありがとね」
 あたしは一気に言葉を放つと、振り向く事もせず走って乾の元を離れた。
 どくん。どくん。どくん。
 全力疾走の体に、晩秋の風が冷たい。けれど全然気持ちよくない。
 驚いてたのだろうか。
 ひそめた眉も、見開いた目も、堅く閉ざした口も、全部見覚えのある部分なのに、あたしの知らない乾の表情だった。
 ―何も変わってないようで変わり続ける。
 さっき思い浮かんだ言葉が、呪文みたいに頭をぐるぐる回って離れない。
「…はあ、はあっ…けほっ」
 家のすぐそばで足を止め、息を整える。あんなに走ったのに、体がぞくぞくして、震えが止まらない。

 ―何も変わってないようで変わり続ける。
 乾も、お姉さまも、阿久津くんも、みんな、みんな。
 ―あたしは?

 ポケットの中の携帯電話から『DESIRE』の着メロが響いた。
 けれどあたしは、いつもならすぐに取るはずの、一番好きな人からの電話さえそのままに―。
 ただ道の真ん中で立ち尽くす事しか出来なかった。

750:イヌイチの人(携帯版)
07/11/10 08:06:03 FNTwFU0Y
ぎゃーっ!「前後編」なのにタイトルに入れるの忘れてた!(毎度ポカばかりですみません)
気を取り直して、後半です。

751:続・イヌイチ・9
07/11/10 08:07:56 Fasnx+d2
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 その人の名前を知ったのは、生徒会選挙の日。
 共学で女子の生徒会長候補者なんて、珍しさから結構気後れしてしまうものなのに、演説の壇上に上がったあの人の瞳は真っすぐで、
あくまで毅然としていて。
 ―この人が会長になるんだ。投票前からあたしは確信していた。
 実際会長に決定した時、あたしは自分の事のように嬉しくて、その日は眠れなかった。
 いつかあの人に近づきたいと思っていた。あの人の傍に立って、あの人に振り向いてもらって、あの人に触れて―。

 ―けれどあの人は、あたしじゃない、違う人を見ていた。
 それは、誰よりもあの人を見ていたあたしが知る、残酷な真実。


752:続・イヌイチ・10
07/11/10 08:08:27 Fasnx+d2
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「ふあぁ…あああふっ」
 朝もやも漂う通学路には、学生の姿なんてまだない。運動部の朝練に向かう部員が関の山だ。
 そんな中を大あくびしつつオレは、早朝の補習を受けに学校へと向かっていた。
 ―元々お前は身体的に推してしかるべき能力を有している。が、私の推挙を得るならば、もう少し鍛えた方が良いだろう。
 数週間前の体育教官室で鉄アレイ(12kg)を軽々と持ち上げながら、体育教師・ルリーダが微笑みと共に語りかけた言葉に端を発する
この補習だったが、何か騙されている気もしなくないのは、オレの考えすぎだろうか。
 ―いや、疑っちゃいけないよな。先生だって放課後は部活があるからって、わざわざ朝に時間割いてくれてるんだし。
 でもなんで先生の机、『打倒 あいす』なんて貼り紙がしてあるんだろうな?

 つれづれと考えつつも、気が付けば学校にたどり着いていた。―おっと、ダメだ。今日は直接体育館に行っちゃいけないんだよな。
慌てて向きかけた足を職員室方面へと向き直し、オレは立ち止まった。

 ―っ、もう…家すぐそこだから。

 昨日、オレが何の気もなく出した手を拒んだ一口の表情が、脳裏をよぎる。
 一瞬だけ見えた、泣きそうな、困ったような顔。
 オレのうしろめたい部分をえぐるような目をしていた。
「…」
 気付い…たのかな。放課後の教室で、オレがやっちまったコト。
 何であんな事をしたのか、自分でも理由が分からないのが更に苛立たしい。

「失礼します」
 職員室の扉を開け、声を掛けると丁度クラス担任が電話応対をしている所だった。いくつもの鍵が掛かっているコーナーから自分のク
ラスの鍵を取り出し、そのまま出て行こうとした時、かちゃりと受話器を下ろす音がした。
「おい乾、ついでに日誌も持って行け。―今日、一口休みだから」
 ―え?
「休み、ですか?」
「うん。風邪だって、さっき連絡が入った。残念だったなあ。あいつ今まで皆勤賞だったのに」
「…はあ」
 学級日誌もついでに受け取りつつ、オレは担任の独り言をぼんやりと耳にしていた。
 やっぱり、体調崩していたのか。妙に赤い顔してたもんな。

 でも。
 それでもやっぱり、アイツが休んだのはオレのせいじゃないかなって、心の隅で思った。
 多分、それは間違いじゃない。


753:続・イヌイチ・11
07/11/10 08:09:24 Fasnx+d2
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 ぴぴぴぴ。ぴぴぴぴ。ぴぴぴぴ。
「38度2分、結構高いわねえ。…お母さん休んで病院いこうか?」
「いいよ別に…けほっ、薬飲んだし寝てたら治るから」
 枕元で中腰の姿勢のまま顔を覗き込む母親に、あたしは咳き込みながら言葉を返した。
「パートだって、そんな気軽に休めるものじゃないんでしょ?」
「でも夕利、ここ数年風邪なんて引かなかったじゃない」
 子離れ出来てないなあ。
 冷却シートを額に貼る、ひやりとした指先を心地良く感じながらも、ちょっとだけむず痒さを憶えてしまう。
「大丈夫だって。あ…そうだ、仕事の帰りに桃ゼリー買って帰ってくれると嬉しいな」
 半分割りのがごろんってしてるの。そう言うと母親は、根負けしたのを認めるかのように大きく溜息を吐くと、お粥は台所にあるから
ね、と呟いて立ち上がった。
「それじゃ、体はあっためなさい。―行ってくるから」
 ぱたん。部屋のドアが閉まり、あたしはゆっくり目を閉じた。
 頭の中がもやもやする。寝ているのに陽炎の中に立っているような、変な感じ。
 …風邪で学校休むなんて、何年ぶりだろう。少なくとも高校に入ってからは一度も休んだ事はなかった。
「けほっ」
 寝返りを打つついでに、枕元の充電器に差し込んだままの携帯電話を手にする。
「―…ごめんなさい」
 着信履歴には、一件の不在着信。『お姉さま』と書かれた着信履歴に向け、あたしは小さく謝った。

 昨日は、結局電話には出られなかった。何度もポケットの中で鳴る『DESIRE』を聞きながら、あたしは、あたしの中でざわめいていた
よく分からないものに対して戸惑う事しか出来なかったのだ。そんな状態ではマトモな受け答えなんて出来やしない。
 ―きっと、余計お姉さまを困らせる。
 それは、嫌だった。
 今までの自分なら、どんなにいっぱいいっぱいでも、無理して喋っていただろうから尚更に。

 お姉さま。今のお姉さまを受け止められるのは、あの男だけなんですよね。
 ―あたしじゃ、ないんですよね。
 考えて、涙が出た。一人だけの考え事は、感傷的になりすぎて困る。
 今の『かわいそうな自分に酔う自分』を止めたいのに、いつまでたっても止まらない。

 せめて、隣にアイツが居てくれたらいいのに。
 悲劇の主人公はオマエだけじゃねーだろって、軽くたしなめてくれたらいいのに。


754:続・イヌイチ・12
07/11/10 08:10:02 Fasnx+d2
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 頭の芯がぼんやりする。…眠い。体中に回った疲労感が眠気を更に助長させる。ルリーダ先生の今日の補習内容はウォーミングアップ
代わりの鉄球避け30セットの後、徒手空拳組手10本だった。―これ本当に補習だよな?
 どういう推薦の仕方をするのか少し気になるのだが…それより今は眠気と闘うのが先決だ。オレは日誌の一ページをシャーペンの頭で
叩きながら、気を抜くとがくりとなってしまう現状を、崖っぷちスレスレで耐えていた。
「乾珍しいじゃーん。今日は寝てなかったよ」
「やれば出来る子だったんだねえ。エライエライ」
 …子ども扱いするなよなあ。同級生なのに。
「オレだって、鼻にキンカン塗るなんて言われたら起きるっつーの」
 くさりつつ言い返すと、今時キンカンって、と笑われた。あれ?キンカンって一般的じゃないのか?
「あ、今日一口さん休みだっけ。乾日誌ちゃんと書いてんの?」
 手元の学級日誌を目ざとく見つけた女子が、尋ねる。
 書いてるよ、と答えると、他の女子がそっかーじゃあ今日はSMショーは無しかー、とぼやいた。
「あれ面白いんだけどねー。アタシ達だと『えっ?いいの!?』って気になるけど、一口さん、いい意味で遠慮ないから」
「そうそう」
 かつん。ページを叩く手が止まる。…改めてクラスメイトからアイツが休みだと聞かされるのは、何か変な気分だ。
 目の前の席は、ただの机と椅子でしかないなんて。

「…」

 何考えてんだろオレ。溜息を吐きつつ、オレは席を立った。
「あれ?乾どこ行くのー?」
「…眠気覚ましにトイレ行ってきます」
 何で敬語まじりなんだろ。多分これも眠気のせいだ。

 眠気覚ましついでに顔でも洗うかと足を踏み入れた三年男子トイレには、2名の先客が居るようだった。
「…でもよー。ここのSS、オレ出番少なすぎじゃね?オレ一応本編じゃ主役よ?」
「しょうがありませんよ。何せ王子の場合、ハードルが高いともっぱらの評判ですから。コレの書き手など、『刺身セットの菊みたいな
モンで、食っていいかどうかさえためらう』と周りに愚痴っていたそうですし」
「菊ぅー?あれ手抜いてるヤツってプラスチック製じゃねーの?…ハッ!つまりオレは三次元でこそ映えるプラスチックドールってやつ
なのか?」
「違います」
 F組の百手太臓と安骸寺悠の二人は、普段から良く分からない会話を交わしているが、今日のはとりわけ分からない。
 いつもならもう一人居るはずのツッコミ役の姿が居ない事もその理由だろうか。…まあ関係ないけど。オレは気にせず隣に立ち、小用
を始めた。
「今だったらオレが傷心の伊舞なぐさめるSSリクエストするね…っと。…ムフフ、宏海のヤツも、今のフヌケ状態なら簡単に伊舞引き渡
しそうだしな」
「そうですね。身から出た錆とはよく言った物ですが。…矢射子と伊舞に同時に嫌われるとは、とことん不運な男ですね」

「―!!」
 眠気が吹っ飛んだ。微妙に説明臭い会話だったが、そんなのはどうでもいい。
 阿久津が―矢射子先輩に嫌われた?

「そ、それどういう事だよ!!」
 オレは振り返り、既に手洗い場に立った二人に向け叫んだ。

 三年男子トイレに「ソルカノン充填120%!!?」「ヤツの弱点は雷です!!王子、早くサンダラを唱えてください!!」という絶叫が響いた
のは、また別の話だ。

755:続・イヌイチ・13
07/11/10 08:11:17 Fasnx+d2
******
 最初に好きになったのは、物怖じしない強いまなざしだった。
 凛とした表情を、更に強く見せる眼光―あたしの周りにそんな人、今まで居なくて。だから好きになった。
 性別がどうとか、関係なかった。ただ、触れたいと、欲しいと思った。
 形のいい唇からこぼれる、メゾソプラノの声も、白くて細い指も、ポニーテールに結い上げた髪も、全部、全部。

「…んっ」
 いけないコトだと分かっていながら、自分で自分のカラダを弄る事を覚えたきっかけも、お姉さまを想ってだった。
 声が漏れないよう、布団の中に潜り込んで、パジャマのボタンの隙間からそっと胸を触る。―薄っぺたいあたしの胸は、汗でじっと
りとしていた。
 お姉さまの胸はすごく大きくて柔らかい。服の上からしか触った事ないけれど、桃みたいな甘い香りがする柔らかな谷間は、あたしの
頭ですらすっぽりと包んでくれそうだった。
「はっ…あ、くふっ…」
 吐息で熱がこもる暗闇の中、あたしの指は更に下へと降りていく。片手を胸に当てたままショーツの上から触れた部分は、じっとりと
熱くなってて、指先がすこしぬるついた。
 ―ぷちゅん。
「…っ!!!!」ショーツに手を入れ、濡れた場所に直接触れた瞬間、快楽に背がくうっと引きつった。
 女の子なら誰でも持ってる、熱い部分。
 あたしにも、そしてお姉さまにだってある、大切なトコロ。―今、あたしの指は、あたしを弄びながら、お姉さまをも弄んでいる。
 そう思うとドキドキが止まらなかった。ぷちゅくちゅと粘ついた水音が耳を、布団中を熱くする吐息が肌を責め立てていく。
「…っ、あっ、あっ、くぅっ、ん―…」
 お腹の底が切なく疼く。波が、もうすぐ、来―。

 ―…先輩が例え阿久津のモンになっても、先輩はオレの憧れだ。

「っ!!」
 いきなり頭の中に飛び込んできた声に、あたしの指が止まった。
「い…ぬい…?」
 布団から顔を出し、名前を呟く。外気の冷たさが火照った頬に容赦なく染み込んでくる。
 それは、昨日の記憶だ。放課後の教室で、アイツがあたしに向けて真っすぐ言い放った言葉だ。
 けれど、今のいけない一人遊びを止めるには十分な力を持つ言葉でもあった。
「…シャワー浴びよ」
 のろのろと起き上がり、すっかり用をなさなくなった冷却シートを額からはがす。時計の針は既に正午を回っていた。

『~♪』
 携帯電話から再び『DESIRE』が流れたのは、そんな時だった。


756:続・イヌイチ・14
07/11/10 08:12:09 Fasnx+d2
******
「…じゃあ、一口も話聞いたのかよ」
 放課後の誰も居ない教室は、意外と声が響く。オレは気が付いて慌てて声のトーンを落とした。
「いや、オレのは安骸寺たちからの又聞きたけど…じゃあもう少し話、詳しく聞かせてくれるか?」
 風邪を引いて喉を痛めているにも関わらず、一口はオレの要求に応え、昼間掛かったという矢射子先輩からの電話内容を教えてくれた。

 この前の日曜の事だ。
 その日、矢射子先輩は阿久津の家に招かれたという。家族―阿久津は父親と二人暮しらしい―との初めての顔合わせとなった訳だ
が、多少緊張しつつも、顔合わせは和やかに行われていた。
 時折、阿久津とその父親の間に、過剰とも思えるスキンシップがあったらしいが、それはオレの知りたい話じゃないので割愛させて貰っ
た。
 さて、問題は昼に起きた。昼食時となり、料理の腕には自信のある先輩は、進んで台所に立ち、三人前の昼食を手際よく作り上げた。

「…うらやましいな」
『あたしもそう思うけど、まだ話終わってないよ乾』

 献立は、鶏の照り焼き、蕪とがんもどきの煮物、小松菜のおひたしに三つ葉を散らしたかきたま汁―。

「…腹減ってきたんですけど」
『馬鹿言ってると切るよ?』

 前もって特訓していた甲斐もあり(一口いわく、女の子の努力というらしい)、阿久津の評価は上々、父親も、口数少なくなりつつも、
きちんと平らげたそうだ。
 そして、この父親は食後の茶を啜りつつ、こう言った。
 ―いやあ、今度の彼女が料理上手で良かった。前の彼女はとてもじゃないが、上手とは言えなかったしな?宏海。

「今度の!?」
 オレはうっかり大声を出してしまった。電話の向こうで乾ウルサイと言われ、口を押さえる。
『なんかあたしが思うに…けほっ、そのお父さんが結構変わってる気がするんだけどね。…それでも、お姉さまには寝耳に水な話よね』
「あー…確かに寝てる耳ン中にミミズ入れられたら驚くよなー」
『…切っていい?』

 なぜか怒りだした一口をなだめつつ、話は続く。
 がちゃん、と片付け中の食器を落としながら、先輩は当然阿久津に問い直した。
 ―宏海、前のってどういう意味?
 ―あ、そ、それはだな…その、説明するけど事情があってだな…。
 ―佐渡さんは、確かに器量は良いが、少々物言いがキツかったしなあ。はっはっは。
 ―うるせえバカ親父黙ってろっ!!や、矢射子勘違いするなよ。オレは…。

 ―言い訳なんて聞きたくないわよこの女たらしーーーーっ!!!!

 前の彼女というだけでもダメージ大な先輩。更に相手が阿久津に何かと縁のある佐渡あいすと来れば倍率ドン(←一口:談)である。
 先輩は阿久津の頬を思いっきりひっぱたくと、割れた食器もそのままに阿久津の家を飛び出したという。


757:続・イヌイチ・15
07/11/10 08:13:23 Fasnx+d2
******
「けほっ…それからお姉さまは、今の今まで予備校にも行かずに家に引きこもってるって訳。…で、乾のほうは?」
 喋りすぎて痛くなった喉を押さえつつ尋ねると、乾は、オレが聞いたのはその続きだよ、と答えた。

 出て行ったお姉さまを追いかける為とりあえず父親に数発拳を入れた阿久津くんは、アパートの入り口で一番あってはいけない人物に
会ったらしい。
 ―…お兄ちゃん?朝、お父さんからメール貰ったんだけど。
 同じ色の髪をした少女―阿久津くんの実の妹で、伊舞ちゃんという―は、お姉さまが出て行った方向をちらりと見て、尋ねた。
 ―お兄ちゃん、あいすさんと付き合ってたんじゃないの?何で急に相手変わってるの?
 ―いや…伊舞、良く聞け。オレは元々佐渡とはそういう付き合いをしてない。今付き合っている人が…オレの本当の彼女だ。
 阿久津くんは、腹の底を振り絞るような声で、妹に向けて言い放った。
 けれど、時は遅すぎた。

 目の前に立つ妹は―ぽろぽろと涙を落としつつ、こう言ったそうだ。
 ―お兄ちゃん、じゃあ…あいすさんとは遊びだったんだ…それで、二股かけてたんだ…。
 ―わかってねえじゃねえか!なに勘違いしてんだ伊ぶべっ!?
 すぱぁん。お姉さまに叩かれたのとは逆の頬に、伊舞ちゃんのビンタが決まる。

 ―お兄ちゃんの馬鹿!最低!…お兄ちゃんなんか、大っ嫌いっ!!!!

「…そりゃ…すごいね」
『シスコンの阿久津からすりゃあ、そりゃもう死刑宣告よりひどい仕打ちだったらしくてよ。こっちも日がな一日生ける屍みたいになって
るって話だぜ』
 昨日見かけた『燃え尽きた阿久津宏海の図』が多分それに当たるのだろう。
『正直、自業自得って気もするけどな。阿久津が前もって説明していれば、先輩も妹も泣かさずに済んだんだしなー…けどさ』
「…うん」
 そうだ。問題は、起きてしまった過去を問い質し、責める事じゃない。
 お姉さまと阿久津くん、この二人のこれからの関係がどうなるかだ。
 
 あたしは、ためらいながらも、今考えている事を乾に話そうとした。
『一口…』「あのさ…」
 奇しくも同時に声を出してしまい、同時に黙り込む。
『…何だよ』
 乾のすすめる声に、あたしは小さく咳払いをした。
「…あのね、乾怒らないで聞いて。あたしは―二人の仲を戻したいって思ってるの」
『!!』
 電話口の乾が、息をのむ。当然の態度だ。
 あたしも乾も、お姉さまのことが一番大好きで、だったら今こそ振り向いてもらう絶好のチャンスなのだから。
 そんな時にわざわざヨリを戻させようなんて、馬鹿げているのかもしれない。
 
 けれど。

『一口…それでいいのか?』
 しばらくしてから返ってきた乾の声は静かな響きがあって、無理に感情を押し殺しているようだった。
「…だって、お姉さま電話口で泣いてたんだもん。…っく、あ、あたしじゃっ、今のお姉さまの涙っ、止められないんだもん」
 ―どうしてもっときちんと話を聞けなかったんだろうって、何度も何度も悔やんでいた。切ない、メゾソプラノの声。
 あたしは、布団の上に涙を落としつつ、昼間の自分を恥じた。
「ごめん、乾。本当に嫌だったら…今の話聞かなかった事にして」
 ぐしゅっ、と鼻をすすりつつ、あたしは乾の返事を待った。さすがに今回は、あたしのわがままで乾を振り回せない。そう思いながら。
 けれど、あたし一人の手で仲を取り持つ事になっても構わない。
 ―ややあって、はーーっ、と長い溜息が携帯電話から聞こえた。
『…ばかやろう。病人がちょろちょろ動き回ったところで、風邪ぶり返すのがオチじゃねーか』
 電話先の乾の声は怒っていた。当然だろなあ、なんて思っていたら、乾は怒った声のまま、オレのセリフ取るんじゃねーよと呟いた。
「―…?それって…」
『オマエにばっか無茶な事させるかってーの。オレも乗るぞその話。今更断るなよ?あともう泣くなよ』

 詳しくは明日な。そう言って切れた電話を握り締めながら、あたしはこぼれ落ちる涙を止める事が出来なかった。
「…っ、ごめん、ごめん乾…ありがと…」
 部屋のカーテンの隙間からは、あの日と同じあたたかな色の夕陽が差しこんでいた。


758:続・イヌイチ・16
07/11/10 08:14:08 Fasnx+d2
******
「…」
 充電切れスレスレの携帯電話のディスプレイを眺めつつ、オレは、しばらくさっきの会話を反芻していた。

 ―あたしじゃ、今のお姉さまの涙止められないんだもん。

 それは、一口だけじゃない。きっと、オレにも出来ない事だ。
 悔しいけれど、矢射子先輩が好きなのは阿久津の野郎だけであって、オレたちの姿なんか眼中に無いのは、事実だった。
「…仲を取り戻す、か」
「面白そうな話をしているな」
「うひゃおわっ!!!?」―がたたんっ。背後でいきなり聞こえた声に、オレはどこかの新喜劇よろしく椅子から転げ落ちてしまった。
「うむ。今のリアクションは中々いいぞ。往年の上島R兵を髣髴させる」
「あ、安骸寺…!?なん…」
 何で、と言いかけた口は、安骸寺のヒマだからだ、というセリフに遮られた。
「王子が時間ギリギリまで補習を受けている間退屈でな。何かないかと思ったら、一(はじめ)が興味深い会話をしてるのが聞こえてな」
「それって盗み聞きって言うんじゃ…」
「そんな事より、今の話は例の二人に関してだな?」
 安骸寺の表情の読めない眼がオレを捉える。脳裏になぜかアナコンダと豆柴の向き合う図が浮かんだが、何故なのかよく分からない。

「あ…ああ、矢射子先輩と阿久「伊良子と藤木の対決…俺もREDは毎号買っているが、あれだけは先が読めん」
「違げーよ!!何でそこでシグルった話になる訳?オレたち虎眼流!?つかせめてジャンプキャラでボケろよ!!」
 口走ってはっとなる。うっかり反射的にツッコミを入れてしまったが、少々言い過ぎた。
 安骸寺はうつむき、ふるふると震えている。
「…あ、悪い…」
「合格だ。今のつっこみ、協力に値するぞ一」
 へ?あまりの超展開に、頭の中が真っ白になってしまった。

「宏海と矢射子を復縁させようというのだろう?俺もその話に乗ったという事だ。…つっこみ一つ出来ん宏海をこれ以上見るのもつまら
…もとい、忍びないしな」
 安骸寺はそう言うと、にやりと口元だけで笑みを作った。
「よくわかんねーけど、協力してくれるなら助かる。…ありがとう」
 不気味ささえ感じる笑顔からわずかに目を逸らしつつ、オレは礼を言った。あの眼はどうも苦手だ。
 何というか、余計な部分まで覗かれている気分にさせられる。
「こっちは遅かれ早かれ動くつもりだったんだがな…俺にしてみれば一、オマエの方がよく分からんぞ?今だったら矢射子の心など、労
せずとも落とせるだろう。人の心は移ろいやすいからな―…そんな目で睨むな。冗談だ」
 眉間に皺をよせ安骸寺はうそぶいたが、冗談にしてはタチが悪い。
「…義理立てすると思うのもいいがな、たまには自分の気持ちを冷静に見つめてみろ、という話だ。今のオマエからは義理以上のものも
伺えるぞ?」

 ―は?小難しい口調のせいか、理解するのに時間がかかってしまった。
 というかまだよく分からない。誰が誰に義理以上の…。
「ふむ、時間だな…失礼する。―安心しろこんな面白事、そう簡単に口外せん」
「え、いや…ちょっ、待て安骸寺…」
 オレの言葉をはね返すように、ぴしゃりと扉が閉められ、同時に下校放送が教室に鳴り響く。

 オレは、閉められた扉を睨みつつ、やっぱりあの眼は苦手だと思った。
 ―余計な部分まで、覗き込むなんて。

759:イヌイチの人
07/11/10 08:22:22 Fasnx+d2
ひとまずここまでです。続きは只今打ち込み中ですすみません。
週番がピンとこない方は、「一週間日直をやる」くらいの感覚で受け止めていただければ幸いです。

次もエロが(今回以上に)ない上長いので、場合によってはエロなしスレに投下するかもしれませぬ。
というより残りKB数が心配で…。
では、失礼します。

760:名無しさん@ピンキー
07/11/11 23:44:17 RLv+gbpY
うわぁっぁっぁっぁ…
まさしく寸止め。生殺しです。
楽しみにしております!

761:名無しさん@ピンキー
07/11/12 22:08:46 rksWcRFT
>>745-
うは、続き来てたGJ!
現在436KB・・・500までだっけ?やばそうなら次たててからがいいのかもしれんが
まだ大丈夫じゃね?


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