06/12/20 23:28:29 GxUTRMBj
暫く考え、佐久間は口を開く。
「男ってのは……普段、粋がったり強がったりしていますが、どこかで、優しくて
あったかい笑顔に、ほっとしたいと思うんじゃないでしょうか……。
…自分、う、うまく…言えませんが」
泉は佐久間の言葉を聞いて小さく頷いた。
「そう…か。娘じゃ、駄目な時もあったんでしょうね、きっと…」
再び仏壇の写真を見て寂しそうに笑った顔が、はっとするほど大人びて見えた。
父親の事なのだろうと推察したが、詮索する気はなかった。
「それでは、私は失礼します。…組長はもう少しお休み下さい」
腰を上げた佐久間に、泉が言う。
「もう眠くありません。それに何だか、今日はすごくやる気が」
妙にテンションが高い。
「学校もないし、一日、組の仕事に専念します」
「それはありがたいですが、まだ早いですし…」
「早起きは三文の得ですよ。今日は組に一番乗りです」
弾けるような笑顔に、つられて頷く。
「……はい」
泉はすっくと立ち上がった。
「それじゃ、何か朝ごはん作りますね。ちょっと待ってて下さい」
「は、それでしたら、眼鏡をかけた方がよろしいんじゃ…」
「大丈夫。うちの中は目をつぶってても歩けますから」
歩き出した途端、居間のテーブルに脚をぶつける。
「いったぁーーーい!」
「ああっ…」
見ている方も痛い。
「組長、危ないですよ。どうして眼鏡をかけないんですか」
「い、いいんですってば。大丈夫です……」
キッチンに入った泉を追って、居間に出たところで気づいた。
眼鏡をしなければ良く見えない。今は見えないままでいたいのだろう。
やれやれ。佐久間は苦笑する。
しかし、危なっかしくも一生懸命な泉を見守るのは楽しく、幸福だった。
こんな気分は長い間忘れていた。
忘れていたという事すら忘れていた、と思った。
窓の外が一層明るくなる。
眩しさに目を細め、佐久間は泉の姿をただ見つめていた。
(終)