【隅っこ】無口な女の子とやっちゃうエロSS【眼鏡】at EROPARO
【隅っこ】無口な女の子とやっちゃうエロSS【眼鏡】 - 暇つぶし2ch450:かおるさとー
07/03/18 07:13:31 BqF9h4ac
「でもよかった。元気にやってるみたいで」
俺は素直にそう思った。違う学校で問題なく過ごせるかどうかというのは、詮なきこととはいえ、やはり気になることであった。
ゆかりは何も答えなかった。ただ俺の顔を見つめてくるだけである。
別に変なところはなかったと思う。なのに、なぜか俺はその顔に違和感を覚えた。
「……どうした?」
「え?」
「いや、なんか微妙な表情だったから」
「……ううん。昔を思い出してただけ。なんか、懐かしくなったから」
ああ、と納得する。こうしてまともに話すことも久方振りだし、感慨深くなるのも当然かもしれない。
「なあ、これからもさ、こうやってちょくちょく会えないかな。前みたいにさ」 来るときに交していた真希との会話を思い出しながら、さりげなく提案してみる。
「……忙しいかも」
断られた。
「……そ、そうか」
心の中で舌打ちをする。進学校を恨むぞ。
「仕方ないか。昔とは違うんだもんな」
「……会えないとは言ってないよ」
「……」
思わずゆかりを見返す。
「えーと、つまり……」
「時間あるときなら、いいよ」
おずおずと答える。その挙動は昔とあまり変わらない。
忙しいと言いつつも頷いてくれたゆかりに、俺は嬉しくなった。俺たちのことを、前と同じように大切に想ってくれているように感じた。
「……ありがと、な。少しでも会えるとさ、真希も喜ぶから」
「……まさくんは?」
「へ?」
「まさくんは……喜んでくれないの?」
「……馬鹿。喜んでるよ。嬉しいに決まってるだろ」
ゆかりはそれを聞いてくすぐったそうに微笑んだ。


そのあとすぐに真希が戻ってきて、次いで注文の品が届いた。俺たちは互いの近況や昔の思い出を語り合いながら、約二時間を過ごした。
携帯電話の番号とメールアドレスも交換し、また俺たちは接点を持とうとしていた。
前とは互いに変わってしまったかもしれない。もう小学生じゃないし、学校も違うし、彼女はもう無口じゃない。俺が共にいてやる必要さえ、ない。
それでも一緒にいようとすることは、会おうとすることは決して悪くないと思った。こうして久し振りに会っても、前と変わらずに接することが出来たのだから。
そう、考えていた。

451:かおるさとー
07/03/18 07:16:40 BqF9h4ac
俺はまた、あいつの部屋にいた。
なぜ、という当然の疑問に頭は答えを出せなかった。明るい蛍光灯の光に照らされた小さな空間内で、俺はただぼんやりと立ち尽くす。
ふと、外が気になった。
ベッドの横の窓は薄茶色のカーテンに覆われている。俺は窓に歩み寄り、カーテンに手をかける。
布一枚に隠された向こう側には何か得体の知れないものが存在しているのではないか、などという子供じみた想像が背筋を舐めるように生まれたが、それでも意を決して開けた。
窓の外には、暗い闇が広がっていた。
夜、という考えに埋没しかけて、慌てて否定する。そんなはずがない。外には明かりどころか、何かあるときに多少なりとも感じる、物体に対する気配さえなかったのだ。
何もない。この世界にあるのはこの部屋だけで、それ以外は何もなかった。黒いマジックで塗り潰されて、部屋以外の存在を否定されたかのような世界。
これは多分、本当に必要なものだけ用意しているからだろう。この世界に必要なのは、この部屋だけなのだ。なぜなら、この部屋は彼女と会える場所だから。
果たして、少女は現れた。
ドアを開けて前回と同じように俺に抱きついてくる。俺は抵抗しない。前と違い、戸惑いも焦りもなかった。彼女に強く触れたいと思った。
俺は少女の名を呼ぶ。
幼なじみはにこりと笑んだ。俺がかつて好きだった笑顔。
いや、今も好きなのは変わらない。でも今のあいつはもう違う。昔のあいつとはもう違う。
なのに、目の前の彼女は変わらない笑顔を見せてくれる。姿は成長した状態なのに、中身だけが昔のままだ。
それはひょっとすると、俺が望んでいた姿なのかもしれない。
少女は俺の顔を至近で見つめる。とても、嬉しそうに。
服を脱がされた。抵抗はしない。好きなようにさせる。シャツがはだけて上半身が現れる。そのままベッドに押し倒され、一気にズボンも下げられた。
まるで躊躇がない。顔は熱っぽく爛々と輝いている。随分積極的だった。さすがにこんな様子の少女は見たことがない。
下着をずらされ、外気に触れた逸物は、既に屹立していた。幼なじみは舌を這わせると、口腔内にあっという間に飲み込んでいく。
凄まじい快感が全身を駆け抜けた。電気椅子で処刑されるような、身動きできない不自由さ。しかし、襲ってくるのは苦痛ではなく、圧倒的な快楽の痺れだ。
この、誰もいない世界の中なら、彼女に何をしてもいいという意識は少なからずある。
一方で彼女に対して申し訳ないという意識もあったが、目が合うとそんな思考は波にさらわれるように流されてしまった。彼女の目が、遠慮はいらないと妖しく告げていた。
性器が口の中に埋まっている。激しい往復が繰り返されるたびに、ざらつく舌と生暖かい体内温度が強く射精を促してくる。
二人っきりの世界の中で、我慢という意識はあまりに薄弱だった。
魅惑的に赤い唇が蛭のように根本に吸い付き、唾液が棒全体を溶かすようにぬめらせる。それはまるで、痛みのない消化液。
苦しくないのだろうか、と心配の目を向けると、彼女は男根から口を離し、俺を真っ直ぐ見つめてきた。
顔を見るだけで心の裡が全てわかったときがあった。
今もそうだった。彼女が無口だった頃のように、考えていること、言いたいことが皮膚感覚だけで、伝わってくる。
言葉を持たなかった頃の人間も、きっとこんな風に意思の疎通を図れたのではないだろうか。言葉がなくても、人は理解しあえるのかもしれない。

452:かおるさとー
07/03/18 07:19:23 BqF9h4ac
彼女がもっとと目でせがむ。もっとしたくて、もっとされたくて、少女は自身の衣服を剥ぎ取っていく。
俺たちは互いに裸身をさらし、抱き合った。
温かい抱擁と優しいキスを贈り合う。こんなに綺麗な体を、俺は今独り占めしている。
手を伸ばす。相手の股間はもう濡れていて、今すぐ突っ込んでも何も問題ないかのようだった。
指を入れると、彼女は身を固くした。俺は大丈夫と囁き、そのまま内襞を撫でるように中に侵入する。
指の腹でゆっくりと擦ってやると、少女の体が震えた。緊張ではなく、快感が襲っているのだろう。顔に陶酔の笑みが浮かんだ。
強めに指を動かすと、彼女の腰が跳ね上がった。首筋にしがみつきながら、体をぶるぶる震わせている。俺はそれを見て遠慮なく刺激を送り込んだ。粘った感触が指にまとわりつき、スムーズに中をなぞれた。
間断なく擦り上げていくうちに、彼女の目は泣きそうなくらいに揺れていった。絶頂はすぐそこまで来ているのかもしれない。俺は慌てて指を抜いた。
彼女は困惑げに俺を見やった。不満顔に、俺は頭を撫でてやる。
俺は彼女の上に被さると、秘所目がけて下半身を突き立てた。彼女は嬌声を上げ、しがみついてくる。
初めて、という思いが頭をかすめた。しかし少女は、快感に打ち震えた喜色の声だけを発している。遠慮はいらないか、と俺も激しく腰を動かした。
先程イキ損ねたせいか、幼なじみの腰遣いは俺よりも凄かった。負けじと全力で動く。締め付けが一気に強まった。
往復を重ねていくと、彼女は半ばイキかけていた。どうやらあまり余裕がないようだ。俺も抑えることなく神経を傾ける。一歩先にある快楽の到達点を目指して、膣口の中をぐちゃぐちゃに掻き回した。
俺は高まった絶頂感に身を委ね、精液を奥へと放出した。子宮の壁にぶつけるように腰を押し付け、熱のこもった液体を丁寧に擦り付けていく。
彼女は荒い呼吸をなんとか落ち着かせようとするが、口が喘いでうまくいかない。絶頂の波が意識を吹き飛ばしているようで、膣だけが絶え間なく蠕動していた。
なんて気持ちがいいのだろう。
ずっとこのままでいたいという思いが体を覆い、安心感の前に力が抜けていく。
少女が力なく微笑んだ。
互いに弛緩しきった体で抱き合うと、俺たちはどちらからともなく安心の口づけを交し合った。


目が覚めたとき、下半身に違和感があった。
冷たい肌触りにはっとなって、トランクスの中を探る。
粘り気のある冷めた液が指先に絡み付いた。
「…………」
夢の中の快楽劇とは打って変わって、俺の気分は一瞬で落ち込んだ。

夏休みに入ってから一週間。
ともすれば堕落しきってしまいそうな休みの日々は、妹の指導によってまあまあ健全な方向へと進んでいた。朝が遅いのはともかく、三食きちんと食べて、夜更かしもしない。家事も出来る限り手伝うし、無駄に遊んで時間を浪費することはなかった。

453:かおるさとー
07/03/18 07:23:16 BqF9h4ac
その日、俺は病院を訪れていた。
母親の見舞いのためである。母親は長いこと入退院を繰り返していて、入院しているときも出来るだけ俺たちは会いに行っている。当の本人は自分たちの時間をもっと持ちなさい、と言うが、母親との時間を過ごすのは俺たちにとって大切なことなのだ。
病室に入ると、母さんはすぐに気付いて手を上げた。優しい笑顔に俺も軽く手を上げる。元気そうだ。
「真希は?」
「今日は連れてきてない」
「あら、なんで?」
「友達付き合いを優先させた」
真希は学校の友達と遊びに行っている。ただでさえ家事全般に追われて多忙な中、少しは友達と遊ぶことも大事だと考え、俺が無理やり行かせたのだ。
「いいお兄ちゃんね、正治」
「あいつの方が偉いよ。休みに入っても世話になりっぱなしだし」
「そういうところがいいって言ってるのよ」
「俺よりあいつを誉めるべきだと思うけど」
「誉め言葉は本人に直接言うものなのよ」
母さんのからかうような顔に俺は苦笑する。
花瓶の水を交換したり、洗濯物を紙袋に入れたりしながら、俺は尋ねた。
「体調どう?」
「まあまあ、かな。悪くはないわよ」
「どっか痛むところとか」
「大丈夫よ、前に比べたらかなりマシになってるんだから」
「マシって……嫌な言い方するな」
つい軽口をたしなめる。母さんはごめん、と素直に謝る。
六年前、母さんは買い物から帰る途中で、トラックに撥ねられた。
重傷で、母親は傷を治すのに一年を費やした。元々体が弱いこともあってか、完治した今でも後遺症に悩まされている。免疫力が低下しており、小さな風邪にも気を付けなければならなくなってしまった。
「とにかく、今は大丈夫なんだな」
「うん」
「それならいい」
母さんは嘘をつくことがないので、その短い返答でも俺は安心した。
「そういえば正治」
「なに」
「昨日ゆかりちゃんがお見舞いに来てくれたわよ」
「!?」
思いがけない話に目を剥いた。
確かにこの間ゆかりに会ったときに、母さんが入院していることは話していた。しかしまさか見舞いに来てるとは。
「高校は前よりも近くて、家から通えるようになったんだって。前は寮生活だったからよかったわねーって母さんつい嬉しくなっちゃった」
「聞いてないぞ。なんであいつが」
「なに言ってんの。昔からよく家に遊びに来てたんだから、ほとんどうちの子供みたいなもんじゃない。娘が母親の心配をするのは当然のことでしょ」
「小野原家ごと否定する気か。……そっか。ゆかりが……」
俺はため息混じりに一人ごちる。ゆかりらしい配慮といえばそうだが、忙しいくせにそこまで気を回さなくていいと思う。
「あいつと話したの?」
「うん。もー美人になっちゃってて! 進学校の制服もかわいいデザインだし、あれはモテるわねー」
「いや、それはどうか知らないけど……」
ちょっと身贔屓が過ぎるんじゃないか。確かに容姿が悪いとは微塵も思わないが、並より少し上くらいではないだろうか。美人というのは終業式の日に会った少女のような者にふさわしい言葉だ。

454:かおるさとー
07/03/18 07:26:46 BqF9h4ac
と、話題がそれた。聞きたいことはそれじゃない。
「あいつさ、変わったよな」
「え? どうして」
「え?」
不思議そうに問われて、逆に困った。
「いや、あいつ昔は喋ったりするのが苦手だったから」
「ああ、そういえばそうね。でもそんなに違うものでもないじゃない。今でもあの子はいい子だし、何も変わってないわよ」
「……そんなものかな」
いまいち納得が行かなくて首を傾げる。真希も同じようなことを言っていたし、変わったと思うのは俺だけなのか。
「ひょっとして、どう接していいのか悩んでいるの?」
母さんに尋ねられて、揺れた思考のまま頷く。
「そんな感じ。いや、別に昔みたいに親しくすればいいんだろうけど、なんか違うような気がして」
「あやふやね。それじゃちょっとアドバイスのしようがないかな」
母さんの口調は軽いが真摯な響きだった。
「でもね、昔とか今とかこだわらずに、相手に接することが大事だと母さんは思うわよ」
俺は黙ってそれを聞く。
「長年仲良くしてても、人間なんだからわからなくなることくらいあるわ。でもきちんと自分なりに相手と向き合うことが大切。人の頭の中は見えないけど、想いはちゃんと伝わるのよ。互いに理解し合おうとすれば」
「……」
まるで古い恋愛講座を聞かされている気分だったが、言わんとすることはわかった。
ようは迷ってもいいから逃げるな、そういうことだろう。向き合わなければ理解どころじゃないから。
少しだけ気が晴れた。俺は母さんに向かってありがとう、と呟く。
「あ、でも一つだけ注意」
そこで改まって指を立てられた。なに、と尋ね返すと、
「やっぱり淫らな行為は出来るだけ控えた方がいいわよ。するにしても避妊はしっかりね。母さんも父さんと付き合い始めた当初は、プラトニックなラブを育んでいたから……」
「…………」
俺は無言で帰り支度を始めた。


病院を辞してしばらく。
適温に保たれている院内とは違い、外は釜茹でされているみたいに暑かった。半袖シャツの内側にじわじわ汗が吹き出てくる。額も髪の間を抜けるかのように、水滴が流れていく。
アイスでも買っていくかと俺は近くのコンビニを探した。値段の安いスーパーかデパートが財布に優しくベストだが、この際どっちでも構わない。とにかく店を─
視線が固まった。
瞳の先に制服姿のゆかりが立っていた。
俺はうまく反応出来なくて、目を眩しそうにしばたく。
「まさくん……帰り?」
声をかけられて慌てて返事をする。
「あ、ああ。……ちょうど見舞いに行ってきたところで、今から帰る」
「ふぅん……一緒に帰ってもいい?」
「いや、どうせ方向同じだし」
それもそうだね、と肩口で揃えた黒髪がささやかに躍る。ヘアピンが控え目に前髪を固め、彩っている。
その姿はついこの間まで知らなかった幼なじみの成長の証で、女性らしい部分がくっきりと丸みを帯びている。夢の中でも彼女には会っていたが、その肢体は色っぽく、艶があった。
といっても、あれは夢の中なわけで。つまりは俺の妄想なわけで。
すまない、ゆかり。夕べ俺はお前に口では言えないいろんなことをした。
「まさくん? おーい……」
「……大体急に変わるからいけないんだよな」
「なにが?」
呟きにいちいち反応するが、無視する。てゆーか聞かないでくれ。
俺たちは並んで歩き出す。ゆかりの目線が昔より下にあった。
こうして仔細に渡って観察してみると、いくつもの発見がある。
背の高さ、歩幅の長さ、表情の豊かさ、言葉の巧みさ、それらは確かに幼なじみのものなのに、一つ一つに知らない何かが混じっていて、全てを掛け合わせると、目の前の成長した幼なじみの姿へと変貌を遂げてしまう。
「制服だけど、今日も学校か」
「うん」
「この道で会ったってことは、母さんの見舞い?」
「うん。ごめんね、連絡もしないで勝手なことしちゃって」
「いや、ありがとな。母さんも喜んでたよ」
「今日はまだ行ってないんだけど、……もうまさくんは行ってきたんだよね」
「昨日行ったんだろ。十分だよ。母さんもはしゃぎすぎるし。……そういえばアイス買おうと思ってたんだけど、ゆかりもいるか?」
「え?」

455:かおるさとー
07/03/18 07:31:15 BqF9h4ac
甲高い蝉の鳴き声に、暑さと汗が入り混じる。
ゆかりは細い裏道を指して、先に店があると言った。知らなかった情報に感心する。
民家の屋根瓦が、灰色のブロック塀が、ひび割れそうなくらいに日を浴びている。電柱は短い影しか落とさず、アスファルトの日除けにさえなってくれない。飛ぶことで涼しい風を浴びようとするかのように、雀が電線の上を通過していった。
本当に暑い。
でも、ゆかりはどこか楽しそうだった。
店に入ってバニラのカップアイスに喜び、店を出て夏の日射しの強さを嘆く。何気ない反応を当たり前のようにして、ゆかりは俺を惑わせる。
楽しげな振る舞いのどこに戸惑っているのか。自分でもよくわからない。
昔と違っても本質は変わらないとわかっているのに、俺は違和を感じている。なぜだろう。今のゆかりも、俺にとってはとても大事に想えるのに。
「……どうしたの、まさくん?」
横から覗き込んでくる小さな顔は、綺麗な笑みをたたえている。
……今のゆかりはこんなにも魅力的なのに。
俺は言葉なく首を振り、力ない笑みを返した。
そのまま変わらず歩いていると、ゆかりが足を止めた。
「ねえ、ちょっと休もっか」
「え?」
疑問の声には答えず、ゆかりは道の先を指差す。歩道脇に小さな公園の入り口が見えた。
先導する彼女の後を追う。公園内は寂れた様子で、どこにも子供の姿はない。チェーンの錆びたブランコが風に吹かれて緩やかに揺れた。日を照り返す砂場の色が微かに眩しい。
俺たちはブランコに座り、溶けそうな熱の中まだ溶けていないアイスを食べる。
「おいしいね」
「ああ。でもすぐに喉が渇くんだろうな」
「じゃあ次はジュースだね」
「帰って麦茶を飲むのがベストだ」
財布を軽くする提案を、やんわりと拒否。まあジュースくらい奢ってやってもいいけど。
ゆかりは小さく苦笑した。それから表情を改めて、
「まさくん」
「ん?」
「私といるの、気まずい?」
「……え?」
急に心臓を掴まれたような、そんな驚きを受けた。

「……なんで」
「ん、なんとなく、かな。まさくん、戸惑っているんじゃないかなって」
「それは、」
俺は言い淀む。
正直戸惑いはつきまとっていた。だが、気まずいなんてことはない。と思う。
「……多分、お前が変わったように感じて、それで違和感があるせいだと思う。でも気まずいなんてことはない。ゆかりはゆかりだし、俺や真希にとって大切な人であることは絶対に変わらない」
ゆかりは少しだけ、嬉しそうに口元を緩めた。
「変わりたくて変わったわけじゃないよ」
愛惜の影が僅かに差したような気がした。
「成績がいいってだけで私立の中学を勧められて、私もみんなの喜ぶ顔が見たくて、でも途中から理由が変わって、」
義母のことだ、と俺は瞬時に理解する。小学六年の時にゆかりの父親が再婚したが、無口なゆかりは義母との接し方に苦慮していた。
全寮制の私立中学に入ることで、ゆかりはそれから逃れようとしたのだろう。さらに三年間、ゆかりはこちらに戻ってこなかった。
「でもそのせいで、私はまさくんからも離れてしまった。まさくんは私にとって、誰よりも大切な人だったのに」
「……」
「まさくんに会いたいと思った。それでようやく帰ってきたけど、通う学校も違うし、どんな顔で会えばいいのかわからなかった。三年間は、ちょっと長すぎたかな」
「……」
「まさくんがいないということがわたしを変えた。積極的に会話するようになったし、友達も多く出来た。でも、まさくんにはその変化がおかしく映るのかな」
ゆかりは寂しそうに笑む。
「ごめんね。昔の小野原ゆかりはどこにもいないみたい。まさくんの隣にいた頃とは、もう同じじゃないから」
「違う」
俺はたまらなくなって、思わず叫んでいた。
ゆかりは驚いたように目をぱちぱちさせた。
「関係ないよ。さっきも言っただろ。昔だろうと今だろうとゆかりはゆかりだ。確かに困惑はあったかもしれない。でもこれからまた隣にいてくれるんだろ。同じかどうかなんてどうでもいいじゃないか」
ゆかりは微笑む。どこか諦めたように。

456:かおるさとー
07/03/18 07:37:22 BqF9h4ac
「隣には……いられない」
「え……?」
自分の口から漏れた声は、ひどく間抜けに聞こえた。
「まさくんは今の私を好きじゃないみたいだから」
錐を突きつけられた思いがした。
絶望的に平坦な声に対して、俺は無理やり答える。
「……好きだよ」
「うそつき」
簡単に断言されて、二の句が告げられなかった。
それでもなんとか言葉を紡ぐ。
「俺と一緒にいたくないのか?」
「そんなことないよ。ただ、昔みたいにお互い好き合っていられないなぁ、って」
「それでもいいだろ。昔みたいにいかなくても、一緒にはいられる」
「私が辛いの」
息が詰まった。
「戻ってきたら前みたいになれるとずっと思ってたから。でもこの間まさくんと会ったとき、それが幻だったことがわかって、それでもまさくんを見つめようとするのは……辛いの」
ゆかりは顔を伏せる。
「三年間待った想いって結局なんだったんだろう、って思えてきて、まさくんの側にいたら悲しくなってくるの。でもそれをまさくんのせいにはしたくないから」
自分自身が情けなかった。俺の態度がゆかりに悲しい思いをさせたかと思うと、許せないくらい悔しかった。
どうすればいい。どこかで壊れてしまった互いの関係を、どうやって直せばいい。
頭が真っ白になって何も考えが浮かばなかった。ただ歯痒く、幼なじみを見つめることしか出来ない。
容赦なく言葉が続いた。
「それにね、私も多分まさくんと同じ。今のまさくんを、前みたいにちゃんと好きかどうか、自信がない。だから、これからはただのお友達でお願いします、『沢野くん』」
決定的だった。
さっきまで仲良くアイスを食べていたのが嘘みたいで、間に出来た溝は底が見えないくらい深くて、
「……そうか」
結局気のきいたことも、逆転の言葉も吐けず、馬鹿みたいにうなだれるだけだった。
ゆかりがブランコから腰を上げた。申し訳なさそうな目で体を屈めると、俺の頬に唇を寄せた。別れのキスは、暑い日差しの中で微かに冷たかった。
そのままゆかりが離れていく。ブランコに座り込んだまま彼女を見つめる。姿が見えなくなっても、俺は立ち上がることすら出来なかった。
やがて茫然自失のまま帰路に着き、のろのろと家に帰った。

自分の部屋でベッドに倒れ込むと、様々な言葉が頭を横切った。
あなた、大事な縁が切れかかってますよ─
ゆかりさん、今でもにぃのこと─
きちんと自分なりに相手と向き合うことが大切─
これからはただのお友達でお願いします、『沢野くん』─
「……」
真希も親父もまだ帰ってきていない。ベッドの上で身じろぎ一つしないでいると、外の音が強く聴覚を刺激した。
蝉の鳴き声が聞こえる。隣家の雑談が聞こえる。車の駆動音が聞こえる。
なんて無駄な感覚だろう。こんなに鮮明に聞こえる耳なのに、彼女の心の声を拾えなかった。
あいつの想いにはずっと前から気付いていた。そこに甘えていたかもしれない。あいつはいつまでも俺を好いていてくれると、呑気に思い込んでいたから。
でも一番の問題は、俺があいつをどう思っているかだろう。
好きなはずだ。好きだと思う。きっと好きだ。胸の内を切り開けば、そんな中途半端な言い回しばかり出てくる。想いに混じる、微かな違和感。
この違和感の正体が掴めず、俺は迷っている。その迷いがあいつに伝わってしまったから、あんなことを言われたのだ。そして、恐らくはもう手遅れなのだろう。
「……」
体が気怠い。
なぜだろう。
泣きたいくらい悲しいのに、泣けない。一人なんだから思う存分涙を流せばいいのに、目にはなんの変化も起こらない。
「……」
もう、本当に何もかもどうでもいいという気がして、俺はベッドに沈み込むように脱力した。

その日の夜は早々とシャワーと食事を済ませ、自室に引き込もった。
不審に思ったのか真希がうるさく話しかけてきたが、俺は適当にあしらってとっとと寝床に入った。

457:かおるさとー
07/03/18 07:40:19 BqF9h4ac
また、俺は彼女を抱いている。
部屋は相変わらず殺風景で、俺たち以外に誰もいない。二人だけの世界の中で、淫靡に肉だけが絡み合う。
体を動かす度にベッドがリズムよく軋んだ。彼女は喘ぎをこらえているのか喉を震わせないようにしている。必死に耐えるその表情は可愛く、愛しかった。
形のいい胸が目の前で揺れている。吸い込まれるように手を伸ばし、白い果実の感触を楽しんだ。先端の方が感じるのだろうが、俺は揉む方に執着する。
肩口で切り揃えた髪が白いシーツの上で乱れる。体を小さく震わせて、唇を強く噛む。意地でも声を出さない彼女に向かって、俺は体当たりをするかのように腰をぶつけた。
声を出さないのは、彼女がそうしたいから。
俺は不満に思わなかった。声を出さなくても、言葉を繕わなくても、互いに顔を見合わせれば、思考も感情もなんとなく伝わるから。小さい頃から、ずっとそうだったから。
揉んでいた胸からようやく手を離し、俺は下半身に集中する。ストロークの長いピストンから短い往復に切り替える。絶頂へ向けて、奥に擦り込むように腰を押し付けた。
彼女は涙目になりながら小さく笑う。
たまらない。
愛しくて、楽しくて、嬉しくて。
気持ちよさの中に深く潜るように、俺は少女の体の中に意識を残らず傾けた。
陰茎が膣の奥で痙攣するように動き、大量の精を放出する。
彼女は必死で俺の体にしがみつき、快楽の圧力を受け止める。
注ぎ込んだ精と傾けた意識があまりに多く、そのまま体の力が抜けていく。でも、少しも辛くなかった。

真っ白に塗り潰されていく感覚の中、俺は彼女の寂しげな顔を見た気がした。


「にぃ! 聞いてるの?」
目の前に妹のアップ顔が現れる。俺は表情一つ変えずにトーストを頬張った。
テーブルを挟んで対面から顔を近付けてきた真希は、俺の反応のなさに拍子抜けしたのか、静静と椅子に腰を下ろした。
「むぅ……昨日からおかしいよ」
「……ああ、わるい」
「何かあったの?」
「ないよ。何も」
口から気力ない返事が出る。
「……」
「……」
朝のダイニングルームが沈黙に包まれた。
一晩過ぎても俺はこんな調子だった。
原因はわかっている。俺は自分自身に腹を立てているのだ。ゆかりを悲しませたということが悔しくて、情けなくて、しかしどうすればよかったのか少しもわからなくて。
こんなにも悲しくなっているのに、俺の心はまだぐずついている。一番大事なことを、まだ確信していない。
ゆかりのことが、好きなのか、嫌いなのか。
嫌いなんてありえないことはわかっている。だが自信を持って好きだとも言えない。
例の、違和感が、
「……」
ミニトマトを口に放り込む。みずみずしい酸味も、気が抜けているせいかどこか空事のように感じる。

458:かおるさとー
07/03/18 07:44:16 BqF9h4ac
「にぃ」
真希の呼び掛けに俺は顔を上げた。
「ごめんね」
「……なにが」
「ゆかりさんと、何かあったんでしょ?」
少し、心拍が速くなったような気がした。
「私には何も出来ない。だって、それはにぃとゆかりさんの問題で、二人の間でしか解決出来ないと思うから。でも……やっぱりちょっと申し訳なくて、だから……ごめん」
「……」
俺は真希をじっと見つめる。
「や……だからね、ちゃんと向き合ってほしいの。悩むのも、ぶつかるのも、二人にしか出来ないから。私は、」
「なんで変わっていくのかな」
真希の言葉が止まる。
「え?」
「昔はあんなに好きだったのに、どうして今、こんなに変わってしまったんだろう」
「……」
「あいつも、昔は俺のことを好いていてくれたんだ。でも、三年ちょっとでこんなに変わるものなのかって思うと、昔の想いってなんなんだろう、って」
「……わからないよ」
「俺もだよ。たかだか十年ちょっとじゃ理解出来ないのかもな」
わかっていたことではあるが、それでも悔しくなる。所詮俺はまだ高校に上がりたてのガキで、人の心を推し量るには積み上げてきたものが少なすぎた。自分のことさえまともにわかってはいないのだから。
「別にいいじゃない、そんなの。わからなくても、相手を好きなら、」
「そう思ってたけどな。ゆかりはそんな変化が許せなかったみたいだ。あいつは三年間俺への想いを積み重ねていてくれたんだ。でも、ゆかりの好きだった奴はこの街にはもういなかった」
時間が、かつての俺を消した。
「ゆかりに言われたんだ。もうお互いに好き合っていられない、って。ただの友達でお願いします、って」
「……」
「俺の方こそごめんな。お前が考えていた以上に、駄目な兄貴で」
「なんで? 相手を好きってだけじゃ駄目なの?」
「もう傷付けたくないんだよ、あいつを」
「……っ」
「だからもう、いいんだ」
俺はそれっきり何も言わず、黙って食事を続けた。
真希ももう何も言うことが出来ず、会話はそこで途切れた。


午後になって、俺は気分転換に出かけることにした。
真希は昨日行けなかった母さんの見舞いに行き、家には誰もいなくなる。俺は鍵をかけ、熱気に満ちた外の世界に足を踏み出す。
天気は昨日と同じく晴れていた。高気圧が馬鹿みたいに頑張っているせいだ。おかげで降雨量が少なく、全国的に水不足らしい。
別に行くあてがあったわけではない。ただ、家にこもっているよりも、外に出た方がマシかもしれないと考えただけだ。
見舞いについていこうかとも思ったが、こんな気分ではまともに見舞えるはずもない。逆に心配されるのがオチだった。
こんなに憂鬱な休みは初めてだ。
幼なじみに久々に会って、決定的な齟齬が生まれて、妹にも心配かけて、さらには妙な夢まで見る始末だ。
「……くそっ」
無気力の中にも小さな苛立ちが混じる。ストレスはたまる一方だ。
「荒れてますねー」
急にのんびりした声がかかり、俺は顔を上げた。
いつの間に現れたのか、一人の少女が目の前に立っていた。
栗色の髪をポニーに結った美しい顔立ちの少女。白のワンピースは薄い生地で、涼しげな印象を与える。大きめの瞳は清流のように澄んでいた。
俺はすぐに思い至る。終業式の日に会った、あの美少女だ。
「また会ったね、お兄さん」
明らかに同年代のはずなのに、年下のようなことを言う。俺は立ちすくみ、少女をぼんやりと眺める。
「もう一度会いたいって思ってたの。まあ会えるとは思ってたけど、縁が繋がっててよかったね」
わけのわからないことを言うのは、前と変わらないようだった。
しかし俺は、この少女に不思議と拒絶を感じなかった。
「悩みがあるみたいだね。私でよければ相談に乗るよ」
名前も知らない相手を、俺はただ見つめていた。

459:かおるさとー
07/03/18 07:49:02 BqF9h4ac
俺たちは近くの公園に入った。昨日も同じことをしたな、と考えて、ため息をつく。俺はなにをやっているんだろう。
奥のベンチに座ると、少女が明るい声で言った。
「私、依子(よりこ)。あなたは?」
「沢野正治。……苗字は?」
「え? あぁ、ごめんね。私ないの」
「……は?」
つい眉間が寄った。ない、とは?
「戸籍上はあるんだけど、それを名乗っちゃいけないの。私は落ちこぼれだから」
相変わらず意味がわからない。
「だから私のことは気軽に依子って呼んで。私もマサハルくんって呼ばせてもらうから……」
「あんた、何者なんだ?」
俺はなんとはなしに訊いた。曖昧な問いであることは自覚していたが、それが一番自然な形だったと思う。
依子と名乗った少女は、にこりと笑った。
「私にはね、人の縁が見えるの」
「……縁?」
初めて会ったときにも、確かその単語を口にしていたような気がする。
「たとえば……マサハルくん、最近大事な人と仲違いしたでしょ」
「え……!?」
まるでそれが当たり前のことであるかのような口調で、依子は言い放った。
「わかる……のか?」
「大体ね。その相手がどういう人なのかまではわからないけど、マサハルくんにとってとても大事な人だっていうことはわかるよ」
「……」
驚愕していた。
懐疑もあった。
だが、嘘をつく必要があるとも思えない。
あるいは洞察が優れているだけなのかもしれない。しかしただの女の子でないことは明らかだった。たとえ虚言や妄想が入っているとしても、侮れないおかしさだ。
「無遠慮でごめんね。マサハルくんはとても辛いのに、何も知らない私が触れていいことじゃなかった。ごめんなさい」
依子は顔を曇らせて頭を下げる。
素直で、とてもいい子だと感じた。
サイコには見えなかった。俺は初対面の時の失礼な感想を恥じる。
「縁が見えるって言ったけど……」
「うん。嘘だと思う?」
「わからない。俺には判断がつかないよ。でも、あんたはそういうのに関係なく、いい人だと思う」
「ありがとう。でも『あんた』じゃなくて依子だよ。ほら言ってみて」
「依子」
「うわっ、こういうときって恥ずかしがったりして言い淀むものじゃないの?」
「悪い。俺そういうのないんだ。ってそれよりも、その縁っていうのはどういうものなんだ?」
依子はうーんと唸った。
「そんなに複雑なものじゃないよ。世の中のいろんなものは見えない糸で繋がっていて、私にはたまたまそれが見えるってだけ」
見えない糸。あの運命の赤い糸とかそういうやつだろうか。
「私とマサハルくんの間にもあるよ。一週間前に出来た糸だけど、私にはずっと見えていた。だから近いうちにまた会うって思ったの」
「……その糸は、誰の間にも出来るのか? 通りすがりの相手とか、もう二度と会うことのない奴でも」
「出来るけど、普通はすぐに切れちゃうの。あなたと私はたまたま相性がよかったからこうして会うことが出来たけど、大抵は一度きり」
長い長い時間をかけて、人は太い繋がりを作っていくんだよ、と依子は楽しそうに言う。そして、それはより近くで、想いを重ね合わさなければならない、とも。
長い時間。
互いの距離。
交しあう想いの数。
俺にもあるのだろう。家族は元より、ゆかりとの間にも。だが今は……。
「今、俺の大切な糸は切れかかっているのか?」
勢い込んで訊くと、依子は顔を伏せた。
「うん……あまりよくない。完全に切れてはいないけど、かなり危ない」
「切れたらどうなる?」
「それまでの関係がなくなる。新しく縁が繋がる可能性もあるけど、長い時間が必要」
「そうか……」
予想通りの答えに自然と嘆息が漏れた。
「大事な人なんでしょ? 早く縁を保たないと駄目だよ」
「どうすればいい?」
「簡単に言えば、その人との仲を取り戻すこと。縁が切れる前にやらないと手遅れになるよ」
また息を吐く。簡単に出来れば苦労はしない。

460:かおるさとー
07/03/18 07:56:34 BqF9h4ac
そのとき、依子が妙なことを呟いた。
「でもおかしいなー。ちゃんと修復出来るように繋いだはずなんだけど」
「……は?」
修復? 何のことだ?
「依子。一体何のことだ」
「いや、最初に会ったときに縁が切れかかってるのが見えたから、ちょっと手を加えてやったの」
「何をしたんだ」
「私には縁が見えるだけで、縁そのものをどうにかすることは出来ない。けど、本人の意識の方向性を縁に向けてやることくらいは出来るの。私固有の力じゃなくて本家の術の一つなんだけどね」
「……それをすると、どうなるんだ?」
「その縁が繋がっている相手に意識が向く。それによって相手との繋がりを保とうとするの。誰にでも出来るわけじゃなくて、本当に心の底から大事に想っている相手じゃないと無理だけど」
よく、わからない。
具体性に欠けるので、実感が湧かなかった。彼女が俺に何かをしたということは理解したが─。
「あの、もう少し具体的に教えてくれないか」
依子は得意気に語った。
「たとえばものすごく相手のことが気になったり、無意識の内に相手のいる方向に足が向いたり、相手のいいところを再確認したり、相手のことを夢に見たり」
ちょっと待て。今なんつった。
「とにかくそんな感じ。縁を強くするためには当事者同士の想いが重要だから、そのために、」
「あれお前の仕業か────っっ!!!!」 俺の大音量の叫びに、依子は体をのけ反らせた。
目を白黒させながら、依子が顔をしかめる。
「どうしたの? 急に大声だして。周りに人がいないからって迷惑、」
「ここ最近やたら妙な夢を見ると思ったら、お前のせいだったんだな!」
少女はきょとんとする。それからにっこり笑って、
「あ、よかった。効果あったんだね」
「逆効果だ! あれのせいで最近憂鬱だったんだぞ!」
「そんなはずないよ。夢に見るのは基本的に相手のいいところばかりだから、楽しい内容のはずだよ?」
「あ、あのなぁ」
ある意味いい面ばかり見えたし、楽しいと言えるのかもしれないが、しかしあれはさすがに、
「……見えすぎても困ることだってあるんだよ」
「?」
「と、とにかく、元に戻してくれ」
不審そうな顔を向けられたが、俺は無視する。いくらなんでも理由は言えなかった。
依子は首を傾げたが、素直に頷く。
「うん、いいけど……でもその夢は、マサハルくんにとって重要な意味を持っているかもしれないよ」
「は?」
「夢の中で見るのは相手のいいところ。でも現実ではよく見落としがち。それがわからなくて相手を見失ったりすることもある。夢の中だからこそわかることもあるってこと。よく思い返してみたら?」
思わぬ発見があるかもよ、と言われて、俺は夢を思い返してみた。
あの部屋には温かみがなかった。あれがいい面だとはとても思えない。
いや、当事者はどうだろう。ゆかりは不満どころか、逆に嬉しそうだった。なぜ嬉しそうだったのか。
……自惚れでなければ俺か。俺といることが彼女を嬉しくさせていた。そして俺も嬉しかった。あの夢の中で俺たちは互いを理解し合い、心を重ね合っていた。
考えてみればおかしな話だ。夢の中でゆかりは言葉を一切発していない。なのになぜ、俺は彼女の言いたいことがわかったのだろう。
いや、違う。昔は簡単にゆかりの言いたいこと、考えていることがわかったのだ。それを夢の中でもやっていたに過ぎない。決して夢の中だけの話ではないはずだ。
俺はゆかりと肌を合わせた。そのとき俺は、あいつの何を見ていた? 考えを読み、理解し、重ねるときに何を、

……『目』だ。

その瞬間、俺は全てのピースがかちりと嵌った気がした。
俺はずっと、相手の顔を見て内側を理解するものだと考えていた。
だが、違うのだ。顔全体を見るのではない。少なくとも、あいつに対してはそうじゃない。ゆかりは俺に対して、いつも目で語りかけてきた。
思い出す。俺はかつて、必ずあいつの目を見ていた。目の奥に見え隠れする思考を、感情を、鋭敏に読み取っていた。それは俺にとって、呼吸するより簡単なことだったのだ。
ずっと忘れていた。三年間離れていたせいで、完全に感覚を失っていたのだ。だから俺はゆかりを─

461:かおるさとー
07/03/18 08:03:06 BqF9h4ac
「……」
携帯をポケットから取り出す。時刻は午後三時を回ったところだ。
「依子。まだ、俺の縁は切れていないんだよな」
「うん。……行くの?」
俺は頷いた。はっきり頷いた。
「なら急いだ方がいいよ。縁はいつ切れるかわからないから」
「ああ、ありがとな」
「あ、それと言い忘れてたけど、マサハルくんが見た夢、相手も見てたかもしれないよ」
「……は?」
「夢はね、共有することが出来るの。縁を伝って同じ夢を見ることもあるんだ」「……はあ!?」
なに言ってるんだコイツ。
「もし夢に自分が本来知るはずのない情報や事柄が出てきた場合、まず間違いないね。でもね、夢が繋がっているってことは、互いの想いが強いということの証明みたいなものだから、それは……ってどうしたの?」
「…………」
落ち込んでるんだよ畜生。
夢の中とはいえ、何度もあいつを抱いたわけで、それが向こうにも伝わっていたとすると、もう自殺ものの恥ずかしさなわけで。
よろよろとベンチから腰を上げると、俺は出口へと向かう。
と、そこで振り返る。まだ訊くことがあった。
「……なんで俺に手を貸したんだ?」
依子は笑う。
「人助けに理由なんかないよー。ちょっとお節介焼いただけだって」
「……ありがとう」
本当に心から礼を言う。そのお節介のおかげで、大切なものを失わずに済むかもしれない。
「早く行った方がいいよ」
「今度会ったら、きちんとお礼するから」
「楽しみにしてるよ。『縁があったら』またね」
俺は小さく笑みを返し、そのまま急いで駆け出した。
取り戻そう。大切な人との縁を。


真夏の日射が容赦なく俺の体を熱する。
俺は走る。急いで縁を取り戻しに。
ゆかりに対して抱いていた違和感は、もう完全に消えていた。
あれはゆかりが変わってしまったために感じたわけじゃない。そもそもゆかりは昔と比べてそんなに変わったのだろうか。
違うような気がする。本質的なものは何も変わってないと思う。
変わったのは俺の方だった。俺がゆかりの心情を理解出来なくなっていたために、彼女の方が変わってしまったのだと勝手に勘違いしてしまったのだ。
それが、違和感の正体。
伝えなければならない。今度こそ俺の想いを。
理解しなければならない。今のあいつの心を。
運動不足のせいか、脇腹が凄まじく痛い。きりきりと万力で内臓を潰されているみたいだ。熱もひどい。日射しがストーブのように強烈な熱を送り込んでくる。
それでも足を止める気はさらさらない。日射病も熱射病も、今はどうでもよかった。
早く会わなければならなかった。
俺はひたすらに走る。


ゆかりの家の前に着くと、俺はがっくりと膝をつきそうになった。
が、なんとか力を入れてこらえる。へばっている場合じゃない。
深呼吸を何度も繰り返し、少しずつ息を整える。額の汗を腕で拭い、心拍数が減るのをひたすら待った。
心臓の音が耳に響かなくなる。ようやく、体を元に戻し、
「あ……」
か細い声が聞こえたのはそのときだった。
駅方向の道の先に、制服姿のゆかりが立ち尽くしていた。俺の顔を見て、呆けたように固まっている。
「ゆかり……よかった。会えた」
泣きたいくらいに安心した。本当に、もう会えないかもしれないという不安があったのだ。

462:かおるさとー
07/03/18 08:11:44 BqF9h4ac
だが、駆け寄ろうとする俺に、ゆかりは顔を背ける。反射的に足を止めた。
「来ないで」
「ゆかり」
「昨日の今日だよ。会いたくなかった」
ゆかりは目を伏せる。これでは彼女の内面が読み取れない。
俺は止めた足を再び前に踏み出す。
「今日会わなきゃ駄目だと思ったんだ。そうじゃないと、手遅れになると思ったから」
すぐ目の前まで近寄る。
「ゆかり」
「……」
ゆかりは目を合わせてくれない。
「今ならはっきり言える。もう一度、言うよ」
黒髪が頑なにうつ向いた顔を隠している。
それでも、俺は言う。
「好きだ、ゆかり」
「……うそ、つき」
「うそかどうか、目を見ろよ!」
俺はゆかりの両肩を掴み、顔を上げさせた。
ゆかりの辛そうな目がこちらの顔を捉える。俺は怯まない。その目の奥を、心を理解するために、じっと見つめる。
瞬間、俺は力が抜けそうなくらい安堵した。
「よかった……」
「え?」
小さく声を上げるゆかり。
「ゆかりが俺のことを嫌ってないってわかって、すげえほっとしてる」
「な、なにを」
「目の奥は嘘をつけないな」
ゆかりの表情が固まった。
「昔は簡単にお前の考えが読めたんだ。でも久々に会って全然わからなかった。昨日までの俺じゃゆかりのことを理解出来なかった。けど、今ならわかる。はっきりと、わかる」
「……」
あれほど悩んでいた違和感は、今はどこにもない。あるのは幼なじみに対する強い想いだけだ。
ゆかりはしばらく俺の顔を見つめていた。
俺は目を反らさない。反らすはずがない。
ゆかりはほう、と小さく吐息した。そして、
「懐かしい」
そう言った。
「懐かしい目」
微笑むその顔は小さい頃と変わらない。
俺たちは見つめ合う。
「ごめんな、寂しい思いさせて」
「ごめんね、ひどいこと言っちゃって」
互いに謝って、俺たちはくすくす笑い合った。
そこで突然音がした。
振り向くと、ゆかりの家のドアが開いて、線の細い女性が出てきた。
一瞬戸惑ったが、すぐに義母と気付く。前に見掛けたことくらいはあったかもしれないが、顔は覚えていなかった。
「戻ってたのね。あら、そちらの子は?」
義母が首を傾げる。
「幼なじみなの。久々に会ったから」
「こんにちは。沢野と言います」
とりあえず無難に挨拶をする。
義母は珍しげに俺を見やり、それから柔和な笑みを浮かべた。
「そう。優しそうな方ね。仲良くしてやってね」
「あ、はい」
反射的に頭を下げる。
義母というだけでなんとなくいい印象を持っていなかったのだが、それはどうやら勝手な思い込みだったようだ。こうして振る舞いを見る限りでは、人のよさそうな感じだ。

463:かおるさとー
07/03/18 08:14:53 BqF9h4ac
義母は小さなハンドバッグを提げ、玄関から出てきた。
「私、今から買い物に行ってくるから、留守番お願いできるかしら?」
ゆかりは頷き、笑みを返した。
「うん。遅くなる?」
「少しね。七時には帰ってくるから」
「わかった。行ってらっしゃい、お母さん」
義母はなぜか驚いたように目を見開いた。しかしすぐに微笑んで、
「ええ、行ってくるわね、ゆかり」
今度はゆかりの表情が揺れたが、すぐにそれは消える。
離れていく後ろ姿を見送るゆかりは、どこか穏やかで嬉しげだった。
「仲良くやってるんだな」
「うん。でも初めてだった。お母さんって言ったの」
「……そうなのか?」
「やっぱり恥ずかしかったから……呼び捨てにされたのも初めて。ずっとちゃん付けで呼ばれてたのに」
顔がほんのり赤い。ささやかながら、それはとても大きなことだったのだろう。
よく真希にしてやるように、俺はゆかりの頭を撫でた。
「……ねえ」
「ん?」
「暑いから、早く入ろうよ」
「……ん?」
急に手を引かれて、俺はつんのめる。さっきまで全力で走っていたので、足が疲労で震えた。
「休んでいって」
「あ、でも家は近くだし─」
「……」
目に少し不満の色が見えた。慌てて口をつぐみ、俺は頷く。
表情が和らいだ。
まずい。なんだかペースを握られているような気がする。留守番を頼まれたということは、今家には誰もいないんじゃないか。
「……」
どこか昔に戻った気がする。無口で人見知りするくせに俺にだけはなついていたゆかり。でもそうやってそばにいることが俺は内心嬉しくて、ゆかりの頼みごとにはずっと弱かったと思う。
文句とともに言うことを聞いてやると、とても嬉しそうに笑ったから。
その笑顔に、俺の心はとっくの昔にとらわれていて、薄らいでいた想いも目の前に現れた顔があっという間に元に戻してくれて、
たぶんこれからも、この幼なじみには勝てないだろうと思う。
そんな自分を情けないとは思わない。負けても仕方がないことというのは、確かにあるのだ。
ゆかりは俺の手を引いてそのまま家の中に入ろうとする。
俺は疲労一杯の足を引きずり、ゆかりの後に続いた。

464:かおるさとー
07/03/18 08:19:52 BqF9h4ac
「……」
二階にあるゆかりの部屋で、俺は呆然となっていた。
無機質な机、簡素なベッド、何も目を引くものがない寂しい部屋。
夢の中で見たままの部屋が、現実にここにある。
依子の言を思い出す。本当にゆかりと同じ夢を見ていたのだろうか。まるで獣のように、互いをむさぼった淫夢。
ヤバい。気が変になりそうだ。頭もそうだが、下半身が。ケダモノか俺は。
「……」
ゆかりはさっきからずっと沈黙している。
時折こちらにちらちら視線を送ってくる様子は、本当に昔のゆかりみたいだ。
ひょっとして、家の外と部屋の中では態度を切り替えているのだろうか。もう五分以上口を開いてないぞ。
でも、それに対する接し方を俺は知っている。
「……」
沈黙を続けるゆかりに、俺はとりあえず話しかけた。
「やっぱり、喋るのきついのか?」
「……」
ゆかりは答えない。
その代わりに軽く首を振った。
「じゃあなんで今は喋らないんだ?」
「……」
じっと見つめてくる。
何を言いたいかはすぐにわかった。目を読めということだろう。
俺はベッドの縁に腰かけているゆかりに近付く。
いきなりゆかりが隣をポンポンと叩いた。横に座ってほしいのだろうか。
黙って隣に座る。キャラが違うとは思わない。これが彼女の素だ。俺だけに見せる素の姿。
改めて目を合わせる。黒曜石のように綺麗に澄み切った瞳は、雄弁に思いを語る。
…………。
いや、あの、ゆかりさん?
読み間違えたかな、と俺はもう一度試みる。
……………………。
変わらなかった。
ゆかりの顔に赤みが差した。
「お前、本気か?」
「……」
「いや、それ以前に質問に答えてないぞ」
「……」
嫌いじゃない、のか?
じゃあなんで今は無口なんだ?
「……」
俺専用のコミュニケーション手段ってなんだよ。
「俺ばかり労力使ってる気がするけど」
「……」
……別にいやじゃないけど、むしろ特別扱いしてくれて嬉しいけど。どんだけ弱いんだ俺。
「俺がお前を好きだってことは確信してるし、お前も俺に応えてくれたからそれはいいけど、再会して一週間ちょっとだぞ? いきなりそれは、」
「……」
「嫌なわけない。でもお前、初めてだろ?」
軽く睨まれた。
「俺? ……初めてだよ。悪いか」
夢の中ではガンガンにやったが、と内心で密かに呟く。
「……そりゃしたいよ。俺も男だからな。でも」
俺が躊躇した声を出すと、ゆかりは視線を外した。

465:かおるさとー
07/03/18 08:23:24 BqF9h4ac
そのまますっくと立ち上がり、おもむろに制服のボタンに手をかける。
「ちょ、ちょっと待─」
慌てた声は少しも届かず、幼なじみは上の服を問答無用に脱ぎ捨てた。白い下着が清楚に見えるのは、男の妄想のせいか。
そしてゆかりは俺を見据えると、思い切りダイブしてきた。
支えられずに簡単に押し倒される。
「ゆ、ゆかり」
間近に顔が迫る。
その距離では抵抗する間もなくて。
あっさり唇を奪われた。
「─」
「……」
柔らかい感触はとても現実とは思えなかった。
ほんの数秒が果てしなく長かった。離れていく赤い唇を、俺は呆けたように見つめる。
「……」
ゆかりの目がからかうように光った。おとなしく押し倒されなさい、と降伏を勧告してくる。
「……わかったよ」
俺は諦め顔で呟く。ゆかりの顔が花火のように輝いた。
まるっきり夢の中と同じだな、と俺は溜め息をついた。
好きな女の子の誘いをいつまでも突っぱねるわけにはいかない。というか、正直かっこつけてただけで、頭の中は欲望一杯だったりする。
「ただし」俺は言った。「主導権は譲らない」
言うが早いか俺は体を反転させて、ゆかりの上にのしかかった。
「─!」
ゆかりは突然の事態に動転した表情だったが、俺は無視して唇をむさぼった。
「─、─!」
ゆかりが暴れそうになるのを無理やり抑えつける。俺はただひたすらに口を封じ続けた。
ゆかりの体から力が抜けていく。
俺はここぞとばかりに舌を出し、入り口をノックした。
微かな緊張が走ったようだが、ゆかりはすぐに受け入れてくれた。口の中に侵入すると、硬い歯と柔らかい肉の相反する感触が入り混じるように舌に伝わり、快感がぞくぞくと全身を駆け抜けた。
舌は体の中でも特に敏感な部位なのだという。無数の神経が通り、器用に動かせる味覚を司る大事な器官。
そんな器官を俺たちは今ぶつけ合っている。絡み、這いずり、舐め回し、これでもか、これでもかと神経を刺激し合っている。
本来の役割から離れた行為なのかもしれないが、圧倒的な興奮の前には些細なことだった。
ゆっくりと口唇を離すと、唾液が微かに糸を引いた。荒い呼吸をそれぞれ重ね、脳に酸素を送り込む。倒錯しそうなほどの高ぶりに、頭がくらくらした。
俺は酒も煙草もしたことがないが、それらがこの刺激を超えるとは到底思えない。至近で交わす情熱的な視線も、触れる肌の温もりも、いくらでも俺を酔わせてくれそうだった。
視線をやや下げる。首のすぐ下、対になった丸い膨らみを、穴が空くくらいに注視した。
すぐに我慢が出来なくなり、俺は二つの白い果実に手を伸ばした。下着をずらし、現れた頂に唾を飲み込む。ゆかりが恥ずかしさに顔を背けた。
夢の中でも見ていたが、やはり現実は全然違う。視覚だけでこんなにも『くる』ものなのか。頭がくるくる狂いそうだ。
正面から恐る恐る掴む。乳房に指が沈み、ゆかりの顔が一気に紅潮した。果物が熟れるかのようで、俺はその可愛さに酩酊した。ああもう、今日は収穫祭だ。根こそぎ奪ってやる。
ゆっくりと揉み込む。優しくしないと、という意識が頭の片隅にあったような気がするが、抑えが利かない。リズミカルに胸を揉みしだき、その柔らかさに感動する。
ゆかりが首を左右に動かした。歯を食い縛ってどこか苦しげだったので、俺は正気を取り戻し、訊いた。
「い、痛かったか?」
「……」
首を振られた。
目の奥で妖しい光がうごめく。
好きにしていい。
いくらでもむさぼっていい。
だから─もっと求めて。
「……俺にはもったいないくらいだよ、お前は」

466:かおるさとー
07/03/18 08:27:29 BqF9h4ac
ゆかりがおかしげに笑う。その様子もまた可愛い。
胸弄り再開。先端をついばむとゆかりの体が小さく震えた。俺は赤子のように吸い付き、その震えをもっと引き出そうとする。
ゆかりは声を上げない。
俺が下手なのかと思ったが、そうでもないらしい。いや、下手かもしれないが、それでもゆかりは両目を潰れるほどに強く閉じ、何かに耐えている。
それなりに感じてはいるらしい。それが苦痛か快感かまではわからないが、刺激はあるようだ。
しかし、声は出さない。
俺は乳首を軽く噛んでみた。
ゆかりは肩をびくりとすくめた。
いい反応だ。よすぎる。
「お前さ、感度よすぎない?」
「……」
答えない。
ちょっと意地悪をしてみる。
「自分で弄ってるな、さては」
「……」
「だんまりですか。でも、」俺はゆかりのスカートの中に右手を突っ込んだ。「確かめればすぐにわかるぞ」
「─!」
顔色が変わる。スカートの下で指を太股に這わせると、目が小さく揺れた。
「気持ちいいなら声出してもいいのに」
太股からお尻の方を撫でる。肉つきのいい、胸とは違った柔らかさがたまらなく心地いい。
「─」
ゆかりは頭を懸命に振っている。快感か、羞恥か、それともそれ以外の何かか、とにかく脳は揺れまくっているようだ。
俺は下着の中に手を突っ込む。
秘唇はすぐに見つかった。探り当てた割れ目をなぞると、粘りつく水の音がした。
「──!」
ゆかりの体が勢いよくのけ反った。陸地で跳ねる魚のように、体が暴れそうになる。俺は体を抱き寄せてそれを抑えてやる。
指を動かす。
熱い。
夏の暑さに負けないくらいの熱が、下の口にこもっている。くちゅくちゅといやらしい音が響くそこは、心の温度にやられてしまったかのようだ。
人差し指を中に侵入させる。
「へえ……こんな感じなんだ」
ゆかりの耳元でわざと声に出して言うと、ゆかりは泣きそうな顔で睨んできた。逆効果だよそんな顔は。
指はすんなり中に入った。やはり普段から弄られているのだろう。指を曲げて壁を擦ると、また体が震えた。
「ったく、ホントエロいなお前は」
「……」
弱々しい表情で見つめてくる。俺はにやりと笑み、小さな口に軽くキスをした。
「いいんだよ、エロくて。それが素のお前ならいくらでも愛してやるから」
「……」
ゆかりは目を瞑ると、首に両手を回してきた。身を寄せられて、張りのある胸が俺の胸に強く当たる。
「続き、するぞ」
「……」
頷く顎を持ち上げ、再び深い接吻を送り込む。
右手の指は依然秘所をとらえたままで、少しずつ奥を圧迫する。熱い襞々はまるでただれているみたいだ。
意地でも声を出さないつもりか、震えは痙攣といってもいいレベルに達していた。悩ましげな体のくねりが俺の嗜虐心をかきたてる。
秘部はもはや洪水で、下着も多量の水分を吸っていた。一旦指を抜き、下着を脱がす。ついでにスカートとずらされたブラジャーも、体から剥いでやった。
俺は体を離し、服を脱ぎ始める。相手を裸に剥いておいて、こちらが着衣というのもフェアじゃないだろう。
汗にまみれたシャツもジーンズも脱ぎ去り、俺は部屋の空気に裸身を晒した。

467:かおるさとー
07/03/18 08:30:07 BqF9h4ac
「……」
ゆかりの目が俺の下半身を凝視している。潤んだ瞳の奥には妙な好奇心が映っていた。
「……」
「……そんなに見つめるなよ。恥ずかしくなる」
「……」
「触りたいのか?」
「……」
「怒るなよ。今から入れるからさ」
既に下半身はそそり立ち、しっかりとした硬度を保っている。
「どうする? もう入れるか、まだ前戯するか」
ゆかりは行動で返事をした。
「……うわ」
物憂げな瞳がはっきりと俺の肉棒を捉え、右手で優しく握り込んでくる。
すべすべの手の平がたどたどしく上下に動く。ゆかりに触られているというだけで興奮ものだが、目に映る光景と、直に伝わる感触の両方が重なり、今すぐ果ててしまいそうになる。
「お……もっ、ゆっく、り」
腹から骨盤辺りに力を入れ、こらえる。ここで出したら本番が、
そんな我慢思考を、生温かい感触がぶった切った。
ゆかりの小さな口が、亀頭を包み込んだのだ。
「っ!!」
刺激が強すぎた。
限界を一足飛びで越え、俺は欲望の体液をゆかりの口の中に放出した。
「!」
さすがに不意打ち過ぎたか、ゆかりは口を閉じたまま激しく咳き込んだ。
だが、口内に出された異物をゆかりは吐き出さない。
「お、おい」
涙目になりながら必死でこらえると、ゆかりは精液を少しずつ、咀嚼するように嚥下した。
「……」
「だ、大丈夫か」
慌てて声をかけると、ゆかりは潤んだ目で微笑む。
その笑みは本当に可愛かった。涙で濡れた顔自体は崩れてひどかったが、こんな無茶をしても心配させないように笑みを向けてくるその様子が、あまりに健気で。
瞳の奥で、ゆかりが声なき声を囁く。
まさくん、愛してるよ……。
俺は駆け出したいくらいの愛しさに襲われた。衝動的に抱き締め、頬に、額に、口にキスを送る。唇の端に精液の残りがついていたが、まったく気にならなかった。
「ゆかり、俺も愛してる。誰にも渡したくない」
「……」
ゆかりの頭がこくんと頷かれた。

468:かおるさとー
07/03/18 08:34:08 BqF9h4ac
ベッドの上で、俺はゆかりを見下ろす。
「じゃあ、行くぞ」
「……」
確認を取ると、俺は逸物を秘裂にあてがった。
緊張で手が震えたが、早く中に入れたいという思いが俺を動かす。
ゴムは、着けていない。
でももう、抑えられない。
腰をゆっくりと沈め、逸物を挿入する。
ゆかりの顔が大きく歪んだ。
俺は動きを止める。そうだ。夢の中では何度も体を重ねていたが、現実の彼女は初めてなのだ。決して乱暴に扱ってはいけない。
ゆっくり、ゆっくりと自分に言い聞かせながら、俺はかたつむりのように奥へと進む。襞々が強烈に締め上げて、中への侵入を阻んだ。
それでも徐々に最奥部へと迫っていく。童貞と処女を同時になくすために、二つの性器が荒い摩擦を起こす。
そして長い時間をかけて、肉茎が一番奥に到達した。
「──!!!!」
破瓜の痛みにゆかりの体が固まる。全身に力を入れ、懸命に痛みに耐えようとしている。
叫び声を上げるのかと一瞬思ったが、ゆかりは声を漏らさない。奥歯を噛み締めて、絶叫すら耐えている。
叫んだ方がまだいくらかマシだろう。だがゆかりはそれをしない。
なぜそこまで頑なに声を出すことを拒むのか。
俺にはわかる気がした。たぶん本当の自分を、俺に愛してほしいのだ。無口、というのが彼女の本来の姿だから。
俺はゆかりの髪を軽く撫でてやった。
「無口もいいけど……喋っているときのお前も、お前であることには変わりないんだからさ、もうちょっと自然でいいんじゃないか?」
ゆかりは答えない。
俺は上体を前に倒した。ゆかりを包み込むように抱き締め、耳元で囁く。
「動くぞ」
「……」
首の動きで許可をもらうと、慎重に腰を動かし始めた。
緩やかな抽挿。じれったいくらいに緩慢な腰遣い。
だが、十分だった。狭い膣の中はお湯のように熱く、僅かに身じろぐだけで苦痛にも近い快感が生じる。
ゆかりは乱れた呼吸とともに胸を上下させている。形のいい双丘が俺の体に押し潰されて、弾力を返してくれる。たまらない感触だ。
しばらくのろのろとしたペースで往復を続けていると、ゆかりの腕に妙な力がこもり始めた。
俺の背中を強くかき抱くのだが、その力の入り具合に無理がない。痛みをこらえるときとは明らかに違う、どこかこちらの動きに合わせるような反応。
「ひょっとして……感じてるのか?」
ゆかりの顔が真っ赤になった。恥ずかしそうだが、苦痛の色はない。
自慰の経験も結構あるようだし、普通より感度はいいのかもしれない。ならば、遠慮はいらない。
俺はペースを一気に速めた。さっきまでの気遣いを隅に追いやり、空洞の中を力一杯に往復する。
ゆかりの顔に快楽の笑みが浮かんだ。
初めてだから、決して俺の腰遣いは巧くないと思う。ただ押して引いてを繰り返すだけの、雑で拙い動きだ。
なのにゆかりは、ゆかりの体は歓喜に震えていた。開きっぱなしの口元からは涎が溢れているし、締め付ける膣は愛液でとろとろだった。

469:かおるさとー
07/03/18 08:38:40 BqF9h4ac
更に一段階ギアを上げる。
腰と腰のぶつかり合う音がはっきりと響き渡る。中で擦れながら愛液と先走り液が混ざり、いやらしい水音を立てる。二人分の体重の激しい運動にベッドがぎしぎしと軋む。
抱き締める力を強めた。そのまま互いに飲み込むようなキスを交す。深く深く繋がろうと体を密着させ、口の中で舌を縦横にかき回した。それはまるで、上下同時にセックスを行っているみたいだ。
たまらない。
止まらない。
一度出しているにもかかわらず、勃起が収まる様子はまるでなくて、むしろ行為の気持ちよさに硬度も感度も上がりっぱなしで、いつまでも続けていたいと高まる意識の中で思った。
しかし、臨界点はすぐそこまで来ていた。
「ぬ、抜くぞ……」
「……!」
ゆかりの目が訴えかけてきた。
このまま、来て。
俺はひどく驚き、それはいくらなんでも、と少ない理性で返そうとして、逆に返された。生でヤっていて何を今更、と。
正常な判断を下せる理性は欲望に削り捨てられていて、それもそうか、なんて俺は流されてしまう。
許可が出た以上、もう歯止めをかけるものは何もない。俺はぐちゃぐちゃの膣の一番奥へ向けて、猛然と腰を奮った。
ゆかりが失神しそうなほどに身震いする中、限界をあっさり越えた逸物は、子宮に向かって大量の白濁液を吐き出した。
「うくっ」
「─っ!」
同時に迎えた絶頂を、俺たちは下半身で盛大に感じ合う。
男根は無数の子種を容赦なく処女の子宮に送り込み、膣肉は蠕動しながら欲望の汁を無限に飲み込もうとする。
圧倒的な快感に体が震え、頭が真っ白になる。このまま快楽の波に流されながら眠りたいと思った。
ゆかりがぎゅっと目を瞑り、行為の余韻に浸っている。
俺はその様子を愛しく感じ、優しく抱き締めてやった。
ゆかりは疲れの見える顔をぎこちなく動かし、とても幸福そうに笑った。


「気持ちよかったね」
リビングでゆかりは嬉しそうに呟いた。
「なんで今は普通に喋ってるんだよ」
「無口はあの部屋限定。それ以外は今の私」
「あの部屋に何かあるのか?」
ゆかりは麦茶をグラスに注ぎながら、懐かしげに言った。
「……あの部屋が、一番思い入れあるの」
「え?」
「小さい頃、まさくんと一番一緒に過ごしたところだもの。だからあそこの中だけは特別」
俺は眉を寄せる。
「……でも、昔とは全然違う部屋だぞ」
「それでも私には重要だった。ここでの思い出はかけがえのないものだし、ずっと私を支えてくれたから」「……」
麦茶の入ったグラスを俺と自分の前にそれぞれ置くと、ゆかりは明るい口調で言う。
「でもね、別に昔ばかり大切にするわけじゃないんだよ。今も昔も同じくらい大切で、だからこそあの部屋は特別で、」
わかる気がする。ものごとを捉えるときは、一つの価値観に縛られてはいけないのだろう。どっちか選ぶじゃなくて、どっちも選んでいいはずなのだ。そうしないと、俺たちの目はどんどん狭くなって、仲違いや衝突を起こしてしまう。
昨日までの俺たちは正にそんな状態だった。
だが、
「難しい話はなしだ」
ゆかりがきょとんとする。
「今、ちゃんと目の前に大切な人がいて、幸せなんだからそれでいいだろ?」
「……そうだね。うん、それで十分」
俺たちは所詮高校生なのだ。世の中の真理なんてわからないし、わかる必要もない。
俺にとって大事なのは、ゆかりとまた同じ時間を過ごせるという、本当にささやかなことだった。
「ねえ」
ゆかりの声に顔を上げる。
「ん?」
「次はいつエッチしよっか」
思わず飲んでいた麦茶を噴き出した。
困惑する俺の顔を見つめながら、幼なじみは楽しそうに微笑んだ。

470:かおるさとー
07/03/18 08:57:42 BqF9h4ac
以上で終了です。携帯からなので読みにくいかもしれません。
一応無口っ娘のつもりなんですけど、変化球過ぎですか?
とりあえず限定条件空間内無口っ娘とでもしときます。……長いか。

471:名無しさん@ピンキー
07/03/18 09:49:19 3Y42TroQ
>>470
乙。とてもよかったです。
縁か…。俺にはどんな縁があるのかな…。
もうすぐ、押入れのぬいぐるみが部屋に飾られるんでしょうな。

それと、読みにくさは全く感じなかったです。

依子さんの話もみたいな。

472:名無しさん@ピンキー
07/03/18 11:30:05 VtTlHxhr
>>470
変化球やよし。
無口娘というと主人公と一緒のときだけは話すというパターンが多いですが
その逆はちょっと思いつきませんでした。やられたって感じです。

473:名無しさん@ピンキー
07/03/18 12:55:04 sqyJhCVu
>>470
乙でしたー。
本当に携帯から? と疑ってしまう程読み応え十分でしたよ。
先回の青川さんの時もそうでしたが、実に良い文章のリズムをお持ちだと思います。
これは次回作にも期待せざるを得まい。つーか是非ともまたお願いします。

474:名無しさん@ピンキー
07/03/18 21:39:34 oEVpUQKg
>>470 乙です
本当に最高でした

475:名無しさん@ピンキー
07/03/18 22:27:47 IF0dOhtV
なんという・・・ワッフル!ワッフル!

476:名無しさん@ピンキー
07/03/19 01:57:13 /lwH/f+6
作家としてデビューできそうだな

477:名無しさん@ピンキー
07/03/19 02:55:23 kyw2o5ei
>>470GJ
『縁』があればまた書いてください

478:名無しさん@ピンキー
07/03/19 02:55:41 BpKrZ4zj
淀みなく読める文章力、豊富なHシーン、くっつくまでの過程の描写、
細かく丁寧で面白かったです。

479:名無しさん@ピンキー
07/03/19 03:21:47 gdw/uvd9
GJ

480:名無しさん@ピンキー
07/03/19 09:41:39 K72ujYww
かおるさとーさんといい、泉水さんの職人さんといい、このスレッド、やたらレベル高いっスね。
エロくてあったかい、体のつながりだけじゃなく心のつながりを見た(読んだ)気がしたっス。


481:かおるさとー
07/03/19 22:50:08 6/MBpa1q
沢山のレスありがとうございます。前回よりもエロシーン頑張ったつもりです。

>>471
依子の話はまたそのうち。無口キャラじゃないので別のスレになるかもしれませんが……。

次はどうしようかな。
前に出ていたアイディアをうまく書けたらいいですね。うーん、どれも難しいなぁ。

482:名無しさん@ピンキー
07/03/20 12:55:08 rw8xZJ68
いま追い付いた。
青川さんといい、さとーさんの書くキャラは可愛いっすねえ!次回作ワクテカ

483:名無しさん@ピンキー
07/03/23 10:50:59 g1R6HWHr
保守

484:名無しさん@ピンキー
07/03/24 10:43:25 HnOWLplb
GJほしゅ^^

485:名無しさん@ピンキー
07/03/25 16:31:38 ZiFQGNjf
……こっそり投下
>370が元ネタの女剣客話です。

486:名無しさん@ピンキー
07/03/25 16:32:11 ZiFQGNjf
 朝餉の用意をすませた太輔は、縁側に視線を向けた。
「静様、朝餉の用意が出来ました」
 鴇色の長着に露草色の袴、総髪を茶筅に結った若衆といっても通じそうな相手。
 震い付きたくなるほどの美貌をもつ男装の麗人、この屋敷の主にして太輔の雇い主でもある五十土静が、どこか茫漠とした瞳をこちらに向けてくる。 
「…………む」
 こくんと、小さく頷いた静をみながら、太輔は苦笑を浮かべていた。
 こうして共に暮らすようになって、そろそろ二年が経とうとしているのに、静がまともに喋っている所を見たことがない。
 それでも、意思の疎通に問題はなかった。
 言葉を使うのを億劫がってはいるが、静の表情は非常に豊かなのだ。
 しかも、言葉が通じないとなれば手が飛んでくる。
 その活発さは、女だてらに綾上一刀流なる流派を立ち上げるほどの剣客故だろうか。
 その静が音もなく立ち上がり、既に出していた箱膳の前にまできて座る。
 縦横一尺の箱膳を開けて、中に収めていた茶碗と汁碗、皿に箸を取り出して、裏返した箱膳のふたに乗せていく静。
 太輔も自分の箱膳で同じ用意をしてから、互いの茶碗にご飯をよそい、汁碗にみそ汁を注いで、皿に秋刀魚を乗せた。
 そのままどちらとも無く食事をはじめた。
 しばし無言。
「………………ふむ…………美味い」
 ぽつりと朝餉の最中に呟かれた静の言葉に、太輔は顔が緩むのを押さえられない。
 本当にそう思わなければ口を開かない静の放った言葉なのだ。
 嬉しさを抑えられる筈もなく。
 こんな日常を送れている今の不思議さに、すこしだけ口元をゆがめた。

 太輔は、木曽の山村の生まれだ。
 ……正確に言えば、その村の寺に捨てられていた。
 物心ついた頃から下僕として働かされて、しかも、つまはじきにされていた太輔が、村を捨てたのはむしろ当然のこと。
 だが、村を捨てれば人別帳から外されて、良くて馬喰渡世、悪ければ盗みを業とでもしなければならなくなる。
 その覚悟をしていた太輔は、だから最初に街道沿いで掏摸を働こうとした。
 そして、最初に獲物にしようとしたのが静であり。
 完膚無きまでに叩きのめされ、そのまま拾われたのだ。

487:名無しさん@ピンキー
07/03/25 16:32:49 ZiFQGNjf
「…………?」
 不意に、問いかけるような眼差しを向けてくる静。
「静様に拾われたときのことを、思い出していました」
「ふむ……」
 それ以上は興味を無くしたように朝餉に向かう静。
 その様子に、何となく嬉しさを覚えた太輔も、朝餉に箸を伸ばした。
 ……朝餉を食べ終わり、飯を盛っていた茶碗と汁椀に白湯を注ぐ。
 ソレを飲み干し丁寧に拭ってから、また箱膳に椀と皿をなおす。
 何も言わずに立ち上がった静が、縁側から庭に出る。
「静様、私は洗濯が有るのですが」
 こちらの言葉を無視して、庭の奥へと姿を消した静が木刀を二本持ってきた。
 無言のまま、手にした木刀の柄をこちらに向けてくる。
 その表情に僅かな苛立ちが浮いたことに気づいて、太輔は深い溜息を吐いた。
「……解りました」
 そのまま、木刀を取るために庭に出る太輔。
 木刀を手渡され、自分用の足半を履いた太輔は、そのまま静から間合いを離した。
 柄をへその高さに持ち剣尖を顔の当たりに上げる。
 同じ構えを取った静が、すり足で寄ってくる。
 ぴくりと右腕が動き、脇が空いた。
「やぁっ!」
 間髪入れず横殴りの一撃を打ち込む。
 同時。
 がっ、と重い音を立てて峰に木刀がたたき込まれた。
 その衝撃に思わず木刀を取り落としてしまう太輔。
「っ!」
 掌がじんっと痺れる。
 隙を見せてわざと打ち込ませる事で、対処を容易にした。
 それだけのことだと目で告げる静が、無言で木刀を構えなおす。
 早く木刀を拾え。もう一度構えろ。
 その想いを、動作だけで伝えてくる静に、苦笑を浮かべた。
 静が言葉を口にしないのは、言葉が全てを伝えない事を知っているから。
 それでも通じるのだと、静が信じているから。
「……行きます」
 その気持ちに答えるために、木刀を拾った太輔は気合いを込めて打ち掛かった。

488:名無しさん@ピンキー
07/03/25 16:33:26 ZiFQGNjf
「痛っ! 痛いです、静様!」
 振り下ろしの一撃を躱し損ねて右腕を打たれた太輔は、すぐに静に治療を受けていた。
 骨は折れていないが叩かれた部分は青黒く変色している。
 家伝の湿布を貼られ布で手早く巻かれているのだが、静がわざと痣を押して痛みを与えてくるのだ。
「……五月蠅い」
 不機嫌そうな表情でぽつりと呟く静を涙目で見ながら、太輔は唇を噛んで痛みを堪える。
 これ以上叫べば、喉を絞めて落とされる。
 ソレを経験として知っていたから。
「…………未熟者」
 その呟きに、痛みも涙も堪えて静をじっと見詰める。
 静の浮かべる悔恨の表情が知らせてくれる。
 その言葉が自分にではなく、静自身に向けられたものだと言うことを。
「静様、すみません」
 だから、頭を下げる。
 きっと避けられる筈だと言う、無言の静の信頼を裏切ったのは自分だから。
「…………」
 ぽんっと軽く頭を叩かれて、思わず頭を上げる。
 気にするな、と優しい微笑が告げていた。
「それでは、私は洗濯をします」
 小さく告げた言葉に、うむ、と小さく頷いた静が縁側に向かう。
 それを見る太輔の口元に、自然と笑みが浮かんだ。
 縁側に座っている静が、なんとなく猫の様だと感じたから。


「……出かけてくる」
 昼餉を済ませてしばし時間が空いた頃。
 不意に静がそう言いながら立ち上がった。
「静様……」
 普段なら無言で動く静がわざわざその言葉を口にした。
 その意味を、太輔は誰よりもよく知っていた。
「行ってらっしゃいませ。御武運を」
「……む」
 軽く頷いただけで、刀掛けから大小二刀を取り上げて腰に落とす。
 そのまま玄関に向かう静を見送りながら、太輔は唇を噛みしめる。
 静がわざわざ口にした言葉。
 それは稼業である守り屋として、出かけてくると言うこと。
 食い詰め浪人が商家や博徒に雇われて護衛となるのは、ままあることだ。
 護衛の仕事は、盗人や博徒、せいぜい同類の浪人相手との斬り合い程度でしかないが、静は違う。

489:名無しさん@ピンキー
07/03/25 16:34:11 ZiFQGNjf
 静が守り屋として受けるのは、因果師―稼業として人の命を縮める者達―絡みの仕事のみ。
 それはつまり、常に生死をかけた戦いに身を投じると言うこと。
 無論、若年―しかも女性―で有りながら一流を開いた静だ。
 未だにその剣椀は頂へと登り続けているのだ。
 静に、敵う剣客などいるはずがない。
 そのことを誰よりも知り、だが因果師達の技前を知るが故に太輔は拳を握りしめることしかできない。
 因果師達は、剣などを用いない。
 聞き知るだけでも、無手から手裏剣、糸、絡繰りと、常にはない技を持って戦うのだ。
 静が手傷を負って帰ってきたも一度や二度ではない。
 それでも、今の自分では役立たずだと、太輔はそのことを知っているから。
 だから、見送ることしかできない。
 ただ待つことしかできない。
 それが、辛かった。



 ……草木も眠る丑三つ時。
 縁側に座る太輔は月明かりに身を晒しながら、じっと待っていた。
 不意に、玄関の戸が開く音が聞こえてくる。
 立ち上がって、そちらに向かうよりも早く、襖が開き静が入ってきた。
「お帰りなさいませ、静様。夕餉の支度はいかが致しましょう?」
 無言で刀掛けに刀を置いた静が、そのまま音もなく近寄ってきて。
 ぎゅっと抱きついてきた。
「…………っ」
 太輔の肩に顔を埋めて全身を震えさせる静。
 だから、何も言わずに太輔は静の背中に腕を回した。
「っ……っっ……!」
 因果師とて己が職業に誇りを持っている。
 だからこそ単なる殺し屋ではなく、標的の因果に応報を与える因果師と名乗っているのだ。
 故に、それを止めるためには、因果師の命を奪わねばならない。
 刀を抜かずに一生を終える武士さえいる天下太平のご時世。
 剣客として命のやりとりは当然だが、静にはそれを受け入れることが出来ないのだ。
 あまりにも優しすぎるから。
「静様…………」
 声をかけようとした太輔の口を静が吸ってくる。
 人を殺めるたびに、こうして太輔を求めてくる静。
 その事を受け入れながらも、太輔の胸の奥は痛みを発する。
 太輔がもっと強ければ、静と共に戦える。
 むしろ、太輔が戦って静を戦わせないでも済む。
 なのに、今の自分は静の庇護を受けなければならない。
 その辛さを隠して、太輔は静の頭を優しくなでた。

490:名無しさん@ピンキー
07/03/25 16:34:45 ZiFQGNjf
「…………太輔」
 涙に濡れた瞳で見詰めてくる静。
 その目が、体と心を慰めて欲しいと告げていた。
「静様」
「いや……」
 呼びかけた瞬間、哀しげな表情で静が言葉を紡いだ。
「……いつもの…………呼び方で」
「解りまし…………解ったよ、静」
 言葉の途中で睨まれて、言い直す太輔。
 肩を寄せ合うようにして、そのまま寝室に向かった。


「…………静様」
 太輔は静の安心を浮かべた寝顔をじっと見詰める。
 こんな事でしか静の役に立てない自分が情けない。
 その想いを胸に抱いて、太輔は歯を食いしばる。
 もっと強くなりたい。
 静の心を慰めるだけでなく、ただ静を守りたい。
「……私は」
 それ以上の言葉を口にすることが出来ない。
 今は何を言っても届かない。
 届けることが出来ないと、理解していたから。
 今は庇護されている身でしかない。
 自らの内にある感情に名前を付けるには、まだ早すぎる。
「…………お休みなさい、静様」
「…………た……すけ…………」
 まるで己の言葉に応えるような静の寝言。
 すこしだけ、それが嬉しくて。
 そっと、静の隣に身を横たえる。
「…………ありが…………とう」
 小さな寝言に答える言葉は、口から出ることはなかった。

491:名無しさん@ピンキー
07/03/25 16:40:55 ZiFQGNjf
ということで、まぁ、小品ですがこっそりと。
エロ書くと三倍行きそうだったんで、エロ無しになってしまったり。
孤高では無いような気もするけど、まぁ女剣客ものと言うことで。
ソレでは失礼。

492:名無しさん@ピンキー
07/03/25 21:16:19 fciIYnDh
GJ!
いいね~

493:お魚 ◆5Z5MAAHNQ6
07/03/25 23:16:18 Hymcfe5U
ちょ、GJ!
まさか、本当に書かれるとは思わなかった>>370でした。(汗


494:名無しさん@ピンキー
07/03/26 00:07:57 z672OGR2
GJです!
時代がかった表現や言葉遣いがいいですねー。

>>370ってお魚さんだったのか…。

495:名無しさん@ピンキー
07/03/28 17:40:27 mv9wHS9f
GJ!

保守ダ

496:名無しさん@ピンキー
07/04/01 02:18:16 F0cFQNBG
保守

497:名無しさん@ピンキー
07/04/01 13:57:44 g2aweURc
dareka

498:かおるさとー
07/04/01 15:38:21 0YVqXrqH
数日中に投下します。遅くても今週中には

499:名無しさん@ピンキー
07/04/01 15:52:12 8Ilhccbn
期待age

500:名無しさん@ピンキー
07/04/01 15:54:28 8Ilhccbn
下がってるorz

501:名無しさん@ピンキー
07/04/02 20:16:47 YMuowj3c
>>491
GJ!
GJだがひとことだけ。
侍とその下僕が「一緒の空間で同時に」食事することは基本的にない。

侍が食べている間、下僕は何も食べず、給仕のためそばに控える、
というのが普通。(下僕はあとで別にご飯を食べるわけね)

だから、どうしても一緒にご飯を食べさせたかったら、
なにか理由(例:この場合だったら、練習相手だから時間をずらしたら
それだけ稽古が短くなって不便とかね)をつけたうえで、
侍は部屋、下僕は台所の土間というように空間をわけて、
家が狭いから結局顔を付き合わせちゃう、という感じにしたほうがいいと思う。

502:名無しさん@ピンキー
07/04/03 13:36:50 ug2vIkNi
無粋な奴だなぁ

503:名無しさん@ピンキー
07/04/03 13:53:31 oPrVFSI2
汚い穴だなぁ

504:名無しさん@ピンキー
07/04/03 13:56:40 ug2vIkNi
おまえここははじめてか、力抜けよ

505:名無しさん@ピンキー
07/04/03 14:35:41 PQy1UdeE
アッー!

506:名無しさん@ピンキー
07/04/03 20:04:09 eofUDoyt
保守だアッー

507:名無しさん@ピンキー
07/04/04 18:49:41 Ylm+Y90I
ここは無口スレですよ!
六尺も後輩の免許もないですよ!

508:名無しさん@ピンキー
07/04/04 19:40:11 xzNuRo24
じゃあ両方が無口だったらと妄想してみたら……
なかなかよかったよ。
てなわけでキボン

509:名無しさん@ピンキー
07/04/04 21:19:29 w72KlIc2
無口放送部員とか、、

510:名無しさん@ピンキー
07/04/05 06:43:54 IsB+jp7j
保守

511:名無しさん@ピンキー
07/04/05 09:45:22 yTt276Lk
期待ほす

512:名無しさん@ピンキー
07/04/05 15:15:51 VGKdXZ8e
「………書く?」

513:名無しさん@ピンキー
07/04/06 03:53:45 vxzHCXGq
「……書けば免許返していただけるの……?」

514:名無しさん@ピンキー
07/04/06 06:16:44 c9KDYJCT
「それは駄目。…」

515:名無しさん@ピンキー
07/04/06 06:36:13 B/Gdc/Ea
URLリンク(livechatrank.dtiblog.com)
URLリンク(livechatrank.dtiblog.com)
URLリンク(livechatrank.dtiblog.com)
これで元気だせおー!
一番したは豊胸でちくびがでかくなてるっぽい

516:名無しさん@ピンキー
07/04/06 08:28:54 Z6phcc1Y
「・・・URLがライブチャットランク・・・」
「・・・どう見ても業者・・・」

「・・・」
「・・・呪う。」

517:硝子越しの君は…予告編
07/04/08 10:48:31 vy5YWu8n
「…お昼の放送を始めます……。」
感情のない声が近くのスピーカーから響く。
柔らかなBGMが聞こえてくるなか、硝子一枚を隔てたスタジオの向こう側で、淡々と連絡事項を告げている、腰まで伸びる黒髪を後ろで軽く束ねた少女。
名前を華邑 琴佳(はなむら きんか)と言う。
所属人数三人というとても少ない人員で細々とこのような活動を続けている。
もう一人のメンバーはというと…
「さぁ!今日も始まったよ!お昼の放送…もちろん、今日もこの私、棗 鈴子(なつめ りんこ)がお送りしまぁ~す。」
このハイテンションなショートボブの髪型の快活な少女が我らが部長の棗 鈴子先輩である。




518:硝子越しの君は…予告編
07/04/08 15:03:31 vy5YWu8n
華邑もそれに気付いてこっち側へと戻ってくる。
そして、無言のまま、彼女の定位置である放送室の隅に置かれたパイプ椅子に腰掛けて読書を始める。



「棗の、ちょっと聞いてよ!生レターのコーナーです。」
そんな外の雰囲気を知ってか知らずか、棗先輩は陽気な声で放送を続けていく。



先ほどからの態度を見て分かるように、華邑はとても無口で必要な事以外は全くと言っていいほどに言葉を発さない。
そんな彼女がなぜ放送部に入ったのかは分からない。
まぁ、そのぶん棗先輩が喋ってくれるのでバランスはとれているのだが……

そんな事を考えている内に本日分の放送が終わる。

519:硝子越しの君は…予告編
07/04/08 15:11:04 vy5YWu8n
とりあえずここまでです。
二つのリクエストを組み合わせてみたかったので書いてみました。
ここで捕捉説明ですが、琴佳さんは単なる無口な娘。
主人公は口下手という設定です。

520:名無しさん@ピンキー
07/04/08 16:39:01 DPKCfJyq
WKTK!

521:名無しさん@ピンキー
07/04/08 19:03:58 vy5YWu8n
すみません。修正です。


>>518 の最初に

そして、今ここで機械をいじっているのが俺、仲村 真治(なかむら しんじ)である。
俺は、手の動きで異常が無いことを伝えると、華邑にこちらに戻ってくるようにと合図を送る。

を挿入してください。

希望されるならば、もう一度張り直します。

522:名無しさん@ピンキー
07/04/08 19:05:22 vy5YWu8n
スマン。ageてしまった。
orz

523:お魚 ◆5Z5MAAHNQ6
07/04/08 20:53:46 O+KFBrYM
 野田昭和(のだ あきかず)が家に帰り、ベッドに横になった。
 と、同時に携帯にメールが来た。
 送信してきたのは、幼馴染みの桜ノ宮澄(さくらのみや すみ)だ。
 件名はなく本文もただ一言、
『薄情者』
 だけであった。
「…………」
 昭和は十秒ほどその文章を凝視し、おもむろに返信を開始した。
『意味が不明』
 速攻で返事が戻ってくる。
『我を見捨てた』
『我て』
『我輩に語った愛は偽りであったか。ただ悲しい』
『もはやお前がどこの人間か分からねえよ。
 大体読書会とやらに参加したのはお前自身だ』
『裏切り者。帰ったら』
『……そこでメールを止めるな。首でも刎ねるのか』
『ホモに輪姦させる』
『屈辱的だ!』
『漢字変換だと、一発目は林間なのだな。学習した。輪姦』

524:お魚 ◆5Z5MAAHNQ6
07/04/08 20:57:03 O+KFBrYM
『書くな! お前一応うら若き乙女だろ!?』
『鬼畜陵辱 デブやブサイクに犯される女のエロパロスレ』
『貴様!』
『淫語スレッド』
『……それはちょっと興味あるぞ』
『嫉妬・三角関係・修羅場系総合』
『やーめーろー。俺は監禁に興味はねえ』
『そうだな。昭和はハーレム願望持ちである』
『断定してるんじゃねえよ!?』

 夕食後、部屋に戻った昭和は、何故か自分のベッドにうつぶせ状態で少年マ
ンデーを読んでいた澄を発見した。
「…………」
「?」
 澄が首を傾げながら、雑誌を差し出す。
「いや、読む? じゃなくて。そもそも、俺のだし。いいから、そこに座りな
さい」
 昭和は床を指さした。
 そして自分も正座し、澄と向き合った。
「そもそもだ、澄」
「?」
「どーしてお前、携帯だと多弁なんだ?」
 すると、澄は携帯を取り出した。
 すぐに、昭和の携帯にメールが来た。
 内容はこうだった。
『新ジャンル狙い?』
「いや、狙いじゃねえだろ!?」

525:お魚 ◆5Z5MAAHNQ6
07/04/08 21:01:21 O+KFBrYM
>>517氏に触発されて。
 無口+放送部→銀河おさわがせシリーズ→『携帯でだけ多弁な無口少女』。
 新しくキャラ作るのもなんなのでと思い、この二人で。

 期待してお待ちしております。

526:かおるさとー
07/04/09 02:24:23 agh/IXb8
約束の週末を微妙に過ぎてしまいましたすいません。
政治家がマニフェストを実現出来ないときの気持ちがわかりました(何)

以下に投下します。前回の話と微妙に繋がっています。
少し暗めになったりしますので、悲惨なエピソードとかが苦手な人は避けてください。
バッドエンドではないので、それがありならどうぞ。

527:かおるさとー
07/04/09 02:27:07 agh/IXb8
『縁の傷 沈黙の想い』



神守病院301号室。
遠藤守(えんどうまもる)は小さな丸椅子に腰掛けて、左右の手を細かく動かしていた。
右に包丁、左にりんご。膝上の皿に赤い皮が、しゃりしゃりと音を立てて落ちていく。なかなかに器用な手つきだ。
守の目の前には大きなベッドがある。
そして、その上には無表情な少女の姿。
顔立ちは綺麗だった。しかし左の頬には大きなガーゼが、頭部には真っ白な包帯が巻かれており、逆に痛々しく映る。
顔だけではない。右の手首、左の前腕、左右の内太股、左腹部と、それぞれに傷を負っている。打撲で痣がひどく、全身包帯巻き。肋骨と右手首にはヒビまで入っていた。
守は剥き終えたりんごを、皿の上で丁寧に切り分けた。皮をごみ箱に捨てて、爪楊枝を一本、横の棚から取り出す。
「はい、静梨(しずり)ちゃん」
少女の名を呼ぶと、ベッドのパイプに橋渡しされている食事用の台に皿を置いた。
しかし少女は、その声に反応を見せなかった。
目にはあまり光がない。ややうつ向いた顔に生気はなく、視線は何にも向けられていない。
守は顔を背けたくなった。見ていて心が痛くなる。
心を強く張ってもう一度呼び掛けた。
「静梨ちゃん、食べたくないの?」
はっ、と顔を上げる。呼び掛けに気付いていなかったのか、目を丸くしている。
しばらくして、首が微かに横に振られた。
おずおずと左手を伸ばし、爪楊枝を掴む。傷が痛むのか、腕の動きはかなり緩慢だったが、きちんと自分の口にりんごを運んだ。
しゃく、しゃく、とこれまたゆっくりとしたリズムで果実を齟齣する少女。まるで機械のように無機質だ。
何の感情も流れていないかのような表情だが、守はほっとした。きちんと反応を返してくれたことが嬉しかった。
「おいしい?」
尋ねると、少女は小さく頷いた。


遠藤守がその少女に会ったのは三日前のことである。
守はその日、朝早く図書館へと向かっていた。
大学が後期に入るのは九月下旬。まだ一ヶ月以上もあり、バイトも基本的には忙しくない。課題も特になく、時間は腐るほどある。
なのになぜ図書館なのか。せっかくの夏休みなのだから他にもっとやれることはあるはずだが、彼はここ最近毎日通っていた。
別に深い理由はない。守はただ、昔から本が大好きで、こうした長い休みの時は必ず図書館に入り浸っていたのだ。
守は守なりに休暇を楽しんでいた。
図書館は市街地から離れていて、利用には少々不便である。もっと近くにあればいいのに、と守は思うが、多くの書物を抱えるには郊外が適しているのだ。仕方ないことだろう。
守は県道から逸れ、細長い脇道に入った。山の中を複雑に通っている、地元民にもあまり知られていない近道だ。
自転車が朝の爽やかな空気を切り裂き、山道を軽やかに抜けていく。
古びたガードレールが道と林の境界線を作っている。これから昇っていくであろう太陽は、木々に遮られてはっきりとは見えない。蝉の声が、風と合わせるかのように元気な合唱を響かせている。
そんな朝の山道を守の自転車は走り─そして止まった。
道の真ん中に小さな人影が倒れていた。
守は目を見開くと、急いで自転車から降りた。すぐさま駆け寄り、その影を確かめる。
「君、だい…」
言葉が途中で切れた。思わず息が止まる。
その少女は傷だらけだった。
顔には殴られたような痕があり、ひどく腫れ上がっていた。服はぼろぼろで、引き裂かれたスカートは下着さえろくに隠せていない。腕や脚にもはっきりと痣が浮いていた。
何をされたかは明らかだった。守は深いショックを受ける。
少女は仰向けの体勢で虚空を、眺めていなかった。
目に意志がなかった。まばたきと、呼吸のために微かに胸を動かす以外は、何の動きも見せていない。

528:かおるさとー
07/04/09 02:32:05 agh/IXb8
守は携帯電話を使って、すぐさま救急車を呼んだ。慌てることなく速やかに状況を伝えると、少女に囁いた。
「今救急車を呼んだから、もう大丈夫だ。安心して」
「……」
返事はない。守は気にすることなく、バッグからペットボトルを取り出す。
「水、飲めるかな?」
「……」
「無理に飲む必要はないけど、飲めるなら飲んだ方がいい」
本当は応急処置を施してやりたいが、そんな知識はなかった。水分補給を勧めたのは代わりのようなものだ。
「……」
少女は何も言わない。
意識はあるのだろうが、周りに向いていない。心を閉ざすことで身に起こった嫌な出来事を忘れようとしているのかもしれない。
守はしばらく悩んだ末に、小さく深呼吸をした。心を穏やかな水面のように静め、そして少女の耳元で言葉を囁く。
『大丈夫』
その、ただ一言に、少女の目が動いた。
それまで死人のようだった目に光が戻り、呆然とした顔で守を見やる。
守は安心の息を吐くと、優しく微笑みかけた。
「体、痛いよね。すぐに救急車が来るから安心して」
「……」
沈黙。
だがさっきまでのだんまりとは違う。少女の顔にははっきりと意識が戻っていて、目の前の青年をぼんやりと見つめていた。
「水、いる?」
「……」
十秒ほどの間を置いて、少女はゆっくりと頷いた。
腕は動かせないようなので、口にペットボトルを近付けてやる。慎重に傾けて少量注ぐと、ごくりと喉が音を立てた。
瞬間、少女は顔を歪めた。腫れた頬が痛むのだろう。口の中も切っているかもしれない。
「……まだ飲む?」
五秒の間の後、首を縦に動かす。再びボトルを寄せて、水を落としてやる。苦悶の表情を浮かべながらも、確実に飲み込んでいった。
とても、静かだった。
蝉の鳴き声が止んでいる。遠くの方で微かに聞こえるだけで、周囲の林からは合唱が消えている。
徐々に強さを増す陽光が、木々の合間を縫って斜めに降っている。
夏の暑さに涼しい風が、二人だけの道を小走りに駆けていく。
傷だらけの少女を癒すかのように、自然はこんなにも穏やかで優しい。一人よがりの錯覚だとしても、守は癒してほしいと思った。
もちろんそんな幻想的なことは一切なく、少女は残酷なまでに重傷だった。
どういう経緯でこのような目に遭ったのか気になる。しかしそれは警察の仕事であるし、守にそれを問いただす気は微塵もなかった。
今はただ、この少女が不安にならないよう、そばにいてやるだけだ。
穏やかな空気の中、青年は少女をいたわり続ける。
水本(みずもと)静梨というのが彼女の名前だった。
ポケットに入っていた携帯電話から身元が判明し、搬送先の病院からすぐに家族と警察に連絡が行った。
守は駆け付けた彼らに発見時の状況などを説明したが、静梨に何があったのか具体的なことは彼にもわからなかったので、不十分な説明になってしまった。
しばらくして、静梨の治療が終わったというので、守達は個室へと向かう。
ベッドに寝かされた彼女の様子は、痛々しいものだった。包帯で体のあらゆるところを巻かれ、まるでミイラのようだ。
医師の話では全治一ヶ月。誰かに犯された際にひどく痛めつけられてはいるものの、怪我そのものは命に関わるものではないらしい。
それを聞いて、唯一の肉親だという彼女の祖母は心底安心したようだった。命があるならまだ取り返しはつく。
目は開いており、静梨はぼんやりと天井を見上げている。
そんな孫に祖母は優しく呼び掛けた。静梨はすぐに顔を向け、小さく頷く。祖母の目に涙が浮く。
その涙が凍りついたのはしばらくしてからだった。

529:かおるさとー
07/04/09 02:37:43 agh/IXb8
二分経ち、三分が経過したが、静梨はその間何の言葉も発さなかった。周囲が怪訝な空気になる中、祖母だけが必死に話しかけている。
少女は何も言わない。
どこか戸惑った表情で、目をしばたたいている。意識もあり、理解も出来るのに、その口からはいかなる言語も生まれない。
少女は言葉を失ってしまっていた。
意思疎通は出来る。首を縦にも横にも振ることからYES/NOの表明くらいは可能だ。
だが、声が出せない。出そうとしてもすぐに苦悶の表情を浮かべてしまう。
声帯には何の異状もないので、恐らくは精神的なものが原因だろうと医師は言う。言葉を失うほどの恐ろしい思いというのはどれほどのものだろう。守には実感が湧かなかった。
警察官二人も聴取は無理だと判断したのか、部屋を出ようとする。迷惑にならないよう守もそれに続こうとして、
くいっ、とシャツの裾が引かれた。
振り返ると、少女の手が守のシャツを掴んでいた。
祖母も医師も警察官も、皆何事かと呆気に取られている。
困惑したが、痛めた左手が懸命に伸ばされているのを見て切なくなった。
守はその手を両手でいたわるように包み込み、小さく笑む。少女はそれを見て何度も首を縦に振った。
ありがとう。
言葉なき彼女の声が、届いたような気がした。

その日以来、守は彼女を見舞うようになった。
孫が慕っているようなので、迷惑でなければ時々会いに来てほしい、という祖母の頼みもあったが、守自身ほっとけない気持ちもあったのだ。
医師も、他者とのコミュニケーションによって失語が回復するかもしれないという。警察からも捜査のために協力してほしいと頼まれ、守は毎日見舞いに来ていた。
一週間の間に静梨の友人も見舞いに訪れていたが、守のように暇ではないようで、頻繁に来ることはなかった。祖母も健康な方ではないので、結果的に二人っきりで過ごす時間が多くなった。
静梨はその間一言も口を開かなかった。ただこちらの他愛ない世間話に耳を傾け、こくこくと頷くだけだった。
それでも守は「よかった」と胸を撫で下ろしていた。最悪な目に遭って、こんなに傷だらけになっても、静梨は塞ぎこむことなく元気でいる。それは喜ばしいことで、彼女の強さを素晴らしく思った。
そのうちきっと言葉も取り戻せるだろう。いつになるかわからないが、それに協力出来るのなら、決して惜しまない。彼女の声を一度聞いてみたいという思いもある。
だが、彼女が未だに笑顔を見せないことが、失語以外に気掛かりだった。


守が病院からアパートに戻ると、部屋の前に一人の少女が立っていた。
「あ、マモルくんこんにちは」
長いポニーの髪を柔らかく揺らし、小さく手を振ってきた。磁器のように綺麗な肌が、整った顔を美しく輝かせる。
「依子ちゃん」
名前を呼ぶと、少女は嬉しそうに笑んだ。
「久しぶり。元気だった?」
「うん。依子ちゃんの方こそ変わらないね。とりあえず上がろうか」
守は鍵を開け、中へと招く。少女は頷き、楽しそうに入室した。

『依子』という名前を持つこの少女は、守の母方のいとこにあたる。
昔からの幼なじみで、互いに気心の知れた仲だ。頻繁に会うわけではないが、たまに向こうからこうして会いに来てくれる。
彼女は苗字を持たない。
古くから霊能の力を持つ家系に生まれながら、才能を開花させることが出来ずに分家へと養子に出されたため、生来の苗字を失ってしまったという経緯がある。
脈々と受け継がれ成り立ってきた特殊な家業は、時代錯誤もいいところだったが、本物である以上需要もある。
その中で本家の苗字は名乗る者の霊力を飛躍的に向上させる力を持つ。が、強力すぎる故に才能のない者が名乗ると、名前の力に身を滅ぼされるというのだ。

530:かおるさとー
07/04/09 02:42:40 agh/IXb8
依子は、家業を継げなかった。
そして、ただの女として生きていくことになった。
戸籍上は分家の苗字を持っている。だが依子はそれを名乗らない。嫌っているわけではなく、違う家の者が簡単にその家の名を名乗るということに抵抗を感じるという。
きっとそれは建前だろうと守は思っている。本当は本家の名前を名乗りたくて、しかし迷惑をかけるわけにはいかなくて、
結果、彼女はこの世でただひとりの『依子』という人間として生きていくことを決めたのだ。
守はそんな依子の思いを知っているので、彼はいつも愛情を込めて名を呼ぶことに決めている。
「依子ちゃん」
「ん?」
大きな瞳がくるりと動く。どこか嬉しげなのは、彼女も守の心情を理解しているからだろう。
「今は夏休みだよね?」
「そうだよ。マモルくんもそうでしょ?」
「うん。でも高校生は宿題多いんじゃないの」
「たいしたことないよ。こうして会いに来るくらいはお茶の子さいさい」
部屋の中、一つだけの椅子に座りながら依子は笑った。
それからおもむろに守の胸元を見つめる。
何を見ているのか、守にはわかっている。
依子には霊能を扱う才能がなかったが、だからといって全くの普通人というわけでもない。霊能を「扱える」才能がないだけで霊能自体はある。
簡単な術くらいなら依子も会得している。ちなみに守も先日静梨に使ったように、暗示程度なら習得している。もっとも、守の専門は霊能とは別にあるが。
そしてもう一つ、依子は特有の能力を持っている。
「新しい縁が見えるよ。誰か知り合い出来たの?」
依子の目は守の胸元の前の空間を見ている。そこには確かに何もないのに、依子は何かを捉えている。
彼女が言うには縁の糸とやらが見えるらしい。この世のあらゆるものは他の何かと縁があり、それらは糸で結ばれているというのが依子の説明だった。
「どんな糸が見える?」
守が尋ねると、依子はじっと虚空を見つめ、
「ちょっと淋しい感じ。でも優しい印象だよ。この人、マモルくんのことが好きなんじゃないかな」
「そう……」
声のトーンが下がったことに、依子は首を傾げた。
「どうしたの?」
問われて守は口をつぐむ。静梨の身の上を軽々しく話すのは抵抗があった。
「なんでもないよ」
そう答える。
「そう? それならいい」
依子はあっさり引き下がる。喋りたくない気持ちを察してくれたのかもしれない。
守は話題を変えた。
「今日は泊まるの?」
「うん、と言いたいところだけど、ちょっと無理かな。明日会わなきゃいけない人がいるの」
「また人助け?」
依子は唇を三日月にして笑った。
彼女は『縁視』の力を使って人助けのようなことをやっている。街中を歩きながら知らない人に声をかけ、もつれたり切れかかった糸を修復してやるのだ。
「お節介も程々にした方がいいよ。厄介ごとに巻き込まれたら危険だし」
「マモルくんに言われても説得力ない。私よりずっとお人好しじゃない」
「依子ちゃん」
静かに、強い調子で名を呼ぶと、依子は押し黙った。
「……ごめんね。でも私は止めたくないの。お願い。続けさせて」
真剣な顔で訴えられる。守はこういう顔に弱い。
「……それは依子ちゃんの自由だよ。ぼくに止める権利はない。ただ、ちゃんとわかってほしい。周りの人達の心配を」
「……うん、わかってる。ありがとう」
神妙な声で呟く少女の頭を、守は撫でた。

531:かおるさとー
07/04/09 02:49:16 agh/IXb8
「久しぶりに依子ちゃんの料理が食べたい」
依子は微笑み、尋ねた。
「カレーでいい?」
「カレーがいい」
「じゃあシーフードで」
答えると立ち上がり、冷蔵庫をあさり始める。
守はその後ろ姿を眺めながら、嬉しくなった。
依子といっしょにいるととても落ち着く。静かで、穏やかな気分になれる。
こうした何気ない触れ合いは、ささやかながら大事なことなのだろう。改めて自覚するほどのことではないかもしれないが、決して悪くない。
不意に依子が振り返った。
可憐な笑顔を急に向けられ、守はどきりとする。
「縁が強まってるよ」
「え?」
「私とマモルくんの縁の糸。また少し太くなってる」
縁の糸は互いの想いの強さに比例して大きくなる。
頻繁に会っていなくても、少し相手を想うだけで二人は縁を深めることが出来る。そういう間柄だった。
静梨に対してもこうして縁を深められれば。
頭の片隅で守はふと思った。


二人が会ってから一週間。
病室を訪れると、静梨は眠っていた。
綺麗な寝顔だ。顔の腫れはひいており、湿布も貼っていなかった。頭の包帯も取れていて、元の顔が現れている。
規則正しい寝息を立てている様子は実に穏やかだった。一週間前本当に襲われたのか、疑ってしまうくらいに。
犯人を追う手掛かりは今のところ少ない。
事件当日、静梨は友達の家に泊まる予定だった。祖母は午後五時頃に自宅で静梨を見送っている。
相手の友達に連絡が入ったのは午後六時。静梨から友達にメールが届く。用事が出来て行けなくなった、という内容だった。友達は何度かメールでやり取りを行ったが、特に不審には思わなかったという。
その時間帯には既に静梨は誰かに襲われていたのだろうというのが警察の見方だ。メールを送ったのも犯人の偽装と思われる。
手際や都合のよさから考えると、計画的な犯行である可能性が高い。つまりは顔見知りの犯行だろう。
静梨は喋ることが出来ないが、筆談なら可能なので、手の回復を待って聴取が行われた。
それによると、近所の小道に入ったところで何者かに後ろから羽交い締めにされて、車に連れこまれたという。サングラスと帽子で顔は確認出来ていない。
車内で後ろ手に縛られ、目隠しをされた。その後どこかの部屋に連れていかれ、そこでひたすら犯し抜かれたそうだ。
どれ程の時間が過ぎたかわからない。気が付くと静梨は守に助けられていた。
恐らく乱暴を続ける内に彼女は意識を失い、犯人達は飽きたのか、山の中に置き去りにしたのだろう。夏でなかったら凍死していたかもしれない。
静梨の証言はそこまでで、犯人の特定にはまだ困難な状況だった。相手が複数ということくらいしかわかっていない。
警察は現在、静梨の身の周りの人物から捜査を進めている。田舎の警察が少ない人員でどこまで突き止められるか、守は正直期待していなかった。
それでも犯人には捕まってほしいと強く願う。静梨の失語は激しい恐怖が原因ではないか、と医師は言うのだ。
犯人の逮捕は原因そのものの解消に繋がる。ひいては彼女の不安を解消し、声を取り戻せるかもしれなかった。
守は椅子に座り、少女の寝顔を見つめる。
そのとき、まるで視線に反応したかのように、静梨の目がゆっくりと開かれた。
疲れているように垂れた目が、すぐ横の青年の姿を捉える。
目尻が一気につり上がった。驚いたように双眸がぱっちり開かれる。
守はばつの悪い笑みを浮かべた。
「あー……ごめん。起こしちゃったね」
「……」
静梨は慌てて首を振る。棚の上のメモ帳と2Bの鉛筆を手に取り、何かを書く。その文を守へと向けた。
『ごめんなさい、せっかく守さんが来てくれたのに、眠っちゃってて』
守は笑顔で応える。
「疲れていたんでしょ。静梨ちゃんが元気なことが一番大事なことだから、気にすることないよ。寝顔可愛かったし」
静梨の顔が真っ赤になった。顔を伏せて恨めしそうな目を向けてくるが、その様子も可愛らしい。

532:かおるさとー
07/04/09 02:53:48 agh/IXb8
「体は平気?」
こくりと頷くのを見て、守は安心する。
「一ヶ月って話だったけど、もっと早く退院出来るかもね。退院したらどこか遊びに行こうか」
不意を突かれたような表情で守を見やる静梨。メモ帳に再び鉛筆を走らせ、尋ねる。
『迷惑じゃありませんか?』
「まさか。ぼくの提案なんだからそんなことないよ。それとも都合悪いかな?」
ふるふると首が横に動く。返事の文が紙に記される。どこか躊躇するような仕草の後、思いきってメモ帳を掲げた。
『楽しみに待ってます』
守はその返文に嬉しくなって微笑んだ。
静梨は恥ずかしそうに目を背けていた。

それから二人は一時間程雑談をして過ごした。
診察の時間がやって来たので、守は静梨にまた来ると言い残して席を立つ。次はちゃんと起きてます、と書かれた紙に軽く手を振り部屋を出た。
だが、守はそのまま帰ろうとはせず、診察が終わるまで外で待っていた。
確認しておきたいことがあったのだ。

「笑顔を見せない?」
守の質問に、静梨の担当医師は首を傾げた。まだぎりぎり三十代らしいが、ストレスのせいか多少老けているように見える。
「私も気になったから、一応診察の時に言ったんだけどな……。そっか、遠藤君の前でもそうなのか……」
「一週間経って、まだ一度も見ていないんですよ」
静梨は決して無表情な娘ではない。さっき病室で交わしていたやり取りの中にも、驚きや不満、少女らしい照れをはっきりと顔に映していた。
だが、未だに笑顔だけが見られない。
「言えばぎこちなくも笑顔は見せてくれるよ。言ってみれば?」
「いや、無理に笑ってもらうのもなんか気がひけますよ。……なんで笑わないんでしょうか?」
医師はゆっくりと顎を撫でる。
「あれだね。笑うことを忘れているんだと思う」
「……え?」
「笑うことは出来るんだ。ただ、日常の自然な動作の中から、笑うことだけがすっぽり抜け落ちているんだと思う」
守は言葉なく顔を曇らせた。それは……どうすればいいのだろうか。
「それって治るんですか?」
「治るよ。原因を解消すれば遅かれ早かれ必ず治る」
失語に関しても同じ答えが返されている。
「つまりは事件の解決が重要ってことですか?」
「そうじゃない。事件を自分なりに整理して、不安が取り除かれることが重要なんだ。事件の解決はそれを助けてくれるかもしれないだけで、直接の解決にはならない」
「……」
結局静梨自身の問題ということか。
しかし、
「ぼくに出来ることはないんですか?」
何か出来ることがあるなら何かしたかった。
医師は青年の真剣な顔を面白そうに眺める。
「今まで通りでいいと思うよ。親しく話して、彼女を安心させる。そうすれば事件の恐怖が多少なりとも薄れるかもしれないしね」
「はあ……」
安心させる。不安をなくす。
一時的な不安解消ならともかく、根っこから治すのは難しかった。
「……頑張ってみます」
威勢のいい声は出せなかった。


さらに一週間が過ぎた。
守は依子とともに病院の廊下を歩いていた。
「もっと早く言ってくれればいいのに」
「依子ちゃんがあちこちふらふらしてるから、捕まえるの大変なんだよ。なんで家にいないのさ。携帯も持ってないし」
「それは悪かったけど、結構時間経ってるからもう縁が切れてるかもしれないよ」
今回依子を連れてきたのは、静梨の縁を見てもらうためだ。
もっと早く連れてきたかったが、依子を探すのに手間取ってしまった。夏休みであるのをいいことに、近畿まで行って古都巡りを楽しんでいたらしい。
「前に元気がなかったのはこのためだったんだね」
「……元気ないように見えた?」
「おもいっきり。私には説教しといて、自分だってお節介焼いてるじゃない」
「……ごめん」
「まあいいけど。その子も大変みたいだし」

533:かおるさとー
07/04/09 02:59:57 agh/IXb8
部屋に入ると、静梨は読書中だった。
守の姿を見て、すぐに本を閉じた。顔を上げるが、見ない人間がいるのに首をひねる。
「あ、こっちはいとこの子。同じくらいの歳だし、話し相手にもちょうどいいかな、と思って」
「初めまして、依子です」
静梨はしばらく依子を見つめていたが、やがてメモ帳に文字を書き込んだ。
『水本静梨です。ありがとう、来てくれて』
二人は頭を下げる。
「なるほどね、マモルくんが御執心なのもわかる」
「御執心て……」
「静梨ちゃんが可愛いってことだよ」
「……うん、そうだね」
『あなたもすごく綺麗だよ』
「ありがと。でも『あなた』じゃなくて依子だよ」
『どんな字?』
「依頼の依に子どもの子」
『苗字は?』
守の息が一瞬止まった。
しかし依子は淀みなく答える。
「マモルくんと一緒だよ。遠藤ね」
静梨は何も疑うことなく頷く。
そのまま会話が進んだので、守は安堵した。苗字のことで依子が傷付くのではと思ったが、いらぬ心配のようだ。すらすらと嘘をついたのには驚いたが。
「マモルくんの好きなもの? カレー大好き人間だよ」
いつの間にか、話が余計な方向に進んでいた。
「一週間カレーでもいいっていうくらい好きだし、ライス限定じゃないし。ふっくらふわふわパンにカレーをかけるあのうまさが、なんてどっかの女神に選ばれた魔法使いの英雄みたいなことを言うし」
「依子ちゃん!」
慌てて大声を出すが、依子と静梨は同時に人差し指を立てた。病院内ではお静かに、と無言で注意される。
押し黙った守の姿に、動作がかぶった少女二人は顔を見合わせた。依子がにこりと笑い、静梨はうんと楽しそうに頷く。
参ったな、と守は小さく苦笑した。

「見えた?」
病院を出て、守は依子に尋ねた。
「見えたよ。小さな糸だったけど、まだ残ってる。辿ってみようか」
依子が先導する。守には見えないが、静梨から伸びる縁の糸を辿っていっているのだろう。
「確かに犯人に繋がっているの?」
「静梨ちゃんから伸びる糸で一番ぼろぼろのやつを辿ってるの。そういうのは大抵自分が傷ついたり、相手の心を傷つけたりして出来た糸だから」
「……じゃあまず間違いないわけか」
熱射がアスファルトを熔かさんばかりに強い。守は額の汗を拭い、左手の缶ジュースから水分を喉に入れた。
依子はあまり暑さを気にしてないようで、くるくると元気な足取りだ。交差点を渡り、離れた住宅団地の方へと向かう。
「遠い?」
「そうでもないかな。二、三キロくらいしか離れてない」
静梨の家も比較的近い場所と聞いている。やはり顔見知りの犯行なのか。
「でも、見つけても証拠がないわけだから、逮捕なんて出来ないんでしょ? あまり意味ないんじゃないかな」
「そんなことはないよ。事件の解決はともかく、静梨ちゃんの傷を癒すには誰かが理解しなければならないから」
静梨の声と笑顔を取り戻すためには、彼女自身が事件を乗り越えなければならない。それを間接的にでも助けるには、誰かがトラウマの根っこから理解することが有効なのではないか。守はそう考えた。
一人よりも、二人の方が勇気が出るから。
その根っこに迫るために、守は事件のことをもっと調べようと思ったのだ。解決のためではなく、理解のために。
縁の糸を辿って犯人を見つけるというのは、ほとんど反則級の代物だが、事件の把握のためには有効な手段だった。
しかし、犯人に会う気はまだない。遠目から確認して、相手を知るだけでいい。
「結局、笑わなかったね静梨ちゃん」
「うん。でも楽しそうな雰囲気は感じられるから、今の状態は悪くないと思うよ」
「でも可愛い子だったなー。マモルくんはいい子に出会えたね」
ジュースを噴き出しそうになった。


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