【隅っこ】無口な女の子とやっちゃうエロSS【眼鏡】at EROPARO
【隅っこ】無口な女の子とやっちゃうエロSS【眼鏡】 - 暇つぶし2ch400:かおるさとー
07/03/05 11:35:01 kSbOYpYF
どうにかしたいと思って、ぼくは苦し紛れに体を左によじった。横には転がれるわけだから、ここからうまく隙間を作って─
と、気付いたら視界に布団が映っていた。
いつの間にかうつ伏せになっていた。ヤバい。最もやってはいけない体勢だ。この状態では、
瞬間、首に腕が巻き付いた。青川の細い腕が喉に触れる。背中に密着した体の柔らかさより、絞め上げられる危機感の方が強い。
反射的にベッドを叩いていた。
ぼくのタップに青川はゆっくりと腕を離す。
「……」
「……」
微妙な沈黙が流れる。
「…………もっかいやってもいい?」
青川はあきれたように肩をすくめた。

ダメだ、まるで歯が立たない。
二回目もまったく同じだった。それなりに動けるものの、脱出だけはどうしても出来ない。青川はバランスボールに乗るかのように、絶えず安定した姿勢を取りながらこちらを無力化に追い込む。
二分が経過したが、糸口がどこにあるのかさえわからなかった。
「ねえ、青川って何か習ってるの?」
たまらずぼくは下から尋ねる。
「……柔術……やってる」
ぽつりと呟く。
「……………………初耳ですよ?」
「……聞かれて……ない」
「……」
あんた聞いても答えないキャラでしょーが。
こうなったら意地でも抜け出してやると鼻息を荒くすると、突然視界が遮られた。
「え、ちょ、」
青川の左手がぼくの両目を覆う。視覚を奪われて焦っていると、左頬を叩かれた。
威力はない。優しくぺち、と叩かれただけだ。しかし青川の右手は止まらない。さらに連続してぺちぺち叩かれる。
完全に持て遊ばれている。釈迦の手の平の孫悟空か。
仕方ない。最後の手段に出るか。これだけは使いたくなかったが……。
「青川」
「?」
「先に謝っとく。ゴメン」
言うが早いか、ぼくは右手を斜め上に振った。
スカートの翻る感触が右手に確かに伝わる。秘技・スカートめくり。
「!」
青川の動揺が感じられた。今だ。
隙を突いて上体を一気に起こす。その勢いに圧され、青川は後方へ倒れ込む。ベッドから落ちないように、ぼくは慌てて彼女の体を支え、
「あ……」
「……」
今度はぼくが青川の上になっていた。
腹の上に乗っているわけではない。彼女の両足の間にぼくの体はある。下の選手から見ればいわゆるガードポジションだが、そんな格闘知識など今はどうでもいい。
知らず押し倒した形になっていて、さっきよりもずっと興奮する体勢だった。

401:かおるさとー
07/03/05 12:03:38 kSbOYpYF
ぼくらはしばし見つめ合う。
長い睫毛がはっきりと見える距離。互いの息がかかり、頭が心臓と呼応するかのように揺れる。
魔がさしてしまった。
ぼくは彼女にそのまま覆い被さり、唇を奪った。
「……!」
青川の体が逃れようと動いた。ぼくはそれをさせまいと強く抱き締める。
自分でも乱暴なキスであることはわかっていた。ただ唇を押し付けるだけの行為で、優しさなどどこにもなかった。
ようやく唇を離したとき、青川は怯えた顔をしていた。ぼくはすぐに後悔したが、気持ちまでは消せない。
ぼくは彼女の肩に手を置き、しっかりと見据えて言った。
「好きだ、青川」
彼女の体がびくりと震えた。その反応にぼくは奥歯を噛み締める。答えを聞くのが怖い。でも、しっかりと言い切ろう。
「まだ青川のこと、ぼくはろくに知っちゃいない。でも好きになってしまったんだ。これからもっと知りたい。誰よりも知りたい。だから……付き合ってください」
「……」
青川は無言。
ぼくは目をそらさなかった。
「…………」
今までの人生で最も長い時間だったと思う。
青川は目を瞑ると、体をぼくへと預けてきた。慌てて支えると、彼女が小さく囁く。
「キス……」
「え?」
青川は怒ったように目を細める。
「……やり……直し」
その声が耳を打った瞬間には、もう彼女にキスを返されていた。
今度は優しく抱き締める。さっきの埋め合わせをするかのように、ぼくらは優しいキスを出来るだけ長く続けた。
幸福感で体中が満たされていくようだった。

キスの後、青川はうつ向き、ぼそぼそと何事かを言った。
「え、なに?」
「……初めて、だった」
キスのことだろうか。
「ぼくも同じだよ」
「……」
青川の顔が真っ赤になった。
ヤバい。めちゃくちゃカワイイ。頭ショートしそう。
真っ赤な顔で、青川はさらに言う。
「……終わり?」
「え、なにが?」
「……キスだけ?」
「…………」
何を刺激的なこと言いやがりますかアナタ。
予想外の台詞に軽く困惑した。
「いや、まあ、それはもちろん出来ればがっつりとしたいとは思うけど、って何言ってんだぼく」
「……いいよ」
……………………。
放心してしまった。
「……本当にいいの?」
「したく……ないの?」
「……」
欲望には逆らえなかった。

402:かおるさとー
07/03/05 12:18:12 kSbOYpYF
ベッドの上でぼくらは向き合う。
青川は体を離すと、スカートのチャックを下ろし、ブラウスのボタンを一つ一つ外していった。あまり躊躇することなくスカートとブラウスを脱ぎ、ブラジャーもあっさりと外す。
現れた体に、ぼくは我を忘れて見惚れた。
着痩せするタイプなのか、小柄の割に青川のスタイルはよかった。柔術をやっていると言っていたが、運動しているだけあって、体幹がしっかりしている。胸も前に張っていて、実に健康的な体だった。
裸の青川がぼくを見つめる。次はあなたの番、とその目が促してくる。
ぼくは急いで脱ぎ始めた。見とれている場合じゃない。早くしないと。
焦りと緊張で震えたが、なんとか脱ぎ終えることが出来た。さっきから下半身が痛いほどに疼く。
青川がぼくのモノを見て息を呑んだ。しかし視線はそらさない。まじまじと興味深そうに見つめている。
青川に近付く。向こうも身を寄せてきた。ぼくは胸に手を伸ばす。
触れた瞬間、脳髄が弾けそうなほど興奮した。白い双房に指が沈む。あまりの柔らかさに指がどうにかなりそうだ。
ぼくは彼女を抱き寄せると、ひたすら胸をいじった。青川の反応に合わせて、撫でたり揉んだりを繰り返す。乳首を指で摘むと、青川の口から甘い吐息が漏れた。
手だけでは満足出来ず、今度は舌を這わせてみた。青川はくすぐったそうにしていたが、胸の先端に吸い付くと体をびくりと硬直させた。
ぼくは下から胸を揉みしだき、両の乳首を交互に吸う。次第に青川の体が弛緩していくのが感じ取れた。
胸を吸いながら、ぼくは青川の下半身に目を向ける。まだ下着を着けたままだ。
「取るよ」
青川の頷きを確認して、ぼくは下着を剥ぎ取った。胸から手を離し、顔を脚の方へと近付ける。
「うわ……」
つい声を上げる。青川の秘所は、ゼリーのようにぬめぬめした透明な液でいっぱいだった。
思い切って触ってみる。
「……やっ」
青川が初めて叫声を上げた。ぼくはその声に怯むが、抵抗がなかったので続行した。
「ん……んんっ……あっ」
割れ目に沿って上下になぞる度に青川は喘いだ。滅多に声を出さない彼女が、小さいながらも気持よさそうに声を出している。もっと声を聞きたくて、ぼくは中に指を入れた。
「──っあ」
刺激が強かったのか、青川は勢いよくのけ反った。
彼女の中はひどく熱かった。生物の肉に包まれているのが実感出来る。しかも指への締め付けが半端なくきつい。
なんとか人指し指の第二関節まで中に入れる。ゆっくり出し入れを繰り返すと、締め付けとともに愛液がどんどん溢れてきた。
もう我慢できなかった。ぼくは体を起こして、青川の正面に覆い被さった。キスを何度か繰り返しながら耳元で囁く。
「青川、もう入れるよ」
「……」
青川は荒い息を整えながら、小さく頷いた。

403:かおるさとー
07/03/05 12:22:48 kSbOYpYF
ぼくは腰を沈めて一気に挿入しようとした。
が、予想以上にきつく、なかなか奥へと入らない。
「──っっ!」
青川の口から苦しそうな、痛そうな声が漏れる。
「あ、青川……」
一気に不安が増大する。かなり痛そうだ。果たしてこのままやっても大丈夫なのか、ぼくは心配になった。
「いい……から」
「青……」
「日沖くん……になら……何されても……平気だから……」
必死に言葉を紡ぎながら、彼女はにこりと笑った。
覚悟を決めた。青川がこんなに頑張っているのだ。不安がっている場合じゃない。
力を入れて、一息に彼女の中に進入した。
「っっっっっ!」
青川の顔に苦痛が走る。同時に相当な締め付けがぼくを襲う。
出来るだけゆっくり動こう。それなら耐えられるかもしれない。おもいっきり腰を打ち付けたい衝動に駆られたが、青川への負担を考えると無茶は出来なかった。
緩慢に腰を動かす。青川もこれなら苦しくないようだ。あまり気持ちよくさせられない代わりに、せめてキスをと口を近付ける。
そのとき、青川の両手がぼくの上体を引き寄せた。向こうからキスを求められて、ぼくはそれに応える。体を密着させて、より深くキスに応えようと、
「!?」
青川の舌が口の中に伸ばされた。まさか、こんなに青川が積極的に来るとは思ってもみなかった。
「ん……ちゅ……んぁ」
「……んむ……んん……」
舌を絡め合い、唾液の入り混じる音が至近距離で耳を打つ。
その音に、理性は塗り潰されていった。欲望のままに腰を激しく動かしていく。
青川の一際高い喘ぎ声が、耳をつんざいた。それは喜色に満ちた快楽の声だった。
その声がさらにぼくの脳髄を沸騰させ、ぼくらは激しく絡み合った。強い締め付けの中を何度も何度も往復し、粘膜にまみれた性器と性器をぶつけ合う。
あっという間に射精感が高まり、ぼくは急いで中から引き抜いた。
「くっ」
呻きとともに大量の精液を青川のお腹にぶちまける。青川の体が射精と同時にぶるっと震えた。
丹田から力が抜け、ぼくは青川の横に倒れ込む。
荒い息をつきながら、彼女はにこりと微笑んだ。
その微笑はあまりに愛しく、ぼくは青川を抱き締めずにはいられなかった。

404:かおるさとー
07/03/05 12:37:33 kSbOYpYF
呼吸が整い、だいぶ落ち着いた頃、
「日沖くん……」
青川はぼくの名を呼ぶと静かに語り出した。
「わたし……今まで……趣味合う人……いなかった」
ぽつりぽつりと呟く。
「口下手だから……合わせるのも……。だから……自然と……こうなったの」
なるほど、と納得した。だから青川は趣味を知られないようにしていたのだ。男同士ならともかく、女子の中ではあまり馴染まない趣味だろうし。
なんとなく気付いてはいたが、はっきりとわかってすっきりした。
「でも、もっと……話せる……ように……する……から」
「しばらくは今のままでもいいんじゃない?」
青川は怪訝な顔をした。
「なんで……?」
「だって」ぼくは正直に告げた。「しばらくは青川の声を独り占めしたいから」
青川の頬に赤みが差す。「将来的には口下手も直さなきゃダメだろうけど、しばらくは、ね」
ぼくは体を起こすと、壁時計で時刻を確認した。午後五時をわずかにすぎたところだ。
「暗くなる前に送るよ。体は大丈夫?」
そう尋ねると、青川は逆に尋ね返してきた。
「御両親は……いつ?」
「え、……十時くらいかな、帰ってくるのは」
「まだ……時間、あるね」
「え?」
目を丸くしたぼくに、青川はいたずらっぽい笑みを浮かべ、
「二回目……しよ」
「……………………」
ぼくはおおいに戸惑った。さっきまで処女だった子にまた無理をさせていいのか? あんなに息切れしてたのに体力もつのか? てゆーかこの子エロすぎないか?
考え込むぼくに、彼女はトドメの一言を放った。
「中出し……して……いいから……」
もはや突っぱねる理由はどこにもなかった。と言うよりもう理性保つの限界です。
「うりゃ」
「……ん」
こうしてぼくらは第二ラウンドに突入した。


時計は午後七時を回った。
「ふぁ……」
大きなあくびが出てしまった。まぶたが少し重い。やっぱりいきなり三回はハード過ぎたかと反省する。まさか青川に流されてしまうとは。それもニラウンドどころか三ラウンドまで。
対する青川は少しも疲れた様子を見せなかった。
「タフだね……」
「……」
さっきまで多弁だった口も、今は静かである。
「送るよ。もうすっかり暗いし」
「……」
青川は頷くが、その顔にはなぜか笑みが浮かんでいる。どこか勝ち誇ったような、優越者の笑みだ。
「……うまくノせてやった、とか思ってる?」
青川は答えない。
「別にあれは抱きたいから抱いたわけで、青川にのせられたわけじゃ……」
「……気持ち、よかった?」
楽しそうに問う青川。
かなわないな、とぼくは苦笑する。
青川は帰り支度をしている。借りたDVDをバッグの中にしまっている。
無口で、小さな女の子だけど、一週間でたくさんの顔を見ることができた。これからもっといろんな面が見られるかもしれない。
「行こうか」
頷く青川の手を取って玄関に向かう。握った手に想いを込めて、ぼくは小さく言葉を送った。

これからよろしく─

405:かおるさとー
07/03/05 12:46:11 kSbOYpYF

以上でおしまいです。
携帯メールで一昨日辺りから一気に書き上げたんですけど、
難しいですね、無口っ娘。
もうちょっと研究してみます!

406:名無しさん@ピンキー
07/03/05 12:49:44 L5NUNghG
いやこれはGJ

407:名無しさん@ピンキー
07/03/05 12:53:16 PPP6NRg2
携帯からなんてお疲れさまでした
超GJ!です

408:名無しさん@ピンキー
07/03/05 13:00:13 5Ma+Ya16
GJ!
ニヤニヤが止まらないw

409:名無しさん@ピンキー
07/03/05 13:01:27 M2fqlPzG
これはまた違った積極的な無口っ娘ですね(*´д`*)GJ!
青川さんに押さえこまれたい…

410:名無しさん@ピンキー
07/03/05 14:20:19 I+QF7n3+
まいった。会社で勃ったぞ・・・どうたもんか。

411:名無しさん@ピンキー
07/03/05 14:35:06 xyu6p/5/
神発見!GJですた。

412:名無しさん@ピンキー
07/03/05 18:40:19 Be+IEKMO
携帯からこのクオリティ
見上げたものだ

413:名無しさん@ピンキー
07/03/05 23:42:06 i0llE5fI
GJと言うしかないや。

414:名無しさん@ピンキー
07/03/06 01:05:20 fHDs+9b8
このスレも潤ってきたな

415:名無しさん@ピンキー
07/03/07 21:14:30 hvloTRiu
このスレが無口キャラになったか

416:名無しさん@ピンキー
07/03/07 21:54:38 Uaxv6FdK
>>415
だれが上手いこと言えと(ry

417:名無しさん@ピンキー
07/03/08 22:33:44 eSijLsuR
比喩の使いすぎで恥ずかしくて顔から火が出るよ

418:かおるさとー
07/03/10 00:21:53 pjA9ukRo
初めて投下したんですけど、反応いただけて嬉しい限りです。
なんかエロシーンより、青川さんマウント攻撃の方が書くの楽しかったですw
また近いうちに投下しようと思うので、そのときはよろしくお願いします。
次はかなり変化球な無口っ娘になりそうですが……。

419:名無しさん@ピンキー
07/03/10 14:16:56 mTK3tpo3
いやー、これは凄いですよ!
これが「初めて」だなんて。

エロシーン以外も充実しているほうが
きちんと感情移入できて
かえってエロいということを
思い知りました


420:名無しさん@ピンキー
07/03/10 23:56:46 QaXysCCI
>>379-381の続き書いた。続きとは言うけど作中時間は少し飛んでます
というか、エロシーンだと無口っぽさが消えて・・・

まあ、以下に投下します

421:名無しさん@ピンキー
07/03/10 23:57:28 QaXysCCI
春休みになって何が変わったかといえば、泉水の行動パターンが変わった。
朝の九時半ころになると、からからと音を立てて窓が開き、カタツムリのように緩慢に動く物体が入ってきて、ひとのベッドに勝手に潜り込むのだ。
言うまでもなく、この偽カタツムリは泉水だ。俺がまだ寝ていてもお構いなしに同衾してきやがるのである。
そんな日は、目覚めて最初に目に入るのが泉水の寝顔ということになるわけだ。
もちろん悪い気はしない。いとしい彼女の眠りこむ姿は、なかなか愛らしくて朝から心が和む。
ただ―そういうことが続くと、俺の中のケダモノが餌を欲して荒れるわけで。
かといって、世界に悩み苦しみが存在するのが信じられなくなるほど安らかに熟睡する泉水を、性欲のために起こすのは忍びない。
ていうか多分、起こそうとしても起きない。
近所でトラックと乗用車の事故があって、俺なんかはその音で飛び起きたというのに、泉水の眠りはまるで妨げられていなかったから。
そして正午ごろになると、自然と目覚めて自分の家に昼食を作りに帰る。
それが済むとまた泉水は戻ってきて、三度寝を決め込むなり、ひとのマンガを読むなり、ひとのゲームをするなり、適当に行動する。
自堕落という概念を極めるのに挑戦しているのだろうか。たまに俺はそう思う。
まあ、長期休暇の時は、昔からこんなだったが。
だから俺は春休み中、泉水はずっと同じように生活するんだろう―そんな風に思っていた。
昨日の夜までは。


それは、俺が朝食をとって部屋に戻ってきた際のことだった。
ドアを開けて真っ直ぐ前の窓が泉水の家に面しているのだが、ちょうど泉水が部屋の窓を開け、のそのそと外に出てくるところだったのだ。
空気抵抗に負けそうなくらいのスローペースで泉水は歩き、屋根と屋根の間のわずかな隔たりも、ごく慎重にまたぎ越える。
それだけなら、いつもどおりの泉水だ。服装もいつもの色気無いだふだぶパジャマであるし。
だが、まとう空気と、抱きしめたウサギのぬいぐるみが、普段との相違点だった。
泉水は俺の部屋の窓の前に立つと、なぜか動きを止めた。
ぬいぐるみを最後の寄る辺のように強く抱きしめて、その場でただ俯いている。
……窓を自分で開けるつもりさえ、ないようだ。
そんくらい自分でやれやァ! という突っ込みも、今日ばかりは湧いてこない。
俺は歯噛みする。怒りが向くのは泉水にではない。家族というものの価値を理解しない、愚昧な連中に対してだ。
窓を開けてやると、今度は右手を差し出してきた。
このひどく小柄な幼馴染は、造作もなく引っ張り込むことが出来た。
「おはよう、泉水」
「…………」
返事はない。いつものことと言えばその通りだが、沈黙のニュアンスが違うのだ。
無言で俺の横をすり抜け、泉水はベッドにもぐり込んだ。
ぬいぐるみを抱きしめたままにふとんをすっぽり被り、幼子のように体を丸める。
「…………ごめんなさい、ゆーや……眠らせて」
何言ってやがる。いつも勝手に寝てるくせに。断る必要なんてないんだよ、ばかたれ。
俺はベッド脇に膝をついて、泉水の頭をそっと撫でた。
「存分に寝ろよ。満足するまで使っていいから。……おやすみな」
泉水はゆっくりと頷いた。目を閉じて、まるで落下するみたいに一瞬で眠りこむ。
目のまわりには薄いクマができている。本当に、これが古根泉水だなんて誰が思う? いつも眠ってばっかりいるくせに。
いや、眠ってばかりいるからこそ、一夜眠れないだけでここまでダメージが出るのかもしれない。
椅子に座る。軋む音さえ出さないように用心しながら。
「……昨日、うるさかったもんな」
こっそりと独りごちる。
そう、昨日の夜は実に騒々しかった。田舎名物の暴走族がいたわけじゃない。
醜い醜い夫婦喧嘩が、繰り広げられただけのことだ。
……夫の浮気に端を発した古根家の崩壊は、ひどくスムースに進行したらしい。
泉水が小学校を卒業する少し前にはすでに、両親は外に新しい恋人を作って、滅多に自宅に寄り付かなくなっていたのだ。
それだけなら……どこにでもある、悲劇の一つでしかなかったのかもしれない。
けれど泉水の親は真性のカスだった。どちらも一人娘の面倒を見ようともせず、打ち捨てるように放置しやがった。

422:名無しさん@ピンキー
07/03/10 23:58:03 QaXysCCI
自分が事実上捨てられたのだと悟った辺りから、泉水は圧倒的に無気力になっていった。
生きるために必要な最低限の家事だけをこなし、あとは逃避するように眠り続けるか、俺の家でだらだらするだけ。
こいつの高校の同級生に、小学生のときのこいつが、いつも昼休みには男子に混じってサッカーに興じてたなんて明かして、何人が信じることか。
それでも、自分ひとりきりという状況に慣れてしまったんだろう、ここ数年は彼女なりに安定していた。
時折、気まぐれで両親のどちらかが帰宅した翌日は精神的に不安定だったが、それも一日限りのことだった。
だが昨日。
忌々しいことに、運命のサイコロはクソしょうもない目を出した。
泉水の両親の帰宅日が、かぶったのだ。
結果が昨日の騒音だ。近所迷惑という言葉を脳内から紛失してしまったのか、両親は日付が変わってもなお、罵詈雑言の応酬を続けていた。
収まったのは―2時ごろ、だろうか?
それまで泉水に何度かメールを入れたが、返事が来ることはなかった。
何をしていたのだろう。あの戦場みたいな家で。
こういうとき、まだ自分がガキに過ぎないことがもどかしくなる。
あの家に飛び込んで、泉水の親父をボコって、母親をねじ伏せて、泉水を奪還できたらと思う。
いや、それこそ子供の発想か。簡単に解決できるような類の問題でもない。
……はぁ。
俺が深く嘆息した時だ。
部屋のドアが、前触れなくバタンと開けられた。
「友哉いる? ……お、泉水ちゃん来てたのかい」
突然のことで心臓を躍らせる俺に目をやって、母は怪訝そうにする。
「何してるの、アンタ」
とにかく俺は口の前に人差し指を立てて静寂を要求。母の声はでかすぎるのだ。
ややボリュームを落として、母は再び口を開いた。
「……まあいいけど。昔の友達から連絡来てね、ちょっと会いに行ってくるから。晩御飯までに帰れないようだったら連絡するから。あと昼は自分で何とかしなさい」
「ああ、はいはい。わかったよ」
「こりゃラッキーとか思って泉水ちゃんに変なことするんじゃないよ、彼氏だからって」
「しねえよ!」
俺は小声で叫ぶというハイテクニックを披露することになった。
息子の反応を信用していないのは顔から明らかだったが、すぐ母は関心の対象を変えた。
「あら、泉水ちゃん、なんか生えてない?」
何言ってるんだコイツは。
そう思って泉水を見ると、なるほど、掛け布団から白くてフワフワしたものが二本突き出ている。
それで「生えてる」という表現はいかがなものかと思ったが、俺は件の物体の正体を告げた。
「うさぎのぬいぐるみの、耳だろ。えらく古い感じのものだったけど、今日は持ってきたんだよ」
「ぬいぐるみ? へえ」
興味をそそられたか、母はそっとベッドに近づいて、掛け布団を少しだけまくった。
中身を見ると、呆れた様子で俺に向く。
「なぁにが『えらく古い感じの』だか。アンタが昔プレゼントしたものでしょうが」
「……俺が?」
母にならって布団をめくってみた。
―本当だ。
日焼けしてるし年季を感じる汚れ方をしているしで見逃していたが、これはまだ小さい時、なけなしの小遣いをはたいて買ってやった……。
「こんなものまだ持っててくれてるなんて、ほんと泉水ちゃんはアンタに過ぎた彼女だわ」
頬に手を当てて、母は溜息。俺より相応しい彼氏のビジョンでも考えているのかもしれない。
「……わかってるよ」
「ならいいわよ。ちゃんと支えてあげな。あたしゃ出るからね」
へいへい、とぞんざいに返事する俺に含み笑いして、母は出て行った。
一人残され、夢の世界に滞在し続ける眠り姫を見やる。穏やかな顔。規則正しい寝息。深い睡眠のサインだ。
目覚めた時のために、昼飯でも用意しておこう。そう思い立ち、俺は立ち上がった。

423:名無しさん@ピンキー
07/03/10 23:58:38 QaXysCCI
などと言ったところで、俺の調理能力なんてたかが知れている。
メニューはチャーハンである。漢らしく単品勝負。いや、望むならインスタントのスープをつけてもいい。
そんな程度である。しかも多少てこずった。一人暮らしになる未来が心配だ。
手間取ったせいか、気付くと時計の針は12時を回っている。
非常にハイレベルな億劫屋である泉水も、さすがに食事の面倒は自分で見ているが、あの調子だと朝を食べてはこなかっただろうな。
様子をうかがって、起こせそうだったら食事に誘うか。
そう判断したとき、俺の耳は階段の軋みを聞きつけた。
きぃ、きぃ、と、幽霊が歩いているようなわずかな音だったが、果たして台所にやってきたのは泉水であった。
ぬいぐるみを抱いたまま、のたのたと現れた泉水は、無言で食卓の椅子にぽすんと腰掛けた。
隣の席にぬいぐるみを座らせて、いつも以上に生気のない、濁りきった視線をこちらに向けてくる。
「……………………」
目は口ほどにモノを言うと聞くが、この目から情報を読み取るのは不可能だった。
とはいえ、わざわざ食卓に自分からやってきたのだ、匂いでも嗅ぎつけたのだろう。空腹なのはまず間違いない。
「スープいるか? インスタントのわかめスープだけど」
「……………………」
こくこく。
「大盛り小盛り、どっちがいい?」
「……………………おおもり」
リクエストに答えて皿に盛り付け、スプーンと一緒に目の前に置いてやる。
「召し上がれ」
「いただきます……」
風前の灯という形容を思いつかせる、そんな声で応え、泉水はスプーンを手に取った。
さて、俺もいただこう。


「…………ごちそう、さま」
「お粗末さん」
言って、玄米茶をなみなみと湛えた湯呑みを置いてやる。
泉水は湯呑みを両手で包むようにして、俯き加減にちびちびとすすり始めた。
食器を流しに片付けて、俺も泉水の対面に座り、茶を飲みだす。
「…………」
「…………」
昨日の出来事には触れない。昔から泉水は自分の家庭の話題を好まないからだ。
古根家で何が起ころうと、寺原友哉はいつも通りに古根泉水に接する―いつしか成立した、確たる不文律だ。
例外があるとするならば、それは古根泉水から自分の家について語るときのみ。
そして今が、その瞬間だった。
「お父さんと……お母さんは、さ………………」
湯呑みに目を落としながら、泉水は訥々と話し出した。
「…………お互い好きだから、結婚したんだよね………………?」
「……そうだったんだろうな」
返事を間違えてはならない場面だ。なんとなく直感する。
「好きで、だいすきで…………わたしがゆーやに対して持つような気持ちで、結婚したんだよね……?」
「たぶん、そうなんだろうな」
「―じゃあ!」
大声。一瞬誰が言ったのか分からなかった。それくらい、泉水の大きな声には馴染みがない。
「…………ゆーやは、いつか、お父さんみたいに……わたしを嫌いになるの?」
ばかな。
何を言い出すんだ。
「そんなわけ……」
あるか―と続けようとしたのに、言葉は最後まで出てくれなかった。

424:名無しさん@ピンキー
07/03/10 23:59:14 QaXysCCI
顔を上げた泉水が、ぽろぽろと涙をこぼすのを見たら、喉が機能を止めてしまったのだ。
「わた、しも、いつかっ、…………ゆーや、を、嫌いに、なっちゃうのかなぁっ…………」
小さな子供みたいに、ひっく、としゃくり上げる泉水。
「ヤダよぉ…………ゆーやのこと、好きでいたいよ…………」
「……泉水」
「おとうさんとおかあさんみたいに、なりたく……ないよぅ」
席を立つ。泉水は泣き止まない。昨日の我が家の惨状を思い出しているのだろう。
強く愛してあっていたはずの二人が醜悪な闘争を繰り広げる、悪夢じみた光景を。
俺は泉水の後ろに回って、そっと背後から抱きしめた。
「なぁ、耳の穴かっぽじってよく聞け泉水。確かに未来のことはわからんよ。俺たちがお互い嫌いあうようなことだって、そりゃありえる」
腕の中で、泉水が身を固めた。だから俺はなおのこと優しく抱きしめる。
「でもな、俺たちはお前の親御さんから学べただろ? たぶん―好きでいるっていうだけじゃ、不足なんだって」
「…………?」
首をねじって見上げてくる視線を俺は見返す。
「きっと努力が必要なんだよ。好きであり続けるための。抽象的で悪いけどな」
「どりょ、く…………?」
「そう。直してほしいところはきちんと言うとか。下手な秘密を作らないとか。まだ俺にはこの程度しか思いつかねえけど、これから考えていこうぜ」
恋愛というのは、まるで何の関わりもなかった他人同士が一緒になることなんだ。
軋轢が生じるのは当然のこと。
だから、それを解決していかなくちゃならない。
もちろん、それは……
「……二人で一緒に、考えていこうぜ。まだこの先、長いんだからさ」
泉水はぱちぱちと瞬きをする。パジャマの袖で涙をぬぐって、ようやく俺に笑顔を見せてくれた。
「…………うん」
おなじみ、薄明の笑み。けれど何故かいつもより確かなその笑顔は、山の端から太陽が昇りくる気配を感じさせるものだった。


とまあ、ここまでなら『ちょっといい話』で幕が下りるのだが、そうは問屋が卸さなかった。
問屋というか、泉水が。
あれから抱きしめた姿勢のまましばらくいたのだが、おもむろに泉水が、
「…………しよ」
とお誘いをかけてきたのだ。健康的な男子高校生である俺に、それを拒むことができるだろうか?
彼女からお誘いがきて、それを断る十代男子……そんな存在は非科学的である。正体はプラズマだ。
俺は物理法則に従う一般人なので当然、一も二もなく快諾した。
結果、いまこのシチュエーションが生まれたわけである。
ベッドの上に足を開いて座った俺の膝の間には、泉水の小柄な肢体が収まっている。
さっきと同じように俺が後ろから抱きしめた格好で、俺は問う。
「お前から誘うなんて珍しいなあ」
「…………」
リアクションなし。俺は泉水の肩にあごを載せて、横目で表情をうかがった。
「…………」
泉水は首を動かし、ほんのりと赤く染まった顔をこちらに向けた。視線が絡む。
「……ゆーやが慰めてくれて、うれしかったから、お礼」
言うとすぐに泉水は視線を外した。うつむき、ベッドに目を逃がして、ためらうように続きを口にする。
「それに、……しばらくしてなかったし。からだも慰めてほしいなぁ―って」
か、かわいい。
マジで可愛い。こんな娘が彼女でいいのかと馬鹿丸出しなことを思わせるくらいに。
「泉水、こっち向いて」
幼馴染の呼吸で、言外のニュアンスを汲んだらしい。泉水は俺の言葉に従い、そっと目を閉じた。
唇が重なる。

425:名無しさん@ピンキー
07/03/11 00:00:06 QaXysCCI
最初は子供が戯れにするような、軽いキス。それを何回か繰り返す。
薄く目を開けて、泉水が言う。
「……いいよ」
それを合図にして、俺は再び唇を重ねた。今度は深い、恋人のものだ。
俺が舌を伸ばすと、泉水は受け入れる。
口内を歯ぐきの裏側まで遠慮なく舐めまわす。
唾液のにちゃにちゃという音と、互いの荒くなりつつある息だけが部屋に満ちていく。
「…………ぷぁ、……んっ、ふぅ」
そんな吐息にリビドーをさらに強く刺激され、俺はほとんど犯すように口内を貪った。
……やがて、おずおずと泉の舌が俺のそれに絡む。
熱をはらんだその器官は、ヘビみたいに俺の舌に絡みつく。
口の中でセックスの縮小版を演じるように、俺たちは舌で交合をおこなった。
互いの唾液が互いの口内を行き交い、もともとどちらのものだったか判別できなくなっていく。
そんな時間が経ち、俺たちはどちらともなく唇を離した。
透明な粘液の橋が口の間にかかり、そして切れた。
泉水はすでに陶酔しつつあるようで、もともと明瞭ではない瞳が、官能でさらに曇っている。
「……ゆーや、すき」
「俺も好きだよ、泉水」
もう一度、触れるだけのキスを交わして、俺は泉水を抱きしめていた手を胸に這わせた。
やや小ぶりだけに、サイズの大きなパジャマを着ていると見た目には分からなくなってしまう胸だが、手で触れるときちんと感触が返る。
「ふぅ……」
「ボタン、外して」
小さく息を漏らす泉水に求めると、泉水はおとなしくボタンをひとつひとつ外していった。
前だけをはだけた状態になる泉水。俺はブラジャーの上から、ゆっくりと柔らかな膨らみを揉みほぐしていく。
「やぁ、はふ、……ふぅぅ……あ、あ…………」
すぐに欲情で熱された喘ぎがもれだす。
「気持ちいい?」
聞くと、耳まで真っ赤になった顔をこくんと動かす。では次は……
俺は胸を捏ねていた手を片方離脱させて、ブラのホックを外した。ブラジャーが抵抗なく落ちる。
真っ白な乳房と、桜色の突起が同時にあらわになる。先端はすでに、ぴん、と尖っていた。
指で両方をむにむにと挟む。適度な弾力が心地よい。
「ゆっ、やぁ、き、きもちいい……」
細い肢体がぴくぴくと悦楽にふるえる。調子に乗って俺は指で頂点をこしこしと扱いた。
「あ、あ、そ、それいいっ……ゆーや、あ、あんまりされるとっ……」
「イッちゃう?」
勢いよく、何度も頷く泉水。
「じゃ、遠慮なくどうぞ」
ぎゅっ―と少し強めに乳首を挟み潰す。瞬間、
「きゃはぁっ!」
―びくびくっ、と泉水が跳ねた。
荒い息を繰り返す泉水のうなじに舌を這わせながら、俺は根性の曲がった問いを発する。
「イッた?」
「…………こう、いう時のゆーやって……ちょっと、サド」
「サドい俺は嫌いか?」
泉水はぷい、と顔をそむけた。本気でないのは、露骨にふくらませてみせた頬が教えてくれる。
俺は笑う。そしてうっすらと汗をかいた肌の上をすべらせて、手をへその下に導いた。
泉水がすぐにパジャマのズボンを膝まで下げる。無駄に阿吽の呼吸。
右手の触れるそこは、すでに白いショーツまで濡れている。湿っている、ではなく濡れている。
「スケベ」
「……ゆーやには、言われたくない……………………」
ぷいと泉水はそっぽを向く。ちょっと唇の端からよだれが垂れているのにも気付かないやつが言うかい、それを。

426:名無しさん@ピンキー
07/03/11 00:00:45 I5O3oZ8J
「ふぅん。泉水さんはスケベではありませんか」
指をショーツ越しに、スリットに触れさせ、上下になぞる。温かくて、そしてねちょついた感覚。
俺に対抗するつもりか、泉水は指の腹をくわえた。声を出さないつもりらしい。
無駄な抵抗だ。指で膣口を探り当て、ぐりっと布越しに押し込んだ。指先が熱い肉に包まれる。
「! …………ふぁ」
「声出てるぞ?」
指摘すると泉水は肩を震わせ、さらに指を強くくわえる。
だが、蜜壺をひと押しするたびに、泉水の眼は潤みをまし、下の口はとろとろと愛液を吐き出していく。
時に強く押し込み、時に優しく膣口を撫でる……そんなことを繰り返しに、声こそ上げなかったが、肢体をくねらせて反応する。
「ふぁ、は、あ、あ、あ……」
もう指がほとんど口から外れているのにも気付かないようで、泉水はすっかり「女」になった声をあげ、涎をたらたらと零す。
「いいだろ?」
「あはぁ、ゆーやの指っ、きもちいぃのぅ……」
「へえ。やっぱり泉水はスケベなんだな?」
「…………」
あれ、もう少し良くしてやってから訊くべきだったかな―と俺が思った時、泉水は言った。
「………うん、わたしはすけべな子なの。ゆーやに指でされただけで……とろとろにしちゃうくらい。くりとりすで、イカされたくなっちゃうくらい……」
そして、こっちを向いて、快楽への期待で潤みきった上目遣い。
おねだりされて無碍にしては男が廃る。俺はショーツに手を差し入れた。淡い茂みを通過して、その下の、神経の集中点をそっと撫でる。
「う、うん、そこ、そこ好きなのっ」
これまでの刺激で陰核は固くなっていた。わずかに包皮から露出したところを指の腹で揉むたび、泉水の腰はぴくぴくと震えた。
「い、いきたいっ、ゆーや、いきたいよおっ」
蕩けきった声の懇願。俺は包皮を剥いて肉色の真珠を親指の爪でひっかき、中指を熟した秘所にねじり込んだ。
瞬間。柔肉に差し込まれた指が、強烈な膣襞の締め付けを受けた。それこそ食べられるかのように。
「いっ―ああああぁああぁぁぁっ!」
泉水の全身がびくん! と跳ねた。一度の大きな痙攣だけでは終わらず、その後も陸に打ち上げられた魚のように全身が痙攣する。
後ろから抱きしめて、泉水の絶頂が収まるのを待ち、そっと囁きかけた。
「気持ちよかった?」
「……」
熱っぽく吐息する泉水の応えはない。がっくりと垂れたこうべだけが、気だるげに縦に振られた。
なんか、こうしてる泉水はまるっきり大人の女って風情だな。それもかなり経験豊富な。
行為の時以外の無気力で甘えん坊な泉水とのギャップが、またそそる。
そんなことをぼんやり考えてると、
「…………あたってるよ」
ぼそりと呟かれた。
「まあな」
ご指摘の通り。俺の分身はさっきから臨戦態勢で、がちがちに硬直している。泉水はさぞ背中に熱いモノの感触を感じているだろう。
「泉水が、えろ可愛いから」
泉水はそれを聞くとベッドに仰向けに転がり、
「……じゃあ、そんなゆーやさんに、わたしをあげましょう」
いつもの淡い笑みで、悪戯っぽく告げた。
願ってもない申し出だ。すぐさまズボンとトランクスを脱ぎ捨てて、覆いかぶさり……
「そういえば今日は、口でしてくれないんだな?」
と、ふと頭に浮かんだ疑問をそのまま言葉にした。だいたい本番の前には、泉水から口淫してくれるのが俺たちの間での定番になっている。
逡巡するように視線をさまよわせるが、最後には何か決心を固めたらしい。手を伸ばして、枕元に配備されたゴムを、泉水は床に放り出した。
「―あの、泉水さん? 避妊が出来ませんが」
「…………」
「挿れちまうよ? 生でさ」
「……………………」
「おーい、泉水?」
「………………………………いいよ」

427:名無しさん@ピンキー
07/03/11 00:01:18 I5O3oZ8J
かすれた声。極限までひそめられた声はしかし、俺の鼓膜をたしかに振動させた。
「……ゆーやに全部あげたい。なかに最初に出すのは、ゆーやじゃなきやヤダ」
脳の奥がしびれる。言葉なんてただの音なのに、どうしてこうも俺の本能を激しく揺さぶるのか。
泉水の言葉が続く。
「ほしいなら、おしりの初めてもあげるよ。…………わたし、ゆーやにそれくらいしかあげられないもの」
そして、わずかに外していた眼を、俺のそれとしっかり合わせた。
「……いいの? 彼女がゴムもなしで…………ずぽずぽしていいって言ってるのに、ゆーやはしないの? 大丈夫な日なんだから、遠慮しなくていいんだよ?」
泉水はほほえむ。
女としての媚と、少女としての愛らしさの入り混じった、矛盾の笑顔。
……我慢できない。できるわけない。屹立した分身を粘膜の入り口に押し当てる。
それだけで泉水は恍惚に身を震わせる―が、言っておかなくちゃいけないことだけは、きちんと言うことにする。
「泉水。俺、お前から沢山もらってるよ。体だけじゃなくて。泉水が好きでいてくれるってことだけで、すげえ満たされるんだから」
「……ゆー、や」
「それと!」
互いの吐息がかかる距離まで顔を近づける。ぱちぱちと瞬きする泉水に、告げる。
「俺は泉水の最初の男だ。そんで、……絶対、最後の男だからな」
「…………」
何かを言うように、口を開き―また閉ざす。
代わりというように、泉水はゆっくりと頷いた。ひと粒の涙をこぼして。
「いくぞ」
行為の開始を告げる。
言葉はなく、俺の背に回された細い腕が返答だった。
―突き入れる。
熱く、にゅるにゅる絡みつく孔を削り込むように突き進み、最後にこつんとやや硬い感触を先端で味わう。
奥の奥まで、届いた。
きゅうううう、と吸い込むような締め付けが襲ってきて、気を抜くと出してしまいそうだ。
俺を思い切り抱きしめながら、目をぎゅっとつむって身体をがくがくさせているところを見ると、泉水は一突きでイッてしまったらしい。
奥を小突かれるの好きだもんな。
そう思って、俺は腰を使う。時に子宮の入り口をつつき、時に天井側にこすりつけるように。
その度、泉水は可愛らしく鳴いた。
「ゆーやぁっ、ゆっ、やぁ、すきぃ、すきなのぉっ」
快楽に蕩けきった声が俺の名前を呼ばう。愛情を訴え、同時に求める言葉がつむがれていく。抱きしめる腕の力は強くなっていく一方だ。
「俺、も、好き、だっ……」
切れ切れの声しか出ない。さらに強く腰を打ちつけていく。
ずん。
「あぁああっ!」
ずん。
「ひううっ!」
ずん。
「う゛、ああぁ! き……きちゃうよぉっ! ゆーやぁっ、わたしっ、……もうぅっ!」
泉水の高みが近づいているようだ。現に、温かい泥濘のような膣は一突きごとにどろどろと愛液を吐き出し、締め付けは強まり続けている。
こちらも限界も近づいている。俺は突くピッチを上げた。
ぱん、ぱん、という肉のぶつかる音が間断なく部屋に響く。
「……いずみ、俺、もう限界だわ……」
ゴムの皮膜一枚。それがないだけで、ここまで受ける快感は違うものなのか。射精感の高まりは、もう我慢できるレベルではない。
「きて、ゆーやっ、きてぇ! わたしのなかで、だしてぇっ!」
淫猥な請願。俺はほとんど抜ける寸前まで腰を引き、余力を総動員して打ちつけた。
こりっ、という最奥の感触がトドメとなった。子宮口に思い切り男根を押し付けて、俺は射精した。
「は、あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

428:名無しさん@ピンキー
07/03/11 00:01:58 I5O3oZ8J
弾けるような嬌声。同時に達した泉水の膣は、一滴たりとも精液を無駄にしないというかのように、きゅうきゅうと締まって俺の分身を吸い上げた。
「すご、こんなぁ、すごいのぉ、はじめてっ……」
泉水は熱に浮かされたような調子でつぶやく。虚ろな瞳が虚空をさまよう。
俺は泉水の締め付けが弱まるのを待って、ずるずると息子を抜き出す。
それすら快楽を与えたか、「ふぁあぁぁ……♪」と泉水は口から唾液をこぼしながら甘く吐息した。
抜き終え、俺はようやく自分が汗まみれになっていることに気づく。顎まで垂れてきていた汗の滴を手の甲でぬぐう。
対して泉水はといえば、陶酔しきった表情でお腹をさすっている。まるで母親のようだった。
「……おなか、あつい………………しぁわせぇぇ…………」
ほとんど意識が飛んでいるようだった。
けれど、拡げられた膣口から白濁液をとろとろとこぼす泉水の淫靡な姿に、俺の劣情は即座に蘇生する。
泉水、と耳元に口を近づけ、2回戦をしたいと申し出ようとする。
が、その前に、弛緩しきった姿からは想像できないくらい素早く、泉水が唇に吸い付いてきた。
舌が割り入ってくる。ぴちゃぴちゃという唾液の音を耳にしつつ、俺も負けじと舌を絡める。
暫時過ぎて、ようやく泉水が離れてくれた―かと思うと、俺の首にしがみつき、再び頬や額に口づけの雨を降らしてくる。
「ゆーや、ひゅき、しゅきぃ……♪」
……どうも、理性の光をどっかに落っことしてしまったのらしい。泉水の眼は快楽と淫欲で曇りきっていた。
今なら、普段ちょっと頼みづらかったこともいけるかな、と俺は打算を働かせた。
耳孔に唇を寄せ、ささやく。
「泉水、もう一回していいか?」
まったく間を置かず、泉水は受け入れる。
「……いいよぉ? もっと、いかせてほしい…………なかに出してほしいもん」
「じゃあ、上に乗ってもらってもいいか?」
こくん、と頷かれる。
即答だよ、おい。こんなことならもっと前に頼むんだったな。今だからこそ、かもしれないが。
俺はベッドに仰臥する。泉水は怒張をいとおしげに撫でさすり、それから跨り、自分の中へとゆっくり導いていった。
やわらかな肉に、先端から徐々に包まれていく感覚。射精直後でなければヤバかったかもしれない。
とはいえ快楽に酔っているのは俺だけではなかった。
俺自身が泉水に沈みきり、先端にやや固い感触が突き当たった瞬間、粘膜が激しく蠕動したのだ。
見れば、俺の上で泉水が声もなく悶えていた。ゆるみきった顔が、絶頂したことを雄弁に知らせている。
俺は少々根性のひねた心持ちになり、腰を軽く揺すった。
途端、堪えられなくなったか、泉水の鳴き声が部屋に響いた。
「だ……だめ、なの、ゆーやっ、こ、腰……とけちゃうよぉ」
「そうは言ってもなあ」
俺は結合部へと手を伸ばし、薄い茂みを指でかきわけ、充血した芽を指でつまんだ。ひっぱると、ぷしゅ、と透明な液体が飛ぶ。
「……かっ」
声にならない声を発して仰け反る泉水。再び柔肉がうねうねと動く。
「動いてもらわないと気持ちよくなれないんだが」
「…………」
軽く睨まれた。ぼそっと「……ドS」と呟いたのも聞こえた気がする。
まあ、もうすっかり愉楽の虜になった泉水のこと、すぐに言うとおり、腰を動かしだしてくれた。
部屋に、嬌声と粘膜の擦れあう音だけが満ちていく――。

429:名無しさん@ピンキー
07/03/11 00:02:31 mdEIfkeK
……結局、4回した。
若いって良いよなあと当事者のくせに他人事っぽく思考して、俺は横でぐっすりと眠る泉水に目をやった。
すやすやと童女のように無垢な表情で安逸をむさぼる顔を見ていると、この世の悩み苦しみの存在がフィクションのように思えてくる。
ここでタバコでも吸って静かに煙を吐き出せば、それらしいシーンになるのだが、生憎俺はタバコを嗜まない。未成年だし。
なので―ひたすら、寝転んだまま恋人の寝顔鑑賞にいそしむことにした。
そうして、空の陽光の勢いが弱まるころ、泉水の双眸がゆっくりと開いた。
「おはよう」
「…………」
焦点の合わない瞳が、ぼうっと俺の顔を見つめる。
「あんなに泉水がえろいとは知らなかった」
「……………………………………。――!」
聴覚情報を脳が処理したか、両目がいつもより大きく開かれ―すぐに、いつもの眠たげな目に戻る。
泉水は無言で、ちょいちょいと手招き。
何かと思って起き上がらないままに身体を泉水側にずらすと、わが幼馴染は俺の首筋に頬をすりよせ、抱きついてきた。
なんか嬉しい。俺も抱きかえす……って泉水さん。背中に回った手の指が、肩甲骨のあたりに「S」と書き続けるのは何のアピールですか?
どんな顔をしてるかと思って見てみれば、そこにはいつもの薄明めいた笑みがある。
少しばかり、からかうようなテイストが混入されてはいるが。
そのまま、泉水はくちびるを動かした。
声なきコミュニケーション。
動きを読むなら―ゆ・う・や・だ・い・す・き……といったところ。恐らく正確。
「俺も大好きだよ、泉水。ずっとそばに居てくれな」
―ゆーやこそ。
声なき声でそう告げて、泉水は首筋にひとつ、軽いキスをしてくる。
「……でもお前、急にいつも以上に話さなくなってないか。なんで?」
くちびるが動く。無表情に。
―今日だけで5日分くらい喋ったから、もう声を出したくない。
ありえない理由だった。
こんな理由で話さないやつは日本に3人もいないだろう。
というか泉水しかいないはずだ。他にいたりしたら嫌過ぎる。
「泉水……お前ってやっぱ色々極まってると思う」
指摘すると、くく、とネコみたいに喉を鳴らして笑い、もう一度くちびるが動く。
―そんなやつを好きになっちゃうなんて、ゆーやは変わり者だね。
「ホント、惚れた弱味だ」
俺は苦笑して、泉水のくちびるをそっとふさいだ。

430:名無しさん@ピンキー
07/03/11 00:04:10 I5O3oZ8J
以上で終了
純愛なんだけど、快楽でわけわからないという「純愛堕ち」みたいなのが好きで、それが反映されました
無口っぽさが減退したのがアレですが・・・

またネタを思いついたらお世話になります

431:名無しさん@ピンキー
07/03/11 00:23:45 h7qlsYJl
GJ! とっても良かったです!

やはり無口な娘はエロエロなんですな! おかげで俺の股間は最高にクライマックスだぜ!!

432:名無しさん@ピンキー
07/03/11 00:48:43 Fc5rAwlQ
GJ
良いねぇ!!
興奮して眠れねぇよ

433:名無しさん@ピンキー
07/03/11 03:09:47 VaZOlsYs
GJ!!

余計なことかもしれないがお互いの親同士の関係はどうなってるか気になった

434:名無しさん@ピンキー
07/03/11 09:52:15 BHABIZn4
GJ
いやいや、もう最高でしたよ

435:名無しさん@ピンキー
07/03/11 11:42:24 Zjp5Sc9j
GJ!!

依存スレ的でもあると思ったが、ここに投下されたというのも神の思し召し。

436:名無しさん@ピンキー
07/03/12 22:08:56 9CQzl9x+
良スレage

437:名無しさん@ピンキー
07/03/12 22:18:40 VXqA3RQF
GJ!超GJ
まさか自分のアイディアがこんな良作になるとは思っても見なかった。

438:名無しさん@ピンキー
07/03/12 22:30:45 ezJYO7ng
こんなに心温まるHを見たのは初めてだ!
TH、THセセセンキューー!

439:名無しさん@ピンキー
07/03/13 00:19:14 wy1voi1H
GJ!!!!
「俺は泉水の最初の男だ。そんで、……絶対、最後の男だからな」
 ↑名言。
読んでて泣きそうになった。蝶・良い意味でw

440:名無しさん@ピンキー
07/03/13 20:45:54 gi1WgJ5O
これは>>367-375あたりの無口っ娘が制覇されることを願わずにはいられないな

441:名無しさん@ピンキー
07/03/14 08:12:07 1gV41Zsi
無口萌

442:名無しさん@ピンキー
07/03/15 15:17:08 vrgNTcQY
>>439ナカーマ

443:かおるさとー
07/03/18 06:46:35 BqF9h4ac
『縁の糸、ゆかりの部屋』



明日から夏休みという日、終業式を終えて、俺は帰路についていた。
学校が午前中のみだったため、太陽はまだかなり高い位置にある。真上からの熱波が髪を照り付けて、じりじりと痛い。蝉の鳴き声がどこまで行っても響いている。
「もし」
暑さにため息をついていると、そんな短い声が耳に入った。聞かない声だったが、反射的に俺は立ち止まって後ろを振り返る。
そこには、知らない女の子が立っていた。
すげえ美人だった。
整った顔立ちはまるで御伽噺から出てきたかのようだ。ポニーに結った栗色の髪が柔らかく映える。肌は日向にいるのがもったいないくらい白かった。
しかし俺はその美人に向き合わなかった。声をかけられる覚えがなかったからだ。誰か他の奴に対しての呼び掛けだったのだろうと、俺は再び歩き出し、
「もし。あなたですよ」
少女が俺に近付いてきた。
「……え、俺?」
俺は目を丸くする。声をかけられる覚えはまったくないのだが。
「どこかで会いましたっけ?」
「いえ、初対面です」
だよな。こんな美人に一度でも会ってたら忘れるはずがない。
「えっと、なんか用?」
「いえ、あの用と言いますかその……」
少女は困り顔で口ごもる。なんだこの女。
頭の中で言葉をまとめ終えたのか、少女は意を決して口を開いた。
「あのですね、」
「はあ」
「あなた、大切な縁が切れかかってますよ」
「はあ?」
いきなり何を言い出すんだ。縁?
「親しい人、近しい人に少し注意を向けないと駄目ですよ。失ってからでは遅いですから」
「…………」
これは、つまりあれか。宗教的なキャッチか何かか。
正直げんなりした。急に美人が声をかけてきたと思ったら、よくわからない説教をぶたれるとは。どこの教えだ。
「悪いけど急ぐんで」
俺は殊更にそっけなく言うと、小走りにその場から立ち去った。いちいち相手にしてられるか。
「ああ、待ってください。あと一分だけっ」
「なに」
眉間に皺を寄せて、俺はまた振り返る。
すると、少女は右手の人差し指をびっ、と突きつけてきた。
なにを、と思ったのは一瞬で、俺の目は至近に迫った真っ白な指に釘付けになった。
頭のどこかで、ネジが外れるような音が聞こえた気がする。何かのスイッチがオンになったような。
はっと気付くと、少女の姿はどこにもなかった。
立ち尽くす俺を、周りの通行人が怪訝そうに見ている。
「…………」
俺はなんでもないような顔を取り繕い、歩行を再開した。
なんだったんだ、今のは。軽く困惑する。あの少女は何がしたかったんだ。キャッチじゃなくてただのサイコさんだったのか?
俺は家に着くまで、釈然としない頭を捻っていた。

444:かおるさとー
07/03/18 06:48:25 BqF9h4ac
俺は見知らぬ部屋の中にいた。
フローリングの小さな部屋は六畳ほどで、よく整頓されていた。勉強机とベッド以外には特に目につくものはなく、寂しい様相だった。
だが、俺はその物寂しい空間をなぜか懐かしく感じた。
テレビで田舎の風景などを見て感じるあやふやな懐かしさではない。はっきりした記憶はないが、俺はこの部屋を知っている。
机の横の壁に、スライド型の扉がついていた。押し入れのようだ。俺はなぜかその中が気になって、取っ手に手をかけた。
扉を開けると、女物の上着や学校の制服が吊されていた。種類は少なく、そこも物寂しい。下にはプラスチック製の衣類ケースが重ねてあって、透明なケースの中には夏物の服や下着が入っていた。
そして、ケースの上。
ハンガーに吊された衣服と段ケースの間にある空きスペースには、たくさんのぬいぐるみがあった。
いぬ、ねこ、たぬき、ひつじ、ぞう、くま、きりんにらいおん。かわいらしいどうぶつたちが所狭しと並んでいる。多少古びてはいたが、保存状態はいい。
押し入れに入っているところを見ると、飾っているわけではなさそうだ。デフォルメされたキャラたちは愛くるしく、それ故に物寂しい押し入れの中では異質に感じた。
ぬいぐるみには見覚えがあった。昔はよくこれを使って遊んだものだ。
はっきりと思い出す。ここはあいつの部屋だ。昔、よく遊んだ幼なじみの。
すぐにはわからなかったのも当然だった。昔はもっと物があり、雑然としていたはずだ。それが逆に落ち着いた生活感を出していたのだ。
この部屋は本当にあいつの部屋なのか。こんな何もない無機質な空間で、寂しくないのだろうか。俺は嫌だ。この部屋には、あいつの色がない。
無色に染まった部屋の空気にあてられたかのように、俺の心が熱を失っていく。なんで俺、こんな所にいるんだろう。
最初に浮かんで然るべき疑問が頭をよぎった瞬間、部屋のドアが静かに開けられた。
よく見知った幼なじみの少女が現れたとき、俺は落胆したのだと思う。どこかでこの部屋が、こいつのものではないことを望んでいたから。
少女はパジャマ姿だった。薄い布地に体のラインがはっきりと出ている。一番仲がよかった小学生時代とは違う、成長した女性の体だった。
幼なじみの顔がにこりと微笑んだ。その笑顔だけは昔と変わらないように見えた。
俺は彼女の名を呼ぶ。
ゆかり……
幼なじみは微笑を深め、ゆるやかに小首を傾げた。こちらの呼び掛けに対する返事のつもりかもしれない。そのまま悠然とした足取りで近付いてくる。
俺が動けないでいると、幼なじみは体を預けるように抱きついてきた。突然の出来事に俺は硬直する。
勢いで一気にベッドに押し倒された。
状況を把握する前になじみの顔が視界を覆った。唇が温かい熱に包まれ、密着した体の感触が脳を刺激する。
唇がゆっくりと離れた。彼女は妖艶な目で、俺を見つめてくる。意識が別の次元に飛んでしまいそうなほどに揺れた。
違う。俺は彼女に向かって首を振った。俺はこんなことがしたいんじゃない。
彼女はそんな俺を無表情に見下ろす。少しだけ、目の奥に寂しそうな陰が見えた。
幼なじみは俺の首筋に唇を寄せた。キスの雨を降らせながら、俺の服を脱がそうとシャツのボタンに手をかけてくる。
目眩がしそうな光景に俺は我慢が出来なくなり、彼女に向かって叫んだ。

445:かおるさとー
07/03/18 06:52:45 BqF9h4ac
「ちょっと待て──っっ!!」
叫んだ声がびりびりと響き渡った。
反射的に跳ね起きた。上体を一瞬で起こして周りを見回す。
……俺の部屋、だった。
心臓の鼓動が呼吸を急かすように高鳴っている。身体中、寝汗でびっしょり濡れていた。俺は気を落ち着かせようと、呼吸をゆっくりと元のペースに戻していく。
「……夢かよ」
俺はベッドの上で上半身を前へと倒した。前屈体勢で、頭が膝につく。いきなり曲げたせいか、少し腰が張る。
夢の内容を思い出す。臨場感のあるリアルな夢だったが、よりによって幼なじみに襲われる内容とは。欲求不満なのか俺。
しかし、なぜあいつが出てきたのか。しかもあいつのらしき見知らぬ部屋で。あんな部屋は記憶にない。
『親しい人、近しい人に少し注意を向けないと……』
昨日聞いた言葉が思い出された。ひょっとして、あれが原因だろうか。あの言葉で不必要に幼なじみを意識してしまった、とか。
自己嫌悪に襲われた。夏休みの始まりとしては最悪だ。
窓の外ではもう太陽がとっくに顔を出しきっていた。枕元の携帯をひっ掴むと、時刻は九時を回っていた。
俺は大きなあくびとともに立ち上がる。さっさと朝食にしよう。考え事なら後でいくらでも出来る。俺は部屋を出て、階下のダイニングへと向かった。

ダイニングには誰もいなかった。
親父はもう出勤している時間なのでいないのは当然だが、妹の真希(まき)の姿も見えない。朝一番に朝食の支度をするのが日課なので、もうとっくに起きているはずだが。
(二度寝か?)
そう思った直後、背後から冷ややかな声がした。
「動くな、沢野正治(さわのまさはる)」
名を呼ばれ、硬直する。背中に何か鈍器のようなものが押し付けられる。
「おい……」
「喋るな。痛い目に遭いたくなかったらじっとしてろ」
脅しをかけてくるその声は台詞の内容にそぐわない、高い声だった。
「夏休みという素晴らしい期間を得たにもかかわらず、なぜ貴様は平然と惰眠をむさぼっていられるのかね?」
「おいって」
「命が惜しかったら家事を手伝え。ダメ人間だが妹の手助けくらいは出来るだろう」
「わかったから」
俺はうんざりして後ろを振り向いた。
すると、額を何かで叩かれた。
「てっ! なにすんだよ」
軽くこつんと叩かれただけなのにかなり痛かった。俺は声の主をにらみつける。
沢野真希は白い歯を見せてにこやかに笑った。手には木製の太い手打ち棒が握られている。今のはこれか。
「おはよう、マサ兄」
「お前、いきなり何を、」
文句を言おうとしたらまた叩かれた。
「~~~~っ!」
「お・は・よ・う」
怖い笑みをぐい、と近付けてくるので、俺は渋々挨拶をした。
「……おはよう」
「はいよく出来ました」
楽しそうに頷く真希。
俺はため息をつく。こいつには今のように、俺をからかうくせがある。本人はスキンシップと思っているようなので始末におえない。
もっとも学校では優等生で通っていて、家でも家事全般を取り仕切っているので、自慢の妹でもある。沢野家が健康で文化的な最低限度の生活を保証されているのは、憲法ではなく妹のおかげだった。
俺はテーブルの椅子に座ると、額をさすりながら真希に訊いた。
「何やってたんだ?」
「ピザ作ってたの」
さっきの手打ち棒はそのためか。
「……って生地から作るのか? ピザの台なんて店に売ってるだろ」
「そんなのおもしろくないじゃない」
真希は当たり前のように答える。ラップで蓋をしたボウルから生地を取り出し、まな板の上に広げた。
「厚くする? それとも薄くのばす?」
「どう違うんだ?」
「厚くするとモチモチとしたパンの食感。薄くのばすとパリパリとしたビスケットの食感」
「……厚く頼む」
「却下。薄くのばしまーす」
「じゃあ訊くなよ!」
朝から疲れる。ただでさえ夢のせいで寝覚めが悪いというのに。

446:かおるさとー
07/03/18 06:58:19 BqF9h4ac
「マサ兄、早く顔洗ってきたら?」
そうだった。顔を洗って気持ちを切り替えよう。
「ついでにさっさと着替えてくること。脱いだ服は洗濯機に入れてね。にぃので最後だから。あと、ベッドのシーツも一緒にお願い」
テキパキと指示を飛ばしながら、生地をまな板の上で展げていく。手際のいいことだ。
「寝汗かいたからシャワー浴びてくる」
俺は席を立ち、着替えを取りに二階へと戻った。

シャワーを浴び、服を着替え、歯をみがき、洗濯機を動かした。
それなりにすっきりして戻ると、テーブルには大きなピザが現れていた。
「早いな」
「発酵させるのに時間がかかるんだよ。にぃが起きたときにはもうそれは終わってたから」
真希は四角いピザを丁寧に切り分け、俺の皿に寄越した。溶けたチーズがトマトソースとサラミにからんで実にうまそうだ。
口にすると、もちっとした食感が歯応えよく全体に広がった。……薄くないぞ。
「お父さんにも作ろうかと思ったんだけど、朝からそんなもの食えるか、って言われちゃった」
話しながら真希は俺の向かい側に座り、自分の皿にも一切れ載せた。
「やっぱり年とると胃がもたれたりするのかな。私たちみたいに若ければ問題ないけど……」
「お前さ、全然素直じゃないな」
俺が言うと、妹は目を丸くした。
「え、なんで?」
「生地厚いから」
「厚いのがいいって言ったじゃん」
「却下された覚えがある」
「上院で否決された議題は下院で可決されましたー、パチパチ」
「なんだそりゃ」
わかりにくい表現をするな。
「まあ、このあとにぃにはいろいろ手伝ってもらうことがあるから」
さらりと言われた。俺は警戒を強める。何させる気だ。
「たいしたことじゃないよ。家事を手伝ってもらうだけ。さっきも言ったでしょ」
「拒否権は?」
「沢野家の辞書にそんな言葉ありません。だいたい、『わかったから』ってにぃ言ったよね?」
「……」
言ったっけ。
「食べ終わったら早速動いてもらうから。まずお風呂の浴槽を……」
俺は億劫に真希の言葉に頷く。
まあ、普段こいつには苦労かけてるし、別にいいか。


しんどい。
風呂場、トイレ、玄関と汚れやすい場所を掃除させられた。手を抜くと真希に手打ち棒で太股の内側を叩かれる(地味に痛い)ので、出来るだけ真剣に掃除した。
おかげで掃除をきっちり終えることが出来た。だいぶ筋肉を使っていなかったので、手や腕がぱんぱんに張った。
真希は俺が受け持った三カ所以外の掃除を全て行い、きっちりと四時間で片付けた。間に洗濯物を干したり昼食の支度をしたりと、俺には考えられない手際のよさだ。
時計の針が午後一時を回った頃、ようやく遅めの昼食をとった。ご飯、味噌汁、ほうれん草のおひたしにあじの塩焼き。真希にしてはシンプルなメニューだった。
「ごはん食べ終わったら買い物付き合って」
「どこまで?」
「駅前。今日スーパーのお肉半額だから。他にもいろいろ買うから荷物持ちよろしく」
「了解」
もう今日は一日付き合ってやろうと思う。今更ぐーたらも出来ないし遊びに行く気もなかった。

447:かおるさとー
07/03/18 07:03:06 BqF9h4ac
俺と真希は駅前までの道をのんびりと歩いていた。時間にすれば大体十五分くらいかかる。
風が吹いているので昨日よりは涼しげである。太陽は無慈悲に照り付けてくるが、雲が時折隠してくれるのでなかなかに快適だった。
「そういえばにぃ」
何か思い出したのか、真希が口を開いた。
「ん?」
「朝さー、急に叫んでどうしたの? 『ちょっと待て──っ!』ってなに?」
俺はぎょっとした。
「聞いてたのかよ」
「だってすっごく大きな声だったんだもん。近所迷惑もいいところよ」
マジか。あの時は気にもしなかったが、そんなにでかかったのか。
「何か悪い夢でも見たの?」
「あー、いや、その」
俺は説明に困る。なんというか、かなり恥ずかしい内容だったので。
「……実はさ、ゆかりが出てきたんだ」
「ゆかりさんが?」
真希は驚いたように俺を見る。
「あいつの部屋みたいなところになぜか俺がいてさ、ゆかりが出てきた」
「それで?」
「それだけ。あいつなんにも喋らなくて、わけがわからなくなって、叫んだところで目が覚めた」
本当はもうちょっといろいろあったが、絶対に話したくない。
小野原ゆかりは幼稚園来の幼なじみである。
家も近く、小学生の頃くらいまでは互いの家を行き来する仲であった。一緒にいて楽しかった思い出が強いので、昔の記憶の中にはあいつの姿が多く存在している。
それが疎遠になったのはいつの頃からだろう。あいつの父親が再婚した小六くらいか、それとも地元とは別の私立中学へと進学が決まった頃か。いずれにしろ、中学に上がる前には齟齬が生まれていたと思う。
全寮制の中学に行ったため、もう三年以上会っていない。高校は自宅から通える場所にしたみたいなので、今は戻ってきているはずだが、会う機会がなかった。仕方のないことだと、俺の中では結構整理がついていた。
真希はうーんと考え込む。
「やっぱりさ、それってにぃがゆかりさんを意識してるってことかな」
「はあ?」
「好きなんでしょ? ゆかりさんのこと」
からかいの目を向けてくる妹に、俺は小さく笑った。
「昔は、な。前は間違いなく好きだった」
「……今は違うの?」
「嫌いになったわけじゃない。けど、はっきり好きだとは言えなくなった」
「気持ちが薄れたってこと?」
「かもしれない。離れすぎてしまったしな」
真希は少し残念そうな顔をした。
「ゆかりさん、ちょっとかわいそう」
「……俺が悪いような言い方はやめろ」
「でもさ、にぃの横に立つ人なんて、ゆかりさんしか想像できないんだもん。他に好きな人とかいるの?」
問われて、しばし考える。クラスにはかわいい子も結構いたが、特別な感情はない。
「いない、かな」
「じゃあゆかりさんをもう一度好きになればいいよ」
「お前そんな簡単に……大体ゆかりがどう思ってるかもわかんねえだろうが」
「前に聞いたことあるもん。ゆかりさん、にぃのことが好きって言ってた」
「何年前だよ」
真希は返答に窮して口ごもった。
もう一度詰めて訊く。
「ほら」
「……五年前」
思わず苦笑が漏れた。小五のときかよ。
「ま、過去のよき思い出と受け取っておくよ」
俺は軽い口調で頷いた。

448:かおるさとー
07/03/18 07:04:43 BqF9h4ac
恋しさを覚えるにはちょっと時間が経ちすぎてしまったのだろう。想いを抱こうにも、相手は側にいないのだから。
真希は不満げに顔をしかめる。何を期待しているのやら。
「今も好きかもしれないじゃない、ゆかりさん」
「だといいな」
薄い反応を返す。真希は頬を膨らませた。
「ていっ」
いきなり爪先ですねを蹴られた。
「いっ! おまっ、なにを」
「ムカついただけ。心配しないで」
「そうじゃねえだろ! なに怒ってんだよ」
「夢にまで見るくせになんでそんなに淡々としてるのかわからないんだもん。それってちょっと寂しい」
俺は口をつぐむ。真希の心情が伝わってきたからだ。
多分、こいつは今でもゆかりのことが好きなのだろう。同学年の友達よりも、二つ上の彼女の方がずっと近い存在だったから。
なんとなく、真希の頭をくしゃくしゃと撫で回してみる。
「な、なに?」
不意の動作に、真希は珍しく戸惑いの顔を見せた。俺はその顔に微笑みを返す。
「帰りになんか好きなもの買ってやるよ。考えとけ」
かなり驚かれた。
「いいの?」
「ああ。いつも苦労かけてるし、俺にはそれくらいしか出来ないからな」
「……ごめんね、変なこと言って困らせて」
「気にすんな。いつかまた、あいつと仲良く出来る日が来るよ。今はタイミングが合わないだけだって」
俺がもう一度頭を撫でてやると、真希は恥ずかしそうに笑った。

駅前のスーパーに入ると、真希は真っ先にお肉コーナーへと向かった。
ほとんどのお肉パックに半額シールが貼られており、真希は豚肉をあさりまくる。牛肉を選ばないのは予算が決まっているからだろう。半額でも牛肉は高かった。
他のコーナーも一通り回り、魚、野菜、醤油等の調味料をかごに入れた。レジに向かい、精算を済ませる。
スーパーを出たところで俺は真希に尋ねる。
「で、何にするか決めたか」
「ちょっと待って。今考えてるから」
「早くしろよ。正直きついんだから」
両手に提げる荷物の重さに辟易しながら促す。真希はうーんと唸っている。
「あ」
急に短い声を上げたので、決まったのかと横を振り向くと、
「にぃ、来て!」
いきなり腕を引っ張られて俺は転びそうになった。
「な、なんだよ、どうした」
「ゆかりさんがいた」
その短い返答は予想外で、息が詰まった。
「会うのか」
「会いたくないの?」
問われてわずかに逡巡する。急にそんなこと、
が、真希はそんな躊躇さえ許してくれなかった。強引にぐいぐい引っ張られていく。荷物を持っていてはろくに抵抗も出来ない。
諦めて真希に従う。俺は小走りに真希についていった。
目の前に広がるは駅前の交差点。
俺の視界に制服の後ろ姿が映った。真希が追い付いて声をかけると、少女は驚いたように首をすくめ、振り返った。
久しぶりに見たゆかりの姿は、夢の中に出てきたものと全く同じだった。
ゆかりは突然現れた真希の姿に戸惑った様子だったが、やがて俺の姿を確認すると、小さく呟いた。
「まさくん……」
久し振りに愛称で呼ばれたためか、一瞬昔に戻った気がした。

449:かおるさとー
07/03/18 07:10:28 BqF9h4ac
真希の提案で、俺たちは近くのファミレスに入ることにした。
今日はにぃの奢りだから、と真希は支払いを俺に命じた。好きなものを買ってやると言った以上、それには従うしかない。
適当に飲み物やデザートを注文すると、真希が勢いよく話し始める。
「いやー、でもまさかあんなところでゆかりさんに会うとはねー」
ゆかりは小さく微笑んだ。
「私も驚いたわ。本当に久し振りね、真希ちゃん」
「制服着てるけど、ゆかりさんは学校帰り? 夏休みまだなの?」
「ううん。もう夏休みだけど、補習を受けるために登校しなきゃならないの。日曜日とお盆休み以外は全部学校」
それを聞いて、真希はうわ、と声を上げた。
「進学校ってそんなに大変なの!? うちのにぃなんて初日からおもいっきり眠りこけてたのに」
「やかましい」
ゆかりはくすくすと笑った。
「ところで今日はお買い物?」
「お肉の特売日だったの。今日はにぃの好物を作ってやろうと思って」
「豚のしょうが焼き?」
「あ、覚えてたんだー。ゆかりさんは何が好きだったっけ。カレー?」
ゆかりは頷く。確かゆかりは辛いのが苦手なので甘口が好みだったはずだ。
「にぃも会話に入りなよ。せっかくゆかりさんに会えたんだから」
「ん? ああ、そうだな……」
俺は曖昧に返事をした。
「なに、その不抜けた声は」
「いや、何話したらいいか、わからなくて」
「なんでもいいじゃない。学校のこととか、自分の近況とか」
「と言われてもな」
俺がはっきりしない態度でいると、目くじらを立てられた。
「もう! ゆかりさんと会えてにぃは嬉しくないって言うの?」
「そんなこと言ってないだろ」
「とにかく、気まずそうな態度をやめること。私、ちょっとお手洗いに行ってくるから」
一方的に告げられて俺は鼻白む。言い返す前に真希はさっさと席を立ってしまった。
ゆかりがおかしそうに笑った。
「真希ちゃん、相変わらずだね」
「まったく、少しはしとやかさを身に付けてほしいもんだ」
「でも、私はあんな元気な真希ちゃんが好きだよ。私はあんな風には振る舞えなかったから……」
「……」
懐かしそうに言うゆかりの目には、どこか憧憬のような光が映っている。
「変わったな」
「え?」
何とはなしに呟くと、不思議そうな顔で見返された。
「前はさ、もっと無口だったろ、ゆかり」
ゆかりは小さく眉を上げた。
「苦手だっただろ、人と話すの」
「……うん、そうだね。だから私、あんまり友達いなかった。けどまさくんと真希ちゃんは私の言いたいことわかってくれたから、二人と遊んでるときは一番楽しかったよ」
「クラスでは俺が通訳みたいな感じだったからな」
そうなのだ。かつてのゆかりは無口すぎて、会話さえまともに行うのが困難だったのだ。
俺が橋渡しをすることで、辛うじてクラスメイトとの交流を果たしている状態だったが、俺もよくゆかりのことを理解できたものだ。

450:かおるさとー
07/03/18 07:13:31 BqF9h4ac
「でもよかった。元気にやってるみたいで」
俺は素直にそう思った。違う学校で問題なく過ごせるかどうかというのは、詮なきこととはいえ、やはり気になることであった。
ゆかりは何も答えなかった。ただ俺の顔を見つめてくるだけである。
別に変なところはなかったと思う。なのに、なぜか俺はその顔に違和感を覚えた。
「……どうした?」
「え?」
「いや、なんか微妙な表情だったから」
「……ううん。昔を思い出してただけ。なんか、懐かしくなったから」
ああ、と納得する。こうしてまともに話すことも久方振りだし、感慨深くなるのも当然かもしれない。
「なあ、これからもさ、こうやってちょくちょく会えないかな。前みたいにさ」 来るときに交していた真希との会話を思い出しながら、さりげなく提案してみる。
「……忙しいかも」
断られた。
「……そ、そうか」
心の中で舌打ちをする。進学校を恨むぞ。
「仕方ないか。昔とは違うんだもんな」
「……会えないとは言ってないよ」
「……」
思わずゆかりを見返す。
「えーと、つまり……」
「時間あるときなら、いいよ」
おずおずと答える。その挙動は昔とあまり変わらない。
忙しいと言いつつも頷いてくれたゆかりに、俺は嬉しくなった。俺たちのことを、前と同じように大切に想ってくれているように感じた。
「……ありがと、な。少しでも会えるとさ、真希も喜ぶから」
「……まさくんは?」
「へ?」
「まさくんは……喜んでくれないの?」
「……馬鹿。喜んでるよ。嬉しいに決まってるだろ」
ゆかりはそれを聞いてくすぐったそうに微笑んだ。


そのあとすぐに真希が戻ってきて、次いで注文の品が届いた。俺たちは互いの近況や昔の思い出を語り合いながら、約二時間を過ごした。
携帯電話の番号とメールアドレスも交換し、また俺たちは接点を持とうとしていた。
前とは互いに変わってしまったかもしれない。もう小学生じゃないし、学校も違うし、彼女はもう無口じゃない。俺が共にいてやる必要さえ、ない。
それでも一緒にいようとすることは、会おうとすることは決して悪くないと思った。こうして久し振りに会っても、前と変わらずに接することが出来たのだから。
そう、考えていた。

451:かおるさとー
07/03/18 07:16:40 BqF9h4ac
俺はまた、あいつの部屋にいた。
なぜ、という当然の疑問に頭は答えを出せなかった。明るい蛍光灯の光に照らされた小さな空間内で、俺はただぼんやりと立ち尽くす。
ふと、外が気になった。
ベッドの横の窓は薄茶色のカーテンに覆われている。俺は窓に歩み寄り、カーテンに手をかける。
布一枚に隠された向こう側には何か得体の知れないものが存在しているのではないか、などという子供じみた想像が背筋を舐めるように生まれたが、それでも意を決して開けた。
窓の外には、暗い闇が広がっていた。
夜、という考えに埋没しかけて、慌てて否定する。そんなはずがない。外には明かりどころか、何かあるときに多少なりとも感じる、物体に対する気配さえなかったのだ。
何もない。この世界にあるのはこの部屋だけで、それ以外は何もなかった。黒いマジックで塗り潰されて、部屋以外の存在を否定されたかのような世界。
これは多分、本当に必要なものだけ用意しているからだろう。この世界に必要なのは、この部屋だけなのだ。なぜなら、この部屋は彼女と会える場所だから。
果たして、少女は現れた。
ドアを開けて前回と同じように俺に抱きついてくる。俺は抵抗しない。前と違い、戸惑いも焦りもなかった。彼女に強く触れたいと思った。
俺は少女の名を呼ぶ。
幼なじみはにこりと笑んだ。俺がかつて好きだった笑顔。
いや、今も好きなのは変わらない。でも今のあいつはもう違う。昔のあいつとはもう違う。
なのに、目の前の彼女は変わらない笑顔を見せてくれる。姿は成長した状態なのに、中身だけが昔のままだ。
それはひょっとすると、俺が望んでいた姿なのかもしれない。
少女は俺の顔を至近で見つめる。とても、嬉しそうに。
服を脱がされた。抵抗はしない。好きなようにさせる。シャツがはだけて上半身が現れる。そのままベッドに押し倒され、一気にズボンも下げられた。
まるで躊躇がない。顔は熱っぽく爛々と輝いている。随分積極的だった。さすがにこんな様子の少女は見たことがない。
下着をずらされ、外気に触れた逸物は、既に屹立していた。幼なじみは舌を這わせると、口腔内にあっという間に飲み込んでいく。
凄まじい快感が全身を駆け抜けた。電気椅子で処刑されるような、身動きできない不自由さ。しかし、襲ってくるのは苦痛ではなく、圧倒的な快楽の痺れだ。
この、誰もいない世界の中なら、彼女に何をしてもいいという意識は少なからずある。
一方で彼女に対して申し訳ないという意識もあったが、目が合うとそんな思考は波にさらわれるように流されてしまった。彼女の目が、遠慮はいらないと妖しく告げていた。
性器が口の中に埋まっている。激しい往復が繰り返されるたびに、ざらつく舌と生暖かい体内温度が強く射精を促してくる。
二人っきりの世界の中で、我慢という意識はあまりに薄弱だった。
魅惑的に赤い唇が蛭のように根本に吸い付き、唾液が棒全体を溶かすようにぬめらせる。それはまるで、痛みのない消化液。
苦しくないのだろうか、と心配の目を向けると、彼女は男根から口を離し、俺を真っ直ぐ見つめてきた。
顔を見るだけで心の裡が全てわかったときがあった。
今もそうだった。彼女が無口だった頃のように、考えていること、言いたいことが皮膚感覚だけで、伝わってくる。
言葉を持たなかった頃の人間も、きっとこんな風に意思の疎通を図れたのではないだろうか。言葉がなくても、人は理解しあえるのかもしれない。

452:かおるさとー
07/03/18 07:19:23 BqF9h4ac
彼女がもっとと目でせがむ。もっとしたくて、もっとされたくて、少女は自身の衣服を剥ぎ取っていく。
俺たちは互いに裸身をさらし、抱き合った。
温かい抱擁と優しいキスを贈り合う。こんなに綺麗な体を、俺は今独り占めしている。
手を伸ばす。相手の股間はもう濡れていて、今すぐ突っ込んでも何も問題ないかのようだった。
指を入れると、彼女は身を固くした。俺は大丈夫と囁き、そのまま内襞を撫でるように中に侵入する。
指の腹でゆっくりと擦ってやると、少女の体が震えた。緊張ではなく、快感が襲っているのだろう。顔に陶酔の笑みが浮かんだ。
強めに指を動かすと、彼女の腰が跳ね上がった。首筋にしがみつきながら、体をぶるぶる震わせている。俺はそれを見て遠慮なく刺激を送り込んだ。粘った感触が指にまとわりつき、スムーズに中をなぞれた。
間断なく擦り上げていくうちに、彼女の目は泣きそうなくらいに揺れていった。絶頂はすぐそこまで来ているのかもしれない。俺は慌てて指を抜いた。
彼女は困惑げに俺を見やった。不満顔に、俺は頭を撫でてやる。
俺は彼女の上に被さると、秘所目がけて下半身を突き立てた。彼女は嬌声を上げ、しがみついてくる。
初めて、という思いが頭をかすめた。しかし少女は、快感に打ち震えた喜色の声だけを発している。遠慮はいらないか、と俺も激しく腰を動かした。
先程イキ損ねたせいか、幼なじみの腰遣いは俺よりも凄かった。負けじと全力で動く。締め付けが一気に強まった。
往復を重ねていくと、彼女は半ばイキかけていた。どうやらあまり余裕がないようだ。俺も抑えることなく神経を傾ける。一歩先にある快楽の到達点を目指して、膣口の中をぐちゃぐちゃに掻き回した。
俺は高まった絶頂感に身を委ね、精液を奥へと放出した。子宮の壁にぶつけるように腰を押し付け、熱のこもった液体を丁寧に擦り付けていく。
彼女は荒い呼吸をなんとか落ち着かせようとするが、口が喘いでうまくいかない。絶頂の波が意識を吹き飛ばしているようで、膣だけが絶え間なく蠕動していた。
なんて気持ちがいいのだろう。
ずっとこのままでいたいという思いが体を覆い、安心感の前に力が抜けていく。
少女が力なく微笑んだ。
互いに弛緩しきった体で抱き合うと、俺たちはどちらからともなく安心の口づけを交し合った。


目が覚めたとき、下半身に違和感があった。
冷たい肌触りにはっとなって、トランクスの中を探る。
粘り気のある冷めた液が指先に絡み付いた。
「…………」
夢の中の快楽劇とは打って変わって、俺の気分は一瞬で落ち込んだ。

夏休みに入ってから一週間。
ともすれば堕落しきってしまいそうな休みの日々は、妹の指導によってまあまあ健全な方向へと進んでいた。朝が遅いのはともかく、三食きちんと食べて、夜更かしもしない。家事も出来る限り手伝うし、無駄に遊んで時間を浪費することはなかった。

453:かおるさとー
07/03/18 07:23:16 BqF9h4ac
その日、俺は病院を訪れていた。
母親の見舞いのためである。母親は長いこと入退院を繰り返していて、入院しているときも出来るだけ俺たちは会いに行っている。当の本人は自分たちの時間をもっと持ちなさい、と言うが、母親との時間を過ごすのは俺たちにとって大切なことなのだ。
病室に入ると、母さんはすぐに気付いて手を上げた。優しい笑顔に俺も軽く手を上げる。元気そうだ。
「真希は?」
「今日は連れてきてない」
「あら、なんで?」
「友達付き合いを優先させた」
真希は学校の友達と遊びに行っている。ただでさえ家事全般に追われて多忙な中、少しは友達と遊ぶことも大事だと考え、俺が無理やり行かせたのだ。
「いいお兄ちゃんね、正治」
「あいつの方が偉いよ。休みに入っても世話になりっぱなしだし」
「そういうところがいいって言ってるのよ」
「俺よりあいつを誉めるべきだと思うけど」
「誉め言葉は本人に直接言うものなのよ」
母さんのからかうような顔に俺は苦笑する。
花瓶の水を交換したり、洗濯物を紙袋に入れたりしながら、俺は尋ねた。
「体調どう?」
「まあまあ、かな。悪くはないわよ」
「どっか痛むところとか」
「大丈夫よ、前に比べたらかなりマシになってるんだから」
「マシって……嫌な言い方するな」
つい軽口をたしなめる。母さんはごめん、と素直に謝る。
六年前、母さんは買い物から帰る途中で、トラックに撥ねられた。
重傷で、母親は傷を治すのに一年を費やした。元々体が弱いこともあってか、完治した今でも後遺症に悩まされている。免疫力が低下しており、小さな風邪にも気を付けなければならなくなってしまった。
「とにかく、今は大丈夫なんだな」
「うん」
「それならいい」
母さんは嘘をつくことがないので、その短い返答でも俺は安心した。
「そういえば正治」
「なに」
「昨日ゆかりちゃんがお見舞いに来てくれたわよ」
「!?」
思いがけない話に目を剥いた。
確かにこの間ゆかりに会ったときに、母さんが入院していることは話していた。しかしまさか見舞いに来てるとは。
「高校は前よりも近くて、家から通えるようになったんだって。前は寮生活だったからよかったわねーって母さんつい嬉しくなっちゃった」
「聞いてないぞ。なんであいつが」
「なに言ってんの。昔からよく家に遊びに来てたんだから、ほとんどうちの子供みたいなもんじゃない。娘が母親の心配をするのは当然のことでしょ」
「小野原家ごと否定する気か。……そっか。ゆかりが……」
俺はため息混じりに一人ごちる。ゆかりらしい配慮といえばそうだが、忙しいくせにそこまで気を回さなくていいと思う。
「あいつと話したの?」
「うん。もー美人になっちゃってて! 進学校の制服もかわいいデザインだし、あれはモテるわねー」
「いや、それはどうか知らないけど……」
ちょっと身贔屓が過ぎるんじゃないか。確かに容姿が悪いとは微塵も思わないが、並より少し上くらいではないだろうか。美人というのは終業式の日に会った少女のような者にふさわしい言葉だ。

454:かおるさとー
07/03/18 07:26:46 BqF9h4ac
と、話題がそれた。聞きたいことはそれじゃない。
「あいつさ、変わったよな」
「え? どうして」
「え?」
不思議そうに問われて、逆に困った。
「いや、あいつ昔は喋ったりするのが苦手だったから」
「ああ、そういえばそうね。でもそんなに違うものでもないじゃない。今でもあの子はいい子だし、何も変わってないわよ」
「……そんなものかな」
いまいち納得が行かなくて首を傾げる。真希も同じようなことを言っていたし、変わったと思うのは俺だけなのか。
「ひょっとして、どう接していいのか悩んでいるの?」
母さんに尋ねられて、揺れた思考のまま頷く。
「そんな感じ。いや、別に昔みたいに親しくすればいいんだろうけど、なんか違うような気がして」
「あやふやね。それじゃちょっとアドバイスのしようがないかな」
母さんの口調は軽いが真摯な響きだった。
「でもね、昔とか今とかこだわらずに、相手に接することが大事だと母さんは思うわよ」
俺は黙ってそれを聞く。
「長年仲良くしてても、人間なんだからわからなくなることくらいあるわ。でもきちんと自分なりに相手と向き合うことが大切。人の頭の中は見えないけど、想いはちゃんと伝わるのよ。互いに理解し合おうとすれば」
「……」
まるで古い恋愛講座を聞かされている気分だったが、言わんとすることはわかった。
ようは迷ってもいいから逃げるな、そういうことだろう。向き合わなければ理解どころじゃないから。
少しだけ気が晴れた。俺は母さんに向かってありがとう、と呟く。
「あ、でも一つだけ注意」
そこで改まって指を立てられた。なに、と尋ね返すと、
「やっぱり淫らな行為は出来るだけ控えた方がいいわよ。するにしても避妊はしっかりね。母さんも父さんと付き合い始めた当初は、プラトニックなラブを育んでいたから……」
「…………」
俺は無言で帰り支度を始めた。


病院を辞してしばらく。
適温に保たれている院内とは違い、外は釜茹でされているみたいに暑かった。半袖シャツの内側にじわじわ汗が吹き出てくる。額も髪の間を抜けるかのように、水滴が流れていく。
アイスでも買っていくかと俺は近くのコンビニを探した。値段の安いスーパーかデパートが財布に優しくベストだが、この際どっちでも構わない。とにかく店を─
視線が固まった。
瞳の先に制服姿のゆかりが立っていた。
俺はうまく反応出来なくて、目を眩しそうにしばたく。
「まさくん……帰り?」
声をかけられて慌てて返事をする。
「あ、ああ。……ちょうど見舞いに行ってきたところで、今から帰る」
「ふぅん……一緒に帰ってもいい?」
「いや、どうせ方向同じだし」
それもそうだね、と肩口で揃えた黒髪がささやかに躍る。ヘアピンが控え目に前髪を固め、彩っている。
その姿はついこの間まで知らなかった幼なじみの成長の証で、女性らしい部分がくっきりと丸みを帯びている。夢の中でも彼女には会っていたが、その肢体は色っぽく、艶があった。
といっても、あれは夢の中なわけで。つまりは俺の妄想なわけで。
すまない、ゆかり。夕べ俺はお前に口では言えないいろんなことをした。
「まさくん? おーい……」
「……大体急に変わるからいけないんだよな」
「なにが?」
呟きにいちいち反応するが、無視する。てゆーか聞かないでくれ。
俺たちは並んで歩き出す。ゆかりの目線が昔より下にあった。
こうして仔細に渡って観察してみると、いくつもの発見がある。
背の高さ、歩幅の長さ、表情の豊かさ、言葉の巧みさ、それらは確かに幼なじみのものなのに、一つ一つに知らない何かが混じっていて、全てを掛け合わせると、目の前の成長した幼なじみの姿へと変貌を遂げてしまう。
「制服だけど、今日も学校か」
「うん」
「この道で会ったってことは、母さんの見舞い?」
「うん。ごめんね、連絡もしないで勝手なことしちゃって」
「いや、ありがとな。母さんも喜んでたよ」
「今日はまだ行ってないんだけど、……もうまさくんは行ってきたんだよね」
「昨日行ったんだろ。十分だよ。母さんもはしゃぎすぎるし。……そういえばアイス買おうと思ってたんだけど、ゆかりもいるか?」
「え?」

455:かおるさとー
07/03/18 07:31:15 BqF9h4ac
甲高い蝉の鳴き声に、暑さと汗が入り混じる。
ゆかりは細い裏道を指して、先に店があると言った。知らなかった情報に感心する。
民家の屋根瓦が、灰色のブロック塀が、ひび割れそうなくらいに日を浴びている。電柱は短い影しか落とさず、アスファルトの日除けにさえなってくれない。飛ぶことで涼しい風を浴びようとするかのように、雀が電線の上を通過していった。
本当に暑い。
でも、ゆかりはどこか楽しそうだった。
店に入ってバニラのカップアイスに喜び、店を出て夏の日射しの強さを嘆く。何気ない反応を当たり前のようにして、ゆかりは俺を惑わせる。
楽しげな振る舞いのどこに戸惑っているのか。自分でもよくわからない。
昔と違っても本質は変わらないとわかっているのに、俺は違和を感じている。なぜだろう。今のゆかりも、俺にとってはとても大事に想えるのに。
「……どうしたの、まさくん?」
横から覗き込んでくる小さな顔は、綺麗な笑みをたたえている。
……今のゆかりはこんなにも魅力的なのに。
俺は言葉なく首を振り、力ない笑みを返した。
そのまま変わらず歩いていると、ゆかりが足を止めた。
「ねえ、ちょっと休もっか」
「え?」
疑問の声には答えず、ゆかりは道の先を指差す。歩道脇に小さな公園の入り口が見えた。
先導する彼女の後を追う。公園内は寂れた様子で、どこにも子供の姿はない。チェーンの錆びたブランコが風に吹かれて緩やかに揺れた。日を照り返す砂場の色が微かに眩しい。
俺たちはブランコに座り、溶けそうな熱の中まだ溶けていないアイスを食べる。
「おいしいね」
「ああ。でもすぐに喉が渇くんだろうな」
「じゃあ次はジュースだね」
「帰って麦茶を飲むのがベストだ」
財布を軽くする提案を、やんわりと拒否。まあジュースくらい奢ってやってもいいけど。
ゆかりは小さく苦笑した。それから表情を改めて、
「まさくん」
「ん?」
「私といるの、気まずい?」
「……え?」
急に心臓を掴まれたような、そんな驚きを受けた。

「……なんで」
「ん、なんとなく、かな。まさくん、戸惑っているんじゃないかなって」
「それは、」
俺は言い淀む。
正直戸惑いはつきまとっていた。だが、気まずいなんてことはない。と思う。
「……多分、お前が変わったように感じて、それで違和感があるせいだと思う。でも気まずいなんてことはない。ゆかりはゆかりだし、俺や真希にとって大切な人であることは絶対に変わらない」
ゆかりは少しだけ、嬉しそうに口元を緩めた。
「変わりたくて変わったわけじゃないよ」
愛惜の影が僅かに差したような気がした。
「成績がいいってだけで私立の中学を勧められて、私もみんなの喜ぶ顔が見たくて、でも途中から理由が変わって、」
義母のことだ、と俺は瞬時に理解する。小学六年の時にゆかりの父親が再婚したが、無口なゆかりは義母との接し方に苦慮していた。
全寮制の私立中学に入ることで、ゆかりはそれから逃れようとしたのだろう。さらに三年間、ゆかりはこちらに戻ってこなかった。
「でもそのせいで、私はまさくんからも離れてしまった。まさくんは私にとって、誰よりも大切な人だったのに」
「……」
「まさくんに会いたいと思った。それでようやく帰ってきたけど、通う学校も違うし、どんな顔で会えばいいのかわからなかった。三年間は、ちょっと長すぎたかな」
「……」
「まさくんがいないということがわたしを変えた。積極的に会話するようになったし、友達も多く出来た。でも、まさくんにはその変化がおかしく映るのかな」
ゆかりは寂しそうに笑む。
「ごめんね。昔の小野原ゆかりはどこにもいないみたい。まさくんの隣にいた頃とは、もう同じじゃないから」
「違う」
俺はたまらなくなって、思わず叫んでいた。
ゆかりは驚いたように目をぱちぱちさせた。
「関係ないよ。さっきも言っただろ。昔だろうと今だろうとゆかりはゆかりだ。確かに困惑はあったかもしれない。でもこれからまた隣にいてくれるんだろ。同じかどうかなんてどうでもいいじゃないか」
ゆかりは微笑む。どこか諦めたように。

456:かおるさとー
07/03/18 07:37:22 BqF9h4ac
「隣には……いられない」
「え……?」
自分の口から漏れた声は、ひどく間抜けに聞こえた。
「まさくんは今の私を好きじゃないみたいだから」
錐を突きつけられた思いがした。
絶望的に平坦な声に対して、俺は無理やり答える。
「……好きだよ」
「うそつき」
簡単に断言されて、二の句が告げられなかった。
それでもなんとか言葉を紡ぐ。
「俺と一緒にいたくないのか?」
「そんなことないよ。ただ、昔みたいにお互い好き合っていられないなぁ、って」
「それでもいいだろ。昔みたいにいかなくても、一緒にはいられる」
「私が辛いの」
息が詰まった。
「戻ってきたら前みたいになれるとずっと思ってたから。でもこの間まさくんと会ったとき、それが幻だったことがわかって、それでもまさくんを見つめようとするのは……辛いの」
ゆかりは顔を伏せる。
「三年間待った想いって結局なんだったんだろう、って思えてきて、まさくんの側にいたら悲しくなってくるの。でもそれをまさくんのせいにはしたくないから」
自分自身が情けなかった。俺の態度がゆかりに悲しい思いをさせたかと思うと、許せないくらい悔しかった。
どうすればいい。どこかで壊れてしまった互いの関係を、どうやって直せばいい。
頭が真っ白になって何も考えが浮かばなかった。ただ歯痒く、幼なじみを見つめることしか出来ない。
容赦なく言葉が続いた。
「それにね、私も多分まさくんと同じ。今のまさくんを、前みたいにちゃんと好きかどうか、自信がない。だから、これからはただのお友達でお願いします、『沢野くん』」
決定的だった。
さっきまで仲良くアイスを食べていたのが嘘みたいで、間に出来た溝は底が見えないくらい深くて、
「……そうか」
結局気のきいたことも、逆転の言葉も吐けず、馬鹿みたいにうなだれるだけだった。
ゆかりがブランコから腰を上げた。申し訳なさそうな目で体を屈めると、俺の頬に唇を寄せた。別れのキスは、暑い日差しの中で微かに冷たかった。
そのままゆかりが離れていく。ブランコに座り込んだまま彼女を見つめる。姿が見えなくなっても、俺は立ち上がることすら出来なかった。
やがて茫然自失のまま帰路に着き、のろのろと家に帰った。

自分の部屋でベッドに倒れ込むと、様々な言葉が頭を横切った。
あなた、大事な縁が切れかかってますよ─
ゆかりさん、今でもにぃのこと─
きちんと自分なりに相手と向き合うことが大切─
これからはただのお友達でお願いします、『沢野くん』─
「……」
真希も親父もまだ帰ってきていない。ベッドの上で身じろぎ一つしないでいると、外の音が強く聴覚を刺激した。
蝉の鳴き声が聞こえる。隣家の雑談が聞こえる。車の駆動音が聞こえる。
なんて無駄な感覚だろう。こんなに鮮明に聞こえる耳なのに、彼女の心の声を拾えなかった。
あいつの想いにはずっと前から気付いていた。そこに甘えていたかもしれない。あいつはいつまでも俺を好いていてくれると、呑気に思い込んでいたから。
でも一番の問題は、俺があいつをどう思っているかだろう。
好きなはずだ。好きだと思う。きっと好きだ。胸の内を切り開けば、そんな中途半端な言い回しばかり出てくる。想いに混じる、微かな違和感。
この違和感の正体が掴めず、俺は迷っている。その迷いがあいつに伝わってしまったから、あんなことを言われたのだ。そして、恐らくはもう手遅れなのだろう。
「……」
体が気怠い。
なぜだろう。
泣きたいくらい悲しいのに、泣けない。一人なんだから思う存分涙を流せばいいのに、目にはなんの変化も起こらない。
「……」
もう、本当に何もかもどうでもいいという気がして、俺はベッドに沈み込むように脱力した。

その日の夜は早々とシャワーと食事を済ませ、自室に引き込もった。
不審に思ったのか真希がうるさく話しかけてきたが、俺は適当にあしらってとっとと寝床に入った。

457:かおるさとー
07/03/18 07:40:19 BqF9h4ac
また、俺は彼女を抱いている。
部屋は相変わらず殺風景で、俺たち以外に誰もいない。二人だけの世界の中で、淫靡に肉だけが絡み合う。
体を動かす度にベッドがリズムよく軋んだ。彼女は喘ぎをこらえているのか喉を震わせないようにしている。必死に耐えるその表情は可愛く、愛しかった。
形のいい胸が目の前で揺れている。吸い込まれるように手を伸ばし、白い果実の感触を楽しんだ。先端の方が感じるのだろうが、俺は揉む方に執着する。
肩口で切り揃えた髪が白いシーツの上で乱れる。体を小さく震わせて、唇を強く噛む。意地でも声を出さない彼女に向かって、俺は体当たりをするかのように腰をぶつけた。
声を出さないのは、彼女がそうしたいから。
俺は不満に思わなかった。声を出さなくても、言葉を繕わなくても、互いに顔を見合わせれば、思考も感情もなんとなく伝わるから。小さい頃から、ずっとそうだったから。
揉んでいた胸からようやく手を離し、俺は下半身に集中する。ストロークの長いピストンから短い往復に切り替える。絶頂へ向けて、奥に擦り込むように腰を押し付けた。
彼女は涙目になりながら小さく笑う。
たまらない。
愛しくて、楽しくて、嬉しくて。
気持ちよさの中に深く潜るように、俺は少女の体の中に意識を残らず傾けた。
陰茎が膣の奥で痙攣するように動き、大量の精を放出する。
彼女は必死で俺の体にしがみつき、快楽の圧力を受け止める。
注ぎ込んだ精と傾けた意識があまりに多く、そのまま体の力が抜けていく。でも、少しも辛くなかった。

真っ白に塗り潰されていく感覚の中、俺は彼女の寂しげな顔を見た気がした。


「にぃ! 聞いてるの?」
目の前に妹のアップ顔が現れる。俺は表情一つ変えずにトーストを頬張った。
テーブルを挟んで対面から顔を近付けてきた真希は、俺の反応のなさに拍子抜けしたのか、静静と椅子に腰を下ろした。
「むぅ……昨日からおかしいよ」
「……ああ、わるい」
「何かあったの?」
「ないよ。何も」
口から気力ない返事が出る。
「……」
「……」
朝のダイニングルームが沈黙に包まれた。
一晩過ぎても俺はこんな調子だった。
原因はわかっている。俺は自分自身に腹を立てているのだ。ゆかりを悲しませたということが悔しくて、情けなくて、しかしどうすればよかったのか少しもわからなくて。
こんなにも悲しくなっているのに、俺の心はまだぐずついている。一番大事なことを、まだ確信していない。
ゆかりのことが、好きなのか、嫌いなのか。
嫌いなんてありえないことはわかっている。だが自信を持って好きだとも言えない。
例の、違和感が、
「……」
ミニトマトを口に放り込む。みずみずしい酸味も、気が抜けているせいかどこか空事のように感じる。

458:かおるさとー
07/03/18 07:44:16 BqF9h4ac
「にぃ」
真希の呼び掛けに俺は顔を上げた。
「ごめんね」
「……なにが」
「ゆかりさんと、何かあったんでしょ?」
少し、心拍が速くなったような気がした。
「私には何も出来ない。だって、それはにぃとゆかりさんの問題で、二人の間でしか解決出来ないと思うから。でも……やっぱりちょっと申し訳なくて、だから……ごめん」
「……」
俺は真希をじっと見つめる。
「や……だからね、ちゃんと向き合ってほしいの。悩むのも、ぶつかるのも、二人にしか出来ないから。私は、」
「なんで変わっていくのかな」
真希の言葉が止まる。
「え?」
「昔はあんなに好きだったのに、どうして今、こんなに変わってしまったんだろう」
「……」
「あいつも、昔は俺のことを好いていてくれたんだ。でも、三年ちょっとでこんなに変わるものなのかって思うと、昔の想いってなんなんだろう、って」
「……わからないよ」
「俺もだよ。たかだか十年ちょっとじゃ理解出来ないのかもな」
わかっていたことではあるが、それでも悔しくなる。所詮俺はまだ高校に上がりたてのガキで、人の心を推し量るには積み上げてきたものが少なすぎた。自分のことさえまともにわかってはいないのだから。
「別にいいじゃない、そんなの。わからなくても、相手を好きなら、」
「そう思ってたけどな。ゆかりはそんな変化が許せなかったみたいだ。あいつは三年間俺への想いを積み重ねていてくれたんだ。でも、ゆかりの好きだった奴はこの街にはもういなかった」
時間が、かつての俺を消した。
「ゆかりに言われたんだ。もうお互いに好き合っていられない、って。ただの友達でお願いします、って」
「……」
「俺の方こそごめんな。お前が考えていた以上に、駄目な兄貴で」
「なんで? 相手を好きってだけじゃ駄目なの?」
「もう傷付けたくないんだよ、あいつを」
「……っ」
「だからもう、いいんだ」
俺はそれっきり何も言わず、黙って食事を続けた。
真希ももう何も言うことが出来ず、会話はそこで途切れた。


午後になって、俺は気分転換に出かけることにした。
真希は昨日行けなかった母さんの見舞いに行き、家には誰もいなくなる。俺は鍵をかけ、熱気に満ちた外の世界に足を踏み出す。
天気は昨日と同じく晴れていた。高気圧が馬鹿みたいに頑張っているせいだ。おかげで降雨量が少なく、全国的に水不足らしい。
別に行くあてがあったわけではない。ただ、家にこもっているよりも、外に出た方がマシかもしれないと考えただけだ。
見舞いについていこうかとも思ったが、こんな気分ではまともに見舞えるはずもない。逆に心配されるのがオチだった。
こんなに憂鬱な休みは初めてだ。
幼なじみに久々に会って、決定的な齟齬が生まれて、妹にも心配かけて、さらには妙な夢まで見る始末だ。
「……くそっ」
無気力の中にも小さな苛立ちが混じる。ストレスはたまる一方だ。
「荒れてますねー」
急にのんびりした声がかかり、俺は顔を上げた。
いつの間に現れたのか、一人の少女が目の前に立っていた。
栗色の髪をポニーに結った美しい顔立ちの少女。白のワンピースは薄い生地で、涼しげな印象を与える。大きめの瞳は清流のように澄んでいた。
俺はすぐに思い至る。終業式の日に会った、あの美少女だ。
「また会ったね、お兄さん」
明らかに同年代のはずなのに、年下のようなことを言う。俺は立ちすくみ、少女をぼんやりと眺める。
「もう一度会いたいって思ってたの。まあ会えるとは思ってたけど、縁が繋がっててよかったね」
わけのわからないことを言うのは、前と変わらないようだった。
しかし俺は、この少女に不思議と拒絶を感じなかった。
「悩みがあるみたいだね。私でよければ相談に乗るよ」
名前も知らない相手を、俺はただ見つめていた。

459:かおるさとー
07/03/18 07:49:02 BqF9h4ac
俺たちは近くの公園に入った。昨日も同じことをしたな、と考えて、ため息をつく。俺はなにをやっているんだろう。
奥のベンチに座ると、少女が明るい声で言った。
「私、依子(よりこ)。あなたは?」
「沢野正治。……苗字は?」
「え? あぁ、ごめんね。私ないの」
「……は?」
つい眉間が寄った。ない、とは?
「戸籍上はあるんだけど、それを名乗っちゃいけないの。私は落ちこぼれだから」
相変わらず意味がわからない。
「だから私のことは気軽に依子って呼んで。私もマサハルくんって呼ばせてもらうから……」
「あんた、何者なんだ?」
俺はなんとはなしに訊いた。曖昧な問いであることは自覚していたが、それが一番自然な形だったと思う。
依子と名乗った少女は、にこりと笑った。
「私にはね、人の縁が見えるの」
「……縁?」
初めて会ったときにも、確かその単語を口にしていたような気がする。
「たとえば……マサハルくん、最近大事な人と仲違いしたでしょ」
「え……!?」
まるでそれが当たり前のことであるかのような口調で、依子は言い放った。
「わかる……のか?」
「大体ね。その相手がどういう人なのかまではわからないけど、マサハルくんにとってとても大事な人だっていうことはわかるよ」
「……」
驚愕していた。
懐疑もあった。
だが、嘘をつく必要があるとも思えない。
あるいは洞察が優れているだけなのかもしれない。しかしただの女の子でないことは明らかだった。たとえ虚言や妄想が入っているとしても、侮れないおかしさだ。
「無遠慮でごめんね。マサハルくんはとても辛いのに、何も知らない私が触れていいことじゃなかった。ごめんなさい」
依子は顔を曇らせて頭を下げる。
素直で、とてもいい子だと感じた。
サイコには見えなかった。俺は初対面の時の失礼な感想を恥じる。
「縁が見えるって言ったけど……」
「うん。嘘だと思う?」
「わからない。俺には判断がつかないよ。でも、あんたはそういうのに関係なく、いい人だと思う」
「ありがとう。でも『あんた』じゃなくて依子だよ。ほら言ってみて」
「依子」
「うわっ、こういうときって恥ずかしがったりして言い淀むものじゃないの?」
「悪い。俺そういうのないんだ。ってそれよりも、その縁っていうのはどういうものなんだ?」
依子はうーんと唸った。
「そんなに複雑なものじゃないよ。世の中のいろんなものは見えない糸で繋がっていて、私にはたまたまそれが見えるってだけ」
見えない糸。あの運命の赤い糸とかそういうやつだろうか。
「私とマサハルくんの間にもあるよ。一週間前に出来た糸だけど、私にはずっと見えていた。だから近いうちにまた会うって思ったの」
「……その糸は、誰の間にも出来るのか? 通りすがりの相手とか、もう二度と会うことのない奴でも」
「出来るけど、普通はすぐに切れちゃうの。あなたと私はたまたま相性がよかったからこうして会うことが出来たけど、大抵は一度きり」
長い長い時間をかけて、人は太い繋がりを作っていくんだよ、と依子は楽しそうに言う。そして、それはより近くで、想いを重ね合わさなければならない、とも。
長い時間。
互いの距離。
交しあう想いの数。
俺にもあるのだろう。家族は元より、ゆかりとの間にも。だが今は……。
「今、俺の大切な糸は切れかかっているのか?」
勢い込んで訊くと、依子は顔を伏せた。
「うん……あまりよくない。完全に切れてはいないけど、かなり危ない」
「切れたらどうなる?」
「それまでの関係がなくなる。新しく縁が繋がる可能性もあるけど、長い時間が必要」
「そうか……」
予想通りの答えに自然と嘆息が漏れた。
「大事な人なんでしょ? 早く縁を保たないと駄目だよ」
「どうすればいい?」
「簡単に言えば、その人との仲を取り戻すこと。縁が切れる前にやらないと手遅れになるよ」
また息を吐く。簡単に出来れば苦労はしない。

460:かおるさとー
07/03/18 07:56:34 BqF9h4ac
そのとき、依子が妙なことを呟いた。
「でもおかしいなー。ちゃんと修復出来るように繋いだはずなんだけど」
「……は?」
修復? 何のことだ?
「依子。一体何のことだ」
「いや、最初に会ったときに縁が切れかかってるのが見えたから、ちょっと手を加えてやったの」
「何をしたんだ」
「私には縁が見えるだけで、縁そのものをどうにかすることは出来ない。けど、本人の意識の方向性を縁に向けてやることくらいは出来るの。私固有の力じゃなくて本家の術の一つなんだけどね」
「……それをすると、どうなるんだ?」
「その縁が繋がっている相手に意識が向く。それによって相手との繋がりを保とうとするの。誰にでも出来るわけじゃなくて、本当に心の底から大事に想っている相手じゃないと無理だけど」
よく、わからない。
具体性に欠けるので、実感が湧かなかった。彼女が俺に何かをしたということは理解したが─。
「あの、もう少し具体的に教えてくれないか」
依子は得意気に語った。
「たとえばものすごく相手のことが気になったり、無意識の内に相手のいる方向に足が向いたり、相手のいいところを再確認したり、相手のことを夢に見たり」
ちょっと待て。今なんつった。
「とにかくそんな感じ。縁を強くするためには当事者同士の想いが重要だから、そのために、」
「あれお前の仕業か────っっ!!!!」 俺の大音量の叫びに、依子は体をのけ反らせた。
目を白黒させながら、依子が顔をしかめる。
「どうしたの? 急に大声だして。周りに人がいないからって迷惑、」
「ここ最近やたら妙な夢を見ると思ったら、お前のせいだったんだな!」
少女はきょとんとする。それからにっこり笑って、
「あ、よかった。効果あったんだね」
「逆効果だ! あれのせいで最近憂鬱だったんだぞ!」
「そんなはずないよ。夢に見るのは基本的に相手のいいところばかりだから、楽しい内容のはずだよ?」
「あ、あのなぁ」
ある意味いい面ばかり見えたし、楽しいと言えるのかもしれないが、しかしあれはさすがに、
「……見えすぎても困ることだってあるんだよ」
「?」
「と、とにかく、元に戻してくれ」
不審そうな顔を向けられたが、俺は無視する。いくらなんでも理由は言えなかった。
依子は首を傾げたが、素直に頷く。
「うん、いいけど……でもその夢は、マサハルくんにとって重要な意味を持っているかもしれないよ」
「は?」
「夢の中で見るのは相手のいいところ。でも現実ではよく見落としがち。それがわからなくて相手を見失ったりすることもある。夢の中だからこそわかることもあるってこと。よく思い返してみたら?」
思わぬ発見があるかもよ、と言われて、俺は夢を思い返してみた。
あの部屋には温かみがなかった。あれがいい面だとはとても思えない。
いや、当事者はどうだろう。ゆかりは不満どころか、逆に嬉しそうだった。なぜ嬉しそうだったのか。
……自惚れでなければ俺か。俺といることが彼女を嬉しくさせていた。そして俺も嬉しかった。あの夢の中で俺たちは互いを理解し合い、心を重ね合っていた。
考えてみればおかしな話だ。夢の中でゆかりは言葉を一切発していない。なのになぜ、俺は彼女の言いたいことがわかったのだろう。
いや、違う。昔は簡単にゆかりの言いたいこと、考えていることがわかったのだ。それを夢の中でもやっていたに過ぎない。決して夢の中だけの話ではないはずだ。
俺はゆかりと肌を合わせた。そのとき俺は、あいつの何を見ていた? 考えを読み、理解し、重ねるときに何を、

……『目』だ。

その瞬間、俺は全てのピースがかちりと嵌った気がした。
俺はずっと、相手の顔を見て内側を理解するものだと考えていた。
だが、違うのだ。顔全体を見るのではない。少なくとも、あいつに対してはそうじゃない。ゆかりは俺に対して、いつも目で語りかけてきた。
思い出す。俺はかつて、必ずあいつの目を見ていた。目の奥に見え隠れする思考を、感情を、鋭敏に読み取っていた。それは俺にとって、呼吸するより簡単なことだったのだ。
ずっと忘れていた。三年間離れていたせいで、完全に感覚を失っていたのだ。だから俺はゆかりを─

461:かおるさとー
07/03/18 08:03:06 BqF9h4ac
「……」
携帯をポケットから取り出す。時刻は午後三時を回ったところだ。
「依子。まだ、俺の縁は切れていないんだよな」
「うん。……行くの?」
俺は頷いた。はっきり頷いた。
「なら急いだ方がいいよ。縁はいつ切れるかわからないから」
「ああ、ありがとな」
「あ、それと言い忘れてたけど、マサハルくんが見た夢、相手も見てたかもしれないよ」
「……は?」
「夢はね、共有することが出来るの。縁を伝って同じ夢を見ることもあるんだ」「……はあ!?」
なに言ってるんだコイツ。
「もし夢に自分が本来知るはずのない情報や事柄が出てきた場合、まず間違いないね。でもね、夢が繋がっているってことは、互いの想いが強いということの証明みたいなものだから、それは……ってどうしたの?」
「…………」
落ち込んでるんだよ畜生。
夢の中とはいえ、何度もあいつを抱いたわけで、それが向こうにも伝わっていたとすると、もう自殺ものの恥ずかしさなわけで。
よろよろとベンチから腰を上げると、俺は出口へと向かう。
と、そこで振り返る。まだ訊くことがあった。
「……なんで俺に手を貸したんだ?」
依子は笑う。
「人助けに理由なんかないよー。ちょっとお節介焼いただけだって」
「……ありがとう」
本当に心から礼を言う。そのお節介のおかげで、大切なものを失わずに済むかもしれない。
「早く行った方がいいよ」
「今度会ったら、きちんとお礼するから」
「楽しみにしてるよ。『縁があったら』またね」
俺は小さく笑みを返し、そのまま急いで駆け出した。
取り戻そう。大切な人との縁を。


真夏の日射が容赦なく俺の体を熱する。
俺は走る。急いで縁を取り戻しに。
ゆかりに対して抱いていた違和感は、もう完全に消えていた。
あれはゆかりが変わってしまったために感じたわけじゃない。そもそもゆかりは昔と比べてそんなに変わったのだろうか。
違うような気がする。本質的なものは何も変わってないと思う。
変わったのは俺の方だった。俺がゆかりの心情を理解出来なくなっていたために、彼女の方が変わってしまったのだと勝手に勘違いしてしまったのだ。
それが、違和感の正体。
伝えなければならない。今度こそ俺の想いを。
理解しなければならない。今のあいつの心を。
運動不足のせいか、脇腹が凄まじく痛い。きりきりと万力で内臓を潰されているみたいだ。熱もひどい。日射しがストーブのように強烈な熱を送り込んでくる。
それでも足を止める気はさらさらない。日射病も熱射病も、今はどうでもよかった。
早く会わなければならなかった。
俺はひたすらに走る。


ゆかりの家の前に着くと、俺はがっくりと膝をつきそうになった。
が、なんとか力を入れてこらえる。へばっている場合じゃない。
深呼吸を何度も繰り返し、少しずつ息を整える。額の汗を腕で拭い、心拍数が減るのをひたすら待った。
心臓の音が耳に響かなくなる。ようやく、体を元に戻し、
「あ……」
か細い声が聞こえたのはそのときだった。
駅方向の道の先に、制服姿のゆかりが立ち尽くしていた。俺の顔を見て、呆けたように固まっている。
「ゆかり……よかった。会えた」
泣きたいくらいに安心した。本当に、もう会えないかもしれないという不安があったのだ。


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