07/08/20 06:59:10 huPsKwFg
そう。そもそも……どうして僕は、こんな場所にいるのだろうか?
目覚めた時から、頭の片隅で絶えず考え続けてはいた事だった。が、一向に、ここに至るまでの経緯が思い出せない。
まさかとは思うが、記憶喪失にでもなってしまったというのだろうか。
僕は、自分自身に関する情報を一つ一つ、反復作業のように確認して、錆付いた記憶の扉を開いてゆく。
僕の名前は佐々野智信(ささの とものぶ)年齢は十九。生まれは東地区五番街の四。階級は三級市民。
僕が暮らしているのは『一級市民』と呼ばれる一握りの人間と、それを補佐するコンピュータによって運営される都市、マシン・シティ。
カースト制にも似た厳しい階級制度が導入されている都市で、そこに暮らす市民の階級は一級~五級に分類される。
階級ごとの地位について、見も蓋もない解説をしてしまうならば―
一級市民が支配者、二級市民が上流階級、三級市民が中流階級、四級市民が下流階級、五級市民が犯罪者、と言ったところか。
そして、僕の目標は、いつの日か昇格試験に合格して、栄誉ある(一部では神とも呼ばれている)一級市民になることだ。
うん、大丈夫。記憶に目立った異常は認められない。『どうして僕はここにいるのか』という、最も重要な一点を除いては、だが。
限局性健忘、という言葉が頭を掠める。心因性の健忘(外傷性の健忘ならば、無傷ではいられないだろう)では、一番ポピュラーな症例だ。
本当に、そうなのか……? 今僕の身に起きているのは果たして、『健忘』という常識の範疇にカテゴライズされるような現象なのか……?
自分でそれらしい理屈をつけておいて、尚、歯に挟まった異物のように、違和感がある。
仮にそうだとしても、この限局性健忘が、完全な偶然の産物であるなどとは到底思えなかった。
気にはかかるが、記憶に関しては、悩んだ所でどうにもならなさそうではある。時間の経過が、回復に導いてくれることを祈るしかない。
さて。こうしていつまでも、ベッドの上で座っていても仕方がない。
兎に角、部屋を調べてみよう。そう決めて、僕は足を床に落とすと、重い腰を上げた。
立ち上がった状態で、僕は改めて、部屋のあちらこちらに視線を這わせてみる。