【不可抗力】女の子と二人きりになってしまったat EROPARO
【不可抗力】女の子と二人きりになってしまった - 暇つぶし2ch736:書く人
07/06/17 02:42:00 oH5EQbW3
 相手を引っ張る力の強い塩基であるナトリウムイオンは、仕方なくその場にいた水素イオンと一緒になっていた。
 相手を引っ張る力の強い酸である塩化物イオンは、仕方なくその場にいた水酸化物イオンと一緒になった。
 ならば……

「……あの~センパイ~?」
「えっ。あ、うん。とにかく、そういうこと。分かった?」
「はい~。教え方が上手ですね」

 繕う僕に、高木さんはお礼をいってくる。
 けれど、僕はその内容をほとんど聞いていなかった。

 僕は隣を見る。
 そこには椎名さんがいた。
 機嫌が治った、というより一美ちゃんとのやり取りが既に意識の外に置き去られてしまったのか、頭を抱えながら円谷さんの問題解説を受けている。
 シャーペンの恥を口にくわえて脹れっ面で参考書を睨みつける椎名さん。
 そんな表情ですら見苦しさより可愛らしさが前に出ている。
 椎名さんは、そんな可愛い女の子だ。それに対して、僕は冴えない男。
 駅で二人が言葉を交わすような関係になったのは、偶然そこに二人しかいなかったから。

 さながら、ナトリウムイオンと水酸化物イオンだ。
 地味で誰も引きつけることのない僕と言うイオンがいる、駅と言うビーカーの中に、椎名さんと言う引き寄せる力の強いイオンがやってきて、僕を引きつけた。

 ――仕方なくに、だ。

 けれど、それは二人きりになったから。椎名さんに言わせれば、きっと仕方なくのことに違いない。
 ビーカーの外には、僕よりはるかに引く力の強いイオンに溢れかえっている。
 外に零れてしまえば、椎名さんに引き寄せられる、僕よりはるかに魅力的なイオンがたくさんいて、椎名さんは僕に見向きもしないだろう。
 現に、円谷さん達と話をしている椎名さんは、いつも以上に嬉しそうで輝いて見えた。

 ああ、何を勘違いしていたんだろう。僕にとって彼女が特別な存在であったとしても、彼女にとって僕が大切な存在である根拠にはならないと言うのに。
 いや、それどころか、すでに彼女には恋人か、あるいは好きな人がいるかもしれない。

 冷水を頭から浴びせられたような気分だ。
 女の子に少し声をかけられて、その友達にはやし立てられただけで、すぐにのぼせて、いい気になっていた。
 僕など椎名さんにとっては、二人きりに『なってしまった』相手に過ぎない。
 偶然と不可抗力の結果である僕が、椎名さんにとって特別な意味がある存在であるはずがあるだろうか?
 


「あの…喜沢さん?こちらの数式なんですが…」
「…うん。どうしたの」

 円谷さんに言われて、僕は現実の問題の方へと意識を向けた。
 


 解散の時、椎名さんは僕にテストまでの家庭教師を頼んできた。僕はそれを承諾した。
 少しでも椎名さんの隣を占有していたい。理由は、そんな悪あがきにも似たものだった。
 この日を境に、椎名さんとの時間が少しだけ憂鬱になった。


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