07/02/04 00:29:43 3z4Bkhvz
結局ふたりはそこで別れ、ジュウはアクセサリーショップに寄ってみたが
いいものが見つからず、結局手ぶらで帰ってきてしまった。
まあ、まだクリスマスまでには時間がある。じっくり考えて選べばいいだろう。
ジュウはぼんやりそう思いながらアパートの郵便受けを開けた。あるのは何通かのダイレクトメールや広告のみ。
…と思いきや一通の茶封筒がそのなかに紛れていた。
基本的に外の世界にはあまりつながりを持たないジュウにとっては
珍しいことだったが、もしかしたら紅香宛てのものかもしれない。
彼は不思議そうに首を傾げながら、自分の部屋の中に上がってからその封を調べてみた。
一見すると『柔沢ジュウへ』としか書かれておらず、差出人も明記されていなかった。
封を切ると、その中には一枚のA4程度の大きさの手紙が入っていた。
「雪姫からか?」
雨は毎日学校で会うし、円は間違っても必要なこと以外は自ずからジュウと連絡を取ろうとはしないだろう。
とすれば、思い当たるのは雪姫ぐらいなものだが、
その雪姫もジュウの自宅の電話番号も知っているはずだし、雨からメールアドレスも聞いているはずだ。
不思議に思いながらも、その手紙を開き読み始める。
「ええと、何だ……?」
しかし、その中に書かれていたのは、次のようにワープロ打ちで一文かかれていただけだった。
『聖なる夜、あなたの一番大切なものを奪います ――『常識破り』より』
「……は?」
一瞬ぽかんとする。そしてもう一度茶封筒の宛先を確認する。何度見ても自分宛だ。
聖なる夜…つまりはクリスマスか、またはイブか。………それにしても、大切なものを奪う?
「…俺の一番大切なもの?」
今日は何でこうも難しいことを何度も考えさせられるのだろうか。憂鬱げなため息をついてかぶりを振った。
妥当に考えれば母親の紅香ということになるのだろう。
悔しいことだが、どう天地が引っくり返っても自分の母親はあの女以外には有り得ないわけで、
唯一無二の存在なのは事実だ。
どれだけ一般的な母子のあり方として違っていても、心の奥底では彼女を認めるしかなかった。
751:名無しさん@ピンキー
07/02/04 00:34:31 3z4Bkhvz
……とはいえ、あの女は他の誰かにやれるような殊勝な女だっただろうか。
ジュウのなかで知る『最強』は母親の紅香であって、加来羅清よりも、円堂円よりも、伊吹秀平よりも、
強烈で過激で獰猛で、そして何より最初から最後まで自分を貫く―、柔沢紅香とはそういう人間だ。
彼女を負けさせる人間がいるとすれば、そいつは世界で一番の異常者だ。
柔沢紅香という人間はありとあらゆる『常識』を超越した傍若無人。
『常識』に捕らわれる限りはあいつを叩きのめすことなんてありえるわけがない。
それにしても、どうしてこのような脅迫文が送られて来たのだろうか?
ふと以前に遭った幸福潰しが頭の中をよぎったが、首謀者である綾瀬一子は自首、
そのメンバーも『暗木』の不在によりバラバラになった。
白石香里のようにそのうちの一人が綾瀬一子の『真理』とやらの考えを引き継いでいたとしても、
この一文はそれとは何かが違うものが感じられる。
以前、雨の家で見せてもらった脅迫文やいやがらせの手紙にしては前回の幸福潰しと同様、
憎しみや怨嗟のようなものは感じられない。だが、何故だろうか。
この手紙からは確実に実行するという強い意志と、まるで自分には不可能はないと言わんばかりの余裕が見える。
そう、どこかプロ意識を露骨に見せる人間のような、何かが。
――何にしても、嫌がらせ、で処分できそうにはない。
「明日、雨にでも相談してみるか…」
ジュウは手紙を茶封筒に入れなおすと夕飯の準備に取り掛かった。
……と、こんな感じで。
長々しく、キャラの口調がおかしかったりとへんてこなところは多いですが、
暇つぶし程度に読んでくださるとコレ幸い。
以下続く。かも。
752:名無しさん@ピンキー
07/02/04 01:36:07 lE7sV37g
これで続かないなんて俺が耐えられない。
753:名無しさん@ピンキー
07/02/04 07:27:22 pHnZ9LuF
続きが気になる(;´Д`)
754:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:07:11 lE7sV37g
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
ⅩⅡ―“撃滅”
《鉄腕》ダニエル=ブランチャードは考える。
―坊ちゃんにも困ったもんだ。
自分に護衛を任せた癖に、いざその時になれば勝手に《ビッグフット》に付いて行く。
あの巨漢は繊細な行動は出来るが、繊細な思考は出来ない。
無論、護りながら戦う事など考えもしないし、当然の如く出来はしまい。
別に《鉄腕》は、九鳳院竜二に忠誠を誓っている訳ではない。
今こうして彼の身を案じているのも、単に依頼主に何かがあって報酬の支払いに問題が発生しては困るからだ。
―全く、こっちの身にもなって欲しいもんだ。
内心で嘆息する。
とりあえず今は目の前の敵。障害を排除しなくては。それから竜二を追い掛ける。
―しかし。
《鉄腕》ダニエル=ブランチャードは考える。
―まさか獣王が出張っているとは。
今、最も勢いがあるであろう国の王。それがこうして、目の前に立ちはだかっている。
噂では自ら前線で剣を振るう王との事らしいが、成る程。その噂は真実と見える。
油断は、出来ない。
その気迫は本物だ。
《鉄腕》は、柔沢ジュウを戦士であると、己が敵足り得ると認識する。
プロとして驕らず、ただ眼前の敵を刈り取る。
なればこそ―。
《鉄腕》ダニエル=ブランチャードは、自らの二つ名を示す、その義腕を、全力で振るった。
***
地が爆砕する。
まるで大金槌が穿ったような衝撃に土が捲れ、粉塵を撒き散らす。
局地的に地面が揺れるほどの拳撃。
それは、《鉄腕》の放った一撃であった。
《鉄腕》の手甲は尋常の物ではない。超重量を持ち、腕の骨格すら鋼に変えた義腕にして一つの武器である。
《鉄腕》の只ならぬ筋力により振るわれるそれは、常人が受ければ総身の骨を粉微塵に砕き、潰す程の威力がある。
その必殺の一撃を、ジュウは後方に飛び退り躱していた。
朦々と立ち込める土煙の中、そこに立つ《鉄腕》に、ジュウが反撃する。
地に着いた脚を踏ん張り、両手で握った大剣を、全身で使い、振るう。
風圧を纏った斬戟が、《鉄腕》に襲い掛かる。
「はああぁぁっ!」
裂帛の気合い。こちらもやはり常人ならば骨肉纏めて断ち斬る刃。
持てる最大の胆力でもって疾らせた大剣による一撃。
それを―
「ふんっ!!」
―《鉄腕》は両腕で受ける。
755:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:08:39 KoEzCqF9
鋼同士が撃ち合う衝突音が響き渡る。 鮮やかな残響を残し、ジュウの渾身の一撃は《鉄腕》に止められた。
「なかなかの攻撃だ」
せりあう拳と剣。
それを視界に捉えながら《鉄腕》が口角を吊り上げ笑みを象る。
「むん!」
腕に力を込め、大剣を弾いた。
「こっちの番だ!」
刹那、《鉄腕》の右腕がジュウを襲う。ジュウは大剣の腹でそれを防御。
しかし《鉄腕》の剛力に、大剣毎吹き飛ばされる。
庭を囲う塀に叩きつけられ、背後に罅を造りながら、ジュウは壁に埋もれる様にして止まった。
「どすこい!」
《鉄腕》の追撃。身を低く、突進する。ジュウは立ち上がる事すら儘ならぬ内に《鉄腕》の巨体と塀に挟まれる。
巨大な鉄塊が、岩盤を打ち砕くのにも似た轟音が上がり、塀は蜘蛛の巣状の罅を更に広げる。
《鉄腕》の体当たりを受け、身が軋む激痛に声すら上げられず、ジュウは膝から崩折れた。
「まあ、こんなもんか」
常人ならば骨が砕け、肉が潰れているだろう。
まず死んでいるだろうし、よしんば生き残っていたとしても身体は機能せずいずれ死ぬ。
即死か、いずれ死ぬか。どちらにせよ命は無い。
《鉄腕》は自らを遮った障害の排除を確信すると、踵を返し、屋敷の中に居るであろう竜二を追おうとした。
追おうとして、立ち止まる。
「……っ痛ぇな、コンチクショウ」
カラカラと、乾いた音を立て塀が欠片を落とす。
「……なに?」
背後の呟きに、《鉄腕》は疑問を浮かべる。
確かに、全力で当たった。ミンチになってもおかしくない衝撃だったはずだ。
それなのに―
「まあ、クソババアに殴られるよりはマシか」
―何故、立ち上がる。
「何勝手に終わりにしてんだよ。それとも降参って事か?」
―何故、笑っている。
「ほら、続きしようぜ? ニガー(黒人兵)」
―何故、俺が恐れる。
「おぉぉっ!」
咆吼。《鉄腕》が、巨体を砲弾の如く炸裂させる。
ジュウは、大剣を大きく後ろに降りかぶる。
「っだらぁぁあああ!!」
豪快なスウィングで大剣が降り抜かれる。《鉄腕》は突進の勢いはそのまま、拳を大剣に叩きつける。
激突、紫電、軋み、歪み、鋼が裂ける。
それはジュウの大剣か、或いは《鉄腕》の義手か。
二人は同時に、反動に吹き飛ばされる。
しばしの静寂。立ち上がったのは、両者同時。
「ぐっ……う」
756:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:10:27 KoEzCqF9
まさか、自分の突進すら利用されるとは。《鉄腕》は己の勢いも乗せられた一撃を受け、そのダメージによろめく。
―しかし、それは相手も同じ。ただでは済んでいないはず。
ならば、今が好機。先に仕掛けた方が圧倒的有利だ。
《鉄腕》は腕を降りかぶり―それが出来なかった。
「なにぃ!?」
鋼の義手は、今や無様なブリキ細工の如くひしゃげていた。
先の一撃に耐えきれなかったらしく、関節部を中心に、大破している。
―バカな。
《鉄腕》が、破られた。その事実に驚愕を抑え切れず呻く。
「なんなんだ、貴様ぁっ!」
有り得ない。
自分の攻撃に耐え、あまつさえ《鉄腕》を砕く。
戦闘屋でもなければ、生粋の戦士ですらない。
その気迫は本物なれど、詰まるところは一人の国主。戦いが本業ではない。
では何故、戦闘屋の自分が追い詰められるのか。
有り得ない。有り得ない。有り得ない。
ぐるぐると混乱する思考。恐怖に囚われたそれは冷静を欠く。
「お、うぉおっ!」
腕は動かない。《鉄腕》はショルダータックルをかます。
しかし―
「ぅらあっ!」
ジュウは、それをタックルで迎え撃った。
投げ出された大剣は、先の激突の影響だろう。所々刃こぼれしていた。
肉体と肉体が激突する。
根本的な質量の違いに、ジュウは弾かれそうになるも、脚を踏ん張り耐える。
地を抉り、ジュウの足元が沈む。
ぎりぎりとせめぎ合う両者は互いに一歩も退かない。
「ふんっ!」
「おぉっ!」
力比べ。まるで極東の格闘技“相撲”の様に、二人は押し合う。
均衡は《鉄腕》から崩れた。
「はぁっ!」
四つに組んだ体を離し、脚を蹴り上げる。ジュウは側頭部を強打され、よろめく。
再びタックル。ジュウの体が、今度は弾き飛ばされる。
地を転がり、止まる。
―今度はどうだ。
頭部への打撃。それは致命傷になりうる必殺の一撃だった。
そのはずなのに―
「何故、立ち上がる……」
―金髪の少年は不適な笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。
「何故、立ち上がる貴様ぁっ!」
「寝てる理由が無いからな」
血を流し、泥に塗れても。それでも少年は立ち上がる。
「……っ死ねぇ!」
絶叫。《鉄腕》が、再度ジュウに突撃する。
だが、それは届くことはなかった。
「がっ……!」
《鉄腕》がくぐもった悲鳴を上げる。その胸に咲くは、一輪の紅い花。
757:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:11:33 KoEzCqF9
鮮血が、大輪を咲かせた。
《鉄腕》が、地に倒れ伏せる。
それの傍らには、いつからか小さな影。
小さな影は、怜悧な声音で言い放った。
「付け足すならば―」
その声は、少女。
「立ち続ける事は条件だからです。如何なる戦いにあっても勝利し続け、最後まで立ち続けた者を指して人はこう言うのですから―」
「―即ち、“王者”と」
血を払い、剣を鞘に収めるその姿は、獣王の、柔沢ジュウの従者。
百戦錬磨の大強者―堕花雨。
「お迎えに上がりました、ジュウ様」
「……結局、来るのかよ」
「主君をお迎えするのもまた、従者の仕事ですので」
「……まあ、礼は言おう」
「お気になさらず」
あくまでも普段通り。戦場であっても、それは変わらない。
「事態は粗方把握しています。どうやら屋敷内に侵入を許したようですね」
「何?」
「ジュウ様のせいではありません。あれの侵入を止められる者などそう居ませんから」
―いずれにせよ危機である事に変わりはない。
「更に、屋敷内には敵の首領も居るようです。決着を付けるにはお誂え向きかと」
成る程。重要人物は揃っている。クライマックスには相応しいだろう。
ジュウは踵を返す。向かうは屋敷内。真九郎と紫の元だ。
「―終わらせるぞ。付いて来い」
「御心の儘に」
従者を得て、少年は王者となる。
今もまた。
獣王が、戦場を歩む。その傍らに騎士を従えて―。
続
758:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:16:06 KoEzCqF9
毎度、伊南屋に御座います。
やっと、やっと雨を出せた……っ!
“ヒーローは遅れてやってくる”をやりたくてずっと出番無しだったけど、ようやく物語が雨の出番に追い付いた。
後はもうクライマックスまで突っ走るだけ。
役者は出揃い、雨というデウス・エクス・マキナまで登場。
長かったお話もなんとか終わりそうです。
それではまたいずれ。
以上、伊南屋でした。
759:名無しさん@ピンキー
07/02/05 12:25:28 nP9M6axc
雨・・・こんなにかっこいい登場の仕方なんて卑怯だよ!!
伊南屋さんかっこよすぎます!毎度のようにですがGJ!!