【電波的な彼女】片山憲太郎作品【紅】at EROPARO
【電波的な彼女】片山憲太郎作品【紅】 - 暇つぶし2ch700:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/20 23:20:20 Su7byAgy
 毎度、伊南屋です。

 今回は少々短め。間が空いたクセにこんなんでスミマセン。
 いやしかしレディオ・ヘッドもⅩまで来ました。長いなあ……なんて自分で思いました。

 今回は以上。次はもっと早く、かつ文量を多くして投下します。
 それではまた、伊南屋でした。

701:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/20 23:55:04 Su7byAgy

 ***

「なあ、飯なんか食ってて大丈夫か?」
「ちゅるちゅる」
「ああ、大丈夫だ」
「むぐむぐ」
「しかし、飯食うより情報をだな……」
「ず~っ、んくっんくっ」
「飯食わなきゃ情報を教えて貰えないんだよ」
 結局。
 あれ以上詳しい話は銀子から聞けず、ジュウ達は昼食を食べていた。
 真剣な話し合いのはずが、紫がラーメンをすすり、スープを飲む音で緊張感に欠けてしまっている。
「実を言えばな、銀子が今すぐに教えないって事は、一分一秒を争う事態じゃないって事だ。だからむしろ安心すらしている」
 真九郎の言葉にジュウは質問を返す。
「銀子だったか。大分信頼してるよな、確かに情報通ではあるみたいだが」
「“通”なんてもんじゃない。歴としたプロだよ」
「プロ?」
「……村上銀次って知ってるか?」
 唐突な話題転換に戸惑いながらもジュウが応える。
「ああ、名前と噂くらいは」
 ―村上銀次。
 伝説の情報屋の名だ。彼は噂話から国家機密に至るまで大量かつ精確な情報を集め、売ったという。
 大分前に亡くなったらしく、ジュウ自身彼から情報を買ったことは無いが、昔は彼からどれだけの情報を買えるかが知略戦の勝敗を分けたと言う。
「村上―待てよ、村上って事はまさか」
「そう。銀子は村上銀次の孫娘。二代目だよ。祖父から受け継いだ膨大な情報とその情報源、ネットワーク。それを使い銀子は情報屋を運営しているんだ」
「成る程……」
 それならば真九郎の信頼も頷けるというものだ。
「しかし、お前も変わった人脈を持ってるな……」
 崩月。村上。そして九鳳院。
 ただの少年が持つには強烈過ぎる人脈。無論、その人脈を持つ真九郎がただの少年ではない事は明らかだが。
「実際助かってるよ」
「それは良かった」
 不意に降ってきた声に視線を向ける。そこにはいつの間に居たのか。銀子が相変わらずの無表情で立っていた。
「失礼するわね」
 そう言って、ジュウ達の席に、銀子も腰を降ろす。
「仕事は良いのか?」
「忙しい時間も終わりかけだしね」
 言われてみれば、入ってきた時ほど人は多くない。僅かながら空席も見られた。
「だからまあ、大丈夫。それで、聞きたいんでしょ?」
「ああ、教えてくれ」
「構わないわ」
 そう言うと銀子は情報をまとめたらしい、数枚の紙を取り出した。
「助かる」
「良いのよ、有料だから」
 さらりと述べる銀子に真九郎は苦笑して応える。


702:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/20 23:56:20 Su7byAgy
「……プロだから、か?」
「……プロだから、よ。あんたもその辺ちゃんとしなさいよ?」
「分かってるよ……」
「どうだか」
 そう言って銀子は真九郎を見つめる。なんの感情も込められていないように見えるが、ジュウには銀子が真九郎を案じているのが感じ取れた。
「折角だから説明しながら読むわ」
 言って、銀子は街外れの不審者について、ゆっくりと話し出した―。

 続

703:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/20 23:57:32 Su7byAgy
 すいません。本編変な所で切れてました。追加文です。
 これで本当にⅩは終わりです。

704:名無しさん@ピンキー
07/01/21 00:01:11 NPt6P1XY
GJ!!

でも、雨の出番が無い(´・ω・)

705:名無しさん@ピンキー
07/01/22 04:35:23 Gc13eEA5
キヤァー、足りない足りない、物足りないわ~続きが気になって眠れないじゃないのっ!
・・・・酷い伊南屋(ひと)・・・でも、そんな貴方が・・好・き♪


706:名無しさん@ピンキー
07/01/22 07:18:24 fzA2saEr
伊南屋さんいつもながらGJです!!
このスレが700超えたのは伊南屋さんの力が大きいのでは…GJ!!

707:名無しさん@ピンキー
07/01/22 10:38:12 a0cX6lrp
伊南屋氏GJッス!ってゆーかこんなハイペースで良質のSSを大量生産するなんて神以外の何者でも無いっすよ!

708:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:16:06 w014PtwQ
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
ⅩⅠ.

 夜。
 雲が月を覆い、闇を深くしている。
 影はその漆黒に身を潜め、蠢く。
 嫌な空だ。ジュウは嘆息を漏らした。
 崩月邸。その庭でジュウは今宵起こるであろう惨劇に思いを巡らせていた。
 銀子の情報は予想以上に深くまで掴んでいた。
 大まかな人数と今夜、襲撃を掛けるであろう事。更には襲撃者の中には裏では名の知れた戦闘屋も含まれる事。
 具体的にそれが誰かまでは分からなかったが、これは十分に大きな収穫と言える。
「しかし、昨日の今日で仕掛けてくるか……」
 ジュウが漏らした呟きに返す者があった。
「今回は次男坊の独断専行。時間掛けるのはあっちにもマイナスってこったな」
 日本酒を杯で飲みながら、崩月法泉がジュウの傍らに立っていた。
 不戦を表明しているとは言え、余りにも余裕の態度であった。
 ちなみに不戦の理由は「俺が傷つくと涙する女性がいるから」だそうだ。
 真九郎や夕乃は、そんな理由を聞いても、既に慣れきっているらしく反論はしなかった。
「さて……そろそろ月も真上に来る。見えちゃいないが多分そうだ。―来るぜ。奴ら」
 法泉は目を細め、そう言った。
「―らしいな」
 ジュウの呟きに呼応するように。屋敷を包む空気が一変する。ちりちりと首筋を焼く気配。
 敵意―或いは殺意。
「始まるか……今夜は長くなりそうだぜ」
 酒臭い息と共にこぼされた法泉の言葉は、生温い風に溶かされ、虚空に消えた。

 ***

 崩月邸―正門

 襲撃者の多くは、侵入者を拒むために聳え立つ門の前に集結していた。無論、玄人である所の彼等が無策に正面から仕掛ける筈はない。
 陽動である。数十人を攪乱に回し、その他ほんの数名が屋敷に侵入する。
 例え陽動であると分かっていてもこの人数。人手を割かぬ訳にはいかない。そう見越しての配置だった。
 裏門にも数では劣るが、やはり多くの陽動部隊が配置されている。
 だが、この布陣に不満を上げる者もいる。
 曲がりなりにも全員が手練れ。素人などは断じて混じっていない。それなのにたかが子供一人を攫うだけ。
 ましてや厳重な護衛が敷かれて居る訳でもない屋敷を攻めるのに、この大人数、しかも陽動の為である。
 敵を侮るつもりはないが、やはり慎重過ぎると思う。
 それがこの部隊の過半数が抱える疑念であった。


709:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:17:27 w014PtwQ
 しかし、やはりそこは玄人である。与えられた仕事はこなす。
 時間が、やってきた。
 襲撃者達は動き出す。まずは門破りだ。
 先陣を切って走る一団が門に辿り着かんとした時だ。
 破る筈であった門が、内から開かれた。その向こうに立っていたのは、少女。
 長い黒髪を闇に溶かし、身に纏うは紅袴。
 いわゆる巫女装束であった。
「ようこそいらっしゃいました……と言いたい所ではありますが、少々礼に掛けるお客様のようですね」
 あくまで穏やかな微笑を浮かべ、少女―夕乃は淡々と語る。
「申し訳ありませんが、お帰り願いますか?」
 夕乃の言葉を疑いながらも、襲撃者の一人が一歩踏み出す。
 或いは彼が昨晩。ジュウ達と手を合わせた者であれば。相手が少女であっても油断はせず。不用意に近付いたりはしなかっただろう。
 ―もっとも。慎重に動いたからと言って何が変わるわけでもないのだが。
「退け、女。退かぬなら容赦はしない」
「退きません。あなた方を通す訳にはいきませんから」
「……ちっ」
 男が、音もなく駆け、距離を一瞬で詰める。手にした刃は容赦なく、夕乃の細く白い首を捉え振るわれた。
「あら」
 軽い言葉と共に、男の動きが止まる。
「些か短気ではありませんか?」
 刃を持った腕は、夕乃が掴んでいた。男は抵抗しようとするもビクともしない。
「お帰り下さい」
 言って、夕乃の腕が振るわれる。それは男を掴んでいた腕だ。
 軽々しく男の体が宙に舞い、背中から叩きつけられる。と、同時。鳩尾に固く握られた拳が、深々と突き刺さる。
「あっ……がっ!」
 口から血を吐き、男が痙攣して横たわる。
「もう一度言いますね? ―お帰り下さい」
 その言葉は強く男達を怯ませた。しかし、引く者は誰一人いない。それはプロの意地。
 それを見つめ、夕乃は溜め息を吐く。
「仕方ありませんね……」
 それでは、と呟き。そこで夕乃は初めて構えをとった。
「次代崩月流当主・紅真九郎夫人予定。崩月夕乃。―参ります」
 告げる夕乃の顔は、少し恥ずかしげな笑顔を浮かべていた。

 ***

 崩月邸―裏門

「本当に来たのね。それもまあゾロゾロと」
 円は冷ややかな視線を、眼前の一団に向ける。その声は気だるげに響き、次いで漏らされた溜め息に吹き飛ばされた。
 崩月邸裏門。正門同様に陽動部隊が展開されたそこは、既に緊張の糸が張り詰め今にも決壊しそうであった。


710:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:19:18 w014PtwQ
「まったく。うちの王様のお人好しにも困ったものだわ。これが雨ならもっと楽に話は着いていたんでしょうに」
 目の前の危機を危機とも思わず愚痴を漏らす。常と変わらぬ円の姿がそこにあった。
「貴様は……っ!」
 一団の中から一人の男が声を上げた。
「あら、貴方……」
 その男を視界に捉え、円は記憶を掘り返す。それは昨夜、股間に膝を打ち込んでやった男であった。
 男はその顔を憤怒に染め、円を睨み付けている。
「……ふん」
 しかし、それを見た円は鼻を鳴らすだけであった。詰まらない物を見たとでも言うように視線を逸らす。
「やるなら早くしましょう。退屈なのよ」
 相も変わらず自信と侮蔑に満ちた言葉を投げる。張り詰めた緊張は一気に弾け、対峙の場を戦場に変えた。
「おおぉっ!!」
 男達の怒号が響く。
「下らない……」
 円はただ嘆息し、鞘に仕舞っていた剣を抜き放った。
 刹那。無数の剣刃が交差し、悲鳴を生む。
 倒れたのは数名の襲撃者。対する円は傷一つなく、息一つ荒らげてすらいない。怜悧なその表情は、ただひたすらに余裕。始まる前と変わるところは無い。
 ただ一つの変化。手にした刃だけが血に濡れていた。
「さて、どれくらい貴方達が持つかしら?」
 その言葉を呟いた時。ようやく円の顔に、表情らしいものが浮かんだ。
 それは、蔑み。ただ対峙する男達が邪魔で仕方ないといった表情。
 憎しみではない。そんな感情などぶつけてやらない。そう物語っているような顔。
 煩わしい。それだけ。
「次、来なさい。早く終わらせたいの」
 再び怒号が響く。
 それは夜の闇空を突き、長い戦いの夜の始まりを、今になって告げているようであった。

 ***

 崩月邸―中庭

 怒号が聴こえる。襲撃者達が動き出したらしい。今は夕乃と円がそれぞれに当たっているだろう。
「始まったみたいだね」
 ジュウの傍ら、「寝る」と言って中に下がった法泉の代わりに立つのは雪姫だった。
 緊張するでもなく、鞘に収まった倭刀の鍔を指で弾いている。今すぐにでも抜きたい。そう言っているようだった。
「陽動……だな」
「だね、あまりにも騒ぎ過ぎだもの」
 恐らくはそろそろ、屋敷に別働隊が侵入してくるだろう。紫の側に真九郎が付いているとは言え、決して油断は出来ない。
「―来たんじゃないかな?」
 雪姫が常人離れした鋭敏な感覚で、侵入者の存在を察知した。


711:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:20:32 w014PtwQ
 それを証明するように、塀を越え、中庭に二人の人影が降り立つ。
 闇に慣れた瞳に映ったのは、黒い肌に、肩まである鋼鉄のガントレットを装着した巨漢と、口元をマフラーで隠し、胡乱な瞳をした少女であった。
「よし、雪姫。抜いて良いぞ」
 敵を確認し、ジュウが雪姫に戦闘許可を出す。雪姫はそれと同時。刹那の内に抜き身の刃を晒していた。
 空気が一変する。さっきまではただの少女であった“ソレ”から、殺気が溢れ出す。
「ほう……」
 巨漢が興味深げに呟いた。
「こいつは斬島か?」
 巨漢は雪姫と、自らの傍らで呆っと突っ立っている少女を見比べた。
「なんだ、詰まらねえ仕事かと思ったら案外イカしたアトラクションがあるじゃねえか」
 そう言って巨漢は、携えていた包みを少女に渡した。
「女の子……?」
 その様子を見ながらジュウが訝しげな声を上げる。敵にも少女が居るのか。
 無論、だからといって手加減はしない。女を殴れば目覚めが悪いが、ここは既に戦場。情けは掛けられない。
 ましてやこちらに至っては戦力の多くが女性である。今更驚いた位で、なにが変わる訳でもない。
 だが、ジュウは更なる驚きを少女から与えられる事になる。
 マフラーをした少女が包みを解く。中から出てきたのは鋸であった。
 なんの変哲も無い。木を切り倒す為の工具。或いは刃とも言える。
 少女がその鋸―刃を持った瞬間。場に満ちる殺気が倍加した。
「なっ!?」
 余りのことにジュウは声を上げる。
 似ていた。余りにも似ていた。
 吹き上がる殺気は、二人の少女から。互いの存在を否定するその気配はぶつかり合い、質量すら伴って場を圧倒する。
 そして、ぶつかり合う殺気は、とてもよく似ていた。
「まさか……斬島なのか? あいつも」
 気だるげな目をした少女は―今や笑っていた。
 楽しそうに笑っていた。
 驚いた様に笑っていた。
 泣いた様に笑っていた。
 嬉しそうに笑っていた。
 そして、心の底から憎そうに笑っていた。
「てめえ……何だ? なんで斬島が此処にいる」
 雪姫は、答えない。
「答えなし……か。普通、斬島ならオレの仕事は邪魔しないんだがな?」
 そこで少女は一つ思い当たったように「ああ」と頷いた。
「そういや先代の時だったか。勘当した無能が、バカ強え斬島を産んじまって、斬島全体でそいつを消そうとしたらしいな。するってえとアレか。お前がそうなのか?」


712:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:21:53 w014PtwQ
 少女は愉快そうに、また笑った。
「あっははははは! 先代の唯一とちった仕事を、オレが片付けるってか!」
 その声は、明らかな歓喜の声。
「良いねえ。先代切彦を良いとこまで追い詰めたらしいじゃねえか。そん時の怪我のお陰で存外早くオレに切彦の襲名が回ってきた」
 切彦。その言葉に、雪姫が表情を変える。
「切彦……」
「そーだよ、切彦だ。現当主ってとこか。だからまあ、一族の不始末をつける義務? そういうのがあんだよ」
 そう言う切彦はあくまで楽しそうだった。実際、義務なんかは建て前で、殺し合えるのが嬉しくて仕方ない。そんな笑みを浮かべていた。
「んじゃま。始めようぜ、はぐれ野郎」
 その言葉を皮切りに、二者の殺気は更に膨れ上がる。
「《斬島》第六十六代目切彦!」
「ギミア国軍侍頭・斬島雪姫!」

「「参る!」」

 名乗りを上げる二人。告げた名は高らかに。
 斬島の正統と、斬島の異端。二つの刃が打ち合う音が、闇夜の空に響き渡った。

 ***

「さて、こっちも始めるか」
 笑みを浮かべて巨漢が言った。鋼の拳を打ち鳴らし、戦闘への意欲を見せる。
「……戦ったりは好きじゃ無いんだがな」
 呟いたジュウの言葉は偽らざる本心だった。戦うという行為は酷く疲れる。わざわざ疲れる事を進んで行う程、ジュウは物好きでも自虐嗜好者でもない。
 それでも。売られた喧嘩を買わない程に、大人しくもない。
 ジュウは、足元に置いていた物を拾い上げた。
 それは、長く巨大な鉄板だった。その一端には握りとなる部分がある。
 否、それは鉄板等ではない。幅広の大剣だ。なんの装飾もなく。柄もただ、布が適当に巻かれただけ。
 しかし、飾りがないからこそその剣は、ただひらすらに武骨な暴力性を主張していた。
 それをジュウは構える。
 軽く揺するだけでまるで空気が震えるような圧迫感を醸し出す大剣を見て、巨漢は笑っていた。
「ほお……そいつで壊すってか。良いねえ、壊し合いは望むところだ」
 ―壊し合い。殺し合いではなく、壊し合い。人を肉塊としか見ず、ただ潰す。
 その言葉を使った巨漢は、今までそういった戦い方をしてきた。そう告げるような物言い。
「てめえ、外道だな」
「斬島の嬢ちゃん達程じゃないさ」
 

713:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:23:24 w014PtwQ
 そう言って、皮肉な笑みを浮かべながら、男は拳を突き出した。
「折角だから名乗るとしようか」
 ずしん、と四股を踏むように脚を鳴らす。それを見て、ジュウも瞳に真剣な光を宿し巨漢を睨んだ。
「《鉄腕》ダニエル・ブランチャード! ―お前さんは?」
「ギミア国王・柔沢ジュウだ。覚えとけ薄らデブ」
 瞬間、弾けるは《鉄腕》の巨漢。自らの巨体を一塊の砲丸として突進する。
 ジュウは大剣を強く握り、それを迎え討つ。
 地を揺るがす衝撃が、二人の間で激突した。

 ***

 崩月邸―当主の間

 外は既に戦場になっているらしい。無数の怒号が邸内にまで聞こえている。
 真九郎は紫を胸に抱きながらそれに耳を傾けていた。
「真九郎……」
 怯えているのだろう。聞こえるか聞こえないかと言うほどにか細く、震えた紫の声が真九郎を呼んだ。
「なんだ?」
 恐怖を払拭させる為、優しく聞き返す。紫は不安に声を揺らしながら答えた。
「みんな、大丈夫だろうか?」
 紫は、皆を案じていた。
 狙われているのは自分なのに。一番危ないのは自分なのに。それでも尚、周りを案じていた。
 優しい娘だと、真九郎は思う。だから、そんな娘を不安にさせてはいけないとも。
「―大丈夫だよ。みんな大丈夫だ」
 真九郎は言う。紫に言い聞かすように。自分に言い聞かすように。
「みんな、強い。負けたりしない。勿論、紫に手を出させなんかしない」
 自分でも驚く程、力強く断言できた。或いは、ジュウ達への信頼がそうさせたのか。
「そうだな。真九郎」
 紫が、真九郎に抱かれながら笑みを浮かべた。満面の笑みだ。
「ありがとう」
 そう言って紫は真九郎を抱き締めた。
 紫の腕が伝える感覚に、真九郎は自分も安心していくのを感じていた。この娘の為に戦えおうと、改めて思う。
 その時だ。真九郎は自分の顔から笑顔が消えるのが分かった。
「……な?」
 いつの間にか。巨体が視界を遮っていた。いや、それは巨体などと生易しい物ではない。余りに巨大なその姿は人ではなく、むしろそう―怪物を思わせた。
 腕だけで真九郎の胴程もある巨体。
 それが、何故ここに?
 ジュウ達が既にやられたとは思えない。証拠に外の騒ぎは収まっていない。
 ならば見逃した? この巨体を?
 有り得ない。本来ならば。
 しかし、たった一つ分かる事実。
 こいつは、敵だ。
「紫。巻き込まれないように下がってろ」


714:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:24:31 w014PtwQ
 紫を庇うように真九郎は立ち上がる。
 離れていく紫を背後に感じながら、真九郎は目の前の大男を睨み付けた。
「にげ、る。むらさき。にげる」
 濁った声で呟きながら、大男は紫を目で追いかける。
「どこを見てる」
 真九郎が、大男に声を掛ける。その瞳にはありありと敵意が浮かんでいた。
 守る。紫を。
 その為には、こいつを倒さなければ。
 今、真九郎に出来るのは、外を守っているジュウや夕乃を信じること。そしてこの侵入者を排除すること。
 深く息を吐き出し、構えをとる。
 それを見て大男は、笑みを浮かべた。獲物を見つけた獣の瞳。
「おまえ、じゃま。じゃまする。ころす」
 たどたどしく言葉を並べる大男は、全身に力を行き渡らせる。
 まるで巨大化したと錯覚する程に気が膨れ上がる。
 気圧されそうになるが、なんとか踏みとどまる。
「へえ……《ビッグフット》を見てビビらないなんてね」
 不意に、大男の背後から声がした。
「彼、フランク・ブランカって言うんだ。《ビッグフット》っていう二つ名を持ってる戦闘屋なんだ」
 楽しそうに言いながら、フランクの背後から現れたのは、細身の少年。
「に、兄様……」
 遠く、様子を伺っていた紫が呟く。
 それだけで真九郎は全てを察した。こいつが、紫の兄。紫を穢そうとしている糞野郎か。
「お前……」
「さあ、《ビッグフット》と。この無知な下郎に、身の程を教えてやれ」
「お、おう!」
 フランクの巨体が、躍動した。
 丸太のような腕が振るわれる。真九郎はそれを腕で防御するが、身体ごと弾かれ後方に吹き飛ばされる。
 壁を打ち砕き、真九郎の体が瓦礫に沈んだ。
「真九郎っ!」
 紫の悲鳴が木霊する。
「―大丈夫だ」
 真九郎が瓦礫の中から立ち上がる。
「大丈夫だよ、紫。こんなの大した事ない」
 真九郎は、口の端から血を垂らし、しかしその顔は、あくまで優しい微笑を浮かべ、紫を見つめていた。
 それもすぐ消え、フランクに真剣な目を向ける。
「まだだ」
 見つめる視線は真っ直ぐに。
 倒すは二人。巨人と首領。とりあえず今は、巨人を先に。
 真九郎は、その身体を低く、巨人に突進させた。

 続

715:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:29:11 w014PtwQ
 毎度、伊南屋です。

 レディオ・ヘッドⅩⅠ。決戦・導入編って感じです。一応シリーズ最長レス消費。
 書いてる途中で「もはや前世とか関係なくね?」って思ったけど気にしない。
 ついでに「国の名前センスなくね?」って思ったけどこれも気にしない。
 代わりに面白い物を頑張って書きたいと思ってるんで許してください。

 嗚呼、こんなんばっかだ。今日はもう寝る。すいません。
 以上。伊南屋でした。それではまた。

716:名無しさん@ピンキー
07/01/23 04:05:45 XsYK079A
うはっ♪ 総力戦開始ですな。夕乃の角が出るのか気になる所ですよ、本当毎度良い仕事されます。

717:名無しさん@ピンキー
07/01/23 09:40:50 L7GdLAIu
オールスター戦開幕ですね!!本当に面白いです!!GJ!!

718:651
07/01/23 19:37:18 kxMXrFlA
伊南屋先生に刺激されて>>653の続きを書いてみました。
まあ、ネタってことで。

「美味しかったな」
「ええ。……それではジュウ様、私はこちらになりますので」
 ラーメン屋からの帰り道、ふたりは十字路に差し掛かり家の方角のために別れることになった。
 気をつけて帰れよと一言雨に声をかけ、ジュウは今夜の夕食の買出しに行くことにした。
 
 しかし、雨と二人きりでどこかに食べに出かけるのは初めてだったかもな、と柄になく思う。
 いつだったか、雪姫と三人でカフェに入ったことはあるが、こうしてふたりで何の事件の絡みもなくどこかに食べに行くというのは
 改めて意識してみると、今までなかったような気がする。雨も案外喜んでいたみたいだし、またどこかに行くか。
 そうとめどもないことを考えながら、ジュウは商店街の街道を歩いていた。
 先日と同様、やはりクリスマスも近づいているということで商店街は多くの人で賑わっていた。
 主婦はもちろん、子供連れの親子、恋人であろう男女、あるいは友人グループ、サラリーマンの男性などその種類は様々だった。

 …そういや、あいつへのプレゼントも考えなきゃな。
 まだクリスマスに時間があるとはいえ、時間というのは案外流れるのが早いものだ。
 何も考えずにぼやっとしていたら、あっという間にクリスマスを迎えてしまう。
「適当に定員に見繕って貰えば、何か見つかるだろ……」
 買う買わないにせよ、あの地味な雨にも似合いそうな装飾品が見つかるかもしれない。
 そう考えたジュウは、なんとなく足をアクセサリー屋へと向けることにした。

 冷たい空気を身体に浴びながらも、足を進めていくとひとりの少女が目を輝かせてショーウインドウを覗きこんでいる姿が視界に入る。
 別に何も珍しいことではないのだが、あまりにも『興味津々』と言わんばかりに覗き込んでいるため、少しジュウには奇妙に思えた。
 子どもならいざ知れず、どう見ても彼女はジュウと同世代ぐらいだ。
 それぐらいの年頃の女の子ならこういう洒落たショーウインドウには見慣れているだろうに。
 ふとその中に視線を向けると、豪華ではないが洗練されたデザインのカーディガンだった。

 基本的に他人とは関わりを持ちたくないジュウは一瞥しただけで、その場を立ち去ろうとした。
 この間の痴漢騒ぎもあったことだし、妙な誤解を招くと後々厄介なことになり得る可能性だってある。
 面倒なことはもうこりごりだ。そう思い視線を少女から外し、目的であるアクセサリー屋へと向かおうとする、が。

「よぉ、嬢ちゃん。今ひとりかい?」
「オレたちとどこか遊びにいかない?」
 どこの一昔前のナンパ野郎だ。
 ジュウは内心苦笑すると同時に、その声の主をちらりと見た。
 いかにも女性とは無縁そうな性質の悪い軟弱そうな不良たちが数人、先ほどの少女を取り囲んでいた。
 少女はきょとんとしていて、状況を飲み込めていないのか首を傾げている。
「ふむ、だが私は人を待たせている。
 ついつい夢中になっていたが、そろそろ急がないと待ち合わせ時間に間に合わなくなってしまう。
 ……すまないが、そこを通してくれないか?」

 透き通るような声。だがその声に耳を傾けず、連中はわざと少女の行く手を遮っている。
 その表情は卑しく、目的が何なのか他人の気持ちの機微を察することが得意ではない
 ジュウにも分かるほどありありと映し出されていた。


719:名無しさん@ピンキー
07/01/23 19:42:40 kxMXrFlA

(早速面倒ごとかよ……)

 どうしてこうも自分の前には厄介ごとがごろごろと転がっているのか。
 もちろん、それらを全て無視して生きれば、自分ももっと楽に生きることができるのだろう。
 だが、柔沢ジュウという男はその厄介ごとを無視出来るほど、大人でもなく賢くない人間ではなかった。

 辺りを見渡してみると、多くの通行人がその様子に一瞥をくれるも、
 その少女を助けようとする人間は誰一人としていなかった。
 中には体格のいい男も何人かいたが、係わり合いになるのは面倒なのか素通りばかりしていく。
 そしてついに、ジュウは口を開いてしまった。

「おい、お前らそいつが困っているのがわからないのか?」

 ああ、やっちまった。自分の不機嫌かつ怒りの篭った声を聞きながら、ジュウは心のなかで己にあきれ返る。
 自分は他人とは関わりたくないというのに、雨という少女と出会ってから
 自分はどんどん他人の事情に首を突っ込んでいるような気がする。

 でも、やってしまったものは仕方が無い。男たちが不機嫌そうな文句をこちらに次から次へとぶつけるが、
 それは関係ない。犬がぎゃんぎゃん吠えているのと同じだ。それで威嚇しているつもりなのだろうか。
 やけに自分が落ち着いているのが分かる。
 今まで自分が首を突っ込んできた事件に比べたらこんなものたいしたものではなかった。

 拳を鳴らし、構えを取る。
 連中もやっと自分たちが相手にしている人間がどれだけ喧嘩慣れしているのか理解したようだ。
 衆人環視のなか、空気が張り詰める。
 連中は標的をあの少女から自分へと変更し、周りを取り囲んだ。
 それはまるで獲物を駆るような猛獣かのように。

「へっ…、上等だ」

 久しぶりの高揚感。雨と出会ってからは忘れかけていたが、やはり自分はこういう人間だということを自覚する。
 ジュウと連中の決定的な違いは独りかそうでないかということだ。

 どれだけ雨たちと馴れ合ってはいても、柔沢ジュウという人間の本質は孤独であり、
 誰かと一緒にいるというのは幻想だったのだ。
 どこか、心のなかで寂しさを感じたような気もしたが、それはたぶん気のせいだ。
 だって自分はその寂しさと喪失感を味わないように生きようとしているのだから。
 そこで気分を切り替える。そんなことを考えても仕方が無い。
 今はただ、目の前の厄介ごとを片付けてしまえばいい。

 ――先手必勝。

 相手が警戒しているうちに強烈な拳撃を、ジュウの正面にいたひとりの顔面に叩き込む。
 男は仰け反り激痛の走る顔面を押さえながら、もんどりうって悶え苦しむ。
 それに逆上した他の仲間は一度に襲い掛かってきた。
 さすがに複数人を相手には多少のダメージもやむなしか、骨の一本や二本は覚悟しないとなと腹をくくるジュウ。
「ほら、早くかかってこいよ…いくらでも相手になってやるぜ?」
「このクソガキぃぃぃっ!! ……ぶごろぁっ!?」
 だが次の瞬間、襲い掛かってきた男のひとりが横っ飛びに蹴り飛ばされる。
 誰かと思いジュウはそちらに視線を向けてみた。すると、そこには見知った顔があった。
「……相変わらずみたいだな、柔沢」
「伊吹?」
 光雲高校空手部で光の思い人―伊吹秀平がそこには立っていた。
 彼もまた部活を終え学校の帰りなのか、制服姿のままで無愛想にこちらを見つめていた。
 あれから――幸せ潰し事件から顔をしばらく会わせていなかったが、相変わらず精悍な顔立ちをしていた。

720:名無しさん@ピンキー
07/01/23 19:46:50 kxMXrFlA
 だが、そんな世間話をしている場合じゃないよな、と内心呟くとジュウは辺りを見渡す。
 残りの男たちも血気盛んに怒りと敵意を剥き出しにして、今にも殴りかかってきそうな勢いだった。

 伊吹と背中合わせに構える。
「いいのかよ? 空手部のエースが一般人を蹴り飛ばして」
「この場合は正当防衛だろう。それに手加減はしている」
 そう軽口を叩き合うとお互いに不敵な笑みを浮かべ、二人は動いた。
 その動きと拳撃の嵐はまさに疾風迅雷。
 襲い掛かる男の拳を上手く受け流しながら、的確に一撃一撃を男たちの身体に打ち込んでいく。
 数分とかからず、男たちは全員地面に倒れ伏せてしまった。

「これに懲りたら、女を騙そうとしないことだな。……そうだ、そこのあんた大丈夫か?」
 ジュウと伊吹は着衣を整えると、男たちに絡まれていた少女へと振り返る。
 彼女はにっこりと天真爛漫な笑顔を浮かべていた。
 姿は白シャツにその上から薄い青色のジャケットを羽織っており、下はジーンズとやけに男っぽい格好だったが、
 その格好が逆に少女の溌剌さを映えさせているように思えた。

「おぉ、すまない。邪まな気配はあったが、なかなか通してくれなかったのでな。
 助かった。礼を言うぞっ」

「………なぁ伊吹」
「なんだ」
「こいつは天然か?」
「………」

 ジュウも伊吹も閉口する。外見とは裏腹にどこか時代がかった口調に、ジュウは雪姫のようにこの少女が
 何かのアニメやマンガのキャラクターを演じているのか、とも思った。
 が、それにしては自然な口調であったしどこか演じるような節も見当たらない。



721:名無しさん@ピンキー
07/01/23 19:47:58 kxMXrFlA
「まあ、気をつけろよ。このご時勢だ。どっかのバカに殺されても文句は言えないぞ」

 ジュウは忠告する。
 妊婦刺殺事件、女子高生拉致事件、金銭詐欺、銀行強盗…
 昨今頻繁に起きている犯罪を例に挙げればきりがないくらいに、この街、いやこの国は犯罪で満ち溢れている。
 一見は平和を繕っているこの国だが、蓋を開けてみれば
 そこは偽りと憎しみと狂気が掻き混ぜられた毒液で満ちている。
 胸糞が悪くなることばかり。やっぱりこの世の中は綺麗なんかじゃない。どろどろとした泥沼が覆い尽くしているばかりだ。
 ジュウはそう言葉にしたわけではないが、そう感じた。

 この少女はどこか間が抜けていると思う。言い換えれば純粋そうとも言えるのだが。
 せめてこの忠告を聞いて、この少女が身を守ることができるのなら
 自分のちっぽけな正義感も少しは救われるのではないだろうか。
 そこまで考えて、ジュウは馬鹿馬鹿しいと思った。偽善にも程がある。
 他人のことに無関心である自分が誰かのことを案じるなんて、間抜けで滑稽だ。

「ああ、ありがとう。やはりわたしは外に出てよかった。
 世界はこんなにも醜くて残酷だが、たしかにそこには温もりがあるな」

 だが、少女は嬉しそうに微笑む。その微笑はジュウだけが知る雨の笑顔とどこか似ている、と感じた。

「……よければその待ち合わせ場所まで送りますが、どうしますか」
 そう問いかけたのは伊吹だった。妙な言い回しに彼も気後れしていたようだが、
 やはり彼もこのまま少女をひとりで行かせるのは不安だったのだろう。言葉に優しさを持たせてそう問うた。

 やっぱり俺とこいつは違うな、と漠然と思った。伊吹は本気で他人を心配し、それを行動に移す。
 自分の感情のために動く俺とは全然反対だと苦笑を浮かべる。女子からの人気が出るのも当たり前か、とも。
 けれども、少女は首を横に振った。

「なに、知り合いとの待ち合わせ場所はすぐそこなんだ。気遣い感謝する。
 それではそろそろ時間なので、これで失礼するぞ。いろいろと迷惑をかけたな」
 ――純粋無垢。そんな言葉を思わせるような笑顔を浮かべると、
 たたっとその少女はその場を駆け去っていった。



722:名無しさん@ピンキー
07/01/23 19:50:56 kxMXrFlA
……まぁ、こんな感じで。ただ単に伊吹を出したかったのは内緒。
地の文ばかりで読みにくいけれど。……もっと上手になりたいな。

723:名無しさん@ピンキー
07/01/23 19:52:08 w014PtwQ
GJ!
是非続きも頑張って下さい。

724:名無しさん@ピンキー
07/01/23 20:31:45 wpHi1SMp
ん?ん?んー?……紫?

725:名無しさん@ピンキー
07/01/24 07:16:42 FcUWfYVX
紫……かな?

726:名無しさん@ピンキー
07/01/24 15:03:55 O32DOB9/
オトコマエだな、誰かは分からんが

727:名無しさん@ピンキー
07/01/24 16:29:07 uFujRtMH
GJ!!!!!!!!!
続き期待です。

728:名無しさん@ピンキー
07/01/27 08:40:29 aKaDtlKg
全体的に期待age

729:名無しさん@ピンキー
07/01/29 00:16:15 59j2+jWy
一つ執筆してもいいかな?
……時間かかるけど

730:名無しさん@ピンキー
07/01/29 00:24:59 +32Vm2VX
当たり前じゃないかブラザー!

731:名無しさん@ピンキー
07/01/29 00:33:51 59j2+jWy
OK
期待しないで待っててくれーい

732:名無しさん@ピンキー
07/01/29 16:20:04 pUqww61F
全裸で待つ!!!!!!!!!!!!

733:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/29 20:09:50 +32Vm2VX
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
ⅩⅡ―“斬劇”

 閃くは剣刃。ただ殺意を成すために、全ての刃を死神の鎌へと変える一族が衝突する。
「ぅらぁぁあああ!」
 裂帛。そう言うにはあまりに獣じみた咆吼を上げ、切彦が鋸を振るう。
 一見すれば素人の動き。勢いに任せただけの突撃だが、事実は違う。
 最短距離を最速で駆ける。命を刈り取る為に、最も効率的な攻撃。
 剣士の敵と揶揄される斬島。武道とは懸け離れた殺人術の発露。
 しかし、雪姫も斬島である。故に、その動きは予想の範囲である。
 雪姫は庭に立つ石灯籠を盾にするように後退した。
「邪ぁ魔ぁぁあああ!」
 再び咆吼。鋸が石灯籠に激突する。
 普通ならば、それで止まるはずだった。
 異常だから、それで止められなかった。
 鋸が、激しい火花を散らし、削擦音を立て、振り抜かれた。
 斬島とは刃を扱うのがただ上手い。それだけの血族である。だが、それだけの事を異端となりえるまでに高めれば、どうなるか。
 その一つの解答がこれであった。
 何の変哲もない。工具の鋸で、石灯籠を一刀両断する。
 削り斬られた断面は美しいまでに平坦。辺りに粉塵を巻き上げ、分かたれた灯籠が落下した。
「……化物が」
 その光景に雪姫が忌々しげな声を上げる。
 これが、斬島の正統の力。ただ殺す為に、壊すために刃を振るう者の姿。
 戦慄が背筋を駆ける。
 しかし、雪姫は気圧されず、凛と立つ。
 刹那、前進。自らの最速をもって、距離を零に。
 闇に銀の光が疾る。
 高く澄んだ音を響かせ、刃が交錯した。
 数瞬と置かず、再度銀閃が交わる。
 一合、二合、三合。
 神速で閃く刃は激しく打ち合う。
 雪姫が大上段から振り下ろせば、それを切彦が下から弾き上げる。
 切彦が返す刃で横抜きに刃を迸らせれば、雪姫の倭刀が辛うじてそれを受ける。
 押し合い、弾き合う。
 開く距離は、互いにとって未だ間合い。
 雪姫が、切彦が駆ける。交錯する刃は紫電の如く火花を散らした。
「ははっ! 良いねぇ。そう易々とは斬られてくれねぇか」
 切彦が哄笑に口端を歪ませる。それを見て雪姫は苦い表情を浮かべる。
 ―強い。
 例え態度は巫山戯ていようと、その実力は本物。油断など微塵も出来ない。
 それでも、雪姫は負ける事は考えていなかった。


734:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/29 20:11:40 +32Vm2VX
 それは、自分の強さを信じてではない。詰まる所は“斬島”の血が成せる業。
 一度刃を持てば、斬り刻む事しか考えない狂戦士となる。
 狂気をもって凶器を振るう。唯それだけだ。
 雪姫の切先が躍る。狙うは切彦の首。弧を描き刃が迫る。
 それを、切彦は上体を反らすだけで躱した。体制を崩しながら、刀を振り抜き隙の出来た雪姫の胴に、鋸で斬りつける。
 回避。しかし切彦の刃は恐るべき鋭さで、雪姫の服を掠めた。
 それだけならまだしも、直接刃が触れていない肌を、剣風で薄く裂いていた。
「くっ……」
 思わず雪姫は呻きを漏らした。
 痛手ではない。しかし、不安定な体勢から繰り出された剣戟でこの威力。
 直接身に受ければ容易く両断されるであろう。
 冷汗が背を伝う。
「ははっ!」
 切彦が跳躍する。背を反らし、力を溜める。
 それを見上げ、雪姫は構える。
 空中では、刃から逃れる術はない。身を塞ぐものも、躱す為の足場もない。
 明らかな無謀。しかし、切彦は哄笑っていた。どうしようもない愉悦に、酔っていた。
 戦う事の歓びに、口端を亀裂のように歪ませていた。
 瞬間。切彦は反らした背を弾けさせる。バネの様に弾けた躯は、満身を持って刃を降らす。
 直下。炸裂する刃はまさしく、断頭台の如く。
「う、うぁぁあああ!」
 切彦は躱すつもりも、防ぐつもりもなかった。ただ、刃を振るう為だけに、その身を使った。
 雪姫は倭刀を頭上に掲げ、振り降ろされた刃を受ける。
 刃金が打ち合う音が鳴り渡る。
「くぁ……っ」
 凄まじい衝撃が雪姫を襲う。受けた両腕が痺れていた。
 そして、雪姫の命を守った刃。倭刀が、半ば近くから断たれていた。
 刃を振るう限り、全てを切り裂く。例えそれが刃でも。
 鈴のような音を立て、断たれた切っ先が地に落ちた。
「はんっ……ギリギリ生きてやがる」
 必殺のつもりだったのであろう。切彦は忌々しげに吐き捨てた。
「まあ、その得物じゃあもうケリは着いたようなもんだな」
 言って、鋸を雪姫に向ける。
 半ばまでの倭刀では、それまで保たれた均衡は続かない。
 リーチの差。それは、たった一寸でさえ絶望的な差であった。
 そして、その差はそのまま勝敗の、或いは生死の差であった。
 雪姫もそれは悟っていた。
「そんじゃま。―仕舞だ」
 軽い足取りで切彦が駆ける。それは一瞬で神速に達し、ただ命を奪う軌道を辿る。


735:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/29 20:12:54 +32Vm2VX
 雪姫は、勝機はないと理解している。
 しかし、敗北はないと信仰している。
 斬島だからではない。
 “雪姫”と言う少女として、自身を信じている。
「はぁあっ!」
 水平に跳ぶように疾駆する。地を踏みしめ、欠けた刃を前に、暴風の如く、目掛けるは、切彦。
 己が総身を一刃に変え、雪姫は極限の刺突を繰り出す。
 刹那に被我の距離差は零に。
 剣戟が激突する。
 未だ腕は痺れている。それでも構わない。この一撃だけ、柄を握っていられればいい。
「やぁああああ!!」

 ―切彦に失策があるとするならば、認識の欠如であろう。
 切彦も、雪姫も、斬島の天才と言われる存在である。
 殺人術に長け、刃を殺人の為に使う。
 効率よく、失敗なく。
 切彦も、雪姫も、それは同じであった。
 しかし、それが全てではない。
 切彦は、雪姫を斬島と見ていた。
 故に、雪姫の最後の一撃の意図に気付けなかった。

 鋸が、根元から折れた。切彦の目の前で。

「え?」
 驚愕に、気の抜けた声を漏らす。
 切彦の認識の欠如。
 それは、雪姫が斬島の異端児であるという事実。
 目の前の斬島は、唯の斬島では、無い。
「なん……で」

「なんで“あたしの命”を狙わなかった!」
「―刃を砕くため」

 雪姫の一撃。それは、斬島ならしない、“命を狙わない”攻撃だった。
 斬島は刃を振るい命を刈り取る。
 ならば、刃がなければどうか。
 論ずるまでもない。
 そんなものは所詮、爪も牙も無い獣も同然だ。
 雪姫の刺突は、切彦の鋸の根元を突いていた。
 それにより、元来武器としての強度は無い鋸は折れる。
「―あ」
 切彦の身から溢れんばかりの殺気が霧散する。
 そこには、ただ呆然と一人の少女が佇むだけだった。
「……負けた」
「……引き分けだよ」
 悔しげに言った雪姫の倭刀。それも、刃を失っていた。
 切彦の一撃でダメージを受けた刀身は、先の一撃に耐えることしか出来なかった。
 雪姫の身からも殺意は消えていた。
 かくて、二人の斬島は同時に刃を失う。
 ただ、二人の少女が立ち竦むだけだった。
「もう、私は戦えませんね……」
 獰猛だった面影はなく、切彦が胡乱に呟く。
「……じゃあね」
 雪姫は踵を返す。
 向かうは主の元へ。
 いつの間にか大分離れてしまっていた。
「……止め、刺さないんですか」
「刺せないからね」


736:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/29 20:13:56 +32Vm2VX
 刃もなく、戦えはしない。まして痺れた腕では殴る事すらままならない。
「そうですか。―ではいずれ生きている限り、また戦う事になるかも知れませんね」
「―その時は勝つよ。きっとね」
「楽しみにしてます」
 最後に、あの獰猛な気配を垣間見せ、しかしそれは直ぐに幻の様に消え去り、切彦も踵を返した。
「……しーゆーあげいん」
「……さよなら」
 まるで、何事も無かったかのように切彦は闇に溶け、何処へかと去っていく。
 雪姫はそれを追わない。
 ただ、脚を主の元へと歩ませる。
 二人の斬島は背を向け合い離れていく。
「きっと勝つよ。―きっと」
 もう一度強く呟き、雪姫は屋敷の中へと駆けていった。
 再び、刃交える時を想いながら。少女は、ただ駆ける―。

 続

737:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/29 20:18:30 +32Vm2VX
 毎度、伊南屋に御座います。

 レディオ・ヘッドⅩⅡ―“剣劇”でした。
 斬島VS斬島でした。如何でしたでしょうか?

 今回サブタイに“剣劇”と付いているのはⅩⅡがいくつかに別れているからです。
 これ以降サブタイが変わって同時刻に起きていた戦いが描かれる予定です。
 投稿ペース下がりそうなんですが今しばらくバトルシーン、お付き合い下さい。

 それでは今回はここまで。
 以上、伊南屋でした。

738:名無しさん@ピンキー
07/01/29 22:41:28 pQgwy44A
GJ!GJ!!GJ!!!
伊南屋さん最高です!!


739:名無しさん@ピンキー
07/01/29 22:56:49 oiPe4qML
伊南屋さんGJッス!
相変わらず戦闘描写が素晴らしく所々惚れ惚れます
 普通ならば、それで止まるはずだった。
 異常だから、それで止められなかった。のフレーズ特に好きッス!
戦闘の結果も、雪姫の逆転の発想でスゲー納得いきました!


740:名無しさん@ピンキー
07/02/02 10:21:41 8tzKyZkp
いつの間にか毎回楽しみにしている俺がいる。

741:名無しさん@ピンキー
07/02/02 19:21:06 UDda/I2p
堕花「ジュウ様、最近お顔の色が優れませんがどうかなさったのですか?」
柔沢「なんだか最近見られてる気がする」






堕花「敵ですか?」
円堂「ああ、言っとくけど雨じゃないわよ。最近はずっと私たちと一緒にいるから」
斬島「うわ~、ジュウ君自意識過剰!!」
柔沢「(やっぱり馬鹿にされた・・・・言うんじゃなかった)」







××「お姉ちゃん、あんなに楽しそうにあいつとお喋りしてる
    ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい


             お姉ちゃん、ずるいよ」

742:名無しさん@ピンキー
07/02/02 19:35:57 uUIYnH25
その、なんだ
意外にも黒化光に萌える自分にびっくりだ

743:名無しさん@ピンキー
07/02/02 20:47:21 8lANbkCU
ヤンデレ光とは新しいw

744:名無しさん@ピンキー
07/02/03 22:34:04 F4mTivD/
黒光という新たなジャンル(?)が生まれた!!
そういえばヤンデレってなに?

745:名無しさん@ピンキー
07/02/03 23:10:46 +T/+x2pU
>>744
デレデレ状態が行き過ぎて心を病んでしまうヒロインまたはその状態。
詳しくはヤンデレスレがあるのでそちらでどうぞ。

746:名無しさん@ピンキー
07/02/03 23:30:18 hRhFvXrD
自分744ではないんだが。

「病んデレ」だったのか!
ヤンキーじゃないよなあ、でもなーとか思ってたw

747:名無しさん@ピンキー
07/02/04 00:03:34 WUbwJcmy
意外とその勘違いをする者は多いぞ
かくゆう俺も始めて見たときそう勘違いしたしw

748:名無しさん@ピンキー
07/02/04 00:23:11 3z4Bkhvz
流れをぶった切らせて貰って、>>721の続きを投下。
他の職人さんのつなぎぐらいに気楽に読み流してもらえると幸い。

 少女を見送った後、ふたりは並んで街中を歩きはじめた。
「そう言えば伊吹。お前、何でこんなところにいるんだ? お前の学校は離れてるだろ」
「………」
 伊吹は最初どこかバツの悪そうな表情を浮かべたが、すぐに答えは返って来なかった。
 世間話程度に話を持ち出したのだが、嘘をつくなり話題を逸らすなりすればいいのに
 真面目に迷うところはこいつらしいな、と思いちらりと伊吹の顔を覗き込んだ。
「……この間の件はすまなかった」
「…あ、光のことか。別に、俺に謝るようなことじゃねえだろ。
 俺にだって向こう見ずなところがあったし、お前は光に謝っていただろう? …それでいいじゃねえか」

 あまりに沈痛な伊吹の表情にため息をついた。
 以前、円は伊吹のことを『良くも悪くも、真面目で潔癖な奴』と評価した。
 成る程、謹直なのはいいがそれが故に、些細なことでも拘ってしまうということか。
 その性格で光を傷つけたのは確かだが、悪いのはそれを仕掛けた幸福クラブの人間たちで、
 更に言えばそんな誤解を招くようなところを見られてしまった自分自身にも落ち度はある。
 今更伊吹だけを責めるというつもりは全くなかった。

 その意を伝えると、若干伊吹は表情を緩めて苦笑いした。
「……そうか。堕花さんにも同じようなことを言われた。
 『先輩に誤解させるようなことをしてしまってすみません、あの不良バカは気にしなくていいですから』……とな」
 あのときの会話の内容は知らないが、成る程あいつならそう答えるかとジュウは口元を緩めた。
 これで、元の鞘に収まったわけだ。これから二人がどうするかはジュウの関知するところではない。
 あとは光自身がどう行動するか、ただそれのみだ。

「それで、今日は彼女に謝罪の意味も含めて、クリスマスプレゼントを選びに来たんだ」
「………お前もか。俺は……いつも世話になってる奴に贈ろうと思って。
 お前も知っているだろ? あの時に雪…斬島と一緒にいた光の姉ちゃん。前髪の鬱陶しい…」
 ジュウが伊吹に再び説得しに行ったとき、散々サンドバックにされた場面を雨にも見られている。それは自分から彼女たちへ頼んだことだったが、いざ思い出してみるとどうも情けなさが先行してしまう。
「ああ、彼女か。……上手く行くといいな?」
「おい…? お前、何か勘違いしてないか?」
 やけに爽やかに笑う伊吹を見て、ジュウは不機嫌そうに眉をしかめた。
 時折、自分たちの学校でもジュウと雨はカップルだの何だの謂れのないうわさをされることがあるが、
 ジュウはそういった噂話が大嫌いだった。
「……? だとしたら、おまえたちは一体どう言った関係なんだ?」
 だが不思議に思った伊吹がそう尋ねると、ジュウは言葉に詰まった。


749:名無しさん@ピンキー
07/02/04 00:25:48 3z4Bkhvz
 確かに恋人ではない。けれども、それ以外の友人や仲間と言った言葉にも当てはまらないだろうと感じた。
 今まで敢えて意識することは避けていたが、改めて関係を尋ねられると一言で言うのは難しい。
 雨に言わせれば主従関係と言うことになるのだろうが、ジュウとしてはどうにも釈然としない。
 前世云々は今でも彼女の妄想だと信じているし、
 事実であったとしてもそのような記憶がない限りはどうしても信じようがなかった。
 とすれば、一体自分と雨の関係はどういったものなのだろうか。
 雪姫のような友人感覚でもなければ、円のように見知りあい程度というわけでもない。

「……ただの知り合いだ」
 捻り出した答えがこれだった。我ながら情けないとも思いつつ、無難な答えを答えるしかほかないだろう。
「…そうか」
 ジュウの曇った表情から心情を察したのか、伊吹はそれ以上追求することはなく小さくひとつ頷いた。
「……ただ、気をつけたほうがいい。
 最近は物騒な事件が多発している。いつ…おまえやあの人が事件に巻き込まれるか分からない。
 これは飽くまで俺の予測だが、その時、あの人を守れるのはきっとおまえだけだ」
「………」
 既にいくつかの事件に巻き込まれている、とは言えなかった。
 それに、これから先、あいつが俺に守られることなんてあるのだろうか、とも。
 むしろ助けられてきたのはジュウ自身であり、彼はいつもその度に自分自身の無力さに嘆いてきた。
 ただ、その時あいつを守れなかったら俺は本当のろくでなしになるな、と何となく心の中でその思いがよぎった。

750:名無しさん@ピンキー
07/02/04 00:29:43 3z4Bkhvz
 結局ふたりはそこで別れ、ジュウはアクセサリーショップに寄ってみたが
 いいものが見つからず、結局手ぶらで帰ってきてしまった。

 まあ、まだクリスマスまでには時間がある。じっくり考えて選べばいいだろう。
 ジュウはぼんやりそう思いながらアパートの郵便受けを開けた。あるのは何通かのダイレクトメールや広告のみ。
 …と思いきや一通の茶封筒がそのなかに紛れていた。
 基本的に外の世界にはあまりつながりを持たないジュウにとっては
 珍しいことだったが、もしかしたら紅香宛てのものかもしれない。
 彼は不思議そうに首を傾げながら、自分の部屋の中に上がってからその封を調べてみた。
 一見すると『柔沢ジュウへ』としか書かれておらず、差出人も明記されていなかった。
 封を切ると、その中には一枚のA4程度の大きさの手紙が入っていた。

「雪姫からか?」
 雨は毎日学校で会うし、円は間違っても必要なこと以外は自ずからジュウと連絡を取ろうとはしないだろう。
 とすれば、思い当たるのは雪姫ぐらいなものだが、
 その雪姫もジュウの自宅の電話番号も知っているはずだし、雨からメールアドレスも聞いているはずだ。
 不思議に思いながらも、その手紙を開き読み始める。
「ええと、何だ……?」
 しかし、その中に書かれていたのは、次のようにワープロ打ちで一文かかれていただけだった。



『聖なる夜、あなたの一番大切なものを奪います    ――『常識破り』より』



「……は?」
 一瞬ぽかんとする。そしてもう一度茶封筒の宛先を確認する。何度見ても自分宛だ。
 聖なる夜…つまりはクリスマスか、またはイブか。………それにしても、大切なものを奪う?
「…俺の一番大切なもの?」
 今日は何でこうも難しいことを何度も考えさせられるのだろうか。憂鬱げなため息をついてかぶりを振った。
 妥当に考えれば母親の紅香ということになるのだろう。
 悔しいことだが、どう天地が引っくり返っても自分の母親はあの女以外には有り得ないわけで、
 唯一無二の存在なのは事実だ。
 どれだけ一般的な母子のあり方として違っていても、心の奥底では彼女を認めるしかなかった。


751:名無しさん@ピンキー
07/02/04 00:34:31 3z4Bkhvz
 ……とはいえ、あの女は他の誰かにやれるような殊勝な女だっただろうか。
 ジュウのなかで知る『最強』は母親の紅香であって、加来羅清よりも、円堂円よりも、伊吹秀平よりも、
 強烈で過激で獰猛で、そして何より最初から最後まで自分を貫く―、柔沢紅香とはそういう人間だ。
 彼女を負けさせる人間がいるとすれば、そいつは世界で一番の異常者だ。
 柔沢紅香という人間はありとあらゆる『常識』を超越した傍若無人。
 『常識』に捕らわれる限りはあいつを叩きのめすことなんてありえるわけがない。

 それにしても、どうしてこのような脅迫文が送られて来たのだろうか?
 ふと以前に遭った幸福潰しが頭の中をよぎったが、首謀者である綾瀬一子は自首、
 そのメンバーも『暗木』の不在によりバラバラになった。
 白石香里のようにそのうちの一人が綾瀬一子の『真理』とやらの考えを引き継いでいたとしても、
 この一文はそれとは何かが違うものが感じられる。
 以前、雨の家で見せてもらった脅迫文やいやがらせの手紙にしては前回の幸福潰しと同様、
 憎しみや怨嗟のようなものは感じられない。だが、何故だろうか。
 この手紙からは確実に実行するという強い意志と、まるで自分には不可能はないと言わんばかりの余裕が見える。
 そう、どこかプロ意識を露骨に見せる人間のような、何かが。
 ――何にしても、嫌がらせ、で処分できそうにはない。

「明日、雨にでも相談してみるか…」

 ジュウは手紙を茶封筒に入れなおすと夕飯の準備に取り掛かった。



……と、こんな感じで。
長々しく、キャラの口調がおかしかったりとへんてこなところは多いですが、
暇つぶし程度に読んでくださるとコレ幸い。
以下続く。かも。

752:名無しさん@ピンキー
07/02/04 01:36:07 lE7sV37g
これで続かないなんて俺が耐えられない。

753:名無しさん@ピンキー
07/02/04 07:27:22 pHnZ9LuF
続きが気になる(;´Д`)

754:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:07:11 lE7sV37g
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
ⅩⅡ―“撃滅”

 《鉄腕》ダニエル=ブランチャードは考える。
 ―坊ちゃんにも困ったもんだ。
 自分に護衛を任せた癖に、いざその時になれば勝手に《ビッグフット》に付いて行く。
 あの巨漢は繊細な行動は出来るが、繊細な思考は出来ない。
 無論、護りながら戦う事など考えもしないし、当然の如く出来はしまい。
 別に《鉄腕》は、九鳳院竜二に忠誠を誓っている訳ではない。
 今こうして彼の身を案じているのも、単に依頼主に何かがあって報酬の支払いに問題が発生しては困るからだ。
 ―全く、こっちの身にもなって欲しいもんだ。
 内心で嘆息する。
 とりあえず今は目の前の敵。障害を排除しなくては。それから竜二を追い掛ける。
 ―しかし。
 《鉄腕》ダニエル=ブランチャードは考える。
 ―まさか獣王が出張っているとは。
 今、最も勢いがあるであろう国の王。それがこうして、目の前に立ちはだかっている。
 噂では自ら前線で剣を振るう王との事らしいが、成る程。その噂は真実と見える。
 油断は、出来ない。
 その気迫は本物だ。
 《鉄腕》は、柔沢ジュウを戦士であると、己が敵足り得ると認識する。
 プロとして驕らず、ただ眼前の敵を刈り取る。
 なればこそ―。
 《鉄腕》ダニエル=ブランチャードは、自らの二つ名を示す、その義腕を、全力で振るった。

 ***

 地が爆砕する。
 まるで大金槌が穿ったような衝撃に土が捲れ、粉塵を撒き散らす。
 局地的に地面が揺れるほどの拳撃。
 それは、《鉄腕》の放った一撃であった。
 《鉄腕》の手甲は尋常の物ではない。超重量を持ち、腕の骨格すら鋼に変えた義腕にして一つの武器である。
 《鉄腕》の只ならぬ筋力により振るわれるそれは、常人が受ければ総身の骨を粉微塵に砕き、潰す程の威力がある。
 その必殺の一撃を、ジュウは後方に飛び退り躱していた。
 朦々と立ち込める土煙の中、そこに立つ《鉄腕》に、ジュウが反撃する。
 地に着いた脚を踏ん張り、両手で握った大剣を、全身で使い、振るう。
 風圧を纏った斬戟が、《鉄腕》に襲い掛かる。
「はああぁぁっ!」
 裂帛の気合い。こちらもやはり常人ならば骨肉纏めて断ち斬る刃。
 持てる最大の胆力でもって疾らせた大剣による一撃。
 それを―
「ふんっ!!」
 ―《鉄腕》は両腕で受ける。


755:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:08:39 KoEzCqF9
 鋼同士が撃ち合う衝突音が響き渡る。 鮮やかな残響を残し、ジュウの渾身の一撃は《鉄腕》に止められた。
「なかなかの攻撃だ」
 せりあう拳と剣。
 それを視界に捉えながら《鉄腕》が口角を吊り上げ笑みを象る。
「むん!」
 腕に力を込め、大剣を弾いた。
「こっちの番だ!」
 刹那、《鉄腕》の右腕がジュウを襲う。ジュウは大剣の腹でそれを防御。
 しかし《鉄腕》の剛力に、大剣毎吹き飛ばされる。
 庭を囲う塀に叩きつけられ、背後に罅を造りながら、ジュウは壁に埋もれる様にして止まった。
「どすこい!」
 《鉄腕》の追撃。身を低く、突進する。ジュウは立ち上がる事すら儘ならぬ内に《鉄腕》の巨体と塀に挟まれる。
 巨大な鉄塊が、岩盤を打ち砕くのにも似た轟音が上がり、塀は蜘蛛の巣状の罅を更に広げる。
 《鉄腕》の体当たりを受け、身が軋む激痛に声すら上げられず、ジュウは膝から崩折れた。
「まあ、こんなもんか」
 常人ならば骨が砕け、肉が潰れているだろう。
 まず死んでいるだろうし、よしんば生き残っていたとしても身体は機能せずいずれ死ぬ。
 即死か、いずれ死ぬか。どちらにせよ命は無い。
 《鉄腕》は自らを遮った障害の排除を確信すると、踵を返し、屋敷の中に居るであろう竜二を追おうとした。
 追おうとして、立ち止まる。
「……っ痛ぇな、コンチクショウ」
 カラカラと、乾いた音を立て塀が欠片を落とす。
「……なに?」
 背後の呟きに、《鉄腕》は疑問を浮かべる。
 確かに、全力で当たった。ミンチになってもおかしくない衝撃だったはずだ。
 それなのに―
「まあ、クソババアに殴られるよりはマシか」
 ―何故、立ち上がる。
「何勝手に終わりにしてんだよ。それとも降参って事か?」
 ―何故、笑っている。
「ほら、続きしようぜ? ニガー(黒人兵)」
 ―何故、俺が恐れる。
「おぉぉっ!」
 咆吼。《鉄腕》が、巨体を砲弾の如く炸裂させる。
 ジュウは、大剣を大きく後ろに降りかぶる。
「っだらぁぁあああ!!」
 豪快なスウィングで大剣が降り抜かれる。《鉄腕》は突進の勢いはそのまま、拳を大剣に叩きつける。
 激突、紫電、軋み、歪み、鋼が裂ける。
 それはジュウの大剣か、或いは《鉄腕》の義手か。
 二人は同時に、反動に吹き飛ばされる。
 しばしの静寂。立ち上がったのは、両者同時。
「ぐっ……う」


756:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:10:27 KoEzCqF9
 まさか、自分の突進すら利用されるとは。《鉄腕》は己の勢いも乗せられた一撃を受け、そのダメージによろめく。
 ―しかし、それは相手も同じ。ただでは済んでいないはず。
 ならば、今が好機。先に仕掛けた方が圧倒的有利だ。
 《鉄腕》は腕を降りかぶり―それが出来なかった。
「なにぃ!?」
 鋼の義手は、今や無様なブリキ細工の如くひしゃげていた。
 先の一撃に耐えきれなかったらしく、関節部を中心に、大破している。
 ―バカな。
 《鉄腕》が、破られた。その事実に驚愕を抑え切れず呻く。
「なんなんだ、貴様ぁっ!」
 有り得ない。
 自分の攻撃に耐え、あまつさえ《鉄腕》を砕く。
 戦闘屋でもなければ、生粋の戦士ですらない。
 その気迫は本物なれど、詰まるところは一人の国主。戦いが本業ではない。
 では何故、戦闘屋の自分が追い詰められるのか。
 有り得ない。有り得ない。有り得ない。
 ぐるぐると混乱する思考。恐怖に囚われたそれは冷静を欠く。
「お、うぉおっ!」
 腕は動かない。《鉄腕》はショルダータックルをかます。
 しかし―
「ぅらあっ!」
 ジュウは、それをタックルで迎え撃った。
 投げ出された大剣は、先の激突の影響だろう。所々刃こぼれしていた。
 肉体と肉体が激突する。
 根本的な質量の違いに、ジュウは弾かれそうになるも、脚を踏ん張り耐える。
 地を抉り、ジュウの足元が沈む。
 ぎりぎりとせめぎ合う両者は互いに一歩も退かない。
「ふんっ!」
「おぉっ!」
 力比べ。まるで極東の格闘技“相撲”の様に、二人は押し合う。
 均衡は《鉄腕》から崩れた。
「はぁっ!」
 四つに組んだ体を離し、脚を蹴り上げる。ジュウは側頭部を強打され、よろめく。
 再びタックル。ジュウの体が、今度は弾き飛ばされる。
 地を転がり、止まる。
 ―今度はどうだ。
 頭部への打撃。それは致命傷になりうる必殺の一撃だった。
 そのはずなのに―
「何故、立ち上がる……」
 ―金髪の少年は不適な笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。
「何故、立ち上がる貴様ぁっ!」

「寝てる理由が無いからな」

 血を流し、泥に塗れても。それでも少年は立ち上がる。
「……っ死ねぇ!」
 絶叫。《鉄腕》が、再度ジュウに突撃する。
 だが、それは届くことはなかった。
「がっ……!」
 《鉄腕》がくぐもった悲鳴を上げる。その胸に咲くは、一輪の紅い花。


757:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:11:33 KoEzCqF9
 鮮血が、大輪を咲かせた。
 《鉄腕》が、地に倒れ伏せる。
 それの傍らには、いつからか小さな影。
 小さな影は、怜悧な声音で言い放った。
「付け足すならば―」
 その声は、少女。
「立ち続ける事は条件だからです。如何なる戦いにあっても勝利し続け、最後まで立ち続けた者を指して人はこう言うのですから―」

「―即ち、“王者”と」

 血を払い、剣を鞘に収めるその姿は、獣王の、柔沢ジュウの従者。
 百戦錬磨の大強者―堕花雨。
「お迎えに上がりました、ジュウ様」
「……結局、来るのかよ」
「主君をお迎えするのもまた、従者の仕事ですので」
「……まあ、礼は言おう」
「お気になさらず」
 あくまでも普段通り。戦場であっても、それは変わらない。
「事態は粗方把握しています。どうやら屋敷内に侵入を許したようですね」
「何?」
「ジュウ様のせいではありません。あれの侵入を止められる者などそう居ませんから」
 ―いずれにせよ危機である事に変わりはない。
「更に、屋敷内には敵の首領も居るようです。決着を付けるにはお誂え向きかと」
 成る程。重要人物は揃っている。クライマックスには相応しいだろう。
 ジュウは踵を返す。向かうは屋敷内。真九郎と紫の元だ。
「―終わらせるぞ。付いて来い」
「御心の儘に」
 従者を得て、少年は王者となる。
 今もまた。
 獣王が、戦場を歩む。その傍らに騎士を従えて―。

 続

758:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:16:06 KoEzCqF9
 毎度、伊南屋に御座います。

 やっと、やっと雨を出せた……っ!
 “ヒーローは遅れてやってくる”をやりたくてずっと出番無しだったけど、ようやく物語が雨の出番に追い付いた。
 後はもうクライマックスまで突っ走るだけ。
 役者は出揃い、雨というデウス・エクス・マキナまで登場。
 長かったお話もなんとか終わりそうです。

 それではまたいずれ。
 以上、伊南屋でした。

759:名無しさん@ピンキー
07/02/05 12:25:28 nP9M6axc
雨・・・こんなにかっこいい登場の仕方なんて卑怯だよ!!
伊南屋さんかっこよすぎます!毎度のようにですがGJ!!



最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch