【電波的な彼女】片山憲太郎作品【紅】at EROPARO
【電波的な彼女】片山憲太郎作品【紅】 - 暇つぶし2ch650:名無しさん@ピンキー
07/01/01 01:37:30 IOFCYk18
連続投下の二作いつもながらGJです!!!!
あけましておめでとうございますm(_ _)m

651:名無しさん@ピンキー
07/01/01 22:03:08 t4d2o9OZ
ネタ投下。電波的な彼女世界でのクロスオーバー的な何か。

 ジングルベール、ジングルベール……
 クリスマスも近づく12月の上旬、柔沢ジュウはひとり商店街を歩いていた。
 今日の夕飯の買出しついでに寄ってみただけだったが、
 暢気にかかっている陽気なクリスマスソングが耳に入ってくると、もうそんな時期になるかとぼんやりと思った。
 と、言ってもジュウにとってはただの風物詩みたいなものであって、クリスマス自体になんら興味を惹かれるものはなかった。
 あの母親――紅香が自分のためにクリスマスプレゼントを与えてくれたことは無かったし、
 まだ幼少であった自分に「サンタクロースなんてふざけた不法侵入者はこの世の中にいねぇよ」と断言し、
 いとも簡単に希望も夢も打ち砕いてくれた。
 それが母親のすることか、と毒づくジュウだが、それはそれでよかったかもしれないと思うところがある。
 子どもが想像するサンタクロースの正体は親。サンタクロースに夢を抱く子どもがそれを悟ってしまったときの落胆と絶望は計り知れない。
 そういう意味では、紅香は嘘偽りなく真実を語ってくれたのだから、まだマシなのか。誰に話すでもなく、そうひとりごちると、いつも通うスーパーへと足を伸ばした。

 誰だっていつかはこの世の中が決して綺麗ではないことを知る。
 自分はただそれが早かっただけだ。


652:名無しさん@ピンキー
07/01/01 22:04:54 t4d2o9OZ
「ジュウ様、どうかされましたか?」
「いや、なんでもねぇよ」
 翌日の下校途中、いつものように雨と共に帰路についていると、彼女は心配しているのか訊ねてきた。
 そんなに不機嫌な顔をしていただろうか。眉間にしわを寄せて首を傾げる。まあ確かに機嫌がいいとは言えなかった。
 12月に入ってクリスマスや冬休みが近づいたせいからだろうか、クラスの連中があちこちでその予定について
 楽しく浮かれたように喋っていた。まるでそれが自分へのあてつけのように聞こえたのだ。
 別に羨ましいわけではないが、孤独である自分を嘲笑されているようで癇に障る。

 自分のことながら度量のない男だと実感する。他人は他人、自分は自分と割り切ればいいものを、
 この年になってまで何かを期待しているのだろうか。馬鹿馬鹿しい。
 だからいつまでも紅香に舐められっぱなしにされているのではないのだろうか。
 そのことについてはあまり考えないようにしようと、自分のなかで勝手に結論付けると、ジュウは今度はこちらから話題を振った。
「…お前はクリスマス、何か予定でもあるのか?」
「はい、家族でクリスマスパーティーを開くつもりですが…。
 良ければジュウ様もいらっしゃいますか? 私はもちろん、母も喜ぶでしょうし」
「いや、遠慮しておく。折角の家族水入らずを邪魔したくないからな」
 ジュウの返事に雨は「そうですか」と残念そうに呟いた。確かにあののんびりとした彼女の母親なら自分を受け入れてくれるかもしれないが、
 まず自分のことを嫌っている雨の妹の光がそれを嫌がるだろうし、父親も厳格な人間と聞いている。
 同性ならまだしも異性でこんな不良ぶった自分を受け入れてくれるとは思えなかった。
 娘にスタンガンをプレゼントするような人間だ、出会うなりぶっ飛ばされかねない。
 そして、なによりもそんな幸せな家庭の雰囲気に自分が馴染めるとは思えない。そう思ったジュウだがあまりにも残念そうな雨の表情に気づき溜息をついた。
「…分かったよ。お前には何度か借りがあるからな。折角のクリスマスだし、何かプレゼントを持って少しだけ邪魔させてもらう」
「ジュウ様…っ」
 鬱陶しい前髪からはあまり表情を読み取ることは出来ないが、高くなった声のトーンを聴けば彼女が喜んでいるということが分かる。
 俺なんかからプレゼントを貰って嬉しいものなのだろうか、それともよほど欲しいものでもあるのだろうか?
 円堂円や光がいる場で口にすれば蹴り飛ばされそうなことを思い浮かべながら不可解そうに首を捻った。

 …それにしてもこいつが喜ぶようなプレゼントって何だ?


653:名無しさん@ピンキー
07/01/01 22:10:10 t4d2o9OZ
「…そうだ。ラーメンでも食べて帰るか? 今日は俺が奢る」
「はい、喜んで」
 偶然差し掛かったラーメン屋が視界に入って、ジュウは雨を誘った。
 12月にも入ると、寒さは厳しさを増すばかりであり、普段は暑さや寒さに文句を言わないジュウも流石にこの寒さが身に染みる。
 熱いラーメンでも食べれば寒さを和らげることぐらいはできるだろう。
 雨のため、というよりは自分のためであったが、奢ることで差し引きゼロだ。
 そんなことをぼんやり考えながら、ジュウたちはそのラーメン屋の暖簾を潜った。
「へい、らっしゃい!」
 暖簾を潜ると、威勢のいい従業員の声がふたりにかけられた。
 『楓味亭』――それがこの店の名前らしい。そういえばクラスの連中も時々この店の噂をしているな、となんとなくジュウは思い出した。店内は昔ながらの素朴さでどこか懐かしさを感じる。
 ふたりでカウンターの席に座ると、ここの従業員がことりと水の入ったコップとおしぼりを二人の手元に置いた。

「…ごゆっくり」
「ありがとう………え?」
 不意に顔を上げると、そこには鋭い眼光を眼鏡越しに光らせるエプロン姿の女性。
 その顔はジュウも雨もよく見知っていた人間のものだった。
「せ、先生?」
「下校途中の飲食店の立ち寄りは学校の規則で禁止されているはずよ。
 まあ、今日は私の店だったから黙って見過ごすけど、次はないからね」
 愛想もない従業員はぼそりとそう呟くとメニューをふたりに配って厨房へと戻ってしまった。
「なんで、村上がここにいるんだよ………」
 校則違反という以外には悪いことをしていないはずなのに、予期しない遭遇にジュウは憂鬱そうに溜息を漏らした。

 村上銀子。情報処理技術の授業を担当しているジュウたちの学校の女教師。
 ショートヘアを揺らし、小柄ながらもきびきびとした仕草やきりっとした顔立ちはモデルか女優を思わせる。
 鋭利な目つきもその容姿に凛々しさを持たせている。
 性格は簡単に生徒に対しても教師に対しても毒舌を吐くことから、少々キツ目だが生徒への愛情は確かなものがある、とジュウは評価している。
 口では厳しいことを言っても、授業が理解できない生徒には個別に丁寧に教えているし、きちんと課題をこなしたら褒めもしてくれるからだ。
 銀子のことをジュウは嫌いではなかったが、少々苦手であった。大抵の教師は不良である自分のことを敬遠しているのに対し、
 銀子の場合は出席日数が足りなくなりそうになると容赦なく職員室に呼び出し、言いたいことをずばずば言いのけてしまう。
 だから、ジュウとしてはあまり関わりたくは無い人種ではあったのだが。

 少しばかり苦渋に顔をしかめるジュウに雨はきょとんとした様子で見上げた。
「村上先生はここのラーメン屋のご主人の娘さんなんですよ」
「お、おい……、雨、おまえ知ってたのか?」
「申し訳ありません。以前クラスの方がそう噂しているのを聴いていましたので」
「あ、別に謝ることじゃねえ……。それにしても随分賑わっているんだな」
 ぐるりと背中を捩って店内を見渡した。テーブル席にも多くの中高生やサラリーマンが
 雑談あるいはラーメンを啜っている賑やかさを見て、へぇとジュウは感心したように溜息を漏らした。
「当然でしょ。私の父が経営しているんだから」
 注文を取りに来た銀子に声をかけられた。そう断言するということはよほど父親を誇りに思っているのか。
 少しだけジュウは銀子が羨ましくなった。おそらくは彼女も雨と同じように幸福な家庭環境に育ったのだろう。
 立派な父親がいて、優しい母親がいる。ジュウには想像してもできない家庭だ。
 それよりも注文は? そう言わんばかりに軽く睨まれて、ジュウはメニューに目を落とした。
「それじゃ俺はもやしラーメン、大盛りで。おまえは?」
「では私はネギラーメンを」
 わかったわ。銀子はそう承諾すると厨房へと戻っていった。

この後、雨が巷で騒がられている誘拐犯に浚われて、彼女を助けるために
雨が抜けた穴を銀子が補う形で、事件を追う……そこからエロにもって行こうと考えたがあまりに長くなりそうなので断念した。
やっぱり、伊南屋氏のSSを見ると創作意欲が沸くのだが……おいらには難しいみたいだよ? orz

654:名無しさん@ピンキー
07/01/02 11:23:49 SGi0s5++
正直、銀子の先生はやり過ぎ感が否めなかったが、サンタのくだりは良かった
紅香さんのその発言が当たり前に感じるわw
しかしジュウ様。
今日日の餓鬼は例えサンタの正体に気付いてもプレゼントを多く貰う為に気付いて無い振りをする奴らばっかりですから!
だけど、そんな事を考えてしまう純粋さが貴方様の魅力でっていうかぶっちゃけ萌えで(ry

655:名無しさん@ピンキー
07/01/03 00:25:55 2FOYQfFH
やっぱジュウと雨はいいな
1番好きなカップリングだ

656:名無しさん@ピンキー
07/01/03 09:00:07 95/2gqsa
ジュウと雨はまさに「正統派異端系」カップルって思うのは俺だけか?

657:伊南屋
07/01/03 10:46:31 4ASEDexw
 一つ自分のミスを見つけたので訂正します。
 レディオ・ヘッドⅢでジュウ様達の進路は西ってなってましたが東でした。
謹んでお詫び申し上げるとともに訂正します。

 最後に、次のSSの投下はもうちょっと待ってください。
 以上、伊南屋でした。

658:名無しさん@ピンキー
07/01/05 18:36:30 NqDxirkE
一応保守


659:伊南屋
07/01/05 21:08:44 j1ILVdq9
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
Ⅷ.

 九鳳院と言う一族がいる。大陸の中でも特に強い、通称「三國」と呼ばれる中の一つ、アルハザト聖国を治める王族である。
 古くから続く血脈に、彼らは誇りを持ち、自らが選ばれた一族であり、世を統べるのは我々だと、強く主張している。
 その九鳳院。その闇の産物が紫である。
 九鳳院に代々続く風習。近親相姦。
 言ってしまえば古い王族にはそう珍しい話ではない。優れた血をより濃くするために近しい者同士で交わる。
 そんな話は枚挙に暇がない。
 しかし、それもかつてはの話である。
 かつては許された事も、今の倫理に重ね合わせれば到底許されない。
 だが、その時点で九鳳院は致命的な問題に直面した。
 近親でしか子を作れなかったのだ。いくら外の血筋を取り入れようと子が産まれない。だから近親相姦を続けるしかなかった。
 それを通すために、九鳳院は一つのシステムを作り上げた。
 奥の院と呼ばれる施設がそれである。
 そこに、近親で作った女子を入れ、世間から隔離するのである。
 表向きには外から妃を取り、結婚する。だがそれでは子は産まれない。
 そこで奥の院にいる女子と交わり、産まれた子が男子であれば、表向きの妃との子として表の世界で育て、女子ならば奥の院に入れ、次代の子を産む為に育てる。
 紫はそこで産まれ、育てられた。
 それも、現国王・九鳳院蓮丈の実子であるという。
 真九郎は、九鳳院蓮丈が国外遠征していた隙を見て、とある筋からの手助けを得て脱出した紫を保護した。
 真九郎はその身の上を知った上で紫を助けたいと思った。
 紫に、奥の院なんて狂ったシステムに組み込まれて良いはずがないと思ったのだ。
 無論、そんな思いだけで彼女を救えるなら苦労はない。
 仕方無く真九郎は、崩月に頼ることにした。
 しかし、それはなかなかに叶わなかった。九鳳院―否、それは九鳳院全体の総意ではない。
 アルハザト聖国第二王子、即ち紫から見て次兄にあたる九鳳院竜士が傭兵を雇い、個人的な追跡を始めたのである。
 何故、九鳳院の力ではなく外部から傭兵を雇い入れて追うのか。
 紫本人の口から聞かされた。
 曰わく、紫を自分の物にするため。紫に自分の子を産ませるため。そして、次期国王になるため。


660:伊南屋
07/01/05 21:10:01 j1ILVdq9
 今まで奥の院のルール―初潮前の女児に手を出してはいけないと言う規則が邪魔したが、この混乱した事態に乗じて、紫を犯す。
 そう、考えているらしい。
 だから、逃げるのだ。九鳳院から、それ以上に竜士から。
 その話を、紫は泣きながら語ったという。


「成る程ね……」
 重い沈黙を、ジュウが破った。
「確かに胸糞悪くなる話だ。近親相姦に幼女趣味ね……。まったくヘドの出る話だ」
 忌々しげなジュウの言葉は、重みを持って響く。
 子供に甘い―無論やましい意味でなく、純粋な意味で―ジュウとしては、相当に頭に来る話だった。
 子供は汚れていない。何の罪もない。だから、何も悪くない子供が不当に辛い目に会うのは許せなかった。
「そう思うんなら、手を貸して貰いたい。どうか頼む」
 頭を下げる真九郎に、ジュウは応える。
「最初っからそういう話だろ? っていうか、今更聞かなかった事にしてくれって言われたって勝手に手を出してやる」
 その言葉に、真九郎は頭を上げ、ただ感謝の気持ちを込めて、しっかりと言った。
「……ありがとう」


 クスルの街外れの森。
 とある一団があった。
 一人の少年を中心に集まる集団だ。
 少年は森の中の切り株に腰を降ろしている。その切り株は今し方出来たものだ。証に切り口は真新しく、傍らには切り倒された木が転がっている。
 そこに、何の予兆もなく一つ、低い声が響いた。
「あいづらみんな、やしき、はいっだ」
 酷く濁ったその声を受け、少年が「そうか」と呟いた。
 いつからか少年の傍には巨人が立っていた。ついさっきまで存在していなかった筈なのに。
 少年はそんな事は気にせず、軽く溜め息を吐いた。
「あーあ、面倒くさいよねえ。よりによって崩月だもんなあ」
 そう言いながら顔は笑っている。
「ま、いいよね。所詮は子鬼だし」
 少年は立ち上がる。
「うん、決定。善は急げって言うし。今夜、今夜だ。紫を奪還する」
 周囲に言い聞かせるように。自分が、命令を出すことが当然だと、人の上に立つのが当然だという表情で少年は語る。
「屋敷を襲撃する。全部ぶち壊して構わない。刃向かう奴は殺せ。ただし紫には絶対傷つけるな。髪の毛一筋でも怪我させた奴は殺す」
 味方すら殺すと言ってみせる少年だが、不満の声は上がらない。
「特に斬島のお前。お前が一番危なそうだ。気を付けろよ」


661:伊南屋
07/01/05 21:10:53 j1ILVdq9
 声を掛けられたのは少女だ、小柄な少女。無気力な瞳で少年を見つめ小さく頷く。
 その足元には、鋸。
「鉄腕は僕の護衛。ビッグフットは襲撃中に紫を回収して来い」
 言われた各々が頷いて応える。
「さあ、思い知らせてやる。“刃向かう者は潰せ”って言う、九鳳院の掟をさ!」
 そう言って少年は―九鳳院竜士は笑い出す。
「ははっ! 紫。お前は僕の物だ。それを分からせてやる。はははっ! あはははははは!」
 まだ日の高い昼。それでも暗い森の中。九鳳院竜士の高笑いが木霊した。


662:伊南屋
07/01/05 21:13:48 j1ILVdq9
 毎度、伊南屋に御座います。

 ようやく事態が動き出しましたレディオ・ヘッドⅧ。如何でしたでしょうか?
 紫の事情関連は現在踏襲しつつ少しアレンジされてます。あらかじめ事情を明かしておくって感じに。

 とりあえず何気にⅧまで来たなあとか思いつつ、以上伊南屋でした。

663:名無しさん@ピンキー
07/01/06 08:44:47 9oJO74e1
毎度本当にGJです。

ジュウ様カッコヨスw

664:名無しさん@ピンキー
07/01/06 10:34:19 /696wIWX
伊南屋さんGJです!!続き気になります!!

665:伊南屋
07/01/07 20:12:42 xjybrmRf
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
Ⅸ.

「そう言えば紫は?」
 話が一段落した所で、ジュウは姿の見えない紫の事を尋ねた。
「今は風呂に入れてる。ここの所走り通しだったから、大分汚れてたし」
「そうか」
 成る程、言われてみれば紫と行動を共にしていた真九郎もそれは同じらしく、服の至る所が破れ、泥に汚れている。
「紫ちゃんが上がったら、次は真九郎さんですからね」
 微笑みながら夕乃が声を掛ける。それに真九郎は、
「はい、ありがとうございます」
 と応えて見せた。
「宜しかったら後で柔沢さまもどうぞ」
「すまない。それと、俺はジュウで良い」
 応えるジュウに、夕乃は驚いた表情を向ける。
「……不思議な王様ですね。普通はそんな事言いませんのに」
「いや、畏まられるのは苦手でな」
 言って、自分の従者を思い出す。
 あいつの態度は長い時間で慣れてしまった。これに関してだけは、いきなり態度を改められたりすれば自分は面食らうだろう。
 下らない想像に微笑を零す。
「ん? 真九郎っ!」
 廊下の向こうから元気な声がした。木の床を駆け紫がこちらに向かってきている。
 辿り着くと、紫は相好を崩した。
 こうして改めて見れば、実に美しい少女である。濡れた黒髪など幼いながらに色香のようなものを漂わせている。
 確かにこの美貌は幼女趣味には堪らないものがあるのかも知れない。
「体は綺麗にしたか?」
 嬉しそうにじゃれつく紫に、真九郎は尋ねる。
「ああ、真九郎に裸を見られたって今は平気だぞ!」
 刹那、空気が凍る。
「……真九郎さん?」
「真九郎、お前……」
 ジュウと夕乃。訝しげな視線を二人が送る。
「え? いや、誤解だって! 俺は紫の裸に興味は―」
「真九郎は私の裸を見たくないのか? 私の裸が汚いからか?」
「ああ、いやそうじゃないよ。紫の裸は綺麗だって……って夕乃さん!? 痛い痛い耳は痛い! お願い引っ張らないで!」
「不潔です不健全です不健康です。その真九郎さんの性根、私が叩き直して差し上げます」
「いやだから聞いて。これには不幸な誤解と誤謬があああぁぁ!」
 屋敷の奥へ消えていく夕乃と真九郎を見つめるジュウ。
 苦笑まじりに嘆息する。
 勿論、真九郎が幼女趣味だと信じたわけではない。正直、際どいとは思うが。
 夕乃が信じているかは―まあ、微妙だが、それはそれだ。
 遠く廊下の向こうから、
「お風呂はお先にどうぞ~」


666:伊南屋
07/01/07 20:14:31 xjybrmRf
 と夕乃の声が聞こえてきた。
 それと共に真九郎の悲鳴も。
「なあ、真九郎は一体どうしたんだ?」
 足元の紫が心配そうな声を掛けてくる。ジュウはしゃがんで紫に視線を合わせる。
「なんでもないさ。お前が心配する事はない」
 紫の頭を武骨な掌で、優しく撫でながら言う。それに安心したのか紫は「そうか」とだけ呟いた。
「さてと」
 口に出し、ジュウは立ち上がる。
「お言葉に甘えて風呂に入るかな」
 ジュウも昨日は野宿なので風呂に入っていない。不快な汗を流したいと思っていた所だ。
 しかし、よく考えれば風呂場がどこなのか分からない。
 ふと、足元を見る。
 そう言えば紫はさっきまで風呂に入っていたんだったか。ならば風呂の場所も分かるだろう。
「紫、風呂場がどこにあるか、分かるよな?」
「ああ、分かるぞ」
「じゃあ、案内してくれないか?」
 優しく聞くジュウに、紫は笑いながら頷く。
「こっちだ! 付いて来い!」
 誘われるがまま。ジュウは紫の後を付いて。屋敷の廊下を歩き出した。

 ***

 話も落ち着き、各々が席を立った客間。
 真九郎の悲鳴を聞きながら、未だに席に着いているのは当主・崩月法泉と、珍しく黙り込んだ斬島雪姫だけであった。
「なあ嬢ちゃん」
 法泉が口を開いた。
「真九郎から聞いたが。お前さん、斬島なんだって?」
「そうだよ。斬島雪姫。それが私の名前」
 軽い口調の法泉に、雪姫はやはり軽い口調で答える。
 法泉は「そうか」と呟やく。その表情から内心を慮る事は難しい。
 こめかみ辺りを掻き、次の言葉を探す。
「まあ、落ちこぼれだけどね」
「うん?」
 法泉が何か言うより早く、雪姫が漏らす。その言葉の意を、法泉は計りかねた。
「私の家は、斬島からはぐれたんだよね。お父さんが才能なくて。半ば勘当みたいに本家から放り出された」
 そこまで言って溜め息を吐く。
「まあ、その娘の私が斬島の血を強く受け継いでるんだから皮肉だよね」
 その言葉通り、雪姫の“斬島”としての才能は、殺しを生業とする直系。天才『切彦』に及ばずとも、劣らない。
「先祖返り……ってやつか」
 法泉は深く唸りながら呟いた。
 先祖返り。或いは隔世遺伝。
 代を重ねた血筋が、幾代かをおいて、かつての血筋を強く受け継ぐ事を言う。
 才能の無さ故に斬島を追われた者の子が天才。
 蛙の子は蛙に成らずとも、その子は蛙と成る。
 正に、皮肉な話であった。


667:伊南屋
07/01/07 20:17:07 xjybrmRf
 しかし、それだけで話は終わらない。
「ある日ね、私の事を知った本家が、私を消す為にやって来たの」
 自分達が追いやった血族。落ちこぼれの家系に生まれた天才の存在を察知した本家は、雪姫がいずれ本家に楯突くと判断したらしい。
「そんな事、する訳無いのにね。私は勿論、お父さんだって本家を怨んだりはしなかった」
 それでも、本家は雪姫を消そうとした。それも直系、切彦を使ってまで。
「逃げたよ。沢山逃げた。足が痛くなるまで、ううん足が痛いのか分からなくなるまで、それでもずっと」
 それを拾ったのが、ジュウだった。
「私達家族を拾って、私に自分の国の軍人っていう仕事もくれて」
 たがら今笑ってられるのはジュウ様のおかげ。雪姫は最後にそう締めた。
「成る程ねえ」
 法泉が漏らす。
「裏十三家が廃れ始めてから互いの家の事は分からなくなってたが、そんな事になってたか……」
 思いを巡らす法泉。そこにあるのはかつての記憶。
 崩月も、似たような家系だ。他人事ではない感慨もある。
 だからこそ感じる思いを、法泉は笑い、口にする。。
「良い男を、主に持ったなお前さん」
「うんっ!」
 雪姫は満面の笑みでそれに応えた。

 ***

「はぁっ!」
 ずしん、と崩月の道場に重い響きが木霊した。投げられること二十二回。真九郎がまた地に伏せた。
「今日はここまで。お疲れ様でした真九郎さん」
 実ににこやかに真九郎を見下ろしながら夕乃が言う。汗一つ掻いた様子もない。
 彼女がさっきまで真九郎をちぎっては投げ、ちぎっては投げしていたと、一体誰が信じようかという程の余裕振りだった。
「あ、ありがとう……ございました」
 真九郎が、体に残響するダメージを抑えながらなんとか立ち上がる。意識が遠くなりながらも挨拶は欠かさない。
「それじゃあ真九郎さんはお風呂に行ってきて下さい。着替えは用意しておきますから」
 冷たい水で絞った手拭いを渡しながら夕乃が言う。
 それを受け取り、体を拭きながら、真九郎は「分かりました」と答えた。
 一度、庭に出て井戸から水を汲み上げる。桶にたまった冷水を、真九郎は勢い良く体に掛けた。
 熱と痛みとが水に流されるかのように引いていく。
「ふぅっ……」
 恐らく、この後風呂に入り、上がる頃には痛みなどないだろう。夕乃はそうなるように手加減していた。
「敵わないよなぁ……」


668:伊南屋
07/01/07 20:18:10 xjybrmRf
 手加減した上でそこまで考えられる夕乃に、圧倒的な力量差を感じる。
 ―まだまだ未熟だ。
 改めて自らの実力を思う。体が出来ていても技が未熟。そして何より心が薄弱。
 その事を痛感する。
 しかし、それが紫を守れない理由になっても、守らない理由にはならない。
「守るんだ……絶対に」
 例え今は未熟でも、いずれ必ず強くなる。
 ただ今は出来る事を出来る限りする。
 それを胸に誓う。
「っし!」
 自らを一喝。
 誓いを新たに、真九郎は歩き出す。
 ―今はまあ、取り敢えず風呂場へと。

 ***

「あれ?」
 真九郎が風呂場に入ると先客がいた。
 湯船に浸かるのは金髪の少年王・柔沢ジュウ。
 しかし、脱衣所に服は見当たらなかったはずだが。
「服はついさっき持ってかれた。洗うというから断ったが、何せこっちは全裸。出て行って止めることも出来ずに無理矢理だ」
 苦笑いを浮かべたジュウが、真九郎の疑問に先回りして答える。どうやら先にこちらに来た夕乃がジュウの服を持っていったらしい。
 だから脱衣所には服がなく、ジュウが中にいると気付けなかったのだ。
「あ……悪いな、じゃあ上がるまで待ってる」
「俺なら構わない。入ってけ。疲れてんだろ」
 崩月家の風呂は広い。ジュウと真九郎が同時に入っても、まだ余裕がある程だ。
 ジュウの言葉に「じゃあ」と真九郎は従う。
 真九郎は腰を下ろし、まずは湯浴みをする。
「しかし凄いな、お前」
 呟いたのはジュウだ。真九郎の体を見つめながらぽつりと零す。
「俺がか?」
「ああ」
 まさか、といった風に真九郎が肩を竦めてみせる。
「何も凄くなんかないさ」
「いや」
 卑下する真九郎をジュウが否定する。
「お前は戦う力を持ってるじゃないか。そして、それを自らが正しいと思う事に使える。それは十分凄いことだと、俺は思う」
「それを言うなら、ジュウの方が……すまない。柔沢殿の方が凄いと思いますが」
「止せ、さっきも言ったろう。そういうのは苦手なんだ。ジュウ、で構わない。勿論敬語も要らない」
「そうか……。でもやっぱりジュウの方が凄いだろ。何せ一国の王だ。何でも出来るじゃないか」
 湯浴みを終え、湯船に浸かりながら真九郎が言う。
 その言葉に、ジュウは苦い表情を浮かべた。
「凄いのは周りの奴らだよ。戦争も、政治も、周りの奴らが居るから出来る。俺一人じゃ、子供一人守ることすら出来ない」


669:伊南屋
07/01/07 20:19:11 xjybrmRf
「でも、ジュウの周りに居る人はお前を慕って集まってるんだろ? だったらそれは、ジュウの力じゃないか」
「……そうかも知れない。だけど、俺はやっぱり一人で戦う力を持つお前が羨ましい」
「それを言ったら、俺は一人じゃ絶対出来ない事が出来るジュウが羨ましいよ」
 よく似た二人は、しかし互いに羨み合う。
 その事に、自然とある言葉が二人から苦笑と共に零れた。
「「所詮は無い物ねだりか……」」
 重なり合う二人の呟きは、風呂場の壁に反響して消えた。


670:伊南屋
07/01/07 20:22:37 xjybrmRf
 毎度、伊南屋に御座います。

 今回は嵐の前の静けさ、のような風景。
 実はそろそろエロも書かな行かんなあと思ってます。だから次はエロネタ(予定)

 そんな感じで以上、伊南屋でした。

671:名無しさん@ピンキー
07/01/08 02:53:13 ZOWgIZeZ
次回wktk

672:名無しさん@ピンキー
07/01/08 12:53:07 vf/iZ6cW
GJッス伊南屋氏!
なかなかオリジナル臭が出てきましたね!
色々と妄想を掻き立てられる伏線がありますし……
斬島VS斬島とか
真九朗とジュウ様のどちらが竜士をブッ飛ばしてくれるのかとか!
 
しかし九鳳院の娘は紫一人しか居ないんだから自動的に跡継ぎも一人しか居ないんだよな……
竜士もそこに漬け込み自分が王になろうという事ですか

673:名無しさん@ピンキー
07/01/08 15:49:48 nXtUc4TO
2ヶ月ぶりに来てみれば大量に神キテルー!!

674:名無しさん@ピンキー
07/01/08 17:46:50 kDxAJyDt
いやぁ、良いですわ伊南屋さん。単行本でまとめて読みたいですね。
にしても次はエロですか、粘液質で獣じみたエロエロをお願いしたいも。

675:名無しさん@ピンキー
07/01/08 22:13:04 ZOWgIZeZ
誰かここのSSまとめたサイト作らないかな

676:名無しさん@ピンキー
07/01/11 15:31:51 t8zLNQUe
だれか保管庫作れるエロい人いるのか?

677:名無しさん@ピンキー
07/01/11 21:00:04 cMX1mkg8
保管庫ってけっこう需要ありそうな気がするけどな……どうですか?

678:名無しさん@ピンキー
07/01/12 11:45:54 H2906W95
需要なら有り余ってい(ry

679:名無しさん@ピンキー
07/01/13 19:21:02 KPlSWjQc
誰か建ててくれる方いますか?

680:名無しさん@ピンキー
07/01/14 11:39:06 Sf+AUMJ6
誕生日プレゼントネタを妄想してみた

雨「護身用のスタンガンです。改造して電圧があがってます」
ジ「上がってるって………ちなみにどれくらいだ?」
雨「最大で2000Wほど」
ジ「………そういうのは持たない主義なんだ。」

雪「実用性たっぷりの同人誌50冊セット!主にヒロインがポニテのを中心に選んだよ!」
ジ「持って帰れ」

円「適当にお菓子の詰め合わせを買ってきたわ。」
ジ「やっとまともなのが………ありがとな」
円「まあ、これがメインではないのだけれど」
ジ「?」

光「ああああああああああ、あの、あ、う、ご、御奉仕するにゃん!」
ジ「………それは、誰に教えてもらったんだ?」
光「えーと、円堂先輩に」
ジ「前言撤回だ、このやろう!やっぱまともじゃねえ!」






紅「実用性たっぷりのエロ本50冊セットだ!部下に選ばせた。嬉しいだろ、うん?」
ジ「持って帰ってその部下に渡してくれ」

681:名無しさん@ピンキー
07/01/14 16:23:23 jf3Kf77E
>>680
えらくはっちゃけた真九郎だな、と思ったがお袋か。

682:伊南屋
07/01/14 19:37:47 BcE2TeyK
 それは、紫が持ってきたお菓子が始まりだった。
 やや派手な箱に入ったチョコレート。どうやら外国のものらしかった。
「真九郎。チョコレートだ! 食べるか?」
 それは質問でありながら命令だった。
 視線が強く、真九郎に食べて欲しいと訴えていた。
「うん、食べるよ」
 真九郎は何ら疑う事なく、箱に詰められたチョコレートを一つ摘み口にした。
 それを見て紫も一つ食べる。
「うん、美味いな」
「ああ!」
 こうして甘いもの一つで満面の笑みを浮かべる紫を見て、やはり子供だと思う。
 それとも“女の子”と言うべきか。
「ところで、このチョコレート一体どうしたんだ?」
 実際、紫がお菓子を持って来るなど珍しい。ふと浮かんだ疑問を口にする。
「うむ、実はこれは環から貰ったのだ。なんでも“がらな”チョコレートと言うらしい」
 何気なく言った紫の言葉に、真九郎が固まる。
「環が、一緒に食べた人と仲良くなれると言っていた。やはり環は良い奴だな!」
「む、紫? なんか身体が変になったりしてないか?」
「ん? いや、別になんともないぞ。少し暑いくらいだな」
 直感。これは、本物だ。
 ガラナチョコレート。
 エロ系通販でたまに見掛けられる怪しいグッズの一つである。
 ガラナエキスの入ったチョコレートの事で、男性に対する強精作用を持つ。
 もしくは。
 狭義に、催淫作用のあるチョコレート菓子の事。
 全て英語で書かれたパッケージだ。無論に、真九郎に読めるはずもない。
 しかし、恐らくこの場合は環の事だ。後者に決まっている。
 そんな事を考えている内に、紫が二つ目に手を伸ばすのに気付いた。
「だ、駄目だ紫っ!」
 慌てて箱ごと取り上げる。しかし、一つは紫の手に握られていた。
「何をするのだ真九郎!」
 抗議の声を上げる紫。真九郎はどう話すべきか迷う。
 本当の事を言って、紫に分かるとは思えない。かと言って機転の利いた嘘をつける程、真九郎は頭脳の回転が早くなかった。
「ああ、そうか」
 不意に、紫が合点が言ったように手を叩く。
「なんだ、真九郎は独り占めしたいのだな? 全く、駄目な奴だな。しかし喜べ真九郎。私はそんなお前のわがままを、今回だけとはいえ許してやろう」
 薄い胸を反らし、紫が言う。
 それに反論するか真九郎は迷った。

683:伊南屋
07/01/14 19:39:15 BcE2TeyK
 そういう事にしておけば紫は食べないだろう。後で食べると言って、紫が帰ってから処分すれば良い。ついでに環に文句も言おう。
 ならば決定。その方針で行く。
「そ、そうなんだよ。悪いな紫。貰っちゃって」
「なに、構わない。真九郎が喜ぶなら私はそれで良いのだ」
 ―御免、紫。
 内心で、嘘をついた事を詫びる。
 でも、これも紫の為なんだ。
 この子を守るためならいくらでも嘘つきになってやる。真九郎は自己にそう言い聞かせる。
「さあ、遠慮せずに食べろ。真九郎」
 さっき握った二つ目を口に放り入れながら紫が言った。
 ああ、二つも。そんな事を思いつつ、真九郎は答えた。
「折角だから後で食べるよ」
「……本当に食べたいのか、真九郎?」
 紫が訝しげな視線を投げる。その視線に気付かされる。
 忘れていた。この子は本来、非常に鋭い感性を持っているのだ。虚偽を見破るのは特に上手い。
「ほ、本当だよ」
 焦って取り繕うが疑いの色は更に濃くなっていく。不味いと、真九郎は感じた。
「では食べれば良いではないか。遠慮は要らないぞ。それとも私に意地悪がしたかっただけか?」
 逃げ場は、無かった。
「そ、そんなこと無いよ。ありがとう。それじゃ遠慮なく」
 一つ摘んでは口に。また一つ摘んでは口に。
 みるみる箱からチョコレートが消えていく。中身が減るのに反比例して、真九郎の身体をを熱が襲う。
 ―ヤバい。これはヤバい。早く完食して、理性が保てる内に紫を帰さなければ。
 必死で笑顔を作りながら食べる真九郎。その笑顔とは裏腹に思考は悲鳴を上げ始めていた。
 猛る情欲。体は疼き、快楽を求める。
 気が付けば紫の肢体を舐めるように見つめる自分が居た。
 ―何を、考えてるんだ俺は。
「大丈夫か、真九郎? 顔が真っ赤だぞ」
 真九郎の異常を感じ取り、紫が身を寄せる。身を乗り出した紫は額同士を接触させた。
「熱は―無いみたいだな」
 そう呟く紫の声を、しかし真九郎は全く聞いていなかった。
 目の前には接近した紫の顔がある。長い黒髪が揺れる度、少女の体臭が甘く鼻腔にそよぐ。
 吐息は鼻先をくすぐり、鳥肌の立ちそうなぞくりとした感覚が背筋を走る。
 瞳を少し下にずらせば、紫の柔らかそうな、桜色に綻ぶ唇があった。
 それを見て、触れたいと思った。
 口付けたいと、どうしようもなく思ってしまった。
 だから、触れた。
 唇を、重ねた。
「―!?」


684:伊南屋
07/01/14 19:40:51 BcE2TeyK
 小さく紫の身体が跳ねる。しかしそれだけだ、抵抗はない。
「ん……」
 唇を離す。紫が顔を真っ赤にしていた。紅潮した顔は、熱に浮かされたように蕩けていた。
 そう言えば、チョコレートは紫も食べていたしな。そう、どこか遠くで考える。
 例えば、風邪薬一つ取っても小児は量が少なくて済む。体が小さいから少量で効くのだ。
 それと同じ。たった二個でも、紫には十分過ぎる程に十分だった。
 催淫作用に酔っているのは紫も同じ。
 どちらも、止まらない。
 真九郎も理性の枷は外れている。最早、紫を抱くことしか考えていなかった。
 紫はこれから自分に何が為されるか理解していないだろう。あるのは、本能的な衝動。無理矢理こじ開けられた官能だけだ。
 再度、唇が触れる。柔らかい唇の感触。真九郎は更に、その唇を割開く。
「―っ!」
 声のない悲鳴を紫が上げる。それを無視して、狭い口腔内を真九郎の舌が這い回る。
 小ぶりな前歯をなぞり、歯茎、頬の裏、そして紫の小さな舌に絡める。
 それだけで、紫は気が抜けたように脱力した。微かに身を震わせるも、拒否はしない。
 性の知識のない紫に、自分から舌を絡めるという発想はなく、ただ行為を受け入れるだけだ。
 だが、それだけで真九郎も紫も意識を陶然と昂ぶらせる。
 思考は停止し、肉欲が思考を支配する。互いの身体を求め合い、触れ合いたいと願う。
 服が二人の間を遮った。だから脱いだ。
 肌を触れ合わせたかった。だから重ねた。
 もっと深く互いを感じたかった。だから抱き合った。
 それでも足りなかった。だからまた唇を重ね舌を絡めた。
 身体の求めに応じ、満たす。満たされた傍から更に欲しくなる。再現なく高まる欲求は、やがて“繋がりたい”に行き着いた。
 言っても紫は分からないだろう。だから真九郎はただ、
「行くぞ」
 とだけ耳元で囁いて、紫への侵入を始めた。
 きつい。幼い身体の密壷は、十分濡れていたがそれでも真九郎の侵入を拒む。
「っ……たぃ」
 紫が微かに悲鳴を漏らした。それでも真九郎は止まらない。止まれない。
 拒む入り口を割開き、自らを埋没させていく。
「あ……は……っ」
 喉から絞り出すような呼吸音。紫の顔が苦悶に歪む。
 長引かせるのは可哀想だ。真九郎は一息に根元まで貫いた。
「――っ!!」
 背を仰け反らせ紫が悶える。見開かれた目、その目尻には大粒の涙。
 接合部を見れば、紅い鮮血。

685:伊南屋
07/01/14 19:43:18 BcE2TeyK
 余りに、痛々しい眺めだった。
 真九郎は紫を労るように、その額に―唇では体の大きさの関係で苦しい―キスをした。
「しんく……ろ……ぉ」
 紫の細い腕が、背に回される。やはりこれもサイズ差の関係で回りきらないが、それでも必死にしがみつくように真九郎を抱き寄せる。
「動くからな」
 一言を残し、真九郎は腰の前後を始める。催淫効果と膣の狭さが相俟って、強烈な快感が走り、真九郎は腰が砕けそうになった。
 それを必死で耐え、前後を続ける。
 動く度に紫が悲鳴を上げたが、それを気遣って行為を止める余裕は真九郎には無かった。
「ひっ! ……は……しん……くろっ、お!」
今は直ぐにでも紫を解放するために、自らを絶頂へと、ひたすらに導く。
 幸いにして絶頂はそう遠くない。真九郎は自らを満たすため、紫を突き上げる。
「むら……さきっ!」
 一際強い快感が背筋を走る。それに堪えきれず真九郎は絶頂に辿り着く。
 突き刺したまま果てた性器は、紫の中に白濁を吐き出す。大量の精液はあっと言う間に紫の子宮を満たし、余剰分が溢れかえった。
 その時だ。短時間の性交で果てた真九郎は唐突に罪悪感に襲われた。
「紫っ!」
 慌てて性器を引き抜く。栓の外れた膣口から、ごぼりと紅混じりの精液が逆流した。
「ごめん! こんな、こんな事っ!」
 激しい動揺と自責の念に、涙すら浮かべて真九郎が謝る。
 体をぐったりとさせた紫を抱き寄せ、譫言の様に謝罪を繰り返す。
 しかし、それを遮る声が、聞こえるか聞こえないかという小さな声が真九郎の耳元でした。
「いいんだ……真九郎」
 紫が、真九郎の首に腕を回し頭を抱えるように抱き締める。
「私は……嬉しいんだ」
「むら……さき?」
「真九郎が私を抱き締めてくれて、口付けてくれて、嬉しかったんだ」
 真九郎は何も答えられない。
「真九郎、聞こえるか?」
 何だろう? 耳を済ませてみる。
「あ……」
 ―聴こえた。
「どきどきしているだろう? 私の心臓。嬉しくて、こんなにどきどきしている」
 とくとくとくとく。
 小さいけれど、確かに早鳴る紫の鼓動が聴こえた。
「私は……これからもどきどきしたい。真九郎とどきどきする事をしたい」
 そこまで言って、紫は真九郎の頭を放し、視線を向かい合わせた。
「真九郎は、いやか?」
 声もなく真九郎は、首を横に振った。

686:伊南屋
07/01/14 19:44:54 BcE2TeyK
「じゃあ、しよう。これからも。さっきのはかなり痛かったけど、少しだけ気持ち良かった」
 ―だから泣くな。
 そう言って、紫は真九郎の頬を濡らす涙を、唇で拭った。

 ***

「やあ青少年」
 ある朝。声を掛けてきたのは環だった。
「ん~、おめでとう……なのかな?」
 にやりと笑って環が言う。
「でもこれで君も犯罪者の仲間入りだね~? ―そんな怖い顔で見ないでよ。大丈夫、五月雨荘の決まり通り通報なんかしないから」
「……環さんが仕掛けた事でしょう」
「―何のことかな?」
 あくまでしらばっくれる環に、溜め息を吐く。
「いえ、なんでも」
「あはは。まあ君が怖いのは警察よりは……九鳳院だろうけど」
 意地悪く笑う環に、強い視線で応える。
「関係ないですよ。例え九鳳院でも、最後の最後まで足掻きますから」
「……少しは強くなったかな?」
「誰かさんのお陰で」
「にゃはは」
「じゃあ、もう俺は行くんで」
「あっそ。気を付けてね」
 一礼して去って行く少年を見送り、不意に環は空を見上げた。
「……青いね~」
 それは、さっき去って行った少年に向けた言葉か、空を形容して言った言葉か。
 環はただ、いつも通りの気楽な笑顔を浮かべるだけだった。



687:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/14 19:50:56 BcE2TeyK
 毎度、伊南屋です。

 これからはトリップ付けようかと思ってたのに本編の時は忘れていました。

 今回は真九郎×紫です。ラブラブネタのつもり。
 しかしここまでの真九郎のカルマ値が高いとこの後に紅・異伝~宵闇~に分岐したり。

 とりあえず今回はこれまで。
 以上、伊南屋でした。

688:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/14 19:58:28 BcE2TeyK
追記
 保管庫は自分も良いと思います。

689:名無しさん@ピンキー
07/01/14 21:32:48 hopBvbmc
GJ!

つか片山憲太郎作品のスレがあること自体に驚いた

690:名無しさん@ピンキー
07/01/14 21:33:07 9qEJKmHo
伊南屋さんGJです!!紫、ヤバいですw



691:名無しさん@ピンキー
07/01/14 22:44:19 6uXFgUFh
伊南屋さんGJっす!
しかしやっぱ紫がこんだけ幼いと真性のペド野郎でない限り、どこか暗い話になりますよね……


692:名無しさん@ピンキー
07/01/15 02:02:17 3QVzz/LF
>>680
どうでも良いけど、電圧なのにWって…
正にwwwwwwwwwwwwwww

693:名無しさん@ピンキー
07/01/15 10:52:21 yGiJfFaI
どなたか保管庫(サイト)を作っていただけませんか

694:名無しさん@ピンキー
07/01/18 01:46:37 vkOBAabC
崩月姉妹モノが見たいなあ…

695:名無しさん@ピンキー
07/01/18 08:48:07 RWnRPRMj
>>694
ロリコン

696:名無しさん@ピンキー
07/01/18 20:57:08 urqnKCEi
>>694
激しく同意!!!!!!!!!

697:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/20 23:13:00 Su7byAgy
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
Ⅹ.

「へい、らっしゃい!」
 店内へと足を踏み入れたジュウに、威勢の良い声が浴びせられる。同時、鼻孔を刺激するスープの香り。
 真九郎に案内された店は宿も兼ねた大衆食堂。楓味亭という名のこの店はなかなかに繁盛しているらしく、昼時らしい賑やかな喧騒に溢れていた。
 それを見て、ジュウは内心辟易する。人混みは余り得意ではない。王として、それなりの経験を経ているジュウにとって、それだけは幼少から変わることのない事実だった。
 真九郎は紫を連れ、さっさと空いた席を見つけ腰を下ろすと、ジュウに手招きをした。
 ジュウは溜め息ひとつ。味は、せめて混雑しているだけはあるんだろうなと考え、真九郎の向かいに座り、この店に来るまでの経緯を思い返し始めた―。

 ***

「お昼は如何なさいますか?」
 そう問うたのは夕乃だった。柔らかい笑みを浮かべ、風呂上がりのジュウと真九郎に尋ねてくる。
 言われてみて気付いたが、よく考えればジュウ達は今朝から何も口にしていない。今までは忘れていたが、一度意識してしまうと空腹感が襲ってくる。
 それは真九郎も同じようで、盛大に腹の虫が存在を主張した。
「あらあら。ふふ、ではご飯の準備しますね」
「いや」
 否定の言葉を口にしたのは二人同時。真九郎とジュウだった。
 重なった言葉に互いを見やり、次の言葉を先に口にしたのはジュウだった。
「風呂まで借りて、これ以上迷惑は掛けられない。俺達は外で食べるから心配しないでくれ」
「……そうですか」
 若干、寂しそうに夕乃が呟く。
「俺も」
 そこに真九郎も言葉を重ねた。
「村上の所に挨拶も兼ねて飯を食いに行くよ。だから、俺も遠慮しとく」
「挨拶ですか……」
 二人の答えに不満気ではあったが、夕乃は納得したらしく頷く。
「分かりました。そういう事でしたら仕方ありませんね」
 そう言って、不満気だった表情を朗らかな笑みに変える。
「じゃあ、もう行くよ」
「はい、お気を付けて」
「一つ良いか?」
 割り込むようにジュウが質問する。夕乃は真九郎からジュウに視線を移した。
「雪姫はどこにいる?」
「まだ客間のはずですが」
「すまない」
 一言を残し、ジュウは足を客間に向ける。
 その後をなんとなくだろうか。真九郎と夕乃が付いて歩いた。
 客間に着いたジュウは、襖を開ける。
「雪姫、出掛ける……ぞ」


698:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/20 23:14:54 Su7byAgy
 最後の方が歯切れ悪くなったのは中の光景に嘆息したからだ。
「ふぉふぉふぃ?」
 恐らくは「どこに?」と言ったのだろう。しかし口の中に食べ物を詰めた状態では、発音は不明瞭極まり無かった。
 しかもその隣ではいつの間に屋敷に入ったのか。円も膝の前に置かれた膳を黙々と口に運んでいた。
「如何なさいます?」
 夕乃が苦笑混じりに尋ねてくる。
「……外で食べるさ。すまんがこいつらは頼む」
「護衛をお連れにならなくて宜しいんですか?」
「勝手に飯をたかる奴が護衛とは認めたくないんでな」
「そうですか」
 襖を閉じ、二人の付き人を視界から消し去る。
 そのまま玄関へと真っ直ぐ歩き出そうとした時だ。
 木張りの廊下の向こうから軽い足音が聞こえた。ぱたぱたと言うその足音は紫だった。
「真九郎! 出掛けるのか?」
「ああ」
「ならば私も付いて行くぞ!」
 宣言し鷹揚に頷く紫だが、真九郎は内心困っていた。
 街に連れ出せば紫は危険に晒すことになる。まして、付いていられるのは自分一人。
 悩む真九郎の肩を叩く手があった。
「あ~……なんだ。俺も着いてくから連れて行ってやらないか?」
 それは、子供には甘いジュウの見せた優しさであった。

 ***

 ―ということがあって今。ジュウ達は楓味亭に来ていたのだ。
「いらっしゃいませ」
 席に着いたジュウ達に、抑揚の少ない声が掛けられた。
 声の主に視線を向けると、そこには一人の少女が無表情に立っていた。
「よう、銀子」
 真九郎が親しげに声を掛ける。知り合いらしい。親愛の情を露わに、真九郎は笑顔を浮かべ銀子と呼んだ少女に笑いかけた。
「帰ってたのね」
 真九郎とは対照的に感慨もなさそうに返す銀子にジュウは疑問を投げかけた。
「真九郎の知り合い……なのか?」
 その問に答えたのはしかし、銀子ではなく真九郎だった。
「こいつは村上銀子。楓味亭の店主の一人娘。俺の幼馴染みってとこかな?」
 その答えにジュウは成る程、と思う。だから真九郎はあんなに親しげに声を掛けていたのか。
 銀子はそうでもないように見えるが、逆に親しいからこそ、余計な気を張る必要が無く、素っ気ない態度を取れるとも言えるかも知れない。それ以上の感情も或いは、あるのかも分からないが。
「ところで真九郎。この子は?」
 銀子の視線が紫を捉える。
「私は九鳳院紫だ!」


699:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/20 23:16:21 Su7byAgy
 答えようとした真九郎より先に紫が名乗る。九鳳院という単語を出した事に真九郎とジュウ。二人は冷や汗を流した。
 まわりを眺めれば、紫の声は店内の喧騒に紛れたらしく、こちらを注視している者はいない。
 銀子も一瞬、驚きの表情を見せたが騒ぐ事はせず、しゃがんで紫に視線を合わせると柔らかい笑みを浮かべた。
「よろしく、紫ちゃん」
 ジュウはそれを見て意外に思う。冷徹そうだった表情から一転、慈母のような微笑みを浮かべる事が出来たのか。
 それを見てなんとなく、短い時間ながら銀子という少女の少女の人となりが分かったような気がした。
 冷静沈着、しかし情に厚く思いやり深い。それが銀子の本質であるように思う。
「じゃあ、アレってあなた達絡みなのかしら」
 呟いた銀子の台詞に、ジュウと真九郎は疑問符を浮かべる。
「アレってなんだ?」
 真九郎の質問に、銀子は若干声を落として答えた。
「街外れの森で、怪しい奴らが集まってるって話。“商売柄”そういう情報が入ってくるから。」
 そこで銀子は溜め息を一つ漏らす。
「そこにこんな大物二人を―名乗らなくても紫ちゃんでない方が誰かは分かるわ。その二人を連れて真九郎が来たのよ。関係を疑っても仕方ないでしょ」
 その答えにジュウは驚く。夕乃もそうではあったが、銀子の今の口振りからすると自分が誰であるか一目で看破したらしい。
「まあ周りは気付いてないけど、もう少し自分の身を隠す事を覚えたらどう?
ジュウ“様”」
 確定だ。名乗っていないジュウの名と、それに様を付けた事実。それは言外に自分が国王・柔沢ジュウであると知っている事を物語っていた。
「まあ、そんな事はどうでも良いのだけれど。……真九郎」
 瞳に真剣な光を宿して、銀子が言った。
「早く注文してくれる? 今、忙しいのよ」

 続

700:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/20 23:20:20 Su7byAgy
 毎度、伊南屋です。

 今回は少々短め。間が空いたクセにこんなんでスミマセン。
 いやしかしレディオ・ヘッドもⅩまで来ました。長いなあ……なんて自分で思いました。

 今回は以上。次はもっと早く、かつ文量を多くして投下します。
 それではまた、伊南屋でした。

701:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/20 23:55:04 Su7byAgy

 ***

「なあ、飯なんか食ってて大丈夫か?」
「ちゅるちゅる」
「ああ、大丈夫だ」
「むぐむぐ」
「しかし、飯食うより情報をだな……」
「ず~っ、んくっんくっ」
「飯食わなきゃ情報を教えて貰えないんだよ」
 結局。
 あれ以上詳しい話は銀子から聞けず、ジュウ達は昼食を食べていた。
 真剣な話し合いのはずが、紫がラーメンをすすり、スープを飲む音で緊張感に欠けてしまっている。
「実を言えばな、銀子が今すぐに教えないって事は、一分一秒を争う事態じゃないって事だ。だからむしろ安心すらしている」
 真九郎の言葉にジュウは質問を返す。
「銀子だったか。大分信頼してるよな、確かに情報通ではあるみたいだが」
「“通”なんてもんじゃない。歴としたプロだよ」
「プロ?」
「……村上銀次って知ってるか?」
 唐突な話題転換に戸惑いながらもジュウが応える。
「ああ、名前と噂くらいは」
 ―村上銀次。
 伝説の情報屋の名だ。彼は噂話から国家機密に至るまで大量かつ精確な情報を集め、売ったという。
 大分前に亡くなったらしく、ジュウ自身彼から情報を買ったことは無いが、昔は彼からどれだけの情報を買えるかが知略戦の勝敗を分けたと言う。
「村上―待てよ、村上って事はまさか」
「そう。銀子は村上銀次の孫娘。二代目だよ。祖父から受け継いだ膨大な情報とその情報源、ネットワーク。それを使い銀子は情報屋を運営しているんだ」
「成る程……」
 それならば真九郎の信頼も頷けるというものだ。
「しかし、お前も変わった人脈を持ってるな……」
 崩月。村上。そして九鳳院。
 ただの少年が持つには強烈過ぎる人脈。無論、その人脈を持つ真九郎がただの少年ではない事は明らかだが。
「実際助かってるよ」
「それは良かった」
 不意に降ってきた声に視線を向ける。そこにはいつの間に居たのか。銀子が相変わらずの無表情で立っていた。
「失礼するわね」
 そう言って、ジュウ達の席に、銀子も腰を降ろす。
「仕事は良いのか?」
「忙しい時間も終わりかけだしね」
 言われてみれば、入ってきた時ほど人は多くない。僅かながら空席も見られた。
「だからまあ、大丈夫。それで、聞きたいんでしょ?」
「ああ、教えてくれ」
「構わないわ」
 そう言うと銀子は情報をまとめたらしい、数枚の紙を取り出した。
「助かる」
「良いのよ、有料だから」
 さらりと述べる銀子に真九郎は苦笑して応える。


702:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/20 23:56:20 Su7byAgy
「……プロだから、か?」
「……プロだから、よ。あんたもその辺ちゃんとしなさいよ?」
「分かってるよ……」
「どうだか」
 そう言って銀子は真九郎を見つめる。なんの感情も込められていないように見えるが、ジュウには銀子が真九郎を案じているのが感じ取れた。
「折角だから説明しながら読むわ」
 言って、銀子は街外れの不審者について、ゆっくりと話し出した―。

 続

703:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/20 23:57:32 Su7byAgy
 すいません。本編変な所で切れてました。追加文です。
 これで本当にⅩは終わりです。

704:名無しさん@ピンキー
07/01/21 00:01:11 NPt6P1XY
GJ!!

でも、雨の出番が無い(´・ω・)

705:名無しさん@ピンキー
07/01/22 04:35:23 Gc13eEA5
キヤァー、足りない足りない、物足りないわ~続きが気になって眠れないじゃないのっ!
・・・・酷い伊南屋(ひと)・・・でも、そんな貴方が・・好・き♪


706:名無しさん@ピンキー
07/01/22 07:18:24 fzA2saEr
伊南屋さんいつもながらGJです!!
このスレが700超えたのは伊南屋さんの力が大きいのでは…GJ!!

707:名無しさん@ピンキー
07/01/22 10:38:12 a0cX6lrp
伊南屋氏GJッス!ってゆーかこんなハイペースで良質のSSを大量生産するなんて神以外の何者でも無いっすよ!

708:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:16:06 w014PtwQ
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
ⅩⅠ.

 夜。
 雲が月を覆い、闇を深くしている。
 影はその漆黒に身を潜め、蠢く。
 嫌な空だ。ジュウは嘆息を漏らした。
 崩月邸。その庭でジュウは今宵起こるであろう惨劇に思いを巡らせていた。
 銀子の情報は予想以上に深くまで掴んでいた。
 大まかな人数と今夜、襲撃を掛けるであろう事。更には襲撃者の中には裏では名の知れた戦闘屋も含まれる事。
 具体的にそれが誰かまでは分からなかったが、これは十分に大きな収穫と言える。
「しかし、昨日の今日で仕掛けてくるか……」
 ジュウが漏らした呟きに返す者があった。
「今回は次男坊の独断専行。時間掛けるのはあっちにもマイナスってこったな」
 日本酒を杯で飲みながら、崩月法泉がジュウの傍らに立っていた。
 不戦を表明しているとは言え、余りにも余裕の態度であった。
 ちなみに不戦の理由は「俺が傷つくと涙する女性がいるから」だそうだ。
 真九郎や夕乃は、そんな理由を聞いても、既に慣れきっているらしく反論はしなかった。
「さて……そろそろ月も真上に来る。見えちゃいないが多分そうだ。―来るぜ。奴ら」
 法泉は目を細め、そう言った。
「―らしいな」
 ジュウの呟きに呼応するように。屋敷を包む空気が一変する。ちりちりと首筋を焼く気配。
 敵意―或いは殺意。
「始まるか……今夜は長くなりそうだぜ」
 酒臭い息と共にこぼされた法泉の言葉は、生温い風に溶かされ、虚空に消えた。

 ***

 崩月邸―正門

 襲撃者の多くは、侵入者を拒むために聳え立つ門の前に集結していた。無論、玄人である所の彼等が無策に正面から仕掛ける筈はない。
 陽動である。数十人を攪乱に回し、その他ほんの数名が屋敷に侵入する。
 例え陽動であると分かっていてもこの人数。人手を割かぬ訳にはいかない。そう見越しての配置だった。
 裏門にも数では劣るが、やはり多くの陽動部隊が配置されている。
 だが、この布陣に不満を上げる者もいる。
 曲がりなりにも全員が手練れ。素人などは断じて混じっていない。それなのにたかが子供一人を攫うだけ。
 ましてや厳重な護衛が敷かれて居る訳でもない屋敷を攻めるのに、この大人数、しかも陽動の為である。
 敵を侮るつもりはないが、やはり慎重過ぎると思う。
 それがこの部隊の過半数が抱える疑念であった。


709:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:17:27 w014PtwQ
 しかし、やはりそこは玄人である。与えられた仕事はこなす。
 時間が、やってきた。
 襲撃者達は動き出す。まずは門破りだ。
 先陣を切って走る一団が門に辿り着かんとした時だ。
 破る筈であった門が、内から開かれた。その向こうに立っていたのは、少女。
 長い黒髪を闇に溶かし、身に纏うは紅袴。
 いわゆる巫女装束であった。
「ようこそいらっしゃいました……と言いたい所ではありますが、少々礼に掛けるお客様のようですね」
 あくまで穏やかな微笑を浮かべ、少女―夕乃は淡々と語る。
「申し訳ありませんが、お帰り願いますか?」
 夕乃の言葉を疑いながらも、襲撃者の一人が一歩踏み出す。
 或いは彼が昨晩。ジュウ達と手を合わせた者であれば。相手が少女であっても油断はせず。不用意に近付いたりはしなかっただろう。
 ―もっとも。慎重に動いたからと言って何が変わるわけでもないのだが。
「退け、女。退かぬなら容赦はしない」
「退きません。あなた方を通す訳にはいきませんから」
「……ちっ」
 男が、音もなく駆け、距離を一瞬で詰める。手にした刃は容赦なく、夕乃の細く白い首を捉え振るわれた。
「あら」
 軽い言葉と共に、男の動きが止まる。
「些か短気ではありませんか?」
 刃を持った腕は、夕乃が掴んでいた。男は抵抗しようとするもビクともしない。
「お帰り下さい」
 言って、夕乃の腕が振るわれる。それは男を掴んでいた腕だ。
 軽々しく男の体が宙に舞い、背中から叩きつけられる。と、同時。鳩尾に固く握られた拳が、深々と突き刺さる。
「あっ……がっ!」
 口から血を吐き、男が痙攣して横たわる。
「もう一度言いますね? ―お帰り下さい」
 その言葉は強く男達を怯ませた。しかし、引く者は誰一人いない。それはプロの意地。
 それを見つめ、夕乃は溜め息を吐く。
「仕方ありませんね……」
 それでは、と呟き。そこで夕乃は初めて構えをとった。
「次代崩月流当主・紅真九郎夫人予定。崩月夕乃。―参ります」
 告げる夕乃の顔は、少し恥ずかしげな笑顔を浮かべていた。

 ***

 崩月邸―裏門

「本当に来たのね。それもまあゾロゾロと」
 円は冷ややかな視線を、眼前の一団に向ける。その声は気だるげに響き、次いで漏らされた溜め息に吹き飛ばされた。
 崩月邸裏門。正門同様に陽動部隊が展開されたそこは、既に緊張の糸が張り詰め今にも決壊しそうであった。


710:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:19:18 w014PtwQ
「まったく。うちの王様のお人好しにも困ったものだわ。これが雨ならもっと楽に話は着いていたんでしょうに」
 目の前の危機を危機とも思わず愚痴を漏らす。常と変わらぬ円の姿がそこにあった。
「貴様は……っ!」
 一団の中から一人の男が声を上げた。
「あら、貴方……」
 その男を視界に捉え、円は記憶を掘り返す。それは昨夜、股間に膝を打ち込んでやった男であった。
 男はその顔を憤怒に染め、円を睨み付けている。
「……ふん」
 しかし、それを見た円は鼻を鳴らすだけであった。詰まらない物を見たとでも言うように視線を逸らす。
「やるなら早くしましょう。退屈なのよ」
 相も変わらず自信と侮蔑に満ちた言葉を投げる。張り詰めた緊張は一気に弾け、対峙の場を戦場に変えた。
「おおぉっ!!」
 男達の怒号が響く。
「下らない……」
 円はただ嘆息し、鞘に仕舞っていた剣を抜き放った。
 刹那。無数の剣刃が交差し、悲鳴を生む。
 倒れたのは数名の襲撃者。対する円は傷一つなく、息一つ荒らげてすらいない。怜悧なその表情は、ただひたすらに余裕。始まる前と変わるところは無い。
 ただ一つの変化。手にした刃だけが血に濡れていた。
「さて、どれくらい貴方達が持つかしら?」
 その言葉を呟いた時。ようやく円の顔に、表情らしいものが浮かんだ。
 それは、蔑み。ただ対峙する男達が邪魔で仕方ないといった表情。
 憎しみではない。そんな感情などぶつけてやらない。そう物語っているような顔。
 煩わしい。それだけ。
「次、来なさい。早く終わらせたいの」
 再び怒号が響く。
 それは夜の闇空を突き、長い戦いの夜の始まりを、今になって告げているようであった。

 ***

 崩月邸―中庭

 怒号が聴こえる。襲撃者達が動き出したらしい。今は夕乃と円がそれぞれに当たっているだろう。
「始まったみたいだね」
 ジュウの傍ら、「寝る」と言って中に下がった法泉の代わりに立つのは雪姫だった。
 緊張するでもなく、鞘に収まった倭刀の鍔を指で弾いている。今すぐにでも抜きたい。そう言っているようだった。
「陽動……だな」
「だね、あまりにも騒ぎ過ぎだもの」
 恐らくはそろそろ、屋敷に別働隊が侵入してくるだろう。紫の側に真九郎が付いているとは言え、決して油断は出来ない。
「―来たんじゃないかな?」
 雪姫が常人離れした鋭敏な感覚で、侵入者の存在を察知した。


711:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:20:32 w014PtwQ
 それを証明するように、塀を越え、中庭に二人の人影が降り立つ。
 闇に慣れた瞳に映ったのは、黒い肌に、肩まである鋼鉄のガントレットを装着した巨漢と、口元をマフラーで隠し、胡乱な瞳をした少女であった。
「よし、雪姫。抜いて良いぞ」
 敵を確認し、ジュウが雪姫に戦闘許可を出す。雪姫はそれと同時。刹那の内に抜き身の刃を晒していた。
 空気が一変する。さっきまではただの少女であった“ソレ”から、殺気が溢れ出す。
「ほう……」
 巨漢が興味深げに呟いた。
「こいつは斬島か?」
 巨漢は雪姫と、自らの傍らで呆っと突っ立っている少女を見比べた。
「なんだ、詰まらねえ仕事かと思ったら案外イカしたアトラクションがあるじゃねえか」
 そう言って巨漢は、携えていた包みを少女に渡した。
「女の子……?」
 その様子を見ながらジュウが訝しげな声を上げる。敵にも少女が居るのか。
 無論、だからといって手加減はしない。女を殴れば目覚めが悪いが、ここは既に戦場。情けは掛けられない。
 ましてやこちらに至っては戦力の多くが女性である。今更驚いた位で、なにが変わる訳でもない。
 だが、ジュウは更なる驚きを少女から与えられる事になる。
 マフラーをした少女が包みを解く。中から出てきたのは鋸であった。
 なんの変哲も無い。木を切り倒す為の工具。或いは刃とも言える。
 少女がその鋸―刃を持った瞬間。場に満ちる殺気が倍加した。
「なっ!?」
 余りのことにジュウは声を上げる。
 似ていた。余りにも似ていた。
 吹き上がる殺気は、二人の少女から。互いの存在を否定するその気配はぶつかり合い、質量すら伴って場を圧倒する。
 そして、ぶつかり合う殺気は、とてもよく似ていた。
「まさか……斬島なのか? あいつも」
 気だるげな目をした少女は―今や笑っていた。
 楽しそうに笑っていた。
 驚いた様に笑っていた。
 泣いた様に笑っていた。
 嬉しそうに笑っていた。
 そして、心の底から憎そうに笑っていた。
「てめえ……何だ? なんで斬島が此処にいる」
 雪姫は、答えない。
「答えなし……か。普通、斬島ならオレの仕事は邪魔しないんだがな?」
 そこで少女は一つ思い当たったように「ああ」と頷いた。
「そういや先代の時だったか。勘当した無能が、バカ強え斬島を産んじまって、斬島全体でそいつを消そうとしたらしいな。するってえとアレか。お前がそうなのか?」


712:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:21:53 w014PtwQ
 少女は愉快そうに、また笑った。
「あっははははは! 先代の唯一とちった仕事を、オレが片付けるってか!」
 その声は、明らかな歓喜の声。
「良いねえ。先代切彦を良いとこまで追い詰めたらしいじゃねえか。そん時の怪我のお陰で存外早くオレに切彦の襲名が回ってきた」
 切彦。その言葉に、雪姫が表情を変える。
「切彦……」
「そーだよ、切彦だ。現当主ってとこか。だからまあ、一族の不始末をつける義務? そういうのがあんだよ」
 そう言う切彦はあくまで楽しそうだった。実際、義務なんかは建て前で、殺し合えるのが嬉しくて仕方ない。そんな笑みを浮かべていた。
「んじゃま。始めようぜ、はぐれ野郎」
 その言葉を皮切りに、二者の殺気は更に膨れ上がる。
「《斬島》第六十六代目切彦!」
「ギミア国軍侍頭・斬島雪姫!」

「「参る!」」

 名乗りを上げる二人。告げた名は高らかに。
 斬島の正統と、斬島の異端。二つの刃が打ち合う音が、闇夜の空に響き渡った。

 ***

「さて、こっちも始めるか」
 笑みを浮かべて巨漢が言った。鋼の拳を打ち鳴らし、戦闘への意欲を見せる。
「……戦ったりは好きじゃ無いんだがな」
 呟いたジュウの言葉は偽らざる本心だった。戦うという行為は酷く疲れる。わざわざ疲れる事を進んで行う程、ジュウは物好きでも自虐嗜好者でもない。
 それでも。売られた喧嘩を買わない程に、大人しくもない。
 ジュウは、足元に置いていた物を拾い上げた。
 それは、長く巨大な鉄板だった。その一端には握りとなる部分がある。
 否、それは鉄板等ではない。幅広の大剣だ。なんの装飾もなく。柄もただ、布が適当に巻かれただけ。
 しかし、飾りがないからこそその剣は、ただひらすらに武骨な暴力性を主張していた。
 それをジュウは構える。
 軽く揺するだけでまるで空気が震えるような圧迫感を醸し出す大剣を見て、巨漢は笑っていた。
「ほお……そいつで壊すってか。良いねえ、壊し合いは望むところだ」
 ―壊し合い。殺し合いではなく、壊し合い。人を肉塊としか見ず、ただ潰す。
 その言葉を使った巨漢は、今までそういった戦い方をしてきた。そう告げるような物言い。
「てめえ、外道だな」
「斬島の嬢ちゃん達程じゃないさ」
 

713:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:23:24 w014PtwQ
 そう言って、皮肉な笑みを浮かべながら、男は拳を突き出した。
「折角だから名乗るとしようか」
 ずしん、と四股を踏むように脚を鳴らす。それを見て、ジュウも瞳に真剣な光を宿し巨漢を睨んだ。
「《鉄腕》ダニエル・ブランチャード! ―お前さんは?」
「ギミア国王・柔沢ジュウだ。覚えとけ薄らデブ」
 瞬間、弾けるは《鉄腕》の巨漢。自らの巨体を一塊の砲丸として突進する。
 ジュウは大剣を強く握り、それを迎え討つ。
 地を揺るがす衝撃が、二人の間で激突した。

 ***

 崩月邸―当主の間

 外は既に戦場になっているらしい。無数の怒号が邸内にまで聞こえている。
 真九郎は紫を胸に抱きながらそれに耳を傾けていた。
「真九郎……」
 怯えているのだろう。聞こえるか聞こえないかと言うほどにか細く、震えた紫の声が真九郎を呼んだ。
「なんだ?」
 恐怖を払拭させる為、優しく聞き返す。紫は不安に声を揺らしながら答えた。
「みんな、大丈夫だろうか?」
 紫は、皆を案じていた。
 狙われているのは自分なのに。一番危ないのは自分なのに。それでも尚、周りを案じていた。
 優しい娘だと、真九郎は思う。だから、そんな娘を不安にさせてはいけないとも。
「―大丈夫だよ。みんな大丈夫だ」
 真九郎は言う。紫に言い聞かすように。自分に言い聞かすように。
「みんな、強い。負けたりしない。勿論、紫に手を出させなんかしない」
 自分でも驚く程、力強く断言できた。或いは、ジュウ達への信頼がそうさせたのか。
「そうだな。真九郎」
 紫が、真九郎に抱かれながら笑みを浮かべた。満面の笑みだ。
「ありがとう」
 そう言って紫は真九郎を抱き締めた。
 紫の腕が伝える感覚に、真九郎は自分も安心していくのを感じていた。この娘の為に戦えおうと、改めて思う。
 その時だ。真九郎は自分の顔から笑顔が消えるのが分かった。
「……な?」
 いつの間にか。巨体が視界を遮っていた。いや、それは巨体などと生易しい物ではない。余りに巨大なその姿は人ではなく、むしろそう―怪物を思わせた。
 腕だけで真九郎の胴程もある巨体。
 それが、何故ここに?
 ジュウ達が既にやられたとは思えない。証拠に外の騒ぎは収まっていない。
 ならば見逃した? この巨体を?
 有り得ない。本来ならば。
 しかし、たった一つ分かる事実。
 こいつは、敵だ。
「紫。巻き込まれないように下がってろ」


714:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:24:31 w014PtwQ
 紫を庇うように真九郎は立ち上がる。
 離れていく紫を背後に感じながら、真九郎は目の前の大男を睨み付けた。
「にげ、る。むらさき。にげる」
 濁った声で呟きながら、大男は紫を目で追いかける。
「どこを見てる」
 真九郎が、大男に声を掛ける。その瞳にはありありと敵意が浮かんでいた。
 守る。紫を。
 その為には、こいつを倒さなければ。
 今、真九郎に出来るのは、外を守っているジュウや夕乃を信じること。そしてこの侵入者を排除すること。
 深く息を吐き出し、構えをとる。
 それを見て大男は、笑みを浮かべた。獲物を見つけた獣の瞳。
「おまえ、じゃま。じゃまする。ころす」
 たどたどしく言葉を並べる大男は、全身に力を行き渡らせる。
 まるで巨大化したと錯覚する程に気が膨れ上がる。
 気圧されそうになるが、なんとか踏みとどまる。
「へえ……《ビッグフット》を見てビビらないなんてね」
 不意に、大男の背後から声がした。
「彼、フランク・ブランカって言うんだ。《ビッグフット》っていう二つ名を持ってる戦闘屋なんだ」
 楽しそうに言いながら、フランクの背後から現れたのは、細身の少年。
「に、兄様……」
 遠く、様子を伺っていた紫が呟く。
 それだけで真九郎は全てを察した。こいつが、紫の兄。紫を穢そうとしている糞野郎か。
「お前……」
「さあ、《ビッグフット》と。この無知な下郎に、身の程を教えてやれ」
「お、おう!」
 フランクの巨体が、躍動した。
 丸太のような腕が振るわれる。真九郎はそれを腕で防御するが、身体ごと弾かれ後方に吹き飛ばされる。
 壁を打ち砕き、真九郎の体が瓦礫に沈んだ。
「真九郎っ!」
 紫の悲鳴が木霊する。
「―大丈夫だ」
 真九郎が瓦礫の中から立ち上がる。
「大丈夫だよ、紫。こんなの大した事ない」
 真九郎は、口の端から血を垂らし、しかしその顔は、あくまで優しい微笑を浮かべ、紫を見つめていた。
 それもすぐ消え、フランクに真剣な目を向ける。
「まだだ」
 見つめる視線は真っ直ぐに。
 倒すは二人。巨人と首領。とりあえず今は、巨人を先に。
 真九郎は、その身体を低く、巨人に突進させた。

 続

715:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/23 00:29:11 w014PtwQ
 毎度、伊南屋です。

 レディオ・ヘッドⅩⅠ。決戦・導入編って感じです。一応シリーズ最長レス消費。
 書いてる途中で「もはや前世とか関係なくね?」って思ったけど気にしない。
 ついでに「国の名前センスなくね?」って思ったけどこれも気にしない。
 代わりに面白い物を頑張って書きたいと思ってるんで許してください。

 嗚呼、こんなんばっかだ。今日はもう寝る。すいません。
 以上。伊南屋でした。それではまた。

716:名無しさん@ピンキー
07/01/23 04:05:45 XsYK079A
うはっ♪ 総力戦開始ですな。夕乃の角が出るのか気になる所ですよ、本当毎度良い仕事されます。

717:名無しさん@ピンキー
07/01/23 09:40:50 L7GdLAIu
オールスター戦開幕ですね!!本当に面白いです!!GJ!!

718:651
07/01/23 19:37:18 kxMXrFlA
伊南屋先生に刺激されて>>653の続きを書いてみました。
まあ、ネタってことで。

「美味しかったな」
「ええ。……それではジュウ様、私はこちらになりますので」
 ラーメン屋からの帰り道、ふたりは十字路に差し掛かり家の方角のために別れることになった。
 気をつけて帰れよと一言雨に声をかけ、ジュウは今夜の夕食の買出しに行くことにした。
 
 しかし、雨と二人きりでどこかに食べに出かけるのは初めてだったかもな、と柄になく思う。
 いつだったか、雪姫と三人でカフェに入ったことはあるが、こうしてふたりで何の事件の絡みもなくどこかに食べに行くというのは
 改めて意識してみると、今までなかったような気がする。雨も案外喜んでいたみたいだし、またどこかに行くか。
 そうとめどもないことを考えながら、ジュウは商店街の街道を歩いていた。
 先日と同様、やはりクリスマスも近づいているということで商店街は多くの人で賑わっていた。
 主婦はもちろん、子供連れの親子、恋人であろう男女、あるいは友人グループ、サラリーマンの男性などその種類は様々だった。

 …そういや、あいつへのプレゼントも考えなきゃな。
 まだクリスマスに時間があるとはいえ、時間というのは案外流れるのが早いものだ。
 何も考えずにぼやっとしていたら、あっという間にクリスマスを迎えてしまう。
「適当に定員に見繕って貰えば、何か見つかるだろ……」
 買う買わないにせよ、あの地味な雨にも似合いそうな装飾品が見つかるかもしれない。
 そう考えたジュウは、なんとなく足をアクセサリー屋へと向けることにした。

 冷たい空気を身体に浴びながらも、足を進めていくとひとりの少女が目を輝かせてショーウインドウを覗きこんでいる姿が視界に入る。
 別に何も珍しいことではないのだが、あまりにも『興味津々』と言わんばかりに覗き込んでいるため、少しジュウには奇妙に思えた。
 子どもならいざ知れず、どう見ても彼女はジュウと同世代ぐらいだ。
 それぐらいの年頃の女の子ならこういう洒落たショーウインドウには見慣れているだろうに。
 ふとその中に視線を向けると、豪華ではないが洗練されたデザインのカーディガンだった。

 基本的に他人とは関わりを持ちたくないジュウは一瞥しただけで、その場を立ち去ろうとした。
 この間の痴漢騒ぎもあったことだし、妙な誤解を招くと後々厄介なことになり得る可能性だってある。
 面倒なことはもうこりごりだ。そう思い視線を少女から外し、目的であるアクセサリー屋へと向かおうとする、が。

「よぉ、嬢ちゃん。今ひとりかい?」
「オレたちとどこか遊びにいかない?」
 どこの一昔前のナンパ野郎だ。
 ジュウは内心苦笑すると同時に、その声の主をちらりと見た。
 いかにも女性とは無縁そうな性質の悪い軟弱そうな不良たちが数人、先ほどの少女を取り囲んでいた。
 少女はきょとんとしていて、状況を飲み込めていないのか首を傾げている。
「ふむ、だが私は人を待たせている。
 ついつい夢中になっていたが、そろそろ急がないと待ち合わせ時間に間に合わなくなってしまう。
 ……すまないが、そこを通してくれないか?」

 透き通るような声。だがその声に耳を傾けず、連中はわざと少女の行く手を遮っている。
 その表情は卑しく、目的が何なのか他人の気持ちの機微を察することが得意ではない
 ジュウにも分かるほどありありと映し出されていた。


719:名無しさん@ピンキー
07/01/23 19:42:40 kxMXrFlA

(早速面倒ごとかよ……)

 どうしてこうも自分の前には厄介ごとがごろごろと転がっているのか。
 もちろん、それらを全て無視して生きれば、自分ももっと楽に生きることができるのだろう。
 だが、柔沢ジュウという男はその厄介ごとを無視出来るほど、大人でもなく賢くない人間ではなかった。

 辺りを見渡してみると、多くの通行人がその様子に一瞥をくれるも、
 その少女を助けようとする人間は誰一人としていなかった。
 中には体格のいい男も何人かいたが、係わり合いになるのは面倒なのか素通りばかりしていく。
 そしてついに、ジュウは口を開いてしまった。

「おい、お前らそいつが困っているのがわからないのか?」

 ああ、やっちまった。自分の不機嫌かつ怒りの篭った声を聞きながら、ジュウは心のなかで己にあきれ返る。
 自分は他人とは関わりたくないというのに、雨という少女と出会ってから
 自分はどんどん他人の事情に首を突っ込んでいるような気がする。

 でも、やってしまったものは仕方が無い。男たちが不機嫌そうな文句をこちらに次から次へとぶつけるが、
 それは関係ない。犬がぎゃんぎゃん吠えているのと同じだ。それで威嚇しているつもりなのだろうか。
 やけに自分が落ち着いているのが分かる。
 今まで自分が首を突っ込んできた事件に比べたらこんなものたいしたものではなかった。

 拳を鳴らし、構えを取る。
 連中もやっと自分たちが相手にしている人間がどれだけ喧嘩慣れしているのか理解したようだ。
 衆人環視のなか、空気が張り詰める。
 連中は標的をあの少女から自分へと変更し、周りを取り囲んだ。
 それはまるで獲物を駆るような猛獣かのように。

「へっ…、上等だ」

 久しぶりの高揚感。雨と出会ってからは忘れかけていたが、やはり自分はこういう人間だということを自覚する。
 ジュウと連中の決定的な違いは独りかそうでないかということだ。

 どれだけ雨たちと馴れ合ってはいても、柔沢ジュウという人間の本質は孤独であり、
 誰かと一緒にいるというのは幻想だったのだ。
 どこか、心のなかで寂しさを感じたような気もしたが、それはたぶん気のせいだ。
 だって自分はその寂しさと喪失感を味わないように生きようとしているのだから。
 そこで気分を切り替える。そんなことを考えても仕方が無い。
 今はただ、目の前の厄介ごとを片付けてしまえばいい。

 ――先手必勝。

 相手が警戒しているうちに強烈な拳撃を、ジュウの正面にいたひとりの顔面に叩き込む。
 男は仰け反り激痛の走る顔面を押さえながら、もんどりうって悶え苦しむ。
 それに逆上した他の仲間は一度に襲い掛かってきた。
 さすがに複数人を相手には多少のダメージもやむなしか、骨の一本や二本は覚悟しないとなと腹をくくるジュウ。
「ほら、早くかかってこいよ…いくらでも相手になってやるぜ?」
「このクソガキぃぃぃっ!! ……ぶごろぁっ!?」
 だが次の瞬間、襲い掛かってきた男のひとりが横っ飛びに蹴り飛ばされる。
 誰かと思いジュウはそちらに視線を向けてみた。すると、そこには見知った顔があった。
「……相変わらずみたいだな、柔沢」
「伊吹?」
 光雲高校空手部で光の思い人―伊吹秀平がそこには立っていた。
 彼もまた部活を終え学校の帰りなのか、制服姿のままで無愛想にこちらを見つめていた。
 あれから――幸せ潰し事件から顔をしばらく会わせていなかったが、相変わらず精悍な顔立ちをしていた。

720:名無しさん@ピンキー
07/01/23 19:46:50 kxMXrFlA
 だが、そんな世間話をしている場合じゃないよな、と内心呟くとジュウは辺りを見渡す。
 残りの男たちも血気盛んに怒りと敵意を剥き出しにして、今にも殴りかかってきそうな勢いだった。

 伊吹と背中合わせに構える。
「いいのかよ? 空手部のエースが一般人を蹴り飛ばして」
「この場合は正当防衛だろう。それに手加減はしている」
 そう軽口を叩き合うとお互いに不敵な笑みを浮かべ、二人は動いた。
 その動きと拳撃の嵐はまさに疾風迅雷。
 襲い掛かる男の拳を上手く受け流しながら、的確に一撃一撃を男たちの身体に打ち込んでいく。
 数分とかからず、男たちは全員地面に倒れ伏せてしまった。

「これに懲りたら、女を騙そうとしないことだな。……そうだ、そこのあんた大丈夫か?」
 ジュウと伊吹は着衣を整えると、男たちに絡まれていた少女へと振り返る。
 彼女はにっこりと天真爛漫な笑顔を浮かべていた。
 姿は白シャツにその上から薄い青色のジャケットを羽織っており、下はジーンズとやけに男っぽい格好だったが、
 その格好が逆に少女の溌剌さを映えさせているように思えた。

「おぉ、すまない。邪まな気配はあったが、なかなか通してくれなかったのでな。
 助かった。礼を言うぞっ」

「………なぁ伊吹」
「なんだ」
「こいつは天然か?」
「………」

 ジュウも伊吹も閉口する。外見とは裏腹にどこか時代がかった口調に、ジュウは雪姫のようにこの少女が
 何かのアニメやマンガのキャラクターを演じているのか、とも思った。
 が、それにしては自然な口調であったしどこか演じるような節も見当たらない。



721:名無しさん@ピンキー
07/01/23 19:47:58 kxMXrFlA
「まあ、気をつけろよ。このご時勢だ。どっかのバカに殺されても文句は言えないぞ」

 ジュウは忠告する。
 妊婦刺殺事件、女子高生拉致事件、金銭詐欺、銀行強盗…
 昨今頻繁に起きている犯罪を例に挙げればきりがないくらいに、この街、いやこの国は犯罪で満ち溢れている。
 一見は平和を繕っているこの国だが、蓋を開けてみれば
 そこは偽りと憎しみと狂気が掻き混ぜられた毒液で満ちている。
 胸糞が悪くなることばかり。やっぱりこの世の中は綺麗なんかじゃない。どろどろとした泥沼が覆い尽くしているばかりだ。
 ジュウはそう言葉にしたわけではないが、そう感じた。

 この少女はどこか間が抜けていると思う。言い換えれば純粋そうとも言えるのだが。
 せめてこの忠告を聞いて、この少女が身を守ることができるのなら
 自分のちっぽけな正義感も少しは救われるのではないだろうか。
 そこまで考えて、ジュウは馬鹿馬鹿しいと思った。偽善にも程がある。
 他人のことに無関心である自分が誰かのことを案じるなんて、間抜けで滑稽だ。

「ああ、ありがとう。やはりわたしは外に出てよかった。
 世界はこんなにも醜くて残酷だが、たしかにそこには温もりがあるな」

 だが、少女は嬉しそうに微笑む。その微笑はジュウだけが知る雨の笑顔とどこか似ている、と感じた。

「……よければその待ち合わせ場所まで送りますが、どうしますか」
 そう問いかけたのは伊吹だった。妙な言い回しに彼も気後れしていたようだが、
 やはり彼もこのまま少女をひとりで行かせるのは不安だったのだろう。言葉に優しさを持たせてそう問うた。

 やっぱり俺とこいつは違うな、と漠然と思った。伊吹は本気で他人を心配し、それを行動に移す。
 自分の感情のために動く俺とは全然反対だと苦笑を浮かべる。女子からの人気が出るのも当たり前か、とも。
 けれども、少女は首を横に振った。

「なに、知り合いとの待ち合わせ場所はすぐそこなんだ。気遣い感謝する。
 それではそろそろ時間なので、これで失礼するぞ。いろいろと迷惑をかけたな」
 ――純粋無垢。そんな言葉を思わせるような笑顔を浮かべると、
 たたっとその少女はその場を駆け去っていった。



722:名無しさん@ピンキー
07/01/23 19:50:56 kxMXrFlA
……まぁ、こんな感じで。ただ単に伊吹を出したかったのは内緒。
地の文ばかりで読みにくいけれど。……もっと上手になりたいな。

723:名無しさん@ピンキー
07/01/23 19:52:08 w014PtwQ
GJ!
是非続きも頑張って下さい。

724:名無しさん@ピンキー
07/01/23 20:31:45 wpHi1SMp
ん?ん?んー?……紫?

725:名無しさん@ピンキー
07/01/24 07:16:42 FcUWfYVX
紫……かな?

726:名無しさん@ピンキー
07/01/24 15:03:55 O32DOB9/
オトコマエだな、誰かは分からんが

727:名無しさん@ピンキー
07/01/24 16:29:07 uFujRtMH
GJ!!!!!!!!!
続き期待です。

728:名無しさん@ピンキー
07/01/27 08:40:29 aKaDtlKg
全体的に期待age

729:名無しさん@ピンキー
07/01/29 00:16:15 59j2+jWy
一つ執筆してもいいかな?
……時間かかるけど

730:名無しさん@ピンキー
07/01/29 00:24:59 +32Vm2VX
当たり前じゃないかブラザー!

731:名無しさん@ピンキー
07/01/29 00:33:51 59j2+jWy
OK
期待しないで待っててくれーい

732:名無しさん@ピンキー
07/01/29 16:20:04 pUqww61F
全裸で待つ!!!!!!!!!!!!

733:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/29 20:09:50 +32Vm2VX
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
ⅩⅡ―“斬劇”

 閃くは剣刃。ただ殺意を成すために、全ての刃を死神の鎌へと変える一族が衝突する。
「ぅらぁぁあああ!」
 裂帛。そう言うにはあまりに獣じみた咆吼を上げ、切彦が鋸を振るう。
 一見すれば素人の動き。勢いに任せただけの突撃だが、事実は違う。
 最短距離を最速で駆ける。命を刈り取る為に、最も効率的な攻撃。
 剣士の敵と揶揄される斬島。武道とは懸け離れた殺人術の発露。
 しかし、雪姫も斬島である。故に、その動きは予想の範囲である。
 雪姫は庭に立つ石灯籠を盾にするように後退した。
「邪ぁ魔ぁぁあああ!」
 再び咆吼。鋸が石灯籠に激突する。
 普通ならば、それで止まるはずだった。
 異常だから、それで止められなかった。
 鋸が、激しい火花を散らし、削擦音を立て、振り抜かれた。
 斬島とは刃を扱うのがただ上手い。それだけの血族である。だが、それだけの事を異端となりえるまでに高めれば、どうなるか。
 その一つの解答がこれであった。
 何の変哲もない。工具の鋸で、石灯籠を一刀両断する。
 削り斬られた断面は美しいまでに平坦。辺りに粉塵を巻き上げ、分かたれた灯籠が落下した。
「……化物が」
 その光景に雪姫が忌々しげな声を上げる。
 これが、斬島の正統の力。ただ殺す為に、壊すために刃を振るう者の姿。
 戦慄が背筋を駆ける。
 しかし、雪姫は気圧されず、凛と立つ。
 刹那、前進。自らの最速をもって、距離を零に。
 闇に銀の光が疾る。
 高く澄んだ音を響かせ、刃が交錯した。
 数瞬と置かず、再度銀閃が交わる。
 一合、二合、三合。
 神速で閃く刃は激しく打ち合う。
 雪姫が大上段から振り下ろせば、それを切彦が下から弾き上げる。
 切彦が返す刃で横抜きに刃を迸らせれば、雪姫の倭刀が辛うじてそれを受ける。
 押し合い、弾き合う。
 開く距離は、互いにとって未だ間合い。
 雪姫が、切彦が駆ける。交錯する刃は紫電の如く火花を散らした。
「ははっ! 良いねぇ。そう易々とは斬られてくれねぇか」
 切彦が哄笑に口端を歪ませる。それを見て雪姫は苦い表情を浮かべる。
 ―強い。
 例え態度は巫山戯ていようと、その実力は本物。油断など微塵も出来ない。
 それでも、雪姫は負ける事は考えていなかった。


734:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/29 20:11:40 +32Vm2VX
 それは、自分の強さを信じてではない。詰まる所は“斬島”の血が成せる業。
 一度刃を持てば、斬り刻む事しか考えない狂戦士となる。
 狂気をもって凶器を振るう。唯それだけだ。
 雪姫の切先が躍る。狙うは切彦の首。弧を描き刃が迫る。
 それを、切彦は上体を反らすだけで躱した。体制を崩しながら、刀を振り抜き隙の出来た雪姫の胴に、鋸で斬りつける。
 回避。しかし切彦の刃は恐るべき鋭さで、雪姫の服を掠めた。
 それだけならまだしも、直接刃が触れていない肌を、剣風で薄く裂いていた。
「くっ……」
 思わず雪姫は呻きを漏らした。
 痛手ではない。しかし、不安定な体勢から繰り出された剣戟でこの威力。
 直接身に受ければ容易く両断されるであろう。
 冷汗が背を伝う。
「ははっ!」
 切彦が跳躍する。背を反らし、力を溜める。
 それを見上げ、雪姫は構える。
 空中では、刃から逃れる術はない。身を塞ぐものも、躱す為の足場もない。
 明らかな無謀。しかし、切彦は哄笑っていた。どうしようもない愉悦に、酔っていた。
 戦う事の歓びに、口端を亀裂のように歪ませていた。
 瞬間。切彦は反らした背を弾けさせる。バネの様に弾けた躯は、満身を持って刃を降らす。
 直下。炸裂する刃はまさしく、断頭台の如く。
「う、うぁぁあああ!」
 切彦は躱すつもりも、防ぐつもりもなかった。ただ、刃を振るう為だけに、その身を使った。
 雪姫は倭刀を頭上に掲げ、振り降ろされた刃を受ける。
 刃金が打ち合う音が鳴り渡る。
「くぁ……っ」
 凄まじい衝撃が雪姫を襲う。受けた両腕が痺れていた。
 そして、雪姫の命を守った刃。倭刀が、半ば近くから断たれていた。
 刃を振るう限り、全てを切り裂く。例えそれが刃でも。
 鈴のような音を立て、断たれた切っ先が地に落ちた。
「はんっ……ギリギリ生きてやがる」
 必殺のつもりだったのであろう。切彦は忌々しげに吐き捨てた。
「まあ、その得物じゃあもうケリは着いたようなもんだな」
 言って、鋸を雪姫に向ける。
 半ばまでの倭刀では、それまで保たれた均衡は続かない。
 リーチの差。それは、たった一寸でさえ絶望的な差であった。
 そして、その差はそのまま勝敗の、或いは生死の差であった。
 雪姫もそれは悟っていた。
「そんじゃま。―仕舞だ」
 軽い足取りで切彦が駆ける。それは一瞬で神速に達し、ただ命を奪う軌道を辿る。


735:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/29 20:12:54 +32Vm2VX
 雪姫は、勝機はないと理解している。
 しかし、敗北はないと信仰している。
 斬島だからではない。
 “雪姫”と言う少女として、自身を信じている。
「はぁあっ!」
 水平に跳ぶように疾駆する。地を踏みしめ、欠けた刃を前に、暴風の如く、目掛けるは、切彦。
 己が総身を一刃に変え、雪姫は極限の刺突を繰り出す。
 刹那に被我の距離差は零に。
 剣戟が激突する。
 未だ腕は痺れている。それでも構わない。この一撃だけ、柄を握っていられればいい。
「やぁああああ!!」

 ―切彦に失策があるとするならば、認識の欠如であろう。
 切彦も、雪姫も、斬島の天才と言われる存在である。
 殺人術に長け、刃を殺人の為に使う。
 効率よく、失敗なく。
 切彦も、雪姫も、それは同じであった。
 しかし、それが全てではない。
 切彦は、雪姫を斬島と見ていた。
 故に、雪姫の最後の一撃の意図に気付けなかった。

 鋸が、根元から折れた。切彦の目の前で。

「え?」
 驚愕に、気の抜けた声を漏らす。
 切彦の認識の欠如。
 それは、雪姫が斬島の異端児であるという事実。
 目の前の斬島は、唯の斬島では、無い。
「なん……で」

「なんで“あたしの命”を狙わなかった!」
「―刃を砕くため」

 雪姫の一撃。それは、斬島ならしない、“命を狙わない”攻撃だった。
 斬島は刃を振るい命を刈り取る。
 ならば、刃がなければどうか。
 論ずるまでもない。
 そんなものは所詮、爪も牙も無い獣も同然だ。
 雪姫の刺突は、切彦の鋸の根元を突いていた。
 それにより、元来武器としての強度は無い鋸は折れる。
「―あ」
 切彦の身から溢れんばかりの殺気が霧散する。
 そこには、ただ呆然と一人の少女が佇むだけだった。
「……負けた」
「……引き分けだよ」
 悔しげに言った雪姫の倭刀。それも、刃を失っていた。
 切彦の一撃でダメージを受けた刀身は、先の一撃に耐えることしか出来なかった。
 雪姫の身からも殺意は消えていた。
 かくて、二人の斬島は同時に刃を失う。
 ただ、二人の少女が立ち竦むだけだった。
「もう、私は戦えませんね……」
 獰猛だった面影はなく、切彦が胡乱に呟く。
「……じゃあね」
 雪姫は踵を返す。
 向かうは主の元へ。
 いつの間にか大分離れてしまっていた。
「……止め、刺さないんですか」
「刺せないからね」


736:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/29 20:13:56 +32Vm2VX
 刃もなく、戦えはしない。まして痺れた腕では殴る事すらままならない。
「そうですか。―ではいずれ生きている限り、また戦う事になるかも知れませんね」
「―その時は勝つよ。きっとね」
「楽しみにしてます」
 最後に、あの獰猛な気配を垣間見せ、しかしそれは直ぐに幻の様に消え去り、切彦も踵を返した。
「……しーゆーあげいん」
「……さよなら」
 まるで、何事も無かったかのように切彦は闇に溶け、何処へかと去っていく。
 雪姫はそれを追わない。
 ただ、脚を主の元へと歩ませる。
 二人の斬島は背を向け合い離れていく。
「きっと勝つよ。―きっと」
 もう一度強く呟き、雪姫は屋敷の中へと駆けていった。
 再び、刃交える時を想いながら。少女は、ただ駆ける―。

 続

737:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/01/29 20:18:30 +32Vm2VX
 毎度、伊南屋に御座います。

 レディオ・ヘッドⅩⅡ―“剣劇”でした。
 斬島VS斬島でした。如何でしたでしょうか?

 今回サブタイに“剣劇”と付いているのはⅩⅡがいくつかに別れているからです。
 これ以降サブタイが変わって同時刻に起きていた戦いが描かれる予定です。
 投稿ペース下がりそうなんですが今しばらくバトルシーン、お付き合い下さい。

 それでは今回はここまで。
 以上、伊南屋でした。

738:名無しさん@ピンキー
07/01/29 22:41:28 pQgwy44A
GJ!GJ!!GJ!!!
伊南屋さん最高です!!


739:名無しさん@ピンキー
07/01/29 22:56:49 oiPe4qML
伊南屋さんGJッス!
相変わらず戦闘描写が素晴らしく所々惚れ惚れます
 普通ならば、それで止まるはずだった。
 異常だから、それで止められなかった。のフレーズ特に好きッス!
戦闘の結果も、雪姫の逆転の発想でスゲー納得いきました!


740:名無しさん@ピンキー
07/02/02 10:21:41 8tzKyZkp
いつの間にか毎回楽しみにしている俺がいる。

741:名無しさん@ピンキー
07/02/02 19:21:06 UDda/I2p
堕花「ジュウ様、最近お顔の色が優れませんがどうかなさったのですか?」
柔沢「なんだか最近見られてる気がする」






堕花「敵ですか?」
円堂「ああ、言っとくけど雨じゃないわよ。最近はずっと私たちと一緒にいるから」
斬島「うわ~、ジュウ君自意識過剰!!」
柔沢「(やっぱり馬鹿にされた・・・・言うんじゃなかった)」







××「お姉ちゃん、あんなに楽しそうにあいつとお喋りしてる
    ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい


             お姉ちゃん、ずるいよ」

742:名無しさん@ピンキー
07/02/02 19:35:57 uUIYnH25
その、なんだ
意外にも黒化光に萌える自分にびっくりだ

743:名無しさん@ピンキー
07/02/02 20:47:21 8lANbkCU
ヤンデレ光とは新しいw

744:名無しさん@ピンキー
07/02/03 22:34:04 F4mTivD/
黒光という新たなジャンル(?)が生まれた!!
そういえばヤンデレってなに?

745:名無しさん@ピンキー
07/02/03 23:10:46 +T/+x2pU
>>744
デレデレ状態が行き過ぎて心を病んでしまうヒロインまたはその状態。
詳しくはヤンデレスレがあるのでそちらでどうぞ。

746:名無しさん@ピンキー
07/02/03 23:30:18 hRhFvXrD
自分744ではないんだが。

「病んデレ」だったのか!
ヤンキーじゃないよなあ、でもなーとか思ってたw

747:名無しさん@ピンキー
07/02/04 00:03:34 WUbwJcmy
意外とその勘違いをする者は多いぞ
かくゆう俺も始めて見たときそう勘違いしたしw

748:名無しさん@ピンキー
07/02/04 00:23:11 3z4Bkhvz
流れをぶった切らせて貰って、>>721の続きを投下。
他の職人さんのつなぎぐらいに気楽に読み流してもらえると幸い。

 少女を見送った後、ふたりは並んで街中を歩きはじめた。
「そう言えば伊吹。お前、何でこんなところにいるんだ? お前の学校は離れてるだろ」
「………」
 伊吹は最初どこかバツの悪そうな表情を浮かべたが、すぐに答えは返って来なかった。
 世間話程度に話を持ち出したのだが、嘘をつくなり話題を逸らすなりすればいいのに
 真面目に迷うところはこいつらしいな、と思いちらりと伊吹の顔を覗き込んだ。
「……この間の件はすまなかった」
「…あ、光のことか。別に、俺に謝るようなことじゃねえだろ。
 俺にだって向こう見ずなところがあったし、お前は光に謝っていただろう? …それでいいじゃねえか」

 あまりに沈痛な伊吹の表情にため息をついた。
 以前、円は伊吹のことを『良くも悪くも、真面目で潔癖な奴』と評価した。
 成る程、謹直なのはいいがそれが故に、些細なことでも拘ってしまうということか。
 その性格で光を傷つけたのは確かだが、悪いのはそれを仕掛けた幸福クラブの人間たちで、
 更に言えばそんな誤解を招くようなところを見られてしまった自分自身にも落ち度はある。
 今更伊吹だけを責めるというつもりは全くなかった。

 その意を伝えると、若干伊吹は表情を緩めて苦笑いした。
「……そうか。堕花さんにも同じようなことを言われた。
 『先輩に誤解させるようなことをしてしまってすみません、あの不良バカは気にしなくていいですから』……とな」
 あのときの会話の内容は知らないが、成る程あいつならそう答えるかとジュウは口元を緩めた。
 これで、元の鞘に収まったわけだ。これから二人がどうするかはジュウの関知するところではない。
 あとは光自身がどう行動するか、ただそれのみだ。

「それで、今日は彼女に謝罪の意味も含めて、クリスマスプレゼントを選びに来たんだ」
「………お前もか。俺は……いつも世話になってる奴に贈ろうと思って。
 お前も知っているだろ? あの時に雪…斬島と一緒にいた光の姉ちゃん。前髪の鬱陶しい…」
 ジュウが伊吹に再び説得しに行ったとき、散々サンドバックにされた場面を雨にも見られている。それは自分から彼女たちへ頼んだことだったが、いざ思い出してみるとどうも情けなさが先行してしまう。
「ああ、彼女か。……上手く行くといいな?」
「おい…? お前、何か勘違いしてないか?」
 やけに爽やかに笑う伊吹を見て、ジュウは不機嫌そうに眉をしかめた。
 時折、自分たちの学校でもジュウと雨はカップルだの何だの謂れのないうわさをされることがあるが、
 ジュウはそういった噂話が大嫌いだった。
「……? だとしたら、おまえたちは一体どう言った関係なんだ?」
 だが不思議に思った伊吹がそう尋ねると、ジュウは言葉に詰まった。


749:名無しさん@ピンキー
07/02/04 00:25:48 3z4Bkhvz
 確かに恋人ではない。けれども、それ以外の友人や仲間と言った言葉にも当てはまらないだろうと感じた。
 今まで敢えて意識することは避けていたが、改めて関係を尋ねられると一言で言うのは難しい。
 雨に言わせれば主従関係と言うことになるのだろうが、ジュウとしてはどうにも釈然としない。
 前世云々は今でも彼女の妄想だと信じているし、
 事実であったとしてもそのような記憶がない限りはどうしても信じようがなかった。
 とすれば、一体自分と雨の関係はどういったものなのだろうか。
 雪姫のような友人感覚でもなければ、円のように見知りあい程度というわけでもない。

「……ただの知り合いだ」
 捻り出した答えがこれだった。我ながら情けないとも思いつつ、無難な答えを答えるしかほかないだろう。
「…そうか」
 ジュウの曇った表情から心情を察したのか、伊吹はそれ以上追求することはなく小さくひとつ頷いた。
「……ただ、気をつけたほうがいい。
 最近は物騒な事件が多発している。いつ…おまえやあの人が事件に巻き込まれるか分からない。
 これは飽くまで俺の予測だが、その時、あの人を守れるのはきっとおまえだけだ」
「………」
 既にいくつかの事件に巻き込まれている、とは言えなかった。
 それに、これから先、あいつが俺に守られることなんてあるのだろうか、とも。
 むしろ助けられてきたのはジュウ自身であり、彼はいつもその度に自分自身の無力さに嘆いてきた。
 ただ、その時あいつを守れなかったら俺は本当のろくでなしになるな、と何となく心の中でその思いがよぎった。

750:名無しさん@ピンキー
07/02/04 00:29:43 3z4Bkhvz
 結局ふたりはそこで別れ、ジュウはアクセサリーショップに寄ってみたが
 いいものが見つからず、結局手ぶらで帰ってきてしまった。

 まあ、まだクリスマスまでには時間がある。じっくり考えて選べばいいだろう。
 ジュウはぼんやりそう思いながらアパートの郵便受けを開けた。あるのは何通かのダイレクトメールや広告のみ。
 …と思いきや一通の茶封筒がそのなかに紛れていた。
 基本的に外の世界にはあまりつながりを持たないジュウにとっては
 珍しいことだったが、もしかしたら紅香宛てのものかもしれない。
 彼は不思議そうに首を傾げながら、自分の部屋の中に上がってからその封を調べてみた。
 一見すると『柔沢ジュウへ』としか書かれておらず、差出人も明記されていなかった。
 封を切ると、その中には一枚のA4程度の大きさの手紙が入っていた。

「雪姫からか?」
 雨は毎日学校で会うし、円は間違っても必要なこと以外は自ずからジュウと連絡を取ろうとはしないだろう。
 とすれば、思い当たるのは雪姫ぐらいなものだが、
 その雪姫もジュウの自宅の電話番号も知っているはずだし、雨からメールアドレスも聞いているはずだ。
 不思議に思いながらも、その手紙を開き読み始める。
「ええと、何だ……?」
 しかし、その中に書かれていたのは、次のようにワープロ打ちで一文かかれていただけだった。



『聖なる夜、あなたの一番大切なものを奪います    ――『常識破り』より』



「……は?」
 一瞬ぽかんとする。そしてもう一度茶封筒の宛先を確認する。何度見ても自分宛だ。
 聖なる夜…つまりはクリスマスか、またはイブか。………それにしても、大切なものを奪う?
「…俺の一番大切なもの?」
 今日は何でこうも難しいことを何度も考えさせられるのだろうか。憂鬱げなため息をついてかぶりを振った。
 妥当に考えれば母親の紅香ということになるのだろう。
 悔しいことだが、どう天地が引っくり返っても自分の母親はあの女以外には有り得ないわけで、
 唯一無二の存在なのは事実だ。
 どれだけ一般的な母子のあり方として違っていても、心の奥底では彼女を認めるしかなかった。


751:名無しさん@ピンキー
07/02/04 00:34:31 3z4Bkhvz
 ……とはいえ、あの女は他の誰かにやれるような殊勝な女だっただろうか。
 ジュウのなかで知る『最強』は母親の紅香であって、加来羅清よりも、円堂円よりも、伊吹秀平よりも、
 強烈で過激で獰猛で、そして何より最初から最後まで自分を貫く―、柔沢紅香とはそういう人間だ。
 彼女を負けさせる人間がいるとすれば、そいつは世界で一番の異常者だ。
 柔沢紅香という人間はありとあらゆる『常識』を超越した傍若無人。
 『常識』に捕らわれる限りはあいつを叩きのめすことなんてありえるわけがない。

 それにしても、どうしてこのような脅迫文が送られて来たのだろうか?
 ふと以前に遭った幸福潰しが頭の中をよぎったが、首謀者である綾瀬一子は自首、
 そのメンバーも『暗木』の不在によりバラバラになった。
 白石香里のようにそのうちの一人が綾瀬一子の『真理』とやらの考えを引き継いでいたとしても、
 この一文はそれとは何かが違うものが感じられる。
 以前、雨の家で見せてもらった脅迫文やいやがらせの手紙にしては前回の幸福潰しと同様、
 憎しみや怨嗟のようなものは感じられない。だが、何故だろうか。
 この手紙からは確実に実行するという強い意志と、まるで自分には不可能はないと言わんばかりの余裕が見える。
 そう、どこかプロ意識を露骨に見せる人間のような、何かが。
 ――何にしても、嫌がらせ、で処分できそうにはない。

「明日、雨にでも相談してみるか…」

 ジュウは手紙を茶封筒に入れなおすと夕飯の準備に取り掛かった。



……と、こんな感じで。
長々しく、キャラの口調がおかしかったりとへんてこなところは多いですが、
暇つぶし程度に読んでくださるとコレ幸い。
以下続く。かも。

752:名無しさん@ピンキー
07/02/04 01:36:07 lE7sV37g
これで続かないなんて俺が耐えられない。

753:名無しさん@ピンキー
07/02/04 07:27:22 pHnZ9LuF
続きが気になる(;´Д`)

754:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:07:11 lE7sV37g
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
ⅩⅡ―“撃滅”

 《鉄腕》ダニエル=ブランチャードは考える。
 ―坊ちゃんにも困ったもんだ。
 自分に護衛を任せた癖に、いざその時になれば勝手に《ビッグフット》に付いて行く。
 あの巨漢は繊細な行動は出来るが、繊細な思考は出来ない。
 無論、護りながら戦う事など考えもしないし、当然の如く出来はしまい。
 別に《鉄腕》は、九鳳院竜二に忠誠を誓っている訳ではない。
 今こうして彼の身を案じているのも、単に依頼主に何かがあって報酬の支払いに問題が発生しては困るからだ。
 ―全く、こっちの身にもなって欲しいもんだ。
 内心で嘆息する。
 とりあえず今は目の前の敵。障害を排除しなくては。それから竜二を追い掛ける。
 ―しかし。
 《鉄腕》ダニエル=ブランチャードは考える。
 ―まさか獣王が出張っているとは。
 今、最も勢いがあるであろう国の王。それがこうして、目の前に立ちはだかっている。
 噂では自ら前線で剣を振るう王との事らしいが、成る程。その噂は真実と見える。
 油断は、出来ない。
 その気迫は本物だ。
 《鉄腕》は、柔沢ジュウを戦士であると、己が敵足り得ると認識する。
 プロとして驕らず、ただ眼前の敵を刈り取る。
 なればこそ―。
 《鉄腕》ダニエル=ブランチャードは、自らの二つ名を示す、その義腕を、全力で振るった。

 ***

 地が爆砕する。
 まるで大金槌が穿ったような衝撃に土が捲れ、粉塵を撒き散らす。
 局地的に地面が揺れるほどの拳撃。
 それは、《鉄腕》の放った一撃であった。
 《鉄腕》の手甲は尋常の物ではない。超重量を持ち、腕の骨格すら鋼に変えた義腕にして一つの武器である。
 《鉄腕》の只ならぬ筋力により振るわれるそれは、常人が受ければ総身の骨を粉微塵に砕き、潰す程の威力がある。
 その必殺の一撃を、ジュウは後方に飛び退り躱していた。
 朦々と立ち込める土煙の中、そこに立つ《鉄腕》に、ジュウが反撃する。
 地に着いた脚を踏ん張り、両手で握った大剣を、全身で使い、振るう。
 風圧を纏った斬戟が、《鉄腕》に襲い掛かる。
「はああぁぁっ!」
 裂帛の気合い。こちらもやはり常人ならば骨肉纏めて断ち斬る刃。
 持てる最大の胆力でもって疾らせた大剣による一撃。
 それを―
「ふんっ!!」
 ―《鉄腕》は両腕で受ける。


755:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:08:39 KoEzCqF9
 鋼同士が撃ち合う衝突音が響き渡る。 鮮やかな残響を残し、ジュウの渾身の一撃は《鉄腕》に止められた。
「なかなかの攻撃だ」
 せりあう拳と剣。
 それを視界に捉えながら《鉄腕》が口角を吊り上げ笑みを象る。
「むん!」
 腕に力を込め、大剣を弾いた。
「こっちの番だ!」
 刹那、《鉄腕》の右腕がジュウを襲う。ジュウは大剣の腹でそれを防御。
 しかし《鉄腕》の剛力に、大剣毎吹き飛ばされる。
 庭を囲う塀に叩きつけられ、背後に罅を造りながら、ジュウは壁に埋もれる様にして止まった。
「どすこい!」
 《鉄腕》の追撃。身を低く、突進する。ジュウは立ち上がる事すら儘ならぬ内に《鉄腕》の巨体と塀に挟まれる。
 巨大な鉄塊が、岩盤を打ち砕くのにも似た轟音が上がり、塀は蜘蛛の巣状の罅を更に広げる。
 《鉄腕》の体当たりを受け、身が軋む激痛に声すら上げられず、ジュウは膝から崩折れた。
「まあ、こんなもんか」
 常人ならば骨が砕け、肉が潰れているだろう。
 まず死んでいるだろうし、よしんば生き残っていたとしても身体は機能せずいずれ死ぬ。
 即死か、いずれ死ぬか。どちらにせよ命は無い。
 《鉄腕》は自らを遮った障害の排除を確信すると、踵を返し、屋敷の中に居るであろう竜二を追おうとした。
 追おうとして、立ち止まる。
「……っ痛ぇな、コンチクショウ」
 カラカラと、乾いた音を立て塀が欠片を落とす。
「……なに?」
 背後の呟きに、《鉄腕》は疑問を浮かべる。
 確かに、全力で当たった。ミンチになってもおかしくない衝撃だったはずだ。
 それなのに―
「まあ、クソババアに殴られるよりはマシか」
 ―何故、立ち上がる。
「何勝手に終わりにしてんだよ。それとも降参って事か?」
 ―何故、笑っている。
「ほら、続きしようぜ? ニガー(黒人兵)」
 ―何故、俺が恐れる。
「おぉぉっ!」
 咆吼。《鉄腕》が、巨体を砲弾の如く炸裂させる。
 ジュウは、大剣を大きく後ろに降りかぶる。
「っだらぁぁあああ!!」
 豪快なスウィングで大剣が降り抜かれる。《鉄腕》は突進の勢いはそのまま、拳を大剣に叩きつける。
 激突、紫電、軋み、歪み、鋼が裂ける。
 それはジュウの大剣か、或いは《鉄腕》の義手か。
 二人は同時に、反動に吹き飛ばされる。
 しばしの静寂。立ち上がったのは、両者同時。
「ぐっ……う」


756:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:10:27 KoEzCqF9
 まさか、自分の突進すら利用されるとは。《鉄腕》は己の勢いも乗せられた一撃を受け、そのダメージによろめく。
 ―しかし、それは相手も同じ。ただでは済んでいないはず。
 ならば、今が好機。先に仕掛けた方が圧倒的有利だ。
 《鉄腕》は腕を降りかぶり―それが出来なかった。
「なにぃ!?」
 鋼の義手は、今や無様なブリキ細工の如くひしゃげていた。
 先の一撃に耐えきれなかったらしく、関節部を中心に、大破している。
 ―バカな。
 《鉄腕》が、破られた。その事実に驚愕を抑え切れず呻く。
「なんなんだ、貴様ぁっ!」
 有り得ない。
 自分の攻撃に耐え、あまつさえ《鉄腕》を砕く。
 戦闘屋でもなければ、生粋の戦士ですらない。
 その気迫は本物なれど、詰まるところは一人の国主。戦いが本業ではない。
 では何故、戦闘屋の自分が追い詰められるのか。
 有り得ない。有り得ない。有り得ない。
 ぐるぐると混乱する思考。恐怖に囚われたそれは冷静を欠く。
「お、うぉおっ!」
 腕は動かない。《鉄腕》はショルダータックルをかます。
 しかし―
「ぅらあっ!」
 ジュウは、それをタックルで迎え撃った。
 投げ出された大剣は、先の激突の影響だろう。所々刃こぼれしていた。
 肉体と肉体が激突する。
 根本的な質量の違いに、ジュウは弾かれそうになるも、脚を踏ん張り耐える。
 地を抉り、ジュウの足元が沈む。
 ぎりぎりとせめぎ合う両者は互いに一歩も退かない。
「ふんっ!」
「おぉっ!」
 力比べ。まるで極東の格闘技“相撲”の様に、二人は押し合う。
 均衡は《鉄腕》から崩れた。
「はぁっ!」
 四つに組んだ体を離し、脚を蹴り上げる。ジュウは側頭部を強打され、よろめく。
 再びタックル。ジュウの体が、今度は弾き飛ばされる。
 地を転がり、止まる。
 ―今度はどうだ。
 頭部への打撃。それは致命傷になりうる必殺の一撃だった。
 そのはずなのに―
「何故、立ち上がる……」
 ―金髪の少年は不適な笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。
「何故、立ち上がる貴様ぁっ!」

「寝てる理由が無いからな」

 血を流し、泥に塗れても。それでも少年は立ち上がる。
「……っ死ねぇ!」
 絶叫。《鉄腕》が、再度ジュウに突撃する。
 だが、それは届くことはなかった。
「がっ……!」
 《鉄腕》がくぐもった悲鳴を上げる。その胸に咲くは、一輪の紅い花。


757:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:11:33 KoEzCqF9
 鮮血が、大輪を咲かせた。
 《鉄腕》が、地に倒れ伏せる。
 それの傍らには、いつからか小さな影。
 小さな影は、怜悧な声音で言い放った。
「付け足すならば―」
 その声は、少女。
「立ち続ける事は条件だからです。如何なる戦いにあっても勝利し続け、最後まで立ち続けた者を指して人はこう言うのですから―」

「―即ち、“王者”と」

 血を払い、剣を鞘に収めるその姿は、獣王の、柔沢ジュウの従者。
 百戦錬磨の大強者―堕花雨。
「お迎えに上がりました、ジュウ様」
「……結局、来るのかよ」
「主君をお迎えするのもまた、従者の仕事ですので」
「……まあ、礼は言おう」
「お気になさらず」
 あくまでも普段通り。戦場であっても、それは変わらない。
「事態は粗方把握しています。どうやら屋敷内に侵入を許したようですね」
「何?」
「ジュウ様のせいではありません。あれの侵入を止められる者などそう居ませんから」
 ―いずれにせよ危機である事に変わりはない。
「更に、屋敷内には敵の首領も居るようです。決着を付けるにはお誂え向きかと」
 成る程。重要人物は揃っている。クライマックスには相応しいだろう。
 ジュウは踵を返す。向かうは屋敷内。真九郎と紫の元だ。
「―終わらせるぞ。付いて来い」
「御心の儘に」
 従者を得て、少年は王者となる。
 今もまた。
 獣王が、戦場を歩む。その傍らに騎士を従えて―。

 続

758:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/05 00:16:06 KoEzCqF9
 毎度、伊南屋に御座います。

 やっと、やっと雨を出せた……っ!
 “ヒーローは遅れてやってくる”をやりたくてずっと出番無しだったけど、ようやく物語が雨の出番に追い付いた。
 後はもうクライマックスまで突っ走るだけ。
 役者は出揃い、雨というデウス・エクス・マキナまで登場。
 長かったお話もなんとか終わりそうです。

 それではまたいずれ。
 以上、伊南屋でした。


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