07/10/12 01:37:48 dgQA/qNF0
「よかったね」
頭の上から降ってきた声に、ちらりとスンシンが視線を流した。彼の視線の先にある警察署の建物は、もう夕暮れの中に落ちている。
同じ時間帯にその電車に乗っていた聖和の女子数人の証言で、鈴木の無罪は証明された。もちろん、彼女達の説得に一役買ったのは国境なきプレイボーイのアギーだ。
「声、かければいいのに」
「…ヤボだろ」
ハルカと腕を組んで帰っていく後姿に、ぽつりと呟く。その後姿を見つめる目のいろは、今までスンシンが見せた事のないものだった。
「スンシンは、本当に鈴木さんが大事なんだね」
何気ない口調でそう言ったアギーを、はっとスンシンが振り返る。言い返そうとして開けかけた口を閉じて、スンシンはもう一度スズキの背中を見て、そして目を反らした。
二人に背を向けたスンシンに、アギーははい、と紙袋を押し付けた。
「じゃ、報酬の件よろしく。家で待ってるから」
今回アギーに依頼に行ったのはスンシンだが、彼は基本的に小銭しか持ち合わせていない。デートを一件潰すんだからとアギーが提示した条件を、僅かの迷いの後スンシンは呑んだ。
「なんだこれ」
「着て来て。これも、報酬のうち」
じゃあ家で待ってるね、と後ろ手に手を振る。なんだこれ、と呆れたような呟きが、背後に落ちたのにアギーはくすりと笑った。
「ママさんは」
「友達と旅行中」
慣れた家の中に上がりながら、スンシンが静かなダイニングを見て尋ねる。
「…ふうん。でさ、何でこんな服なんだよ」
別れ際、アギーがスンシンに渡したのはドレススーツだった。
「スンシンに着せてみたかったんだ。どっちかと言うと、脱がせたかったのが大きいんだけどね」
俗に言う下心というやつだね、とアギーが無邪気に微笑む。
「シュミわりぃな」
「そう?よく似合ってるけど」
このこは自分の容姿に、本当に頓着がないなあとアギーはつくづく思う。そのきれいな顔がどれだけの衆目を集めて、醸し出す雰囲気がどれだけのあらゆる感情を刺激するかまるでわかっていない。