【陵辱】鬼畜作品を創作して20thプレイ【SM】 at 801
【陵辱】鬼畜作品を創作して20thプレイ【SM】 - 暇つぶし2ch250:代理戦争
06/12/15 04:10:12 Ro5o0XcS0
血は意外と大量に出ているようで、ゆっくりと湿った感覚が広がっていくのは気持ちが悪かったし、寒気を催させた。
その中で、気絶した青年の髪を撫でる指先だけは、彼の体温を感じて温まっていた。
とても心地よい。緩やかに彼の髪が解れる度、僅かに溜まっていた熱に触れることが出来た。もっと撫でていたかった。
生きているものを撫でるというのは、こんなに安堵感を伴う行為だったろうか。何だか、忘れていた気がする。
主人も、こんな心地だったのだろうか。ふと、そんなことを思う。触れられる時もササメは限りない安堵を覚えていた。
だったら撫でる者と、撫でられる者は、きっと同じ安堵感を分け合っていたのだ。掌と、髪の熱を与え合うように。
青年は無反応だ。何を考えているかなど、分からない。眠っているものの夢を知りうることがあるはずがない。
だが、その夢が悪夢でないように―身勝手であろうと―思ってしまうのは、同じ主人に愛された仲間意識だろうか。

ぼんやりと、取りとめもなく考えている拘束男―彼が、思いつくはずもなかった。
その濃厚な血の匂いが。自身に限りなく近い血液に浸される感覚が。或いは、それに紛れたたった一滴の愛しい男の血が。
眠れる彼の『欲』を刺激して、揺り起こすことになるなど。


唐突に、ササメの手首が荒々しく掴まれた。
異変に意識だけは覚醒するが、身体は全く動かなかった。動くのは視線だけ。純粋な恐怖がすうっと背筋を伝った。
まるで化け物の前に縛られて放り出されたような緊張感を感じる。
何故目覚めたのか。彼は壊れたのではなかったのだろうか。ササメには、分からない。
ササメは主人から視線を逸らして、眩い天井を見上げた。自分の左手を握る化け物の姿を視止めようとして。

「………あんた、……死に掛けてんのか……?」
ふと声が耳に届き、視線を落とした。ササメが予想していたよりも少し脚の方寄りから、化け物は彼を見下ろしていた。
その化け物―ハダレの顔は憎しみに歪むでも有利を誇るでもなく、ただ疲れたような顔をしていた。
「目が覚めたら……いつのまに、こんなことに…あんたなら、分かると思って」

251:代理戦争
06/12/15 04:12:54 Ro5o0XcS0
―そういえば、ハダレが眠っている間に色々あった。たった今目覚めた彼がそれを知っているべくもない。
だが、どう見ても自分が流暢に事の次第を話せるとは思えない。ササメは無言でハダレを見返した。
「分かってるよ……あんた、そんな身体じゃ話せないだろうし……、……?」
ハダレが、急に言葉を止めた。ササメと視線を合わせたまま瞬きもせず数秒見つめあい―悟ったように、ぽつりと語った。
「………オレが、もう一つ…『異』を?……ウスライの一族のそれを……?」
ササメは微かに頷いた。確かに、今「心を読む瞳と瞳で交わされた会話」には間違いや嘘偽りがない、と示すように。
ハダレは視線をつないだまま、呆然と座り込んだ。
「ウスライ……」
ぼんやりと呟く。ササメがもう一度、小さくこくんと頷いた。
ハダレはそれに指し示されるようにリングの上で戦う二人を見止め、顔を上げた。そこに、求めていたものがあった。

ウスライは押されていた。カギロイは予想以上の強さを維持していた。―むしろ、故郷にいた頃より進歩していた。
特に左腕を傷つけられてからは七・八割がた防戦に回っている。
勿論怪我も痛むが、それ以上にカギロイの攻撃的な姿勢が強く、踏み込むことが出来ないのだ。
奴隷を傷つけられた憎しみもあるだろうが、それ以上にして最大の理由があった。
「どうした、ウスライ。やはり『異』も持たぬ出来損ないはこの程度か!?先ほどの余裕は何処へ行った!」
「………は………ッ!」
断続的な金属音の後、ぎちりと噛み合う様な音を立てて二人の間を刃が交差する。
キチキチ……ッと軋むような鍔迫り合いの音がBGMのように鳴り響く。
「私が故郷にいた頃より『異』の使い方を覚えたからといって、このような差が生まれるとは……正に奇跡の力、だな!」
ぐり、とウスライの刃が数ミリ押下げられるように曲がる。カギロイが力を込め、払おうとしているのだ。
食い下がるウスライ。傷ついた身ながら―痛めた肋骨もまだ完治していないというのに、必死である。
しかし、それも長くは持たなかった。


252:代理戦争
06/12/15 04:18:17 Ro5o0XcS0
「ッ、っ……!」
見守っていたハダレが、思わず目をそむけた。その耳に―ゴキ、という硬いものを砕く音が届く。
―再び目を開けたときには、ウスライが完全に左腕を刀から離していた。その足元には血溜りが出来ていた。
思わず駆け寄ろうと腰を浮かすと、今度はササメがハダレの足首を掴んで引き止める。
「何邪魔してんだよ!あいつ殺されちゃうじゃねぇか!離せってば!」
ハダレはかっとなって怒鳴りつけた。が、それで驚くほどの度量ならばササメは彼をわざわざ引きとめはしない。
(君が行ってどうにかなるの?……ご主人様は君を殺さないけれど、君に勝った弟さんより強いんだよ)
視線で―同じ、心を読むという『異』を相手に使わせて目線だけで会話をする。
思ったとおり、青年は後先など考えていなかった。呆れたように、視線で責める。が、

ぎぃん!と、かつてなく鋭い金属音が二人の元へも届いた。はっとなって、ハダレが振り返る。
―そこには、胸元に程近い距離にあるカギロイの刃を、ウスライが受け止めた姿で静止していた。
一見持ちこたえているように見せかけて、状況は最悪だ。
ウスライの右手には筋肉の隆起がありありと見て取れる。二本の刀の間には震えが生じ、ちりちりと音を立てている。
その震えのせいで、今にも刃がずれてウスライを傷つけそうに見えた。実際そうなのだろうが。

その光景を見て、ハダレの鳩尾辺りがつんと痛くなった。頭が真っ白になって、思わず腰を浮かしかけ、
「……ッだから、邪魔すんなよっ…!!あいつ死なせたくないんだ、頼むよ!」
またササメに足を引っ張られて止められた。苛立ちの余り体液が沸騰しそうだ。
が、ササメはあくまでも落ち着いていて―そして、意外な事を言った。
(……そこまで助けたいんだったら、いい事教えてあげようか)
「いらねぇよっ、いらねぇから早く……!」
(それが、戦時中から続く研究をご主人様が独自に編纂、プログラム化した本当の『異』の使い方―だとしても?)
「………は、……?」
ハダレが罵声を上げようと吸い込んだ空気―それが、あっけなく鼻から抜けた。


253:代理戦争
06/12/15 04:20:48 Ro5o0XcS0
(君の『異』の使い方はむちゃくちゃな我流に過ぎない。って言うより、振り回されてるだけ。
 付け焼刃にしてもその使い方を実践できれば―少なくとも、恍惚におぼれて犬死することはなくなるかもね。
 ご主人様に勝てるかどうかは別だろうけど)
「………………………意味、わかんねぇし」
妙に真剣なササメの視線に圧されるように話を聞いてしまったが、ハダレは困惑したように首を振った。
(……あんたの話が本当か役に立つのかも信用ならんし、………大体何でそんな敵に塩を送るようなマネ……)

(俺はご主人様が負けるわけないって信じてる。だから教える。より強い絶望を味わわなければ君の精神は折れそうにないし、
 ―もしこれが時間稼ぎになっていたら、もっと面白いことになっていただろうしね)
その言葉にぞっとして、慌てて振り返る。―大丈夫。まだ、ウスライは持ちこたえている。
「……ッ…」
ササメを思わず殴りつけたくなって―吐息と共に力を抜く。
殴るまでもなく、この男はもうすぐ死ぬ。そう思うと、腹も立てようがなかった。ササメはどこか可笑しそうにハダレを視た。
(冗談だよ。……それに、『異』の使い方は本当だよ。君とそう体格の違わない俺が君より強いのか、それが理由なんだ。
 まぁ、聞いてみれば大したことじゃないのかもしれないけどね。―どうする?)

ハダレはじっとササメを見つめた。ササメもハダレをじっと見つめた。お互いの眼で探りあうのではなく、純粋に。
そして―ハダレは答えた。
(………………死なせたく、ないんだ。聞かせてくれよ。オレの『異』の使い方)

ササメの反応はなかった。怪訝に思って肩を掴もうとした瞬間、
「……………………?」
ぽつりと、ほんの少しの情報がその眼に飛び込んできた。嘘のように、情報は少なかった。
「……そんな事で……そんなつまんない事で…『異』が?」
(………本当にちっちゃい事。ていうか、そもそもその為に『異』は生まれて、残されてきたはずなのにね……)
そこまで伝えかけて、ササメは小さく咳き込んだ。血の混じった唾がハダレの服に飛ぶ。
はっとして、ハダレの眼差しがその血の雫の行方を追う。そのどさくさに紛れるように―一瞬だけ、ササメが目を逸らす。



254:風と木の名無しさん
06/12/15 04:29:06 YS6lw7wl0
支援

255:代理戦争
06/12/15 04:33:38 Ro5o0XcS0
(…………でも、それを実践するのは大変だよ。だって、そんなこと意識したことなかったでしょ?)
敵とはいえ瀕死の人間を前にして、思わずその名を呼んで揺さぶろうとするハダレに―ササメは告げた。
(甘ちゃんだなぁ。ほら、どこまでご主人様相手に頑張れるか視ててあげるから―行っておいで。ハダレ)

その優し気な視線に、逆に耐えかねたようにハダレが目を逸らした。同じだ、と思った。
(泣き虫なんだから……ほら、見ないでいてあげるから―泣いて良いよ。ハダレ)
大切に仕舞っておいた記憶と同じ視線がそこにあった。それ故に、もう元には戻れないと思い知らされる。

ハダレは疲労の残る体を無理矢理持ち上げた。
―眼を瞑り、たった今ササメから伝聞したことを反芻する。大した事ではない。少し視点を変えるだけ。
そして、自分に宿るというもう一つの『異』も薄く意識しつつ、―眼を開ける。
再び眼にした景色は、変わっているべくもない。そこまで自分は壮大な何かを託されたわけではない。自分は自分以上ではない。
ただそこに自分が居るという事実が、心地よい重みとなって全身に感じられた。―ハダレは、走り出した。
振り返ることはしなかった。残された者は力のない眼を、残したものに向けて見守っていた。

ぴん、と。
カギロイはなんともいえない予感を感じてその場を飛びのいた。その瞬間、
「ちっ!」
舌打ちと共に、対峙していたウスライの目に焼きついたカギロイの残像を引き裂くような蹴りが空を切った。
ひゅご、と正に大気を切断するような鋭さを帯びた脚を避けたカギロイは、そのまま体勢を立て直すつもりで数歩下がる。が。
「避・け・る・なぁあああああ!」
なんかすごい無茶なことを叫びながら鬱憤を晴らすかのように攻撃を仕掛けてくるハダレに、更に2・3歩と押し返される。
一撃一撃は調教に弱った身体らしくどうと言うほどでもないが、その素早さ・正確さは尋常ではない。
まるで、カギロイの行く先・速さ・目的、全てが見透かされているかのように―


256:代理戦争
06/12/15 04:35:43 Ro5o0XcS0
「っ…ふっ!」
一瞬嫌な予想が脳裏をよぎり、カギロイは至近距離のハダレに向かって刃を振り下ろした。
攻撃のために踏み込もうとしているその男は、驚いた顔を見せた―こちら(刀)の切り返しの速さを知らないのだろう。
調子に乗って間合いに踏み込んできたその奴隷素材を、死なさない程度の角度で刃を止めよう。そう思って―

―完璧に、避けられた。
ウスライでさえ見止める事の出来なかった、あの小さな刃さえ当たらない。

驚愕以上に、予想が当たった―ハダレが自身と同じ『異』を持つことを、むざむざ証明させてしまった―苦さに、口元が歪む。
唾を吐き掛けたいような心地で、カギロイは脚を突き出した。攻撃を避けたばかりのハダレの体が、不安定に傾ぐ。
―そこに、カギロイの刀の柄の部分が横凪に襲った。限界まで軽量化されたハダレの体が吹き飛ぶ。

頬か。こめかみか。当たった場所を確かめるよりも速く―今度はウスライの斬撃が、降る。
しかしカギロイは驚きながらもそれを正確に流し、逆に右腕だけの斬撃によって偏った守りを崩そうと、踏み込む。
そして同時に、揺さぶりをも掛ける。隙は見つけるのではなく―作り出すものだ。
「……2対1に、こうして持ち込むためだったのか?」
「何…が、です?」
まるで扱っているのは稽古用の木刀か何かだというように、気楽な口調で語りかけるカギロイ。
一方、二つの―或いは四つの命をそのまま背負わされたような、緊張した蒼白な顔で応えるウスライ。
その蒼白さをせめて暖めてやろうとでも言うように。カギロイは、毒を吐いた。
「客席で。舞台に上がるタイミングを計る為に、始終見ていたんだろう?
 お前の大事なあれが苦痛の末に犯されるのもしっかりとな。レイプシーンは興奮したか?」


257:代理戦争
06/12/15 04:37:46 Ro5o0XcS0
きん、と。奇妙なほど静かな剣戟の音が鳴った。が、聞こえなかった分の『音』がびりびりと周囲を震わせる。
限りなく精密に刃の筋と力を合わせた、試技であれば芸術的とさえいえる業。だが殺意の元で、それは兇器となる。
「……っ………血を吐く思いだった…………興奮など……」
誰が――と呼気に言葉を乗せて、更に一撃を振るう。カギロイの頭髪が数本、はらりとリングに落ちる。
その些細な攻撃の成果に、ウスライは訳もなく確信を得た。いける。返す刀で、袈裟懸けに切り下ろそうと右腕に力を込める。
刀が僅かに軌道を描き始めた。スローモーションで再生しているように、ゆるりとした動きに見える。
兄に止めを刺すという印象的な場面だからだろうか―ウスライには、そう思えた。

だが、刀が兄の服に触れるか否かの頃には、っとした。兄の瞳は刀を見ている。否……視ている。
その黒い瞳が。『異』を宿した瞳が。『異』―ハダレとは対照的に、無機物の力学的運動を寸分たがわずに目測するそれが。
最小限の動きで、武器を扱い、或いは避けるための『異』が、

その一撃を流れるようにカギロイから避けさせた。そして、大振りの一撃を避けられたウスライに、隙を作らせる。
生まれた隙に―がら空きの正中を、ウスライの『止め』を真似る様に袈裟懸けに斬り捨てようと、カギロイが滑り込む。
ウスライが刀を更に返す。間に合わないと知っていても。
―否、もしかしたら本気で間に合うとでも思っているのかもしれない。
持たざるものの足掻き。劣等感に悩み続けたものの、最後の醜態。跡取りにもなれぬ出来損ないの最期。
死ね、と。カギロイが呟く。呼気だけで。あくまでも目許は優雅に。唇には、征服の歓喜を湛えて。

―その呟きをかき消すように、誰かが叫んだ。泣きそうな、縋るような……それでいて、叱るような、鮮烈な声で。
「死ぬな」と。


258:代理戦争
06/12/15 04:40:11 Ro5o0XcS0
唐突に、カギロイが振り返った。一瞬遅れて、咄嗟、というような粗雑な動きで利き手の逆に握った刃物で背後を凪ぐ。
その拍子にウスライの命を奪うはずの太刀筋さえ鈍り、間に合わないはずの切り返しが間に合ってしまった。
間抜な音を立てて、2本の刀が弾きあう。

が、カギロイはウスライの方に向き直りもしない。
客がどよめく。ウスライも動揺していた。一体何が起こったのか―弾んだ息が、思考を乱す。分からない。
不自然に背後を振り返ったまま、兄は沈黙を保ち―不意に、崩れ落ちた。
その、崩れ落ちた兄の影から羽化するように。顔面の右半分と、右手を親指側の縦半分だけ血で染めたハダレが、立っていた。

「…………………まだ、死んでない。殺してない」
ぽつりと、倒れたカギロイを見下ろしながらハダレは呟いた。
「でも肝臓やった。コレで。……放っておくと、死ぬ。急所だから」
コレ、の所で右手の親指を曲げ伸ばしして、この部位を指しているのだと示す。鉄指功。爪の間まで血が入り込んだ凶器。
「オレの武器は……身体しかないから。多分、何するつもりか、『異』で視ても分からなかったんだと思う」
カギロイが、ハダレを真剣に避けなかった理由。意図がつかめなかった。『異』に頼りすぎて。

ハダレは、ふと少し言葉を詰まらせた。
「……教えてもらったんだ。『異』の使い方。兄ちゃんに」
ウスライは―返答するべくもなく、黙って聞いていた。答えようも、応えようもなかった。
「オレは今まで……自分を守るために戦ってきた。それを、ちょっと視点を変えるだけだって。
 自分と、今目前に居るやつ、ってちょっと範囲を大きくするだけで『異』は扱えるって。
 『異』の初めの初めは、そのためにあったからって。自分か、自分の群れを守るためにあったからって。
 でも逆に、別に戦争とか平和にするとか、そんなでかいことの為に『異』はあるんじゃないって。
 どんなに吼えたって、オレはオレでしかないし、『異』は個人のものだからって」
それを、果たして実践したのだろうか。それを問いかける前に、ハダレは勝手にすらすらと答えた。
「今、そうやってみた。そしたら―」

259:代理戦争
06/12/15 04:42:38 Ro5o0XcS0
※グロ痛い描写あります。


ふと。ウスライは視線を下に下げている所為で俯き加減のハダレを覗き込んだ。顔面の出血が酷い。
額を深く切ったのだろうか、とか意外と冷静に―再会の歓喜など、麻痺したように感じなかった―考え、頬を拭う。
そこに、洗い流すように涙が落ちてきた。
「……酷いんだよ。確かに、戦いやすくはなったし、あんまり頭もぼーっとしなくなったし。でもさぁ」
「…………………?」
延々と平坦に続く語りではなく、涙の質感に違和感を覚えてウスライは手を止めた。
さらさらとした、透明な―或いは血交じりの薄紅色の涙ではない。もっと、どろどろした何か。
「…………オレは、お前に死なないで欲しかっただけで………お前の兄ちゃんを殺したかったわけじゃ……」
言葉の後半になって、ようやくハダレは正気を取り戻したように声を詰まらせた。もっと言いたいことがあるだろうに。
必死にウスライと目が合わないように、視線を逸らす。血塗れでない、左眼だけ。
左眼だけ。

その時、ウスライは唐突にハダレの傷を悟った。顎を掬い上げ、必死にそむける顔を上げさせる。
「………っ……………………」
息を呑んだ。
慄くように吐き出した息に、震えが混じる。呆けるしかない。

いや。呆けながらも、残っている右腕の力の限りで抱きしめながら『謝罪』するしかなかった。
「………大切なものを捨てさせてしまった……俺を………………許して欲しい」
「……………ん…」
正に掻き抱く、といった表現がふさわしい様相で抱き寄せられながら、ハダレは小さく首を振った。
ライトに照らされた、その顔に湧いた血の泉の中心。それを見て、観客の一部が悲鳴を上げる。
眉間の少し下、鼻梁が水平方向に下り坂になるあたりから、右頬骨にかかる辺りまで、
カギロイの凶刃がその『異』の宿る眼球ごと、ばっさりと斬り抉っていた。


260:代理戦争
06/12/15 04:44:43 Ro5o0XcS0
実況も、舞台上の誰も、そして観客までもが押し黙った。気圧されていた。―始めて目の当たりにする、致死試合に。
今までの格闘技の延長線上やリアルタイムAVでは済まされない有様に、席を立つものすら現れない。
代理戦争。依頼者の名誉と権利を賭けて戦う、司法と警察要らずの小さな戦争。
誰かを蹴落としてもう一方を高みへ進ませるという、見慣れきった卑屈なその行いが、
―酷く残酷で、生々しく、そして切ない願いを抱えていたことに、今更気付いたように……誰もが押し黙っていた。

がくん、と。唐突にハダレの膝が折れた。驚くウスライの腕の中で、ハダレは意識を手放した。
安堵からか、『異』を使用したことによるストレスか、殺傷の衝撃か、或いは身体的な疲労か。どれも五分五分だろう。
その体を抱き留めながら―ウスライは、震える咽喉を引き絞って声を上げた。

「…勝った」

決して叫ぶのではなく。平坦な声音で。だが、静まり返ったその会場に否応無く響くほどの音量を以て。

「俺たちが、勝った」

決して誇るのではなく。単に、動かない実況の代わりに。状況を言葉に変え、明確にしてやる為に。
―代理戦争を終わらせ、此処を立ち去るために。
ウスライは僅かに左手の握力を働かせ―痛い以前に動かないことを思い出した。右腕だけで全てを済まさなければならない。
仕方が無く、何時の間にやら放り出していた抜き身のままの刀を、口と右手で鞘に戻す。兄の分は納めなかった。
それを元の黒い袋に入れなおして右肩に背負い、更にハダレをも背負った。
幾らハダレの体重が軽いとはいえ、重くないわけが無かった。が、そのまま歩みだす。
舞台を降り、例の扉をくぐり、控え室を過ぎ、廊下を通り抜け―外に出た。誰も咎めたり、塞いだりはしなかった。

261:代理戦争
06/12/15 04:49:53 Ro5o0XcS0
何となくそこで、ウスライは息をついた。
勿論、外に出たから安心というわけではない。建物の外周のどこに組織の関係者が居ないとも限らないし、
ハダレになにかしら因縁のあるものが通りすがる確立は0ではなく、単に物珍しさで絡まれるかもしれない。
それでも、ウスライは以前にハダレを担いで運んだ時より、堂々とした歩みで進んだ。
開き直ったともいえるその歩みは、覚悟の賜物だろうか。―ハダレを、その手で守り続けるという覚悟の。

ウスライがハダレを取り戻すための方法―一人で組織を壊滅させるとか、不可能な事以外で―はたったひとつだった。
カギロイが組織から個人へ変わる瞬間。代理戦争の舞台に上がった時に、何としても倒す。それだけ。
しかし、物理的に代理戦争の舞台に上がっただけでは意味が無い。刀を取らせなければならない。
その為に―逆に、ハダレの『異』の事をダシにした、と言ったら彼は怒るだろうか?

ウスライは、この僅かな期間に故郷に赴き、ハダレの存在と可能性を知らせた。
元々故郷ではそこはかとない懸念がされていた課題であったために、その『命』が下るのは思いのほか早かった。
ハダレの保護と、―あの場で、カギロイには言わなかったことだが―召喚。ハダレを保護して連れて来いという命令だった。
故郷が一枚噛んでいるとなればカギロイは意地にもなるだろうし、抵抗せざるを得ない。相手がウスライなら尚更。
結果は―上手く行った、とは言いがたいが―……生きて帰れたのだから、よしとすべきだろう。
しかし、一方でこれからハダレを故郷へ連れて行ってどうなるのか、微妙なところだった。
永住しろとか年中監視下に置くとか、無茶な要求をされる可能性は大いにある。
唯でさえ堅牢な掟の中で生きている彼らが、もしも暴挙に及ぶことがあったら―


……ウスライはハダレを抱え直し、歩みを速めた。後を付けられている―気配がする。
ただでさえ手荷物が大きいところに、満身創痍の体。状況は絶対不利。
だが、不思議とウスライの心には重苦しさも、諦めもなかった。
―あの、「死ぬな」という鮮烈で拙い叫びが、己で立てた覚悟が、不思議な心境を生んでいた。


262:代理戦争
06/12/15 04:51:58 Ro5o0XcS0
己で立てた覚悟。―ハダレがあの廃ビルで口にした、小さな願いを護ってやること。
例え、ハダレを護るために故郷に『下させた』命令に、矛盾しつつも背くような事になっても。
彼に対して抱く感情を果たす為に。
そして―自身の為に、唯一の武器であり、家族との繋がりである『異』と右目を放棄してまで戦い抜いた彼に応えるために。


黒尽くめの男、ウスライはすっと足取りを更に加速すると、細い路地にその身を滑り込ませた。
その滑らかな動きに、逆に後を付けていた男達がたたらを踏む様な不自然な歩みを見せる。
思わず立ち止まり、仲間同士で小さくその失態を罵りあい、体勢を整えて改めて路地に踏み入ると―
果たして、その姿は闇に溶けて途中で目視できなくなってしまったように、忽然と消えていた。

それ以来、彼らを目撃したという確からしい情報がこの街を駆け巡ることは無かった。

風の噂程度なら、他のあまたのゴシップに混じって幾つも流れた。
曰く、途中で追っ手に襲撃を受けて殺された。曰く、罹った医者がヤブだったので傷が腐って死んだ。
曰く、遠い異国に逃れるため、最下層街を抜けていくのを目撃した。曰く、実はひっそりとこの街で生きている。
曰く、路銀が無くて野たれ死んだ。無念の余り成仏できず、以来自縛霊となって通りがかる者からカツアゲを繰り返している。
曰く、全く違う地域でまた代理戦争をやっていた。
幾つも、幾つも。ハダレと親しかった者も、知っていた者も、誰もがそれを聞いて一喜一憂を繰り返した。
だが、時が経てば人の記憶は薄められていく。街は新たな住人を増やし、代理戦争は新人を登場させ、過去の人物を消していく。

数日、数ヶ月、数年。
ハダレと親しかった者達が気が付く頃には、流れる噂の数も減り、噂をするもの自体が減り、
―やがて彼らが忘れることによってハダレという者の存在が最下層街から消えようとしていた。



263:代理戦争
06/12/15 04:54:43 Ro5o0XcS0
上がった歓声に、カウンターの中でグラスを磨いていた女性は舞台の方を見やった。
今売れ筋の若手選手が、老練な選手にコテンパンにやられて悲鳴を上げていた。―賭博師達の予想を裏切る展開。
以前よりも深まった皺を気にしながら、ああ何故こんな野蛮な場所で毎日働かねばならないのかと溜息をつく。
だが、溜息をつく以上の事―転職を考える、等―はしたことが無い。毎日、そこで終わり。
今日も脳内での愚痴程度にして、次々と曇ったグラスを拭き終えていく。
ふと。目の前を見やると、カウンター越しに数口分中身の減ったコーラのグラスが汗を掻いているのが見えた。
別に驚くことではない。先ほど、注文されて自分が出したものだからだ―目の前の、少年に。

年の頃は14、5といったところだろうか。余り特徴の無いその風貌は、まだこの街の新参者と言った風合いに等しい。
実際女性が彼を覚えていたのは、彼が最近代理戦争に出始めた―出させられ始めた、からだった。
少年の表情は固い。まだ勝利の華々しさや、恍惚や、そういったものを知らないゆえの緊張。
その横顔―舞台の方を向いているからだ―を眺めながら、思い出す。あの、行方知れずとされている眼帯の青年を。

ふと、その青年の話でも聞かせてやろうか、と思い立つ。
ここでは、強いものの肩を持つのは自由だが、弱い方に肩入れして悪い道理がある訳でもない。
それに―試合に負けて行方不明、という話なら単に彼を怯えさせるだけだろうが、
何だか分からないがとにかく楽しくやれている―という手紙が来たことをこっそり教えてやれば、彼の緊張も解れるに違いない。

女性は少年に声を掛けた。
少年はゆっくりと、意外そうな表情で舞台から視線を外し、向き直る。
―引き込まれるような、不思議な魅力に輝く瞳を向けながら。

END

264:代理戦争
06/12/15 04:58:10 Ro5o0XcS0
自分語りにつき、代理が嫌いな方はもとより、そういうのNGな方はスルーでお願いいたします。


長い間、代理戦争を鬼畜スレに投下させて頂きありがとうございました。
代理への乙や感想を、時に厳しい意見をもらう事で、或いは嫌いな方にスルー&スクロールを徹底して頂く事で、
拙く異端であるこの作品をとりあえず完結させることが出来、感謝しています。

また、代理によって何かしら不愉快な思いをされた方が沢山いらっしゃることに関して、
謹んでお詫びを申し上げます。
長い投下、期間をあけすぎ、メル欄自分語りイタイ、漏れ一人称など様々な指摘を頂きました。
そして、今更ですが、実は途中で(今回も含め)投下を止めようと何度か考えました。
何度も指摘を受けたことですが、サイトを構えてそこに移動しようと計画だてたりも一応していました。
その度にご支援を受けたり、「完結宣言」が頭をちらつき、踏ん切りがつかないままいつのまにか完結に漕ぎ着けていました。
結局は>179 の指摘のような意固地な姿勢になってしまったことを再度お詫び致します。

これから、代理はまた名を変えてスレで書くことがあると思いますし、或いは巣を構えて書き殴る事もあるかも知れません。
その時は代理だと気付いても生暖かく見守っていただけるか、またスルーしていただけると幸いです。

改めて。期間にしてちょうど11ヶ月、スレにして7スレ、レス数にして312レス(実質285レス)の長く、拙い話を
鬼畜スレで完結させていただき、本当にありがとうございました。



265:風と木の名無しさん
06/12/15 06:06:29 SAtuwfzb0
遂に完結してしまった!!!・゚・(つД`)・゚・
連載が終了した時のこの満足感と寂寥感と言ったら…。
代理タン禿しく乙です!
この世界観好きだった。お兄ちゃん尽くしに今幸せな気分です。
次の作品も楽しみに待ってる!

266:風と木の名無しさん
06/12/15 06:52:44 OGjrnY/6O
泣きボクロテラエロスww禿萌えた。
ツメカミのポーズも萌え。
続き待ってるよノシ

267:風と木の名無しさん
06/12/15 07:01:51 jNO84SrA0
代理さんお疲れ様です。

始まりから、投下されていた先程まで
読ませて頂いていました。
最後でリアルタイムに遭遇出来て嬉しかった反面
途中からスレの空気的にも
話の切り刻みを余儀なくされた事は、残念に思いますが
本当に、良い作品を今まで有り難う御座いました。

268:風と木の名無しさん
06/12/15 08:44:17 jWt6JvAZO
完結したぁーーー!!(;´д`)神もハダレタンもウスライもお疲れ様!涙出る

269:風と木の名無しさん
06/12/15 08:52:49 JuAzuaHIO
代理さんお疲れ様!!!
凄くよかったよ!!!(*´Д`)
ハダレタソもウスライタソも素敵だよ!!!

270:風と木の名無しさん
06/12/15 09:43:40 YR2BB+AZ0
>代理タン
乙ですほんと乙です
>267にまるっと同意です

271:風と木の名無しさん
06/12/15 10:34:48 JuAzuaHIO
代理タソ乙です!!

超よかった!!泣きそうだよ(´Д`)素晴らしい作品をありがとうございました。

272:風と木の名無しさん
06/12/15 11:13:33 JuAzuaHIO
代理さん乙!!
最高にGJでした!!!!(ノД`)

秘かに続編期待してみたり。

273:風と木の名無しさん
06/12/15 11:46:33 pZyosHuR0
ハイハイ、オツカレ
煽ってんじゃなくて
本当に最後まで完結させたのは凄いね
それは認めるよ

でも
>> ID:JuAzuaHIO
最後まで自演ですか?w

274:風と木の名無しさん
06/12/15 13:14:24 OGjrnY/6O
>>273
てめえの自演だろカス
まじで死んでくれや

275:風と木の名無しさん
06/12/15 14:48:46 pHjTnXeP0
まあまあ、今日はやめようや。

代理さん、お疲れ様でした。
そして、最後まで読ませてくれてありがとう。
ハダレが今までの人生の折り返し地点を越えて
幸せになった、と信じてます。(鬼畜に反しますが)
またここで、そんで偶然でもどこかのサイトとかで
あなたの作品が読めることを楽しみにしてます。

276:風と木の名無しさん
06/12/15 16:06:30 JuAzuaHIO
いやいや今日に限らずこれからもだろ

代理さん本当にお疲れ様でした。世界感が素晴らし!!!
ハダレタソとウスライタソのその後も気になる~
素晴らしい作品をありがとうございました。

277:最後の鏡5
06/12/15 16:20:29 2XMdtb+c0
投下します。

男女の絡みというか、とりあえず女性が絡んできます。
エロなし。

------------------------------------------------------------------

9月21日 PM1:00
「おはようございます」
「おはよー」
直人が顔を上げると真司が歩いてくるところだった。
「おはよう」
「おはよう。今日真司のシーンあるんだっけ?」
「いや、ほんとは無かったんだけどさ…」
真司は直人の隣に腰を降ろした。
「今日さ…葬式あるから、収録中止になって。監督とちょっと相談でもしようかと思って来た」
直人はあぁ…と小さく呟いた。
「行かなくていいのか?」
「今の佐山さん見てるとこっちまで辛いから。俺には無理。しばらくしたら線香上げに行くことにした」
「俺、明日行ってこようと思ってんだ」
「明日?明日は来客多そうだからやめといた方がいいって。余計佐山さん疲れるだろ」
「そうだな、じゃあもうちょっと後にする」
直人が頷いていると、直人の名前が大声で呼ばれた。
「シーン19始めるのでスタンバイお願いします!あと、間宮さん監督が呼んでました」
二人は揃って立ち上がる。
「じゃあまた後で」


278:最後の鏡6
06/12/15 16:23:03 2XMdtb+c0
9月21日 PM4:00
直人が服を着替えて戻って来ると、監督の傍で真司もモニターを覗き込んでいた。
「迫真の演技お疲れ!ほんとに倒れたかと思ったよ」
「嘘つけよ。まぁ実際この季節に雨のシーンなんて倒れるかと思ったけど」
「お陰でいいシーンが撮れたよ」
直人は監督の言葉に礼を言いながらモニターに視線をやった。
モニターの中では直人が雨に打たれて立ち尽くしているところだった。
「この後、例の長台詞なんだって?頑張れよ」
真司が立ち上がって直人の肩を叩く。
次のシーンは2ページもの主人公の独白だ。
全てが終わった後、それが策略だったと知った主人公は半ば発狂しながら自らが悟った真実を延々と語っていく。
「言った通りこのシーンは見せ場だからな。頼むよ」
「頑張ります」
監督は満足そうに笑うと立ち上がった。
「シーン18、始めるぞ」



9月22日 AM11:30
結城から電話がかかってきた。
「佐山さんのところのマネージャーに連絡しました。25日の午後ならお互い大丈夫みたいです」
「わかった。…佐山さん、やめるって?」
「まだ憔悴しきってて、とても聞ける状態じゃないそうです」
「わかった」
直人が電話を切っても、テレビではまだ佐山の芸能活動の今後について流れていた。


279:最後の鏡7
06/12/15 16:25:47 2XMdtb+c0
9月25日 PM2:00
直人は車を降りた。
運転席にいる結城は身を乗り出すようにして助手席側の直人へ話し掛ける。
「この後打ち合わせなので、また迎えに来ます」
「珍しく結城ちゃんがいないから羽伸ばしてくるよ。ところで俺の携帯は?まだ修理?」
「明日には戻ってくるらしいですよ。3時半か遅くても4時には迎えに来るので安心して下さい」
「なら平気か。よろしく」
結城の車が動き出す。それを見送らないで直人は後ろの邸宅を振り返った。
新しくて広い家。佐山はこの中に一人でいるはずだ。
直人はインターホンを鳴らした。


9月25日 PM2:10
「いらっしゃい」
玄関に出てきた佐山は無理やり笑顔を作ってはいたが、ひどく憔悴していた。
「この度はご愁傷様です」
直人は言いながら頭を下げる。
「ありがとう…。妻も喜ぶと思うよ。どうぞ」
佐山に続いて歩き、リビングへと通されるとそこは綺麗に片付けられていた。
誘われるまま椅子に座った直人は、佐山がキッチンへ向かっている間に部屋の至る所を観察する。
黒と白でまとめられた部屋はどちらのセンスだろうと直人は考えた。
装飾品の無さから佐山だろうかと言う所まで直人の考えが至った時
キッチンの方からガラスの割れる音、とにかく大きな音がした。
「どうしたんですか?」
直人がキッチンへ向かうと、佐山が倒れていた。辺りには粉々になったティーカップが散らばっている。
「佐山さん!」
完全に動揺した、裏返った声で直人は叫びながら佐山の体を揺すった。
小さなうめき声を上げて佐山が目を開く。
「佐山さん?大丈夫ですか?」


280:最後の鏡8
06/12/15 16:26:50 2XMdtb+c0
佐山が何かを呟いた。しかし、直人にはそれが聞き取れなかった。
「何ですか?」
直人は佐山の唇に耳を近づける。
「…なお」
自分の名前を呼ぼうとしているのかと直人が訝しく思っていると
佐山の腕が伸びてきて、直人の頭を抱きこんだ。
「佐山さん?」
直人が慌てて身体を起こそうとしても離れることができない。
「やっぱり生きてたんだね、ナオ…」
直人の顔から血の気が引いていく。
更に力を込めて起き上がると、ようやく佐山から離れることができた。
「しっかりして下さい!俺、ナオさんじゃないですよ!内海です!」
「どうして逃げるんだ、ナオ…もうどこにも行かないでくれ」
佐山の目は直人の方を向いているのにどこか焦点があっていない。
佐山が直人の腕を掴む。
「違いますって!」
直人がそれを振り払うと、急に佐山の表情が変わった。
「どうして僕を拒絶するんだ…ナオ!」
直人が逃げようと後ずさったところで佐山が荒っぽく直人の肩を掴んだ。
その弾みで直人はキッチンとリビングとの段差から、足を踏み外す。
直人は頭を強か床にぶつけた。
「お仕置きだよ、…」
佐山が囁くような声で名前を呼ぶが、直人は反応しない。
佐山は気を失った直人を寝室へと引きずり始めた。

-----------------------------------------------------
ここまでです。

281:風と木の名無しさん
06/12/15 17:21:37 TKahxysSO
代理タソ乙でした本当に本当に乙でした
長い事でいろいろとあったと思うけどここで完結まで読めて幸せでした
サイトは自分じゃ捜せないだろうし…
むしろ11ヶ月も追っ掛け続けてた事に自分がびっくりしました
大好きで楽しみでそんなに長い時間が経ってた事に気付かなかった
ササメタソも幸せでいて欲しかった気もするけどハダレタソが幸せになれてよかったです

本当にお疲れ様でした
代理戦争を読ませて貰ってありがとうでした

282:風と木の名無しさん
06/12/15 17:37:59 JuAzuaHIO
代理さん乙!!!
何度読んでも泣けてくる。
ハダレタソ(*´Д`)
同じく私も後が気になってたり
本当にGJ!!!!!!!!

283:風と木の名無しさん
06/12/15 23:22:40 oPQcWsOt0
久しぶりに覗いたら初仕事タンがいた!!
うれしい!禿萌え!
テュランタソのことも待ってる、、、

284:風と木の名無しさん
06/12/16 01:49:56 Zmf8jtuFO
代理さん、愛してます!もー好きです!貴方の作品が大好きです!!簡潔、有難うございやした!



285:風と木の名無しさん
06/12/16 09:25:09 SG1jA+V6O
続きキボン(*´Д`)

286:風と木の名無しさん
06/12/16 16:06:18 e/H4rgHh0
代理さん、お疲れ様でした。
絡まれながら頑張ってくれてありがとう!
最後まで読めて嬉しいです。
もしサイトを作ることがあったら、排除してしまったと言う
伏線の部分も入れて、完全なお話をぜひ読ませてください。
本当に本当にこのお話が大好きでした!

287:風と木の名無しさん
06/12/16 16:37:25 SG1jA+V6O
同意!!
代理さん乙です!!!
最初から最後まで素晴らしかった!!!この作品に出会えて嬉しい!!

288:風と木の名無しさん
06/12/16 19:29:21 +8gjrJjq0
代理タンお疲れ様でした!!
たくさんの鬼畜と感動を有難う。

289:風と木の名無しさん
06/12/16 20:58:22 gls6kaeT0
もうそろそろよいではないかよいではないか

2回繰り返すとやらしいな>よい~

290:風と木の名無しさん
06/12/17 00:33:55 nRkMF089O
テュランたん・・・(´・ω・)

291:最後の鏡a
06/12/17 01:33:59 VnqUEqmV0
投下します。

エロ部分が男女物っぽく見えるので、それを補足するための話です。
伏線を殆ど出してしまっているためストーリーの流れを重視される方は読まない方がいいかもしれません。

--------------------------------------------------------------------------------

6月5日 PM2:00
間宮真司にとって、最悪の日だった。
「はじめまして」
真司の目前で青年が笑う。
「内海直人です」
その横で友人が暗い顔で立っていた。
「お前…」
「マネージャーの結城です。よろしくお願いします」
真司の呼びかけを無視するように結城は頭を下げた。
直人は二人の間に漂う微妙な空気に気付いた様子も無く、事務所の中を見渡している。
何でだ。
頭の中が混乱でいっぱいになりながら真司は必死で作り笑いを浮かべた。
「よろしく。間宮です」
直人はもう一度微笑んだ。

292:最後の鏡b
06/12/17 01:35:03 VnqUEqmV0
6月5日 PM10:45
「どうしてお前、マネージャーになんかついたんだよ」
真司が荒々しくグラスを下ろしたのでバーのガラステーブルがひどい音をたてた。
「つけって社長に言われたから」
真司と結城知久は出会ってから五年以上にもなるが真司は知久が悪酔いしたところも愚痴をいったところも、自棄になったところも見たことが無かった。
知久はテーブルに片手をついて、こめかみを押さえるようにした。
「それに…なんか色々無理だと思った」
「じゃあ俳優になるの諦めるっていうんだな?」
荒っぽい真司の声に何人かが振り向いた。
それが嫌なのか声が響いたのか、それとも質問が嫌だったのか知久は顔を顰める。
「さあ…」
「それに年下でしかも入ったばっかりのあいつに年上の知久をつけるっていうのもおかしいだろ」
知久はちらっと真司を見ると、嗤った。嫌な感じのする笑い方だった。
「社長が俺に足りないものでも教えてくれたんじゃないか」
「知久!」
真司が鋭く名前を呼ぶと、知久は真っ直ぐ身体を起こして真司を睨んだ。
「お前だってわかってるだろ!内海に会った時、顔色悪かったぞ」
知久は口の端を歪めながら笑い、すぐにそれを消すと財布から適当に紙幣を掴んでテーブルに置いた。
「…もうお前とは会いたくない」
しばらく絶句した後、真司は低い声で呟いた。
「それは同じ俳優を目指してた友達としてか?恋人として?」
「どっちもだ」
知久は去って行った。


293:最後の鏡c
06/12/17 01:35:50 VnqUEqmV0
6月10日 AM12:10
真司がスタジオに入ると、隅の方に立っている知久の姿が一番に視界に入った。
その横では直人が座って他のゲストと楽しそうに話している。
「あ、おはようございます」
真司の姿に気付いたスタッフが次々と声をかけてくる。
それに半ば無意識のうちに返答しながら、真司はその輪に近寄っていった。
「おはようございます」
他の人達と一緒に知久も真司に形式的な挨拶をする。
真司は知久の方を向いていたが、知久は決して目を合わせようとしなかった。
「ちょっとスタッフと話があるので、失礼します」
「わかった。いってらっしゃい結城ちゃん」
真司は黙って空いている席に座った。



6月10日 PM2:30
「お疲れ様でしたー」
「真司さん。次は五時から打ち合わせなんですけど、どうします?」
セットから降りると真司のマネージャーが早速寄ってきた。
最近変わったばかりの、まだ若い俳優の卵だ。年齢は多分直人と同じぐらいだろう。
「どうしようかな…」
真司が少し考える素振りを見せていると、
「あ、じゃあ俺と一緒に食堂行きませんか?」
後ろから声がした。
「…内海くん」
「直人でいいですよ。俺もしばらく暇なんです」
断られるとは夢にも思っていなさそうな顔で直人は笑っていた。
「じゃあ俺も真司でいいよ。行こうか」
「はい」
年齢の差など全く気にしない様子で、やはり直人は笑っていた。

294:最後の鏡d
06/12/17 01:36:23 VnqUEqmV0
7月6日 AM8:00
照明が何か失敗したらしく、ライトが目に入ってくるようになって真司は目を細めた。
「ところで、内海さんと仲が良いそうですね。年下の内海さんは間宮さんのことを名前で呼んでいるとか」
そのことに気付かないでインタビュアーは話を続ける。
「そうですね。普通の同じ年の友達みたいに喋ってますよ」
「間宮さんから見て内海さんはどんな人ですか?」
これは番組宣伝のためのインタビューのはずなのにと内心真司はいらいらしながら、それでも表面上は笑顔を保った。
あいつは、バカなんですよ。基本顔だけで売ってますからね。
内心もこの辺までなら言っても平気だろうか?真司は密かに考える。
語尾に(笑)でもつけてくれれば、最近急激にお笑いタレントと化しているし大丈夫かもしれない。
更に真司は考える。
何にも考えてなくて、全てが手に入ると思い込んでる奴です。そして全てを手に入れられることがどれだけ幸運なことかわかっていない。
俺、あいつ見てるとむかつくんです。あいつのせいで恋人と別れちゃったんですよ。
でも俺や知久に足りないものを持ってる。それに惹かれてしょうがない俺もいるんです…
「間宮さん?」
真司ははっとした。インタビュアーが怪訝そうな顔で覗き込んでいる。
「すいません。真面目に考え込んじゃいました。そうですね…人間的にとても惹かれるところがあるやつだと思います」



7月29日 PM11:40
真司は、笑顔を引き攣らせていた。
隣の直人はとりあえず笑っていた。
「雑誌見たけど、『惹かれる』ってそれホモですやん自分!」
「違いますよ、『人間的に』ですから」
「ホモやホモ。嫌やぁー!」
白々しい芸人のリアクションに客席は大爆笑していた。
後日、この番組のラテ欄には「間宮、ホモ疑惑?!」と最初に載っていた。


295:最後の鏡e
06/12/17 01:37:20 VnqUEqmV0
9月12日 PM11:15
「えー、じゃあ次はそっちのホモ!」
「ホモじゃないですって!普通に間宮って呼んで下さいよ」
真司は笑いがとれていることを確認しながら嫌そうな反応をしてみせる。
最早それが自然にできている自分に真司は密かに嫌気がしていたが
今はそれよりも興奮で頭がいっぱいだった。
三分にも満たない収録時間が、真司にはやけに長く感じられた。



9月12日 PM11:35
ようやくスタジオから出ることができた真司は、すぐに直人の楽屋へ向かった。
直人本人はまだスタジオでスタッフ達と談笑中だ。
真司がノックも無しにドアを開けると知久は目を見開いた後あからさまに嫌そうな顔をした。
「何だよ、もう会いたくないって…」
「話を聞いてくれ。やり直したいとかそういう話じゃないんだ」
知久が怪訝そうな表情になる。
真司は躊躇いとか良心のためではなく、興奮を抑えるために深呼吸をして、口を開いた。
「…内海がいなくなれば良いんじゃないか」
「え?」
「あいつがいなければ、お前は…」
真司がそこまで言ったところで遠くからではあるが賑やかな話し声が聞こえてきた。
「考えがあるんだ。協力してくれるなら電話してほしい」
それだけ早口に言うと、真司は楽屋を出て行った。
後に残された知久はまだ戸惑った表情をしていた。


296:最後の鏡f
06/12/17 01:38:04 VnqUEqmV0
9月14日 AM11:20
廊下を歩く知久の表情は、暗かった。
その手には台本が握られている。
監督直々に手渡されたものだ。
『最後の鏡』
知久はその原作がとても気に入っていた。家にあるその本は何回読み返したかわからない。
知久はその監督がとても気に入っていた。彼の作品は今まで全て見ている。
理不尽かもしれない、しかし激しい嫉妬と羨望の感情に知久は襲われていた。
知久の手は携帯に伸びる。そして未だ短縮に入っている番号へとかけた。
「……終わったら連絡くれ。午後六時以降なら一人だ」
留守番電話にそれだけ吹きこんで、知久は電話を切った。
そして直人の控室のドアを開けながらマネージャーとしての知久は叫んだ。
「やったよ!オーディション合格だって!」



9月15日 PM8:40
「すみません。せっかくのオフなのにお邪魔させていただいて」
「気にすること無いよ。どうぞ」
「どうぞゆっくりしていって下さいね」
真司の前では佐山夫妻が微笑んでいた。



9月15日 PM9:00
真司は持ってきていたミネラルウォーターを飲んだ。
「で、話というのは?」
正面に座った佐山が尋ねる。奥さんはコーヒーが飲めないという真司のために紅茶を買いに行ってくれている。
「佐山さん、変わった性癖お持ちなんですね」


297:最後の鏡g
06/12/17 01:40:07 VnqUEqmV0
佐山の表情が強張る。真司はせっかく笑顔を作った甲斐がないと思った。
「ホモ…って差別用語なのか。言われ慣れてるもので、すいません。ゲイなんですね。正確に言うとバイなんですね」
佐山から返事は無い。
「奥さんがいらっしゃるのに男性にも女性にも手を出されてるのは良くないですよ。でも、佐山さんって趣味わかりやすいですよ」
真司はバッグから写真を取り出すとそれを一気にテーブルの上に広げた。
「内海みたいな顔が趣味なんですね」
「…何がしたいんだ」
テーブルの上の写真を確認した後、佐山が重い口調で喋り始めた。
「人の性癖を調べるのが趣味なのか?家庭事情か?どっちでも良いがほっといてくれ。大体妻も不倫しているんだ。私が同じことをしても構わないはずだ」
「それなんですよ」
真司は自分がこの状況を楽しんでいることに気がついた。
そしてそれは声にも表れている。
「佐山さん、奥さんの不倫をとても怒ってらっしゃるって聞きました。奥さんが生きているのさえ嫌なぐらいだと」
「…それが」
「内海のことをとても気に入っていることも」
「それが何だって言うんだ」
佐山の声に苛立ちが混じってくる。
「奥さん、ヒトミさんのことは俺達に任せてもらって。佐山さんは」
真司はよく直人が浮かべるような笑いを作った。
「内海を強姦して下さい」


9月15日 PM9:30
ヒトミは愛人へメールを打ち終わると家の鍵を開けた。
「ただいま。ごめんなさい、近くのお店が開いてなくってコンビニまで行ったら遅くなっちゃって。間宮さんは?」
「…あぁ、仕事が入っていたことを忘れていたらしくてね。マネージャーが迎えに来たよ。君に謝ってくれと言っていた」
「そうなの?私も申し訳なかったわね」
最近夫の顔をよく見ていなかったヒトミには、佐山の顔色が悪いことも気付かなかった。


298:最後の鏡h
06/12/17 01:40:46 VnqUEqmV0
9月16日 AM3:00
佐山の手は直人の肌をゆっくりと撫で上げた。
それに反応して直人が体を震わせる。
佐山がその肌に唇を落とそうとした瞬間、周りが急に明るくなった。
直人の姿が佐山の身体の下には見当たらない。佐山は血相を変えて周りを捜した。
少し離れたところに直人がいた。隣に先日佐山がタイプだと言っていたアイドルがいる。
二人は佐山に気付いていない。気付かないまま、二人は唇を重ねた…
佐山は目を覚ました。
前半の夢で、勃起しかけていた。
しかし、完全な夢である前半と違って後半は…。
直人は自分の完璧な理想だと佐山は感じていた。
まるで自分のために作られた存在であるかのようにすら感じていた。
そうならば、直人は自分だけに大人しく従わなければならない。
ましてや他人とキスなどしてはならないと佐山は思った。


9月25日 PM2:30
「お仕置きだよ、ナオト…」

--------------------------------------------------------------------

ここまでです。長々と失礼しました。

299:風と木の名無しさん
06/12/17 02:38:44 ijt4T65mO
よくできた作文だな。
夏休みに提出し忘れたやつか?

300:風と木の名無しさん
06/12/17 09:46:45 Vzgh6AlvO
逝ってこい

301:風と木の名無しさん
06/12/17 19:20:06 6Ctcl9mu0
>最後の鏡さん
本スレ潰して隔離スレ一本にしたがってる馬鹿どもの
たわ言なんて気にせず投下続けてくれ

302:風と木の名無しさん
06/12/17 21:35:59 rsODjmQi0
文句ばっか言って自分は何もしない奴ってきらぁい。

303:風と木の名無しさん
06/12/18 15:20:29 Yy0F5n6K0
鏡タン良くも悪くも火サスっぽくて好きだw

304:風と木の名無しさん
06/12/18 17:39:48 j8IgE5ccO
もしくは昼ドラなww

305:柿手
06/12/19 02:12:01 UHeofn160
>>121
清一郎の行方は杳として知れなかった。
清一郎が連れ去られた翌日、平太は駐在所へ駆け込んだが、
犯人が身なりの良い白人の男だと告げるや、
皆一様に及び腰になり、話もろくに聞いてもらえず邪険に追い払われてしまった。
最初に男と出会った寺へも何度も足を運んだが、手がかりはつかめなかった。
男の目撃者どころか、彼が乗っていた車すら見たものは誰もいなかった。
平太の焦りをよそに、ひと月、ふた月と、時間だけが無為に過ぎ、
いつしか近所で噂が流れ始めた。
病気の清一郎を邪魔になった平太が、清一郎を殺して埋めたのではないかと。
それを誤魔化すために、外人に連れ去られたなどとの出任せを言い立てているのだと。
平太が躍起になって否定すればするほど、噂の勢いは増していった。
誰もが平太を疑惑の眼差しで見つめる。
人殺しとすれ違いざまに罵られ、家には石や汚物が投げ込まれた。
『違う、俺じゃない、清一郎は見知らぬ外人に連れ去られたんだ』
必死でそう反駁する平太に、周囲の人間は、ならばと意地悪く問いかけた。
男の名前は? 姿形は? 出会った場所から家までどうやって来た?
何故連れ攫われた直後に人を呼ばなかった? 何故家には争った後がないのか?
何故だ、何故だ、何故だ?
そうした質問に平太は何一つ満足な答えを返せない。
口ごもる平太に、そらみたことかと人々は囃し立てた。
だが、そんな心無い中傷よりも、平太の心をえぐったのは、
篤実な人柄で知られる近所に住む老人の言葉だった。
『清一郎君は病死したんじゃないのかね。それをおまえさんの心が認められなくて、
 ありもしない話を作り上げて自分自身を騙してしまっとるんじゃないのかね』
清一郎のいない家で独り、平太は泣いた。
自分でも、何が本当で何が嘘かわからなくなりかけていた。
―そんな時だった。
再びあの車が、平太の前に現れたのは。
「病状が回復されたセイイチロウさまが、貴方にお会いしたいと呼んでおられます」
運転席から降りてきた陰気な男の言葉に、平太は一も二も無く頷いた。

306:柿手
06/12/19 02:13:01 UHeofn160
どこをどうやって走ったのか。
車に乗り込んだのはまだ日の高いうちであったのに、
目的地に車が着いた時には、既に西の空を夕焼けが染めていた。
「ここ……なんですか?」
車を降りた平太は、鬱蒼とした森の中に建つ瀟洒な洋館に呆然とした。
ある程度の屋敷だろうとの予感はあったが、
まさかこれほどに立派な建物に連れてこられるとは考えていなかった。
おそらく戦前は上流階級の別荘か何かとして使われていたのだろう。
戦火による被害をも免れた蔦が彩るそこは、
平太たちが住むバラックが立ち並ぶ界隈とは、まるで別世界だった。
「本当に、ここに清一郎が?」
道中一言も口をきかなかった運転手の男が、庭に向かって顎をしゃくった。
促されるままに男が示した方を見やった平太は、目を見開いた。
イチョウの木の下に洋装の青年が一人佇んでいた。
遠目であっても、後ろ姿であっても、平太が見間違うはずもなかった。
「清一郎!」
ここ数ヶ月、捜し続けた姿に平太は歓喜の叫び声をあげた。
平太は、開け放たれた門を潜り抜け、清一郎の名を呼びながら夢中で駆けた。
弾かれたように、清一郎が振り返った。
だが、懐かしい彼の顔を彩っていたのは、平太が思い描いていた笑顔ではなかった。
驚愕と動揺が露な強張った表情で、清一郎は平太を見つめていた。
「平太」
掠れた声での清一郎の呟きに、再会に舞い上がっていた平太の気持ちが急速に萎んでいく。
会いたかった。
その気持ちは清一郎も同じだと思っていたのに……。
清一郎の態度のどこにも、平太と再び会えたことへの喜びはなかった。
「何故……」
平太がそう呟くより先に、清一郎の口からも同じ言葉が漏れた。
「何故、ここに、平太……どうして……」
「どうしてって、俺はおまえが会いたがっているって聞いたから」
その言葉を平太が疑う理由はなかった。
そう、今の清一郎の表情を見るまでは―。

307:柿手
06/12/19 02:13:48 UHeofn160
「日が、日が沈む前に早く屋敷から出るんだ」
こわばった顔で、清一郎が平太の腕を掴んだ。
「今ならまだ間に合う。屋敷の外に、早く」
「…………無駄です」
低く抑揚の無い声が背後から響いた。
振り向いた先にいたのは、先ほどの運転手の男だった。
「この者は己の意思で、自らの足で屋敷へ足を踏み入れました。
 もう手遅れです。マスターの許可がなければ外へは出られません」
「カワホリ、おまえ……」
険しい顔つきで、清一郎が目の前の男を睨みつける。
「中へご案内します。マスターも直に目覚められるでしょう」
カワホリと呼ばれた男が、恭しく二人に頭を下げる。
だが、清一郎は、庇うように平太の腕を掴んだまま表情を緩めない。
そんな清一郎に向かって、カワホリはわざとらしく溜息をついた。
「セイイチロウさま、マスターからのご伝言をお預かりしています」
清一郎が無言で先を促す。
カワホリは下卑た笑いを浮かべた。
「喉が渇いて我慢ができなければ、先にお一人で召し上がられてもいいと―」
「黙れ!」
静寂を破る清一郎の突然の大喝に、平太は驚愕した。
温厚で思慮深い清一郎が、こんなふうに人を怒鳴る姿など、
平太はこれまで一度だって見たことがなかったのだ。
激昂する清一郎とは対照的に、カワホリは慌てるでもなく軽く肩をすくめただけだった。
「今宵は最後の望月。やせ我慢もほどほどにしておくことですね」
からかいとも忠告ともとれる声音で呟くと、
カワホリは一人屋敷の裏手へと消えていった。
口を挟むこともできず二人のやりとりをただ呆然と見守っていた平太は、
カワホリの姿が見えなくなったのを見計らって、おずおずと口を開いた。
「清一郎、おまえ、食事をとってないのか?」
今の会話からの当て推量で、何気なく訊いただけだったのだが、
清一郎は酷くうろたえ、平太と視線を合わせないまま、
「そんなことないよ」と掠れた声で呟き、目を伏せた。

308:柿手
06/12/19 02:18:11 UHeofn160
結局、平太はそれ以上の問いかけをできなかった。
なんとなく気がかりなまま、清一郎の案内で平太は屋敷に入った。
「危険だから、絶対に僕から離れないで」
平太の手を強く握ったまま、清一郎はいつになくかたい声で告げた。
外観と比べ、中はいたって質素だった。
いや、質素というには語弊があるかもしれない。
広大な屋敷にも関わらず、照明が薄暗いせいで、全体が陰鬱な印象を与えるのだ。
通された客間も、腰掛けたソファもそれは豪華なものだったが、
ほの暗い室内は、なんとなく平太を居心地悪くさせた。
暗闇に引きずられように沈みそうになる気持ちを引き上げるように、
平太は場違いなほど明るい声で、隣に座った清一郎に問いかけた。
「それにしても清一郎。こんな短期間で見違えるほど回復したな」
別れた頃は、床から出ることすらままならぬ体だったというのに。
今の清一郎は、健康そのものだ。
「いったいどんな奇跡が起こったんだ? 神様でも化現したか」
冗談めかしてそう告げると、清一郎は彼に似つかわしくない暗い笑いを浮かべた。
「神も仏も、今の僕には……僕の体は……」
まるで忌むべきものを見るかのように、厭わしげに己の体を睨みつける清一郎の態度に、
平太は胸騒ぎを感じた。さぐるように清一郎を見やると、その視線に気づいたのだろう。
清一郎は、平太の不安を拭いとるように、快活に笑ってみせた。
「西洋医学ってすごくてね。おかげで、あっという間に元気になったんだ」
「へえ、もしかして、清一郎を連れて行ったあの外人って医者だったのか?」
「うん、そう…………そうなんだ、彼は医者なんだ、とびきりの名医でね」
清一郎は飲んだ薬や治療の様子などを、殊更詳細に並べ立てた。
普段の平太ならば、そんな清一郎の様子を些か奇異に感じたかもしれない。
だが、この時の平太には清一郎の回復がただ嬉しく、些細な違和感を見過ごしてしまった。
「よかったなあ、ほんと、よかった、俺、うれしいよ」
平太は、昂ぶる気持ちを抑えきれず、清一郎の両肩を抱いた。
「こんな嬉しいことってない、ほんとうによかったよ」
平太は興奮そのままに肩を叩き、ソファに体を埋める清一郎をがくがくと揺さぶった。
「…………痛っ」
清一郎の唇から、小さな悲鳴が漏れた。

309:柿手
06/12/19 02:18:49 UHeofn160
「清一郎?」
慌てて平太は手を離した。
「ごめん、つい力が入りすぎて。肩、痛かったか?」
「ああ、うん、肩は別に」
清一郎は、顔をしかめたままわずかに身じろいだ。
腰を微かに浮かし、臀部を庇うように前かがみになる。
その動作と姿勢には、見覚えがあった。
「清一郎、まさか、おまえ、それって」
平太の呟きに、清一郎は顔を真っ赤に染めて、必死に被りをふった。
「違う、そんなんじゃない」
叫んだ拍子に、ソファに深く座り込む形になり、清一郎は低く呻いた。
その様子に、平太は確信を深めた。
「清一郎、隠さなくていい。おまえ、あれだろ」
平太の脳裏をよぎったのは、平太たちを育ててくれた神主の老人の持病だった。
平太は、祝詞の最中に痛みを堪えるように腰を浮かせる老人の姿を何度も見てきた。
清一郎の今の仕草はまさしくそれだ。間違いないと、平太は思った。
「痔は別に恥ずかしいことじゃない、我慢していたらますます酷くなるぞ」
声を潜めて続けた平太の言葉に、清一郎はぽかんと口をあけた。
「ジ?」
「ああ、おまえ、尻の穴が痛むんだろ。それは痔の症状だ。な、そうだろ?」
平太がそう断言すると、清一郎は決まり悪げに、
だが、どこかほっとした様子で、小さく頷いた。
「うん、そうだね……そうなんだ。恥ずかしくて誰にも言い出せなくて」
「マスターさんだっけ、あの人にも言ってないのか?」
「ああ、うん、まあ」
「相談した方がいいんじゃないか。あの人、とびきりの名医なんだろ?」
「それは……」
清一郎は口ごもった。自分で告げるのは恥ずかしいのだろうと平太は察した。
「わかった。なら俺からマスターさんに言ってやるよ」
清一郎を励ますように告げた時だった。
「我に何を告げると?」
突然に響いた声に、平太は慌てて声のした方を振り返った。<続>

310:風と木の名無しさん
06/12/19 03:32:50 jcwvyPU8O
柿手さん、好きだ!惚れ惚れする…。

311:術師×騎士 1/5
06/12/20 16:11:12 YCqNl4UQ0
いつかの続き。生首注意。
+++++++++++++++++++++++++++++++
森の奥深く。捕らわれの騎士は爪で壁に線を引く。日が沈むごとに。
それが10本になり20本になっても唯一望みの助けは来なかった。
術師に囚われ、胸に穿たれた焼きゴテの刻印のせいで
意識朦朧とした状態だった時期を考えてもかなりの日数がたっている。
術によってこの部屋に閉じ込められ、外部との接触は年若き術師のみ。
そして顔を合わせれば望まぬ行為を強いられる。
そんな日々は騎士を消耗させていった。
「いったい・・・・いつまで・・・・」
騎士はかすれた声で呟いた。
『死ぬまでだよ。・・・・・あなたは僕の番なんだから』
そんな幻聴が聞こえて、騎士は自分の両手で自分の耳を塞いだ。

それでも助けが来てくれると、騎士は信じていたのだ。
そしてその願いが現実となった時のことを考えもしないで。

312:術師×騎士 2/5
06/12/20 16:11:58 YCqNl4UQ0
「っ・・・・・ひっ」
「あんまり声出すと、聞こえちゃうかもしれませんよ」
裸にされ、壁に手を突き背後から乱暴に突かれる。
繋がったところから聞こえる卑猥な粘膜のこすれる音と、自分の喘ぐ声、
そして背後から聞こえてくる年若い術師の声。
自分より小柄で年下に見える少年から犯されているこの現状に騎士は足を振るわせた。
だが、彼が恐れているのはそれだけではない。
騎士は真っ青になりながら透過している壁の向こうにいる人間から目を逸らした。
向こうから見られているわけではないのに、羞恥に頬が染まる。
そこには森の中で何かを探している様子の男の騎士がいた。
自分の知っているその人間は、まだ騎士見習い立った頃からの友人だった。
自分を心配して一人探しに来てくれたのだろう。
こちらに気づく様子も無く周囲を見てはため息をついている友人。
それを視界の端に見て騎士は助けを呼びたくて呼べない自分にたまらず壁に爪を立てた。
それが気に入らないと騎士を犯す術師はその腰を抱いてひときわ奥を突いた。
「あうっ」
「この家は人の目に映らないよう術をかけています。
だけど、勘のいい人間なら物音を立てれば気づくでしょうね。いいんですか?
男に犯されてこんな淫らに喘ぐあなたを見て彼はなんと言うか・・・・。
聞いてみたい気もするけど」
「っ」
「最も、気づかれたら即殺しますけどね」
「!?」
何でもないことのように言うから、それが本気なのだろうと悟った。

313:術師×騎士 3/5
06/12/20 16:13:01 YCqNl4UQ0
どういうわけか自分を攫ってこうして日々弄りものにしている術師は
時折かわいらしい顔とは正反対の残酷性を見せる。
術師という特殊業故なのか、人里で暮らしたことのないこの幼い術師は
人の常識や論理といったものを知らず、自分なりのルールでもって暮らしていた。
それなりにたくましいと自負している自分ですら押さえ込むほどの怪力(術)と慎重さ。
日々見聞きする彼の力は自分が想像していた以上で隙をついて逃げることすら出来なかった。
自分に都合が悪ければ人一人殺して隠してしまえるほどの力はあるのだ、彼は。
騎士の心情が分かっているのか、頂点が近いのか容赦の無くなる攻めに
騎士は上げそうになる声をかみ殺した。
何度も重ねた体は自分の意識とは関係なしに貪欲に快楽を得ようとしていた。
声では拒絶をするも、穿つものに絡みつく襞がもっと中に誘い込もうといやらしくうごめく。
術師もそれに気がついていて、嬉しそうに騎士のものに触れた。
びくっと体が期待で震えるのが騎士は悔しくてならない。
唇をかみ締めたからか、口の端から血が浮かんで零れ落ちた。
それが床で先走りの精液と混じる。
「・・・・・・・・・っ」
騎士は快楽と屈辱と絶望とに首を振りながら胸のうちに溢れるものと堪えた。
助けを求めてはいけない。
声を上げてはいけない。
そうすれば殺されるのは友人の方なのだ。
それでも遠ざかる背中を見た時、絶頂に白い液を吐き出しながら声にはならない悲鳴を上げた。
「・・・・・・・・・・・・」
友人が何かに気がついたように立ち止まり振り返る。
何故だか彼と目が合ったような気がした。
驚きに目を見開く騎士は友人の名を唇に乗せようとした。
だが、目の前で友人の姿はありえないように二つに分かれた。
「・・・・・・・え」

314:術師×騎士 4/5
06/12/20 16:13:37 YCqNl4UQ0
「・・・・・・・え」
首から上の頭がその体から離れたのを見た。
そしてその頭が消える。
残された体はまるで糸の切れた人形のように地面に倒れた。
「・・・・・・・・・・・・・」
騎士はそれを呆然と見る。
「シュヴァルツ。体の処分を」
背後で術師が自分の使い魔に命令を出すその声が、騎士の体をこわばらせた。
術師は呆然として倒れた友人から目を離せないでいる騎士の体を支えてベットに横たわらせた。
そしてベットサイドテーブルにごとりと何かを置いた。
それを見た騎士はテーブルの上に置かれた小さくなった『友人』と目が合った。
「・・・・・ひっ・・・・・・・あ・・・・・ああああああああああ!!!!!!」
今見たことは現実なのだと。
自分が殺したのだと。
友人の目が恨みがましいものに見えて、それでも目が離せなかった。
首に向かって手を伸ばす騎士に術師がそれを絡め取る。
そして騎士の片足を掴んで押し広げると、さっきの行為で濡れたままのそこに
自分のものを突き立てて押し入らせた。
「ひっあああああっ!!!!」
これまでに無く激しい抵抗をする騎士の姿に術師は酷薄な笑みを浮かべる。
「見られたかったんでしょう・・・・?だから、彼を呼んだんでしょう?
あなたが望むなら彼にも見せてあげましょう。僕は心が広いから」
「違っ・・・・・嫌だっ、やめろ!!!いやだっ・・・あうっ・・・ああっ!あああっ」
最後は言葉にならないままに、それまで抑えていた涙が青灰色の瞳から零れ落ちた。
心の中で何かが崩れていくかのような喪失感が騎士を襲う。
これまでどんなに攻めても屈服させようとしても見せることのなかった彼の涙をみて、
術師は殊更に興奮した。
「んっ・・・・・すごくきつい・・・・っ。『彼』に見られて興奮してるんですか・・・?」
騎士は極度の緊張と絶望に意識を半分飛ばしたように嫌だとうわごとのように繰りかえす。
その目から落ちる涙とその胸にある術師の刻印に術師は満足そうに微笑んだ。
所有印というべきそれに口付けながら、術師は騎士の体に歯を立てて
何度もその体の奥に自分のものを飲み込ませた。

315:術師×騎士 5/5
06/12/20 16:14:06 YCqNl4UQ0
使い魔に騎士の体を清めてもらって、自分も風呂に入ってきた術師は
疲れ果てて眠る騎士の傍らに座った。
涙で赤く腫れた騎士の瞼に触れて、術師は嬉しそうに微笑んだ。
その微笑は天使のように無邪気なものだった。
そしてふとテーブルの上に乗ったものに視線を向ける。
「・・・・・・・・どうでした?すごくいい声で鳴くでしょう、彼は」
問いかけに答える声は無い。
術師はそれに目を細めて手をその首に掲げる。
そこから読み取った情報は術師が大体想像していた通りのものだった。
先日術師はこの国の守護役をかってでることと引き換えに
先刻攫った騎士は預かると国王に取引を持ちかけた。
世界有数の魔導師の力を借りることとの引き換えが人一人なら安いものだ。
国王はそれに是と返答を返したのだ。もちろんそれは人道から反れること、公にされるものではない。
が、この男はそれを察して生贄のごとく国から差し出された騎士を一人助けにここまで来た。
読み取った男の思念の中に騎士への恋慕を感じ取った術師は薄暗い笑みを浮かべた。
「でも彼は僕のだからもう返さない」
一瞬でその首は掻き消えた。
術師は何も無かったように青白い顔をした騎士を腕に抱きかかえて自分も眠りに入る。

起きたら教えてあげよう。
せっかくだから感想を聞いたんだけど、彼は何も答えてくれませんでした、と。
この騎士はいったいどんな反応を返すだろう。
術師は腕の中の温もりに微笑みながら目を閉じた。
・・・・・後は安らかな寝息が立つばかり。



316:風と木の名無しさん
06/12/20 19:27:56 f1N8qKYN0
柿手タン、GJ!
雰囲気に陰影が滲んでて好きだ。
続きがwktkだ!

焼き鏝タン(と勝手に呼ぶ)、お帰り!
大切な人の遺体の前で、その死を汚すように陵辱されるってシチュに萌え。
騎士が自分を責めて苦しむのが(・∀・)イイ!


317:風と木の名無しさん
06/12/20 20:25:09 3jhx1Lc6O
柿手さん、術師×騎士さん乙です!も…萌えたw

318:風と木の名無しさん
06/12/20 23:03:14 5NFiBylh0
URLリンク(red.ribbon.to)

暫定で19thしおりとログ

319:風と木の名無しさん
06/12/20 23:35:29 wxJwwVBG0
>>318
ありがとー! マジありがとー!

320:風と木の名無しさん
06/12/21 00:13:08 Q0JNEWVl0
>>318
乙華麗

柿手タンと術×騎タン乙

321:風と木の名無しさん
06/12/21 04:48:25 fdZyN3dOO
携帯からは見れない…19のまとめ……OTL

322:風と木の名無しさん
06/12/21 10:35:04 w+7blwDxO
>321
自分のだと見られるから、多分機種のせいだな。

323:風と木の名無しさん
06/12/21 11:09:41 Sq27LtFFO
リクエストされたページは表示出来ません。

N.T.T.DATAが作るサイトもこんなんばっかだったな。林檎メインでAll対応にコツコツやってた俺の会社は理不尽と闘う日々だったよ。
ま、個人的に18th以降は読めなくても問題ないからいいか…。

324:風と木の名無しさん
06/12/21 11:46:36 Gw8yHPRbO
323がなんか的はずれなこと言ってるけど
見えない人ってトップやしおりは見えるが、ログが見えないだけなんじゃないか?
それなら当たり前
ログはPC用のものしか元々置かれてないから
携帯じゃパワー不足で表示されないに決まってる
ブラウザ対応とか林檎対応とかとは別次元の話

325:風と木の名無しさん
06/12/21 11:51:50 3oJAIWCg0
何気にスレと無関係な愚痴だなw仕事なんだからガタガタ抜かすな>323
携帯でもフルブラウザとかなら見れるんでないの?

326:風と木の名無しさん
06/12/21 12:04:24 eZVbIMRX0
>>318
乙&感謝

19thの571よりつづき

327:テュランの筏1/11
06/12/21 12:06:06 eZVbIMRX0
七日目 午後

いつごろ、藤吾の笑い声が止んだのか、それすら僕は認識していなかった。
ただただ、じりじり焼かれる肌、革の軋む音に、神経を集中していたから。
クリフは時々思い出したように、藤吾をののしる言葉を浴びせた。
しかし決して、藤吾は挑発にのらなかった。
真上にのぼった太陽は、水面の反射効果を最大限に受け、僕たちを照りつづけた。
潮風も、今日はよどんでいるのか、生暖かい。
まもなくマストが揺れ、身じろぎと共に、楊玲が短く声をもらしはじめた。
ギュ、ギュッと革のこすれる音が、とても耳ざわりだった。
「お願い、楊玲。クリフのために、声を出さないで」
そうささやいたが、無駄だった。東洋のイントネーションで、楊玲は苦悶の呻きを上げた。
藤吾はにやりと笑った………かどうかは知らないが、声に応え、宣言通りクリフの頭に力をこめた。
抵抗もむなしく、頭部は海に沈んだ。激しく泡がたち、水をかく音がとどろいた。
かきあげる海水は、いかだの床をビチャビチャとたたく。
クリフの両足が、じたばたと何もない空中を蹴った。
楊玲の叫び声はつづいている。高く、低く。身をよじっているのか、右からも左からも。
藤吾は押さえる力をゆるめない。
海面にのぼるあぶくが少なくなり、クリフの生の痕跡をしめす、足の動きが弱まっている。
「頼む………楊玲。お願いだから………っっ!」
直後、僕はこの「お願い」が、どれだけ身勝手なものだったか、自分の身で味わった。

328:テュランの筏2/11
06/12/21 12:07:17 eZVbIMRX0
革のひもは、内側にあるものをいっせいに、締めにかかってきた。
肩と胴体と、そんな境目など知ったことないと、二の腕と胸部をつなぐ部分は、脇のしたの隙間を完全に埋め、それでも足りずに肉を締めあげた。
筋肉があらぬ方向へ、曲がる。脂肪の層を無視して、締まる革は直接骨を苛みに、縮みつづける。
「っ、くあ、っ………ああっ」
だめだっ、声を出したらだめだ。強く唇を噛みしめる。
楊玲の方も一段落ついたのだろうか。
今はただ荒い息を、不規則にはきだしているだけだった。
視界の端で、クリフが引き上げられていた。
肩をゆらして咳きこんでいる。前髪といわず、顔中から水滴がしたたり落ちている。
よかった、大丈夫みたいだ。そんな一時の安堵は、すぐにうち砕かれる。
かけられた海水が、胸部から下半身へと流れるその速度で、僕はふたたび誓いを破ってしまう。
「ん、ぁ………んあっ!」
じわじわと、ほんとうにわずかずつだが、革のひもはペニスを包みこむその圧迫を強めていた。敏感な部分にもう一つ。尻の間を割った革もまた、肉体をわりいって入りこんだ。
けど、これは………?
疑問を解決するひまもなく、ふたたび革はギュと音を立てて締まった。

329:テュランの筏3/11
06/12/21 12:08:23 eZVbIMRX0
「ん、っく………」
分かった。革のひもの、結び目だ。
胸部を絡める、ちょうど胸の先端にあたる部分に。尻の割れ目は、後孔にあたる位置に。
ペニスは、囲むあちこちに、微妙な段差と、ゆるやかなカーブをもつ、結び目が作られていたのだ。
『………ほかの部分の刺激を増して………』
いやらしく笑った藤吾の言葉を思い出し、僕は蒼白になった。
刺激って、こんな部分にっ!?
考える間にも、じわじわと革ひもはせばまっていった。
縛られる痛みと、敏感な部分を三点同時に責められる得も知れぬ感覚に、僕はもだえる。
「………っ、い、や、やめっ………」
革に命令をしてどうなるのか。ただ、僕の言葉はふたたび藤吾を動かしてしまった。
息をつぐひまがあったのかどうか。クリフの頭部が海中に沈む。
抵抗は最初激しいが、前ほどの時間をおかずに、すぐ弱まってしまう。
「クリフっ!」
僕の叫びに、藤吾は振り返り、クリフをさらに海へと押しこんだ。
「ぁあ………」
その短い、ため息めいた言葉を最後に、僕は頬の内側を強く噛みしめた。
傷つこうと、血が流れようと、何が何でも声を出すものか。
その決意の横で、楊玲は苦悶と快楽のいりまじった声をあげはじめる。
楊玲が、気がすむまで叫び、クリフが引き上げられるまで、どれほど長く感じられた事だろう………

330:テュランの筏4/11
06/12/21 12:09:38 eZVbIMRX0
恐ろしい事がおこった。
革の圧迫は、痛みに抵抗力が出来たのか、それほど厳しくはなくなった。
けれど、胸の先端と後孔と、ペニスと、敏感な部分を刺激する結び目に、僕の身体は生理的反応をしてしまっていた。
さくら色の突端を、つぶれんばかりに押しつぶされ、後孔は結び目の頂点が、内壁をえぐりこまんばかりに入りこんでいた。
身じろぎすると、重なった革のカーブは、一時的に去る。
しかし収縮する革は、自然に、もとの位置戻ってきて、藤吾がもくろんだとおりの場所を、責めさいなみ、決して止めない。
となりで楊玲の声は、熱っぽい喘ぎをふくむものになりかけていた。
僕は、聴覚からも反応したのだろう。下半身に血が集まりはじめる。
少しずつ、少しずつペニスがふくらみ、持ちあがる。
「ぁ、ああっ………」
ささやきのような声。吐息まじりの声。根元を包みこむ革、そこのいたる部分にある結び目が、やわらかく表面に食いこむ。
だが、それはほんのわずかの間だけだ。
このまま勃起しつづければ、革も、結び目も、ただ苛む道具にすぎなくなる。
頭を振って、思考を痛みだけにしようとした。興奮なんかするな。快楽なんか感じるな。
クリフなんて、あんなに苦しい思いをしているんだぞ!
僕はもうろうとしかける意識をふりしぼった。

331:テュランの筏5/11
06/12/21 12:13:04 eZVbIMRX0
楊玲の喘ぎ声の合間に、引きあげられるクリフ。
上下する肩はとても、弱弱しい。
咳きこむ声が、だんだんと水気を含んできているようだ。顔は紙のように真っ白い。唇だけは青を通りこして、紫になっている。
馬乗りになったまま、藤吾は右手で、ぺちぺちとクリフの頬をたたいた。
もう、反応する気力もないのか、クリフはされるがままになっている。
そして、僕は見た。藤吾の白いスーツ。
そのスラックスの股間が………たぎり、盛りあがっている事に。
あいつは………あいつは、僕たちを恥辱に陥れただけじゃない。
残酷にだまして、絶望と後悔を与えた。クリフを苦しめ………それだけじゃ済まないで、性的に汚しもするのかっ!?
僕の眼の裏で、赤いものが光った。血が逆流するような感覚を覚え………でもそれは怒りじゃなかったのだろう。
「………う、あああっ!」
股間に起こった激痛。耐えられなかった。間違いなく藤吾まで届く、大音響で叫んでしまった。
音に反応するパブロフの犬のように、藤吾はあっさりとクリフの頭を海に沈めた。
しかし、僕はもうそれに構っていられなかった。
はちきれんばかりの血液がたぎっているペニス。もう大きくなるのは止められない。
革がギチギチと鳴っている。腿と脛を結ぶ革ひもを締めあげても、余裕はできない。
ひもは、今にもちぎれそうに、限界まで張っているのに、それでもふくれあがるそれを解放してはくれなかった。
耐えられない痛みに、頭で火花がとんだ。痛覚の神経は、脳と、僕のペニスだけでつながっていた。

332:テュランの筏6/11
06/12/21 12:14:17 eZVbIMRX0
「………っ、お願いっ、解いて、外してっ、外して………っ」
藤吾は振り向きもせず、クリフをさらに沈めただけだった。
海面は静かだった。泡もおきず、波も立たない。
「やめて、お願い、痛いっ………やめてっ」
涙目になりながら訴える。藤吾は時計をチラと見、こう呟いただけだった。
「まだ半分だ、一時間しかすぎていない」
僕の目尻にあつまりふくれあがった涙は、ブワと音をたててあふれた。
痛みと、あまりにも長すぎる絶望の時間に。
誓いをやぶって泣き言を口にする、自分の意志の弱さに。

なににも形容できない、二時間だった。片刃のナイフで、革ひもが切られていく。
楊玲が先に解放され、は、と短く声をあげた後、その場に倒れるようにうずくまった。
彼は残りの時間、ほとんど声をあげていなかった。
それが首輪の圧迫によるものだと、僕は今知った。
僕の声も、それで物理的に抑えてくれればよかったのに………自分の弱さをたなにあげて、調子のよい事を言う自身にまた腹が立った。
藤吾がいましめを解いていく。肩も足もなにもかもこわばってしまっていた。
たった今、黒いトランクは無防備状態である。
楊玲は全身痣だらけでうずくまり、僕も同じような状態だった。

333:テュランの筏7/11
06/12/21 12:15:05 eZVbIMRX0
クリフは………いかだの端でうつぶせたまま、動かなかった。
あの状態に陥らせてしまったのは、すべて僕のせいだった。
後半の一時間、痛みに耐えかねて何度も上げた声。
一度勃起がおさまっても、快楽の波は何度もやってきた。革ひもは締まりつづけた。
痛みも、敏感な部分への刺激を、強めて。
僕がするのは、クーデターじゃない。
僕が快楽に負けて犠牲になった、クリフを救うために、動かなくてはならない。
目の下の、涙の白いあとをぬぐう。泣いている場合じゃないんだ。
骨がきしきし言うのも構わず、僕は床に置いてあるボトルと箱を抱えて、立ちあがった。
ちょうど、藤吾は黒いトランクに戻り、優雅に腰かけたところだった。
僕は足をひきずって、その前を通りすぎ、クリフの横にかがみこむ。
手首をとる。脈はあった。しかし、腕もほかも氷のように冷たくなっていた。
意識を失っていると、体温の低下が激しいと聞いた事がある。
頬をぺちぺちと叩いてみるが、反応はない。
僕は顔をあげ、藤吾に請求した。
「タオルと、それから気つけの薬か何かを」
藤吾は唇の両端をもちあげる。いやな、笑いだった。
だけど、僕は怯えない。まけない。クリフを救うためなら、何だってやる。
背でトランクの中身が見えないように隠し、藤吾は白いタオルと、茶色い瓶を取り出した。
「いちおう、両方ある」

334:テュランの筏8/11
06/12/21 12:15:52 eZVbIMRX0
「僕は、何をすればいい?」
毅然とした態度で問い返す僕に、藤吾は考えこむ様子をした。
顎に手をあて、痣と内出血だらけの僕の身体を見下ろす。
「よし………じゃあ、キスしろ」
僕はぽかんと口をあけた。目も見開いていたと思う。
しめたふたの上で、足を開いて座り、藤吾はにやにやと笑いつづけていた。
「分かった………僕が、あんたに、すればいいんだな?」
怯まない。まけない。こんなの痛くも痒くも、なんともない事。
藤吾はうなづかなかったし、べつに身をかがめもしなかった。
僕は足音をひそめて近づき、トランクに手をつけ、顔を上向けたが、届かない。
両膝をトランクにのせる。それでやっと、顔の高さが同じになった。
どこかつかまる部分はないかと、すでに薄闇がおとずれている中を、探した。
白いスーツの腕らしい部分にふれた瞬間………パシンと、音を立てて振り払われた。藤吾の左腕が、背中の後ろに隠される。
「立て膝でやれ」
僕は命令にしたがった。ちょっと上半身が不安定だが、どうせわずかな時間だ。
顔をこころもち傾け、鼻に鼻で体当たりする気持ちで近づけていく。
ふれた感触は………悔しいが、うるおいだった。
好きなだけ水飲んで、節制と無関係だったら、そのくらい保てるだろうよ!
腹が立ち、すぐ離れようとした頭部は、ものすごい力で抱えこまれた。

335:テュランの筏9/11
06/12/21 12:16:32 eZVbIMRX0
「………っん、むっ」
暴れるが、頭を抱える腕はびくともしなかった。うるおった唇が、僕のかさかさの口を、かかえこむかのようにくわえこんだ。
そして入りこんでくる、熱くてぬめぬめした塊。
決して自分の唾液ではない粘着性が、僕の唇と、それから口内を蹂躙する。
思わず両腕が勝手に動いた。
突きとばそうとスーツの胸をめいいっぱい押したが、それは揺るぎもしない。
生き物のようにうごめく熱をおびた舌。
せまい口内でちぢこまっていた僕の舌に、からみつき、なめあげ、引きずりだそうとする。
「ん、んんんっ!」
言葉に出来ない、いやだと頭をふる事も出来ない。
さんざんになぶっていった後、やっと、舌は離れていった。
代わりに唾液をたっぷりと送りこんで。次いで、頭をとらえる腕もとかれた。
僕は息をとめ、飲み込まないで頬にためた分を、床に唾棄してやるつもりだった。
瞳には、強い憎悪がともっていたと思う。
それを感じたのか、くっと笑った藤吾は、すばやく手を伸ばして、僕の鼻をつまむ。
たちまち頭の中に、緑色のもやがかかった。
呼吸をとめていたツケもまわって、心肺停止寸前だった。
たまらず、口の中のものを飲みくだし、かわりに空気を取りいれた。
舌に触れ、喉を通ったその感想など………考えたくもない。
トランクから転がるように、僕は床に降り立った。

336:テュランの筏10/11
06/12/21 12:19:25 eZVbIMRX0
肩が上下に震え、息が荒かった。
僕の背中には、あざけるような視線が突き刺さっている。
泣くな、まけるな。クリフを救わなくちゃ。
その一念だけが、僕を動かすすべてだった。
さしだす品を奪いとるようにして、一度戻り、それからもう一度、藤吾の前を通りぬけ、うつぶせたままのクリフをかついだ。
両手はまだ、手錠で背にくくられている。
「手錠を」
「彼自身が、次に命令にしたがうまで、そのままだ」
それが、テュランのさだめたルール、ペナルティなのだろう。
おんぶ出来ればよかったけど、体格も体重も同じくらいで無理だった。
半分引きずる感じで、運ぶ。
クリフのタープをひろげ、横たえた。
身体はあおむけに、頭だけ横をむける。
日暮れが近づいてきていた。日没後は、急激に温度がさがる。
全身をタオルでぬぐい、金髪はわしわしとふき取り、水気をとりさった。
タオルを何度もしぼり、血行をとりもどすように、肌をこすった。
真っ白だった肌に、わずかに赤みがもどった気がする。
僕は自分の手当てに自信を持ち、何度も何度もつづけた。

337:テュランの筏11/11
06/12/21 12:20:03 eZVbIMRX0
「トーゴ………」
夜気を渡って、甘ったるい楊玲の声が聞こえてきた。
彼の行動は、僕に何の関連もない。
彼は欲しいものをくれる人のところへ行った、それだけだ。
怒ったように言いきかせ、僕は作業をつづけた。
頬にだいぶん赤みがさした頃、小さな茶色い瓶をとりあげる。ブランデーだ。キャップを開け、クリフの唇にあててみた。
まだ青い唇は、意思を取り戻さないのか、琥珀色の酒を吸いこもうともしなかった。
口に含みかけ、僕は途中で思いとどまった。
今夜だけは、いやだった。汚された唇で、クリフに触れたくはなかった。
さんざん苦労し、床に何度かこぼしながらも、一口分の量をそそぎこんだ。
頭を抱えて持ちあげ、喉を下ったのを確かめる。
「………んっ、う」
クリフの口から小さく声がもれ、僕は安堵した。
まだ氷のように冷たいクリフの両手を胸に抱えこみ、僕はとなりに横たわって、タープをかけた。

338:風と木の名無しさん
06/12/21 16:32:14 UdbrPEjMO
テュランタンキターwwww
ずっと待ってたGJGJ!!
今までの中で一番よかった

339:風と木の名無しさん
06/12/21 16:41:27 R/PXC4xMO
ついに接吻キター!
乙です!

340:風と木の名無しさん
06/12/21 18:28:46 nyKlm8mu0
おお、ティランタン、虐待っぷりがGJです!
主人公、一皮剥けた感じだな。

341:風と木の名無しさん
06/12/21 19:50:53 7fWLdVYZO
テュランタン、キタ━━━(゚∀゚)━━━!!
超待ってたよ~!
相変わらずの藤吾の鬼畜振りに腹腸煮えくりかえりそうだよ。
は…早く…続きを…。

342:風と木の名無しさん
06/12/21 19:51:41 c6rBphmv0
テュランたん乙!!!
藤吾まじで鬼畜だな。

>>323
自分語り乙。
日記にでも書いてればいいのに。

343:風と木の名無しさん
06/12/21 20:37:50 bPprW+AW0
>>318に携帯ログも載せといたのでリロよろ

344:風と木の名無しさん
06/12/21 22:58:35 fdZyN3dOO
乙!ほんとに携帯まとめ、ありがとう!

345:風と木の名無しさん
06/12/22 01:04:16 KnvK3ZBZO
>>343
おおぉ有り難うございます!

346:テュランの筏1/7
06/12/22 12:01:28 K6qY2cSY0
八日目

目覚めたのは、昼すぎだった。午前中に何が起こったか、それは知らない。
ただ、目の前にひろがる惨状を見れば、推測はたやすかった。
乱暴に押しひろげられたタープ、足元いちめんにちらばっている空き箱、クッキーのかす。転がっているペットボトル。空っぽのブランデー、一面ただようアルコールの香り。
………そして赤ら顔で前後不覚に陥っている、クリフの姿だった。
彼のタガは、はずれてしまったのだ。
両手を背中に拘束されたまま、酒臭い息をはきだし、べろんべろんにタープにだらしなく寝そべっている。
食べちらかし方がひどいのは、彼がそのままの体勢で、口しかつかえず、それでも乱暴にむさぼったからなのだろう。
歯で封をくいちぎり、犬のように床に置いた食料をがっつく。
想像するだけで、僕は悲しくなった。
ボトルのキャップにも歯型があった。けれど、開かなかったのだろう。
かわりに、指で押すだけで、楽にふたが開くブランデーを飲んだ。
唇にくわえこみ、頭部ごと傾けて。
彼の姿を思い浮かべて、僕は胸がつぶれる気さえしたものだ。

347:テュランの筏2/7
06/12/22 12:02:27 K6qY2cSY0
だけど、今は酔っ払いの患者を、なんとかしなくては。
ブランデーのアルコール濃度は強い。薄めなくては、中毒をおこしてしまう。
転がっていたボトルを拾う。キャップを開けながら、クリフに近づいた。
「大丈夫? 水、飲んで」
意味不明な単語がクリフの口からもれ、うつろな表情がだらだらと横に振られた。
酒くさい。全身からアルコールがたちのぼり、目は焦点があっていなかった。
僕は強引に飲み口をクリフの唇にあてがった。
舌をしめらすていどに傾け、ゆっくりと含ませていった。クリフの喉が、鳴った。
哺乳瓶をもとめる赤ん坊のように、彼の唇は飲み口に吸いついた。
むせるといけない。僕はボトルの角度を慎重にさだめ、彼の気がすむまで、水を与えつづけた。
三本目を手に取ろうとしたとき、ふいにクリフの瞳に光がともった。
顔色はだいぶん平常に近づいてきていた。全体的に弛緩していた身体に、緊張が戻っている。
とうとつにクリフは身を起こした。
大丈夫かとたずね、手を伸ばす僕をふりはらい、海にむかって上半身を屈めた。
激しく咳きこむ音。それにまじって、ビチャビチャと熱い液体が水面を叩いた。
僕はボトルを横に置き、黙って彼の背中をさすった。

348:テュランの筏3/7
06/12/22 12:03:15 K6qY2cSY0
白く細く、そして誰よりも孤高なクリフの背は、今はただ苦しみに喘ぎ、罪悪感をせおっているだけの、折れてしまいそうな少年の背中にすぎなかった。

ひととおり、胃の中のものを吐きだしてしまったのだろう。
クリフの顔は青白かったが、呼吸が楽になるにしたがい、顔色ももどってきた。
だが彼は、視線をあわせようとはしなかった。背をむけつづけ、さする僕の手を拒否した。
タープに身体を横にし、頭部だけうつぶせる。一言も、口をきかなかった。
僕はクリフの様子を観察しながら、床を片づけた。固形食品は、全滅だった。
かすをかき集め、あさましい食欲に悩みながらも、それを海に掃き捨てた。
水は、床に置いたボトル一本。中身は半分ほどだ。それだけしか残っていない。
クリフは僕のタープも荒し、まとめてむさぼっていた。
これがどちらの水かなど分からなかったし、僕はそれを知ろうとも思わなかった。
身のまわりの整理をすませ、あまりにもすっきりしすぎた床を見下ろす。
気持ちに空白が生まれたからだろうか。風に乗った楊玲の喘ぎ声が、やけに大きく届いた。
さっきは、藤吾に組み伏せられた体勢だった。
今は、四つんばいになり、尻を突きあげている。
口の端からはたえまなくよだれが流れ、目は恍惚とした色をたたえていた。
藤吾は、用心深くトランクに座ったまま、楊玲を責め立てている。

349:テュランの筏4/7
06/12/22 12:03:50 K6qY2cSY0
テュランは、反乱分子を見つけてしまった。
彼はこれからずっと、アイデンティティーから遠ざかるまねはするまい。
クリフが言ったとおりだった。チャンスは、ほかになかった。
実行にうつしたのに、テュランは僕たちより、一枚上手だった。
国なのだ。海に浮かぶ十メートル四方の小さな国。
治めるのがたとえ暴君だとしても、国民よりはどこか秀でた部分があるわけだ。
たとえば………残虐な精神とか悪知恵とか。
僕はためいきをついた。楊玲の喘ぎ声が、耳について離れない。
彼のように支配下におさまってしまえば、楽なのだろうか。
少なくとも、毎日は保証される。命令も、快楽だと思ってしたがえば、それほど辛くはないのかもしれない。
『………君は意思が弱そうだから………』
いつか薄笑いとともに、僕を苛んだ藤吾のセリフがよみがえってくる。
僕はぶんぶんと頭を振って、弱い心を追いはらった。

日が沈むころ、クリフは頭を振りながら起きあがった。
口からは不鮮明な呻き声がもれている。
僕はボトルを手に、そばへ寄った。


350:テュランの筏5/7
06/12/22 12:04:35 K6qY2cSY0
「水、飲んでおいたほうがいいよ」
アルコールが抜けた焦燥感、吐いたときに口内の水分を失い、クリフは渇いているはずだった。
クリフの唇はかたく結ばれていた。
長すぎる間をおいてから、彼はゆっくりうなづいた。
僕は立ちあがり、ボトルの飲み口をあて、そろそろと傾ける。
クリフが首を振り、もういいと意思を示してから、たっぷり二秒置き、僕はあてがうのをやめた。
ボトルの底は、もう小指ほどの水しか残っていなかった。
唇をぬぐおうとしたのか、クリフの背中で手錠が鳴り、
忌々しそうな舌打ちの後、ピンク色の舌が這った。
「手錠は、その………君が次にしたがうまで、そのままだって」
これは僕にもどうにもできない。
ただ、伝えておかなければならなかった。
クリフは反応をみせない。
「ほかに、何か出来る事、ある?」
あまりにも不自由な状態だった。
水も一人では飲めず、痒いところもかけない。
心からの心配をみせたつもりだったが、クリフは顔をそらせただけだった。

351:テュランの筏6/7
06/12/22 12:06:25 K6qY2cSY0
「じゃ、何かあったら言って」
僕はタープにくるまった。
まだ夜まで間があるが、眠る以外にする事はない。
起きていれば飢えと渇きにさいなまれる。クリフを困惑させる。
早く睡魔がきてくれるよう願いながら、僕は目を閉じる。
「………俺を、罵れよ」
「誰も、そんな事はしない………仕方なかったんだ」
タープの生地を通るか、通らないかの小さな音声で、ささやきが交わされた。
「確かめればよかった。鍵穴がない事なんて、ちょっと見ればすぐに………」
「仕方なかった。誰も、悪くないんだ。
客船が沈没した。海に落ちたとき、コンタクトを失った。
誰のせいでもない。
救いあげられたいかだは、暴君に支配されていた………運が悪かった。
仕方ない事だったんだ」
僕はクリフを説得し、自分にも言い聞かせるように、仕方ないを繰り返した。
………だけど、ほんとうにそうだったんだろうか?
その疑問はいつまでも、僕の胸に残った。

352:テュランの筏~海市7/7
06/12/22 12:11:28 K6qY2cSY0
*  *  *
「先週の土曜から昨日までの事件の顛末を説明します。
私、矢野島とそれから当学園の男子生徒三人が、裏山にある防空壕跡地に、土砂崩れにより閉じ込められました。
昨日、救出が来るまでの間です。
私は生徒らに教育を施しました。性的な。
身体でのつながりは当然、心………も意のものにしました。
私、矢野島は本日を持って教師を辞職させていただきます」
朝の職員会議、昨日まで同僚であった教師らの、ぽかんとした顔は今でも忘れられない。

藤吾は、教職時代の夢からさめた。
背広の内側をあさり、サプリメント――カフェインの錠剤――を数錠飲みこんだ。
脳の芯がぼっとしている。
浅い眠りで一週間以上すごしたツケがきていた。
忌々しく舌打ちする。
すぐ横で寝息が聞こえる。赤毛の楊玲。
いかだ端の少年二人は海を見ている。
彼らはまだ教育過程。目を離すわけにはいかなかった。
水を一口あおる。胃で溶けたカフェインが意識を明瞭にした。
*  *  *

353:風と木の名無しさん
06/12/22 13:01:55 5ZKFzdQ6O
新展開キタコレw
テュランタンGJGJ!!

354:風と木の名無しさん
06/12/22 14:34:00 s4n3FH7u0
心が折れてしまったクリフたんのみじめさに激萌え!
こういう展開を期待してたんだー!GJ!!!!

355:風と木の名無しさん
06/12/22 17:30:31 Wmzj2hwoO
うきょー!(゜∀゜)
藤吾の過去ktkr!


こうなると藤吾がここまで用意周到な事情ら辺が気になってくる。
続き超期待!

356:風と木の名無しさん
06/12/22 21:54:45 p+qE7UEe0
藤吾!
てめぇ筋金入りのヘンタイ虐待野郎!
続きを早く…!


357:風と木の名無しさん
06/12/22 23:38:48 gMQw7TEs0
テュランタソGJGJ!
久々通っちゃうよこのスレ!

358:テュランの筏1/14
06/12/23 12:01:30 SX9+qyqW0
九日目

日が昇った。藤吾の前に、僕たち三人は顔を並べ、テュランの命令を待っていた。
藤吾政権が確立したわけじゃない。
クリフは、どうしても手錠を外してもらう必要があった。
寝返りもろくにうてず、何もかも僕の手を借りなければならない状態は、いちじるしく彼の誇りを傷つけただろうから。
支配勢力が強まるのを見守る王めいた笑みで、藤吾は口を開いた。
「今日は口淫をしてもらおう。イクまで、やらせる」
日本語万能な僕を含めて、全員がポカンとしていた。
藤吾は不機嫌さを隠さず僕らを見渡し、トランクに腰かけたままの足を広げた。
汚れる事を知らない白いスラックスの、股間を指さし、短く言う。
「しゃぶれ」
尻尾をふらんばかりに身体中で感情を表現し、さっそく顔をうずめたのは楊玲だ。
………つまり、ペニスを口で刺激しろ、って事か。
単語の意味を知ったが、僕は何の感情もわかなかった。
異様な生活の日々で、心がマヒしていたのかもしれない。
と、隣でクリフが青い瞳をきらめかせた。
唇が挑戦的につりあがり、好戦的なオーラが、身体中からたちのぼっている。

359:テュランの筏2/14
06/12/23 12:02:58 SX9+qyqW0
「いいのか、日本人のおっさん。そんな大事な部分を、俺にさらしてしまって。
もちろん、もうペナルティはごめんだ。
けど、ついつい力が入りすぎてしまうのは………防げない事故、だよな」
クリフは挑発した。藤吾が眉をひそめた。
いかにも彼らしかった。どうしても命令を受けなければならない今日。
誇りを折ってまで、屈辱的な行為にあまんじるのだ。
せめて、溜飲を下してやりたいと、そう思うのは当然。
藤吾はクリフの脅しで、一瞬だけど急所をさらす恐怖を感じた。
実際、一昨日のペナルティも重く、クリフはそうそう政権転覆はくわだてないだろう。
ただ藤吾を怯えさせる為、自分の矜持を少しでも守る為、クリフはこうして火種を含んだ言葉を投げかけている。
楊玲がみだらな水音を立てて、口内いっぱいにほおばる響きを聞きながら、わずかばかりの沈黙がおりた。
藤吾がいやな光を目に浮べ、口を開いた。
「どうせ二人いっぺんには無理だ。
そこの智士君のを、しゃぶりたまえ。クリフ君」
瞳孔が最大限に開くまでの、間。
「な、っ………俺は、楊玲が終るまで待って、それからでも、っ」
「智士君をイカせるんだ」
命令はくだされた。

360:テュランの筏3/14
06/12/23 12:24:43 SX9+qyqW0
僕は考えた。寝起きの頭を働かせて、一生けんめいに考えた。
………どうすれば、クリフの心の負担を少なくしてあげられる?
………ここは国だ。暴君が支配する独裁国だ。命令は強制だ。誰もさからえない。
………仕方なしに、いやいやながらもしたがうのならば、暴君を憎む分、心は痛まない。
「い、いやだっ」
全員に行き渡る大声で、僕は宣告し、逃げるそぶりを見せた。
くっ、と笑った藤吾は、何をするかと思えばネクタイをスルリと抜き、それを楊玲の首に巻いた。
しゃぶる行為に熱中する楊玲は、喉にふれる絹の素材など、まったく気付かず、一心不乱にほおばりつづけていた。
「逃げるな。こっちに来るんだ」
ネクタイの一端が、ひっぱりあげられる。
それでも楊玲は目をトロンとさせ、口から、鼻から、熱い息を吐きだしている。
僕は間を置いてから、しぶしぶと言った表情を作り、歩みよる。
「座れ」
言われたとおりにした僕は、それでも抵抗に正座をした。
「手間をかけさせるな」
ネクタイを引く手に力がこもる。

藤吾はトランクから離れても、十分テュランでいられるだろう。
彼は脅す手段をいくらでも持っている。

361:テュランの筏4/14
06/12/23 12:25:25 SX9+qyqW0
クーデターの時だって、十分僕たちの生命をタテに出来たのだ。
なのに彼は、もっとも残酷な方法で、僕たちの心をうちくだいた。
哀れで、何も持たない、寄り集るしか出来ない国民をいたぶる。
その手段を星の数ほど、手中にかかえて。

………迷った挙句、僕はあぐらの形をとった。
藤吾はネクタイを持つ手をゆるめない。
クリフに見せつけるように高く持ちあげた。
舌を這わせていた楊玲が、熱い吐息の途中で、疑問符いっぱいの呻き声を発する。
それがきっかけになったのだろう。クリフはゆらりと動いた。
僕は藤吾に肩を強くおさえられ、身動きならなかった。
顎のすぐ下で、淡い金髪がふわふわとうごめいている。
かがみ込んだクリフは、横の楊玲をちら、と見てから頭部を下げた。
生唾を飲みこむ音が聞こえるほど、場は静まり返っていた。

開幕を告げる音は、なにもなかった。あっさりとクリフの唇は僕のペニスに触れる。
「………っ、っつ!」
背筋に電流がはしり、僕は声を殺す事も、身を震わせるのも止められなかった。
竿の部分を、ひからび表面が少しささくれているクリフの口唇が這っていく。

362:テュランの筏5/14
06/12/23 12:26:25 SX9+qyqW0
今までに一度も感じた事のない、刺激だった。
指でもなく手の平でもなく、あの忌まわしい革でもない、熱をもって独自にうごめく生き物のようだった。
「口内にふくめろ」
短く藤吾の指示がとぶと、クリフは言われたとおりにした。
ふわ、と熱い息が先端にかかったかと思うと、たちまちそれ以上の熱さで包みこまれる。
「ん、んんっ!」
言葉になんて、ならなかった。ピンクの唇が囲んでふれる部分。
口の中で熱い吐息を受ける位置、そして口内でうごめく舌に触れる先端。
なんとも柔らかく、僕をとろかすように包んでいるのだ。
ビクンビクンと、背が二度つづけて跳ねた。
僕の突然の動きに、クリフは含んだまま、頭部の動きを強制された。
ととのった眉がひそめられ、空色の瞳が、苦しげに閉じられる。
………あっ、あ、だめだ。だめだっ、大きくなるなっ。
自分の分身に命令しても、当然ムダだった。
僕の意に反して、ペニスはむくむくと盛り上がりはじめた。
頬の中が張り、唇を押しひらく感覚に、クリフは大きく見開いた。
小さな口で、なんとかほおばりつづけようと、懸命になっている。
息苦しいのか、ふう、っと熱い空気の奔流が囲む内側をなでていく。

363:テュランの筏6/14
06/12/23 12:27:31 SX9+qyqW0
「ん、ううっ」
やわらかく表皮をくすぐる息。僕はもう下半身に流れこんでいく血流を止められなかった。
隣で楊玲はピチャピチャと、ねばりつく水音を立てている。
対してクリフは声も粘りも殺し、息に転化している。
熱く、細く、まるで繊細な管楽器をとりあつかうように。
舌がおそるおそるふれ、歯が壊れものを扱うようになでていく。
吐息と絡まりあった刺激に、僕の身体には電流が流れっぱなしだった。
電気のしびれが、頭を満たして、一色に染めあげていく。白。真っ白だ。
視覚を失った僕は、かわりに聴覚がとぎすまされた。
ピチャ、ピチュと水っぽい楊玲の舌の動き。
ん、ふぅっ、と熱いクリフの吐息。
身体中をかけめぐる、快感のしびれ。
震えてとまらず、とうとつに水音も、吐息もかき消えた。
はじけるっ――。
「だ、だめっ、クリフ………出っ………」
しぼりだす声に反応して、藤吾は僕の肩を押した。残酷に冷酷に、前方へと。
はちきれんばかりの僕のペニスは、いちだんとクリフの口奥を蹂躙した。
ピンクの唇を強引にすべり入る、その刺激は、最後の殻を破りさった。
感度が最大になっていた先端が、柔らかな最奥に当たる感覚とともに………僕はすべてをときはなった。

364:テュランの筏7/14
06/12/23 12:28:01 SX9+qyqW0
「ん………ぐ、うっ!?」
えづきかけて、顔をゆがめていたクリフは、口内から喉にかけてほとばしる熱いものに、気管をふさがれ言葉にならない声をあげる。
僕がどうすればいいか分からず、うろたえている間に、藤吾の腕は僕を突き倒した。
温かく柔らかに包まれていたペニスは、白い糸と透明な唾液を引きながら、僕の身体と一緒に、床に倒れこんだ。
藤吾は僕に一べつもくれず、そのままクリフの鼻をつまむ。
「飲め」
命令はくだされ、クリフは頬のあたりに皺をつくりながらも、喉をうごかした。
肩がビクンと震え、僕はハラハラしながら見守ったが、まもなく嚥下する音がやみ、クリフは小さく息を吐き出した。
スッと鼻から手が離れていき、そのまま藤吾は僕を見た。
ペニスがいつもの状態へ戻るまでの間、なにもせず、ぼうぜんとしていただけの僕。
自分自身がとっても悔しくて、なじりたくて、たまらないのに。
追いうちをかけるように、藤吾は笑った。蔑みの表情で。
「意思が弱いと、いい事もある………快楽に、身体がはやく慣れる。
しかし、早漏と言われもする………諸刃のつるぎだな」
僕にそうつぶやいた藤吾は、だいぶんたってから、僕の感覚だと数分から十分というところで、ようやくほとばしる白濁を楊玲の顔に飾った。
その時、藤吾はただわずかに顔をしかめただけだった。
楊玲は力つきはてたと言わんばかりに、床に横たわり、荒い息を吐いている。
顎がつかれて動かないのか、口はあいたまま、端に唾液の白い跡を残している。

365:テュランの筏8/14
06/12/23 12:32:05 SX9+qyqW0
僕はそんな風景を見ても、何も感じるところはなかった。
こんなのは、もう日常の事なのだ。それよりも、藤吾が僕につぶやいたセリフ。
それはトゲのように僕の心に食いこみ、思考する時に疼くようになるのだ………

楊玲が起き上がれるようになってから、報酬は手渡されていた。水と、ブロック型食料。
ふと疑問に思うのは、一体どのくらいトランクに詰まっているんだろうか、って事。
さりげなくのぞきこもうとしたが、藤吾のガードは固かった。
………たしか、楊玲が一度見せてもらっていたっけ。
ぼんやり回想していると、手錠を外す金属音の後、乱暴な舌打ちが起こった。クリフだ。
僕は思い出す。そうだ、僕も命令にしたがわなくてはならない。水も食料も、もうない。
それにクリフがあまんじた屈辱を、僕も、国民全員が行う事で、ちょっとでも彼の誇りが守られるならば、僕は喜んでしたがうつもりだった。
「あの、僕も、やります。口淫………」
藤吾のもとへ進み出ようとする僕を、強い力でとどめたのはクリフだった。
僕の胸に、手に入れたばかりのボトルと食料をおしつける。
そして、肩をつかみつづけ、僕が前進するのをはばんでいる。
「これ、クリフのだろ。僕は自分で手に入れるよ」
押し戻して、クリフに返そうとするが、それもはばまれた。
「智士が、する必要はない」
彼の意思が強固で、絶対にひるがえらないと示す、あの頑迷な口調だった。

366:テュランの筏9/14
06/12/23 12:33:02 SX9+qyqW0
返す言葉をさがしたが、十日近いつきあいの中で、どんなに最適なセリフが見つかったとしても、彼の態度が変らないのは分かっていた。
それでもしばらく頑張ってみたが、結局はクリフとともに、いつもの端へ戻ってきた。
ほかには何一つ言葉をかわさず、互いのタープにもぐりこみ、やがて日が暮れた。
クリフから渡されたものは、手をつけなかった………つけられなかった。
胃袋は空っぽで、ねじれそうなほどに痛んだ。喉は赤くヒリヒリして、炎症をおこす寸前だった。
前日残った分を全部あおり、それでも足りなかったが、がまんした。
僕は空腹とも渇きとも別れられる、眠りを待った。
………意識がおちこんでから、どのくらいすぎただろうか。僕は揺り起こされた。
クリフが夜空に焦点をあわせながら、生真面目な顔をしている。
「悪い、起こして。この前頼んだ事、やってくれているか?」
「………ごめん、やってない。星座を観察すればいいんだよね」
「ああ、俺は全然、星がまたたいているのかも見えないから」
僕はタープから出た。冷ややかな夜気が、裸の表皮を震わせる。
歯をがちがち鳴らしながら、一面の星空を見上げる。
いかだの端で、ピッと機械的な音が響く。
一日の終わりを示す、藤吾の腕時計の時報なのだろう。
暴君の支配するいかだでの生活は、十日目に入った。

367:テュランの筏~海市10/14
06/12/23 12:34:11 SX9+qyqW0
*  *  *
泥の混じった唾を吐き、藤吾は意識を取り戻した。
うすぐらい。あたりには湿気に満ちた土の匂いがする。
手首を後ろに縛るロープ、首を拘束するものも同じだ。黄色と黒。工事用の縄だ。
身じろぎすると、喉を締め付けられる感覚と、両脚の痛みが同時に生じた。
記憶がつながる。校舎裏の防空壕跡。たまり場にしている生徒がいる。
金曜日の夕方、見回りてがら足を運び………土砂崩れにまきこまれた。
崩れた木材に挟み込まれたのだろう。
外観から曲がった部分は見えないが、スラックスの汚れからすり傷、打ち身、痣は確定だ。
しびれる足首の状態から、ねんざまで覚悟しなければならないかもしれない。
痛みに顔をしかめた時、声がかかった。
「おはよう、おっさん」
顔を上げる。光源が顔を照らした。キャンプなどで使うランプが、机の上で燃えている。
特殊教室の机、本棚などが持ち込まれ、防空壕の土穴は、見事に秘密基地と化していた。
机に腰掛ける黒髪の少年は、にやにやと笑い、手にしたボトルを飲み干した。
黒い液体、はじける泡………赤地に白文字のラベルで有名な炭酸飲料だった。
舌なめずりをする少年に、思わず藤吾は喉が鳴るのを抑えられなかった。
口の中には、まだ砂の残滓が残っていた。
ねんざが熱をもったのか、意識がぼうっとし、舌は腫れ上がっていた。もちろん渇きに。
小さな呻き声がもれた。藤吾自身は質問事項を口にしたつもりであったが、唇がこわばって言葉にならなかった。
「土砂崩れが起こってから五時間だ。おっさん、喉渇いただろ?」

368:テュランの筏~海市11/14
06/12/23 12:35:17 SX9+qyqW0
にやつく笑みを崩さず、黒髪の少年はつづけた。
その声に、一人同じ制服の生徒が立ち上がる。
髪を一つに短くしばり、細い目が表情をもたずに藤吾をながめている。
「一本、やるぜ。だけど、おっさんの服と交換だ」
未開封のを手に取り、シャカシャカと振る黒髪の少年は、感極まった様子で吹き出した。
「なんてな、じつはもう、おっさんの上着貰っちまってるが」
言われて藤吾は気付いた。自分の上半身が露出し、土の匂いの中で白く浮き出ている事に。
戸惑い、声も出ない藤吾のところへ、黒髪の少年はボトルをふりふり近づいて来た。
「じゃ、これ。上着の分、な」
縛られ抵抗出来ない藤吾の唇に、飲み口があてられる。
キャップを外すと同時に、口唇を割って、強引に入ってきた。
「んっ、んぐ!?」
二酸化炭素の奔流が口内ではじける。
勢いついた水流が喉の奥につきあたり、泡がちくちくと粘膜を刺した。
藤吾は飲み口が離れると同時に、それらすべてを吐き戻してしまった。
飲み込む準備が出来てなかったせいもあるが、大きな理由は刺激物全般がだめな為だった。
幼い頃喘息を患ってから、ずっと喉頭は弱いままだった。
普段の食生活も辛いものなど避ける必要があった。
「き、っ………きたねーなぁ」
間一髪で吹き戻しを避けたものの、足元の水たまりと、飛沫が掛かった己の胸を見下ろし、黒髪の少年は悪態ついた。
「このやろ、せっかく貴重な水分を。あーあ、三分の一も残ってないぜ、飲まないのか?」
厚意ではなく、むしろ嫌がらせか、復讐をたくらむ顔で、少年は藤吾にボトルを突き出す。

369:テュランの筏~海市12/14
06/12/23 12:36:17 SX9+qyqW0
「………飲、めっ………炭酸………」
首を横に振り、あえぎあえぎながら藤吾は単語を伝える。
舌の裏でじゃりじゃりと砂が動く。唾液は出ず、呼吸するだけで、喉に痛みが走った。
何度か繰り返し、少年は悟ったのだろう。
「何だ炭酸ダメなんだ。おーい、ヨウ。他に飲み物あるか?」
「ない」
ヨウと呼ばれた細目の少年は、ぶっきらぼうにそれだけ答えた。
「だってよ、おっさん。ここにはヨウが自宅からかっぱらってきた、コiーラ二ダースしかないんだよ。どーすんだ?」
肩をすくめる少年に、藤吾は答える言葉もなければ、発するすべもなかった。
どうする、と問われてはじめて藤吾の背に戦慄がはしった。
土砂崩れ。防空壕の出入り口。一箇所しかない。
斜面全体で地くずれが起きたのか、ものすごい泥土の量だった。
唯一光のさす穴が、みるみる塞がれていったのが最後の記憶。
めったに人も通らない裏山で、そして明日の土曜から、祝日の月曜日が終わるまで、誰も通りかかるはずもない………
「なっ………、こ、んな………」
声を絞り出すが、自分でも何を発音しているのか、分からない惨状を呈していた。
ヨウと黒髪の少年は、顔を見合わせて肩をすくめた。
喉をからして藤吾はぜいぜいと喘ぎ、拘束を解こうと身をよじった。
縄の首は上部を這うパイプにつながれているのか、カラカラと乾いた音を立てる。
後ろ手と、それから正座のまま縛られた足首は、もがいても緩むようすを見せなかった。


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