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参院議長の西岡武夫(にしおか・たけお)氏が5日午前2時24分、肺炎のため都内の病院で死去した。
75歳。告別式は7日午後1時、長崎市茂里町3の31の法倫会館で。喪主は妻の永子(ひさこ)さん。
自宅は長崎市館内町5の16。
西岡氏は長崎市出身。早大教育学部を卒業後、1963年の衆院選に27歳で初当選し、政界入り。
衆院11期、参院2期を務めた。
1976年、河野洋平前衆院議長らと自民党を離党し、新自由クラブを結成。自民党復党後は文教族として
手腕を発揮し、竹下、宇野内閣で文相、海部内閣で党総務会長を歴任した。93年の自民党の野党転落を
機に再び離党すると、新進党結党に参画し、自由党を経て、2003年に民主党入りした。新進党結成
以降は、小沢一郎元民主党代表と行動を共にした。
98年には衆院議員を辞職して地元の長崎県知事選に出馬し、落選したが、01年の参院選で初当選を果たし、
国政に復帰した。
野党だった民主党が参院第1党になった07年参院選後は、議院運営委員長に就任し、衆参の「ねじれ国会」で
参院側の議会運営を差配した。
10年7月、菅政権下で参院議長に就任した。与党である民主党出身の議長にもかかわらず、尖閣諸島沖での
中国漁船衝突事件を巡る政府の対応などを厳しく批判。11年5月には、東日本大震災発生以来の菅首相の対応を
「首相としての責務を放棄し続けてきた」と指摘した上で、「今、(首相を)お辞めにならなければ、原発事故が
もたらす重大な課題も解決できない」と退陣を求める論文を読売新聞社に寄稿した。
最近は「1票の格差」是正に向け、参院選挙制度改革の私案を発表し、与野党の意見集約に意欲を示していた。
▼YOMIURI ONLINE(読売新聞) [2011年11月5日09時57分]
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