11/10/05 02:01:46.93 0 BE:436522234-PLT(12066)
先月19日に東京・明治公園で開かれた「さようなら原発」集会にはどうしても身を置いておきたかった。
大江健三郎さんらが呼び掛けたこの集会の成否が、今後の原発のあり方に影響を与えると考えていた。
60年、70年安保のデモの熱情を知らぬ者として、「民主主義の現場」を見ておこうと。
ステージ正面、労組の旗がはためくエリアにいたから分からなかったが、会場に入りきれないほどの参加者がいたと同僚記者から聞いた。
赤ちゃんを抱いたお母さんや若者の個人参加が目立ったという。6万人(主催者発表)の熱気と圧迫感。
「聞こえないよー」の声が遠くから聞こえる。デモ開始を待ちきれない一団が太鼓をたたき始める。
そういえば、アイドルグループが「ダ、ダ、ダッ、脱原発!」と歌っていた。
深刻なテーマを軽やかな雰囲気にするのもこの時代のスタイルであろう。
真夏を思わせる日差しで熱くなったアスファルトに座り、スピーチに聴き入った。
一番心にしみたのは、福島から参加した武藤類子さん(58)の話だ。まるで詩のように、続く言葉。
「逃げる/逃げない、食べる/食べない、洗濯物を外に干す/干さない、子供にマスクをさせる/させない……」。
そうなのだ、福島の人たちは暮らしの中で日々、重い決断をしているのだ、いまも。「何かにもの申す/黙る……」
原発から45キロ離れた福島県田村市で喫茶店を営んできた。周囲のキイチゴ、ドングリを使ったメニューを出せず、店は再開できないでいる。
武藤さんはステージの上から波を見た。88年、チェルノブイリ原発事故2年後の東京デモに参加したときより、何倍も大きな人の波、波。
黙ってはいられない。「あの時もすごかったけど、何年かたつと忘れられてしまった。今度こそ忘れないでほしいのです」
毎日新聞 2011年10月5日 0時52分
URLリンク(mainichi.jp)