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宮内庁が仁徳天皇陵に指定する大山古墳(堺市、5世紀中ごろ)で出土したと伝えられ、
米国ボストン美術館が所蔵する獣帯鏡など5点について、同庁書陵部が初の公式調査を行い、
年代や購入記録から「(大山古墳出土の)可能性は極めて低い」との見解をまとめたことが13日、分かった。
5点が米国に渡った経緯は不明だったが、同館に勤務し、仏像などの
東洋美術を収集していた思想家岡倉天心が1906年に京都、奈良へ出張した際、
計1450円(米価比で現在の約580万円)で一括購入したことも判明。
大山古墳では1872年に前方部で石室が見つかり、中の石棺や甲冑などを描いた図面が残る。
学界には同館所蔵品を「この時流出した」とする説と、「墳丘や甲冑と年代が合わない」との
否定説があり、出土地をめぐる議論が再燃しそうだ。
新見解は同庁発行の「書陵部紀要」に掲載しており、近く、ボストン美術館に送付する。
書陵部の徳田誠志首席研究官が2008年に渡米。大山古墳出土と伝わる獣帯鏡、
環頭大刀の金箔張り柄頭(つかがしら)、馬具の一種の
三環鈴(さんかんれい)と馬鐸(ばたく)2点の計5点を調べた。
国内外の出土例から獣帯鏡は5世紀後半~6世紀前半、他は6世紀前半と判断。
大山古墳は墳丘の須恵器から5世紀半ばとの説が有力で、「5点をセットで埋納したなら、
その古墳の築造は6世紀前半。(大山古墳とは)年代が異なる可能性が高い」と結論づけた。
また岡倉が作った購入品リストなどに5点は「古代の墓で出土した青銅製品」とあるだけで、
大山古墳を示す記載は一切ないことも判明。徳田首席研究官は「日本では明治時代末から
『仁徳陵出土』とのうわさがあったが、遺物や同館の書類に関連をうかがわせる点はなかった」と話した。
同館に購入先の記録はなく、売り手は分かっていない。
[ 2011年8月13日 16:32 ]
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