11/07/28 12:58:09.95 0
(>>1のつづき)
「避難所の13万人が待ちわびるのは内輪の食卓に違いない」「薄くても壁があり、
メディアの目が届かない個室に、集まれるだけの家族がそろう」「そんな当たり前の
だんらんを許す仮設住宅を早く、と叫びたい」と続く。
市民運動出身の政治家が総理大臣に就任するや否や赤坂の高級料亭で晩飯を取るように
なったこの国の新聞に相応しく、天声人語氏も高級割烹に足しげく通っていらっしゃるのだろう。
しかし、忘れては困るが年収300万円以下が人口の4割を超えている中、朝日新聞の読者と
いえども、その大半は天声人語氏言うところの高級割烹の味なんぞ知らずに生涯を閉じるに
違いない。それとも、だからこそ高級割烹の味を知っていることを自慢し、朝日新聞の高給ぶりを
自慢でもしたかったのだろうか。
私に言わせれば天声人語氏は、被災者はもちろんのこと、市井に生まれ育ち、比喩ではなしに
汗水流して働き生活し、やがて老いて死ぬという生涯を送る「ただの人間」の喜びや悲しみに
対する想像力を決定的に欠如させているのだ。しかも、そのことに無自覚だ。
避難所となった体育館で仲間とともに味わう吸い物は言うまでもなく、「余震に揺れる照明の下で、
寒風の中で、当座の命をつないだ」おにぎりや菓子パン、自衛隊やボランティアによる炊き出しの
「善意の湯気が立つ豚汁、激励のスパイスが利いたカレー」の旨さは、その感動とともに生涯に
わたって記憶に刻まれる味になったのではなかろうか。仮設住宅に入居してから実現する
「内輪の食卓」でも味わえない旨さだ。庶民の暮らしにおいては、そういうことがあり得るのである。
天声人語で紹介された高級割烹を営む料理人にしてからが、被災し、体育館での生活を余儀なく
されたならば、そこで供される吸い物を涙を流しながらすするのではあるまいか。朝日新聞の天声
人語氏のごとき「デスクワークの英雄」であれば尚更のことだろうて!
(>>3-10につづく)