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東日本大震災で家に住めなくなった被災者のうち、仮設住宅の抽選に当たっても避難所に残る人がいる。
仮設住宅では食事や飲用水、通院などに支障をきたすというのだ。
一方、「早く仮設に入りたい」と切望する多くの落選者もいる。さまざまな住民の「住まい」への思い。
板挟みにあった宮城県南三陸町は仮設住宅への入居期限に締め切りを設けるなど、対策を強化し始めた。
■ここは3食出る
宮城県大崎市の鳴子温泉の宿泊施設に避難している南三陸町の佐々木とし江さん(79)は、4月29日に
南三陸町内の仮設住宅に当選した。
しかし、当選後の説明会で、仮設住宅からは病院への無料送迎車が出ないことや食事の配布がないことを知り、
今も鳴子温泉に残っている。
腰と肩とひざを痛め、ふくらはぎもむくみ、歩行補助車を使って歩くのがやっと。震災前は介護ヘルパーに買い物を
してもらっていたが、今はそれもない。「足腰もろくに立たないのに3食作れというのか」と、ベッドで体の痛みに顔を
ゆがませた。
知的障害を抱えた孫の賢さん(26)と2人暮らし。町には6月中の移動を促されている。頼りにしていた兄は津波で
流された。
「どう食べて、通院すればいいのか。このまま移れば、仮設で死ぬだけだ」と訴える。
母親(74)と妻(45)、1歳から18歳の子供4人で鳴子温泉に避難している大工の男性(45)も仮設住宅に当選しながら
“残留組”だ。(2以降に続く)
ソース 産経新聞 URLリンク(sankei.jp.msn.com)
【画像】宮城県南三陸町の被災者の多くが避難する鳴子温泉では、食べきれないほどの食事が毎日3食出る。
この日は豚バラの串焼き、カツオの刺し身、グレープフルーツにキャベツのお浸し、茶碗蒸しまで付いていた=
3日、宮城県大崎市
URLリンク(sankei.jp.msn.com)
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