11/04/01 22:50:25.29 m2zXM4+u0
>>626
悲しいかな、思いつかないんだよな。文明スケールであらゆることを
論じられる大学者、いろんなことを独自の視点から解釈して周囲を驚かせる
レベルの意味での大学者ってのが。
公共事業、ケインズ経済学のケインズだって、ただ経済学に業績を残した
ってだけじゃないからな、一般理論がその時代に与えたインパクトはもとより、
現在、我々が知ってるニュートンの人物像、「近代最初の物理学者」ではなく
「最後の錬金術師」であったことを、人物研究によって初めて明らかにしたのは
ケインズだった。
専門内だろうと専門外だろうとあらゆる知識を貪欲に吸収して、その人の卓越した観点から
様々なことを論じられるというような人物がなかなか現れない。
欧米は、どんなことでも思想のレベルから考えてくるが、やはりそれは「根源に対する興味」
の強さの違いだと思う。
これは、遺伝的に彼らが優れているというわけではなく(アラン・チューリングは天才中の
天才だが、彼はインド人である)、そういう人間を育てる「場」があるってことだよ、ああいった国には。
ハーバード白熱教室じゃないが、自分の考えや論点を徹底的に討議して、そしてまた
自分がどういうことを考えてるのかを再発見していく、そういう風に土台から練り上げる
ような奴らを育てる文化が、欧米の底力になってると思う。