10/12/20 18:26:06.06 KU/Wy8bd0
駅前の駐輪場に自転車を止めた俺は、
いつものクセで額を拭い、ちっとも手の甲が濡れていないことに気が付いた。
今日は過ごしやすい一日となるでしょう、という天気予報士のお告げは正しかったようだ。
空には薄い雲が斑模様に広がっていて、盛夏の日差しを和らげてくれている。
風は少し強いくらいで、駅から流れ出てくる人々は、
一様に目を瞬かせ、髪型の乱れを気にする素振りを見せる。
「早く着きすぎちまったかな」
俺は腕時計から駅前に視線を転じ、やがて小さな人だかりの隙間に、待ち人の姿を見た。
つば広帽子に、真っ白なワンピース。
腰まで届く艶やかな黒髪が、整った顔立ちを縁取っている。
和装美人という言葉がぴったりのその少女は、
しかしその容姿を見られまいとするかのように、体を縮こまらせていた。
「せ……せんぱ……」
俺の姿を認めた黒猫は、今にも泣きそうな声でそう言った。
俺は黒猫を囲んでいた野郎どもをぐるりと見渡し、
「こいつらお前の知り合いか?」
「違うわ」
「だよな」
黒猫の手を引いて歩き出す。
取り巻き連中の一人が何か言ってきたが、全部無視して歩き続けた。