08/10/09 19:01:05 vq1jnK/T0
火薬のにおいに似た、乾いた寒風が吹きつける夜だった。
柳木原駅前。最終電車とその走行音が、闇の彼方に吸いこまれてゆく。25時を回った
高架ホームはすべての明かりを落とし、俺の頭の後ろで死んだ蛇のように横たわっていた。
しかし、蛇の腹の下にはまばゆい電飾の銀河が広がっている。
週末の柳木原は眠らない街なんだ。
「あー、そうですかー。えー、それではですねー、イギリスのウィーダという作家が著した
ア・ドッグ・オブ・フレンズという小説をかいつまんで御紹介しますねー」
「いやいや、そうじゃなくてよ。犬の出てくるお話じゃなくて、犬をテーマに世間話を
っつーことだよ」
「えー、でもいいお話ですよー。泣けてきますよー」
「あ? マジかよ、上等だコラ。砂漠の瞳と呼ばれたこの俺を、泣かせられるもんなら
泣かせてみろコノヤロウ」
「えー、時は1800年代後半、アントワーブに程近い小さな村のお話です」
「ハッ。そんな、知らねー国の埃かぶった与太話で泣けるほど、俺の感受性はガード
甘くねーっつうの」
「ある日、主人公のネロ少年は、金物屋に酷使されうち捨てられていた一匹の労働犬を
介抱し─」
「え、うそ、その話知ってる。あ、ちょ、タンマタンマ。うわ、涙腺緩んできた」
「そして、元気を取りもどしたその犬はパトラッシュと名付けられ─」
「ちょ、待て待て。待てって、泣いちゃうって。やっべ、鼻の奥ツーンってしてきた
ツーンって」
「おー、てめソレ反則だろ。ネロはやべーってマジで。あいつ20世紀最大のトップ
ブリーダーだろ」
「ネロ、19世紀ですけどー」
「うるせえよ、いいんだよ、あいつらの友情は歴史さえ凌駕すんだよ」