06/12/22 00:01:21 2mU8Pyd90
>>376
>>379の
「作為的な悲劇の上でそれを言われてもな」ってのが、不満な人の意見をよく表してると思う。
最終的に抽象化されたテーマ自体は、勿論誰でもが「はいはい、そのとおりでございますよね」と
理解できるものではあるけど、それを表現する為の手法というか物語のあり方が
>>373の
「麻枝の人生観・幸福観が通常とずれてる」という・・・・・
普通に愛しい・大切な人と「共に苦難を乗り越えて」幸せな生活を掴む、っていうんじゃなくて
滅茶苦茶に不合理な不幸ばかりを押し付けられて、それでもなお「価値あるものを得た」「人生は素晴らしい」と言い切る。
こんな物語じゃ、ヨブ記の中の人でもなけりゃ普通の人ならついていけん罠。
それを「納得」させるだけのストーリーテリング・演出が必要だったんだろう・・・それが次の
「だからこそもう少しストーリーにボリュームを持たせてもう少し理解できるようにすべきだったと思う。」と
いう事なんだと思う。
似たようなパターンはAIRもそうだけど、あっちはそれこそたっぷりと
晴子と観鈴のドラマをこれでもかって描くことで、ユーザの「感情」に訴えかけて
説得力を持たせてる。(だからそこに乗れなかった人には「お涙頂戴」「単なるバッド」って言われる)
結局タイプカタカタとか唐突さとか、あのアフアフの演出が受け入れられるか否か、の問題なんだよね。
それに乗れた人にはだーまえのメッセージは共感できるんだけど、アレがダメなら
「テーマにぜんぜん説得力・共感を感じられない」ってなる訳で。