13/11/16 00:30:58.66 yS+efOa1
アラス・ラムスの寝息と、三人の大人のため息と咳払いが響く二階には、どんよりした空気が漂っていた。
「魔王様、戻りませんね…」
「いいかげん諦めろよ芦屋」
「しかし、こ、この建物、壁が薄いのだな…」鈴乃は顔を赤らめている。
階下の二人は最初のうちは言い争う声が聞こえていたが、さすがに気を遣っているらしく静かになった。
とはいえ、ときどき聞こえる深い吐息や湿っぽい感じの規則的な物音などを気にせずに過ごすのは、なかなか難しいものだ。
と、そこへ外階段を上る勇ましい足音とにぎやかな声が近づき、201号室のドアが勢いよく開けられた。
「ただいま帰っタ!」
「あ、鎌月ちゃんやっぱりこっちだったね」アラス・ラムスの妹アシエス・アーラを伴って、大黒天祢が戸口に現れた。二人とも両手にふくらんだレジ袋を提げている。「いやー、アシエスちゃんにたかられちゃったよ」
「お菓子仕入れてきたのダ。あれっ、マオウいないのカー?」アシエスは狭い部屋をきょろきょろと探す。
「ま、魔王はちょっと出かけているんだ」
「そ、そう、ちょっとね。あ、芦屋、アシエスにココア淹れてやりなよ」
「お、そ、そうだな。今淹れてやるから、そこに座っておやつにするがいい」
「ん、なんかみんな妙に優しいナー。なんかあったノ?」
「まあほら、座んなよアシエスちゃん」何かを察したらしい天祢がアシエスを促す。「お菓子みんなに分けてあげな。新発売のいろいろ買ったじゃない?」
「ほーい」アシエスはこたつの上に戦利品を並べ始める。「ん? ナンカいま下の方で『あ』って聞こえなかっタ?」
「わ、私だ」鈴乃が慌ててごまかす。「ちょっと首筋を虫に食われたようだ」
「虫カー」アシエスはまだ首を捻る。「へんだナー。なんか近くにマオウの気配があるんだけど…」
「アシエス、ココアだ」芦屋がこたつの上にマグカップを置く。「皆のも今淹れるから」
「あのさアシエス、そのスイートチリせんべいっての、気になるなぁ」漆原が手を伸ばす。「試してみなよ」
「ああ、コレも新発売。ルシフェルも食べるカー?」
せんべいとココアが全員に配られ、過密な201号室にはしばらくの間、ポリポリとかじる音だけが響いた。