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羨ましいぞGJ
501:Peachの人
13/07/20 NY:AN:NY.AN 8c2aG2xM
>>499
GJでした
乗っかって自分も投下
「Like a sister」
「遅っせえなあ……」
六月も後半に入った陽気の中、待ち合わせ場所として指定された駅前で腕を組んで立っていた俺は、不満を口から垂れ流していた。
今日は天気もいいし、そこそこ気温も高いのでじっと待ってるのは地味につらい。もちろん五分や十分つっ立ってるだけならなんともないが、すでに俺がここに到着して三十分以上経過している。そろそろ額にも汗が浮き始めてきていた。
うんざりとした気分でいると、隣に座っていた少女が立ち上がり、片手を上げて走り出した。どうやら待ち合わせ相手が来たらしく、今しがた到着したらしい少年に挨拶をしている。
その光景を見ながら俺は嘆息し、自分の待ち合わせ相手の二人の顔を思い浮かべて早く来いと念を送った。
幼馴染の葵と実に七年ぶりに再会した。
実際のところ、葵は以前からちょくちょく我が家に遊びに来てはいたらしい。だが、奇跡的なタイミングで俺とかち合うことはなく、結果的にほぼ接点のない七年が過ぎてしまった訳だ。
俺にしたって、中学に上がったばかりの頃は「最近葵ちゃんと遊んでないなぁ」と考える事はあったがそのうち気にしなくなっていたから、きっと葵の方も会えていない事を気にしなくなっていったのだろう。
ただ、一度会ってしまうと懐かしさも相まってか、俺も葵も、ついでに美久も積極的に会おうとしていたようだった。
そんなこんなで再開したあの日に約束したように、俺は二人に交ぜてもらって、三人で遊ぶ事が増えていた。
服屋に行ったりカラオケに行ったり、時に勉強を見てやったり。基本的に二人の遊ぶプランに俺がお邪魔するという形だ。
女子高生二人の遊びに加わるというのはなかなか気恥ずかしいものだが、そこは妹と昔よく遊んだ幼馴染相手だ。向こうでもそこは気遣ってくれたりもした。
特に葵は長期間会わないでいた事を感じさせないような昔通りの性格だったので、俺もあまり距離感を誤らずに接する事が出来たのだ。
葵と美久の関係も昔とあまり変わらないようで、基本的に美久が先導して葵がくっついていくといった感じだ。美久が昔ほど無茶をしなくなったせいか葵が振り回されているということもない様子だった。
ちなみにある時は逆に俺の方で大学の友人に誘われた合コンに二人を連れていった事もあった。
想像通りというかなんというか、美久が男全員からメアドをゲットし、葵はビクビクと縮こまっていただけという結果に終わったのだが……。
そんな風に二人の年下の女の子との交流が俺の日常の一つとなっていたある日の事だ―。
「まだ来ない……」
何度目かわからないボヤキが口から漏れた。
その日は映画を見よう、という提案を美久が立てていた。ちょうど公開中の映画のチケットがあるから一緒に見に行こう、と前日に美久が言い出したのだ。
急な誘いではあったが、特に予定も無かったし何よりタダで一本映画が見られるのだから、と俺も乗ったのだった。(妹の手に入れたものでタダ見、というのは若干情けなくはあったが)
で、十時に駅前集合という約束だったのだが、既に二十分ほどオーバーしているのに美久も葵もまだ来ていないのだ。美久はともかく葵はこれだけ遅れているなら連絡の一つもしてきそうなものなのに。
「ひょっとして何かあったのか……?」
遅まきながら、そういう考えが浮かんできた。
例えば事故や急病だったりとか……。一応何度かメールや電話を入れてはいるが返信も来ない。帰って様子を見に行った方がいいだろうか?
中止もあり得る事を含め、色々考えていると、
「あ、いっくん……!」
少々控えめな、それでいて可愛らしい声が自分を呼んだのに気づいた。
視線を向けると駅の中から葵が小走りで近づいてくる。手を振ってそれに応えると、葵はすぐそばまで駆け寄ってきて、思い切り頭を下げて謝ってきた。
「ご、ごめんなさい、お待たせしちゃって……!い、家出るのが遅くなって……」
「ああ、別にいいよ、問題ない。連絡ないから何か事故でもあったのかと思ったけど、見たところ大丈夫そうだし」
「あ、すみません。えと、心配かけちゃいました……?」
「はは、ちょっとね……んで、あとは美久だけか。何やってんだアイツ……」
「あ、美久ちゃんなら……」
502:Like a sister
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葵が何かしら言おうとした時、メールの着信が鳴った。開いてみると送信者は美久だ。
『ゴメン、行けなくなっちった。私の事は気にせず二人で行ってきて』
「………………」
文面はそれだけだった。何も言わず隣の葵にそれを見せると、葵も苦笑いを浮かべながら無言で頷いてくる。既に知っていたらしい。
全く相変わらずフリーダムな妹だ。
(さて、どうしたものか……)
言いだしっぺ+チケットの出資者がドタキャン。気にするな、とは言われても微妙にテンションが下がる事態だ。既に俺はもう帰ってもいいかな~、という気分になっていた。
しかし葵もそうであるとは限らない。もしかしたらこの映画がすごく見たいかも知れないし、せっかく休日に出かけている以上はそのまま帰るのを良しとしないかも知れない。
「葵ちゃん、どうする?二人で行ってきてって事だけど……、この映画見たい?」
「あ……はい、私は……映画行きたいです。二人で……」
葵の返答に何か微妙なニュアンスの違いを感じた気はしたが、そういう事なら俺も帰らず付き合おうと思った。
「んじゃ今日は二人で行こっか。……はは、デートだね」
「え……デ、デート!?…………デート……」
「あ、葵ちゃん……?」
大袈裟なほどリアクションを取る葵に、逆に俺の方が吃驚してしまった。気を取り直してまだ「デート……」と呟いている葵に声をかける。
「ほら行こうよ」
「……は、はい!」
俺が歩きだすと、葵は嬉しそうな顔で後に続いた。
実を言うと美久抜きで二人きりというのも若干の不安はあるのだが、これだけ喜んでくれているのなら今更中止という訳にもいかない。
(……にしても)
隣を歩く葵に視線を向け、その姿をまじまじと見つめる。
遅刻やらドタキャンでバタバタしていたせいでいまいち触れる事が出来なかったが、改めて見ると今日の葵の服装は普段と大分違うようだ。
いつもはもう少し幼いというか少女っぽさを出したカジュアルファッションなのだが、今日は丈の短いフレアスカートに胸元が開いたノースリーブ、薄手のカーディガンというどちらかというと露出の多い恰好だ。
確かに気温は若干高いから肌が出る服なのはわかるが、なんだが急に普段の服装と趣を変えてきた気がする。まるでわざわざ気合いを入れて服を選んだようだ。
「えーと、葵ちゃんさ、その恰好……」
「え!? な、なんですか!? わ、私の恰好がどうかしました!?」
「あ、いや、どうかって……」
なんでもないですよいつも通りの恰好ですよ、という口調だが明らかにそこに触れてもらいたがっている。というか、挙動不審なまでに期待のこもった目でこちらをチラチラ見上げてくる。
まあ男として女の子が服装に触れて貰いたがっているなら、何も言わないのも失礼だろう。
(しかし、何と言ったものか……)
正直なところを言うと、どちらかというと大人びたフェミニンなコーディネートは、童顔で身長も低めな葵が着るとアンバランスな印象になってしまっている。というか間違っても口には出せないが、ぶっちゃけ葵に大人っぽい恰好はあまり似合っているといえない。
これがキレー系で身体もグラマラスな女性が着ればさぞセクシーでアダルトな俺好みのファッションになっただろう。……いや俺の好みはどうでもいいか。
社交辞令的に「似合ってるよ」と言ってあげるのが無難かつ手っ取り早い。しかしそれはあんまりにもおざなりな対応に思えて口に出すのは憚られた。
「きょ、今日はなんだか……大人っぽいね」
「ほ、本当ですか!?」
「あ、ああ。髪も普段と違ってアップにしてるしね。なんかいつもより……そう、色っぽく見える、かな……?」
「っ!……えへ、そ、そうですか?…………えへへ」
結局なんだか無難な答えになってしまったが、それを聞いた葵はにへら~と相好を崩した。
実は似合ってるかどうかに触れておらず、そういうコーディネートをしてきたねという事しか言ってないのだが、まあ喜んでるみたいだし良しとしよう。若干の罪悪感は無視する事にした。
503:Like a sister
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「でもちょっと意外だな。そういう服も持ってたんだね」
「あ、その……こないだ買ってみて、今日初めて着てみたんです」
ふむ、ならばなおの事、美久が来られなかったのは残念だ。あいつならば朴念仁の俺よりよほど的確にこのファッションにアドバイスできただろうに。
「あ、ほら、映画館もうすぐですよ。早く行きましょう、いっくん」
服について触れて貰えた事が嬉しかったのか、葵は少しテンションが上がったように先に立って歩き出す。その姿に微笑ましい気持ちになりながら、俺も追いかけるように後に続いた。
「なかなか面白かったね」
「はい。でもちょっと悲しいラストでした……」
映画館から出た俺たちは近くのカフェで昼食を取っていた。皿一杯に盛られたクラブハウスサンドに手を伸ばし、俺はコーヒー、葵はレモンスカッシュを飲んでいる。
話題は必然、さっき見てきた映画の話だ。見終わった直後から感想を交換できるのは、他人と映画に行く利点とも言える。
映画のジャンルはまあコテコテの恋愛ものだった。いくつもの障害を乗り越えた二人がついに結ばれるが、主人公は最後に遠い場所に行ってしまい恋人はその帰りを待つ、という内容だ。
「恋人を待ち続ける結末ってまあよくあると思うけどね。ああいうの嫌い?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど……」
葵はもごもごと何か言いよどむように口を動かし、やがて妙に真剣な顔で尋ねてきた。
「あの、いっくんは……もし、好きな人と離れちゃったら、ずっと待ち続ける事ってできますか?」
「え?う~ん、どうだろう……」
意図の見えない質問に俺は一瞬戸惑ったが、すぐに葵の真剣さに気付き、自分なりの正直な答えを返す。
「夢のない事言っちゃうとさ、恋人と別れちゃっても、また好きな人ってできるもんだし」
「そ……そうなんです、か?」
「うん、まあ少ない経験からだけどさ」
皿からサンドイッチを取りながら、俺はかつて親密だった人たちの顔を思い浮かべた。
現在俺は大学一年だが、過去に付き合った女性は三人いる。いずれも俺の方から好きになって、そしていずれも向こうから別れを切り出された。
その度にそれなりに悲しんだり打ちのめされたりしたが、そういうものは時間が癒してくれるし、やがて新しく好きな人はできる。少なくとも俺はそうだった。
現実なんてそういうもので、だからこそさっきの映画のようにずっと待ち続ける美しい愛というものが作り話として喜ばれるのではないか。
しかし葵はそれを聞いて、何故か顔を曇らせる。
「じゃ、じゃあいっくんは……その、何年も同じ人を好きでいる事って……変だと、思います?」
「いや、大抵の人は新しい恋を見つけるってだけで……実際にそんな人いたら、すごい……かなぁ」
「そ、そうですか……」
ほっとしたように息を吐く葵。いまいち意図も着地点も見えない一連の会話だった。
「えと……そういえば、この後ってどうする?」
「え?えーと……」
今日の目的である映画は見終わってしまったが、まだまだ日は高いしこのままハイさようならというのも味気ない。見れば葵も若干遊び足らなそうにも見える。「デート」ならばこのままもう少しどこかで遊んでいくのもいいのではないか。
「は、はい……ぜ、ぜひお願いします……!」
俺の提案に葵は一も二もなく賛成してきた。ならば、と俺は行くところをいくつか頭の中にピックアップしつつ、葵の意見を伺った。
「じゃあ葵ちゃん、どっか行きたいところある?」
「あ、それじゃ……あっ、いや、えと……ちょ、ちょっと待っててください!」
そう言うと葵は慌てて席を立った。どうかしたのか、と思ったがトイレだったりした場合を考えると聞くのが憚られるので、黙って見送る事にする。
果たして葵は小走りでトイレの方に駈けていく。危ない危ない。セクハラ野郎になるところだった。
(そういえば……)
葵を待ちながらコーヒーを啜っていた俺はふと思いついて携帯を取り出す。
「結局美久の奴、なんでドタキャンしてんだ?」
理由を聞くついでに一言文句を言ってやろうと美久の番号にかけるが、返ってきたのは通話中を告げるコール音だけだった。
「ふむ」
諦めて携帯を置き再びコーヒーに手を伸ばす。そこへ葵が帰ってきた。
「ご、ごめんなさい。待たせちゃって……」
「いや、気にしないで。それよりこの後だけど……」
「あ、それなんですけど……えと、いっくんの好きなところ行きましょう」
「え、それでいいの?」
「は、はい。でも、その……いっくんが本当に遊びたいってところ……がいいです。私に気を使ってとかじゃなく、普段からいっくんが行ってるところが……私、見たいです」
504:Like a sister
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「…………ん~、そうは言ってもなあ……」
さっきピックアップした候補が無駄になった事を密かに落胆しながら、俺は考え込んだ。
趣味はいくつか持ってるが女の子が行って楽しいようなものでもないし、と心中渋っていた俺だったがはたと気付いた。
(……いや、それが気を使ってる事になるのか?)
そういう事をしないで欲しいという要望を出された上でまだグダグダ考えるのは相手に対して失礼ではなかろうか。しかし、男が相手の退屈を考えず自分の趣味の場所に行く、というのはどうにも抵抗があった。
悩んだ末に、俺は眉根を寄せてひそかに嘆息した。葵の方から行きたいと言い出した訳だし連れて行くのはやぶさかではない。
「……面白いとこじゃないよ?」
「い、いいんです。大丈夫です……!」
俺の念押しに葵は少しだけ緊張を含ませた表情で返してきた。
それならば、と俺は納得して立ち上がり、さりげなく伝票を取ってレジに向かい会計を済ませた。そのまま後から出てきた葵と共に、目的地に向かって歩き出したのだった。
「楽器店……?」
連れてこられた場所を見て、葵が不思議そうな顔をする。きょとんと首をかしげた仕草が童顔な少女に似合って可愛らしい。
「いっくん、楽器やってるんですか?」
「ああ、結構前からね。小学生の頃からだから葵ちゃんと会ってた時にも少しはやってた筈なんだけど」
「知らなかった……………………不覚です」
葵が口を尖らせて不満そうにつぶやく。
別にあの頃のお互いを何もかも知っていた訳でもあるまいし、趣味のひとつくらいしょうがないと思うのだが。
店内に入ると正面の壁に様々なギターが並べて飾ってあった。葵はそれらに目を奪われたように見入っている。
「ふわぁ……ギターがいっぱい……」
俺の趣味の場所なんかに連れてきても、と思っていたが物珍しさから葵は意外と退屈はしていないようだった。
しばらくきょろきょろと店内を見回していた葵だったが、やがて俺のところに戻ってくると目を輝かせて尋ねてきた。
「そ、それで、いっくんは何の楽器やってるんですか?やっぱりこのギター?」
「いや、こっち」
そう言って俺が指差したのは金色に輝く管楽器。アルファベットのJのような形で、先の方が朝顔の花のように広がっている。ボディには機械の部品のようにも見えるタンポやキィガードがいくつもついている。
「……トランペット?」
「いやサックス……」
「…………はぅ」
俺が間違いを指摘すると葵は恥ずかしさからか恐縮したように縮こまってしまった。サックスくらい知らなくても恥ずかしくないよ、と言ってあげるのだが、頬を染めた困り顔はなかなか元に戻らない。
「でも、なんかちょっと意外、っていうか新鮮だね」
「ふぇ……?」
素直な感想を漏らすと、葵は呆けたような声を出した。何のことを言われているのかわからないのだろう。横で彼女を見ている俺にしかわからない事だ。
「葵ちゃん、昔に比べて随分表情がコロコロ変わるようになったからさ。この店に来てから百面相してるよ」
「……っ!」
途端に葵は真っ赤になった顔を両手で隠すように覆ってしまった。実に微笑ましい態度だ。
百面相というのはそういうリアクションも含めてのつもりだったのだが、よく考えるとこんな風に恥ずかしがるのは昔から変わっていないかもしれない。
「も、もう……いっくん……!」
ほんの少しだけ怒気を含ませた声で、拗ねるように抗議をしてきた。俺はすぐさま両手をホールドアップの形にしてみせる。そのまま素直に「悪かった」と謝罪した。年下の女の子をからかうのも大概にしなくてはならない。
それで一応は怒りを納めていただけたのか、葵はそれ以上何も言ってこなかった。気を取り直したように壁に掛かっているサックスに視線を戻す。
「それで、今日はこの……えーと、サックス?を買うんですか?」
「いや、値段見てごらん」
「え……?えーと一、十、百、千、万……ええっ、こんなするんですか!?」
値札を見て驚愕する葵。楽器というものは馴染みの薄い人間にはわからないものだがそう安いものではないのだ。学生の身からするとなかなか手の届くものではない。
「流石にこんな高いものポンと買えないからね。そういう訳だから今日はこっち」
俺は脇に展示されているマウスピースを一つ手に取った。今日の目的はこれ。近々新しいのに代えようと思っていたのだ。
個人的な買い物に葵を突き合わせてしまった形になるのが多少心苦しかったが、一応こうして話題の種にもなるし、と自分を納得させた。
「えーと、それって口につける部分の……?」
「そ。こういう部品もたまに新調しなくちゃいけなくてね」
505:Like a sister
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「へー……」
形状からある程度想像がついたのだろう、葵にもそれが何に使うものか分かったようだ。と、思ったら葵が何故かじっと俺の顔を見つめている。
「葵ちゃん……?」
「口……」
ぼそっと呟いた言葉で、葵が俺の顔ではなく唇を見つめているのに気付いた。
「……何か妙な事考えてない?」
「は!? い、いえ、全然……!」
ツッコミを入れると我に返ったように慌てて弁明を始めた。
……まあ口をつける部分の話題とかデリケートな面もあるし、変に意識してしまっても仕方ないかも知れない。小学生か!と言いたくなるが、そこは葵が思った以上にウブだという事だろう。
さっきからかうのも程ほどにと決めたばかりなので、俺はそれ以上の追及を止めてさっさと買い物を済ませてしまう事にした。
「ちょっと買ってくるから待ってて。店の中見てても外に居てもいいよ」
「あ、はい」
その場に葵を残し、俺は片手にマウスピースを、もう片方に財布を用意して店の奥に進んだ。
会計を終えて店の外に出ると、どこかに電話していたらしく葵が携帯を片手に待っていた。
俺の姿を見つけるとすぐにこちらに近寄ってくる。ちょうど通話も終わったのか、携帯もすぐにしまっていた。
次はどこ行こうかな、と考えながら歩き始めると、隣に並んで歩き出した葵が声をかけてくる。
「あの、いっくんって、やっぱりサックスはかなりできるんですか?」
「いや、そんなに。所詮趣味でやってるもんだし誰かに習ってる訳でもない独学だからね」
それでもまあ小学生の時からだし、それなりの年数経験があるから、全く聞けたものじゃないという訳ではないと思う。
という俺の答えを聞き、葵はおずおずと半ば予想していたその先を続けた。
「えと、その、いつか……いっくんのサックス、聞かせてもらっていいですか?」
「ああ、もちろんいいよ。腕前は保証できないけど、俺でよければいくらでも」
「ほ、ほんとですか!? 約束ですよ!」
期待に目を輝かせる葵。かなり本気のようで、これは「いつか」なんて曖昧な口約束などで終わらせられるようなものではなさそうだ。
もちろん適当に済ますつもりなど毛頭ない。けれど、披露の時の為にかなり身を入れて練習しておいた方がよさそうだな、と俺は心に決めて葵に向かって笑顔で承諾したのだった。
「ここ……まだ残ってたんだな……」
鬱蒼と茂る木々の間を歩きながら、俺はぼそりと独り言を漏らした。
楽器店を出た後、今度は葵ちゃんの行きたいとこにしよう、という俺の提案に、葵が俺を連れて来たのは俺たちの家の近所にある森林公園だった。
ここは昔、葵と美久、三人でよく遊んだ場所だった。当時からそうだったのだが、この辺の自治体が手入れを怠っていて、雑草や木がかなり乱雑に生い茂っている。
そんな訳で公園と言ってもあまり本物の森と変わらないので、そろそろ取り潰されていてもおかしくはないところだった。
だからこそ、広くて木々が乱立するここは鬼ごっこやかくれんぼに最適で、日が暮れるまで駆けずり回っていたものだ。
「いっくん、こっちです」
葵が一本の大きな樹の前で俺を呼んでいた。あの樹にも見覚えがある。この公園で遊ぶとき、待ち合わせ場所にしたり拠点にしたりした場所だ。
「懐かしいな……」
俺はそっと呟き、葵の方に近づいていった。
樹の下で俺を待っていた葵は、俺がそばまで来ると樹の方に向き直った。その目が昔を思い出すように細められ、遠くを見つめるような顔になる。
「昔はこの樹、登るのすごい苦労しましたけど……」
そう呟くと、葵はやにわに枝に手をかけてひょいひょいと登り始めた。普段は見せない意外な機敏さで一番低い位置にある太い枝まであっという間に到達する。
「ほら、この通りです」
ぽんっ、と枝に腰かけ、上からにっこりと笑いかけてきた。その姿を見て昔の記憶が蘇ってくるのを感じる。今葵が座っている枝にどっかり腰を下ろし笑う美久。そこまで登ろうと必死に手を伸ばす葵。それをはらはらと見守る俺。
郷愁、なのだろうか。胸が締め付けられるような何ともいえない気持ちが湧き上がってくる。
久しぶりにこの森に来たから、だけではないのだろう。葵の笑顔を見てそれを確信する。この気持ちは彼女と一緒にここに来た事と無関係ではあるまい。
昔の事が思い出されると同時に、当時の葵への気持ちも一緒に蘇ってくるようだった。
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「でも、ホントにこんな場所でよかったの?」
「はい、いつかまたここに来たいと思ってたんです。その……美久ちゃんとは何度か来た事あったので……いっくんと、二人で……」
頬を染めながらもじもじとそんな事を言う葵。確かにこの場所には当時の俺たちの思い出がたくさんある。俺たちが二人共楽しめる場所としては最適ではないか。
しまった、俺もどうせならこういった所に連れてくるべきだったか。
しかし俺の後悔は別として、まだこの場所が残っていた事、そしてここで懐かしい気分に浸らせてくれた葵には本当に感謝したい気分だった。
だがそれとは別に一言葵に注意しておかなければならない事がある。
「あ~、それはそれとして葵ちゃん……その、言いづらいんだけど……」
「はい?」
「その短いスカートでそこに登るのは、ちょっと目のやり場が……」
「え?………………はぅっ!?」
俺の指摘に葵は数秒硬直した後、真っ赤になってスカートの裾を押さえた。だがその拍子に枝の上でなんとか保っていたバランスが崩れる。
「うひゃっ!?」
「危ないっ!」
前のめりに倒れてくる葵を慌てて抱きとめる。間一髪、という感じに俺の肩に葵の身体が覆い被さるように落ちてきた。その身体はあまりにも軽く、昔より身長差もあるせいか、まるで子供の頃の葵を抱いているかのような錯覚に陥る。
「あー……ビックリした……」
「だ、大丈夫?怪我とかしてない?」
「はい……だいじょぶです……って、ひゃあっ!?」
俺の腕の中にすっぽり収まったままの自分の体勢に気付き、葵があわあわと取り乱し始める。
「あ、あの、いっくん……!わ、私、大丈夫ですから……お、下ろしてください……!」
「あ、ああ、ゴメン……」
確かにいくら軽いとはいえ女の子を抱えたままというのも失礼な話だ。俺はゆっくりと葵を地面に下す。いまだ顔を真っ赤にしながらは~ふ~と呼吸を整えていた葵だったが、突然何かに気付いたように、周りをきょろきょろと見渡し始めた。
「どした?」
「いえ、あの……バッグとかポケットの中身、ばらまいちゃったみたいで……」
言われて気付いたが、確かに今の拍子に落としたのか、周囲にハンカチやら財布やら小物が散乱している。
葵が慌ててそれらを拾い集め始めたので、俺も手伝おうと周囲をきょろきょろ見回してみた。
(あれ……?)
少し離れた茂みに何か落ちているのを見つけた。あれも今、葵が落としたものだろうか。
そばまで歩いていってみると、定期入れのようだった。何気なく拾い上げようとした俺の手がピタリと止まる。
(これは……!)
二つ折り式の定期入れで、それが開いた状態で落ちていた。片面にはやはり葵のものらしい定期が、もう片面には一枚の写真が収まっている。
「いっくん、どうしました?」
「……」
全部拾い終えたのか、無邪気に近づいてくる葵。俺は無言で定期入れを拾い上げ、ゆっくりと葵の方に向き直った。
「葵ちゃん……」
「はい?」
「これ……」
「?…………っ!」
葵の落とした定期入れをそっと差し出す。何事かと覗き込んだその顔が、一瞬で今まで見たこともないような驚愕に染まった。
定期入れに入っていたのは俺の写真だった。
「…………あ、う……」
呼吸を忘れたように口をぱくぱくさせる葵。混乱しきった頭が急すぎる事態の変換についていけない、という感じだ。
女子高生がわざわざ定期入れに異性の写真を入れて持ち歩く。古典的だが、だからこそその意味するところは一つしかない。
「……いや、あの……これは、その……ち、違うんです!えと……へ、変な意味じゃなくて……!それは、その……なんていうか……」
少しだけ頭が働き始めたのか、泡を食ったように弁解を始める。だが、その弁解に内容と言えるものはなく、次第にその声は乏しくなっていく。
「違う……違うんです…………違……」
やがて同じ言葉を繰り返すしかしなくなり、ついには俯いて口を閉ざしてしまった。
「……………………」
耳の先まで真っ赤にしながら押し黙っている少女の姿は、こんな時に言うのも変だがとても可愛かった。全く関係ないところに思考が飛ぶあたり、俺ももしかしたら混乱しているのかも知れない。
葵が石地蔵の様になり、俺も口を開かないため、沈黙が辺りを包んでいた。
ことここに至ってしまえば、口でどう言っても「違う」という事はないだろう。追い詰められたように口を閉ざしてしまったのは、気弱で大人しい彼女に不意打ちの如きこの事態のショックが大きすぎるからか。
507:Like a sister
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しかし俺の方もかけるべき言葉を探しあぐねていた。いくらバレバレとは言っても、葵が口に出してもいないのに俺が言える事があるだろうか。何も言わないのが正しい気がしてくるが、かといってこのままでは二人とも閉じた貝のままだ。
しかし葵は意外にもいつまでも俯いてはいなかった。未だ顔を赤くしながらも、目線を上げて俺を見据え、決心したように言葉を紡ぐ。
「……いいえ、違いません。私は……私は、いっくんの事が……好き、です……」
弁解する事、それ自体が自分の心を裏切る事になる、とでも言うかのように、はっきりと想いをぶつけてくる。それが気弱な彼女にとってどれだけの勇気がいる事か、想像もつかなかった。
じっと何かに耐えるような表情で、葵の視線が俺の目を射抜く。耳の先まで真っ赤なまま、ぷるぷると震えて、うるうると揺れる瞳で―。
どう見てもいっぱいいっぱいという感じだ。それでも葵は視線を外さなかった。
そうして見つめ合っていると、やがて葵の胆力に限界が来たのか、再び目を伏せてしまった。沈黙と生ぬるい緊張の様なものが二人の間に訪れる。
(ふう……)
俺は無意識にため息をついていた。
正直なところを言うと、葵の気持ちに全く思いもよらなかった、などと戯けた事を言う気はない。女の子の心の機微に詳しいなどと自負するつもりはないが、それでも葵の俺への態度は特別な感情を持っている事が十分に察せられる。
ただ、俺にはそれが「恋愛対象の男性」へのものなのか、「親友の兄で自身も親しい男性」へのものなのか区別がつかなかった。だから「もしかしたらそうかも」くらいの感覚ではあっても、はっきりと確信を持つまでには至らなかったのだ。
(いや、違うか……)
それは欺瞞だ。七年ぶりの再会をしたあの日、葵は俺に「昔から自分にとってのヒーローだった」と言っていた。
そこまで言われて気付かない方がどうかしている。俺は多分、無意識にその可能性を頭から封殺していた。
何故なら俺は彼女の事を―。
(ああ、くそっ!)
悪態は誰へ向けたものなのか。苛立ちを振り払うように髪を乱暴にかき上げ、葵の様子を伺う。
再び目線を下げてからはじっと体勢を変えずにいる。しかしよく見るとその肩は微かに緊張して強張っているのが見てとれた。
無理もない。いわば彼女は今、「返事待ち」の状態なのだから。
(はあ……)
再び心中でため息をついてしまう。落ち着いて見えるかも知れないが、俺だって事態の推移に戸惑っている。そんな中で俺はある事実に気が付いた。
「今日さ、美久が来なかったの……わざとだろ?」
「……はい」
掠れたような声で葵は弱々しく俺の言葉を肯定した。やっぱりな、という風に俺は一人納得する。俺はどうやら美久にハメられたらしい。
今日一日の葵の言動を見ればわかる事がいくつもある。
葵があまり似合わない、普段着ない大人っぽい服で来たのは、俺の好みに合わせて。恐らくそのアドバイスをしたのも美久。
映画のチケットを持ってきたのも、今日映画に行く事を発案したのも美久だ。多分映画の中身がコテコテの恋愛映画だったのもアイツのチョイスなんだろう。
所々で葵が電話をかけていた相手も多分美久だろう。喫茶店のトイレや楽器店の前で待っていた時、次の行動にアドバイスをもらっていたというところか。
つまり今日のこのデート自体がほぼ美久の演出なのだ。今こうして葵が告白している事以外は。
以前、葵は美久が学校で恋愛相談を受けている、と言っていた。何のことはない、葵自身その相談者だったということだ。
(美久の奴……)
妹の得意気な顔が目に浮かぶようだった。きっとアイツは嬉々として今日のデートのプランを練ったり、葵にアドバイスをしたりしていたのだろう。
俺は自分が腹を立てている事に気付く。
葵にではない。恋愛経験豊富な親友、それも対象の妹なんて相談相手にはぴったりなのだから、葵が美久を頼るのは当然と言える。
腹を立てているのは美久に対してだ。アイツはたとえ親友の頼みでも、葵の相談に乗るべきではなかった。俺が葵をどう思っているかなんてアイツが知らない訳がないからだ。
「……」
「あの、いっくん……?」
黙り込んでしまった俺に葵が恐る恐る声をかけてきた。その声で思考にふけっていた俺は現実に引き戻される。
508:Like a sister
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俺の心中は複雑な想いが渦巻いていた。だが、いずれにせよ葵の気持ちになんらかの返事をしなくてはならない。
目を瞑り、言葉を探して、数秒経た後、
「いつから……?」
俺の口から出てきたのはそんな台詞だった。その言葉を受け、再び葵が喋り始める。
「昔から……です。ずっと前から……小学校の時から……いっくんと出会ったばかりの頃から……」
そんな前から、なのか……。思わず自分の耳を疑う。
葵と初めて会ったのは小学二年生の時だ。それなら十年以上も前という事になる。
俺は中学に上がって、葵と会わない事をあまり気にしなくなっていったし、葵もまたそうだろうと勝手に思っていた。だが、きっと葵の方は会わなかった七年間も俺の事を想い続けてくれていたのだろう。
その想いの大きさと深さに、不覚にも少しだけ嬉しさが募る。
だが、それは持ってはいけない感情だ。いや、俺にはその感情を持つべき資格がないというべきか。
心中から余計な感情を追いやり、本題に入るべく俺は口を開いた。
「葵ちゃん……」
「は、はい……!」
俺の声に葵はビクリと身体をすくませた。返事をした声もつっかえ気味でよほどの緊張をしているのがわかる。
「えと、まずは、その……ありがとう。気持ちは素直に嬉しい」
そんな風にガチガチになっている娘にこれから言う事は厳しすぎる、そんな風に思ってしまったからか、無意識に無難な台詞から入ってしまった。もっときちんとした言葉で伝えなくてはならない。
「葵ちゃんさ……前も言ったけど、女の子っぽくなったし昔に比べてすごく可愛くなったって思う。そんな娘に好きだって言って貰えた事はすごく嬉しい。これは俺の本心だよ。でも……」
続く言葉が葵を傷つける事を知っていて、それでも言わなければいけなかった。
「ごめん……君は昔から俺にとって、よく遊んであげた年下の女の子でしかない。妹と……美久と一緒に面倒を見てた娘で、君自身も妹のような存在でしかないんだ……」
「……っ!」
残酷な俺の言葉を受け、悲痛なまでに葵の顔が歪む。
あまりに痛々しいその表情を正視している事ができず、俺は卑怯にも顔を背けてしまった。
そうして葵の顔を見れないまま、俺は更に無慈悲な言葉を投げかける。
「あの日久しぶりに会えて、その時は葵ちゃん可愛くなったって思ったけど……仕草とか笑った顔とかはやっぱり昔のままで、昔の葵ちゃんを思い出す度に俺の中で君はまた妹に戻っていって……」
言っているのが辛くなり、そこで俺は口を閉ざしてしまった。
葵もまたショックのせいか力なくうなだれ、何も言葉を発さなくなった。当然のようにしばらく沈黙が続く。
日の落ちかけた森の中、互いに何も言葉を発さずにいる二人。置物のように動かない俺たちは、まるでこの森にぽつんと設置されたオブジェのようでもあった。
「ひ……ぐ……」
不意に上がった掠れた声に沈黙が破られた。発生源は隣に座る葵からだ。
「く、ふ……うぅ……」
嗚咽に噎せるような吐息を漏らす葵に視線をやると、下を向いたまま、その小さな肩をわずかに震わせていた。その俯いた顔からわずかに覗いた目元に、光るものを見つけてしまう。
(泣くんだろうなぁ……)
心中に苦いものがこみ上げてくるのを感じ、俺はひそかに重く息を吐いた。
女の子が泣くのは苦手だ。とても暗い気分になる。
もちろん先ほど葵に告げた気持ちは嘘偽りないもので、自分は間違った事は言ってないと思っている。
だが彼女を泣かせてしまったのは紛れもなく俺自身の言葉だ。彼女が味わう悲しみは俺なんかの比ではないはずだ。
それを考えればたとえ自分に恥じるところなくとも、少女の泣き顔の一つや二つ、いや恨みの一つや二つくらい甘んじて受け入れるべきだろう。
だが、葵からは予想していた反応は返ってこなかった。変わらずじっと目を伏せたままだ。
「葵ちゃん……?」
とうとう俺の方が沈黙に耐えられなくなった。先ほどとは逆に今度は俺が葵の顔を伺うように恐る恐る声をかける。
「……わかってました」
「へ?」
ぼそりと呟くような声に、俺は思わず呆けた声を上げてしまった。葵はもう一度、今度は少しはっきりとした声で告げる。
「なんとなく、わかってました……いっくんが私の事どう思ってるのか……」
「……」
何と言っていいかわからず沈黙する俺に、葵は長らく伏せていた顔を上げる。
こちらを見据える瞳は隠しようもなく涙に濡れている。しかし表情そのものに悲しみの影はなく、どこかしら決意のようなもの感じさせる面持ちだった。
じっと俺を見つめながら、葵はぽつぽつと語り始める。
509:名無しさん@ピンキー
13/07/20 NY:AN:NY.AN UpjowU6X
連投引っ掛かった…
510:名無しさん@ピンキー
13/07/20 NY:AN:NY.AN xdSz8nap
支援
511:Like a sister
13/07/20 NY:AN:NY.AN 8c2aG2xM
「いっくんは……昔よりすごくかっこよくて、大人になってて……それでも七年ぶりに会った私を気遣ってくれたり、相変わらず……ううん、昔よりもっと優しくて……私、いっくんのそういうところが好きだったんです」
葵はそこで一旦言葉を切り、ふうっと息を吐いた。そのまま数秒口を閉ざすと、深呼吸をして再び話し始めた。
「今日一日、すごく楽しかったです。いっくんと色んなとこ行って、色んなもの見て……いっくんはどこ行っても昔と同じように接してくれて……」
そこまで話すと、葵は初めて表情を崩し、泣き笑いのような顔を作った。
「でも、昔と同じように接してくれるってことは……今でもいっくんの中で、私は……手のかかる妹でしかないってことで……その事に気付いちゃって……」
私、見た目子供っぽいから余計そう思っちゃいますよね、と泣き笑いに自嘲を混ぜた表情を作る。俺にはその顔を正面から見ている事が出来ず、ふっと目を逸らした。
「……ゴメン」
「謝らないでください。いっくんは何も悪くないんですから。それに……」
続く言葉は今までの葵からは想像できないほど力強く、目にはかつてないほどの決意があった。
「私、諦めませんから」
「……」
思わず気圧されるように息をのむ。
「いっくんが私の事、妹みたいに思ってたとしてもいいんです。だって……十年以上もいっくんの事好きだったんです。……今さら一度や二度振られたくらいで、この気持ちは変わりません……変えられません……」
「葵ちゃん……」
「だから、今日……ダメだったとしても……いつかきっと、いっくんに好きになってもらいたい」
……ああ、俺は一体なぜこの娘を気弱で脆そうだなどと思っていたのだろう。こんなにも強くはっきりと自分の気持ちを伝えられる娘に。
昔と変わっていないなんて俺の思い込みだ。桐嶋葵は俺の知る内気で控えめな少女以外の一面を獲得していた。それは同時に昔のままだからこそ妹のようにしか思えないという俺の言葉に穴を開けるものでもあった。
「今日は……もう、帰ります」
その事実に気付いたのか否か、葵はわずかに目尻に溜まった涙滴をぬぐいそう言った。
「いっくん……あの、こんな事になっちゃったけど……今日はすごく楽しかった、です。ありがとう……ございます……」
「葵ちゃん……」
立ち上がり、座っていた埃を落とすと、葵は俺の方に視線を向けずに歩き出した。思わず俺も立ち上がって後を追おうとすると、どこか懇願するかのような葵の制止が飛んでくる。
「あ、送って貰わなくても……大丈夫です。というか……やっぱりちょっと、ショックでしたし……今ついて来られると……多分、泣いちゃうから……。今夜ベッドの中で大泣きしますから……それまでは、強がらせて下さい……」
ほんの僅か、涙混じりの声で告げられたその言葉で、俺はもう動けなかった。ゆっくりと歩いて去っていく葵をただ見ている事しかできず、俺は日が暮れた森の中でずっと一人佇んでいた。
512:Peachの人
13/07/20 NY:AN:NY.AN 8c2aG2xM
「どういう事だ……!」
家に帰ると、俺は妹の部屋に直行し、ベッドでくつろいでいた美久を問い詰めた。
「あら兄さん、おかえり。何の事?」
「とぼけんな!」
俺の剣幕に美久は冷ややかな目を返す。そんな態度にますます神経が逆撫でされた。
「葵……告白したんですってね。さっき聞いたわ。……で、兄さんはすっぱり断ったと」
「ああ……」
「私が責められる謂れはなにかしら?」
「なんで恋愛相談なんて受けた……!」
「親友の恋路を応援するのは当然でしょう」
「お前ならどういう結果になるかわかっていたはずだ……!俺があの娘をどう思ってるかくらい知っていただろう……!」
吐き捨てるように怒りを露わにする俺に、美久は真面目な表情を作りこちらに向き直った。
そして意外な事を口にする。
「あの娘には可哀想な事したけど……私はどの道遅かれ早かれ、葵には兄さんに告白してもらうつもりだったわ。もちろん兄さんが断る事も承知の上で」
「……なんでそんな……残酷な事を」
意味が分からず、ただ茫然と真意を問うしかできない俺に、美久は澄ました口調で続ける。
「兄さんが葵を妹のようにしか見ていないからよ」
「…………」
「今のままじゃ兄さんにとっての葵っていつまでも妹のままだから。兄さんに葵を女の子として意識して欲しかったの。それに、昔と違う「今」の葵を見て貰いたかった。たとえ一度振られたとしてもね」
あの娘なら一回二回振られてもきっとあきらめないから、と美久はまるで見てきたかのように先ほどの葵と同じ事を言った。
俺はそれきり言葉を失う。美久は真剣に葵の相談に乗ってその恋を成就させようとしているのがわかったからだ。一度でも振られるような事をさせるのを憤る気持ちはあったが、そもそもこれ以上は振った本人が言える事ではない。
「ね、兄さん……今でも葵を以前と同じように見てる?妹みたいなもので恋愛対象には成り得ない?」
「それは……」
脳裏に葵の顔がチラつく。彼女は妹のような存在のはずだ。それは間違いない。なのに、いつになく真剣に問う美久の質問に、俺は答えることができなかった。
という訳でLike a sister二回目ですまだ続きます
まあ葵ちゃんバレバレだよねって事で
しかし大学生と高校生のデートにしちゃ華がないな…
遅筆ですが次回も出来れば読んでやってください
>>510さん支援ありがとうございました
513:名無しさん@ピンキー
13/07/21 NY:AN:NY.AN WuPBSGM8
女性つえええ
兄より年下なのにすごい腹が据わっている妹様ですね。
面白かったです
次も楽しみにしています
514:名無しさん@ピンキー
13/07/21 NY:AN:NY.AN M3dHsLnP
GJ!
葵が健気過ぎて切なくなるな
でもついに主人公のフィルターが外れて前に進み出したってところですね
続き楽しみにしとります
515:名無しさん@ピンキー
13/07/21 NY:AN:NY.AN c13dXKkY
うわあああああああああ(;Д;)
GJ!GJ!!
神様が降臨なさった\(T∀T)/
516:名無しさん@ピンキー
13/07/24 NY:AN:NY.AN MfTcq7WK
久しぶりに来たら、新作が。みなさんありがとう!!
517:名無しさん@ピンキー
13/08/06 NY:AN:NY.AN vsQ4SWYp
ほ
518:名無しさん@ピンキー
13/08/12 NY:AN:NY.AN K9hgsytV
ho
519:名無しさん@ピンキー
13/08/12 NY:AN:NY.AN BVLA64GK
>>518が尻尾立てた猫に見えるせいで、ごろごろすりすりして甘える猫系幼馴染を妄想してしまうぞどうしてくれる!
520:名無しさん@ピンキー
13/08/13 NY:AN:NY.AN YZGD5ted
>>519
その妄想を文章にすればいいじゃない。
521:名無しさん@ピンキー
13/08/13 NY:AN:NY.AN 7/FEsPok
>>519に期待
522:名無しさん@ピンキー
13/08/25 NY:AN:NY.AN t1PwEgGC
保守
523:うふ~ん
うふ~ん DELETED
うふ~ん
524:名無しさん@ピンキー
13/09/07 14:01:11.21 FJctGIjI
ほし
525:名無しさん@ピンキー
13/09/09 20:29:55.88 rGlaB6G1
無限軌道Aのコミケの新刊手に入れたけど超ツボ!!久しぶりに大当たりの幼馴染に会った。
526:名無しさん@ピンキー
13/09/09 22:10:44.85 J2GxoI6J
最初からベタ甘の幼馴染もいいけど、一度離れ離れになって再会した時にすごく大人っぽくなってる幼馴染もいいよね
527:名無しさん@ピンキー
13/09/09 23:30:58.32 +TgHXjsE
大人っぽい幼馴染も良いけど、再会しても当時のままのような子供体型幼馴染も良い
528:名無しさん@ピンキー
13/09/09 23:50:50.11 hkmMy9e8
再会型幼馴染は不幸なくらいが好き
再会をきっかけに愛の力でハッピーエンドよ
529:名無しさん@ピンキー
13/09/10 01:38:30.32 ApK9jjJ4
気風が良くて人情味があって元気で朗らかな幼馴染と
偏屈で照れ屋だけど義理人情に篤い男がお互いよく分かってて
恋人というよりも相棒みたいなノリのコンビが好き
あんまり甘すぎない感じで
お互い照れくさくて指先だけでそっと触れ合っているような二人が良い
530:名無しさん@ピンキー
13/09/18 23:57:47.57 pyZYNRxL
>>526-527
実体験なんだが、中学まで一緒だった子と約10年ぶりに会うことになって、
どれほど見違えるようになったかと軽く期待していたら
まるで成長していない…
なんだか逆に俺が取り残されたような気分だったよ。
531:名無しさん@ピンキー
13/10/01 20:37:01.89 FZCOQj7+
この前久しぶりに地元に帰った時に幼馴染と会って相変わらず可愛くて思わず好意を伝えてしまった
532:名無しさん@ピンキー
13/10/01 20:44:16.39 FZCOQj7+
この前久しぶりに地元に帰った時に幼馴染と会って相変わらず可愛くて思わず好意を伝えてしまった
533:名無しさん@ピンキー
13/10/10 19:28:31.62 lkkQEQFC
朝起こしに来た幼なじみに朝起ちを見られて
いつもならそこで幼なじみに「変態!」とか言われるだけなんだがその日は
何故か雰囲気が違って真面目にチンコに興味持ってついには手で触り始めて来るみたいなシチュ
最初は「やめろよ」とか言って手を払い避けようとするけどそれでもしつこく触ってこられ
徐々に気持ちよくなってしまい最後はイッてしまうみたいな
534:名無しさん@ピンキー
13/10/10 20:13:59.32 Nzm/9w1e
森の奥の秘密基地で幼馴染と遊んでいると偶然エロ本を発見する
性について殆ど知識のない二人がエロ本に載ってることを真似して
お互いに愛撫しあい射精したり潮吹きしたりするみたいなシチュ
535:名無しさん@ピンキー
13/10/15 01:58:17.10 40niu4C6
某ゲ製のエロゲ企画で幼馴染シナリオいっぱいねじ込んだった
536:名無しさん@ピンキー
13/10/19 12:06:18.35 /puCPK2q
>>9
恋愛をメインに持ってくると出会いから徐々に関係がよくなる展開を描かなければもりあがらない、出会い済み何らかの関係がすでにできている幼馴染を盛り上げるには力がいる。
恋愛がメインじゃないと逆に突然昔から好きだったと言い出しても大丈夫な幼馴染はヒロインに便利。
ラブコメが増えたって事だよね。
537:名無しさん@ピンキー
13/11/05 14:16:28.66 /4hIeLlO
甘噛み系幼馴染
538:名無しさん@ピンキー
13/11/05 20:19:49.07 uv8hJemc
>>529の設定でふと幼馴染にムラっと来て勃ってしまった男とそれに気づいて
からかう幼馴染とかいいと思う
軽くズボンの上から握られて男が「やめろよ///」とか言いつつあそこはさらに固くなっていって
その内幼馴染も本気になって男のズボンずり下げてちょっと恥ずかしがりながら触っていくみたいな
539:名無しさん@ピンキー
13/11/10 21:21:32.30 TfhicD5a
親父が昔付き合っていたけれど自分の都合で別れた女の娘と親父の死後に偶然出会う
過去の因縁のせいもあってイロイロこじれるけれどそれを乗り越えてそのミーツヒロインとのエンド
と見せかけて幼馴染ヒロインが立ちふさがる
幼馴染を選ばないとすこぶる後味が悪いゲームシナリオとか思いついたんだ
540:名無しさん@ピンキー
13/11/11 09:09:04.90 50lHrOqX
もっと詳しく。
たとえば、自分、親父、幼馴染、別れた女の娘、それぞれの年齢 とか、性格とか、
この4人の住居のある場所とか、
その他、色々。
541:名無しさん@ピンキー
13/11/14 19:18:59.92 vz+lINjE
その手のゲームの予定で用意してるから
年齢はお察し
ミーツと主人公&幼馴染の住まいは離れているでしょう
それも多分住んでいる地方が違うくらいは最低
まあ今もそもそ別件で書いている奴の
さらにアレンジの予定ですから
実際に書くのは多分ずいぶん先になるのでしょうが
幼馴染をラスボスにするには
付き合っててもおかしくないくらいの絆と同時に
そうするには大きな障害があって別のヒロインへ「仕方なく」流れていくという形が必要だと思う
ロミオとジュリエット、ただし他にヒロインが複数あり
みたいな
他のミーツヒロインルートで張ってある伏線が幼馴染ルートで回収されたりする形
多分他のヒロイン好きになった人に嫌われるタイプのシナリオ
542:名無しさん@ピンキー
13/11/26 06:56:08.82 eEa2h4Ds
お
543:名無しさん@ピンキー
13/11/28 02:40:27.67 1PzDoUCT
凪のあすから見てて男女四人ものとか書きたいなあと話考えてたらどんどんドロドロになってしまったので断念
保管庫にあった兄弟と姉妹の奴は面白かったなあ
544:名無しさん@ピンキー
13/11/28 22:58:35.86 tTXVXGrd
>>543
どれ? タイトル教えて
読みたい
545:名無しさん@ピンキー
13/11/29 01:15:37.66 j6Hl1oDL
>>543
「stadium/upbeat」って作品
男女2組のペアってより片方は当て馬って感じだったが
546: ◆e4Y.sfC6Ow
13/11/30 13:23:14.88 sOrnMLcq
>>545
お、おう
ありがとうございます
547:名無しさん@ピンキー
13/11/30 18:37:56.29 DBfWi8pU
おまいらオススメの保管庫の作品ってどれ?
548:名無しさん@ピンキー
13/12/01 00:11:14.18 QQtCVFfY
青葉と創一郎
とんがったところもあまりない代わりに安定した出来だと思う
549:名無しさん@ピンキー
13/12/01 17:49:15.15 TNvlNWe1
『都合のいい幼なじみ』のプロットは大好き。
好きな娘を押し倒してしまう男と好きな男だから我慢できる女。
素晴らしいもっとやれ。
550:名無しさん@ピンキー
13/12/01 22:42:05.27 6+wCR7B4
In vino veritasが良かったな
特に飲み屋の所が
551:名無しさん@ピンキー
13/12/05 21:56:17.64 YYA7S0j2
In vino veritasとシロクロは大好きですね。新作でないかな~
552:名無しさん@ピンキー
13/12/06 01:41:43.08 koWYnnMK
保管庫覗くと面白いのいっぱいあるよなあ
自分もこれくらい面白いの書きたいと悔しくもなる
553:名無しさん@ピンキー
13/12/07 17:08:50.10 /3r5g8Gp
In vino veritasは作者のサイトにはバレンタイン編もあるな
554:名無しさん@ピンキー
13/12/07 23:50:47.34 uAnJ+EFP
>>553
まじで?
555:理想と現実
13/12/19 07:32:16.17 w1Q1Sduj
マンガみたいな恋がしたい。
しかしどうにもこうにも私の周囲は平凡で、ロマンチックとはほど遠い。
どうやら今年のクリスマスもまたトシと過ごすことになりそうだ。
トシとはお互いに覚えていないぐらい小さな頃からの長い付き合いの男だが、恋人ではない。
え、それはマンガ的な“幼馴染み”ってやつじゃないか、って?
いや、それとはあまりにかけ離れている。
たとえば、トシの部屋に上がりこんで「遅刻するわよー」なんてやったこともない。
どちらかというと現在は私がトシに起こされることのほうが多い。
トシの以前のルームメイトが実家に帰り、家賃の負担が大きくなってしまったところに私が転がり込んだのだ。
同棲?いや、単なるルームシェア。
別にそんな男と女などという関係では断じて、ない。
もう全裸で風呂から上がってもなんとも思わない。
身体に興味を持ったこともなかったわけではないが、ずいぶん前のことだ。
興味本意。高校を卒業した春だった。
カラオケ屋はどこも混んでいて、ラブホで歌うことを私が提案したのだ。
単純に、興味があったから。どうかしていた。
ねえ、お風呂入ろうよ。中学のときまでたまに一緒に入ってたじゃん。
トシは勃たなかった。
私も冷静になった。
この男を異性として見れない。
私じゃ不満か、インポ野郎。
それでもたまにオナニーはしているようだが。
バレバレだよ。
オカズの娘と私はどう違うのだろう。
誰だ、ちんちくりんとか言ったやつ。
ああ、今年こそはいい男見つけるぞ。
556:名無しさん@ピンキー
13/12/26 01:15:03.89 zxGx7OvQ
そしてクリスマスには何事もなかったとさ。
557:名無しさん@ピンキー
14/01/03 15:05:15.42 La/CuPnH
保守
558:名無しさん@ピンキー
14/01/06 00:35:26.98 0CDxOeDH
投下してみます
高嶺の花、という言葉がある。ただ眺めているだけで、決して手に届かないもの。
俺の幼馴染みは、案外その言葉がぴったりなのかもしれない。
「やっぱ超かわいいよなー、若菜ちゃん」
グラウンドの片隅で準備運動をしている陸上部の女子部員を見て、先輩がため息交じりにそう言った。
「まあ、外面だけは、そうですね」
夏の風になびく束ねられた長い黒髪、まるで子犬を愛でるのが趣味というような穏やかで整った顔立ち、
運動部に所属しているだけあってよく絞られたスレンダーな体型、だけど出ているところはしっかりと出ているボディ。
一見なら清楚で健康的な美少女だと誰もが思うかもしれない。けど中身はただのお転婆だ。
高校、いや思春期に入ってからはその本性を友人以外には隠しているから、あいつをよく知らない人はすぐその容姿に騙される。
それで、可哀想な男たちが次々と若菜へアタックする。それでまた、見事に玉砕する。
「でも、中身はひどいんですから」
俺は若菜に騙される犠牲者をこれ以上増やさないためにも、警告の意味を込めてこう言った。
「おうおう、昔からの友達は何でも知っているってか。羨ましいねぇ」
先輩は恨めしそうに俺を見た。俺と若菜が保育園からの腐れ縁であることは、いつの間にか周知のこととなっていたのだ。
「そんなわけないですよ。ガキの頃からあいつにどんだけ振り回されて―」
その時、突然俺の顔に至近距離からサッカーボールが飛んできた。当然よけられるはずもなく、痛みで思わず顔を押さえる。
「ちょっ、何するんですか!」
ボールを投げた張本人は、悪びれる様子もなくにやにやと笑っている。でも目は笑っていない。
「おいおい、そんな反射神経でキーパーが務まるのか?」
「今のはどんな名キーパーでも防げませんよ」
「うるせえバカ。お前なんか、今日の夕飯で魚の骨がのどに刺さればいいんだ!」
そう言って先輩はボールも拾わずにスタスタと俺から離れて行った。
「せ、先輩、シュート練習は!?」
「休憩だ!」
そんな勝手なことしていいのか、と思いつつ、俺はその指示に従うしかなかった。
夏にもかかわらず日が落ちてしまった時間帯に、サッカー部の練習はようやく終わった。
うちの高校は強豪というわけでもないのに、いやむしろ弱小といっていいくらいなのに、練習はそれなりにハードだ。
今年のインターハイには当然出られなかったし、もちろん選手権出場だって誰もが諦めている。実際、ほとんどの3年生は夏と同時に引退した。
俺たち一年生も、きっと二年後の夏には同じようにしているだろう。
サッカー部だけじゃない、俺の通う高校はどの部も大した成績を残していない。野球部も、剣道部も、吹奏楽部も、美術部も。
まあ、つまりは至って普通の高校なのだ。
そんな普通の学校に通う、これまた普通の学生である俺だが、ただ一つだけ普通じゃないとすれば、それは―。
「おーい、雄二」
たった今出てきた校門から、一人の女子が俺の名を呼び、大きく手を振りながら走ってくる。
それは、今日の部活中、ある先輩がかわいいと見とれていた陸上部の女子、若菜であった。
そう、普通じゃないとすれば、誰もが羨むほどの美少女が幼馴染みであることかもしれない。
だいたい、異性の幼馴染みなんてものは年をとれば自然と疎遠にあるものだ。
だけど、どういうわけか俺には今も平気でつるむ女の幼馴染みは健在だった。
「ちょっと、何で待っててくれないわけぇ?」
さすがに陸上部なことだけあって、結構な距離を走ってきたにもかかわらず若菜の息は全く乱れていない。
「何でって、別にそんな約束してないし」
こんなセリフをウチの学校の男どもの前でいったなら、俺はおそらく袋叩きにされるだろう。
だが幼馴染みとは不思議なもので、若菜がいくら美少女とはいえ、俺にとっては単なる昔からの友達でしかない。
年頃の男女のように仲睦まじく帰りたいという願望など、こいつ相手には持てなかった。
多分、向こうだって同じ思いなはずだ。
559:名無しさん@ピンキー
14/01/06 00:37:03.77 0CDxOeDH
「部活終わるのはほとんど一緒の時間じゃん。友だち甲斐がないなー」
若菜はこう言うものの、当然本気で責めているわけではない。
「お前だって、一人でさっさと帰る時あるだろ」
とはいえ、俺も何か反論しないと気が済まなかった。
「えー、だって観たいテレビとかあるし」
「俺もそうだとは考えんのか」
ここで沈黙が流れる。どうやら相手は返事に窮しているようだった。が、
「ふーん、雄二って、暗い夜道を女の子一人で歩かせられるほど冷酷な人なんだねー」
自分は勝手に一人で帰ることもあるくせに、そのことは棚に上げて、にやにやしながら俺を非難し始めた。
「はっ、誰が出てきても、逃げ足の速いお前なら平気だろ」
真面目に取り合うのも馬鹿らしいので、俺は適当にあしらう。
「ふふん、まあね」
自慢の足を褒められて嬉しいのか、若菜は急に上機嫌になり、なぜかその場で一回転した。謎の行動に俺は思わずドン引きする。
ただ回転した時に、若菜の肩の下辺りまで伸びている長い黒髪の先っぽが、俺の鼻に当たっていた。
そして、その甘くいい匂いを嗅げたのは、まあ、ラッキーであったかもしれない。
部活の時と違って髪を縛り上げてはいないため、今の若菜は深窓なお嬢様といった雰囲気がより強く出ていた。
男どもが狙うのも無理はない、と幼馴染みのひいき目なしでも思ってしまう。
こいつは本当に、その見かけ通りおしとやかな女であったなら―。
「とうっ!」
そんなことを考えていたら、いきなり若菜が俺の太ももを蹴りだした。
「痛……何すんだよ!」
「いま、『こいつは口を開かなければ最高の女なんだけどなー、ぐへへー』とか思ってたでしょ」
「か、考えてねえよ。つーか、自分で最高の女なんてよく言えるな」
こいつに告白して玉砕した男たちは何て幸せなんだと思った。こんなナルシスト、彼女としては最低だろう。
まあ、それにしたって、よく俺の考えていることが分かったな。俺ってそんなに顔に出るタイプだったのか。
とはいえ、
「仮に考えていたとしても、何でいきなり暴力なんか―」
「あーーもうこんな時間、早く帰らないとママに叱られちゃう」
わざとらしい口調で俺の抗議をさえぎった若菜は、急に俺の手をつかむと、そのまま引っ張るようにして歩き出した。
「ほら、早く早く」
「わ、分かったら、手ぇ放せよ、痛いって」
「あ、ごめん」
俺は解放された手をいたわるようにしてさする。すると、若菜が心配そうにこっちを見つめていた。
どうせなら手だけではなく、さっき自身が蹴った太もものほうも気にかけてほしかったが、あえて突っ込まないことにした。
「大丈夫だよ」
「そっか……悪い悪い」
「でもなんでいきなりつかんだんだよ。お前が歩けば俺も歩くって」
「うーん、昔の習性かな」
「だったら、すぐ直すことをおすすめするね」
そういえば、中学のときも同じことがあった。しかもその時は、運悪くその現場をクラスメイトに見られてしまっていた。
誤解はすぐに解けたのだが、それでもすでに広まっていた噂は完全に鎮めることなどできず、何人かは最後まで俺と若菜が付き合っていると勘違いしたままであった。
俺も、そして若菜も、お互いをそんなふうに見たことなどないというのに。
「そうだね、また前みたいに勘違いされたら困るし」
どうやら若菜も同じことを思っていたらしい。
「そうそう、ただでさえお前は、な・ぜ・か、男からモテるからな。誤解された日には、俺の身が危ないよ」
俺は冗談交じりにこう言った。しかし、若菜は押し黙ったままであった。
「おい、若菜……」
「えっ、あ、そう、そうだね」
明らかに俺の話を聞いていなかったらしく、若菜は適当に会話を流した。
どことなしか、さっきよりも沈んだ顔つきになった気がする。
「あっ、そうそう、それよりさ―」
若菜は笑顔で雑談を開始した。さっきの表情が見間違いであったとこちらが思うくらい、明るかった。
「じゃ、また明日」
家の前に着くなり、若菜はこう言って自宅に入っていった。
一人になった俺は、ここからわずか数分もかからない自宅に向かって、健康のために走ることにした。
何だかんだと言っても、やはり昔からの友達はいいものだ。
560:名無しさん@ピンキー
14/01/06 03:25:08.52 GQIn0SFt
続き全裸待機
561:名無しさん@ピンキー
14/01/06 14:11:03.91 7xxmAkUy
久しぶりの投下で続き読みたい欲がやばい
562:名無しさん@ピンキー
14/01/06 23:33:51.86 pePzJhZY
いいね~
本当に匂わす程度の見え隠れするフラグ
早く気づいてあげて雄二
とにかく続き続き
563:名無しさん@ピンキー
14/01/14 00:51:55.75 SyjAuvhi
昨日で成人の日は終わってしまいましたが、ちょこっとだけ。
非エロです。
成人式。二十歳を迎えた儀式である。
中学卒業でバラバラになり、高校卒業でさらにバラバラになる。そんな連中が久しぶりに顔を合わす機会でもある。
今、俺の目の前にいるのも2年ぶりの再会相手である。
とはいえ、しょっちゅうメールしている気がして、ちっとも久しぶりな感じがしない。
「さっきは誰か、マジでわかんなかったよ」
「そんなこと言って、私に見とれてたくせに」
「バーカ、勘違いもいいところだ」
「あ、バカって言った!バカって言う奴がバカなんだよ」
さっきまで振袖を着ていた幼馴染―文香は、今はラフな格好で俺のベッドに腰掛けている。
「文香は変わんないよな、そういうところとか」
「隆ちゃんは…変わったのかな。なんか、かっこよくなったよね」
「なんだよ、いきなり」
「いや…見間違えるなんてことはないけどさ。隆ちゃんと幼馴染ってだけで、私も鼻が高いって感じ」
そう言って、笑顔で俺のことを見つめている。
…こいつ、こんなに大人っぽかったっけ。
なんでだろう。何が変わったんだろう。
つい、まじまじと文香の全身を眺めてしまった。
俺の視線に気づいて、きょとんとして…すぐに笑いだす。
564:名無しさん@ピンキー
14/01/14 00:53:17.56 SyjAuvhi
「ほら、やっぱり隆ちゃん私に見とれてる」
「…そんなことねえって」
「素直じゃないなあ」
ぽんぽんと文香が俺の頭を撫でる仕草は、十数年前と変わらない。
あの頃の文香はお転婆で、俺に対してもお姉さんぶろうとする。実際その頃は同い年の俺よりも少しだけ背が高いし、成績も良かったから、そんなのが板に付いていた気がする。
もちろん今は、俺のほうが背が高いし、どちらも相応のレベルの大学に行っているから、劣等感みたいなのはないんだけど。
「私、彼氏募集中だからね」
「ほー、誰か大学の友達でも紹介しろってか」
「それでもいいけどねー」
いいけどね、ってなんだ?
俺が思わずきょとんとしていると、急に思い出したように文香が立ちあがる。
「もうこんな時間だ。隆ちゃん、あとで迎えに来てよ」
「は?」
「忘れたの?中学校の同窓会でしょ。いくらなんでもこの恰好じゃ行けないし」
「いや、それじゃなくて、迎えに…って」
「どうせ一人で行くんでしょ、だったら迎えに来てよ」
やれやれ、とため息をついて、同意の手を振る。
見た目は綺麗になっても、俺に対する扱いは昔のまま、か。
565:名無しさん@ピンキー
14/01/14 00:55:00.43 SyjAuvhi
隆二の家を出てきて、隆二の部屋の窓を振り返る。
もちろん、見送ってくれるようなタイプではないんだけど。
うちまでは大した距離じゃないけど、その間に何度ため息が出たことか。
誰かわかんなかった、ってだけでも、嬉しかった。
きっと隆ちゃんの中では、私はいつまでもお転婆な女の子のまま。
高校まで、正直おしゃれとか気を遣ったこともあまりなかったし、一番長い間そばにいたから、今日みたいな化粧とか格好とか、初めて見たはずだし…。
でも一番衝撃だったのは、式の会場でもちらほらと、隆ちゃんのことかっこいいとか、昔好きだったなあとか言ってる声が聞こえたこと。
彼女がいるとかは高校までずっと聞いたことなかったんだけどな。
そんな声が聞こえてくるだけで、ちょっとドキドキしちゃってた。
当の本人は、周りの女の子の声はおろか、私の気持ちにだって気付いていまい。
566:名無しさん@ピンキー
14/01/14 00:56:19.32 SyjAuvhi
「私、彼氏募集中だからね」
「ほー、誰か大学の友達でも紹介しろってか」
「それでもいいけどねー」
…あそこで「私の気持ちに気づいて」とか「好きだったんだよ、ずっと」とか言えないのが、私の弱点。
あれくらいでは全く気付くそぶりもない鈍感だから、あのままじゃどうにもならないのはわかっている。
だけど…もし、ダメだったら。
「私、彼氏募集中だからね」とは言ったものの、隆ちゃんにもし彼女がいたら。
本当は私が知らなかっただけで、今日来てる中の誰かが、実は隆ちゃんの彼女だったりしたら。
そうやって考えだしたら、同窓会に行くのがちょっとだけ怖くなってきた。
見たくもないものを見てしまうことになるんじゃないか、告白をする前から振られてしまうんじゃないかって―。
弱気が気になりだすけど、そんな不安げな顔で行くわけにもいかない。
「ただいまー」
弱気を振り払った声で玄関を開けると、どう自然な感じで行ったらいいか…迎えが来るまでに考えなきゃ。そう割り切って、自分の部屋に戻った。
567:名無しさん@ピンキー
14/01/14 22:23:52.39 1od4q8m+
乙!
こういう大学生くらいになってお互いの関係性が揺れ動いてる幼馴染の話、好物ですw
568:名無しさん@ピンキー
14/01/15 01:56:59.96 uX9a5l2g
乙です
やっぱ誰かに取られるかもって焦りが関係を推し進めるよね
569:名無しさん@ピンキー
14/01/19 11:28:02.96 Xfp+BVmj
乙乙
570: ◆6x17cueegc
14/01/23 21:29:44.32 Rii1bIez
てすと
571: ◆6x17cueegc
14/01/23 21:30:47.75 Rii1bIez
こんにちわこんばんわおはようございます
お久しぶりの方はお久しぶりです、初めての方ははじめまして
幼馴染ネタを一本書いてきたので投下します
一応元ネタアリ。グロ、スカなどの特に忌避すべき要素はないと思います
ではどうぞ
572:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:32:35.66 Rii1bIez
スマホの向こう側から延々と怒鳴り声が響いてくる。
『聞いてンのか、参悟!』
「がならなくても聞こえるよ」
『だからその態度が―』
「―聞こえてるって言ってるし、今まさに家の前だって言ってるだろ!」
電話の相手は父親であり、帰りの遅い俺へのお小言だった。
『知るか! 勝手にしろ!』
電話を叩き切られた。
そもそもの発端は俺が悪いのだ。
一応門限が八時と決められていたにも関わらず、気が付いたら九時前。ゲーセンで遊び過ぎたのだった。学校
から直行して、最近新作が出た人気シリーズの筐体の前に居座っていたのが不味かった。今日はほとんど順番待
ちをせずにプレイすることが出来たのでのめり込んでしまったのだ。
「……勝手にしろ、ったって」
鍵を持っていれば家に入れるが、今日はキーチェーンを忘れて出てきた。更に今のやりとりで、インターフォ
ンを鳴らしても相手をしてくれないだろうことは確定している。二階の自室に直接入るのは難しいだろう。仮に
屋根へ上がれたとしても部屋の窓も鍵は閉めていた気がする。
季節が夏ならば、近くの児童公園で一晩過ごしても構わない。しかし今は真冬で、その上に空はどんより曇っ
ている。予報では今夜から降り出すらしい。今から急に友達に声をかけてもそうそう都合良くは行かないだろ
う。手持ちのお小遣いはそれなりにあるものの、学校の制服を着たままでカラオケやコンビニにいつまでも居座
るというわけにいかない。
残るは一つしかない。俺は一度ポケットに仕舞い込んでいたスマホを再度取り出し、電話帳を呼び出した。
* * * * * *
幸運なことにダイヤル錠だった自分の自転車の鍵を開き、目的地へ走りだした。学校の制服で自転車を漕ぐと
あちこち隙間が出来て冷たい風が入り込んでくる。冷蔵庫に放り込まれた気分になりながらえっちらおっちら漕
ぎ進み始めると、急に目の前に人影が差し掛かった。慌ててブレーキを握り締め、両踵をつっかえ棒にしてなん
とか止まる。
「―っわ! ……宮本?」
「河合?」
嫌な奴に行き会ってしまった。
「……そんな露骨に嫌そうな顔しなくていいじゃん」
「怪我は?」
儀礼上一応訊いておかないといけない気がしたが、どこにもなんにもないのは明白だ。俺がブレーキをかけて
止まろうとしたのと殆ど同時に、彼女も飛び退っていたのだから。
「いや全然? 私運動神経いい方だし、頑丈に出来てるから」
「そう。じゃ」
早く目的地に行きたかったので、彼女との会話もそこそこにまたペダルを漕ごうとした。
「ちょっと?」
自転車の前カゴを抑えつけられて阻止された。
「どこ行くの、こんな時間に。しかも制服で」
「……河合にだけは言われたくないな」
573:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:33:21.62 Rii1bIez
彼女は俺の同級生である。もっと言うと、小学生から同じ学校に通い続けていたし、幼稚園のときはご近所さ
んとして遊んでいた記憶もある。仕方なく分類するならば、所謂幼馴染という奴である。
とはいえここ5年はまともに話をしていない。小学校高学年くらいから交友関係が全く噛み合わなくなってし
まったのだ。俺は一人で人生を謳歌する孤高の存在―所謂『ぼっち』である―だったが、河合はやや不良な
連中と親しく付き合うようになる。彼女が俺と同じく今の学校に進むのを知ったのだって、入試会場で姿を見か
けたときに初めて気がついたくらいだった。
昔はよく遊んだ記憶がある。この辺りは郊外と言えば聞こえはいいが、車がないとまともに移動も出来ない田
舎なのだ。近所に住んでいる同年代の子供なんて片手でもお釣りが来る。児童公園で毎日のように顔を合わせて
いれば、嫌でも友達になるに決まっていた。
昔仲が良かったからこそ、今どう付き合えばいいのか困る。そういう相手だった。
「お前だって制服じゃないか」
「私はアンタと違ってフリョーだから」
彼女は笑いながら首元にひっかかっていたリボンを毟り取った。
「今の今までショーコとチッハーとぉ……あとアサミとダベってたからねー」
いやー楽しい時間はなんであんなに進んじゃうんだろうね、とか言っている。不本意ながらその点に関しては
全く同意だった。
「で、ウチまで辿り着いたのはいいんだけど、鍵、忘れちゃったんだよね。学校の下足ロッカーの中。親は今日
夜番だからいないし」
もう十時近い。今から学校に忍び込んだら警備会社がすっ飛んでくるだろう。つまり彼女も締め出しを喰って
いるのだった。
「それは可哀想に。じゃ」
「待ちなさい」
再びペダルに足をかけたが、同時に彼女の、前カゴにかかったままだった両手に力が入った。
「アンタん家、近所でしょ? ココデアッタガヒャクネンメって言うし助けてよ」
まさに地獄に仏といった顔をした彼女には悪いが反論する。思わず深い溜息を吐いた。
「……そんなことは言わないし、無理。俺も締め出されてる」
「え!?」
「門限を軽く二時間ぶっちぎって、電話口で親父と大喧嘩して、ついでに家の鍵は部屋に置きっぱなし」
少し脅かしてやれば隙も生まれるかと思ったが、世の中はそうそう上手く行かなかった。彼女の腕はますます
カゴを握りこんだのである。
「だから」
「じゃあ、アンタはどうすんの?」
一番訊かれたくない質問が飛んできた。
「……なんとかする」
「そのなんとかをどうすんの?」
「連れて行かないよ?」
「どっか行くつもりなんだ」
いいことを聞いたとばかり、口の端をぐいっと持ち上げた悪い顔をする。……これ以上付き合ったら押し切ら
れる気がしてきた。
「……国道沿いのコンビニ。ジャンプ出たばっかだし、あったかいし」
「あそこ一昨日から改装中じゃん」
適当な嘘を言ってごまかすつもりがむしろ墓穴を掘った。
「い、いやー、まいったなー。あそこがやすみだっ―」
「―で、どこに行くの?」
彼女も必死のなのは分かるけど、なんで俺はこんなに懐かれているのだろう。頭の隅でそんなことを考えなが
ら、不毛に終わりそうな嘘と誤魔化しを始めることにした。
* * * * * *
目的地は隣町にある、おじいちゃんの―数年前に亡くなってからは叔父さんの―家だった。客間や余分の
布団くらいならあるだろうと考えて、連絡を入れたのだ。
叔父さんは昔から俺達兄妹に優しかった。それもあってすぐに受け入れてくれたのだけど。
「もしもし、叔父さん? 俺」
<ああお前か。どうしたこんな夜中に? 分かった、義兄さんに締め出し喰らったんだろ。で、家追い出されて
居場所がない>
「……正解」
<飲み込みの久太、ったら俺のことだからな。お前の母ちゃんから早合点が過ぎるってよく怒られたりしたけ
ど>
ガッハッハ、と豪快に一笑いしてそれから、ウチに来い、と言ってくれたのだった。
574:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:34:27.26 Rii1bIez
* * * * * *
「……というわけで連れて行きたくないんだよ」
「なんで?」
結局言い訳タイムは五分とかからなかった。真冬の路上なんて場所でなかったらもう少し粘れたと思うけれ
ど。
「河合連れて行ったら間違いなく女連れだのなんだのって大騒ぎするに決まってるんだよ」
「そんなの、ちゃんと説明すれば」
「いっぺん飲み込んだモノをすぐに吐き出してくれればいいんだけどね」
叔父さんに限らず、一旦飲み込んだ理解を取り替えるなんて難しいことだ。とりわけ叔父さんはなかなか頑固
に思い込むタチの人だった。
「勝手な思い込みを親戚中に言い回ったりしたこともあったし……」
「アンタ、アタシの身体と自分のメンツ、どっちが大事なの?」
「メンツ」
彼女が無言で荷台に横座りになった。脇腹を殴られた。
「はい出発」
こうなるともう拒否は出来なかった。
* * * * * *
途中、雨が降ってきた。しかも一気に本降りに変わった。
最初のうちこそ「うわ降ってきた」「あとどれくらい?」「十五分くらい」「風邪引いちゃうよ」なんて会話
もあったが、本降りになってから五分とせずにそうした会話は無くなった。お互いにする余裕が無くなったの
だ。大したスピードを出しているわけでもないのにぜえぜえ言いながら自転車を立ち漕ぎで進めると、彼女も振
り落とされまいと背中にしがみついてくる。
スピードもバランスも良くない。おまけに全身濡れ鼠。俺も河合もガタガタ震えながらどうにか到着する。ガ
シャン、と自転車を横倒しにすると、音に気がついた叔父さんがタオルを持って出てきてくれた。
「参悟か? いやあ、急に降りだし―」
叔父さんが固まったのは一瞬だけだった。
「―彼女連れてくるならそう言えよ」
「違う! 彼女じゃない!」
あまりに寒すぎてちゃんと説明している暇さえ惜しかった。叔父さんの手からバスタオルを奪い取るのももど
かしい。
「おい、彼女」
「だから!」
「待て! ほら彼女、使え。風呂沸かし直してくるわ」
河合は腕で身体を抑えるようにしながら小さな声で礼を述べている。その姿を見ては、そのバスタオルは自分
のために持ってきてくれたのに、なんて冗談でも言う気にならなかった。
575:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:35:55.68 Rii1bIez
腹減っているだろう、とカップスープを叔父さんが出してくれた。ずぶ濡れの制服を脱ぎ捨てるのもそこそこ
にかき込む。ほんの一時間前にはこんな目に遭うなんて夢にも思っていなかった。
「……生き返った。ありがと、叔父さん」
「ならよかったが、彼女の調子はどうかな」
「だから彼女じゃないって」
「分かってる分かってる。姉さんには内緒にしてやるから、な?」
全く分かっていなかった。本格的に抗弁しようとカップを置いて向き直ったところに、河合が戻ってきた。当
然のように先に風呂に入ったのだった。服装は叔父さんのスウェットの上下(叔父さん曰く『また二回しか着て
ない』)に変わっている。雨が滴っていたセミロングヘアはバスタオルで器用に包まれていた。
「あ、オジさん、ありがとーございますっ!」
すぐにお湯に飛び込んだのもあって、もうすっかり大丈夫みたいだ。もう一回表で雨に打たれてきてほしいく
らい喧しい。
「いやいや、甥っ子の彼女なんだから大事にするよお」
叔父さんも叔父さんで、目尻と鼻の下がデロデロに溶け出したような表情をしていた。
「だからさ、叔父さん」
「もういいじゃん、アタシが彼女ってことで」
やぶにらみの表情で彼女が呟く。なんてことを言い出すのだ。
「これだけお世話になったんだから、もうめんどくさいよ。ですよねー」
「お、そうだよな! お前の彼女分かってるな!」
両手で顔を覆ったまま身動きできない。寒空の下、あんなに必死で説明したではないか。彼女はなんでそれを
無為にしてしまうようなことを言うのだ!
「ほら宮本、お風呂入ってきなよ。彼女が入った後だよ?」
「……冗談でもやめてくれ」
「おいおい彼女、その前にオジさん入ってるんだぜ? 若い女の子だけの出汁だって勘違いしたらどうする」
「叔父さんも悪乗りしないで!」
俺は早々にその場を逃げ出すことにした。
甥っ子の彼女とかなんとか連呼する叔父さんの声から離れて、やっと一息つく。若い子が来たからってはしゃ
いで下ネタ言いやがって、あのオッさんはいつも以上にタガが外れている。そういうお店と勘違いしているん
じゃないか。
脱衣所で下着やら肌着やらズボンやらを脱ぎ散らかしていく。じっとりと水を吸い込んだそれらをそのままに
しておくわけにもいかない、と適当に掻き集めて脱衣カゴに放り込もうとして固まった。
先客がいる。
言うまでもなく河合の脱いだものだった。ワイシャツに、見覚えのある模様のスカートに、レース生地のつい
たひらひらの下着……まで目に入ったところで、俺は腕に抱えた服を足元へ叩きつけ、浴室に、浴槽に飛び込ん
だ。
576:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:38:19.38 Rii1bIez
ふぅ、と溜息をつく。両手足の先に体温が戻ってきた。
後で何を言われるか分かったものではない。学校のクラス内ヒエラルキーでは傍流の傍流である俺と、クラス
内どころか学年ヒエラルキーのトップグループに所属している彼女とでは喧嘩にさえならない。あるのは一方的
な虐殺である。俺はまだ社会的に抹殺されたくない。
とはいえ、彼女がトップグループに所属しているのには理由がある。要は容姿がいい。異性受けするのだ。だ
から人が集まる。女子の評価などは分からないが、仲の良い女友達が沢山いるのだから性格も悪くはないのだろ
う。
そこだけは昔から変わらないのかもしれない。小学校の頃はクラス委員なんて引き受けさせられていた。顔
いっぱいに『嫌々引き受けました』という困り顔を浮かべていた記憶がある。見ていて気分のいいものではな
かったから指摘したんだったっけ。やるんだったらちゃんとやれ、人前に出るんだから。その程度のことを言っ
たのだったか。
その頃から思えば、彼女は随分快活になった。昔は私には出来ない、が口癖だったのだ。それが小学校の高学
年くらいからどんどん人前に出るようになった。友達も増えて、ヒエラルキーの上位に入り込むようになった。
「……何、考えてるんだか」
独り言が口をついて出る。河合は俺の持ち物ではない。
そもそも噂話程度にしか知らないが、河合は誰かと付き合っていたはずだ。バスケ部主将の仙堂だったか、不
良やってる浦飯だったか。どっちも河合に負けず劣らずの美男だと思う。
こんなことに思いを巡らせているのは、あの薄ピンク色の薄っぺらい薄布のせいだ。あと自転車で抱きつかれ
たのが原因だ。
ぜえぜえ言いながら必死で自転車を進めていた俺の背中には、彼女の身体がぴったりくっついていた。俺の身
体と同じく冷えきっていたはずなのに変に温かくて、柔らかかった。
俺も健常な男子学生であるのでそういうことを考えなくもなかったのは事実である。しかし状況が悪すぎた。
五分で凍えだす大雨の中、女の子の身体だやったー、なんて無邪気にはしゃげるほどおバカに健康な身体は持ち
合わせていない。
逆に言えばゆっくりお湯に浸かって体温と体力の回復に努めている今なんて、まさに格好のそういう状況であ
る。目を閉じれば網膜に焼きついた彼女の上下の下着。擦れて寄った皺の数までバッチリだった。自分の分身が
どんどん力を集めていく。
これは自力で発散せねばなるまい。そう決心を固めたところ脱衣所に人の気配がした。
突発的な集合はすぐさま離散した。発散の必要はなくなった。残念である。
誠に残念であった。
577:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:39:26.18 Rii1bIez
「何? ……叔父さん?」
浴室内とはいえ裸の男がいる空間である。河合であるはずがなかった。きっと女子高生の着替え目当てのエロ
叔父に違いない。そう高をくくって呼びかけたが返事がない。
「おいもしかして―」
「み、宮本?」
―もしかしなくても河合だった。万が一叔父さんによる裏声声帯模写の可能性もあるが、それは今回考慮し
ないことにした。
「あ、あのさ」
「ウチの叔父さんとは仲良くやってるみたいだったけど」
「あ、うん、いい人でよかった。優しいし、明るいし」
「俺もそう思う」
叔父さんの実の姉であり俺の母親である人物が言うには『アレは優しいのではなく人あしらいが上手なだけ、
明るいのではなく薄っぺらいだけ』らしいが、少なくとも俺は優しくて明るい叔父さんだと思っている。
「でね? 謝っとこうと思ってさ」
「……今更何を?」
大体想像はつく。彼女も叔父さんの思い込みの強さを体感したのだろう。
「ほら、私、無理矢理ついて来ちゃったじゃん? オジさんのお宅に急にお邪魔することになっちゃったし、夕
飯もご馳走になってさ」
「それは俺の管轄外。叔父さんに直接言いなよ」
ついでに俺のメンツのために重大な誤解もしっかり解いてきてくれるとありがたい。
「言ってきた。そしたら宮本にもお礼言って来いって」
「俺に?」
「うん」
俺への感謝なんて意外だった。せいぜい彼女を乗せて自転車漕いだくらいのことしかしていない。俺は叔父の
家へ夜中に電話をかけ、いきなり家に泊めてくれなんて無茶を言い出して、突然友達(しかも女)を連れてくる
ようなクソガキであって、誰かにありがとうなんて感謝の言葉を述べられるようなマトモな人間では全くない。
「何がありがたいんだかさっぱりだ」
「だってさ、もしアンタについて来てなかったら私、今頃風邪引いてるよ」
「かもな。でも俺には関係ないことだし、河合の運が良かっただけ」
実際は嫌がる俺を押し切って無理矢理自転車に同乗してきた彼女の腕力が大きかった気もするが、まああの場
で俺に出会った幸運に感謝するのが一番妥当だろう。
「それでも言わせてよ。ありがとうございました」
すりガラスの向こうで人影がお辞儀をした。背中がむず痒くなる。
「……いえいえ、どーいたしまして」
なんと返してよいのか分からなくて棒読みでそう返すと、彼女がクスリと笑う。
「照れてんだ? ガラにもなく」
「べ、別に照れてなんかないし」
「昔からそんなんだったじゃん。お礼言われたりするの苦手でさ」
人影がその場に座り込んだ。すりガラスを背もたれにしているらしい。入り口を塞いでくれたお陰で湯中りし
たらどうしてくれる。
「今でも変わってなくて安心した」
「そりゃ俺は昔から成長してないし」
さっきまで浸っていた思い出をまた取り出す。その中から幼くて、自信がなくて、守ってやりたくなる彼女を
手に取った。
「第一、成長ったら河合は随分成長しただろう? 昔はクラス委員に選ばれて泣きそうになったりしてたじゃな
いか」
「ちょ、それはやめてよー。マジでハズいからさー」
「その当時を考えれば随分社交的になっちゃって。みんなの人気者だし」
「……そう?」
彼女は少し意外そうだった。自覚がないらしい。
「学年のあちこちに友達がいて、毎日遊んで回ってるイメージあるけど?」
「ま、その辺は間違ってないかな。でも人気者ってつもりは全然なかったなぁ。……そっか、宮本からはそう見
えるんだ」
最後にポツリと呟いたのが嫌に響いた。俺は事実しか言っていないのに、まるで俺が河合を傷つけてしまった
ようなリアクションだった。
578:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:41:36.21 Rii1bIez
しっかり温まってそろそろ風呂から出ようか、というときに叔父さんが俺を呼んだ。恐ろしいほどちょうどい
いタイミングだった。
ちなみに河合は一足先に居間に戻っていた。暖房もない脱衣所にいつまでもいるわけにもいかないから当然で
ある。
「布団出しておいたぞ。仏間の隣の部屋な」
「あ、ゴメン。手伝わなきゃなのに」
「気にすんな。布団のある場所分かるの俺だけだし、俺もそろそろ出ないといけないし」
「え?」
「仕事だよ仕事。……決してお前達に気を遣って外に出るわけじゃないからな?」
絶対俺達に気を遣って外に出るつもりだ。
「叔父さん!?」
「じゃあ俺は仕事に出かけるわ。どっかで朝まで時間潰してから出勤するから心配するな」
ばははーい、なんて間抜けな言葉を残して人気がなくなる。
……ふつふつと怒りが沸いてきた。こうなることが見越せていた自分に対して、こっちの言い分を全く取り合
わなかった叔父さんに対して、誤解を加速させた河合に対して。一体何に対して怒りをぶつければいいのか。頭
が茹だってくる。
真っ赤な顔をしながら風呂を出、タオルで全身を拭う。叔父さんは着古したスウェットの上下を用意してくれ
ていた。しっかりオジさん臭い。イライラのあまり床に叩きつけそうになったが思い直し、さっき床に叩きつけ
た制服をそのへんに放置されていたハンガーに引っ掛けてから脱衣所を後にした。
ちなみに彼女の脱いだモノは片付けられていた。誠に遺憾である。
579:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:43:32.39 Rii1bIez
いくら腹を立てても空腹だけは忘れられなかった。昼からこっち、さっきスープを啜っただけだ。足音も荒く
台所へ向かうと河合が出迎えてくれる。
「あ、おかえりー。……何怒ってんの?」
「別に。叔父さん出てったろ?」
「うん。仕事だってね」
雨音で気が付かなかったが、もう車を出した後だったらしい。
雨は一時期に比べれば弱まっていたが、それでも家の外でアイドリングしている自動車のエンジン音が聞こえ
なくなる程度には降り続いていた。しかも時折雷の音が聞こえている。徐々に近づいていた。
しかし彼女は鈍感なのか、そういう気候条件がどういうことなのか気づいていないらしい。結構な大声を出さ
なければ外部に助けも聞こえない、ということだ。そうでなければ―
「ちょっとはそういうの、気にしろよ」
―その気があるのか。当然万万が一にもあり得ないことなのは分かっている。
「そういうの?」
「俺と二人きりっての、気付いてる?」
言っておきながら彼女を正視出来なくて、インスタント食品のストックを積み上げていた棚を漁り始めた。や
たらとチキンラーメンばっかり出てくる。
「……うん」
「あのバカ叔父、人の言うこと聞く気ないんだから」
チキンラーメン、チキンラーメン、チキンラーメンごはん、チキンラーメン……。なんでこんなにチキンラー
メンばっかりなんだこの一帯は。
「河合もうんざりだったろ? 人の話はよく聞かないわ、思い込みで突っ走るわ」
チキンラーメンばっかり食べてるから悪いんだ、たまには出前一丁も食べたほうがいい、ごま油は身体にいい
んだ、なんて話が大幅に脱線しかかった頃、河合が一言呟いた。
「……いいじゃん。そういうので」
いつの間にか後ろに座り込んでいた河合が、俺の着ていたスウェットの裾をちょこんと摘んでいた。
そういうのとはどういう意味か。問い質してもよかったが残念ながら空腹に勝る欲求なんてものはこの世に存
在しない。チキンラーメンの山の中から奇跡のように姿を現したサッポロ一番の塩を取り出してお湯を沸かす。
「そういや、河合は何か食った?」
「あ……、うん」
なら好き勝手に飲み食いしてもいいか。冷蔵庫を覗くと予想していた通りナマモノはほとんどなかった。ズボ
ラで几帳面な叔父さんらしい。ナマモノを買ってきて腐らせるのが嫌なのだ。
当たり前だが玉子もない。チキンラーメンを作り始めてから玉子がないことに気付くことほど悲しくなること
はない。チキンラーメンを避けておいてよかった。
「あ、のさ」
さっきから掴まれっぱなしだった裾をくいくいと引っ張られる。
「宮本はさ、キョーミないの?」
「何が?」
「レンアイ、とか」
レンアイ。憐哀。恋愛。頭の中で変換するのに時間がかかった。
「……あんまり?」
大嘘だ。興味がないわけがない。
だが相手がどこにいるのだ。仲の良い女子なんていない。クラスメイトと多少話をすることはある。しかしそ
こからどうやって恋愛に結びつければよいのだ。それならばハナっから興味がありませんと諦めておけば痛い思
いをせずに済む。負け犬の発想となじられようが、勝ち犬に負け犬の気持ちは分からないだろう。彼氏持ちの河
合に俺のこういう心持ちは理解できないに違いない。
「そっか」
彼女の手が離れた。諦めたような、落胆したような、泣き笑いの表情でいた。何故だか胸が締め付けられた。
一体俺が何をしたと言うのだ。
580:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:45:02.42 Rii1bIez
いい加減夜も遅いし、と河合を布団を用意してあるという仏間の隣の六畳へ案内する。
「…………!」
「何? あっ……」
襖を開けて、事前に確認しておかなかったことを後悔した。二組の寝具がぴったり並べて置いてある。
「……あ、あははは。冗談キッツいね」
「だから言っただろ。叔父さんはそういう人なんだって」
少々面倒ではあるが、寝具一組を居間に運んで俺はそっちで眠ればいい。
「俺はあっちで寝るから」
「あ、う、うん―」
―ドカン、と凄まじい音がした。近所に雷が落ちたらしい、と判断するより先に、河合に布団の上に押し倒
されていた。
「ご、ごめ、ごめんね!? ちょっと転んじゃって! そう! 転んじゃったの!」
「……雷、怖い人だったんだ」
「そ、んなことないけど!? ―ひゃあぁあぁぁっ!」
次の雷が落ちると彼女の全力の悲鳴が漏れる。それと同時に力いっぱい抱き締められた。
「お、おねっ」
彼女がつっかえつっかえながら必死で訴えてきた。
「お願いがあるんだけど! い、一緒に寝てくれないかな!?」
「……何考えてるんだよ、河合」
年頃の男女が一つ屋根の下。同じ寝具を使う。しかも彼女は彼氏のいる人間である。言うまでもなく色々不味
いではないか。
「べ、別に雷なんか怖く―きゃああぁっ!」
ずぶ濡れで凍えていたときよりもガタガタ震えている。段々可哀想になってきた。
しかしよく考えてみれば、こうした状況の時点で今更ではある。年頃の男女が一つ屋根の下。同じ部屋に寝具
を用意されている。河合の彼氏の存在は一旦脇へ置いておくとして、叔父さんでなくたって邪推をするには十分
だ。
「……じゃあ寝るまでな?」
後から思えば、こう言わされてしまったのが運の尽きだったように思う。
581:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:46:13.09 Rii1bIez
窓の外はまだゴロゴロと呻いていた。
河合は無言のまま、俺の背中にしがみついている。同じ布団に入って真正面を向き合うのは流石に不味いと
思ったので彼女に背中を向けて横になっていたのだが、その代償として叔父さんのスウェットは伸びきってい
た。時折、窓から稲光が差し込むと彼女は身体を更に固くしてスウェットを引っ張る。
ちなみに部屋の電気は点けっぱなしだ。暗くしたら稲光が分かりやすくなって怖いから、という彼女の要望
だった。
「……河合」
静かな空間に我慢しきれず話しかけてしまう。寝るまでは添い寝してやる、というのにこっちから話しかけて
覚醒を促してどうするのか。
「何?」
少しだけスウェットが緩んだ。
「いや、無言で掴みかかられると怖いな、と思って」
「ゴメン。どうしてもダメなのよ、カミナリ」
普段なら耳栓してクッション抱えてひたすら耐えてるんだけど、と彼女が言う。
それほど嫌いなんて珍しい。理由までわざわざ詮索しないが、よっぽど嫌なことでもあったのだろう。
「しかしよく降るね。……もうヤだよ」
「そんなこと言われても、俺が降らせてるわけじゃないし」
「冷たいなー、宮本は」
苦笑が後ろから漏れてきた。自分でも言い掛かりだと分かっているのだろう。もしかしたら異様に怯える自分
が滑稽と考えているのかもしれない。それくらい余裕を持っていてくれればもう離れられるだろうか。そんなこ
とを考えていたら窓の外が真っ白に塗り固められた。
……と思ったら物凄い音がした。家全体が揺さぶられるようなエネルギーに堪らず叫び声を挙げる。それと同
時に蛍光灯が消えた。この家のブレーカーが落ちたのか、近くの変電所がダウンしたのかは分からないが間違い
なく落雷の影響だろう。
「―っ、きゃあああああっ……!」
俺の叫び声なんて比較にならないほど大きな声を挙げ、全身をガチガチに固めて抱きついてきた。
「み、みや……みやもとぉ……!」
半泣きで縋りついてくるのを振り払うことが出来なかった。色気ではない。弱々しい河合に保護欲が刺激され
たせいだった。
……保護欲である。感じているのは間違いなく保護欲であり、断じて獣欲ではない。ええい、さっきは簡単に
離散したくせになんでこんなときに限って!
「みや、もと?」
「な、なんでもないデス!」
声は裏返ってしまうし若干腰は引けているし、情けないことこの上ない。部屋の電気が消えたことだけは、表
情を探られずに済むので助かったかもしれない。
「……そう」
彼女は縋りつきに来た不自然な体勢を一旦解き、改めて抱きついてくる。体温とか、胸の大きさとか、呼吸の
粗さとか、胸の柔らかさとか、色んな感触が背中に与えられる。あんまりはっきり分かるので、わざわざ押し付
けてきたようにさえ思えた。
「興奮、してんだ」
図星を突かれて思わず振り返った。
「レンアイ、キョーミないって言ってたのに」
「こ、れは、生理現象ですので、見なかったことにして下さい」
「言われなくても真っ暗だけどさ」
また窓の外が真っ白になる。さっきよりも離れたところに落ちたらしく、光ってから少し間を置いて窓が揺れ
た。
582:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:46:49.53 Rii1bIez
彼女は真正面から抱きついてきた。もう条件反射なのだろう。胸がおっぱいに押し付けられ、じゃなくておっ
ぱいが胸に押し付けられた。正直どっちでもいい話だが、どっちにしろ生理現象はますます加速するのだった。
「……お腹には、当たっちゃうんだよなぁ」
反射的に腰を引いたが後の祭りだ。意味もなくジタバタしても彼女は腕を解いてくれなかった。
「か、河合、マジ止めろって!」
「なんで? 私は構わないけど」
「構えよ! お前彼氏の一人や二人いるだろ!?」
「え? いないけど?」
「い、いなっ?!」
あまりにあっけらかんと言うので言い返せなかった。また窓が光った。音はやや遠ざかっている。それでも彼
女の身体には力が入った。
「……宮本は彼女とか、いるの?」
「いないに決まってるだろ」
いたらレンアイにキョーミないなんて言えるものか。まあキョーミないからいないのか、いないからキョーミ
ないのかは彼女の判断に任せるが。
「じゃ、付き合おうよ。アタシも今、いないし」
そっけない言い方だった。それなのに、真っ暗なのに、彼女が赤面したのが見えた。
「いいよね」
返事もしていないのに河合は俺の頭を抱えると顔を寄せてきた。
「ガマン出来ないでしょ?」
「そ、そりゃあ……」
生唾を飲み込む。変な想像ばかりが浮かんでは消える。
「そっか。うれし―」
―我慢の限界だった。文字通りに目と鼻の先だった彼女の唇へ自分の唇を押し付け、彼女の身体に圧しか
かった。
583:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:49:47.50 Rii1bIez
もしもこれが夢ならば、ここでお時間ですとばかりに目覚まし時計が鳴り響くだろう。しかし今夜は雷しか鳴
り響いていない。
いい加減に闇に目が慣れてきた。薄ぼんやりとではあるが彼女の身体の輪郭は分かる。だがそれ以上に手慣れ
ていない、ぎこちない触り方だったらしい。
「……初めて?」
「……悪いか」
「ううん。だろうと思ってた」
失礼な物言いである。実戦経験こそないが俺だって百戦錬磨、しかも日々鍛錬を怠らない勤勉で屈強な戦士で
ある。イメトレと素振りが主なメニューではあるが。
「チューくらい、して……?」
河合としては少しでもムードを高めたいのだろう。対してこっちは身体の一部が高まっている。息も上がって
いた。ひとつ息を吐き、湧き上がる唾液を飲み込んでからまたキスを始めた。舌なんて突き出していいものか皆
目検討もつかないので河合の唇の柔らかい感触しか分からないが、それだけで十分だった。ようやく捉えた彼女
の着込んでいたスウェットの裾を捕まえてひん剥いて腕を突っ込んだ。
ふんわり温かくてしっとり柔らかくて、女の子の肌としか表現できないお腹の触り心地に惚れた。ずっと触っ
ていたくなる。他のことなんてどうでもよくなってきた。
……だが待て、考えるんだ参悟。彼女はずぶ濡れで入浴して着替えはスウェット。下着も使い物にならなく
なっていたのを知っている。何せ脱ぎ置かれた下着をじっくり、もといちらっと一瞬よくしっかり観察したのだ
から間違いない。つまり彼女は上も下もノーガードということである。自分の叔父に女装癖でもあれば予備の下
着なぞいくらでも出てきただろうが、幸いなことにそうした逸般人向けの趣味は無いはずである。さっき背中に
押し当てられた感触は、彼女―の少なくとも上半身―はノーガードであることの証左でもあった。
つまり目の前には淫夢にまで見た女の子の裸のおっぱいの現物が横たわっていることになる。
そうと決まればやることはただひとつ。
「……み、みや、ふあぁっ!?」
唇を離し、頂点にかぶりついた。かぶりつくと言っても本当に歯を立てるわけではもちろんなく、吸い付いて
舐め上げて舌で転がすだけだ。この辺りのイメトレは十分である。
「やっ、あっ、それぇ……!」
彼女がよがる声だけで背中に電気が走る。ゾクゾクしてもっと夢中になった。河合の腰に腕を回して顔を埋め
るようにして弄り回す。彼女はどうやら着痩せするタイプのようだった。その思わぬ発見が嬉しい。
「みやぁ、きもちいぃ……」
彼女にとっては何気ない発言だったのかもしれない。それでも俺の興奮を助長するのにこれ以上ない効果を発
揮した。
「河合、下、さわぅ、触るぞ?」
この辺りのイメトレは不十分であった。カミカミであった。だがそれが彼女の警戒を解いたのかもしれない。
自ら軽く腰を上げてスウェットの下を脱いでいく。
「触る、んでしょ? ……結構、恥ずかしいんだからね、コレ」
河合は仰向けのまま足を踏ん張った格好になる。真っ暗で輪郭しか分からないとは言えど、物凄い格好である
ことに違いはない。
恐る恐る、また腹へ手を伸ばして今度は下へ。河合が小さく呻いた。指先にヌルヌルとした液体が絡みつく。
これがモザイクの内側だ。参考資料のように四角いモザイクに満たされているというわけでなくて安心した。
指先で感じたのは、肉の裂け目、という単純な印象だった。やたらに熱を持ったそこの、肉の重なりが否応な
く快感を想像させる。
「ふ、うぁっ……、ん、んはぁ……」
河合は全身を震わせながら弱々しい声を挙げていた。快感を覚えてくれているのか、それとも他人に触られる
ことが嫌なのか分からないが、溢れそうな反応を無理矢理押し留めているようだった。それならば明確に拒否さ
れるまで続けよう、と心に決めた。
「みや、それぇ、ダメ、だよ……」
指先に馴染んできた粘液のお陰で随分動かしやすくなっていた裂け目へ指を一本、関節一つ分差し入れて捏ね
た。言葉でこそ拒否しているが特に身体を捩って拒否するといった素振りは見せていない。
それならばもっとだ。せっかく弄り放題の身体が横たわっているのだ。上も下も弄り倒さなければもったいな
いではないか。下半身を弄るなら上半身は舐め回しなさい。そんなことを聖人が言ったかどうかは知らないが、
とにかく今はおっぱいだ。
「あ、う、み、やもとぉ……!」
悪態をついているが言葉ばかりである。そんなに嫌ならば、俺に触りやすいように腰を持ち上げなければいい
のだ。彼女の好意には存分に甘えよう。
584:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:51:28.59 Rii1bIez
異様に喉が渇いていた。
「か、かわ……」
「うん?」
嗄れて殆ど音にならなかった呼びかけを彼女が訊き返す。
「もう、その……いいか?」
「せっかち……だなぁ」
息も絶え絶えで河合がそんなことを言う。触り始めと比べて湿度は段違いだ。多分十分なんだと思う、自信は
ないが。
「あ、その、まだシたほうが?」
「……そんなことない、と思うよ?」
どうやら俺はからかわれていたらしい。こっちが童貞だからだ。対して彼女は多分経験があるのだ。さっきも
『アタシも今付き合ってる人はいない』って言ってたし、童貞野郎に身体を好きにさせてなお余裕があるように
見えるし。
……正直なところ、その辺りを確認するのは怖かった。経験があるならそっちのほうがいい。むしろないと困
る。俺と違って社交的な彼女が、初体験を俺のようなヒエラルキーの下層民と経験するなんてあってはならな
い。俺はそこまで立ち位置とか考えないタイプではあるが、それでも河合は高嶺の花だった。
結局触っていた最中ずっと立てたままだった河合の腰の間へ進む。彼女自身に正対して、俺自身は早くも暴発
の危機に晒されていた。もう何度目になるのか分からない生唾ごっくんをやって、暗闇の中、手探りで自分の先
端を河合の入り口へと押し付ける。
「……ふっ、ん」
外はすっかり雨音しか聞こえなくなっていた。それに彼女の力む声が混じって溶ける。
「か、わい」
「ん?」
「嫌か?」
訊いてしまった。暗闇と言ってももう色味以外は分かるくらいに目が慣れていた。彼女は泣き出しそうな、笑
い出しそうな不思議な表情をしていた。
「ここまできて、ンなワケないじゃん」
「……そうか」
それならもう気にすまい。入り口をこじ開けた。すんなりとは言わないが、思ったより抵抗は少なかった。カ
リが飲み込まれて、続けて竿の部分が沈んでいく。
「ふぅん、あっ……、み、みやもとぉ!?」
河合がやけに慌てたような声を挙げる。しかし気にしないと心に決めたばかりだった。
「みや、やぁっ……!」
彼女の呼びかけに応えるのは、最後まで突っ込んでからだ。そうでないとこっちだって余裕がない。ほんの十
数センチ、腰を前に進めるのにこんなに汗だくになるとは思わなかった。
「みやもと……っ!」
全部すっかり繋がって動きを止めると、河合が抱きついてきた。彼女も汗びっしょりだった。
「はい、入った?」
「そういうの、分かるモンじゃないの?」
「分かるけど、自信ない」
心なしか語尾が震えている。全部埋まったことを教えてやると大きく安堵の溜息を吐いた。
「……動いても?」
「も、ちょっと待って?」
深呼吸をして、腹の底に力を込めたらしいことが伝わってきた。
「……いいよ?」
背中に回されていた腕が解かれる。上半身を離してしっかり彼女の腰を掴む。河合の表情が歪んだ。また気付
かないふりをして腰をギリギリまで引いた。
585:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:53:20.29 Rii1bIez
途端、頭上でチカチカと何かが爆ぜたような音がした。すぐに部屋が明るくなる。電気が復旧したからだ、と
思い浮かんだのは急に照らされて真っ白になった視界が元に戻ってからだった。
河合は天井を見上げた体勢だったせいで蛍光灯の光がまともに目に入ったらしい。両腕で顔を覆っていた。俺
に散々舐められていた乳首は光を反射してぬらぬら光っている。お腹はシミひとつなく真っ白なのだろうが、今
は過度に血行がよくなっているせいでほんのりとピンク色をしていた。そして―
「河合」
―俺が貫いている部分が、赤茶色に濁っている。血が出ている。
「お前……」
「何?」
ようやく眩しさに慣れてきたのだろう、腕の隙間からこちらを窺っていた。
「……なんでもない」
半端に引き抜いていた自分自身を彼女自身に再び収める。赤茶色の粘液から目を離せずにいた。
「……分かっちゃった?」
「な、にが?」
腰をスライドさせる。誰も侵入したことのない彼女の聖域を俺が広げているのだった。そう思うだけで、スラ
イドの必要はなかった。もうあと三往復もすれば発射には十分だ。
「気にしないで」
支えていた掌が汗で滑って彼女の腰が落ちそうになる。しっかり抱え直した。気にするなと言うなら気にしな
いことにする。分かっちゃったのか、なんて俺は訊かれていない。またそう決心して彼女の顔へ視線を移す。
「……ふ、へ、へへ……はじめて、だったんだ」
泣きながら笑っている。決心が揺らいだ。
「宮本ならいいかって思ったからさ、気にしないで」
気にしないで、というのはそういう意味だった。
「そんなの」
「ん?」
「出来るわけ、ないだろ……!」
感じているのは自分への怒りだった。彼女が処女であるわけがないという勝手な思い込みと願望で、自分勝手
に弄って、突っ込んで、それで終わりだなんて。これ以上身体を動かせなかった。
「出来るよ。いい思い出だったって、いつか言えるよ。……言ってよ」
突然何を言い出すのか。そんなところは重要ではない。俺の初めてが彼女というのが問題ではないのだ。彼女
の初めてが俺というのが問題なのだ。この二つには似ているようで厳然とした差があった。
「河合は、言えるのかよ」
「言えるよ?」
嘘だ。それなら何故そんな泣き笑いの表情のままなのだ。河合はいつも、もっと快活で飄々とした顔をしてい
るではないか。
「……私、幼稚園のときに好きになって、小学生のときもずっと好きだった子がいたんだけどさ―」
そんなに仲の良い相手がいたとは知らなかった。
「―中学になってなんとなく疎遠になったとき、一度は諦められたもん」
だから宮本なら大丈夫、と彼女は根拠なくそう言った。強烈な予感がジリジリと背筋を焼くようだった。
「……一度は、なんだろ? 今は?」
「宮本ならずっと忘れてられるよ。私はなかなか切り替えられないタイプだけど、アンタはそんなことないで
しょ?」
「そんなこと訊いてないだろ!」
背筋を焼かれる痛みに耐え切れずに怒鳴ってしまった。
「俺は、そのずっと好きだった子を今でも諦めたままのかって訊いたんだ!」
まだまだ萎えない自分自身を完全に彼女の身体に入れ込んでおいて、今更訊くことでもない。我ながら馬鹿げ
た質問をしたものだった。
「……言えるわけ、ないじゃん」
だったら、そもそもそんなこと言うなよ。口をついて出そうになるのを必死で飲み込む。
「だって、もう、恋は叶ったんだから」
そんなの、言ってるのと一緒だ。
「だからもう終わりなの。……好きだよ、宮本」
いつも通りのからりとした表情で、彼女は一度だけ告白をした。
586:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:55:53.91 Rii1bIez
「……ばかやろ」
それならそれで順序ってものがある。ほんの少し余裕を取り戻していた腰をピストンさせる。
俺だって諦めていたのだ。昔は仲の良かった幼馴染が、どんどん綺麗になって、社交的になった。しかし俺は
河合の幼い頃を知っている。まるでインディーズ時代から知っているメジャーバンドに対して『俺はコイツらが
売れない頃から知っているんだ』と言うような、厄介な自己満足さえ覚えていた。
それを今更告白されるって、なんだよ。
「知って、あっ、知ってる、よ……? バカ、なの、わたしぃ……」
「そういう、ことじゃ……っ!」
一旦小休止を挟んだが、限界が近いことは変わらなかった。こんなときでも興奮するなんて俺はなんて馬鹿な
んだろう。なのに腰が止まらない。
「かわ、いっ!」
「あ、ふっ……」
河合を抱き締める。全身が密着した。せっかくのこの機会を手放したくなかった。
「……れもっ、お前のこと……っ!」
限界を超えた。何も考えられずに欲望の赴くままに吐精する。腰を目一杯押し付けて、彼女の内部を自分の醜
悪な液体で汚していく。堪らない快感だった。
「……く、ふぅ! はあっ、はあっ……」
無言で呼吸を繰り返す。何か喋ったら、このまま何かがダメになってしまいそうに感じた。このまま、ずっと
このままで固まっていたかった。
「……終わった?」
河合がその何かをダメにした。力一杯抱きしめたままだったので苦しいだけなのかもしれない。そう思って抱
き締めを解こうとする。
「ダメ。もっとこうしてて」
意外なことに、彼女から抱きついてきた。下になっているのに重くないのか、なんてピントのズレた考えが浮
かんだが、幸いそれを口に出す前に彼女が続けて静寂を埋めてくれた。
「……アンタも、なんだ?」
「……だな」
「あーあ、私馬鹿だなぁ」
それならもっとムードのあるシチュエーションに持ち込めたのに、なんて言っている。
「片想いじゃなかったなんて意外」
「そりゃあこっちの台詞だ」
「中学で諦めたのはなんだったんだろ」
「俺は小学生のときにはもう諦めてたよ」
「えー、何それヒドくない?」
軽い口調は行為が終わったことを示唆している。彼女の身体の上から退いて腰も離す。エロゲのように白濁が
溢れるなんてことはなかったが、糸は引いていた。少しくらい拭かないいけないな、なんて考えて軽く部屋を見
渡すと、枕元と足元にそれぞれ二つずつティッシュの箱が置かれていた。ふざけんなクソ叔父。
手を伸ばして数枚引き抜いて、一言断ってから彼女の陰部を拭う。くすぐったそうに反応するのが、こちらと
してもむず痒かった。
「……ま、いいか。初恋は成就したんだし」
ふにゃりと笑った拍子に鼻水が垂れた。さっきまでボロボロ泣いていたんだから当たり前だ。新たに数枚引き
抜いて渡すと派手な音を立てた。
「これで終わり、かな」
突然に呟かれた言葉が、ズシンと響いた。
「明日からは、私は私だし、宮本は宮本。……それでいいね?」
住む世界が違う、ということを気にしているのは俺だけではなかった。ヒエラルキーの下層民に懸想している
なんてあり得ないことだとでも思っているのかもしれないし、それ以外の理由があるのかもしれない。
仮に二人が付き合ったらどうなる? 彼女の仲間内の評価はどうなる。俺の扱いはどうなる。今までと変わら
ず、とはいかないのだ。それが子供の残酷さだ、なんて訳知り顔で言う大人はいるかもしれない。でも大人か子
供かなんて関係ない。
世の中ってのはそういう風に面倒に出来ていることくらいはもう十分学んでいた。
587:宮本君と河合さん ◆6x17cueegc
14/01/23 21:57:54.83 Rii1bIez
部屋はしんと静まり返っている。雨もいつの間にか小降りになっていた。
「……それならそれで別に構わないけどさ」
彼女はもしかしたら俺のことを気遣っているのかもしれない。でも―
「河合は興味ないか? 恋愛とか」
―それでも、俺はこの機会を手放したくなかった。
彼女が気付いて慌てる。動揺を気付かれたくなかったのだろう、わざと蓮っ葉に応対してきた。
「ア、アタシ、そんなに恋に飢えてるように見えンの?」
「興味ないのか?」
河合は何か言いかけて口を噤んだ。
「ならいいじゃん。俺達、付き合えば」
顔から火が出そうだった。人生でも何度も経験しないだろう、クサい台詞だった。
「河合は付き合ってる奴、いるのか? いないんなら、それで―」
「―いるよ」
構わないだろう、と言いかけた途端に割り込まれた。
彼女の返答には落胆した。さっきまでのあれこれはやっぱり演技だったのか。さっきまでの彼女の反応を忘れ
て、そんなことが頭をよぎった。
「さっき、付き合い始めたんだ」
恥ずかしそうに河合が言い放つ。瞬間意味が分からなかった。彼女に勢いよく抱きつかれて、押し倒されて布
団や枕を蹴飛ばしてしまってようやく理解する。
「ニブいよ」
「……失礼しました」
「こっちは、敏感なのにねー」
抱きつかれたことでまた力場の収束が始まっていた。河合は先端を指で弾くようにしながらからかい笑う。愛
おしくて堪らなくなって逆に抱きつく。
「ひゃっ、あっ、ちょっ、みやっ……!」
二人で転がりながら、俺は彼女の首筋に鼻を押し付ける。甘い匂いなんて分からなかったが、滑らかな感触が
肌に心地良かった。……それなのに、頭に何かが絡まった。
「……あ、コレ」
さっきまで枕のあった場所に四枚綴りのコンドームが置かれており、それが絡まったのだ。あの自称『飲み込
みの久太』である叔父が枕の下に仕込んでいたに違いない。
彼女と顔を見合わせ、今更出てきてもね、と苦笑したのだった。
* * * * * *
もうすぐ学年が上がる。
河合は先程担任教師から呼び出しを受け、かろうじて進級を決めた事実ともっと勉強しろというお小言をたっ
ぷりもらっていた。
「ねー、参悟、今度勉強教えてよ」
「俺だってそんなに成績いいわけじゃないのに。ちゃんと授業出てればそれなりに取れるよ」
「サボってないよぉ、ただ分かんないんだもん」
お気に入りのカフェのカウンターに陣取って、手元のハンバーガーを口いっぱいに頬張り実に幸せそうな顔を
して反論する。馬鹿面晒してるよ、と言ったら顔だけは引き締まった。
「だからさ、春休みにみっちりお勉強しよう。それで少しでも遅れを取り戻すのです」
握り拳を作って力一杯宣言する。河合の中では既に確定事項になっているらしい。何が悲しくて春休みに勉強
しないといけないんだろう。
「いいじゃん、彼氏でしょ」
「そういえばそうだった、忘れてた」
手元のミルクセーキを啜るともう空だった。カップから視線を上げるとガラスの向こうに河合の友達が通りが
かる。
「あ、チッハー、やほー」
友人に手を振る彼女を横目に、俺はグーグル派だな、なんて蚊帳の外の考えを巡らせていると腕を引かれた。
彼女は腕を組んでピースサインを送る。
「ほら、参悟もピースして」
促されて渋々ポーズを取ると、ガラスの向こうがスマホを構える。彼女はそれに満面の笑みで応えていた。
「これで忘れないっしょ?」
俺は、この先もこうして振り回されるんだろうな、と溜息を吐いたのだった。