12/04/27 23:06:38.43 ArJoiCbI
「『うすずみ』・・・?うーん。聞いたことあるような・・・。」
「・・・小さい蔵元さんなんです・・・。」
春とは思えない冷え込みが続いたせいか、遅れに遅れた桜もようやく
開き始めたある日。綾子はある銘柄の酒を探して近所の酒店を訪れていた。
予定よりずいぶん遅くはなったが、今度の定休日にはちょうど見ごろに
なりそうだし、祐一と花見に行く約束を、綾子は心まちにしていた。
(お弁当つくって・・・それから・・・ちょっぴり、お酒・・・。)
綾子は、以前祐一が話していた酒のことを思い出していた。契約している新潟の
米農家の人にもらったもので、とてもおいしかったのだとか。
「なんか・・・近くにある桜の名木にちなんだ名前だったんだよね。本当に、
満開の桜の下で飲んだら似合いそうな味だったよ。」
名前も定かではないその酒を、桜にちなんだ名の酒と新潟というキーワード
だけで、綾子はネットでつきとめた。
『うすずみ』というその酒は、だが製造元のHPすら無く、取り寄せることは
出来そうになかった。ネットには、酒の好きな人がこの酒を絶賛するブログが
いくつか散見されるだけだった。
「ゆうちゃんに、飲ませてあげたいなあ・・・桜の下で。」
祐一とつきあい始めてからめぐって来たいく度かの春、二人で花見に行ったことは
もちろん何度もあるけれど、去年の花の時期は新婚旅行に行っていて、花見は
できなかった。祐一と結婚してから初めてのお花見・・・夫婦として見る桜は、
果たして今までとひと味違うものかどうか、楽しみだった。
ダメ元で、綾子は普段前を通るだけのこの店に、思い切って入ってみた。
いろいろな銘柄を書いた紙がガラス戸じゅうに貼られたこの店なら、あの酒の
ことがわかるかもしれないと思ったのだ。
だが、酒にくわしそうな店主の返事は、芳しいものではなかった。