12/04/30 23:56:49.87 C4VJMsv/
(…………!?)
あ、と間抜けな一声を洩らし、目を白黒とさせるシンジ。
その手を、マユミの手が掴んで自分の胸へと導いていた。
「な、なに? 何を、山岸さん……っ!?」
「こうすれば、碇君がちゃんと女の子が好きなんだって、証明になりますっ」
それにと、マユミは早口で言葉を継いでいた。
「私も、参考にさせてもらえますし。……ほ、ほら、経験があった方が……
変な間違いせずに済むじゃないですか。か、描く時に」
だから自分にとってもプラスになることなのだしと早口に言って。
「碇君は、気にしないで。だ、だ……」
―抱いてください。
マユミが顔を真っ赤にさせてようやく言い切った台詞は、やけっぱちで叫んだかのように
人気の無い廊下に響いてしまっていた。
しかも、噛んでいた。
抱いてくだひゃい。それが実際にシンジの耳に届いた内容であったのだけれども、
それで言葉の意味が取り違えられてしまう程、マユミの見せた思い切りというものは、甘くはなかったのだった。
「何をっ、言ってるのさ……!?」
悲鳴でしかない声を上げたシンジは逃げようとした。
それが彼にとっての当たり前の判断だったからだ。
可愛いクラスメイト、ちょっと気になっていた女の子に胸を触らせてもらって、しかも誘われた。
それが嬉しいとか恥ずかしいとか、いやらしい気持ちでどうのという前に、まずひたすらに迷惑だったのだ。
ここのところ頭を悩ませてくれている彼女が、また更に迷惑なことをやらかしてきてくれた。
それはもう、逃げるしかないではないか。
「付き合いきれないよっ」
ここに来て躊躇も何もなかったから、シンジは柔らかな感触を味わされている手を振りほどいて
少女の体を押し退けた。
身を翻し、すぐそこの階段に逃げ込む。
倒けつ転びつの足取りではあったが、とにかくこのまま階段を下ってしまえばこの場から脱することが出来る。
と、駆け出しかけた少年の背に向けて、マユミの絞り出した一声。
それはたった一言でシンジの逃走をくじいてしまうに足るものだった。
「人を呼びますっ!」
またそこでごめんなさいと謝って、しかし少女はがくがくと足を震わせながら、シンジを脅迫したのだった。
「碇君に、乱暴されたって……い、言いますよ」
「山岸さん? 君は……君は、そんなこと、本気で……」
「ごめんなさい。でも、こうするのが一番良いんです。それで、みんなが上手くいくんです。……だって!
碇君が、許してくれていれば……こんなことまでしなくて済んだんですよ!」
シンジの知るマユミはそうやって理屈にもならない理屈で自分を正当化して、人を脅すような
卑怯なことをする女の子ではなかった筈だ。
―筈だ、と思う。
故にショックであり、悲しいのだ。
マユミ自身にだって、分かっていたのは間違い無い。
「…………」
「……ごめんなさい」