【友達≦】幼馴染み萌えスレ23章【<恋人】at EROPARO
【友達≦】幼馴染み萌えスレ23章【<恋人】 - 暇つぶし2ch100:名無しさん@ピンキー
11/10/24 00:15:55.14 ho+GPFkg
>>86
つよきすの蟹沢きぬとか結構珍しいタイプの幼馴染みになるのかな?

101:名無しさん@ピンキー
11/10/24 01:57:30.89 Jeg8LUix
新作GJ!
続き期待してます

102: 忍法帖【Lv=34,xxxPT】
11/10/24 09:41:34.05 HEC22hTy
GJ

充分可愛い女の子してるヒロインだ。
続き期待してます

103: 忍法帖【Lv=26,xxxPT】
11/10/25 06:03:50.72 E9ho2ZUb
香奈ちゃん可愛い!

104:名無しさん@ピンキー
11/10/29 01:59:33.81 n1lqtfKu
幼馴染は関西に住む生まれる前からの婚約者
18歳となる来年の挙式にむけて今年状況して主人公のクラスに転校してきた

105:名無しさん@ピンキー
11/10/31 00:22:06.94 5Yh8nI8U
関西って言ってもいろいろあるよな

とりあえず京都弁っ子か大阪弁っ子か

106:名無しさん@ピンキー
11/10/31 14:29:39.10 pQ6WzjRA
河内弁とか神戸弁とか近江弁とか
近畿地方の方言と一口にいっても、
いろいろあるから面倒だよなあ

107:名無しさん@ピンキー
11/11/03 19:59:00.06 QvSCyFPw
昔は方言バリバリだったのに、今じゃ標準語でしか話さないとか最高じゃね?
「そういえば、方言言わなくなったよな~お前」

「ん?」

「方言だよ、ほ う げ ん 」

「何を今更…、 10年以上ここで暮らしてんだから当たり前でしょうが」

「でもお前、昔はバリバリ関西弁だったじゃん?」

「まぁねぇ、小学校上がるまでは向こうに住んでたし」
「こっちに来てからは、それが原因でちょっと馴染めなかったし」

「あ~、あったなぁそんなこと、でも、割とすぐに馴染めてたじゃん?」

「まぁ、どっかの誰かさんが親切丁寧に教えてくれたからねぇ?」
「おかげで学校に馴染めたし、友達も沢山できた」

「へ~そうなん?」

「その誰かさんはあたしが方言でからかわれてたら、助けてくれたりしてね~」

「へ~そうなん」

「さらにその誰かさんは、色々と悩んでたあたしを励ましてくれてね?」

「へ~」

「うれしかったなぁ… 『あいつらに何かされたら何時でも言え!俺が守ってやる!』って言ってくれて」
「誰かさんもからかわれたのに、そんなの関係ないって言ってくれて、うれしかったなぁ」
「御陰で、標準語しか喋れなくなっちゃったよ~?」

「ほんまかいな…」

「ほんまやでぇ~?うちがいまここにおるのもそのどっかの誰かさんのおかげやし」
「あとごめん、その似非関西弁やめてな? 聞いてると虫酸が走るんやわ」

「おまえ、イントネーション完璧じゃねぇか…」

「え?なに?聞こえない?」

「嘘付け!」

みたいな感じで誰か書いてくれ!

108:名無しさん@ピンキー
11/11/03 20:37:24.15 X/luEH36
>>107
ok、続けたまえ

109:名無しさん@ピンキー
11/11/06 15:50:45.57 vF/IZcHM
千理ちゃんとアッちゃんの話いいなぁ
幸せになってくれぇ…

110:名無しさん@ピンキー
11/11/07 15:48:29.54 ZsutsQvD
気弱妹系幼馴染みに酒を飲ませてみた


111:名無しさん@ピンキー
11/11/07 16:27:59.49 5LfO2H/j
正座させられて「なんで手を出してくれないのか」と
延々説教されました。そんなんだから手を出せないんです。

112:いもくりなんきん
11/11/08 05:10:55.83 G8thbTLx
最近だんだんわかってきた事。
『おにいさん』じゃないときのユウさんは結構ズルい人だったりする。


「……ねえ、ユウさん」
「なんだいなぎちゃん」
「わたし、ごちそうしてくれるっていうから来たんだけど」
「するよ? ちゃんと。もう炊飯器のスイッチ入れるだけにちゃんとしてある」
平然とそんな事を言いながら、手元はくるくる動いて、小さなナイフで次から次へと器用に栗の皮を剥いて行く。
お邪魔します。と玄関を入ってすぐに台所に連れて行かれ、目の前に築かれた栗の山と、手渡された栗剥き器。
『皮剥き手伝ってねー』と当たり前のように言われ、栗剥き器の使い方を教えられ。
それから30分。二人揃って黙々と栗の皮を剥いている。
こっちは道具を使っているのに、ユウさんのほうがずっと早くて綺麗に皮を剥いて行くのがくやしくて熱中しちゃったけど、
なんで私こんな事してるんだったっけ?
あーあ、指先がなんだか茶色くなってる。これ、洗って取れるのかなあ?

『栗ご飯炊いて秋刀魚焼くから夕飯食べに来なよ。あと芋天もあるよー』なんていう、
文字通りの甘い言葉に乗ったのが失敗だったのかも。
でも、うちのアパートじゃ秋刀魚なんて焼けないし。ユウさんのごはんはユウさんちで食べるのが一番美味しいし。
そんな事を考えながら、悪戦苦闘しながら手を動かす。
そうしていると、くくっとユウさんの笑い声がして、そっちを睨む。
「いや、ごめんごめん。見事に栗と芋で釣れたなあと思ってさあ」
芋栗南京なんて言うけど、女の子は本当好きだよね。
元々タレ目がちの目じりを更に下げて、へらっと笑われる。
「まあ、そんな怒らんでよ。今剥いてるこいつも蜜煮にして正月に使うからさ、食べに来なよ。なぎちゃん好きだろ? 栗きん

とん」
なぎちゃん来るなら今年は多めに作っとくよー。と言う笑顔に、こちらの好物を完全に把握されてる事がなんだか無性に悔しく

なる。

113:いもくりなんきん
11/11/08 05:11:57.19 G8thbTLx
「……かぼちゃ」
「ん?」
「かぼちゃ。かぼちゃのお料理も作ってくれたら怒らない。小豆といっしょに炊いたやつがいいです」
「いとこ煮か。あれ別にそんなめんどくさくないぜ?」
「固いもん。切るの大変だもん。皮剥くのも綺麗にできないもん。……ユウさんのがいいの」
「……はいよ。了解しました」
返事は殊勝なのに、声に笑いが含まれてて結局負けた気になる。
むすっとしたまま皮剥きを続ける。……私、可愛くないなあ。
「なぎちゃん、顔上げな」
いつもよりちょっと低い声で言うユウさんの方を見ると、テーブルに手をついて身を乗り出して来る所だった。
ちゅ。と唇に柔らかい感触が一瞬だけ触れてすぐに離れる。
「な、ちょ、ユウさん、なに」
「んー、まあお駄賃先払い?」
「な、なにそれずるい……」
「そだよー、オレ結構ずるいから。色々覚悟はしとってよ?」
目じりの下がる、優しそうな笑顔だけどいつもの笑顔となんか違う。
いつもの『おにいさん』じゃない男の人の表情に、一気に顔が熱くなった。

ずるい、ずるい。私はこんなにびっくりしてるのに。
『おにいさん』を止めてって言ったのはそりゃ私のほうだけど、
こんなに驚かしといてユウさんだけ平然としてるのは絶対ずるい。


114:いもくりなんきん@これで終わり
11/11/08 05:13:02.26 G8thbTLx
熱くなった頬を押さえて、何事も無かったみたいに栗の皮剥きを続けるユウさんを睨む。
ふと、手元の栗の実を見ると、今まで綺麗に剥かれていた実に渋皮がたくさん残ってたり、
実の形がずいぶん崩れているのが見えた。
……なんだ、ユウさんもそんなに平気なわけじゃないんだ。
じっと見ていると困ったような怒ったような顔で「なに?」と返される。
「なんでもない。……負けないから」
食卓の上に落としていた栗剥き器を掴む。
……ユウさんより綺麗に剥いてやるんだから。
心の中で勝手に勝負を宣言する。
……この勝負に勝てたら、今度は私の方からしてやるんだもの。
そう決めると、今までで一番真剣に皮剥きに取りかかった。

115:いもくりなんきん
11/11/08 05:15:29.44 G8thbTLx
甘い物の話の筈があんまり甘くならなかった。
あと以前書いたキャラが行方不明になりましたごめん。

116:いもくりなんきん
11/11/08 05:19:16.15 G8thbTLx
もうひとつだけ。
胃袋掴まれてる女の子はかわいいと思います。
餌付けしたい。

117:名無しさん@ピンキー
11/11/08 22:34:15.62 I1t/CnDD
わかるよ!作ったご飯美味しそうに食べてるのみると幸せだよね!
幼馴染みいないけどGJ

118:名無しさん@ピンキー
11/11/08 22:41:03.49 wI8IqQn8
可愛かった。GJ

119:名無しさん@ピンキー
11/11/09 13:48:15.09 5b3h0Cvm
クリ剥きか

120:名無しさん@ピンキー
11/11/09 13:56:45.44 GkByU24J
ああ、クリ剥きだな

121:名無しさん@ピンキー
11/11/10 01:27:08.27 ZBz9kJrS
なんだ、クリ剥きだったのか

122: 忍法帖【Lv=35,xxxPT】
11/11/10 21:44:10.02 SiDyV3jM
三本ほといきます。

や、つか、大変お久しぶりです。

123: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/10 21:45:34.83 SiDyV3jM
03-02 Lovin' you

 アレは確か二年の冬休み明けだったと思うケド、当時同じクラスだった子が言っていたのをふと思い出した。
 男はすることをし終えると、その後は急に冷たくなると。
 なるほど、そういえばいつだったか観たサスペンス物のドラマでその手のシーンが出た時、事後と思しい男の人は退屈そうに煙草を咥えていた。
 ベタベタとくっつく女の人には見向きもせずに、いかにも気だるそうにしていたが、世の中の大抵の男の人はそうなのだろうか?
 暖かな腕に頭を預けて胸に顔を埋めると、きまって修は頭を撫でてくれる。
 あたしはその手がとても好きで、そうされるだけで満足してしまうのだった。
「ひとのまくらはよいまくら~」
 何となく腕枕が嬉しくなって、そんな歌を口ずさむと
「何の歌だよ、それ」
 修は苦笑しながらまた頭を撫でてくれた。
 二人だけで出かけた卒業旅行。
 ひなびた旅館で一つの布団に二人で寝ているのだから、要するにすることをした後な訳だケド、修はあたしを甘やかしてくれる。
 後戯という単語を仕入れたのは、二年の冬休み明けの、彼女の愚痴に付き合っている時だった。
 そんなことを修と話したことはないケド、何も言わなくてもそうやって撫でてくれる手のひらが、その実あたしにはとても嬉しかった。
 見知らぬ天井を見上げて、けれど肌に馴染んだぬくもりにあたしは安心していた。
 実の所、あたしはその手のことをするよりも、その後にこうして気だるい中でぼんやりと横になって修に甘やかしてもらう事の方が好きなのだから。

 修はいわゆる『カラスの行水』で、ロクに湯船につからずたいていいつもシャワーだけで済ましてしまうことが多い。
 あたしはと言えばその逆で、お風呂にいつまでも入っていることが多い。
 だから少しだけ温泉旅行なんてものには不安もあった。もっとも、それは杞憂だった訳だけれど。
 あたしがゆっくり温泉を楽しんでから出て行くと、まだ修は入浴中だった。
 一緒に温泉に向かい、外で待ち合わせと言っていたのだから多分あたしが待たせることになるんだろうなあと思ってたケド、珍しいこともあるものだ。
 待たせるのも悪い気がして、だから少しだけ早めにあがったんだケド……そういえば「ゆっくりしていけ」なんてことを言っていた。
 今頃湯船で手持ち無沙汰に下手くそな鼻歌でも歌っているであろう修を思い浮かべて、悪いんだケド、ちょっとおかしくなった。
 浴場の入り口で涼むご老人方に混じり、ぼんやりと座って行き交う人を眺める。
 卒業旅行に温泉を選ぶようなのはあたし達くらいかと思っていたケド、どうもそんなことはないらしく同世代と思しい子が何組か通り過ぎていく。
 大抵は同性……女の子グループだ。
 楽しそうに、そして一人ぽつんど座っているあたしを一瞥くれてから通り過ぎていく。

124: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/10 21:46:04.20 SiDyV3jM
「若いっていいですねえ」
 と、隣に座っていたお婆さんに話しかけられた。
「え? ええ、そうですね……って、あたしが言うのも変ですケド」
 お婆さんは楽しそうに、そして上品そうに手を口に当ててほほほと笑った。
「そうね、あなたも可愛らしい娘さんだもの」
「可愛い……か、どうかはまあ」
 そこで自信をもって「そうです」と言えれば、もっと楽なのかも知れないケド。
「誰かと一緒に?」
「はい……あの、その……」
 何となく言いよどんでいると、それでお婆さんは察してくれたらしい。また楽しそうに笑って、手にされていた袋の中からお茶の缶を取り出して
「どうぞ」
 と渡してくれた。
「いえ、そんな」
 と遠慮するが、こういう時のご老人はそう簡単に引いてはくれないし、拒否もするべきではないと思っている。
 あたしは一応形ばかりの遠慮をしてから、素直に頂いた。
 買ったばかりなのだろう、よく冷えた緑茶で喉を潤すと、人心地ついた。
「今日はここに泊まりかしら?」
「はい、卒業旅行で」
「あら、良いわねえ。私はね、近くに住んでるのよ。お風呂だけ入りに来てるのよ」
「いいですね、近くにこんな温泉があるの」
「ええ、他に何もないところだけど、この湯だけが自慢なのよ」
 やはり上品に笑っては嬉しそうにされるお婆さんのお話を聞くこと十分ほど。
「それにしても珍しく爺さん遅いねえ」
「……そう言えば」
 修もだ。
 ふと顔を脱衣所の方へ向けると修が出てくるところだった。
「修」
「爺さん」
 声が重なる。
 修と、その隣で競うように脱衣所から出てきたお爺さんが一瞬だけキョトンとした顔になる。
 思わず隣のお婆さんと顔を向け合い、微笑みあった。

「サウナで同時に入った」
 部屋に戻ると、ぐでんとだらしなく浴衣の襟で扇ぎながら修。
「で、一緒のタイミングで入ったから、先に出たら負けみたいな気になってな」
「……何やってんのよ、あんたは」
「安心しろほとり、勝ったから」
「いや、勝ったとかじゃなく」
「で、水風呂に浸かる時間で二回戦。着替える速さで三回戦。水飲む速さと量で四回戦。その後五回戦が」
「……あたし達と合流出来る速さ?」
「そう」
 何をやっているんだか。
「ああもう、結局決着つかなかったな」
 まさかそっちも一緒に待ってるとは思わなかったよ、と修は苦笑いした。
「バカね」
 曖昧に笑う修は体ばかり大人になって、まだ子供っぽかった。
 そう言えば子供の頃はいつもあたしに振り回されていた修だったけれど、変に負けず嫌いな所もあった。
 鬼になると、あたしに追いつけずにいつもベソをかきながら走っていたのをふと思い出す。
 悔しそうに目の端いっぱいに涙を溜めたあの頃から十数年、今その泣き虫の負けず嫌いは、曖昧に笑いながらあたしの頭を撫でている。

125: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/10 21:46:30.87 SiDyV3jM
 翌日、修は変に張り切って温泉に。
 昨日よりものんびりしてから上がると、それでも修はまだだった。
 ふと見れば昨日のおばあさんがニコニコしている。
 昨日と同じく世間話に花を咲かせていると、また競い合うように修とお爺さんが現れた。
 何か変な友情でも芽生えたのか、腕をがつんとぶつけて笑っている。
 あたしは呆れ半分にため息をついた。
 男はいくつになっても、子供みたいなものなのかもしれない。

126: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/10 21:47:29.97 SiDyV3jM
歯磨いたか?
顔洗ったか?
もう1パート!

いったれほとりちゃんッ!

127: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/10 21:53:17.96 SiDyV3jM
03-03 花冠

 ドアを開けて外へ出ると、まずポケットの中を確認する癖をつけたのは、ほとりの言いつけでだった。
 鍵は持ったか、財布は、ハンカチはティッシュは。
 おかげさまで粗忽者のいい加減な男の癖に『お財布忘れて~』みたいな恥をかいたことは一度もない。

 昨日不意にほとりから電話が掛かってきた。
 いや、電話に不意にも何もないのだけれど。
 とにかくほとり以外からかかってこない俺の携帯電話が、早く出ろと歌うのに急かされる。
 うたた寝している間にどこかの間に落としたのだろう、くぐもった声で古臭いけれど味のあるアメリカ人歌手の名曲が鳴り続ける。
 布団の間に入り込んでいた携帯を探り当てて、予想通り画面に表示されているほとりの名前に少しだけ唇を緩め、通話と表示された画面に触れた。
「こんばんわー」
 と、何が楽しいのやら、呑気な挨拶が耳を撫でた。
「ん、こんばんわ」
 律儀に返事をするのも、そういえばほとりに何度も注意されてだったような気がする。
「あのさ修、急で悪いんだケド」
 ほとりの声はふわふわと浮き立つように跳ねている。何かとんでもなく楽しい悪戯を思いついた時の、ほとりの声だった。
 日に日に綺麗になっていく幼なじみは、けれど根っこで子供の頃のような部分をなくしてはいないのだった。
「明日ね、お昼前から時間あるよね?」
「ああ」
 あるに決まっている。
 卒業旅行と称した湯治から帰り、実の所俺はやることが何もないのだった。
 昨日暇つぶしにその辺りをウロウロしていて、実に一月以上ぶりに文芸部の二人と偶然鉢合わせて少し話をしたくらいのものだ。
 文芸部の二人は地元残留であるらしい。隣の市にある大学に進学して今後も実家通いを続けるそうだ。
 そういえば文芸部の奴は今自動車免許を取ろうとしているらしい。まるで上手くいかなくて四苦八苦しているようだが。
「あのね、お花見しよう」
 ほとりの声でふと物思いから引き戻される。
「花見? ああ、もう咲くのか」
「そ、少し早いけど、あたし達ももうしばらくしたら離れるでしょ?」
「そうだなあ」
 何の因果か、上京するのだ。二人揃って。
「名残でも惜しむか」
「うん」
 あまり愛想が良いとは言えない俺のぼんやりした声に、ほとりは一際嬉しそうに返事をするのだった。

128: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/10 21:53:34.37 SiDyV3jM
 ほとりにはお気に入りの桜並木がある。
 何のことはない、昔俺達が通っていた中学校近くの土手沿いの道だ。
 土手にトンネルでも作るように桜の木が立ち並んでいて、まだ小さい頃からほとりのお花見といえばあの道のことを言うのだった。
 確かあれは小学校に上がったばかりの春のことだ。
 例年よりもことさらせっかちに咲いた桜を追いかけるほとりに付き合い走らされたことがあった。
 当時からほとりは俺よりもずっと足が速く、それこそ飛び跳ねるように桜並木の道を駆けていったのを思い出す。
 咲くのが早ければ散るのも早い年だったように思う。
 ほとりが花見をちゃんとできなかったと拗ねて半ベソだったので印象に残っていたのだ。
 町の灯りの中、遠く故郷を取り囲むように流れる川へ視線を投げる。ここからでは忘れた頃にふいに現れる車のテールランプくらいしか見えないのだった。

 お昼前と聞いていたからのんびり二度寝をし、あくびを噛み締めながら遅い朝食を摂ろうと居間へ向かうと
「遅い!」
 ほとりが唇を尖らせてそこに居た。
「早いよ、昼前って言ってたろうに」
 言ってはみるものの、そんなのほとりに通じるはずもない。
 寝た子と拗ねたほとりには逆らわぬが吉。
 ほとりに追い立てられて朝食の前に風呂へと向かった。

 ほとりと再び花見をするようになったのは、中学を卒業してからのことだ。
 その年の桜は卒業式に間に合わず、結局中学に通っている間はほとりとあの桜並木の中を歩くことは出来なかったのが少しだけ残念ではあった。
 白状すれば、通学途中ほとりの揺れる黒髪を後ろから眺めて、その隣を歩く自分を想像したりもしたのだった。
 もっとも、これは死ぬまで言うまいと心に誓っているのだが。
 中学生時代のほとりは学年でも人気のある生徒だった。
 成績も運動神経も優秀な上、愛想も気風も良いし、何と言っても可愛かった。更にそれを鼻にかけたところもない。
 まあ、それは単純にかがりさんへのコンプレックスがあったせいなのだろうけれど。
 さておき。そんなほとりは友達に囲まれて楽しい中学生活を送っていた。
 まあ俺はと言えば、友達はそこそこで本に囲まれた楽しい中学生活を送っていたのだけれど。
 だから、俺にとってあの桜並木は、ほとりを遠くで眺めていた時代の象徴でもあったのだ。
 もっとも、高校に入ってから何度かここを訪れている。
 ほとりは毎年最低一度はここの桜を見ないと落ち着かないようだった。
 確かに見事な枝ぶりの桜が立ち並んでいるが、ござをひいて花見で一杯やるスペースがないせいか近所のご老人方が散歩に来られているくらいのものだ。
 そういった静かな雰囲気の桜並木は、なるほどそうそうあるものではないだろう。近くに花見の宴会に相応しい大きな公園もあることも、この静かな並木道が保たれている理由かもしれない。
 けれど、そのほとりお気に入りの桜並木を歩くことが出来るのも今年からしばらくお預けだろう。
 来年また時間が取れるのなら、来たいとは思うが。

129: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/10 21:54:00.69 SiDyV3jM
 風呂から上がった俺を急き立て用意をさせ、ほとりは先へ先へと走っていく。遊んで欲しくて仕方のない子犬でもあるまいに。
「落ち着け、あと気をつけないとパンツ見えるぞー」
「見るなあほー」
 慌てて振り向いたほとりは、長い淡桃色のフレアスカートを押さえて怒った顔をしてみせる。
 そこで立ち止まったほとりに駆け足で近寄れば、当たり前の様に腕に抱きついてきた。
 どこのバカップルだと思わなくもないが、まあもう半ば諦めも入っている。俺達は多分間違いなく、頭にバカの付くカップルなのだろう。
 いや、一応自重とかしているつもりなのだけれど。
 怖いくらいに静かな桜並木を歩く。
 あの頃ほとりの隣を歩きたいと思ったりした桜並木の中を。
 今はそのほとりを腕に感じながら。
「桜、綺麗だね」
「ん」
 キミの方が綺麗だよ、なんてことを言ってみようかと思ったが、あまりにアホっぽいので止めておく。
 代わりに出てきたのは、どこかで読み齧った文章だった。
「桜が怖いくらいに綺麗なのは」
「うん?」
 怪訝そうにこちらを見つめるほとりに微笑み返して続ける。
「桜の樹の下には屍体が埋まっているからなんだ」
「え? 何それ」
「そういう小説があるんだ」
「ミステリ?」
「んにゃ、梶井基次郎って人の短編小説。あんまり綺麗なものを前にしてさ……どうしようもなくなった時、俺達がどうすればいいのかを書いた小説だよ」
「…………それで、どうすれば?」
 ほとりは立ち止まり、続きを促す。俺は何年か前に流し読みしただけの文章を思い出して何度か咀嚼する。
「屍体を埋めればいいんだ。直視に耐えない程美しいものを前にして、自分の劣等感に苛まれたなら。美しいものが、美しくある理由そのものに悪いイメージを重ねて」
「……でもそれって、何だか卑怯な気がする」
「や、まあそうだろうけど。でもな、ほとり……自分ではどうにもならないくらい気持ちに振り回されそうになった時に、そうすることでようやく立ち位置を保てるのは、卑怯かもしれないけれど救いでもあるんだよ」
「分かるから、そんなの嫌だなって思うよ」
「ん……でもさ、ほとり」
「なあに?」
 あまり気持ちのいい話じゃなかったと少し反省する。ほとりは一際力を込めて抱きついてきていて、そう強く思う。
 暖かなほとりの鼓動を感じる。
 嫌なイメージを拭うかのように、ほとりは抱きついてくる。
 その白い指先に手を重ねる。
 可哀そうなくらいに華奢な肩と首筋。
 整った目鼻立ちに、品を失わないようごく淡く引かれたルージュの朱。
 自慢の黒髪は、艶やかに濡羽色。
 それら全ての、ほとりを形作るもの。
 俺の愛しい、それら全てに頬が緩む。
「でもさ……綺麗なものが怖いっていうのは、弱いからかもだけど……それでも憧れもするしな。それだけの差があるものだから、憧れなんてするんだからな」
 腕にもたれかかるほとりの頭に、桜の花びらが一つ。小さな小さな、冠の様に。
「そう、ね」
 潤むほとりの眼差しは、桜の花を浮かべていて……怖いくらいに綺麗だった。

130: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/10 21:54:23.61 SiDyV3jM
歯磨いたか?
顔洗ったか?
もう1パート!

いったれほとりちゃんッ!


131:名無しさん@ピンキー
11/11/10 21:56:46.83 JlRZ/Hap
支援

132: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/10 22:00:10.67 SiDyV3jM
03-04 あなたに会いにいこう

 公務員の父親を持つ我が家は、裕福とまでは言わないものの、それでも恵まれた家庭であると思う。
 とはいえ、湯水のように金があるはずもなく、俺は自然と進学するなら公立と思っていた。
 と、なると実家からの通学は難しい。我が愛しの故郷は地味な地方都市らしく公立大は存在しない。
 電車などでの通学も出来なくはないが……やはり一度くらいは親元を離れたくなるものだ。
 元々は自分の学力に見合った場所を選んでいたのだが、成績良い女の子に誘惑されて、ちょっと無茶をすることになったのだった。
……まあ、ほとりなのだが。
 まるで分からない理系の勉強を中心に据えたこの一年は、とりあえず地獄だった。ただその甲斐もあってか無事二人揃って合格出来たのだけれど。
 おかしいなあ、将来のことなんて真面目なことに色恋沙汰を持ち出すとか考えてなかったことだし、情につられて進学先を決めるなんてこと嫌だったのだが……
 どうしてこうなったのか。どこで俺はこうなったのか。
 いや、嬉しいし、満足しているのだが……いいのかなあ。こんな進学先の決め方で。いや、将来どういう職につきたいかなんてハッキリ決めてない俺が一番悪いのだが。
 まあ、下手をすると善治爺さんみたいな世捨て人になっていたかもしれないと考えれば、しっかり者が一緒に居てくれるっていうのは幸せなことだ。
 母さんに言わせれば、良い男を育てられるのが良い女の条件らしく「ほとりちゃんの為にも良い男にならなきゃねえ」なんて脅しをニコニコとされてしまった。
 いやもう、外堀が完璧に埋まっているくさい。
 まあ、それとこれとは別の話で正直ほとりを他の奴に取られなくて本当に良かった。これからはこれからで、振られないようにしないといけないのだろうが。
 ともかく、俺達は無事大学に進学し……上京するということになったのだが。
 問題が一つあった。
 住む所が未だだった。早くしないといけないのだろうけれど、合格してからの方が良いだろうということで今日まで延ばし延ばしになっていた。
 もちろん、少しは現地の不動産の業者の方とは話をしているが。
 そして俺とほとりは、二人揃って家族会議の場に出頭していた。神流と州崎、両家の父母が二組とも揃った重要な会議で、自分達の要望が通るかどうかの、正念場だった。
「…………二人一緒に、か」
 親父はしばらく考えた後

133: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/10 22:00:32.21 SiDyV3jM
「いいなあ」
 とにやにやし始めた。
「いやいやいや、そこは反対しよう。反対してくれよ、親父!」
 最後の一人もあっけなく賛成に回り、俺は頭を抱えた。
「って言うか、普通逆だろ! 親なら親らしく、世間体とか気にしようよ!」
「しかしな、ぶっちゃけお前らがルームシェアしてくれた方が家賃が安くなるんだよなあ」
 親父は身も蓋もないことを言い、
「というか、修君……ウチのほとりとの同棲の何が嫌なんだ?」
 ほとりの親父さんは機嫌の悪い顔を作って脅しにかかる。
「あの、おじさん……普通怒る所じゃないですか? 大事な嫁入り前の娘さんが、男と同棲とか」
「いや、どうせ嫁がせないといけない訳だし、だったら修君の所がまだ納得出来なくはないし、物騒な世の中だから娘を一人暮らしさせるのも怖いし」
 ふむ、とほとりの親父さんは考えてから
「良いこと尽くめじゃないか」
「いやいやいや、娘さんの貞操とか、考えよう!」
「でもやることやってんだろ、お前ら」
「…………」
 それを言われると、何も反論できないのだが。
 実際嫁入り前の|娘さん《ほとり》を傷物にして、あまつさえ随分やりたい放題してきたのだが。
「お父さん、言いたいことも分からなくはないケド……大学生だよ、まだ」
 困った顔でどうしたものかと思案していたほとりはゆっくりと口を開き、俺に目でもっと何か言えと促す。
「大学でも口さがないのは居るだろうし、あまり目立ったことはしたくないよ」
「そうそう、あたし一人暮らしって言っても、修が送り迎えやお使いもしてくれるし」
「そうそう……え?」
「え?」
 俺の知らない間にそんなことが決まっていた……のか? ほとりは可愛く小首を傾げて
「ね、修」
 と笑いかけてきた。まあ、もとよりそのつもりだったけれど。この辺じゃ治安は良いといっても都心じゃどうだか分からない。ほとりが望むなら送り迎えやらくらいならしてもいい。どうせ行き先も同じなわけだし。
「で、ほとり……レパートリーも増えたし、修君にいっぱい食べさせたいよね」
 ほとりのお母さんは、どうやらほとりのものらしいレシピ集を取り出してみせる。
「ん……まあ、料理は楽しいよ」
「いっぱい作ってあげて、送り迎えもしてもらって、で、盛り上がればやることもしっかりやって……もう同棲してるようなもんじゃない」
「いやいやいや、最後変なの混じってましたよ」
 親にその手のアレコレを言われるのは、死ぬほど恥ずかしい。隣を見やれば、ほとりも憮然とした顔をしていた。
「意地っぱりねぇ、普通恋人同士ならいつだって一緒で居たいものでしょうに」
 母さんは呆れたようにため息をつく。
「今だから言うとね、母さん達がどれだけあんたらくっつけるのに頑張ってきたか」
「…………」
 隠していたつもりだったのか。
 そんな雰囲気、とうの昔に感じていた。だから反抗期にはお互いに仲が悪くなったのだが。まあ、これは理由の一つだし、一番大きなのは俺がひどいこと言ったせいなのだが。
 さておき。
 ニヤニヤとする親達を必死に説き伏せるのにそれから一時間。
 ようやく同棲を諦めさせて……というか、初めからそんなつもりはなかったらしい。
 ちゃんと住む所は別に用意してくれるらしく、俺達はほっと胸を撫で下ろして……まあ、本音を言えば少しだけがっかりした。
 白状すると、同棲という言葉の響きにどきりとはした。
 子供の甘っちょろい恋愛ままごとでもあるまいに。
 もちろんほとりと別れるなんて考えてもいない。でもそんなの世の中の恋人達皆がそうだ。それでも人と人に別れ話はつきものだ。
 絶対に自分達がそうならないなんて傲慢を口にはしたくない。
 もっともそれとこれとは別の話、単純な気持ちからの言葉を俺は口にしたいと思う。
 俺達はずっと一緒だ、ほとり。と。

134: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/10 22:00:56.78 SiDyV3jM
 ほとりの親父さん相手に娘をかけた将棋でぼこぼこに負けた。
 それじゃほとりはまだやれんな、と笑いながら風呂に行ってしまった親父さんを見送って、俺はその場にごろりと長くなる。
 受験も終わって、家族会議もつつがなくお開きになり、久しぶりにと打ったのだが見る所なしだった。
「もう……あたしをかけるなら意地でも勝ってよ」
「そうは言うがな、強すぎるんだよ親父さん」
 ほとりの手が俺の頭を少し持ち上げる。
 素直に頭を上げれば、隙間にほとりの膝が入った。
 目を開けると、すぐそこにほとりの顔があった。
「もし本当に将棋で勝てるまで嫁にやらんー、とか言い出したらどうする?」
「あー、それ言いそうだなあ」
「本当、どうするの?」
 いたずらっぽく微笑む頬に、そっと手を添えた。
「その時は駆け落ちだ。というか婚姻届は成人なら親の同意なんて要らないだろ? 籍を入れたら勝ちみたいなもんだろ。それから籍を盾に説得しよう」
「うわ、悪党」
「そ、ほとりは悪党にさらわれる役な。よかったな、お姫様扱いだぞ」
 そういうの好きだろ? と目で問えば
「あんたが助けにこないなら、さらわれる意味ないわよ」
 と俺の鼻を摘んだ。
「ひふぉのふぁおであふぉぶな(人の顔で遊ぶな)」
「あら、いい男」
「ひってろ(言ってろ)」
「そう? 鼻が高くなって一段と格好良くなったよ。そのままにする?」
「しない」
 ようやく俺の鼻を離したほとりは頬を赤らめて、少しだけ困ったような微笑で顔を寄せて
「でもさ、本音を言うとね」
 小さく囁いた。
 耳朶を撫でる甘い声に、ぞくりとした。
「……白状したらね、同棲ってちょっとしてみたかった」
「……まあ、同居してみないと見えないものもあるって言うし……結婚する前になら、一度はしておいた方が良いかもな」
「そういう意味もあるケド……単純に、好きな人とずっと居たいって」
「それなら、俺もだ。でも……」
 もう一度頬を撫でる。
「どこに居ても、どこに行っても。一緒だ」
「ん……ありがとう」
 少し顔を持ち上げて、すぐそこのほとりの唇へ。小鳥がついばむように微かに、軽く触れるだけのキスを交わして……
 気配を感じて飛び起きた。
 ばたばたと居間から離れる足音に、俺とほとりは顔をあわせて盛大にため息をついた。
 何をやっているんだ、あの親は。

135: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/10 22:02:08.72 SiDyV3jM
 同棲させようと必死になったかと思えば、今度は「ほとりの引越し先? 同棲もしないヘタレには教えない」と言い出した。
 ほとりの親父さんもお母さんも、うちの両親も、だ。
 一体何を考えているのやら。そして俺の引越し先の住所も教えてくれない。親父は「行けば分かるさ」を繰り返すばかり。
 子供を何と思っているのか、いざ引越しの日になっても何一つ教えてくれない。
「一応、先に聞いてた条件にそうような物件よ」
 と母さんは言うが、そんなの見なければ分からない。
 ほとりも自分の住所を教えてもらっていないらしい。なんだかひどく嫌な予感がしてくるが、間違いなく別にしているらしい。
 なら、ここまで隠す理由が分からない。
 首を傾げながら荷物をまとめて、引越しの日を迎えた。
 ほとりと同じ日に引越し業者を呼んだせいで、うちの前はトラック二台に占拠されていた。もっとも一人暮らしの引越しだ、トラックといっても小さいものだが。
 ほとりと手を繋いで最後に我が家を見上げる。
 乗り越えようとしてこっぴどく叱られたフェンス。落書きをして「消えるまで家には入れない」と言われて泣きべそかきながら掃除した塀。ほとりのおままごとに散々付き合った庭。
 ころんで額を切った軒先。ほとりに許してもらいたくて立ち尽くした廊下。そして……ほとりの初めてを貰った俺の部屋。
 道から見上げるだけで、沢山のつまらない想い出があった。
 沢山の、俺達だけの大切な想い出があった。
 色々なものを目に焼き付ける。
 これからを始める為に。
 いつか帰るところを忘れない為に。
 心のよりどころに、する為に。
「じゃあ……とりあえず向こうについて住所が分かったら、連絡する」
「ん、あたしも」
 ちらりと周りを確認して、そっとキスをした。
 今度こそ、誰も邪魔は入らなかった。

 両家の母に連れられて、俺とほとりは東京へ。
 モノレールだか電車だかを乗り継いで、最終的に辿り着いたのは私鉄有楽町線平和台駅前歩いて十五分の小さなアパートだった。
 というか、この時点でさすがに気が付いた。
 ほとり一家がまだついて来ている。大家さんから頂いた鍵でドアを開く直前まで。
「つまり……隣か」
「みたいね」
 母二人は一日がかりで掃除やら何やらをこなし、事前にとっていたらしいビジネスホテルへ。
 次の日は家具や家電を買い足しに。俺は女三人の荷物持ちとしてフラフラになった。
 ただ、次から次へと出て行く福沢諭吉を目にしていると実感がわいた。子供と言うのは親の金食って生きているんだなあ。と。
 さすがに恐縮し、全ての用意が整い母さんが帰る時になって、俺はその場に正座して頭を下げた。
「どうもお世話になりました」
「まあ、これだけあったらどうにかなるでしょ。後はほとりちゃんに任せるわ」
「あはははは」
 もう笑うしか出来ない。
「仕送りは家賃と学費、食費が限界。お小遣い欲しいならバイトでもしなさい」
「はい。誠にありがとうございます」
「さすがに小さくなったか。お兄ちゃんもそうだったけど」
「だろうね」
 さて、と母さんは立ち上がると
「母さんはほとりちゃんのお母さんと東京見物してから帰るけど、ついてくる?」
「いや、そういうのは落ち着いたら考えるよ。今日はゆっくりする」
「そう? まあ今日コンサート予約してたから、無事終わって安心して行けるわ」
 ニコニコして年甲斐もなく若い男性アイドルグループのコンサートに行く母さんを見送ると、六畳一間の部屋を見渡す。
 見慣れた自分の荷物と買い足した家具がいかにもちぐはぐで、少し笑える。
 五階建ての三階が俺の城だ。少しわくわくする。すぐ隣はほとりの部屋だ。
 そう考えるとある意味実家よりもほとりの部屋の距離は近付いたということか。なるほど、出発前のあの親父達のニヤニヤ笑いはこういう意味だったのか。これじゃある意味同棲みたいなものじゃないか。まったく。
 ほとりの部屋は端にあり、実は少し羨ましい。俺の部屋のほとりとは逆の部屋には何かの会社らしき名前がぶら下がっていて、ワンルームで会社経営が出来るのかと少し感心した。因みに留守らしく、誰も居なかったが。
 このアパートは五部屋ずつ五階建てらしく、残り二つの部屋にほとりと二人で挨拶に向かうと、一部屋は空いていてもう一部屋には若い女性が住んでいた。
 何かを察したらしい女性に冷やかされたが、ほとりは上機嫌で女性と話しこみ始めた。
 十五分はたっぷり立ち話をしたほとりは、振り返るとごめんねと小さく笑った。

136: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/10 22:02:34.35 SiDyV3jM
 隣への挨拶も無事終えた俺はほとりと部屋の前で別れて、ベランダへ出た。
 ベランダからの眺めは意外にも普通だ。もっと高層ビルが乱立したような街を予想していたのだが、故郷とさほど変わらない風景だ。空き地で子供が何かのごっこ遊びに興じているし、小さな薬局やら雑貨屋やらが、小さな一戸建ての家に混じっている。
 大通りに出ればコンビニなどが見え隠れし、ある程度背の高い建物もあるが、どれもさして珍しくない。
 俺は拍子抜けしたような、ほっとしたような複雑な気持ちでベランダにもたれかかり、のんびりと空を行く雲を眺めた。
 当たり前のことだが、空はどこも同じだった。
「修、居る?」
 仕切り塀を隔てた向こうから、ほとりの声が聞こえる。
「うん?」
「そういえば、渡したいものがあったの、忘れてた」
「ああ、そうだ。俺もだ」
 ポケットに仕舞いこんでいた鍵。
 塀越しに鍵を差し出すと、ほとりの小さな手のひらに乗せる。
「あいかぎかあ……なんだか、照れくさいね」
「ああ、何だか改まってこういうの渡すのは、ちょっとな」
「ね、修。あたしも渡したいものがあるんだけど」
「そうだな……」
 合鍵。ほとりの部屋の鍵。ほとり以外では、俺だけが持つ鍵。
 ほとりの部屋に上がって良いという、証拠。
 手を差し出すが、ほとりはその手をそっと押しのけた。
「顔出して」
「顔? 分かった」
 仕切り塀からほとりの部屋を覗き込むように身を乗り出すと、すぐそこにほとりが居る。すかさず唇を重ねてから、口移しで何かを渡された。
 生々しい温度の残るそれは、ほとりの部屋の合鍵だった。

137: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/10 22:03:36.14 SiDyV3jM
今回ここまで。

次は多分もうちょっとだけ早くに、甲子園嫌いの女の子と舞台のことで頭がいっぱいの男の子のお話。

138:名無しさん@ピンキー
11/11/10 22:06:55.12 IcJgh7vH
GJ!
口移しで合い鍵渡すというアイデアがすごい

139: 忍法帖【Lv=36,xxxPT】
11/11/10 22:12:07.72 SiDyV3jM
>>138
あまり清潔とはいえないし、落としたらどうするつもりだったんだろうなあ


140:名無しさん@ピンキー
11/11/10 22:49:30.33 y/JAIwRE
テレビに影響されて催眠術に嵌った幼馴染の相手をして、掛かってないのに掛かった振りをして命令を聞いてあげてたら、
どんどん命令がエッチな方向にエスカレートしてしまって、今さら掛かって無いとは言い出せなくなってしまった気弱な少年の話を読みたい。

141:名無しさん@ピンキー
11/11/11 12:19:26.48 YhKzDCT2
>>139
どちらも続きお待ちしております

142:名無しさん@ピンキー
11/11/12 00:11:41.84 lT0O9o6Q
>>115
年下の女の子は負けず嫌いが鉄板ですね。
おいもさんおいしいです。

>>137
ぬふー。
愛がほとばしるな。
大学編もあるのなら楽しみにしてます。
んで、書籍化はまだ?

143:名無しさん@ピンキー
11/11/12 14:13:18.37 7dk3pbLx
書籍化目指すなら投稿サイト(ノクターンノベルズなど)や自サイトにも載せる+
アルファポリス登録で1500pt以上狙う
のコンボがおすすめ

正直、ここで連載するより投稿サイト利用したほうが閲覧者数ダンチだし
いままで書き溜めたぶん投稿してみたら?

144: ◆e4Y.sfC6Ow
11/11/14 11:03:24.97 ccJAuhQa
実のところあまりそこまで考えてないです。

正直これまでに書いたアレコレが概ねよい評価を頂戴したのは、たぶんこのスレの共通言語である『幼馴染み』という部分による恩恵が大きいんだろうと。
あと正直わざわざここまで来ている人の為に書いてるという意識も強いので、今の所他の投稿サイトや登録は考えてないです。

とはいえ、そこまで言っていただけるのは間違いなく嬉しいです。

ほとり「ありがとー」
修  「どこのアイドルだよ」

145:名無しさん@ピンキー
11/11/15 01:12:42.87 dJYL+JyJ
幼馴染み? それなら俺の隣で寝てるよ。

146:名無しさん@ピンキー
11/11/15 23:36:42.03 08ISs7yZ
>>144
そう。それはもちろん自由だけど
先にここに投稿したことだけ明記しとけば
ノクターンノベルズは二重投稿OKだから、
気が変わったらいつでも多くの人の目に触れるところで発表したらいいよ。
幼馴染みはノクターンでも人気タグだし。
エロパロ板発でノクターンに載せてる先人もいるし。

147:名無しさん@ピンキー
11/11/15 23:48:27.25 kxpTbdhD
作者がいいって言ってるのにしつこいな。ノクターンとやらの回し者か。

148:名無しさん@ピンキー
11/11/17 17:45:27.28 3yDGH3fo
幼なじみと相思相愛の主人公に、空気読まずに見合い写真持ってくる親戚のおばちゃんのようだ

149:名無しさん@ピンキー
11/11/17 19:33:09.89 ywxMmtzv
>>148
相思相愛じゃないなら加速フラグなんだけどなw

150:名無しさん@ピンキー
11/11/18 12:38:50.90 Z4n/LYnU
他サイトと二重投稿おkだから例えがちと違わね

仲を引き裂くんじゃなくて合法二股勧めてるんだろ

151:名無しさん@ピンキー
11/11/19 00:29:58.44 +kQrqIN8
つまりあれか、兄妹同然に育った幼馴染の姉妹との三角関係か

152:名無しさん@ピンキー
11/11/19 02:35:32.14 MVaTALpM
片方が一歳歳上で姉的存在
もう片方が一歳歳下で妹的存在ですね

153: 忍法帖【Lv=37,xxxPT】
11/11/19 10:33:20.92 F0AmI959
まさかここまで妄想出来るとは。
すごいな、ここの住人。

154:名無しさん@ピンキー
11/11/19 17:47:48.13 MVaTALpM
そりゃ小説なんて妄想を文章にする作業ですし

155:名無しさん@ピンキー
11/11/20 03:56:36.97 GvnQkZ4f
朝起こしてくれる幼馴染み
朝起こしてあげる幼馴染み

下はあまり見ないな

156:名無しさん@ピンキー
11/11/20 09:29:29.47 r6srBZ1J
>>155
起こしてあげる方は、つよきすしか知らないなぁ。

157:名無しさん@ピンキー
11/11/20 10:39:15.12 Y/n2oI8b
Kanonの名雪もそうだな

158:名無しさん@ピンキー
11/11/20 11:34:15.29 AW5/ysuE
幼馴染「今の時代に幼馴染とか、古臭いと思うわけよ」
幼馴染「朝おこしに来たり、学校で夫婦かとからかわれたり、あまつさえ窓伝いに部屋にきたり?」
幼馴染「ほとほとあり得ないわね!」

男「じゃあもう朝も起こさないし、朝飯も作らないし、夜中に『しゅ、宿題がー!!』って俺の部屋に飛び込んでも無視するからな」
幼馴染「ごめん。マジ反省した」

的なダメ子幼馴染が結構ツボ

159:名無しさん@ピンキー
11/11/20 11:50:34.47 T/Tn2IUR
こころナビも

160:名無しさん@ピンキー
11/11/21 01:32:23.46 s4p141Mz
>>158
「ほとほと」の使い方ってそれでよかったっけ?

161:名無しさん@ピンキー
11/11/21 03:13:15.44 BZScYbo1
幼馴染み「ほたえな!」

162:名無しさん@ピンキー
11/11/21 21:44:26.32 DqD29NOJ
>>160
よくない。

163:名無しさん@ピンキー
11/11/22 07:22:15.58 MlVzA7P5
俺限定で幼なじみがド淫乱でほとほと困り果てています

164:名無しさん@ピンキー
11/11/23 03:36:17.29 aaSkkUJ0
ほとが濡れ濡れでほとほと呆れています。

165: ◆Jn3mNK/J6w
11/11/23 04:05:18.64 zWcc1eM6
>>148を見て思い付いたネタで一本投下します。
エロ無しとなります。

お見合いをテーマに書き始めましたが、
最終的には何だか良くわからない世紀のバカップルの話になってます。

166:Wait for your word ◆Jn3mNK/J6w
11/11/23 04:06:37.27 zWcc1eM6
「あれ。この写真、何?」
「え? あ、やべっ!」
「へぇ、やばいんだ。…で、この写真、何?」

引き出しから取り出した大きな写真をビッ、と指差しながら、ニッ、と笑う顔が妙に怖い。
これは俺へのからかいが八割、残りは本気で問い詰めようとしている時の顔だ。

「それは、だから…見合い写真、だよ」
「ほぉほぉ。で、何でこんなん持ってんの?」
「隣の部屋のおばちゃんに渡されたんだ」
「ふーん」

彼女は疑ぐったような表情でじっ、と俺の顔を覗き込んで来る。
その大きな茶色の瞳に無愛想な俺の姿が映り込む。

「ウソは、ついてなさそうね」
「何を疑ってんだよ」
「いや、アンタがストーキングしてる女性の写真かと思って」
「…何を疑ってんだよ」

大体、そんなヒマがどこにあるというのか。
幼稚園からずっと一緒にいるコイツとは、今や職場も一緒、帰るアパートも一緒だ。
他の女性を追い回す時間も追い回す気もあろうはずが無い。
その事を説明すると、何故か不機嫌な顔になり、ウェーブのかかった髪を指で弄りながら考え込み出した。

「それなのよね」
「何が」
「私達って、アホみたいに四六時中一緒にいるじゃない?」
「まぁ、アホみたいかはとにかく、そうだな」
「それなら普通はアンタのこと彼女持ちって思うんじゃないの? 何で見合いの話なんか出てくんの?」
「それは、だな…」

言ったら怒るだろうとは思いつつも、上手くごまかす術もないので、正直に話すことにした。

「あのおばちゃん、お前のこと、俺の妹だと思ってるみたいだぞ」
「…は?」
「や、だから…。その、俺達、兄妹だと思われてるみたいです」

沈黙三秒。

「はぁぁぁ!? 何で!? どういうこと!?」

やはり怒った。地団駄踏んで怒った。

「冗談じゃないわよ、兄妹って何よ!」
「ま、まぁまぁ」
「アンタと顔が似てるなんて思われたら恥ずかしくて自殺するわ!」
「えー、怒るポイントそこかよ」

しかも自殺するレベル。そんな酷い顔か俺は。傷付くぞ。

167:Wait for your word ◆Jn3mNK/J6w
11/11/23 04:07:27.00 zWcc1eM6
そうして俺が軽くヘコんでる間に向こうは喚くのを止めたが、まだむすっとしたまま腕を組んでぶつくさ言っている。

「ホントに何で兄妹とか思うわけ? アパートで同棲してる男女を兄妹と判断するなんておかしいわよ」
「…まあな」
「ん? その顔、アンタ何か知ってるでしょ?」
「…まあな」
「言え」

満面の笑顔だ。本気の笑顔だ。マジ怖い。
ただ…本当に言っていいのだろうか。コイツが避けてるあの話題に、モロに触れることになる。
とは言え、今更お茶を濁すのも難しい。俺は小さくため息を吐いて、できるだけ淡々と話すことにした。

「あのおばちゃんもだな、最初は俺らのこと恋人同士だと思ってたみたいなんだ」
「うん」
「でも、そう思ってから幾数年。そんな仲の良いお二人は、いまだに未婚であると」
「…うん」
「30間近のいい歳した、仕事もある、特別問題なさそうな二人なのに、結婚しない理由はどこにあるのか?」
「……うん」
「もしかしたらあの二人は恋人同士では無く、事情があって一緒に暮らす兄妹なのでは? いやそうに違いない」
「…………」
「それがあのおばちゃんの思考回路だ。ってか本人がそう言ってた」

話を言い終えると、案の定、重苦しく気まずい空気が部屋の中に充満していた。
『結婚』。この話題になるとコイツはこうやって口を閉ざしてしまう。
実は、俺はとっくにプロポーズしているのだが、コイツからの返事は保留となっている。

俺もコイツも家庭やら何やらに問題があるわけではないし、
さっきコイツが言ってたみたいにほぼ毎日一緒にいるので、他の男の影がちらつくこともない。
それなのに、誰かが俺達の結婚について触れたりすると、途端に曖昧な物言いになり、俺の顔色を伺い出す。
何故そんな顔をするのかはさっぱりわからない。俺の方は返事さえもらえればいいんだから何も問題ないはずだ。
ただ、返事を急かすのもアレなので、結婚の話題は俺から振らないし、事情も聞かないようにしていた。

「ま、まぁ、あのおばちゃんも仲人が好きなんだよな。世話好きっつーかさ」

それとなく話題を逸らそうとするが、いかにもわざとらしくなってしまう。
向こうも話題に乗って来ること無く、じっと床を見ながら押し黙っている。
居たたまれなくなった俺は、この話をさっさと打ち切ってしまうことにした。

「…悪かった。もう止めるよ」
「え?」
「別に困らせるつもりはないんだ。あー、別に俺も焦ってないしな」
「…そう、なんだ」
「あぁ…」

何故なのか、フォローしたつもりだが、逆にもっと落ち込んでいるかのように見える。どうも失敗だった。
プロポーズしてから一度も結婚のことは言わないようにしていたが、やはりこの話題はまだ出すべきではなかった。
もう一度謝ろう。そう思ったところで、先に向こうが口を開き、信じられないような事を言った。

「別に、いいから。遠慮しなくて」
「え? 何がだ?」
「したらいいじゃん、お見合い」
「…は?」

一瞬、コイツが何を言ってるのかわからなかった。
したらいい? 何を? お見合い? …俺が?

168:Wait for your word ◆Jn3mNK/J6w
11/11/23 04:08:15.09 zWcc1eM6
「何、言ってんだよ」
「お見合いしたら、って言ったの。写真の人、すごく綺麗だったし」
「…本気か?」
「本気? 本気かって? 私は本気よ。当たり前じゃない。本気じゃないのはアンタでしょ?」
「わけわからん。お前おかしいぞ。どうしたんだよ」
「どうもこうもないわよ! バカッ!」

そう言って彼女は、そのまま抱えた膝に顔を埋め、嗚咽を漏らし始めてしまった。
いや、何だこれは。何なんだこれは。何でコイツは泣いてるんだ。俺は何を間違えてるんだ。
20年以上傍にいるのに、何で今コイツの気持ちが全然わかんないんだ。
そんなに俺と結婚したくないのか? だから怒ってんのか? こんなに一緒にいるのに?

「ごめん…」
「…何に謝ってんのよ」
「わかんないんだ…ごめん」
「わかんないなら謝んないで」
「…じゃあ。じゃあどうしろってんだよ!」

思わず怒鳴ってしまった。最悪だ。
だけど、一度溢れた濁流はそう簡単には止まらない。

「俺だって、わかればわかってやるよ! でもお前、何も言わないし! 何も言ってくれないし! くそっ!」
「ちょっと、何よそれ。こっちが言いたいわよ! 何でわかんないとか言うの? 何でごまかすの?」
「だから、何がだよ!」
「…もういい!」

何も言わなくてもわかりあえる素敵な幼馴染。そんなの幻想だ。実際は、何もわかっちゃいない。
打ちのめされる。積み上げてきた俺達のこれまでが、何の意味も無いと嘲笑われているかのようだ。
俺は壁に拳を打ち付けて、自分の不甲斐なさを憎んだ。

一秒一秒が恐ろしく長い、無言の時間が過ぎる。こういう時、決まって先に話すのはやはり彼女の方だ。

「私達、一回離れてみた方がいいのかもね」
「……」
「近すぎると見えなくなることもあるっていうし、ね」
「……」
「そんでさ、アンタも本当にやってみたらいいじゃん、お見合い」
「…やらねーよ」
「私なんかよりずっと素敵な人に出会えるかもしれないし」
「やらねーって」

何でそんな事言うんだ。お前は俺の恋人だろ?
結婚したくないならそれでもいいんだ。そう言ってくれ。
俺はただ…

「俺はただ…」
「ほら、もともと私は…」
「お前にプロポーズの返事もらいたいだけだ」
「アンタの彼女ってわけじゃないし」

最後のお互いの台詞は殆ど同時に発された。そして、お互い同時に顔を見合わせ、
「はい?」 と言った。

169:Wait for your word ◆Jn3mNK/J6w
11/11/23 04:09:11.70 zWcc1eM6
「ちょっと待て」
「ちょっと待って」
「お前今なんつった?」
「アンタこそ今なんて言った?」
「彼女じゃない?」
「プロポーズ?」
「はあ?」これも同時だった。

何だ何だ何だ。疑問符だらけだ。意味がわからない。話が見えて来ない。パラレルワールドかここは?

「おおお落ち着け、まずは落ち着け」
「そそそそうね。タバコでも吸って落ち着きましょう」
「吸ったことないけどな」
「同じくね」

もう大混乱だ。それでもどうにか深呼吸を繰り返して無理矢理落ち着いた俺達は、互いに向き合って座り直した。

「まず聞くぞ」
「どうぞ」
「お前、俺の彼女だよな?」
「違うよ」
「…ええ~?」
「私も聞くけど」
「どうぞ」
「プロポーズ、してないよね?」
「したぞ」
「…ええ~?」

二人で頭を抱える。落ち着いてみてもやっぱり噛み合わない。早くも詰んだ。

「ねぇ? 私、アンタに付き合ってって言われたことあった?」
「いや、あるって」
「私、何て答えた?」
「いいよって」
「……で、プロポーズもしてる?」
「だからそうだって」
「私、何て答えた?」
「保留って」
「……うーん?」

眉間のシワをさすりながら、彼女は一生懸命思い出そうとしている。
つか、思い出そうとしてるて、マジか。覚えてない? 全く?
流石に酔ってたとかそんな事は無かったはずだが。
俺も首を傾げていると、彼女の方が何か思い当たったのか、「まさか」と呟くと俺の方を見る。

170:Wait for your word ◆Jn3mNK/J6w
11/11/23 04:09:52.46 zWcc1eM6
「ねぇ、聞くけど…それっていつ頃の話?」
「え、幼稚園の時だけど」

俺は即答する。
忘れもしない。幼稚園年長組の時だ。二人で砂場でトンネルを作りながら、俺は一世一代の告白をした。

『ねえ、ぼくとつきあってよ』
『んー。いいよ』
『ほんと?』
『うん』
『やったー。じゃあ、ぼくとけっこんしてよ』
『んー。ほりゅう』
『ほりゅう、ってなに?』
『いつかおへんじするのでまっててってこと』
『わかった。まってる』

その時から今まで俺はずっと待っていた。20数年間、変わらない気持ちで。
そんな当時の回想からふと我に返って彼女を見ると、頭を垂れて肩を震わせていた。

「おい、大丈夫か?」
「…か」
「ん? 何だ? よく聞こえな」
「アホかああああああああああああああああああ!!」

もの凄い絶叫だった。俺が勢いで後ろに転がるぐらいの大音声が響き渡った。

「お、おま、近所迷惑だろ」
「そんなもん知らないわよこのキチ○イ!」
「わぁ、キチ○イ出ちゃったよ」
「ねぇ、本気? てか正気!? 幼稚園よ幼稚園。そんな時の記憶あるわけないでしょ!」
「いや、俺はあるんだけど…」
「あっても! 普通は! そんな頃の話はたいした効力はないの!」
「ええっ!」
「驚くな! こっちの方が驚いてるっての!」

驚いた…というか、ショックだ。向こうが忘れていたこととか俺のプロポーズが無効とか、何それ何それ。

「え、それじゃ何? 覚えてないってことは、もしかしてお前、ずっと俺からのプロポーズを待ってたってこと?」
「…」
「結婚の話が出る度に微妙な顔してたのは、俺がいつになったら切り出してくれるのかって、そういうことか!?」
「…」

うわ、顔赤くしてるしコイツ。マジかよ。謎解いちゃったよ。
謎を解いても何一つ清々しさはない。残ったのは、俺達が恐ろしくマヌケだという真実だけだった。

「いやいや、待ちすぎだろ。何でそんなとこだけ奥ゆかしいんだよ。ちょっとは聞けよ」
「アンタに言われたくない。20年以上も返事を保留する人がいるわけないでしょ。疑問に思え」
「お前だって20年以上告白もプロポーズもされないとかおかしいと感じろよ」
「違うもん。プロポーズを待ち始めたのはお互いが結婚できる歳になってからだから、10年ちょいだもん」

もん、とか言うな。三十路前が。
うわあ。なんつーか、これって悲劇? コメディー? すれ違いコント的な。いや全然笑えねー。

171:Wait for your word ◆Jn3mNK/J6w
11/11/23 04:10:36.71 zWcc1eM6
「でも待てよ。それじゃあお前は今まで俺の何だったんだよ」
「友達以上恋人未満の幼馴染よ」
「そんな肩書きマンガにしかないわ!」
「そういうあんたこそ20年以上私の何だと思って接してたのよ」
「婚約保留者だよ!」
「そんな肩書マンガにもないわよ!」
「つーかアレか。お前は俺の彼女じゃないのに、俺と何百回もエッチしたのか? 時にはそっちから誘ったりしたのか?」
「アンタもプロポーズは一回しかしてないくせに、性交渉は週四回もしてきてたわけ? 何よそれ」
「愛してっからだよ!」
「知ってるわよ!」

着地点の無い言い争いが続く。もはや互いをけなしてるのかすらよくわからない。
よくわかることは、俺らがアホで、どれだけ悔いても時間は戻らないということだ。
だったら過ぎた事をとやかく言っても仕方が無い。
だから…

「なぁ、明日」
「明日、会社休むわよ」
「え?」
「ダメ?」
「いや、俺もちょうどそう言おうと思ってた」
「そ。じゃ、決定。明日婚姻届出しに行くわよ」
「特急だな!」

改めてコイツの両親に挨拶ぐらいと考えていたが、もうその辺は全省略だ。

「あったりまえでしょ。今まで止まって分全力で取り戻すわよ」
「ア、アイアイサー」
「それとアンタ、婚姻届出したらもう一回ちゃんとプロポーズして」
「え、おかしくね? 順番おかしくね? それ、今じゃダメ?」
「ダメ。今のテンションで言われたら私断るから」
「断るんだ…」

俺としてはこのテンションの方が言いやすいのに。
一晩置いて冷静になったら今日の出来事とか死ぬほど恥ずかしい思い出になるだろ絶対。

「今言わせてくれよー」
「やだ。言ったら別れるから」
「いや、お前の中では俺らまだ付き合ってないんじゃなかったのか」
「じゃあ、付き合って」
「軽っ! しかも結局お前から言うのかよ」
「いいから。付き合ってくれんの?」
「あー。まぁ、いいけど」
「では、今から恋人同士ということで。…えへへへ」

めっちゃ照れてるし。何コイツ、超可愛いんですけど。

172:Wait for your word ◆Jn3mNK/J6w
11/11/23 04:11:13.10 zWcc1eM6
しかし良く考えれば、コイツは正式に俺と付き合ってないと思いながら、ずっと俺の傍にいたわけだ。
きっと俺の知らないとこで色々悩んでたに違いない。

「その、ごめんな、色々」
「謝らないでよ。私もアンタもとんでもない馬鹿だっただけじゃない」
「まぁ…な。んじゃさ、代わりと言っちゃなんだけど…無茶苦茶幸せにするよ。約束する」
「…うん」

目を細めて、彼女が微笑む。この顔が見れれば、それで十分なのかもしれない。今も、昔も、そしてこれからも。
俺の気持ちは、最初にプロポーズしたあの日から、ずっと変わらないんだから。

「…ところで、今夜はいかが致しますか、俺の彼女さん」
「そうね。恋人同士として最初で最後の、とびっきりのやつをお願いするわ」
「了解!」

それはそれは綺麗な敬礼をして、俺は風呂に入るべく、替えの下着とタオルを取りに行こうとした。
その俺の背後から、「待って」という声と共に彼女がぎゅっと抱き着いてきて、幸せそうに俺達の未来を語る。

「楽しだね、フランス旅行と庭付きの一戸建てと五人の子ども達」
「壮大なドリームプランだなオイ!」


さて、明日時間があればおばちゃんにお見合いの写真を返して、丁重にお断りを入れなければ。
それから、是非お礼を言わせてもらおう。

あなたは最高の仲人です、と。

~完~

173: ◆Jn3mNK/J6w
11/11/23 04:20:09.82 zWcc1eM6
以上です。
長文失礼いたしました。

174:名無しさん@ピンキー
11/11/23 04:51:43.73 LKMmtknI
すばらしい。
にやにやが止まらないぞどうしてくれるありがとうございます。

175:名無しさん@ピンキー
11/11/23 11:23:59.46 R38JU8gm
可愛すぎるGJ

176:名無しさん@ピンキー
11/11/23 14:44:09.41 /7HjeCfQ
>>148書き込んだものですが良作投下乙です
しかしこの流れはさすが信頼のスレ住人達だなw

177:名無しさん@ピンキー
11/11/24 00:20:46.88 15lRKyCN
うっはぁぁぁww
超ニヤニヤした。
てか三十路手前まで引っ張るなww

178:名無しさん@ピンキー
11/11/24 00:39:43.09 iFx7B95f
イイ! GJ!!
ああすっげー面白かった



179:名無しさん@ピンキー
11/11/24 20:21:32.50 A4AGzMdE
GJ!!
なんだ経験はしっかりやってたのかよ

180:名無しさん@ピンキー
11/11/25 08:04:40.61 rb1N6YBE
幼稚園で噴きだして、その顔のままずっとにやにやしてたわw

いやあ、これは楽しい。GJ

181:名無しさん@ピンキー
11/11/26 15:15:10.16 0w9QEV+t
幼馴染みってさー














素敵やん

182:名無しさん@ピンキー
11/11/26 18:20:48.14 /EGc5XTx
もう幼馴染みなんてやだー! 恋人がいい恋人がいい恋人がいー!!

183:名無しさん@ピンキー
11/11/26 21:15:02.82 0w9QEV+t
>>182
お前、幼馴染みがいるのか
すごい贅沢な悩みと思うんだけど

ほとり待機中

184:名無しさん@ピンキー
11/11/27 13:19:36.11 AvJgdqBu
>>182
とゴネる幼馴染♀は萌える
その姿を見られて気まずくなるのも乙なものです

185:名無しさん@ピンキー
11/11/27 15:08:07.03 Cz0nUXWC
>>182の返しで
「じゃあ付き合うか?」
って言って、で、その返しで
「う…うん。」
か、
「は、はぁ!? な、何言ってんのよ」
って返すかでスレ住人の間で血みどろの殴り合いが起きそうだぬ

186:名無しさん@ピンキー
11/11/27 15:57:42.25 LGrGreNi
>>185
「う…うん。」に1票

187:名無しさん@ピンキー
11/11/27 16:28:57.40 1YLtblto
>>185
「は、はぁ!? な、何言ってんのよ、あんたなんて下僕よ下僕」

188:名無しさん@ピンキー
11/11/27 18:02:31.39 UrsLJ0WG
幼馴染はいいものだ

189:名無しさん@ピンキー
11/11/27 19:40:41.98 Jaqr87BZ
>>185
「よく言ったわ○○。じゃあこの婚姻届にサインと捺印を」

190:名無しさん@ピンキー
11/11/27 19:47:21.23 uSnId4dH
>>189
「なんでそんなもの用意してるんだよ!」

「ずっとそう言ってくれるの…待ってたから…」

191:名無しさん@ピンキー
11/11/28 00:13:31.01 tCzaIgwg
>>190
「俺も…用意してたのに」

「え? あ…もう、どっちでもいいから早くしなさいよ!」

192:名無しさん@ピンキー
11/11/28 00:15:47.87 5Hfh/9Ev
>>182
こう言った後に、相手の方をちらちら見て反応うかがってるとか好き

193:名無しさん@ピンキー
11/11/28 00:44:36.87 h4B2jq7U
>>189は婚姻届ではなく外泊証明書ではないかと邪推した自分はおっさん

194:名無しさん@ピンキー
11/11/28 00:50:41.59 qhOVs191
外泊証明書だと偽って酔った幼なじみに婚姻届を差し出してサインさせるのかw

195:名無しさん@ピンキー
11/11/28 02:00:42.32 qi/Wl/3Y
まさかエロパロ板でエリア88ネタを見ることになろうとは夢にも思わなかったw

196:名無しさん@ピンキー
11/11/28 02:23:10.02 h4B2jq7U
むしろナウなヤングにバカウケ間違い無しのネタじゃないの?(棒

>>194
そんなの自治体にその旨申請すれば無効にしてもらえます><

まあ
「めんどくさいから申請しないでおくわ、どうせ一緒にいるんだし籍入れても変わらんだろ」
でイチャイチャする未来が待っているに違いないけどな

197:名無しさん@ピンキー
11/11/30 19:26:14.82 HXVIO0EJ
男「俺と…け、結婚しよう!」

幼なじみ「え!?」

男「え!?」

幼なじみ「もう結婚してるじゃんあたしたち」

男「あ、そうか」

幼なじみ「もう、ずっと一緒だったからって忘れないでよね」

男・幼なじみ「キャッキャッ」
他「(♯^ω^)」

198:名無しさん@ピンキー
11/11/30 20:52:44.46 GVQG5kMv
イラッ

199:名無しさん@ピンキー
11/12/01 01:48:00.16 0sYp1+BD
イライラっ

200:名無しさん@ピンキー
11/12/01 22:56:41.62 j8FgqRxz
キュンッ

201:名無しさん@ピンキー
11/12/01 23:35:53.23 6K954TU6
ぬるぽ

202:名無しさん@ピンキー
11/12/01 23:47:47.99 T21wTSVh
ガッ

203:名無しさん@ピンキー
11/12/03 00:25:37.65 7OLhwD1P
幼馴染み萌え~

204:名無しさん@ピンキー
11/12/03 21:11:57.79 EtJanKjE
別に血が繋がってるわけでもないのにお兄ちゃんとか呼ばれるお兄ちゃん的存在萌え~

205: 忍法帖【Lv=13,xxxPT】
11/12/07 02:20:21.23 8u56f5iP
保守

206:名無しさん@ピンキー
11/12/08 02:56:43.06 OPgh1AfQ
あーたし裸ん坊

207:名無しさん@ピンキー
11/12/08 23:04:12.46 wsSt03Vp
クリスマス前の人稲を狙って投下

>>27で怠惰系幼馴染を投下したものです。前作では予想外に多くの感想いただき、恐悦至極
今回はもう少しだけマシな二人です。テーマは温泉。

208:旅行計画
11/12/08 23:06:18.71 wsSt03Vp

 着の身着のまま、財布一つで新幹線に乗ったのは初めてだった。観光シーズンは外して
いたが、ビジネス客も鞄の一つは持っている。自意識過剰と自覚しつつも、私服で手ぶら
の川浦芙美は周りの視線が気になって仕方が無かった。
 推理ドラマのラストで高飛びを試みる悪役のような気分だ。搭乗手続きで「お預けの
お荷物は?」と聞かれて舌打ちしているような、居心地の悪さ。
 そんな気持ちをとなりの相方に伝えてやると、諸悪の根源は「分かる、わかる」と愉快
そうに笑った。

「……正味な話、アキは私が行くって、確信が有ったわけ?」
「うんにゃ。客観的に考えて3%くらいかなーと。でも、電話しちゃえば五分五分で来る
んじゃね?っていう予感もあった」
 数学的に矛盾した回答をさらりと寄こして、アキこと本間昭博はせっせとサンドイッチ
の封を開け始める。そんな彼から目を離すと、芙美は後ろに流れ始めた車窓に向かって
溜息を吐いた。
 正確には、ガラスにうっすらと映るお気楽幼馴染に。そして、隣で呆れた様な顔をして
いる自分にも。

 
「一泊二日で温泉に行こうと思う」
「また朝っぱらから藪から棒に。いつどこへ誰と行くのよ?」
「お前と、城崎。15分後に」
「……はぁ?」
 自宅でそんな電話を受けたのが、今から四十五分前。確かに、芙美には明日明後日と
予定は無かった。大学二年の、夏休み最後の3日間。ゆっくり身体を休めようと、前々から
空けておいたのだ。
 しかし芙美は、何事も事前にしっかり計画立ててから行動する派である。思い付きで
700km先へ旅行だなんて、彼女にとっては狂気の沙汰に近かった。当然ながら、
「寝言は寝て言え、私もこれから二度寝する」と言って電話を切ろうとしたのだが。
今日に限って、件の行き当りばったり男は食い下がった。

 曰く、宿の予約も電車のチケットも既に取れている。元々、彼の先輩が彼女と二人で
計画していた小旅行だったのだが、昨晩遅くに急な予定が入ってポシャったのだという。
しかし、今からではキャンセル料も全額取られるしと、連絡を貰ったのが五分前。駄目元
だからタダで譲るとの申し出に二つ返事で応じ、今はチケットを受け取りに行く途中で
電話しているのだと言った。

「どうせお前の事だから、ラスト三日は充電期間とかいってボーっとしてるつもりだった
んだろ」
「そりゃまあ……ってだからぁ」
「じゃあ、その半分くらい、俺と一緒にぼーっとしてりゃあいいじゃん。温泉だし」
「なっ……。っ……。」
「東京駅9時50分発だから、改札集合しかなさそうだな。お前はあと……10分で出ないと
不味いかも。時間ないし手ぶらで来いよ、俺も財布だけだし。どうする?」
「…………行く」
「うおっ、マジでか!? ちょっとビックリした!」

 そうして今、加速を始めた七〇〇系のぞみに揺られながらも、芙美は何故自分が首を
縦に振ったのかを考えていた。
 勢いに押された。寝起きで頭が回らなかった。最低でも五万円以上のお金が無駄になる
のは心が痛む。断れなかった理由はいくらでも思いついた。でも、誘いに「乗った」理由が
これといって無い。
 少なくとも、「恋人と二人っきりになれるから」という理由では、無いはずだった。

209:旅行計画
11/12/08 23:08:20.24 wsSt03Vp

 本間昭博と川浦芙美の付き合いは今年で十四年を迎えた。といっても、最初の六年は一
クラスしか小学校の同じ学年だったと言うだけで、これといって深い仲だったわけではない。
 変化が合ったのは中学に上がってからだった。学区の都合で、知り合いがお互いしか
いなかった彼らの距離は、思春期の衝動も手伝って急速に縮まった。というか、いささか
縮まり過ぎた。
 中学二年のちょうど今頃。夏休み開けの放課後の芙美の部屋で、彼女は昭博に押し
倒された。
 抵抗しなかったのは、もちろん彼との行為に嫌悪感が無かったからだ。しかし、初体験の
恐怖や痛みを押し切れたのは、好意だけが理由では無かった。純粋な興味、両親への
対抗心、そして何より、夏休み明けの同級生達への見栄。
 最初の扉を破ったカタルシスが収まった後、それに代わるほど強い動機を、芙美は持て
なかった。結局、しばらくして起こった同級生の妊娠騒ぎを機に、体を合せることは無く
なった。
 事前に、付き合う云々の話をしていなかったのは、幸いだった。別々の高校に進学して
からは、逆に元の気楽な関係に戻れていた。

 大学に入ってからは、昭博は一丁前にもゼミの先輩に懸想したりして、つい最近までゴ
タゴタしていたようである。芙美は入学直後に何件か引きがあったものの、一年の夏後に
はすっかり音沙汰無くなった。これが世に言う「大学デビュー失敗」なのだろうと、芙美
は考えている。
 但し、彼女の処女を奪ったのが昭博であり、彼の童程を卒業させたのも芙美である
という事実は、互いの間に厳然と有る。

  *

 昭博の先輩の言伝によると、東京駅から宿まで正味六時間とのことだった。いくら幼馴
染とは言え、これだけの時間を二人きりで潰したことは久しく無い。携帯すら持ってない
(これは純粋に芙美が忘れた)のにどうするんだと思った彼女だったが、実際には全くの
杞憂だった。

「あれ、今渡ってるのが糸魚川じゃね?」
「え、じゃあこれが例のフォッサマグマ?」
「そうそう、フォッサマグナ、フォッサマグナ。大地溝帯ですよお嬢さん」
「おおー。私は今まさに東日本から西日本に入らんとするわけね」
「しかしどこが断層って……わかんねーな」
「川岸のところとかそれっぽく無かった?」
「いや、あれはただの河岸段丘だろ」
「河岸段丘! あー、その単語も5年ぶりくらいに聞いたわ」
「地理好きだったんだけどなー。因みに、フォッサマグナって断層じゃなくて、もっと広い
範囲を指すからな?」
「そうなの? あ、また富士山」

 新横浜を出てしばらくすると、二人は窓の外にかぶりつきになった。こうして、じっくりと
車窓を楽しんだのは、それこそ小学校以来かもしれない。中高の修学旅行にしろ、
大学でのサークル旅行にしろ、行き帰りの旅程は仲間内でのおしゃべりに忙しく、
車窓を楽しむ余裕など無かったのだ。
 一人旅か、それと同じ位気負わない相手との旅でしか出来ない贅沢を、芙美は初めて
味わった。
「いやー、こうしてみると東海道はきれいだねぇ。北斎はいい着眼点してるよ」
「電車で携帯ばっか覗いてんのはのはバカだね。俺これから大学行く時も窓の外眺めるわ」
「いや、あんた地下鉄じゃん」 
 会話は景色のお茶受けのようなものだ。二人とも、およそものを考えて喋っていない。
けれど、漬物が不味ければご飯が進まないのもまた道理。
 好き勝手掛け流しする言葉が不快にならない相手というのも、また貴重だった。

210:旅行計画
11/12/08 23:10:23.65 wsSt03Vp

 新大阪到着が十二時十一分。十分弱で駅弁を買い込み、再び構内を走って山陰本線に
飛び乗った。そこから揺られること、一六九分。
「…え。こっからのが長いわけ?」
「そうなー。新幹線は偉大だなー」
 在来線に移ると、それまでのハイテンションはひと段落した。昼ごはんを食べて腹が
膨れたというのもあるが、初めて乗る車両にいよいよ旅情が出て来たというのもある。
弁当ガラを片付けると、二人は言葉少なに、窓の外を眺め続けた。
「街中よりは田舎の景色のが面白いって思ってたけど、さすがにそればっかだと飽きる
わねー」
「まあ、場所が分かれば面白いんだろうけどな。良く分かんないと、ひたすら同じ景色に
見えるしな」
「……ごめん、ちょっと寝ちゃうかも。大丈夫かな」
「まあ、終点だから乗り過ごすってこともねーべ。俺まだ平気だし、無理すんな」
「……ん」
 最後の1時間は、お互い代わる代わるウツラウツラしていた。途中、芙美が目を覚ます
たびに、相方は舟を漕いでいたが、後でそのことを言うと昭博の方も同じだと言う。
「お前の寝顔もじっくりみたの、久しぶりだなー」
「そう、改めて言われると恥ずかしく……ごめん、特にならないわ」
「残念! と言いたいが、俺も気にはならんしなー」
「もう二十歳だもんね。お互い老けて枯れてしまったのかしらー」
「……おいやめろ。今、斜め向かいのOLの目がマジで怖かった。殺される」

 そんなこんなで午後二時五四分。つい数時間前まで、自宅のベッドで二度寝を決め込ん
でいた芙美は、はるばる七百キロ西の温泉街に着いていた。

「……まさか本当に着くとは」
「いやいや、そりゃ着くともさ」
「だってここ、兵庫県だよ。京都よりも西で、しかも日本海側なんだよ。私、今朝まで実家で
二度寝してたのに」
「これから一宿二飯のお世話になる兵庫に喧嘩を売るのはやめろ」
「家電が60Hzで動いてるとか……どこの外国なの」
「だからって関西全土に喧嘩売り直すなお前のような奴がいるから東京人が嫌われるとい
うかわざとやってるだろこのアマ」
「アキが三段重ねで突っ込み切るなんて……もう温泉の効果が出てるのかしら」

 軽口を叩きながらも、芙美はそれなりに興奮していた。城崎の風景と言えば、国語の
教科書に出て来た志賀直哉の随想の挿絵で見ただけだ。旅行先は、事前に徹底的に
下調べする派の芙美だったが、今回ばかりはその時間も無かった。
 右も左も分からない土地を、ガイドブックも携帯も無く、自分の足で探索する。積極的
にぶらり旅する性質ではない彼女だが、やってみると意外な高揚感があった。
「ほら、取り敢えず宿に行こうぜ。チェックインしなきゃ」
「ちょい待ち。案内パンフ貰ってくる」
「おーい、携帯ないんだから、はぐれんなよ」

211:旅行計画
11/12/08 23:12:27.20 wsSt03Vp

 温泉街は小さな川を挟んだ両岸に沿って伸びていた。中心街にも泊まれるところは多い
らしいが、昔ながらの湯屋を構えた宿は如何せん高い。昭博の先輩が取ったという宿は、
温泉街のどん詰まりを曲がった先に有った。
「それでも、掛け流しの内風呂付きだからな。結構頑張ってると思うんだけど」
「人から貰ったもんに何言っちゃってんの。てか、全然凄いじゃない。風情もあるし、私
ちょっと感動したよ」
 芙美が素直に褒めると、彼は今日初めて、少し恥ずかしそうな笑みを浮かべた。けれど、
すぐに踵を返して一人フロントへ向かうと、「ネット予約した本間ですが」とチェックインを
始めた。
 あれ、と思いつつも、玄関脇の土産物に気を取られていると、女将らしき女性に声を
掛けられた。
「お二人でご旅行ですか?」
「ええ……はい」
「そうですか。今日はどちらから?」
「東京です」
「まあ、それは。この暑い中、遠くからわざわざ、有難うございます。一日で直接来られる
のは大変だったでしょう……」
 恋人さんですか、とか、羨ましいですね、といった、如何にもな定型句は言われなかった。
物慣れた感じだから、芙美の返事から微妙なニュアンスを感じ取ったのかも知れない。
或いは、今時の接客業はそう言う立ち入った事に触れなのが基本なのだろうか。
 当り障りの無い挨拶を交わして、ついでにお薦めの湯屋などを聞いていると、間もなく
昭博が鍵を持って戻ってきた。女将は彼の姿を認めると、「ごゆっくり、御寛ぎ下さいませ」
と一礼して、奥へと下がる。
「何話してたんだ?」
「うん? 単にお薦めスポットととかだけど。そっちはどうかしたの?」
「いや、大したことでは無いんだが」少し周りを伺うようにしてから、彼は言った。「こういう
宿でお荷物は、って聞かれて、無いと言うのは結構きついな」
「自業自得以外の何物でもないわね」


 案内された部屋は、ごくごく普通の八畳間だった。三階の窓からの眺望も、残念ながら
絶景とは言い難い。しかし、温泉街の端から浴衣を来た湯治客の往来が見えて、
全く雰囲気が無いでも無かった。
 代わりに、貸切の内風呂はしっかりとした造りだった。岩作りの浴槽は、小さな庭に
突き出すように置かれて、半露天になっている。深さもしっかりと有り、手前と奥の縁には
底上げ用のスノコが付いているくらいだ。足を伸ばして優に大人四人は入れるだろう。
 洗い場はお飾り程度だが、風呂場だらけの立地を考えれば元より不要だ。寧ろ、岩肌か
ら突き出したステンレスのカランとシャワーが、少し不釣り合いだった。
「ほうほう。悪く無いわね」
「眺望も、部屋よりは風呂の方がマシみたいだな」
「あ、こっからだと川の様子も結構見えるんだ。ちょっとちょっと、これ中々に穴場なんじゃない?」
「はっはっは、もっと褒めろー」
「だからあん……いや、そう、なのか。」
「んー? なんぞー?」
 廊下に戻り掛けていた昭博が、声を掛けてくる。
「んーん、何でも。それより、早く外湯巡り行こう! 暗くなったらもったいないよ」


212:旅行計画
11/12/08 23:14:58.08 wsSt03Vp

 城崎の殆どの旅館と同じく、二人の宿も浴衣の貸出を行っていた。といっても、湯治場
のそれだから、女性が夏祭りに着ていくような華美なものでは無い。脱ぎ着と通気性重視、
洗濯重視の質素なものだ。しかし、生地の紋様や上掛の柄が宿ごとに微妙に異なっていて、
どこの宿泊客か、湯屋の人間には一目で分かるようになっていた。これを目印に、送迎
サービスなども行われているらしい。

「宿と店で提携してるところもあって、浴衣着てるだけで顔パスの設備とかあるらしいよ。
でも、うちらの宿はチケット制だね」
 姿見の前で浴衣の帯を通しながら、芙美はすらすらと説明していった。隣でこちらに
背を向けながら、同じく帯と格闘している昭博は、彼女の流暢な解説へ露骨に肩を
落として見せる。
「……お前、携帯も無いのにいつの間にそんな情報仕入れたんだよ」
「ん? 女将さんとパンフから」
「全く、この下調べマニアめ……今回ばかりは、俺のが詳しいって思ってたんだけどな」
「はっはっは、ちょっと先手を取ったくらいで勝った気にならないことね。それに、
飛び込み旅行だったのはアキも同じじゃない?」
「あー…。実は俺、一度城崎来てるんだよ」
「え、そうなの?」洋服を畳む手を止め、芙美は訊いた。
「ああ。高校の時に、修学旅行でな」
「そう言えば山陰回るって言ってたっけ。でも、温泉宿なんて泊まってたの?」
「いや、自由行動で寄った」
「……渋い高校生ねぇ」
「ほっとけ。担任からも『正気か?』って言われたよ」
「そんな人が、帯の一つも結べないの? だらしないなー」
 言って、芙美は相変わらず帯紐と格闘している彼の手を引いた。鏡の前に立たせ、
腰に後ろから両腕を廻す。
「あーこれ、高さからして合ってない。やり直すから万歳して」
「あ…おう」
 直しにかかった時間はわずか一分足らず。しかしここまで近づいたのは六年ぶり
なのだと、彼女は昭博の反応で気がついた。意識すれば、確かにあのころとは違う。
背丈も、がたいも、匂いまでも。
「ほい、完成」
「すまん……助かった」
「しっかし、そんなんで外湯どうすんのよ。『ボクおびがむすべないのでお姉さんといっしょに
着替えます』って女湯に来る?」
「実に魅力的な申し出だが、普通に捕まるよなー。ま、綺麗にやってもらって悪いけど、
外湯は我流で適当に誤魔化し…」
「やーよ。隣で歩く私が恥ずかしい。湯屋のロビーで着せ替え人形にされたくなければ、
この「着こなしガイド」で貝の口くらい出来るようになっときなさい」
「承知致しました、大奥様」
「うむ。存分に励めよ」
 芙美は三つ折りにしたパンフを、扇子に見立ててペシリと叩く。


 恭しく頭を垂れつつ、和装だけに結構様になってるな、と昭博は思った。


  *  *  *


 外湯の並ぶ本通りに入った頃には、既に四時半を回っていた。部屋でゆっくりしたつも
りはなかったけれど、着付けやらなんやらで結構時間を食ったらしい。
「この一枚つづりで、九か所も入れるんだって。そんなに回れるかなあ」
「いや、さすがに無理だろ。折角の温泉でカラスの行水もなんだし、的絞って行こうぜ」
「了解。まず一の湯、御所の湯は押さえるとして、あと頑張っても二つよね。何か穴場的
なのがいいなあ……」
 知らぬ間に増えたパンフ三種を見比べながら、少し遅れて歩く芙美を、昭博は待った。
下駄歩きで危なげに揺れる頭を、斜め前から見下ろす感じが、未だ慣れない。

213:旅行計画
11/12/08 23:16:59.69 wsSt03Vp
 普段の彼女は、割にせかせか歩く方だ。女同士四・五人で歩いていると、お互い先に
行かないようにして際限なく歩行速度が落ちていくのが、イライラするなどと言っていた。
出先でも、事前に収集した情報を武器に、皆を引っ張って行くのが常だった。
 当然、昭博と一緒の時もそうだ。その場その場で放縦に言い散らす彼の言葉をひたすら
却下し、でもごく稀に受け入れつつ、目的地まで引っ張っていくのが芙美の役割になって
いた。
 そんな彼女が、己の影を踏んで半歩後ろを付いてくる光景は、狙った事とは言え新鮮
だった。

「パンフもいいけど前も見ろよ。自転車来てるぞー」
「おっとっと。ありがと」
 無理に手を引くとバランスを崩す恐れがあるので、昭博はそっと娘の肩に手を置いた。
すると芙美は少しよろめきながらも、彼の二の腕に掴まって体勢を戻す。
 礼を言う一時、前髪越しに上目遣いの視線が、昭博のそれと絡まった。しかし、彼女は
すぐに未練なく、助言さえ無かったかの様に、温泉案内に目を戻した。
「つか、すぐそこに本物があるんだから行った方が早いって。いいと思ったとこ入れば
いいじゃん」
「お風呂ん中まで見るわけにいかないでしょ。お薦めポイント斜め読みするだけだから」
「だから、お薦めなら、俺が前来た時に入った鴻の湯の露天が……」
「アキが入ったのは男湯でしょ。それとも、高校生らしく女湯の露天の様子まで確かめた?」
「ぐっ……」
「それに、どうせならまだ入っていないとこ行こうよ。外湯コンプ出来たわけじゃないんでしょ?」
「うぃ」
「うし。取り敢えず、最初の湯屋に着くまでに読み切るから。外周警戒は任せた」
そう言って、彼女は再び昭博の腕に掴まると、自分はパンフレットに没頭する。
 下駄歩きに危険が無いか下方を見張り、往来に危険がないか前方を見張り、湯屋の看板
がないか上方を見張る作業は、思ったより大変だということを、昭博は知った。だから、
ついでに斜め後方も見張りたという欲求は、左の二の腕の重みで我慢することにした。
 
 温泉宿の部屋食代は、いかに格下の宿であっても大学生の懐に優しいとは言えない。
今回の宿も素泊まりで取ってあったので、夕食は外で探さなければならなかった。しかし、
夜まで外湯めぐりすることを考えると、そっちの方が融通が効いて都合が良い。
 湯屋のマッサージチェアで芙美の上がりを待ちつつ、昭博は彼女から回収した温泉街
マップを眺めた。手頃な値段で、しかし東京から出張って来た甲斐がある程度の場所で、
且つ芙美と二人で気後れしなさそうな場所。多少は酒も入るだろうから、帰りの下駄歩きを
考えると宿に近い方がいい。しかし、酔いざましに夜の温泉街も楽しみたいから、少しは
歩く距離があってもいい─
「あー……、やめた」
 小さくひとり言ちて、昭博はパンフを膝の上に放った。全くもって自分はこういった
計画立てに向いていない。特に、細目を詰める作業となると、全くやる気が出てこない。
 時刻表とガイドブックだけで既に旅に行った気になるまでシミュレートする芙美の
行いなど狂気の沙汰だと思っている。
 そして向こうも、起床15分後に日本縦断の旅行へと誘う自分を、大概気の狂った奴だと
考えているに違いない。
 確かに、今朝の作'戦'は、いささか酷かったと自分でも思う。
 とはいえ、いざ旅行に向かってからの彼女のはしゃぎ様は、予想外に─予想を超えて、
大きいものだった。それはきっと、昔馴染みゆえの気楽さだけではなく、所謂S極N極的な
相性の良さが合ってのことなのではないか。
 希望的観測か、はたまた単なる願望か。しかし、話として筋は通っている。後は、
その筋書きを"実"を付ける計画さえあればいい─


214:旅行計画
11/12/08 23:20:42.12 wsSt03Vp
「こら、大事なパンフ様を捨てるとは何事か」
 突然、顔の上に布に包まれた固い物が降ってきた。芙美が宿で借りた巾着だ。中身は
元々財布だけだったはずだが、湯屋をめぐる度に余計な物が増えている気がする。
「また何か拾ってきたのか」
「化粧水。試供品の小瓶があったから貰って来た」巾着を引き上げながら、彼女は言った。
「アキの無茶ぶりに、思わずこっちも吹っ切れて、本当に手ぶらで来ちゃったけどさ。
さすがにやり過ぎたわ。化粧ポーチの一つくらいは持ってくるべきだった」
「化粧なんぞ普段から真面目にしとらんくせに。大体、それを言うなら携帯だろ。俺も
そこまで置いてくるとは思わなかった」
「携帯はわざとじゃないってば。それに、最近はお肌のお手入れぐらいしてるわよ。
今日明日の日焼けでシミが増えたらあんたのせいだからね」
「温泉効能を信じろ。ゆっくり顔まで浸けとけばシミ抜きくらい出来るさ」
「ブラウスの洗濯みたいにいけば世話ないわ」
「しかし心の洗濯なら出来る」
「うまく無い。ほら、行くよ」

 膝から落ちた案内地図を持たされて、昭博は安楽椅子から立ち上がった。帯の周りに
手をやって皺を伸ばすと、芙美がわざとらしく顎に手をやって検分する。
「ふむん。今度は中々きまってるじゃない」
「三度目だからな。さすがに慣れた」
 彼女の横に立つに相応しい装いとして合格点を貰い、二人は最後の湯屋を後にした。
辺りはすっかり夜の帳が落ちており、街灯の灯りは予想以上に頼り無い。
「あんまりよく見えないね」
「まあ、よくよく考えたら、夜景が綺麗とか特に書いて無かったしな」
「でも、星は東京よりは見えるかなー。薄曇りだけど」
「そう言えば新月って言ってたな、今日」
 言いながら、昭博は空ばかり見ている彼女に代って、じっと地面に目を凝らした。目が
慣れるまで、自分がもう半歩前を行った方がいいかも知れない。
「で、私から強奪したパンフで夕飯の場所は決まったの?」
「おう、大体絞っといた。こいつの裏面に書いてある店から、好きなとこ選んでくれ」
「つまり手付かずってことね。まあ、そんなこったろうと思ってたわ」
 溜息一つ吐くと、芙美は自分のガイドを取りだして、三つの印を指でなぞる。
「私はこの三店に絞ったんだけど、価格帯も毛色も一緒でどうにも決め手がなくて…」
「あ、俺この『山椒魚』って店がいい。カマ焼きの絵がうまそう」
「あんたね……」
 一瞬、半眼になってこちらを見上げてきた彼女だったが、次の瞬間、なぜか眦がカタン
と落ちて、彼女はふっと相好を崩した。
「ま、アキのそういうとこには、いつも助かってるんだけどね。正味な話」
 川向こうの店だから一旦だから渡るよ、と言って急に方向を変えた彼女を、昭博は
慌てて追いかけた。


 城崎到着後の数時間で地元発行の観光誌をほぼ全て制覇した芙美の眼に、狂いは
無かった。普段入り浸っている居酒屋の三割増しの値段で、日本海の幸を豊富に使った
料理を満足行くまで食べることが出来た。帯のせいで、お互い満腹までいけなかったのは
御愛嬌。

「ベルトだったら緩めて追加行けたのにな」
「むむむ。和服の帯って、ダイエットの切り札かもしれん」
 食事後、一休憩して通りに出ると、人通りは大分まばらになっていた。部屋食付きの
宿が多い温泉街は夜が早い。夕涼みにそぞろ歩きと洒落込みたかったが、いささか
侘びが強過ぎた。

「夜店でもひっかけて夜食調達しようと思ったけど、これじゃコンビニまで戻らないと駄
目かな」
「え、本当にまだ食べるつもりだったん?」
 ビックリしたように振り返る足取りが、先程よりも覚束ない。昭博は下駄履きにも大分
慣れて来たと思っていたが、ここにきて疲れが出たのだろうか。

215:旅行計画
11/12/08 23:22:59.56 wsSt03Vp
「いや、湯当たり、と言うほどでもないんだけどね。血行が良過ぎて、アルコールが回っ
ちゃっただけ」
 心配そうに寄ってきた彼に、「酔うような量は飲んでないし、すぐ抜けるよ」と芙美は
笑った。実際、昭博が見る限り、芙美が飲み過ぎた様子は無かった。しかし、ふらふらと
千鳥気味に下駄を突っかける彼女を見ると、そのままにしておくわけにも行かない。

「ほら、さっきみたいにここ掴まっとけ」
「ありがと。今日は随分紳士だねー」
「よし、これでやっと首輪をつけられた」
「えー。今日は私、全然仕切って無いじゃない」
 旅先の開放感と、アルコールが相まって、普段よりもいちいち反応が柔らかい。二の腕
に寄せられた半身以上に、心の力が抜けているのが分かって、昭博の心も軽くなった。
「仕切らないって……外湯から史跡巡りから夕飯の場所まで、全部お前の決定じゃんか」
「あんなのは全部、助言、諫言、アドバイスだよー。決めたのはアキ。そもそもここに
連れて来てくれたのがアキ」
「まあ、最後のは認めるが、それもチケット貰っての話だしなぁ……」
 だから、少し気が緩んでいたのかもしれない。次の彼女の言葉に、昭博は完全に虚を
突かれてしまった。


「その先輩から貰ったって話、嘘でしょ」


 はっと息を飲んだ昭博を、芙美は先程までの酔いが嘘のような、醒めた眼で見つめていた。
 その後、表情をすっと薄めて瞼を伏せると、ごめん、と云った。
「やっぱり、少し飲み過ぎたかな。言うタイミング間違えた」
「……どんなタイミングなら良かったんだよ」
「うーん。事後の気だるいモーニングコーヒーの場面とか? エンドマークの五行くらい
前で、悪戯っぽく言うのが王道じゃない」
「コッテコテだな」
「確かにね。でも、人間やっぱり自分から縁遠くなってしまった王道に憧れるものなのよ」
 仮にも十五年来の付き合いである。互いの間でなら、どんな状況でだって、軽口を続ける
くらいは訳無いことだ。
 けれど、彼女は自分の過ちと認めておきながら、二の腕に掛ける重さを増した。
「さすがに、少し疲れたよ。もう、戻ろう?」
「……分かった」

 帰りは、それまでに比べると、お互い口数は少なくなった。けれど、不思議と気まずい
感じはしなかった。芙美は元より常にしゃべくり回っている性質では無い。今日は旅先と
言うこともあって、ここまで、ずっとハイテンション気味だったけれど、それで今さら沈黙が
怖くなる間柄では無かった。
 無論、この旅一番の秘密がばれて、開き直ってしまったということもあるけれど。

 宿に戻ると、既にロビー脇の売店の明かりは落ちていた。玄関から客間に繋がる廊下
にはちゃんと灯りが付いていたけれど、随分寂しい感じがするのは事実だった。静まり
返った館内で音を立てるのが忍びなく、二人は自然と、ぬき足差し足になりながら、
客室へと戻る。
 そうして、丁度昭博が襖の引き手に手を掛けた瞬間、芙美が彼の耳元に口を寄せ、
小声で呟いた。
「賭けをしない?」
「……どんなだ?」
「布団が寄せてあるか、離してあるか」
 悪戯っぽい口調ではあるけれど、聊か声量が少な過ぎて、感情がどこまで乗っている
のか分からない。けれど、その平板さは、彼が娘の顔の方を振り向くのを、何となく
躊躇わせた。

216:旅行計画
11/12/08 23:25:20.05 wsSt03Vp

「まあ、若い男女が荷物も無しに二人旅だからな。普通に寄せてあるんじゃないか」
 一番、常識的で、妥当だと思う答えを、昭博は選んだ。
「そう。じゃあ、私は逆に張るわ」
 先程と同じ、全くの平調で、芙美は続ける。
「くっつけたか離したか分かんないくらいの微妙な感じで、離れてる」
「おい、それはずるくないか?」
「でも、ちゃんと離れてるのよ。多分、指4音本分くらい。アキが納得いかなかったら、
私の負けでいいわ」
「そりゃまた随分と太っ腹だな」
 部屋の明かりを付けてみると、果たして布団は離されていた。それも、ちょうど芙美の
小さな掌が収まる位の隙間だった。
「どう、文句ある?」
「確かに、こりゃ認めるけど……どうやった?」
「別に、これと言ったタネはないわよ。昼間にちょっとおかみさんと話しただけ」
 昭博がチェックインしている間に、売店で話していたあの時らしい。なるほど、と思う
反面、それだけで、布団の敷き方まで先読みするのは、反則な気がしなくもない。
「ともあれ、私の勝ちねー」
 言いながら、芙美は飾り帯のまま、どさっと布団に崩れ落ちた。
「参ったか」
「ははあ、御見それ致しました」
「宜しい。では賭け金を払ってもいましょうか」
 そう言って、彼女はやおら、自分の頭の横を指す。
「ここ座って」
「いいけど、ってうわっ」
「はいそのままー。後はしばらく、団扇で扇いでなさい」
「……何かと思ったら、膝枕ですか」
「小さい頃、他の家の子がして貰ってるのが、地味に羨ましかったのよね~。でも大人に
なってみたら、世間的には「女が男にするもの」なんてふざけたことになってるしさ」
「おばさんにやって貰えばよかったじゃないか」
「あんたは私の反抗期の早さを知ってるでしょうが」
 そう言いながら、芙美は帯に差していた団扇を抜いて、彼に手渡した。昭博が、大人しく
彼女の顔に風を送り始めると、満足そうに瞳を閉じる。

 仮にも十五年来の付き合いである。これが、相手を逃がさないための仕込みであると
いうことが、昭博には分かった。
 それにしても、と、彼は苦笑する。何事にも下調べ、下準備するのが彼女の信条とはいえ、
こんなこと罠を張られなくても、いまさら自分に逃げる気は無い。

「思ったより、驚かなかったね」
 穏やかな表情のまま、芙美は言った。昭博は一瞬「膝枕のことか?」と呆けてやろうか
とも思ったけれど、ここにきて混ぜっ返すこともないだろうと思い止まる。
「まあ、旅行中ずっと隠す気は無かったんだけどな。しかし、どこで気付いた?」
「チェックインする時。『予約した本間ですが』て言ったでしょう。そこは先輩の姓
じゃないとおかしいじゃない」
「その一言でか。凄いな」
「まあ、他にも色々あったけどね。貰いものの宿の質に、やたら言い訳じみた言い方
したりさ。修学旅行が云々とかも」
「高校で来たのは本当だぞ」
「分かってる。だけど、アキの修学旅行と先輩のデート先が700km先で一致ってどんな
確率よ。万が一偶然なら、行きの新幹線で真っ先に話題に出そうじゃない」
 あんな風に、ぼそぼそと打ち明けられたら、疑うなってほうが無理よ、と彼女は笑った。
「やっぱり、嘘は吐けないもんだなあ」
「普段思い付きだけで行動してる人が、慣れない仕込みなんかするからよ」
 そして、芙美はぱちりと目を開けると、「あーもう、アキとだとすぐあっちこっち話が
飛んで駄目だわ」とかぶりを振った。
 それから、再び頭を膝に戻すと、彼女は元通り目を閉じて、言う。
「どうして、この旅行に誘ってくれたの?」

217:旅行計画
11/12/08 23:27:26.27 wsSt03Vp

 数瞬、昭博が言葉を選んでいると、彼女は少し口元を緩めて言った。
「別に、どんな答えでも怒らないわよ?」
「遥子さんと行くはずのチケットが無駄になったから」
「嘘」瞼を開けて、芙美はまっすぐに彼のことを見上げた。
「私を試そうとしたことには怒る」
「悪かった」
 すぐさま、昭博は非を認める。
「別に、今さら答えに戸惑ってるわけじゃない。純粋に、どう説明したらいいか言葉を
選んでるだけなんだ」
 そう言って、一旦団扇の手を止めると、彼は視線を床の間に移して続ける。
「ただ、そういう意味でも、一言謝っといた方がいいかもな。旅行代そのものは、夏前に
遥子さんと行こうと思って、貯めてきたやつだ」
「そう。………って、それこそ、アキが私に謝る義理は無いと思うけど」
 彼女の台詞の、句点に空いた一間の大きさに賭けて、昭博はたたみかけに入った。
「いや、俺が謝りたかったんだ。出来れば、違う金で来たかった」

「城崎に来たのは、お前と二人で、しばし呆けたかったからだよ」
「呆けるって」
「電話でも言ったろ? 俺と一緒にぼーっとしてくれって」
「あ。」
 深読みしやすい、紛らわしい言い方をしておいたおかげで、彼女は覚えてくれていた
ようだった。実際、それがどこまで紛らわしいかは、この先の解釈に依るところだが。
「大学入って初めて、お前の部屋で話した時のこと、覚えてるか?」
 きょとんとした表情が崩れないうちに、昭博は先を続ける。
「中学の頃、どうして続かなかったんだろうって話になって。まあ、切っ掛けが俺の性欲の
暴走なんだから、続ける方が無理だろって話だったけどさ。そこで、お前言ったじゃん。
『思春期の少年少女を二人っきりにさせとけば、くっつくのはしょうがない』ってさ」
 口がようやく回転し始めたので、昭博は団扇を持ち直した。大きくゆっくり扇いで、
膝の上の芙美と、それから自分にも、風を送る。
「まあ、理屈だとは思ったよ。よく聞く話でもあるしな。でも、その一言で括られる事に
、違和感はあった。二人っきりでいる時の方が、互いのアラとか不満とかが、よく見えて
くるだろう? 遠くから見ているうちは憧れたけれど、いざ身近になったら幻滅するって
のも、同じくらいよくある話じゃないか。
 だから、もう一度確かめてやろうと思ってな」
 帰りの切符が入った財布を見つめて、昭博は言った。「お前と、二人っきりで、互いの
相手でもするしかない状況を仕'込'ん'だ'。普通に誘ったんじゃ、芙美は一から十まで
計画だてて、お互いの顔を見る暇もないくらい、充実な旅行計画を立てちゃうからな。
思い付きが信条の俺も、今回ばかりは図ったよ」
 視線を落とすと、先程よりも、さらに呆けた顔で、芙美は昭博の事を見上げていた。
「一応、本丸は無事だったみたいだな」と笑って、彼は続ける。

「この際だから、正直に言う。きっかけは、遥子さんだよ。『私と二人っきりが楽しいと
、本当に思ってる?』って正面から言われた。まあ、この上ない振られ文句だったわけだが、
別に強がりでもなんでもなく、そん時に「なるほど」と思っちまった。交際の延長に、
その、まあ、結婚云々を想定するのは個人差の大きいところだとは思うがしかし、
仮の話としても、付き合いが深まれば二人の時間が増えるのは事実だろ。そういう時、
何かしらイベントがある無しに関わらず、傍にいたらいいなと思う人間を考えたら……
 お前だった」

 およそ、柄にも無い事を言い連ねているという自覚はあった。おかげで、後半は団扇の
勢いがかなり増した。そのせいで、膝の上の芙美の髪が結構乱れていたのだが、彼女は
何も言わないので昭博は気付かなかった。幾筋かの髪が目元から鼻先へかかっても、
先の表情のままで、芙美は彼の事を見上げていた。
「だから、確かめに来た。もう六年、いや、きっかけは七年前か。あの時の俺らが、若気の
至りだったのか、寂しさゆえの気の迷いだったのか、もう一度確認しようと、お前を誘った。
正直言って、出発するまでは自信が無かったよ。他ならぬお前の言葉だからな。でも、
行きの電車の中ですぐに確信が持てた」
 まん丸に見開いて一直線に見上げてくる瞳を、正面から見返して、昭博は言った。
「惚れた腫ったの話じゃなくてさ。二人っきりなら、お前とがいい。」

218:旅行計画
11/12/08 23:30:25.37 wsSt03Vp


 正面から見つめ合っていたのは、ものの数秒だったよう、昭博は思う。返事を貰うまで、
例えにらめっこになっても視線を外さない覚悟ではいたが、あいにくとそんな必要は
無かった。

「二人っきりなら、お前とがいい。か」
「うん」
「私と二人っきりがいい、じゃなくて、二人っきりなら、私とがいい」
「ん?…あ、ああ」
「アキと二人っきりになりたいじゃなくて、二人っきりなら、アキとがいい」
「……いや、そういう言葉尻じゃなくてだな。せっかく恥ずかしい長台詞吐いたんだから、
正面から受け止めてくれると助かる」
 一抹の不安を覚えて、昭博は思わず遮る。しかしその直後、芙美はお腹を抱えて、
盛大に噴き出した。身体をくの字に折るようにして、時折しゃくり上げながらの大笑い。
それこそ小学校以来の大げさな仕草に、昭博は思わず呆気にとられる。
 そんな彼の膝で、ひとしきり笑い転げた芙美は、眦を指で拭って言った。

「あはは、はは、はふ……馬鹿みたいに笑ってごめん」
「まあ、馬鹿馬鹿しい物言いだったことは認める」
「違う違う、そうじゃないの。やっと納得して、そしたら涙が出るほど可笑しくって」
「涙が出るほど嬉しくって、が良かったなぁ。俺としては」
「ううん。嬉しいのもあるよ、本当に。それに、笑ってるのはアキじゃなくて、自分になの」
 それから、再び頭の重みを昭博の膝に戻して、彼女は続けた。
「さっきの告白、雰囲気だしてすっごい前振りだったからさ。どんな事言われるかと
ビクビクしてたんだけど。 『二人っきりなら、お前とがいい』っていわれて、思わず
ポカンとしちゃたのよ。
 ……そんなこと、私だっていっつも思ってたよって」

 思わず、にやりとする昭博の下で、芙美はやや恥ずかしそうに目を伏せた。
「馬鹿みたいだけど、言われて初めて気付いたわ。それって付き合うには十分な理由
なんだって。いやはや、まさか自分がこんなザマなろうとは」
 天然鈍感キャラって、嫌いなんだけどなぁと、芙美はぼやきながら身体起こす。
「結局、私はこの年になるまで、恋に恋する女の子をやってたって事なんだと、思う。
男女のお付き合いするにはさ、もっと『離れたくない!』とか、『二人っきりじゃなきゃ
やだ!』みたいな、激しい感情が無いと駄目なんだって、決めつけてた。誓って、
私本人にそのつもりは無かったんだけどね」
「ま、俺も他人に言われて気付いたんだから、大きな顔は出来ん」
「そうよねー。余所様に迷惑かけなかった分だけ、私のがマシかな」

 昭博が聞く所によると、意外とそうでもないらしい。大学進学当初、色々と人目を引く
彼女は、本人の知らぬところでひとふた騒ぎの原因になったとのことだった。しかし、
今さら言うことでもないか、と彼は口をつぐんだ。
 何れにせよ、昔のことを突かれれば昭博の方が旗色が悪い。
 
「ま、今後は一つ、互いに世間様の迷惑にならないよう、一緒にやっていこうじゃないか」
「ちょっと。そんな婚期逃した残り物同士のプロポーズみたいなのやめて」
「う゛っ……つか、待てよ。俺はちゃんと最初に言ったぞ」
「肝心な言葉が無かったような気がします。ほら、どうせうちらは、始まっても今まで
みたくグダグダ行くんだから、最初くらいははっきりしておかないと」
「まあ、その件に関しては前科持ちだしな、俺ら」
 仕方ない、と布団の上に脚を正して座り直し、昭博は告げた。

「川浦芙美さん、六年経っても、やっぱりあなたが好きでした。
 俺と付き合っていただけますか?」
「この六年、自分の気持ちにすら気付かなかった不束者で良ければ、喜んで。
 本間昭博さん、どうぞ宜しくお願いします。」

 布団の隙間に三つ指をついて、互いに頭を下げ合って。
 きっかり5秒は経ってから、二人はほとんど同時に噴き出したのだった。

219:旅行計画
11/12/08 23:32:31.57 wsSt03Vp

  *

 一頻り笑い合った後、昭博はゴロンと布団に横になった。晴れて積年の目的を達し、
緊張の糸が切れた瞬間、今日一日の疲労がどっと溢れだしてきた。
「ふぁー、なんというか、疲れた」
「あはは、付き合い始めて一番最初の言葉がそれかい」
 突っ込みを入れつつ、芙美もぐにゃりと上半身を崩して、身体を彼の隣りに横たえた。
「まあでも、気持ちは分かるわ。世の男女どもは、よくまあこんな疲れる事何度も何度も
出来るわよねー」
「俺はこれっきりで十分だな」
「そうね、私もこれが人生ラストになることを祈るわ。マジで」
 お互い、勢いで大それた事を言っているという自覚はあった。けれど、それで言質を
取られてもまあいいか、と思ってしまえること、そして相手も同じように考えていると
分かる事が、くすぐったくも心地よい。

「でも、別に嫌味とかじゃなくてさ。大学入って、先輩の女性に恋愛を仕掛けていった
アキは偉いと思うよ」
「そうなのか?」
「うん。だって、私はアキの御蔭で、あんまり苦しい思いせずに済んだけど。アキは大変
だったでしょ?」
「まあ…な」
「行き当たりばったり人生のアキが、こんな手の込んだ仕掛けを打ってくるんだもん。
よっぽどの事が合ったに違ないよ」
「お前は人を褒めてるのか、貶してるのか」
「感謝してるんだよ。私の代わりに傷ついてくれたアキに」
 そう言って、芙美は寝転んだまま、すっと手を伸ばしてきた。いつものように、頭を
ポンポン撫でるのかと思いきや─今日は、下顎から頬に添えられる。
「でも、私だけ楽して物知らずってのも、なんだなぁ。ちゃんとお試しでも付き合っとく
べきだったか」
「……俺がやけどした分、お前は火遊びをしないでくれると助かる」
「……へへ。わかった、ありがと」

 顔を撫でる芙美の腕を伝って、彼女の背中へと手を回す。そっと力を入れると、芙美は
抵抗せず身を寄せて来た。
 昭博が娘の身体をすっぽりと腕の中に収めると、彼女がくたりと全身の力を抜いたのが
分かった。少し体重をかけて押しつけられた膨らみが、暫ししてひくひくと震えだす。
「何だよ?」
「いや、ごめん。なんか急に懐かしくなってきて」
 芙美は少し身じろぎをして両手を抜くと、自分も相手の背に手を回してゆっくりと身体
を押し付けた。今日一日、ようやく見慣れてきた旋毛が顎の下に収まって、石鹸の香りが
彼の鼻腔をくすぐっていく。
「六年ぶりだし、アキの体付きなんて全然変わってるし、緊張はそれなりにしてるんだけ
ど……妙な安堵感もあるのよねぇ」
「安堵感?」
「うん。ほら、私ちょうどあの頃は絶賛反抗期中で、家族どころか世界には頼れる人間は
自分だけみたいな感じだったじゃない? そんな時、アキの人肌にすっごい安心できたのよ。
あれ思い出すなー」
「あー、なる」
「正直に白状すれば、当時は人肌恋しさに抱かれてたってのもあるかもね」
「……そんな少女を、性欲最優先でひたすらやりまくってたクソガキで本当にすみません
でした」
「え、いや、今さら何言ってんの」
 つむじに顎を載せながら謝罪を言うと、彼女は腕の中でコロコロと笑った。


220:旅行計画
11/12/08 23:34:45.59 wsSt03Vp
「寧ろ、アキが無条件に抱きたがってくれて、すごく有り難かったんだよ。私からって
言い出しにくかったし、求められて『しょうがないから応じてやる』って体裁が取れるのは
、楽だった。本能でも何でも、同情じゃなくて、本心から望まれてるのが分かるのは、
凄く安心出来たし。……てか、あの場合動機不純なのは私の方じゃない?」
「そう言う場合でも、悪いのは男の子の方なのです」
「さよですか。いつの間にか物分かりの良い子になっちゃって」
「男子六年会わざれば刮目して見よってね」
「この六年、三日と空けずに会ってたけどね」
「ってなわけで、そろそろ性欲を優先させても宜しいかね?」
「ぶっ…っあっはは、そうきたか。うん、うん、なるほど、アキの六年分の成果は出てる」
 今日一番の、楽しそうな笑顔を向けて、芙美は言った。
「じゃあ、とりあえず、『あ~れ~』から始めればいい?」
 ゆっくり0.1秒迷ってから、昭博は10数年来の幼馴染の思い付きを却下した。

 腕の中でまだ肩を震わせている娘を抱きあげ、昭博は頭の位置を調整した。顎に手を
やり、唇を軽く上向かせてようやく、芙美も笑いを収めてくれる。彼女の瞼がそっと
下ろされるのを確認してから、彼も目を閉じて顔を落とした。
 一呼吸分、ゆっくりと唇を合せてから、一旦戻す。ちょっと目を開けて、お互いの表情
を確認してから、もう一度。
「……んぅ」
 今度は、少し深めに吸う。角度を付けると、娘の扉は簡単に開いた。二三度、舌先を
入口で遊ばせてから、早速内側へと沈めていく。
 その性急さに、ちょっと驚いた風を見せつつも、芙美は抵抗しなかった。歯茎をなぞる
昭博に合せて薄く口を開け、自らも外に出て歓待する。
 歯と歯の間で互いの味を確かめ合い、さらに奥を攻めようとしたところで、芙美は
ほがるように息を詰めた。昭博が顔を上げると、彼女も遅れて瞼を開ける。

「ちょっと急すぎたか?」
「ううん。久しぶりで、吃驚しただけ。でも面白いね、してるうちにどんどん思い出すよ」
「そうか。ま、お互いゆっくり勘取り戻そうぜ」
「うん………んぁ」

 再び唇を合せ、先程よりもゆっくりと舌を絡めていく。芙美の言うとおり、一呼吸ごとに
互いの間合いが分かるようになる。擦り合わせる味蕾の感触と、交換する唾液が味が、
六年の時間を一気に巻き戻していくようだった。
 次第に大胆になる芙美の舌使いに、彼自身ものめり込んでいく。昭博は両手を彼女の
背に戻すと、先程よりしっかりと彼女を抱き直した。
 十四の頃に比べれて随分と女らしくなったはずの娘の身体が、ずっと華奢に感じられる。
それは昭博自身の、この六年での成長の証でもある。
 だから、六年前なら逆らえなかった衝動─芙美の柔らかさを力一杯堪能したいという
暴力的な欲求─に抗いつつ、彼は掌を背中で滑らせ始めた。すると、つと、昭博の口の
中で彼女の舌が引き攣った。そういや肩甲骨が弱点だった、などとと思い出しながら、
昭博は逃げる舌を追いかける。

 勢いづいて、彼女に肌を探っていた彼だったが、すぐに問題にぶつかった。思った以上
に、帯が邪魔なのだ。愛撫を続けたまま、手探りで解けないかとやってはみたものの、
うまく行かない。そもそも、結び方を良く分かっていないのが、致命的だった。
 何度か無理に引っ張っているうちに、芙美にも状況が伝わってしまった。キスをしたまま、
くすりと吐息を漏らすと、彼女は一旦胸を押して身体を離す。
「だから、『あ~れ~』しとけば楽だったに」
「記念すべき初夜、じゃあないが、とにかく一日目からそんなアホな事出来るか」
「アキの誘い文句も、大概酷かったと思うけどなー。帯、前に回すから、ちょっと身体
浮かすね」
「おう」


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