12/03/21 22:14:27.94 v5cLCKmY
口先を尖らせ、顔は俯いているのに上目遣いで尋ねる鬼太郎の姿は拗ねているようにも見えて
まるで子供が母親に愛情を求めるような仕草に、堪らない愛おしさがこみ上げて、
猫娘は鬼太郎の身を抱き寄せた。
先ほどまで孵変に怯えて心を弱くしていた彼女の姿はもうそこには無かった。
「好き…よ?何があっても鬼太郎さんの事。
鬼太郎さんが望むのなら、約束だって誓いだって何度も交わすわ。」
「猫ちゃん…」
猫娘は凛とした眼差しを逸らす事無く言い切り、鬼太郎の前髪で覆われた左目蓋に口付けた。
生まれつき閉ざされた瞳への口付けは、二人だけの約束の証。
猫娘の顔が離れ、互いの視線が交じわうと自然と笑みがこぼれ、額を合わせた。
「好きよ、鬼太郎さんの事だけ…ずっと。」
「僕も…猫ちゃんの事、大好きだよ。」
この日を境に猫娘の姿が消えた。
猫娘の住まいに尋ねていった鬼太郎は孵変の為、
誰の目にも触れぬところへ一時的に身を隠し備えているであろうことを悟った。
それはどの妖怪もそうで、変わる瞬間の姿は誰も見る事が出来ない。
唯一見る事が出来るのは己のみで、腹部に現われた兆から現われた新しい自分と向き合う時、
それは今の自分が過去の自分へと変る瞬間
それを受け入れられない者はそのまま消滅する事もある。
必ず自分の元へと戻ってくる事を信じ、鬼太郎は自らも孵変する準備に入った。
少女と同じ時を生きる為に――
糸売く
294:名無しさん@ピンキー
12/03/22 00:34:10.37 qPEqcdq7
キター
295:名無しさん@ピンキー
12/03/22 00:34:37.83 qPEqcdq7
キター
296:毛 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:09:08.11 gStdgYYO
>>293続き
ここから3部への流れになります。
構成上、ネコ娘に関する描写が切ない感じです。
・ 鬼太郎×猫娘・総集編
・ 地獄童子×幽子
・ お好みに合わせて◆以下NGワード登録なり、スルーよろしこ
・ 基本は何時だって相思相愛♥
誤字脱字、おかしな所があってもキニシナイ(゚∀゚)!!
297:輪廻転生【23】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:10:23.89 gStdgYYO
――約一ヵ月後
真夏を迎えたゲゲゲの森は一層深い緑に覆われ、セミの大合唱が響く。
ゲゲゲハウスも相変わらず健在で、
中の丸太の机の上には水風呂を楽しむ親父の姿があり、
傍らには当に孵変を終えた鬼太郎の姿があった。
夏の熱気に当てられてか、気だるそうに寝転ぶ鬼太郎の表情はどこかしら不満が漂う。
砂かけのおばばも子啼き爺も、一反木綿に塗り壁だって当に孵変を終え
ねずみ男ですらゲゲゲハウスに訪ねてきたと言うのに…
まだ尋ねてこない待ち人を想って、眉間に皺が寄る。
不機嫌の原因はネコ娘…孵変はとっくに終わっているはずなのに、
彼女だけがゲゲゲハウスに訪れてこないのだ。
”終わったら逢いに行ってもいい?”そう言ったのは彼女の方なのに、何故来ないのだろう?
あの日交わした約束、彼女の意思は固く消滅する事などあり得ない。
もしかして来れないような状況にあるんだろうか?
疑問に思うのならば自分の足で迎えに行き、その目で確かめれば良いだけの事。
あの時、鬼太郎自身も猫娘が姿を隠したって見つけ出すと宣言したのだから、
自ら彼女に会いに行ったとしても何の問題も無い筈なのに…素直になれない性格が邪魔をする。
第一、直接会いに行ってネコ娘になんと声を掛けたらいいものか
孵変により幾度姿形や性格が変ろうとも、
記憶だけは失われること無く自身の存在と共に引き継がれていく。
今の姿になる少し前の事なのに、
この手で少女を愛した記憶を手繰ると言い表しようの無い気恥ずかしさに襲われる。
それまでも少女に囁いた数々の甘い言葉、
決して軽々しく口にした台詞ではなかったが、
穴があったら飛び込んでしまいたかった。
”大好きだよ。”
何故あの時は自然とそんな風に言えたのだろう?
同じ自分でありながら理解できず、不思議ばかりが募る。
目玉の親父は目の前で赤くなったり青くなったりする息子の百面相を温かく見守りつつ、
更に数日が過ぎたある晩。
ゲゲゲハウスに一人の少女が訪ねてきた。
「こんばんわ」
万年床で寝転がっていた鬼太郎は、
耳にした少女の声に鼓動が跳ね上がり、一気に脈拍が加速したが
気取られぬよう寝たままの姿勢を保ち、視線だけ声の主に向ける。
上って来た少女は相変わらずのおかっぱの髪型に
トレードマークのショッキングピンクのリボンを結び、
白いブラウスに真っ赤なジャンバースカートを纏っていた。
姿も声も多少変ったけれども、凛とした猫目はそのままで一目でネコ娘だと解る。
298:輪廻転生【24】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:11:05.73 gStdgYYO
「今まで何してたんだよ。ネコ娘が一番最後だぞ。」
孵変後のネコ娘に対する第一声がこの言葉になってしまった。
起き上がりがてら言ってしまった鬼太郎自身も驚いたが、
腕組をしプイと顔をそむけて不機嫌を強調する。
一瞬きょとんとしていたネコ娘だが、直ぐににこりと微笑むと両手を合わせた。
「ゴメン~!!」
今まで姿を見せなかった理由は一切口せず、即座に謝罪した。
ついこの間までの猫娘は落ち着いた感じだったのに、
孵変後のネコ娘は活発そうで…もう少し良く見たいと鬼太郎が立ち上がる。
「あれ、鬼太郎…背が伸びた?」
鬼太郎の変化に気がついたネコ娘がずいと近づき、
肩を並べれば相変わらずネコ娘のほうが頭一つ分背が高いままでは在ったが。
「やっぱり…鬼太郎背が伸びたね。」
「うわっ、な、なんだよ。そんなにくっつくなよ!」
「あっ…ご、ゴメンね。そんなに嫌だった?」
(鬼太郎…あまり身長の事言われたくなかったのかも。)
鬼太郎よりも背が高い事を気にしていたネコ娘は、
彼の成長がただ嬉しかっただけなのに怒られてしまい申し訳無さそうに肩を竦めた。
シュンとしたネコ娘を見て心がチクリと痛む。
傷つけるつもりは無かったのに、肩に触れた感触に思わず…
「行き成りそんな風にされたら誰だって驚くに決まっているだろう。」
「ん、そうだね。…でも。」
「”でも”…なんだよ。」
「鬼太郎がちゃんと”あたし”だって解ってくれて嬉しい。」
「なっ…何言ってるんだよ。そんな事ぐらい誰だって解るに決まってるだろ!」
腕を組んできたネコ娘に鬼太郎は思わず、手を振り払ってしまった。
そうじゃない、言いたいのはこんな言葉じゃないのに…
来てくれて嬉しいのになぜか冷たい態度をとってしまう
本心とは裏腹に口を開けばキツイ言葉しか言えない。
一体自分はどうしてしまったのだろう?
夏が過ぎ去り秋を迎える頃、
水面下で蠢いていた妖怪たちの行動が表立つようになり、
やがてそれらがネズミ男の悪巧みと連結し大事件が勃発する。
やがて届き始める妖怪ポストへの手紙は溢れんばかりになり、
嘗ての忙しい日々が繰り返されるようになるが二人の関係は相変わらずだった。
今までと変わった事と言えば、
鏡爺の事件をきっかけに知り合った人間の少女が、
頻繁に鬼太郎の家を訪れるようになり、
ネズミ男と同様に彼女の身辺でも、
よく妖怪がらみの事件が発生するようになった。
299:輪廻転生【25】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:12:01.04 gStdgYYO
これまであまり人間達と親密な関係なんて築いてこなかったから、
ゲゲゲの森を出入りする人間の少女は異質なものではあったが
ネズミ男や朱の盆を初め、
可愛らしい人間の少女に虜になってしまう妖怪もちらほらと居た。
その少女はネコ娘にとって、ある意味衝撃だった。
――こんな可愛い娘、はじめて見た。
長年人間界で色々な子供達と出会い、見てきたけれど
この少女は今まで出会ったどの少女とも違っていた。
都会的な雰囲気をまとい、幼いながらも彼女は”女性”だった。
ただでさえ美人に弱い鬼太郎だったが、その少女と自分との接し方の差に
ネコ娘の目には鬼太郎が少女を好いているように見えた。
鬼太郎が大事に想っている人ならば、自分も大切に――彼女を守ってあげなければ。
人間の少女に優しく接する鬼太郎に嫉妬して、
恋のライバルと張り合って見せた事もあったけれど、
砂かけのおばばからは余り良く思われないこともあったり
一応”ゲゲゲの森のアイドル・妖怪界のキョンキョン”で通っていたネコ娘だが、
女の子としての扱いは微妙だった。
酷かった、と言えば、白山坊の時の扱いも散々だった。
女の子が大好きな人と結ばれる為に着るはずの衣装――白無垢。
鬼太郎の為に纏ったものでは無いけれど、お世辞でも”似合うよ”ぐらい言って欲しかった。
ベリアル戦では思わず頬に口付けてしまったけれど、鬼太郎はアレをどう思ったんだろう。
『ご褒美のチュ』の時に『いいよ』と言っていたのは遠慮等ではなく、嫌だったから?
髪様の時には”僕がお嫁に貰ってやるよ”とは言ってくれたけれど、
”行く当てが無いのなら――”と続いた言葉。
いつかは鬼太郎のお嫁さんになれるのかと夢見ていたけれど、
鬼太郎にとっては違うのだろうか?
あの日、鬼太郎に約束した想いは今も変らないのに
ネコ娘は明るく素直な少女では在ったが、
現われた一人の少女の存在が、彼女の本音を胸の内に包み隠させる。
今までは季節ごとに見舞われていた
猫の性を宿すが故の苦悩を癒していてくれた鬼太郎の姿は無く、
ネコ娘は時期が訪れるとその身を隠し、治まるまで一人やり過ごすようになった。
どんなに苦しくても頼ってはいけない、
本当に助けて欲しい時に”助けて”と言ってはいけない、
鬼太郎には守るべき人が居るのだから邪魔になってはいけない、
何時如何なる時も、決して足手まといになってはいけない――と。
ネコ娘は自分自身に嘘をつくことが上手くなり、
胸の内に秘めた苦しみや悲しみすら表立って感情に現す事が無く、
隠された本音を誰にも感じさせることが無かった。
鈍感な鬼太郎は気付いては居ない。
徐々に広がりつつある彼女との溝に
300:輪廻転生【26】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:12:41.63 gStdgYYO
人間の少女と出会ってから2年が経ったある日。
ネズミ男が怪しげな古本屋から買ってきた古書を元に
「石枕」を掘り当てた事から、ゲゲゲファミリーは地獄へと旅立つ事となる。
全てはぬらりひょんが鬼太郎の母に対する思いを利用した罠でもあったが、
偶然招かれた彼の地ではネコ娘にとっても運命の再会が待っていた。
地獄へ降り立った時に感じた”何か”
呼ばれているようでもあり魅かれるようにも感じ、
歩みを進めるほどにそれは徐々に強くなって、
気のせいではないとネコ娘は思い始めていた。
途轍もなく広い地獄の中で皆と離れ離れになり、
人間の少女と二人先の見えぬ道を突き進んでいた時
突如目の前に現われた少年は閻魔大王庁で攻撃を仕掛けてきた地獄童子だった。
「鬼太郎の恋人にはちょいと付き合ってもらうぜ?」
浚われていったのは思わず頬を赤らめたネコ娘ではなく、人間の少女。
やはり傍目にも”恋人同士”になど見られてい無い事実に
ショックを隠しきれないネコ娘は、やがて現れた五徳猫に連れられ
その根城に捕らわれていた幽子と出会う。
決して偶然などではない運命――いや必然の再会。
元は寝子と言う名の一人の少女であった二人。
遅かれ早かれ何時かは出会わざるを得ない。
幽子はネコ娘を見るなり、驚きを露にした。
いや、隠し切れなかったのだ。
まるで自分を知っているかのような彼女の態度に驚きつつも、
どこか懐かしさを感じ取っていた。
この地に来た時からずっと感じていたもの
それが幽子の存在であると目の前にしてはっきりと確信できた。
鬼太郎に惹かれる気持ちとはまったく別の感情…
まるで魂が呼び合うように彼女に惹かれるのだ。
幽子の手が触れた瞬間、
自分の全てを吸い取られてしまうのではないかと思った程強く引き合った。
ネコ娘を見て幽子は、嘗て自分の中に存在し何時か失った半身を見出した。
命を落とした時に失った半身は現世にもどり、
何時か自分によくしてくれた少年の傍に辿り着いていた事を知った。
寝子であった頃の特徴を多く残す幽子だが、
凛とした美しさの寝子とは違い幽子は柔らかい印象の儚げな美人であった。
寝子の半身である幽子とネコ娘、
それぞれ寝子自身でありながら魂を分かち合った為に、
嘗て出会っていた鬼太郎ですら二人が寝子であるなどとは気がつきようもなかった。
ただ一人、寝子の事を幽子から聞いていた童子だけが二人の様子から気がついた。
「幽子…もしかして…」
「地獄童子さん、少しだけ彼女とお話してもいいかしら?」
「お前が自分と話し合うのに問題なんかねぇよ。
俺は席を外すからゆっくり話すといい。」
長い黒髪を翻し、童子は二人に背を向けた。
301:輪廻転生【27】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:13:20.29 gStdgYYO
「お前の半身なら一目で見抜く自信が有ったんだが…俺の目もまだまだ節穴だな。」
「えっ…?」
去り際の童子の言葉に、ネコ娘は思わず声を上げた。
先ほどから感じている幽子との目に見えぬ繋がりが童子の言葉で少し見えたような気がした。
でも、彼女は人間で自分は妖怪…
その事実は揺ぎ無いものなのにどこに接点があると言うのだろう?
二人きりになり、不安と困惑の表情を浮かべるネコ娘に幽子は微笑みかけた。
「寝子を覚えてる?」
「ねこ?」
首をかしげるネコ娘に、やはり記憶は残っていないようだった。
「そう…私には何も感じなかった?」
「さっき手が触れたとき、魂が吸い込まれるかと思ったわ。
こんな事言ったら、幽子さんに変に思われるかもしれないけど…あたし…」
「言ってみて?」
「あたし…地獄へ着てからずっと感じてたの。
ずっと何か解らなかったんだけれど、
それが幽子さんだってココへ着て解ったの…まるで――」
「”まるで?”」
「その…上手く表現できないんだけど、他人じゃないような気がして…」
「…」
「あっ、変な意味はないの。でも、こんな風に感じたのって初めてだったから…」
慌てて言葉を付け足したネコ娘は黙ってしまった幽子の顔を覗き込む。
「幽子さん?」
「もし…」
「”もし?”」
「本当に他人じゃなかったら?」
返された言葉と共にまっすぐな瞳に見つめ返され驚いたネコ娘だが、
幽子は茶化しや冗談で言っているのではないことは表情から読み取れた。
でも、記憶の限りでは幽子の顔はどうしても思い出せない。
返事が出来ぬままに居るネコ娘に微笑みかけながら幽子は続けた。
「あなたが人としての死を残してくれたから、私は彼に出会うことが出来たわ。」
”彼”と言うのは地獄童子の事だろう。
今まで地獄童子が散々邪魔してきた理由も、
偏に幽子を救う為だった事を知った今、
二人の関係がとても羨ましかった。
もしも、あたしが幽子さんと同じ目にあったら、
鬼太郎は果たしてあたしの為になりふり構わず救いに来てくれるのだろうか――?
いや、来てくれるなんて言い切れる自信なんてとても無い。
だって、あたしと鬼太郎の関係は”仲間”
そう、ゲゲゲの森に住まう他の妖怪と同じ――ただの仲間。
幼馴染では有るけれど、特別な要素なんてこれっぽっちも無い。
地獄童子と幽子は自他諸共に認める恋人同士だが、
鬼太郎とネコ娘は”コイビト”等と呼べるような甘い間柄ではなかった。
302:輪廻転生【28】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:14:31.40 gStdgYYO
「あなたは自分の意思で現世に出て行ったからこそ、再び彼に回り逢えたのね?」
あたしの事だろうか…”彼”とは鬼太郎の事だろう、
でも何故彼女があたしの知らないことを知っているんだろう?
「私ね、本当はあなたに触れたとき寝子に戻ってしまうんじゃないかと思ったの。」
幽子は寝子であった頃に鬼太郎と出会った事、
隠し続けていた猫化する奇病を公衆の面前で晒してしまい、
耐え切れずに自殺してしまった事
地獄に来て魂の半分を失い幽子になって今ここに居ることを話した。
魂魄が半分しか無いから、裁きも受けられず天にも昇ることも適わずに居る事、
でもそのお陰で童子と一緒に居る事ができること
だから出合った時に再び魂が一つに戻るかと思った瞬間、とても怖かったのだと語った。
寝子に戻ってしまったら裁きを受けて、罪を償い童子と別れなければならない。
しかし、片方は死者。
もう片方は死後に魂魄が分かれたとしても現世で妖怪として生きるもの。
肉体を失いし幽子と、魂魄を分かちたネコ娘は半分の魂に一人前の肉体。
度重なる孵変と幽子と分かれてからの魂魄の記憶の情報量が双方異なり、
半身でありながらそれぞれが個々として違う者へとなりつつあった。
再び元に戻るとしたら――
ネコ娘が肉体を失い魂だけでこの地へ降り立ったときに可能性があるのかもしれない。
「でも…ね?現世では幸せになれなかったけれど、
今はとても幸せなのよ。地獄童子さんに出会うことが出来たし、
ネコ娘さんにも出会うことが出来たんですもの。」
「そうね。鬼太郎に出会うことが出来たし、あたしも幽子さんに出会えてよかった。」
「ネコ娘さん…今、幸せ?」
幽子の問いに、ネコ娘は瞬時に応えられなかった。
「うん…幸せ…だよ。」
「――嘗ては”寝子”であった私達だけれども、
今は”幽子”と”ネコ娘”。
魂魄が分かれてしまっても同じ私として――ネコ娘さん、
ちゃんと幸せになってね?」
自分の事は気にせずに、ネコ娘として幸せになって欲しいと言ってくれた幽子
嘗ての半身である彼女にも嘘をついてしまった。
恋した鬼太郎には別の想い人が居ると言うのに…
多分、幽子に嘘はばれているだろうけれど、心配をかけたくなかったのだ。
せっかく出会えたもう一人の自分はちゃんと幸せを見つけたのだから。
空白の記憶を埋める事が出来たし、鬼太郎が恋した寝子であった事実が何よりも嬉しかった。
あの鬼太郎が思いを寄せていた少女、今はどうであれ彼女は自分自身でもあったのだ。
恐らく鬼太郎がその事実に気がつくことは無いだろうし、この先誰にも明かすつもりも無い。
秘密はネコ娘の胸の内に永遠に封印され、ネコ娘と幽子はそれぞれの進むべき道へ歩みだす。
幽子は地獄童子と共に去り、ネコ娘は再び仲間達と共に地上へ戻るべく地獄旅を続ける。
303:輪廻転生【29】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:15:52.89 gStdgYYO
やがて近づく地獄旅の終わり
人間の少女を餌に鬼太郎ファミリー諸共地獄へ導き、
亡き者にしようとしていた地獄旅の黒幕、ぬらりひょんの野望を打ち砕き、
地獄に秩序を取り戻した鬼太郎たち一行と共にネコ娘は現世に戻ることとなった。
閻魔大王の計らいで、命を与えられた鬼太郎の母と共に。
地獄童子を迎えに来ていた幽子との最後の別れを無言で交わし、現世へと戻る為に胎内道へ向う。
そこでの悲劇はネコ娘にある決意をさせる切欠となった。
ぬらりひょんの最後の悪足掻きにより、人間の少女の命が失われた。
地獄へ連れ去られた彼女を助ける為の地獄旅は後少しで終わるはずだった――なのに。
助けるべき命を救えずに失い、一同が悲しみにくれる中ただ一人
鬼太郎の母だけは落ち着いた様子で、息子の傍へと歩み寄り金色に輝くものを手渡した。
それは、閻魔大王より授かりし母の命。
「これを使って生き返らせてあげなさい。
鬼太郎、母は…お前の顔を見ることができただけでも十分です。」
手渡された命は、人の少女の為に使われ
限りなく現世への入り口へと近づいていた母は、
現世へ戻る手立てを失い地獄へと戻っていった。
見ることも腕に抱く事も適わぬ思っていたわが子にこうして出会えてとても幸福だったと
例えこの身は地獄の地にあろうとも、見守っていると言い残して――
このとき母から放たれた言霊は後に鬼太郎の危機を救うことになるが、それはずっと後の事。
そうして、一度は絶命した少女は、”鬼太郎の母より渡されたの命”により、
再び現世へと蘇えった。
鬼太郎が大切にしていた少女は、
母の命を宿し今まで以上に特別な存在へと変ったであろうことをネコ娘は予感した。
それは他の皆にも同じはず。
かなうわけなんか無い、初めから敵うわけ無かったんだ。
――ごめんなさい幽子さん
ごめんね、もう一人のあたし。
やっぱ、幸せになんか――なれなかったよ。
鬼太郎への想いでネコ娘となった彼女が、彼への執着を断ち切る事等できる筈も無かった。
しかしどんなに想っても決して報われる事の無い己の恋に、ネコ娘は深く絶望した。
糸売く
304:名無しさん@ピンキー
12/03/22 22:33:08.37 ptQRScCj
うおー 3猫セツナス……
305:名無しさん@ピンキー
12/03/23 01:25:40.49 SPCpPg5s
3猫は切ないなぁ。人間の少女ちゃんが憎めないくらいにいい娘な分、切なさが増すんだよなぁ
306:毛 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:36:19.51 9UBl1kU5
>>303続き
3部後篇です。。
引き続きネコ娘に関する描写が切ない感じです。
途中回想シーンで墓場が入ります。
・ 鬼太郎×猫娘・総集編
・ 回想シーンにつき、水木×寝子
・ お好みに合わせて◆以下NGワード登録なり、スルーよろしこ
・ 基本は何時だって相思相愛♥
誤字脱字、おかしな所があってもキニシナイ(゚∀゚)!!
307:輪廻転生【30】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:37:58.87 9UBl1kU5
昔々――悟りを開いた人間が、この世のありとあらゆるものに対して
「執着してはならぬ」と言った。
「執着」によって、己の思い通りにいかなければ、
人は傷つき、苦しみ、そして争いを生む
――故に、己の教えすら「執着」はしてならぬと説いた。
果たして、この世の一切のものに全くの執着を持たぬものなど
在るのだろうか?
何かに対する執着心があるからこそ、ものは生まれ
発展し進化を遂げる。
彼ら妖怪も、そういった存在のひとつではないだろうか。
「執着」が有ったからこそ、彼女
ネコ娘は今、ここに在ると言うのに。
その執着を奪ってしまったら、彼女が待つのは――
一方、鬼太郎達一行が去った地獄は
彼らの活躍により、徐々に正常化しつつあった。
ぬらりひょんの企みで混乱していた事が嘘のようでさえある。
真赤に燃盛る地獄の見慣れた空を見上げ、幽子は
地上へと戻っていった”自分の半身”、ネコ娘を思う。
幽子はネコ娘の嘘に気づいていた。
気づいていたが、自分を思いやってつかれた優しい嘘に気づかぬ振りをしていた。
幽子もまた、ネコ娘にはあえて伝えなかった秘密があったから。
最初は伝えるつもりだった…寝子の全て。
「なぁ、幽子…」
名前を呼ばれて幽子は自分の膝を枕に寝転がる童子の顔を覗く。
「俺、あの娘がお前の半身だって――
出会った時に気づいていたかもしれねぇ。」
童子の言葉に、幽子は一瞬瞳を見開いた。
幽子から視線を逸らさぬまま、童子は言葉を続ける。
「あの時よぅ”鬼太郎の恋人”って言葉に、
ほほ染めて嬉しそうに反応したのがどうも気に入らなくてな。
それで、つい髪の長い方の娘にしたんだ。」
確かに五徳猫からは”鬼太郎の恋人である娘”を浚う様には言われていたのだが
詳しい容姿は伝えられていなかったのだ。
まさか娘が二人もいるとは思わず、戸惑った末の判断だった。
「…妬いてくれたの?」
「さぁな。見た目も声も、似ているところなんて何一つ無いのに…不思議だな。」
ネコ娘の反応に囚われの身の幽子の姿が重なり、
ふと怒らせて見たくなったのは事実だ。
幽子の長い髪がさらりと揺れ落ち童子の頬を撫でると、それを彼は指で絡め取る。
地獄で得た何気ない幸せのひと時に、時々重なって見える寝子の記憶。
既に墓場は過ぎてしまったけれども、己の半身であるネコ娘にすら話す事のなかった事実。
308:輪廻転生【31】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:39:24.95 9UBl1kU5
彼女にはその記憶はないのだし、
これから先も誰に打ち明けることもないだろう、
寝子を幽子と猫娘に分かつ事になった切欠の人――
自分とはまた異なる奇妙な運命に飲み込まれた不幸な人間。
あの人は今…どうしているのだろうか?
名は、水木――
「鬼太郎――!!!」
鬼太郎が目覚めさせた水神の、怒り狂う波に飲み込まれそうになり水木は叫んだ。
ただ、鬼太郎や小遣いをせびりにきた偽鬼太郎のただならぬ様子を見て、
理由は判らずとも瞬時に危険だと判断したが、
既に水神に捕らえられてしまった水木は逃げる事も敵わず、
己の身に起きた不可解な現実を知る事無く、
水神によって強制的に人生の終止符を打たれた。
絶命の瞬間、それは透明なものに侵食される恐怖。
目の前は暗闇でもなく、ただただ先の見通すことの出来ぬ深い深い透明だった。
・
・
・
・
・
・
・
「おや、おまえ…また来たのか?」
どこか聞き覚えのある声がして、水木は目覚めた。
「…ここは」
「どうやら、今度は辿るべく正しき道筋を通ってきたようだな。」
見覚えのある奇妙な風景
かけられた声のほうを見ると、いつぞやの地獄の門番だった。
そして、門番の言葉で水木は自分の身に起こった事を思い出す。
(――そうか、私はあの訳の判らない水に飲まれて死んだのだ。)
水木は二度目の地獄への訪問で、己の死を悟った。
己に死を齎した水神を呼び覚ました張本人が
鬼太郎である事を知らなかったからかもしれない。
不思議な事に、彼の中にはあの幽霊親子に対する恨みはなく、
ただただ後悔するばかりであった。
常に傍に居て見張っていれば安全だと思っていたのだが、
結局は離れていたほうがより安全だったのだろうか?
そもそも、幽霊夫婦との出会いが彼の不幸の始まりだったのだ。
あの男幽霊の妻が、血を提供さえしなければ…
違う住所に住んでいれば…
社長の命を受けたのが自分でなければ…
309:輪廻転生【32】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:41:03.78 9UBl1kU5
彼らに出会わなければ…
いくら過去を思い起こして悔やんでもしかたがない。
運命は彼を幽霊族の犠牲に選んだのだ。
死者となった水木は、ふらふらと立ち上がると門番の脇を抜け、
地獄の入り口――へ、堕ちて行った。
後悔が多いい程に、迷いが複雑なほどに地獄は広く
彼は途方も無く彷徨い続け、とある少女との再会をする。
「…貴方は、水木さんではありませんか?」
「君は…寝子ちゃんなのか?」
少女は黙って頷いた。
地獄への道筋を知る鬼太郎親子ならば未だしも、
ただの死者でしかない彼が無限とも言える地獄の地で、
生前の所縁の者に出会えたのは奇跡ともいえよう。
水木は猫娘となった寝子に案内されるまま、
「猫娘」という表札の掲げられた長屋の一室へと招きいれられた。
「不思議な所だな…地獄はもっと恐ろしい場所だとばかり。」
「地獄に来るのは、罪人ばかりではないのです。」
「しかし、寝子ちゃんは何故、こんな場所に一人で?」
「それは…
私が地獄に堕ちて”猫娘”という新たな名を得たからです。」
猫娘は少し寂しそうな笑顔を浮かべて答えた。
「そうか…」
水木は猫娘の言葉の意味が判らぬまま、そう答えた。
彼女の顔を見て、それ以上深くは聞けず、そう答えるしかなかったのだ。
しかし、何年ぶりだろうか?
地獄の地だというのに、この安息感を味わうのは…
水木は瞳を閉じて深い息を吐く
「…水木さん、泣いているのですか?」
「いや、何故だい?」
「何か思い残してきた事があるのではないかと。」
「そうだなぁ。死んでしまって今更だが、隠す事でもないだろう。
実はね、ささやかながらも家庭を築くのが夢だったんだ。」
彼を心配そうに見つめる少女に、水木は微笑み返す。
「将来の伴侶にと思える女性と出会って
結婚して、そうだなぁ…子供は二人は欲しかったな。
まぁ、結婚の夢は叶わなかったけれど、
子育ては…出来たからね。」
薄気味の悪い子供ではあったが、
育て、共に暮らした年数分、それなりに情もあったのだ。
奇妙な関係ではあったが、鬼太郎親子や偽鬼太郎との生活も悪くは無かった。
寂しい事に、そう思っていたのは水木だけで、向こうには欠片も無かったようだが…
水木は死の直前を思い出して、深い溜息を吐いた。
310:輪廻転生【33】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:42:23.98 9UBl1kU5
「ね、水木さんは結婚して、お嫁さんになった女性に…
して欲しい事って有ったんでしょう?」
「まぁ…ね。休みの日には二人でのんびり過ごして
膝枕をしてもらって、耳掃除でもしてもらいながら
他愛も無い話を聞いて欲しかったりとかね。」
「私では役不足かもしれませんが…よかったら。」
猫娘は少し頬を赤らめて、正座に座りなおすと、
短いスカートのすそから覗いた自分の生膝を撫でる。
その指の動きはとても小学生のものとは思えぬ艶かしさで、
魅入ってしまっていた水木は我を取り戻すと、彼女の顔を見た。
「いや、役不足どころか私の娘でもおかしくない年じゃぁないか。
そんな若いお嬢さんにしてもらうのは忍びないな…」
「ウフフ…水木さん。年や性別等は生前の柵…
故に、魂になってしまった今、既に意味を成さないのです。
今、貴方を象っている姿も生前の記憶によるもの。
無論私も同じです。
この地にきて、見た目で物事を判断するのはとても危険ですわ。」
「…言われてみれば、そうだな。」
「だから遠慮等、なさらないで。」
クスクスと笑う猫娘のペースに乗せられた水木は、
彼女の膝に頭を預け瞳を閉じていた。
彼女の細い指が水木の前髪を梳く感触は心地よく、
聞こえる美しい歌声は此処が地獄で在る等とは思えない。
「まるで極楽だな…」
「いいえ、ここは確かに地獄です。
天に召される者も地に堕ちる者も、等しく通る道。
逝き付く先は魂の裁判所、
そこで総ての魂は裁きを受けなければならないのです。」
「寝子ちゃんも受けたのかい?」
「いえ…私はまだなのです。」
それまでは穏やかだった猫娘の表情が一瞬暗く沈む。
「裁きは…すぐに受けられる魂とそうでない魂とあるのです。
私が受けられない理由は、
ここに滞在している理由と同じなのです。」
「…新たな名前のせいなのかい?」
「それより、水木さん!知ってますか?
魂だけの存在になったからこそ出来る事もあるんですよ。」
先ほどまでの沈んでいた気持ちを振り払うかのように、猫娘は話題を変えてきた。
落ち込んでいた口調も、一生懸命に明るく勤めている様子が伝わってくる。
「さぁ?想像もつかないな。
何だか急に難しいことを言うね。」
「愛し合うものが肌を重ねるような表現があるという事です。」
「ね・寝子ちゃんそれは…」
猫娘の大胆な言葉に驚き、水木は閉じていた瞳を開け、猫娘を見上げた。
311:輪廻転生【34】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:44:58.32 9UBl1kU5
「少し言葉の言い表しが、過ぎたみたいですわ。
言葉で聞くよりも、実際に体験なさってみればよいのです。」
猫娘は眼を細めてにっこりと笑い、水木の髪を梳いて居た手を頬にあてがう。
水木はとっさに身を起こそうと下が動くことが出来ず、
このとき初めて猫娘が言った”年も性別も意味を成さない”という言葉の意味を理解した。
「しかし…私なんかを相手にせずとも。」
「いいえ、良いのです。
私にとっては水木さんも特別な男性でしたから。」
「えっ…?」
猫娘は言葉少なげに語り始めた。
父と母の記憶は無く、祖母との二人暮しの彼女の周りには男手が無かった。
奇妙な縁に導かれ、ねこ屋の二階に住まうことになった鬼太郎と水木は、
奇病のために、他人との関わりを無意識に避けていた寝子にとって
始めて身近となった家族以外の存在であり
同じ屋根の下に暮らす異性だった。
猫化する奇病を抱えて居た彼女は、
人の子ではなく幽霊族最後の生き残りである鬼太郎に親近感を覚えていた。
自分と同じく人とは異なる存在である鬼太郎は、
身近に感じられる特別な異性だったが、
水木もまた違う意味合いで寝子の特別な存在だった。
彼女は水木に父の像を重ねて見、時には親戚のおじさんのような、
時には兄的存在として見ていた。
朝交わす何気ない挨拶、頭を撫でてくれた大きな手に
妙な気恥ずかしさを感じた時もあった。
そして今、彼女が死した理由――
猫化する奇病のことも知っているである筈なのに、
生前と変わらぬ態度で接してくれた水木に対し、
不思議な感情が溢れて止まらなかった。
この人もまた不幸な運命の元に生まれついてしまったのだ、
せめて来世では幸せを掴んで欲しい。
「魂は重なることが出来るのですよ?」
猫娘がそう言うと、猫娘と触れている部分から不思議な感覚が沸き起こってくる。
生前では感じたことの無い暖かさ…まるで悦びに全身を包み込まれるような満足感だ。
言葉には言い表せぬ満足感に、思考がゆっくり解けていく。
「――寝子ちゃん、君にも生前思い残した…
今でも叶えたい夢はあるのだろう?」
「私は、ただ普通の女の子でありたかった。
しかし、魂となってもその願いは叶いませんでした。
今も尚、私は呪いに囚われているのです。
でも、水木さんに会えて良かった。
水木さんがこんな私を普通の女の子として扱ってくれたのが
何よりも嬉しかったのです。」
「君は可愛い女の子だよ。それも特別にね。」
「ありがとう、水木さん…」
312:輪廻転生【35】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:48:09.15 9UBl1kU5
「いや、お礼を言うのは私のほうだ…
ああ、もう時間が…ここには長く居られない。
何かがとても強く私を呼んで…」
いつの間にか、寝子の膝に寝ていた水木の人としての姿は薄くなり
やがてその姿は、光を帯びた丸いものへと形を変える。
水木は寝子と魂を重ねた事によって、裁きを受けられる状態へと変化したのだ。
重なった二つの魂は分かち、
猫娘の手のひらから光の球と化した水木がふわりと浮き上がる。
別れを知らせるかのように一際強い光を放つと、
やがて地獄の空へと飛び去っていった。
言葉にすることの出来なかった”ありがとう”を、光の粒子で残して。
魂の光が見えなくなっても猫娘は、彼が去ったほうを見送っていた。
水木が猫娘の所を去った後、猫娘は己の魂が二つに分かれるという異変に見舞われる。
それは身内意外に愛されず、他人どころか自分さえ愛そうとしなかった少女が
初めて他人に心を許し、受け入れた瞬間だった。
この行いが大黒猫の呪いに影響を与えたかどうかは解らない。
しかし、切欠となった事は確かだった。
猫娘の魂は寝子の呪いを引き継いだまま現世へと飛び出し、
猫を失った彼女は幽霊の幽子として地獄に残された。
地獄へ来たときに「猫娘」と名が変わったように、
再び名と共に姿も表札も新たになり、彼女はこの地の住人となったのだ。
・
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「フフフ…」
「どうしたんだ幽子、急に笑い出したりして。」
「なんでもないわ、地獄童子さん。
ほんの少し昔を思い出していただけなの。」
”ただの少女でありたい”
死して初めて得た安息、そして生前では叶うことの無かった呪縛からの開放。
こんな地獄の地で、半身を失った身では普通とは決して言えないだろうけれど。
一人の女の子として、童子と出会い恋することが出来たのは水木との再会があったからだ。
今思い出しても、寝子であった彼女の願いを叶えてくれたのは、
水木とネコ娘のおかげだと幽子は思う。
感謝の一方で、ネコ娘に呪いを押し付けてしまった事を心苦しく思っていた。
現世で自分が辛い思いをしたように、また辛い目に遭っていたら、と。
何時か半身に出逢う事があったのならば、全てを伝え謝りたかった。
313:輪廻転生【36】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:50:04.06 9UBl1kU5
しかし、それは間違いだとネコ娘に出会って気づかされた。
なぜならばネコ娘は寝子が忌み嫌った「猫の呪い」を己の能力とし最大限に生かし、
恥じる事無く自身として受け入れていたのだから。
ネコ娘の様に自分自身を素直にを受け入れ、
己にあった世界で生きる勇気があったのならば、
生まれつきの奇病に悩まされようとも寝子は違う人生を生きられたのかもしれない。
幽子は、ただただ弱過ぎた自分を、自身を愛する事が出来なかった己を恥じた。
そして彼女に対し謝罪を述べる事は失礼に値すると気づかされ、
幽子はこの事を己だけの秘密としたのだ。
――ありがとう
それは童子の耳に聞き取ることが出来ぬ程、とても小さな声だったけれど。
無意識のうちに口から漏れた感謝の言葉に、
幽子の胸はとても暖かな思いに満たされる。
それこそが幸せなのだという事を実感し、
溢れんばかりの幸福は彼女の表情に自然と微笑を齎す。
切欠の貴方ともう一人の私、二人は今どうしていますか?
願わくば、私に与えてくれた以上の幸福が二人にありますように――
・
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・
長い地獄旅が終り、現世では忙しい日々の繰り返しが続いた。
相変わらず人間の少女がゲゲゲの森を訪れていたが
逆に、それまでは毎日のようにゲゲゲハウスを訪れていたネコ娘の姿が
徐々に遠ざかっていった。
空しくも幽子の想いは届かず、
その願いとは間逆な日々をネコ娘は送っていた。
胎内道でぬらりひょんと朱の盆の行方が解らなくなって以来、
妖怪がらみの事件も妖怪たちの影も徐々に数を減らし、
年月は瞬く間に流れ、ゲゲゲの森には再び平穏な日々が戻ってきた。
しかし、平穏な日常が戻るとネコ娘の姿は以前にも増して、
鬼太郎の傍からその存在を薄くした。
事件が無くなれば、もう鬼太郎には自分が必要が無いからだ。
鬼太郎の役に立ちたかったから呼ばれれば…
いや、呼ばれ無くとも戦いの場には常に身を置いた。
好きだったから、積極的にアピールもしたし、気を持たせるような真似もした。
出来る限りの努力をして尽くした。
けれど一途な想いは悉く打ち砕かれ、余りにも情けなくて
冗談で済ませたり笑い話にした事も在った。
気づけば、只管我慢強くなっていた。
人間の少女と比べられ、卑下されて笑われても、茶化せるぐらいに。
ただ、一人の女の子としては遣る瀬無かった。
道化で居ることを望んではないのに、抜け出せず苦しくて仕方なかった。
314:輪廻転生【37】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:52:12.66 9UBl1kU5
強がって見せたものの、ネコ娘だって女の子。
心に幾重にも鎧を着せ、傷つかないようにしたつもりだったが
本人ですら気づかぬうちに、繊細な心は深い傷が幾つも刻まれていた。
当時必要だったのは仲間の力、微力では在ったけれども
それなりに自分だって役に立っていたつもりでいた。
でも、平穏が戻れば鬼太郎の傍らにはあの人間の少女がいて…
もはや自分がいる場所も存在理由さえももまったく無いのだ。
ネコ娘の願いは鬼太郎の幸せ、
鬼太郎が幸せならば自分が割り入る事なんて出来るはずもない。
何時かこんな日が訪れることを覚悟は決めてはいたが、
現実を目にすると想像以上に切なくて、心を引き裂かれるように辛思いをしたが
決して表情に表すことはせず、ゲゲゲハウスで偶然顔を合わせる事があっても
屈託の無い笑顔で態度で、ネコ娘は変わりなく接した。
ネズミ男のようにずうずうしくもなれず、
一反木綿や塗り壁のように普通に振舞う事なんてこれ以上出来ない。
鬼太郎親子にとって、砂かけのおばばや子啼き爺のような存在にもなれず、
ネコ娘は自ら姿を消すしかなかった。
少年の幸せを願っても見守る事は酷過ぎて、少女はそこまで割り切れるほど強くは無くて。
ずっと住んでいた神社は立て直す事になり、
選択を余儀なくされたネコ娘は思い切って棲家も変え、
よく町の雑踏に紛れ込むようになった。
人の流れや街の雑踏は、一人身の淋しさを紛らわせてくれ、変な考え事をせずに済む。
ゲゲゲの森ではなるべく鬼太郎を避けるようにし、
姿を見かければ木陰に隠れて対面を避けた。
たまにすれ違っても軽く挨拶を交わすだけで
鬼太郎が声をかける隙も与えずにその姿を晦ませた。
徐々に自分の周りからネコ娘の存在が薄くなるのを鬼太郎が感づいた頃には、
ネコ娘の手がかりがすっかり解らなくなっていて
嘗ての神社に行っても、そこには建て直し中の神社が有るばかりで
妖怪アンテナで探ってみても彼女の妖気すら残っておらず。
森で見かけても、瞬く間に逃げられてしまう始末。
聞けば他の仲間のところへは時々姿を見せているらしく、
ゲゲゲハウスにも、自分が居ない時に限って寄った事も有るのだと父から知らされた。
今まで傍にいるのが当たり前で、恥かしがったり照れくさかったりした事よりも、
自分に相談も無いまま黙って引越し、
つれなくなったネコ娘に対し鬼太郎は怒りを覚えていた。
無論自分が今まで散々してきた事は全て棚に上げて…だ。
彼にしてみれば彼女が自分を見て逃げる理由が、
自分の前から姿を消してしまった訳が、全く解らなかった。
数年も経たぬうちに好奇心旺盛な人間の少女の興味は成長とともに他のものへと移り、
やがてその存在はゲゲゲの森から自然と遠のく。
彼女が小学校を卒業する頃には彼等の存在は見えなくなり、
ゲゲゲの森へ辿り着く術も失った。
彼女が体験した全ては幼い頃の思い出の一部として記憶の奥にしまいこまれ、
ゲゲゲの森から再び人間の姿が消えた。
それでも鬼太郎とネコ娘の鬼ごっこはまだ続いており、
漸くネコ娘が鬼太郎に捕まったのは孵変後に出逢ってから9年もの時が過ぎていた。
315:輪廻転生【38】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:54:18.68 9UBl1kU5
そこはゲゲゲハウスからだいぶ離れた入らずの森で、
極限られた妖怪にしか知られていない珍しい薬草がある場所。
余り荒らさぬよう必要な時意外には、
妖怪たちが自ら立ち入りを自粛している場所でもあった。
特に春から夏にかけては草花が著しく育つ時期、
成長を妨げぬようここへ足を踏み入れることは
誰が言わずとも暗黙の了解で避けられている時期でもある。
まさかこの時期にこの場所へ足を踏み入れる者が自分のほかにも居たとは夢にも思わず、
ぼんやりと小川を眺めていたネコ娘は背後から近づいてきた鬼太郎に、捕えられてしまった。
黙って引っ越した事、自分を避けていた事に腹を立てていた鬼太郎は、
ネコ娘に対する照れや恥ずかしさなんかすっかり忘れていて、
この時までに溜まりに溜まった忍止め様の無い想いと怒りが、どっと溢れたのだった。
「…やっと捕まえた。もう逃げられないぞ。」
「き、鬼太郎…。」
ネコ娘は驚きに目を見開いた。
「どうして僕を見ると逃げたりしたんだよ。」
「逃げてなんか無いよ…」
鋭い眼差し、久しぶりの鬼太郎の顔を見ることも
視線を合わせる事も出気ず顔を横にそむけた。
その様子はまるで自分を否定しているようで、
鬼太郎はますます不満を募らせる。
「僕との約束…忘れたのか?誓ったのに…」
「忘れてなんか――無いよ。」
「それじゃ、なんで…」
「だって、鬼太郎…他に好きな子が出来たじゃない…
なのに今更あたしにその約束押し付けるの?
…酷いよ…残酷だよ…。」
「なんだよ、それ。じゃあ何か?
君はもう他の誰かのものだとでも言うのか?」
「そうよっ!」
それは咄嗟の嘘だった。
鬼太郎にはもう別の想い人が居るのに、
自分には以前と代わらない想いを約束させるなんて、
そして、その想いを断ち切れずに今日まで至った自分にもほとほと嫌気がさしていた。
もうこんな辛い想いは終わりにしたかったのだ。
ただ、今まで踏ん切りがつかなかったのは、もう一人の自分――
幽子の事があったからだ。
地獄で再開を果たした時、幸せを見つけていたもう一人の自分。
あの時は肉体があったから戻らずにすんだのかもしれない。
今この肉体を手放してしまったら、彼女も犠牲になりかねない。
かつて同じ寝子であった自分でも、幽子の幸せを奪うことは許されない。
ネコ娘にとって幽子は、現世に留まるための希望だった。
何とか彼女を巻き込まずにすむ方法を模索していたのだ。
316:輪廻転生【39】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:56:22.56 9UBl1kU5
魂になっても出会わなければ、幽子とひとつにならずに済むかもしれない。
幽子と出会う前に何とか閻魔大王の元へ行き、嘆願するつもりだった。
彼女と自分は、嘗て一人の人間であった頃とは違うのだと。
全くの別人になったと。
だから消えるのは――自分一人だけでいい、と。
今日ここで鬼太郎と巡り合わせたのも、
余り残された時間が無い自分の運命の決断をする時なのだろう。
鬼太郎に愛想を尽かされ、見限ってくれたら全て吹っ切れる。
ゲゲゲの森から出て行くことが出来ればきっと全て忘れられる。
もう腹は決まっている。
次は孵変せず――”消えてしまおう”と決めていた。
世界は広い。
二度と会うことが無くとも、完全に嫌われてしまえば優しい彼の心を傷つけに済む。
鬼太郎だって、あたしの事なんか忘れて幸せに…なれる。
時が経てば、きっと思い出されることも無く忘れ去られる。
「…嘘、だろ?」
目の前が真っ白になる。
一瞬何を言われたのか理解できなかった、理解なんてしたくなかった。
ネコ娘の口から発せられた予想すらしてない言葉に、
脳天からカミナリを浴びたような衝撃が走った。
指先から血の気が引き、肌が冷えるように感じた。
信じて疑わなかった、ずっとずっと共に居るのだと想いは決して変わる事など無いのだと。
現実はなかなか自分に素直になれず、
それでも幾度となく夢に見たネコ娘の白い肌を、この腕に抱く日を夢見て待っていた。
なのに何故?一体誰のものになったと――
「やだぁ!!」
突如上がった悲鳴に、森の鳥たちが一斉に飛び立つ。
気が狂いそうだった。この唇が、この白い喉がもう他の誰かのものであるなどと
まだ自分も味を知らぬこの果実を手にした者が他に居るなどと――
許せなかった。ただひたすら許せなかった。
自分が?ネコ娘のことが?それともまだ見ぬ相手の事がか?
彼女の心が既に別の男に奪われているなどと、
自分に背を向けて出て行ってしまう事など想像もしたくなかった。
今この手を離せばネコ娘はきっと自分の元を立ち去って二度と戻ってこない
――ならばいっそのこと…
遣り様の無い怒りはやがて全身から恐ろしい量の妖気を溢れ出させる。
行かせやしない、自分以外の男の元へなんか行かせるものか!
今まで、鬼太郎や仲間と数え切れぬほど戦いの場を経験してきたが、
コレほどまでに恐ろしい妖気を感じたのは初めてだった。
押さえつけられ、鬼太郎の腕力には適わず身動きもできないと言うのに、
至近距離から強烈な怒りを満ちた妖気を浴びせさせられ、
ネコ娘の全身は恐怖に震えた。
317:輪廻転生【40】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:58:14.67 9UBl1kU5
恐ろしい顔をした鬼太郎から目を逸らしたくとも、
蛇に睨まれた蛙の如く金縛りにあったようで、
痙攣を起したかのような身体の震えは止まらない。
――ああ、最後にもう一度。もう一度、鬼太郎と恋をしてみたかった。
以前のように”好きだよ、猫ちゃん”と言われてみたかった。
もうじき消えてしまうのだからそれは決して叶う事の無い夢。
我慢したり自分を偽る事にすっかり慣れちゃって…
本当につまらない最後だったな。
最後の最後に、鬼太郎をこんなに怒らせて…
心底嫌われちゃったんだろうな。
こんな事なら――地獄で幽子さんに出会ったあの時に
全てを失っていたほうが良かったのかもしれない。
なぜか急に切なくて、寂しくなって、
覚悟していたはずなのにネコ娘の瞳からは止め処なく涙が溢れる。
もう意識を保っている事すら限界だった。
やがて伸ばされた鬼太郎の両腕が細首を捉えたと同時に、ネコ娘は一瞬瞳を見開く――。
誰にも知られずたった一人で静かに此の世を離れようと思っていたけれど
その最後を決めるのが鬼太郎ならば、鬼太郎が看取ってくれるのなら…
最後くらい良い夢を見たかったな――
瞬間、今までの記憶が走馬灯現象により蘇る。
間際に見た記憶、それは”猫娘”のものではなく”ネコ娘”である今の自分の記憶。
辛い事もあったけど楽しかった、鬼太郎の傍に居る事が出来て…本当に幸せだった。
――意識を失った事で硬直していた体からは力が抜け、力なく腕が地面に横たわる。
やがて訪れた静寂
怒りに我を失っていた鬼太郎は、全身を脱力させ意識を遠のかせたネコ娘の異変に我を取り戻す。
手にしていたネコ娘の細首に全身の血が引き、取り返しのつかない過ちを犯した事に気が付く。
何時だって守ろうと、例え己の命が尽きようとも彼女だけは守り抜くと心に決めていたはずなのに
共に行くと先を見ていたのは自分だけだったと知って、
自分の世界からネコ娘が居なくなる恐怖に、奪い去る存在に嫉妬し怒り狂った。
何と言う馬鹿な事を考えたのだろう。
この指からすり抜けていってしまうネコ娘を逃すまいと力づくにでも無理やり止めておきたくて、
この手で彼女を殺めてしまおうだなんて、
彼女を失うどころかもう二度と会う事も適わなくなると言うのに
そんな事をしてもネコ娘が自分だけのものになるわけが無いのに
何者にも代えがたく、何よりも大事な存在であるネコ娘、
その彼女を何者でもなく自分が一番傷つけ恐怖させてしまったことに
謝る言葉など見つからず、償う事のかなわぬ罪に少年は泣きながら、
まだ意識の戻らぬ躯のような少女の身体を抱いた。
知っていたはずだった。与え与えられ、互いに幸せに浸れる術を――知っていた筈なのに
冷静になった今、怒りは消え彼の中に空しさだけを残していた。
318:輪廻転生【41】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 22:00:08.99 9UBl1kU5
溢れた涙は頬を伝い、少女の頬にぽたぽたと滴を落とした。
やがて、目蓋が震え少女の意識が闇から戻ると先程までの記憶が甦る。
鬼太郎になんて事をさせてしまったのだろう。
自分がもっと早く全てを捨てる決心をすべきだった。
己に関るものを全て捨て去り、
彼女が「ネコムスメ」である所以となった少年への恋心さえも諦めて森を去っていれば
…これは罰なのだ。
淡い期待を捨てられず優柔不断だった自分に下された罰。
例え命が奪われる様な結果になっていても仕方が無かった。
しかし、幼き少女に全てを捨てる事などできるわけも無かった。
住処を捨て、心の通った仲間を捨て、
愛した少年の住むゲゲゲの森をたった一人で出て行く事など。
頬に滴が落ち、少女は瞳を開けた。
少年が自分を抱きしめ、泣いているのだと知るとそっとその頬に手を添えた。
添えられた手に、少年は抱きかかえていた少女を見た。
「――鬼太郎…泣かないで、全部あたしが悪いんだから。」
「ネコ娘…」
ネコ娘は頬に添えた指で鬼太郎の涙をぬぐった。
そう、”消えよう”と決めていた。
未練等引きずったりしないで一人ひっそりと消えてしまえばよかったのだ。
「あたしがもっと潔く決断してれば…こんな嘘つかなくても良かったのに。」
”嘘”――鬼太郎は驚きに目を見開いた。
そう、身も心も誰にも奪われてなんかいやしなかった。
全ては清らかなまま、
今も昔もネコ娘の気持ちは鬼太郎に向けられたまま
何一つ変ってなんか無かった。
「鬼太郎に辛い思いさせちゃって…ごめんね…」
「ちが…っ、僕は…僕が…!!」
ネコ娘はふるふると頭を振った。
「あたし、知ってるよ?
鬼太郎…大人になっていいんだよ。だって…あたしは…」
口を噤んだネコ娘は、苦しげに視線を落とした。
その様子に、まさかと思った鬼太郎は、恐る恐る訊ねた。
「…まさか”兆”が現れたんじゃ。」
彼に更なる追い討ちをかけるかのように、ネコ娘は俯いたままこくりと頷いた。
もう鬼太郎にはこの器のネコ娘と過ごす時間があと僅かであると言う事実。
突きつけられた現実は余りにも酷すぎて、いくら過去を省みてもどうする事もできない。
いかに日々の他愛無い繰り返しが大切なのか思い知った。
319:輪廻転生【42】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 22:01:49.00 9UBl1kU5
「…さよなら、鬼太郎。大好きよ、他の誰よりも。」
真っ直ぐな瞳、揺ぎ無い真実の告白。
あの時の誓いは破られてなんかいなかった。
ただ、お互いが酷く不器用すぎて想いがすれ違っていただけだった。
もっと、もっと早く素直になっていれば――
「さよならなんて言わせない。
ネコ娘がそうなるのなら、僕だって…!!」
「駄目だよ鬼太郎。
鬼太郎はちゃんと大人になって、あの子を幸せにしてあげなきゃ。」
ネコ娘はうすうす感づいていた。
鬼太郎親子――幽霊族は自らの意思で時代の変化などに惑わされず孵変できるのではないか?と。
孵変をしなければ、やがて成長し鬼太郎は大人になる。
けれど、ネコ娘は知らない。
妖怪は人の存在が有るからこそ生活に密に関係し、係わり合いながら存在してきた。
しかし、生きる方法が種を存続させる方法が違う。
確かに妖怪の中には人に近い種の存続方法を持つものも居るが、
主には孵変によって自らを存続させるものが殆どで
一方人は、遺伝子を子孫に残す事で存在し続けていく生き物。
中には人と妖怪で結ばれたものもあるが本来は禁じられている。
禁を犯したものに待つのは、やがて早急に老いていく愛した人間の死、
共に過ごせる時はほんの一瞬で結果はどれも悲劇に終わる。
ネコ娘はまだ知らない。鬼太郎の本当の思い人も
頬を伝う涙…微笑んだネコ娘は悲しいほど美しく、儚かった。
こうして腕に抱いているのに、今にも夢と消えてしまいそうに。
現に儚く見えたのは気のせいなどではなかった。
ネコ娘の決心が器を脆くしていた
鬼太郎を追いかけてこの世に再生した身、
この恋が叶わぬのなら今後孵変し続けてまで現世に留まる己の存在理由など無かった。
”消えよう”それは孵変をせずにこの世から消滅する事、永遠に
だが鬼太郎は、ネコ娘の悲しい決意も”さよなら”の本当の意味も知らない。
「あの子なら…人間の世界に戻って、此処にはもう来ないよ。」
「鬼太郎、鬼太郎はそれで良いの?あの子の事…好き、だったんでしょ。」
指先から力が失せるのが分かる。
鬼太郎が他の娘を”好き”だと言う言葉を口にして、
初めて心の中で唱えるよりもずっと切ないと知った。
ならば、その答えを今ココで直接鬼太郎の言葉で聞かされたら、
どれほどの衝撃が心に及ぶのだろう?その瞬間自分は一体どうなってしまうのだろうか?
耐え切れぬ感情にこみ上げる涙は抑えられず、いっそのこと壊れてしまいたかった。
「僕が好きなのは、何よりも大切なのは…君だ!!」
鬼太郎はネコ娘の言葉を消し去るように叫ぶ。
予想もしていなかった言葉に、ネコ娘の潤んだ瞳は大きく見開き、
手で口元を押さえて力なく首を左右に振った。
320:輪廻転生【43】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 22:04:30.59 9UBl1kU5
夢にまで見ていた言葉、
所詮は夢でしかない傷つきたくなければ諦めろと自分に言い聞かせてきたのに拒めない、
信じて素直に受け止めたい自分が居る。
今更ずるい鬼太郎はずるい。
鬼太郎はネコ娘の瞳を見据えたまま決して視線を逸らさない。
共に大人になるのは、共に永き時を歩んでいきたいのは――
「ネコ娘じゃなきゃ、嫌なんだ…」
「…鬼太郎」
溢れた涙が止まらない。ずっと受け止めて欲しかった気持ちは、漸く届いた。
ずっとこの腕に抱きしめたかった、その胸に抱きしめて欲しかった。
背中に回された腕に、互いを引き寄せて抱き合った。
何時からだろう?
彼女と自分の間にこんなにも思い違いが生じてしまったのか。
ただ照れくさくて素直に”好きだ”と伝えられず、
意地を張って突っぱねてしまった事もあった。
それでもネコ娘は変らず傍で微笑んで居てくれたから、
彼女の優しさに甘えてしまっていた。
こんなにも傷つけてしまっていたなんて分からなかった。
「だから、今度は僕がネコ娘に必ず逢いに行くからっ…!!」
「待ってても…いいの?」
「ああ、絶対に迎えに行くよ。だから…」
「うん、鬼太郎がそう言うなら…あたし待ってる。」
「約束するよ、ネコ娘。君が好きだ――」
ネコ娘の閉じた目蓋から溢れた涙を唇で拭いながら、そっと目蓋に口付けを落とした。
いつの間にか広がっていた深い溝はとても埋め切れはしないけれども、
せめて少しでも癒える様にと願いながら
ずっと前、猫娘がしてくれた約束を今度は鬼太郎がネコ娘に返す。
鬼太郎の唇が離れた気配にネコ娘が瞳を開けると自然と視線が交わり、
引き寄せあいながら深く、深く唇を重ねた。
暫らくして、鬼太郎の進めもあり
ネコ娘は砂かけのおばばの妖怪アパートに入る事となった。
――数ヶ月後…ゲゲゲの森が白く染まる頃、ネコ娘は孵変を迎える。
そして鬼太郎もまた、決して代わる事の無い己の真実の為に孵変に入った。
愛しい少女と新たな時を迎える為に――
糸売く
321:名無しさん@ピンキー
12/03/23 23:58:12.63 +TGUfXIi
キテター!
322:名無しさん@ピンキー
12/03/24 03:12:23.70 XOwisiEU
泣いた
323:毛 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/26 22:06:23.66 BCLHaLj3
>>320続き
4部突入です。
若干、3部引きずってます。
・ 鬼太郎×猫娘・総集編
・ お好みに合わせて◆以下NGワード登録なり、スルーよろしこ
・ 基本は何時だって相思相愛♥
誤字脱字、おかしな所があってもキニシナイ(゚∀゚)!!
324:輪廻転生【44】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/26 22:08:39.46 BCLHaLj3
妖怪たちが姿を潜め始めてからの数年の間に、
人間社会の経済が破綻し世間は不況と言われるようになっていた。
弾けたバブルの傷跡と共に、
嘗ての野望や欲望といった思念残されたまま放置され、
不景気の為に手を入れられずに廃墟と化した場所が多数存在した。
また、そういった場所を好み出没する妖怪も数多く居るのだ。
新たな時代に同調するかのように、迎えた季節は冬。
ゲゲゲの森には深々と雪が降り積もり
何時も以上に静けさに包まれた――そんな夜。
まっさらな雪に足を残し駆けて行く少年の姿があった。
サラリとした髪の隻眼の少年は、
どこか大人びた落ち着きを漂わせ、
学童服の上には独特の黒と黄色のチャンチャンコを羽織り、
素足に赤い鼻緒のゲタを履いていた。
わき目も振らずに走る彼は、漸く孵変を終えた鬼太郎少年であった。
目指すは砂かけ婆の妖怪アパート。
あの日の約束どおり彼女を迎えに、ねこ娘に逢いに…
寒さの所為で吐く息は瞬く間に白い結晶と化すのに、
ほんの少しねこ娘の事を想うだけで胸は暖かくなり、
雪の冷気等微塵も感じないままにおばばのアパートに辿り着く。
ところが妖怪アパートに妙な気配が漂っているのを感じた鬼太郎は、
そっと戸を開ききょろきょろと左右を見渡すと
妖怪アパートの住人が落ち着かない様子で廊下をウロウロしている。
いったい何事かと、キョトンとしていると
鬼太郎の気配に気がついた砂かけが
困りきった様子で声を掛けてきた。
「おお、鬼太郎。来てくれたか、待って居ったぞ。」
「おばば…一体どうしたんです?」
「それなんじゃが…実はの――」
孵変の為に、ねこ娘が部屋に篭ってから
2~3日経つのだが、部屋から出てこないのだと言う。
「おかしいな…そんなに時間がかかるわけ無いのに…」
「そうなんじゃよ。
当に終わっているはずなのに、部屋には鍵がかかってて呼んでも答えも無くてな。
微かに気配は感じるんじゃが――流石に心配になってきたところだったんじゃよ。」
「じゃぁ、僕が呼びかけてみます。他の住民にも部屋に戻るよう伝えてください。」
「ああ、頼んだぞ。鬼太郎。」
ねこ娘の部屋の前に居た妖怪達は、
砂かけに何やら伝えられると各々の部屋に音も立てずに戻っていく。
廊下から物の怪の気配が消え、廊下はシンと静まり返る。
鬼太郎は誰も居なくなった廊下を進み、
ねこ娘の部屋の前で立ち止まった。
コンコンッ――
「…」
325:輪廻転生【45】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/26 22:09:41.47 BCLHaLj3
部屋のドアを軽くノックしてみたが、暫く待ってみても何の反応も無い。
孵変により消滅する事もあるが、それは稀だ。
新しい時代を生き抜こうとする強い意志があれば失敗する事など有り得ない。
ましてやあの日、ゲゲゲの森でネコ娘に交わした約束――
迎えに行くから待ってて欲しいと言った自分に
「待っている。」と言った彼女が約束を違えるとは思えなかった。
戸に手をついてねこ娘の妖気を探るが、幽かに感じるのみで、
今のものか孵変前のネコ娘の妖気が残っているものなのか区別し辛い。
相変わらず部屋の中は静まり返ったままで、砂かけの言っていた言葉も気に掛かる。
2日も3日も部屋に篭りっきりだなんて…
鬼太郎は堪らず部屋の中にいるであろうねこ娘に呼びかけた。
「――ねこ娘?居るんだろ、返事をしてくれよ。」
「…」
「僕だ、鬼太郎だよ。約束どおり、君を迎えに来たんだ。」
鬼太郎は僅かな気配も逃すまいと扉に耳を当てる。
「…鬼太郎?」
暫しの沈黙の後、部屋の中から確認するかのように自分の名を呼ばる。
部屋の中の主の気配が此方に近づいてきた。
「そうだよ、鬼太郎だよ。」
「ほんとに?本当に鬼太郎…?」
「僕だよ。ねこ娘…此処を開けてよ。」
「――だめ…なの。」
「僕は約束どおり、ねこ娘――君を迎えに来たんだよ?なのにどうしてだい?」
「どうしても…」
「困ったなぁ…僕を嘘吐きにするつもりかい?」
「ち…ちがっ…」
「だったら、顔だけでも見せてくれよ。」
「…」
「ねこ娘…」
「…ちょっと、一寸だけだから…ね?」
「解った。」
無事孵変を終えている様子が感じ取れて鬼太郎は一安心したが
何故、ねこ娘は頑なに部屋から出ることを拒んでいるのかが理解できなかった。
例えどんな姿に変ろうとも、魂は常に一つ
今も昔も大事な幼馴染である少女に対するこの想いが変る事が無い。
薄暗い廊下には鬼太郎ただ一人、ねこ娘の部屋の戸から少し離れて様子を見守る。
シンと静まり返った廊下にやがて響くのははギィ…と戸が開く音
僅かに開かれた隙間の奥の真っ暗闇
部屋の中は明かり一つ灯っては居らず、
唯一つだけ宝石のようにきらりと光る猫目を見つけた。
アーモンド形をした瞳の奥の緑色の目が辺りの様子を窺う様にきょろきょろと動き、
鬼太郎の姿を捉えると慌てて扉を閉ざそうとした。
漸く開いた天岩戸、再び鎖さしてなるものかと鬼太郎はすかさずドアノブを掴み引く。
326:輪廻転生【46】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/26 22:10:35.84 BCLHaLj3
子供とはいえ数多の修羅場を潜り抜けてきた少年の腕力に、少女が敵う筈も無く
戸が引く勢いのままに開かれるのと同時に、
瞳の持ち主は暗闇の中から悲鳴と共にその姿を現した。
「にゃっ…きゃあぁっ!!」
「…!!」
孵変を終えた鬼太郎の姿を見たら直ぐ部屋に逃げ帰るつもりだったのに、
戸を引かれた勢いでバランスを崩し廊下に倒れこんだ少女。
尻餅をついた姿勢のまま顔を上げると互いの視線が交差したが早いか、
少女は再び暗闇に姿を隠す。
「あ、待って…!」
寸でのところで鬼太郎は手首を捉えたが、
少女が転がる勢いと共に部屋の中に倒れこむと、
再び部屋の戸が「バタン」と言う音を立てて閉じられた。
勢い余って部屋に倒れこむ際、
その腕にしかと捕らえた少女を庇うよう抱きかかえていた。
薄暗い廊下での一瞬の出来事。
数秒も経っていなかっただろうけれど、
孵変後始めて見るねこ娘の姿はしっかりと目蓋に焼き付いていた。
廊下に飛び出したねこ娘の動きはまるでスローモーションのようにゆっくりとして見え
互いの視線が交わった瞬間には時が止まったかのようにすら感じた。
今確実に腕の中にある温もり…柔らかな感触…
もしかして…もしかしたら――高揚する胸は高鳴り、頬には熱が灯る。
意識せずとも少女を抱く腕には力が篭り、柔らかな髪に口付けて名を囁く。
「――ねこ娘。」
鎖された部屋は深淵の闇に覆われ、
目が慣れていない鬼太郎にはねこ娘の姿は良く見えていない。
「やだぁ…」
「どうして?ねぇ、どうして部屋に閉じ篭っていたんだい?」
「だって…」
「――さっきね、ねこ娘が僕を見て背を向けたとき…
僕がどんな気持ちだったか…解るかい?」
「…」
「心がね、張り裂けそうだったよ。」
「…だって、だってこんなあたし――誰にも見られたくなかったんだもん…」
腕の中の少女は泣き出しそうに言った。
「どうして…?」
「だってあたし…ずっとずっと子供になっちゃってるんだもん…」
鬼太郎の目蓋に焼きついたその姿。
何時だって自分よりも頭一つ分大きかった「ネコムスメ」が、始めて自分よりも…
いや、たぶん下駄を脱いだって気持ち自分のほうが背が高いだろう。
327:輪廻転生【47】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/26 22:11:27.98 BCLHaLj3
ねこ娘が若返りしてしまった理由――孵変の兆候が在りながらも
この世から消えようと強く意識していた為の反動である事を二人は知らない。
あの時、夢と消えてしまいそうなほどに儚く映ったネコ娘の姿は現実に消えかかっていたのだ。
次の孵変で消滅する為に器は脆くなっていた。
寸前で取止めた消滅故、消えかかっていた部分を補うのには時間の余裕が無く
孵変後の肉体に影響を及ぼしていた。
ただ、幸いだったのは記憶までが失われずに済んだ事。
本来なら失いかけた肉体と共に
記憶が欠如していてもおかしくは無い状態だったと付け加えておこう。
強い決心が、想いがコレほどまでに身体に強い影響を及ぼすなどと
誰が想像できただろうか?
若返り、それは深い悲しみの結果、本
来は喜ぶべき現象などではないが、総ては無知故に。
だが、真実は誰も知らぬまま闇の中へ、
この世には知らぬほうが幸せだという事も時には有るのだ。
今までは精神的にも肉体的にも常に「お姉さん」的存在だったネコムスメに
男としてやりきれない部分もあったけれど、
目の前にいるネコムスメは初めて自分よりも幼く見えるねこ娘。
鬼太郎にとっては良い意味で衝撃的で、
思わず頬が緩んでしまうが、ソレを彼女に告げたら怒ってしまうだろうか?
「ねぇ、何時終わってたの?」
「――三日前…」
「それからずっと部屋に篭ってたのかい?」
「…うん」
「それは、一番最初に僕に見せてくれるつもりだったから?」
ねこ娘の様子からして、違う事は解っているがこう質問しておけば否定は出来ないだろう。
おそらく、成長せず逆に若返りをしてしまった自分の容姿を酷く気に病んだのだろう、
おばばに頼んでねこ娘を妖怪アパートに預けて正解だった。
「迎えに来るのが遅くなってゴメンね。
僕は今日漸く終わったんだ。
三日間も僕のために頑張ってくれてたなんて嬉しいけど…
おばばや他の皆には心配かけさせちゃったね。」
「鬼太郎~」
腕の中で、ふにゃと力が抜けたのが解った。
ねこ娘の小さな身体…甘ったるい声…目で耳で肌で感じて、
胸の内には愛しさが溢れてくる。
しかし、愛しさ故に滅茶苦茶に壊してしまいたくなる衝動に駆られる自分が居るのも事実だ。
余り強く抱きしめたら抱き潰してしまいそうなのに、
このまま抱き潰してしまいたくもある。
鬩ぎ合う二つの思いに揺さぶられながらも、
いけない感情を振り払うように首を左右に振り思考を正す。
328:輪廻転生【48】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/26 22:13:35.82 BCLHaLj3
腕の中で小さくネコ娘が頷く。
その晩、鬼太郎とねこ娘は手を繋いだままねこ娘の部屋で眠りについた。
無論邪な思いが胸を掠めたが、脳裏に浮かんだのはあの日ネコ娘に犯した罪。
あんな事は二度と有ってはならない、今度こそ彼女を守り、傷つけまいと己に固く誓う。
一夜が明け、翌日砂かけのおばばや妖怪アパートの住人に心配をかけた事と
孵変後のお披露目をし、この日を境にねこ娘は普通に出かけるようになった。
太陽に姿を晒される事を恥かしがる事も無くなり、
鬼太郎の家に遊びに来る序に薬草の事を目玉の親父に教わるねこ娘の姿も見られるようになる。
「でね~こなき爺ったら”めんこい”なんて言うのよ。」
「あはは…ねこ娘は気にしすぎだよ。」
「え~そぉかなぁ…」
目玉の親父同然、こなき爺や砂かけ婆にしてみれば、
鬼太郎とねこ娘は年端も行かぬ幼い子供でしかないのだが、
ねこ娘の幼い外見に対するコンプレックスは変わらず。
鬼太郎からしても、ねこ娘の言葉や行動にしても危なかしくって…
本当は目が離せないんだと言いたかったが、それは告げずに居た。
年が明け、しけた世の中だと呟くねずみ男の興す妖しげな商売が事件性を帯び始め、
妖怪達の影が渦巻き始めると、それに比例して妖怪ポストの手紙が増え始める。
各方面からの依頼を受けて鬼太郎は仲間たちを引き連れて、
事件を解決に出かける日々が始まった。
――と共に、時より人や人でない者からも誘いを受ける事が増えたのだ。
それは、戦いで滾った血が、脅かされた生命が、
日常であるならば知る事の無い奇妙な体験が
本能的に繁殖行為を促すのだと鬼太郎は知っていた。
一度限りの事、事件が解決すれば関係の無くなる彼女等に
恥をかかせることも無いと鬼太郎は、その誘いを断る事をしなかったが
彼女らに触れる気にはなれず、幻覚を見せてやりすごし
決して一時感情に流されるような事は無かった。
もとより鬼太郎は他者を惹きつける不思議な魅力の持ち主であったが、
美人に弱く、色恋沙汰にもどちらかと言えば初心であった為
異性に好かれても大概プラトニックな関係で済んでいた。
しかし、現在の鬼太郎は異性に言い寄られようとも顔色一つ変えず、
容姿は子供でありながら精神や醸し出す雰囲気は成人男子以上に落ち着いていて大人びており
鬼太郎が意図せずとも、内に抱える深い闇に魅せられ虜になってしまう者が後を絶たなかった。
一度知ってしまうと抜け出せぬ魔性の魅力は、彼女等に一つの行動を起させる。
恥をかかせぬためにその場限りは付き合うが、本当に優しくするのはねこ娘だけ。
傍らに居て欲しいのも、常に見守っていたいのもねこ娘だけだ。
だから鬼太郎は何があろうとも女達に惑わされる事が無かった。
一度限りの付き合いも、幻術により夢現の相手の意識が戻らぬうちに記憶の一部を抜けば、
彼女らは何事も無かったかのように元の世界に返っていく。
だから後々面倒事にならないように、
自分と言う毒に侵された者への後始末は慎重に行っていた。
行っていた筈なのに、まったく予想もしないところで歪が生まれ蝕んでいた。
329:輪廻転生【49】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/26 22:14:32.78 BCLHaLj3
もとより女性は男性の浮気を察知するのが長けた生き物。
例え、まやかしで有ったとしても、彼女達にとってその一瞬は現実。
肉体的にも精神的にも裏切りは無くとも、他の女性と二人きりでいる事実。
やがて、ねこ娘の知る事となるが、
鬼太郎は知られている事さえ気が付かぬままであった。
何故ならば彼女がその事で鬼太郎を咎めるどころか
口にすることすら無かったから。
言える筈が無かった。
鬼太郎の口から直接答えを聞いてしまったら
自分がどうなってしまうのかが怖かった。
はっきりとした”恋人”と言える間柄ではなく、
ただの幼馴染でしかないねこ娘が、
鬼太郎を責めていい理由など見当たるはずも無かった。
極稀に、読書を嗜んでいる時に邪魔した時には不機嫌を露にする事も有ったが、
ねこ娘に対する優しい態度や口調は変らず
優しくされればされるほど、まるで妹にでもなったような気分にさせられる事も屡で
きっと幼い姿になってしまった自分には異性としての興味も
魅力も無いのであろうと思い込むようになっていった。
鬼太郎が好きなのは他の女の人。
それもステキな大人の女性――
季節は巡り、二度目の秋を迎えた日
鬼太郎の家を訪ねたねこ娘だが、ゲゲゲハウスにその姿は無く、代わりに居たのはねずみ男。
もはやお決まりとなった言い合いの際に、
ねずみ男が口にした他愛も無い言葉が、ねこ娘の純真な心を闇に染める。
――永遠に子供
忘れていた、否忘れようとずっと心の奥にしまっていた記憶。
ねずみ男の発した一言が棘のように心に突き刺さり、
孵変により若返り現象を起した恐怖を呼び覚ます。
鬼太郎も目玉の親父も居ないゲゲゲハウスで一人になるのは耐えられなくて、
ねこ娘の足は自然と街の雑踏へと向っていた。
不運な時に悪いことは重ななるもので、重なり合った不運は最悪な事件を引き起こす。
この時既に、ねこ娘は羅刹に魅入られていた。
街の雑踏を彷徨い歩くうちに迷い込んだ路地で髪の長い人間の女性に出遭った。
幼い自分に対するコンプレックスと大人への強い憧れを抱いていたねこ娘には、
女性はとても素敵な大人に映ったのだ。
立ち去る女性がどこへ行くのかが気になり、付いて行くと辿り着いたのは純喫茶。
誘われるように店内に入るが、いつのまにか女性の姿を見失い、
店員に案内されるがままに着いた席で注文したコーヒーはほろ苦く、大人の味がした。
普段は一人で喫茶店なんかでお茶したことがなかっただけに、
ちょっぴり大人な気分にさせられて顔が綻ぶが舌に触る違和感に顔が歪む。
その不快な感触の正体が髪の毛だった。
長い一筋の髪…あの女性のように長い髪の毛
コーヒーのカップの中に入って居れば直ぐに気がつきそうなものなのに…
瞬間、一変したように感じた店内の雰囲気に背筋に悪寒が走り、
立ち上がると足元には群がる髪の毛
それは幾重にも重なり、床を埋め尽くす勢いでまるで生き物のように蠢いている。
その異様な自体に恐怖し、店を飛び出すと駅前の女子トイレに逃げ込んだ。
330:輪廻転生【50】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/26 22:15:48.54 BCLHaLj3
「はっ、はぁっ…っ一体…あれは何だったの?」
駅周辺の雰囲気は変らず、先ほど見てきたものがまるで嘘のようだった。
せっかく味わっていた大人の雰囲気は台無しになり、
鏡に映る自分を見て複雑な感情がこみ上げてくる。
体内に取り込まれた髪の毛入りのコーヒーは徐々にねこ娘を黒く染めていく。
「大人になんか…なれるわけ…無いじゃない…!」
鏡に映った現実、そして悪夢から目を覚ます為に顔を洗った。
冷たい水で顔を洗えば少しはすっきりするかもしれない、瞳を閉じて数回顔に水を浴びせるが、
足首に触れた髪の毛の感触がまだ残っていて――その恐怖に、ふと面を上げれば
「きゃあぁぁっ!!」
そこに映っていたのは確かに自分なのに…見ている前で髪の毛は伸び始め、
勢いを増したそれに視界を奪われる。
自分の身に起きた信じがたい現象に恐怖のあまり声すらも出せず、
絶望の中ねこ娘は意識を失った。
「…」
何故、再びこの場所にに辿り着いたのか?
意識を取り戻した場所は、先ほど髪の毛に襲われた喫茶店の中だった。
アレは喫茶店でいつのまにか眠りこけた自分が見ていた夢だったのだろうか?
「目覚められましたね?」
声の主のほうに視線を向けると、純喫茶の店員の男
「…何故あたしはココに?それに貴方は――」
「私は、ラクサシャというものです。そう、貴女と同じ妖怪です。」
「妖怪…ラクサシャ…?」
「ええ、わざわざ海外から”ゲゲゲの鬼太郎”なる妖怪の噂を聞きつけましてね。
たかだか少年妖怪一匹倒せぬ同胞達が情けなく感じたので私が退治して差し上げようかと。」
ラクサシャの口から鬼太郎の名前が出ると、ねこ娘の表情が一変し身構える。
「あたしを人質にして鬼太郎を倒すつもり?」
「いいえ…貴女には、鬼太郎を誘い出して欲しいのです。」
「――そんな事出来ない。
それにあたしを人質にしたって…鬼太郎は来ないわ。」
331:輪廻転生【51】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/26 22:16:54.66 BCLHaLj3
鬼太郎にとって自分はただの仲間。
誘い出すほどの価値なんて微塵も無い存在。鬼太郎は他の大人の女性に夢中で…
永遠に子供のまま、ましてや大人になんて――綺麗な女性になる事も無い、自分では。
「さぁ?それはどうでしょう。」
ラクサシャは、店のガラス窓の前にねこ娘を立たせた。
ガラスに映るのは店員姿のラクサシャと子供の姿の何時もどおりの自分の姿
「なによ。これが何だって言うの?」
「短気なお嬢さんだ。その姿をよく御覧なさい。」
ガラスを通して自分と視線を合わせるラクサシャがニタリと笑う。
肩に手を置かれ、やがて異変に気がつく
「やだ、コレって…」
やがて髪の毛が伸び始めるガラス窓の中の自分
それに併せるかのように、服が徐々にきつくなり始める。
ようやく自分の身体が髪の毛と共に成長しているのだと思い知らされる頃には、
胸元のボタンは弾けスカートの両脇も破れてスリットのようになっていた。
「ほぉ…ら、どうだね?
この姿が貴女の大人になった姿――だ。」
「これが…あたし?」
ガラスに映ったのは長い髪にウェーブがかかった16~7歳ぐらいの女の人。
背も伸びて、何の変哲も無かった幼児体形の身体は、
女性らしさが溢れた凹凸のはっきりした体つきに。
憧れて病まなかった、大人に成長した自分の姿。
「なかなかどうして、とても綺麗ですよ?
この姿ならば、貴女の意中の人も射止められるやも知れません。」
「大人になった…アタシ…」
「どうですか?この姿を――自分自身の意思で、
いつでも”大人の女性”に変わることが出来たら
…素晴らしいと思いませんか?」
ラクサシャは言葉巧みにねこ娘を誘惑する。
「さぁ、私の手をとるのです。」
その言葉の真意は解らなかったが、”駄目だ”と身体の中で何かが叫んでいる。
「い…嫌よ。」
するとラクサシャはやれやれといった様子で、首を横に振った。
「いいんですか?
ここで私を拒めば、貴女は元の姿に…その姿を永遠に失う事になるだけですよ?」
能面のような顔の口の両端が横に広がり、ニタリと笑う
”永遠に子供の姿のまま――”
332:輪廻転生【52】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/26 22:23:31.90 BCLHaLj3
身体を突き抜けたあの衝撃が再び走る。
普段なら、決して乗る事が無かった悪魔の誘い
しかし、心を深く傷つけられていた今、
ねこ娘はやっと手に入れた念願のこの姿を失いたくは無かった。
そして、自分の意思で何時でもこの姿になれるのなら…
――鬼太郎、あなたは振り向いてくれるの?
攻撃態勢をとっていたねこ娘の手が重力に従い、だらりと下がった。
「フフフ…物分りのいいお嬢さんだ。
妖怪は自分の欲望には素直でなくては――
さあ、この能力で鬼太郎を己がものとするがいい。」
都会の夜空に羽ばたくは一羽の烏。
ねこ娘の認めた手紙を咥え、漆黒の羽を闇に染めゲゲゲの森へと飛んでいく。
・
・
・
・
・
カラン…コロン…人気の無い路地裏に響く下駄の音
”鬼太郎…逢いたい――”の手紙に添えられた地図を頼りに、純喫茶にたどり着いた鬼太郎。
「わざわざこんな所に…しかも一人で来いだなんて、ねこ娘のヤツどうしたんだろ?」
カラン…
店の扉を開けると、空気で解る相応でない雰囲気に戸惑う鬼太郎に、店員が声をかける。
「いらっしゃいませ…此方へどうぞ――」
先に名乗ったわけでもなく、店員に案内されるままに付いた席にはねこ娘が待っていた。
糸売く
333:名無しさん@ピンキー
12/03/26 23:14:27.07 YCIPv/0v
ドキドキ
334:名無しさん@ピンキー
12/03/27 20:25:09.01 lQS2bRQM
キタ━━(゚∀゚)━━!!
335:毛 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/27 21:59:52.13 CnvGRvUa
>>332続き
4部続きです。
昨日連投規制のエラー?らしき表示があったので今日も厳しいかも。
・ 鬼太郎×猫娘・総集編
・ お好みに合わせて◆以下NGワード登録なり、スルーよろしこ
・ 基本は何時だって相思相愛♥
誤字脱字、おかしな所があってもキニシナイ(゚∀゚)!!
336:輪廻転生【53】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/27 22:02:13.00 CnvGRvUa
「…鬼太郎」
「やぁ、ねこ娘。どうしたんだい?こんな所に呼び出したりして」
「ご注文は?」
店員にに言葉を遮られ、そのまま席に着く。
「鬼太郎、何を注文する?
ジュースなんて子供っぽいのは、ダメ・だよ?」
「じゃ、コーヒーを」
「かしこまりました」
「本当はケーキも食べたかったりして?」悪戯っぽく笑うねこ娘。
「いや、今日はいいよ。」
暫くして運ばれてきた2つのコーヒーをそれぞれが手にし
ねこ娘は自分のコーヒーをすすりながら訊ねる。
「ねぇ…男の子と女の子が、純喫茶でお茶をするのって、なんていうか知ってる?」
「え?」
「鬼太郎は子供だよね…」
「…自分だって、子供じゃないか…!」
意味ありげなねこ娘の言葉に、少々むっとした鬼太郎は、口調を強めて答えた。
「アタシが子供?」
「そうだよ。」
「あたしがずっと子供のままだと思った?」
「…ねこ娘?」
ねこ娘がアーモンド形の目を細めて笑う。
普段とは違う雰囲気に、何時しか店の空気も変わっていた事に気がつく。
「あたしだって…なれる。綺麗な女の人に……大人に…なれる――」
ねこ娘の小さな呟きはまるで呪文のように聞こえ、
唱えられるうわ言に併せて目の前の少女は成長していく
「おまえ…ねこ娘じゃないな?!」
「あたしよ?…鬼太郎――今日だって、
鬼太郎の家に遊びに行ったのに、鬼太郎居ないんだもん…
つまらない――。」
先ほどまでは確かにねこ娘だったのに、目の前に居るのは――明らかに大人の女性。
本当にこの人がねこ娘だなんて有り得るのか?とっさのことに鬼太郎は身構えた。
「ねぇ…鬼太郎…あたしのコト…もっと好きになってよ――」
ザワザワ…とした辺りの雰囲気。
やがて、店内全体が歪み始める。
337:輪廻転生【54】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/27 22:03:40.72 CnvGRvUa
「うわ――!!!」
「だって、鬼太郎…大人の女性にしか興味ないんでしょう?
だからアタシ、大人の姿を手に入れたの。
ねぇ、鬼太郎…大人になったアタシなら
好きになってくれる?愛してくれるよね――?」
向かいの席に座っていた筈の成人女性と化したねこ娘の姿は無く、
目の前には爛々と光る目と裂けた口のみの真っ黒な塊
ザワザワと全身を覆う黒いソレは触手のように伸び、鬼太郎めがけて襲い掛かってきた。
髪の毛――?!
「髪の毛綱!!」
襲いくる髪には髪で!!対抗し様とした鬼太郎だが、何せ量が違う。
この店に有るもの全て――店内に居た客さえも髪の毛の創ったまやかしだったのだから
天井から床から壁から、いっせいに鬼太郎に髪の渦が押し寄せる。
目の前のねこ娘は、微動だ似せず目を細めてその光景を眺めていた。
「うふふ…好きよ、鬼太郎――もう誰にも遠慮なんかしやしないわ。
鬼太郎はアタシだけのもの、他の誰にも触れさせたりはしない――」
「ぐぁっ、ねこ娘――目を覚ますんだ!!」
鬼太郎の叫びも虚しく、視界は髪の毛に覆われ真の暗闇に…
ほんの一瞬、視界を奪われる最後
ねこ娘が微笑んだ気がした――
「鬼太郎――!!!」
何者かに取り憑かれ、欲望の塊と化したねこ娘に捕らわれた鬼太郎の元に、仲間が駆けつけ
鬼太郎の救出と共に、ねこ娘から取り付いていたものが離れ、
正気を取り戻したねこ娘の活躍で
印度の羅刹、ラクサシャを倒す事が出来たが、
鬼太郎はこの時初めてねこ娘に全て知られていたことに
知らぬ間に深く傷つけていたことを知った。
何時だって顔を見れば伝えたい言葉が有ったのだが
鬼太郎は自ら自粛していた。
ねこ娘が大事だから、その言葉以外は惜しまなかったし
関係も大切にしてきたつもりだった。
いくら態度で示そうとも、肝心な言葉が足りていなかったのだ。
338:輪廻転生【55】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/27 22:04:41.61 CnvGRvUa
・
・
・
・
・
事件解決後、鬼太郎はゲゲゲの森に流れる小川にねこ娘を誘い出し、ソフトクリームを手渡した。
「せっかく持ってきてくれたケーキ、台無しになっちゃったからさ。」
「ありがとう。」
一瞬明るい笑顔を取り戻したかのようだったが、直ぐにその表情は暗く沈む。
その理由も解っていたが、肩にポンと手置くとねこ娘がはっとしたようにこちらを振り返った。
「ソフトクリームが溶けてしまう前に食べちゃおうよ。」
「…そうだね。」
川岸に二人仲良く隣り合わせに座り、
素足を川の水につけてブラブラとさせ、暫く無言で食べていた。
鬼太郎は先に食べ終わると、ねこ娘の表情を窺い見る。
何時も明るい笑顔を絶やさぬ少女に、
こんな顔をさせてしまったのが自分だと思うと胸が締め付けられる思いがした。
ねこ娘の心の隙に撮り憑いたラクサシャは許せないが、
その隙を作るきっかけとなった自分はもっと許せなかった。
今直ぐにでも抱きしめて、その愛らしい唇に口付けたい衝動に駆られたが――
「…ごめん、ねこ娘。」
口から毀れたのは謝罪の言葉。
これまでも幾度と無く、欲望を抑え
このように平静を装い彼女に接してきたのだろう。
でも、二度とあの時のように、恐怖で怯え切った瞳で見られたくなかった。
俯き加減だったネコ娘は目を見開き、弾かれたように鬼太郎のほうを向く。
大きな瞳にはうっすらと涙が滲み、ふるふると力なく首を振った。
「違うよ鬼太郎…謝らなきゃいけないのはあたしなのに――。」
「いいや違わない。悪いのは僕の方だ、守るべき君をこんなに傷つけてしまったんだから…」
「――やっぱり、鬼太郎にとってアタシって、小さい子供でしかないんだよね。」
「えぇっ?!何を言って…」
ねこ娘は言葉を躊躇っているのか、下唇をきゅっと噛んだ。
「そんな事無いよ、一体どうしたんだい?」
「だって…鬼太郎あたしの事――見てくれないじゃない…」
孵変を迎えて時期2年になろうと言うのに、鬼太郎からの積極的な行動は一度も無かった。
何時も一緒で、事件に巻き込まれれば身を挺して庇ってくれた。
優しさに甘えて我侭を言った時も付き合ってくれた。
どんな時でも優しくて…優しすぎて、異性として見てもらえない事が辛かった。
繋がれた手は、幼い妹を守る兄のように思えた。
339:輪廻転生【56】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/27 22:05:50.37 CnvGRvUa
「もう隠さなくってもいいよ…アタシが子供だから、
だから鬼太郎…他の大人の女の人と――するんでしょう?」
自分を見ていた顔はいつの間にか俯いていて、前髪に隠れて表情は見て取れなかったけれど
震える声に、その瞳は涙に濡れているのだと気付く。
鬼太郎は怖かったのだ。
先の孵変で自分がネコ娘にした罪。
もう、あんな思いはさせたく無かったし、二度と味わいたくなかった。
おばばの妖怪アパートで孵変後の姿を始めて目にした時に再び一目惚れ、
日々を共にするうちに募る愛しさに、現実では適えられぬ欲望を夢に見ることすらあった。
あの日、愛しい想いの影に知った狂気、深い愛故に壊したくなる衝動に、
どうしても自分が許せずに居た。
愛しい少女を手にした自分を抑制する自信が無くて、
激情に流されぬよう自然と距離置いていたのだが、
それが却ってねこ娘を不安にさせていたなんて思いも寄らなかった。
決して隠していた訳ではなかったが、
流石にその口からはっきりと事実を言われれば後ろめたい気分にさせられる。
鬼太郎からすればその場限りで終わる事。
逐一報告するような事ではないのだが、もとより嘘をつくのは上手なほうではない。
ねこ娘に問われれば、鬼太郎は隠す事無くありのままを話してしまう。
但し、一番肝心要の部分をねこ娘は理解しておらず
最悪なことに――誤解は解けていなかった。
「ち、違うんだ。それは…」
「あたしに言い訳なんてしなくてもいいよ?
解ってるもん――誰だって、綺麗な大人の女の人のほうが…
鬼太郎だってそうでしょう。」
もどかしい――伝わらない想いがもどかしすぎて、
鬼太郎はたまらずねこ娘の唇を奪った。
想像もしていなかった出来事にねこ娘の頭の中は真っ白になり、
瞳の瞳孔は驚きに縦長に細く伸びる。
「…ゴメン。許されない事も、卑怯なのも解ってる。
こんなタイミングで君に口付けた僕を軽蔑してくれても構わない。でも――」
今までずっと胸の中で書け繰り返し言い続けていた言葉を、今伝えずには居られなかった。
「スキ――だよ、ねこ娘。」
あの時学んだ"言葉”にしなければ伝わらない想い。
解っていたけれど、ずっと自粛してきた言葉。
ねこ娘に何時だって囁き、伝えたかった。
自分がこんなにも彼女を想っている事を
「…うそ」
思いがけない鬼太郎の言葉に、ねこ娘は身体を硬直させた。
340:輪廻転生【57】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/27 22:07:21.86 CnvGRvUa
「嘘なんかじゃない。
何時だって君の顔を見れば”好きだ”と心の中で唱えていたよ。
でも、僕には口にする資格が無かった。」
「鬼太郎…」
「あの日僕が君にした事は決して許される事じゃない。
なのに君は優しくて――。」
いっそ泣き喚いて己の非を罵ってくれた方が楽だった。
その方が情けなく許しも乞えただろう。
けれど、鬼太郎を責める事も無く、
ねこ娘は常に傍で支えて居てくれて、いつも明るい笑顔を絶やさなかった。
その笑顔に幾度と無く救われたことだろう。
その優しさにどれだけ甘えていたのか
「ずっと、ずっと許して欲しかった。
僕の全てを投げ出して償えるものならば償いたかった。」
「もういいよ、いいのよ…鬼太郎。」
普段は落ち着いて物静かな鬼太郎が取り乱した姿を見て
ねこ娘は思わず抱きしめた。
鬼太郎がずっとあの日の事を背負っていたなんて、
それも自分よりずっと深い傷を心に負って
「もう自分を責めるのはやめて?
あれは、あたしたちお互いが素直になれなかったのが悪いんだもん。
鬼太郎だけの罪じゃ…ないよ…。」
「ねこ娘…」
「でも、鬼太郎…すごく怖かったんだよ?」
「――ごめん…でも、苦しかったんだ。
君が他の誰かのものになったと思って…気が違いそうだったよ?」
あの時、素直に話せなかった事が、伝えられずに居た想いがこうして言い合える。
本当に、何故あの時それが出来なかったのだろう。
「あたしも…だよ?だから――他の女の人に触れちゃ…いや」
「誓って触れてないよ、誰にも。
確かに誤解されるような行動だったし、証明できるものは…何もないけど。
彼女たちを慰めるために、幻術をかけていただけなんだ。」
鬼太郎はホトホト困り果てた様子でねこ娘に訴えた。
この最悪の誤解だけは何としてでも今!解決したかった。
「ほんとうに?」
瞬きをしたら滴が溢れそうなほど潤んだ瞳で、ねこ娘は鬼太郎を見つめた。
ねこ娘だって本当は鬼太郎は潔癖だと信じていたかったのだ。
でも、ほかの女性と一緒に居たという事実がねこ娘を不安にさせていた。
341:輪廻転生【58】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/27 22:11:10.27 CnvGRvUa
彼女はきっと、見た目と同じく穢れを知らぬ純真無垢な少女のままなのだろう。
ただ、鬼太郎には一つ気になることがあった。
以前は時より姿を消すことがあった。
それが何を意味するものか知ってからは、
ずいぶん残酷な事をしてしまったと思い悩んでいたのだが――
「…ところで、ねこ娘。
その…君は、季節の――は、
大丈夫なのかい?」
「季節…の?」
「その…ほら、春とかに…
僕は必要ないのかな?…って。」
「…にゃっ!?」
ようやく鬼太郎の言った言葉を理解したねこ娘は
全身を硬直させて赤面した。
今頃になって鬼太郎と触れた唇が熱くなり、早鐘を打つ鼓動が耳まで響く。
急に鬼太郎の隣に座っているのが恥ずかしくなって
彼の顔をまともに見られそうもなく、スカートの裾を握りしめる。
「う…うん…まだ、まだなの。」
「――そう。」
気にしていた事だけど、ねこ娘が一人苦しんでいないのならば、それは良かった。
良かったけれど――
ものすごく残念そうに溜息をついた後、
鬼太郎はねこ娘の顔を下から覗き込んで言った。
「でも、これからは我慢なんてしないよ?
君の本心も知ってしまったしね。
ねこ娘は”自分を見て”って言ったけど
僕が今までどんな目で君を見ていたか
どれだけ君を好きなのか教えてあげる。」
「やだぁ…恥ずかしいよ。」
ねこ娘は鬼太郎を紳士だと思っていたから
この大胆発言に驚きを隠せなかった。
反射的に両手で顔を覆おうとしたが、その手は捉えられ
思わず鬼太郎のほうを見た。
彼は静かに、真っ直ぐにねこ娘を見つめていた。
「僕ももう逃げたりしないから、ねこ娘も逃げないで?
君を誤解させたり、悲しませるような事は…二度とやらない。
約束するよ?誰よりも君が好きだから。」
「ん…あたしも、鬼太郎が…好き。誰よりも――」
夕日に照らされ長く伸びた影がゆっくりと一つに重なる。
互いを大切に思うが故に、相手を傷つけてしまっていた事を知り、
それを乗り越えた二人の結びつきはよりいっそう硬くなった。
糸売く
342:輪廻転生【57.5】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/27 22:18:03.14 CnvGRvUa
コピペミスしました。
57と58の間に下記文章が入ります。
――
>>340続き
「本当だよ、それだけは信じてほしい。
だって、君じゃなきゃ…
ねこ娘以外じゃ僕の体が反応しないんだ。」
「うん…?」
鬼太郎は上目づかいにねこ娘の表情を探るが
彼女は彼の言った意味を理解できていない様子で
キョトンとしている。
>>341へ
343:名無しさん@ピンキー
12/03/28 02:06:55.87 lKHHwaLN
すごく納得してしまう
5期に行って実写も…読んでみたい
344:毛 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/28 21:49:59.29 w6d+ok8Y
長編にお付き合いいただき有難うございます。
>>343
5は消化できたらいつか続きとして書いてみたいです。
過去にも投下しましたが、鬼太郎の他に蒼兄さんや黒ちゃんがいて
一筋の妄想が難しいのが困りもの
しかも5は、他にもいろいろ要素が盛りだくさんで
個人的にはオカマと魔女っ娘がツボでした。
映画verは3部張りに切ない感じになっちゃいそうです。
>>341続き
引き続き4部です。
・ 鬼太郎×猫娘・総集編
・ お好みに合わせて◆以下NGワード登録なり、スルーよろしこ
・ 基本は何時だって相思相愛♥
誤字脱字、おかしな所があってもキニシナイ(゚∀゚)!!
345:輪廻転生【59】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/28 21:51:29.76 w6d+ok8Y
・
・
・
・
・
時代に大きな影響を受けたのか、それとも例の件が強く尾を引いたのか、
一見、冷静で落ち着きのあるように見えた少年、鬼太郎は
他者の痛みのわかる優しい心を持ち合わせていた。
移り行く時代に翻弄される仲間達、新旧の交代。
何かを守る為に命を落としていった仲間、人に伝わらぬ思い――
遭遇する事件の解決が何時も晴れ晴れしたものとは限らず、結末に疑問を抱いたり
やり切れない思いを抱える事もあった。
後にこれらの経験は妖怪アパートを発展、
ゲゲゲの森の存在自体を大きく変える動機となる。
ゲゲゲファミリーばかりではなく、
ゲゲゲの森や人間界に住まう妖怪達の現在を直に見て知り
人との共存を果たすのは決して容易い事では無いと解っていても、
心根優しい鬼太郎だからこそ、悪夢に襲われ妖怪ノイローゼを発症した。
それは、妖怪代裁判で打ち破られた陰謀に加担していた百ん爺の逆恨み
『睡眠』は3大欲の内の一つに数えられ、
妖怪といえども生きていくためには欠かせない休息の時。
一日の疲れを癒し、精神の均衡を整える為にとても重要な役割を果たしているものでもある。
それを『悪夢』に変えられ、
夢の中での出来事があたかも現実であるように、肉体にも影響を及ぼす。
目の前で眠る鬼太郎の身体には、
次々と決して軽いものではない不自然な傷跡が浮かび上がるのだった。
ねこ娘は堪らず、鬼太郎の傷に自分のハンカチで手当てをしたのだが、
このことで鬼太郎が何か閃いたようだった。
夢の中で戦う事を決意した鬼太郎は、
戦いに備えゲタとチャンチャンコを身につけ眠についた。
ねこ娘は傍らで、鬼太郎が放ったゲタを拾い足に履かせるという事を繰り返していたが、
事態は好転するどころかどんどん深みに堕ちて行くばかり。
初めは戦う事で、抜け道を探した鬼太郎だが、
変らず繰り返される悪夢と睡眠不足。
肉体や精神の健康を奪われ、やがて妖怪ノイローゼを発祥する。
悪夢に対し恐怖するようになり、休息であるはずの睡眠をとる事を精神が拒み、
眠ることによって精神を安定させる事が十分に出来ぬ鬼太郎の精神はやがて蝕まれていく。
このままでは拙いと、井戸仙人に相談し、
その原因と解決の糸口を授かり、向ったのは恐れが淵。
ここでは己が抱いた恐怖が、悪夢の如く実体化し襲い掛かってくる。
悪夢によりすっかり精神が弱っていた鬼太郎は、忘れていた。
何時如何なる時も『一人ではなかった』事に
常に仲間が支えていてくれた。
自分の傍らには、最愛の存在――ねこ娘が微笑んで居てくれた。
それを思い出させてくれたのは、ねこ娘が手当ての時に巻いてくれた、彼女のハンカチ。
何時だってそうだった、釜なりのときも妖怪塔の時も、彼女は自分を信じて支えてくれた。
346:輪廻転生【60】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/28 21:52:24.19 w6d+ok8Y
此処へ来る時にも、自分が必ず立ち直って帰ると信じて、皆で待っていてくれている。
帰らねば、何を自分はこんなところでやっているんだ。
約束したではないか「二度と悲しませるようなことはしない。」と
自分を信じて待っていてくれる仲間の居るゲゲゲの森へ
ねこ娘の元へ帰らねば――
「僕は、僕は”ゲゲゲの鬼太郎”だー!!」
鬼太郎は己を取り戻し、父と共にゲゲゲの森にあるゲゲゲハウスに帰還した。
「お帰り、鬼太郎――!」
ゲゲゲハウスにねこ娘の声が響く。
胸に抱きついてきたねこ娘の背に腕を回し、鬼太郎は静かに微笑む。
ねこ娘は瞳を潤ませ、鬼太郎の顔を見上げた。
「ただいま、ねこ娘。…ゴメン、ねこ娘に貰ったハンカチ、
恐れが淵で無くしてしまったみたいなんだ」
「いいよ、鬼太郎が無事で帰ってきたんだもん。鬼太郎…」
ねこ娘は鬼太郎の胸に顔を埋めた。
幻ではない鬼太郎の存在に、
確かに帰ってきたのだと実感すると涙は溢れて止まらず、
鬼太郎の服に吸い取られていく。
「ありがとう、ねこ娘。君のおかげで帰ってこれた。
あのハンカチのおかげで、僕は大事なものを見失わずに済んだんだ。」
ねこ娘のハンカチは恐れが淵で失ってしまったが、
自分を信じて待っていてくれた仲間の存在を、
もう忘れることは二度とないだろう。
自分は一人ではない。今も、これからもずっと。
それから直ぐ、立ち直った鬼太郎を深い悲しみに落とす事件や
八百八狸の大騒動もあったが、鬼太郎が挫けることは無かった。
散々絡んできたぬらりひょんも、
妖怪王の一件妖力を使い果たしたのか、
悪さをする力も失われたようで、妖怪がらみの事件はめっきり減った。
・
・
・
・
・
「――静かだね…」
ゲゲゲハウスに遊びに来ていたねこ娘が、とても退屈そうに言う。
平和な日常に、目玉の親父も子啼き爺の所へ将棋を指しに行ったのか
その姿は無く、鬼太郎と二人きりのようだ。
347:輪廻転生【61】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/28 21:53:31.41 w6d+ok8Y
「そうかい?たまには良いんじゃないかな…」
鬼太郎は本を片手に返事をする。
その様子をそっけないと感じたのか、
ねこ娘は床に転がると鬼太郎のほうを見た。
「鬼太郎…こんなに天気が良いんだから、外に出ようよ。」
「う~ん…」
本がよほど面白いのか、
返事を渋る鬼太郎の視線は開かれた頁に釘付けで、
痺れを切らしたねこ娘は顔を覗き込む。
「ねぇってばぁ…」
「ん…」
本に集中している様子の鬼太郎に、
ねこ娘は頬を膨らませてふててしまった。
鬼太郎はねこ娘に気取られぬよう時より本から目を放しては、
彼女の様子を楽しんでいるようだった。
その証拠に、ねこ娘がこちらを見ようとすると、
何気ない顔で本に視線を戻す。
ねこ娘は、暫く天上を見つめ何かを考えていたようだが、
良案でも思いついたのか、鬼太郎の真横に寝転がり、脇に頭をつける。
「お、おい…ねこ娘。」
予想外の行動に、鬼太郎は少し驚いたようだったが、
口調は照れた感じだった。
「だって詰まんないんだもん。
だからあたしも鬼太郎と一緒にするから、本読んで?」
「しょうがないなぁ…」
ねこ娘と視線の合った鬼太郎は、
にこりと微笑むと腕枕し、二人で本が見えるように開いた。
暫く声に出して読むうちに、
ふと気がつけばねこ娘は鬼太郎の腕の中で寝入ってしまっていた。
穏やかな寝息を立てるね彼女を起こさぬよう、
本をそっと置くと小さな身体を抱き寄せ、鬼太郎も瞳を閉じた。
何時か、妖怪と人間が分かり合える日がくれば、
何時でも穏やかな時を二人で過ごすことが出来るのだろう。
どんなに遅い歩みだとしても彼女と共に大人への階段を翔けて行きたい。
そう願いながら、ねこ娘の頬に口付けたのは、最後の戦いの前だった。
「妖怪天国ツアーに行かねぇかい?」
春も近づいたある日の事。
怪しげなツアー話をねずみ男が持ってきた。
砂かけと子啼きの付き添いと進めもあって、父のツアー参加を快く承諾した。
348:輪廻転生【62】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/28 21:55:11.96 w6d+ok8Y
何故ならば、自分は既に前の地獄旅で母に再会を果たしていたし、
何よりも好いた娘が傍に居る今、父の気持ちが何となくわかるからだ。
実際見送りに行ったときの列車はちゃんとしたものだったし、
平和そのものだったから留守を守るぐらいなんでもないと思っていた。
なにより、ねこ娘と一緒だったから。
しかし、それが死神とヒ一族の巫女の罠だとは知るよしも無かった。
そして再び母に助けられようとは。
父と入れ替えにゲゲゲハウスに現れた、
ヒ一族の巫女扮する偽母に気がつかず、毒入りの食事を食べてしまい苦しむ鬼太郎。
異変を察知し現世に来た夜行さん、
そしてねこ娘は成す術が無くただうろたえるだけであった。
其処へ現れたのが、地獄にしか咲かぬ毒消し草の花一輪とアゲハ蝶。
虫や生き物とも心通わす鬼太郎だが、
不思議な偶然よりも鬼太郎の危機を救うほうが優先された。
そして、「妖怪天国ツアー」そのものが怪しいと知り、
父と同行した砂かけ達を追って地獄へ向った。
白蛇と化したヒ一族の巫女に苦戦する鬼太郎の前に、
再び現れた蝶にまたしても危機を救われた鬼太郎は、
蝶の背後にぼんやりと人の姿を見た。
母の名残だという、人形を渡されて鬼太郎はあの蝶は自分の母だと悟った。
あの時、母が現世に残した言霊は、
大気と共に見えなくとも常に夫と子供を守っていたのだ。
わざわざ「妖怪天国ツアー」などに参加せずとも、妻は常に傍に居た。
会いに行こう等と、今思えば馬鹿な事を考えたものだ。
病により愛した妻を失い、
自分は唯一病に犯されていなかった目玉に魂を宿らせ今の姿になった。
ゲゲゲの森と呼ばれるようになったこの場所に腰を落ち着けてから
どのくらいの時が経ったのだろうか?
ふと、高い天井を見上げると茶碗風呂の湯がチャポンと言う音を立てた。
”あなた、あまり長湯をしては身体に毒ですよ?”
「――うん?」
瞳を閉じれば目蓋の裏に、自分を心配して覗き込む妻の姿が見え、返事をする。
例えその姿は見えなくとも、妻は何時だって傍に居たのだ。
あの時、妻の身は失われ魂は地の底に引き戻されてしまったが、
互いを思う気持ち、我が子を愛しむ思いは同じだった。
身を置く世界の違いはあれど、心は常に一つであったと気が付いた今は、
こうして妻の存在を感じることが出来る。
今は亡き愛妻は、幽霊族の女ではなく異種族の女であった。
ただ、幽霊の血を引く奇妙な血統に生まれた女では有ったから、
人間よりは近い種族の出であったのかもしれない。
しかし、既に数少なくなっていた幽霊族の生粋の血統を守ってきた一族からは
当然婚姻を反対された。
祖先が地上に現れた人に追われ、
争いごとを避けるように隠れ住い此度まで生きてきた一族は、
酷く人間を恐れて居た為に、僅かに人の血を残す妻を娶る事は許されなかった。
349:輪廻転生【63】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/28 21:56:22.15 w6d+ok8Y
一族よりも妻を選んだ男は慣れ親しんだ地から離れ、
一族が恐れて近寄らなかった人界へと降りたったが、
人目に触れるように生活を始めた。
この世にたった二人きり、並々ならぬ苦労はあったが幸せだった。
生まれ故郷を去った後に、一族が全滅すると言うショックな出来事もあった。
なかなか子が授からずに悩んだ時もあったが、
妻と共に過ごした掛替えの無い日々は本当に幸せだった。
最愛の妻を失うと同時に、授かった我が愛息子…鬼太郎
異種族の妻の腹から生まれた、
幽霊族の血を継ぐ我が息子は強靭な肉体と能力を授かり、
不死とも言える命を得て父子共々いつしか妖怪と呼ばれるようになった。
外で仲良く戯れる童子童女を見ていたら、ふと己の時の歩みを思い出した。
あの時、自分が妻に惹かれた様に、息子もまたあの少女に惹かれるのだろう。
それは生粋とはいえぬ、互いの存在の為なのか、
内に流れる唯一の同族の血…人の血が本能的に呼び合うのかは解らない。
ただ、二人が…他の誰もが気づく事の無い、
目に見えぬ奇妙な縁に結ばれている事だけは確かだった。
異性の幼馴染として繋がれていた幼い手は、
やがて恋人同士として繋がれるようになるのだろう。
そして自分が妻を娶ったように、一生を添い遂げる伴侶と為るに違いない。
この世に生を受けた時に付けた名に恥じる事無く、
強く逞しく育った息子の傍らには幼馴染の少女が妻として寄り添っって行くのだろう。
自分が選んび、今まで歩んできた道も、
息子が選びこれから歩もうとしている道が正しいかどうかは解らない。
父は只、息子が選んだ一族の行く末を若い二人にに託し、見届ける事しか出来ない。
繁栄しても、例え滅びの道を進むにしても。
それが「死」を拒絶してまで現世に止まった自分の定めなのだ――
”私達の子は――逞しく育ってますね。”
「うむ――あれに勝る宝などない…自慢の息子じゃよ。」
風に撫でられ、妻の髪がさらりと揺れる。
そよ風に運ばれてきたのか茶碗風呂には桜の花びらが一枚。
”あら、近くに花が咲いているのかしら?”
「かもしれんのう。」
チャポン…手ぬぐいでぬぐうと湯船が揺れ水音が静かに響く。
今まで歩んできた道のりが正しかったとは言い切れないが、
自分が選んだ道が間違っていたとは思わない。
なぜならば――
「わしらは素晴らしい息子に恵まれた。そうは思わんか?」
”そうですね”
おぼろげに妻が微笑む。
妻を選んだことで、素晴らしい仲間、
そして何者にも代え難い大切な宝物である息子を授かる事が出来た。
350:輪廻転生【64】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/28 21:57:30.92 w6d+ok8Y
事件など無い静かな時に身を浸し、幸せに酔う目玉の親父であったが、
孵変の時が近いのを長年の経験から察知していた。
約十年おきに興る人間界の大きな変化は、人に身近な妖怪ほど影響を受けやすい。
避けられぬ運命、来るべき時には、又歩む道を選ばなければならなのだ。
時の流れを肌で感じ、
新たな時代の訪れを予感しつつある目玉の親父とは対照的に
鬼太郎とねこ娘は、何も知らまま
変わらぬ日々を過ごしていた。
ゲゲゲの森を抜ける薫風にピンク色のリボンを靡かせ少女が一人。
手土産を持って向かうは、ゲゲゲハウスに居るであろう少年の元へ。
「こんにちは、鬼太郎居る?」
木の梯子を上がり、
そっと簾を持ち上げて覗くと床の上で読書中の少年の姿があった。
「やぁ、ねこ娘。良い所へ来てくれたね。」
「”いい所”って…?」
言われた意味が解らず、小首をかしげる少女に対して少年は微笑んで手招く。
ねこ娘は招かれるままゲゲゲハウスに入り、
手に持っていた袋をちゃぶ台の上に置いた。
「この辺に座ってくれるかい?」
「いい…けど?」
少年は自分の頭の近くへと少女を座らせ、
その膝へと頭を乗せて仰向けになる。
「有難う。」
驚きに瞳を丸くしたが満足そうな顔で見上げられ、
何も言う事が出来なくなってしまう。
「…何の本読んでるの?」
「これかい?この本は、薬草に関する本だよ。
父さんが井戸千人に借りた本なんだけど、面白くてね。
ところで、ねこ娘は僕に用事があったんじゃないのかい?」
「あ…うん。
えっとね、オババが桜餅作ったから鬼太郎にって。
あたしも一緒に作ったんだよ。」
「有難う。後で一緒に食べようか。」
「うん!」
ねこ娘の膝枕、仄かな甘い香り。
眠気を誘われて鬼太郎は大きなあくびを一つする。
「そういえば、今朝から父さんの姿が見えないんだけど
ねこ娘、知らないかい?」
「あれ?親父さんならオババ達と一緒に出かけたよ。
それでオババが朝から色々作ってて
あたしも一緒にお手伝いしたんだよ。」
「…そう。」
眠気に襲われた鬼太郎の朦朧とした返事に、
お喋りに夢中になり始めたねこ娘は気が付かない。