12/01/05 00:54:27.95 AwuSLiQX
※※※
梅雨も開けた盛夏の強い日差しも軒に遮られて差し込んではこない。
よく晴れて清々しい天気だが、それでも耐え切れない暑さを少しでもしのげるように
蝉の羽のように薄い生絹の単ばかりを着、すっかり熱も引いて
床上げの済んだネコ娘は襖の開け放たれた部屋で風に当たっていた。
蒸し暑い空気を拭うように肌に風が抜けるのが心地よい、
目を瞑って風に身をまかせていると、耳に入ってきたのは聞きなれた声。
「鬼太郎!」「もう、すっかり、いいんだろう?」
鬼太郎が日差しの強い軒下に立っていた、日の光を背にして
全体が濃い影になっているので表情は見えないが、
優しい鬼太郎は会わずにいた間もきっと心配してくれていたのだろう。
「ゴメンね、せっかく来てくれたのに」
「熱が出てたんだろ、仕方ないさ」
そんなことより、大丈夫なら少し歩かないかい と誘われて、ネコ娘も日差しの下へと歩み出た。
※※※
木陰を、水辺を二人で他愛もない話をしながら歩くうち、ネコ娘はあの奇妙な熱のことも、
その間は会わせてもらえなかった事も忘れて明るい笑顔を浮かべていた。
視界が開けると、日差しと木陰とが混じり合う誰もいない美しい浅瀬が姿を表す、
この森はどこも美しいのだが、その中でもネコ娘のお気に入りの場所の一つだ。
水辺へ踏み込んで手を振る鬼太郎を追いかけて着物の裾をめくって水辺へ駆け込むと、
腹を紅色に染めた魚たちが体をきらめかせながら足元を逃げていった。
243:三期大奥 ◆F/SJSONz34bK
12/01/05 00:56:24.12 AwuSLiQX
※※※
互いに水を掛け合ったり、魚を捕まえようとしたり、
久しぶりの外遊びに嬉しそうに声を上げて笑うネコ娘、
ネコ娘と同じく魚を追うふりをしながら鬼太郎の目は魚よりもネコ娘を追いかけていた。
膝までまくり上げた白絹の単の裾からは白い滑かな足が伸び、
動くたびに肌の色より少しだけ濃い朱鷺色の蹴出しがちらちらと覗いている。
「鬼太郎?」
動きを止めた鬼太郎を不思議に思ったのかネコ娘が声をかける。
清らかな水と明るい日差しが薄衣を透かして……ある一つのことを
思い定めて来た鬼太郎には、ネコ娘は生まれたままの姿で水面に立っているように見えた。
「どうしちゃったの? 上がって、少し…休んだほうがいい?」
棒立ちになったまま動かない鬼太郎が心配になったのか、様子を伺うように
ネコ娘が近づいて来て、そっと鬼太郎の手を取った。
陽光が、水面のきらめきが、少女の体の滑かな曲線を透かし出している、
鬼太郎は強い衝動を押さえるように大きく頷いて、手を引かれるままに歩き出した。
******つづく******
次回は暴走鬼畜太郎さんのターン(予定)
244:名無しさん@ピンキー
12/01/05 20:33:09.01 c5bJmzJ3
続きktkr
245:名無しさん@ピンキー
12/01/06 20:44:39.94 flDT2Irr
鬼太郎イケ駄菓子菓子猫娘を泣かせてくれるな鳴くのなら良し
246:11-819 ◆F/SJSONz34bK
12/01/08 18:21:19.17 PW66LX0X
三期キタネコ×大江戸パロディ続き1レス投下します。
今日深夜か明日にはこの節の終わりまで投下の予定。
247:11-819 ◆F/SJSONz34bK
12/01/08 18:23:15.30 PW66LX0X
※※※
日の光に温められた水辺の大岩に二人並んで腰掛ける、ネコ娘は岩の熱さに触発されて
水を払うようにぷるぷると体を震わせ「やっぱり、冷えちゃったよね」と言ったが、
鬼太郎はそれには答えず、つながれていた手を握り返した。
まだ少年らしさを残しているものの、肉厚でしっかりとした鬼太郎の手のひらは
うっすらと汗ばんで熱く、冷えてなどいないことを物語っていた。
顔を見つめるネコ娘から目を逸らして口を開く、薄紅のなめらかな肌を
見ながらではまともに話せそうになかった。
「ネコ娘……ネコ娘は…」
言いたいことは……確かめたいことは、そう込み入ったことではないはずなのに
うまく言葉にならない、しばらく前に訪れた体の変化のこと、数日前に父に知らされ、
問われたこと……知ってしまったことが胸に渦巻いて言葉がつかえる。
「……ここが好きだっただろう、どこにも行かないね」
「急にどうしたの鬼太郎…… 熱が出ちゃったの?」
搾り出された言葉の不可解さにネコ娘は心配そうに身を寄せ、
額を合わせようと、鬼太郎に覆いかぶさるようにして顔を覗き込もうとする、
鬼太郎の掌からネコ娘の手がすり抜けて、鬼太郎は取り逃すまいとネコ娘の肩を強く掴んだ。
「ネコ娘……僕は大人になったんだ」「ネコ娘も…そうだね」
言葉の勢いのままに押されて尻もちをつき、あべこべに鬼太郎がネコ娘に覆いかぶさる、
鬼太郎は……今まで見たこともない目をしていて、ネコ娘は口をきくこともできずに頷いた。
確かに……確かにそう言われた、もう膝の出る着物は着ない、
耳の後ろで揃えられた髪はこれからは伸ばすのだと言われた。
でもそれが一体どうしたと言うのだろう、鬼太郎が見知らぬ存在のようで
恐ろしいのに、逃げ出すことも目を反らすこともできない。
「鬼…太郎?」縋るように名を呼んだ声はかすれてかすかに震えていた。
「どこへも行かせるもんか……ネコ娘っ!」
引け腰になっていた体を引き寄せられて熱を帯びた胸板に体が密着する、
頬と頬が触れ合って、唇が何か柔らかなもので塞がれた。
息ができなくなって頭の芯がぼうっとしはじめた頃ようやく唇が離される、
目の前では真っ赤な顔をした鬼太郎が荒い息をしていた。
口づけだった、戯れに頬や額にしたことはあるが、唇にされるのは初めてで、
咳き込むように必死で息をしながらも頬が熱くなっていくのを感じる、
嬉しいのか、恥ずかしいのか……恐ろしいのか、判らずにいるうちに抱き倒された。
*******つづく******
早くラブラブだったりエロエロだったりの部分へたどり着きたい。
248:11-819 ◆F/SJSONz34bK
12/01/09 03:40:16.76 7QF1npif
三期キタネコ×大江戸パロディ続き
3レス程度
無理やり…のシーンなのでご注意
249:三期大奥パロ ◆F/SJSONz34bK
12/01/09 03:41:53.76 7QF1npif
ネコ娘の細い体を覆い尽くすように鬼太郎が抱きかぶさる、
背中の岩から陽光の暖かさを、胸の上に鬼太郎の体の熱さを感じ、
酸素を求めて喘いだ唇に、もう一度唇が重ねられ、
今度は熱い舌が唇を割り開いて押し入ってくる。
手が肩から滑り降りて胸のふくらみを掴むように押さえられ、
感じた鈍い痛みに思わず漏れた声は鬼太郎の口の中に飲み込まれた。
口づけも、抱擁も考えたこともない類のもので恐ろしいのに、
鬼太郎の手はとどまることなくネコ娘の体を這いまわる。
柔らかな胸を揉みあげ、脇腹をまさぐり、腰の曲線を撫で、
口を開くたびに唇が深く重ねられ、舌や歯を蹂躙されて
しびれるような感覚に力を失った唇の端からは混じり合った唾液が伝い落ちた。
肌の上にはっきりとした熱を感じてネコ娘の身が跳ねる、
胸の上に置かれた手がひどく熱く感じたのだ、
鬼太郎が身を上げると、いつの間にか着物が大きく開けられて
上を向いた二つの丘からへその辺りまでが白日の下にさらされていた。
「あ……」再び下りた唇が喉を辿り、胸乳の上へとたどり着く
「い…にゃ…」噛み付かれたのか胸の先端に熱と痛みが走る、
鬼太郎の着物の下にある何か固いものが体に当たっている
必死で声を殺しながら不安で仕方なくて縋るものを求めて鬼太郎の背にしがみつく。
「ネコ娘……僕と…」
鬼太郎が乳房にむしゃぶりつきながら何事か言っている、
「にゃうっ!」
また”噛まれ”て思わず声が上がる、
その声に顔を上げた鬼太郎はやはり尋常ではない目付きで、
喰い付かれていた胸の、桜色だった乳首は
つんと尖って紅梅のような色に照り光っていた、
自分の体に起こった変化を呆然としているうちに、
鬼太郎が自身の着物を開け下帯に手をかけた、
見てはならない気がして目を背けると、むしりとるような勢いで
蹴出しごと裾が開かれて足の間に熱を持った固いものが押し当てられ、
固い”何か”が鬼太郎の体の一部だということに気づいて息を呑む。
250:三期大奥パロ ◆F/SJSONz34bK
12/01/09 03:43:59.42 7QF1npif
「ひぁ……」
思わず腰をひこうと身じろぎするとがっしりと体を押さえられた。
「僕の……僕のものだ!どこへもやるもんか!」
柔らかな肌に指を食い込ませながら呻くように叫ぶと、
足の間に挟み込んだネコ娘の体の中心へ自身を押し進め、
白い太腿に、ふっくらとしたまだ無毛の恥線に、たぎったものが突きつけられる。
「いっッ……」
押し付けられた部分に鈍い痛みを感じて顔を歪めたが、
構わずに熱いものの先端が押し付けられる。
「やぁ……」
そのまま腰をがくがくと動かし始めた鬼太郎に
容赦無く揺さぶられて必死に背中にしがみついて耐える、
恐ろしさと何かがないまぜになったものが胸にあふれて
名前を呼ぶ鬼太郎の声が遠く聞こえる、
ずっと自分は鬼太郎のものだと思っていたけれど、
鬼太郎の思うところとは違っていたのだろうか……
肩越しにぼやけて見える夏の美しい日も現実感を失って
痛みとしがみついている鬼太郎の体だけが全世界になったように感じる。
251:三期大奥パロ ◆F/SJSONz34bK
12/01/09 03:45:31.33 7QF1npif
その時間は長かったのか一瞬だったのか……
鬼太郎は突然棒のように硬直して呻くと、
ネコ娘の名を呼びながら力尽きたように崩れ落ちた。
腹のあたりに熱いものが広がったのを感じる、
その熱は……どこか知っているように感じたが
胸の上に倒れこんで荒い息をしている鬼太郎の姿に
先ほどまでの痛みも恐れも超えて心配になってくる。
「鬼太郎……鬼太郎!」
頭を抱えて顔を覗きこむと目覚めたばかりのような表情で
もう恐ろしい目はしていなかった。
大事のない様子に安心すると同時に
目の縁に溜まっていた涙が一粒こぼれ落ち、
それをきっかけに今までどこか麻痺していた感情が
押し寄せてきて次から次へと涙があふれてくる、
しゃくりあげるネコ娘に気づいた鬼太郎は跳ね起きたが
手ぬぐいでネコ娘の肌を拭って開けられた着物を掻き寄せると
「ごめん」と言ったきりうつむいた。
※※※
どうやって戻ったのかはよく覚えていない、
赤い目をしてどこか空ろな幽鬼のような様で帰ってきたネコ娘を
心配して声がかけられたがネコ娘は答えなかった、
空ろなまま眠り、空ろなまま目覚めて
潮が満ちるようにゆっくりと平常に戻っていく
あれから幾日が経ったのか……
窓辺に座っていたネコ娘はあの日以来鬼太郎が来ないことに気づいたのだった。
********つづく******
252:名無しさん@ピンキー
12/01/09 18:22:49.99 5UIxEKra
ハァハァ
253:名無しさん@ピンキー
12/01/16 20:54:10.48 EJzTn4EE
age
254:名無しさん@ピンキー
12/01/24 00:25:14.23 6B2b5BDY
しばらく板落ちてたカキコ
255:名無しさん@ピンキー
12/01/30 20:55:32.22 GNWH1p2E
hosyu
256:名無しさん@ピンキー
12/02/06 22:07:35.22 rEeBK8Ol
ほしゅ
257:名無しさん@ピンキー
12/02/11 20:37:35.44 FxDZofQf
復帰上げ
258:名無しさん@ピンキー
12/02/14 23:41:01.98 2ZAcDLDU
圧縮が近いらしいので。
そういやバレンタインだ…
259:名無しさん@ピンキー
12/02/15 00:33:02.49 HiCaxLon
ネコ娘「これ、余ったからあんたにあげる」
260:名無しさん@ピンキー
12/02/17 22:59:31.03 qvAT0t8Y
なんかこのもらい方はネズミ男の気分。
261:名無しさん@ピンキー
12/02/24 20:29:51.33 uo8S+V/Z
その場でチョコ食って礼も言わずに立ち去ろうとし
猫娘にお愛想くらい言いなさいよ!と引っ掻かれたい
262:名無しさん@ピンキー
12/03/03 20:57:36.24 u+Ic5XVw
もう3月か
263:名無しさん@ピンキー
12/03/11 16:25:00.64 NT0YBfSh
ほしゅ
264:名無しさん@ピンキー
12/03/13 20:06:34.46 5eUq42xT
倉庫閉鎖か?
265:名無しさん@ピンキー
12/03/13 22:01:32.45 ZIzUf3yg
サーバー不調じゃないかな、自分は見られる。
266:名無しさん@ピンキー
12/03/15 21:13:17.50 Fn+MLtYB
1番最初のスレから早10年か
記念に倉庫板の最初のSSのリメイク版でも書いてみようかな?
267:毛 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/20 21:37:33.86 mYI6Bzjp
10年近くになるとか、時が経つのは早いですなぁ。
今までちょこちょこ投下させてもらっているうちに
気が付いたことがあったので、ざっくり纏めました。
このスレが無かったら、書く事が無かったかもしれないので
お付き合いいただけたら幸いです。
268:毛 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/20 21:38:58.52 mYI6Bzjp
以前投下した孵変シリーズや同じく今まで投下したものを細々書いているうちに
ネコムスメがどこから来てどうなって行ったのかというものが見えた気がするので
改めて再編集し、エロ抜きでネコムスメをややメインに書き直したものです。
原作(夜話、怪奇!猫娘)~アニメ1~4部まで、一貫して同一人物扱いです。
(5部についてはいまだに消化できてませんのであしからず)
どうしても本編に被る部分は、荒筋の様な箇条書きな様な表現になってしまうことをお許しください。
都合よく妄想にて脳内修正を行っているので、辻褄が合わなかったり
おかしい部分も多々あるかと思いますが、そこは突っ込まずにスルーしてやってください。
・ 親父×岩子・鬼太郎×猫娘・総集編
・ お好みに合わせて◆以下NGワード登録なり、スルーよろしこ
・ 基本は何時だって相思相愛♥
誤字脱字、おかしな所があってもキニシナイ(゚∀゚)!!
269:輪廻転生【1】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/20 21:40:33.28 mYI6Bzjp
昔々――
夫婦は生まれながらに一つであった。
貝のように背中合わせに結ばれた身であったが為に何をするにも常に一緒だったが、
己の伴侶の顔を知らずに日々を過ごしていた。
夫婦は願った。
互いに向き合う事が出来たらどんなに素晴らしい事かと
夫婦の一途な願いは天に届き、雷によって二つに分けられた。
願いは叶ったが落とされた雷の衝撃が強すぎ、
互いの顔を見る事もできずに弾き飛ばされてしまった。
男と女は失った半身を探し求め、数年の後に再会を果たし末永く幸せに暮らしたと言う。
以来、男女は別々に生まれ番を探し求めるようになったのだそうだ。
うろ覚え日本昔話より
270:輪廻転生【2】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/20 21:42:19.89 mYI6Bzjp
――それは、一人の男女の出会いから始まった。
「男」は、人類よりも古い血統の一族の血を引いていた。
男の祖先は、人類が地上を支配するよりも遥か昔から、
自然と共に暮らしてきた一族であった。
やがて誕生した人類は粗野で、好戦的な人間は何時尽きるとも判らぬ争いを日々繰り返し、
異質なものを忌み嫌い決して受け入れようとはせず、自然を破壊していった。
人類は恐るべき勢いで地上に広り、争いを好まぬ彼らの一族は逃れるように住まいを移していった。
何時しか「幽霊族」と呼ばれるようになった一族は、
人間の為に生きていくには過酷な環境へと追いやられ、ひっそりと隠れ住まうようになり
つけられた「幽霊族」と言う名のように、人々の記憶からは存在すらも忘れられていった。
人が地上に広がる一方で、彼ら幽霊族はその数を徐々に減らししつつあった。
辿り着いた彼の地は痩せていて、得られる食料はとても僅かで彼ら一族は何時も飢えていた。
長い年月の間に、飢えで亡くなる者も少なくは無く
減り行く一族の間で婚姻を結べば、血はよりいっそう濃くなって、
幽霊族はその異形さを増していった。
長年の過酷な生活か、それとも煮詰まりつつある一族の血縁か、幽霊族は特殊な能力を授かった。
しかし、彼らはその能力を使い何かを破壊するような事は決してせず、常に自然と共に在り続け
やがて人の目には見えぬ世界の住人、精霊や怪異なる者とも僅かながら交流を持つようになった。
男が「幽霊族」としてこの世に生を授かった頃には、
既に同族同士でしか子を成し得ない様な事態にまで陥っていた。
長い事異種族を受け入れる事の無かった一族は、
長寿を得た代わりに、極端に子が出来にくくなっていた。
もとより弱かった一族は、重ねられた血婚により更に弱い生き物になっていた。
漸く授かった子も、奇形が生じ一族はやがて滅び行く存在となりつつあった。
何者にも真似出来ぬ能力を授かろうとも、幾世紀を永らえる生命を持とうとも
新しい命が生まれないのでは一族を存続してゆく意味が無かった。
そして消えつつある幽霊族の危機を”自然の流れ”として受け入れつつある一族に男は従えなかった。
芽生えた小さな疑問は次々と膨れ上がり、
一族には秘密で人界近くまで幾度と無く足を運ぶようになった。
男が自信の身の在り方を考え始めたその時――運命の女に出会った。
女は幽霊の血を引く奇妙な血統の生まれであった為に、
男の一族と同様に異なる者として人間に追われ、たった一人で居た。
女はその奇妙な血筋の為か、人の血を引きながらも男の一族に近い存在でも有った。
男は、女に出会って初めて湧く奇妙な感情を知った。
今まで何かが足りず、鬱々とした日々を送っていたが
その全てを満たす存在がこの女だと直感で感じ取った。
”この女だ…この女に触れたい。この女が欲しい――”
脳裏に浮かんだ言葉は意識よりも更に深く、
男の遺伝子に足りぬものを女のもつ遺伝子見出し、本能的に欲した。
一族の女を伴侶とする気にはなれず長い間一人身であったが、
全身の血がざわつく様な興奮に、失いかけた欲望の芽生えを感じていた。
惹かれるとは、こういうことなのだろうか?
男の感じた想いは女も同様であったのだろう
二人は密に逢瀬を重ねるようになり深い関係に至るまではそうは時間がかからなかった。
271:輪廻転生【3】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/20 21:43:48.88 mYI6Bzjp
男は意を決し、女を妻とする為に一族の元へ連れ帰ったが、
長年他種族のものを受け入れる事をせず、
同族だけで婚姻を重ね、生粋の血をただ守り続けてきた一族の者からは激しく拒絶された。
元は人間界の生まれである妻が一族にかかわることで、
人間界に幽霊族の存在を知られる事を恐れたのだ。
生まれ育った地を離れ、男は妻と共に、一族が恐れ近づくことをしなかった人界に降り立った。
夫婦二人きりの生活は決して豊かではなかったが、幸せだった。
二人はこよなく愛し合っていたが、
幽霊族の遺伝によるものなのか異種族結婚の所為なのか、
なかなか子宝に恵まれずにいたが、それなりに楽しく暮らしていた。
時は流れ、人が何世代か交代した頃、
住職を失い人が寄り付かなくなった荒れ寺へと夫婦が住まいを移したとほぼ同時期に、
虫の知らせで一族が絶えたことを知った。
男は突然の訃報に驚き、真実を確かめるべく妻と共に生まれ故郷へ戻った。
虫の知らせを己の目で確かめるまでは信じられるはずが無かった。
嘘であるならばどれほど良かっただろうか?目の前の現実が。
夫婦が辿り着いた幽霊族の地には生者は見当たらず、白骨化した遺体がただあるだけだった。
男が去った後、一族の間では感染力の強い病が急速に広がり蝕んでいったのだった。
人間のように科学を発展させていったのであれば直ったかも知れぬ病に、
幽霊族は抗う術を持っておらず全ては自然界の意思のままに任せ滅んでいった。
男は遺体を丁寧に埋葬し、幽霊族が死ぬ時に残すと言われている霊毛を拾い集め
一族の宝とされていた祖先の霊毛で編んだ布を受け継ぎ持ち帰った。
男は幽霊族の生粋の血を持つただ一人の存在となってしまった。
怒りなのか悲しみなのか、表しきれぬ感情にただただ涙が溢れて止まらなかった。
この目で確かめても実感が湧かず、思い出すのは皆の穏やかの顔だった。
自然とともに歩み自然と共に生きてきた幽霊族を、自然は助けてはくれなかった。
ただ穏やかに、平和に生きることを望んだだけなのに一族は消えなければならなかったのか?
始めて見る夫の涙に、妻が戸惑いを露にしたが男は嗚咽をとめる事が出来なかった。
妻は知っていた。享けたばかりの悲しみの感情を抑えることなど出来ぬ事を
そして、深い悲しみと言うものは時だけがその流れと共に少しずつ癒してくれる事に
古寺に戻り、暫くして妻が身ごもった事を知った。
多くの命が失われ、絶望に打ちひしがれていた夫婦にとって
授かった腹の中の新たな生命は希望を齎した。
自分だけを残し絶えた一族を目にし、幽霊族の血統や存続に捕らわれかけていた男だが、
新たな生命の芽生えにそんなものはどうでも良くなっていた。
待ち望み続け漸く授かった新たな命が愛しくて嬉しくて、
我が子の誕生する日を楽しみに毎日を過ごした。
だが、幸せは長くは続かなかった。
妻と共に幽霊族の地を離れた事で、病魔から逃れ生きながらえた男だったが、
不運にも一族と同じ病魔に蝕まれていた。
男はなんとしてでも生きねば為らなかった。
幽霊族の為ではない、妻と生まれて来る我が子の為に病魔に負けて死ぬわけには行かなかった。
しかし、病状は思わしくなく悪くなる一方で、見るに見かねた妻は人界へと血液を売りに出た。
売った血液で得た僅かばかりの金で夫の為に薬が欲しかった。
なんとしてでも夫を助けたかった妻の起した行動は、
今まで隠してきた夫婦の存在を人間に明かす羽目と為った。
輸血用の血液として売られた妻の血は、
採血してまもなくとある病院で輸血用血液として使用された。
妻の血を輸血された患者は生ける死人と化し、
常識を逸した奇妙な事態は極秘の内に血液会社へと連絡された。
272:輪廻転生【4】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/20 21:44:46.72 mYI6Bzjp
妻が律儀に荒れ寺の住所を記載していた為、
近くに住んでいた血液会社の社員が調査を依頼された。
今まで人に見つかる事無く過ごしていた夫婦だが、
とうとう隣人にその存在を突き止められてしまった。
夫婦は隠すことも無く、偽る事もせずに全てを隣人に話し、
子供が生まれるまでのおよそ7ヶ月
真実を明らかにするのを待って欲しいと懇願した。
隣人はそれを承諾し、期限付きではあったが夫婦は静かな生活を約束されたが、
まもなく夫の病状が悪化した。
病は何時しか妻の体も蝕み、妻よりも早く病に犯されていた夫は
子の誕生を待つ事無く死の床に伏した。
人には無い能力を兼ね備えていても、
肉体が保てなければ魂を地上に止めておく事は不死に近い一族とはいえ不可能。
生粋の幽霊族がこの世から去った瞬間であった…が、
不思議な事に幽霊族が死の際に残すと言う霊毛はどこにも見当たらなかった。
しかし、一族の者ではない妻がそのことを知るはずも無い。
残された妻は嘆き悲しみ、不安に心をかき乱された。
夫の後を追いかけたい衝動と、
待ち望んだ我が子を誕生させなければならぬ思いとの狭間で
女は母としてこの世に止まり、我が子の為に病と闘うことを決めた。
女は生まれつき成長が異常に遅かった。
その所為で人には気味悪がられ、家族でひっそり山奥へと住まうようになったのだが、
時は残酷にも年月を経るほどに女と両親との時間差を露にしていく。
女の両親は至って普通の人間であったが、
何代か前に幽霊と交わった為に生まれた祖先が居たらしく、
女はその幽霊の血を色濃く受け継いでしまっていた。
『幽霊の血』それはもしかしたら『幽霊族』の血を引く者の事を示すのかもしれない。
そうそう『幽霊』と名の付くものが世に有るわけは無いだろう、
この女の祖先が交わったと言うのは幽霊族の者であったのならば…
男と同じ時を生きて来れた事にも納得できるだろう。
遠縁の血筋のものと言い切れなくも無いが、全ては闇の中――
真実を知ったのは両親の死の間際で、それから女は男にに出会うまでずっと一人であった。
孤独で寂しくあったが人に受け入れられない上に、
並の人では同じ時を共有できぬ事を身を持って知っていたから
身を隠しひっそりと独りで生きていくしかないと思い始めた頃、男と出会た。
空しかった毎日が一変し、男と会うのが楽しくて仕方が無かった。
互いの身の上、異種族であることも知った上で二人は結ばれ、
漸く子を授かり家族を得る事が出来てとても幸せだった。
なのに夫は、一人病に冒されて先立ってしまった。
女と腹の中の子を残して。
妻は夫の亡骸をどうしても地ちに帰す事が出来ず、
看病してきた時と同じように布団に寝かせ共に生活を続けた。
やがて夫の遺体は腐り、崩れ始めたが地に返されなかった為に、
男の魂は天に召される事も地に堕ちる事も無いまま現世に留まっていた。
妻は、夫が彼の地から持ち帰った先代より伝わる大事な宝――
幽霊族の祖先の霊毛で織られた布で、生まれ来る子の為にチャンチャンコを作った。
それが、母が子に残した唯一の品になった。
273:輪廻転生【5】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/20 21:45:57.38 mYI6Bzjp
約束の日
隣人は夫婦と交わした期間、一度も訪れる事の無かった荒れ寺へと再びやってきた。
会社への報告も何とか上手くごまかし続けてきたが、
何時までも不明のままにしておくには厳しい状況だった。
だが、隣人がそこで目にしたのは変わり果てた夫婦の姿だった。
彼らは子供を現世に生み出すことが果たせぬまま、この世を去っていた。
隣人はこの夫婦がとても哀れに感じた。
ならばせめて墓だけでも…と、思ったが
夫の方は腐敗が激しくとても触れられる状態ではなかったため
比較的綺麗な遺体であった妻だけを墓地に埋葬し、会社へ血液提供者の報告をした。
―― 血液提供者、既に死亡によりこれ以上の調査は不可能 ――と
しかし、これで終わりではなかった。
何もかもが死した夫婦にとって、母の腹の中の子にとって幸運だったのだ。
母体ごと土中に埋められた事によって、
大地そのものが母体と化し腹の中の子供は再び息を吹き返した。
やがて空には黒雲に覆われ、降り出した雨は激しさを増し稲光が駆け巡り雷が轟く嵐の晩
母の魂が宿りし大地が母体と化し、胎動を始める。
陣痛が始まったのだ。
時を同じくして、また別の場所でも異変が起きていた。
荒れ寺の部屋の奥、人と思しき肉塊は隣人が埋葬を諦め残した夫の遺体であった。
ぐずぐずに崩れた遺体からは所々から白い骨が突き出し、
筋肉の支を失った眼球が飛び出ていたが、男の魂はこの身体で眠ったままだった。
不思議な事に、轟く雷鳴と共に胎動し始めた大地の異変に気がつき
眠っていた男の魂が目覚めたのだ。
男はこの世を去るわけには行かなかった。
肉体が死しても尚、病魔に冒されていなかった己の眼球に魂を宿らせ、
やがて訪れるであろう時を只管待っていた。
人に真似する事の出来ぬ秘術、幽霊族の男にとって妻と子にしてやれる最後の手段だった。
ゴウゴウと吹き荒れる嵐の音とは逆に、しん…と静まり返った堂内に、
ポトリと不自然な物音がした。
それは男の遺体から飛び出していた目玉が床に落ちた音だった。
抜け落ちた目玉は暫くするとぴくぴくと動き出し、
奇怪な事に手足が生え起き上がったではないか。
男は再びこの世に戻る為に病に犯された人の器を捨て、
病魔に侵されていなかった唯一の箇所…目玉の中に己の魂を宿らせ肉体を再構成していたのだ。
妻の為、生まれてくる我が子の為に形振り構っては居られなかった。
男は形を変えて再生したが、握り拳程の小さな人方ではあったものの
人の頭に位置する部分は眼球と言う既に人からは程遠い姿であった。
蘇えったところで男には生殖能力は無く、
やはり生粋の幽霊族が失われたと言う事実には変わりが無かった。
目覚めた男は霊波を感じ取り、父親になる事を予感した。
ネズミよりも小さな身体で、見えぬ何かに導かれるままに生まれ来る我が子の元へ急いだ。
男が辿り着いた先は古寺の墓地で、妻は生まれてきた息子を腕に抱く事無く、
既に地に還されていたことを知った。
住職も無く、人も寄り付かなくなったこの墓地に新しく盛られた土が妻の死を表していた。
絶望に男は跪き首を深く垂れてその場に蹲った。
母体が土中では、我が子の命運も此処までか…
274:輪廻転生【6】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/20 21:47:54.82 mYI6Bzjp
雨に混じりたった一つの眼球から涙の滴が伝い落ちた瞬間、
一層激しい閃光が寺の墓地に落ち、雷鳴と共に産声が上がる。
盛られた真新しい土が崩れ、小さな手が現れた。
降り注ぐ雨の中、男が見たものは死した母の腹を自ら破り、
人が還るべき死の床――大地から自ら這い上がりこの世に生を授かった息子の姿だった。
生まれつきなのか、それとも這い上がる際に傷つけたのか、息子は隻眼であった。
あの時、故郷に戻らなければ。あの時、病さえ患わねば…男は後悔せずには居られなかった。
この子は五体満足で正しく母から生れ落ち、
最初の祝福である母の初乳を受けることが出来たはずなのだ。
この世に生を受けた瞬間から、なんと過酷な運命を背負わせてしまったのだろうか。
冷たい雨が降り注ぐ中、この世のものが全て還るべき処である大地から生まれた息子は、決して地には還らないのだろう。
この世に生を授かった息子と共に、今は生きるすべを探るしかなかったが、幸いな事に隣人が産声を聞きつけてやってきた。
息子を抱き上げた隣人は、家に連れ帰りどうやら面倒を見てくれる運びと為った。
赤ん坊は――鬼太郎と名づけられた。
鬼太郎が生まれた年よりも前、奇妙な運命を背負った娘が悲運のうちに短すぎる人生を終えていた。
余り情報も行き渡らなかった時代。
一世間を騒がせた少女の事など、あっという間に忘れ去られた後の事。
やがて二人は、運命に導かれ出会うのだ。
・
・
・
・
・
鬼太郎は隣人宅で父に見守られすくすくと育っていった。
鬼太郎の成長は人並みであったが、その外見と行動に異質さが目立ち、
育ての親である隣人家族にも薄気味悪がられた。
7歳の誕生日に父より母が死の間際に作ってくれた
祖先の霊毛で出来たチャンチャンコを渡され、身にまとうようになる。
隣人が仕事を復帰したのを機に、「猫屋」と言う三味線屋の二階を間借りし、
小学校へと通うようになった鬼太郎と暮らしていた。
この頃には既に目玉の親父の存在も隣人は明かされており、
日課の茶碗風呂も気兼ねせずできるようになっていた。
本来眼球の殆どは外気に晒されず、空気に触れる部分も目蓋などで保護されているものだが、
魂を移し変える際に目玉そのものの姿になった所為か、
常に晒されていると全体にヒリヒリとした痛みを伴う為、
湯船に浸かって常に清潔にしていないといけなくなった。
怪異なる者は更なる怪異をひきつけるのか、ネズミ男との奇妙な付き合いが始まる。
彼の生い立ちも謎だが、この世のものとは思えぬ体臭と想像を絶する不潔さ
齢300年以上生きていると言う時点で、ネズミ男もまた常人でないことは明確だった。
鬼太郎達が間借りしている三味線屋の「猫屋」には、鬼太郎と同い年の少女、寝子がいた。
同じ小学校に通い、同じ教室の隣の席で授業を受けている同級生は
類稀なる美貌の持ち主で、鬼太郎は何時しか淡い恋心を抱くようになる。
しかし、寝子には決して人には明かせぬ悩みがあった。
三味線屋という江戸時代から続いてきた家業で代々蓄積された呪いは、彼女の代で発病したのだ。
寝子は生まれ付いてより、ネズミや魚と言ったものの匂いを嗅ぎ取ると、
猫化してしまう奇病を患っていた。
275:輪廻転生【7】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/20 21:48:51.00 mYI6Bzjp
家業が長らく続いた三味線家だったとはいえ、
何故彼女は呪われなければならなかったのだろうか?
猫は三代祟るというが、彼女の生前もその死後も、
猫屋の本家筋にも分家筋にも彼女のような奇病を患ったものが生まれ来る事は二度と無かった。
何故ならば、寝子は猫屋に生まれ来る以前から、既に祟られていたのだ。
猫娘を語るのならば知っておかなければならない、一人の少女の存在を。
そして忘れてはならない、ネコムスメに繋がる始りの乙女
その名は――みどり。
それは寝子が生まれるよりも更に時を遡る。
既に人々の記憶からは消え去ってはいたが、余り遠くは無い昔
とある夫婦の元に子が生まれようとしていた。
生活は貧しく妻の出産費用さえも用意できず、夫は途方にくれていた。
頼れるものは無く、如何する事も出来ぬまま、ただ時間だけが過ぎて行く。
時間が経てば経つほど、妻の腹の子も成長し、
見た目にも日に日に大きくなる様子に男は焦り、追い詰められていった。
窮地に追いやられた男の脳裏に、恐ろしい計画が浮かび上がる。
それは裏に住まう老婆の飼い猫を殺し、
三味線屋に打って妻の出産費用を捻出しようと言うものだった。
しかも、老婆の猫は普通の猫では無く、
大型の肉食獣並みに大きな黒猫であったから、
男は普通の猫よりもきっと金になるに違いないと思い行動を起こす。
老婆が留守にした隙を突いて、大黒猫を殺したのだ。
妻と子の為に取ったこの行動が、妻の命を奪い
最愛のわが子を苦しめる行為に成ろうとは、この時予想だにもしなかっただろう。
余りの生活状況に、男は正気を失って居たに違いない。
太古の昔から、多くの生き物は己の命を繋ぐ糧に他の生命を奪い、喰らう事で命を繋げて来た。
男の取った行動も、妻と子の為だとは言え、
殺した大黒猫を生きる糧として喰らう為にではなく、
剥いだ毛皮を金に変えるためだけに殺した。
大黒猫は人に取り込まれ血肉とし命の糧に成る事無く、
並みの猫を遥かに上回る体格であったが故に目をつけられ、毛皮を奪われ捨てられたのだ。
弱者が強者に取り込まれるのは食物連鎖故、大黒猫もその死を納得したのかもしれない。
しかし、三味線屋に売るために殺され、
剥がれた己の皮を金に換えられたのだけは許せなかったのだろう。
大黒猫は自然の理に適わぬ死を与えた男を恨み、呪った。
その恨みは祟りとなり、男の家族へと不幸を齎す。
夫が金を手にし帰った時には、妻は何者かに踏みつけられ、既に息絶えた後であった。
男に殺された大黒猫こそが足跡の主であったが、
余りにも非現実的で奇怪な出来事ゆえ、男が気づくはずも無い。
ただ、男にとって幸いだったのは腹の中の子、娘が無事だった事だ。
妻を失った男は、妻に忘れ形見である娘を世に残してくれた事で父となった。
父親は、豊かな森のを育む森を思い、娘に”みどり”と名づけた。
父と娘、二人だけになってしまったが、
ささやかな家族の幸せを人並みに手に入れられたと思っていた。
276:輪廻転生【8】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/20 21:49:46.96 mYI6Bzjp
ある日、食卓に出した魚が切欠で、娘のみどりが猫のようになることに気が付いた。
男は色々な医者に相談したが、何せ前例の無い奇病ゆえ、
どの医者からもさじを投げられる状態だった。
奇病は治らぬままみどりは成長し、学校へ通うになったある時、事件がおきた。
今までは家庭内でなんとか抑えていた”猫化する奇病”が、
学校のクラスメイトの居る教室で発病してしまい、
みどりが”猫娘”であると言う噂がとあるサーカスの団長の耳に入った。
彼はサーカスの良い見世物になると思い、みどりの父に打診をしたが、
奇病を患っているとはいえ妻の忘れ形見である大事な一人娘
見世物にすることなど出来るはずも無かった。
なかなか首を縦に振らない父親に、サーカスの団長は父親に黙ってみどりを浚ったのだった。
訳も解らず連れ去られたサーカス団で、
獣のように扱われ猫化する様を見世物にされるのは
多感な少女には耐え難いものだった。
否応無しに心が傷つけられ、鞭で打たれる辛い日々。
貧しくとも人としての当たり前の生活を送っていたみどりは耐え切れなくなり
ある日、ふとした拍子で団長を死に追いやってしまった。
その事が切欠で、みどりを探していた父親に娘の所在が知れた時には既に遅く。
みどりは人間を殺した化け猫娘として全国に指名手配されていたのだ。
人間は少しでも異質なものを恐れ、頑なまでに排除しようとする。
まだ幼い少女とはいえ、人を殺した化け猫娘とレッテルを張られたみどりに
救いの手を差し出すものは誰一人として居らず、逆に彼女を殺そうとする者さえ居た。
それでも必死に生きようとするみどりは、不運にもまた一人の命を奪ってしまう。
漸く、緑の元へ父親が駆けつけた時には、既に娘の逃げ場は無く、
父がどんなに救いの手を尽くしたくとも救えぬ状況に置かれていた。
互いの姿を確認できる位置に居ながら、
救いを求めることも、救いの手を差し出すことも叶わぬ絶望的な状況の中
突如現れたカラスの大群に、みどりは連れ去られてしまう。
連れ去られる娘をどうする事も出来ず、
無力な己を悲観する父親の元に、大黒猫を飼っていた老婆が現れ、
みどりの壮絶な最後を告げる。
みどりは生きながらにして鳥葬されたのだ。
両親以外に愛されることの無かったみどりだが、
父親と共に過ごした僅かながらの幸せな時があったからこそ、
猫娘と呼ばれサーカス団で見世物にされ人に追われる最後は、
みどりにとってもこの上ない辛く悲しい出来事だったに違いない。
男は、妻と子を生かそうとして、結果的に全てを失ってしまったのだ。
あの時、もう少し違う方法を思いついていたのならば、
こんな結果に成らずに済んだのかもしれない。
残りの余生を、彼はたった一人で悔いながら過ごしたのだろうか?
しかし、大黒猫の呪いは終わったわけではなかった。
277:輪廻転生【9】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/20 21:51:15.41 mYI6Bzjp
猫は三代祟ると言う。
みどりが子を生していれば、その呪いは子に引き継がれたのかもしれない。
しかし彼女は呪いを身に受けたまま、幼くしてこの世を去った。
壮絶な死を遂げた彼女ではあったが、親よりも先に死す事は大罪で、
彼女は六道の内、人間道へと落とされた。
其処はみどりが生前、生き地獄を味わった最も恐ろしい――人間界
みどりは”寝子”として、再びこの世に生を受けた。
両親に名づけられた名前が”猫”を示すものであるもの、
生家が三味線屋を営んでいたのも、生前の大黒猫に纏わる因縁なのだろうか?
大黒猫の呪いを受けたまま生まれ変わった寝子は、
遺伝子レベルで呪いが己の肉体と魂に融合してしまった為に、
現世にて再び肉体を得た彼女と大黒猫の呪いとは切り離す事が容易ではなくなっていた。
呪いは寝子の骨まで染み付き、
細胞の一つ一つにまで刻まれていたのだから、
当然彼女もみどりと同じく猫化する奇病にかかってはいた。
しかし、前世での死に至るまでの壮絶な恐怖が魂の記憶に刻まれていたのか、
美しい容姿に恵まれてはいたが、人見知りで余り人前に出る娘ではなかった。
引っ込み思案な性格の為か、ひた隠しにしてきたからなのか、
彼女の奇病は他人に知られる事もないまま
祖母と二人きりで、ひっそりと生活を送っていたのだ。
鬼太郎と出会うまでは
不幸な事に、寝子は”みどり”だった頃よりもより一層強い呪いに蝕まれていた。
寝子が隠し続けてきた奇病の事を鬼太郎が知る事になったのは、
学校へと持たされた父の手製の弁当だった。
幽霊族であった父からすれば、貴重な蛋白源であるネズミは大御馳走であったが、
人間社会の中におかれて育てられた鬼太郎にとって父の愛情弁当は
とても恥ずかしく、人様に見せられるような物ではなかった。
クラスの同級生に見られたくないオカズを蓋で隠して食べていたが、
漂う独特の匂いが寝子の奇病を誘った。
「鬼太郎さん。あなたのお弁当の中身…ネズミでしょう?」
弁当の中身を言い当てられた恥ずかしさから慌てふためく鬼太郎の前で、
寝子の美しい顔は見る見るうちに変貌していった。
丸く大きな黒目が細く縦長に伸びたかと思うと眼光は鋭くなり、
口は耳まで裂け先の尖った牙が覗き、爪先を鋭く尖らせて鬼太郎の弁当に襲い掛かる姿は猫そのもの。
鬼太郎から奪い取ったネズミをガツガツと貪り食うと、
満たされて落ち着きを取り戻したのか寝子は元の美少女に戻り
ポロポロと大粒の涙を溢れさせた。
目の前で起きた奇怪な出来事に呆然としていた鬼太郎だが、
両手で顔を覆い肩を震わせている泣いている寝子に戸惑いながら声を掛けた。
278:輪廻転生【10】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/20 21:52:12.76 mYI6Bzjp
初めは語りたがらなかった寝子だが、
目の前で本性を曝してしまい隠し通せる事ではないと悟ったのか口少なげに語り始めた。
彼女の話では、ネズミや魚に「とても弱い」のだと言う。
弱いといっても苦手とか言う意味ではなく、目が無い
――つまり、思慮分別を失うほど好物であると言う事だ。
ネズミや魚に匂いを嗅ぐと、理性で抑制しても否定しても嫌であっても猫化してしまい、
口に入れてしまうまでは戻らない。
本来人にあるはずの無い猫の習性は、
どんな名医に診て貰っても原因不明である以上治す手立ては無いのだと言われた。
花も恥じらう乙女にとって、猫化し獣の本能を剥き出しにネズミや魚を貪る自分の姿は耐え難く、
内に秘められた異常性を誰にも知られたくなかった。
寝子を悩ませる奇病の原因は誰にも解りようがない。
例え解ったとしても、猫の祟りは表面ばかりではなく
深く細胞の一つ一つ更には遺伝子にまで浸透しており、
呪いは彼女の魂までも侵していた。
猫の祟りも含め「寝子」と言う少女を構成している以上、
彼女から呪を引き剥がす行為は死に値する。
故に彼女を呪縛から開放する事は不可能である為、猫化する奇病は不治の病と言えよう。
学校で、しかも教室に居る皆の前で本性を曝け出してしまい、
悲観する寝子を励まそうと鬼太郎は伝手を使い彼女の特技である歌でステージへ立たせようとする。
生まれ付いての美貌に加え、寝子の美しい歌声は他者を魅了する不思議な魅力があった。
皮肉にも寝子独特の猫なで声も、猫の祟りによって齎されたものだった。
その歌を大勢の人前で披露すれ必ずや賞賛され、
寝子は自信を取り戻し意識を前向きに改めると考えての案だった。
コンサート当日。
メインコンサートの前に歌わせてもらえる事とになった寝子は、鬼太郎に手を引かれて会場入りした。
まさかコンサート会場でネズミや魚の被害に見舞われるなどとは微塵も思わなかっただろう。
鬼太郎には寝子のために立てた計画の成功だけしか見えていなかった。
有名な歌手のコンサートと言うことも在り、大勢の観客に紛れてネズミ男の姿があった。
そのことに気が付かぬ鬼太郎、
そしてひょんな事から新人歌手としてメインを勤める事になった寝子のステージが始まった。
会場に響き渡る寝子の美声に人々は酔いしれ、その歌声に聞き入った。
鬼太郎の思惑通りに事が運んでいるように思われたが、
寝子は会場内に居たネズミ男の匂いを嗅ぎ取り見つけてしまった。
思わぬ獲物の登場に必死で理性を保とうとしたが、
目の前の大ネズミに猫の本性は抑えきれず、猫化した寝子が観客席に飛び込む。
ステージで美声を披露していた可憐な美少女の驚くべき変貌振りに、
会場内は阿鼻叫喚の巷と化した。
獲物と睨まれたネズミ男は天敵の猫から逃れるべく逃げ出したが、
服は引き裂かれ全身に爪を立てられ
キズだらけになりながら逃げ惑ったがとうとう頭をかじられてしまった。
ネズミ男をかじったと事で理性を取り戻し、
猫化の解けた寝子は、大勢の人の前で醜態を晒した事実に激しくショックを受け姿をくらませた。
何時までも会場に戻らず、傷ついたであろう寝子の身を心配した鬼太郎は必死で探した。
彼女の自信を取り戻す為に立てた計画は、全て台無しの上に
僅かな希望も喪失させてしまった。
279:輪廻転生【11】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/20 21:54:01.46 mYI6Bzjp
日も暮れ、漸く鬼太郎が寝子の姿を見つけた時には間に合わず、
彼女が橋の上から身を投げた瞬間の目撃者となった。
寝子は悲観する余りに自殺したのだ。
鬼太郎は救おうと川に飛び込み、
寝子の身体を抱きかかえて岸辺に連れ帰ったが、
時既に遅く腕の中の少女はものも言わぬ冷たい躯と化していた。
不思議な事といえば、溺死したものの遺体は醜くなってしまうものだが
寝子は生前と変わらぬ美しさを留めたまま、土葬される事となった。
身近な血縁は祖母だけで、その葬儀はひっそりと行われた。
鬼太郎は彼女を救うことが出来ず、永遠に失ってしまったことで大息をつくばかり。
生まれて初めての恋は、少女の死と言う形で失恋に終わった。
好いた少女を失った悲しみと恋に破れた哀しみで
思い頽る息子の姿を見かねた父は、祖先の力に肖り少女の魂を追った。
天命を全うしない事も、親を残して先立つことも全ては罪。
寝子の良心は先立ってはいたけれど、年老いた祖母を残し
ましてや自ら命を絶つなどとは許されざる大罪。
少女の清らかな魂は最後に犯した罪の為に、再び地獄へと下ったのでした。
目玉の親父が捜し求め、漸く見つけた少女は
地獄の入り口付近にある長屋に「猫娘」と言う表札を掲げ滞在していた。
尋ねた彼女は現世へと戻る意思は無く、
この地が自分にとってもっとも幸せな場所である事を告げた。
現世に戻れば噂と共に好奇の目に皿らされる屈辱に耐えねば為らず、
このまま人間界から消えてしまいたいのだと言う意思を尊重し
目玉の親父は一人で現世へと帰還した。
別れ際、猫娘の歯に詰まっていたと言うネズミ男の一部を預かって。
寝子を地獄に残してきた経緯を息子に伝えると、鬼太郎はがっくりと項垂れた。
その後も奇奇怪怪な事件に巻き込まれていく鬼太郎親子だが
人間界で生活するための一手段でもあった「水木」を水神によって失い
人間社会で生きていく事に限界を感じていた鬼太郎親子は、忽然と姿を消した。
この後、水木の死が鬼太郎に出逢いを齎すとも知らずに。
糸売く
280:名無しさん@ピンキー
12/03/21 00:39:23.09 wb1gXmJb
おお!新作!!
281:名無しさん@ピンキー
12/03/21 21:38:54.32 bqrxCUny
キター!!
282:毛 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/21 21:54:44.98 v5cLCKmY
>>279の続き
ここから原作~アニメ1部~2部への流れになります。
・ 鬼太郎×猫娘・総集編
・ お好みに合わせて◆以下NGワード登録なり、スルーよろしこ
・ 基本は何時だって相思相愛♥
誤字脱字、おかしな所があってもキニシナイ(゚∀゚)!!
283:輪廻転生【12】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/21 21:56:04.98 v5cLCKmY
異種族の男女の間に生まれ、幽霊族の血を継ぐ最後の子供――鬼太郎は、
祖先から受け継いだ不思議な能力を発揮するようになり、
外見の成長が無いに等しくなった頃、父子共々妖怪と言われる存在になった。
鬼太郎親子は霊峰富士の麓に広がる樹海の奥に住居を構え
何時しかその森は、虫たちが鬼太郎を称える歌声から「ゲゲゲの森」と呼ばれるようになり、
鬼太郎に招かれた妖怪達のみが知る楽園――隠れ里となった。
「――ねぇ、妖怪ポストって…知ってる?」
誰が何時設置したのか、人気が無く少々薄気味悪い場所にそれはあった。
日々のんびりと暮らしていた鬼太郎親子だったが、
妖怪ポストの存在が彼らの生活を一変させた。
怪奇現象に悩む人々の依頼が次々と鬼太郎親子の元へが舞い込むようになる。
やがて鬼太郎親子と妖怪ポストの事は、学校の七不思議の如く
人間の子供の口伝によって噂は広められていった。
ネズミ男との関係も変わらずであったが
届けられる手紙の事件や騒ぎの大半にはネズミ男が係っていた。
ゲゲゲの森の住人である知恵者の砂かけ婆を初め子啼き爺、
一旦木綿と塗り壁など事件解決に協力してくれる妖怪仲間も増え、
少しずつゲゲゲファミリーの体制が出来つつあった。
そんなある日、ゲゲゲの森に一人の少女が招きいれられた。
少女の名は「猫子」と言い、名が現す通り興奮すると猫の本性が露になる性質を持っていた。
彼女の素性は分からず、猫子自身一切の記憶を持っていなかった。
どうやら人間の子らしいとの判断であったが、
彼女の奇妙な体質ゆえに妖怪の仲間と認定されたのだ。
嘗て、同じ呼び名で同じ性質の持ち主であった「寝子」と同一人物である事は、
当時恋した鬼太郎はおろか、記憶の無い当の猫子が知るはずが無かった。
何かが切欠で「猫化する」ということ意外、二人の少女には共通点は見当たら無い。
目玉の親父ですら、こういった奇病は稀に発生するものなのかと思った程。
それほどに寝子と猫子は、見た目も声も異なっていた。
詰まりは全くの別人に見えるのだ。
寝子は大人っぽい雰囲気の凛とした美少女であったが、
猫子は子猫を思わせる愛らしい少女で、見た目の通りの子供だったからだ。
しかも、猫子は猫化することを隠すでもなく、恥ずかしがるそぶりも無かった。
有りの儘の自分をさらけ出す彼女が、
かつて「寝子」だったという事実を聞いたとしても
とても信じられないだろう。
――寝子の死後、
地獄の入り口で猫娘となった少女は目玉の親父と別れた後、
今度は死者として地獄を訪れた水木と再会していた。
彼との再会が切欠となり魂魄が分かれると言う異変に見舞われる。
一つは人間の少女である寝子の魂、一つは猫化した時の寝子の魂。
分かれた魂魄は、2つそろって初めて「寝子」と言う存在を現すが、
分かれてしまった以上彼女等は寝子の分身であって寝子ではない存在になってしまった。
魂が2つに分かれたことで人を司る寝子は大黒猫の呪縛から開放されたのだ。
彼女は死して初めて、奇病に悩まされる事の無い普通の少女に戻る事が叶った。
その代償に、嘗て人ではない少年に対して芽生えた想いと共に
己の魂の半分を失ってしまった。
284:輪廻転生【13】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/21 21:57:10.14 v5cLCKmY
一方、大黒猫呪いと共に猫の習性を受け継いだ寝子の半分の魂魄は
もう半分の魂魄に人の死と生前の記憶とを残し、地獄を離れ現世へと向かう。
寝子から引き継いだ淡い想いを確かめる為に、彼女は蘇える。
それは幾つもの偶然が連なることでおきた奇跡ともいえよう。
現世に戻った半身の魂魄は、土葬された寝子の遺体に再び宿り、
蘇生した彼女の肉体は意識が戻らぬうちに孵変を迎える。
魂半分ではこの器に相応ではなく、今の魂に相応しい器となるために
寝子は人の血を残しながらも人ではないものへと生まれ変わった。
それが出来たのは、皮肉にも大黒猫の呪いが細胞にまで行き渡っていたからに他ならない。
彼の存在もまた妖怪、もしくはそれに近いものだったのだろう。
墓から遺体が消えたことは誰にも知られる事は無く、
猫子に生まれ変わった少女は、まるで導かれたかのようにゲゲゲの森に辿り着いた。
鬼太郎との2度目の出会いを果たすが、
記憶の無い猫子は幼馴染として過ごす内に鬼太郎に仄かな想いを寄せるようになる。
ゲゲゲの森に同い年の異性が彼しか居なかった事も有るが、
元は寝子の中に芽生えた淡い感情が引き起こした奇跡で現世に蘇えった猫子。
鬼太郎に惹かれるのは当然の成り行きだったと言えるのではないだろうか。
一方、人の死と共に地獄に残された少女の魂魄は、
「ネコ」を失った為に、幽霊の幽子として新たな名を得ていた。
半分しかない魂では閻魔大王の裁きを受ける事が出来ず、
生まれ変わる事も出来ぬまま、今も地の底に留まっていた。
幽子として別の道を歩き始めた彼女にもまた、
運命の出会いが待っていたのだが…それはまた別の話。
分かれた魂魄の再開も、もっと後になってから果たされる事となる。
猫子は妖怪の仲間と認められ、ゲゲゲの森に招かれたが彼女は
完全な妖怪ではない事に遠慮があるのか、
ゲゲゲの森で暮らすことはせず人間界にある調布の神社の下で暮らすようになった。
半身しかない魂魄を抱えた肉体は不安定で、孵変を度々繰り返した。
孵変の度に姿を変え、彼女が精神と肉体共に安定し落ち着く頃には
ゲゲゲの森の住人の殆どが孵変を迎えており、
少女は猫子から猫娘へとその名を変えていた。
新しい時代が到来する予感と共に、彼らは輪廻の運命に引き込まれていく。
・
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・
・
・
285:輪廻転生【14】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/21 21:59:05.94 v5cLCKmY
「孵変」それは何の前触れも無く、ある日突然己が身に起きる現象。
地球環境の変化、人間社会の移り変わり――それを表す時代。
時に豊かであり、時には貧しく、凄まじい発展や破壊を齎した痕
人には見る事のできぬ様々な情報が巨大なエネルギーとなり、時を動かし歴史を刻んでゆく。
季節が移り変わり行くように時代も変わり、人も変わる。
時代と共に廃れてしまう文化があれば、新たな時代と共に生まれる文化も有り、
代々引き継がれていく文化もある。
人は、子孫に己の「遺伝子」を引き継がせ残していく事で幾世紀も永らえてきた。
受け継がれた遺伝子は新たな情報を吸収しながら、時代と共に進化していく。
そして、妖怪もまた同じく――
基本的に彼ら妖怪の殆どが種を永らえる方法として「子孫を残す」手段を持っていない。
大概は齢を経ていくことで自身を変化させ妖怪の名を継いでいるものばかりだ
猫は20年生きると猫又になると言われ、更に知識や経験を積むと猫ショウや火車になる。
他に「ムササビ」が「のぶすま」になり「やまちち」へと変化する事が知られている。
少々異なった例を挙げるのならば「河童」
彼らは海亀の産卵時期になると海岸へ行き、
海亀の産み落とした卵を幾つか失敬して持ち帰り育てるのだ。
持ち帰られた海亀の卵は河童の発する妖気に中てられる事で
河童の遺伝子が組み込まれ新しい情報へ書き換えられる。
遺伝子は言わば形を形成する為の設計図、
亀の卵に河童は自分の設計図=遺伝子を組み込む事で種を存続させていると言うわけだ。
極稀に、人や他の生物と同じ方法を使い種を存続させている妖怪も存在するが、
彼ら妖怪にとって子を生み育てることは特殊な方法とされ
望んでできるようになることではない。
そうして存続してきた種族を挙げるとするのならば「幽霊族」
妖怪とひとくくりにされる種族の中で特殊な種の保存方法を持っていた彼らだが、
今は滅び、鬼太郎親子を残すのみとなっていた。
残された彼らも時と共に変化し、変らぬ為に己がままである為に進化した。
時代に合わせて、住まう環境に合わせて――
何時しか彼らが、自身と言う種を永らえさせるために自然とついた能力
――それこそが「孵変」
エネルギーから受ける影響や、
個々の差により変化の周期はさまざまで己の意思で変えられるものではない。
数年で孵るものも有れば、数百年…数千年とその姿を保っているものもある。
「お化けは死なない」と言われているのは「孵変」により
自らを媒体に新しく生まれ変る事が可能であるが故に
お化けだって決して不老不死なわけではない。
しかし、中には「孵変」の能力を得られなかった為に、
自ら「孵変」を拒否した為に自身と言う種を永遠に絶滅させてしまったものもある。
それは闇から闇へ…どの種が滅びたなどとは、誰も知りは…しない。
モノクロテレビが出始め、TVで一躍有名になる頃には
口伝いに広がった妖怪ポストや、虫やカラスたちの協力により、
怪事件を解決する為に出かけることがより多くなった。
それに比例して怪事件に自然と巻き込まれることも多くなったが、
ねずみ男との腐れ縁も相変わらず続いていた。
286:輪廻転生【15】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/21 22:00:17.65 v5cLCKmY
「孵変」を繰り返しても、ねずみ男は根本的な性質は変わらず、
おかしな商売を思いついては金儲けに精を出していたが、
どれもこれも長く続かなかった。
しかしながらバイタリティだけは大したもので、
一度や二度(ばかりではないが)の失敗はなんのその
鬼太郎に邪魔されても懲りる事無く、同じ事を何度も繰り返していた。
そんなある日
ゲゲゲハウスに怪事件解決依頼の手紙ではない「赤札」が届けられた。
「赤札」は閻魔大王が極悪人更生の為に、
各妖怪に発行しているもので、
罪によって段階があり其処に書かれた者は更生できなければ
最悪「死」に追いやらなければならない任務を負うことになる。
怪異や悪い人が懲らしめられたと言う話が数多く残されているが、
あれは「赤札」によりもたらされた閻魔大王の罰であり
「赤札」の刑により更生できた者、
生き残る事が出来た者の恐ろしい体験談が口伝えられていくうちに
今のような昔話になったのだ。
その「赤札」が鬼太郎の元へ届けられた。
赤札に書かれていたのは「ねずみ男」の名前。
閻魔大王から受けた任務は「ねずみ男の処刑」だった。
確かにどうしようもないヤツで、
何度も痛い目に合わされたこともある鬼太郎だったが、
悪い面ばかりで無く良い面も知っている。
長年の付き合いもあってどこか憎み切れず
ねずみ男を鬼太郎が手に掛ける事等出来はしなかった。
なかなか執行できずに数日経った頃、
どこで聞きつけたのか猫娘が鬼太郎の元へ訪ねて来た。
心優しい鬼太郎がねずみ男を手に掛けられず、
気に病んでいると聞き心配になり様子を見に来たのだ。
「鬼太郎ちゃん、聞いたわよ。
”赤札”の話…もしよければあたいに譲ってもらえないかしら?」
流石に鬼太郎は断った。
猫娘もあまりしつこくはせず
「今あたい困っているのよ。
気が向いたら、いつでも連絡頂戴ね。」と、言い残して去っていった。
このような猫娘の申し出は大して珍しいものでは無い。
何故ならば「赤札」の任務には報酬があり、
報酬目当てに「赤札」の任務の譲渡は、
妖怪同士の間で普通に行われている事だった。
鬼太郎は悩みに悩んで、ねずみ男を諭しに行くことにした。
無論「赤札」の事は伏せて
ねずみ男は鬼太郎の知らぬところで、また怪しげな商売を始めていた。
しかも非常にあくどい手段で、老人や貧しい人々からなけなしの金を巻き上げていたのだ。
287:輪廻転生【16】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/21 22:02:57.88 v5cLCKmY
鬼太郎がネズミ男の本へ辿り着くまでに、幾人もの人が力尽きて倒れていた。
悪徳商法による犠牲は想像以上に酷く、辺りの惨状に鬼太郎は愕然とした。
漸く辿り着いた先では更に驚くべきことが待っていた。
あのねずみ男が土地を手にし新居まで建ていて、
どこか花嫁に来てくれる娘は居ないだろうかとまでのたまう始末。
初めのうちは話を聞いて「ぎょぎょっ!」とする事ばかりだった鬼太郎だが、
ねずみ男を懲らしめるのに、ふといい案を思いつく。
「一人心当たりがあるが、結婚となると…」
「貯金だってこんなにあるんだ。」
「少々目が釣りあがっているが、いいかな?」
「そんな事構わない!」
鬼太郎はねずみ男に花嫁候補を紹介する事になり、
後日、猫娘を呼び出した。
元々天敵同士である猫娘とねずみ男は、それぞれ人間社会に身を置いていた為に、
余り接点が無かったのが幸いした。
ねずみ男が知っている猫娘の姿は着物で短い髪であった頃で、
現在のおかっぱの髪型に赤いワンピース姿に変った
「孵変」後の猫娘を知ら無かった為に、鬼太郎にとっては非常に都合が良かった。
「相談したい事があるんだけど、そこの蕎麦屋でどうだい?」
鬼太郎に誘われるまま、調布の神社そばにある蕎麦屋に入った二人。
蕎麦をそれぞれ注文し、鬼太郎はねずみ男を懲らしめる為に猫娘に協力を頼んだ。
「良いわよ?そのかわりラーメン二杯おごってね。」
「そう…じゃぁ、これも食べて良いよ。」
「あらどうして?」
「ラーメン二杯分しか持ってないんだ。」
「…」
(…失敗したわ。)猫娘は心の中で額に手を当てた。
ラーメンを二杯後馳走になって鬼太郎が気遣わなくてすむようにするつもりが
かえって気まずくなってしまった。
が、言ってしまった手前返す訳にも行かず、猫娘はぞろぞろと2杯のラーメンを空けた。
「本当に鬼太郎さんて友情に厚い妖怪ね。
あたいの悩みも解決して欲しいぐらいよ?」
「猫ちゃんの悩みって?僕でよければ力になるよ。」
「あっ…あら…そうね、ねずみ男さんを懲らしめた後で聞いてくださる?」
「もちろん。」
場を取り繕う為に思わず漏れてしまった本音。
普通なら話の流れとして聞き流されてしまいそうな他愛も無い会話なのに。
まじめに受け止めてくれた鬼太郎に猫娘は一瞬戸惑ったが、
あまりにも真剣な眼差しで話に耳を傾けてくれ断りを入れることが出来ず頼んでしまった。
288:輪廻転生【17】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/21 22:05:56.60 v5cLCKmY
根本からねずみ男を更生する事は適わなかったが、
猫娘の厳しい管理化の下、騙し取ったお金は元の人へ返させ
絶食させる事で、閻魔大王の通信役であるねずみ男の体内の三虫を餓死させた。
こうして通信が途絶える事で、「処刑した」と言う形を作った。
一度刑により死した後、息を吹き返してしまったら「赤札」の効力は無くなる。
しかし、ねずみ男の三虫が餓死したところで、
新しい三虫が体内に生まれてくるから、閻魔大王への報告が途絶えてしまう事は無い。
何とか任務をやり過ごす事が出来た鬼太郎は、お礼にと猫娘の元を訪れた。
猫娘の悩みを解決する為に…
それは彼女の中にある猫の性故の悩みなのだが…
この事件をきっかけに、ゲゲゲの森で猫娘の姿がよく見かけられるようになった。
後に、彼女もまたゲゲゲファミリーの一員となる。
やがて時は経ち、新たな時代を迎える。
そして彼ら「妖怪」も――
・
・
・
・
・
約三年後。
高度経済成長の時代、第二次ベビーブームでもある。
まだまだ豊かだと呼べるほどの時代ではなかったが、
全てのものの発展が凄まじい時代でもあった。
モノクロテレビからカラーテレビが普及し始め、
今まで高級品だったテレビがそれぞれの家庭に一台は置かれるようになり、
鬼太郎やその仲間の活躍はますます有名になった。
何時しかゲゲゲの森にも妖怪が集まるようになり、
ねずみ男はもとより砂かけ婆や子啼き爺、塗り壁や一旦木綿
そして猫娘の姿を良く見るようになった。
ねずみ男との一件以来、2人はより親密な中になり、
猫娘にとって鬼太郎は今まで以上に特別な存在となっていた。
相変わらず妖怪ポストへの依頼はひっきりなしで、
鬼太郎親子だけでは手が回らなくなり仲間に協力を仰ぐ事も増え、
時には調査隊と一緒に海外へ出向く事もあった。
今回の事件もまた、南国の地での妖怪騒動を解決し
日本へと帰る途中であった。
「はぁ…」
海ばかり続く水平線を見て鬼太郎は思わず溜息をついた。
いや、帰路についてからずっとこの調子で、口を開けば溜息ばかり。
事件は解決したものの、鬼太郎の心は晴れなかった。
人の娘に恋をした猫又の適わぬ恋
報われぬと解っていながらも想い人を守り死んでいったジータは、
果して幸せだったのだろうか?
何十年と共に暮らした家族にあらぬ疑いをかけられて追い出されたと言うのに、
命の危険も省みず尚も守る為に己の姿を変えてまで戻ったその理由。
傍目から見れば愛するものを守り命を落としたジータは幸せに見えるかもしれないが、
想い人は他者との恋を実らせジータの恋心は届かぬまま。
この事件が終わっても心が晴れない理由は、ジータの事ばかりではないと自分でも解っていた。
289:輪廻転生【18】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/21 22:08:06.49 v5cLCKmY
今回の事件に赴く前、依頼人が来たときにたまたま猫娘が来ていたのだが事の始まり。
まさか猫がらみの事件だとは思いも因らなかったが、
猫の悪口に怒り狂った猫娘を静めるためとはいえ
咄嗟に毛ばりを使ったのはやはり不味かっただろうか?
猫娘に人を傷つけるような事はして欲しくなかったし、彼女も傷つけずに止めたかった。
隠し事も無く互いに本音で言い合える中だからこそ、
本気で相手をしても壊れるような間からではないと思ってはいるけれど、
離れている時間が長引くほどその自信は揺らぐ。
あの日猫娘が怒って帰ってしまってから出国するまで一度も会えずに日が経ってしまったが、
猫娘を連れて行かなかったことは後悔していない。
猫族である猫娘が、目の前で同族の悪口を言われ悲しまないわけが無い。
悪口だけであれだけ怒っていたのだ、
遠縁でも同種族のジータが目の前で命果てる姿を見たらどれほど悲しんだだろうか?
「…はぁ」
腕組みし、かくんと頭を落としてはまた、溜息が漏れる。
猫娘は今頃何をしているのだろうか?
あの日の事を猫娘はどう思っているのだろう。
互いの関係を修復しないままに出かけた自分に愛想を尽かして居やしないだろうか。
漸くゲゲゲハウスでの気楽な生活に戻ったものの鬼太郎は上の空。
何時もなら無視たちの称えるゲゲゲの歌に迎えられながら、
家で疲れを癒しのんびりと過ごすはずなのに
事件の後味の悪さも手伝ってか、猫娘の事ばかり考えてしまう。
日ごろの習慣で自然と湯を沸かし、父の茶碗風呂の支度をする鬼太郎だが、
どことなく落着きが無い。
「ふぅ~我が家の茶碗風呂が一番!じゃわい。」
「…そうですね。」
何時もと変わりなく茶碗に湯を注ぐ息子の姿を冷静に親父は見ていた。
戻ればイの一番で駆けつけてきそうな猫娘が、
数日経っても姿を見せないと言うことはまだ仲直りしていないのだろう。
例の件を一部始終を見ていただけに息子の心中を察していた。
「鬼太郎…おまえ、行かなくて良いのか?」
「なっ…何のことですか、父さん?」
恍けてみたものの父に見透かされていたかと思うと、
とても平静を保っていられず急須を下げようとして思わず蓋を落としてしまったが、
幸いに割れずにすんだ。
「ああ、良かった。」
「何をやっておるんじゃ。
お前が出かけるのなら、ついでにわしの用事も頼もうかと思っての。」
「父さんの用事って?」
「砂かけに届けて欲しいものがあるんじゃが…」
「オババの所なら今行ってきますよ。」
出かけることを躊躇っていたが、父の後押しもあり鬼太郎は猫娘のところへ出向く事を決心した。
「父さん。もしかしたら帰りが少し遅れるかもしれません。」
「わしは構わん。何かあったらカラスも居るしのう。」
「では、行ってきます。」
290:輪廻転生【19】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/21 22:09:27.64 v5cLCKmY
カラコロと、心なしか軽くなった下駄の音が遠ざかっていくのを耳で確かめながら
親父は深く湯船に潜った。
「不器用な奴じゃのう。」
一息つくと、小さな手拭を湯船に通し頭に乗せた。
鬼太郎は親父の用事を即座に済ませ、向った先は猫娘のところだった。
少しでも早く顔が見たくて、家を出てから走り尽くめの鬼太郎だったが、
塒の神社が見えると徐々に歩みが遅くなる。
あんな事があって久々に会う彼女になんと声を掛けたらいいのか、
会いたいのに気まずくて、照れくさくて
神社の境内に向う階段を上った頃には日が大分傾き、
赤い夕日に照らされて木々の陰が長く伸びていた。
きょろきょろと辺りを見回すと、人気の無くなった境内の賽銭箱の前の石段に
ポツリと腰掛けている人影を見つけた。
ピンクのリボンが夕日に染められてオレンジ色になっていたけれど、
その後姿を見間違えたりはしない。
直ぐにでも声を掛けたかったけれども、
彼女を覆った影の狭間から雫が落ちるのを見てしまった。
泣いているのだろうか…?
足を忍ばせて直ぐ傍に近づいたのに、気がつく様子も無い。
黙って様子を窺っていると、猫娘は泣いていたのだと知った。
もしかしたらあの日から毎日こうして彼女は泣いていたのだろうか?
そう思うと、胸が締め付けられるようで堪らなくなった。
「…猫娘。」
誰も居ないと思っていた境内で名前を呼ばれて、ピクリと影が動いた。
「き、鬼太郎さん…なの?」
トレードマークのリボンがひらりと揺らし猫娘が振り返ると
夕陽の作った柱の影から現われた人影が近づいてくる。
声を聞き間違うはずも無いが、胸の鼓動が抑えられない。
影で判別しにくかったチャンチャンコの縞模様が露になり、
声の主が鬼太郎だと確信すると、猫娘は逃げ出そうとした。
「待ってよ。」
「きゃっ!」
久しぶりに掴んだ彼女の腕は細く華奢で、
余り力をこめたら折れてしまいそうだったが、逃すまいと掴んだ腕を離さない。
一体彼女は何時からこうして外で一人居たんだろうか?
寒さの為か触れた彼女の肌は、体温の低い鬼太郎でもわかるほど冷えていた。
「鬼太郎さん、離して?」
「離さないよ。離したら猫娘は…逃げてしまうだろう?」
「…」
猫娘は視線を逸らし口を閉ざしたまま。
「僕は君に逢いに来たんだ。話をしたくて…」
鬼太郎は猫娘を座らせると肩にチャンチャンコを羽織らせ、隣に腰掛けた。
291:輪廻転生【20】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/21 22:10:37.97 v5cLCKmY
「猫娘…僕は君に謝らなくちゃ。」
「えっ?」
「猫娘の言うとおりだったよ…。」
鬼太郎は南の島で起きた事件の真相を語って聞かせた。
ジータは恋した娘を助けるために、命を落とした事まで隠さずに全て
「帰って来る時に、僕は猫娘の事を考えずには居られなかったんだ。
とても会いたかったけど、あんな別れかたをしたままだったし…」
照れくさそうに鬼太郎は言ったが、その気持ちは猫娘も同じだった。
本当は鬼太郎が来てくれるのをずっと待っていた。
でも、向こうへ出かけてしまって来ない事が解っていたから悲しくて毎日泣いていた。
鬼太郎が戻ってきた事も、烏から聞いて知っていたけれど、
別れ方が別れ方だったし日が経てば経つほど行けなくなってた。
愛想を尽かされたんじゃないかと確かめに行くのが、会いに行くのが怖くて…
夕闇と共に沈んでいく気持ちは押さえられず、
どうしようもない思いを一人抱え神社の前で泣いていた。
鬼太郎だって怖くなかったわけではない。
黙って行ってしまって、それくらいで切れる縁ではないと信じ自分に言い聞かせてきたけれど、
ちゃんと繋がっている事を確かめたくてここへ来たのだ。
だから会いに来てくれて凄く嬉しいく感じた反面、
堪らない気恥ずかしさがこみ上げてきて素直になれなかった。
相手に甘えていた事に気が付くのと同時に
二人の心はお互いを思ってちゃんと繋がっていたことを実感した。
わだかまりが解け、自然な笑顔が戻ると二人は手を繋ぎ夜の墓場へと出かけていった。
それから約1年はとても忙しく活躍を続けたゲゲゲファミリーだが、何時しか妖怪も影を潜め始め
ゲゲゲの森に静けさが戻り、やがて十数年が過ぎ去り、迎えた時はバブル絶頂期
土地の高騰に加え、あらゆる方面で巨額の金と欲望が渦巻き、
水面下では、人の欲望に惹き付けられた妖怪たちの動きが活性化し始めていた。
この時、猫娘が鬼太郎ファミリーの一員になってから13年ほどの時が経過していた。
街も様変わりし、大量生産され溢れる品々に何時しか人々は、
物を大事にする心を失ったかのような振る舞いだった。
不自由の無い豊かに酔いしれ、無駄に物が廃棄される。
喰うに困らなくて結構な事だ…と、ねずみ男は言うが、
休みも無く働く人間を見ていると本当に幸せなのか疑問に思う。
一時期は妖怪事件で引っ張りだこだった鬼太郎だったが、
時の変化に流される事も無く朝から万年床で…と
歌詞まんまののんびりとした生活を代わらず送っていた。
揺れる若葉が爽やかな初夏、ゲゲゲの森には鬼太郎の姿は無く、
ゲゲゲハウスには初夏の日差しにも負けず将棋を指す子啼き爺と目玉の親父の姿が有るのみ。
ねずみ男と言えば、相変わらず街に繰り出しては
しょうもない悪巧みを企んだりしていたようだったが、
妖怪がらみでは無いからかたいした事件に発展する事も無い。
当の鬼太郎はと言えば、人界へと良く出かけているようだった。
事件の呼び出しから解放されたが、家は父と子啼きに占領されてはおちおち昼寝もできず
飯にありつける事もあって、
何時しか静かな神社の下に住まう猫娘のところへと訪れるのが日常となっていた。
そんなある日、鬼太郎は猫娘に問いかけた。
292:輪廻転生【21】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/21 22:11:55.58 v5cLCKmY
「ねぇ、猫ちゃん…」
「なぁに?鬼太郎さん。」
「その…君、もしかして始まっているのかい?」
「…」
大分前から猫娘の様子がおかしいことには気がついていた。
だがその理由がまったく分からなかったから、聞くに聞けなかった。
「どうかしたの?」と問えば
猫娘は「何でもないわ、鬼太郎さん。」そう返すことが予想できたから。
だけれど仲間内で密やかに孵変が始まった者が居ると言う噂を聞きつけ、
猫娘の態度と直結するものがあったのだ。
ずっとこうして安らかな日々が繰り返し続けば良いとは願っていたけれども、現実とは残酷なもの。
人ならばごく当たり前であるものなのに、人ではない彼の願いは簡単には叶わない。
「鬼太郎さん…気付いていたの?」
「うん」
何時も一緒に居て、肌を合わせる関係だというのに気がつかないほうがどうかしている。
猫娘がここ数日元気が無かった原因――「孵変の兆」
「兆」は何の前触れも無く、ある日突然腹部に現れる。
それは時代が大きく変化し、穏やかな時が一変する前触れ。
現在…の自分との別れ
こうして深く身を寄せ合う仲になり、
互いを愛しむ事が出来る悦びを分かち合えるようになった矢先の出来事。
「孵変の兆」が現われたからには孵変はもはや避けられぬ道。
孵変後は見た目も、性格も変わってしまう為に、まだ幼き二人には先が見えない。
例え姿形が変わろうとも魂は常に一つ、この想いは変わらないが、孵変は脅威であった。
猫娘の細い肩が震える。
それは声を押し殺して泣いているのだとすぐに気がついて、鬼太郎は抱き寄せた。
まだ器と魂が不安定で、記憶が曖昧な頃に孵変を度々繰り返していた頃とは違う。
こうして思い通じ合える相手と出会い、知ってしまった今では孵変がとても恐ろしく感じる。
「泣かないで、猫ちゃん…怖くないよ。僕も一緒だから。」
魂もこの器も含めて互いが愛しい。
己さえあれば魂は砕け散る事は無くとも、愛した器が失われてしまうのは切なかった。
孵変を迎えた後の姿の予測等つく筈もなく、
新しい器になっても今と変らず居られるかと思うと心細くなる。
「鬼太郎さん、あたし…終わったら逢いに行ってもいい?」
「駄目な事なんてあるもんか!
僕はどんな姿になったって一目で猫ちゃんだって見分ける自身があるよ。」
「本当に?」
「本当さ!猫ちゃんが姿を隠したって見つけ出すよ。」
「うん。」
「だから…約束してくれるかい?」
「…えっ?」
「変ってしまっても…僕の事好きでいておくれよ。」
「約束なんかしなくっても、あたしの気持ちは変らないわ。」
「うん…わかってる。でも、ちゃんと言葉にして欲しいんだ。」
293:輪廻転生【22】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/21 22:14:27.94 v5cLCKmY
口先を尖らせ、顔は俯いているのに上目遣いで尋ねる鬼太郎の姿は拗ねているようにも見えて
まるで子供が母親に愛情を求めるような仕草に、堪らない愛おしさがこみ上げて、
猫娘は鬼太郎の身を抱き寄せた。
先ほどまで孵変に怯えて心を弱くしていた彼女の姿はもうそこには無かった。
「好き…よ?何があっても鬼太郎さんの事。
鬼太郎さんが望むのなら、約束だって誓いだって何度も交わすわ。」
「猫ちゃん…」
猫娘は凛とした眼差しを逸らす事無く言い切り、鬼太郎の前髪で覆われた左目蓋に口付けた。
生まれつき閉ざされた瞳への口付けは、二人だけの約束の証。
猫娘の顔が離れ、互いの視線が交じわうと自然と笑みがこぼれ、額を合わせた。
「好きよ、鬼太郎さんの事だけ…ずっと。」
「僕も…猫ちゃんの事、大好きだよ。」
この日を境に猫娘の姿が消えた。
猫娘の住まいに尋ねていった鬼太郎は孵変の為、
誰の目にも触れぬところへ一時的に身を隠し備えているであろうことを悟った。
それはどの妖怪もそうで、変わる瞬間の姿は誰も見る事が出来ない。
唯一見る事が出来るのは己のみで、腹部に現われた兆から現われた新しい自分と向き合う時、
それは今の自分が過去の自分へと変る瞬間
それを受け入れられない者はそのまま消滅する事もある。
必ず自分の元へと戻ってくる事を信じ、鬼太郎は自らも孵変する準備に入った。
少女と同じ時を生きる為に――
糸売く
294:名無しさん@ピンキー
12/03/22 00:34:10.37 qPEqcdq7
キター
295:名無しさん@ピンキー
12/03/22 00:34:37.83 qPEqcdq7
キター
296:毛 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:09:08.11 gStdgYYO
>>293続き
ここから3部への流れになります。
構成上、ネコ娘に関する描写が切ない感じです。
・ 鬼太郎×猫娘・総集編
・ 地獄童子×幽子
・ お好みに合わせて◆以下NGワード登録なり、スルーよろしこ
・ 基本は何時だって相思相愛♥
誤字脱字、おかしな所があってもキニシナイ(゚∀゚)!!
297:輪廻転生【23】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:10:23.89 gStdgYYO
――約一ヵ月後
真夏を迎えたゲゲゲの森は一層深い緑に覆われ、セミの大合唱が響く。
ゲゲゲハウスも相変わらず健在で、
中の丸太の机の上には水風呂を楽しむ親父の姿があり、
傍らには当に孵変を終えた鬼太郎の姿があった。
夏の熱気に当てられてか、気だるそうに寝転ぶ鬼太郎の表情はどこかしら不満が漂う。
砂かけのおばばも子啼き爺も、一反木綿に塗り壁だって当に孵変を終え
ねずみ男ですらゲゲゲハウスに訪ねてきたと言うのに…
まだ尋ねてこない待ち人を想って、眉間に皺が寄る。
不機嫌の原因はネコ娘…孵変はとっくに終わっているはずなのに、
彼女だけがゲゲゲハウスに訪れてこないのだ。
”終わったら逢いに行ってもいい?”そう言ったのは彼女の方なのに、何故来ないのだろう?
あの日交わした約束、彼女の意思は固く消滅する事などあり得ない。
もしかして来れないような状況にあるんだろうか?
疑問に思うのならば自分の足で迎えに行き、その目で確かめれば良いだけの事。
あの時、鬼太郎自身も猫娘が姿を隠したって見つけ出すと宣言したのだから、
自ら彼女に会いに行ったとしても何の問題も無い筈なのに…素直になれない性格が邪魔をする。
第一、直接会いに行ってネコ娘になんと声を掛けたらいいものか
孵変により幾度姿形や性格が変ろうとも、
記憶だけは失われること無く自身の存在と共に引き継がれていく。
今の姿になる少し前の事なのに、
この手で少女を愛した記憶を手繰ると言い表しようの無い気恥ずかしさに襲われる。
それまでも少女に囁いた数々の甘い言葉、
決して軽々しく口にした台詞ではなかったが、
穴があったら飛び込んでしまいたかった。
”大好きだよ。”
何故あの時は自然とそんな風に言えたのだろう?
同じ自分でありながら理解できず、不思議ばかりが募る。
目玉の親父は目の前で赤くなったり青くなったりする息子の百面相を温かく見守りつつ、
更に数日が過ぎたある晩。
ゲゲゲハウスに一人の少女が訪ねてきた。
「こんばんわ」
万年床で寝転がっていた鬼太郎は、
耳にした少女の声に鼓動が跳ね上がり、一気に脈拍が加速したが
気取られぬよう寝たままの姿勢を保ち、視線だけ声の主に向ける。
上って来た少女は相変わらずのおかっぱの髪型に
トレードマークのショッキングピンクのリボンを結び、
白いブラウスに真っ赤なジャンバースカートを纏っていた。
姿も声も多少変ったけれども、凛とした猫目はそのままで一目でネコ娘だと解る。
298:輪廻転生【24】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:11:05.73 gStdgYYO
「今まで何してたんだよ。ネコ娘が一番最後だぞ。」
孵変後のネコ娘に対する第一声がこの言葉になってしまった。
起き上がりがてら言ってしまった鬼太郎自身も驚いたが、
腕組をしプイと顔をそむけて不機嫌を強調する。
一瞬きょとんとしていたネコ娘だが、直ぐににこりと微笑むと両手を合わせた。
「ゴメン~!!」
今まで姿を見せなかった理由は一切口せず、即座に謝罪した。
ついこの間までの猫娘は落ち着いた感じだったのに、
孵変後のネコ娘は活発そうで…もう少し良く見たいと鬼太郎が立ち上がる。
「あれ、鬼太郎…背が伸びた?」
鬼太郎の変化に気がついたネコ娘がずいと近づき、
肩を並べれば相変わらずネコ娘のほうが頭一つ分背が高いままでは在ったが。
「やっぱり…鬼太郎背が伸びたね。」
「うわっ、な、なんだよ。そんなにくっつくなよ!」
「あっ…ご、ゴメンね。そんなに嫌だった?」
(鬼太郎…あまり身長の事言われたくなかったのかも。)
鬼太郎よりも背が高い事を気にしていたネコ娘は、
彼の成長がただ嬉しかっただけなのに怒られてしまい申し訳無さそうに肩を竦めた。
シュンとしたネコ娘を見て心がチクリと痛む。
傷つけるつもりは無かったのに、肩に触れた感触に思わず…
「行き成りそんな風にされたら誰だって驚くに決まっているだろう。」
「ん、そうだね。…でも。」
「”でも”…なんだよ。」
「鬼太郎がちゃんと”あたし”だって解ってくれて嬉しい。」
「なっ…何言ってるんだよ。そんな事ぐらい誰だって解るに決まってるだろ!」
腕を組んできたネコ娘に鬼太郎は思わず、手を振り払ってしまった。
そうじゃない、言いたいのはこんな言葉じゃないのに…
来てくれて嬉しいのになぜか冷たい態度をとってしまう
本心とは裏腹に口を開けばキツイ言葉しか言えない。
一体自分はどうしてしまったのだろう?
夏が過ぎ去り秋を迎える頃、
水面下で蠢いていた妖怪たちの行動が表立つようになり、
やがてそれらがネズミ男の悪巧みと連結し大事件が勃発する。
やがて届き始める妖怪ポストへの手紙は溢れんばかりになり、
嘗ての忙しい日々が繰り返されるようになるが二人の関係は相変わらずだった。
今までと変わった事と言えば、
鏡爺の事件をきっかけに知り合った人間の少女が、
頻繁に鬼太郎の家を訪れるようになり、
ネズミ男と同様に彼女の身辺でも、
よく妖怪がらみの事件が発生するようになった。
299:輪廻転生【25】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:12:01.04 gStdgYYO
これまであまり人間達と親密な関係なんて築いてこなかったから、
ゲゲゲの森を出入りする人間の少女は異質なものではあったが
ネズミ男や朱の盆を初め、
可愛らしい人間の少女に虜になってしまう妖怪もちらほらと居た。
その少女はネコ娘にとって、ある意味衝撃だった。
――こんな可愛い娘、はじめて見た。
長年人間界で色々な子供達と出会い、見てきたけれど
この少女は今まで出会ったどの少女とも違っていた。
都会的な雰囲気をまとい、幼いながらも彼女は”女性”だった。
ただでさえ美人に弱い鬼太郎だったが、その少女と自分との接し方の差に
ネコ娘の目には鬼太郎が少女を好いているように見えた。
鬼太郎が大事に想っている人ならば、自分も大切に――彼女を守ってあげなければ。
人間の少女に優しく接する鬼太郎に嫉妬して、
恋のライバルと張り合って見せた事もあったけれど、
砂かけのおばばからは余り良く思われないこともあったり
一応”ゲゲゲの森のアイドル・妖怪界のキョンキョン”で通っていたネコ娘だが、
女の子としての扱いは微妙だった。
酷かった、と言えば、白山坊の時の扱いも散々だった。
女の子が大好きな人と結ばれる為に着るはずの衣装――白無垢。
鬼太郎の為に纏ったものでは無いけれど、お世辞でも”似合うよ”ぐらい言って欲しかった。
ベリアル戦では思わず頬に口付けてしまったけれど、鬼太郎はアレをどう思ったんだろう。
『ご褒美のチュ』の時に『いいよ』と言っていたのは遠慮等ではなく、嫌だったから?
髪様の時には”僕がお嫁に貰ってやるよ”とは言ってくれたけれど、
”行く当てが無いのなら――”と続いた言葉。
いつかは鬼太郎のお嫁さんになれるのかと夢見ていたけれど、
鬼太郎にとっては違うのだろうか?
あの日、鬼太郎に約束した想いは今も変らないのに
ネコ娘は明るく素直な少女では在ったが、
現われた一人の少女の存在が、彼女の本音を胸の内に包み隠させる。
今までは季節ごとに見舞われていた
猫の性を宿すが故の苦悩を癒していてくれた鬼太郎の姿は無く、
ネコ娘は時期が訪れるとその身を隠し、治まるまで一人やり過ごすようになった。
どんなに苦しくても頼ってはいけない、
本当に助けて欲しい時に”助けて”と言ってはいけない、
鬼太郎には守るべき人が居るのだから邪魔になってはいけない、
何時如何なる時も、決して足手まといになってはいけない――と。
ネコ娘は自分自身に嘘をつくことが上手くなり、
胸の内に秘めた苦しみや悲しみすら表立って感情に現す事が無く、
隠された本音を誰にも感じさせることが無かった。
鈍感な鬼太郎は気付いては居ない。
徐々に広がりつつある彼女との溝に
300:輪廻転生【26】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:12:41.63 gStdgYYO
人間の少女と出会ってから2年が経ったある日。
ネズミ男が怪しげな古本屋から買ってきた古書を元に
「石枕」を掘り当てた事から、ゲゲゲファミリーは地獄へと旅立つ事となる。
全てはぬらりひょんが鬼太郎の母に対する思いを利用した罠でもあったが、
偶然招かれた彼の地ではネコ娘にとっても運命の再会が待っていた。
地獄へ降り立った時に感じた”何か”
呼ばれているようでもあり魅かれるようにも感じ、
歩みを進めるほどにそれは徐々に強くなって、
気のせいではないとネコ娘は思い始めていた。
途轍もなく広い地獄の中で皆と離れ離れになり、
人間の少女と二人先の見えぬ道を突き進んでいた時
突如目の前に現われた少年は閻魔大王庁で攻撃を仕掛けてきた地獄童子だった。
「鬼太郎の恋人にはちょいと付き合ってもらうぜ?」
浚われていったのは思わず頬を赤らめたネコ娘ではなく、人間の少女。
やはり傍目にも”恋人同士”になど見られてい無い事実に
ショックを隠しきれないネコ娘は、やがて現れた五徳猫に連れられ
その根城に捕らわれていた幽子と出会う。
決して偶然などではない運命――いや必然の再会。
元は寝子と言う名の一人の少女であった二人。
遅かれ早かれ何時かは出会わざるを得ない。
幽子はネコ娘を見るなり、驚きを露にした。
いや、隠し切れなかったのだ。
まるで自分を知っているかのような彼女の態度に驚きつつも、
どこか懐かしさを感じ取っていた。
この地に来た時からずっと感じていたもの
それが幽子の存在であると目の前にしてはっきりと確信できた。
鬼太郎に惹かれる気持ちとはまったく別の感情…
まるで魂が呼び合うように彼女に惹かれるのだ。
幽子の手が触れた瞬間、
自分の全てを吸い取られてしまうのではないかと思った程強く引き合った。
ネコ娘を見て幽子は、嘗て自分の中に存在し何時か失った半身を見出した。
命を落とした時に失った半身は現世にもどり、
何時か自分によくしてくれた少年の傍に辿り着いていた事を知った。
寝子であった頃の特徴を多く残す幽子だが、
凛とした美しさの寝子とは違い幽子は柔らかい印象の儚げな美人であった。
寝子の半身である幽子とネコ娘、
それぞれ寝子自身でありながら魂を分かち合った為に、
嘗て出会っていた鬼太郎ですら二人が寝子であるなどとは気がつきようもなかった。
ただ一人、寝子の事を幽子から聞いていた童子だけが二人の様子から気がついた。
「幽子…もしかして…」
「地獄童子さん、少しだけ彼女とお話してもいいかしら?」
「お前が自分と話し合うのに問題なんかねぇよ。
俺は席を外すからゆっくり話すといい。」
長い黒髪を翻し、童子は二人に背を向けた。
301:輪廻転生【27】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:13:20.29 gStdgYYO
「お前の半身なら一目で見抜く自信が有ったんだが…俺の目もまだまだ節穴だな。」
「えっ…?」
去り際の童子の言葉に、ネコ娘は思わず声を上げた。
先ほどから感じている幽子との目に見えぬ繋がりが童子の言葉で少し見えたような気がした。
でも、彼女は人間で自分は妖怪…
その事実は揺ぎ無いものなのにどこに接点があると言うのだろう?
二人きりになり、不安と困惑の表情を浮かべるネコ娘に幽子は微笑みかけた。
「寝子を覚えてる?」
「ねこ?」
首をかしげるネコ娘に、やはり記憶は残っていないようだった。
「そう…私には何も感じなかった?」
「さっき手が触れたとき、魂が吸い込まれるかと思ったわ。
こんな事言ったら、幽子さんに変に思われるかもしれないけど…あたし…」
「言ってみて?」
「あたし…地獄へ着てからずっと感じてたの。
ずっと何か解らなかったんだけれど、
それが幽子さんだってココへ着て解ったの…まるで――」
「”まるで?”」
「その…上手く表現できないんだけど、他人じゃないような気がして…」
「…」
「あっ、変な意味はないの。でも、こんな風に感じたのって初めてだったから…」
慌てて言葉を付け足したネコ娘は黙ってしまった幽子の顔を覗き込む。
「幽子さん?」
「もし…」
「”もし?”」
「本当に他人じゃなかったら?」
返された言葉と共にまっすぐな瞳に見つめ返され驚いたネコ娘だが、
幽子は茶化しや冗談で言っているのではないことは表情から読み取れた。
でも、記憶の限りでは幽子の顔はどうしても思い出せない。
返事が出来ぬままに居るネコ娘に微笑みかけながら幽子は続けた。
「あなたが人としての死を残してくれたから、私は彼に出会うことが出来たわ。」
”彼”と言うのは地獄童子の事だろう。
今まで地獄童子が散々邪魔してきた理由も、
偏に幽子を救う為だった事を知った今、
二人の関係がとても羨ましかった。
もしも、あたしが幽子さんと同じ目にあったら、
鬼太郎は果たしてあたしの為になりふり構わず救いに来てくれるのだろうか――?
いや、来てくれるなんて言い切れる自信なんてとても無い。
だって、あたしと鬼太郎の関係は”仲間”
そう、ゲゲゲの森に住まう他の妖怪と同じ――ただの仲間。
幼馴染では有るけれど、特別な要素なんてこれっぽっちも無い。
地獄童子と幽子は自他諸共に認める恋人同士だが、
鬼太郎とネコ娘は”コイビト”等と呼べるような甘い間柄ではなかった。
302:輪廻転生【28】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:14:31.40 gStdgYYO
「あなたは自分の意思で現世に出て行ったからこそ、再び彼に回り逢えたのね?」
あたしの事だろうか…”彼”とは鬼太郎の事だろう、
でも何故彼女があたしの知らないことを知っているんだろう?
「私ね、本当はあなたに触れたとき寝子に戻ってしまうんじゃないかと思ったの。」
幽子は寝子であった頃に鬼太郎と出会った事、
隠し続けていた猫化する奇病を公衆の面前で晒してしまい、
耐え切れずに自殺してしまった事
地獄に来て魂の半分を失い幽子になって今ここに居ることを話した。
魂魄が半分しか無いから、裁きも受けられず天にも昇ることも適わずに居る事、
でもそのお陰で童子と一緒に居る事ができること
だから出合った時に再び魂が一つに戻るかと思った瞬間、とても怖かったのだと語った。
寝子に戻ってしまったら裁きを受けて、罪を償い童子と別れなければならない。
しかし、片方は死者。
もう片方は死後に魂魄が分かれたとしても現世で妖怪として生きるもの。
肉体を失いし幽子と、魂魄を分かちたネコ娘は半分の魂に一人前の肉体。
度重なる孵変と幽子と分かれてからの魂魄の記憶の情報量が双方異なり、
半身でありながらそれぞれが個々として違う者へとなりつつあった。
再び元に戻るとしたら――
ネコ娘が肉体を失い魂だけでこの地へ降り立ったときに可能性があるのかもしれない。
「でも…ね?現世では幸せになれなかったけれど、
今はとても幸せなのよ。地獄童子さんに出会うことが出来たし、
ネコ娘さんにも出会うことが出来たんですもの。」
「そうね。鬼太郎に出会うことが出来たし、あたしも幽子さんに出会えてよかった。」
「ネコ娘さん…今、幸せ?」
幽子の問いに、ネコ娘は瞬時に応えられなかった。
「うん…幸せ…だよ。」
「――嘗ては”寝子”であった私達だけれども、
今は”幽子”と”ネコ娘”。
魂魄が分かれてしまっても同じ私として――ネコ娘さん、
ちゃんと幸せになってね?」
自分の事は気にせずに、ネコ娘として幸せになって欲しいと言ってくれた幽子
嘗ての半身である彼女にも嘘をついてしまった。
恋した鬼太郎には別の想い人が居ると言うのに…
多分、幽子に嘘はばれているだろうけれど、心配をかけたくなかったのだ。
せっかく出会えたもう一人の自分はちゃんと幸せを見つけたのだから。
空白の記憶を埋める事が出来たし、鬼太郎が恋した寝子であった事実が何よりも嬉しかった。
あの鬼太郎が思いを寄せていた少女、今はどうであれ彼女は自分自身でもあったのだ。
恐らく鬼太郎がその事実に気がつくことは無いだろうし、この先誰にも明かすつもりも無い。
秘密はネコ娘の胸の内に永遠に封印され、ネコ娘と幽子はそれぞれの進むべき道へ歩みだす。
幽子は地獄童子と共に去り、ネコ娘は再び仲間達と共に地上へ戻るべく地獄旅を続ける。
303:輪廻転生【29】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/22 22:15:52.89 gStdgYYO
やがて近づく地獄旅の終わり
人間の少女を餌に鬼太郎ファミリー諸共地獄へ導き、
亡き者にしようとしていた地獄旅の黒幕、ぬらりひょんの野望を打ち砕き、
地獄に秩序を取り戻した鬼太郎たち一行と共にネコ娘は現世に戻ることとなった。
閻魔大王の計らいで、命を与えられた鬼太郎の母と共に。
地獄童子を迎えに来ていた幽子との最後の別れを無言で交わし、現世へと戻る為に胎内道へ向う。
そこでの悲劇はネコ娘にある決意をさせる切欠となった。
ぬらりひょんの最後の悪足掻きにより、人間の少女の命が失われた。
地獄へ連れ去られた彼女を助ける為の地獄旅は後少しで終わるはずだった――なのに。
助けるべき命を救えずに失い、一同が悲しみにくれる中ただ一人
鬼太郎の母だけは落ち着いた様子で、息子の傍へと歩み寄り金色に輝くものを手渡した。
それは、閻魔大王より授かりし母の命。
「これを使って生き返らせてあげなさい。
鬼太郎、母は…お前の顔を見ることができただけでも十分です。」
手渡された命は、人の少女の為に使われ
限りなく現世への入り口へと近づいていた母は、
現世へ戻る手立てを失い地獄へと戻っていった。
見ることも腕に抱く事も適わぬ思っていたわが子にこうして出会えてとても幸福だったと
例えこの身は地獄の地にあろうとも、見守っていると言い残して――
このとき母から放たれた言霊は後に鬼太郎の危機を救うことになるが、それはずっと後の事。
そうして、一度は絶命した少女は、”鬼太郎の母より渡されたの命”により、
再び現世へと蘇えった。
鬼太郎が大切にしていた少女は、
母の命を宿し今まで以上に特別な存在へと変ったであろうことをネコ娘は予感した。
それは他の皆にも同じはず。
かなうわけなんか無い、初めから敵うわけ無かったんだ。
――ごめんなさい幽子さん
ごめんね、もう一人のあたし。
やっぱ、幸せになんか――なれなかったよ。
鬼太郎への想いでネコ娘となった彼女が、彼への執着を断ち切る事等できる筈も無かった。
しかしどんなに想っても決して報われる事の無い己の恋に、ネコ娘は深く絶望した。
糸売く
304:名無しさん@ピンキー
12/03/22 22:33:08.37 ptQRScCj
うおー 3猫セツナス……
305:名無しさん@ピンキー
12/03/23 01:25:40.49 SPCpPg5s
3猫は切ないなぁ。人間の少女ちゃんが憎めないくらいにいい娘な分、切なさが増すんだよなぁ
306:毛 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:36:19.51 9UBl1kU5
>>303続き
3部後篇です。。
引き続きネコ娘に関する描写が切ない感じです。
途中回想シーンで墓場が入ります。
・ 鬼太郎×猫娘・総集編
・ 回想シーンにつき、水木×寝子
・ お好みに合わせて◆以下NGワード登録なり、スルーよろしこ
・ 基本は何時だって相思相愛♥
誤字脱字、おかしな所があってもキニシナイ(゚∀゚)!!
307:輪廻転生【30】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:37:58.87 9UBl1kU5
昔々――悟りを開いた人間が、この世のありとあらゆるものに対して
「執着してはならぬ」と言った。
「執着」によって、己の思い通りにいかなければ、
人は傷つき、苦しみ、そして争いを生む
――故に、己の教えすら「執着」はしてならぬと説いた。
果たして、この世の一切のものに全くの執着を持たぬものなど
在るのだろうか?
何かに対する執着心があるからこそ、ものは生まれ
発展し進化を遂げる。
彼ら妖怪も、そういった存在のひとつではないだろうか。
「執着」が有ったからこそ、彼女
ネコ娘は今、ここに在ると言うのに。
その執着を奪ってしまったら、彼女が待つのは――
一方、鬼太郎達一行が去った地獄は
彼らの活躍により、徐々に正常化しつつあった。
ぬらりひょんの企みで混乱していた事が嘘のようでさえある。
真赤に燃盛る地獄の見慣れた空を見上げ、幽子は
地上へと戻っていった”自分の半身”、ネコ娘を思う。
幽子はネコ娘の嘘に気づいていた。
気づいていたが、自分を思いやってつかれた優しい嘘に気づかぬ振りをしていた。
幽子もまた、ネコ娘にはあえて伝えなかった秘密があったから。
最初は伝えるつもりだった…寝子の全て。
「なぁ、幽子…」
名前を呼ばれて幽子は自分の膝を枕に寝転がる童子の顔を覗く。
「俺、あの娘がお前の半身だって――
出会った時に気づいていたかもしれねぇ。」
童子の言葉に、幽子は一瞬瞳を見開いた。
幽子から視線を逸らさぬまま、童子は言葉を続ける。
「あの時よぅ”鬼太郎の恋人”って言葉に、
ほほ染めて嬉しそうに反応したのがどうも気に入らなくてな。
それで、つい髪の長い方の娘にしたんだ。」
確かに五徳猫からは”鬼太郎の恋人である娘”を浚う様には言われていたのだが
詳しい容姿は伝えられていなかったのだ。
まさか娘が二人もいるとは思わず、戸惑った末の判断だった。
「…妬いてくれたの?」
「さぁな。見た目も声も、似ているところなんて何一つ無いのに…不思議だな。」
ネコ娘の反応に囚われの身の幽子の姿が重なり、
ふと怒らせて見たくなったのは事実だ。
幽子の長い髪がさらりと揺れ落ち童子の頬を撫でると、それを彼は指で絡め取る。
地獄で得た何気ない幸せのひと時に、時々重なって見える寝子の記憶。
既に墓場は過ぎてしまったけれども、己の半身であるネコ娘にすら話す事のなかった事実。
308:輪廻転生【31】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:39:24.95 9UBl1kU5
彼女にはその記憶はないのだし、
これから先も誰に打ち明けることもないだろう、
寝子を幽子と猫娘に分かつ事になった切欠の人――
自分とはまた異なる奇妙な運命に飲み込まれた不幸な人間。
あの人は今…どうしているのだろうか?
名は、水木――
「鬼太郎――!!!」
鬼太郎が目覚めさせた水神の、怒り狂う波に飲み込まれそうになり水木は叫んだ。
ただ、鬼太郎や小遣いをせびりにきた偽鬼太郎のただならぬ様子を見て、
理由は判らずとも瞬時に危険だと判断したが、
既に水神に捕らえられてしまった水木は逃げる事も敵わず、
己の身に起きた不可解な現実を知る事無く、
水神によって強制的に人生の終止符を打たれた。
絶命の瞬間、それは透明なものに侵食される恐怖。
目の前は暗闇でもなく、ただただ先の見通すことの出来ぬ深い深い透明だった。
・
・
・
・
・
・
・
「おや、おまえ…また来たのか?」
どこか聞き覚えのある声がして、水木は目覚めた。
「…ここは」
「どうやら、今度は辿るべく正しき道筋を通ってきたようだな。」
見覚えのある奇妙な風景
かけられた声のほうを見ると、いつぞやの地獄の門番だった。
そして、門番の言葉で水木は自分の身に起こった事を思い出す。
(――そうか、私はあの訳の判らない水に飲まれて死んだのだ。)
水木は二度目の地獄への訪問で、己の死を悟った。
己に死を齎した水神を呼び覚ました張本人が
鬼太郎である事を知らなかったからかもしれない。
不思議な事に、彼の中にはあの幽霊親子に対する恨みはなく、
ただただ後悔するばかりであった。
常に傍に居て見張っていれば安全だと思っていたのだが、
結局は離れていたほうがより安全だったのだろうか?
そもそも、幽霊夫婦との出会いが彼の不幸の始まりだったのだ。
あの男幽霊の妻が、血を提供さえしなければ…
違う住所に住んでいれば…
社長の命を受けたのが自分でなければ…
309:輪廻転生【32】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:41:03.78 9UBl1kU5
彼らに出会わなければ…
いくら過去を思い起こして悔やんでもしかたがない。
運命は彼を幽霊族の犠牲に選んだのだ。
死者となった水木は、ふらふらと立ち上がると門番の脇を抜け、
地獄の入り口――へ、堕ちて行った。
後悔が多いい程に、迷いが複雑なほどに地獄は広く
彼は途方も無く彷徨い続け、とある少女との再会をする。
「…貴方は、水木さんではありませんか?」
「君は…寝子ちゃんなのか?」
少女は黙って頷いた。
地獄への道筋を知る鬼太郎親子ならば未だしも、
ただの死者でしかない彼が無限とも言える地獄の地で、
生前の所縁の者に出会えたのは奇跡ともいえよう。
水木は猫娘となった寝子に案内されるまま、
「猫娘」という表札の掲げられた長屋の一室へと招きいれられた。
「不思議な所だな…地獄はもっと恐ろしい場所だとばかり。」
「地獄に来るのは、罪人ばかりではないのです。」
「しかし、寝子ちゃんは何故、こんな場所に一人で?」
「それは…
私が地獄に堕ちて”猫娘”という新たな名を得たからです。」
猫娘は少し寂しそうな笑顔を浮かべて答えた。
「そうか…」
水木は猫娘の言葉の意味が判らぬまま、そう答えた。
彼女の顔を見て、それ以上深くは聞けず、そう答えるしかなかったのだ。
しかし、何年ぶりだろうか?
地獄の地だというのに、この安息感を味わうのは…
水木は瞳を閉じて深い息を吐く
「…水木さん、泣いているのですか?」
「いや、何故だい?」
「何か思い残してきた事があるのではないかと。」
「そうだなぁ。死んでしまって今更だが、隠す事でもないだろう。
実はね、ささやかながらも家庭を築くのが夢だったんだ。」
彼を心配そうに見つめる少女に、水木は微笑み返す。
「将来の伴侶にと思える女性と出会って
結婚して、そうだなぁ…子供は二人は欲しかったな。
まぁ、結婚の夢は叶わなかったけれど、
子育ては…出来たからね。」
薄気味の悪い子供ではあったが、
育て、共に暮らした年数分、それなりに情もあったのだ。
奇妙な関係ではあったが、鬼太郎親子や偽鬼太郎との生活も悪くは無かった。
寂しい事に、そう思っていたのは水木だけで、向こうには欠片も無かったようだが…
水木は死の直前を思い出して、深い溜息を吐いた。
310:輪廻転生【33】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:42:23.98 9UBl1kU5
「ね、水木さんは結婚して、お嫁さんになった女性に…
して欲しい事って有ったんでしょう?」
「まぁ…ね。休みの日には二人でのんびり過ごして
膝枕をしてもらって、耳掃除でもしてもらいながら
他愛も無い話を聞いて欲しかったりとかね。」
「私では役不足かもしれませんが…よかったら。」
猫娘は少し頬を赤らめて、正座に座りなおすと、
短いスカートのすそから覗いた自分の生膝を撫でる。
その指の動きはとても小学生のものとは思えぬ艶かしさで、
魅入ってしまっていた水木は我を取り戻すと、彼女の顔を見た。
「いや、役不足どころか私の娘でもおかしくない年じゃぁないか。
そんな若いお嬢さんにしてもらうのは忍びないな…」
「ウフフ…水木さん。年や性別等は生前の柵…
故に、魂になってしまった今、既に意味を成さないのです。
今、貴方を象っている姿も生前の記憶によるもの。
無論私も同じです。
この地にきて、見た目で物事を判断するのはとても危険ですわ。」
「…言われてみれば、そうだな。」
「だから遠慮等、なさらないで。」
クスクスと笑う猫娘のペースに乗せられた水木は、
彼女の膝に頭を預け瞳を閉じていた。
彼女の細い指が水木の前髪を梳く感触は心地よく、
聞こえる美しい歌声は此処が地獄で在る等とは思えない。
「まるで極楽だな…」
「いいえ、ここは確かに地獄です。
天に召される者も地に堕ちる者も、等しく通る道。
逝き付く先は魂の裁判所、
そこで総ての魂は裁きを受けなければならないのです。」
「寝子ちゃんも受けたのかい?」
「いえ…私はまだなのです。」
それまでは穏やかだった猫娘の表情が一瞬暗く沈む。
「裁きは…すぐに受けられる魂とそうでない魂とあるのです。
私が受けられない理由は、
ここに滞在している理由と同じなのです。」
「…新たな名前のせいなのかい?」
「それより、水木さん!知ってますか?
魂だけの存在になったからこそ出来る事もあるんですよ。」
先ほどまでの沈んでいた気持ちを振り払うかのように、猫娘は話題を変えてきた。
落ち込んでいた口調も、一生懸命に明るく勤めている様子が伝わってくる。
「さぁ?想像もつかないな。
何だか急に難しいことを言うね。」
「愛し合うものが肌を重ねるような表現があるという事です。」
「ね・寝子ちゃんそれは…」
猫娘の大胆な言葉に驚き、水木は閉じていた瞳を開け、猫娘を見上げた。
311:輪廻転生【34】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:44:58.32 9UBl1kU5
「少し言葉の言い表しが、過ぎたみたいですわ。
言葉で聞くよりも、実際に体験なさってみればよいのです。」
猫娘は眼を細めてにっこりと笑い、水木の髪を梳いて居た手を頬にあてがう。
水木はとっさに身を起こそうと下が動くことが出来ず、
このとき初めて猫娘が言った”年も性別も意味を成さない”という言葉の意味を理解した。
「しかし…私なんかを相手にせずとも。」
「いいえ、良いのです。
私にとっては水木さんも特別な男性でしたから。」
「えっ…?」
猫娘は言葉少なげに語り始めた。
父と母の記憶は無く、祖母との二人暮しの彼女の周りには男手が無かった。
奇妙な縁に導かれ、ねこ屋の二階に住まうことになった鬼太郎と水木は、
奇病のために、他人との関わりを無意識に避けていた寝子にとって
始めて身近となった家族以外の存在であり
同じ屋根の下に暮らす異性だった。
猫化する奇病を抱えて居た彼女は、
人の子ではなく幽霊族最後の生き残りである鬼太郎に親近感を覚えていた。
自分と同じく人とは異なる存在である鬼太郎は、
身近に感じられる特別な異性だったが、
水木もまた違う意味合いで寝子の特別な存在だった。
彼女は水木に父の像を重ねて見、時には親戚のおじさんのような、
時には兄的存在として見ていた。
朝交わす何気ない挨拶、頭を撫でてくれた大きな手に
妙な気恥ずかしさを感じた時もあった。
そして今、彼女が死した理由――
猫化する奇病のことも知っているである筈なのに、
生前と変わらぬ態度で接してくれた水木に対し、
不思議な感情が溢れて止まらなかった。
この人もまた不幸な運命の元に生まれついてしまったのだ、
せめて来世では幸せを掴んで欲しい。
「魂は重なることが出来るのですよ?」
猫娘がそう言うと、猫娘と触れている部分から不思議な感覚が沸き起こってくる。
生前では感じたことの無い暖かさ…まるで悦びに全身を包み込まれるような満足感だ。
言葉には言い表せぬ満足感に、思考がゆっくり解けていく。
「――寝子ちゃん、君にも生前思い残した…
今でも叶えたい夢はあるのだろう?」
「私は、ただ普通の女の子でありたかった。
しかし、魂となってもその願いは叶いませんでした。
今も尚、私は呪いに囚われているのです。
でも、水木さんに会えて良かった。
水木さんがこんな私を普通の女の子として扱ってくれたのが
何よりも嬉しかったのです。」
「君は可愛い女の子だよ。それも特別にね。」
「ありがとう、水木さん…」
312:輪廻転生【35】 ◆.QnJ2CGaPk
12/03/23 21:48:09.15 9UBl1kU5
「いや、お礼を言うのは私のほうだ…
ああ、もう時間が…ここには長く居られない。
何かがとても強く私を呼んで…」
いつの間にか、寝子の膝に寝ていた水木の人としての姿は薄くなり
やがてその姿は、光を帯びた丸いものへと形を変える。
水木は寝子と魂を重ねた事によって、裁きを受けられる状態へと変化したのだ。
重なった二つの魂は分かち、
猫娘の手のひらから光の球と化した水木がふわりと浮き上がる。
別れを知らせるかのように一際強い光を放つと、
やがて地獄の空へと飛び去っていった。
言葉にすることの出来なかった”ありがとう”を、光の粒子で残して。
魂の光が見えなくなっても猫娘は、彼が去ったほうを見送っていた。
水木が猫娘の所を去った後、猫娘は己の魂が二つに分かれるという異変に見舞われる。
それは身内意外に愛されず、他人どころか自分さえ愛そうとしなかった少女が
初めて他人に心を許し、受け入れた瞬間だった。
この行いが大黒猫の呪いに影響を与えたかどうかは解らない。
しかし、切欠となった事は確かだった。
猫娘の魂は寝子の呪いを引き継いだまま現世へと飛び出し、
猫を失った彼女は幽霊の幽子として地獄に残された。
地獄へ来たときに「猫娘」と名が変わったように、
再び名と共に姿も表札も新たになり、彼女はこの地の住人となったのだ。
・
・
・
・
・
・
・
「フフフ…」
「どうしたんだ幽子、急に笑い出したりして。」
「なんでもないわ、地獄童子さん。
ほんの少し昔を思い出していただけなの。」
”ただの少女でありたい”
死して初めて得た安息、そして生前では叶うことの無かった呪縛からの開放。
こんな地獄の地で、半身を失った身では普通とは決して言えないだろうけれど。
一人の女の子として、童子と出会い恋することが出来たのは水木との再会があったからだ。
今思い出しても、寝子であった彼女の願いを叶えてくれたのは、
水木とネコ娘のおかげだと幽子は思う。
感謝の一方で、ネコ娘に呪いを押し付けてしまった事を心苦しく思っていた。
現世で自分が辛い思いをしたように、また辛い目に遭っていたら、と。
何時か半身に出逢う事があったのならば、全てを伝え謝りたかった。