12/11/15 02:30:05.52 sasmuLf+
>>85
海の潮騒がはっきりと聞こえた。
窓の向こうには青白く光る月が部屋全体を青色に染めている。
ゆらゆらと波に反射した光の網が天井に張り巡らされ、照明という照明は何一つ点灯していない。
(何も、無い…?)
それだけでは無い。
(誰も居ない…どうして……?)
並べている布団は人数分敷かれている。
それなのに、誰一人としてその場に居ない。
それどころか、この旅館。
もっと言えばこの地球上には自分だけしか居ないのではないかとすら思えてしまう程、この空間は静まり返っている。
「先輩、どこ…っ!?」
不安になった矢先、翔を真っ先に探してしまう。
夏はまだ終わっていない。
それなのに、異様な寒気がハヤトを捕らえて離さない。
「違う…っ!」
本当に釘で打ち付けられた様に身動きが取れないのだ。
右腕左腕右足首左足首。
何もないのにこの四ヶ所は全く動く気配が無い。
感覚は残っている。
それでも自分の命令には従ってくれない。
これでは糸を切られたマリオネットも同然。
「…先輩?」
僅かに床の軋む音が聞こえ、辛うじて言う事を聞いてくれる首をその方向に向ける。
月明かりに照らされて心なしか自身も青白く光っている様に見える翔が、ハヤトを呆然と見下ろしていた。
「翔…先輩?」
「…」
(どうし…っ!?)
布擦れの音がハヤトの耳を捕らえた。
我ながらこの表現は的を射ていると思う。
聞こえたのでは無く“聞かされている”のだから。
「先輩…何してっ…!」
言葉の一つ一つが上手く発音出来無い。
何しろ翔は自ら浴衣を着崩しているのだ。
あっという間に浴衣は肘の高さまで落ち、帯の結び目で固定される。
反れでも前面は完全に開き切ってしまっているので、衣類としての役目は全く果たされていない。
当然隠すものは何一つ無い今の翔は、下着一枚も同然の姿なのだ。
否。
無意味に残った衣類があるからこそ、余計に今の姿が際立つのかも知れない。
「ハヤ、ト…」
「ひぁっ」