12/10/20 03:10:25.25 sxONPjZx
>>78
「じゃ、気を取り直して…。四名様ごあんな~い!」
そう言って迷わず中央階段を登り始めたタローを、ハジメは獲物を射落とさんとする程の形相で睨み付けていた。
まぁ睨み付けただけで文字通り手も足も出なかった訳だが。
「部屋はこの階段を登って更に奥にある廊下の一番奥だよ。端っこだから覚えやすいよね?」
「へ、へぇ~。凄く良い場所なんですね」
「そうだね~。丁度キャンセルが入ってたから、おじさんが開けておいてくれたんだ。ほらほら、ハジメチャンもう少しだよ~」
「……………」
とうとうハジメの反論は完全に潰えてしまう。
実際言い返すだけ無駄なのもまた事実なのでどうしようも無いのだから。
(ハジメさん…ごめんなさい……)
一応心の中で謝っておく。
一足先に駆け上がっていた翔が上から手を振っていた。
「お~い、早く来てみろよ」
「あははは、翔クン元気だね~」
「あれで昼までは病人だったんだから。弟ながら毎回感心するわ」
「若さってやつだね~」
「タローってたまにじじむさいな」
「何か見付けたのかな?」
「ハヤトクンも行けば分かるよ」
タローが階段の上を指す。
かく言う自分も興奮を押さえきれずにいる一人であり、言われた時には既に階段を走っていた。
「何かあったの?」
「良いからあれ見てみろよ」
そう言って翔が指したのは、この吹き抜けの中心部分となる場所だった。
「わぁ…」
そこには天井に吊り下げられた揺り籠の様な浮島があり、フロアの水路の起点となっているらしい。
「行ってみようぜ」
「あ、病み上がりなんだからあんまり走らない方が良いよ」
「もう大丈夫だって。ハヤトも心配性だよな」
(それが無理してる様に見えるから心配なんだってば)
「………とにかく、先輩一人で突っ走らないでよ」
「へ~いへい」
「全く…どっちが先輩でどっちが後輩なんだか」
「むぅ、それは聞き捨てならないな」
やはりこの言葉は釘を指すのに最適らしい。
特に翔は敬語こそ苦手としていても、自分が歳上である部分はかなり意識している節がある。
「あれ、虹が見える?」
「本当だ」
「あれは…?」
連絡階段を登ると、水の音がより一層大きくなる。
80:835
12/10/20 03:13:00.55 sxONPjZx
>>79
「わ、すげ…」
翔の言葉が途切れる程の光景がそこにあり、ハヤトに至ってはその言葉すらも出なかった。
二人が口を噤む程の光景は、正に圧巻と呼ぶに相応しい。
外周から渦巻く様に観葉植物が立ち並び、更にその中心となる位置に有るのは壮大な噴水。
それも一つの大きな噴水だけで無く、宛ら水の壁が何層も取り囲んでいた。
根元が濡れていない所を見ると、どうやら中心に立つ事も可能な様だ。
「何だか僕ゲームの世界に飛び込んだ気分だよ…」
「あ、それオレも…」
「あの…ラスト出前のお城とか、正にこんな感じだよね」
(と言うか…何で外から見たら東洋風なのにここだけ西洋風なんだろ)
確かにスケールは壮大ではあるが、どうにもアンバランス過ぎる。
水の芸術性を魅せる造りになっているのは理解出来るので、恐らく水のアートの象徴である噴水は外せなかったが場所を他に選べなかった…と言った所だろうか。
(芸術家のプライドってやつ…かな?)
「先輩、そろそろ戻ろうか」
「そうだな。タロ兄ぃ達待ってるだろうし。どんな部屋なんだろうな」
「そう言えば…タローさん翔先輩知ってたみたいだけど、翔先輩はここに来た事あるんじゃないの?」
「あるかもだけど…随分昔だろうから覚えてないんだよな。タロ兄ぃの事は覚えてるから、親戚の家に行った時に会ってるのかも知れないし」
「そっか…」
(昔の事って、そんなに覚えてないものなのかな?)
引き返して階段を降りると、丁度タローと出会した。
やはりハジメと硝子は先に部屋に行ったらしい。
「この旅館って色んな所で水が流れてますけど、何か意味があるんですか?」
「そうだね~。ボクもそんなに詳しい訳じゃ無いけど…。ほら、ここは海水浴場が近いから夏が一番人が多く来るでしょ? でもエアコンで温度調節すると人によっては本当に寒かったりするから、自然な涼しさを取り入れたかったんだって」
「へぇ~」
「後は、防火用かな? 場所が場所だから、もし火事にでもなったら後ろの森まで一気に燃え広がっちゃうからね。あ、そうそう。あの空中庭園はね、実はあれそのままスプリンクラーになるんだよ~」
「へ、へぇ…凄いですね」
(………無駄に)
「あははは、変形ロボットみたいだよね~」
「ゴメンタロ兄ぃその例え分かんない」
ハヤトと翔の苦笑をよそにタローは相変わらず陽気な笑みを浮かべながら廊下を進む。
紅に染まった日差しに照らされ、廊下の最奥へと進む。
「ここだよ。一番上の一番端だから覚えやすいよね」
「………まさか、お高い?」
「こらこら子供がそんな事考えない。それにぶっちゃけ微妙な値段だからノープロノープロ」
「そーそー。ってか出すのはハジメ兄ぃだし、ハヤトが気にする必要無いって」
「あ、あはは…」
「随分好き勝手言ってくれるなテメーら」
「あ…って!」
玄関先でブラックな話が盛り上がり始めた矢先に堪えられなくなったハジメが遂に顔を出す。
ついでに翔は後頭部に一発食らっていた。
ちなみにタローの方は貰う前に身を翻して鉄槌をかわしていた。
81:835
12/10/20 03:15:17.55 sxONPjZx
>>80
「ったく…。ほら、さっさと中に入って荷物下ろしてしまえよ。晩飯あるんだろ?」
「一階の食堂でバイキングやるよ。もち、この部屋でコース料理一式だって出来ちゃうけど」
「あら、随分豪華そうじゃない」
外が賑やかになった為か硝子も姿を現す。
余りにも含みのあるその冷たい言葉に、ハジメは額に手を付きながら首を横に振る。
「後生だからやめてくれ。俺だって自分の身は可愛いからな」
「え~。旅館の醍醐味だよ~?」
「だったらさっき硝子から受け取っていたどどめ色の物体を破棄してもらってからだ」
「あら、見てたの」
「ちったぁ誤魔化せ」
(あれ…今ひょっとして身の破滅の危機だった?)
「ダイジョブダイジョブ。ボクがハジメチャン以外の口には入らない様にあれこれ工夫してくるから」
「おい」
「それより~ごはんまではまだまだ時間あるから、皆先に温泉に行ってみたら良いよ。おっきな露天風呂がオススメだよ~」
「温泉!?」
釣り上げた魚の勢いで食い付いた翔の目はらんらんと輝いていた。
かく言う自分はというと、顔面に熱が籠り始めているのを感じていた。
(温泉…お風呂……翔先輩と………っっっ!)
以前翔とプールに遊びに行った時の光景が脳内再生される。
当然ロッカーで二人して並んでいたので翔は隣で着替えていた。
腰回りにタオルを巻き付けて隠していても、隙間から覗かせていたのだ。
言わずもがなそれは翔のー
82:835
12/10/20 03:16:35.37 sxONPjZx
>>81
「ハヤトも楽しみだよな?」
「ふぇっ!? うん、そうだね…」
「俺はパス。全員部屋出ちまったらどっちか片方が部屋に入れない状況になり兼ねないからな。それに、いつでも入りには行けるしな」
「そう。じゃあお願いするわね。一応鍵は私が持っていった方が良いかしら?」
「だろうな」
「ほんじゃー改めて…ハヤト行こうぜ」
「ちょ…先輩まだ荷物」
「あ…」
「全く、どっちが先輩なんだか」
「うぅ~」
ロビーでの会話が再び再現されようとしていた。
一頻り着替えをまとめて、ハヤト達は温泉のある旅館の一角まで足を運ぶ。
すると、独特の芳香に先頭に立っていた翔が足を止めた。
「何かここだけ変わった匂いがする」
「本当だ。何だか前授業でこんな匂い…」
「多分檜の香りじゃない? いよいよ高級旅館って感じね。じゃあ二人共、あまりはしゃぎ回っちゃ駄目よ。特に翔」
「うっ…分かってるよ」
暖簾を手で払い退け、硝子は先に女湯へと入っていった。
「オレ達も入ろうぜ」
「うん…」
(大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫……)
その呪詛レベルで唱えているおまじないが既に危険信号である事にまだハヤトは気付けないまま、悶々とした生殺し状態を一時間以上味わう羽目になるとは知る由も無かった。
83:835
12/10/20 03:20:57.69 sxONPjZx
お宿紹介にやったら時間掛かったんでここで一区切り。
片思いの人と旅行なんか行った時ほど生殺しの時は無いよねって話。
文化祭の季節だけどネタに出来そうなのは来年以降かな…
>>75
言われてみれば確かにw
84:835
12/11/15 02:27:28.90 sasmuLf+
>>82
「いや~いい湯だったなぁ」
「そう、だね…」
「明日は女湯の方が男湯になるらしい」
「へぇ…楽しみだね」
(うわわわわ…。見ちゃった見ちゃった見ちゃった先輩の見ちゃったよぉ…っ!)
無防備にもあられもない姿を隠しもせずに翔はハヤトに見せ付けてくれたのだから、様々な意味で翔に想いを寄せるハヤトにはたまったものでは無い。
その上ようやくその拷問から解放されたかと思えば、当の翔は旅館の浴衣以外は下半身の下着しか身に付けていないのだ。
その為いい加減な着付けで翔の正面は簡単にはだけてしまう。
ほぼ隠せていない胸の突起も、ちらちらと覗かせる真っ白な下着も、一糸纏わない時とはまた別の性的魅力を無尽蔵に振り撒く。
おまけに…
「悪いハヤト、オレじゃどうも上手く帯結べないからやってくれないか」
「ぅえ!?」
何よりとどめにそう言って思い切り浴衣を自分の眼前で広げた時は、流石に卒倒するかと思った。
純白の下着もその布一枚越えた先にある“モノ”も、言葉のまま目と鼻の先に晒された訳である。
「じ、自分のを結ぶ時と違うから僕も上手く出来るか自信無いからね。…はい、一応完成」
「構わないって。サンキュ」
本当は帰り道の途中にでもまた解けてしまえばいいと怨念を込めていたが、大勢の人前でまた同じ事を強いられるのは幾ら何でも身が持たない。
結局自制心が勝っていた様で、部屋に戻るまで翔の浴衣が着崩れる事は無かった。
「おう、お帰り。風呂どうだった?」
「は、はい。とても気持ち良かったです」
「ってか、スゲー楽しかった。露天は広いし海見えるし、中も色んな風呂があって飽きないし。何かやたら深い所もあって首から上しか顔が出なかったしそれに…」
「おいおい、余り楽しみを奪わないでくれ。…まさか泳いだりしてないだろうな?」
ハイテンションで語っていた翔だったが、ハジメの一言で電池を抜き取られた様に静止する。
「まさか」
「せめて目を合わせて返答しろ」
あさっての方向を向いて片言な返事を翔は返す。
「だってあんなプールみたいになってたらそりゃ…」
「って事はハヤトもか。…まぁお前達だったらそこまで変に見えなかっただろ。ったく、明日からは大人しく入れよ?」
『は~い』
二人の返事にハジメ吹き出してしまう。
翔とハヤトも思わず顔を見合わせて、気が付けば笑いが込み上げていた。
それと同時に扉が開き、三人はそちらに振り向く。
「ただいま…何二人して反省してるの? お風呂で泳ぎでもした?」
丁度その場面に硝子が部屋に戻って来た。
(うわ…)
二人していい加減に着ている自分達とは違い、硝子は完璧に浴衣を着こなしている。
特徴的な水晶色の真っ直ぐな髪は今は束にして肩の前に纏めている。
無駄の無い美貌は湯船に浸かっていた為だろう、やや桃色に紅潮していた。
今の硝子を表すならば、大和撫子と言う言葉が正に相応しい。
85:835
12/11/15 02:28:20.75 sasmuLf+
>>84
「そんなに見詰められると流石の私でも照れてしまうわよ」
「あ、すすすみません!! ただ、その…綺麗だなって…」
「あら、正直ね」
「じゃなくて! えっと…」
「何だ違うの?」
「い、いや…違わないんですけど!! あの………ぁぅ」
「そこまでだ。余りハヤトをいじめるなよ」
「良いじゃないの。折角さっぱりしたんだから気分良いままでいたいじゃない?」
生まれて初めてハヤトは異性の容姿を称賛する事の気恥ずかしさを思い知る。
思わず口走った言葉が余りにもむず痒く、顔から火が出る勢いで真っ赤に染まっていた。
「ま、何はともあれ時間も丁度良くなったし…ハヤトも一つ経験した所で晩メシ食べに行くか」
「折角旅館に来たのにバイキング料理なんて」
「お前がそれ言うか」
「良いじゃん。好きなもの選んで食べれるんだからそっちの方が嬉しい」
「………まぁ翔はそうだろうな」
我が弟ながらと言わんばかりにハジメと硝子はがっくりと肩を落とす。
「今度テーブルマナーの教室にでも行った方が良いかしら? 私もちょっと自信無いし」
「真剣に検討しておく」
「…何なんだよ」
「あんたが…いえ、もう良いわ」
またこの話題になるのは本日何度目だろうか。
いい加減に二人も諦めが付いたようだ。
取り敢えず翔に対する教育方針が見直されたのはまず間違い無い。
「あ…」
一度だけ、他人の容姿を誉めた事があった。
それは他でも無い翔に言った言葉であり、翔と付き合う切っ掛けとなった言葉でもある。
単純明快な言葉。
「あの時可愛いって言ったけど…」
確かに翔は可愛いと今でも思っている。
ただし、今の“可愛い”はまるで小さな子供を見る時と同じ。
決して目上の人物に対する意味合いとしては使えない。
(もう少しがんばりましょう…)
心の中でひっそりと、翔に採点評価を下した。
(でも、それって僕も同じだよね。“大人になる”…か)
86:835
12/11/15 02:30:05.52 sasmuLf+
>>85
海の潮騒がはっきりと聞こえた。
窓の向こうには青白く光る月が部屋全体を青色に染めている。
ゆらゆらと波に反射した光の網が天井に張り巡らされ、照明という照明は何一つ点灯していない。
(何も、無い…?)
それだけでは無い。
(誰も居ない…どうして……?)
並べている布団は人数分敷かれている。
それなのに、誰一人としてその場に居ない。
それどころか、この旅館。
もっと言えばこの地球上には自分だけしか居ないのではないかとすら思えてしまう程、この空間は静まり返っている。
「先輩、どこ…っ!?」
不安になった矢先、翔を真っ先に探してしまう。
夏はまだ終わっていない。
それなのに、異様な寒気がハヤトを捕らえて離さない。
「違う…っ!」
本当に釘で打ち付けられた様に身動きが取れないのだ。
右腕左腕右足首左足首。
何もないのにこの四ヶ所は全く動く気配が無い。
感覚は残っている。
それでも自分の命令には従ってくれない。
これでは糸を切られたマリオネットも同然。
「…先輩?」
僅かに床の軋む音が聞こえ、辛うじて言う事を聞いてくれる首をその方向に向ける。
月明かりに照らされて心なしか自身も青白く光っている様に見える翔が、ハヤトを呆然と見下ろしていた。
「翔…先輩?」
「…」
(どうし…っ!?)
布擦れの音がハヤトの耳を捕らえた。
我ながらこの表現は的を射ていると思う。
聞こえたのでは無く“聞かされている”のだから。
「先輩…何してっ…!」
言葉の一つ一つが上手く発音出来無い。
何しろ翔は自ら浴衣を着崩しているのだ。
あっという間に浴衣は肘の高さまで落ち、帯の結び目で固定される。
反れでも前面は完全に開き切ってしまっているので、衣類としての役目は全く果たされていない。
当然隠すものは何一つ無い今の翔は、下着一枚も同然の姿なのだ。
否。
無意味に残った衣類があるからこそ、余計に今の姿が際立つのかも知れない。
「ハヤ、ト…」
「ひぁっ」
87:835
12/11/15 02:31:25.54 sasmuLf+
>>86
頭の中に直接翔の声が届く。
ほんの一瞬だけ、写真のフラッシュ程の間意識が途切れる。
その次の瞬間には翔が自分の目の前に居た。
自分の身体を覆う様に四つん這いになり、頬に翔の手が添えられる。
もうそれだけで顔面が爆発してしまいそうなのに、翔の手は頬から首筋を通過してハヤトの浴衣へと進軍する。
「んっ…」
翔の指先がハヤトの胸の突起部に掠り通ると、全身に麻酔が掛かった時の様な電撃が走る。
それでも翔は無遠慮にハヤトの上を滑る。
胸から腹部を通り過ぎ、遂には自分の下着の中へまで侵入する。
「あっ…せん、ぱい……」
もう触覚だけで状況を受け入れる。
翔が自分の性器を弄っているのだという現状だけが、ハヤトに残された意識で理解出来る限界だった。
生まれて始めてこの身で味わう快楽。
抑え切れない高揚。
そこに何故と言う疑問符はもう浮かばない。
「せんぱい…」
只ただ想い人と身体を重ねる至福に浸るだけ。
始めての快楽に、何処までも何処までも溺れ続けるだけ。
88:835
12/11/15 02:33:59.51 sasmuLf+
>>87
「…んぁっ!」
恐ろしくはっきりと聞こえた自分の声に驚き、ハヤトは意識を取り戻した。
窓の外には相変わらず青白く光る月が真円を描いて部屋中を自身の色に染めている。
波の音はここからは遠過ぎて聞き取る事が出来無い。
どうやら此処は普段自分の知る世界で間違い無い様だ。
ただ違和感があるとすれば、腹部の異様な圧迫感だろうか。
「先輩、重い…よっ!」
圧迫感の正体は、翔の足が自分の腹に乗せられているためだった。
当の本人は幸せそうな笑みを浮かべ寝息を立てている。
今度こそ普通に動く自分の四肢を確認すると、ハヤトは翔の足を彼の布団に戻す。
「っ…!」
やはり寝相が悪いのか、翔の浴衣は夢の中と同じ様にはだけていた。
(そう、夢…だよね。当たり前か)
翔を元の体勢に戻し、布団を掛ける。
「そう言えば、硝子先輩とハジメさん…居ない?」
と言うより、自分がいつ床に着いたのかすら記憶に無い。
一応四人でトランプを使って遊んでいた所までは覚えている。
それ以降が全く思い出せない辺り、ゲームの最中に墜ちたと考えるべきだろう。
(迷惑、掛けちゃったかなぁ…)
一日を振り返ってみると、日中翔と暴れ回っていた記憶しか浮かんでこない。
明日はもう少し大人しくしていようと布団に戻ると、またハヤトは勢い良く身を起こした。
率直に言えば、陰部に違和感を感じたのである。
「う、そ…」
恐る恐る下着越しにその部分に触れてみる。
死んでも肯定したく無い事実を突き付けられた。
「ぬ、濡れて…え……この歳で………?」
必死に頭の中を整理しようと総動員するも、現状が現状だけに兎に角否定しようとする働きに処理が追い付かない。
「き、きが…着替え…!」
替えの下着にはまだまだ余裕がある。
幸い浴衣も布団も濡れた様子は無かった。
無我夢中で自分のバッグを漁り、下着を片手に洗面所へと駆け込んだ。
洗面台に替えの下着を置き、改めてハヤトは今穿いている下着に目線を落とす。
「何か、気持ち悪い…」
さっさと下ろしてしまおうと震えた両手で下着に手を掛けるが、形容し難い不安が怒涛の様に押し寄せる。
気持ちが悪くて早く着替えてしまいたいのに、その後の近い未来を目の当たりにする勇気がどうしても出て来ない。
(でも、誰か来ちゃったら…)
89:835
12/11/15 02:35:23.75 sasmuLf+
>>88
何処に行ったかは知らないが、ハジメと硝子が戻って来ると間違い無くこの場を確認に来る筈だ。
そうで無くても翔が何かの拍子に起きて来る可能性もあるのだ。
今の自分の醜態を晒すか、不安を乗り越えて着替えてしまうか。
となればもう答えは明白だ。
「………っ!」
意を決し、ハヤトは布団から起き上がった時よりも更に勢い強く下着を下ろす。
「な、何…コレ……」
目の前の光景に、ハヤトは力無くその場に崩れる。
膝を折り両足も抜かないまま、ハヤトは茫然と常時股間に触れ合う布地に目を奪われる。
予想していた通り、その部分は酷く濡れ渡り、前面に広がっていた。
それだけなら、まだ…まだ想定の内で幾分余裕はあった。
だが、布地と自身の性器を不気味に伝う半透明な異物が、ハヤトの平静を奪う。
「いつもと、違う…。ナニ、コレ……」
震えた指先でそっと触れてみると、想像していた以上に気味の悪いぬめぬめとした感触が全身を駆け巡った。
何より信じ難いのは、その気味の悪い液体…基、物体が自分の性器から出て来たモノと言う事実。
肯定なんて出来る筈が無い。
就寝中に粗相をした現実。
それよりも自分の知らない何かが自分の身体の中にある事に対する不安と恐怖の方が、ハヤトを蝕む要因として全てを占めていた。
「やだ、やだよ…。僕の身体、どうなってるの……」
自分で自分の身体を抱き締める。
拒絶からの慰めも、震える自身への制止も含めての行動だった。
当然それだけでは何も解決せず、ただ刻々と時間が過ぎるだけである。
「うっ…ぅくっ、うぇっ……」
もう自分が解らなくなり、終には声を圧し殺して嗚咽する一番楽な道を選んでしまう。
出来る事なら大声を出して、力の限り泣き叫びたかった。
だがその時扉の向こうで床が軽く軋む音が耳を突き、ハヤトは一度だけ小さく痙攣する。
「ハヤト、そこに居るのか?」
「ぅ、ぁ…」
ただ「はい」とだけ言えば済む筈なのに、締め付けた様な声しか出ない。
これでは“明らかに異常のある自分”を晒しているも同然だ。
「ハヤト、大丈夫か? …入るぞ」
「やっ…だっ…」
言葉として成立していない声に、相手を制する能力は働かない。
遠慮がちに開けるハジメに反して、扉は無遠慮に開かれた。
「ハヤ……ト………?」
「み、見な……」
90:835
12/11/15 02:36:57.16 sasmuLf+
>>89
どう考えても予想外な光景だったろう。
何しろ下着を膝まで下ろし下半身を晒して座り込んでいる人間が目の前に現れたのだから。
その上幼い陰茎からは得体の知れない物体がだらしなく垂れ下がっていては、普通混乱程度では済まない。
「う…うえぇぇ……」
「待て待て待て! …泣かなくても大丈夫だ。な?」
目線を自分の高さまで下ろし、ハジメは自分の頭を柔らかく撫でる。
小さな頃、洒落では済まない悪戯をして酷く叱られた事がある。
その後大泣きしてしまった自分を、母親は優しい顔で今みたいに撫でてくれた。
同じ安心感。
それだけでハヤトは救われた気分だった。
「そんな風になったの、初めてか?」
黙ってハヤトは頷く。
すると、なぜかハジメは小さく笑い出してしまった。
「悪い、笑い事じゃないよな。だけどなハヤト、『それ』は別に病気でも何でも無い。怖がる必要なんて無いんだ」
「本当…?」
「あぁ。その…ヘンな夢見て起きたらそうなってた。多分こんな所だろ?」
「は、はい。何で分かったの…?」
「その前にだ。その格好どうにかしようぜ」
「あぅ…」
便所を指してハジメはまた溜め息一つ。
あれから少々時間が経つが、何も処理をしていなかった。
促されるままハヤトは便所に入り、今度こそ濡れた下着を脱ぐ。
続いて手元のトイレットペーパーを数回巻き取り、先端に残ったモノを拭き取る。
「んっ…」
これがまた奇妙な感覚だった。
ほんの少し先端に触れただけなのに、まるで身体全体を誰かに触られている様なくすぐったい感覚。
普段触れる場面が無いだけに、敏感になっているのだろうか。
使い終わったトイレットペーパーを便器に捨て、替えの下着に穿き変えるとついでに乱れていた浴衣を直した。
「病気じゃ無かったんだ…」
「少しは安心したか?」
「は、はい…」
扉の向こうから聞こえるハジメの声。
ほんの少し前は気配だけでも気圧されたのに、今では逆に安心する。
水を流して洗面所に戻ると、思っていた通りの優しい表情のハジメが出迎えてくれた。
先刻のハジメと同じ様に、ハヤトも小さく吹き出す。
91:835
12/11/15 02:38:11.81 sasmuLf+
>>90
「ん、何だ? 安心したら笑えてきたってか?」
「あ、そうじゃな…そうかも」
「かも?」
「ちょっと、翔先輩が羨ましく思えちゃって。僕兄弟居ないから、ハジメさんみたいなお兄さんが居たらな…って。まぁ、僕の場合お父さんがお兄さんみたいなものですけど」
にやけた我が少年親父の顔が浮かび上がる。
言ってしまったら最後、夫婦揃って何かと大盛り上がりするのは目に見えていた。
「それに…こんな事両親に言えないです」
「だわな。んじゃ、麗しのお兄様から一つ御口授。さっきのお前のアレはな、無精って言うんだ。精通って聞いた事あるか?」
無言でハヤトは首を横に振る。
どちらも聞き慣れないし聞いた事も無い言葉だった。
「詳しい事はいつか…多分二学期の半ば辺りに体育の授業で習う筈だから省くけどよ、覚えて貰いたいのはそれが出たなら大人に“近付いた”って事だ」
「近付いた…」
「そうだ。決して大人になった訳じゃ無い。それだけは履き違えるな。良いな?」
「はい…」
「俺が今教えられるのはそれだけだ。本当は何で出るのかとか色々あるが、それはいずれ知るだろ。だけどな、不安にならなくて良いんだからな」
くしゃくしゃとハヤトの頭を撫でながら、ハジメはまた優しい微笑みを見せてくれた。
「はい。ありがとうございます」
「うっし、良い顔になったな。しかし、あれだな。弟よりも先にお前にこんな相談されるとは思ってもいなかったな」
「え?」
「あいつももう中三だってのに、未だにそんな兆しが無いんだよ。翔の場合、解決済みって可能性はほぼ無いからな」
「あははは…」
不意に風呂での光景が頭に浮かぶ。
傍目から見ても、翔の身体は明らかに未発達のままだろう。
(それって翔先輩より僕の方が成長してるって事…?)
92:835
12/11/15 08:43:16.20 sasmuLf+
>>91
「んじゃ、明日も早いんだ。今度こそ寝れるだろ」
「は…た、多分」
またあの夢を見てしまったら同じ結果になるような気がしてならない。
何よりそもそもの発端が自分の隣の布団で幸せな寝息を立てているのだから。
「…なぁ、ハヤト」
「何でしょう?」
「お前が見た夢に出て来たのは…」
「え?」
「いや…」
合わせていた目線を切り首を横に振ったハジメは、何かを諦めた様に肩を落とし立ち上がった。
「んな事訊くのはいくら何でも野暮ってもんだよな」
「………はい?」
「…っくしゅ! やだ、湯冷めかしら?」
肩に湯を当て更に身体を沈めると、硝子は遠くの海を眺める。
ライトアップされた露天風呂は、上空に昇る湯煙を照らしている。
「翔は、覚えている……?」
誰に言う訳でも無く、硝子はぽつりと呟いた。
93:835
12/11/15 08:48:41.08 sasmuLf+
連投は8回までかいな。
シチュエーションの一つとして書いていたつもりだったのに何故かやたら高密度な旅行に成り果てやがりました。
その上異常に筆が遅いって言うね。
オレ達の夏はまだまだ終わらない!!(翔談)