11/10/21 12:00:59.66 plHsczxR
前スレ>421
翔が中古のベビーベッドを卒業するのと我が愚兄が進級するのはほぼ同時だった。
実年齢の事もあってか、超鈍足成長の割に歩き始めるのは拍子抜けする程早かった。
要は体格以外は普通人並に揃ったのだ。
言葉、歩行、認識。
これら三つが身に付いたのは、我ながら教育の賜物だと思う。
問題は馬鹿兄の方だった。
小学校で言う最上級生になり、中途半端な威厳を撒き散らす様になったのだから。
入学したばかりの中学生が奇天烈極まり無い大人意識を持つ様なものだ。
まぁそれで多少の我が儘は罷り通る様にはなったので、その点に関してはまだ譲歩出来る。
その代わり、両親が外出等で家を暫く離れる場合、責任意思表示過剰の愚兄に翔の責任をどうしても任されてしまう。
自分自身がまだ幼い身であるので、仕方が無いのは解っている。
それでも『兄』と言う役職を振り翳して翔に付き纏うのは許せなかった。
正直、自分でも驚いている。
余り他人に対して関心を持たなかった自分が、これ程までに翔に執心しているのだから。
得たいの知れない感情が、自分の中で蠢いていた。
なのだが、実際それ程気味が悪いと思った事は無い。
たとえそれが何であれ、翔が自分にとって掛け替えの無い『弟』である事に変わりは無い。
眠っている翔の柔らかい髪に手櫛をかける。
何よりもこの時間が、一番の至福の時。
翔を間近に感じる、改めて自分が『姉』と意識出来る時。
身体の中に温かいものが溢れて、自分が硬質の硝子では無いと思える。
「んー…」
「ごめんね、起こしちゃった?」
自分の手の体温に気付いたのか、翔は小さな唸り声をあげた。
しかし、ただ寝返りをうっただけで再び元の心地よい寝息に戻った。
その様子が可愛くて、思わず小さく吹き出した。
決して他の人間には見せない表情。
知り合いなら未だしも、家族にすら見せる事の無い。
鏡の向こうに居るもう一人の自分だけに見せる、唯一無二の宝物。
余りにも眩く、余りにも甘美。
その存在を、出来れば忘れていたかった。
自分の知らない自分に、気付きたくは無かった。
それが余りにも自分から掛け離れている気がして、自分と認めるのが嫌だった。
それを、今翔に対して向けている。
それはつまり、翔に対してのみ自分をさらけ出している事を意味する。
(でも、それは―)