11/07/24 23:44:15.04 9Dk6ujFi
>>18
「待ってよ。ねぇ、いつも監督と何を話してるの?」
「ケビン…? 何って、色々だよ。演技とか、舞台の話だとか。どうして?」
「だってセシル、監督に呼び出された時は必ず険しい顔をするから」
「あ、それは…」
表情には出さない様にしている筈だった。
だが余りにも自分が露骨だったのかケビンの洞察力が鋭かったのか。
何れにせよ、勘付かれた事には間違い無い。
だがそんなケビンの額を、コーヒーカップを持ったままの少女が軽く小突く。
「馬鹿ね。個人的に呼び出されたんだから、勝手に気も引き締まるでしょう。私が監督だったら、ヘラヘラした顔で話を聞かれたら殴っているわよ」
「あ、そっか…そうだよね」
言い訳でも無い事実の片々を上手い事抜き出した、尤もな理由だった。
それに自然に同意する様に頷くと、ケビンは納得した満足そうな表情を浮かべて戻って行った。
「ほら、貴方も。監督待たせたらまずいんじゃない?」
「そうだね。ありがとう」
「………いつまで」
「え?」
「何でも無いわ。急ぎなさい」
「うん…」
ひっそりと呟いた少女の言葉が、セシルの耳に張り付いて離れなかった。
言葉の続きに気付いたから。
ずっとセシルの中で渦巻いていたモノの、中心点にあったから。
「随分と遅かったじゃないか」
「ちょっと、色々あってね」
「ちょっと、色々か…」
言葉の矛盾を示唆された訳では無い。
監督はその言葉の奥に潜んでいる、セシルと言う人物を見ている。
「まあ良いさ。あんたも、呼び出されたからには何の話か気付いているんだろう?」
「分かってるよ。…ケビンだよね」
「まぁ、そう言う事だな。先週の練習に比べて吹っ切れた様に見えたからな。…何があった?」
僅かな間の変化に気付く。
獲物を捕らえた鳥の様に鋭い、ほんの少しの空気の変化すらも見逃さない。
つまり、自分には退却する術が何一つ無いのだ。
「もう、隠し通すのも辛くなって来たんだ」
廊下の非常灯の明かりが、静寂を引き立てる。
未だに嵐は過ぎ去っておらず、矢の様に打ち付ける雨音が微かに聞こえる。
「…話した、か?」
「まだ。だけど、自分に誤魔化しが効かなくなってるみたいなんだ。ボクが何かを抱え込む度、どうしてもそれをケビンが気付いてしまう。不安に思ってしまう。さっきだって…そうだった」
孤独に潰されそうだったケビンの表情が脳裏に甦る。
自分が側に居るのに、寂しい思いをさせてしまった夜。
「泣かせちゃったんだ。ケビン独りには広過ぎるあの家のホールで、両親の声を聞いてた」
「そうか。あいつが、ね…」