【俺の妹】伏見つかさエロパロ20【十三番目のねこシス】at EROPARO
【俺の妹】伏見つかさエロパロ20【十三番目のねこシス】 - 暇つぶし2ch572:風(後編) 18/63 SL66 ◆Fy08o57TSs
11/07/18 09:55:35.68 8mgfk2k0
*  *  *
 ついに野点が開催される土曜日がやってきた。
 いつものように教室のやや後ろに座っていた俺は、二限目の講義が終わったので、教科書やノートを
バッグに仕舞い、うつむき加減で立ち上がろうとした。だが、

「高坂さん、いよいよ本日です。あやせさんとご一緒に午後二時半よりも少々早く拙宅へお出でいただけれ
ば幸いです」

 鈴を転がすような優しげな声がしたので、おもてを上げると、俺の眼前に保科さんが笑みを浮かべて立っ
ていた。いつの間に……。
 超絶美人のご令嬢と、名もなきよそ者。誰がどう見ても不釣り合いな組み合わせに反応してか、教室の
ざわめきが一気に拡大した。
 「なにあれ?」、「保科さんと、あのさえない野郎ってどういう関係?」、「拙宅って、保科さんの邸宅
か?」といった驚愕と猜疑と嫉妬が込められた囁きがいやらしい。

 なんてこった! 保科さんとの野点の件は、学内では、悪意のなさそうな陶山や川原さん以外の者には
内緒にしておきたかったし、保科さんとの関係も、今回の野点だけでお仕舞いだろうと思っていたのに……。
 よりにもよって、教室に学生がわんさか居る状態で、俺との関係を匂わせるようなことを言うのだから
たまらない。
 
 これも保科さんが恐るべきド天然だからか?
 それはともかく、

「え、ええ、了解致しました」

 とだけ、手短に答えて、俺はそそくさと席を立ち、半ば駆け足で逃げるように教室をあとにした。
 何だよ、畜生! 俺が望まない方向に、事態がどんどん悪化していきやがる。
 クラスで変に目立ちたくなんかない。俺は無難に単位を取って、ここでの四年間を無事に過ごしたいだけ
なんだ。
 週明けに大学へ行くのが、憂鬱になっちまったじゃね〜か。保科さんよ。
 これからその保科さんの邸宅で野点だが、のっけから波乱を予感させやがる。どうなっちまうんだろうね。

 ガタゴトと路面電車に揺られながら、俺は車窓から流れゆく街並みを見やった。
 ノスタルジーを感じさせる雰囲気は嫌いじゃないが、所詮は四年間だけの仮の居場所なのだ。

「だが、無事に四年間を過ごしたとして、俺はいったいどこへ行く?」

 桐乃が留学だか結婚とかで実家を出てくれない限り、俺が実家に戻れる可能性はほぼないだろう。
 親父は俺の理解者ではあるが、結局はお袋に頭が上がらないことが、俺と桐乃をどうするかという家族
会議で証明されてしまった。
 そのお袋は、もはや俺のことは眼中にないようで、桐乃に全てを賭けている。桐乃には、高校でも陸上で
頑張ってもらい、大学はT大に合格してもらう心づもりであるらしい。
 もう、実家に俺の居場所はないのだ。

『だったら、こっちでずっと暮らすんですか?』

 あやせにはそう詰め寄られたが、もしかしたら、否が応でもそうなっちまうかも知れねぇな。だからこそ、
変に目立つのはまずいんだ。
 それだけに、先ほどの保科さんの大学での振る舞いは迷惑千万であるし、そもそも野点に招待されたこと
自体が今となっては災難でしかない。

 げんなりした気分で下宿に帰着すると、そこの女主人であるお婆さんが、珍しく妙にうきうきとしていや
がった。


573:SL66 ◆Fy08o57TSs
11/07/18 09:56:37.33 8mgfk2k0
おお、ようやく規制が解除

では、引き続き『風』の残りを投下!!

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11/07/18 09:57:41.69 8mgfk2k0
「高坂さん。今しがた、あやせさんから電話がありましたけど、今はタクシーでこっちに向かっているそう
ですよ。到着したらすぐに着物の着付けをするとかで……。私も着付けのお手伝いをしますけど、大忙しで
すね」

「そ、そうですか……」

 招待状を保科さんから受け取った翌日に、件の招待状を見せた時のお婆さんの驚きときたら、まるで別人
の様だったからな。それだけで、保科さん一族のこの街でのステータスが分かろうかというものだ。

「はぁ……、ため息しか出ねえや……」

 単純な奴なら有頂天になるのかも知れないが、俺は到底そんな気分になれなかった。
 野点に招待されているのは、俺とあやせを除けば、相応な地位の者ばかりだろう。
 そんな中に、この地方の出身者ですらない只の学生が紛れ込んでいいはずがない。

「高坂さんも早く支度を……。その前に、手早く食べられるように、おむすびを作っておきましたよ」

 見れば、ちゃぶ台の上には、ラップが掛けられた握り飯が六個ほど置かれている。俺とあやせとで三個
ずつということらしい。そういや昼飯時だってのを忘れていたな。
 緊張感からか食欲はなかったが、腹が減っては戦ができぬ。俺は三個の握り飯を喉に押し込むようにして
食い、白味噌を使った味噌汁をすすり、お茶で喉をうるおした。

 握り飯を食い終えた頃、下宿の前に車が止まる音がした。そして、

「ごめんください」

 という、あやせの声が玄関から聞こえてきた。

「まぁ、まぁ、まぁ!」

 妙にはしゃいでいるお婆さんとともに玄関へ急ぐと、前回よりもさらに大きい特大のキャリーバッグを
引いた新垣あやせが笑顔で佇んでいた。

「今回もお世話になります」

「遠いところをようこそ……。あやせさん、お昼は食べました? もしよかったら、おむすびでも……」

「せっかくですけど時間が惜しいので、お昼は新幹線の中で済ませました。これから着物の着付けを致しま
すので、済みませんが宜しくお願い致します」

「まぁ、段取りが宜しいですね。では、早速、始めましょうか」

 お婆さんがあやせを伴って、一階の奥の方にある、俺も立ち入ったことのない部屋に向かって行った。
 俺の前を通り過ぎる際に、あやせが大きな瞳で、俺をじろりと睨んだような気がした。

『いよいよ正念場です。気を引き締めてください』

 とでも言いたげだったな。

「俺もそろそろ着替えないとな……」

 自室に入り、箪笥からスーツ一式を引っ張り出した。これに袖を通すのは入学式以来じゃねぇか。
 はっきり言って安物だが、ダークグレーの無難な色合いが幸いしてか、それほど見苦しくはない。
 ネクタイを黒にグレーのストライプのものでシックに決めれば、今回の野点のようなあらたまった席でも
大丈夫だろう。


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11/07/18 09:58:43.72 8mgfk2k0
「頭はどうするかな……」

 いつぞや加奈子のマネージャーを装った時のように、オールバックにしようかと思ったが、やめておいた。
妙に大人ぶるよりも、年齢相応な姿の方が変に目立たなくて済むだろう。
 それよりも、清潔感が大事だ。髪は、今朝方シャンプーしたから、その点は大丈夫かも知れない。
 ついでに、靴下も下着も、真新しい物に替えた。

「さてと……」

 和服に比べれば、スーツの着替えなんて一瞬みたいなもんだ。ネクタイだって、高校の制服で結び慣れて
いるから、一発で、大剣と小剣の位置がぴったりと合った。

 俺は自分の両肩、腹部、脚部に目をやり、スーツ姿の自分を確かめた。安物の既製服だが、俺の身体に
ぴったりと合っており、雰囲気は悪くない。むしろ、ブランド品であっても、体型に合ってない物の方が
安っぽく見えるだろう。
 ただ、昨今の若者向けの流行なのか、ズボンが細身にできており、若干だが圧迫感を覚えなくもない。

 時計を見ると午後一時過ぎだ。あやせの支度はどれ位かかるのだろうか。
 俺はズボンにシワが寄らないように脚を伸ばして座布団の上に座ると、気象庁のホームページでこの地方
の時系列天気予報を確認した。

「曇り時々晴れ……。気温も十五度から二十度弱といったところか」

 スーツ姿にはちょうどいい陽気だろう。しかし、振袖姿では少々暑いかも知れない。
 時刻が午後一時半になろうとする頃、階下から俺を呼ばわるお婆さんの声がした。あやせの着付けが終
わったらしい。予想外に早かったな。

 階下に降りてみると、八畳間には、長い髪をきれいにまとめ、空色を基調とし、芙蓉らしい花模様が控え
めにあしらわれた振袖姿のあやせが立っていた。

「おお……、さすがに似合うなぁ」

 月並みな感想だが、実際にそうとしか表現できないんだから仕方ねぇな。
 あやせも、スーツ姿の俺を見て、

「お兄さんも似合ってますよ。特に、そのネクタイ、なかなかいいですね」

 と言ってくれたじゃねぇか。外交辞令かも知れないけどよ。

「そうですね、高坂さんのスーツ姿もなかなかです。でも、あやせさんには本当にびっくりです」

「妹がどうかしましたか?」

「いえ、こんなにお若いのに、着物の着付けの心得があって、このような方は、今では本当に珍しいですね」

 そりゃそうだ。高校一年生とはいえ、和服も着こなす現役のモデルだからな。お婆さんが驚くのも無理は
ない。

「それはそうと、お兄さん急ぎましょう」

 和服に合わせたポーチを手にしたあやせが俺を急かしている。だがな、

「保科さんは二時半の少し前頃に来いとかって言ってたぞ。今出発したんじゃ、だいぶ早く着いちまう」

「お兄さん。わたしが振袖姿だってのを気遣ってください。わたしはスーツ姿のお兄さんほど機敏には動け

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11/07/18 09:59:47.31 8mgfk2k0
ませんから、早め早めの行動を心掛けたいんです」

 もっともらしい理屈だったが、“敵状視察”のために早く出発したいんだな。

「じゃぁ、タクシーを呼びましょうか?」

 お婆さんの申し出に、あやせは「宜しくお願い致します」と即答した。
 俺は俺で、もう一度自室に戻り、財布や学生証の入った定期入れをスーツの内ポケットに入れた。
 取り敢えず学生証を見せれば、保科さんの同級生であることは主張できるだろう。
 それと、保科さんから受け取った招待状も、封筒ごとスーツの内ポケットに収めた。

「お兄さん早く! タクシーが来ましたよ」

 呼んだらすぐ来たのか。どうやら、タクシーの営業所が下宿屋の近くにあるらしい。
 玄関に行くと、玄関先に止まっているタクシーにあやせが乗り込もうとしているところだった。

「おい、おい、俺が靴を履くまでは待っていてくれよ」

「お兄さんがグズっているからです。もう、早くしてください」

 相変わらず容赦がねぇな。まぁ、これでこそ、あやせたんだ。

「どちらへ参りますかね?」

 俺が乗り込むなり、そう言った初老の運転手に、俺は保科さんの住所を告げた。

「おや、保科さんのお屋敷ですかな?」

「分かりますか?」

「あの辺りは、保科さんのお屋敷ぐらいしかめぼしいものがありませんからなぁ。すぐに分かりますよ」

 俺とあやせは思わず顔を見合わせた。どういうことだろう。
 タクシーは、土地勘のない俺たちを乗せて走り出した。どうやら、北の方に向かっているらしい。
 タクシーは二十分ほど走り続け、人家が途絶え、木立が目立つようになった頃、

「こちらです……」

 運転手は、そう言ってタクシーを止めた。

「ここ、ここが保科邸……」

 寺の山門にも似た重厚な門があり、その門の左右には、白壁に瓦の屋根が葺かれた塀がつながっていた。
白壁の塀は高く、中の様子はさっぱり窺えない。
 屋敷の背後には山々が迫っているようで、その山々は鬱蒼とした森で覆われている。

「たしかに周辺にめぼしい建物はねぇな……」

 おそらくは、背後の山々も含めて、屋敷周辺の土地は、すべて保科家のものなんだろう。
 土地だけで資産価値はどれだけになるのか見当もつかない。

「では、一千八百六十円をいただきます」

 運転手に告げられた料金を支払って、さて下りようかという時に、

「待ってください!」


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11/07/18 10:00:50.41 8mgfk2k0

 あやせが、ポケットから財布を取り出そうとした俺を制止した。

「何だよ、いきなり」

「このまま下りて門をくぐったら、保科邸の規模がよく分からないかも知れません。ですから、タクシーに
乗ったまま、保科邸の周辺を見てみましょう」

 敵状視察というわけか。幸い時刻は二時過ぎだった。
 それに、言い出したら聞かないあやせに、敢えて逆らっても不毛だしな。
 俺が、無言で頷き、財布を内ポケットに入れ直すと、あやせは運転手に、

「では、お願いします。保科邸の周辺をちょっと一回りしてください」

「宜しいですが、保科さんのお屋敷は、背後が山で、左右は森で塞がれています。そっちの方に道はござい
ません。ですから、お屋敷の前の方にある道路を行ったり来たりするだけになりますが……」

「それで結構です」

 運転手は、「承知致しました」と呟くように言って、タクシーをゆっくりと走らせた。
 門から右手方向、おそらくは東の方に二百メートルほど行っただろうか。白壁の塀は、そこまで続き、
そこから先は背後の山と同じく、鬱蒼とした森になっていた。

「こちら側は、ここまでですね」

「では、引き返して、門から左手方向も行ってください」

 門から左手方向も、右手方向とほぼ同様で、門から二百メートルほど離れたところで、白壁の塀は途切れ、
あとは鬱蒼とした森だった。
 ただ、自動車が出入りするためらしいゲートが白壁を穿つように設けられている点だけが違っていた。

「ここまでですね……」

「……分かりました。これで結構です。車を門前に戻してください」

 結局、保科さんの邸宅が、やたらと大きいということしか分からなかった。
 あまり意味のある行動ではなかったかもな。

「では、これでお願いします」

 タクシーが門前に止まるや否や、あやせは運転手に一万円札を差し出していた。

「おい、おい、そんなもん、俺が払うよ……」

「いいえ、保科邸の周囲を走ってくださいっていう余計なお願いをして、支払うべき料金を高くしたのは
わたしですから、おかまいなく」

 強情だからな、こいつは。言い出したら聞きゃしない。
 俺は支払いはあやせに任せることにして、先にタクシーから下り立った。

「伏魔殿、っていう感じじゃないですか」

 タクシーを下りて、俺に寄り添ったあやせが、心持ち眉をひそめて言い放った。

「せめて、威風堂々って言ってやれよ」



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11/07/18 10:02:14.47 8mgfk2k0
 かく言う俺自身も、あやせの家を伏魔殿と表現したこともあったな。お互い様か。

 門構えは、保科さんと出会った禅寺にも引けを取らない。いや、あの禅寺以上の規模だろう。白壁の塀の
高さは三メートル近くあり、侵入者を阻むのみならず、屋敷の中の様子を完全に隠蔽している。
 あやせの言う通り、これこそが、本当の伏魔殿なんだろうな。

「でも、古くさいですね。防犯装置とかはどうなっているんでしょうか?」

 保科さん憎けりゃ、門まで憎いってか。あくまでケチをつけたいらしい。
 先日川原さんから教えてもらった鬼女伝説とか、保科家の婿が早世する噂を、あやせが知ったら大変だな。
 そんなあやせにちょっとうんざりした俺は、指を差さずに、顎を門の軒の方にしゃくってみせた。

「あれを見ろよ」

 よく見ればそこには、灰色の小さなドーム状の装置が取り付けられていた。

「カメラ……、ですか?」

「多分な。これ以外にも、あちこちにあるんだろう。俺たちが到着したことは、屋敷の中には筒抜けさ」

 そうなると、屋敷の前をタクシーで右往左往したのはまずかったな。警備責任者だか何だかには、不審者
と映ったかも知れねぇ。
 だが、ここまで来て引き返すのは癪だし、門前払いはもっと腹が立つ。
 俺は、ごくり、と固唾を飲み込むと、門にしつらえてある呼び鈴のボタンを押した。

『はい、どちら様でしょうか』

 落ち着いた中年女性の声がインターホンから聞こえてきた。保科さんの家の女中頭といったところだろうか。
 俺は、落ち着くつもりで軽く咳払いをしてからインターホンのマイク部分に近づいた。

「あの〜、本日こちらで開催される野点のご招待に預かりました、高坂京介と、高坂あやせと申します……」

 それから先はどう言うべきか正直迷った。『だから門を開けてくれ』というのでは、ちょっと図々しい
だろう。結局、

「……本日は宜しくお願い致します」

 と無難に締めくくった。
 だが、インターホンの相手は、

『かしこまりました』

 とだけ告げて、インターホンをプツンと切っちまったじゃねぇか。
 当意即妙でこっちのことを認識してくれたのなら幸いだが、それにしてはあまりにもそっけなさ過ぎる。

「ここで待て、ってことですか?」

「そういうことになるんだろうな……」

 かしこまりました、ってんだから少なくとも門前払いではないだろうが、やはり俺たちは保科さんの野点
では場違いな存在だな。
 俺たち以外の招待客は、この地方の名士ばかりなんだろうから、タクシーではなく、運転手付きの車で
やって来るに違いない。そうなると、さっきタクシーで走り回っている時に目にした自動車専用のゲート
みたいなところから保科邸に入っていくのだろう。


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11/07/18 10:04:31.06 8mgfk2k0
 この門を徒歩でくぐる招待客なんて、俺たちぐらいなもんだ。

 てなことを、うだうだと思っていた矢先、門の脇にあった人一人が身を屈めて通れるだけの小さな木戸が
軋むような音とともに開いた。

「まぁ、まぁ、ようこそお出でくださいました」

 木戸から現れたのは、鴇色っていうんだろうか、わずかにくすんだ感じがする淡紅色の振袖をまとった
禅寺の君だった。

「ほ、保科さん?!」

 てっきりお手伝いさんとか、執事とか、悪くすると警備責任者とかが出てくるんじゃないかって思って
いたんだがな。まさか、振袖をまとったお嬢様じきじきのお出ましとは驚きだ。

「何をそんなに驚いてらっしゃるんです? ここは、わたくしの家ですし、そのわたくしのお客様がお出で
になったのですから、こうしてお迎えに参った次第です」

「え、ええ、そりゃ、そうですね。は、ははは……」

「そうですとも!」

 そうきっぱりと言いながら、保科さんは端正な瓜実顔を、俺の方へ押し出すように向けてきた。
 ヤバイ。間近で見ると、その美しさにめまいを覚えそうだ。あやせも可愛いし、このところ一緒に昼飯を
食う機会が増えた川原さんも結構な美人だが、保科さんには到底及ばない。

「……お兄さん。何、鼻の下をデレっと伸ばしているんですか。この変態」

 呟くようではあったが、場の雰囲気に似つかわしくない罵声で、あやせが一緒であることを思い出した。
 その自称俺の妹様は、双眸を半眼にして、恨めしげに俺の顔を睨みつけている。

「お前なぁ……。これからあらたまった席だってのに、なんてこと言いやがる。野点の最中にそんなことを
口走ろうもんなら、大ひんしゅくだぞ」

「高坂さん。そんなに目くじらを立てなくても宜しいじゃありませんか。こんな風に言い合えるなんて、
本当にお二人は仲がいいんですね。わたくしは兄弟がおりませんから、あやせさんのことがうらやましいです」

「い、いえ、でも、まぁ、そうですか……」

 要領を得ないことを口走ってしまったが、保科さんは、微笑しながら軽く頷いている。
 どっかの自称俺の妹様のように、人の揚げ足を取るなんてことはしないんだろう。そうした品格が、目に
見える形で美貌にも反映されているのかも知れない。
 午前中の講義後、学生でごった返していた教室で、保科さんは俺を呼び止め、野点が本日であることを
他の学生にも聞こえるような声で告げたが、それは保科さんがド天然だからだ。
 人のことを悪し様に言うことなどあり得そうにない保科さんにとって、単に俺が野点にちゃんと来るか否
かを確認しておきたかっただけであり、他意はないのだろう。

「では、狭いですけど、こちらからお入りください」

 保科さんは、舞うような足取りで門脇の木戸をするりとくぐり抜けていく。俺たちも、それに続けという
ことなのだろう。

「こんな狭いところをくぐるんですか?」

「みたいだな……」


580:風(後編) 25/63
11/07/18 10:16:24.66 8mgfk2k0

「もう! 晴れ着を変なところに引っ掛けたら、大変じゃないですかっ!!」

 あやせの振袖だって結構な品なんだろう。それだけに、彼女の当惑というか、不満はごもっともだ。

「でも、保科さんがやったようにすれば、大丈夫なんじゃねぇの?」

 郷に入っては郷に従うのがルールだ。俺は、むずかるあやせの手を引いて、ゆっくりと木戸をくぐって
いった。 
 木戸は、思ったよりも間口や高さがあり、俺もあやせも無難にくぐり抜けることができた。屈めていた身
を伸ばして周囲に目をやると、大きな門の袂に俺たち二人は立っており、俺たちの目の前には、ちょっと
悪戯っぽく笑っている保科さんが居た。

「いきなりでびっくりされたでしょうが、この木戸は、極々近しい者しかくぐらないんですよ。お二人は、
今回、特別なお客様ですから、門ではなくて、こちらの木戸を通っていただいたんです」

「そ、そうですか……」

 俺は、口ごもりながら笑顔の保科さんをチラ見した。こんな風にも笑うんだ。こういうときは、どっかの
お嬢様っていうよりも、普通の女の子っぽくていい。
 さっきの木戸を保科家の極々近しい人だけが通るというのが本当だとしたら、保科さんをはじめとする
保科家の人々は、徒歩で出掛ける時、この木戸を通るんだろう。そう思うと、束の間の窮屈な思いも悪くは
ない。

「では、参りましょうか……」

 保科さんが先に立って歩き出した。俺たちもその保科さんについていく。大小不揃いな石を組み合わせた
石畳の通路が、門から母屋の方へ伸びていた。だが、保科さんは、そっちの方ではなく、石畳から分岐して
点々と続いている玉石の上を進んで行く。

「保科さん。そっちは建物じゃなくて庭ですけど……」

「大丈夫です。こちらに、お茶の作法をお教えする場所がございますから……」

 保科さんは振り返りもせずにそう告げた。
 俺とあやせは、当惑して顔を合わせた。
 しかも、あやせの奴は、口をへの字に曲げて、首を左右に振りやがった。
 保科さんは当惑する俺たちには構わず、玉石の上をしずしずと進んでいく。玉石の周囲には枯山水で使わ
れるような白い砂利が敷かれていて、玉石ともども白っぽい帯となって庭の奥へと続いている。その白っぽ
い砂利の帯から外は、しっとりとした緑色の苔が絨毯のように地面を覆っていた。

「今は、お花があまりありませんけど、春には背後の山の桜がきれいなんです。それに、もうしばらくすれ
ば、夏の花が色々と咲くんですよ」

 いや、花なんかなくても、白い砂利と緑の苔のコントラストが美しい。
 見る目がなければ、単に苔が生えた地面に石と庭木が不規則に並べられているようにしか感じないだろう。
だが、保科さんと出会った禅寺の庭園もそうだったが、石と苔と緑の庭木が織り成す空間は、ある種の荘厳
さに満ちていて、自ずと背筋が伸びるような気がした。
 計算し尽くされた不規則性が、保科さんの家の庭園にはあるのだ。

「こちらです……」

 俺たちは、庭園のどん詰まり、保科邸の背後の山々の木々が間近に迫る場所に来ていた。
 そこには、草葺の小さな庵が、背後の木立と庭の植え込みで隠れるように、ぽつねんと建っていた。
 それが茶室の庵であることは、俺にも分かった。だが……、


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11/07/18 10:17:29.61 8mgfk2k0

「入り口は、ここなんですけど……」

「こ、ここって……」

 俺とあやせは思わず顔を見合わせたね。
 だって、保科さんが言う入り口ってのは、戸棚か何かの引き戸かと思うほど小さかった。

「ここは、さっきの木戸よりもさらに狭いですから注意してくださいね」

 言うなり、保科さんはその引き戸を開け、身を精一杯に屈めて、滑るように茶室の中へと入っていった。

「では、高坂さんにあやせさんも入ってください」

 気は進まなかったが、仰せの通りにした。
 先ほどの木戸とは比較にならないほど狭かったが、それでも、しっかりと身を屈めると、肘や背中をどこ
にも擦らずに中へ滑るように入ることができた。
 今にして思えば、さっきの木戸は、ここをくぐり抜けるための予行演習みたいなもんだったのかもな。

「これが本物の茶室か……」

 何かの書籍で写真を見たことはあったが、実際に目にし、その中に入ったのはこれが初めてだ。
 写真でも草庵風の茶室というものは、狭いという印象だったが、この茶室も、たしかに狭い。何かの書が
掛けられている床の間のような部分を別にすれば、広さは四畳半程度だろうか。俺が住んでいる下宿の方が
格段に広く感じる。

「本物だなんて……。茶室の作りに厳格な様式はありませんから、流派によってまちまちですし、各流派も
茶室の様式にそんなに神経質ではありません。要は、世俗から切り離された空間で、お茶をいただけるもの
であれば、どのような様式でもよいのです」

 保科さんは笑顔でそう言い、座るよう、俺たちを促した。

「でも、座布団がないじゃありませんか!」

 あやせが不平丸出しの刺のある口調で保科さんに噛みついている。たしかに、座布団なしで畳の上に正座
はきついな。

「茶の湯で座布団は使いません。座布団というものは、茶事のような正式な席で使うべきものではありませ
んからね」

「座布団は下品だってことですか?」

「う〜ん、下品とまでは申しませんが、決して上品なものではありませんね」

 そうなんだ。知らなかった。
 あやせも、座布団が上品な代物ではないことを保科さんから指摘されたら、未だに不服そうではあったが、
押し黙った。
 保科さんは、嫌味な言い方だが、上流階級としての躾をちゃんと受けている。
 その彼女が上品ではないと言うのであれば、それはそうなのだろう。

「では、お言葉に甘えて、失礼致します」

 俺は保科さんに近い方に座ろうとしたが、それはあやせに止められた。

「お兄さんは保科さんを意識し過ぎです。ですので、保科さんの間近に座らせるわけにはいきません」


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11/07/18 10:19:03.03 8mgfk2k0
「て、おい、おい……」

 とんだ、おてんばだな。こんなんで野点で粗相でもされたら、たまんねぇ。
 だが、保科さんは、そんなあやせを微笑ましくさえ思うのか、涼やかな笑みを微かに浮かべながら炉が設
けられた一角に座り、炉の上で湯気を立てている茶釜の蓋を取り上げている。

「お湯を沸かしておいたんですか?」

「ええ、最近は炭火ではなく電気の炉ですから、準備も簡単なんです」

 にしても用意周到だな。
 保科さんも大学から戻って着替えとかが必要だったろうから、茶室で湯を沸かしていたのは、お手伝い
さんとかなんだろうか。
 おっと、余計なことを考えている場合じゃない。

「では、本当に短時間ですが、これからお二人に茶の湯の一連の所作について簡単にお教えできればと思い
ます」

「よ、宜しくお願いいたします」

 かしこまった保科さんの居住まいで、場の空気が一段と引き締まってきたような気がした。
 茶室という狭い空間は、こうした緊張感を演出するためのものでもあるらしい。

「でも、今日の茶会は野点ですから、そんなに緊張されなくても大丈夫です」

「は、はぁ……」

「野点には、特別にこれといった作法はございません。ただ、全く気楽なものかといいますと、そうでも
ありません。昔から野点というものは、『定法なきがゆえに定法あり』と言われておりまして、様式や作法
がないということが、野点の易しさでもあり、難しさでもありましょうか」

 う〜ん、定型がないものほど難しいってのは、何となく分かるな。それでも、手本となるべき所作はある
んだろう……。

「要は、マナーや常識を心得た自然な振る舞いができればいいのです」

「自然な振る舞いですか……」

「ええ、ただ自然に振舞うには、俗なところが無く悟った境地にある者でないと難しいという茶人もおりま
す。しかし、わたくしどものような世俗の者は、そこまでの境地に至ることは難しいでしょうから、先ほど
も申しましたように、マナーや常識を心得た自然な振る舞いであれば、十分でしょう」

 そう言うと、保科さんは、黒漆塗りで掌に乗るほどの大きさの器の蓋を開けた。その中にはモスグリーン
の粉が入ってた。その器は、名前だけは俺も耳にしたことがある棗とかいう、抹茶を入れるものらしい。

「今回の野点では、濃い目のお茶を点てますから、この練習でも、ちょっと濃い目に点てますね……」

 保科さんは、竹製のへらのようなもので棗から抹茶を掬うと、それを茶碗に入れ、柄杓で湯を注ぎ、茶筅
を使って点て始めた。
 茶を点てているときの保科さんは、先ほどとは別人のように真剣だった。そのぴりぴりする空気に、俺は
もちろん、あやせも圧倒されて、居住まいをあらためるように、背筋を伸ばしてかしこまった。
 保科さんは、茶碗の中で茶筅をゆっくりと優雅に巡らせると、その茶筅を漆塗りの盆の上に戻し、茶を点
て終わった。

「では、あやせさんからどうぞ、と申し上げたいのですが、その前に一つだけ確認をさせていただきたい

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ことがございます」

「何でしょうか?」

 勿体をつけられて不服なのか、あやせの奴がまなじりを吊り上げていた。
 本当に、保科さんに対してはガキ丸出しだな。

「拙宅の野点は、茶事の様式で行われます。ご存知かも知れませんが、茶事とは少人数のあらかじめ招待
された方々で行う密接な茶会であり、一つの椀で同じ濃茶を回して飲んでゆくものです。ですから、あやせ
さんは、出されたお茶を軽く含むだけにして、茶碗を高坂さんに渡すようにしてください」

 『一つの椀で同じ濃茶を回して飲んでゆく』を聞いたあやせが目を剥いた。

「そ、それって、か、か、か、か、間接キスじゃないですかぁ?!」

 た、たしかにそうだわな。でも、うろたえるこたぁねぇだろうが。一回だけだけど、特濃ディープキスを
やってるんだからさ。

「う〜ん、そのようなことは、わたくし考えたこともございませんが……。あやせさんは潔癖症のようです
から、気にされるんでしょうか……」

「気にならない方が、余程どうかしていると思います。第一、不衛生じゃないですか」

 おい、おい、それってなにげに失礼な発言だぞ。
 捉えようによっては、自分以外の者は病原菌を持っていると言ってるようなもんじゃねぇか。

「不衛生って言われればそうかも知れませんね……。しかし、気休めですが、飲み終えた方は、椀の飲み口
を懐紙で拭ってから次の方に椀を渡すことになっています」

「で、でも……」

「おい、もう、その辺にしておけ」

 俺は肘であやせの脇腹を小突き、彼女をたしなめた。これ以上無作法な真似をされては敵わない。
 だが、あやせは、小突いた俺をムッとして睨み返し、なおも保科さんに食らい付いていやがる。

「こ、今回の野点の席順は、もう決まっているんですか?」

 もう、厳かな雰囲気が台無しだ。何をやってるんだろうね、本当に。
 それに引き替え保科さんは泰然としたもんだ。
 
「ええ、お茶を点てる先生の側から、他の招待客の皆様が並ばれて、その後にわたくし、それから高坂さん、
最後にあやせさんが座ることになっています」

「じょ、冗談じゃありません!」

「どうしてですか? わたくしは、今回お茶は点てませんから、末席の方に控えるべきですし、高坂さんや
あやせさんは、他のお客様とは面識がありません。ですから、間にわたくしが居た方が、お二方もお気が楽
になるのではないかと思いまして……」

「そ、それはそうですが、その席順では、あ、兄が……」

「高坂さんが、どうかなされるんですか?」

「ど、どうって、言いましても……」


584:風(後編) 29/63
11/07/18 10:21:16.76 8mgfk2k0
 保科さんに食らい付いたはいいが、保科さんの論が至極妥当だからか、気の強いあやせが口ごもってし
まった。
 こいつ、保科さんと俺とが間接キスするのが嫌だったんだな。不衛生云々は、単なる口実だったのか。

「困りましたねぇ……。一つの椀で同じ濃茶を回して飲んでゆくのは、茶事における鉄則とも言うべきもの
なのですが……」

 ぶーたれている、あやせに対しても、保科さんはあくまでも笑顔だった。

「……では、茶事様式が苦手なあやせさんは、野点が終わるまで拙宅のどこかで控えていただき、野点には
高坂さんだけが参加されるということに致しましょうか」

「そ、それは困ります!」

「では、あやせさんも、茶事の様式を守っていただき、席順も先ほど申し上げた通りでお願い致します」

「は、はい……」

 一応、頷きはしたが、あやせには不満の火種がくすぶっていやがる。
 唇を悔しそうに引き結び、眉をひそめているからな。今日の野点、本当に気が抜けないぜ。

「では、仕切り直しです。それはそうと、お二人は懐紙はお持ちですか?」

「いえ、持っておりません……」

 不勉強過ぎたよな。同じ茶碗で回し飲みすることも知らなかったし、茶事に懐紙が必要なことも知らな
かった。

「では、この袱紗挟みをお使いください」

 保科さんが、布製の四角い物入れをどこからか取り出し、それを俺たち二人に手渡した。

「その中に懐紙が入っています。和服姿のあやせさんは、その袱紗挟みを懐に入れて、野点の席に着いて
ください。スーツ姿の高坂さんは、その袱紗挟みを手にして席に着いていただければ結構です」

「は、はい……。開けてみてもいいでしょうか?」

「どうぞ、と申すよりも、この練習でも使いますから、そのままお膝元に置いていただいて構いません」

 袱紗挟みには、高級そうな和紙でできた懐紙が十枚ほど入っていた。袱紗挟み自体は木綿かと思ったが、
微妙に風合いが違う。どうやら、紬でできているらしい。

「では、遅くなりましたが、あやせさん、お受け取りください」

 保科さんは、やりこめられて凹んだままのあやせに茶碗をそっと手渡した。
 それを両手で不器用に持ったまま、あやせは固まってしまっている。

「こ、この後は、どうすればいいんでしょう……」

「この前、お寺さんでお抹茶をいただいた時と同じようでいいのです。型に嵌った所作は、かえって無粋で
す。先ほども申しましたように、自然な振る舞いが第一ですよ」

「は、はい……」

 自然な振る舞いねぇ……。気持ちが昂っている今のあやせには、かなりきつい要求だな。
 それでも、あやせは頑張って、どうにかこうにか自然そうに振る舞うことができたようだ。


585:風(後編) 30/63
11/07/18 10:22:38.60 8mgfk2k0
「あやせさんは、椀のお茶を半分ほど飲んだら、椀の飲み口を懐紙で拭い、その椀を高坂さんにお渡しくだ
さい」

 あやせが、言われた通りに飲み口を懐紙で拭い、それを俺の方にそっと差し出してきた。
 あやせから受け取った茶碗には、細かい泡が微かに残ったお茶が、椀の底の方に溜まっていた。

「高坂さんは最後の方ですから、残ったお茶をゆっくりでいいですから、全部飲んでください。飲み終えた
ら、わたくしがその茶碗を引き取りに伺います」

「分かりました」

 俺は保科さんが点ててくれたお茶をゆっくりと味わった。なるほど。濃い茶というだけあって、先日、
禅寺で飲んだものよりも格段に濃厚な味わいだ。しかし、変な苦味は全くない。おそらく最上級の抹茶を
使い、かつ保科さんの点て方が上手なのだろう。

「では、椀は、わたくしにお返しください」

 俺の前にやってきた保科さんに空になった茶碗を差し出した。
 茶椀を受け取った保科さんは、炉の前に座り直し、懐紙で茶碗を丁寧に拭っている。

「ひとまずは、これでよいでしょう。後片付けは、野点が無事に終わってからですね」

 それから保科さんは、「え〜と、炉の電源は……」と呟きながら、何かのスイッチを切ると、正座して
いた俺たちに、茶室を出るように促した。
 練習はこれでお仕舞いらしい。時計を見ると、午後三時十分前だ。時間的にも頃合いだな。
 この練習がなかったら、とんでもないことになるところだった。そもそも、一つの椀で回し飲みすること
すら認識していなかったんだから、ぶっつけ本番だったら、あやせがパニックになったかも知れない。

「では、お兄さん。先に参ります」

 そのあやせが、つと立ち上がって、茶室の出入り口に向かっていく。俺も、立ち上がって、あやせの後に
続こうとした。だが、

「……?!」

 立ち上がることはできたが、両足に違和感を覚え、俺は不覚にもよろめいてしまった。

「高坂さん、どうかなさいましたか?」

 保科さんが心配そうに見詰めている。

「な、何でもありません。ちょっと、足がもつれただけです」

 取り敢えずは、そう言い繕った。しかし、何なんだ、この唐突に感じた足の異常な痺れは。
 こっちに来てからというものの、下宿は座り机だったから、正座には慣れているはずだった。実際、時折、
膝を崩すときはあったが、何時間でも座っていられた。それなのに……。

「高坂さん、もしかしたら、ズボンがきついんじゃありませんか?」

「え?」

 そうかも知れなかった。今風のスリムなシルエットが仇になったようだ。椅子に座る程度では何も問題は
ないが、正座では膝を目一杯曲げるから、細身のズボンだと生地で血管を無用に締めつけてしまうんだろう。

「今は、そうしたスリムなスーツが多いですから仕方がないのでしょうけど、困りましたね……。

586:風(後編) 31/63
11/07/18 10:23:46.03 8mgfk2k0
拙宅に高坂さんも着用できそうな着物がありますが、それに着替えられてはどうでしょうか?」

「せっかくですが、もう時間が……」

 時計を見ると、野点の時間まで、あと八分程しかない。

「お兄さん、何をぐずぐずしているんですか!」

 いち早く茶室の外に出ていたあやせが、俺と保科さんが未だに出てこないのでヒスを起こしていた。

「そうですか、でも、ご無理なさらないように。もし、足に違和感があったら、遠慮なく仰ってください。
健康上の理由で茶事を中座しても、それは非礼にはあたりません」

「は、はい……」

「とにかく、あやせさんも痺れを切らしているようなので、ここを早く出ましょうか」

 そう言って、保科さんは悪戯っぽく笑った。
 俺の足の痺れと、あやせがヒスを起こしていることを洒落ているのだ。
 俺は保科さんに促されて、茶室の出入り口をくぐり、外に出た。次いで、保科さんが優雅な振る舞いで、
滑るように茶室の外に出てきて、俺の傍らに並んだ。

「お兄さん、本当に、何をやっているんですか。んもう、時間がないんですよ!」

 時間云々は見え透いた口実で、束の間であれ、茶室という密室に、保科さんと二人きりだったのが気に
食わないだけだ。
 俺のことを気遣ってくれた保科さんに比べて、やっぱガキだな。

「まぁ、まぁ、あやせさん。そんなに不機嫌ですと、せっかくの美人さんが台無しですよ」

 保科さんにたしなめられて、あやせはその形相をいっそう歪めた。
 こうなると、もはや般若の面とどっこいどっこいだな。
 保科さん一族が鬼女の末裔とかいう伝説があるようだが、こいつの方がよっぽど鬼女らしい。

「保科さん、そろそろ……」

 時刻は午後三時五分前だった。野点の開始に間に合うのかどうか不安が募る。第一、当の野点が保科邸の
どこで行われるのかさえ、俺とあやせは把握していないし、この広い保科邸のどこに何があるのかも分から
ないのだ。

「こちらです。お二人とも、わたくしの後についてきてください」

 やや小走りに歩き出した保科さんに従って、俺たちも道を急いだ。その保科さんは、来た道とは別の方角
に伸びている丸石が敷かれた小径をずんずん進んでゆく。

「あの離れの角を右に回り込めば、野点が行われる中庭に着きます」

 言われたとおりに、その角を回ると、母屋と離れに囲まれた中庭に飛び出した。その中庭は、俺たちから
見て、右手方向が枯山水になっていて、屹立する岩山をイメージさせるいくつかの庭石の間には白い砂が敷
かれていた。その白砂には水が流れる様を表現した箒目が付けられている。

「あそこが、野点の会場です」

 保科さんの目線を追うまでもなく、中庭の左手方向には、赤い絨毯のような緋毛氈が敷かれ、朱色の大き
な傘が立てられているのが目に付いた。
 その大きな傘の下には炉が据えられ、その上の茶釜からは湯気が湧き出していた。


587:風(後編) 32/63
11/07/18 10:24:51.34 8mgfk2k0

「急ぎましょう」

 既に俺たちを除く他の招待客は席に着いていて、炉から離れた末席とでも言うべき場所に、都合三人が座
れそうな場所が空いていた。

「お嬢様。お待ちしておりましたぞ」

 保科さんが緋毛氈に座っている来客たちに近づいていくと、そのような声がそこかしこから聞こえてきた。

「いえ、お嬢様だなんて……。それに本日は未熟者のわたくしではなく、先生にお茶を点てていただきます
ので、わたくしはこちらの方で目立たぬように控えさせていただきます」

 いなし方も堂に入ったもんだ。一歩間違えれば嫌味になっちまうのに、保科さんが言うと、全然そうじゃ
ないからな。

「しかし、本日は、おのこを連れてですかな。嬢様もすみには置けませぬなぁ」

 招待客のうち、禿頭で暗褐色の地味な着物を着た、おそらくは喜寿ぐらいになりそうな老人が笑いながら、
そう言ってきた。

「和尚様、そのようなことを仰られると、檀家の皆様から、生臭ナントカと言われてしまいますよ」

「はははは……、これは参った。嬢様には敵いませぬなぁ」

 和尚様と呼ばれた老人は、年に似つかわしくなさそうな張りのある声で、からからと笑っている。

 この爺さん、俺と保科さんが出会った禅寺の住職か何かだろうか。
 それにしても小柄で細身のくせに、よく通る声だな。少なくとも、ただ者じゃなさそうだ。
 その爺さんと俺の視線が交錯した。彫りの深い面立ちに柔和そうな目だった。だが、その目が一瞬だけ、
かっと、見開かれ、俺をたじろがせた。俺が何者であるのか、その眼光をもって吟味したのだろうか。
 だが、それだけだった。爺さんは、もう俺には目もくれず、俺の後ろに控えているあやせの方を向いている。

「おのこだけでなく、嬢様に勝るとも劣らない別嬪さんもお越しとは、愚僧、長生きはするもんですな」

「和尚様、それぐらいにしてください。いくら野点は格式張らないとは申しましても、和尚様の悪ふざけは
度を越しております」

「おお、嬢様の突っ込みはいつもこうじゃ。こわいこわい……」

 保科さんと比較されるという微妙な褒め方だったからか、あやせが『何なのこの爺さん』と言いたげに、
「こわいこわい」と呟きながらも笑っている和尚を、半眼で睨んでいる。
 実際、変なジジイだよな。さっき一瞬だけ、眼光が鋭いように感じたのも錯覚だったのもかも知れねぇ。
 しかも、

「そこな青年、嬢様のような美しいめのこは、こんな風に怖いものじゃ。十分に気をつけられよ、嫁にする
と、後々、尻に敷かれるでな」

 うわぁ、保科さんに釘を刺されても全然堪えてねぇや、このジジイ。しかも、よりにもよって、保科さん
みたいな人を俺の嫁にってのは何だよ。そんなことを考えただけで、我が身がどうなるか分かったもんじゃ
ねぇ。

「……お兄さん……」

 その最大の危険要素が、今、俺の傍らにいやがる。万が一にもあり得ないが、俺が保科さんと付き合いだ

588:風(後編) 33/63
11/07/18 10:25:52.59 8mgfk2k0
したら、俺はこいつに速攻でブチ殺されちまう。

「和尚様、これ以上、わたくしのお客様を困らせないでください。こちらの殿方は、わたくしの同級生であ
る高坂京介さん、そしてそのお隣の可愛らしいお嬢さんは、高坂さんの妹さんの高坂あやせさんです」

「お嬢様のご学友でしたか……。そうすると、優秀な方なんですね」

 和服姿の品のよさそうな老婦人がにこやかに頷きながら、そう言ってくれた。
 優秀ね……。今の大学に合格できたのは、ほとんどまぐれと言ってよい。大学受験だけに限れば、運がよ
かったというだけのことだ。それでも、

「ありがとうございます。今の大学に合格できて、この街で暮らせるのは、本当にありがたいことだと思い
ます」

 無難な言い回しでその老婦人には応えておいた。もうガキじゃねぇんだ。場をわきまえないといけない。
 それに、俺とあやせ以外の招待客は、みんな目上の人ばかりだ。さっきのジジイみたいな変なのもいるが、
一応は長幼の序ってもんがあるからな。
 
「それでは、高坂さん、あやせさん。こうして立っていたのでは、野点を始められませんから、わたくし
たちも座りましょう」

 保科さんに促されて、俺とあやせは、先ほど茶室で保科さんに教えてもらった通りの席順で、緋毛氈の上
に正座した。つまり、茶釜のある方、上手とでも言うのだろうか、そちら側から保科さん、俺、あやせの順だ。
 
『意外にクッションはあるんだな』

 座布団なしってのを覚悟していたが、それほどひどいものではなかった。どうやら、緋毛氈の下に砂か何
かが敷いてあるらしい。

 保科さんや俺たちが正座すると、それが野点開始の合図であったかのように、一番上手の釜の前に座って
いた、おそらくは保科さんが言うお茶の先生らしき初老の男性が深々と一礼した。
 それに応えて、保科さんも招待客たちもお辞儀をしている。俺もあやせも、ワンテンポずれたような感じ
は否めなかったが、どうにか礼をした。

「始まりました。もし、足が痺れたようなら、遠慮なさらずに、わたくしにお知らせください」

 保科さんが、あやせにも聞こえないように、そっと耳打ちした。
 本当に気配りの人だなぁ。保科さんの温情はありがたいが、そうした特別扱いは俺にとっては恥だ。
 保科さんには悪いが、保科さんの善意をあてにせず、何とかこの野点を最後まで乗り切ってやる。
 覚悟とか決意とかがあれば、どうにかなるもんだ。

「お菓子が配られますから、懐紙を出して、それでお菓子を受け取ってください」

 和服を着た二十代後半くらいの年頃の女性が、野点の客の各々に角ばった白い菓子を配っていた。女性は、
保科家のメイドさんというか、お手伝いさんのようだ。菓子は、おそらく落雁だろう。

 菓子を配る女性が俺とあやせの前にも来た。保科さんに言われ、ついさっき彼女がやったように、懐紙を
掌の上で広げて持ち、そこに菓子を置いてもらった。

「……お兄さん。何ですか、このお菓子は……」

 あやせが出された菓子を怪訝そうに見詰めている。

「落雁だよ。蒸して乾燥させた米を粉にして、それに水飴や砂糖を加えて固めたもんだ」


589:風(後編) 34/63
11/07/18 10:26:54.53 8mgfk2k0

「高坂さん、よくご存知ですね」

「いえ、たまたま知っていただけですよ」

 あやせが「へぇ〜」と応答する前に、間髪いれず保科さんが突っ込んできた。麻奈実の実家でも作って
いたから知っていただけなんだよな。これで、保科さんの俺への心証はア〜ップ! 保科さんは俺とは住む
世界が全く違う人だが、それでも心証は悪くなるよりよくなった方がいいからな。

 しかし、出鼻をくじかれたあやせは、これで保科さんへの敵意を一段と増したに違いない。恐る恐る横目
で伺うと、眉をひそめて俺を睨んでいやがった!
 どうやら、保科さんとは正面切って戦うことはできそうもないから、腹いせも兼ねて、まずは俺を叩こう
ということか。

「先生のお点前を見てください」

 あやせの怒気にビビリ気味だった俺は、保科さんに言われて、視線を上席の方に向けた。
 野点とはいえ、茶事に出られるのは、俺の人生でこれが最初で最後かも知れねぇからな。所作とか作法
とかは皆目分からないが、どういうものだったかを後々まで思い出にできるようにしておきたい。

 釜の前では、茶の湯の先生が、茶碗の中で茶筅を振るっていた。
 上体がぶれず、あたかも茶筅だけが動いているような安定感が、無知な俺にも分かった。
 シンプルな動作だが、こうした域に達するのは、相当な修練を積まねばならないのだろう。

 茶事の客は、俺とあやせと保科さんを含めて八人だったから、茶碗もかなり大ぶりな感じだ。その茶碗が
一番目の客、つまりは一番の上席に座っている客に手渡された。
 その客は、彫りの深い品格ある面立ちの初老の男性だが、どっかで見たような感じがした。

『大学の学長じゃねぇし……、教授でもねぇし……。誰だったかな?』

 俺がこの街で見かけた品格がありそうな初老の男性っていうと、大学の先生ぐらいしかねぇからなぁ。
 しかし、そうじゃないとなると、誰なんだ。

「今、茶碗を受け取られたのは、この街の市長さんですよ」

 俺の気持ちを見透かしたかのように、保科さんがそっと教えてくれた。
 そうだよな、保科家が、この地方屈指の名家であることを忘れてたぜ。
 それに、当意即妙な保科さんにも驚きだ。ド天然かと思っていたが、あやせ同様に無駄に勘が鋭いみたい
だな。
 そう思った瞬間、あやせが、じろりと睨んできた。

「……お兄さん。なにげに失礼なことを考えていませんでしたか?」

「気のせいだ……。それよりも、この茶事の進行をしっかり見ておいた方がよくないか?」

 これだからな。勘の鋭い奴ってのは油断できねぇ。
 時折、あやせの奴は、テレパシーか何かで俺の心を読んでいるんじゃねぇかって思いたくなる。
 こいつの前での下手な企みごとは、墓穴を掘るだけだな。
 
「お二人とも、お客様からお客様への茶碗の受け渡しをよく見ておいてください」

 茶道の心得が皆無の俺とあやせは、他の招待客の所作を真似るのが手っ取り早い。
 俺は、この街の市長であるという初老の男性の振る舞いに注目した。
 その初老の男性は既に茶を飲んだ後で、茶碗に口をつけた部分を懐紙で拭い、茶碗を掌の上でちょっと
だけ回した。次の客に自分の口が触れた場所をあてがわないためのものらしい。


590:風(後編) 35/63
11/07/18 10:28:03.85 8mgfk2k0
 その茶碗は、市長の夫人らしい初老の女性に手渡された。二人は一言も言葉を交わさずに、茶碗を受け渡
し、初老の男性と女性は、軽く頷き合うかのように礼をした。

 控え目な動作の中に、空気そのものを重く高密度にするような緊張があり、何も分かってない若造の俺も
背筋を伸ばし、居住まいを改めた。

 茶の湯って、やっぱすげぇな。
 怠惰な俺の日常とは正反対の世界だぜ。

 その女性は、ゆったりとした自然な動作で茶碗を傾けて濃い目に点てられているであろう茶を一服すると、
先ほどの男性と同じように、懐紙で茶碗を拭い、その茶碗を掌の上で少しだけ回していた。

 後は、その繰り返しだった。どうすればいいのか、俺にも分かった。多分、あやせも分かっているだろう。
 要は、相手に敬意を抱いて茶碗を受け取り、又は受け渡す。受け取った茶碗の茶は、後の人のことを慮っ
て、一口だけ味わう。飲み終えたら、自分の唇が触れた箇所は懐紙で綺麗にして、その部分が相手の手元に
来ないように、茶碗を心持ち回すということだ。

『何てことはないはずなんだが……』

 この重い緊張に包まれた中、自然な振る舞いができるだろうか。俺は少々心許ない。
 ふと見れば、あやせの奴も表情を強張らせている。モデルの仕事で、ステージとかに上がるのは場慣れし
ているんじゃないかと思うが、茶事はそれ以上に緊張するものらしい。

 茶碗はその女性から、先ほど俺と保科さんを揶揄したどっかの寺の住職に手渡された。その住職も、先ほ
どの剽軽な振る舞いなどは微塵も感じられない引き締まった表情で茶碗を受け取り、その茶碗から一口、茶
を味わっている。

「大丈夫ですよ……。雰囲気は厳かですけど、いつもの高坂さんらしく、自然体で振る舞ってくださいな」

 俺の緊張感が最大値に達しそうなのが分かるらしい。もう、座布団なしで緋毛氈の上に座っていることも
気にならなかった。
 ただただ、ぴーんと張り詰めた空気の中に俺が居て、その空気の中でつつがなく所作を行う、それだけで
頭が一杯だ。

 どれくらいの時間が経ったのか、茶碗が保科さんのところまで回ってきた。
 保科さんは優雅な振る舞いで茶碗のお茶を一服すると、招待客と同様の手順を踏んで、俺に茶碗を渡して
くれた。

「リラックスしていいんですよ……」

 か細い、囁くような声で、保科さんが俺を励ました。その励ましがあったからってわけじゃねぇが、俺も
どうにか無難に所作をこなせたらしい。
 俺は、最後に控えているあやせのために、ほんの一口だけ茶を残し、これも保科さんがそうやったように
茶碗を拭ってあやせに手渡した。

「……お兄さん……」

 あやせは何かを言いかけたが、それだけだった。場の雰囲気からして私語は慎むべきと思ったのかも知れ
ない。
 そのあやせも、俺同様ガチガチに緊張しているようだったが、無難に所作をこなし、茶を飲み終えた。

「結構なお手前で」

 そんな声が、どこからか聞こえてきた。
 その声で、俺は、緊張感に満ちた茶事の核心部が滞りなく進行したらしいことを感じ取った。


591:名無しさん@ピンキー
11/07/18 10:29:06.80 U7jOP5Ji
ここじゃねえだろ。お前は隔離スレに行ってろ

592:風(後編) 36/63
11/07/18 10:29:14.29 8mgfk2k0
 だが……、緊張が解けたら、足の痺れが一気にきやがった。

「高坂さん、大丈夫ですか?」

 傍目にもヤバイ状況なんだろうな。
 さっきまでは全然気にならなかったのに、今は膝から下が石みたいにコチコチで、全然感覚がねぇ。

 砂の上に緋毛氈が敷いてあったから意外にクッションがある感じだったが、その砂に膝頭が妙にめり込ん
で、かえって脚の血行を損ねたらしい。
 何よりも、保科さんに指摘された細身のズボンが仇になった。

「もう少しの辛抱ですから……」

 茶事はもう終わり、招待客たちは保科邸の中庭をめでながら四方山話をしている。
 その話題も、市の行政のこととか、寺での行事のこととか、聖俗ごちゃまぜでとりとめがない。
 取り敢えずは、俺にもあやせにも関係のない話題だから、もっぱら聞き役に徹することにした。というか、
全然話題についていけないし、何よりも足の具合が相当にヤバくて、じっと黙っているしかなかった。

「お兄さん……、お菓子でも食べれば、少しは気が紛れるんじゃ……」

「……そうだな、未だ落雁を食べていない」

 俺の状態が洒落にならないくらい宜しくないことが、あやせにも分かったようだ。
 そういや、こいつがこんな気遣いを見せるのは、これが初めてかも知れねぇな。

 そんなことを思いつつ、俺は懐紙で包んでおいた落雁を一口かじった。嫌味のないまったりとした甘さが
あって、今まで食べたどの落雁よりも、つまりは麻奈実の実家である田村屋のものよりも旨い。
 どうやら、普通の白砂糖ではなく、和三盆あたりの超高級なものを使っているようだ。

「この落雁、結構美味しいものなんですね」

 普段のあやせだったら、もはや宿敵の一人であろう保科さんを前にして、こんなことは言わなかっただろ
う。一応は、俺の気を紛らわせようということか。

「甘さが上品なのに加えて、粉っぽい感じがしない。相当な高級品だな」

 俺もあやせに相槌を打った。
 実際、あやせと何かしらの会話があると、束の間だが、石の様になっちまった自分の足のことを忘れられる。 
 そのあやせは、ちょっと保科さんの方を窺っていた。
 そして、今は彼女が招待客たちとの談笑に気を取られていることを確認すると、俺の耳元で囁いた。

「来てよかったですか……」

「……今はピンチだが、こうした茶事に出られるのは、一生のうちでそうそうないだろう。だから、来てよ
かった……」

「そうですね……。わたしも、ちょっとだけそんな風に思いました」

「……そうか、それなら救いがある……」

 空はうす曇で、暑くなく寒くなく、絶好の野点日和だった。
 気をしっかり保つために、俺は中庭の枯山水をじっと見た。実のところは、高さが子供の背丈にも満たな
い庭石がいくつかと、その庭石の間に白砂が敷かれているだけなのだが、箒目で水の流れを表現した白砂を
凝視していると、本当にそこに水流があるような気がしてきた。


593:風(後編) 37/63
11/07/18 10:30:41.99 8mgfk2k0
「でも、お兄さん。顔色が……」

「何、大丈夫だ」

 あやせにそう言われるとは、本当に状態が悪いんだな。
 枯山水を本物の水流と感じたのも、苦痛で錯乱しかけているためなのかも知れない。
 そろそろ、この野点が終わってくれないと、足どころか、頭もどうにかなってしまいそうだ。

「では、名残惜しいですけど、そろそろお開きに致しましょうか」

 唐突に響いた保科さんのその声で、俺は心底助かったと思った。
 時計を見ると、午後四時きっかりだ。招待状に書いてあった通りの時間で野点を終えたらしい。
 保科さんも俺の具合がかなり悪いことは知っているが、接待する側の手前、他の招待客を無視して野点を
早めに切り上げるなんてのはできないからな。

「母屋の一室にお酒と簡単なお料理を用意しております。宜しければ、そちらで暫しおくつろぎください」

 先ほど落雁を配ってくれた女性がそう言って招待客たちを母屋へと案内している。
 まず、お茶の先生が先に立ち、続いて市長、市長の夫人、坊さんといった具合に、各々が席を立って母屋
の一室とやらへ向かっていった。

 後に残るは、保科さんと俺とあやせだけだ。

「高坂さん、もう脚を伸ばしても大丈夫ですよ」

 そう言われても、感覚が失せた俺の下肢は、膝から下が石みたいだ。俺は、いざるように身じろぎして、
足の痺れをごまかそうとした。

「お兄さん、何を貧乏ゆすりしているんですか!」

 我ながら相当にみっともないことは自覚しているが、こんな風にしか動けないんだからどうしようもない。
 それでも俺は、どうにかして立ち上がろうと、恐る恐る腰を浮かせた。
 その瞬間、痺れを通り越した激痛が膝下からつま先まで襲ってきて、俺は堪えるために目をつぶった。

「もう〜、じれったい!」

 そんな状況で、あやせが俺の背中を両掌でどやしつけたからたまらない。

「バカ! いきなり何しやがる」

 俺はバランスを崩し、つんのめった。

「!!!!!」

 いきなり、ぐにょんとした弾力を顔面に感じ、ほんのりとした香りが俺の鼻腔をくすぐった。
 驚いて目を開けると、鴇色の着物と白い襦袢の重なりがあって、その隙間からは白い柔肌が……。

「あぅ! こ、高坂さん、い、いけませんわ、こんなことなんて……」

 ちょっと上ずった感じの保科さんの声が、すぐ上から聞こえてきた。
 あろうことか、あやせに背中を突き飛ばされた俺は、保科さんの胸元に顔面をダイブさせていたのだ。

「う、うわぁ! す、すいません」

 慌てて俺は保科さんの身体から離れようとした。だが、悲しいかな、膝から下の感覚が定かでない状態で
は、立つことすらおぼつかず、俺の頭は、そのままずるずると保科さんの胸元から腹部をなぞるように落ち

594:風(後編) 38/63
11/07/18 10:31:57.10 8mgfk2k0
ていき、ついには彼女の太腿の上へと滑り落ちてしまった。

「な、な、な、何をやってるんですかぁ〜〜〜〜〜〜〜!!」

 背中越しにあやせの罵声が聞こえる。
 俺はというと、顔面を保科さんの股間の辺りにめり込ませるようにして、もがいていた。
 もがきながらも、『この鴇色の振袖と襦袢の下には、お嬢様の秘密の花園がある。お、思わず匂いを
……』とか一瞬思ってしまうのだから、我ながら浅ましい。だが、そんな場合じゃねぇよな。

「あ、あやせぇ、な、何とかしてくれぇ!」

 自分の脚が言うことを聞いてくれない俺は、恥も外聞もなく、自称俺の妹様に助けを求めた。

「もぅ、ふざけないでください。お兄さんは変態だから、わざとそんなことをしてるんでしょ?!」

「バカ、こうなったのは、お前が突き飛ばしたからだろうが! それに本当に脚が動かないんだよ! 
だから、早く何とかしてくれぇ!!」

 保科さんに対して、故意にこんな狼藉を働けるわけがない。
 彼女は、俺たちとは住む世界が違う、アンタッチャブルな存在なんだからな。

「本当に、もう、バカで変態で、世話が焼けるんだから……」

 襟首がぐいとばかりに引っ掴まれた。
 いてぇ! あやせの奴、どさくさ紛れに俺のうなじに爪を立てやがった。腹は立つけど、この状況から
脱するのが先決だからしょうがない。
 だが、あやせの奴は、俺の襟首を引っ掴んではいるものの、いっこうに持ち上げようとしないじゃないか。
 何事かと思い、横目でそっと窺うと、俺の襟首を掴んでいるあやせの手には、保科さんの手が添えられて
いた。

「あやせさん、そのように乱暴なのはいけません」

「で、でも、これは兄がわたしにそうしろと命じたから、その通りにしているだけです。何よりも、
このまま兄の失礼な振る舞いをほっとくわけにもいきませんから」

「そうかも知れませんが、高坂さんは足にかなりのダメージを負っています。無理に動かすのは宜しくあり
ません。ですから、このまま、わたくしの膝枕でゆっくり休んでいただくことに致しましょう」

「で、でも、それじゃ、保科さんにご迷惑がかかります。それに、これ以上、兄を甘やかすのは問題です。
兄は変態ですから、保科さんに膝枕をしてもらっている間に、エ、エッチなことを考えるし、も、もしかし
たら、保科さんによからぬことをするかも知れません」

 毎度のことだけど、ひでぇ言われようだな。少しでも俺に対する保科さんの印象を悪くしようって魂胆か。
今となっては、これ以下ってのはないぐらい、落ちるところまで落ちた感じだけどな。
 だが、さすがはド天然恐るべし。

「ほほほほ……、よいではありませんか。それでこそ殿方でしょう? それにわたくし自身が、高坂さんに
膝枕をしてあげたいのです。それなら何も問題はありません」

「そ、そのようなことをしていただく謂れはありません!」

「あやせさんにはなくても、わたくしにはあります。何よりも、高坂さんは足の痺れがひどくて、動けない
のですから、今しばらく、楽な姿勢で休ませてあげなくてはいけません」

「で、でも……」


595:風(後編) 39/63
11/07/18 10:33:04.23 8mgfk2k0
 やんわりとした口調だったが、あの強情なあやせが押し黙った。
 俺にも分かるが、保科さんの笑顔には、抗いがたい何かがあるんだよな。

「高坂さん……。宜しければわたくしの膝枕で暫しお休みください。でも、まずは、そのままお顔をちょっ
と、右に向けていただきますか? そのままだと、わたくしもちょっと恥ずかしいです」

 そういえば、俺って、保科さんの股間の辺りに顔面を埋めたままだったんだよな。なんてぇ醜態だろうね。
 俺は腕立て伏せをするようにして上体を持ち上げ、寝返りを打つようにして、うつ伏せから仰向けになった。

「取り敢えず、仰向けになりました。でも、これ以上、足が思うようには動いてくれません……」

 仰向けになった俺の後頭部は、保科さんの股間辺りにめり込んでいる。顔面がめり込んでいるよりもマシ
だが、依然として芳しい状況ではない。
 だから、保科さんが横にずれて、俺の頭を大腿部に乗せるようにして欲しかった。だが、保科さんは艶然
として、俺を見詰めていた。

「このままで宜しいではありませんか。こうした方が、高坂さんのお顔がよく見えます。それに、
わたくしも……」

 そう言いかけて、保科さんは、白魚のような指を俺の額に伸ばし、浮き出ていた脂汗を拭うように撫で回
した。

「あ、あの……」

「こうして、高坂さんのお世話をさせていただけるのは、正直うれしゅうございます」

 憂いを帯びた瞳が、俺をじっと見守っていた。その眼差しは、あくまでも優しく、柔和だった。

「保科さん……」

「高坂さんは、このまま楽にしていてください。何も考えず、何も思い悩まず、ただただ、緊張を解いて、
わたくしに御身を委ねてくださればよいのです」

「は、はい……?」

 そう言われても、襦袢と振袖の着物越しに、保科さんの温もりが伝わってくるじゃねぇか。しかも、その
温もりって、保科さんのオマタと太腿からのものなんだぜ。こ、これはヤバイ……。

「……お兄さん……」

 自称俺の妹様が、保科さんに身を任せている俺を、恐ろしい形相で睨んでいた。そんな剣呑な状況だって
のに、俺の股間のハイパー兵器は、保科さんからの温もりを受けて、ムクムクと怒張していく。
 その様は、あやせは勿論、保科さんからも丸見えだった。

「ま、まぁ!」

 保科さんが、頬を朱に染めて、驚いている。
 済みませんねぇ。おいらのハイパー兵器は、往々にして制御不能なんすよ。

「それ見たことですか! あ、兄はこのように変態なんです。その兄に膝枕だなんて、じょ、常軌を逸して
います」

 しかし、保科さんは、頬をうっすらと朱に染めていたものの、泰然としたものだ。

「よいではありませんか。殿方とは、このようであると、わたくしも伺っております。それに、高坂さんが

596:風(後編) 40/63
11/07/18 10:34:03.64 8mgfk2k0
わたくしを女として意識されて、かようなことになったとすれば、女冥利に尽きると申しますか、むしろ
光栄です……」

「ほ、保科さん……」

 仰天発言だった。てっきり俺を変態扱いするのかと思ったが、『女冥利に尽きる』とか、『光栄』とか、
エロ過ぎて、ヤバ過ぎる。
 そして、別の意味でヤバイのが俺の傍らに居た。

「う、ううううっ〜〜〜〜〜〜〜」

 自称俺の妹様が、目を吊り上げて、猛獣のように唸っている。もう、完全に怒り心頭。
 あやせからは、俺や保科さんへの怒りや敵意が、致死線量のガンマ線の如く放射されていた。

「あら、あやせさん……。どうかなさいましたか?」

 ド天然の保科さんは、磊落というか呑気なものだ。
 怒りで歪んだ面相を、ゆでだこのように真っ赤にさせているあやせにも、艶然とした笑みを向けている。

「あら、じゃありません! あ、兄が、こ、このような醜態を晒し続けるのは、妹として、が、我慢できま
せん。も、もう、膝枕はやめてください!!」

 そう言い放ったあやせの目が潤んでいた。こいつ、涙目で怒ってやがる。

「困りましたねぇ……。高坂さんは未だ動けるような状態ではなさそうですし……」

「あ、兄は、保科さんに甘えているだけです。これ以上、兄を甘やかされては、妹として保科さんに申し訳
ありませんし、あ、兄のためにもなりません」

「では、あやせさんは、高坂さんをどのようにすれば宜しいのですか?」

「そ、それは……。わ、わたしが……」

 あやせは、何かを言いかけたが、それを打ち消すように、瞑目して首を左右にブンブンと振った。

「……?」

 保科さんが、そんなあやせの反応を、笑顔ながら、小首を微かに傾げて怪訝そうに窺っている。

「と、とにかく、変態な兄に、保科さんの膝枕なんてのは、過分です。横になるのであれば、緋毛氈の上に
でも転がしておけばいいでしょう。がさつな兄は、そんな扱いで十分です」

 ひでぇ……。何なんだよ、この粗大ゴミ一歩手前の扱われ方は……。

「あやせさん……。足を痛めている高坂さんを、そのように扱ってはいけません。今の高坂さんに必要なの
は、いたわりと癒しです。あやせさんが高坂さんを緋毛氈の上に転がしておけばいいなんて思っているので
あれば、なおのこと、わたくしは高坂さんに膝枕をさせていただきます」

「うっ……」

 気丈なあやせが、餅を喉に詰まらせた時のように、苦しげに言葉を詰まらせた。
 言葉遣いこそ丁寧だったが、保科さんには有無をも言わせぬような威圧感がみなぎっていたからな。

「もっと素直になられたらいかがです? 高坂さんに対するあやせさんの刺々しい振る舞いは、あやせさん
が何か意固地になっているせいだと思われます」


597:風(後編) 41/63
11/07/18 10:35:02.97 8mgfk2k0
「そ、そんなことは、ありません!!」

「そうですか。そう仰せであれば、わたくしも、このまま暫し、高坂さんに膝枕をさせていただきます。
自分の気持ちに正直ではない人に、高坂さんを委ねるわけには参りません」

 恐る恐る、上目遣いで窺うと、保科さんは、相変わらず笑顔ではあったが、大きな瞳であやせの白い面相
を凝視している。
 あやせも、その保科さんからの視線を真正面から受け止めるかのように、鬼女顔負けの物凄い形相で睨み
返していた。

「あ、あの……」

 息苦しさに耐えかねて、俺は言葉を紡ぎかけたが、保科さんは俺の口元に白魚のような指をあてがい、
そっと撫で回した。
 『高坂さんは、口出し無用です』ということなんだろう。
 だが、保科さんの一連の行為は、対峙しているあやせにも丸見えだった。

「な、何をしているんですかぁ!! ほ、保科さんが、これ以上、兄をいいように扱うのを黙って見ている
ことはできません」

 いきり立ったあやせの絶叫が、中庭に響き渡った。その声で、何事か? とばかりに、様子を窺う人影が
母屋に認められた。
 それも、さっきの生臭坊主じゃねぇか!

「お、おい、みっともないから、そんな大きな声で喚くんじゃない」

「お兄さんは、黙っていてください!」

 うわ、だめだ。こうなると、あやせの暴走は止まらない。
 保科さんも保科さんだ。何でこんなにも意地を張るんだろう。
 二人の諍いが丸く治まるのなら、俺は緋毛氈どころか、地べたに転がされてもいい。
 だが、そんな風に自虐的なことを思っていたのがいけなかったのだろうか。
 あやせは、なおも保科さんと睨み合っていたが、やにわに俺の右足首を掴んできた。

「うわっ! い、痛いじゃないか」

 血の巡りが戻りつつある箇所を思い切り握られたんだから、たまったもんじゃない。電撃にも似た激痛に、
俺は身を捩じらせた。

「あやせさん! ダメージを受けている高坂さんの足を掴むなんて、非常識過ぎます」

 淑やかな保科さんも、堪りかねたのか、声を荒げた。
 その声で、あやせは、はっとしたように驚いて、そろそろと、俺の足から手を離した。

「い、今のは、兄に対して、申し訳ありませんでした。つい、感情的になって、考えなしに……」

「そうですか……。気持ちが昂ぶって見境がなくなるのは宜しくありませんが、それは誰にでもあり得る
ことでしょう。もしかしたら、わたくしにだってあるかも知れません……」

 これが大人の余裕ってやつなのか。ガキ丸出しのあやせとは大違いだ。
 だが、ガキ丸出しになったことで、あやせは開き直っちまったらしい。
 鼻息荒く保科さんを睨みつけ、あろうことか、保科さんの顔に人差し指を突きつけた。

「見境がなくなったという御指摘は、正直不愉快です。でも、これでわたしも吹っ切れました。兄を返して
ください。兄はわたしのものです! あなたになんか絶対に渡しません!!」


598:風(後編) 42/63
11/07/18 10:35:45.04 8mgfk2k0

 うひゃあ! 俺って、あやせの所有物なのか?
 もう、下宿近くの神社で強引にキスされたのが、年貢の納め時だったらしい。
 しかし、妹であるはずのあやせが、『兄はわたしのもの』なんて言うのを保科さんが聞いたらどう思うだ
ろうか。
 あやせのことを度し難いブラザーコンプレックスの持ち主と思うか、それとも……。

「………………」

 その保科さんは、能面のような硬い表情で、あやせと向き合っていた。こんな表情の保科さんは、初めて
だな。
 今まで以上に気詰まりな雰囲気が、保科邸の中庭に充満していた。
 もう、だめだ……。俺はいざってでも、この場を逃れたくなった。しかし、痺れが失せず、満足に動き
そうもない自分の両足がうらめしい。

「…………そうですか……」

 気詰まりな沈黙は、ため息交じりの保科さんの一言で打ち破られた。

「何が、そうですか、なんですか?!」

 相変わらず般若のように面相を歪めているあやせと違って、保科さんは、いつもの落ち着いた表情を取り
戻していた。

「高坂さんの肉親であるあやせさんが、高坂さんをいとおしく想っておられるのであれば、今は他人である
わたくしの出る幕ではありません。高坂さんはお返し致します」

「だったら、早く兄を返してください!」

 あやせは、保科さんに一歩近づき、彼女の前に立った。握り締めた両の拳が、ぶるぶると震えている。
 これじゃ、仁王立ちして武者震いをしている巴御前か何かだぜ。

「まずは、落ち着いてください。高坂さんはあやせさんに委ねますが、緋毛氈に転がすような粗略な扱いは
絶対にやめていただきたいと思います。その点は、宜しいですね?」

「も、もちろん、そ、そんなことはしません!!」

「では、まずは、わたくしのすぐ隣にお座りください。そうして、わたくしの膝の上から、あやせさんの膝
の上に、高坂さんを移します」

 あやせは、渋々といった感じで、保科さんの右隣に座った。

「こ、これでいいでしょうか?」

 苦手な保科さんに必要以上に接近したくないのか、保科さんとの間には握り拳分だけの隙間があり、なお
かつ、あやせは上体を右に反らせて硬直している。

「もっと、わたくしにぴったりとくっつくようにしてください。そうでないと、高坂さんをあやせさんの膝の上に移せません」

「い、いや、お、俺が動きますよ……」

 足は未だに不自由だったが、上体を起こすことはできる。それに、保科さんに近づきたくないあやせの
ことを、多少は慮ってやらないとな。あやせがヒスを起こすのを、もう見たくねぇ。

「無理はなさらないでくださいね……」


599:風(後編) 43/63
11/07/18 10:36:36.98 8mgfk2k0

 起き上がった俺の上体を、保科さんは両手で支え、右脇に控えているあやせの膝上に誘導した。

「あ、そ、そこは……」

 保科さんの股間の上に代わって、あやせの股間の上へ、俺の後頭部は納まった。

「わたくしと同じように、高坂さんを膝枕で休ませてあげてください」

「で、でも、膝枕って、こんなんじゃなくて、お兄さんの頭が、わ、わたしの膝に対して、よ、横向きに
なるんじゃないんですか?!」

 頬を染めているあやせに、保科さんは艶然と微笑んでいる。

「この方が、高坂さんの頭が安定します。それに、先ほどまで、わたくしもこの体勢で高坂さんを支えて
いたのです。わたくしにできたことは、あやせさんもおできになるはずですよね?」

「……は、はい……」

 声を震わせながら微かに頷いたあやせを認めてから、保科さんは、やおら立ち上がった。

「ほ、保科さん。どちらに?」

 俺の問い掛けに、保科さんは、一瞬だが、笑みが失せた憂いに満ちた表情を覗かせたような気がした。 

「ちょっと、母屋の方へ参ります。他のお客様のお世話をしなければなりませんから。今回は、和尚様の
ような、個性のある方がお出でなので、それなりの注意が必要です」

 母屋から、例の生臭坊主がこっちの様子を窺っていたことを、やはり御存知だったらしい。
 ド天然でも、女ってのは本当に勘が鋭いよな。
 それに、『それなりの注意が必要』ってことは、あの坊主に釘でも刺しておくのかも知れねぇ。

「では、わたくしは、暫しここを離れます。では、あやせさん、高坂さんのことを宜しくお願い致します」

 それだけ言い添えると、保科さんは、舞うような足取りで、母屋へと向かって行った。 
 これで中庭には、俺とあやせの二人きりだ。
 俺は、頭の座りを正すつもりで、首をちょっとだけ左右に振ってみた。

「あ、あうっ……。う、動かないでください……。そ、そこは……、だ、だめですぅ」

「あ、あやせっ!?」

 俺の頭は、あやせの股座をぴったりと塞ぐように置かれていることを思い出した。

「お、お兄さんの、あ、頭が、……に当たっているんです……」

 切なそうな声を上げて、あやせが身悶えていた。
 いつもなら、『ブチ殺します』とか何とか言っている口が、妙に艶っぽいことを吐き出していやがる。

 でも、俺も興奮ものだよな。布地越しとは言え、俺の脳天はあやせの恥骨のちょっと上辺りを押さえてい
て、後頭部は、あやせの秘密の花園に、ずっぽし埋まっているんだぜ。
 そんなことを考えていると、股間のハイパー兵器にエネルギーがチャージされ続けちまうんだがな。
 俺とは別の生き物のように、むくむくと持ち上がるそれをごまかそうと、俺は未だに痺れが失せない足を
だましだまし動かして両膝を持ち上げ、できるだけ内股になった。だが、

「……お兄さん。また、おっきくなってるじゃないですか。この、変態……」


600:風(後編) 44/63
11/07/18 10:37:34.12 8mgfk2k0

 自称俺の妹様の目は欺けなかった。

「し、しかたないだろ。こんな体勢で……」

 そう言うあやせだって、目を潤ませて、自分の胸元を揉むように押さえているじゃねぇか。
 布地越しには秘密の花園、そして、妙にエロいあやせの表情やしぐさを見せつけられたんじゃ、ペニスを
大きくするなってのが酷な話だ。
 それに、俺にも言い分はある。

「変態とか何とか、俺を罵っていながら、お前だって、いやらしいことを考えているんだろ? 態度で丸分
かりだぞ」

 途端に、俺を見下ろしているあやせの表情が、『心外です!』と言わんばかりに険しくなった。

「お兄さんがそうだから、わたしも同様だと思うのは、それこそ失礼じゃありませんか!」

「でもよ、お前って、さっきから、俺のズボンの膨らみをガン見して……、うぉ! 
い、いてぇじゃねぇか!」

 言い終わらないうちに、俺は脇腹を思いっきりつねられた。

「ガン見なんかしてません! いやでも目に入っちゃうから、困るんです」

「じゃぁ、目をつぶってろよ」

「いやです。私が目をつぶっている隙に、変態なお兄さんは、わ、わたしに、よ、よからぬことをするに
違いありません。ええ、きっとそうです」

 俺は、呆れて思わずため息を吐いた。

「じゃ、どうしようもないじゃねぇか……」

「そうですね……。でも……」

 ふと、あやせは、俺から視線を外し、顎を上げた。あやせの喉元が、初夏の淡い光を受けて白く輝いている。

「何やってんだ? お前……」

「空とお屋敷の後ろにある森を見ているんです。雲の切れ間から射し込む光が、森の緑を際立たせていますね」

 そう言われて、俺も目線を空に向けてみた。

「ほんとだ。薄雲の一部が切れて、そこから日の光が射し込んでやがる」

 夕方近くになって、いくぶん赤みを帯びた日の光が、灰色の雲の隙間から光の筋となって降り注いでいた。
 どっかで見たような構図だな、と思ったら、先週、黒猫や沙織と一緒にお茶を飲んだホテルの天井にあっ
たフレスコ画に似ている。

「あらためて見ると、お屋敷の背後にある森も結構な規模ですね」

「そうだな。保科さんの屋敷以外に人工的なものは全然ない」

 こんな光景、千葉市内には絶対にないだろう。


601:風(後編) 45/63
11/07/18 10:38:28.12 8mgfk2k0
 この森も保科家の私有地で、そのために乱開発を免れてきたに違いない。

「……綺麗ですね。なんてことはない雑木林なのに」

「新緑っていう時期はちょっと過ぎちまったみたいだが、それでも十分に美しいな。きっと、秋になったら、
紅葉が見事だろう」

 こんな自然に囲まれて、保科さんは生まれ育ってきたんだな。
 せせこましい街中で暮らしてきた俺やあやせとは、価値観やものの捉え方が違うのは当然のことなんだ。

「でも、もう、ここを訪れることはないでしょう……。少なくともわたしは……」

「そりゃそうだ。今回、俺たちがここに呼ばれたのは、何かの間違いなんだよ」

「そうでしょうか? 保科さんは、お兄さんに興味があるから、わたしたちを招待したんです。あの人は、
本当に油断がならない女です」

 保科さんを、俺にちょっかいを出す“悪い虫”と決めつけてやがる。
 常識的には、保科さんのようなお嬢様が、俺のようなどこの馬の骨とも知れない野郎を相手にするとは思
えないんだがな。それに……、

「さっき俺は保科さんの胸に顔面ダイブして、あまっさえ、彼女の股間に顔を突っ込んだんだぜ。こんな
無礼なことをやっちまったんじゃ、もうお仕舞いだろうさ……」

「……本当にお兄さんって、真性のバカですか?」

「また、バカ扱いか……」

「わたしは、その時の彼女の様子を一部始終見てましたけど、お兄さんがやったことは、彼女にとって
“ご褒美”って感じでした」

「嘘だろ……。あり得ねぇ」

「保科さんの胸元と股座に顔を突っ込んでいたお兄さんには、その時の様子は全然見えていなかったじゃ
ないですか」

「だが、彼女にとって“ご褒美”ってのは嘘くさい。お前が見た保科さんの様子はどうだったんだよ」

 空を見上げていたあやせが、膨れっ面で、俺の顔を睨みつけてきた。

「……それをわたしに言えと?」

 虹彩が失せた冷たい瞳が、俺を見下ろしていた。

「あ、ああ、いや、話したくないなら、別段無理に話さなくてもいいからさ、と、とにかく、落ち着こうぜ」

 あやせたん、マジこぇ〜。

「……そうですね。わたしは、あの女のことを考えただけでムカムカするんです。その辺は、お兄さんも察
してください」

「……そ、そうだな……」

 こりゃ、あやせと保科さんが和解するってことは絶対になさそうだな。保科さんにあやせに対する敵意は
窺えないが、あやせときたら、保科さんを親の仇ばりに嫌悪してやがる。


602:風(後編) 46/63
11/07/18 10:39:26.68 8mgfk2k0
 黒猫との関係もそうだが、こいつは本当に業が深いなぁ……。

「……うふふ……」

 そのあやせが、唐突に含み笑いをしてやがる。

「何だよ、変に笑いやがって、気持ち悪いな」

「だって、お兄さんの怯えた表情が可愛らしくって……」

「お、おい……」

 あやせは、細い指先を俺の額に当て、そのまま鼻筋をなぞり、俺の口元にその指を添えた。

「そのお兄さんは、わたしの膝の上で、わたしのなすがまま……。膝枕って、ちょっと恥ずかしいけど、
こうしてお兄さんと一緒に居られるのは、悪くないですね……」

「そ、そうなのか?」

 ビビリ気味な俺がおかしかったのか、あやせは一瞬、くすりと笑い。目をつぶった。

「目はつぶらないんじゃなかったのか?」

「……気が変わりました。それに、目をつぶっていると、風の音が聞こえるんですよ」

「風の音? 風なんか大して吹いてないぜ」

「お兄さんも目をつぶってみれば分かります……」

 暗に促されて、俺も瞑目してみた。
 目をつぶり、耳を澄ませていると、たしかに、風に揺れる木々のざわめきが感じられた。

「まるで、潮騒のようだな……」

「ええ……、不思議と落ち着きますね、この音は」

「こういうのも悪くないな」

「そうですね……。でも、お兄さん、足の具合はどうですか?」

 そうだった。保科さんとあやせの膝の上で、だいぶ長いこと寝っ転がっていたからな。
 俺は、両足の足首と膝を交互に動かしてみて、不快な痺れが残っていないことを確認した。

「おかげさまで、よくなったよ。もう、膝枕は要らないな」

 俺は、目を開けて、ゆっくりと起き上がろうとしたが、俺の両肩にはあやせの手がそっと添えられた。

「ど、どうしたんだ?」

「せっかくですから、もうしばらく、お兄さんに膝枕をさせてください」

 瞑目したままのあやせは、先刻のような膨れっ面ではなく、菩薩のような穏やかな表情を浮かべていた。

「い、いいのか? お前だって重いし、そろそろしんどくないか?」

「こんな機会は滅多にないでしょうから、わたしはもうちょっとこのままで居たいんです。だから、
お兄さんも目をつぶって、楽にしていてくださいね」


603:風(後編) 47/63
11/07/18 10:40:11.04 8mgfk2k0

「そういうことなら……」

 俺は再び瞑目した。木々の微かなざわめきが、潮騒のように聞こえてくる。


*  *  *
「お二方、そろそろ目を覚ましていただけないでしょうか?」

 鈴を転がすような優美な声で、俺とあやせは目を開けて、はっとした。

「あ、あれ?!」

 いつの間にか、俺もあやせも寝入ってしまったらしい。
 しかも、寝入ったあやせは、俺の身体に覆い被さるようになっていて、俺の鼻先にはあやせの下腹部が
あった。
 そして、あやせも俺と似たような有様だ。

「きゃっ! な、何で、お兄さんのお腹が、わたしの目の前にあるんですかぁ?!」

「知るか! そんなこと」

 “シックス・ナイン”ってこんな体勢なんだろうな。
 そんな有様を保科さんに見られちまったなんて、恥の上塗りもいいところだ。だが、

「今日は陽気が宜しいので、お二方とも、本当に気持ちよさそうにお休みでした。無理に起こすのも無粋と
思いましたが、もう、夕暮れ間近ですので……」

 ヤバイ状態で寝っ転がっていたことは突っ込まない。これも育ちのよさの賜物だろうか。

「うわ、もう、こんな時間?!」

 腕時計を見たあやせが、素っ頓狂な声を上げた。時刻は午後六時を過ぎていたのだ。

「そうですね、かれこれ、一時間半はお休みになっていたでしょうか」

「そ、そんなに長く……」

 あやせが絶句するのも無理はねぇな。俺もぐっすり眠っちまっていたのか、少なくとも一時間ほどの記憶
がまるでない。
 俺は、上体を起こして、辺りを窺った。
 薄暗くなった中庭に居るのは、俺とあやせと保科さんだけだ。
 母屋の方も静まり返っている。

『何だか、静か過ぎて、気味が悪いです……』

 あやせが、保科さんに聞こえないよう、俺にそっと耳打ちした。
 たしかにな。失礼ながら、その点に関しては、俺も同感だ。人の気配が全くないわけじゃないが、妙に静
か過ぎる。

「他の招待客の皆様は、どうされたんですか?」

「先ほど、皆様お帰りになられました」

「そ、そうですか……」


604:編) 48/63
11/07/18 10:41:22.24 8mgfk2k0
 そうだとしても、どうも納得がいかない。
 宴が終わったとしても、あれだけの人数分のもてなしをしたのであれば、その後片付けで多少はドタバタ
するはずだ。なのに、その気配がない。

『狐につままれたような気分だぜ』

 俺の囁きに、あやせは微かに頷いた。
 時刻は、ちょうど“誰そ彼時”。高校の時、古文の教師が、『妖怪変化が蠢き出す』と言っていた頃合いだ。

 不意に、保科家の祖先が鬼女の一族であることと、保科家の婿が早逝するという噂を思い出し、
俺は思わず身震いした。

「宜しければ、母屋に上がられて、あらためてお茶でもいかがですか?」

 俺とあやせは互いに顔を見合わせ、意見の一致をみた。

「せっかくだけど、そろそろおいとま致します。ちょっと長居し過ぎましたから……」

「そうですか。それでしたら、お車を用意致しますので、それに乗ってお帰りください」

「そこまでしていただかなくても、結構です」

「いいえ、お二方は、この街に不案内でしょうし、拙宅の周辺に人家はほとんどありません。最寄りのバス
停まで距離がありますし、バスの本数も限られております。もし、帰路、道に迷われたりしたら申し訳あり
ませんから、なにとぞ、拙宅の車でお帰りくださいませ」

 う〜ん、保科さんの言うことはごもっともだ。
 明るいうちなら、俺たち二人だけで何とかなったが、暗くなってくると、だいぶ勝手が違う。

「では、お言葉に甘えて、宜しくお願い致します」

 保科さんに借りを作りたくないであろうあやせも、これには何も言わなかった。
 何せ、保科邸が、この街のどこいら辺にあるのかすら分からないんだから、正直、どうやって帰っていい
のか見当もつかなかったからな。

「では、履物を履いて、わたくしについて来てください」

 保科さんに促されるまま、俺たちは歩いて行った。
 既に辺りは薄暗く、さらには保科邸の様子に疎いということともあって、俺もあやせもどこをどう通った
のかよく分からないまま、保科邸の駐車場らしい広場に着いた。

「あの車にお乗りください」

 広場には、既にエンジンがかかっている国産の中型セダンが停まっていた。
 ベンツとかBMWとかじゃないのが、かえってセンスがいい。やたら高級外車にこだわる成金とは違うの
だろう。だが、それにしても……、

『妙に手際がよすぎませんか? やっぱり変です……』

 あやせが眉をひそめて、俺に囁いた。
 全くだ。こうまで手際がよすぎると、たしかに気味が少々悪い。それに、俺は川原さんから、保科家の噂
を聞いていたから、なおさらだ。

 保科さんは、俺たちがそんなことを囁いていることを知らずに、すたすたと件の車に歩み寄っていった。


605:風(後編) 49/63
11/07/18 10:42:24.70 8mgfk2k0
「お嬢様。すぐにでも出発できます」

 運転席からスーツ姿の初老の運転手が現れ、保科さんにお辞儀をした。

「ご苦労様です。では、あちらにいらっしゃる二名のお客様を、ご自宅まで宜しくお願い致します」

「かしこまりました」

 運転手は保科さんにもう一度お辞儀をすると、後部座席のドアに廻り、そのドアを開けた。

「どうぞ、お乗りください」

 まずは俺が、次いであやせが、保科家の自家用車に乗り込んだ。

「これ……、特別仕様車でしょうか?」

「たぶん、そうなんだろうな」

 シートはベージュの総革張りで、ピラーやダッシュボードは、高級バイオリンを思わせるような、ニス塗
りの木でできていた。
 ベース車両は国産の中型車だが、すさまじく金をかけているようだ。
 そんなことに気を取られていた俺は、窓ガラスを軽くノックする音で、はっとした。
 俺が座っている側のすぐ傍に保科さんが立っていたのだ。
 運転手が気を利かせて、保科さんが立っている側の窓ガラスを開けてくれた。

「では、運転席の者に、行き先を伝えてください。そちらまでお送り致しますので……」

「分かりました」

 俺は、運転手に下宿の住所を告げた。
 運転手は、「かしこまりました」と頷きながら、何かを帳面に書き付けている。
 業務日報のようなものだろうか。それはともかく、

「何から何まで済みません。色々とありがとうございました」

 運転手に行き先を告げた俺は、笑顔で佇んでいる保科さんに軽く会釈した。隣のあやせも、申し訳程度と
いう感じではあったが、お辞儀をしている。

「いえいえ、わたくしもお二方とご一緒できて、楽しゅうございました。では、高坂さんにあやせさん、お気を付けてお帰りください」

 保科さんが見守る中、車は動き出し、ここへ来たときにタクシーの車中から見たものらしいゲートに差し
掛かった。
 そのゲートは完全に自動制御なのか、俺たちを乗せた車が近づくと、ゆっくりと扉が跳ね上がるようにし
て開いていった。

「何もかもが、あらかじめお膳立てされていたんでしょうか? 変な気分です……」

「段取りがものすごくいいんだろう……」

 保科家の関係者である運転手が居る手前、滅多なことは言うもんじゃないから、俺は、当たり障りのない
コメントで、お茶を濁した。
 だが、保科家の運転手は、後部座席の俺たちには委細構わず、夕闇が迫る中、車を走らせていた。




606:風(後編) 50/63
11/07/18 10:43:53.74 8mgfk2k0
*  *  *
 風呂から上がって自室に戻ると、二組の布団が敷いてあった。
 もちろん、一つは俺が寝る布団であり、もう一つはあやせが寝る布団だ。
 前回もそうだったんだろうが、俺が風呂に入っているうちに、あやせが勝手に敷いたんだろう。
 はじめから分かっちゃいたが、あいつは今晩はここに一泊するつもりでいる。

「だけどよ、年頃の男女が同じ部屋で寝起きするってのは、まずいだろ……」

 だが、自称俺の妹様が、そんな俺の懸念を慮るわけがない。
 年下の小娘のくせに、色香で俺を翻弄しようっていうことなんだろうか。
 あの女の考えていることは、どうにもよく分からない。

 俺は、いつも使い慣れている方の布団の上にごろりを仰向けになった。

「それにしても、保科さんってのは、何なんだろうな……」

 俺は保科邸に到着してから辞去するまでの一連の出来事を思い出せる範囲で反芻してみた。
 茶室での作法の手ほどきから、野点の本番、俺の足の痺れ、その後の保科さんとあやせによる介護、さら
には俺とあやせが、野点の会場でうたた寝したこと等々……、結局は、すべてが保科さんのシナリオ通りに
進行していたように思えてならない。
 俺の足が痺れるであろうことも、彼女には分かっていたはずだ。
 あの禅寺で野点の招待を受けた時、保科さんは、

『殿方はスーツで結構です』

 と言ったのではなかったか。
 長時間正座する茶事では、男性も和服が基本であり、洋服の場合であっても、流行遅れのだぶだぶした
ズボンでなければ宜しくないことは、茶事におそらくは数え切れないほど参加してきた保科さんなら当然に
分かっていたはずだ。

「それに、今の若者向けのスーツは、みんな細身なのを知らないはずがねぇよな……」

 にもかかわらず、何故に彼女は、俺にスーツを着るように指示したのか。足を痺れさせて膝枕をするため
か、それとも、俺を和服に着替えさせたかったのか。彼女の狙いは皆目分からない。しかし、入念な計画に
基づくものであるような雰囲気がぷんぷんする。
 保科さんの胸のダイブして、彼女の股間に顔面をめり込ませるというハプニングも、何だか彼女の
シナリオ通りな気さえしてきた。

「あやせといい、保科さんといい、訳が分からないぜ……」

 男にとって女ってのは、基本的に理解不能で面倒くさい生き物だ。

「明日は明日で、保科さんやあやせ以外の面倒くさい生き物と面と向かわにゃならねぇ……」

 明日の午前十時には黒猫と沙織がこの街に再びやってくる。
 何とも後味の悪い別れ方をした先週日曜日の仕切り直しのためだ。
 
「問題はあやせだ……」

 黒猫と沙織との面談というか、ネゴシエーションというか、洒落にならない雰囲気の話し合いに、あやせ
まで参戦されたのでは、たまったもんじゃない。
 明日の午前中は、大学の図書館で調べ物をするということにして、互いに別行動にしよう。
 要は、あやせを謀るってことだ。

「嘘も方便。もう、大嘘吐きでも何でもいいや……」

607:風(後編) 51/63
11/07/18 10:45:05.79 8mgfk2k0

 この街で、あやせと黒猫のガチバトルなんか願い下げだからな。
 
 俺は、布団の上に仰向けになったままで、瞑目した。
 保科邸での野点は緊張の連続だった。それのみならず、足が極度に痺れて身動きができなくなるという
アクシデントもあった。そのためか、俺はぐったりと疲れきっていた。
 大学の教室で保科さんに呼び止められ、同級生たちに変に注目されたのも結構なストレスだった。

「もぅ、身体がだるいし、眠くてかなわねぇ……」

 目を閉じていると、意識が朦朧としてきて、ふわふわと夢の中にさ迷い込んでしまいそうになる。
 野点の後、不覚にもあやせ共々、緋毛氈の上で居眠りしたが、中途半端な睡眠はかえって眠気を催させる
ものらしい。

 不意に誰かが頬を撫でてくれているような気がした。
 この柔らかな感触は、膝枕をしてくれた保科さんのものだろうか。
 果たせるかな、振袖姿の保科さんが、艶然とした笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込んでいるような気がした。
 だが、突然、彼女の面相に憂いにも似た翳が浮かび、ためらいがちに顔をそむけて、視線を俺から逸らせ
てしまった。
 
「ほ、保科さん!」

 待ってください! あなたは、何で俺を、俺たちを野点に誘ったんです?
 あなたは、どうして、俺みたいな平凡な男にちょっかいを出すんですか?
 そして、あなたは、最終的には、俺をどうしたいんですか?

 呼び止めて、そう尋ねたかった。今、今なら、彼女に訊くことができるような気がした。

 だが……、

「何が、『保科さん』ですかぁ! ブチ殺しますよ!!」

 耳をつんざくような罵声と、頬に感じた痛みで、俺は我に返った。
 恐る恐る目を開けると、水色のパジャマ姿の自称俺の妹様が、恐ろしい形相で俺を睨んでいた。

「あ、あやせ……」

 しっとりとした髪からはシャンプーの香りが漂い、身体からは石鹸のものらしい清潔そうな匂いが漂って
きそうだった。
 だが、

「お、お前! 俺の身体の上に、馬乗りになってるんじゃねぇ!!」

 自称俺の妹様は、股で俺の胴体を挟むようにして、俺の臍の辺りにまたがっていたのだ。

「こうでもしないと、お兄さんにビンタできませんから。やむを得ません」

 こいつ、俺の寝言を聞きつけて、馬乗りになったのか。
 しかし、それにしても……、

「いきなりビンタってのは、ひでぇじゃねぇか。それに、この体勢だと、あやせが俺をレイプしているみたいだよな」

「レイプだなんて、破廉恥な! これはお仕置きです」

608:風(後編) 52/63
11/07/18 10:46:19.67 8mgfk2k0

 言うなり、怒りで形相を般若のように歪ませたあやせは、俺のスウェットの襟元を引っ掴んだ。
 『レイプ』の一言で、俺の身体から離れると思ったんだがな。
 自称俺の妹様はそんなうぶな輩じゃないらしい。
 それどころか、あやせは、俺の首を、スウェットの上から無慈悲にも締め上げた。

「うわ、いてててっ! ら、乱暴はよせ、麻奈実や保科さんは、ぜ、絶対に、こんなことはしねぇぞ!」

「あの女の名前を言うなって、何度言ったら分かるんですかぁ!!」

 あやせは涙目で、俺の首を、がくんがくんと、五、六回乱暴に揺さぶって、おもむろに手を放した。

「げ、げほ……、ごほ……、げほ……」

 俺はというと、仰向けに引っくり返ったまま、喘息持ちの爺様のように、ひとしきり咳き込んで悶絶した。
 いつもながら、こいつの暴力は、本当に洒落にならんなぁ。

「いつまで咳き込んでいるんですか、この変態……」

 咳が治まりかけて、薄目を開けると、相変わらず自称俺の妹様が俺の腹の上に馬乗りになったままだった。

「お前なぁ……。前にも言ったけど、これって傷害罪一歩手前の行為だぞ。それに、いい加減、どいてくれ
よ……」

 だが、あやせは意固地になったのか、股間を俺の腹部に強く押し付け、太腿で俺の胴体を締め付けてきた。

「うわぁ! いてててっ……」

 あやせの太腿で締め上げられ、内臓全部がでんぐり返りそうな苦しさだった。
 だが、あやせの股間が、あ、あそこが、俺の腹の上に密着し、あまっさえ、ぐりぐりと擦り付けられてい
る。こ、これはこれで、いい……、かな?
 てか、そんなことでプチ喜んでいる場合じゃない。
 自称俺の妹様は、怒りで歪めた面相を、だらしなく仰向けになっている俺の顔面に近づけてきた。

「明日のことで、お兄さんに確認をしておきたいことがあります。明日、お兄さんは何をするつもりです
か?」

 そらきた。こいつは、俺を監視するために俺につきまとう気でいる。だが、あいにくと、そうはさせねぇ。

「あ、明日は、午前中、大学の図書館に行って、判例の調べものだ。だから、明日の午前中は、あやせとは
別行動だな」

「図書館へは私も同行します。お兄さんの単独行動なんて許しません!」

 そうくると思った。だがな、俺が通う大学の図書館は、そうはいかねぇんだよ。

「お前、大学の図書館ってのは、県立や市立の図書館とは訳が違うんだぞ。その大学の学生や教職員じゃな
いと、利用できねぇんだよ」

「そんなもの、大学生の振りをしてれば大丈夫です。わたしは、これでも結構大人っぽい方ですから」

 自信たっぷりに言い切りやがった。たしかに、モデル業で揉まれてきただけに、高校一年生にしては、
多少は大人びているな。だが、大学生の振りをするのは、どう考えても無理がある。
 所詮はガキだ。いろんな意味で。それに、

「お前、大学の図書館が見た目だけで判断すると思うのか? そんなことをしたら、大学生じゃない浪人生

609:風(後編) 53/63
11/07/18 10:47:33.28 8mgfk2k0
や、下手すればホームレスとかが入り込んでくるじゃねぇか」

「うっ……」

 痛いところを突かれたのか、般若顔のあやせが息を詰まらせたような気がした。

「入り口で学生証の提示を求められるんだよ。で、学生証がなかったら、館内に立ち入ることもできねぇ。
少なくとも、俺の大学の図書館はそうしたところだ」

 授業料を払っていない者に大学の施設を利用させるのは衡平ではない。それ以前に、セキュリティの関係
上、身分が特定できない奴の入館を許すはずがないだろ? 社会の道理をよく分かっていないところが、
本当にガキだな。

「そうですか、なら仕方がありませんね。わたしは、大学近くの喫茶店かどこかで、お兄さんの調べものが
終わるまで待つことにします」

「何もそこまでしてくれなくていいぞ。お前も大変だろうから、下宿で待つなり何なりしてくれれば……」

「いいえ、お兄さんを護るために、わたしははるばる千葉から来たんです。そうであれば、明日はお兄さん
と一緒に下宿を出て、大学の図書館にお兄さんが入っていくのを確認した上で、わたしは近くの喫茶店か、
ファストフード店で本でも読んで待っています」

 しつこいな……。まさかとは思うが、明日の午前中に黒猫と沙織に会うってことを把握してやがるのか?
 いや、それはないか……。
 俺が嘘を吐いていることを知っていたら、もっと過激な手段で俺を責め立てるはずだからな。
 だったら……、

「いいだろう。俺は図書館の中で調べものをしているから、その間、お前は、喫茶店とはいわずに、学内の
どっかで待ってろ。俺の大学は建物はボロだが、敷地だけは公園並みに広いからな」

 このまま嘘を吐き通してやる。毒を食らわば皿までも、だ……。図書館に入ったら、裏口から抜け出て、
沙織たちとの待ち合わせ場所である中央駅前までタクシーですっ飛ばす。これで、あやせの目を欺いてやる。
 だが、

「……調べものは判例ですか?」

 あやせの奴が、じっとりとした疑惑の眼差しで俺を凝視している。何かヤバイな、しかし、ここまで来て
嘘を認めるわけにはいかねぇ。

「ああ、判例集が図書館にあるから、そいつでちょっと調べたい事件があるのさ」

 あやせの奴が、にやりと笑ったような気がして、俺は嫌な予感に襲われた。

「判例は……」

 俺に馬乗りになったままで、あやせは座り机の上のパソコンを指差した。

「あれを使ってインターネットで検索できるんじゃなかったんですか?」

 しまった。インターネットで判例を検索できることは、この前、俺自身がこいつに教えたんじゃねぇか!
 自ら墓穴を掘ってどうすんだ。

「い、いや……。インターネットでは公開されてない判例もあってだな、そ、それで図書館で調べなきゃな
らねぇんだ……」

 我ながら悪あがきっぽいが、一応は事実だ。実際、マイナーな判例や、古い判例は、裁判所の

610:風(後編) 54/63
11/07/18 10:48:50.27 8mgfk2k0
ホームページには出ていないことがあるからな。これであやせの追及を振り切っちまおう。

「そうですか……、でも、お兄さんの大学の図書館って、明日は休館日みたいなんですけどぉ……」

 いつの間にか、あやせの手にはスマホが握られていて、その画面には大学の付属図書館の予定が記された
カレンダーが表示されていた。

「げっ!」

「ここに、明日の日曜日は、空調設備の点検のため休館って書いてあるんですけど、お兄さんが明日利用
する大学の図書館って、どこの世界の図書館なんでしょうか、ね!」

 最後の『ね』にアクセントをつけたあやせは、今度は、襟ではなく、俺の首をダイレクトに締め上げてきた。

「ぐ、ぐるじぃ、じ、じんじばう……」

「大嘘吐きのお兄さんには、これぐらいの苦しみじゃ足りないくらいです! お兄さんは、明日、黒猫とか
いう痛い女や、沙織とかいうデカブツとデートするんでしょ? それもわたしに内緒でこっそりと!」

「う〜〜、う〜〜〜、う〜〜〜……、いぎが、で、でぎ、なび……」

 これが女子高校生の力かと思うほど、あやせの締めは激しかった。それこそ、鬼の形相で俺の喉を
思いっきり締め上げていやがる。

「わたしだって、黒猫とかいうあの女は要注意人物だから、その動向には常に気を配っているんです。
だから、明日、あの女がお兄さんに会いにやって来ることも、とっくの昔にお見通しだったんですよ!!」

 畜生。あやせの奴は、俺の嘘が破綻するように、俺を追い込んでいたんじゃねぇか。それに気付かず、
あやせをガキだと侮ってドツボに嵌った俺って、何てバカなんだ。
 俺は、苦し紛れに両手を虚空に伸ばした。溺れる者は藁をも掴むっていう喩えが身にしみて理解できたぜ。

「きゃっ! 何てとこ触ってるんですかぁ、この変態!!」

 俺の両手は、マシュマロのように弾力がある二個の物体を、むんずとばかりに捉えていた。他でもない、
あやせの左右の乳房だった。
 左手は右の乳房を、右手は左の乳房をそれぞれ鷲掴みにしていた。そして、掌には、ぷっくりとした
あやせの乳首が感じられた。
 こいつ、ノーブラじゃねぇか!

「わ、わたしの、む、胸なんか、も、揉まないでください。ブ、ブ、ブ、ブチ殺しますよ!!」

 あやせが一段と強く俺の首を絞めてきた。もう、本気で俺をブチ殺すつもりだ。
 こうなったら、俺だって必死だ。絶対にこの手を離すもんか!
 死ぬ寸前まで、あやせの胸を揉みまくってやる。これが末期のセクハラってもんだ。

 俺は、パジャマの上からあやせの乳首を摘み、それを引っ張ったり、乳房の中に押し込むようにして弄んだ。

「や、やめて、く、ください。そ、そこは、び、敏感なんです……」

 乳首を刺激するたびに、あやせは弓なりに背を反らせて身震いしやがる。
 まさかとは思ったが、エロゲのヒロインと似たり寄ったりの反応を示すんだな。
 それに、乳首をいじられると脱力するのか、俺への締めが手ぬるくなった。

「こうなりゃ、一石二鳥だぜ!」


611:風(後編) 55/63
11/07/18 10:50:12.43 8mgfk2k0

 あやせの胸を揉んで末期のセクハラに興じるのみならず、あやせにブチ殺されるのを免れることができる
かも知れねぇ。
 俺はあやせの乳を揉みながら彼女のパジャマの前立てをまさぐってボタンを外し、あやせの胸元に両手を
突っ込んだ。

「じ、直に触らないでください、わ、わたし、もう……」

 そう言いながらもあやせの奴は、股間を俺の腹に擦り付けるように、腰を前後に妖しくゆすっているじゃ
ねぇか。
 それでも、俺の首には、申し訳程度といった感じながら、あやせの両手が首かせのように嵌っていた。

「こ、これならどうだ!」

 俺はあやせのパジャマの前立てを左右に無理やり引っ張った。外していないボタンが一つ、二つ弾け飛び、
あやせの乳房が顕わになった。
 こ、これが、あやせの乳房か……。触ってみて大体は分かっていたが、控え目ながら、ちゃんと出るとこ
は出てるんだな。
 乳房が控え目なくせに乳輪は大きめだろうか。だが、そこがエロくて俺好みだ。

「お、おっぱい、見ちゃだめぇ〜〜〜!!」

 あやせは自分の胸を隠そうとしたのか、はたまた俺の目を塞ごうとしたのか、俺の首から両手を離した。

『今だ!』

 俺は、両腕をあやせの背に伸ばして彼女に抱き付き、ぶらぶら揺れる左の乳房の先端をぱっくりくわえ、
すすってやった。

「あ、あうう……。す、吸わないで、す、吸わないでぇ〜〜〜」

 あやせは身を捩じらせて抵抗したが、俺がベージュがかったピンク色の乳首を吸い続けると、ついには
「あぅ、あぅ」といううわ言のような声を出しながら、だらしなく涎を垂らし始めた。

「今度は右だ」

 こりこりに勃起した右の乳首を舌先で弄び、強く吸ってやる。

「あふ、あふぅ〜〜〜〜〜」

 もう、俺をブチ殺すどころの話じゃない。
 あやせの奴は、俺の後頭部を両手で支え、自分から俺に胸を突き出すようにしている。
 女って、あやせみたいなエロが嫌いな奴でも、乳首吸われるとエロゲのキャラみたいにおかしくなるんだ
な。エロゲやっといてよかったぜ。こればっかりは桐乃に感謝だ。

 てなことを思いながら、俺は両の乳首を交互に吸い、さらには軽く噛んでみた。

「あう、お、お兄さんやめてください。お、おかしくなっちゃうぅ〜〜〜」

「もう、十分におかしくなってるぜ」

 あやせは俺の軽口には反応せず、虚ろな目のまま、だらしなく口をぽかんと開けている。
 そろそろとどめを刺すとするか。
 俺は、あやせの乳房をすすりながら、右手をあやせの股間に伸ばしていった。

「あ、ああああっ! そ、そこはいじっちゃだめです」

612:風(後編) 56/63
11/07/18 10:51:19.26 8mgfk2k0

 布地越しにあやせの秘所の温もりが感じられた。
 パジャマも下着も薄手のものらしく、俺の腹の上でぱっくり広がっているあやせの割れ目が、はっきりと
分かる。
 割れ目をなぞると、布地越しにねっとりとした湿り気が伝わってきた。

「ぬ、濡れてるじゃねぇか……」

 女の身体に初めて触れた俺みたいな奴の不器用な愛撫でもこんなに乱れるなんて、あやせって根はすごい
スケベなのかもな。
 俺はぬるぬるした割れ目の端に、こりこりした突起を指で探り当てた。これがクリトリスなんだろう。
そいつを指先でぐりぐりと擦るように弄んだ。

「あ〜〜、う〜〜〜、そ、そこはらめれすぅ〜〜〜〜。ら、らめぇ、らめぇ〜〜〜」

 あやせは完全にぶっ壊れる寸前といった感じで、呂律も怪しくなってきた。やっぱクリトリスって、女の
身体で一番敏感だってのは本当なんだな。
 俺は、その突起を摘んで、こよりを撚るように軽く捻ってやった。
 同時に、乳首を吸いながら軽く噛んで引っ張ってやる。

「う、う、うっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 あやせは苦悶に耐える呻き声にも似た叫びを歯を食いしばるようにして絞り出し、背を反らせて全身を
ビクビクと痙攣させた。
 痙攣はひとしきり続き、それが治まると、あやせは俺の身体にもたれかかって、ぐったりとなった。

「ふぅ……」

 のしかかっているあやせをごろりと布団の上に転がすと、俺は自分の首を押さえてため息を吐いた。

「あやせの奴、イッたみたいだな……」

 布団の上に転がされたあやせは、快楽の余韻で頬を上気させ、はだけた胸元からは勃起したままの乳首を覗かせていた。

「こ、これで、終わりなんですか……?」

 エクスタシーに達したあやせの身体からは、甘酸っぱいような感じの女の匂いが、むせ返るほどにあふれ
ていた。
 そして、俺のリヴァイアサンは、かつて経験したことがないほどに大きく固く怒張している。

 これは、“据え膳食わぬは男の恥”って状況なのか?
 今のあやせだったら、このまま俺のリヴァイアサンをぶち込むのは楽勝だろう。
 だが……、

「……そうだな……、これでセクハラはお仕舞いだ……」

 さっきまで俺をブチ殺す気満々だった奴とセックスなんかできねぇよ。これって強がりみたいなもんだけ
どさ。

「……ひどいです、ひどいです、お兄さん……」

 あやせは、パジャマの前をはだけたまま、さめざめと泣き出した。
 あやせが俺をブチ殺そうとしたとはいえ、俺のやったことはセクハラどころかレイプ寸前の行為だったか
らな。気丈なこいつが泣くのも無理はねぇ。



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