13/02/09 01:50:39.84 4H+mFNhG
そして時は流れ、季節は時折風も凛と引き締める、晩夏となった。
龍丸、忍びの里なき後、力丸は彩女と二人だけで紫雲斉の屋敷に暮らしていた。
未だに血の匂いが消えず、彩女は食事と寝るとき以外は戻ってこなかった。
ある夜。
力丸は主君から上等な雉を賜り、鍋の支度をしていた。
その日も彩女は屋敷におらず、丁度鍋が出来上がる頃に顔を見せた。
「おや、今日は雉かい?殿さんもあたいたちに気ぃ遣ってくれてありがたいねぇ」
開口一番、軽口をたたく。
力丸は「また始まったか」とでも言うかのように、顔をしかめながら、
「もうすぐできるぞ。早く支度しろ」と呟いた。
吹く風の涼しさも感じる日であったためか、力丸のこしらえた鍋は一段と食を進ませた。
彩女は力丸に多くを語りかけなかったが、「ごちそうさま」と優しく微笑んだ。
――久しぶりに笑ったな…
気持ちの昂りを知られないように、「ああ」と目をそらして答えた。
食事の後は、互いに特に干渉もなく、それぞれの時間を過ごす。
力丸は忍びの術や古来の兵法などの文書を読んでいるときが多いのだが、今日は違った。
――なあ力丸、お前、彩女に男を教えてやってはくれぬか
あの日の龍丸との会話が繰り返し頭の中で響いていた。
何故だろう
彩女が俺に笑いかけたからだろうか
そんなことを想いながら、力丸は鍛錬場で手裏剣を構えていた。
しかし、心の乱れのせいか、手裏剣の先は的の央を射ることはなかった。
「…やめよう」
こんな日は眠ってしまおう。踵を返し、屋敷へと歩いた。
「・・・・・・・・・・!」
どのくらいまどろんだときであろうか。夢中を彷徨っていた彼の手に何かが触れた。
目を開いた力丸が見たのは、すぐ近くにあった彩女の頭だった。
力丸が寝所に入るときは、彩女は少し離れた自分の布団で既に寝ていたはずだった。