【友達≦】幼馴染み萌えスレ21章【<恋人】 at EROPARO
 【友達≦】幼馴染み萌えスレ21章【<恋人】 - 暇つぶし2ch351:ねがいごと〈下〉  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:02:44 yUpUnVHb

(―やめだ!)

 胸を貫く痛みに、健一郎は唐突にそう決心した。その決意が、甘やかな呪縛からわずかに精神を解き放ってくれた。

(こいつをミカに重ねるのは、もうやめだ)

 その「やめ」というのが、とりあえず今日はということか、それとも永久にということか―突き詰めて考えるのを後にして、彼はどうにか腰を引いて肉棒を抜いた。
 尻もちをつくように彼は床に座りこんだ。瀕死のように横たわったままで荒い呼吸をついている美奈に、半ば悲鳴のような声をかける。

「おい……苦しいときは、やめてとちゃんと口にしろ。お願いには含めないって言っただろ!?
 いや、『やめて』というのがお願いだっていいんだ、なんでもいいから、おまえの体力が尽きる前に言えよ!」

 お願い。
 どこか遠くから聞くように、美奈はぼんやりとそれを認識した。
 健一郎に聞いてほしい自分のための欲望……いくらでもある。

 ―お姉ちゃんのことを忘れて、心から消して―
 ―わたしを愛して、わたしだけ見て―
 ―お姉ちゃんを忘れさせてみせるから、わたしのそばにずっといて―
 ―お姉ちゃんを忘れられなくてもいいから、どんな形でもいいから、あんまり長く生きて束縛しないから、だからわたしを捨てないで―

 美奈がこれまで夢想してきたいくつもの懇願が「お願い」となって、喉元まで出かかる。
 少女の、残っていないと思っていた理性がかろうじて働き、すべて飲み下して封じ―

「して……もっと、してぇ……」

「……おまえ……」

「やめ、ないで……」

 許しを乞わない―これまでのときとは全く逆に、彼女は続行をねだった。
 淫艶にぬめる裸身をよろよろと起こし、這うように身体をひきずり、座りこんだ健一郎のもとに近づく。
 呪縛がまたしても健一郎をとらえ、彼は呆然と少女を見つめることしかできなくなった。美奈が近づいてくるほど、意思に反して股間のものがミキミキいきり立っていく。

「ケン兄、好き……」

 四つん這いの美奈が、とろんと濡れた瞳で健一郎を見つめてささやき、そっと触れるだけのキスを重ねた。
 彼女にとってははじめての告白だった……言葉では。

「あと……いっかい、だけ……させて、ください……」


352:ねがいごと〈下〉  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:04:06 yUpUnVHb

 健一郎の股の間に座りこもうとして美奈が双臀を向けると、しどけなく乱れた髪が濡れた背にはりついた。
 ぽってりふくらんだ二ひらの大陰唇に指をかけ、彼女がみずから開く―くちゃぁと開いた膣口から白濁がごぽりと溢れ―美尻がねっとりとうねって、肉の泥沼がふたたび男根を呑みこんでいった。
 背面座位で結合し、過敏になりすぎた奥までをみっちり男の肉に埋められて、少女はぶるッと腰をおののかせ、ほうと熱く吐息した。

 ……そして、美奈は床に手をついて、健一郎の股間に押しつけた尻を使いはじめた。
 ∞の形にうねらせ、左右にくなくな揺らし、前後にしゃくり、上下に振りたてるようにして淫らに肉棒を蜜壺で引きしごく。

 しだいにその腰使いがこなれ、より妖艶になっていく。複雑さは少しずつ失せて上下に振る動きだけに収斂していくが、双臀の動き方はなめらかさを増していた。
 男に快楽を与えようとしながら、美奈にとっても薄い、気だるい絶頂が延々と続いていた。もう、ほんの数擦りされただけで蜜壺が達してしまうような過敏状態なのだ。
 淫楽にどうしようもなくとろけきった顔で、美奈は叫んだ。

「ケン兄っ、わたし……インランでしょうっ?」

「ミナ……」

「おねえちゃん、よりっ、インラン、でしょう……っ?」

 会えなくなる前に、なにかひとつ自分のことを、どんなことでもいいから、姉にくらべて強烈に覚えていてほしかった。
 ―健一郎が、後ろから美奈の腰をつかんで動きを止めさせた。

「ああそうだ、くそ……おまえは、ミカよりずっと淫乱だよ……!
 すぐ終わらせるから、自分で動くな!」

 ぐちゅっと突き上げられて、深く極めてしまい、「んひぃっ」と歯をくいしばった。
 実をいうと前からされるより後ろからの体位のほうが美奈は弱かった。膣奥の特に弱いポイントに、後ろからだと亀頭がもろに当たるのだ。
 そうはいっても彼は最後の一回を慎重に責めてきた―腰をぐりぐり押し回すようにして。

「あんっ……ああぁ……あぁぁ……っ」

 甘ったるく、天使的な官能だった。濃厚な悦びにひたらされる。
 本来なら、女体をじんわりととろ火で煮込む責めだ―なのに、もうこれだけで子宮が達し続けて、骨が全部溶けたみたいになってしまう。
 乱れた吐息にあふあふと恍惚のあえぎが混じった。

「ふあっ……これぇ…………これ……こわいくらいぃ、いいですぅ……」

 円運動で、子宮口周りをコリュコリュとほぐされる一秒ごとに、快美な肉悦が天井知らずに高ぶっていく。
 蜜壷の最奥で味わわされる、穏やかながら深い、極甘の絶頂感。それは静かに大きな波紋を広げていって―

「あ―…………」

 絶頂のなかで失禁してしまった。


353:ねがいごと〈下〉  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:06:06 yUpUnVHb

「いやぁぁぁ……ごめ、なひゃ……はずかひ……」

「……おまえの恥ずかしいところなんかもう全部見てるよ、気にするな」

 やけになったような声で、背後の少年が美奈を抱きしめ、頭を撫でてきた。
 ……たしかにそうで、夫婦でさえけっして見せないようなところを、健一郎には何回も見られてしまっている。
 けれど、頭を撫でられ、はっきりと気遣われたこと自体が美奈には予想外だった。
 これではまるで、昔の優しかった健一郎のような―

「ふわぁぁ……ン……」

 美奈の混濁した意識に、それは驚愕より先に至福感をもたらした。
 飼い主に蹴られても足元を離れようとしなかった犬が、ある日いきなり可愛がってもらえたときに感じるような、幸せの感情。
 健一郎がささやいてきた。

「……これで終わりだからな」

 ―びゅく。
 量はさすがに少なくなったが、熱さは変わらない精液が子宮に浸透してくる。

「――、――、――」

 自分がどんな言葉を叫んでいるのか、美奈は認識できなかった。イク、とか、好き、とかそのあたりなのはわかりきっていたが。
 阿片を凝縮したものを、脳に直接ぽとぽとと垂らされているような気がした。

【どぐん】

 ―あ。

 胸の奥で、

【どぐっ、どく、どく、どくどくどく】

 ―ああ……ちょっと、からだに、むりさせちゃったかも。

「はっ、はっ、はふっ、ぁっ、はっ」

 急に感覚が鋭敏になった―自分がせわしなくあえぐ声が、美奈にはやけに大きく聞こえた。
 強すぎる快楽。苦しい。乱れる心脈。
 きもちいい。くるしい。ああ、いくのとまらない。

「……おい、ミナ?」


354:ねがいごと〈下〉  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:07:03 yUpUnVHb

【どっどっどっどっどっ】

 不規則に心臓がはねる。さっきから妙な具合に暴れてる。
 よだれが溢れるのが止まらない。どれだけ呼吸しても息が吸えない。
 くるしいのもきもちいいのも、いままででいちばんすごい。

「はっ、あ゛、ぁぁっ、あ、は、っ、はっ」

「ミナ! ミナっ!」

 あ……ケン兄が、わたしの名前を呼んでくれている。
 わななき、ひきつる体をケン兄がずっとだきしめていてくれる。
 ケン兄が耳元で、わたしの名前を呼びつづける。こんなにいっしょうけんめい。

 焼けつくように、幸福だった。

「はっ、はっ、はふ、ぁぁぁ―…………はひ……」

 もろい肉体を破綻させかけた濃烈な肉の高みが、美奈からようやく通り過ぎていった。

 健一郎の抱擁のなかで体の力を抜き、くったりと首をかたむけた。
 全身が弱い電気を流されているみたいにヒクヒク動く。濃い余韻―桃色の裸身がねっとりと汗を噴き、艶美におぼろめいた。
 死の一歩手前まで命を燃焼させた少女の恍惚―瞳から光の消えた美貌には、放心しきった淫麗な痴笑が浮かんでいる。

「……あはぁぁ…………すご、かった……」

「この……馬鹿……」健一郎が、胸がつまったような声をだして、彼女の肩をより強くうしろから抱きしめた。
 彼女の体にまわされて震える健一郎の腕にのろのろと触れて、美奈は絶えそうな声で言った。
 安心させようとして。

「だいじょうぶ、です、よ……ちょっと、よすぎて、からだが、おどろいた、だけ……
 かんたんに、しんだり、しません……ねだったのは、わたし、ですから、気に、しないで……」

「―なんでだ!?」

 健一郎がとつぜん叫んだ。
 こらえてきたものが爆発するように。


355:ねがいごと〈下〉  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:08:51 yUpUnVHb

   ●   ●   ●   ●   ●   ●

 限界だった。健一郎のほうが。
 ぐったりした美奈を横抱きにして体の前に抱えなおし、歪んだ意地の最後の一片を投げ捨てて、彼は叫んだ。

「なんで、僕にここまでするんだよ!」

 今しがたの、発作のごとき美奈の体の変調で―こいつ「まで」失う、いや、こいつ「を」失う―その可能性に直面したとき、はっきりわかった。

 もう、自分にはできない。
 ミナへの罪悪感を消すことは決してできない。
 ミカへと向けた憎しみを上書きしていく、こいつの優しさを、こいつの微笑みを、こいつへの罪の意識を、心から消すことができない。
 これ以上、こいつを踏みにじろうとすることができない。

 勝てないと思い知らされた―こんなに細くて壊れそうな体のこいつに、勝つことができない。

「なあ、なんでここまで我慢する!? 死ぬところだったんだぞ―僕のすることなら、殺されるまで受け入れ続けるつもりかよ、おまえは!
 『いつだって、ひとつだけなんでも言うことを聞いてやる』といっただろ!?
 責める言葉を言え、僕を罰しろよ! ……せめて、『美佳の代わりにされるのはもういや』と言えよ……言ってくれ……」

 血を吐くような声で彼は嘆願し、それから、

「……いいや、もう、やめだ……こんなのは、こっちがおかしくなりそうだ……」

 精神的に憔悴しきった声を出して、彼は、美奈の儚い体を正面から抱きしめた。

「ミナ、僕にはおまえがここまでする価値なんて、ないんだぞ……
 ……好意があったって、いままでされたことで醒めるのが普通だろ……おまえが怖い、わからないよ……なんで僕を責めて、憎んで、軽蔑しないんだよ」


356:ねがいごと〈下〉  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:09:45 yUpUnVHb

「……責めることなんか……できませんよ」

「だから、なんでだ……!?」

「お姉ちゃんが駆け落ちしたとき……ケン兄は、想いが醒めましたか……?」

「っ……」

「わたしも、ケン兄と同じだから……きっと、自分がその立場だったら、あのときのケン兄みたいになりました……軽蔑することなんか、できません……
 それに……それにねえ……お姉ちゃんの駆け落ちは、わたしのせいでも、あるんです……」

 耳元の声に、ざわりと、健一郎は血が引くのを覚えた。
 体を離して彼女を見る―美奈の笑顔―困ったような、泣き出しそうな。

   ●   ●   ●   ●   ●   ●

 話すことを、ずっと美奈はためらってきた。自分勝手な想いで。

 だがもう終わりだ―健一郎に話さなければならなかった。でないと、時期的に取り返しがつかなくなる。
 力ない声で、語り始める。

「むかしから、お姉ちゃんは、病気がちな妹のわたしを甘やかしてくれた……ぬいぐるみでも、お菓子でも、わたしがほしがったものは、なんでもゆずってくれた……
 だからわたし……だれのことが好きか、隠したままでいなくちゃ、いけなかったのに……」

 後悔にまみれた告白をつむぐ。

「ケン兄とお姉ちゃんが付き合いだしてから、ずっとずっと心の中で、お姉ちゃんに嫉妬していたんです……
 だから……あの日の前に、お姉ちゃんに相談されたとき……お姉ちゃんにはケン兄じゃない好きな人がいるって知ったとき……『許せない』って、思ってしまって……」

 わたしがケン兄しか見ていないように、ケン兄はお姉ちゃんしか見ていなかったのに。
 わたしは、お姉ちゃんにならしょうがないって思おうとしていたのに。
 わたしのいちばん大好きなふたりならって、ずっと押し殺して、諦めていたのに……

「かーっとなって、嫉妬むきだしで、お姉ちゃんだって辛かったことなんかぜんぜん考えず、いっぱい、ひどいことを言いました……
 弱りきって頼ってきてくれたお姉ちゃんに……それまでわたしを守ってくれていたお姉ちゃんに……
 お姉ちゃん、あれで間違いなく、わたしがケン兄のことを好きだと気づいたと思います……
 きっと、それで、『自分さえいなくなれば』って、かんがえて……」

 美佳が読みそこねたのは、捨てられたことで健一郎が壊れたことだったろう。
 妹がどれだけ彼を好きかは察しても、彼がどれだけ自分を好きかは、姉は本当にはわかっていなかったのかもしれない。

 だからといって、美奈は自分の責任を忘れることはできなかった。
 お姉ちゃんをあんなふうに感情的に責めるのではなかった。せめて、ケン兄と話し合うよう取り持つべきだった。わたしがそうしていれば、もっと別の結末があったかもしれないのに……と。
 姉がいきなり出奔した理由の一端は、まちがいなく自分にあると美奈は知っていた―それゆえに、姉にも、健一郎にも、美奈のほうこそが罪の意識を強く抱いていたのだ。

 美奈は声をつまらせる。

「ゆるしてください……」


357:ねがいごと〈下〉  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:11:22 yUpUnVHb

 美奈にはわかった。幼馴染みを見つめ続けてきた彼女には、同じ立場の健一郎の想いがよくわかった。彼がどれだけ衝撃を受けたかを思うと、慄然とした。

 償おうとした。
 姉が去って壊れた健一郎に、自分のすべてをさしだしてでも償うつもりだった。
 最初は、自分の命にさえも無関心になった彼を、この世につなぎとめるところから始めなければならなかった。

 健一郎がひきこもる部屋に入るとき、かつて姉が着ていたお下がりの服を選んだ。姉の香水をつけた。
 出て行けと激昂する彼の腕にしがみつき、いっしょに部屋を出よう、せめてなにか口にしてと懇願する間も、体を密着させていた。
 血走った彼の目に暗い情欲がうずまきはじめても、離れなかった―姉の服をまとったまま、ずっと体を押しつけていた。

 なんとか彼の心を動かそうというくらいの意図で、襲われようと計画していたわけではなかった。
 でも、“そうなってもいい”という思いが間違いなくあって、“そうなればいい”と思う心さえきっとあったのだ。ほかの家族のいない時間帯を無意識に選んだのだから。
 結果として、彼に罪悪感を負わせてしまったが、彼を現世に引き止めることができた。

 現世に引き止めつづけるために、それからも体を差し出した。
 健一郎が抱く現世への執着は姉に関連することだけだろうと知っていた。だから、彼が、自分を通して姉を見るようにしむけたのだ。

 笑顔でいようとしたが、苦しかった。
 強引に犯されようが屈辱を強いられようが、健一郎にされているのだから、それ自体は耐えることができた。
 彼の、姉への想いを、自分の体を通じて確認させられるのがつらかったのだ。
 健一郎が見ているのは、どこまでも美佳であって自分ではない。あるときまではそう思っていた。

 けれどそのうち、美奈は気づいた。
 健一郎が、美奈への罪悪感をどんどん膨らませていくことに。
 それから解放されるため、罰が欲しいと無意識に望んでいることにも気づいていた。
 最初は居心地が悪かった。健一郎を安心させてやりたくて、自分のせいだということを何度も話そうとした。


358:ねがいごと〈下〉  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:12:34 yUpUnVHb

 ……だが、浅ましい私欲が入った。
 罪の意識を抱いているとき、健一郎は「ミカ」ではなく「ミナ」を見ていてくれる。
 それに気づいたとき、「話したくない」と思ってしまった。
 すべてを打ち明けて話してしまえば、彼のその罪悪感を消すことになるかもしれない。

(いやだ……消してしまいたくない)

(罪悪感がなくなれば、たぶん、ケン兄はわたしのことを気にしなくなる)

(きっと、わたしと一緒にいても、ずっとずっとお姉ちゃんのことを考えているようになる。
 こんどこそ、わたしを通して、お姉ちゃんしか見なくなる)

(―そうだ、罪悪感だけがただひとつ、かれの心に刻まれたわたしの―)

「……だから、いままで話さなかったんです……
 ねえ……ずるい女だと、言ったでしょう?」

 虚ろな笑みを浮かべながら言った―後半は、湿った声に変わっていた。
 石のように固まっている健一郎に力なくすがり、頬をかれに押し当てて美奈はすすり泣いた。

「ごめんなさい、こんなことになって……お姉ちゃんを、失わせて……」

 わたしが、あなたをほしがったから。

「ごめんなさい、ケン兄……ずっと黙っていて……気に病む必要のなかったことを気に病ませて」

 このまま、少しでもわたしを見ていてほしいと思ってしまったから。

「ごめんなさい……好きです……ごめんなさい……」

 彼の想いの行き先をずっと知っていながら、焦がれていた。
 絶対に叶わないとわかっていたから、自分の想いを告げることなく、秘めたままためこんだ。最後は姉を糾弾して彼をゆずってもらった、卑怯者。

 しかし、健一郎は、「違うだろ」と、美奈の体をそっとはがした。

「おまえが謝ることじゃない。
 それに、おまえが望んでいたからって、僕の責任がなくなるわけがないだろう。罪の意識が消えるわけがない……」

「ケン兄、でも……」

「僕を甘やかすのもいいかげんにしろ、ミナ。
 僕はおまえの意思なんか確かめないまま、傷つけるつもりで押し倒したんだ。そのあとのことも……」

 言いさして絶句した彼の顔が、沈痛に青ざめている。
 これまで良心とともに心の底に押しこめられながら、育ちつづけていた悔恨が、一時に噴出してきたのだった。


359:ねがいごと〈下〉  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:13:46 yUpUnVHb

 ―やっぱり、昔のケン兄。
 美奈は、後悔で言葉をつまらせた彼の態度に、そうと悟った。この人は元に戻りかけている。
 では……本当にこれで、この日々は終わりになるのだ。
 感傷を振り払って、彼女は言った。

「それなら……ケン兄、やっぱり」

 頃合いだ。
 先延ばしにしてしまっていた、最後の仕上げの時が来ていた。
 ―夕星のきらめきの下、窓から見える風見鶏のある赤い屋根で、夜のカラスが鳴いている。
 その、物寂しげな鳴き声に混じって、なぜか、かつて姉と歌った歌が聞こえる気がした。「憐れみたまえ」の賛美歌が。

(もう、わたしは十分に……)

 主の憐れみをたまわった。体だけでもしばらく彼を独占できた。一生、思い返せる恋だった。
 歪んだ幸せは、このあたりでおしまいにしなければならない。
 彼女は言った―湿りが残る、しかし決然とした声で。

「どうしても叶えてほしいお願いを、聞いてくださいますか」

 健一郎は目を開き、迷う色もなく即答した。

「言えよ」

「はい」

 美奈は、抱きついたまま伸び上がるようにして彼に唇を近づけた。
 裸の胸と胸をぴったりくっつけ、互いの鼓動を重ねた。
 心臓の音のなかで厳粛に誓わせるように。

 そして、美奈は彼に願いごとを告げた。


360:ボルボX  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:14:38 yUpUnVHb
以下、エピローグ投下します

361:ねがいごと エピローグ  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:15:39 yUpUnVHb

 秋が深まり、街路樹も校庭の木も、葉の色を変えていた。
 カトリック系女子学園の、午後の鐘が鳴っている。
 下校の時刻も近い休み時間―教室内の窓ぎわの席に腰かけ、なんとはなしに校門のあたりを見つめていた美奈に、声がかかった。

「彼氏とは別れちゃったの、ミナさん?」

 話しかけてきたクラスメートに顔を向け、美奈は目をぱちくりさせた。

「彼氏?」

「あら、なにをとぼけているのかしら。ついこの前まで、下校時間になったら校門の前で待っていたでしょう。
 成英学院の制服を着て眼鏡をかけた、いかにも成績優秀そうな顔した男子が。ま、ちょっと雰囲気暗かったけど。
 なのに、一月ほど前から姿を見かけないわ」

「ああ、ケン兄のこと」

 困った微笑みをどうにか作る。
 このクラスメートは、姉の駆け落ち事件前後のときもまったく変わりなく美奈に接してくれた良き友人の一人だが、目ざといところが少し苦手だった。

「彼氏では、ないです」とはっきり告げる。

「わけあってしばらく、家が近い知り合いに送り迎えしてもらっていただけです。
 かれは受験生なのでもともとそんな余裕はなかったんですけれど引き受けてくれました。いまはもうこちらの事情が変わりましたので……」

 虚弱体質であることは周りに知られているので、「事情」といっておけば深読みして引き下がってくれるはず―と思ったのだが。
 クラスメートは、良家の令嬢らしからぬにやにやした笑みをうかべた。

「あら、そうだったの。放課後近くなるとぼうっと窓から校門を見つめているあなたの様子を見て、『これは恋人でまちがいないわね』とみんなで話し合っていたのだけれど」

 赤面した美奈をおもしろそうに眺めて、クラスメートはその笑みのまま遠ざかっていった。
「もう……」とため息し、美奈は頬づえをついて、また窓から校門を見やった。
 当たり前だが、健一郎の姿はそこにはない。


362:ねがいごと エピローグ  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:16:24 yUpUnVHb

 もう、かれは来ない。そう確認して、美奈は無言で目を閉じた。
 胸中の哀愁は、つとめて無視した。
 来なくなったのは、美奈が口にした願いごとのためだから。

 願いごとで心は強要できない。
「健一郎が心の傷を治して立ち直ること」が、美奈の望みだったが、姉を忘れろなどというのは言うだけ無駄だったろう。
 だが、行動は強要できる。

 ―「ちゃんと受験して。もともとの志望校に進学して」

 あの日、そう言うとかれはけげんな顔をしたが、きちんと約束してくれた。
 だから彼はいまごろ、血まなこになって机にかじりついているはずだ。
 本来の彼の学力なら、じゅうぶん合格見込みがあったのだが、この数ヶ月の空白時間は大きなブランクといっていい。
 出遅れた受験勉強にしゃかりきになって、いまさら美奈といる余裕なんてあるはずがない。寝る時間もないほど追いこまれているだろう。

 なんとなく、ぽそっとつぶやいてみた。

「ざまーみろ」

 彼が求めていた罰は、これでじゅうぶんだろう。彼自身が決めるはずの人生選択に干渉してやったのだから。

 姉の駆け落ちによって彼が負った心の傷は深かった。最初は生きることを放棄し、部屋から出てもそれまでの受験勉強を放棄してしまうくらいには。
 彼が回復するかはわからない―いずれは癒えて思い出になるかもしれないし、決して癒えないかもしれない。

 だが、現実の時間は容赦なく進むのだ。現実を生きているかぎりきちんと大学に進学しておいたほうがいいだろう。
 人生、高学歴だけが重要ではもちろんないけれど、高等教育を受けていれば、のちのち選べる道が増える……陳腐だが、それが現実だった。

 彼のよりよい人生を、より多くの幸を美奈は願った。


363:ねがいごと エピローグ  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:17:21 yUpUnVHb

 ―わたしがいっしょにいてもあれ以上はケン兄の役に立てなかった。

 美奈には、体で慰めて、共に溺れてあげることしかできない。それでも、彼があそこまで持ち直す手助けにはなれたのかもしれないが。
 あの快楽―阿片のような背徳的な官能。
 まさしくあれは阿片で、彼の美佳を失った痛みを和らげるために、鎮痛剤として役立った……だが、最後に自力で立ち直らねばならないときには、たぶん邪魔になるだけなのだ。

 もちろん、うまくいくとは限らない。
 強いられた人生選択にやっぱり意欲はわかないかもしれない。
 結局、彼は立ち直れないかもしれない。現実逃避の日々に立ち戻ろうとするかもしれない。ある日また、わたしを校門前で待っているかもしれない。

 ―もしそうなったら、その先わたしはずっと彼のそばにいよう。こんどは彼の望むだけ、わたしを通して“お姉ちゃん”を見つめさせてあげよう。
 ―哀しいけれどそうすれば、せめて彼のそばにいられる。骨まで溶けてただれるようなあの悦びに、いっしょに溺れていられる。

 そんな後ろ向きの決意―淫靡な期待が、じゅわりと下腹からせり上がってくる。

 ……だめ、と美奈は机に突っ伏して思った。自分のひそかな、よどんだ願望を押し殺す。

(また、自分の望みを優先させそうになるなんて。
 真相をなかなか話せず、二学期始まっても黙っていた時点で、ケン兄の受験勉強を決定的に出遅れさせてしまったのに)

「彼がもう少し、元の彼にもどるまで癒えてから言おう」と、都合よく自分に言い聞かせてお願いを先送りしつづけたことを美奈は恥じている。
 それはたしかに単なる口実ではなかった―あの日お願いを告げたのは、流れもあったが、健一郎がかつてなく昔の彼に近づいたと判断したことが大きかった。
 これならきっと、美奈のお願いを真摯に叶えてくれるだろうと判断できたのである。

 ……だが、タイムリミットは当然ながら、センター試験の願書出願のしめきり日までだ。美奈はぎりぎりまで「もう少し様子を見て」しまっていた。痛恨事だった。

(もう、あの日々の続きに浸りたいなんて思っては駄目。わたしは、ケン兄から離れないと)

 恋しい―けれど健一郎のことを考えれば会わないほうがいいのだろう。
 彼はわたしを見たとき、お姉ちゃんのことを思い出してしまうのだから、わたしは近づかないほうがいい。

 健一郎と全く顔を合わせなくなって、とても寂しい。切なくて苦しい。
 それらにも慣れた。薄れたり消えたりしたわけではない―ただ慣れた。
 押し殺すことにはむかしから慣れていた。

(できることなら、もう来ないで……どうか完全に立ち直ってください、ケン兄)


364:ねがいごと エピローグ  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:18:15 yUpUnVHb

   ●   ●   ●   ●   ●   ●

 健一郎は手をあげた。

「……よお」

 首にマフラーを巻き、かばんを下げて校門を出てきた制服姿の美奈に声をかけると、彼女は衝撃を受けたように立ち止まった。
 以前とはちがい、健一郎は校門でずっと待っていたわけではなくさっき来たばかりなので、美奈はいまのいままでかれの存在に気付かなかったのだろう。

「……ケン兄……どうして」

 健一郎をみる美奈の表情は完全に凍りついている。
 だがすぐ氷が溶けたように涙をにじませて歪んだ―悲痛、諦念、それから……かすかに、暗く儚い笑みをにじませたのは見間違いだったかもしれない。
 ともかく、彼女が何か勘違いをしているようなので、かれは真顔で否定した。

「先走るなよ、受験勉強ならきちんと本腰入れてやってる。ほら、センター対策の問題集を買ってきた帰りだ」

「な……なら、なんで、今日はここに」

「なんでって、今日はおまえの誕生日だったろ。手を出せよ」

 毎年恒例だった美奈へのプレゼントを渡す。
 実をいうと美奈へのプレゼントを毎年欠かそうとしなかったのは美佳だったが、ふたりで選んでふたりで渡していたのだ。
 健一郎のほうは、プレゼントを選ぶための買い物という口実で美佳とデートできるから、という理由が大きかったのだが。

 手のひらにのせられたプレゼントの包みを信じられないように見つめていた美奈が、どうすればいいかわからないとばかりの困り顔をあげて、おろおろと言った。

「あ、ありがと……でも……その、直前の時期なのに、そんなことに時間を割いちゃ駄目―」

「ちょっとくらいなら問題ないから心配すんなよ」

 むっとしてぶっきらぼうにさえぎると、美奈がびくりと身をすくませる。
 健一郎はため息をついて頭をかいた―こんな態度を取りたいわけではないのに、自分の人間の小ささがいやになる。

「そんなこととか言うなよ」


365:ねがいごと エピローグ  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:19:06 yUpUnVHb

 いまの僕にとって、おまえへのプレゼントは大切なことだよ―それは言わず、

「そりゃ、たいそうなもんじゃないけど、ミナに喜んでもらいたいと思って選んだんだ」

「……ケン兄が、わたしに?」

「なんで疑ってんだよ。開けてみろ」

 うながすと美奈がおずおずとプレゼントの包みを開けた。

「……手袋?」

「ブレスサーモのやつ。おまえ、体が冷えやすいだろ。今年発売の新式だからあったかいぞ」

「ありがとう」

 美奈が目元を染めて涙ぐんだので健一郎は驚いた。
 うつむいた少女の鼻をすする音が響く。それを聞く健一郎の胸にせまるのは、むずがゆさに似た何かだった。
 ややあって照れかくしに彼はいった。

「ミナ、せっかくだから一緒に帰ろう。
 ああ、さっきみたいに勘違いするなよ。今日は部屋に連れこまないぜ。僕は勉強しなきゃなんないしな」

「そんなことわかってます!」

 美奈が面白いくらい真っ赤になる。健一郎が薄く笑ったとき冷たい風が吹いた。
「うわ、寒……今朝から急に冷えたな」健一郎は制服の上着のポケットに手をつっこんだ。
 ふと見ると、美奈が彼のポケットにじっと視線を落とし、何かいいたそうにしていた。逡巡ののち思い切ったように、美奈は顔をあげた。

「あ……あの……、ケン兄、自分のぶんの手袋はいま持ってきていないのですか?
 それなら、このプレゼントですけど、ふたりで片方ずつはめて帰―」

「んー……自分の手袋は捨てたんだ」

「……え?」

「あれはミカとのペア手袋だったから。……ほかにもペアにしていた小物は、全部捨てた。
 未練がましくとっていたんだから、ほんと情けない限りだな」

 たたずんで黙っている美奈に、彼は悲しげな笑顔を向けた。

「ミナ、今後は僕の前でミカの服を着なくていい……いや、いまさら勝手で悪いけど、もう二度と着ないでほしいんだ。
 もう、おまえとミカをほんのちょっとでも重ねたくない。……すぐには、無理かもしれないけれど……」

 美奈の手をとって指をからめるように握ると、彼女が泣きそうな目で見上げてきた。
 美奈がさきほど言いかけたこと、したかったことを、健一郎は察していた。
 ふたりそれぞれ片方ずつ手袋をはめて、空いた手どうしをつないで温めあう―まるで恋人同士のように。
 そのようにして帰路を歩き出すと、手を引かれてついてくる美奈が、ふりしぼるような弱々しい声をだした。


366:ねがいごと エピローグ  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:19:52 yUpUnVHb

「お姉ちゃんのことを忘れるなんて、できないくせに」

「そうだな」

「こ……こんなふうに……手をつないだり、背負ったり、絵本を読んだりしてくれたのは……小さなころからわたしに優しくしていたのは……
 そうしたらお姉ちゃんに好かれると考えていたからのくせに」

「そうだ。ミカはそれを喜んだ。いつだっておまえのことを考えていた」

 美佳の影はけっして心から消せないだろう。
 それでも、吹っ切る決意をやっと固めたのだ。
 ―美奈がひとつきりの願いごとを、自身のためではなく健一郎のために使ったことを、かれももちろん気づいていた。
 それからは、どうしても立ち直らなければならないという思いが、日をおって強まっていった。

 昔の自分に戻って、どうしても美奈に伝えなければならないことがあったから。

「僕の志望は医学部だよ、ミナ。むかし、ミカが僕に約束させたんだ」

 美佳はこう言ったのだ。「えらいお医者様になって、ミナの体が弱いのを治してあげて」と。
 数年後、理由不明の虚弱体質が現代医学で治せるような簡単なものではないと知ったあとは、「それでもお医者様が何人も家にいたら、ミナが急に体調崩しても安心だよね」に変わったが。

「ミカはおまえにはどこまでもいい姉貴だったよ。
 でも……僕はミカを吹っ切ることにした。忘れられなくても、諦める決心がついた。
 だから、いまから言うことは、ミカの願いだからじゃなくて自分の意思だ」

 緊張にこわばっている美奈の手をにぎりしめ、健一郎は約束したことを繰り返した。

「もし今年落ちたとしても、浪人して必ず進学するよ……おまえがいるかぎり、医者をめざすのは無駄じゃないって気づいたからな。
 ずっとひどいことをしていてごめん。それと、ありがとうな。ミカがいなくなったあと、ひとりだけ僕のことを見捨てないでくれて。
 部屋から引っ張り出そうとしてくれて。弱い体で無理をして慰めてくれて。立ち直らせようとしてくれて。
 ……僕なんかをずっと好きでいてくれて。
 まだ、いっしょにいてくれるつもりがあるか?」


367:ねがいごと エピローグ  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:20:30 yUpUnVHb

 とうとう、美奈が泣き出した。「いっしょにいる」強く、強く、手がにぎりしめられる。

「いっしょにいたい。ケン兄といたいです」

 幼いころ、併発していた小児ぜんそくの発作を起こしていたときみたいに、背を丸めてうつむき、ぽろぽろ涙をながして、彼女はしゃくりあげた。
 健一郎は美奈を肩ごしに振り向いて、べそをかく彼女にあわせて足取りをゆるめた。ふと、遠い日の情景がよみがえってきた。

(そういえば、三人で遊んでいたとき、こいつは二回ほど発作を起こしたなあ)

 家のなかでぜんそくの発作が起きたときは、美佳が飛び立つように人を呼びにいくあいだ、かれは治まれ治まれとミナの小さな背をさすっていた。
 外で―砂場で発作が起きたときは、彼が美奈を背負い、近くの診療所にかつぎこんだ。
 泣きながら背中でむせこむ命の薄い体に、よろよろ必死に走る健一郎自身も涙ぐんでいたのを覚えている。

 ―あのころミナにしてやったことは、必ずしもミカへのご機嫌とりってわけじゃなかったな。

 気づけば頬が優しくゆるんでいた。
 泣き声を聞くうちに、妹分に向けていた思いやりが、かつてのように―かつてより純粋に満ちていく。
 欠けていた胸の内を愛しさがひたひた満たしていく。美佳に対して抱いていた激しい恋情ではなく、静かで、穏やかで、春風のように温かい想い。

 体質的に同じだった母親の死んだ歳までなら、残り二十年余り―
 人より短い彼女の命が、いつかひっそり燃えつきるまで、かたわらにいてやりたいと思いはじめていた。

 こんな静謐な恋も、あるのだと知った。

「ミナ、ミカのこと全部吹っ切るのも、きちんと医学を学んだうえでおまえのそばについていられるようになるのも……いろいろ待たせると思うけど、できるだけ早くするから」

「まちます」美奈の嗚咽が強まる。「まってます……」

「初めてを無理やり奪っちまったし、ひどいこと沢山しちまったけど、こういう形で責任とること、許してくれるか。
 ほんとにこんな男でいいなら、僕が大学行ったらちゃんと婚約しよう」

「ばかあ……」

 手をつないで、家路をゆっくりと、ふたりで歩んでいった。


368:ボルボX  ◆ncmKVWuKUI
11/01/23 22:23:42 yUpUnVHb
これで終わりです。

本当は先週末には投下するつもりだったのですが……
調子にのってエロ詰め込みすぎて、ストーリーよりエロパートがだいぶ多くなったうえ、
「さすがに心停止しないとおかしい」って感じの無茶な責め描写がやたらあったので、ざくざく削除&書き換えてたら遅くなったのです。
ドロドロのグチャエロ期待していてくださった方にはすみません。

369:名無しさん@ピンキー
11/01/23 22:38:55 TBjlAvSF
GJ過ぎて言葉が見つからない・・・乙でありました。

370:名無しさん@ピンキー
11/01/23 23:06:35 OUlM/a7c
すばらしい〆だなあ
GJ&乙です

371:名無しさん@ピンキー
11/01/23 23:11:17 wtMwOZTM
素晴らしい作品、乙でした。

372:名無しさん@ピンキー
11/01/23 23:39:28 kuTJA7PD
とてもよかったです。GJ

373:名無しさん@ピンキー
11/01/24 00:22:32 RbQCCsph
乙です。読んでて引き込まれました!
ミカをフルボッコにしたい

374:名無しさん@ピンキー
11/01/24 00:45:03 gFsDB7qC
良い物語でした。
心温まるラスト素晴らしかったです。

375:名無しさん@ピンキー
11/01/24 18:30:11 R5XMcmsZ
すげー…プロですよね

376:名無しさん@ピンキー
11/01/24 18:53:17 q5BjPGR9
よし作者のgjさを讃えて健一郎に手袋を買ってやろう

なに?野郎からのプレゼントなんて誰得?ひとまず俺以外だ。

377:名無しさん@ピンキー
11/01/24 19:16:07 Ma/F3mDs
幼馴染みにビンタされてしまった

378:名無しさん@ピンキー
11/01/25 02:42:03 W4/AGmAv
幼馴染みにちんぽビンタされてしまった

379:名無しさん@ピンキー
11/01/25 04:07:37 sZIf+u8H
幼馴染みに乳ビンタされただと!?

380:名無しさん@ピンキー
11/01/25 23:52:48 8IhpkxO8
まとめるとデブ男馴染みに乳とちんぽでビンタされたでおk?

381:名無しさん@ピンキー
11/01/26 08:23:34 P5EblmtF
>>380
うわぁぁぁ!?

382:名無しさん@ピンキー
11/01/27 23:19:35 V1xJMmD6
>>380
されたのが細身の美少女幼馴染ならその話をSS化してここに投下して欲しい
出来れば本番中出し込みで

383:名無しさん@ピンキー
11/01/28 21:04:06 JoZzZ7+o
「幼馴染はまさにテンプレと言える
あらゆる男女間において幼馴染と言う単語だけでほぼ全ての事象が矛盾なく理解できる
いわゆるボーイミーツガールで言うなら、あって3日も経たぬうちに意気投合したり
ファンタジー物であるなら、舞台設定の説明と共に主役格の秘められた力の複線になったり
この世の数ある物語で、主役格の人間の人となりがわかる最高の素材である
だのになぜ!?昨今の物語は幼馴染を軽視するのか!?
ある程度物語が進めば、幼馴染の存在はなかったように扱われ、なおかつ、主役格とそのヒロインの当て馬として扱われる
幼馴染の絆ゆえに、物語の中の舞台装置として扱われる
この暴挙を許していいものだろうか? いやないっ!!
幼馴染には無限の可能性がある! その先にある関係と言う無限に広がる大宇宙がある!!
もともと近しい関係故の気安さと、これ以上は踏み込んでは為らないと言う不文律が存在する!
それ故に、偉大なる先人達は悩み、考え、研磨して今の幼馴染と言う概念を生み出したのではないだろうか?
物語を描くものとして、これほど興味深い題材があろうか?
あえて言おう、ありえる筈が無いと!! それほど幼馴染と言うのはすばらしいもので稀有なものなのだ!
さて、君はなぜそんな風にうつむいてるのかな? よければ私に教えて欲しい」

「長い」
長々と恍惚の表情で語り続けた幼馴染の問いに俺はそう答えるしか回答を持っていなかった

「……、要するに、何が言いたいんだよ?」

彼女の回答がわかりきっているが、付き合わないと色々と生命の危機なので投げやりに聞き返す
しかし、彼女の回答は俺の度肝を抜くありえない言葉だった

「決まっている、今夜、君と、フォーリンラブだ!」

古い、そして、ありえない
何より、言い切った後のドヤ顔がムカつく、何だその言ったったみたいな顔は、こっちはテンパってんだぞてめぇ
仕方ない今まで我ながら、大人気ないと思って封印してきたがいい加減限界だ

今 宵 こ そ く す ぐ り の 計 の 封 印 を と く 

覚悟しろよ?そこのドヤ顔ッ!!

省略されました、続きはありません

384:名無しさん@ピンキー
11/01/29 00:35:04 A9yqA9J1
そして世通しぐったりするまで愛撫し倒して(主に腹筋が筋肉痛になる方向で)逝かせてやるんですねわかります

そしてGJ!

385:名無しさん@ピンキー
11/02/03 00:21:16 3dxetZAf
慕ってくれる小柄で可愛い幼馴染の女の子を冷たくあしらって悲しませたい

386:名無しさん@ピンキー
11/02/03 18:36:24 tCYlDAl4
くくく、いいね

387:名無しさん@ピンキー
11/02/03 19:09:41 d6WQ3lW5
でも幼馴染に悪い虫がつきそうになったら颯爽と妨害するんですよね

388:名無しさん@ピンキー
11/02/03 20:29:07 3dxetZAf
>>387
それは勿論

389:名無しさん@ピンキー
11/02/03 22:21:50 PEnSoPkK
ちょっと違うかもわからんがとなりのせきのますだくんがすごく萌える

390:名無しさん@ピンキー
11/02/03 23:41:28 1IarkqnV
パワプロクンポケット13ってゲームに出てくる幼馴染みカップルがかなりツボ

391:名無しさん@ピンキー
11/02/04 18:23:35 3QHshNW8
響ちゃん透ちゃんですね、分かります。
はじめから出来上がってる感がたまりませんな。朝弱い彼女を毎朝起こしにいくとかなにそれ。

主人公とチハヤも幼なじみなのだが、あれはこのスレではなく人外スレとか触手スレ向けだな。
ていうか作中でのセクロス率高過ぎ。しかも青姦ばっか。

392:名無しさん@ピンキー
11/02/04 20:01:56 IkwFP9JI
やきうバラエティだもの

393:名無しさん@ピンキー
11/02/04 23:22:44 V/mt4Qih
>>385豆をぶつけまくる小ネタはとうとうでませんでしたね

394:名無しさん@ピンキー
11/02/05 23:56:23 PeqfF7F+
いつだか読んだ喧嘩するほど仲がアレというエロ漫画がよかった
幼なじみバカップルが喧嘩しながらセックルするやつ

395:名無しさん@ピンキー
11/02/06 16:49:51 4HTZToS2
「那智子の話」新作投下はまだ...

396:名無しさん@ピンキー
11/02/07 00:05:34 Kv828U2l
小ネタ投下しますエロ無しです。嫌な方はスルーでお願いします




「美奈姉さんおはよう」
「あ…お…おはよう有君」
俺の発した朝の挨拶に動揺しながら目の前の女性が答える。
俺の名前は片桐有。目の前の女性は朝岡美奈。三つ年上の隣に住むお姉さんだ。
片桐家と朝岡家は俺達が生まれる前から家族ぐるみの付き合いがある。
俺と美奈姉さんは所謂『幼なじみ』という間柄だ。
「あ…あの…私こっちだから」
そう言うと美奈姉さんはだっとのごとく走り去って行った。
彼女の後ろ姿を見つめながら、俺は一つ溜め息を吐く。
「俺とじゃ嫌なのかな」
ここ数日、彼女は俺を見ると先ほどのように逃げるように去って行ってしまうのだ。
原因は親同士が決めた俺との『婚約』。世間的には『許嫁』と呼ばれるやつかな。
まぁどっちでも意味は一緒か…。いや違うのか?そんなしょうもない疑問が浮かぶが気にはしない。

397:名無しさん@ピンキー
11/02/07 00:08:00 Kv828U2l
昔読んだ漫画に影響されたのか、お互いの家に男と女が産まれたら結婚させようと言っていたらしく
で、俺と美奈姉さんが産まれたから本当に結婚させようって話になったらしい。
その話を俺達は数日前に聞かされた。で、その結果が現在の状況である。
「っざけんなよ糞親父が!!美奈姉に避けられまくってんじゃねーか!!」
高校に向かいながら俺は、一人ブツブツと小声で愚痴を呟いていた。
許嫁とか関係なく元々俺は美奈姉さんが好きだ。そりゃ、最初にこの話を聞いた時は
「美奈姉をどこの馬の骨にやらなくてすむ」などと内心喜んでいたが、
美奈姉さん自身が嫌がっているのであれば話は別である。
本音を言うと美奈姉さんも俺の事が好きで、今回の話も喜んで了承してくれるものだとばかり思っていたのだが…
実際は俺の事なんて何とも思っていなくて寧ろ嫌がっている…と。
あぁ~知らぬは本人(俺の事ね)ばかりなりってか…。
小さい頃は「美奈ね~将来有君のお嫁さんになるから絶対浮気しちゃダメだよ」とか
「有君…キスして…大人がするキス」とか俺的リア充爆発だったんだけどな。


398:名無しさん@ピンキー
11/02/07 00:10:41 Kv828U2l
そんなモヤモヤした気持ちのまま学校で過ごしていた。



「はー…こんな気分の時は家でオナるに限るな」
家に帰るなり、俺は美奈姉さんに似た嬢が出ているAVを見ながらしこっていた。
美奈姉さんを汚している気がして、この嬢のAVは封印していたのだがどうせ報われないのだ。
もう構うまい。思う存分美奈姉さんを犯しているつもりで俺はオナニーをした。
「美奈姉さん美奈姉さん…はぁはぁ…」
嬢の霰もない姿を美奈姉さんに変換して、俺はひたすら愛しい人を脳内で犯していた。
「好きだ…美奈…美奈!!」
ありったけの想いのたけをぶちまけながら、俺は自身の息子の精液もぶちまけた。
「いや…ギャグじゃねえけど…」
誰に言うともなく呟く…オヤジか俺は。溜め息をつきながら、ふと窓を見ると
窓の向こうには凍りついたように固まったままの美奈姉さんがいた。
勿論俺と息子も固まった。向かいの部屋は美奈姉さんの部屋だが大学からまだ帰っていないと思い
俺はカーテンも閉めずにオナニーをしていたのだ。勿論窓は開けっ放しだ。
「あ…あの…これは男の習性と言うか…えっと…」
動揺して下半身を露わにしたまま俺がしどろもどろに言い訳をしていたら
「…有君も…男の子だもんね…ごめんね…」
真っ赤な顔をした美奈姉さんが窓とカーテンを閉めながら謝ってきた。
終わった…。もう燃え尽きたよ…。糞親父、母さんごめん。破談だ…。
どのみち美奈姉さんにその気がないのだから破談は仕方ない…。
だが、その理由が俺が美奈姉さんを想ってAVでオナニーしたのが原因って!?


399:名無しさん@ピンキー
11/02/07 00:13:39 Kv828U2l
殺される。俺は明日美奈姉さんのご両親に殺される。
糞親父はどうでもいいとして母さん先立つ不幸をお許し下さい。
その日俺は最後の夜になるかと思い、窓とカーテンを閉め切り
改めて美奈姉さんを想ってオナニーをしたのだった。



次の日、俺は覚悟を決めて騒がしいリビングに足を踏み入れると
そこにはすっかり出来上がった糞親父と美奈姉さんの親父さんが宴会を開いていた。
後ろの方には小さく縮こまる美奈姉さんがいるが様子がおかしい。
「おお!!有君!!美奈を想ってオナニーをしちゃう位美奈の事を愛してくれているんだってな!!」
「!?」
美奈姉さんの親父さんのストレートな発言に俺は顔を真っ赤にしてしまう。
「いや~美奈の奴有君は自分の事を好いていないから許嫁なんて無理とゴネていたんだが、とんだ杞憂だったね」
美奈姉さんの親父さん改め酔っ払い親父が嬉しそうにまくし立てる。
「有君これからはオナニーで我慢するのではなく美奈で性欲を満たしてくれよ!!」
そう言いながら酔っ払い親父共は酒を煽り続けていた。
居たたまれなくなったのか美奈姉さんが呆然としている俺を俺の部屋に連れてきた。
「ご…ごめんね…なんか有君の例の現場を有君のお父さんも目撃してたみたいで
しかも私の名前を呼びながらしてるって私のお父さんに言ったみたいで」
美奈姉さんの言葉を聞きながら俺は目の前が真っ暗になるのを感じた。
美奈姉さんには見られてしまったけど、家には誰も居なかったはずだ。
糞親父は一体いつ帰ってきて、しかも俺のオナニーを見たんだ…。
呆然としている俺に美奈姉さんが更に声を掛ける。
「こんな時にこういう事を言うのもなんだけど私嬉しかった…
有君が私の事を好きって言いながらしてた事…
私も有君の事…好き…です…だからもし…ああいう事がしたいなら私でして下さい」
顔を真っ赤にしながら美奈姉さんが俺に告白してくれた。


400:名無しさん@ピンキー
11/02/07 00:16:50 Kv828U2l
「美奈姉さん!!」
美奈姉さんの告白が嬉しくて俺は力一杯彼女を抱きしめた。
「俺も好きだ!!ずっと好きだった!!」




晴れて俺と美奈姉さんは許嫁となったのだが、片桐家も朝岡家も大らかだな。
てか糞親父…一体いつ俺のオナニーを見たってんだー!!




以上です。
婚約と許嫁がイマイチ分からず『許嫁』と言いたかった為に勢いで書いてしまいました。

401:名無しさん@ピンキー
11/02/07 00:45:29 ssyf/kIy
笑ったw
これはGJです
こんな許嫁で幼馴染なお姉さんが欲しい……

402:名無しさん@ピンキー
11/02/07 09:17:53 sO4PvqYA
続きが読みたい。
エロありで!

403:名無しさん@ピンキー
11/02/07 15:50:42 drvVDVlw
幼なじミルク


男のか女のかはご想像にお任せする

404:名無しさん@ピンキー
11/02/07 22:06:50 tyBl770g
>>400

gj

405:名無しさん@ピンキー
11/02/11 12:01:26 NgzHTejI
急過疎苦

406:名無しさん@ピンキー
11/02/11 13:20:06 soB6LMIq
続き待ってるの大杉だぜ

407:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:13:41 QollcZNW
こんばんは。二ヶ月ぶりです。
『In vino veritas.』第五話を投下します。最終話です。
ちなみに前回は>>120-134にあります。

408:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:14:49 QollcZNW
 
 夜、一人で眠るのが怖い。
 二十歳になってこんなことを言うのは変だろうか。
 別に幽霊みたいな超常的なものを恐れているわけじゃない。悪夢を見るわけでもない。
闇を恐れているわけでも、一人でいることが心細いわけでもない。
 私が怖いのは、そういうことではなくて。
 朝、起きたときが怖い。
 たった一人で目覚めたとき、いつも不安になる。
 彼がいなくなってしまったのではないかと。



 目を覚ましたとき、私はぬくもりに包まれていた。
 布団のそれではない。もう少しごつごつした感触が、微かな鼓動と熱を裸の私に伝えて
くる。横向きの私の体を、同じように裸の体が抱きしめていた。
 顔を上げると、見慣れた男の顔があった。
 少しだけ開いた口から静かな寝息が聞こえる。穏やかに眠るその表情は、いつも不機嫌
そうな幼馴染みの様子からは想像も出来ないほど優しく映る。
 お互い、酒の匂いが残っていた。昨日はろくにお風呂にも入っていない。二日酔いはない
けど、汗もかいていて体がべとべとしていた。
 急に恥ずかしくなって、私は布団を抜け出そうとした。しかし彼の両腕が私の背中に回さ
れていて、容易には動けない。無理に動くと起こしてしまう。布団から出るのはあきらめて、
しばらく彼の顔を眺めることにした。
 精悍な顔立ちといえばいいのか。昔のような幼さはもう残っていない。いつの頃からか、
彼は大人の男になっていた。細面の顔が凛々しく映るのは身贔屓だろうか。
 僅かに開いた口元に唇を寄せたくなる。
 もちろんそんなことはしない。気持ちよさげに眠る彼の顔を曇らせたくなかったし、私は彼と
そんな仲では、
 あ、
 いや、違う。
 そうじゃなかった。私は夕べ、彼と、
「…………」
 顔が真っ赤になったと思う。昨日の彼の言葉を思い出して、私は身悶えた。
『こいつの彼氏だよ』
『幼馴染みで、恋人だ』
『好きだよ。ずっと好きだった』
 夢じゃないだろうか。
 ずっと好きだった。小さい頃からずっと好きだった。
 彼がいてくれたから、今の私はあるのだ。そのことを彼は知らないだろうけど。
 私は飽きもせずに、恋人の顔を眺め続けた。
 

409:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:16:33 QollcZNW
 
 切れ長の目がゆっくりと開いた。
 ぼんやりとした様子で、二、三度まばたきを繰り返して、焦点を合わせようとしている。
 私は彼に微笑みかけた。
「おはよう、涼二」
 涼二の目に戸惑いの色が浮かんだ。それがなんだかおかしかった。
 なんとなく、涼二が今何を思っているかはわかった。
「夢じゃないよ」
 目が見開かれた。
「昨日のこともちゃんと現実だよ。あなたが言ってくれたこと、ちゃんと覚えてるもの」
 涼二はしばらく固まったままでいた。
 私はそれがますますおかしい。
 さらに言葉を重ねようとした。
「涼二は、」
 そこで私は息を呑んだ。
 いきなり抱き寄せられたのだ。
 お互いに依然裸のままだから、当然直に肌が触れ合うことになる。いや、触れ合うなんて
ものじゃなくて密着していた。胸が彼の体に押しつぶされて、少し苦しい。
「ああ、夢じゃないな」
 そんなとぼけたことを言う。
「りょ、涼二!」
「なんだ?」
「は、はな、してよ」
「いやだ」
 一言で却下して、涼二は私の首筋に唇を寄せた。
「ちょ、やだ、くすぐったい」
「いい匂いがする」
「やだ、昨日お風呂入ってないのに」
 ああ、さっき彼を起こしてでもここから抜け出して、シャワーを浴びてくるんだった。なんで
気を遣ったりしたんだろう。
 鎖骨の辺りをそっと舐められた。
「ひうっ」
 背筋がぞくぞくした。ぴちゃぴちゃと音を立てられて、私はより恥ずかしさを覚えた。
 そのまま彼の舌が顎を伝って、
「ん―」
 唇を奪われた瞬間、私はほっとした。元の位置に収まったような、安心感があった。多分
それはこうして真正面から抱き合うことで、彼の存在をはっきりと確かめられるからだろう。
 目を閉じて、彼とのつながりにただ意識を傾けた。
 ベッドの上で、同じ布団に入りながら、裸で抱き合ってキスをしている。
 そっと唇を開けて舌を差し出した。
 えさを受け取る育ち盛りの雛のように、涼二がそれに食いついてきた。ざらついた感触に
私は思わず身をすくめた。しかしそれは一瞬のことで、すぐに馴染んでいった。
 唾液の味は、味というほどのはっきりとした味覚は感じないのだけれど、とても甘い心地が
した。同時に強く抱きしめられて、体温を直に感じられた。
 恋人としての甘いキス。それが私にとってどれほど奇跡的なことか、彼はわかっているの
だろうか。
 そっと唇を離すと、彼はニヤニヤ笑っていた。
「……何よ?」
「お前、すごくいい顔してるぞ」
 慌てて表情を引き締める。どんな顔をしてたのだろう。

410:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:17:23 QollcZNW
 私は彼を小さくにらむと、密着した胸の間に両腕を割り込ませた。そのまま突き放すように
して空間を作り、ベッドを抜け出す。
「どこ行くんだ?」
「シャワー」
 手で胸と下腹部を隠しながら、私は短く答えた。背中を向けるとおしりが丸見えだけど、
まあ仕方ない。さっさと部屋を出よう。
 ところが涼二もベッドを抜け出してついてきた。
「俺も行く」
「は?」
 バスルームはトイレと別々のセパレートタイプだけど、二人で入るにはちょっと狭い。私は
涼二をまじまじと見つめた。
「急にどうしたの?」
「何が」
「さっきから涼二らしくない気がする」
 積極的に求めてきたり、少しも恥ずかしがる様子がなかったり。今だって裸をさらしながら
まるで隠す様子がない。こういうことにはうるさいと思っていたのだけど。
「まさか偽者!」
「失礼なこと言うな」
「実は生き別れの双子と入れ替わって……」
「何の話だ」
 うん、ツッコミはいつもの涼二と変わらない。
「……離れたくないんだよ」
 ぼそぼそと小声で言った。
 それは蚊の羽音ほどに小さい声だったけど、私は聞き逃さない。なんだかすごくおもしろい
ことを聞いた。
「もう一度言って」
「……あー、その」
 言いよどむ幼馴染みに、私は背を向けた。
「じゃあ入ってくるから」
「いや、待てよっ」
「早く言いなさい」
「……」
 困り果てる涼二に、私は吹き出しそうになった。こういう隙を見せるところが涼二らしくて、
とてもほっとした。
 そして、次に涼二が何をするか、私にはなんとなく予測がついた。
 涼二は困り果てると昔から―
「はい抱きしめるの禁止」
「え」
 私は二つの迫りくる腕をすり抜けて、今度こそ部屋を出る。
 後ろで呆然と立ちすくむ涼二に、私は言った。
「一緒に入ろ?」
 振り返り、目を丸くした幼馴染みの顔は、なかなか見ものだった。



411:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:19:16 QollcZNW
 
      ◇   ◇   ◇



 幼稚園からの付き合いだから、私と涼二の関係はかれこれ十五年に及ぶ。
 出会ってまだ間もない頃、私は特に彼と親しいわけじゃなかった。ただ、家が近所だった
から、近くの公園や駄菓子屋でよく遭遇した。
 彼は行動力に欠ける子供だった。
 木に登ったり、登った木から降りたり、そういうときに即決や即行をできないで出遅れて
いた。
 今でこそ違うけど、涼二はどちらかというと、臆病な子供だったのだ。
 そんな彼が、私はあまり好きではなかった。
 性格上の問題だろう、私は悩んだり迷ったりするのが嫌いだったから、うじうじしている
彼によく苛立っていた。たまたま近くに住んでいたから一緒に遊んでいただけで、本当は
彼のことを疎ましく、軽んじていたと思う。相手にしてあげているという傲慢な思いもあった。
 それが決定的に変わったのはいつのことだっただろうか。
 明確なきっかけがあったわけじゃなく、いろんなことの積み重ねが今の慕情につながって
いる気がする。はっきりした出来事は、たぶんない。
 あえて言うなら、その積み重ねのすべてがきっかけだ。
 私は彼の様々な行動に、言動に、徐々に惹かれていったのだ。
 たとえば小学一年の頃。私は町を流れる川に沿って、ひたすら上流に上っていったことが
ある。
 川が海につながっているのは知っていた。しかしどこから流れてくるか、一番最初の地点が
どこにあるのかは知らなかった。それをつきとめたくて、彼を伴ってひたすら川沿いの道を
歩いていった。
 最初はわくわくしていた。知らない場所に行くことに妙な興奮を覚え、まるで物語の主人
公になったような気がしていた。
 冒険には仲間がつきもの。躊躇する涼二を、私は強引に引っ張っていった。仲間という
より家来のように見ていたかもしれない。
 歩きながら気づいたことは、川は綺麗ではないということだった。漫画やアニメで見る川は、
美しい青色だったり、もっと底が透けるほどに澄んだ透明色だったりしていたけど、実際は
底が見えるどころか泥が混ざったような、よどんだ色をしていた。
 そのことに落胆しなかったと言えば嘘になる。でも私は上流に行けばもっと綺麗な流れに
出会えると思い、ますますいきり立った。涼二も少しずつやる気になってきて、私たちは
鼻息荒く、夢と希望を両腕に抱えて歩を進めた。
 足取りが重くなり始めたのは、日が傾きかけてきた頃だった。
 川沿いの道を進んでいれば何とかなると思っていたのだけれど、途中でその道が途切れた。
正確には川沿いから逸れて、見知らぬ住宅街へと伸びていた。その中を進むことに抵抗が
無かったわけではないけど、そのうちまた河岸の近くに出られると思って、未知の場所へと
入っていった。

412:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:20:02 QollcZNW
 案の定、迷った。
 できるだけ河岸の近くから離れないように心掛けていたけれど、私の意思に応じて道が
変化するわけじゃない。進めば進むほど、自分がどこにいるのかわからなくなっていって、
川のことなんかどんどん意識から抜け落ちていって、不安と恐怖で頭が真っ白になった。
 とにかく戻らないと。そう思ってもどのような道を通ってきたのかわからない。記憶はあや
ふやで、周りの建物はどれも覚えのないものばかり。なんとか元の場所に戻れないだろう
かと、淡い期待を抱きながら、私は歩き続けることしかできなかった。
 闇が刻一刻と濃度を高め始める頃になっても、私は迷路から脱出できないでいた。歩き
疲れて、おなかも空いて、すっかり弱気になっていたときに、不意に私の手に何かが触れた。
 びっくりして隣を見ると、幼馴染みの顔がすぐ近くにあった。
 表情は若干硬かった。臆病な性格がそのまま表れているようで、決してこちらを勇気
付けるような力強さは無かった。
 なのに、私はひどくほっとした。
 自分の都合で連れまわしておきながら、私は完全に涼二のことを忘れていた。だから
彼の、いつもと変わらない気弱げな顔を見て、心底安心したのだ。一人じゃなかった、と。
 涼二は、その頃はまだ同じくらいの背丈で、その体を甘えるように寄せてきた。
 唐突に抱きしめられて、私は戸惑った。でもそのときは、夕暮れの風が肌寒かったから、
暖かくて心地好かった。よりくっつきたくて、私も小さな体を抱きしめ返した。
 涼二もきっと不安で、すがるものがほしかったんだと思う。それは私も同じだった。涼二が
一緒で本当によかった。ひとりぼっちだったら、即断即行の信条もかなぐり捨てて、座り
込んで泣き叫んでいたかもしれない。
 私は涼二と手をつないで、元来た道を戻った。そこが果たして本当に元来た道だったのか
よくわからなかったけど、無我夢中で歩を進めていくと、やがて見覚えのある曲がり角に辿り
着いた。その角のすぐ横を、私たちの苦闘などそ知らぬ様子で、見慣れた川が穏やかに
流れていた。
 建物にさえぎられていた夕日が、川向こうの空に沈んでいくのが見えた。その薄い光を
僅かに反射させて、泥交じりの水が輝いていた。
 染み入るように、その光景は胸に残った。
 私たちは重たい足を懸命に動かして、家へと戻った。帰り着いたときにはもう辺りは真っ
暗で、二人とも両親にめちゃくちゃ怒られた。安堵のあまり泣きそうになったけど、でも涼二が
泣いてなかったから、意地になって我慢した。
 今となっては、いい思い出だ。



413:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:22:22 QollcZNW
 
      ◇   ◇   ◇



 冬にシャワーはちょっと堪える。
 私たちは浴槽にお湯を張りながら、その横で体を洗った。お互い体にタオルを巻いて、
大事なところは隠している。
 室内が湯気に包まれる中、私は涼二に背中を向けるように言った。
「俺としては洗われるより洗いたいんだけど」
 そんなことを言う。起きてからなんだからしくないなあと思ってしまう。
「いいからむこう向いて」
 涼二は渋々といった様子で壁を向く。
 スポンジに石鹸を泡立てて、背中をこすっていく。最初は力を込めずに優しく。左から
右に縦に刻むように。次第に力を入れて、念入りに洗っていくと、涼二が吐息を洩らした。
「気持ちいい?」
「ああ。背中以外も頼む」
「え?」
 手の動きを止めると、涼二は続けた。
「全身洗ってほしいな」
「……本当、あなたらしくない気がする」
 昔から知っているあなたは、私に甘えるような人じゃなかった。どこか遠慮があって、
少し臆病なところもあったりして、私は少し壁を感じていた。
 それが、そんなことを言うなんて。ちょっとおかしい。
 私は右手、左手と順に洗っていく。泡にまみれていく彼は、マシュマロマンみたいに
真っ白で、洗っている私は雪遊びをしているみたいで、なんだか楽しくなってくる。
 ……マシュマロマンってなんだっけ。ゴーストバスターズだっけ。
 まあいいけど。
 膝をついて、太ももの付け根から脚も洗っていく。腰に巻いたタオルに覆われている
部分はさすがに手をつけないけど。
「そっちは洗ってくれないのか?」
「やだ。そこまで面倒見切れないよ」
 最後に頭をシャンプーで洗い、シャワーで泡を落としていく。白い塊がみるみるうちに
流れていき、排水溝へと消えていく。それはちょうど、昔見た川の流れのように緩やか
で、かつての光景が思い起こされた。あの頃もこんな風に、よく涼二の面倒を見ていた。
面倒を見ていた、なんて。ずいぶんと思い上がった子供だけど。
 懐かしさに浸っていると、涼二がさっぱりした様子で再び向き直った。
「ありがとうな、華乃」
「残りは自分でやってね」
 涼二が石鹸を手に取る間、私は背を向けた。デリケートな部分を洗っている姿を見る
のは少し恥ずかしい。
 私も頭を洗おう。普段なら座るところだけど、二人だとそうもいかない。仕方なく立った
ままシャンプーを手に取り、手のひらの上に広げてから濡らした髪に浸透させるように
塗りこんでいき、
「洗ってやろうか?」
 不意に、別の手が割り込んできた。返事も聞かずに私の髪を撫でるように梳いていく。
「涼二?」
「いやか?」
「……ううん、お願いします」
 涼二は私の声を聞くや、手際よく指を動かしていく。傷まないように気遣っているのか、
優しい手つきだった。
「……もうちょっと、強く洗っていいよ」
「そうか」
 揉み込むように、先の方まで丁寧に洗っているのがわかる。見えないけど、彼の大きな
手指の感触はどこまでも優しくて、安心する。
 シャワーで綺麗に洗い流し、今度はリンスをつけていく。手つきがシャンプーのときと
同じ要領だったので、慌てて注意した。地肌にまで馴染ませる必要はない。男の人は
リンスをつけないのだろうか。
 リンスを落とすと、涼二はシャワーを止めて浴槽に浸かった。

414:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:23:37 QollcZNW
 体を洗おうとして、刺すような視線が気になり、
「あっち向いててくれる?」
「恥ずかしいか?」
「うーん、ちょっとね」
「恋人なのに?」
 その言葉にこそ恥ずかしくなって、私は口を無意味に開閉した。
「顔真っ赤だぞ」
「だ、だって」
「……ほんと言うと、俺も結構恥ずかしい」
 涼二は顔を背けてつぶやいた。私はその様子に少し呆れる。
「言った方が照れてどうするの」
「慣れてないんだから仕方ないだろ」
「恋人とか、変に意識しなくていいんじゃないの?」
 その方がぎくしゃくせずに済む。
「……見たいのは本当だからな」
「後で、いくらでも見れるじゃない」
「何のために一緒に入ってると思うんだ」
 そういうこと、力強く言われても。
 私はため息をつくと、バスタオルに手を掛け、そっと外した。
 白い湯気越しに、私の裸身が鏡に映っている。恐る恐る涼二を見やると、なんだか幽霊
にでも出くわしたかのように、固まっていた。
「そんなに見つめないで」
「無理だ」
 周りの熱気に負けないくらい、熱っぽい視線が私の体に突き刺さる。普段よりもずっと
強い目力に、私は思わず体を引いた。
 バスタオルを隅に置き、気を取り直して体を洗う。まずは左肩から。左腕。右肩。右腕。
脇から胸、と行ったところで恥ずかしくなって手を止めた。
「気になるよ」
 さっきからちらちらと涼二が視線を送ってくるのが、どうにも気になって仕方がない。体を
洗うところを見られるのが、こんなに恥ずかしいとは思わなかった。
「やっぱりあっち向いてて」
「……しょうがないな」
 涼二は渋々ながらも素直にむこうを向いてくれた。私はようやくほっと安心して、再び手を
動かし始めた。
 胸を下からすくい上げるように洗う。脇から乳房の下側にかけては、ちょっとむれやすい
ので念入りにこする。そこからお腹に移って、そのまま脚へ。太ももからふくらはぎまで、
表も裏も満遍なく泡まみれにした。背中と、最後にデリケートな部分を済ませて、私は浸る
ようにシャワーを浴びた。
「もういいよ」
 呼びかけに応じて涼二がこちらに向き直った。私は耐えるようにその視線を受け止める。
 涼二は意外そうに私の裸身を見つめた。
「……なに?」
「いや、てっきりバスタオルを巻き直すものだと思っていたから」
 それも少し考えた。けど、もう体は洗い切ったし、別に見せても構わなかった。洗っている
ところを見られるのはいやだけど、裸を見られることにそこまで抵抗はない。
 それより、
「私も裸になったんだから、涼二もタオル取ったら?」
「……」
 涼二は動かない。
「りょ、う、じ」
「わかってる。ちょっと待て」
 涼二は苦虫を噛み潰したような顔で、腰からタオルを剥ぎ取った。大量のお湯を含んだ
それを絞って、隅に置かれたバスタオルの上に放り投げる。

415:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:24:22 QollcZNW
「はい、これでお互い様だね」
「お前、結構根に持つんだな」
「そんなつもりはないよ。ただ、タオルを中に入れるのはルール違反じゃない?」
「公共の場じゃないんだからカンベンしてくれ」
 私はくすりと笑った。うん、やっぱりこういうのが私たちらしいやり取りだ。
 私は膝を抱えて身を丸めた。狭い浴槽に大人二人はやはり窮屈だ。そのうち温泉旅行
でもしてみたい。今はとりあえず我慢するけど。
 涼二も脚をもてあましている。平均を若干なりとも上回っている涼二の体格では、一人
でも狭いのではないだろうか。長い脚を私の脚の外側に伸ばしているものの、私と浴槽の
狭い隙間に入れているだけなので、どうにも自由が利かないようだ。
「やっぱり狭いよね」
「まあ仕方ない」
「横向きに並んで入るのはどうかな?」
「どっちにしても狭いとは思うがな」
 やってみると、こちらの方が狭く感じられた。涼二は肩幅も広くて、くっついてしまう。
 腕と肩がお湯の中で触れ合って、私は落ち着かなくなった。離れた方がいいのだろうか。
 しかし涼二は何も言わなかった。
「ねえ」
「ん?」
「もう少しくっついてもいい?」
「……別にいいけど」
 私は嬉しくなって、彼の肩に頭を乗せた。もたれかかるようにくっつくと、涼二ははあ、と
ため息をついた。さっきまではちょっと乱されていたけど、
「やっと本来のペースに戻った気がするよ」
「なんだそれ」
「涼二を引っ張るのは私の役目だからね」
 昔から、あなたは私の無理を聞いてくれたから。私のそばにいてくれたから。
「不本意だ」
「褒めてるんだけどなあ」
「もっと嬉しくなるようなことを言ってくれよ」
 苦笑いの彼に、私はにっこり微笑んだ。
「涼二が好き」
 苦笑いの顔が強張った。
「あなたが好き。昔から好き。私のことをずっとそばで見てくれていたあなたが好き」
「……」
「嬉しくなった?」
「……ノーコメント」
 涼二はそっぽを向いて顔を合わせようとしない。
 でもお湯の中で、そっと手を握ってくれた。
 そこから涼二の想いが伝わってくるような気がして、私はしばし彼の肩にもたれかかった
まま、ひっそりと目を閉じた。
 耳の奥に涼二の鼓動が響いてくるような気がした。



416:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:25:56 QollcZNW
 
      ◇   ◇   ◇



 こんなこともあった。
 たしかあれは私が十歳だから、小学五年のときだ。
 まだ学年が上がって間もない頃、クラスでいじめが流行り出した。
 あれは確かに「流行」だった。いじめられていた相手は、別に恨みを買っていたとかそう
いう理由のようなものを持っていたわけじゃなかった。子供の間に起こるいじめなんてそんな
ものだ。理由なんてない。なんとなく。いつのまにか。そんな空気が醸成されていって、
それが当たり前になるのだ。あえていうなら「みんながしているから」という、そんなつたない
共通意識がいじめを引き起こす。
 いじめられていたのはクラスでも体の小さい子だった。気が弱く、おとなしい女子だった。
 なかなか新しいクラスの輪の中に入れず、正直いじめられやすいタイプだったと思う。
 ちょっとしたからかいから始まって、言葉の暴力がその子を苦しめた。殴ったり蹴ったり、
そんなわかりやすい直接的な暴力はなかった。しかし言葉は、重いのだ。ときに人の命を
奪うくらい、重いのだ。
 その子は自殺なんてしなかったけど。でも、校舎の裏でよく泣いていたことを、私は知って
いる。
 最初はそのことに気づかなかった。私の中に「いじめ」という認識がなかったのだ。今日も
からかわれっぱなしだな、としか思っていなかった。私はその輪に加わっていなかったけど、
まるで反撃をしないその子に苛立ちを覚えてもいた。
 私は、何か言われても言い返すことができたから。
 それに、私は一人じゃなかった。私にはずっと涼二がいた。
 けど、たまたま校舎の裏で泣いている彼女を見かけたとき、私はようやく気づいたのだ。
 一人であることがどれほど恐ろしいことか。
 私には涼二がいる。でも彼女にはいない。
 それだけじゃない。新しいクラスといっても、四年も過ごしてきた学校内のこと。友達くらい
いるだろう。前のクラスメイトがいるだろう。なのに一人ということは、かつての友達が敵に
なったのかもしれないのだ。
 もしも、ある日突然、涼二が私の敵になったら―
 恐ろしいことだった。
 それを考えると、もうそ知らぬ顔はできなくて、私はなんとかその子を助けたいと思った。
 涼二に相談すると、彼は驚いた様子で言った。
「華乃はすごいな。すごいし、えらいよ」
 なんのことかわからなかった。訊くと涼二は、いじめのことには気づいていたのだという。
しかしどうすればやめさせられるのかわからず、積極的に働きかける勇気が持てなかった
のだそうだ。
 そのことをばつが悪そうに告白して、涼二はでも、と続けた。
「華乃は、俺とは違って行動に出られるんだもんな。すごいよ、本当に」
 私は恥ずかしくなった。そもそもいじめという認識自体がなかったのに。でも涼二は、そう
じゃなかった。私とは違って、きちんと問題を捉えていた。
 私はすごくなんかないよ。涼二の方が私よりずっとえらいよ。
 だから、
「……私、もっと話し掛けてみる。あの子と話をして、少しずつでも、周りの空気を変えて
いきたい」
「それは、友達になるってことか?」
「うん。そうできればいいかな」
 私だって、自信があったわけじゃない。
 でも、昔から行動するのは私の役目だったのだ。臆病な涼二を引っ張って、ときには
無茶なこともした。そんな私を、涼二は認めてくれた。それが嬉しかった。
 涼二が認めてくれるから、すごいと言ってくれるから、私はまっすぐ立っていられる。

417:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:26:51 QollcZNW
「俺もそうしてみるか。女子と話すのは難しそうだけど……」
「いやいや私も女子なんだけど」
「……そういえばそうだな」
「ちょっと待って、なんで素で驚いてるの!?」
 あなたがいつもそばにいてくれるから、私は勇気を持てるんだよ。
 だから、あなたにそう言われたら、頑張らないわけにはいかないじゃない。
 馬鹿話をしながら、私はありがとうと心の中でつぶやいた。

 ……その後、私はその子と友達になった。
 すぐにいじめがなくなったわけじゃないけど、私を通じて少しずつ他の友達も増えていった。
 でも私は、義理や同情で仲良くなったわけじゃない。話していくにつれて、その子が私
よりもずっとしっかりしていることを知った。
 その子は、確かに気の弱い子だった。でも一度として学校を休んだりはしなかった。
 逃げ場がなかったといえば、そうかもしれない。しかし彼女は確かに耐え切ったのだ。
 流行り廃りは早いもの。新しい学期に入る頃には、もういじめなどどこにもなかった。
 彼らにはいじめていたという感覚すらなかったかもしれない。彼女はそんな無責任な彼らを
許し、そして溶け込んでいった。当時の私には、ちょっとできない真似だった。
 その頃から、私自身も少しずつ変わっていったように思う。涼二は私のことを、気遣いの
できる人間だと思っているみたいだけど、最初からそうだったわけじゃない。そういう風に
動けるようになったのも、彼女の影響だ。いじめのことだって、本当は完全に敵対する気で
いたのだから。彼女がそれを止めたから事が大きくならなかっただけで。
 だから、その子は私にとって、今でも尊敬する友達だった。涼二とは別に、大切なことを
教えてもらったように思う。高校から別々になってしまって、最近はなかなか会えないけど。
 そういうこともあった。
 それは多分に涼二のおかげだったと思う。涼二を通してその子を見つめ、涼二の言葉で
友達になれた。私はそのことを、今でも感謝している。
 そういうこともあって、
 そういったいろいろを積み重ねて、少しずつ、少しずつ私は―。



418:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:28:37 QollcZNW
 
      ◇   ◇   ◇



 お風呂から上がるともう正午になろうとしていた。
 食事当番はもちろん私。涼二はテーブルを片付けたり、お皿を用意したり。でも料理の
手伝いはさせない。これまでにも何度か手伝おうかと涼二に言われたけど、私は断って
いる。涼二と一緒に暮らす前に、約束したのだ。食事を作るのは私の仕事。おばさんにも
ひそかに任されているし。
 なにより、私は涼二のために料理をするのが好きなのだ。
 茹であがったパスタを、軽く和風仕立てにする。涼二はカルボナーラが好きなんだけど、
玉子がないので今回はこれで勘弁してもらおう。あとで買いに行かなくちゃ。玉子なしでも
作ろうと思えば作れるけど。
 小学校の時からの友達に習った料理の腕は、それなりのものであると自負している。
大抵のものは作れるし、こうして人に食べさせることもできる。彼女は私の大切な友達で
あると同時に、料理の先生でもあった。意外とスパルタだった。
 刻んだ野菜を交ぜ合わせて、簡単なサラダも作っておく。ご飯とコンソメスープをつけて、
とりあえず終わりだ。味見はパスタしかしてないけど、構わないだろう。
 涼二は喜んでくれたし。
 朝は何も食べてなかったから、というのもあるだろう。空腹は何物にも優る調味料。いつも
より彼はよく食べた。米粒一つ残すことなく食べ尽くされて(こんな言い方が似合うくらい勢い
のある食事だった)、その姿を眺めているだけでお腹いっぱいになりそうだった。
 食後のお茶を淹れながら、私は涼二に提案した。
「午後は出かけようよ」
 幸い二日酔いもない。涼二の方も体調は問題なさそうだ。
 しかし涼二はなぜか眉を寄せた。
「何か用があるのか?」
「んー、玉子がない。チーズもない。調味料はいいとして、できればお米も買っておきたい
かな」
「ん―そうか」
 微妙な間。
「どうしたの?」
「いや……」
 歯切れの悪い口ぶりに、私は突っ込んだ。
「なーに?」
「なんでもない」
「何か都合が悪いことでもあるの?」
「そういうわけじゃない、けど」
 どうにも煮え切らない。こういうところは昔から変わってない。昨日みたいに啖呵を切る
姿は、本当に珍しいことなのだ。それだけ彼に想われていたということなのかもしれない
けど。
 そんなことを考えていると、涼二に訝しげな目を向けられた。つい口元が緩んでしまった
だろうか。はっとなった私は、慌てて表情を引き締める。失敗失敗。

419:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:29:23 QollcZNW
 ごまかすように、私は話をつないだ。
「ほら、今日は晴れてるし、ちょっとしたお出かけ日和じゃない。せっかくお風呂にも入ったん
だから、買い物ついでに街を歩いてもいいんじゃないかなーと思ってさ」
 涼二は一つ、間を置くようにうつむいた。それから顔を上げ、
「つまりデートか」
 ……せっかく人がオブラートに包んであげていたのに。
「はい、その通りっ。というわけでかわいい彼女とデートしなさい」
「……了解した」
 そんな返事をする彼氏だった。
 私がひどいみたいじゃない。言わせてるみたいで。
「あの、嫌なら別にいいんだけど」
 すると涼二はぶんぶんと首を振った。
「嫌なわけないだろ。家でゆっくりするものだと思っていたから、意外だっただけだ」
 たぶん涼二の中では、昨日いろいろあったから今日は、という考えがあったのだろう。
 正直に言うと、どこにも行かないで二人っきりで過ごすのも、魅力的ではあった。きっと
それは涼二も同じ。
 だけど、今日の私はそれだけじゃ我慢できない。
 嬉しくて嬉しくて、たまらないんだから。
 私はわざとらしく首を傾げてみせた。
「……まさか涼二、昼間から性行為に及ぼうとしてたとか?」
「なんでだよ! 昼間から性行為とか言うな」
「失敬失敬。……昼間から繁殖行為に及ぼうとしてたの?」
「なんで言い換えた! 全然失敬に思ってないだろ!」
 ちゃんと避妊はしてるしね。ツッコミどころはそこじゃないか。
 涼二とだったらそういうことしてもいいけど。
「街を歩くっていっても、どこか行きたいところとかないのか? 時間はあるし、ついでに映画
でも観てくるか?」
「まあその辺りは適当でいいんじゃない? 外出自体急なものだし、あんまりかっちり決め
ても楽しめない気がする」
 そもそも昨日までは、こんな状況はまるで想定していなかった。ずっとイレギュラー続きだ。
「ただ街を歩くだけでも、きっと楽しいと思うから」
「この前も歩いただろ」
 違うよ、と私は首を振る。
 そう、この前とは全然違う。
 私は照れ笑いを浮かべながら、彼氏に向かって言った。
「今日は、二人が付き合って初めてのデートなんだから」



420:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:30:44 QollcZNW
 
      ◇   ◇   ◇



 どうして涼二だったのかな、と思うときもある。
 私の傍にいたのが彼で、私が好きになったのが彼で、そのことは本当に幸運だったと思う。
 でも、幼馴染みとして会わなかったら、と疑問を抱く時もあるのだ。
 もしなんて意味がないとわかっている。だけど私はそこまで自分の想いに確信を持てない。
 もし私が涼二と幼馴染としてじゃなく、別の形で会っていたとしたら。
 それでも私は彼を好きになっていただろうか。
 私は涼二を好きになったのか。それとも、幼馴染みだから好きになったのか。
 自分のことなのにわからない。きっと割り切るのが一番なんだろうけど、一度悩んだらもう
不安の渦は広がっていくばかりで、私はずっと引っかかったまま高校時代を過ごしていた。
 中学の頃は悩まなかった。あまり自分の気持ちの深いところに、触れようとしていなかった
ために、そこまで思い悩むことはなかった。どちらかというと涼二とどう接していけばいいのか
わからずに、気持ちを持て余していた時期である。
 高校時代は、ある程度自分の気持ちを把握していたから、涼二とも自然に触れ合うことが
できた。しかしそれは表面だけで、裏ではずっと悩んでいた。
 吹っ切れたのは、進路相談をしてからだ。
 私は将来についてあまり考えていなかった。なんとなく、涼二の隣にいられたらいいな、と
しか思っていなかった。
 志望校欄に、涼二と同じ大学名を書いてしまう自分がいた。
 このままでは駄目だ。私は真剣に考えた。人生の選択まで、涼二に理由を求めるなんて、
それは間違っている。涼二だって、こんなの望んではいないはずだ。
 彼は私を「かっこいい」と言ってくれたのだ。
 ならばそれを嘘にさせるわけにはいかない。
 ……よくよく考えてみれば、これも涼二を理由にしているわけで、つくづく当時の私は融通が
利かなかったと思う。
 やりたいことはなかなか見つからなかった。
 自分がつまらない人間に思えた。差異はあれど、周りはきちんと将来を考えて進路を決めて
いるというのに、私だけ何もない。お前は所詮こんなものだと、周囲に言われているような気が
した。
 三者面談があって、いまだ指針を持たなかった私は話し合った結果、とりあえず進学という
実に無難な答えを、担任に提示するしかなかった。

421:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:31:31 QollcZNW
 帰り道、母が言った。
「華乃は、涼二君と同じ大学に行きたいの?」
 思わず立ち止まってしまった。
 家までまだ五百メートルはあった。周りには誰もおらず、車もめったに通らない細い路地が、
まっすぐ続いていた。
 家に着くまで、まだしばらくあった。
「……どうして?」
 なぜそんなことを訊くのか。
 動揺が声に出ていないか、心配になった。母は小さく笑い、
「華乃のやりたいことって、具体的には何も決まってないでしょ? そうなると、もう積極的な
動機はそれしかないじゃない。好きな人の傍にいたい、って」
「……でも、それは」
 よくないと思う。恋心だけで生きていくことはできないし、そんな風に彼に寄りかかる理由を
作ってしまうのもよくない。
 私は私。私はどうしたい?
「そんなの後から考えてもいいと思うけどね」
 私の悩みなどまるで意に介さない口調で母が言う。
「本当にしたいことはないの?」
「……私は」
 私らしくありたい。でも、具体的な何かは思いつかない。
「じゃあ、涼二君に相談してみたら?」
 その言葉に私は目を丸くした。
「ど、どうして?」
 母は肩をすくめて、
「一人で考え込んで行き詰まったのなら、誰かに相談するのが一番じゃない。涼二君なら
聞いてくれるでしょ」
「でも」
「ついでにあの子の相談にも乗ってあげなさい。それならいいでしょ?」
 相談。
 涼二も悩んでいるのだろうか。簡単に志望校を決めたように思っていたけど、違うのか。
 たぶん母は、涼二のお母さんから何か聞いているのだろうけど。
 どうにも思考がまとまらなくて、いろいろ考え込んでいるうちに家に着いた。
 家の前に誰かが立っていた。
「涼二」
 制服姿だった。帰ってきて間もないのだろう。幼馴染みは私の姿を見ると、あまり愛想の
よくない表情を微かに緩めた。この微妙な変化がわかるのは、たぶんクラスでは私だけだ。
「華乃。よかった。ちょっと相談に乗ってくれないか?」
 開口一番、涼二はそんなことを言った。
 ……テレパス?



422:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:33:01 QollcZNW
 
      ◇   ◇   ◇



 陽光がシャワーのように降り注いで、外はいい天気だった。体全体が洗われてリフレッシュ
した気分になる。
「シャワー浴びたからな」
 とは涼二の台詞。
 電車に乗って市街地へと向かった。大学とは逆方向で、駅が近づくにつれて人の数も
どんどん増えていく。
 到着して繁華街に下ると、人の波はピークに達した。昼下がりはにぎやかで騒々しく、
とてものんびり歩けそうにない。涼二は人ごみを睥睨して、小さくため息をついた。
「デート中にため息はNGだぞ」
 私は隣の幼馴染みの顔に、ずいっと人差し指を突きつけた。涼二はぎょっとした様子で、
「え、俺、ため息ついたか?」
 自覚なしですか。
「これは、退屈させないように、頑張る必要が、あるね」
「いや、退屈なんて、思ってない。ただ、」
 半身になって人をよける。私もそれにならって、涼二にくっつくようにして人をかわす。
「……これは、少しばかりしんどいだろ」
 言葉が途切れがちになるのは、声が喧騒にまぎれたり、歩みが止まったりするためだ。
ウィンドウショッピングとはとてもいかなくて、正直辟易した。
 どこか店に入った方が落ち着けそうだ。私は涼二の、
 手をつかまれた。
 涼二の大きな手が急に伸びてきて、私の左手をしっかりと握った。
 足を止めそうになって、しかしそのまま軽く引っ張られた。少しつまずきながらも、私は
彼の歩についていく。
「はぐれないようにしないとな」
「あ、うん」
 呆けたような返事しか返せなかったのは、私の未熟ゆえかもしれない。
 今日はこういう場面が多かった。私が取るよりも先に、主導権を握られて戸惑ってしまう。
 かつて彼が相談にやってきた日もそうだったように思う。
 私が彼を引っ張っているようで、その実、彼に引っ張られているのだ。それはもしかすると、
本当にテレパスなのかもしれない。
 幼馴染みだから。
「なんか、くやしいな」
 彼の言うとおりになってしまったみたいだ。十五年の間に、いつのまにか並ばれてしまった。
 昔は家来扱いしてたのに。
「何がだ?」
 つぶやきに反応して、涼二が振り向いた。前向いて、と私は注意する。
「涼二の手はあったかいなあって」
「お前の手は冷たいな」
「手が冷たい人は心が温かいのだー」
「それは手が温かいやつは心が冷たいという証明にはならないな」
「逆・裏・対偶?」
「引っ掛け問題だろ」
 引っ掛けるつもりはないけど。
 むしろ引っ掛かったのは私の方だ。幼馴染みの網に絡め取られて、掬われて。
 心地良くもくやしい矛盾した気持ちに、私はため息をつきたくなった。まったくもう。

423:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:33:44 QollcZNW
 私たちは人の波に呑まれないように、道の端に寄った。銀行の大きなガラスが私たちの
姿を綺麗に映している。そのまま建物沿いに歩いて、脇の小道に入った。
 本通ではないせいか、そちらは人も少ない。道の幅は三メートルもなかった。
 立ち止まって少し足を休める。つないだ手はそのままで、私は彼の体温を感じ取りながら
虚空に向かって真っ白な息を吐き出した。冷たい空気の先に見える空は、青いというより
光の加減で白っぽかった。
 こういう綺麗な天気の下で、仲良く歩くのもいいのだけど。
「……なんだか飲みたくなってきた」
「どんな衝動だよ」
 即座に突っ込まれた。
 まあ花の女子大生が昼間から吐く台詞じゃないとは思う。でも言葉に出してみたら、案外
悪くない提案に思えた。
 昼間から飲んでもいいじゃない。特に行き先も決めていないのだから。
「ね、昼間からお酒飲めるところ知らない? 私行ってみたい」
「昨日飲んだのにまだ飲むのか」
「別に意識喪失とか前後不覚になるほど飲んだわけじゃないもの。大丈夫大丈夫」
 涼二とは前に、一緒に飲みに行く約束をしたことがある。いつ約束したのか、よく覚えて
いないけど、今からそれを果たしてもらおう。私は涼二の手を軽く引いた。
「この辺りの店は、ほとんど夜からだ。今はまだ早すぎる」
「ないの?」
「いや、あるけどさ。もっと他に行くべきところがあるだろ」
「たとえば?」
「映画観に行ったり、遊園地に行ったり」
「うわ、ベタすぎ」
「悪かったな」
 私は涼二と一緒ならどこでもよかった。きっと楽しいはずだ。
 涼二は携帯でどこかに電話を掛け始めた。いくらか言葉を交わして何かを確認する。
 しばらくして電話を切ると、よし、と一つ頷いた。
「知り合いの店が特別に開けてくれるってさ。ちょっと準備するから一時間くらい待って
ほしいそうだけど」
「そこにはよく行くの?」
 そう、それは重要だ。私はただお酒を飲みたいわけじゃなくて、涼二の薦めるお店に
行きたいのだから。
「前にバイトしたことがあるんだよ」
 携帯をポケットにしまいながら、涼二は答えた。
「じゃあ、今のはそのお店の?」
「少しの間だったけど、よくしてもらったからな。たまに顔出すんだ。そこでいいか?」
「うん。でもちょっと待たなきゃならないんだよね。それじゃあさ」
 私は涼二の手を今度こそ引いて、本通に戻ろうとした。涼二は慌てて、
「おい、どこ行くつもりだよ」
 その言葉に、笑顔で答える。
「リクエストに答えてあげる」



424:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:36:11 QollcZNW
 
      ◇   ◇   ◇



 相談を持ちかけてきた涼二を私の部屋に通すと、彼はどこか落ち着かない様子で視線を
さまよわせた。
 昔の彼を知っている私は、そんな姿をかつてよく目にしていたのだけど、最近になって
振る舞いが大人びてきたせいもあってか、なんだか珍しい気がした。まあお互いの部屋へ
の行き来がなくなってしばらくになるし、その辺りは涼二も思春期の男子ってことなのだろう。
 とりあえず学習机の椅子を勧めて、私はベッドに腰掛けた。目線の高さが合わず、私は
心持ち彼の顔を見上げるように、頭を上げた。
「で、相談って?」
 自分から口を開く様子がなかったので促してやると、涼二はうつむくように目線を下げた。
 ぱちりと、目が合う。
「華乃は、将来の夢ってあるか?」
 本当にテレパスかと思った。
 それともシンクロニシティとか。そんな大げさなものではないか。
「……それ、私も涼二に訊きたかったことなんだけど」
 私のため息交じりのつぶやきに、涼二は呆気に取られたようだった。
「進路のことで悩んでてさ、将来の夢とかやりたいことって何だろうって、この間からずっと
考えてるの。でも全然思い浮かばなくて、とりあえず進学ってことにしたけど、やりたいこと
ちゃんと考えてからじゃないと、学部も決められないじゃない。で、涼二はどうするのかな
って相談に行こうかなと思ってたときに、あなたが来たの」
 本当はさっきまで相談のことなんてまるで考えてなかったんだけど、それは言わないで
おこう。
「涼二はもう志望校決めてるんだよね」
「いや、決めたというかとりあえず書いただけで……なんで知ってるんだよ」
「ちょいと机の中を検めさせてもらって……」
「おい」
「冗談だよ。職員室に行ったときに、先生の机の上にあったのをたまたま見たの」
「……」
 涼二の目が胡乱気に細まる。ごめんね。
「どうしてそこに決めたの?」
 その大学は学部差はあれど、偏差値でいうと大体60ちょっとくらいで、良くも悪くも平均の
涼二には厳しい学校に思えた。
「……いや、必ずしもそこに行かないとって、思ってるわけじゃなくて」
「でも何かがあったから、そこを書いたんじゃないの?」
 適当に書くにはちょっとハードルが高めだ。
 涼二は目に見えて狼狽した。口をつぐんだまま黙り込んでしまって、顔を横に背けて目も
合わせない。私は涼二、とはっきりした声で呼びかけた。しかし答えない。隠し事をする子供
のような態度が、ちょっとおかしい。

425:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:37:12 QollcZNW
 代わりに、私から話し始めた。
「私はさ、全然ピンとこないんだ」
 涼二に目立った反応は見られないけど、続ける。
「なんとなく、胸を張ってできることがあればいいなと思ってるけど、夢も目的もいまいちはっきり
しなくて、それがちょっと悔しい。何も考えずに生きてきたんだなと思うと、自分が情けないし、
どうにかしないとって思う。でも具体的な何かがまるで思いつかなくて、いろいろ職業を自分に
当てはめてみても、しっくりこない。みんなそんなものかなと思ったら、友達は結構いろいろ
決めたり考えたりしてて、私だけ置いてかれているような気持ちになる」
 ……こういう風にはっきり弱音を吐いたことが、今までにあっただろうか。
 これは『隙』かもしれない。私は強がりなだけで、全然強くない。
「俺は、そこまで考えていなかったな」
 涼二は自嘲するような、寂しげな笑みを浮かべた。
「俺だって何も決めてない。就職は厳しいってよく聞くから、評判のいい大学を書いただけだ」
「そう、なんだ」
 なら私もそうしようかな。それとも、そんないいかげんな気持ちで選んだら、涼二に怒られる
かな。
 本当に、進路って難しい。
「あのさ」
「ん?」
「俺、そこは厳しいって言われたんだ」
 まあ担任からすれば、ちょっとお勧めできないだろう。相当な努力が必要だと思う。
「でもそこが俺にはちょうどよかったんだ」
「……どういう意味?」
「お前なら、そこを狙えるからさ」
 聞いてもいまいち理解できなかった。お前って、私?
「私でも、それなりに頑張らないといけないところだと思うよ。偏差値60強って、決して
簡単なものじゃあ、」
「だからだ」
 涼二の目が真剣みを増す。
「お前は俺にとって、ある意味目標だからさ、なんとか並びたいんだ」
「目標って」
「昔からかっこよかったから、お前は。でも俺は普通。別にコンプレックスなんてないけど、
身近に憧れのやつがいるんだ。近づきたいって思うだろ」
「……」
 それは女の子に言う台詞としては、何か微妙にずれているような気がする。
「そういうわけで、お前に対しても胸を張れるそこを、書いたんだ」
「私のせい?」
「いや、俺が勝手に選んだだけ」
「そういう話を聞いた後だと、とてもそうは考えられないんだけど」
「少しは苦労する子分の気持ちがわかったか?」
 涼二は意地悪そうに唇の端を吊り上げる。似合ってないよ、まったく。
 まあ、確かに昔は子分扱いしていたけどね。今はその子分に恋しているのに。鈍感男。

426:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:37:51 QollcZNW
 いいことを思いついた。
「……じゃあ私が勉強を教えてあげようか?」
 私は内心で緊張しながらも、平静を装って言った。
 親分としては、きちんと面倒を見てやらないといけない。
 涼二はわざとらしい笑みを収めて、真顔になった。
「いや、お前だって一応進学希望なんだろ? 人の世話を焼いてる余裕なんて」
「私の志望校もそこだから」
 驚く涼二の顔に、私は微笑んでみせた。
 本当の理由は言わないけど。
「同じ大学を目指すなら、一緒に勉強してもいいじゃない」
「俺としてはありがたいけど、いいのか?」
「並びたいなら、その相手の近くにいるのが一番だと思うよ」
 涼二は、少し迷うような素振りを見せてから、やがて頷いた。
「じゃあお願いする。あまり優秀な生徒じゃないけどな」
「私も別に優秀じゃないけどね。いまだに学年で50位前後だし」
「100位以内にも入ったことのない俺に謝れ」
「謝る代わりにビシバシ鍛えるよー」
「……スパルタは勘弁してくれ」
 却下ですよ涼二クン。
 ああ、駄目だな。私は自分に呆れた。さっきまであんなに悩んでいたのに、こんなことで
立ち直ってしまうなんて。
 でも、一つの答えは得られた気がした。
 進路のことは、まだはっきりとは答えを出せない。でも、彼を好きだという気持ちの整理は
つきそうだった。
 私は、涼二が好き。
 それは幼馴染みだから好きというわけじゃなくて、でも幼馴染みだから好きだという面も
あって。
 要するに、今の彼がまるごと好きで、理由なんてきっと言葉にできない。
 この胸に広がる温かい感触や鼓動の速さが、そのまま理由でいい。
 彼にかっこいいと言われると、頑張らなきゃって思う。彼と一緒にいると勇気が出てくる。
 こうして少し話しただけで、私の暗い気持ちはすっかり吹き飛んでしまう。
 それは私にとって、本当に大切なことなのだ。
 だから、私は彼に向かって、そっと想いを述べた。
「……ありがと、ね」
 吐息ほどの微かな声は、彼の耳にははっきりと届かなかったらしく、「何か言ったか?」
と訊き返された。
 なんでもない、と私は小さく首を振った。



427:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:39:52 QollcZNW
 
      ◇   ◇   ◇



 カウンターの椅子に座りながら、私はかつての出来事を一つ一つ語っていた。
 その中にはあの進路相談の話もあって、お酒の力も借りながらおもしろおかしく聞かせた。
 カウンターを挟んで、店の主人が興味深そうに耳を傾けている。対して隣に座る涼二は、
なぜか頭を抱え込んでいる。
「どうしたの?」
 涼二は苦々しい口調で文句を言う。
「昔の出来事を他人の口から聞かされるって、どんな羞恥プレイだよ。しかもなんで吉野
さんに聞かせる必要があるんだ」
「いやー、だって特別にお店開けてもらったから、せめてお礼にと思ってさ」
「他ので返せよ! お礼になるかそんなの」
「そんなことはないけど」
 吉野さん―この店の女主人は、その美しい顔に素敵な微笑を作ってみせた。
 歳はたぶん二十代後半。バーテンダーお決まりのベストに身を包み、背中まで届く長い
黒髪を後ろで纏めている。スタイルもよく、仕草の一つ一つが艶やかで、女の私でもため
息が洩れそうなほどの美人だった。
 ここは裏通りにある小さなバーで、彼女が一人で経営しているらしい。この不況時代に
いかにも大変そうだけど、若い人を中心にそれなりに人気があるそうで、涼二は一年の
時にここでバイトをしていたそうだ。その頃はまだお酒を飲めない年齢じゃないだろうか、
という突っ込みはまあ置いておく。
 店内はテーブル席が奥に申し訳程度にあるだけで、ひどく狭かった。通路はだいぶ幅を
取れているので、窮屈な感じはしないけど、空間としてみるとやっぱり小さい。一人だと
これくらいがちょうどいいのだろうか。でも雰囲気はいい。白を基調としたインテリアは清潔
感があって、夜の店というイメージからは離れた、明るい装いだ。女性向かもしれない。
 マダムの声は涼やかで、耳に心地良いし。
「涼二君の彼女さんはどんな娘だろう、って前から気になってたの。涼二君、私にはまるで
教えてくれないんだもの」
 囁くように言う。涼二はしかめっ面で、
「聞いても仕方ないでしょう。誰にも言いたくなかったし」
「あら、どうして?」
「……ネタにされるのは嫌なんです」
 子供みたいだ、と私は吹き出しそうになった。
「それに、昨日まではそもそも彼女じゃなかったし」
「でも同棲してたんでしょう?」
 改めて他人に言われると、ちょっと恥ずかしい。涼二はええと、まあ、などと歯切れが悪い。
「それで彼女じゃないって言っても、あまり説得力はないわね」
 確かに。
「いや、それ以前に俺、話してないじゃないですか。華乃のことも、一緒に住んでいることも。
誰から聞いたんですか?」
「それは秘密」
 吉野さんはにっこり笑って問いかけを跳ね返した。謎な人だ。

428:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:40:57 QollcZNW
「でもよかったわね。ちゃんと気持ちが通じ合えたみたいで。それと、華乃さん?」
「はい?」
 吉野さんは優しげな表情になった。
「今の話、とてもおもしろかった。本当に涼二君のことが好きなのね」
「え、あ、え……と」
 そのまっすぐな質問に、私は顔が火照ってしまった。思わずうつむいてしまう。
 うーん、涼二相手ならこうはならないんだけど。
「ね、ちょっとそこに立ってくれる?」
 吉野さんは私の背後のスペース辺りを指差した。私は首を傾げながらもそれに応じて席を
立つ。
 白いライトの光源が少しばかり近づいた。天井もやや低めに作られている。
 吉野さんはさらにその場で回るように頼んできた。言われるがままに半時計回りにくるり
と一回転する。スカート部分がふわりと舞う。
「素敵。お似合いよ」
 優美な笑顔を向けられて、私はまた赤面した。
「ほら、涼二君も何か言ってあげなさい」
 その言葉に涼二の顔が動く。視線を受けて、私はますます恥ずかしくなった。
 しかし、恥ずかしいのは涼二も同じだったようだ。すぐに目を逸らして明後日の方を向いた。
その反応は、それはそれで寂しい。
「こら、ちゃんと彼女のこと褒めないと」
「いや、だってさっきもう……」
 ここに来る前、私は涼二を連れて服を買いに行ったのだ。元々着てきた白のコートに合わ
せて、柔らかいベージュのスカートを選んだ。ちょっと寒いと思ったけど、涼二の反応がおも
しろかったのでそれにした。
 普段スカートなんて穿かないせいか、涼二は私の姿を見てしばらく呆けていた。これでも
高校時代はずっと制服を着ていたわけで、当然スカートなわけで、そこまで驚くほどのもの
じゃないと思っていたのだけど、どうも制服と私服では違うらしい。下にジャージやらハーフ
パンツを着ていたのがまずかったのだろうか。
 でも喜んでくれるなら、やっぱり嬉しい。「……似合ってる」と小声で褒められて、思わず
笑みがこぼれた。財布には痛かったけど。
「何度でも褒めなさい。減るものじゃないんだから」
「……華乃」
 涼二の目が私の姿を捉える。お酒のせいか、頬の色が赤く染まっているような。
「うん」
「……俺の前以外ではスカート禁止な」
「へ!? あ……う、ん」
 予想外の言葉に私は目を白黒させるしかなかった。
 吉野さんはお腹を抱えて笑っている。

429:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:41:48 QollcZNW
「涼二君は案外嫉妬深いのね。知らなかったわ」
「嫉妬深い?」
 そういう印象は抱いたことがなかった。涼二はどちらかというと、淡白なイメージがある。
「今のだって、かわいい彼女の姿を他の人に見せたくないからでしょ。さっきも『ネタにされる
のは嫌』とか何とか言ってたけど、本当は単に他の男に知られるのが嫌なだけで」
 そういえば、昨日の彼女発言も、涼二らしくなかった。あれも嫉妬の表れだろうか。
 涼二はそっぽを向いて答えない。ごまかすようにグラスの中の酒を煽った。
 図星だったらしい。
 私は笑みを抑えることができなかった。
「かわいいわね、あなたたち」
 そんなことを言われて、私も照れ隠しに座り直して一口。グラスの中身は、この手のお店
には珍しく焼酎である。「海」という芋焼酎で、女性向の一品らしい。昨日飲んだものより
飲みやすくて、これは好きになりそうだった。
 しばらく他愛のない話が続いて、またたく間に夕方になった。
 お酒はほどほどにしていたので、酔ってはいない。多少温かくなった程度だ。涼二も後半は
ほとんど飲んでなかったので、全然酔っていなかった。頬の赤みももう治まっている。
 吉野さんは最後に、もう一杯カクテルを作ってくれた。
「初恋が実った記念に」
「え?」
 年上の女主人は、口端をいたずらっぽく吊り上げた。
「『ファースト・ラブ』っていうのよ、これ」
「……綺麗ですね」
 グラスの中身は綺麗なピンク色で、飲むのがちょっともったいなかった。
 口に含むと甘味の中に苦味も混じっていた。なるほど、これは確かに初恋かもしれない。
 私の苦味は、報われたけど。
「俺には作ってくれないんですか」
 涼二が言うと、吉野さんは顎に右手を添えて、
「そうね、『ブルームーン』なんてどうかしら」
「……何の嫌味ですかそれは」
「あら、そんなつもりはないんだけど」
 そのやり取りの意味は、私にはわからなかった。

 帰りにそのことについて尋ねると、涼二は苦りきった顔で教えてくれた。
 『ブルームーン』には相手の告白を断る意味があるのだそうだ。



430:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:44:12 QollcZNW
 
 夕食はファミレスで適当に摂った。
 お酒も入れて気分はよかったものの、食料品の買い物もしておきたかったので、お腹を
満たすとすぐに電車に乗って、自宅の最寄り駅まで戻った。
 駅裏のスーパーで買い物も済ませて、部屋に帰り着くと、しばらくゆったりして過ごした。
 ソファーに並んで座りながら、のんびりお茶を飲んだり。雑談に花を咲かせつつ、ぴったり
寄り添ったり。
 デザートに買ってきたプリンを二人で仲良く食べながら、本当に何気ない時間を過ごした。
 幸せだった。
 夢みたいだった。
 昨日までとは世界が違った。私は今、すごく緩みきった顔をしているのだろう。たぶん。
 涼二の手が私の髪を優しく撫でる。
 私は涼二の顔をじっと見つめる。
 こんなに近くに、彼がいる。
 心が浮つくのを抑えられない。
 お酒のせいにしておこう。私は目をつむり、そっと唇を突き出した。
 彼が来る間、心臓が止まりそうなほど緊張して、息が苦しかった。
 互いの唇が触れた瞬間、安堵感が全身を包んだ。
 涼二の唇はグミのように柔らかく、甘い。
 何度もやったことなのに、この感触は飽きない。どこまでも求めてしまう。
 背中に回された腕が、ぎゅっと私を抱きしめる。私もそれに応えて、涼二の体を抱きしめ
返した。
 深まるキスに同調するように、互いの密着が増していく。ソファーの上に乗り出すように
して、より正面から抱擁を交わす。ニット越しに彼の厚い胸板が、私の乳房を押しつぶす。
 まるで全身でキスをしているみたいだ。服越しに伝わる熱も鼓動も、すべてが浮つく心と
連動するように高まり、高鳴っていく。
 唇を離すと、荒い息が洩れた。
「……どっちでする?」
 涼二の問いに私はすぐには答えられなかった。頭が熱でぼうっとして、うまく回らない。
ようやくどちらの部屋に行くか訊かれているということを理解し、私は呼吸を整えて答えた。
「あなたの、部屋で」
 別にどちらでもよかった。ただ、昨日は私の部屋だったから、今日は涼二の部屋がいい
かなと思っただけだ。
 涼二は頷くと、私の手を取って立ち上がった。足元が少しおぼつかなくて、よろけそうに
なったところを彼の手に支えられる。体にうまく力が入らず、夢遊病のような感じだった。
 ああ、私、酔っちゃってる。お酒じゃなくて、今の幸せな瞬間に。彼の存在に。
 あなたはどうなの? 涼二。
 涼二に手を取られながら、私は彼の部屋に入った。

431:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:45:14 QollcZNW
 相変わらず、殺風景な部屋。
 机と椅子とパソコンとベッドと。あとは何もない。服はクローゼットに全部仕舞ってあるの
だろう。部屋を彩り飾るものはなく、引っ越してきたばかりの部屋みたいだ。前の部屋は
もう少しごちゃごちゃしていたように思うけど、たぶん私がいるから気を遣っているのだ。
 暖房の効いたリビングからすると、この部屋はだいぶ冷えていた。冷たい空気の中で
涼二の手だけが温かく、私はすがるように強く握った。
 その手をぐっと引かれた。
 抱え込まれて、そのまま仰向けに押し倒された。ベッドの上に、いたわるように。こんな
優しい押し倒し方も珍しい。
 再びキスをされて、今度は舌を入れられた。口内の熱が唾液とともにじっとりと伝わって
くる。重力に引かれて、ベッドに沈み込みながら磁石のようにくっつき合って、私は涼二の
重みを全身で受け止めた。苦しくはない。涼二なら。
 呼吸困難になりそうなくらい、私たちはキスに没頭した。
 涼二はなかなか次の段階に進まなかった。唇を離したかと思えば、すぐにまた繋がって、
しばらくキスだけを何度も繰り返した。
 ダンスを踊るように、くっついては離れて。回数を重ねるごとに同調も深まって。
 唇がひりひりした。
 キスは嫌いじゃない。でもいい加減次に進みたい。
 私は手を涼二のお尻に回した。男の人の臀部は、他と比べたら柔らかいけど、それでも
がっしりした印象だった。
「涼二……」
 風邪をひいたような声が出た。知らず、媚びるような色が混じっていたかもしれない。
 手が涼二の腰から太股辺りをうろつく。体が熱い。なんだかお腹の下がくすぐったくて、
じっとしていられない。
 欲が高まっていくのがわかる。焦燥感が私の全身を蒸し焼きにしていくかのようだ。
「涼、二……!」
 幼馴染みの手がおもむろに動いた。私の喘ぐような声に応えてか、大きな右手が私の
脇腹を撫でた。
 そこじゃない。私が欲しいのはそこじゃ、
 涼二の膝が私の太股の内側をつついた。
「っ」
 びくりと、下腹部が震えた。近い。でも決定的に遠い。
 なんで今日に限って焦らすんだろう。私はだんだん腹が立ってきた。
「涼二……どうして……!」
 叫んだつもりが、かすれた声しか出なかった。
「きついか?」
「そんなの、見ればわかるでしょ……」
「……俺もきつい」
 え? と顔を上げると、脚の付け根に硬いものが当たる感触があった。
 スカート越しでも、その変化ははっきりとわかった。
「昨日は性欲をぶつけるようなやり方しかできなかったから、今日は気持ちよくさせたい」
「……あの、いつもどおりでも十分気持ちいいんだけど」
 相性がいいせいか、私は涼二とするといつも完膚なきまでに果ててしまう。涼二もそれは
同じようで、私はとても満足できる。
 特別なことなんていらないのだ。
「涼二とそういうことをするってだけで、私的にはもう変になりそうっていうか……」
「今まで何度もしてきただろ」
「慣れないよ、何度やっても」
 今までのはやはり練習だったのかもしれない。昨日からがきっと本番だったのだ。
 練習。
 馬鹿なことを言ったものだ。私は自分の言動を改めて恥じた。
 あなた以外とこんなこと絶対しない。するわけがない。
 なのに、あんな言い方。
「練習はもう終わりだからな」
「え?」
「だから力を入れるのは当たり前だろ」
 そう言って、涼二は笑った。私は咄嗟に答えられなかったけど、でも同じように微笑む
ことはできた。
 自分たちのための練習、という意味だろう。そう置き換えることで、私に暗に気にするな
と言ってくれている。

432:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
11/02/12 03:46:29 QollcZNW
 私は火照った体を落ち着かせるように深呼吸をした。
「……いいよ。私を狂わせて」
「……馬鹿、そんなことはしない。いっぱい気持ちよくさせる」
「じゃあ、涼二も私で気持ちよくなって」
 涼二の首が縦に振られるのを確認して、私は体の力を抜く。
「ひっ」
 右手が裾の下から中に入ってきた。少しだけ冷たい掌の感触に思わず奇声を発した。
 そのまま大きな手が、ブラの内側に滑り込んできて、
「んんっ」
 また唇を奪われた。
 キスと同時に胸を揉まれて、私はまた熱が上がりだすのを自覚した。涼二にいつも弄ら
れるせいか、胸はどうも弱い。
 私は涼二の着ているトレーナーをつかんで、刺激に耐える。
 するすると裾がまくられて、お腹と胸をさらされた。右手が器用に動き、私の背中辺りを
探る。ホックを外されて、あっさりブラも剥がされてしまった。
「なんか手馴れすぎてて怖いよ……」
「練習期間が長かったからな」
「蒸し返さないでよ」
「すまん」
 口とは裏腹に、手はよく動く。乳房を直接触られて、私は身震いした。冷たい空気や掌の
感触に加えて、乳首が押しつぶされるように擦れて気持ちいい。
 されるがままなのは嫌だった。そろそろと右手を伸ばして、涼二の股間に触れる。ジーンズ
の上から撫でると、微かに身じろいだ。
 私たちはしばらく、互いを愛撫し合った。
 でもそれは長く続かない。いつも私の方が先に参ってしまうのだ。
 指で乳首をつままれると、刺激が電流のように走った。さらに唇を寄せられて、先端を強く
吸われる。
「や、そんな強く吸わないで……」
 涼二は私の言葉などそ知らぬ様子で、ひたすらに胸を求めてくる。
 ストローのように先っぽを吸い、舌で転がし、歯で甘噛みする。私はその快感にたまらず
嬌声を上げた。
「だめ……んっ」
 手に力が入らない。こちらから仕掛ける余裕なんてなくなっていき、次第にただ快楽に
耐えるだけになっていく。
「あ、ん……やだ、もう……」
 満足したのか、涼二の顔が離れた。唾液でまみれた胸が、空気に触れてひやりと冷たい。
 と、今度はスカートがまくられた。
「ひゃあっ」
 不意を突かれて驚いた。短い奇声にもまるで怯まず、涼二の手は一直線に下腹部へと
伸びた。
 ショーツを掴み、そのまま脱がされた。抵抗する暇もない。上半身に続いて下半身も
下着を奪われ、心許ない気持ちになった。


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