12/02/10 22:48:06.41 N2kuqQRR
(……傑作だよな。結局、あの時と変わんねー)
かけてくるアプローチの違いはあれど、その行為自体は同じことだった。
あれはつい数ヶ月前の事なのに、いつボタンを掛け違えてしまったのか。
どうしてこうなってしまったのか。
人識には分からなかった―出夢にもよく分かっていないのかもしれない。
つい先程、決定的な決別を迎えたはずなのに―今は真逆の行為に及んでいる。
人識の下腹部に出夢の頭が見えた。
身体の横で膝をつき、背を丸めるようにしてそこに顔を埋めていた。
長い髪に隠れて何をどうしようとしているのかは見えないが、布越しに熱い吐息を感じる。
見えないところで何をされるのか、何をしてもらえるのか、その期待に股間が疼くのを感じた。
自分の意思とは裏腹に、身体は出夢に与えられるであろう刺激を求めている。
どんなに自制しようとも、身体が一度覚えた快楽は忘れられない。
「こいつは素直でかわいいねぇ」
笑みを含む声で出夢は呟き、指でくりくりとズボン越しに立ち上がった先端を弄る。
「……っ」
指で優しく摘むように刺激する。
指の動きは止めずに、出夢は顔を人識に向けた。
その頬は上気し、見上げる瞳は情欲に濡れている。
「物足りないって顔だね」
「……うるせえ」
「ふうん」
にやり、と笑う。肉食獣の笑み。
そのまま、視線を股間に戻す。
「素直になっちゃえよ」
唇を起立した先端に近づける。
触れるか触れないか。
焦らすようにゆっくりと近づく唇に。
ぞくり、と人識の身体が期待に打ち震える。
―再び、鐘の音が聞こえた。
373:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:48:36.75 N2kuqQRR
ちゅ、と布越しの先端に軽く口づけて、出夢の唇は少し上に移動する。
舌でズボンのチャックのつまみを持ち上げて咥え、じわじわと下ろしていく。
完全に下りきると押さえつけられていた物が更に持ち上がる。
下着の先はじっとりと湿っていた。
出夢はそこを唾液のたっぷりと乗った舌でべろんと舐め上げ、
「待ちきれなくてお漏らしかよ、本当にこいつは素直でかわいいねぇ」
ニヤニヤと、羞恥で真っ赤になった人識の顔を見やる。
その怒ったような表情の中に何かを待つ切実な表情も僅かに見て取れた。
「素直じゃないお前もかわいいけどな。ま、頑張って『耐え』てみろや」
出夢は離していた指をしゃぶり、唾液まみれにしてから湿った下着に近づけていく。
やわやわと刺激にならないような刺激を手のひらで与えながら、
トランクスの切れ目に指を差し込んでいく。
「……くぅっ」
ひんやりとした指が、一物に当てられた。
今まで散々焦らされてきただけに、ただ直接触られる、それだけで敏感に反応してしまう。
ぬるぬると、指で軽く擦られるだけで達してしまいそうになる。
「先っぽ、何か出てるぜえ」
指で亀頭の割れ目を擦られる。静かな教室ににちゃにちゃと湿った音が響いた。
与えられる快楽に下着の中で爆ぜそうになる。
(溜まりまくって我慢できねー餓鬼じゃねえんだ、こんなんでイかされてたまるかよ!)
人識は必死になって快楽に流されないように耐える。
陥落してしまえば楽だと頭のどこかで分かってはいるが、
動けない状況で一方的に、陵辱的にやられてしまうことに耐えられない。
しかし唐突に。
「頑張るねぇ」
ペロッと隙間から差し込まれた舌に、亀頭を弄られた。
(やばい―)
いきなり与えられた今までとは違う感覚に、持って行かれそうになる。
どくん、と脈打つ。
「―っ」
「ありゃー、せっかく頑張ったのになぁ、残念」
出夢は一旦体を起こしてニヤニヤと人識を見下ろした。
トランクスから取り出した出夢の手のひらにはべったりと精液が張り付いていた。
それを見せ付けるように長い舌で丁寧に舐め取る。
人識は虚ろな目で一瞥した。呼吸が荒い。
トランクスの中で果ててしまったため、股間がべったりとして気持ち悪かった。
「……くそっ……たれ……」
死にたい気持ちだ。
出夢には今までさんざんいいようにいじられてきたが、ここまで屈辱的なのは初めてだった。
「いいねぇ、僕は人識のそーいう顔が見たかったんだよ」
歪んだ笑顔の中には鬱な狂気。
「普通に殺し合って、僕が当たり前のように勝ってお前を殺したとしても、そういう顔はしねーもんな」
一通り精液を舐め取り終わった右手を軽く振って、側に落ちていた人識のナイフを拾い上げる。
「べたついて気持ち悪いよな、開放してやるよ」
ベルトをナイフで切り、その切っ先をトランクスの切れ目に入れた。
ひやりとした感覚が人識の全身に走る。
出夢は無造作にピッとトランクスを切り上げて切れ端を左右に広げると、
精液でべっとりとした茂みと、再び勃ちかけた一物が現れた。
それを見て軽く目を見張ったものの、すぐに口の端を吊り上げる。
「……いやまぁ、元気だねぇ」
人識は更に死にたい気持ちになっていた。
374:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:48:59.43 N2kuqQRR
身体を重ね、再び唇を合わせる。
人識は果てたばかりで抵抗する気力もなく、咥内で蠢く舌にされるがままだった。
口の中に自分の精の味が広がっていく。
(……苦い)
他人事のように、遠くで思う。
苦い味わい。
苦い思い。
出夢は丹念に人識の舌、歯、歯茎、頬の内側と味わいつくし、ようやく唇を離した。
どちらのものか分からない唾液が一筋、糸を引く。
名残惜しむように、その糸を掬うように舌で追い、自分の唇を舐める。
「―そいじゃま、再びお楽しみの時間だ」
もう一度、唇同士を軽く触れ合わせ、這うように身体の上に舌をずらす。
頬、顎、喉、肩、胸、腹、臍、と上から順に唇を付け、時には強く吸い上げ痕を残していく。
「くっ……」
痛みとは別の熱が人識の身体の奥で燻る。
と。
「―?」
出夢の動きが止まった。僅かに身体を起こしたのが気配で分かる。
「これ、この間の傷か?」
右の脇腹に微かに残る傷跡に合わせて、小さく、丸く、指でなぞる。
「……あぁ」
「―銃創だな」
出夢は目を細めて傷ついた子猫を母猫がそうするように、舌で舐めた。
治りかけとは言え、直接刺激を与えられればさすがに痛む。
ざらりとした感触に眉をしかめて下を見やると、じっと傷跡を見つめている出夢が見えた。
顔を伏せていて、表情はよく見えない。
「―あの時は気がつかなかった」
傷跡に、そっと口づけた。
375:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:49:20.67 N2kuqQRR
湿っぽい音が小さく周囲に響く。
出夢は人識の膝の辺りに腰を下ろし、背を丸めて茂みに顔を埋めていた。
時折、長い髪を鬱陶しそうに耳に掛け直しながら、その舌で汚れた箇所を丁寧に舐め取っていく。
一通り済ませた後、唇を完全に起立しているそれには触れるか触れないかの位置で止める。
微かに当たる熱い吐息に人識は身を震わせた。
「……どーも、ご無沙汰」
(……どこに声かけてんだ)
出夢はひくつくそれに小さく声をかけ、自身を主張する陰茎に軽く唇を当てる。
先の割れ目に舌を這わせて滲む液を掬う。
舌が動くたびに人識の背筋にぞくりと快感が走る。
強張る身体からどうにか力を抜こうとするが、うまくいかない。
出夢はその反応を楽しむように舌先で鈴口を弄っていたが、
やがて唇をぺろりと舐めて震える先端をゆっくりと咥え込んだ。
「……くっ」
暖かい咥内に包まれる感覚に思わず声が漏れる。自分の声に我に返り、人識は慌てて唇を噛んだ。
そんな人識の反応を、出夢は咥えたまま上目遣いで見やり、目を細めた。
奥まで咥え込んでから、先端まで、そして再び奥までとゆっくりとストロークをつけて動く。
人識の羞恥を煽るようにわざと音を立てて舐め上げ、吸い付き、徐々に動きを早めていく。
ぬめる咥内で刺激を与えられた陰茎が更に硬度を増していくのを感じる。
人識はとめどない快楽の波に襲われ身を硬くする。波に飲まれてしまえば先ほどの二の舞だ。それだけは避けたい。
出夢は目でニヤニヤと笑みを浮かべつつ、強く吸い上げながら引き上げる。陰茎が脈打つのを感じる。
堕ちるのは時間の問題だろう、しかし。
出夢はあっさりと激しく攻め立てていた口を唐突に離す。
そして、限界まで張り詰めた先端に軽く口づけた。が、それ以上は何もしない。
出夢は身体を上げ、人識の顔を見やった。
人識の頬は上気し、目尻にはうっすら涙が滲んでいる。呼吸が荒い。
その顔に浮かぶのは羞恥と―明らかな落胆と戸惑いだった。
人識のその表情を見、出夢は満足げに口の端を歪める。
「何だか物足りなさそーじゃねーか。僕のかわいいお口でイかせて欲しかったか?」
「……へっ、この程度じゃあ、イけねーな」
息も絶え絶えな人識の強がりを無視して、続ける。
「お前のよがってる姿はかなりそそるものがあるけどな。一人だけ満足しちまうってのはねーよなぁ」
そう言い放つと、出夢は人識から身体を離しゆっくりと立ち上がった。
376:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:49:38.81 N2kuqQRR
出夢は制服を脱ぎ捨て一糸纏わぬ姿となっていた。
汗の滲む白い肌、薄く肉のついた胸、骨の浮き出たあばら、まばらに生えた茂み。
背中に刻まれた数箇所の痕はあの時のものだろうか、薄く残る痣が肌に映える。
長く綺麗な黒髪に包まれた小さな顔は整っているが幼さが残る。
頭の眼鏡も外していた。
人識の腹の辺りで跨り、膝立ちで見下ろしている。表情はなく、ただ静かに見つめている。
対する人識は破れた制服もそのままに、血と肉片で汚れた床に転がっていた。
目が覚めてから多少時間が経ったものの、まだ体は動かせそうにない。
「こんなことならもうちょい手加減しとけばよかったかな」
冷めた口調で出夢。
「自分でするのは、あんま好きじゃねーんだよ」
言いながら、人識に見せ付けるようにゆっくりと自分の右手を足の付け根へ持っていく。
出夢自身は何もされていないのだが、今までの行為で高ぶっていたのだろう。そこは充分に潤っていた。
焦らすように秘裂の周りを愛撫し、愛液で濡らした指を二本、そっと秘裂の中に埋めていく。
「ん……」
小さく湿った音を立てて指は裂け目に入っていく。特に抵抗はないようだが、出夢は軽く眉をひそめる。
そのまま、指を抜き差しし、時折奥まで挿入し中をかき混ぜるように動かす。
静寂の教室の中、水音と押し殺した荒い息遣いが響く。
行為を続けるにつれ身体が反応し、湿った音が大きくなっていく。快楽に上気した頬に汗が一筋流れる。
少女の身体を持つ少年の無言の自慰行為から、人識は目が離せなかった。
(―そういやこいつ、こういうときはあんま声を出さないんだよな)
その扇情的な光景に一度は落ち着いた下半身が再びたぎるのを感じつつも、
一方冷めた頭の片隅でそんなとりとめのないことを考える。
今まで出夢とは幾度となく身体を合わせてきたが、人識が一方的に弄られることが多く、
出夢が快楽に溺れて嬌声を上げるところなど、そう滅多に見ることはなかった。
それは匂宮出夢にとって零崎人識に対する決定的なアドバンテージからくるものだったのだろう。
戦闘技術においても、その他のことにおいても、人識は常に遥かなる高みから見下ろされていると感じていた。
卑屈になることはなかったとしても、それでも。
対等なようでいて、僅かな引け目。小さくて大きい、僅かな裂け目。
お互い対等な関係だと思っていたのだが。
家族のような関係だと思っていたのだが。
本当は、つつけば崩れる砂上の楼閣のような、そんな脆い関係だったのかもしれない。
377:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:50:24.40 N2kuqQRR
自分の身体のことはよく分かっているらしい。
出夢は的確に効率的に快感を引き出し、高ぶってきているようだった。息遣いがかなり荒い。
指の動きが早まっているのが見て取れる。
それでもほとんど身体を捩じらすこともなく、声を殺してひたすら自慰行為に没頭する。
「―っ」
唐突に瞼を固く閉じ、声もなく背を逸らし、身体を震わせた―どうやら達したようだ。
どろり、と人識の腹の上に生暖かい液体が零れてきた。そのまま脇腹を伝って、床に落ちる。
しばらくその姿勢のまま硬直させていたが、やがて顔を下ろし、こちらを見やる。
その瞳は快楽に溺れたことを指し示すように潤んでいたが、冷ややかな光はそのままだった。
「……何だよ人識、結構冷静じゃねーか、つまんねー」
「いや、一人でイかれてもこっちは置いてきぼりだからな。そもそも反応らしい反応がねーじゃねーか。
興奮して欲しけりゃ声上げてよがってみろって」
出夢の息は早々に落ち着いてきた。鼻で笑う。
「言ったろ? 自分でするのは好きじゃねーんだよ。お決まりのルーティンじゃ身体反応はともかく、
僕は興奮しない。イっても頭は冷えてるよ、お前とは違う」
そう言って秘裂から指を引き抜いた。とろとろと零れ落ちる液体が人識の腹に広がっていく。
その愛液にまみれた指でそっと人識の陰茎を摘み、腰の位置を合わせ、
「最期だからな、せいぜい楽しもうや」
聞こえるか聞こえないかの声で呟きながら、じわじわと腰を落とす。
ちゅく、と音を立てて陰茎が徐々に飲み込まれていくのが見える。
「……くっ」
濡れた膣内は熱かった。奥まで飲み込まれると、その熱さに腰が蕩けそうになる。
包まれている感覚だけで昇り詰めてしまいそうになるのを、固く瞼を閉ざし、唇を噛み、どうにか堪えた。
出夢は人識の上に跨り、しばらくの間動かなかった。
378:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:50:45.90 N2kuqQRR
「人識、リクエストがあるんなら言ってみろよ」
「―あぁ?」
ようやく挿入した状態に慣れ落ち着いてきた頃、唐突に掛けられた言葉に人識は怪訝な顔になる。
何を言いたいのか分からない―いや、意味は分かる。が、真意が掴めない。
出夢のそういった唐突できまぐれな態度はいつものことだったが、
それでも、先程までの扱いを考えれば人識が警戒するのも無理はなかった。
期待はせずに、問いかける。
「―何でも聞いてくれんのか?」
「あぁ、僕にできる範囲ならな」
指で結合部をなぜてから人識の胸に両手を添え、緩やかなストロークで動き始める。
「……そしたらな」
そこで言葉を切り、息を呑んだ。
「こんなんさっさとやめて、俺の目の前から消えちまえ。二度と俺にその姿見せんな。
―できないとは、言わせねーぞ」
「―ふん、そんな物欲しそうな顔で格好付けられても説得力ねーっての」
予想していた答えだったのだろう。
出夢はつまらなさそうな表情を浮かべつつ、深い箇所で味わうようにグラインドさせる。
「それに、ここはそうは思ってなさそーだけどな。何で頑張っちゃうかね」
徐々にストロークの速度を速めていく。
「そこまで頑なにならなくてもなぁ」
「そりゃ頑なにもなるだろ。原因作ったのは誰だっての。逆に俺は、何でお前がそんなに俺に執着するのか
聞きてーよ。殺すんじゃなかったのかよ」
「さっきも言ったろう? 殺すのはいつでもできる。僕はお前のその意地―プライドが欲しいんだよ」
「―?」
「奪い取るんじゃあ意味がない。お前の意志で、僕に屈してもらわないと」
「……全然、意味が、分かんねー」
「要するに、お前から僕を求める程度には溺れて欲しいってことさ」
薄く、笑う。それは冷えた笑みだったが、先ほどまでの殺意が揺らいだように思えた。
「どうせするんだ。お互い気持ちイイ方がいいだろう?」
そこで言葉を切り、本格的に腰を打ちつけ始める。
「―あぁぁっ」
何度目かの寸止めをされた瞬間、切なげな声が上がった―少し遅れて、人識はそれが自身の声だと気づく。
出夢に執拗に攻め立てられ、しかし昇り詰めることは許されず、ただひたすらに寄せては返す波に耐え続けていた。
どんなに快楽に追い詰められたとしても、決して明け渡すつもりのない最後のプライドだったのだが。
それが、あっさりと崩れた。
たがが、外れた。
どうにか抑えようと足掻くものの、一度出してしまえばもうどうにもならない。
人識はそれまで堪えていたものを取り戻すかのように、出夢の腰の動きに合わせて声を上げる。
そんな人識を見やり、出夢は動きを止め、満足気に唇の端を歪めて笑った。
「―こりゃーまた、随分と好い声で鳴くじゃねーか」
ギリギリまで腰を浮かし、落とす。その衝撃に再び人識の口から声が漏れる。
「人間素直が一番ってこった」
379:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:51:12.50 N2kuqQRR
「―なあ、人識」
それまでの激しさとは打って変わって、ゆるゆると人識をいたわるように優しく動く、優しく囁く。
「お前をイかすも殺すも僕次第だ」
身体を合わせ、耳朶に唇を寄せ、くすぐるように囁く。
緩やかな動きは、今まで与えられていた刺激には程遠い。物足りない。
快楽に溺れてしまいたいのに、そこまでたどり着けない。もどかしい。
「もういいだろう」
囁きが、脳髄に響く。
耳元と、陰茎のみがやけに熱い。
「僕の物になっちまえよ」
包まれていたそれが、きゅっと締められる。
それは甘い誘い。
いっその事、堕ちてしまえばいいのかもしれない。
しかし。
(―どうして、今さら?)
僅かに残る冷静な部分で、人識は動揺していた。
確かに出夢の精神はかなり不安定だ。感情のぶれ幅はかなり大きい。
しかしそれでも、一度決別し、標的にした人間に対して搾取することは在り得ても譲歩することはない、はずだ。
ましてや、懐柔などありえない。
あそこまで徹底的に虐殺し切って、壊し切って、捨て切って、断ち切ったものを。
それが、どうして。
(―これじゃあ、まるで)
教室で、出会う前の。
何事も、なかったような。
そんな錯覚さえ抱いてしまうような。
そんな幻想さえ抱いてしまうような。
思わず手を取ってしまいそうな、甘い、誘い―だが。
(―本当にそれでいいのか?)
ともすればそちら側に傾いてしまいそうな自分に、どうにか抗おうと力を振り絞り出夢の顔とは逆の方向に顔を背ける。
―ふと。
恨めしげにこちらを向くクラスメイトと目があった。
上半身は肉塊と化しており、冷め切った赤黒い塊がかろうじて原型を止めている首と下半身を繋ぎとめている。
生命を感じさせない、鈍く濁る虚ろな瞳。そこに、だらしなく快楽に緩んだ自分の顔が映る。
瞬時に頭が冷えた。
彼等とは生きているときにはほとんど関わりがなかったが、
それでも―こんな不条理な出来事に巻き込んでしまって、みっともないところを晒して、
許せるわけがない、許されるわけがない、だろう。
(俺は何を血迷ってたんだ。そうだよな、お前らが巻き添えでこんな目に遭わされたのに
―俺だけがそんなん、駄目だよな)
堅く瞼を閉ざし、顔を天井に向ける。
荒い息を飲み込んで、理性と自尊心とを持って、誘惑に抗う。
「ふざけんな……ここまでしておいて、今さら何言ってんだ」
快楽によって忘れさせられていた怒りを、呼び戻す。
「俺は、お前の物になんか、ならねーよ」
強い意志で持って、想いを振り払う。未練を、断ち切る。
380:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:51:33.53 N2kuqQRR
「―そっか」
間髪入れず返ってくる出夢の声。冷ややかな、声だった。
動きを止め、重ねていた身体を離し、無表情で人識を見つめる。
「そうかよ」
緩やかな動きが一転、今までにない激しさで腰を打ちつける。
唐突に与えられた激しい刺激によって、背筋に快感が走る。
一気に上り詰めさせられる。
絞り上げられる。
意識まで絞り取られるように、霞がかったように持っていかれる。
「……ない……なら」
出夢が何か呟くが、よく聞き取れない。
「…………やる」
言葉は途切れ、更に激しく打ちつけられる。リズムに合わせて長い髪が乱れるのが妙に艶めかしかった。
その刺激で出夢も達しそうなのだろう。それまでにない程にきつく、きつく、締めあげられる。
「―っ」
肌を打つ音を立て、出夢の腰が突き落とされた瞬間、限界まで膨れ上がった陰茎の先から白濁がほとばしった。
それが最奥を叩きつけるのと同時に、痙攣するように何度も何度も締めあげられる。
顎を上げ、声にならない叫びを上げる出夢。
人識から最後の一滴まで絞り取ろうと、脈打つ陰茎を何度も執拗に締め付ける。
(……やっぱ、俺は、出夢には、勝てねーや)
射精による倦怠感と蓄積した疲労に身体が耐えられなくなったのか、やけに重い瞼が徐々に降りていく。
もう、考えるのも億劫だ。
このまま、闇に身をゆだねてしまおう。
薄れゆく意識の中で人識は思う。
あのときの、出夢の呟きは。
『僕の物にならないのなら』
霞む視界の中、紅い唇の動きが、やけにはっきりと見えた。
『お前なんか壊してやる』
冷ややかなはずのその声が。
表情のないはずのその顔が。
泣き出しそうに感じたのは、はたして気のせいだったのだろうか。
381:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:52:00.41 N2kuqQRR
『―なぁ、出夢。起きてるか?』
『……ん、あぁ?』
『悪ぃ、起こしちゃったな』
『……んー、だいじょぶ』
『あのさ』
『……なんだよ』
『―どうして、俺なんだ?』
『……なにが?』
『いや、こういうの』
『……』
『俺とお前じゃ、何にしたって差がありすぎる。相手をしてても暇つぶしにもならないだろうが』
『……へ? 何、人識、お前そんなことで悩んじゃってるの?』
『……いや、悩むってより、単純に疑問に思ったと言うか、何てーか……』
『そういうのを悩むって言うんだろう?』
『……』
『……そうだなぁ―僕がお前を愛しちゃってるから、じゃあ駄目なのか?』
『―何だよその真顔で真っ向からの愛の告白』
『せっかく手に入れた玩具だからな、そうそう飽きはしないさ』
『って、俺は玩具かよ!』
『そうさ。人識、お前は僕の物だ』
『てめぇ……』
『へん、悔しかったら僕を本気にさせてみろってんだ』
『畜生……』
『いつか本気で殺りあって、お前が僕に勝ったら対等だって認めてやるよ。それまでは僕の玩具だ』
『……くそったれ……いつか絶対に、殺して、解して、並べて、揃えて、晒してやる……』
『ぎゃは、せいぜいその決め台詞が生きる日が来ることを楽しみにしてるよ』
『……』
『―だから』
382:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:52:22.42 N2kuqQRR
出夢は繋がったまま人識に自分の身体を預けていたが、やがて上体をゆっくりと持ち上げる。
人識は眠っているのだろう、離れても身じろぎもしなかった。
名残惜しげに相手の身体に纏わり付いていた黒髪を、腕でかき上げて後ろに流す。
人識の顔を見つめるその表情は、まだ昂揚から覚めやらぬ様子と―戸惑い、苛立ち。
(―どうして、こいつはここまで僕の心を引っ掻き回す―)
決別した、はずだった。
躊躇ない、はずだった。
心の赴くままに徹底的に壊してしまえる、はずだった。
揺らぎない殺意を思いのままにぶつける、はずだった。
決して忘れることのない痕を刻み込める、はずだった。
途中まではできていた、のだろう。
戦いの最中、人識が意識を失ったときに、全てを終わらせることはできた。
しかし、力なく横たわるその姿を見て―戯れで、最期にもう一度、と思ってしまった。
匂宮出夢という存在を身体の奥深くにまで刻み込んで。
苦痛を与えて、恥辱を味あわせて、快楽に溺れさせて。
その存在がどういうものだったのかをきっちり思い知らせてやろう、と思ってしまった。
―それは決して未練ではない、はずだ。
しかし―確定していたはずの気持ちが、揺らいでしまった。
取るに足らない、小さな傷跡を見た瞬間、揺らいでしまった。
あの館で再会したとき、そんな傷を負っている素振りはまったく見られなかった。
それどころか、普段の人識からしたら滑稽なくらい、自分のことを心配していた。
滅多に崩すことのない笑顔を崩して、曇った顔で自分のことを見ていた。
確かに自分も決して軽くはない傷を負っていたが、明らかにおかしな様子だったが。
そして、人識のそれは取るに足らない小さな傷だったが。
そんな素振りを見せずに済むほどには軽くなかっただろう。
それでも―それを省みずに庇うことすらせず。
ただひたむきに自分のことを見てくれた。
傷を負った自分の心配をしてくれた。
様子のおかしい自分を気遣ってくれた。
あのときには気づけなかった、そんなことをふと思い出して。
切り捨てたはずの想いが、疼いてしまった。
抑えられなかった。
足掻いてしまった。
あまつさえ、断ち切ったそれを繋ぎなおそうとすらしてしまった。
拒絶されて、胸が痛んだ。
自分から手放した物だったが、答えは分かりきっていたが、それでも。
改めて言葉で、態度で、徹底的に拒絶されて。
ものすごく、胸が痛んだ―いや、今も痛む。
それは『弱さ』の現れ。
383:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:52:40.70 N2kuqQRR
『気に入った相手がいるなら―そいつの大事にしているもの壊せ。
そいつが日常だと信じている世界を突き崩せ。自らの存在を相手の魂に刻み込め。
友情よりも愛情よりも深い憎悪を、根深い憎悪を、すべてこちらに向けさせろ』
あの男の低い声が、今も耳に憑いて離れない。
そして、その言葉を受けここまで行動に起こしてしまった以上、後戻りはできない―分かっては、いるのだが。
取るに足らない小さな傷跡を見てしまった瞬間、ふと、あの心地よさを思い出してしまった。
快楽と同じだ。一度身体が覚えてしまった味は、忘れることができない。
人識を見下ろす出夢の中では、様々な感情が渦巻いていた。
焦り、苛立ち、戸惑い、怒り、そして―
(―この状態はまずい。このままじゃあ、また『ずれ』ちまう―)
せっかく元の状態に強制的に戻したというのに、この不快な感情に引きずられてしまうのはまずい。
今度こそ戻れなくなる。
匂宮兄妹の存在の意味が消滅してしまう。
例え憎悪で繋ぎとめたものだとしても、絆があるだけで、駄目だ。
会えば思い出す。思い出せば揺らぐ。弱さが現れる。
それでは行ってきたことの意味がない―断ち切ってしまわなければ。
「……殺して、しまおうか」
零れた呟きはまるで他人のそれだった。
指が、無意識に頬の刺青をなぞっていた。
僅かに癖のある髪を、梳いていく。
軽く開いた唇に紅を引くように線を引く。
閉ざした瞼に、長いまつげに触れる。
最期にもう一度、軽く口づけをする。
決断してしまえば、体は動く。
決断に追いついていけない心を置き去りにして、出夢は淡々と行動に移す。
果てた後も繋がったままだった身体を、ようやく離した。
こぷり、と音を立てて、足の間から白濁した液体が流れ落ちていく。
それが足を伝うのにも構わず人識の身体から立ち上がり、脇に放ってあった制服を拾い上げる。
塗れていた血はすでに乾いていた。
血で赤く染められているために多少目立つが、まさか裸で出て行くわけにもいくまい。
まぁ、そう目撃されることもないだろう、と気にすることなく袖を通した。
下着は、ない。
どこかその辺の死体から剥がすこともできたが、もうどちらでもよかった。
セーラーのタイを留めて、靴を履いて、眼鏡で髪をかき上げて。
服装を整えた出夢は足元を見下ろした。視線の先の人識は―ひどい有様だった。
上着は引き裂かれ、シャツは食いちぎられ、スラックスと下着はナイフで切られて広げられたまま。
丸出しの局部は体液やら何やらでぐちゃぐちゃだ。
(……まぁ『一喰い』で全てをぐちゃぐちゃにしちまえば分からねーか)
人識に対する最期の情けか。
やけに冷めた頭でそんなことを考えつつ、出夢は腕を頭上に振り上げた。
384:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:52:58.52 N2kuqQRR
「―やれやれ、我が家では義務教育中の不純異性交遊は禁止なんだけどねえ」
「―!?」
おどけた声と同時に出夢の首筋にひやりとした感触が与えられた。左右にそれぞれ刃物が添えられているようだ。
完全に背後を取られている―まったく警戒していなかった訳ではないが、迂闊だった。
(……ここ数日で二度も背後を取られるたぁ、僕もやきが回ったもんだ)
下手に動けば首を落とされるだろう。出夢は振り上げたままの手をゆっくりと顔の位置まで下ろす。
「君のようなかわいらしい子にこういうことをするのはあまり気が進まないんだけど、
これ以上黙って見ている訳にはいかなくてね」
背後の声は飄々としてつかみどころのないものだったが、そこには若干の苦味が混じっていた。
声の質からすると男性、年の頃は二十代半ばと言ったところか。
「……あんた、誰だ」
問いかけつつも、先ほどの男の言葉を反芻する。
『我が家』という単語が出てくるということは、人識の『家族』―零崎一族の誰かだろう。
しかし、背後の男は出夢の問いかけを無視する形で続ける。
「ここまでなら単なる『お友達同士の喧嘩』で済ませてもいいんだけどねえ。いやぁ、いじましい。
何ともかわいいものじゃないか、うふふ。だけどねぇ」
そこで声の質がそれまでのおどけたものから一変する。
「―これ以上の事をするのならば、君を我ら一族に対して仇を成すものとして捉えることになる」
一呼吸置いて。
「―零崎を始めることになる」
その言葉と同時に、出夢に向けて身を切らんばかりの凄まじい殺気を放つ。
並みのプレイヤーならばそれだけで戦意を挫くほどの凄まじい殺気を放つ。
―しかし。
背後を取り、相手の動きを封じた、そこに生じる男の一瞬の隙にもならない小さな隙をつき、
出夢は人識を挟んで向こう側に飛びのいた。
ほんの僅か動きの遅れた相手の凶器は、出夢の首の皮一枚と髪の毛一房を捕らえただけだった。
続く動作で振り返り、男と真っ向から対峙する。
年の頃は二十代前半だろうか、背が高く、手足が妙に長く、細身の男だった。
ぱっと見、針金細工を思い起こさせる体格だ。整った顔に銀縁眼鏡。後ろに撫でつけた長髪。
三つ揃いのスーツ姿にネクタイを締め、手には大振りの奇妙な形の鋏を持っている。
(……家族……大鋏)
その姿を見て出夢は忌々しげに舌打ちした。一度だけ、遠目に見た。その恐ろしさは噂には聞いていた、が。
(―マインドレンデルか!)
零崎人識の兄、零崎双識。二十人目の地獄。《自殺願望》を持つ殺人鬼マインドレンデル。
―正直、今の出夢の状態でマインドレンデルを相手取るには厳しいものがあった。
人識が思っていたほど、出夢は余裕があったわけではない―残っているのはせいぜい普段の六、七割程度の力だ。
今やりあえば、確実に負けて殺されるだろう。
385:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:53:39.25 N2kuqQRR
しかし。
「ぎゃはははははは!」
目をぎらつかせ、凶悪に、高らかに笑う。それまでの様子とは打って変わって、
普段通りの匂宮出夢がそこにはあった。
「そうだよ、そうこなくっちゃあなぁ。まったく、僕ともあろーものがらしくもなく浸っちまった。
キャラじゃねーんだよな、こういうの」
床に転がる人識を一瞥した後、目の前に立ちはだかる双識に全神経を集中させる。
その瞳には迷いはない。狂乱の光をたたえて双識の姿を映す。
両腕を上げ、構える。
「おにーさんがその気なら、殺戮の時間はもう欠片も残っちゃいないが、今日は特別に奮発しちまうか。
何せ不完全燃焼で身体の奥が熱く疼いちまってってよぉ―ぎゃは、僕と遊んでくれや、おにーさん」
「いやいや、待ってくれ。私は君が素直に人識くんから手を引いてくれるのならば、
無為な殺傷を行うつもりはないんだが」
「いやいやいや、僕をその気にさせといて何言ってんだよ。こうなったら、選択肢は一つだろーよ。
こんなかわいい女の子にここまで熱烈に誘われてもおにーさん、引いちゃう訳?
まさかそんな萎えるこたー言わねーよなぁ」
「うーん、女の子をどうこうするのはあまり趣味じゃなくってね」
「はん、零崎のくせに紳士ぶるなよ―あぁ、僕にその気にして欲しいってかぁ? マゾかよあんた」
出夢は言葉を切り、厭らしく唇の端を歪める。
「―あんたの弟は好い声で鳴いてくれたぜえ」
「そうか―そこまで言うのならば」
出夢の挑発に双識の殺気が膨れ上がる。自殺願望を持ち直し、構える。
「―零崎を、始めよう」
「ぎゃははは! 兄弟揃っていい顔するじゃねーか! せいぜいおにーさんのテクで僕を満足させてくれや!」
殺気と殺気がぶつかり合い、張り詰めた空気が教室内を包む。
ふと、片方の殺気が緩んだ―双識が自殺願望をゆっくりと下ろしていく。
張り詰めた意識はそのままに、出夢は僅かに面白くなさそうな顔になる。
「おいおい、おにーさん。こっちがせっかくその気になってるのにどうしちゃったよ」
「一つ提案がある―お互い、ここはなかったことにしないかい?」
「あぁん? さっきまでの殺る気はどこへ消えちゃったよ? ……まさか、おにーさん怖気づいちゃった?」
「君をここで殺すのは簡単なことだ―いや、簡単には済まないかも知れないが、私は必ず勝つよ」
「ぎゃはははは! 言ってくれるじゃねーか。僕なんかじゃ相手にならねーってか」
「確かに君は強いだろう。しかしね、家族を守るためになら、たとえこの身が朽ちようとも私が勝つよ」
「―へぇ。かっくいぃねぇ、おにーさん。その覚悟、さっそく試してみよーかぁ」
「いやいや、人の話を最後まで聞いてくれよ、お嬢さん」
双識はそこで一旦言葉を切り、自殺願望を背に戻し、両手を広げ、戦意がないことを示す。
「―君はやりすぎたんたよ。人識くんを狙うなら、こんな派手なことをするべきじゃあなかった」
「……僕が何を考えて行動しようと、それは僕の勝手だ」
「そりゃ、そうだがね―君も気づいているだろう? 表には、一般人が集まってきている。
今はまだ遠巻きに様子を見ているだけだが、勇敢な国家権力がこの場に踏み込んでくるのも時間の問題だ」
双識に言われるまでもなく、出夢も先程から表の気配は感じていた。
静か過ぎる学校に不信を抱いたのだろう。遠巻きに、校内の様子を伺っているのが分かる。
戦意で高ぶっていたときにはどうにかしてしまえばいいと高をくくっていたが、さすがに時間がかかりすぎた。
下にはかなりの人数が集まっている。目撃者を残すことなくどうこうするのは、もう不可能だと思われた。
―確かに、迂闊だった。
冷静さを欠いているのは分かりきっていたが、それにしても行動が稚拙すぎた。
全てが終わった今になればそれは理解できるが―あの精神状態では、そこまで考えられなかった。
衝動の赴くままに、彼に関係するものたちを虐殺してしまった。
「私たち一族は、彼らの世界に晒されたくはない。黙っていた人識くんに免じて敢えて訊かないが、
君も似たような立場なんだろう?」
出夢は黙ったまま双識を睨みつける。
その沈黙を肯定と受け取り、双識は続けた。
「もう時間がない―だから先程の提案だ。私は一族に仇をなした君を追わない。この先もだ。約束しよう。
その代わり、君もここは素直に引いて欲しい。……どうだい?」
386:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:54:02.45 N2kuqQRR
出夢は僅かの間考え、表情を緩め、構えを解く。戦意は引いていた。
「おーけーおーけー、おにーさんの条件を呑もう。確かに僕もやりすぎた。せっかく処分を免れたのに、
これがばれて更に明るみに出たら、また僕らの処分を再考されちまう」
双識を見据えたまま、じりじりと窓に近づく。
「それに」
後ろ手で窓の鍵を開け、一気に開く。血の臭いが充満している室内に、冷えた外気が流れ込んできた。
窓の桟に手をかけ、倒れたままの人識に顔を向け、笑顔を見せた。
それは匂宮出夢にはおよそ似つかわしくない、晴れやかな笑顔だった。
「お互い生きてりゃ、チャンスはいくらでもあるからな」
じゃ、と桟に足を掛けようとして、ふと振り返り口を開く。
「―それにしてもおにーさん、犬も喰わねぇ喧嘩に口を挟むたー野暮だねぇ」
まぁ、僕は男だけどよ、と出夢は喉で笑う。
「こいつはただの痴話喧嘩―違うな、別れ話だ。あんたのかわいい弟は僕が振ってやった。
おにーさんが心配するよーなこたぁ、もう起こらねーから安心しろよ」
そして、思い出したかのように、付け加えた。
「あぁ、そうだ。僕は出来損ないの失敗作だからな、生殖機能なんつーもんはそもそも持ち合わせちゃいねぇ。
その辺も安心してくれや」
にやり、と口の端を歪めてスカートの裾を軽く摘まみ、挑発するように足の間から零れ落ちる液体を見せ付ける。
絶句する双識を見て高らかに笑い、満足げな表情で窓枠に足を掛け、桟を蹴り宙に跳んだ。
双識はしばしその場に立ち尽くしたまま出夢が飛び出した窓を見つめていたが、額に指を当て、
首を振って人識の元に向かう。
派手に飛び出してくれたものの、外が騒ぎにならなかったところを見ると不用意に下りたわけではなさそうだ。
まぁ、彼女(彼?)はもうそんなヘマはするまい、とそちらからは意識を外す。
倒れたまま動かない弟の状態を見て軽く眉をひそめたものの、近くの学生から上着を借りてその身体を包み、
肩に担ぐ。
窓に背を向け身体をかがめて扉をくぐろうとして背後を振り返り、双識は苦笑混じりに呟いた。
「―君は不合格だよ、お嬢さん」
遠くで、哄笑が聞こえたような気がした。
疲れた表情で再び首を振り、双識は振り返ることなく教室を後にする。
残るのは、肉塊と、乾き始めた血と、ただひたすらの静寂。
そして。
―もう、聞く者のいない鐘の音。
387:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:54:45.94 N2kuqQRR
『―だから』
『だから?』
『誰にも殺されるんじゃねーぞ、人識。お前の命は僕の物だ』
388:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:55:11.88 N2kuqQRR
「―ふざけんな、俺は物じゃねっつーの……」
人識が瞼を開けると、そこは見慣れた病院の天井だった。
(……夢か……ちくしょー……やな夢見たなー……)
現在、教室での出来事から数日後。
彼は発見された後、双識の知人の庇護の下、その傘下の病院に入院していた。
怪我自体は大したことはなく、自己診断ではあと数日もあれば退院できるほどには回復したが、
診察に来る医師の表情を見る限り、まだ退院の許可は下りそうになかった。
「人識くん、入るよ」
声と共に病室の扉が開き、彼の兄である零崎双識が中に入ってきた。
「おー、兄貴ー」
手をひらひらさせて、挨拶。
「少しは食べたかい? 眠れたかい?」
足で引き戸を閉めつつ手に持っていた荷物をベッド脇の棚に置き、棚の横に立てかけてある椅子を出して座った。
荷物から林檎を一つ出して、軽く拭き、持参したぺティナイフで皮を剥き始める。
人識は横になったまま、それを何ともなしに見ていた。
静寂の中、双識は黙々と皮を剥き続けていたが、半分剥き終えたあたりで声をかける。
「―なぁ、兄貴」
それは独り言のような、小さな声だった。
「ん? 何だい?」
「俺、いつ退院できるのかな」
「先生はあと二週間ほど様子を見ればいいって言ってたよ」
それは彼の体の様子ではなく世間の様子だったが、そこは敢えて告げなかった。
「かはは、二週間もかよ。入学式に間に合わねーじゃん」
乾いた笑いを浮かべ、黙って皮を剥き続ける兄に向かって続ける。
「ネクタイの締め方だって練習してねーし、新しい制服もまだ袖通してねーし。
俺、全然入学準備できてねーんだけど、退院をもうちょい早めてもらうことできねーかな」
「……」
「入学初っ端から欠席してたらクラスで浮いちまうし。……まぁ、それは出てよーがどっちでも一緒だろーけど。
でも、クラスにかわいい女の子とかいるかもしれねーし」
「人識くん」
兄の硬い声に只ならぬものを感じ、人識は思わず口を噤む。
「すまない。一つ、黙っていたことがある」
「……何だよ」
「―汀目俊希は、死んだよ」
「……あぁ? 何だよそれ。俺生きてるじゃん」
双識はその言葉には取り合わず、続ける。
「今回の『事故』は内々で処理し切れなくて表沙汰になってしまった」
「……」
「現場で実際に何が起こったのか、私には窺い知ることはできないが」
そこでちらりと人識の顔を見やるが、その顔から彼の感情を読み取ることはできなかった。
「学校の中は凄まじいことになっていたよ。全ての教室から職員室、果ては飼育小屋の中にいた鶏や兎まで、
敷地内にいた全ての生物が―皆殺しだ。いたるところが血の海、肉の海だったよ」
関係者を根絶やしだなんて零崎一族でもあるまいし、と双識はおどけるが、人識の表情は動かない。
「表向きには『何者かが持ち込んだ謎の危険物が偶然爆発してしまった不幸な事故』として処理された。
―あぁ、白々しいのは百も承知だ。こんなもの、何でもいいから理由がつけばいいんだよ。
彼らは自分たちの常識で測れない物事は、さっさと処理を済ませて終わったものとしてしまいたいんだ。
―おっと、ごめん。話が逸れたね。そう、だからこの件は報道もされていない。ただ」
皮を剥き終えた林檎をナイフで四等分に割り、種を除く。
「人識くん、君はそんな中でただ一人生き残ってしまったんだよ。
一般人しかいないはずの中学校という場で、あのような特殊な状況下で生き残ることができてしまった、
君のような『生存者』は表でも裏でも目立ちすぎる。
ただでさえ一族の中で君が学校に通うのをよしとする者は少ない。その上、君の存在は零崎の秘中の秘だ。
今回の件をそのままにしてしまえば、その存在を嗅ぎ付けられるとも限らない。
そのため、一族総意でこれを期に『汀目俊希』という存在を抹消してしまおう、となってしまった」
そこで双識は手を止め、人識に視線を向ける。見つめる瞳に僅かに苦悩の色を見せ、頭を下げた。
「―ここまでの事態になってしまうと、私にも庇いきれなかった、すまない。だから―」
389:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:55:45.70 N2kuqQRR
「だから何だよ!」
勢いよく体を起こし、こちらを向いて人識は声を荒げた。
「だから『汀目俊希は死にました』ってか、ふざけんな! 俺は生きてるじゃねーか!」
横に腕を振り、何度もベッドのパイプを殴りつける。加減なく、遠慮なく、何度も打ち付ける。
その勢いに双識は思わず目を見張った。ここまで感情を爆発させた人識を見ることは滅多になかった。
「一族総意? 勝手なこと言ってんじゃねーよ! 俺の人生何だと思ってんだよ! 俺は高校通って青春すんだよ!
幸せ高校生ライフをエンジョイすんだよ! かわいい彼女作ったり何だりで楽しくなっちゃったりすんだよ!
それがこんなくだらねーことでおしまいかよ! なんなんだよ、何でだよ!
これから何かが起こりそうな感じだったのに、そんな誰かに出会えるはずだったのによ!
いつもこうだ! ようやくそれに届きそうになると邪魔が入ってかっさわられるんだよ! 畜生!」
堰を切ったように怒鳴り散らしていたが、やがてその勢いも弱まり、人識は双識から顔を背けた。
「―それに」
窓の外を見やる。
「―それに、やっと鬱陶しい奴ともおさらばできたってのに」
それは双識の耳に僅かに届くくらいの、小さい力ない呟きだった。
人識の言葉が途切れたのを見て、双識は静かに告げる。
「―高校生活を楽しみにしていた人識くんにとっては残念だが、
ここで無理を通してもきっとまた同じことが起こるだろう。これは―」
「決定事項だ、諦めなさい」
切った林檎を皿に盛ってフォークを添えて人識に渡し、切り屑の後始末をし、部屋を出ようとする双識。
人識は窓の外を見たまま兄の背に問いかけた。
「そういや、俺を最初に見つけたのは兄貴だったんだよな」
「そうだよ」
「……教室に、俺の他には誰かいたか?」
「―いや」
「そっか―俺、どんな状態だった?」
「完膚なきまでにズタボロだったな。人識くんともあろう者が、どんな相手と対峙したら
あそこまでになるんだろうね」
「……」
「じゃ、退院まで大人しくしてるんだぞ。私はしばらく顔を見せることができないが、
退院のときは困らないようにしておくから」
林檎をちゃんと食べなさい、と言い残し、双識は部屋から出て行った。
兄を見送ることもなく、人識は窓の外に顔を向けたまま、動かなかった。
いつの間にか春はそこまで来ていたらしい、窓から見える中庭の桜が淡く咲き始めていた。
桜をぼんやりと見つめながら、受け取った林檎を一口齧る。心に沁みる優しい甘味が口の中に広がる。
機械的に口を動かしているうちに、目に映る桜が滲んでいく。
あの時の、出夢の言葉が脳裏によぎる。
『僕の物にならないのなら』
視界がぼやける。
『お前なんか壊してやる』
「何でだよ……お前がしたかったのはこんなことだったのかよ、出夢」
膝を立て、顔を埋める。
「こんなくだらねーこと……意味分かんねーよ……」
鼻の奥が痛い。目の奥が熱い。喉に何かがつかえる。歯を食いしばってないと何かが決壊しそうだった。
「……本当、傑作すぎるっての」
口の中でごちる、と―雫が一粒布団に落ちた。
人識は後から続く雫を抑えることができず、抑えようともせず、ただ落ちていくそれを見つめていた。
悲しい、のだろうか。でも、何が悲しいのか、分からない。
静か過ぎる病室で、涙はただ零れていく。
390:関係その後 ◆G.tRihaqM.
12/02/10 22:57:23.05 N2kuqQRR
汀目俊希―零崎人識。
彼にはもう。
―もう、鐘の音は、聞こえない。
以上です、お邪魔しました
391:名無しさん@ピンキー
12/02/12 01:21:15.27 WIpwHi8/
gj
392:あざなえるもの01/15 ◆vpePLp7Z/o
12/02/15 01:15:22.87 wlM5+R4B
クトゥルフスレが落ちちゃったので・・・・・・
アザトース×ニャルラトホテプ擬人化リョナ、ややスカありです。
彼女は自分の居る場所を見渡した。
古く、埃の溜まった屋根裏部屋だ。
頭上には黒ずんだ梁が伸び、傾いだ壁がこちらを押しつぶすかのように迫ってくる。
曇った硝子窓から昇ったばかりの月が赤い光を投げかけていた。
部屋に残された家具は、姿見だけだ。
彼女は部屋を出る前に姿見を見るのも悪くないと考えた。
何の問題もないはずだが、点検するに越した事はない。
もしかしたらとんでもなく時代遅れなものを身にまとっていたり、
何かが多かったり足りなかったりする可能性もあるではないか。
姿見の中には、黒い髪と黒い肌を持つ女が映っている。
年の頃は二十代半ば辺りだろうか。
彫りの深い、整った顔立ち。
つややかに、腰まで流れる髪。
長く細い手足と、各所にバランスよく、たっぷりと盛られた肉。
身にまとうのは漆黒のパーティドレス。
鎖骨から下を完全に覆い隠しているのに、かえって豊かな曲線を強調するデザインだ。
彼女は鏡を見て、ちょっと通俗的過ぎるかなと眉をひそめる。
しかしこれから会う人間たちは、芸術性など期待するのも愚かな者たちであるし、
これで丁度良いか、と妥協することにした。
さて、出るかと考えたときのこと。
大きなきしみと共に、埃が舞い落ちる。
生ぬるい臭気と、遠方より響く太鼓。
その向こうから膨れ上がる、気配。
彼女は溜息をついて振り返る。
「我があるじ」
口を開いてから、今の姿に引きずられた言葉を使ってしまった事に、
彼女は舌打ちしたい気分になる。
おそらく主は彼女の言葉を理解出来なかっただろう。
いや、いつも、自分の常態であっても主は理解した試しなどないが。