10/12/11 00:55:07 frQi0EHV
阿部と篠岡が付き合いだしたのは高三に進級する春のことだった。
最後の夏が終わり高校球児から受験生へと変わる秋、
二人は穏やかに寄り添い同じ時を過ごしていた。
いつだったか篠岡が言っていたことがある。
「なにも喋らなくても別々のことをしててても、
ただ一緒にいるだけで楽しいんだ」
それを聞いた友人は夫婦みたいじゃんと笑っていたが
隣で聞かぬ風に聞いていた阿部は内心忸怩たる思いでいっぱいだった。
冬が始まる頃、篠岡が阿部にひとつ質問をした。
「阿部君もうすぐ誕生日だよね、
なにかほしいものある?」
「あ? べつに……、あ」
気のない返事をしかけて慌てて言葉を止めた。
「イヤ、ある! なんでもいーか?」
「手の届く範囲のものならね! あんまり高いのはムリだけど。
なに?」
「や、金はかかんねーから。
あのさ、~~~~っっ」
珍しく言いよどむ阿部を篠岡は不思議そうに眺める。
「まー、そのうち言うよ」
「?
なるべく早く教えてね!」
純真な笑顔を向けてくれるカノジョにそのまま言うのは気が引ける。
欲しいものはただひとつ。
お前をくれ!
~~なんて言えねーよなァ。
思い起こせば、一年の頃から既にお互いを意識しあっていた。
阿部が自分の気持ちを自覚したのは
篠岡のそれが自分に向けられていると感づいたのと同時期だった。
長く続いた微妙な関係にしびれを切らし明確な言葉にしたのは阿部のほうで
晴れて恋人同士となった晩にはキスまでしてしまった。
それは全く勢い余ってという体で、しかも一部の部員に見られて
散々からかわれてからはキスはおろか手をつなぐこともままならない。
高校生男子としては不本意だったものの
野球のことに頭がいっぱいで放置していたら
いつしか本当にただその場に一緒にいるだけなのが当たり前になっていた。
篠岡は阿部の部屋にいても警戒心ひとつなく、
襲われることなど微塵も考えていない瞳に撃沈する日々だった。
しかし8ヶ月を経てようやくまたとないチャンスが巡ってきた。
今こそ次へと進むとき!
「篠岡!」
「おはよー阿部君。そろそろ決まった?」
「おす。そーだな、食いもんでいーよ」
「ケーキとか?」
「篠岡の作ったもんならなんでもいー。
うちで食おーぜ」
「わかった、がんばって作るよー!」
母親には、少し遠い肉屋の肉をリクエストしておいた。
その店の近所に友人の家があることもあり当日は夕方まで帰ってこないはず。
避妊具はとうに準備してある。
あとは、泣かすかもしれないことの覚悟を完了させるだけ。