病弱少女のHなSS 第二病棟at EROPARO
病弱少女のHなSS 第二病棟 - 暇つぶし2ch100:囚われの身の、お姫様 2
08/06/24 23:27:09 O3LvWXhN
 麗華は自室へと戻る途中、ふと思案に暮れた。
 もしも彼が少しでも自分達との間に聳える壁を乗り越えて自分に接してくれたなら、病の事も告げられるだろうか、
と。事務的に心配するのではなく、彼女の名前を呼び捨てにでもして、必死になってくれたなら、それでも自分は病の
事を隠し通そうとする事が出来るだろうか。
 麗華が感じる彼への情、それには疑いようのない懸想の念が含まれている。それは彼女自身よく理解しているつもり
であったし、それだから今のこの関係が酷く虚しく、そして寂寞漂うものになってしまっているのだ。けれども、黒川
が麗華に向ける想いはどのような形をしているだろうか、と彼女は考えて不安になる。

 それは彼女が知る由もない事だが、それでも考えずには居られない。少しでも期待を込めた日々を送らねば、麗華は
日常の重さに耐えかねて、塞ぎ込んでしまうだろう。だからこそ、何時までもこうして日々を平然とした調子で送って
いられるのだ。

 麗華は物憂いげな表情を浮かべると、黒川が今何をしているかを想像した 此処の仕事は熾烈を極めるものである。
普通なら、一人で遣る事ではなく、少なくとも十人は必要な仕事だろう。しかし、それを黒川は一人で毎日こなしてい
る。休暇などは与えられず、麗華の為に仕事の疲れを仕事で癒すかのような日々を送っている。
 それが、一寸の希望の光を彼女に差し込ませるのだ。

「……普通の人なら、とっくに辞めているはずだもの」

 彼女はその光に拘泥されて、離れる事が出来なかった。
 主人と使用人の立場で均衡を保つ二人の関係に、新たな刺激を与える勇気を持ち得ていなかった。何時までも暗く孤
独な小部屋に閉じ込められて、小さな窓から時折差しこむ陽光に想いを馳せる事しか、彼女には出来なかったのである。
以前の彼女であったなら、常に昂然としていられただろう。彼女の元来の気質は、そう云った燦と輝く太陽のような光
に満ち溢れていたからである。

 しかし、自分が黒川に抱いている感情が、恋慕の情であると気付いてからは、彼女の気質は瞬く間に変貌を遂げた。
そして運の悪い事に、彼女がそう成り始めた時期は丁度病に侵された時と重なるのである。そうなれば、人間が行う解
釈など一つに定められてしまうだろう。事実、黒川や、そして両親でさえそう思い込んで疑わなかった。

 彼女の気質が変わったのは、〝病気に罹った所為〟であると決め付ける事には刹那の時間すら必要としなかったので
ある。年頃の遊びたい盛りの女が、病気で外出すらままならないと云う事は誰彼が哀憐の念を抱く事だろう。誰も、彼
女が〝伝えられない想いに悩乱している所為〟だとは考えなかったのだ。

 そうして、彼らの均衡は保たれたままこうして膠着状態を続けている。
 それだから、彼女は平然として居られる。
 そして、索漠とした感情に煩悶しているのだ。

「……いっそ、黒川が居なくなれば悩む事も無くなるのかしらね」

 自嘲気味な笑みを讃えて、麗華は自室のドアに手を掛けた。どうせ出来もしない事なのに、と自らを嘲弄しながら。
 そして、その時であった。
 突然、彼女は身体の異変に気付かされたのである。答えは簡単に見出す事が出来た。恋々たる想いが積み重なった結
果の限界点―病気の、発作だ。
 その確信を抱いた麗華は、直ぐに自室のドアを開け放って室内に入り込むと、乱暴にドアを閉めて寝台に飛び込んだ。
そして、柔らかな布団の感触に抱かれながら力を込めてシーツを握り締める。続く、病魔に耐え得る為に。

「はあっ……はあっ……はあっ―」

 それは苦痛とは違うが、明らかな苦悶であった。
 時が一刻を刻む度、上昇して行く彼女の体温は熱に浮かされる時のような意識を朦朧とさせるものではなく、体の底
から熱さを訴えるような、発散しなければ正気の喪失を彷彿とさせる熱だった。そして、麗華はその発作が起きる度に
一貫して同じ方法で発散させてきた。それ以外の対処法などは知らなかったし、存在しなかったのである。

 体の奥から渦巻いて昇ってくる熱は、忽ち彼女の頭を蕩けさせた。そうして、正常な思考を段々と無くしていく彼女
の中に、或る渇仰が生まれる。それは、貪欲なまでの性的な欲求であった。

101:囚われの身の、お姫様 2
08/06/24 23:28:07 O3LvWXhN
「はあっ……駄目、なの、に―」

 自制を利かせる彼女の理性が、自身の行動を拒もうと奮闘する。絶え間なく生まれる自己嫌悪はその間にも彼女を苛
めるが、それでも麗華は自分を止める事が出来なかった。逆らうなど、元より不可能な事であった。
 だからこそ、原因も、症状ですら病気と診断するには不明瞭であったのに、彼女が〝病気に罹った〟と云われる所以
に成り得るのである。その病気に抗うと云う事は、百人の兵が百万の兵と戦っても、決して勝てぬ事と同義であった。

 抑え切れない情動が、彼女の手を突き動かす。最早、彼女の脳が身体に送る指令は彼女からのものであって、彼女の
ものではなくなっていた。理性的な彼女の部分は、淫蕩な行いを今から行おうとしている自身の身体を、何処か身動き
出来ないような暗い牢獄で見せ付けられているかのように、客観的で屈辱的だった。

「熱い―熱くて、どうにかなっちゃう……」

 彼女の細い指が、ブラウスの釦を一つ一つ外して行く。一つ、釦が外れる度に、彼女の中のもどかしさが歓喜の声を
上げていた。先に迫る快楽に向けて準備を着々と進めて行く自身の行動は、どうしようもなく煽情的で、どうしようも
なく厭らしく、異なる二つの感情の挟撃に晒された彼女は最後の釦を引き千切ろうとするかのように乱暴に外した。
 はだけたブラウスの隙間から窺える白磁のような真白な肌が、外気に晒される。ただそれだけの事で、彼女は快感に
身体を強張らせた。未だ脱ぎ切れていないブラウスを完全に取っ払う事すら面倒に感ぜられて、麗華は服の隙間から手
を差し込ませる。片方の手は未だシーツを堅く握り締めていて、手持無沙汰に震えているようだった。

「ぁっ……」

 小さな喘ぎが桜色の唇の隙間から漏れ出る。下着の上から触っただけで、敏感に快感を感じてしまう自分の身体に嫌
悪しながら、それでも彼女はこの行いを止める事が出来ないまま、本能に近い行動を続行した。下着の中に手を滑り込
ませると、撫でるように手を動かす。その手が軽く乳房の頂点の突起に触れると、そこは既に屹立していた。
 その様子を、牢獄に捉えられた彼女自身が冷やかな目で見詰める。厭らしい、汚らわしい、卑俗にも程がある。この
ような行いに耽って快楽に身を捩っているなんて、大きい家のお嬢様だからと云ってその本質は淫乱な雌なのだ、と攻
め立てる心の声が何処からか聞こえる気がしても、麗華の手は止まる事が出来なかった。

「は……あ、あぁ……」

 切ない声が豪奢で広い室内に木霊する。可憐な唇から漏れ出る吐息は麗華の体温を、そしてこの部屋の室温ですら上
げているかのように、熱く、甘い。彼女の乳房が自身の手によって形を変える度に、体の底から蠢く快楽への渇望が更
に麗華を追い詰めていた。冷やかな自分の目ですら、最早彼女の快感に貢献するものへと成り果てている。
 頭の中が狂気に満たされているかのように、快楽を求め、真白になって行く感覚は、この発作が起きる時は必ず起こ
る事象だった。そして、着実に視界が白い霧に満たされて行く度に、彼女が感じる悦楽は増大して行く。乳房を揉みし
だくだけでは我慢が出来なくなれば、次はその頂点で屹立している突起を摘まみ、背筋を仰け反らせた。

「あっ、んぁぁッ……! ダメ、おかしく、なっちゃう……ッ!」

 自分を狂わせる性欲が理性をことごとく瓦解させて、周りが見えなくなり、聞こえる音も自身の喘ぎだけになった頃
に、麗華の頭の中には一人の男の姿が浮かんでくる。麗華がこうなった時には、既に自分を冷罵するかのような目付き
で眺めている自身の姿などは目の端にも映る事は無い。
 最早彼女が目にしているものはその想像によって創造された男と自分とが、淫猥な情交をしている光景だった。そし
て、その男こそが彼女に仕えているこの屋敷の使用人―黒川だったのである。

102:囚われの身の、お姫様 2
08/06/24 23:29:13 O3LvWXhN
「んぅ……ッ! はっ……ぁ……もう、我慢、できないよぉ……!」

 発する声は幼児の如く稚拙な発音で、どれだけ彼女が自慰行為に没頭しているかを窺わせる。
 頭の中でのみ見える、黒川との情交はとても甘美で、この時ばかりはそれを虚しく思う暇も無く、彼女は長いスカートを
たくし上げ、その裾を自分の口に挟むと、シーツを握っていた手で既に染みが広がっている純白の下着に触れた。
 けれども彼女自身、もうそのような行いを自分がしているなどとは、思っていなかった。彼女の瑞々しい太股を、そ
して恥ずかしい染みが広がる下着を露出させているのは、彼女にとっては黒川が行っている所業になっているのだ。

 そして、黒川は囁く。麗華の想像から創られた理想の彼は、優しく彼女の耳元で囁くのだ。
 〝綺麗です、お嬢様〟
 それを聞くと、麗華は自分の中に羞恥と随喜とが入り混じり、云い知れない感情の萌芽が胸に芽生える感覚を覚え
る。それは、荒れ狂う波が暴れて、何もかもを吹き飛ばす凶悪な暴風が吹き荒れる快楽の海へと身を投じる事を躊躇い
無く鼓舞して、現実の彼女の指を下着から透けている裂け目へと這わせるのだった。

「ふっ……んんッ! ふ、むぅぅ……!」

 触れた所はもう液体が絞り出せるのではないかと思えるほどに濡れていた。彼女の指は下着越しにその割れ目をなぞ
り、そして蜜が滴る壺を見付けるとそこに指を挿し込んだ。逆碁を打つような形になった麗華の細い指は下着の抵抗だ
けを受けながら埋没して行く。ざらざらとした布の感触が内襞に擦れ、彼女は法悦とした表情をしたまま小さく震えた。
唾液を次々と吸収していくスカートの端も、その黒の生地を更に濃く染めている。

 彼女の頭の中では、黒川の、男の割に華奢に見える指が自分の秘部に埋没して行く様が映し出されている。それだけ
で、彼女の体は歓喜に打ち震えるのに、彼女の中の黒川はまた甘い囁きを耳元に零すのだ。
 〝もう、こんなに濡れていますよ。麗華お嬢様〟
 と、意地悪い微笑を湛えながら囁かれる彼の言葉は、羞恥を煽るのに不足など無いのに、更なる快感を麗華に与えた。
彼の意地悪い笑みも、甘い囁きも、全てが媚薬になっているかのようで、麗華の身体を昂らせて行く。彼女の凄艶さは
増して行き、絡み付くような熱を孕んだ喘ぎは更に熱くなり、行為は加速して行った。

「あっ……ああっ……! だめ、そこ、おかしくなっちゃ―ふあぁッ!」

 彼女は下着を太股の中間辺りまでずり下げると、完全に露出した自身の、柔らかな茂みに覆われた割れ目にいきなり
指を挿入した。布とは違う感触にまた身体が震え、体から吹き出る汗はその量を増した。膣の中を擦るように、指を曲
げればその度に背を反らせ、出し入れを繰り返せば淫靡な水音が室内に木霊した。余りに強い刺激に咥えていたスカートは
腹の上に被さっている。その所為で、口の端には滔々と唾液が流れていた。

 想像の中の黒川は彼女の制止も聞かず、その白い指で彼女の中を容赦なく掻き回した。時折彼女の反応を窺っては、
意地悪い微笑みを湛え、そして空いている手の方で麗華の豊かな乳房を力強く揉みしだく。〝お嬢様は淫乱ですね〟と
云って胸の突起を甘噛みすれば、彼女は反論も出来ずに快楽に酔いしれた。

「くろ、かわぁッ……あっ、んんっ……! はッ、あああッ! そんなところ、だめ……んうぅッ……だって……!」

 既に赤く充血した陰核を、彼女の指が優しく摘まむ。未だに膣内は蹂躙されているままであるのに、そのようなとて
つもない刺激を与えられては、もう耐える事は叶わぬ事であった。

103:囚われの身の、お姫様 2
08/06/24 23:30:30 O3LvWXhN
「あっ、ああっ! もう……だめ……ッッ!!」

 麗華は背を弓なりに仰け反らせると桜色の唇が真白に変わってしまうほどに強く噛み締めて身体を震わせた。そして
恍惚とした表情で絶頂の余韻に浸かると、虚ろな眼差しで室内に目を巡らした。手は、未だに淫猥な手付きで自身の秘
部を弄っている。彼女の身体に蔓延る淫魔はこの程度の快楽を得たくらいでは満足しなかったのである。

 麗華は部屋の壁際に位置している一つの棚を見遣ると、震える足で立ち上がりそこへと歩みを進めた。息は荒く、
目は蕩けているかの如く焦点を失い、意識があるのかどうかですら判然としない。もしかしたなら、彼女に意識は
無かったのかも知れなかった。彼女が見ている光景は甘美な妄想の世界に存在しているからである。
 〝もう、いいでしょうか? お譲様〟
 黒川がそう囁いた時には、麗華は再び寝台に坐していた。彼女の右手には、男性の性器を模した淫具が艶めかしい光
沢を放ちながら握られている。彼女は黒川の囁きに、黙って頷いた。そして、手に握られている醜い男性器を既に愛液
が溢れ出している割れ目に宛がうと、ゆっくりとそれを体内に埋めて行った。

「ふあぁ……入って、る……黒川のが、あたしの中に……ッ」

 ちゅく、と云う音と共に無機質な冷たい塊が彼女の中を犯して行く。しかし、それが彼女の最奥に達する事は
無かった。無論、彼女の想像の中で黒川の性器は侵入を進めている。けれども、無意識の内に彼女はその無機質な道具
で自身の純潔を失う事を恐れていたのである。彼女は偽物の男性器を半分も埋め込まない内に出入を始めた。
 その雁首が、彼女の中に溜まっている愛液を掻きだし、膣壁を擦り、浅い場所で快感を与え続ける。麗華にはそれだ
けで充分であった。彼女の想像に鼓舞される快感は普通の自慰行為などでは及ぶ事のない範囲にまで上り詰めていたの
である。異物が自身の膣を蹂躙する中で、一度絶頂に達した彼女の体は早々に高まり続けていた。

「あっ、ふっ……! ああっ! 黒川ッ……くろかわぁっ……!」

 黒川の腰の律動は、麗華の現実での手の動きと呼応して彼女を苛めた。
 彼女の表情は、普段の怜悧な面を影も残さず消して、そこには陶然とした快楽に打ち震える一人の女があるばかりで
ある。弛緩した唇の端からは涎が流れ、陽光を受けて厭らしく光り、涙の伝う頬は赤く上気している。余りにも、凄艶
な姿。彼女の容姿がそこに合わされば、その美しさに敵う者など他に存在するだろうか。
 人形のような容貌が醸し出すその光景は、もしも此処に観客が居たならば、欲情よりも先に溜息が出てしまうだろう。
それはまるで、例えようもないくらいの美しさを持つ風景や、とてつもない値打ちの絵画を見た時に感じる情操に酷似
したものだ。兎角、彼女の今の姿は美しく、そして淫乱だった。

「はぁっ……! ふっ、くぅ……ああぁっ!」

 黄金の水が氾濫しているかのように乱れる金の糸が、浮かぶ汗の所為で至る所に張り付いて、煌めいている。何時し
か喘ぎ声を耐えようと噛んでいたスカートの裾は寝台の下に脱ぎ捨てられて、最早使い物にならない純白の下着もその
上に投げ捨てられて、上半身に纏うブラウスの下に着ていた下着も同じように放られている。
 上半身にただ一つ纏う白のブラウスは快感を渇仰する自身への細やかな抵抗であったのかも知れない。

 淫猥な水音は絶え間なく室内に響き渡り、麗華の喘ぎ声は叫喚のようにも聞こえ、その部屋は淫蕩が極められた様を
克明に、刻薄に表しているかのようだった。麗華はもう直ぐ達せられるだろう快楽の高みに向かって、疑似男性器の出
入を激しくさせる。空いている手は豊満な乳房の形を変えて、高みへの促進剤となっていた。

 視界に掛かる、白い霧は全ての音を、映像を隠してしまって、彼女はもう達する事でしか周りが見えなくなっていた。
それ故に、気付く事が出来なかったのである。
 自分の病の事を、隠していた事が全て泡沫に消えてしまう音に、気付けなかったのだ。けれども、その音の主は〝今〟彼女と
交わっているのだから、彼女にとって仕方のない事であったのかも知れなかった。

104: ◆wQx7ecVrHs
08/06/24 23:31:18 O3LvWXhN
投下終了。
続きます。

105:名無しさん@ピンキー
08/06/25 00:03:50 NRPckg1F
病弱お嬢キャラでエロとか最高だな!GJ!

106:名無しさん@ピンキー
08/06/25 01:40:27 ajWQu5RD
続きキタ━(゚∀゚)━ !!!!!
gjです

107:名無しさん@ピンキー
08/06/27 18:37:51 9T5WDJh2
保守

108:名無しさん@ピンキー
08/06/29 20:48:47 JdVravxK
病弱系ってさ、なんか難病におかされてるって展開が多いけど
すぐに風邪ひいちゃったりする娘もありだよな?

109:名無しさん@ピンキー
08/06/29 23:02:23 g4LVA7xR
病弱というより軽い虚弱体質的な?ありですありです

110: ◆wQx7ecVrHs
08/07/03 13:47:44 IPvT+CJx
投下します。

111:囚われの身の、お姫様 3
08/07/03 13:49:44 IPvT+CJx
 黒川は何処か物憂い気な表情をその端正な顔に浮かべながら、一つの家に存在するには巨大すぎる階段を上ってい
た。彼の仕事は多々あるが、その中で一番大変なものは屋敷の掃除であった。この広い屋敷の掃除は一人でこなすには
想像を絶する苦労を要するのだが、それでも彼は年に一回業者を呼んで大掃除をする以外はたった一人でそれを行って
いた。
 しかし、黒川がこうして物憂い気な表情を浮かべているのは何もこれからしなければならない掃除が理由では無かった。
否、それも無きにしも非ず―と云った所であったが、それでも彼の悩みの比重に一割ばかりを提供しているだけで、
然して重要な意味を持ってはいなかったのである。

 ならば、どうして彼がこのような浮かない表情をしているのか。
 それにはやはり、この屋敷に住まう彼が使えている主人に起因しているのであった。

 今日、彼が掃除を行う所は四階建ての屋敷の中の、三階であった。そこには麗華が居る部屋もあるのだが、それが逆
に彼の憂鬱に拍車を掛けている。何故か―それを考えると、黒川は決まって一人で首を振って、分からないとも、考
えたくないとも取れる動きを以て、その顔を使用人がするべきそれに戻すのだが、今日ばかりは場合が違った。
 黒川が首を振って現在の思量を振り払おうと思っても、その顔にはやはり物憂い気な表情が浮かんでいたのである。
それは、今朝の麗華の言葉に悩みの根源を置いているのであったが、いち使用人でしかない彼に掛ける言葉など見付け
る事は出来ず、黒川は喉まで出掛かった言葉を胸の奥へと仕舞い込んだ。
 けれども、結果的にそれが彼を悩乱へと陥らせるものとなってしまうので、やはり彼の心持は負の方向へと傾いてし
まうばかりで、一向に要領を得なかった。

 黒川と麗華との関係は長いものであった。彼女とは五歳ばかりの年が離れているが、彼は幼い頃に既にこの屋敷に勤
める為の教育を施されてきていた為、麗華がこの世に生まれ落ちた時から彼女に付き添っている。その関係が急速に変
化する事となったのは、麗華の頼みで黒川以外の使用人が一人残さず出払わされた時期だった。
 数多くの使用人が居る中で、自分もその一人としてこの屋敷に仕えていた黒川であったが、やはり一人になってしま
うと意識の仕方も変わってくるもので、以前まではただの主人としてしか見ていなかった麗華の事も自然と目で追いな
がら知ろうとするようになっていた。それは使用人として当然の事であったが、しかし色々な面でまだ未熟だった彼は、
自分ですら知らない内に彼女の事を意識し始めていた。

 何せ、大して自分と年も違わぬ少女と、自分一人の二人きりの暮らしなのである。使用人だからと云って自分の煩悩
を抑制してきた彼であっても、やはり少女との二人きりの生活ともなれば意識してしまう。ましてや、この世に早々居
ないだろう美麗な容貌の持ち主である麗華がその相手なのだから、余計にその意識は高まって行った。

「……使用人って立場がこんなに辛いなんて、考えてもいなかったな」

 階段を上り終えて、黒川は一人呟いた。
 そして、主人である麗華に対して恋慕の情を持っている事に、吝嗇の念を抱いた。
 このような特別な感情を覚えていなければ、黒川は胸を毒蛇の長い蜷局の中に締め付けられるような痛みを覚える事
も、毒液滴る、鋭い歯牙に恐怖を感じる事も無かったであろう。彼女との間に聳える壁に、少しだけ手を当てて乗り越
えてみようか、と考える事も無かった事だろう。
 しかし、やはり考えずには居られないのだ。麗華の事を思う度に、あの艶やかな金の髪の毛に触れたくなる。彼女の
事を気遣う度に、他の者には出来ない事をしている優越を感じる。この広い屋敷の屋根の下で、彼女と一緒に暮らして
いる事実に何より幸福を得ている。けれども、それ以上を望む事は許されない事なのだと、理解している。

112:囚われの身の、お姫様 3
08/07/03 13:51:07 IPvT+CJx
 使用人とその主人との甘い恋愛なんて、まるでロミオとジュリエットのように切ない話だ、と彼は思う。そのような
浪漫を感じる事もあったが、往々にして現実とは厳しいものである。彼は互いを懸け隔てる壁を踏み越えて、彼女に手
を差し伸ばす勇気を持ち得なかった。だからこそ、変な事を考えてしまうのだ。

 何故、麗華は麗華なのだ―と。我ながらセンチメンタリズムの極みだと、黒川は自身を罵った。
 いっそ、麗華が全くの別人で極普通の一般的な少女であったなら、このような懸想を抱く事も無かった。彼女に想い
を掛けるなどと、有り得ない事であったはずなのである。何より、そのような想いを持ってしまう事に、彼は使用人と
しての誇りを毀損しているように感ぜられた。今まで使用人として最高の教育を受けていたのに、それを一思いに破壊
してしまうかのような感情は、殆ど不必要であったのだ。

「は、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。このままで良い事に、変わりはないのに―」

 云って、黒川は苦笑した。
 そう云った舌の根も乾かぬ内に、彼女の事を考えてしまっているのだから、笑わずには居られなかった。くつくつと
喉を鳴らす彼の姿は何処か痛々しく、途方もなく広がる荒涼とした景色の中に佇む様を彷彿とさせる。長く伸びる廊下
の先にある扉を見ると、それはより顕著になったようであった。あの扉の向こうに、彼女は居るのだろう。そして、人
形のような容貌で何事かをして、その容貌を一切損なう事なく何事かを思うのであろう。黒川は、その彼女の日常に介
入する事が出来ない。使用人の仕事として彼女と接する以外に、何もする事が出来ない。

 それは、諦念するよりも先に寂寥が胸を打つものであった。近付こうとすれば近付ける距離に彼女は居るのに、その
資格が無い事がどれだけ辛い事なのか、それを知る者は多くない。
 それを乗り越えて結ばれる者達など、所詮小説や喜劇の中だけに存在し得る物語の登場人物でしか無いのだ。黒川は
そう決め付けると、自嘲気味な笑みを湛えて廊下を歩み始めた。赤い絨毯の上に、彼の靴音が木霊する。些か老朽化の
進むその廊下は、彼が一歩進む度にぎしりと軋んだ。恐らく、この音は彼女に聞こえているだろう。
 もしかしたら、その音を聞きつけて自分を呼んでくれるかも知れない―そのような希望を考えた、その時だった。

 ―黒川……くろかわぁッ……!

 と、距離が離れている所為と、扉が隔たっている所為でくぐもった、けれども紛れもない彼女の声が自分の名を呼ぶ
のを、黒川は確かにその耳に聞き取った。何か用事でもあるのだろうか、と黒川は一瞬考えてみたが、妙に切羽詰まった
彼女の声はそう云った風には到底聞こえない。ならば、緊急事態でも起こったのだろうか。そう考えると、とてつもな
い何かに恫喝された時のような慄然が、彼の全身を総毛立たせた。

 自分の知り得ていない彼女の病気が深刻なものになっているのかも知れない。彼女は死に至るような病ではない、と
云っていたが、それも信用出来るものではなかった。黒川はそう考えるや否や、軋む廊下に敷かれた絨毯を蹴って、走
り出した。背に冷やかな汗を感じながら、汗の滲む手に握り拳を作り、逸る心臓の動悸を抑えて、駆けた。

 その内に鮮明になる彼女の声もまともに頭の中に入っては来ず、心配のみに突き動かされて彼女の部屋へと一目散に
走る。時間は三十秒も掛からなかった。それでも、彼には長い時間が経過したように感ぜられた。長距離を走った時のよ
うに激しく脈打つ心臓は息を荒げさせ、ある種の恐怖に蹲踞する彼の足は、情けなく震えている。

 しかし、扉に手を掛けたその時に、一刻をも焦るかのような心境であった彼の心持は一瞬にして冷静さを取り戻した
のである。扉の薄い板を介して伝わる彼女の声は、切羽詰まっている事に相違は無かったが、悩ましい響きを伴ってい
た。黒川が一度として聞いた事のない麗華の〝女〟の声は、水に広がる波紋の如く、彼の心を徐々に静寂へと導いた。

113:囚われの身の、お姫様 3
08/07/03 13:52:07 IPvT+CJx
「お嬢……様……? 何を―」
「あっ、ふぁ……ッ! んんっ!!」

 掠れた黒川の言葉は最後まで形成される事は無かった。麗華の凄艶な声を以てして遮られたその言葉は二度と紡がれ
ず、彼は二の句を失って扉の取っ手に手を掛けたまま、愕然と立ち尽くした。
 一の矢は同じ矢によって弾かれて、続く二の矢は弓の弦を軋ませるばかりで一向に放たれない。ところが、相手が放つ
矢は驟雨の如き激しさと儚さを以て、彼に降り注いでいる。その時に咄嗟に過ぎた自問は、今の事件を解決するのには
一寸の力にも成り得ないほどに脆弱なものであった。―俺は今、何をしている?

 そのような自問にも、答えは見出せない。扉に掛けた手は震え、心なしか額には汗が滲むのを彼は感じた。絶え間な
く聞こえる彼女の嬌声は止まる事を知らず、彼の鼓膜に突き刺さり続ける。それでも、黒川は動く事が出来なかった。
彼の思考は、今からどうすれば良いのか、と云う一点を考える事に於いて、あらゆる結論を低回していたのである。

「黒川……ッ! もう、あたし……! んっ、ああっ……!」

 彼女が呼んでいるのは、果たして自分の事なのだろうか?
 自分は今、この扉を開けて、彼女に顔を向けても許されるのか?
 答えを出すのに迷いは無いはずであるのに、彼はやはり身動きする事が出来ずに茫然とそこに立ち尽くすのみであった。
彼女が呼んでいる名は、自分であって自分ではない。したがって、この部屋に入る事は許されない。麗華が今行ってい
る行為を自分が目にするなど、あってはならない。

 そう思っても、足は一向に動く気配を見せなかった。ただただ、棒のようにしてそこに在る足は、彼の命令をことご
とく裏切ってその場に位置したまま情けなく震えるばかりである。

「あっ、あっ、あああッ!! だめ……! ふぁっ、んっ、んんっ! も、イっちゃ……う……ッ!」

 余裕のない麗華の声が、黒川の思考を奪って行く。まともに働かない脳味噌で、しかし彼はそれでも動いた。
 この場から離れないと―その思考が全てであった。麗華は黒川に決して見せたくない姿を晒しているはずである。
それならば、自分がこの扉を開けてはならないと、無意識の内にその結論に逢着していた。けれども、不運な事に、彼
は再び聞いてしまったのである。扉の向こう、快楽の高みへと達しただろう彼女の口から、自分の名を。

「く、くろかわぁッ……! あ、ふ、くぅ……! あっ、あ、ああああッッ!!」

 それだけであった。
 たった、それだけの事で彼が逢着した結論は忘却の彼方に吹き飛び、それに代わるようにして別の思量が彼の頭の中
に蔓延った。最早引き剥がす事など出来るはずもなく、何処か呆然とした心持のまま彼は扉の取っ手に掛けた手をゆっく
りと緩慢な動作で捻る。がちゃりと音が鳴って、扉が少しばかり開いた。

114:囚われの身の、お姫様 3
08/07/03 13:53:06 IPvT+CJx
 そこから差し込む陽光が、後光と化して彼女の姿を照らし出し、より淫靡に、より凄艶に、より卑俗に、その姿を浮
かび上がらせる。黒川を頭の中に創造し、淫らな格好で淫事に耽る彼女の姿は、妄想の世界から現実の世界へとその姿
を現し、黒川の前に全てを曝け出す。果たして、それが彼にとって幸運であったのかどうかは、分からない。
 黒川は扉を全て開き終えると同時に言葉を失った。何事かを云おうとしていた彼の口は閉じる事を忘れたかのように
中途半端に開き、驚愕とも混乱とも取れない光を湛える瞳は何処かしらを彷徨う事なく、一点を見詰めていた。

「はあっ、はっ……あ……!? く、ろか……わ……?」

 寝台に身を横たえて、愛液が滴る秘所から醜い塊を生やしたまま、彼女は愕然と視界に入ってきた人物を見詰めた。
そこに立っているのは誰だ、と一瞬の内に考えるも、無残な事にそこに居る人間は彼以外には有り得なく、麗華は全身
が脱力し切った状態のまま焦点の合わない碧眼の目を、漆黒の瞳へと合わせた。

 二人の間に流れた逡巡はとてつもなく長く感ぜられた事であろう。嘆息する事もなく黒川はその場から動く事が出来
ず、そしてまた、それは麗華も同様であった。
 彼女は小刻みに身体を震わせたまま、拭えぬ絶頂の余韻に身を浸し、涙が一杯まで溜まった瞳のみで、彼に嘆願する。
その瞳の輝きは慟哭である。そして、喜びである。矛盾する性質の相反する感情は、体と精神とに派閥を分けて、熾烈
な争いを繰り広げている。戦線の火花は至る所に飛沫を上げて、黒川の内にも戦火を巻き起こす。飛び火し炎によって
拡大した戦場は今更平穏を取り戻す事も出来ず、疲弊して行くばかりの彼らの心は戦禍の獄卒に苛まれ、抉られた。

 〝出て行って―〟と、そう云っている事を言外に物語る彼女の瞳を見た時に、体を動かす事がどう云うものなのか、
それすらも忘れてしまったかのように立ち尽くしていた黒川の瞳が初めて揺らいだ。そうして、自分が何をしているの
かと辺りを視線が彷徨い、最後に上着をはだけさせ、スカートを脱ぎ捨て、下着を全て取っ払った、淫らな姿で寝台に
横たわっている彼女を目にした時、彼の中の時計の針は漸く時を刻み始めたのである。

「あ……、お嬢様……」
「……ッ……!」

 羞恥に耐え兼ねた、麗華の瞼は堅く閉ざされ、唇は真一文字に引き結ばれて、未だ残る快感の残滓に身震いしている
その姿はまるで何者かにその体を犯されていたかのような印象を彼に与えた。皮肉にも、そのお陰で彼はまともな思考
を取り戻したのだが、それでも混乱へと陥ってしまった彼の頭は鈍重な判断しか下せなかった。

 一歩、彼女の部屋に踏み込んでしまった足を後ろに退けると、続く一歩が再び出された。俯くばかりになってしまった
麗華はその様子を見る事もなく、ただ、その場に横たわるのみである。しなやかに伸びた白い足は汗ばみ、彼を誘って
いるようである。しかし堅く閉ざされた瞼から生える濡れた睫毛が落とす影は、彼を拒絶している。黒川は麗華の姿が
否応なしに網膜に色濃く焼き付けられた心持を覚えていた。傍迷惑にもほどがある、と思っていた。

「失礼……しました」

 黒川は震える唇で言葉を紡ぎ出したが、それも麗華に聞こえていたかどうかは定かではない。それほど、彼の狂悖し
た行動は自分にでさえ信じられないものだったのである。

 黒川の片足が漸く彼女の敷居から出る事が出来た時、彼は急いで扉を閉めてそれを背凭れにその場に座り込んだ。冷
静になった頭が自分を冷罵し、嘲弄し、不様だと哄笑する。何故自分は麗華の声を聞いた時に踵を返さなかったのか、
何故自分はあの部屋の中に足を踏み入れてしまったのか、それらがどうしようもない悔恨となって彼の心を刻んで行く。
けれども、先刻見た光景が、美しい夢でない事は確かだったのである。
 声を押し殺した慟哭は、彼が先刻耳にしていたくぐもった嬌声と同じように、扉の向こう側から聞こえてきた。それ
こそが自分が犯した過ちの全てを物語っていて、彼を悄然とさせる。黒川は自分の髪を掻き上げて、どうしても頭に浮
かび上がってしまう、惨憺たる様で泣いている彼女を考えて、「畜生」と呟いた。

115: ◆wQx7ecVrHs
08/07/03 13:55:01 IPvT+CJx
投下終了。
今更なんですが、性欲が爆発してしまうみたいな病気でも病弱って言えますか?
もし違ったら大変申し訳ないのですが。

116:名無しさん@ピンキー
08/07/03 19:34:33 MMBxJS9A
病気の所為だったのか
思考の暴走だと思ってたが、特に気にならんかった

117:名無しさん@ピンキー
08/07/03 22:10:24 bajktqBh
それで病弱だと思えないのなら、病弱成分くっつけちゃえばいいよ
病気自体が架空の物なら、全然問題ないはず
それが無理なら押し通してしまえの乙

118:名無しさん@ピンキー
08/07/03 22:17:17 Q5Gpbmbb
SEX依存症っていうのがあったと思います。
あと、脳のどこかの以上でそうなるとか有ったかと。

119:名無しさん@ピンキー
08/07/06 00:10:07 mmH8MXkX
>>115
いまサラダがGJ

とりあえず黒川ああああああああああああああああ

120:名無しさん@ピンキー
08/07/06 14:35:10 k1f2pWxW
次は志賀本通

121:名無しさん@ピンキー
08/07/09 12:42:11 Hai/cLHu
今まで病院ものが多かったので
いっそガンスリンガーガールっぽい戦闘能力が激高だが心臓が生まれつき弱い
少女暗殺者ものでも書いてみようかと思ったけど


挫折したわwwwww

122:名無しさん@ピンキー
08/07/09 19:48:04 pyf+oovF
再挑戦に期待

123: ◆wQx7ecVrHs
08/07/12 08:08:37 gaNDk1Lv
大丈夫なようなので投下します。
質問に答えて下さった方、ありがとうございました。

124:囚われの身の、お姫様
08/07/12 08:09:43 gaNDk1Lv
「ひっ……うっ……うう……ッ……」

 枕に顔を埋めて、麗華は泣いていた。汚れの一つも見当たらないシーツの上に広がる金の髪は、彼女がしゃくり上げ
る度に揺れている。華奢な体も、細い手足も、全てが彼女を儚く見せるには事足りていて、今にも麗華の姿は霧散して
消えてしまいそうだった。そして、そうなってしまえたら良いのに、と彼女自身思わずには居られなかった。
 黒川が部屋を出て行ってから、幾度自分を怨嗟したか分からない。幾度、自分に怨言を送ったか分からない。彼女は
ただひたすらに自己嫌悪を繰り返していた。けれども、だからと云って何かが変わる訳でもなく、ましてや、彼の記憶
も自身の記憶も消せる訳でもなく、やはり泣く事しか出来なかった。

「なんで……こんなッ……!」

 麗華の性格の淵源は、誇り高くあった。
 いち財閥の一人娘として生まれ、早々に出産を望めぬ身体になってしまった母親は跡取りとして息子を残す事は出来
なかった。だから、彼女らの家系―進藤家の跡取りは彼女が務める事になったのである。幼い頃からそう云い聞かさ
れてきた彼女は、過去から今日まで、そう云った情緒を確立して行くに至った。
 何をするにも気高く、誰にも屈する事なく、常に人を導くように振舞い、一家の恥にならぬようにと心掛けてきた。
勉強も他人に追随を許さぬくらいに励み、運動も彼女に敵う者は居なかった。類稀なる俊才を持ち得る彼女は他人から
敬遠されそうな立場ではあったが、その篤実さと豪放さはそのような念を取り巻きに思わせなかった。

 正に神童と呼ばれるに相応しい彼女は、個人的な能力だけでなく、社交的な能力も兼ね揃えていたのである。誰から
も愛され、誰をも愛するその性格はともすれば荘厳なものであったが、ともすれば仏陀のように慈悲深かった。
 しかし、だからこそ彼女は自分を赦す鷹揚さを持ち合わせていなかった。
 彼女が積み上げてきた自分への自信は先刻を以て酷薄にも崩れ落ちたのだ。自分が晒した姿がどれだけ醜かった事だ
ろうか。一家の跡取りとして有るまじき醜態をあろうことか使用人―そして彼女の想い人に晒してしまった事が、ど
れだけの失態だっただろうか。否、それ以前に、あのような行為に耽る自分がどれほど淫乱な姿だったのか。
 全てを見られたのだ。誰にも見せた事のない下着に隠れた秘部までも、淫靡な嬌声を上げてよがっている様も、絶頂
の果てしない快楽に身を委ねて恍惚としている姿も。全てを見られたのだ。他の誰でもない―あの、黒川に。

「こんなッ……こんな事になるなら……!」

 腕を振り上げて、麗華は枕を拳で叩いた。少しだけ形を変えるそれだったが、それでも柔らかい枕は直ぐに元の形を
取り戻して、彼女を嘲笑しているようだった。抑え切れない激情は溢れ出し、どうする事も出来ない現状は意味のない
暴力を無機物に与える。麗華は枕を鷲掴みにすると、部屋の壁の方に投げ付けた。壁際に置かれていた棚に直撃したそ
れは、その上に在った花瓶を落とし、砕けさせる。それでも彼女の自身への怒りは収まらなかった。

 息を荒げて怒りに震える唇を噛み締める歯には、既に赤い液体が付着している。止めどなく溢れる涙はシーツに薄黒
い染みを作り、濡らしていた。白く細い糸と、赤く濁った糸とが彼女の綺麗な顔の中に忽ち線を引いて行く。錯綜する
思考はむしろ統一されているようでもあった。そこにある全ての感情は自身を蔑むと云う目的に於いて、見事だと思え
るまでの統一を成している。それに反発するかのように乱れた服装は、或る意味で的を射ているようであった。

「こんな身体になるくらいだったら……ッ!」

 ぼやける視界で自分の白い手を見てみれば、そこには彼女の情事を思い起こさせる、既に固まりつつある液体が付い
ていた。ぎり、と奥歯を噛み締めた麗華は、片方の手で思い切りそこに爪を立てた。

「……生まれて来なければ……良かった……!」

 涙が混じり、消えそうな言葉を呟いた彼女は立てた爪に更なる力を込める。爪は表面の皮膚を突き破り、肉すらも抉
り、赤い液体を滲ませた。透明な液体に朱が入り混じり、混沌とした色の液体が彼女の手を伝ってシーツを汚す。感じ
る痛みは最早毛ほどもなく、彼女は自身の手を何度も何度も掻き毟った。
 そこに纏わり付く、汚れを必死に流そうとするかのように。涙を流しながら、掻き毟った。
 そこから流れ出る血液も、同じ彼女の体液だと云う事にも気付かずに。
 何も、洗い流せはしないのだと云う事にも、気付かずに―。

125:囚われの身の、お姫様 4
08/07/12 08:11:06 gaNDk1Lv
 窓の外には絵画を模したかのような青空が、窓枠に飾られて映し出されている。時折横切る鳥達は颯爽と飛び去り、
微かな歌声を残して行った。漂う雲はただゆっくりと、風に流されて宛てのない目的地を目指して進んでいる。その下
に煙る屋敷の庭に植えられた木々は、大自然の恩恵を喜ぶようにして風にその身を委ねて揺れていた。遠く見渡せる街
々の光景は太陽にその煌びやかさを奪われて、地平線を歪めていた。
 その中の小さな空間で、一人の少女の慟哭は絶え間なく響き続けた。



「……」

 麗華は茫然としながら包帯の巻かれた左手を蝋燭の揺れる火に翳して、見つめ続けていた。美しく光り輝いていた青
玉のような瞳は土耳古石の如く翳っている。僅かに傷の残る唇の柔らかな肉は、瑞々しさを孕んでいた少し前の時分と
は打って変わって乾き、潤いが見えない。丁度良い具合に整っていた頬は心なしか少しばかりの肉が削げ落ちたように
も窺える。時折僅かに動く細く切り揃えられた眉毛は、物憂いげにその根を垂らしていた。

 思わず見違えてしまいそうになる彼女の容貌の変化は、まるで夏が終わった後に秋を飛び越えて唐突に冬が出迎える
ようなものである。猛暑に適応した人々の身体はその急激な変化に付いて行く事が出来ず、舞い降りた極寒に身を震わ
せ、それをもたらした神を恨む。そこに信仰の有無などは関係ない。ただ、不幸に見舞われた時に八つ当たりの対象が
必須なのが、人間と云う生き物なのである。神様とて人々が生み出した偶像なのだから、そうに違いない。
 けれども彼女は自身の怒りの捌け口を知らなかった。神を怨嗟する者は愚者である。他人や物を八つ当たりの対象に
選ぶ者も愚者である。しかし、その全てが何もかも無意義であると大悟する人間は愚者よりも確かに高位な人間である。
それ故に苦しむ。内にただ溜まり続ける濁った水はその許容量を超えても尚止まらない。偶像を捌け口にする愚者は、
或る意味で利口な存在かも知れなかった。果たして麗華は、利口でありながら紙一重の愚者である。

 薄暗い部屋の中を照らすのは一寸の光しか提供し得ない小さな蝋燭の燈火のみである。麗華は揺らめく小さき焔の向
こうに自分の世界を見た。煌びやかな光に照らされた外界の、中心に存在する暗き牢獄。彼女はその中の格子が付いた
小さな小窓から炯々と輝く外界を、恋々たる想いで眺めている。幾ら願おうとも牢獄の重い鉄の扉は開かれず、一筋の
光を見遣りながら彼女は頬に白い糸を引く。その様子を、一人の男が黙然と眺めているのだ。悲しき光を瞳の奥に携え
て、憐憫たる想いに唇を噛みながら、ただ眺めている。牢獄の扉を開く鍵は彼の手に握られている。

 牢獄と外界とを隔てる扉は腕一つ通すだけの幅を持った格子によって造られている。彼女はその僅かな隙間から手を
伸ばす事が可能である。男は扉の直ぐ前に立って、宛然と麗華を見詰めている。その手に握られている、男の体温で温
められた鉄の鍵に触れる事の出来る距離に彼は居るのに、それでも彼女は手を伸ばせない。牢獄の中に住まう悪魔が、
伸ばそうとした彼女の白い腕を掴んでしまう。麗華は懇願する。離して、と湿った目で悪魔に訴える。悪魔は醜悪な笑
みを浮かべながら、彼女を組み敷き、好き放題に犯し、嗤う。それを、男はただ見ている。

 蝋燭の火が根元まで達すると、揺らめく小さな焔は静かに消えた。燭台に残るのは白い蝋の残滓のみで、他には何も
ない。麗華は蝋燭の焔の向こうに垣間見た自分の世界が静かに消えた事に安堵しつつ、薄暗い室内の天井に自身の手を
翳す。左手の包帯に薄く赤が滲み出て来ていた。影で暗くなった血液の色は麗華の自身への憤りである。彼女は綺麗に
揃う五指を曲げて、力強い拳を形作るとそれを閉じた瞼の上に被せた。闇の広がる瞼の裏に映るのは、執拗に焼き付い
たあの日の記憶ばかりである。彼女の追憶は、左手の痛みと共に心を痛め付けていた。

 あれから一週間と云う日数が経過したが、麗華は部屋から滅多に出て来なくなった。彼女が部屋から出る時と云えば、
手洗いや入浴時だけのもので、部屋は常に施錠されている状態であった。食事は黒川が持ってきて、扉の前に置いて行
く、と云った風に、まるで引き籠りになったかのような生活が続く事になったのである。
 その間に彼女達の間で交わされる会話と云えば、黒川が食事を持ってきた時に「食事をお持ち致しました」と云って、
それに麗華が「扉の前に置いて」と短く答えるくらいのものだった。

126:囚われの身の、お姫様 4
08/07/12 08:12:21 gaNDk1Lv
 彼女がこの屋敷で唯一多くの言葉を交わす者と云えば、彼女の病気の事など少しも知らない家庭教師だけで、その家
庭教師とだけは彼女は会話せざるを得なかった。これまでの生活の中で勉強中にだけは発作が起きなかったのは、不幸
中の幸いと云えるだろう。一人になると煩悶してしまう彼女にとっては、勉強に集中していられる間のこの時間が一番
安閑としていられる時分であった。

 今日もまた、黒川と麗華は殆ど会話を交わす事なく、麗華は部屋で茫然自失とした時分を、黒川は屋敷でこなさなけ
ればならない仕事をする時分を、それぞれ物憂いげな表情を浮かべながら過ごすはずだった。けれども、今日ばかりは
勝手が違ったのである。二人にとって思わぬ来客が、屋敷の呼び鈴を高らかに響かせたのだった。
 雲が広がる低い空から落ちる雨粒が窓に当たり、五月蠅い音を奏でている日、軽快な音は麗華にはとても久し振りに
感ぜられた。そして、それは黒川も同様の思いであった。

 麗華は相変わらず部屋に籠っていた為、応対に応じるのは黒川の役目だったが、覗き穴から来客の顔を見た時に彼は
あからさまに眉を顰めた。中からの対応を待ちながら腕時計を見たり、髪の毛を弄ったりしているのは、少し癖の
掛かった髪の毛を外に跳ねさせている、顔立ちの良い少年であった。
 何処かの学校の制服を着こなす彼の印象は清楚で清潔、そのようなものだろう。制服を着崩す事なく、形式通りに着
るその少年は、大きな家の一人息子と思わせるには充分であった。しかし、やはり黒川は複雑な心持のまま扉を開いた。
屋敷に招き入れるには、少しばかり抵抗があったのである。だが、黒川は自分の心持がどうであろうと、彼を屋敷の中
に招かねばならない。彼の抵抗は、間もなく扉を開けて、直ぐ前に立っている少年の前に蹲踞した。

「こんにちは。今日は雨の中、いかが致しましたか?」

 黒川は形だけの笑みを浮かべながら彼に訊いた。水滴が滴る癖のある髪の毛は、それでも外に跳ねている。困った風
に人の良い笑みを浮かべながら、少年は目の前に佇む自分よりも幾らか背の高い男を見上げた。同じ漆黒の瞳が、しか
し違う光を湛えながら交錯する。けれども、それを意識しているのは黒川のみである。少年は無邪気なようで人の心を
見透かすような瞳を細めながら、黒川を見据える。雨の音は絶え間ない。

「こんなに濡れて、申し訳ないのだけど、麗華の様子が気になってね。
 聞けば近所からは〝囚われた姫君の城〟なんて呼ばれているみたいだし、実際滅多に外出しないって話だから心配に
なってしまって」

 照れ臭そうに濡れた頭を掻く少年の頬は僅かばかり朱が差していた。黒川は、その様子が気に入らないとでも云うよ
うに仮初の笑顔を顔に張り付けた憮然とした態度で立っている。しかし、目の前で誰からも好かれそうな柔和な笑顔を
浮かべている少年は、自分よりも格段に立場が上の者だった。

 その少年―白水 優(しらみず ゆう)は進藤家と縁の深い家系の者であった。それ故に幼い頃から懇意な間柄の麗
華に会いに来るのも多く、慳貪な態度で迎えるなどあってはならない事である。ましてや、屋敷に仕えるただの使用人
がそのような態度を取った暁には、首が飛ぶのは必然である。
 横柄な態度を取らない優はそのような事をする人間では無かったが、その闊達な性格が黒川には気に入らなかった。
誰をも懐柔してしまいそうな危うさを秘めた優に、麗華がどうかされてしまうのではないかと不安になる。杞憂だとは
云えない心配だけに、それを分かっていながら何も行動を起こせない自分に対して歯痒さを噛み締めている。
 実際、優が麗華に対して懸想の念を抱いているのは傍目から見ても確かなものであったし、それを両家とも快く
思っている。元より、いち使用人でしかない黒川が間に入る余地など、存在しなかった。余りにも自分勝手な想いでは
あったが、麗華に長く仕え、そして特別な感情を持っていてはそれも仕方のない事であった。

「すぐにタオルをご用意しますので、客間にてお待ちになって下さい。お嬢様も呼びしますから」
「ああ、ありがとう。それじゃあ、遠慮なく上がらせて貰うよ。ええと、黒川君で合っているかな」
「はい。……それが、どうかされましたか?」
「いや、長い事一人でこの屋敷の管理をされているって聞いていたから。
 僕の所の使用人が聞いたら絶句するだろうね。こんなに広い屋敷を一人で管理するなんて」
「お嬢様が直々に、〝私を〟残して下さいましたので、大した苦ではありません」
「はは、こんなに主人を思ってくれている使用人が居るなんて、麗華も幸せ者だよ」

127:囚われの身の、お姫様 4
08/07/12 08:13:14 gaNDk1Lv
 優は黒川が強調した部分には触れる事なく、飽くまで鷹揚にその場をやり過ごすと屋敷の敷居を跨いで客間の方へと
歩いて行った。彼が歩く度に髪の毛から滴る水が、絨毯に染みを作る。黒川は余裕綽々と云った風に歩む優の姿を一瞥
すると、三階へと続く階段を登って行った。やはりその顔は、物憂いげなそれだった。

 麗華の部屋の目の前に立つと、彼は二回扉を叩いて中からの反応を窺った。彼がノックした後、暫しの逡巡を置いて
中からは細い声が聞こえてくる。暗い影が差すその声は、彼の心臓を中に置いて蜷局を巻く毒蛇の尾に込める力を増さ
せて、締め付けた。

「お嬢様、優様がお見えになっています」
「……優が……?」

 彼女が優を名前で呼んだ事に、彼は人知れず苛立ちを募らせた。立場が同じと云うだけで、お互いに何も知らないは
ずなのに、あたかも懇意だと振舞う様が彼には気に入らない。かと云って口出しする事も出来ず、やはり使用人として
の態度を保ち続ける彼だったが、今日はそれがとても辛く感ぜられた。
 先日の事があったからなのは明白であった。あの日から複雑になってしまった互いの心境は融和する事が出来ないま
ま、今日を迎え、未だに変化を知らない。けれども、優と麗華は普通に言葉を交わせるだろう。まるで久方振りに出会
う親友に気軽な挨拶を交わすのと同様、胸の内に燻ぶる暗き影を見せないだろう。麗華は何も彼に教えてはおらず、彼
もまた、彼女が他人に痴態を晒した事を知らないのだから。

「……分かった。支度してから、すぐに行くわ。黒川はお茶でも出してあげていて」

 優の事だから、傘も差してきてないでしょうし、と最後に付け加えて、それきり麗華から何かを云う事はなかった。
黒川と麗華とが、此処まで長い対話をしたのは久方振りであったが、それでも彼の心境は怏々とした靄が晴れないまま、
心の軋む不協和音を頭の中に響かせている。
 優の事なら何でも分かる、それを示唆するかのように付け加えた麗華の言葉は、存外彼を不快にさせた。長い使用人
の生活が、そのような感情を抱かせはしないと信じていた彼にとってそれは石で頭を叩き付けられたかのような衝撃を
伴った。彼女の口から他の男の名が出る事が、これほどまでに自分を不安に、そして不快にさせると云う事を、彼は改
めて思い知る事になったのである。

「……承知致しました」

 今にも消えて無くなりそうな乏しい声量で云って、彼は心なしか行きよりも重くなった肩を少しばかり下げて、踵を
返した。長い廊下には、彼の靴音と喧しい雨音が静かに響き渡り、何処か蕭条とした様を漂わせていた。

 黒川が客間の扉を開くと、そこには上着を脱いでワイシャツ姿になっている優の姿があった。あの雨の中、傘も差さ
ずに庭を門から玄関へと駆けて来たのだろう彼の体は、上着は勿論水が滴るほどに濡れていて、それはワイシャツも同
様の事だった。濡れている所為で、肌の色が透けてしまっている。黒川は手に持ったタオルを彼に差し出した。

「ああ、済まないね。君には昔から世話を掛けているような気がするよ」
「そのような事はございません。進藤家の使用人として有るべき事をしているのですから」

 苦笑を浮かべて云った優に、憮然とした態度でそう返した黒川はその後何かを云う事は無かった。
 詰まる所、優の来た事に不安と不満を同時に感じているのである。優が此処に来た目的も、彼が麗華に対して抱く気
持ちも―何もかもが判然としない。判然としている事にはしている。しかし、何か逃避的な猜疑心がそれを確信へと
変えてくれない。黒川自身の気持ちは判然としているのに、何かを出来る事もないその現実に苛まれて、彼はただ意気
消沈するばかりであった。
 けれども、黒川はまだ自分の顔に仮面を被せる事が可能だった。優が何事かを云えば、当たり触りのない返答を流暢
に紡ぐ事が出来たし、怏々とした態度を発露する事もない。長年の使用人生活で培ってきた彼の性質は思わぬ所で彼に
助けの手を差し伸べ、救いにならない救済を与えたのである。

 優はタオルと同時に差し出されたお茶を一口喉に流し込むと、ほう、と長い溜息を吐いて何処か遠い目をした。その
様は彼が滅多に見せる事のない緊張の表れでもある。黒川には何故こうして優が緊張しているのか分りかねた。

128:囚われの身の、お姫様 4
08/07/12 08:14:18 gaNDk1Lv
「どうだい? 君から見て彼女の病状は。結構深刻だと聞いていたのだけれど」

 図らずも呆然としてしまっていた黒川は、突然掛けられた言葉に即刻返事を返す事が出来なかった。
 否、例え彼が万全の準備をして如何なる優からの問いを待ち受けていたとしても、黒川は答えられないだろう。麗華
の病気を知る事は、彼にでさえ無理であったのだから仕方がない。面と向かって頼み込んでも麗華はそれを拒否するの
だから彼にはどうする事も出来なかったのである。

「……私は存じていませんが、お嬢様は生死の問題ではないから心配するな、と申し上げておりました」
「そうか、それは何よりだ。しかし、―君が知らないとなると、どんな病気なんだろう?」

 優は顎に手を当ててその理由を黙然と考えていたようだったが、やがて何も思い付かなかったのか嘆息すると、先刻
よりも温くなったお茶を啜った。黒川は終始気の落ちた表情で、憮然と佇んでいた。無配慮な優の言葉は、今では黒川
の心を抉っているかのように、痛みを与えている。
 それもこれも、全て麗華のあの行為を目にして、耳に入れてしまったのが原因である。あれさえ無ければ、今頃黒川
は優と談笑を交わしていた事だろう。優は使用人とも気兼ねなく話し、そしてその相手も話し易いような雰囲気を作る
才能に長けていたのだから、今の優は黒川が醸し出す一触即発の空気を読み取っているとしか思えなかった。

「―遅れて、ごめんなさい」

 そのような何処か―少なくとも黒川にとっては―気まずい時分が暫く続いた頃だった。
 唐突に客間の扉が開けられ、そこから金の美しい髪の毛を真っ直ぐ腰まで流した麗華が姿を見せた。彼女の姿は、
一見すればワンピースのような服装にも見えたが、よく見てみればそれは着易そうなドレスであった。それが、窮屈な
のを好まない麗華が自分で購入した服である事を知っているのは此処では麗華と黒川のみである。

 そして、それが黒川の胸にちくりと針を刺した。
 普段は何も反発せずに自分が選んできた服を着てくれていたのにも関わらず、この場ではわざわざクローゼットの中
に埋もれていただろう服を取り出してくるなんて―と。それだけではない。彼女の顔には薄く化粧が施され、普段よ
りも長くなった睫毛や、瑞々しい桜色の唇も艶やかに電灯の光を受けて光っていた。白い肌はそれを際立たせ、何処か
儚げな印象を人に与える、新雪のような美しさを存分に放っていた。

「……いや、別に気にしなくても―」

 そう云って振り返ろうとした優は、しかし呆然としたまま口元に近付け掛けていた湯呑を中途半端な位置で固定して、
何処か夢心地で言葉を紡いでいた。唐突に目に入れるには、彼女の姿は余りにも美し過ぎたのである。優は呆けながら
も彼女の姿を爪先から頭頂まで眺めた。そして、最後に麗華に会ったのは何時だっただろうか、と考える。記憶を
遡って行くと、それは実に二人が中学校に入学した祝いの席の事であった。
 扉の前に立つ麗華は、その細く整えられた眉の根を下げて、眉間に皺を寄せて優を睨み見た。癖のある髪の毛から未
だ滴り続けている水滴は絶え間なく下の絨毯に斑模様を作っていて、着ている白いワイシャツは先ほどよりも乾いてい
るものの、まだ透けて地肌が窺えるくらいだった。麗華は嘆息を一つすると、大きく足音を立てながら彼に近寄った。

「れ、麗華……?」

 戸惑ったように彼女の名を呼ぶ優の声に耳も貸さず、彼の手からタオルを引っ手繰ると乱雑にそれを優の頭に押し当
てた。癖のある髪の毛が麗華の操るタオルに潰され、代わりに水気を吸い取られて行く。がしがしと云う擬音が適切に
も見える麗華の頭の拭き方は傍目から見ても乱暴なものだったが、それでいて母親のような恩倖を含んでいるようにも
感ぜられた。その様子を、冷然とした目で眺め遣る黒川は、やはり身体の前で手を組んだまま微動だにしなかった。

「全く……傘くらい何時も備えておきなさいよ、って繰り返し云ってるじゃない」

 彼の頭を拭く手は休ませず、動かし続けたままで彼女は云った。されるがままの優は照れ臭そうに笑いながら、
「ついつい忘れてしまって」と零している。麗華は再び嘆息を落とすと、随分と水気を吸い取ったタオルを彼の頭から
退けて、膝立ちになって真正面から彼の目を見詰めた。蒼穹を映したかのような碧眼と、月の掛かる夜の闇を彷彿とさ
せる優の目が交差する。そうして一拍の間を置いて、麗華は嫣然と微笑みながら久闊を叙した。

129:囚われの身の、お姫様 4
08/07/12 08:14:59 gaNDk1Lv
「久し振り、……優」
「久し振り、麗華」

 云って互いに微笑んだ所で、とうとう黒川は自身を苛める心の渦に耐えかねてその場から逃げ出すように、
「お茶を入れて参ります」と云って客間を出ると、早足で台所に向かって行った。突然の彼の行動に麗華と優は怪訝な
眼差しを彼が去って行った扉に向けたが、優が言葉を発した事により強制的にその場の空気はがらりと変わる事と
なった。
 但し、扉を見詰めていた彼女の目には今も寂寞と懊悩を漂わせてはいたが。

「それにしても―麗華、君は随分と綺麗になったものだね」

 紳士が恥じらいを持つ事なく云うような科白を聞いて、麗華の新雪のような真白な肌は、突然夕陽が差したかのよう
に赤くなった。何か云い返そうと彼を見て口を開けても、安閑たる様子で柔和な微笑を湛えている優の姿を見ると、喉
まで出掛かっていた言葉も尻込みして奥の方に逃げてしまう。
 結局何も云う事が出来ず、彼女はただ愧赧の念を表している表情を隠すようにして、俯いた。

「なに、照れる事はないさ。僕だって驚いたくらいなんだから」
「……お世辞なら、お断りだけど」
「僕の目がお世辞や社交辞令を云っているように見えるのかい? 君のその眼は」

 そうして俯く麗華と無理やり視線を合わせようと、彼女の顔を覗き込んでくる彼の目は、麗華に猜疑の念を入り込ま
せる余地もないほどに澄んだ黒をしていて、そこに虚偽などは微塵も窺えなかった。だからこそ、彼女は更に顔を熟れ
た林檎のように赤らめて、出来るだけ優の目から逃げようと顔を背ける。
 そのような、普段は怜悧で荘厳な様子を見せている麗華が見せる可愛らしい一面を満足そうに見遣ると、優は穏やか
に微笑んで彼女から顔を引いた。安心したように溜息を吐いた麗華の顔は、まだ赤かった。

「そうじゃないけど……」
「じゃあ、なんだと思ったんだ」

 諧謔を弄するように、気軽に言葉を紡いだ彼は、しかし呆気に取られる事となった。
 理由など彼女の今の姿を見るだけで一目瞭然であるのに、それでも〝何故〟なんだと問い質す彼の質問に、麗華は健
気にも答えを返そうとしたのである。それはやはり彼女が普段の―と云うよりは昔だが、それとは掛け離れているも
のだった。麗華は羞恥に震える可憐な唇で、彼に返答を寄越した。

「……恥ずかしいのよ」

 その様たるや、どうやって形容出来ようか。
 膝の辺りのドレスの生地を両手で掴みながら、顔だけではなくドレスから伸びる肌すらも赤らめさせて、必死の思い
で紡いだ彼女の言葉と今の姿は重なる事で形容し難い楚々たる様を見せていた。その姿に彼が言葉を失うのも無理はな
い事である。この場に黒川が居たとしても、同じ反応をした事だろう。
 最後の麗華と会った時などは、こうして恥じらう姿を彼女が見せるなどとは優は考えてもいなかったのである。常に
凛とした面持ちで悠然と人の前を歩く、或る意味で狷介だった彼女がこのような姿を見せるなど、優は初めて知った。
そして、初めてにも関わらずその強烈な映像の一枚一枚は網膜に焼かれ、保存されたのであった。

130:囚われの身の、お姫様 4
08/07/12 08:15:59 gaNDk1Lv
「……」
「……」

 そのような奇妙な時分が長らく続いた時であろう。お茶を淹れに行っていた黒川は通常の倍以上の時間を掛けて漸く
戻ってきた。彼が扉を開けて一番に目にしたものと云えば、そこには俯いて真っ赤になった顔を金の長い髪の毛で隠し
ている麗華の姿と、またもや湯呑を中途半端な位置で持ちながら呆けている優の姿だった。
 しかし、彼らの間に流れていた沈黙も、黒川が来た事によって吹き飛ばされたようである。徐々に元の新雪のような
色の肌を取り戻しながら、麗華は黒川から差し出された湯呑をぎこちない礼を云いながら受け取って、一口だけ喉に流
し込んだ。優は、すっかり冷めてしまっているお茶を飲み、顔を顰めていた。

 それから彼らは何事かを話していた。
 当たり障りのない会話を誰もが選んでいるようであった。黒川と麗華は勿論、そしてそれは何故だか優も同じで
あった。彼は何処か節操がないように見えた。何かとそわそわと落ち着かない事が時々あり、そうなると必ず何かしら
の話題を振る。そうして今の時間は成り立っていた。
 けれども、その背景には常に暗幕が張られているかのように、殺伐としたものを漂わせ続けていた。揺蕩う暗幕の裏
に燦と輝くは、白き太陽である。その光の全てを遮る暗幕は、丁度空に広がっている雲と同じ役割を果たしていた。

「―あのドライヤーの熱さはまだ覚えているよ。あの日も今日のような大雨が降っている日だった」

 枯渇した湯呑を手に持ちながら、優はそのような事を云った。先刻まで昔話をしていた事から考えてみても、それは
同じように過去の思い出の話だったのだろう。彼は癖のある自分の髪の毛を指先で弄りながら麗華に視線を向けた。
 探られるようにして視線を向けられた麗華は、思い当たる節があったのか目を高い天井に巡らせた。既に薄暮を過
ぎた今の時分では、窓の外から入り込むのは騒がしい雨音のみで、外には黒洞々たる暗闇が広がるばかりである。その
所為か、天井に吊るされた豪奢なシャンデリアが降らす光は平生より明るく感ぜられた。

「ええと、何の事かしら」

 判然としない様を見せたまま云われた彼女の言葉は、むしろ優が話した出来事が本当の事であったと証左するものに
他ならなかった。優はここぞとばかりに唇に歪曲を描くと、意地悪く微笑んだ。そうして、その視線を今度は黒川に向
けると、わざとらしく確認するように、云った。
 困った風に視線を彼方此方に巡らす彼女の姿は、彼の嗜虐心を煽るには充分過ぎる効力を持ち得ていた。そのような
事に麗華が気付くはずもなく、唐突に自分から視線を外した優の姿を彼女はただ怪訝な眼差しで見遣っていた。優の後
ろに立っている黒川の姿は、故意に視界に入らないように努めていた。

「君は覚えているかな。ずぶ濡れの状態でここに転がり込んで来た時―ドライヤーで髪の毛を乾かしてくれると思ったら、いや、予想もしてなかった。麗華は僕の頭に躊躇なくそれを押し付けたのだからね」

 そのような諧謔を弄する彼に、思わず麗華は顔に血が昇ってくる感覚を覚えた。
 確かに、彼女が記憶する優との思い出の中にはドライヤーを押し付けた記憶が残っている。あの時は、何度も風邪を
引くかも知れないと注意していたにも関わらず、また雨に濡れて訪れた彼の無頓着さが、子供心に彼女を怒らせたのだ
ろう、気付けば乾かそうと彼に向けていたドライヤーの先端は焦げた臭いを室内に撒き散らしていた。
 大事には至らなかったが、衝動的に優の頭を燃やし掛けてしまった事は未だに彼女にとって遣り切れない思いが残る
過去であった。今でも、優は彼女との間に出す諧謔にそれを使うのだから、麗華に忘れる事が出来ないのも道理なので
ある。けれども、今はそのような優の冗談でさえ、この屋敷に住まう二人の男女には素直に楽しめないでいた。

131:囚われの身の、お姫様 4
08/07/12 08:16:54 gaNDk1Lv
「ええ、存じております。あの時は確か、優様が頭を押さえて離さなかったもので、火傷の治療に手間が掛かりました。
その様子を、お嬢様は狼狽致しながら見守っていましたね」

 黒川はそう云って、笑った。但し、その笑みはとても感情の籠っている風には聞こえないものであった。否、或いは
郷愁の念に思わず零してしまった失笑に見える事であろう。しかしそれも、優に対してでしか大した効力を発揮し得な
かった。黒川が喋り終えると同時、殆ど無意識下の状態で麗華は彼を見遣った。
 果たして、そこには憮然とした表情を崩して笑う黒川が居た。見事なまでに精巧な造りの仮面を被った彼が、能面の
ように無機質な微笑を湛えていたのである。
 思わず、彼女は身震いした。
 余りにも、そこで微笑んでいる彼の様子が尋常でないものに感ぜられたのだ。何時もなら柔らかい物腰で微笑む彼が
そのような表情をしているなどと、彼女には信じられなかった。そしてそれがもたらすものと云えば、やはり自身の醜
態を晒したあの日の事なのである。麗華はこの瞬間でさえ自戒の念に苛まれていた。

「……黒川まで、よしなさいよ。あたしが覚えてないんだから、そんな事も無かったのよ、きっと」
「あのドライヤーの熱さは忘れようにも忘れられないものだったがね。僕は今でも君がドライヤーを持っている所を想
像するだけで、頭から血の気が引いて行くくらいなのだし―」

 そうして、三人は誰からともなく哄笑した。
 優は彼女の云い訳の苦しさに、そして黒川と麗華はこの場のどうしようもない滑稽さに。
 彼ら三人が話しているこの場は、どうしようもなく滑稽だった。何処か粗相が無くても談笑を純粋に楽しむ優。対し
てお互いを牽制し合うように窺う黒川と麗華は、常に心の何処かに影を忍ばせていた。三人が談笑するこの場の明るい
表面の裏には、暗澹たる錯綜が渦巻いているようだったのである。兎角、その様は滑稽であった。

 仮に優と麗華の二人だけだったならば、―或いは使用人が黒川一人と云う状況さえ無ければ、均衡は何事もなく保
たれていた事であろう。しかし、現実には黒川はその場に居合わせているし、他の使用人達も存在しない。最悪とも取
れるこの状況はありありと現実の峻峭さを示唆していたのである。

「まあ、あの時僕が晒した醜態と云えば情けない限りだった。今思い出しても恥ずかしい思い出だよ」

 この話題に一通りの区切りを付けた優の言葉を筆頭に、活き活きとした沈黙は彼らを包み込んだ。猛然たる雨音はそ
の熾烈さを更に増し、今では外から聞こえる音など他に聞こえるものは無い。そのような、何処か居心地の悪い沈黙は
暫くの間続く事になった。そうして、三人はそれぞれの思量に耽っていた。

 麗華は考えていた。
 自分が返していた言葉は恐らく適切なものであっただろう。久し振りに出会った幼馴染と交わす会話としては、彼女
が発していた言葉はこの上なく適切だった。久し振りに会えた喜びを密やかながら水面下に映し、談笑を楽しむ笑顔も
見せていた。けれども、その深海の奥深く、彼女は別の事を考えていたのであった。

 自分とは全く違った鷹揚さと闊達さを兼ね揃える優は、とても優しい。自分の云った事に対して正直な気持ちを返し
てくれる。それは彼女が長らく忘れていた至極当たり前の日常であるはずであった。
 しかし、麗華はそれを忘れていた。自分が蒔いた種とは云え―黒川以外の使用人を辞めさせるなどと、そのような
事をしてしまったからこうした場でさえ懊悩に陥ってしまう。

132:囚われの身の、お姫様 4
08/07/12 08:18:08 gaNDk1Lv
 恐らく、彼女は気が付いていたのだろう。
 自分が優と言葉を交わし、笑顔を作り―、そうする事で、黒川がどのような表情をしているのか。一見すれば瞭然
の変化なのである。多くの人間はそれを理解する事だろう。黒川は、嫉妬の炎に身を焦がされながら、耐え兼ねた苦痛
にその端正な顔を歪めていたのである。けれども、それが云い訳染みた感情を麗華に与えるのだ。そのような事は許さ
れない。いずれは進藤家を引っ張って行く自分が、どうして使用人との恋を優先出来よう?

 彼女は自分が累々と積み上げてきた尊厳を損なう訳には行かなかった。徐々に秩序を構成しつつある自身の世界に亀
裂を走らせる訳には行かない。黒川に対して取る行動に寸毫の変化でもあったなら、忽ち彼女が唯々として作ってきた
世界は音を立てて崩れる。ましてや、得体の知れぬ、しかし確かな病魔に蝕まれている自分がそのような事をした所で、
誰彼をも不安に陥らせる事は分り切っている事であった。そして、そのような思いが〝それ〟の入り込む僅かな隙間と
なってしまったのである。

 麗華は自分の胸に新しい風が吹き抜けるのを感じていた。今まで生暖かい空気ばかりが蔓延していた自分の心に、爽
快さをもたらす感情が芽生えているのを理解していた。
 優の優しさは人を惹き付ける。もしもそれが身を焼くほどの恋慕に苛まれている者に対して吹いたなら、何も起こら
なかった事であろう。けれども、麗華の恋はむしろ消極的で塵労を伴うものだった。それだから、彼女の胸を颯爽と吹
いて行った柔らかな風は、彼女を躍らせるのである。
 散った木の葉が風に吹かれて、抵抗など出来はしないように、それは至極当たり前の事だった。そうしてそれを嫌悪
する自分自身が、更に畏怖嫌厭を彼女にもたらすのであった。
 ―ともすれば、優に近付くのも好い選択肢かも知れない。

 黒川は自ら恃んでいた。
 今、この沈黙の真只中でさえ優を追い出したいと思う自分自身の存在を。
 しかし、それを上回る彼の使用人としての誇りは必死の阻止を見せていた。けれども、彼の心の奥に静かに燃ゆる嫉
妬の炎は、その赤黒い血のような火をは時折油を差されたかのように、火柱と化して燃え上がるのだ。
 例えば、優が麗華を羞恥に染めさせていた時。黒川は云い知れぬ優越を感じているのを見逃せなかった。彼女が真赤
になって俯いている様を見れば、あの日彼が目にした快感に打ち震える彼女の淫乱な姿が過り、麗華をからかう優を、
彼女が少し小突けばその手が誰を想って濡れていたのかを思い出す。麗華が優の名を呼ぶ時などは、切羽詰まって余裕
のない声が誰の名を愛おしそうに呼んでいたのかを思い出した。
 それらが混ざり合って生まれる優越は、しかし彼を救っていたのだ。けれども、想いを知っていても彼にはどうする
事も出来ない。対して優が彼女にどのような感情を抱いていたとしても、彼にはそれを実現させる能力と社会的立場が
ある。その自分との差異が生む焦燥は絶え間なく彼の嫉妬の炎に油を差し込み、猛らせるのだった。

 彼はそれを露呈してしまう事を何より恐れ、そして何処かでそれを望んでいた。
 そのような相反する感情の挟撃が、黒川に能面のような表情をさせる所以だったのである。

「―随分と話し込んでしまったけれど、僕がここに来たのは他に理由があるんだ」

 彼らがそれぞれの思案に耽って暫しの後、優はそう云って話を切り出した。それは前後の会話から察すれば唐突なも
のであった。つい先刻は昔話に花を咲かせて、明るい哄笑を振り撒いていた彼が謹厳にそう云ったのだから、違和感は
拭い切れるものではなかった。
 黒川と麗華は、彼のただならぬ雰囲気に何か尋常ではないものを感じ取っていた。否応なしに湧き上がる不安がそう
するように、焦燥が彼らの心に蔓延する。優は先刻とは打って変わった真摯な眼差しに荘厳な光を湛えながら麗華を見
詰めている。背後に突き刺さる黒川の視線も彼に何ら影響を与えていなかった。

133:囚われの身の、お姫様 4
08/07/12 08:18:37 gaNDk1Lv
「……なに、かしら」

 麗華は重々しい空気に押し潰されまいと、必死に言葉を紡ぎ出した。優の目には一塊の炭火のような赤い光が揺らめ
いている。静かに揺れるその焔は、彼の決心の表れでもあったのだろう。そのような重大な何かを彷彿とさせる光は、
その様子を裏付けるようにして彼の唇を震わせていた。麗華の目にも映る彼の緊張の様子は、やはりかつてない不安を
巻き起こす。その場に立ち込める雨音は静謐な室内に浮き彫りになって響き続けていた。
 一閃、稲光が黒洞々たる夜の闇に走ったかと思うと、後続に轟音が木霊した。それを合図とするかのように、優は重
い空気を肺に取り入れると漆黒の瞳の中に更なる勢いを以て揺らめく焔を強くした。

「君に―麗華に、」

 内心その場から直ぐにでも逃げ出したい衝動に駆られながらも、黒川は何とかその場に突っ立っている事が出来た。
彼の目は一心に優の背中に注がれている。その瞳の中に憐憫たる弱々しい光を湛えながら、優が紡ぎ出そうとしている
言の葉を摘もうと殆ど無力な努力に心血を注いでいた。
 そして、それは麗華でさえも同様であった。言い知れぬ不安が芽吹いていくような、そのような感覚を覚えて優の真
摯な眼差しから目を逸らしたかった。けれども、優の瞳には魔術でも施されているかのように、彼女の碧眼を捉えて離
さない魔力が込められていて、麗華はただ彼が続ける二の句に耳と目を傾ける事しか出来なかった。

 外に立ち込める雷雲は熾烈な勢いの雨粒を落としている。何も見えはしない漆黒の闇にまた、一筋の稲光が亀裂を入
れた。その頃には丁度、優の唇は既に言葉を形成しようと開きかけていた。

「白水家の次期後継者である僕に、嫁いで貰いたい―」

 それはまるで詩を吟するかの如くの長嘯で紡がれているようであった。その言葉を、黙然と謹聴していた麗華は言葉
を失い、それでも徒に炯々と輝いている碧眼の双眸を見開くばかりである。
 活き活きとした沈黙が領する室内、それを殺すかのように数刻遅れて遣って着た雷鳴は、黒川の忍従の歯軋りの音を
消し去っても、優の想いの全てが込められた言葉を刹那の光の内に掻き消してはくれなかった。
 後には、何処からか集まってくる雨音が室内に蔓延る静寂の中に虚しく響き渡るばかりであった。

134: ◆wQx7ecVrHs
08/07/12 08:19:19 gaNDk1Lv
投下終了。続きます。

135:名無しさん@ピンキー
08/07/12 21:49:13 LCEnwiue
急展開ktkr

136:名無しさん@ピンキー
08/07/13 00:26:37 43Ffy93F
>>134
毎度GJ
しかしこれ主従スレでもいけそうだな

137:名無しさん@ピンキー
08/07/14 01:26:57 NbPdupOM
流れ切って悪いが

お前らこれどうよ

>>URLリンク(jp.youtube.com)

泣ける

138:名無しさん@ピンキー
08/07/16 09:45:06 rX+AsCTx
>>134
GJ!

139:名無しさん@ピンキー
08/07/18 00:28:47 QTzt6zVK
>>121
もう一度立ちあがって書こうぜ!?

>>134


140:たった一人の出会い
08/07/18 04:47:23 QTzt6zVK
「日向さん、だよね?」
僕はベンチに寝そべった少女に声を掛けた。
冬が近いとはいえ、秋の陽気はまだまだ暖かい。
僕の目には彼女がその暖気を目一杯吸いこんでいるように見えた。
「そうですけど」
彼女はチラリと僕を見るとすぐに視線を逸らした。
まるで興味がないという風に。
なるほど、先生が手を焼くわけだ。
「どうして授業に出ないの?」
僕はあまり彼女を警戒させないように彼女の隣のベンチに座る。
彼女は僕を気に掛ける様子もなく、まっすぐに空を見つめていた。
「意味がないからです」
彼女はそう言ながら僕を見ると小馬鹿にするようにクスリと笑った。
その様は必死に勉強している人間を馬鹿にしているようでもある。
僕も学校での勉強に意味があるとは思ってない。
その点では彼女の意見には同意できる。
だけど、それだけでは腑に落ちないこともある。

「じゃあ、なんで君は学校に来ているの?」
僕はその疑問を素直に彼女にぶつけることにした。
もっと時間を掛けて親密になれればいい。
そう考えてもいたけれど、それはどうも難しそうだ。
「家にいても同じだからです」
流れる雲を見つめ続ける彼女の瞳はどこか淋しそうだった。
なんとなく、その気持ちは僕にもわかる。
「そっか、淋しいんだ」
僕は彼女の気持ちを代弁するかのようにポツリと呟く。
彼女はガバっと跳ね起きると、僕に向かって大きな声で叫んだ。
「淋しくなんかありません!」
真っ赤な顔をして、彼女は僕を睨みつけてくる。
クールなのかと思いきや、これはなかなか直情的な子だ。
「そう。 君は雲が好きなの?」
僕は彼女から視線を逸らし、彼女の見ていたらしい雲を見る。
それは、何の変わり映えもしない普通の雲だった。
「別に好きじゃないです」
気勢を逸らされたのか、彼女はぷいっと横を向いた。
こういうのをツンデレというのだろうか。
少なくとも素直ではないのは確かなようだ。
そんな彼女の姿が、僕の目には微笑ましく映っていた。

キンコンカンコーン。

休み時間の終了を知らせるチャイムが鳴った。
「授業、行かなくていいんですか?」
また雲を眺めているのだろうか、遠い目をした彼女が尋ねる。
「いい天気だから、僕も君を見習って授業をさぼろうかと思ってね」
僕を見た彼女の目が一瞬、信じられないという風に大きく見開かれる。
そんな彼女に僕はニッコリと笑ってみせた。

141:たった一人の出会い
08/07/18 04:47:56 QTzt6zVK
好き好んで他人と接したがる人間はいない。
そんな人間がいたとしても、それは何かしらの下心があるからに違いない。
僕もその例に漏れず、彼女への下心がある。
ただ、それが世間一般のソレとは少し異なっているだけのことだ。

僕はベンチにドサリと寝そべって空を見上げた。
青い空を白い雲が流れていく。
ゆとりを持って見る空はこんなにも美しかったのかと改めて実感させられる。
彼女はいつもこんな景色を眺めているのだろう。

チラリと横目で隣のベンチに座っている彼女を見た。
僕を見ていたらしい彼女は慌てて視線を逸らす。
「ぷっ、ははははは」
そんな彼女の姿に、僕は思わず噴き出していた。
人との触れ合いに慣れていないらしい彼女の姿は僕の目には新鮮に映る。
「なっ、なんで笑うんですか!?」
彼女は口を尖らせるようにして僕に叫んだ。
思った通り感情の揺れの大きい子だ。
「君が可愛いから」
感情を剥き出しにする彼女が面白くて、ついつい虐めてみたくなる。
可愛い子に意地悪してしまうのは僕の悪い癖だった。
それが理由で何度、好きな子に嫌われてしまったことか。
「なっ、なっ、なっ………」
言葉がでないのか、彼女は口をパクパクとさせている。
そんな彼女に、僕はにっこりと笑って見せた。
「こんの、女ったらしーーーーー!」
彼女の怒声が突き抜けるような晴天に響き渡った。



彼女は懲りもせずに屋上のベンチに寝そべっていた。
もっとも懲りないという点では、お互い様なのかもしれない。
妙に大人しいと思えば、彼女はすぅすぅと可愛い寝息を立てて眠っていた。

僕は彼女の頭の先、ベンチの余った部分に座り、何気なく彼女の頭を撫でてみる。
彼女の髪はサラサラと心地よく、陽光をよく吸収してポカポカと暖かい。
突然、ぱちっと彼女が目を開くと、その視線が僕の視線と絡み合う。
「おはよう」
僕は彼女の頭を撫でていた手を持ち上げて、よっとばかりに挨拶をした。
「ななな、なにしてるんですか~!?」
彼女は勢いよく跳ね起きるとベンチの限界ぎりぎりまで後ずさる。
その手は胸元でぺけを作るように交差されている。
「何って、髪を撫でてただけだよ」
敵意を持って睨みつけてくる彼女に、にっこりと微笑んでみせる。
悪意のないことをアピールしたかったのだが逆効果だったか。
彼女は僕を指差して、開いた口が塞がらないとばかりに口をパクパクしている。
どんな罵声が聞けるのかと思ったら、彼女は溜めた息を吐いて指を下ろした。
「あれ、怒らないの?」
予想外の反応に僕は思わず尋ねずにはいられない。
「……怒る気も失せました」
ぷいっと彼女は僕から顔を逸らせる。
かと思いきや、その視線の矛先はたまに僕の方を向く。
どうも、随分と警戒されてしまったようだ。
「ん~っ!」
体を反らせて伸びをする僕の動きに彼女の体がびくりと反応する。
そんな彼女の反応に僕は必死に笑いを堪える。
「だ、だから、何で笑うんですか!」
笑われることの理不尽さに彼女は頬を膨らませる。
僕はそんな彼女を、にやにやしながら見つめていた。

142:たった一人の出会い
08/07/18 04:48:25 QTzt6zVK
彼女と話すための時間は無尽蔵ではないけれどあった。
少なくとも、僕と会話するのが嫌そうではなかった。
結果的に、僕達は次第にお互いのことを話すようになっていた。
例えば、僕が留年していて彼女よりも一つ年上だということとか。
その時から、彼女は僕のことを先輩と呼ぶようになった。
目上の人間に対する畏敬の念からではない。
僕に対する彼女なりの嫌がらせのつもりらしい。
あまりいい気はしないので、彼女の目論見は成功といっていいだろう。

「先輩は息ができないってどういう事だと思いますか?」
突如として、彼女が突拍子もないことを尋ねてきた。
彼女のことだから、それは普通の意味合いではないのだろう。
「苦しいことだと思うよ」
それが、精神的な意味にしても、肉体的な意味にしても。
どちらとでも取れるような答えを彼女に返す。
何にせよそれは、僕の体験したことのないことだ。
僕には彼女の気持ちはわからない。
わからないけど、理解しなければいけない。
それが、彼女を正すための近道であり、僕がここにいる理由でもあるのだ。
「私は、その息ができなくなることがあるんです」
重苦しい沈黙を破って、彼女がその口を開いた。
それは、彼女が初めて僕に見せた弱さだった。

彼女の呼吸器の障害は心臓が原因のものらしい。
成長につれ障害は肥大化し、いずれはその命すら奪う難病だと聞いた。
唯一、彼女を救う手段は臓器移植のみ。
特殊な体質の彼女に適合する臓器が手に入る予定は……。
今のところはまだない。

僅かに俯いた彼女の見せる辛そうな表情。
不謹慎でも、僕にはそれが少し嬉しかった。
「そっか、怖いんだね」
僕は俯いた彼女の頭をポンポンと軽く撫ぜる。
図星なのか、僕を見つめる彼女の目が大きく見開かれた。

143:たった一人の出会い
08/07/18 04:49:00 QTzt6zVK
一人は寂しい、だけど人に弱みを見せたくない。
そんな彼女の選んだ妥協点が、この屋上という聖域だったのだろう。
「大丈夫、君は死なない」
力強く、彼女を抱き寄せて囁く。
「僕が保証する、君は絶対に死なないって」

キンコンカンコーン。

授業の始まりを知らせるチャイムが鳴った。
彼女の小さな手が抱き締めていた僕の体を突き放す。
「授業が始まりますよ、先輩」
俯いたまま彼女は言った。 僕には俯いた彼女の顔は見えない。
だけど、コンクリートの床に染み込んだ水滴の痕。
それが彼女がどんな顔をしているのかを教えてくれる。
「もう何回エスケープしたと思ってるんだい?」
その言葉に僕を突き放していた彼女の手が僕の制服を握り締める。
そして、トンと彼女の頭が僕の胸に押しつけられる。
「先輩は意地悪です」
ふっと息を吐き出すように彼女は呟いた。
「でも、先輩の言葉なら本当にそうかもしれないって思えます」
「……信じてもいいですか?」
彼女にしては珍しい弱気の台詞。
それだけ僕が彼女の心に近づけたのだと思いたい。
「僕のことを嫌いじゃないなら信じてほしい」
彼女の髪に手を伸ばして、そっと撫でる。
「私は先輩なんて、大嫌いです」
そう言いながら彼女は僕の背中に手を回して緩く抱き締める。
「そう? 僕は君のことが大好きだよ」
僕も彼女の背中に手を回し、彼女を抱き締め返した。
視線が交錯し、ゆっくりと彼女が瞼を閉じる。
彼女との付き合いのほとんどがそうであるように
僕は彼女の意図を汲み取らないといけない。
唇を重ね、彼女の甘やかな唇を存分に味わう。
それは甘美な感触であると同時に僕を思い悩ませる。
これ以上の行為は僕に許されるのだろうか、と。
「先輩……」
何かを期待するかのように彼女が僕を見つめる。
熱く潤んだ熱を持った瞳。
その眼差しを断ち切るように僕は再び彼女と唇を重ねた。
そうして彼女を強く抱き締める。
僕は聖人君主ではないし、一人の男として立派に性欲を持っている。
それでも迷いが僕を躊躇わせていた。
「先輩の意気地なし。」
どくん、その言葉が僕の胸を打った。
本当に勇気があるのは僕じゃない。
震える体を健気にも抑え続けている彼女の方だった。

僕は何に怯えていたのだろう。
制服の中へと手を伸ばし彼女のふくらみに手を添える。
そこは僕の鼓動など比較にならないほど早く脈打っていた。
「ごめん……」
僕は一言だけ呟いた。
それは今までの僕の行いに対しての贖罪。
そして、これからの僕の行いに対しての贖罪だった。

144:たった一人の出会い
08/07/18 04:49:23 QTzt6zVK
「少し待ってて」
彼女の頭を軽くぽんと叩いて昇降口のドアに向かう。
ドアが開かないように軽く仕掛けを施す。
「せ、先輩……?」
僕の行動に不安を感じたのか彼女は声をかけてくる。
授業中だし誰もこないと思うけど万が一ということもある。
「誰にも邪魔されたくないからね」
僕は彼女に向かって軽く微笑んで見せる。
唖然とした彼女の髪をかき上げて可愛いおでこにキスをする。
「優しくするから」
そう囁きながら彼女の首筋に唇を這わせていく。
彼女の体から甘いミルクの香りが僕の鼻をくすぐるように漂ってくる。
制服の中に手を差しこんで彼女の背中に添って指を滑らせた。
ブラ紐に手が触れると紐を辿るようにホックまで指を手繰らせていく。
「あっ……」
弾けるような感触と共にホックが外れる。
緩んだブラの隙間から彼女の膨らみに手を伸ばす。
思っていたよりは小さいけれど、揉めるぐらいはあることに安心した。
早鐘を打つ彼女の胸の膨らみを優しく丁寧にこね回す。
「ふっ……んっ」
彼女の胸を弄ぶほどに彼女の口からは小さく息が漏れる。
胸への刺激に声がでそうなのを堪えているのだろうか。
「声、出してもいいんだよ?」
そう彼女の耳に優しく囁きながら胸への愛撫を続ける。
耳まで真っ赤にした彼女は意地でも声を出そうとはしない。
僕にはそんな彼女が可愛くて仕方がなかった。
「あっ!?」
不意に彼女が小さく声を漏らした。
「先輩、ちょっと待って」
彼女が慌てて僕を押しとどめようとする。
「どうしたの?」
突然の彼女の心変わりに僕は思わず尋ねていた。
「……下着が汚れちゃうから」
恥ずかしそうに呟く彼女。
その言葉を聞いた瞬間、彼女が僕を止めた理由に理解がいった。
「向こう向いてようか?」
僕は気恥ずかしさに彼女から視線を逸らしながら聞いた。
「……うん」
視界の端に彼女がこくりと頷くのが見えた。
僕が彼女に背を向けると、しゅるりとスカートが擦れる音が聞こえる。
そうして、たんたんと二つ床に足を落とす音。
「先輩、いいよ」
ようやく彼女からお呼びがかかり、僕は彼女へと向き直る。
気恥ずかしそうな顔の彼女、この制服の下には何も は い て な い。
そんなことを考えると、なんというか不思議な気分になってしまうものだ。
僕は無言で彼女の手を引いて、ベンチの前に立たせるとスカートの後ろを捲り上げる。
「座って」
そうしてベンチに彼女を座らせる。
制服が汚れないようにするための僕なりの配慮だ。
彼女を押し倒しながら制服の裾から指を滑りこませていく。
「ふっ……んっ…」
胸に触れると閉じられた彼女の睫毛がぴくりと揺れた。
そのままゆっくり、彼女と唇を重ねる。
熱く、舌と舌を絡ませ合う濃厚なディープキス。
「んっ…んんっ……」
合間に漏れる彼女の吐息がたまらなく愛しく思える。

145:たった一人の出会い
08/07/18 04:50:26 QTzt6zVK
舌を絡ませつつも神経は手に集中させる。
気取られないように彼女のスカートを少しずつ捲り上げ、
肌に触れてしまわないよう時間をかけて彼女の股間へと指を近づけていく。
「んっ…!?」
指先に触れた淡い感触に彼女は小さく身悶える。
ばれてしまったのなら、もはや我慢する意味もない。
僕は指先を彼女の秘所へと這わせた。
指先に感じられるひんやりとした液体の感触。
彼女のそこはすでに愛液を溢れさせていた。
「濡れてるよ…」
濡れ具合を確かめるように秘裂に何度か指を滑らせて
すっかりと熱くなった蜜壷の中に少しずつ指を潜り込ませていく。
指を進ませるほどに彼女の可愛らしい唇からくぐもった声が漏れる。
「やっ……んくっ……」
内壁を指先で交互に擦るようにして彼女の中を軽く掻きまわす。
壁を擦る度に彼女の身体がびくりと小さく跳ねる。
何かを堪えるように彼女の口から吐き出される熱い吐息。
そんな彼女の仕草が可愛くて、ついつい虐めたくなってしまう。

愛撫を中断する頃には彼女は息を荒くして、ぐったりとしていた。
その隙に財布の中のコンドームを僕自身に装着する。
何年前のコンドームだろうか。
当時のことを思い出すと情けなくなるので今はやめよう。

彼女の秘所に僕自身を擦りつけるようにして滑り具合を確認する。
どうやら準備は十分のようだ。
「いくよ」
短く確認を取ると彼女の中への挿入を開始する。
半ばまでペニスが入った時点で何かに引っ掛かるような感じがした。
「かなり痛いかもしれないけど、我慢できる?」
彼女は手で口を抑えながら首を縦に振る。
僕は一息にペニスを彼女の奥へと突き込んだ。
「んう~~~っ!!」
手で抑えられた彼女の口からくぐもった悲鳴が漏れる。
さすがにかなり痛かったようだ。
目の端からはじんわりと涙が滲んでいる。
「大丈夫?」
汗の浮いたおでこの前髪を撫で上げるようにして尋ねる。
彼女はこくこくと頷いたけど、それがやせ我慢であることは間違いなかった。
「やっぱり、やめようか」
言いながら、少しでも痛みが和らぐようにと彼女の頭を撫でる。
彼女に苦痛を味合わせながら、僕一人が絶頂に達したところで何の意味もない。
僕の目的は、彼女を気持ち良くしてあげることだからだ。
「いやです」
頬を膨らませて、彼女はきっぱりと言い切った。
こういう時の彼女の強情さには目を見張るものがある。
梃子でも引いたりはしないのだろう。
「こんな、途中でやめるなんて絶対に許さないです」
彼女は僕の制服の襟を握り締め、ぐいっと引っ張るようにして立ち上がる。
僕と体を入れ替えると、ベンチの上に僕を押し倒す。
そうして、僕の上に馬乗りになった。
「先輩がイクまでは絶対にやめませんから」
そう宣言して彼女は膝立ちの姿勢から腰をと落としていく。
彼女の蜜壷がゆっくりと僕のペニスを呑み込んでいく。
「あっ…ぐっ……」
苦痛に彼女の顔が歪む。
彼女が自ら望んでそうしている行為だ。
僕に止められるはずがなかった。

146:たった一人の出会い
08/07/18 04:50:44 QTzt6zVK
「……優」
僕の目の前で彼女は必死に痛みに耐えている。
彼女の為に僕がしてやれることなんて限られている。
一番の解決策は少しでも早く射精してしまうことだろう。
「先輩……」
苦痛に歪んだままの表情で彼女は僕に微笑んだ。
そんな彼女の健気さに僕は胸が締めつけられる気がした。
彼女の中で締めつけられているペニスが思わず硬くなってしまう。
「はっ…んんっ……」
途切れ途切れに息を漏らしながらも彼女はゆっくりと挿入を繰り返す。
締めつけは悪くはないし、滑りも悪くはない。
だけど、こんな緩慢な刺激では絶対にいけそうにはない。
「先輩……気持ちいい、ですか?」
不安そうな表情で彼女が尋ねてくる。
「……うん、気持ちいいよ」
それは嘘じゃない、彼女の中はすごく気持ちがよかった。
ただ、抜けるほど強い刺激ではなかったけれど。
「そう、ですか……」
彼女は嬉しそうに微笑むと腰の動きを僅かに早める。
痛みが薄れてきたのか、ただ我慢をしているだけなのか。
一つだけはっきりと言えるのは、彼女の漏らす声色。
それに苦痛以外の何かが混じり始めているということだろうか。
「んうっ……、先…輩……」
熱い吐息吐き出すようにして、彼女が僕を呼ぶ。
その腰つきは次第に早く、滑らかな物に変わっていく。
それは強い締めつけと相まって、僕を限界へと追い詰めていく。
「くっ、出るっ!」
僕は呆気なくゴムの中に精液を吐き出していた。

「先輩……、いっちゃったんですか?」
彼女は怪訝そうな表情で僕を見つめてくる。
「そうだよ」
軽い倦怠感を感じながら僕は彼女に答える。
「……よかった」
彼女は満足そうな表情を浮かべて微笑んだ。
だけど、その少し前に彼女の見せた物足りなそうな顔。
僕はそれを見逃さなかった。
「それじゃ、お返し……だね」
僕はニンマリと笑うと、腰をゆったりと動かし始める。
「えっ……?」
間の抜けた彼女の声が印象的だった。
抜いたら終わりだと考えていたんだろうか?
どっこい、世の中そんなに甘くはない。
「今度は僕が君を気持ちよくしてあげる」
彼女の腰を両手で掴むようにして身体を起こして、彼女の首筋に舌を這わせる。
左手は彼女の腰を抱いたまま、右手を制服の中へと滑り込ませていく。
精液を吐き出して意気消沈していた僕の物はすぐに固さを取り戻し始める。
「せっ、先輩……!?」
彼女の口から戸惑うような声が漏れる。
その振動は彼女の喉を通して直接に僕の舌へと伝わってくるようだ。
「さっきはあんまり触れなかったから、今度はじっくり触ってあげるね」
彼女の控え目な膨らみをやわやわと揉み解す。
控え目とはいってもそこは立派に女性の胸なわけで、楽しむ分には問題はない。
しっとりと汗ばんだ彼女の胸の感触は、手に吸いつくように柔らかくて心地よかった。
「さっきよりドキドキしてるよ?」
どくどくと掌に伝わってくる彼女の脈動。
それを慈しむように彼女の滑らかな胸を撫で上げていく。

147:たった一人の出会い
08/07/18 04:51:15 QTzt6zVK
舌で指で彼女の身体を弄びながら、腰を尺取虫のようにゆったりと動かしていく。
緩慢な動作は確実に彼女の柔らかな内壁を捉え、擦り上げていく。
「はっ…くうっ……」
可愛い口からは苦しそうな息が漏れる。
彼女の身体はじんわりと熱く火照ってきているのだろう。
その首筋にはうっすらと汗が滲んでいる。
「痛くない?」
優しく彼女の体が痛まないように。
ゆっくりと彼女を突き上げるようにして尋ねる。
「はっ……はい」
短くこくりと頷くだけの反応、それだけ余裕がないということなのだろう。
膨らみに手を這わせ、中を浅く擦りつける。
その度に、彼女は小さく息を漏らして肢体をびくりと震わせる。
「優の中、すごく熱くなってるよ」
羞恥心を煽るように彼女の首すじに囁きかける。
その言葉に反応するように、彼女の膣が僕自身を小さく締めつける。

僕の首に抱きついたまま彼女は何も答えなかった。
ただ、背中に回された手に僅かに力が篭っただけだ。
彼女の爪が僕の制服に食い込むのがわかる。

反応を見ればわかる、きっと彼女の顔は真っ赤なのだろう。
そんな彼女の様子に僕はくすりと笑う。
彼女の胸の先端を指で軽く弄んで、少し強めに逸物を押し込む。
「んんっ…ふあっ!」
びくりと背筋を仰け反らせると、彼女の口からは艶っぽい吐息が吐き出される。
彼女が身体が仰け反る度に、膣がぎゅっと締まって僕自身を強く締めつけてくる。
その感触がたまらなく気持ちがいい。
「気持ちいい?」
緩く彼女の答えを引き出すように彼女の中をゆったりと掻き回す。
彼女の言葉を妨害しない程度にゆっくりゆっくりと。
「気持ちいい…、です」
躊躇うような小さな声で彼女はその言葉を口にした。
彼女にその言葉を言わせたという征服感に僕はぞくぞくとしたものが走るのを感じた。
その高揚感に僕自身が一段と硬さを増し彼女の中を軽く擦る。
んっ、と小さく彼女の唇から息が漏れる。
「そう、よかった」
僕はニッコリ笑って囁くと、少し強めの挿入を開始する。

これから先にもう気遣いは必要ない。
ただ、彼女を気持ちよくすることだけに没頭すればいいのだ。

彼女の柔らかく滑らかな膨らみを揉み解す。
そうしながら、その先端を指先でくりくりと刺激していく。
次第に彼女の先端が硬くなっていくのがわかる。
「んっ…ふあっ…」
胸は彼女の中でも特に弱いところの一つなんだろう。
他の場所を弄った時と比べると実に反応が素直だ。
少し弄ぶだけで、すぐに僕自身を締め付けさせてくる。
そんな彼女を見ていると、ますます胸が触りたくなってしまうわけで。
ついつい指先に神経を集中させて、彼女の胸を触ってしまう。
「あっ…先輩…っ…!」
彼女が頭を僕の胸に強く押しつけてくる。
俯かせたその唇からは、はあはあと荒く息を喘がせている。
そろそろ限界が近いのだろう。
腰をしゃくりあげる度に、内壁を擦られる感覚に彼女は小さく息を漏らす。
背中に回った手には力が篭り、彼女の中は僕自身を締めあげる。
狭くなった中を押し広げるように挿入すると一層強い反応が得られる。

148:たった一人の出会い
08/07/18 04:51:36 QTzt6zVK
触れれば触れるほどに彼女の口から漏れる声は大きくなっていく。
まるで、淫らな音を鳴り響かせる楽器のように。

僕はゆったりと腰を突き上げながら、胸を弄んでいた手を
スカートの中へと潜りこませて、彼女のクリトリスを軽く刺激した。
「うあっ…!?」
肉の芽を指で押さえつけると、彼女はびくりと体を仰け反らせる。
そのまま肉芽を指先で転がすように刺激を加える。
「せっ…、先輩っ……」
彼女は苦しそうに息を喘がせながら、体をびくびくと震わせる
肉芽を弄ぶ度に、彼女は今までにない強さで僕自身を締めつけてくる
「んっ……んんんっ!!」
僕を抱き締める彼女の手に力が篭り、彼女の膣がぎゅっと僕のものを強く締め上げる。
その締め上げを利用して僕もラストスパートに入る。
下の壁を擦るように引き抜きながら、抉るように彼女の中に深く突き込む。
彼女の締め付けに、体をぞくりとした感覚が這いあがる。
「ふあっ…、先輩ぃ……!」
彼女の口から切なげな可愛い声が漏れる。
そんな彼女の姿からは、香り立つような女の匂いを感じさせる。
絶頂の後も激しく責められてきついんだろう。
とは言っても、僕もこんな状態ではやめるにやめられない。
「ごめん、僕も後少しだから…。」
彼女は身体をぐったりとさせて、はあはあと息を乱れさせている。
首に絡んだ腕も抱きつくわけではなく、力なく垂れ下がっているだけ。
僕は彼女の身体を両腕で支えると、己の欲望を満たすための挿入を繰り返す。
「んうっ……、うあぁっ…!」
彼女の唇から漏れる辛そうな喘ぎ。
そんな彼女の表情にも、そそる物を感じてしまう。
僕は絶頂に向けて容赦なく腰を突き込んでいく。
「優っ、いくよ」
僕は彼女の体を強く抱き締める。
高まる快感をペニスから迸らせるようにして僕は絶頂を迎えていた。
張りつめたゴムの中に精液がドクドクと吐き出されていく。

彼女の体を抱いたまま、僕はベンチの上にゆっくりと倒れ込む。
荒い呼吸の度に持ちあがる彼女の重みが不思議なぐらい心地よかった。



キンコンカンコーン。

授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「優、たまには授業に出てみようとは思わない?」
僕の上に圧し掛かる存在に僕は声を掛ける。
「たまには、授業に出てみるのも悪くはないかもしれませんね」
そう言って彼女は意地悪そうな笑みを浮かべる。
それは、僕の見た彼女の笑顔の中で一番の笑顔に見えた。

149:たった一人の出会い
08/07/18 04:53:26 QTzt6zVK
私が授業に出始めると、入れ替わるように先輩は学校に来なくなった。
その頃の私は、遅れていた学力を取り戻すのに必死だった。
だから、先輩の事を考えている余裕なんてなかった。
それからしばらくして、ドナーが見つかったという朗報が私の耳に届けられた。
信じられなかった。
今まで諦めていたものが手に入るという喜び。
手術の失敗や感染症といった問題はあった。
だけど、そんなものは輝ける未来の前には霞んで見えた。

手術が無事に成功してから何年経っただろうか。
本当に私は病気だったのか、そう思える程に私は健康になっていた。
結婚して初めての子供を産んだばかりの私は、
我が子の愛らしい寝顔を見る度に幸せな気持ちで一杯になれた。
きっと、私は人生で一番に幸せな時期を迎えているのだろう。
「優、これ・・・」
産婦人科のベッドで休養中の私に母さんが手渡したのは一通の手紙だった。
差出人の名前は、あの影山先輩だった。

優へ
この手紙を読む頃には君は手術を終えて元気になっていると思います
君を支えてくれるであろう素敵な人が君の傍にはいますか?
もし、そんな人がいるのなら少し残念です
だけど、傍にいなかった僕には何も言える資格はないよね
君が幸せであるかどうか、それが僕の唯一の心残りです
もし、君が自分の選んだ相手に自信が持てないと言うのなら一言
大丈夫、君の選んだ相手に間違いはないよ
もっと自分を信じて
僕は君の幸せをいつまでも祈り続けています
永遠の愛を篭めて

20xx x月x日 影山 大輝

手紙を読み終えると、私の瞳からは涙が溢れていた。
忘れかけていた記憶が鮮烈な映像となって頭の中に蘇ってくる。
この手紙は私の手術が行われるよりも前に書かれた物だ。
それなのに、先輩は私が手術をすることを知っていた。
私は先輩に自分の病気の事を話した事はない。
先輩が私を励ますために言った根拠のない台詞、忽然と姿を消した先輩。
全ての点が私の中で線となって繋がっていた。
悲しかった、悲しかったけど、それ以上に嬉しかった。
先輩は私を捨てたんだとずっと思っていた。
だけど、そうじゃなかった。
先輩はずっと一緒だった、ずっと私と一緒だったんだ。

「優・・・?」
母さんが心配そうに私に声をかけてくる。
「ううん、何でもない」
私は服の袖で涙を拭って答える。
「私、今すごく幸せなの・・・すごく幸せ・・・」
力強く脈打つ鼓動を掌に感じながら、
私は溢れ出す心からの笑顔で母さんに微笑んでいた。

150:名無しさん@ピンキー
08/07/18 04:55:21 QTzt6zVK
あとは他のSS書きさんに期待する

151:名無しさん@ピンキー
08/07/18 20:59:53 SjMM7KoK
素晴らしく乙です!
ありがとう。

152:名無しさん@ピンキー
08/07/18 21:33:25 /z4izRgP
キタ━(゚∀゚)━( ゚∀)━(  ゚)━(  )━(゚  )━(∀゚ )━(゚∀゚)━!!!!
GJだよGJ

153:名無しさん@ピンキー
08/07/19 20:40:58 VXlHbyS1
GJだよ!!
一つになって生きていくって良いな

154:名無しさん@ピンキー
08/07/21 22:49:48 Xh7xQkXf
保守剤投与

155:名無しさん@ピンキー
08/07/27 01:01:43 C0m2T5Vi
何で先輩は心臓あげたのか?
事故で死んで移植されることになったのならわかるけど。
前もって手紙を書いてるということは、移植するのがわかってる。
つまり移植するのがわかってるということは、
自分が死んでしまうのがわかってるわけだから、心臓をあげる理由づけがないとおかしい。
不治の病で死ぬから、というのは無しね。
そういう病人からの移植は無いから。
エッチシーンの描写などディテールは凄く良いのに、
設定の時点で破綻が惜しい。
設定に無理があると醒めるから。
骨組み破綻の無いようにして書いたら、きっと神。
頑張ってまた書いて。

156: ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄)/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
08/07/27 01:03:53 YbhtGCjh
         ,. -ー冖'⌒'ー-、
       ,ノ         \
       / ,r‐へへく⌒'¬、  ヽ
       {ノ へ.._、 ,,/~`  〉  }    ,r=-、
      /プ ̄`y'¨Y´ ̄ヽ―}j=く    /,ミ=/
    ノ /レ'>-〈_ュ`ー‐'  リ,イ}    〃 /
   / _勺 イ;;∵r;==、、∴'∵; シ    〃 /
  ,/ └' ノ \   こ¨`    ノ{ー--、〃__/
  人__/ー┬ 个-、__,,.. ‐'´ 〃`ァーァー\
. /   |/ |::::::|、       〃 /:::::/    ヽ
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!     l   |::::::|  ` ̄ ̄´    |::::::|/
    ノ\ |::::::|            |::::::|

157:名無しさん@ピンキー
08/07/27 01:05:36 YbhtGCjh
誤爆orz

158:名無しさん@ピンキー
08/07/27 01:25:55 C0m2T5Vi
すごく期待出来る書き手さんなんで、正直に感想を書きました。
気分を害したら申し訳ない。
期待の表れなんだ。

159: ◆wQx7ecVrHs
08/07/27 17:13:05 V5yenqvG
投下します。

160:囚われの身の、お姫様 5
08/07/27 17:15:54 V5yenqvG
 ―白水家の次期後継者である僕に、嫁いで貰いたい。
 ここ数日降り続いた雨の水滴が窓に玉を作っている。麗華は、濡れる窓の先に広がる雲の蔓延る低い空を見て、先日
優に告げられた求婚の言葉を思い出していた。あの日から一週間が過ぎた今でも彼女には優の言葉を細部に至るまで思
い浮かべる事が出来た。それは、例えば彼の真摯な瞳であるとか、心持ち震えた声であったとか―兎に角、そのよう
な普段なら数刻も経たぬ内に忘れてしまうような事も頭の中に焼き付いて離れないでいた。

 優は麗華に猶予を与えた。彼女にとってそれは恩賜にも相当する有り難い言葉であった。突然の求婚に混乱する麗華
を見兼ねたのか、前もってそう決めていたのかは定かでは無いが、麗華は少なくとも前者だと思っていた。何時でも柔
和な笑みを絶やさない鷹揚な彼が見せる優しさの一つだとしか、彼女には結論付ける事が出来なかったのである。何と
か乱雑に散らばった自身の想いの断片を整理する時間を与えられた麗華は、彼から受け賜わった猶予の代償に、絶えず
煩悶を繰り返さねばならない苦痛を受け取った。

 麗華は物憂げな表情のまま、長い睫毛から降りる影に悲しげな光を湛え、彼の求婚をどうするか悩乱していた。
 しかしその一方で、既に決断は出来ているとも云えた。彼女の立場からすれば、それは他には有り得ない選択肢であ
る。彼女は進藤家唯一の娘なのだから、当然だった。
 麗華の母君は、彼女をこの世に産み落としてから早々に出産を望めない身体になってしまったと云う。男尊女卑―そ
う云う訳ではなかったが、昔から進藤家の後継ぎは男性であると云うのが古くから続いてきた進藤家の習わしであった。
しかし、母が生んだのは麗華であり、それから新たに子を身籠る事もなく、已む無く麗華が進藤家を継ぐ事となってい
た。
 それは彼女が幼い内から聞かされていた事である。だからこそ、麗華には迷う余地など無かった。二つに分かたれた
世界に、それぞれで光り輝いている太陽のどちらかを選ぶ二者択一の権利などは持っていなかった。
 彼女が聞かされていたのはそれだけではない。麗華が病魔に蝕まれた頃、事態は急速な変化を遂げたのである。麗華
が患う病気は或る意味でとてつもない重さを秘めている。進藤家当主として下の者を率いる立場にある彼女があのよう
な淫蕩極まれりの病気に苛まれている事を誰彼が知ったら、どのように思うかは、聞くまでもなく判然している。
 そこに生まれるのは、不安、憫然、不満―それこそ負の方向に傾く事はあっても正の方向に傾くなど到底有り得な
い事である。それを彼女の両親が知った時、彼らは一つの決断を下した。その結論に至るのは線路の上を列車が行くか
の如く滑らかであった。そしてそれを受け入れざるを得ないのも、彼女はよく理解していた。

 進藤家の次期当主が不安定ならば、進藤家と懇意な仲である白水家の当主と添い遂げさせるより他はない―彼らが
下したのはこのような判断であった。いずれにしろ、女性当主では何かと便宜が良くない世の中である。それだけで白
水家の令息を許嫁にする事に迷う余地などは無かったが、強制的な結婚を強行する時代ではない上に、本人達の気持ち
も無視する訳にも行かず、彼女が病を患うまでは最終的には優と麗華次第であった。
 けれども、彼女が更に不安定になれば、それは必須と云えるほどの事になった。何時発作が現れるかも知れない彼女
に進藤家の全てを任せるのは心許ない。麗華は自分が病気に侵されているのを知った時にはもう大悟していた。そして、
白水家との結婚は両親からも切に願われた事柄であった。

 そして、一週間前に彼女はとうとうその時を迎えたのである。優は麗華に求婚をした。そしてそれを是と取るか非と
取るか、彼女は今二者択一を託されている。しかし、迷う余地などは元より存在しなかった。彼女は自身の尊厳と、進
藤家の行く先とを考えて、彼の求婚を快い返事で受ける事を決めかけていたのである。

「黒川―……」

161:囚われの身の、お姫様 5
08/07/27 17:16:46 V5yenqvG
 しかし、麗華は彼女の人生で一度きりの分岐点の前で、立ち往生していた。
 その理由が黒川だった。彼女が懸想を寄せる相手、しかしその想いを告げる事など許されるものではない。それ故に
彼女は何時までも同じ所を低回しているのであり、そしてそのような自分に憤りを感じているのだった。
 けれども、麗華は憤りよりもむしろ、自分を見たくなくなるほどに自分が醜く思えた。それこそ食糞餓鬼よりも醜く、
卑しく、低俗な人間のように思えた。それは要因は説明するまでもなく、彼女が天秤に掛ける二人の男性の存在に関係
する。一人は黒川、一人は優、その二人を麗華は天秤に掛けているのである。
 勿論、それぞれに寄せる想いの内訳は似て非なるものであった。
 麗華が黒川に寄せるのは恋情であり、対して優に向けるのは親しい友人に抱く思慕だった。
 それだから、麗華は自分がどうしようもないほど醜く感ぜられたのだった。

 優は麗華に想いを告げたあの日、言葉にはしなくとも静かに燃ゆる自身の想いを彼女にぶつけた。優は進藤家の存亡
であるとか、そう云うものに興味を持っていなかった。ただ、彼の想いを優先して彼女に告げたのであり、そこには麗
華への憐れみも無ければ偽りなどは畢竟あるはずがなかった。
 しかし、麗華は違うのである。彼女が本当に気に掛ける人間は黒川以外に有り得なく、優に向けるのは親友としての
想いである事にも何ら変化は無かった。
 けれども、優は云ったのだ。そして、望んだのだ。
 〝嫁いで欲しい〟、そして言外に、この想いに対して本当の気持ちで応えて欲しい―と。
 それを天秤に掛けるなどと、失礼極まりないではないか?
 黒川と添い遂げる事が不可能だからと云って、不本意な結婚をするのが許されるとでも?
 自身の気持ちは? 優の気持ちは? そして、黒川の気持ちは?
 彼女の心の中に種々様々な自問が錯綜する。そしてその錯綜の果てに、漸く彼女は答えを見出したのである。それは
奇しくも、窓の外に見える雲に入った僅かばかりの裂け目から、爛々と輝く太陽が面を見せた時と同時であった。まる
で、彼女の決断の表れであるかのように、太陽から差す一筋の光は彼女の白い中に青味を帯びた憂い顔を照らし、薄暗
い室内にぼんやりと浮かび上がらせた。その瞬間に、彼女の部屋には二回ばかり、扉を叩く音が木霊したのであった。

「お嬢様。朝食の用意を致しました」

 その低くも細い声が、一層彼女の決断を堅固なものとした。
 彼女は何時になく荘厳な声音で、ただ一言「入って」と云った。

「……失礼致します」

 戸惑うようにおずおずと扉を開いて中に入った黒川は、窓際に置かれた椅子に腰かけている麗華の姿を見遣ると、目
を足元に落とした。この部屋を見るのは何日振りだったか、それすらも分からない。ただ頭に描かれるのは彼女がよが
るあの姿のみで、やはり彼は表情を曇らせた。
 そして、今日が何の日であるか、それを考えても黒川は気分が消沈するのを感じた。今日は優が求婚の返事を伺いに
来る日であったのだ。彼は一週間の猶予を麗華に与え、そうして出た結論を結果の良し悪しに関わらず享受すると云って
立ち去った。けれども、それだから彼には部屋に招かれた理由が一つしか思い当たらなかったのである。
 恐らく、別れの言葉を云われるのだろうと、何となく彼はそのような気がしていた。彼女が進藤家の為に白水家に嫁
ぐのは、殆ど義務に近いものがあったのだから、それも仕方がない。食わねば殺す、と目の前に置かれた飯を誰もが食
べるように、恫喝に酷似する強制的な選択を、諫める事などは出来るはずもないのだ。彼は諦念感を携えたまま、麗華
の部屋の中、扉の前に立ち尽くした。

「私の前に、来て」
「……」

 黒川は麗華の命令にただ聴従するだけであった。重い足取りのまま彼女に近付くと、その間に鳴った靴音ですら重々
しいものになっている気がした。彼女の目の前に立つと、彼は物も云わずにただ足元に視線を注ぐばかりであった。
 そのような黒川の姿を一瞥して、麗華は黙然と窓の外を見遣った。太陽は何時しかその全貌を雲の裂け目から覗かせ
ている。差す陽光は眩しかったが、しかしこれからの自身の行動を後押ししてくれている気がして、彼女は深く呼吸す
ると項垂れる黒川を真正面から見据えた。

162:囚われの身の、お姫様 5
08/07/27 17:17:57 V5yenqvG
「黒川に、云いたい事があるの。良いわね?」

 麗華は強い物云いで釘を刺すと、彼の顔を上げさせた。そうして今度は暗い声で「はい」とだけ云った黒川の漆黒の
瞳を見詰めた。ありありと寂寥を漂わせる彼の姿は憔悴し切っているようである。
 何処か翳った瞳も、下がった眉根も、どれもこれもが何時もの〝使用人〟の彼の姿を眩ませる。しかし、だからこそ
彼女は決断した事を敢行するのである。麗華は大きく深呼吸をすると、やけに落ち着いた声音で話し始めた。

「あたしは先日、優に結婚を申し込まれたわ」
「……存じております」

 何を分かり切った事を、とは黒川は云わなかった。ただ彼女の言葉に胸を突き刺され、心臓が抉られるかのような凄
まじい苦痛に表情を歪めた。それでも、話を聞かなくてはならない。例えそれが最も耳にしたくない言葉だとしても、
それに耐え兼ねて耳を塞ぐ事は許されないのだ。
 これが最後に受ける命令なのだろう、黒川はそう思わずには居られなかった。そして、その途端この屋敷の存在がと
ても大切な物に見え出した。

「あたしは、それを受けなければならない。……それは分かるわね?」
「……はい」

 不安定な人間を当主に就かせるのは忍びない、それは黒川もよく理解している事だった。だから、麗華がどのような
物言いで、例えそれに〝仕方がない〟と云う響きが含まれていたとしても、口を挟む事は出来なかった。
 彼らの間に聳える壁は、刻薄なまでの高さを以て麗華と黒川とを懸け隔てている。最早それを越えて接する事などは
不可能な領域になってしまったのだ、と彼は半分諦念にも似た喪失感を感じていた。今までの時間は失われる。同時に
彼らを懸け隔てる壁の意味も意義を無くすだろう。それが酷く惜しく思えた。

「でも、あたしは最後に黒川―あなたに伝えるのと同時に、尋ねるわ。……本当の気持ちで答えて」

 ―嗚呼、彼女は何と眩しい光を碧眼の双眸に秘めているのか。その光の眩しさたるや、太陽でさえも裸足で逃げ出
して行くかのような神々しさと共に光り輝いている。そしてそれを肯定するかのように、雲影から慈顔を出した銀河の
栄華の象徴たる太陽は、その恩賜を躊躇する事なく大地へと乾坤に注いでいた。
 麗華の瞳がそうして慇懃な様を漂わせた一瞬間、黒川は身体が強張るのを感じた。
 恐怖がそうさせたのではない。ましてや怯えでも悲しみでもない。それらを上回る正体不明の感情が、そうさせたの
だ。例えるならば―そう、積み重ねてきた今までの時間が成す山が、崩れそうに揺れたような、とてつもないほどの
不安だった。それと同時に、彼らの間を分かつ壁に瓦解の兆しが見えたのを、彼は感じ取っていた。

「はい」

 その予兆と不安と、麗華の瞳とが、彼に怖気づいた態度を取らせる事を許さなかった。黒川は先刻の見るも痛々しい
表情を自ら掻き消し、彼女の慇懃な視線に応えるようにして漆黒の瞳に一点の焔を燈した。
 広大な雲影が蒼穹を覆う灰色の空には僅かな隙間から顔を出す太陽でさえ息を潜めているようである。燦々と煌めく
光が窓から差し込み、彼ら二人の姿を朧げに映し出していた。輪郭を何処か不明瞭にさせるその光は何処となく儚く、
触れようとすれば煙となって消えてしまいそうだった。


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